※ 当話はフィクションです。実際の団体、名称、個人の名前とは一切関係はありません。
戦訓検討会議の席上で冬月の説教(冬月曰く講義)に晒されたアスカは、冬月の「………死刑か無期懲役の罪を犯した事になるのだよ」と言う言葉を聞いて、意識を失ってしまった。
被告が倒れた事で、騒然となる会議室。其処に冬月を非難する言葉は無い。極少数ではあるが賞賛する声すら混じっている位だ。
其処に医療班が到着し、ストレッチャーが運び込まれた。
医師が簡単な診断をし、シノやリツコと二言三言話すと、アスカはストレッチャーでネルフ本部に隣接する医療区画に運び込まれる事になった。
シノはストレッチャーにアスカが載せるのを手伝いながら、会議室の外で待っていた御付の楓と紅葉に声を掛けた。
「楓、紅葉。アスカに付いていて下さい。
会議が終わり次第、私も行きますから」
「「はい、マスター(主様)」」
そんな御付二人の返事を聞きながら、シノはストレッチャーに載せられたアスカの顔を見る。
その口には酸素マスクが装着されており、顔色も多少良くなったかなぁと言った程度で、血色は極めて良くない。
ガラガラと、楓と紅葉が付き添ったアスカを載せたストレッチャーが動き出すのを見送ると、シノは後を振り向き溜息を吐いた。
シノの視線の先には、冬月が見た目は傲然と立っていたからだ。
尤も、冬月はアスカが倒れてから軽い自失状態が続いている為、唯立っていただけなのだが、如何見ても傲然たる雰囲気ではある。
因みに、アスカがアスカ専用の病室に運び込まれた際は、未だ意識は戻っていなかった。
会議が終了すると、シノとリツコはアスカの容態を確かめるべく、医療区画へ急ぐのであった。
第八話 中編
presented by 伸様
ネルフ本部司令執務室
第八使徒戦の戦訓検討会議の後、ネルフ本部首脳陣は司令執務室に集っていた。
シノは医療スタッフからアスカの容態を確認した後に、リツコと共に最後に部屋に入ってきた。
シノは、先に集っていたゲンドウ、ユイ、冬月、立体映像での通信で参加している北米第一支部のナオコの顔を見回すと、二三度頭を振った。
そして、ゲンドウの脇に佇立している冬月を一睨みすると、リツコにアイコンタクトを送る。
リツコはそれを受けて、アスカの容態を報告しだした。
「アスカですが、余りに精神に過度のストレスが掛かったらしく、精神失調に陥っています。
病室に入ってから、一度気が付いたのですが、極度の興奮状態に陥ったらしく、今現在は薬で眠らせています」
そう言うと、リツコも冬月を睨んでしまう。
「スタッフの話では、一日二日は面会謝絶にして、様子を見るとの事です」
それを聞き、ユイは少し顔色を変えた。
しかし、ゲンドウは執務机の上で何時ものファイティングポーズを取り、冬月も何時もの様にゲンドウの脇に顔色一つ変えず佇立していた。
尤も、二人とも表面上は平静を保っているだけで、内心は動揺していたのだが。
それは、そうだろう。入ってきたシノの顔は常の顔色だが、目には怒気を含んでいるのを見てしまったからだ。
ユイは、シノが入ってきた時は考え事をしていたのか、シノの顔を直接は見ていないので気付いてはいない。
「それで、復帰とかは如何なの?」
ユイは心配そうに尋ねる。此れが会議の時は、己が子供の優位を感じて、悪魔の笑みを浮かべていたのと同一人物かと思える程の心配気な声音である。
「前回も会議の後に、記憶の一部喪失が見られたそうです。
精神の平静を取り戻す為に、自己で記憶を封印したのではないかと、推測されています。
今回もそれが起これば、精神の平静は取り戻せるのではないか、との事です。
もし必要ならば、催眠療法を行うとの事です」
簡単に言ってしまえば、アスカ自身が行うか、他の人が行うかは別として、記憶を改竄してしまおうと言う、或る意味荒っぽい対処療法を行うと言っているのだ。
リツコの返答に少し考え込むユイ。そしてナオコが問い直した。
『じゃ、リっちゃん。アスカちゃんの入院は長引くの?』
「スタッフの話ですが………」
此処でリツコは言い淀んだ。そして、シノにアイコンタクトを送る。
そのアイコンタクトを受けて、シノは“話して良し”とばかりに頷いた。
「精神医療担当の話ですと、非常に立ち直りは早いのではないか、との事です。
ドイツ第三支部から取り寄せた資料と前回での事も併せて検討した結果、アスカは………あの〜、その〜」
何時のリツコらしくなく、何故か非常に歯切れが悪い物言いをしてしまう。
歯切れの悪い物言いをしながら、リツコはシノの方をチラチラと見てしまう。
その様なリツコの様子を見て取ると、シノは溜息を一つ吐いて、話を引き継いだ。
「簡単に言うと、アスカは“懲りない女”なんですよ。
時間は掛かっても、都合の悪い記憶は、何処かへ封印してしまう。
若しくは、自分にとって都合の良い記憶に置き換えてしまう」
そして、胸の前で腕組みをして、顎に人差し指を付けると、小首を傾げた。
「まぁ、だから同じ過ちを繰り返すのかもしれませんけどね。
尤も、心の深層にある記憶を掘り出したら、簡単にアスカは心が壊れるかもしれませんね。
冷静になれば状況の善悪は判断できるだけの知性は持っているのですから」
そして、今度は俯いて二三度小首を振った。
「もう少し、子供らしい教育を施しておいて欲しかった」
そう、シミジミと呟くシノをリツコも含めた5人は、まじまじと見ていた。その視線の白さから判る様に、彼等の表情には“貴女がそれを言う?”と言う非難の表情が浮かんでいた。
シノの話の途中では、アスカの或る意味、非常に困った精神性について頭を抱えそうになった皆ではあった。
しかし、シノの最後の一言で、アスカについての感想は吹っ飛んでしまった様だ。
シノ程、子供らしくない子供も居ないのだから、当然なのかもしれない。
シノ自身もその事は理解している。だから、一同のその表情を見て、一瞬バツが悪そうに頬をポリポリと掻くと、気持ちを切り替える様にキッとした目付きにすると、冬月の方を振り向いた。
「ところで、冬月先生」
シノの言葉に、冬月は背中に冷たいモノを感じて、体をビクッと震わせてしまう。
「先程の戦訓検討会議でのアスカに対する糾弾。如何なるご存念で行われたのです?」
玲瓏たる声だが、冬月にとっては地獄の十王会議の声を聞いている様で、手先などが震えてきてしまう。
「そうだな。冬月先生、先程の長ーい講義について、ご説明下さい」
ゲンドウは何時ものゲンドウポーズのまま、冬月を問い質す。目はサングラスに隠れて見えないが、肩が少し震えている事から笑っているのだろう。
冬月はゲンドウを見下ろしながら、その肩が少し震えているのを見て、顔を蹙めた。長年の交際で、ゲンドウが笑っている事が判るからだ。
(こいつーぅ、俺を嬲り者にでもするつもりかっ!)
ゲンドウに対して怒りが湧いてくるが、シノの視線にそんな気持ちも吹き飛んでしまう。
「別に、出来の悪い生徒を指導しただけだろう。それが何か?」
冬月は、虚勢もあるが自分の本音を言う。尤も、足も震えだしているのはご愛嬌かもしれない。
『出来が悪い生徒と言っても、程度はあるでしょうに………』
リアルタイムの映像で先程の戦訓検討会議を視聴していたナオコがヤレヤレと言わんばかりに呟く。
「類希なるアスカの精神性を以っても、今回の様なのが繰り返されると、ゲシュタルト崩壊を起こす等と言う事も考えられます」
リツコも苦言を呈する。
ユイは冬月を白い目で見ているが、何か考えているのか発言は控えていた。
そんなユイの視線は、冬月にとっては百万遍の罵倒より堪えると言って良い。
ユイは、アスカの母親であるキョウコに、如何現状を説明しようかと言う考えで悩んでいたりする。
如何に自分の子供(私は貴女の子じゃない(ぷんぷん)byシノ)を自慢しない様にして、アスカの現在までの状況を伝えるかは、非常に難しい事と言えるのかも知れない。
キョウコに対して「ウチの子供に比べて、貴女の娘の駄目さと言ったら」なんて事は、本心で思っていても実際では口が裂けても言えないからだ。
「冬月先生。今回もアスカを潰す気でいたんですか?」
シノの玲瓏たる声が司令執務室に静かに広がる。激昂した声じゃないだけに、恐いとも言えた。
冬月は、シノの声を聞き、更に体が震える箇所が増えた事を自覚せざるを得なかった。
「代わり、未だ出せないのですよ? ヒカリの訓練プログラムがスタートして、まだ日が浅いと言う事を理解しています?」
そう云って、溜息を吐いてしまうシノ。
しかし、代わりが出撃出来る様になったら、アスカを潰しても良いのかシノよ………
「訓練の進捗具合は非常に順調だとは言え、戦場に出すのは未だ無理なのですよ。
彼女はエヴァを動かす事は出来ても、初歩の戦術も理解出来ていないのですよ?
戦術機動なんてのは、まだまだなのですから」
シノは皆を見回しながら、そう言うと、最後に冬月をジロリと睨み付けた。予想通りと言うか予想以上のアスカの協調性の無さに、ネルフ本部首脳陣とシノは危機感を抱いていた。
そんな時に、物は試しとヒカリをエヴァ弐号機へ試乗させたら予想以上の好成績である。ヒカリやヒカリの保護者の承諾を受けて、ネルフ本部技術部とシノと国連軍顧問団で、ヒカリに対する訓練プログラムを作成し、訓練を開始していたのだ。
ヒカリが素直に訓練プログラムを受け入れている所為と、国連軍顧問団も参加し古今の速成兵教育プログラムを参考にし、それらを取り入れた訓練プログラムのお陰で、ヒカリのチルドレンとしての練度は上達著しかった。
今現在の平均シンクロ率は、50%台と言う所である。
尤も、シノが言う様に、動かす事と戦場を機動する事は異なるモノなのである。シノの言葉を受ける様に、ユイも冬月に愚痴をぶつけた。キョウコへの説明で、考えが煮詰まってしまったのかもしれない。
「冬月先生。キョウコへの事情説明、如何してくれるのです?
下手に説明したら、本部の皆でアスカちゃんを苛めていると受け取られかねませんよ?」
『確かに、キョウコなら下手な言葉を使えば、そう勘違いするかもしれないわね。
何だかんだ言って、子供に甘いから。
しかし、前回と言い今回と言い、冬月先生の詰問について説明するのが大変ね』
ナオコもユイに同調するかの様な意見を言う。
「冬月先生、指導されるのも重要な事と思いますが、程度と言うモノを考えていただきませんと。
碇査察官が言う様に、未だチルドレン候補は訓練途中なのですから」
ゲンドウも、ユイやナオコに追従する。
「冬月先生。代わりが直には出てこない事を理解して下さいね。
今、訓練未了のヒカリを出さなければならない等と言う事になったら、如何するお積りですか?
1944年のルフトバッファや1945年の日本陸海軍航空隊じゃないんですから」
シノが止めとも言える言葉を言うと、司令執務室で孤立無援の冬月は頭を抱えて俯いてしまった。
「老人をそう責めないでくれー」
そう云うと、自閉モードにでも入ったのかブツブツと何かを口の中で念え出した。
それを見て、シノ、リツコ、ゲンドウ、ユイ、ナオコは大きな溜息を吐いてしまった。
− 自分がそうなるなら、もう少しアスカへの態度を考えなさいよ −
と皆同じ事を思いながら。
ゲンドウは自分に火の粉が降りかかっては一大事とばかりに、本題を切り出した。
「今後の使徒は、死海文書では後九体なる」
そう云うと、リツコの方に視線を向けた。
「リツコ君。文書から今後の使徒についての考察を纏める様に言っていたが、如何かね?」
そう云われると、リツコは手元のPDAを操作して、空間干渉型スクリーンに画像を映し出した。
「レポートとして纏めきれていませんが、今現在は、此処まで進めています」
画像は死海文書を訳した、今後の使徒の一覧であった。
リツコがPDAを操作すると、第三使徒から始まるリストの7行目が高輝度に表示される。
「次に現れると記述されているのが、第九使徒マトリエル。雨を司る天使の名を持つ使徒です。
この使徒の死海文書の記述は、
“約束の日の前の年、九つの月の末
昼に光が消える時、雨を司る天使は地を這い回り現れる
全ての守りが止まる中、かの天使は進むであろう
そして天使の雨は、全てを穿つであろう”とあります。
“雨は、全てを穿つであろう”とあるので、此れが攻撃手段であろうとは推測できるのですが………
溶解液を降らせるのか、それこそ鉄の雨を降らせるのか、記述だけでは判別できません」
そう云うと、リツコは肩を竦めた。
次はリストの8行目の文字が明るく輝く。
「次が第十使徒サハクイエル。空を司る天使の名を持つ使徒です。
死海文書の記述は次の通りになります。
“約束の日の前の年、十の月の中頃
宙を圧し、空を司る天使は現れる
数回の試しの後、かの天使は目標を定める
天使は空を駆け下り、全てのものを圧せんとするであろう”
“空を駆け下り、全てのものを圧せん”とあるので、攻撃手段は何らかの質量攻撃であろうと推測できます」
そのリツコの報告を聞き、シノは胸の前で腕組みをすると、頬に人差し指をつけると小首を傾げながら質問した。
「宙と空は、文書でも単語は区別されているのかしら?」
「ええ、別々の単語になっているわね」
「宇宙にでも現れるのであれば、ウチ(航宙軍)で始末できるかもしれませんね」
シノとリツコの問答に、ナオコが口を挟んだ。
『でも、使徒には通常兵器は余り効果が無いのではないのかしら?』
その言葉にユイも頷く。
「確かに、ATフィールドは強固な盾でもありますが」
とシノは此処で一旦言葉を切り間を取る。そして頃合を見計らって続けだした。
「如何な使徒とて小惑星を破壊する程の指向性エネルギーの攻撃を受けても五体満足無事息災家内安全火の用心で居られるとも思いませんが」
そのシノの言葉にリツコと冬月以外の参加者の顔は引き攣った。
因みに、リツコはシノの言葉の背景を知っている事で平気であり、冬月は………今だ自閉モードであり聞いていなかった。
「碇査察官、優先交戦権はウチ(ネルフ)にあるのでは、ないか?」
ゲンドウが質問すると、シノは腕組みを解いて、ゲンドウの方を見た。
「確かに、成層圏より下であればネルフに優先交戦権があります。
しかし、成層圏より上であればウチ(航宙軍)に優先交戦権がありますよ」
そして、「それに」と続ける。
「ネルフで、空中や宇宙で使徒と戦闘する手段が無いのでは、ありませんか?」
ゲンドウは、そう云われて黙るしかなかった。
ミサトなら「強制徴発すれば良いのよっ」位、言いそうではあるが、航宙軍はネルフ等は歯牙にも掛けない軍事組織である。
しかも、ネルフの特務権限は航宙軍には利かないと言う、国連からの御墨付。
馬鹿な事でも言えば、航宙軍がネルフ本部を短時間で武力鎮圧するのは確実であった。
リツコは、場の空気を読んで、先に進める。リストの9行目が高輝度になると、リツコは話し出した。
「次が第十一使徒イロウル。恐怖を司る天使の名を持つ使徒です。
死海文書の記述は、
“約束の日の前の年、十一の月の初め
城壁と共に、恐怖を司る天使は現れる
頭脳を犯さんと、かの天使は増えるであろう
頭脳を犯し、天使は共に死ぬ事を望むであろう”とあります。
“頭脳を犯す”とは、細菌型の使徒が職員にでも感染するとでも言うのでしょうか?
それに“共に死ぬ事”とあるのですが、使徒に支配でもされた者が狂信的ムスリムの様に自爆特攻でもする気なのか、判然としません。
それと、城壁と訳していますが、唯の壁かもしれません。死海文書の言葉では、壁も城壁も単語としては同じですから」
まぁ、死海文書は四行詩の形を採っているモノが多く、しかも内容は比喩が多く具体的なモノは書かれていない。解釈には人によって幅が出てしまうし、詩の文言に意味が判らないモノが出てくるのも仕方が無いのかもしれない。
一番の問題は、各使徒の結末が書かれていない事だろう。
だから、シノ等は死海文書の事を“無責任な書”とか“妖書”とか言うのである。
今度は、その下の10行目の文字がハイライトになる。
「次が第十二使徒レリエル。夜を司る天使の名を持つ使徒です。
死海文書の記述では、
“約束の日の前の年、十一の月の末
縞の玉と共に、夜を司る天使は現れる
虚と実、かの使徒は影と共に歩むであろう
そして、影は敵対者を食そうとするであろう”とあります。
“敵対者を食そうとする”ですから………捕食癖のある使徒なのでしょうか?」
その言葉に一同、同じ事を想像したのか、ウゲーという顔をする。
その想像とは、影から手や触手を出して、牙剥き出して、エヴァをボリボリと齧るイメージであった。
今度は11行目の文字が明るく浮かび上がる。
「次が第十三使徒バルディエル。霞と十月を司る天使の名を持つ使徒です。
死海文書の記述には、こうあります。
“約束の日の年、一つの月の中初め
空に浮かぶ霞と共に、霞を司る天使は現れる
霞の中を通る時、かの天使は敵対者と共に歩むであろう
そして天使は目を覚まし、獣と化すであろう”
どうも“敵対者と歩む”とあるので、何らかの形でエヴァを乗っ取るのではないかと推測できます」
「もしかしたら………」
ユイがポツリと呟いた。
「死海文書の言語では、“共に歩む”と言う言葉と“寄生する”は同じ言葉です。エヴァに寄生するのではないでしょうか?」
そのユイの言葉にナオコが、別の疑問を口にした。
『寄生するとして、何処で寄生すのかしらね?』
シノも胸の前で腕を組み、人差し指を頬に付けながら、小首を傾げるばかり。
死海文書には、明確な記述もない様なので、皆頭を捻るだけであった。
そんな皆の悩む姿等関係なく、12行目が高輝度表示になる。
「次が第十四使徒ゼルエル。力を司る天使の名を持つ使徒です」
リツコは、回答が出来ない問いを打ち切るかの様に、次の使徒に話題を変えた。
「文書の記述では、
“約束の日の年、一つの月の中頃
突然、物見の目の前に、力を司る天使は現れる
その力は絶大にして、幾重もの城門を一度に破るであろう
その目の光は強大にして、腕は全てを切り裂くであろう”とあります。
“目の光は強大”とありますから、第三使徒や第五使徒の事を考えると、目に当たる部分からは荷電粒子のビームが発射されると推測できます。
又、“腕は全てを切り裂く”とありますから、腕は刃物形態なのかもしれません」
ナオコが頭を捻りながら、
『手に鎌をもって振り回し、目から荷電粒子ぃぃ? 何それ? 八つ墓村?』
とボケをかます。
シノも
「目から怪光線を出す蟷螂? でも蟷螂の鎌は切るモノじゃありませんよねぇ」
やはりボケをかましていた。
そんな母親と実質夫である者との漫才にめげずに、リツコは進めて行く。
「次は第十五使徒アラエル。鳥を司る天使の名を持つ使徒です。
死海文書の記述では、
“約束の日の年、二つの月の中末
宙に忽然と、鳥を司る天使は現れる
届かぬ場所に停まり、かの天使は地を窺うだろう
天使の鳴き声は聞こえず、なれど奥底を暴くであろう”とあります。
“鳴き声は聞こえず、なれど奥底を暴く”とは何を示しているのか、判りません。
可聴範囲外の超音波による攻撃ではないかと推測はできます。ただ、“奥底を暴く”と言う意味が判然としないのです」
「魚群探知機の様な超音波を使った地中の中を探る機能とか?
例えば、ジオフロントの中を空中から探るとか」
ユイが頭を捻りながらも、そんな仮想を口にする。
しかし、高空から地中を探れる程の超音波等、どれ程の大出力になるのだろうか?
使い方次第で、それだけで十二分に攻撃手段になるのではないかとも思えるのだが。
「しかし、攻撃方法は何になるのでしょうかねぇ?」
シノは、そんな地中を探るとかを考えるなら、素直にその力を攻撃に回せば、と言わんばかり質問する。
『他の奴は攻撃方法らしきモノが書かれてはいるのでしょう?』
ナオコがホログラム越しに聞いてくると、
「そう云う文章は、他の使徒にはありますね」
間髪入れず、リツコが母親の言に合の手を入れる。
「それなら、“鳴き声”云々は攻撃方法の事じゃないかしら」
ユイが、今だ頭を捻りながら、自信無さ気に答えると、
「うーん。“鳴き声”ですからねぇ。蝙蝠みたいに超音波を出すのでしょうかねぇ………」
シノがその言葉を受け取って、やはり自信無さ気に意見を述べた。
『それって、ギャオス?』
ナオコが素頓狂な事を口にする。因みに、元乳酸菌飲料燕達のピッチャーでは無い。
何故、ガメラの敵役を知っているナオコ?
「確かに、ギャオスって、蝙蝠みたいな鳥みたいな怪獣だったわよねぇ」
それを受ける様に、ユイも受け答えをする。
何故にギャオスを知っているのだ六分儀ユイ?
『確か、首の骨が二本あって、其処が音叉みたいな共鳴現象を起こすのだったわよねぇ』
「それで、首が回らないとか」
『それ故、回転展望台を回して、ギャオスの目を回す作戦が考案されたのよねぇ』
「でも、最後はモーターが過負荷で壊れてオジャンになるのよね。ゴジラの電流作戦以来のお約束よねぇ」
何故か大映ネタで盛り上がる、ユイとナオコ。
結構、この二人が情報工学や形而上生物学を志したのは、この辺が根のかもしれない。
それを見て、シノは溜息を一つ。此れが長いんだなぁ、と言う表情を顔に浮かべると、リツコに目配せした。
「次が第十六使徒アルミサエル。子宮を司る天使の名を持つ使徒です。
死海文書の記述には、こうあります。
“約束の日の年、三つの月の末
命の記憶の鎖と化して、子宮を司る天使は現れる
一つは何も無く、一つは天使。それを、かの天使は交互に示すだろう
天使は、敵対者と心を頒ち合おうとするであろう”
“心を頒ち合う”と言うのは、何らかの精神攻撃かとも推測できますが、やはり判然としません」
リツコの説明に、肩を竦めるシノ。どう解釈して良いやら、もうお手上げと曰わんばかりである。その横では、ユイとナオコが今だ特撮ネタで盛り上がっていた。
『最後は、自衛隊のオネスト・ジョンの乱れ撃ちで、火山が噴火して滅びるのよね?』
「やだぁ、ナオコ。それラドンよ」
『そうだったかしら。ラドンと曰えば、あのラドンの卵を大きさを弾き出したコンピューター』
「ああ、紙テープを吐き出す奴?」
『そうそう。子供心に、あんな穿孔紙テープをすらすら読めるのって、すごーいと思ったわぁ』
どうやら、リツコの第十六使徒の説明等、何も聞いていなかった様だ。しかも、何故か東宝ネタに移っている。
それを見てリツコの眉毛がキリッと逆上がる。肩もブルブル震えている。
そのリツコの姿を見て、ゲンドウがゲンドウポーズのままだが、背中に冷たい汗が流れるのを押さえる事が出来なかった。
リツコが立ち上がって、ユイとナオコに雷を落とそうとした時、シノが動いた。
今日のリツコはフレアスカートである事を見て取ると、目にも留まらぬ早技でリツコのスカートをめくり上げ、ショーツも露にすると、シノは一言。
「みんなー、ちゅーもーくっ」
この時、世界が止まった。
ゲンドウは、驚愕のあまりサングラスがずり落ちるが、それを直そうともしない。
ユイは、口をパクパクさせながらも音声を発せず。
そして、ナオコは一言。「今日は大胆レースのピンクね」であった。
因みに、最後の一人である冬月は、今だブツブツと何事かを呟く自閉症モードから脱していなかった。
たっぷり2分は止まっていたであろうか。
リツコは、全身を羞恥に染めると、傍でスカートをめくり上げたシノを力の篭っていないグーでポカポカと殴りだした。
「やっだぁっ、嘘ぉ〜」
「もぉうっ、信じらんなぁい」
「この、変態っ」
「弩Sぅ」
「もう、お嫁に行けないっ」
等々、どこの少女かという風な言葉を発しつつ、リツコはシノをポカポカと殴っていた。
「いやぁ、お嫁さんって………もう私の所に来るのが決まっている様な………」
サラリとしたシノの耳打に、更に血圧は上昇し、ポカポカとシノを殴るリツコ。
ココで泣き出さないのは流石と言うべきなのか………しかし、何故だろう?どうみても二人の惚気にしか見えないのわ(笑)。
『あらあら、ラブラブなのは良いけどね? 早く孫を見たい気がする様な、まだ見たくない気もする様な………』
ニヤニヤとチシャ猫の様に笑いながら言うナオコの言葉が火に油を注ぐ。
− ポカポカポカポカ −
ナオコの言葉で、更にシノを殴るリツコ。
しかし、シノに取って見れば、痛くも痒くもないので、殴るに任せてしまう。
全身を羞恥に染めたリツコが現界に戻ってくるまで、たっぷり5分は必要としたのである。まだ、頬を薄赤く染めながらもリツコは息を整えると、最後の使徒の説明をしだした。
「最後が第十七使徒タブリス。自由な意思を司る天使の名を持つ使徒です。
死海文書には、
“約束の日の年、三つの月の末
友として、自由意志を司る天使は現れる
姿かたちは同じく、かの天使は歌を愛するであろう
天使は、強大なる護りを用い、地下深くに進むであろう”
この使徒は、攻撃方法等が判然としません。又、記述から見ると友好的にも見えてしまいます」
そのリツコの言葉の続きを、ですがね、と前置きしてシノが引き継いだ。
「タブリスはキリストと同時代の人であるテュアナのアポロニウスが執筆したと言われる「ヌクテメロン」における六時のゲニウスの一人です。
この書物に列挙されるゲニウスは、明らかにデーモニッシュ的です。
ですから、油断が出来る存在では無い事は確かでしょうね。
どの様な記述の使徒であれ、油断などせずにキッチリと対処していく事が一番でしょう」
先程の御乱行を行った時とは別人の様な玲瓏たる声が室内を支配した。
その日の夕刻、ドイツの時間で言うと午前10時位である。
ユイは、今日の事についてドイツ第三支部長でもある惣流キョウコ・ツェッペリンに話すべく、自分の端末にインストールされているTV会議システムを起動した。
空間干渉型スクリーンにキョウコが映し出された時、ユイはその姿と言葉に固まるしかなかった。
何せ、空間干渉型スクリーンには、娘アスカの助命を嘆願している、土下座(と言うか五体投地)したキョウコの姿が弩アップで映し出されていたからだ。
その額を床に擦り付ける姿から、悲壮感溢れる声が流れ出してくる。
『如何か、如何か………同じ母として、娘の命だけは………娘の命だけはお助けください〜』
余りの事に、ユイは10分程は固まっていたであろうか? その間、キョウコは必死に助命嘆願していたそうである。『ウチの娘は………アスカちゃんは悪い子じゃないんですぅ。
ホンの出来心だったのよぉ〜。
娘を………娘だけは、娘アスカの命だけは………何卒、何卒、お慈悲を………お慈悲を………』
戦訓検討会議の翌日。
この日、営倉を出てきたばかりの葛城ミサトは、珍しく夜間の当直司令として夜勤をしていた。
勿論、本日出てきた日向マコトも一緒である。
実は、葛城ミサトは営倉から出て直に、自宅のコンフォート17へ帰宅しようとした。
彼女の思惑では、帰宅する途中で酒屋かコンビニに寄り、主食である“えびちゅ”をしこたま買い込み、恒例?の出所祝を自宅で行おうと考えていたのである。
勿論、自分の机の上の書類の山脈を見捨ててである。
しかし、悪い事は出来ないモノなのかもしれない。
冬月に見つかり、確りと夜間当直を命じられたのであった。無論、書類仕事を片付ける事を命じられている。時間は草木も眠る丑三つ時の午前2時。
発令所で指揮を執るのは二人の人物のみであった。葛城ミサトと日向マコトである。
後はMAGIの保守要員として技術部の者が下段に数名居るのみであった。
そんな発令所を他所に、ネルフ本部等があるジオフロントの北方に聳える早雲山山麓の多聞2番地上口の検問所。
因みに、ジオフロントの地上出入り口は全て仏教の四天王に由来(仏教の四天王は四方を守護すると言われ、北を多聞天、南を増長天、東を持国天、西を広目天が守備範囲としている)する方角名と番号で命名されている。
地上出入り口には、全て検問所があり、一応は地面からせり上がってくるロードブロック等が完備されていて、普通車両が突っ込んでくるのであれば対処は可能であった。
そして、検問所には、常に5名前後の保安部所属の職員が詰めていた。
その多聞2番地上口では、今異変が起きようとしていた。
「検問所の制圧完了です」
フルフェイスのニットの眼出し頭巾を被り、マッドブラックに近い色で統一された装備に身を固めた下士官が指揮官に敬礼すると小声で報告した。
指揮官が報告をした下士官に返礼し、腕時計を覗き込む。
「ふむ、8分か」
制圧までの所要時間を呟くと、頭を左右に振った。
「掛かり過ぎたな」
そう呟くと、彼は右手を上げ、そして下ろした。
それを合図としたかの様に、指揮官の後方の暗がりから、何台かの装甲車両が浮き上がってくる様に現れると、制圧した検問所を目指して進み始めた。発令所が異変を知ったのは、多聞2番地上口が何者かの部隊に突破されてから、10分程経ってからだった。
「葛城さん、多聞2番地上口の検問所からの定時連絡が無いと、保安部の当直から連絡が入っています」
日向マコトが保安部からの第一報を当直司令であるミサトに告げた。
少しの間の後、その声に反応する様に、「ふぁあぁぁぁぁぁぁぁ」と発令所内に魂抜ける様な欠伸する声が響いた。
ミサト、目覚めの咆哮である。
「もう一度ぉ、言ってくれるぅ? 日向く〜ん」
ミサトのその気の抜けた声に、マコトが肩越しに振り返ると、見事に口元に涎を垂らした、寝起きで御座ぁい、と言わんばかりのミサトの顔が目に入る。
「コホン。保安部からの連絡です。
多聞2番地上口の検問所からの定時連絡が無いそうです」
流石は、下僕のマコちゃん。寝てたんですか?なんて、上司の欠点を論う様な事は言わず、報告事項だけ述べる。
尤も、この報告は結構重大な事柄でもあるので、其方を優先したのかもしれない。
しかし、マコトの内心では
(葛城さんの寝起きの顔………なんて“ぷりちぃ”なんだぁ(はぁと))
だったりするので、始末に終えないかもしれない。
「それでぇ、保安部は〜何て言っているのぉ〜」
ミサトは、まだ完全には目覚めていないのか、間延びした声でマコトに聞き返す。
緊張感の欠片もない声。準軍事組織の夜間当直司令が此れで良いのだろうか?
「確認の為に、待機中の巡回班の一つを出すそうです」
本来であれば、警備レベルを上げる指示を出すべき所である。
平時の夜間の場合、警備レベルを上げる指示を出せるのは、当直司令の権限となっている。
因みに、ネルフでは戦時とは使徒戦状態の事であり、それ以外は平時となる。
現在の状況は平時とは言え、無駄でも良いから、転ばぬ先の杖とばかりに、警備レベルを上げる状態ではあった。
しかし、ミサトの答えは………
「じゃ、日向く〜ん。確認結果は後で(アタシが起きた時に)報告してねぇん」
そう言うと、又うたた寝に戻っていった。
「か、葛城さん。せめて、連絡が………」
入るまでは起きていて下さい、とマコトは言おうとしたが、うつらうつらとするミサトの顔を見て、自身の顔を“にへらぁ”と崩すと、自席のコンソールに面を向けた。
その為、侵入者達に対する初動の遅れが、更に遅れる事になり、手の付けられない事態を招く事になる。
そんな気の抜けた対応を行っているネルフ本部の外では………。
多聞2番地上口からネルフ本部へ通じる通路にある複数箇所の検問所と監視哨が次々に、制圧されていた。
一発の銃声も起らず、吶喊一つせずに、粛々と検問所と監視哨は制圧されていく。
ネルフ本部に通ずる通路の最後の検問所を制圧した黒尽くめと言って良い指揮官は、信じられないとばかりに頭を軽く左右に振っていた。
「奴ら(ネルフ)は、何を寝ぼけていやがるんだ」
それは、そうだろう。検問所や監視哨以外で遭遇したネルフの部隊は、地上口への巡回に出てきた1グループだけなのだ。
普通なら検問所や監視哨との間にも、巡回している部隊が居てもおかしくない。
それだけ、対人(対軍)設備がお粗末と言えるのかもしれない。
又、常時巡回を行える程は人が多くないと言う事もあるかもしれない。
MAGIに頼り切りと言う事もあるのかしれない。
尤も、国連等に公式に提出されている資料等から、ある程度は巡回スケジュール等を割り出しており、それを避ける様な進攻スケジュールにしてはある。
それにしても、である。
ネルフ本部は、その先進技術を狙わんと各種諜報機関の注目の的であり、今だ各所で活動しているテログループが名を上げんと狙っている場所でもあるのだ。
謂わば、戦時状態のホットスポットと言っても良いかもしれない所と、世界中の軍事や外交に携わる人達は認識している地である。
進入した部隊は、MAGIの監視に引っ掛かる事は覚悟しており、又ネルフ本部の保安部が装甲車両に対しての装備が少ない事も見越し、途中からは強襲になる事を覚悟して装甲装輪車両で編成されていた。
地上口からは、各抵抗ポイントを強行突破して、スピード勝負でネルフ本部に襲撃を掛けるつもりであったのだ。
指揮官は、傍らの副官を見やりながら、腕時計で時間を確認した。
「もう、そろそろだな」
副官も腕時計を見ながら、指揮官に答える。
「電源施設に向かった第二小隊から、何らの連絡も入っていません。
時間通りに“処置”を行うと考えて宜しいでしょう」
その言葉に頷くと、指揮官は検問所を制圧する為に展開していた部隊を兵員輸送車に乗車させた。
最後の兵が乗車すると同時に………ネルフ本部は、闇に包まれた。突然、ネルフ本部内を昼の様に照らし出している照明が消えた。
そして、個々にバッテリーを内蔵している非常用の照明に切り替わる。しかし、その数は少ない。ぎりぎり、足元が見えるくらいの明るさしか確保出来ない。
それは、ネルフ本部の中枢の一つである発令所でも変わる事はなかった。
日向マコトは、自分の席で事態を把握しようとしたが、無駄であった。
主電源が落ちれば、各種機器との接続は満足に出来なくなり自身のコンソールで出来る事も限られるからだ。
「主電源ストップ!」
そんなマコトの声が、人が少ない発令所の中を木霊する。
下段のMAGIを管理している数人の技術部のスタッフも不安気にマコト達が居る上段を見上げている。
ネルフ本部では、各種事態を想定してケーススタディを行い、各種の対応マニュアルを策定してある。
当然、停電についても対応マニュアルはあった。
マコトはマニュアルの内容を思い出し、先ずは副回線に繋げ様とした。
「葛城さんっ。副回線に切り替えますっ!」
しかし………
「駄目だ。副回線に繋がらないっ!」
副回線が駄目な場合の代替手段もマニュアルには記載されている。
マコトは、副回線が駄目と判断し、代替手段を実行する事にした。
「葛城さんっ、葛城さんっ!」
次の手段に切り替える許可が欲しくて、マコトはミサトを呼ぶが返事は無い。
しかし、事は急を要するとばかりに、マコトは代替手段を実行する。
「葛城さんっ、予備回線に切り替えますっ!!」
しかし、コレでも………
「駄目だっ! 予備回線にも繋がらないっ!!」ネルフ本部をライトアップしていた照明が消えた事を確認して、指揮車内の指揮官は咽喉マイクのスイッチを入れた。
「突入」
装甲車両の一群が、ネルフ本部目指して動き出した。
そんな事とは露知らず、マコト達の騒ぎを他所に葛城ミサトは発令所の自席で眠り扱けていた。この状況をジオフロント外の移動指揮車内で観ていた将校が首を軽く左右に振りながら、傍らの少女を顧みた。
「お嬢、目標は達成した様です」
ヒックス大佐に顧みられた少女、シノも肩を竦めるしかない。
「早かったわね。ネルフ本部到着まで」
そのシノの声音には、呆れが9割は含まれていた。
「えぇ、演習開始から1時間掛かりませんでした。
ところで、“演習”は終了で宜しいですね?」
そのヒックス大佐の言葉に、シノはネルフの失態に呆れ返りながら頷いた。
そんな演習が行われている等、露とも知らない第三新東京市の麓といえる場所にある新小田原市街の繁華街。
そんな中にあるチェーン店展開している居酒屋である。
ネルフ本部のテンヤワンヤの大騒ぎ等知らずに加持は、多勢の酔客に紛れる様に何処ぞでナンパした女の子達と楽しく飲んでいた。
手が早いと言うか何と言うか………
他愛も無い会話に興じ女の子達を応対いながら一時を過ごすと、天罰でも受けたかの様に通路側に座っていた加持は、通路を通る酔客に凭れかかられてしまった。加持一人が女の子達に囲まれて楽しく騒いでいたので、周りの席の客達は“ざまぁ見ろ!”と言う視線を投げ掛けるだけである。
加持に凭れかかってきた男は、かなり酔っているのか足元も覚束無いサラリーマン風の男である。
顔を真っ赤にし酒臭い息を周囲に撒き散らしながら、加持に抱きついて呂律の回らない言葉で謝罪を口にする。
「趣味じゃないんだがなぁ………」
キャアキャア騒ぐ同席の女の子達を適当に静かにさせながら、加持も介抱するかの様に酔客を支える。
向こうから足早に近づいてくる店員と抱きついている酔客の同僚と思しきサラリーマン風の男を目にしながら、加持は酔客が加持の懐にサッと手を差し込むのを目の端に留めていた。
加持は、泥酔状態の酔客を店員と酔客の同僚に任せると、女の子達に振り向いた。
「ちょっと、トイレに行ってくるわ」
そう言いトイレに向かうと、丁度開いている個室に入り、懐を弄った。
懐から取り出す一枚の紙片。
紙片を目に留めると、顔付きが一変した。今までの“にへらぁ”と言う顔から狡猾な狐の顔へ。
紙片に目を通すと、それを便器に捨て水を流す。
「さて、末端の電気供給を止めるには、大元を止めれば良いってね」
そう呟くと“にへらぁ”と言うナンパ上等な顔に戻る。
「さて、今晩のお相手はどの娘にしようかなぁ♪ さて複数って言うのも魅力だなぁ♪」
その雰囲気は完全にナンパ師のモノであった。
翌朝のネルフ本部司令執務室。
今は朝の7時である。
一応復活した冬月も交えて、ゲンドウ、ユイ、リツコ、立体映像での参加のナオコ、そしてシノの何時ものメンバーが司令執務室には集まっていた。
ゲンドウが少しゲンナリした様に何時ものゲンドウポーズをとる。その机の上には、幾つもの書類が散乱しており、帰宅したのか如何かも定かでない。
「落ちたな。ネルフ本部が」
そして、机の上に置いてある壷をピーンッと指で弾く。
そのゲンドウの呟く様な言葉に、ユイも疲れた様な言葉で合いの手を入れる。
「残念ながら」
「見事に一個大隊で落とされましたね」
そう言うシノも苦りきった顔をしている。
「当直司令がミサトだったというのも言うのも大きかったわね」
リツコも疲れた様な声だ。
「予算がなぁ」
とは、一晩寝て昨日の精神攻撃から立ち直った冬月の言葉だ。
勿論、シノ達が苦りきった表情をしているのは昨晩の演習の結果である。
昨晩の演習は、奇襲攻撃と言う非常事態に対するネルフ側の対応・体制を確認する為であった。
その為、演習を実施する日時等は、ネルフ首脳陣と国連軍関係者、及び参加する進攻部隊のみが知っている形式で行われたものであった。
当初は、ネルフ側が実弾装備で、進攻部隊はプラスチックの模擬弾装備とか、色々と進攻する部隊に対する不利な材料を懸念する声があった。
特にネルフ側の実弾装備というのは、ネルフ側が拳銃かSMGしか装備していない事を考慮して、ボディアーマー等をフル装備していれば、死者は出ないだろうと言う事で許可にはなったと言う裏話まであるシロモノだった。
荒っぽいと言えば、荒っぽ過ぎる決定である。
しかし、結果はネルフ側の惨敗。
事前の予想では、進攻側は確りとボディアーマー等で身を固めているものの其れなりの負傷者が出る事を覚悟していたが、蓋を開けてみれば軽傷者数名。それも車両への乗車下車の際の負傷であった。
ネルフ側は、軽傷者が百名程。
演習に参加した進攻部隊からの戦闘詳報の考察では、
“全て捕虜にする為に、近接戦闘にする為の隠密裏の接敵と、重傷を加えない為の手加減に手間取った”
と記載されており、それを一読したシノが珍しく楓や紅葉を相手に愚痴を漏らした程であった。苦りきってダンマリになってしまった司令執務室のメンバーを見て、ナオコが声を掛けた。
『何があったかしりませんけどね。
コッチでは午後の3時だから良いけど、此方も執務時間ですので、余り時間を掛けられるのも如何かと思うのですけど』
「済まないね。昨日の晩なんだがね………」
冬月はナオコに対して、昨晩の事の顛末を語りだした。
『………それで皆さん、苦りきった顔をしていると』
「そうなんだよ」
納得気なナオコに、少々疲れ気味な表情で返事をする冬月であった。
『ゼーレの爺様達は、対人関係の予算には渋いのでしょう?』
「そうなんだよ」
ヤレヤレと言う様なナオコの質問に、今だ疲れた様な顔色の冬月が此方もヤレヤレという風に答える。
「今回はジオフロント等の情報をドレだけ、進攻した部隊に与えていたのだ? 碇査察官」
何時ものゲンドウポーズでゲンドウはシノに質問する。
「今回は、此方(現地入りしている国連関係者)から何も与えていませんよ。
全て、赤軍(進攻する部隊)が国連関係の開示資料や自分達の先行偵察班等で情報を集めて、作戦を立案し実施したものです。
部隊が航宙軍の部隊だとは言え、笑えない位に見事に地上から此方まで突っ走ってくれましたね」
シノはそう言うと、不貞腐れた様に隣のリツコの肩に頭を凭れ掛けた。
「地上の検問所については、奇襲された事もあり、取り敢えずは良しとしてもですよ………
青軍(ネルフ側)巡回部隊の巡回スケジュールが検問所や監視哨の定時連絡のスケジュールとリンクした形で補完しあっていない。
だから、最初に気付くまでに、地上口突破から10分も遅れるのですよ」
シノはリツコの肩に頭を凭れながら、ブツブツと言い出した。
「それに、検問所や監視哨が抜かれた場合、次の人が居る所まではMAGIだけが頼り。
人数が少ないので巡回部隊の数を編成する事が出来ないからなんでしょうけど、どうしても対応が遅れてしまう。
しかも、MAGIは対人に関しては監視だけと言って良い。しかも、光学センサー以外のセンサーはそれなりの装備があれば誤魔化す事も出来ますしね。
今回なんて、光学センサー以外は全てジャミングしています。
頼りの光学センサーも夜間の人手が居ない時だと、どうしても監視に穴が開くみたいみたいですしねぇ」
今回の演習でも光学センサー以外のモノについては、何らかの対抗手段でジャミングして、進攻をしている。
(尤も、その辺の装備を完備しているのは航宙軍の部隊位ではあるのだが)
そして、光学センサー(簡単に言ってしまえば、監視カメラ)は機能していたのだが、それをモニタリングする要員が足りず、気付いた時にはネルフ本部の一つ二つ手前の検問所や監視哨の所まで、進攻部隊が来ていたのだ。
MAGI自体は光学センサーで異変を捉えており、警報を出すかの確認を夜直の者にしていたのだが、保安部の当直要員が慎重を期した為に、警報は出されず仕舞いだった。
以前、紛れ込んだ動物をMAGIが未確認物体の侵入と捉えて、誤報を何度か出した為に慎重を期した様ではあったのだが。
往古より“転ばぬ先が杖”と言う言葉もある。出さない警報よりは、出す警報なのだ。
「それに発令所に詰めていた当直司令は、指示らしい指示も出さずに居眠りに勤しんでいるし」
シノは“信じられない”とばかりに、ゆっくりと首を左右に振る。
「それについては、葛城君を降格する事でケジメにすると共に、全職員への警鐘ともする」
そう言う冬月に、疑わしそうな目を向けるシノ。今までも降格しようとして委員会からの指導と言う横槍で葛城ミサトを降格処分する事が出来ないのだ。
そんなシノの目を見て、バツが悪そうに咳払いし、ゲンドウに目を遣る冬月。
「問題ない」
何時ものゲンドウのセリフに、シノは肩を竦めながら本題を続けだした。
「しかも、電源施設が落とされたら、MAGIも使えなくなりましたからね。
ネルフ本部館内のドアや隔壁の開閉が出来なくなり、エレベーターも動かない。
防衛する為の要員を集める事も出来ないなんて………何かの悪い冗談としか思えませんよ」
そう言いリツコの頭を預けながらも、器用に肩を竦めるシノ。
「しかしだね、シノ君」
そんなシノに咳払いをしつつ反論するは冬月コウゾウ。
「各所のドアや隔壁が開閉出来ないというのは、進攻側にも問題が大きいのではないかね」
「そんな事はないですよ、冬月先生。
隔壁やドアなんてもんは、開かないなら爆薬や重火器で開けるだけです。
余程、へーたいが堅固に陣地を作っている所を抜く方が困難ですよ」
何とも物騒な話ではあるが、軍隊と曰うものはそう言うモノであると言える。
その返事に黙るしかない冬月。
「まっ、今回の件を元にした報告は保安部に纏めてもらうとして」
そう言いいながら、シノはリツコの肩から頭を擡げた。
「どうするんです? ココの装備」
少し乱れた髪を手漉きしながら、
「それと、ココの電気」
シノが示しているのは、保安部が装備する火器の無力さと、ネルフを含む第三新東京市の電源確保についてである。
今回の演習では、一部の部隊を分派して第三新東京市へ電気を供給する大元の送電施設を占拠した。
その結果が、MAGIの無力化やネルフが最後まで防衛体制を構築できない事に繋がったのだ。
シノはそう示すと、ゲンドウに向き直った。
「威力が無いと言う事か」
ゲンドウはゲンドウポーズのまま、シノに問い直す。しかし、主語がないぞ、ゲンドウ(汗)。
「ええ、ウチ(航宙軍)のボディアーマーに完全に止められましたからね。
拳銃弾では無理でしょう。しかも、ココで主に使っている拳銃弾は9mm×19ですからね。昨今の軍用ボディアーマーなら、無効化されますよ。
それに、ココの人達は優しい人達が多いですからねぇ。顔面とかも狙わないでしょうし」
最後のシノの言葉に、他の参加者の顔は“うへぇ”とばかりに歪んでしまう。
シノは、そんな皆の顔等無視する様に、
「アサルトライフル、アンチマテリアルガンや対装甲車両装備は必要ですよね」
と注文する。
「それも保安部の報告書に盛り込んでもらえば良いと言う事かね」
冬月の問いに、シノは小さく頷く。
「一番の問題は電気かしらね」
ユイが小首を傾げながら、シノに問いかける。
その問いには答えずに、シノは傍らのリツコを顧みた。
「リツコさん。今回の場合、被害後にどれ位電力が確保出来たの?」
「全体の1.2%かしらね。旧回線だけ生き残ると言うのが、MAGIでのシュミレートの結果よ」
リツコの返答にシノは溜息一つ。
『それって、MAGIの維持に回したら、残りなど幾らも無いじゃないの』
MAGIの産みの親であるナオコがリツコに聞き返す。
「今回は本部だけ停電という形にしましたけどね、本来は第三新東京市に入ってくる全ての電気がストップするハズなんですよ」
シノが頭を左右にゆっくりと振りつつ、今回の電源施設攻撃の効果を説明しだす。
そのシノの説明をリツコが引き継ぐ形で、ジオフロントへの影響を語りだした。
「そうなります。旧人工進化研究所用の電気回線以外は全てダウンと言う事になったでしょう。
ジオフロントの生命維持関係へも回せません。空気については自然循環に任せるしかないですね」
「それだけじゃないわね。地上都市部も完全に停電するので、ライフラインや交通関係への影響も大き過ぎるわ」
ユイの言葉に、シノが頷いた。
「しかも第三新東京市に入ってくる送電施設等の電源施設を押さえるのは楽なんですよね。
電力会社の設備なんで、警備が手薄なんですよ」
肩を竦めながらシノは言うと、ところで、と前置きをした。
「病院施設等にはありますけど、本部等の施設に何で緊急用の自家発電装置が無いんです?」
それは言外に、“此処に本部を建設して10年、何をやっていたんです?”と言う侮蔑が含まれていた。
それを感じて、ビクビクし出すファイテングポーズの男。
そして、傍らに佇立する初老の男に目を遣った。
「予算案は出した。しかし、委員会がその部分だけは許可しないのだよ」
内心で(面倒を押し付けおって)と眼下の男を罵りながら、冬月は答える。
「又、爺様達ですか」
ウンザリと言う感じで、シノは言うと、困った様に頭を掻いた。
「ウチ(航宙軍)から発電装置なんかを出すと、陣地構築とか何とか難癖付けられそうで。
ジオフロント外には国連軍として陣地構築を行う事も布陣する事も出来ますが、ジオフロント内はネルフ以外は出来ないんですよねぇ」
此れは、未だゼーレの息が掛かっていると思われる国連軍部隊が多かった時に、ネルフの独立性を保つ為に、ジオフロント内にネルフ以外の組織の立地を拒んだ為であった。
シノは小首を傾げながら言葉を続ける。
「今回攻撃した送電施設やジオフロント外の電源施設については、こちらに展開している国連軍が警備を兼ねて防衛させますけどね。
大元の送電線とか鉄塔等の離れた所の送電施設までは手が回りませんよ?
そこを狙われたら、完全に電気が来なくなるとは言いませんが、かなり減る事態も起るでしょうね」
そして、一旦言葉を切ると、一同を見回した。
「必要でしょう? 緊急時の自家発電」
「それは、そうなのだがね。
委員会との会議で何度も案出はしているのだが、色々と理由を付けられて首を縦に振らないのだよ。
病院施設の自己発電装置すら、色々と注文を付けてきた位だからね」
冬月は、溜息混じりに苦りきった表情で答えざるを得ない。
「それは、詭計百出の陰険丸出しな事を続けてきた報いでしょうに」
そう言って、シノは侮蔑を篭めた眼でゲンドウを軽く睨んだ。
その言葉にユイやナオコ、リツコも苦笑するしかない。
言われたゲンドウは、何故か居心地が悪い様にソワソワして、挙動が不審になってしまう。
(うぅぅっ、俺を、俺をそんな目で見ないでくれぇ)
一見豪胆の様に表情を変えない顔ではあるが、内心は鶏の如し。額にどうしても汗が浮かんでくる。
そんな夫を見かねて、傍らに座るユイが助け舟を出した。
「此方でも再度手を回すとして、其方でも手を回して貰えないかしら」
「国連軍を使うのは難しいですよ。其方が決めた事ですから、此方もジオフロント内に駐屯出来る様に決り事を変えて貰いませんと」
「それをやるとしても、時間が掛かるぞ。何せ国連もお役所仕事だからね」
決り事を変えて欲しいというシノの言葉に、冬月が難色を示した。
「それは………そうですねぇ」
シノも冬月の言葉に溜息を吐いてしまう。
「此方でも動くしかないですか………」
渋々という表現がベストマッチなシノ。隣のリツコが宥める為にシノの頭を撫で撫でしている。
「そうしてくれると助かるわ♪」
何と言うか、ラッキー♪と言いた気な雰囲気のユイの言葉に、シノはヤレヤレと肩を竦めてしまう。
ジオフロントのサバイバビリティについては、予算を確保する為に奔走すると共に、地上部分の警備等出来る所から手を付けて行く事の落ち着いたのであった。
昨夜の演習の件については、話が一旦落ち着いたと判断したゲンドウは次の話を切り出した。
尤も、ジオフロントのサバイバビリティの問題については先送りと言って良いのだが。
「委員会でも、此方に勘繰らせる様に量産機についての議題を持ち出してきている」
「ふむ、此方への牽制の積もりかな」
ゲンドウの切り出した話に、冬月が委員会の意図を推察する。
「その様な所だろう。老人達も此方の動きが如何にも目障りになってきたと言う所なのだろう」
「しかし、委員会でも此方(ネルフ本部)は対使徒戦用と割り切っているのではないかね」
「その後だ」
ゲンドウのボソッと言う様な言葉が、司令執務室を支配する。
「来年の3月ですか」
シノはリツコの肩に頭をまた預けると、眼を瞑りながら呟いた。
『約束の時ね』
ナオコのポツリという言葉にシノは頷く。
そして、シノは死海文書の一節を歌う様に言い出した。
「“最後の天使が合図を奏でる時、約束の時は遂に至れり。
火は地上を覆い天井を穿つ。
それを合図に、始まりの天使とその妻が、妻の寝所で合一する。
そは終わりにして始まり、一つから始まりし多は一つに、始原の時に戻り至る”
と、こんな所でしたか」
シノが言い終わると、皆が暫く静かになる。
此処に居る皆は、シノが外宇宙で見た光景の映像を見ている。
始原の時………それを意味する事は、皆が十二分に理解していた。ちょっとした間の後、ゲンドウが司令執務室の静寂を破った。
「量産機以外のゼーレの対応は如何なると考えている」
ゲンドウがシノに軍事的な面を問いかけた。
「戦自には未だゼーレのシンパが居ます。
しかも御殿場に居る部隊を握っている者も居る」
「それが、約束の時に動くと?」
ゲンドウの問いに、シノは軽く頷く。
「彼らとしては、儀式を行う祭壇としての黒き月と、リリスと持ち込んだアダムが必要でしょうから」
ユイが何かを考えている様な顔付きで呟いた。
「その為に、此処を攻めると」
冬月が気忙そうに問い掛けた。
『ゼーレも此方の反意は承知しているでしょうから』
さも当然でしょうとばかりのナオコの口調。その言葉に冬月も先の事を慮って、ヤレヤレと言う顔をしてしまう。
「此方が爺様達に叛旗を翻しているのですから、とーぜんと言えば当然でしょう。
補完計画の鍵を黙って差し出すとは、向こうも思っていませんよ」
シノは眼を開けると、やはりナオコの様な口調で冬月に答えた。
「如何、対応すると?」
ゲンドウにしても、約束の日近辺でゼーレがジオフロントとネルフ本部を何らかの形で接収しようとするであろう事は予想の内である。
しかし、学者上がり。大規模な軍事的な話になると、その思考は一般人とそれ程は変わりはしないのだ。
如何しても、シノへの比重が大きくなってしまう。
だがシノは先ずは軍事的な話以外の対応策を言い出した。
「先ずは、国内平定ですね」
そう言うとシノは言葉を一旦切って間を置いた。
「戦自の陸上巡洋艦計画を潰した際に、かなりのゼーレ派の人間が係わっていたので、処罰がてら降格や退職をしていただいたのですがね。
まぁ、色物に目を向けない真っ当な軍人さんにもゼーレ派の人が居た訳ですよ。
その人達もスキャンダラスに辞めてもらう様に工作しますよ」
そう言うと、シノはゲンドウばりのニヤリ笑いを浮かべた。
「間に合うのか?」
シノの笑顔に、ゲンドウは内心怖けりながら約束の日までのスケジュールを気にして問い直す。
しかし、シノのこの笑い方。遺伝的には血が濃いのだろう。
「年内中には」
シノは確信がある様に、短く答える。
「此方でも、日本政府や与党や野党第一党への働きかけを行おう」
ゲンドウが此方でも動く事を明言する。
こういう分野はゲンドウにとっても判らない分野ではない。謀略は、得意分野と言っても良いのだ。
伊達や酔狂だけではゼーレと渡り合う事等出来ないのだから。
「お願いします」
シノは素直に頭を下げた。
ゲンドウやユイに対して胸に含む所はあっても、其処は大人の社会での生活が長いシノである。
頭を下げる場合は、心得ている。
それに下手を打って工作が重複して相殺しないのであれば、工作の手段は複数あった方が良いに決っている。
シノは、頭を下げた後にリツコの肩に預けていた頭を上げると、ゲンドウに向き直り、軍事的な話をしだした。
「他にも、航宙軍の降下猟兵を北富士辺りに呼び寄せます。
当初、私の案では周回軌道上に降陸艦艇に載せた部隊を展開するつもりでした。
しかし、色々と関係方面が煩いので、取り敢えずは一部の部隊だけでも駐屯してもらう積もりです」
その言葉に、ゲンドウは頷いた。
「まぁ、(日本)国内を押さえれば陸上兵力はそれ程は要らないでしょう」
シノはゲンドウの頷きに、そう答える。
そのシノの言葉に、冬月が確認を問うた。
「国内を押さえれば、此処を攻められる事は無いかね」
「通常戦力ならば、空挺を降ろす位ですかねぇ。
後、着上陸と言う事も考えられますけど、可能性は低いでしょうし」
シノの答えに、冬月が何処からと問い直す。
「何処から来ると言うのだね?」
「朝鮮半島北部とか、ウラジオとかカムチャッカとか」
「?」
急に具体的な地域がシノの口から出てきたので冬月は困惑してしまう。
ゲンドウは納得した様な顔で、シノに先を督す様な素振りを見せた。
「ロシアは結構、ゼーレとお友達が多いですしね。
ロシアの極東方面の部隊や北鮮なんか如何動くかは、未だ不透明ですけどね。
金で動きかねない人達が多いですから、考慮には入れておくべきでしょう」
ロシアはソ連時代でも裏面でゼーレの影響が大きかったのだが、ロシアになって自由経済化してからは、更にゼーレの影響が大きくなっていた。
そう言う意味では、金以外でもロシアなら動く事は有り得るのだ。
それに北鮮はセカンドインパクト前から極貧であったが、セカンドインパクト後はそれに輪を掛けてしまい、李朝時代以前かもしれない程に極貧であった。
貴重過ぎる外貨収入の為に、お金が積まれれば幾らでも軍隊を貸し出す可能性はあった。
「だから、日本海を通って空挺を降ろす可能性は捨てきれないのですよ。
上陸は難しいですけどね」
シノはそう言うと、眼の奥にナノマシンの残光が走る。
皆の目の前に空間干渉型のスクリーンが展開し、日本列島の地図が映し出された。
「此れを見てもらえば一目瞭然ですけど、日本海側に上陸しても、此処箱根に来るまで、野を越え山越え谷越えて、川も渡るんですよ。時間が掛かり過ぎるのでダウト」
地図上の新潟辺りから進攻ルートを示す赤い矢印線が太平洋岸へ伸びてくるが、太平洋岸に到達する前に、×マークが矢印に上書きされる。
「太平洋側を回航して新小田原とか三島辺りに上陸する事も考えられなくはないのですけど、それも時間が掛かるし衛星等からバレバレの行動になります。だからダウト」
地図上の宗谷、津軽、対馬の三海峡を赤い矢印線が太平洋に抜け様と伸びてくるが、やはり×マークが矢印に上書きされる。
シノは説明を一旦切ると、皆が理解できずにパンクしない様に間を置いた。
そして、少しの間の後に続けだした。
「後は潜水艦にでも特殊部隊を載せて夜陰に紛れて上陸・進攻と言う手もありますが、上陸できても中隊規模と言った所でしょうか。
上陸されたとしても、昨晩の演習の様な不手際を此方が行わない限りは、対処可能でしょう」
「では、空の方からの対応は如何なのかしら?」
シノの説明に頷きながらユイが、もう一方の進攻ルートである空について質問を投げ掛けた。
「空は、空自も在日米軍も此方が押さえていますから国内から上がられて攻撃を受ける事はないでしょう」
シノは空間干渉型のスクリーンを消すと、先ず国内についての安心材料を説明する。
「では、国外から日本海を渡ってくる場合は?」
「先も言いました様に、ロシアの極東方面の部隊や北鮮なんか如何動くかは、未だ不透明です。
しかし、政治的、金穀的に動かす事は可能でしょう。考慮には入れておくべきでしょう」
シノは、ユイの質問に対しての回答を一旦切る。そして、別方面の可能性について話し出した。
「後は、海の上から飛ばしてくるかもしれません」
「海上から?」
シノの急な話にユイは面食らってしまう。
そんなユイを横目に、シノは説明を続けた。
「艦載機を使う可能性はありますよ。
他にも海上及び海中から核弾頭やN2弾頭の巡航ミサイルを此処に撃ち込む可能性もありますね。
国連軍太平洋艦隊や海自は此方側ですから、ゼーレの息の掛かった国の艦隊を此方に持ってくるかもしれませんよ?
世界周航の訓練航海と言う名目で艦隊を動かす事は出来ない訳ではありませんし、訓練航海と言う名目ならば、変に難癖を付ける訳にもいきませんしね」
「おいおい、何処の国だね?」
そんなシノの言葉に冬月が呆れてしまう。
「フランスとロシアが怪しいといえば怪しいですね。
ドイツと共にゼーレが国政の中枢、軍の中枢に食い込んでいますから」
シノは皆が理解する間を与える。そして続けだした。
「そうなると、ドイツはバルト海等の沿岸海軍みたいなものですから、主力はフランスとロシアと言う所でしょうか」
胸の前で腕を組むと、シノは自分の考えに頷きながら、説明を行った。
「今時、ロジェストウェンスキーかね」
冬月はヨーロッパからの艦隊回航と言う事で、日本人には馴染み深い人を思い出してしまう。
「ツシマの仇討ちにでも来るかもしれませんよ?」
シノはそう言うと、お茶目に戯けてみせる。
「対応は、如何するのだ?」
ゲンドウは何時ものゲンドウポーズで、静かに問い直した。
「空に関しては、何如ともし難いですね。
在日米軍の部隊を急に増やすのも簡単ではないですし、空自についても同じ事です。
下手に米軍部隊を増派してもらって、来た部隊がゼーレ派でした、なんて事になったら目も当てられない。
ハード(機体)を増やす事は出来るかもしれませんが、ソフト(人)がそれに追い付きません」
シノは一同が不安になる様な事を口にする。
しかし、事実は事実である。此処は、大本営発表を行う場とは違うのだ。
機体は労力と資材があれば、それなりに増産する事は可能である。
しかし、パイロットを育成するには膨大な時間と資材が必要になる。一朝一夕にパイロットが育つ事はないのだ。
しかも戦闘をこなすのであれば、育成には尚更の時間が必要になってしまう。
「海に関しては、航宙軍の海上戦力を持ってくる予定です」
シノはSHADO以来の伝統あるスカイダイバーの部隊を日本列島近海へ増派してもらう手筈を整えていた。
「後は何処までカバー出来るか、かね?」
日本列島を取り囲む四海は広いのだと、冬月がシノに問い掛ける。
「陽動で他を襲う事も考えられますが、目標は此処ですからね。
それなりに日本列島には近づきますから、監視はし易いと言えば、し易いでしょう。
航宙軍からは、此処と日本周辺を常時カバーする様に偵察衛星を複数敷設させています。
他には、洋上哨戒を厳にしてもらいます」
「後は、どれ位(時間が)掛かるか、か」
ゲンドウの質問に、シノは目論見を答えた。
「衛星については、来月初頭に全て敷設が終わります。
部隊については、来年1月中には、オンステージ(作戦展開)出来る様にしたいですね」
「問題ない」
シノの回答に、何時ものセリフを口にするゲンドウ。当然に様に、隣に座るユイのハリセンがゲンドウの頭に炸裂したのであった。
ハリセンの一撃でゲンドウを撃沈したユイはシノの方を振り向いた。
それは何か“一仕事したぁ”と言う様、非常にな良い笑顔で。その笑顔にはシノですら、怖気を震ってしまう。
そんな光景を見てシノは、変な疑問が浮かんでしまった。
(何で出来ているのですかね?あのハリセン)
そんな疑問を察したかの様にユイは、先程の笑みとは異なる誤魔化し笑いを浮かべた。
「別に特殊な素材じゃないわよ?」
しかし、沈んでいるゲンドウ以外の座の一同は、そんなユイの言葉を信じませんという目をユイに向ける。
そして、一同の追及を逃れる様に、ユイは話題を変えた。
「後の問題は、量産機ね」
シノは、そんなユイに“逃げましたね”という視線を投げ掛けて、口を開いた。
「儀式を行うには必要臭いですし、此方もエヴァを持っていますから。
爺様達としては、エヴァ量産機は必要なモノなんでしょうね」
一旦言葉を切ると、シノは一同を見回し話を続ける。
「量産機の建造については、一応は順調と言うのが諜報等から得られた情報の分析結果ですね」
「一応?」
リツコが聞き返す。
「上海のだけは遅れているのですよ」
「何でまた?」
当然の様に、リツコは聞き返す。
しかし、それに対するシノの返答は、結構曖昧であった。
「まぁ、何と言いましょうかぁ〜、一つのそのですねぇ、
品質管理が徹底していないと言うか、
工程管理が徹底していないと言うか、
工作技術が確りしていないと言うか、
クオリティが低過ぎると言うかですねぇ………」
余りに理由が多過ぎて、シノも如何答えて良いか困ってしまったのだ。
「つまり、部品レベルから品質が低くて、建造が難航していると」
ユイがそれを引き取る様に、シノの回答を意訳する。
「簡単に言えば、そう言う事です」
そう言いながら、シノは如何にか言いたい事が通じてくれたらしい事に安堵する。
「他は如何なのだ?」
何時の間にか復活したゲンドウが短い言葉で問い掛けてくる。
「ドイツはスケジュール通りに順調」
シノは言葉を切ると、座を見回す。
「フランスは予定通りの遅れ。但し、遅延は予定内に収まっている様ですね」
そしてシノは又言葉を切り、座を見回す。そして、質問が無い事を確認し、続けだした。
「ロシアは一応はスケジュール通りですけど」
シノが途中で言葉を切ったので、ゲンドウが訝しげに、シノに次を督す。
「何か」
「出来上がってみないと、動くか如何か判らないと言うのが本音ですかね」
シノは言い切ると、座から質問が出てくるか、一同を見回した。質問が無さそうなので、又続けだす。
「オーストラリアは順調ですね。
但し、主要部品等はドイツで製造したモノを使いますから、この辺が遅れたら遅延するでしょうね」
そう言うと、シノはナオコの方へ顔を向けた。
「ナオコさんの方で建造している参号機と四号機が量産機のベースですから、スペックについてはナオコさんの方で纏めて貰えませんか?」
そのシノのお願いにナオコは微笑みながら快諾した。
『判ったわ。早急に纏めておきましょう』
そして、又、ゲンドウの短い質問が来る。しかし、主語位はハッキリさせた方が良いと思うのだが。
「建造場所の特定は?」
その質問に、シノも嘲りを含んだ質問で返す。
「其方では、掴めて居ないのですか?」
此方では掴めていますよ、と言外に匂わせるアクセントの言い回しがスパイスだろう。
「………」
何も言い返す材料が無いゲンドウは、何時ものポーズで黙り込むだけである。
それを見かねた冬月が、助け舟を出した。
「ウチの諜報部では何如ともし難いのだよ」
此れ人は、白旗を上げた、と言う。
シノは肩を竦めると、この座で公開して良い情報を話し出した。
「ドイツでは造船所のドックを改装して建造しています。その場所も特定しています」
シノの眼の奥にナノマシンの残光が走ると、空間干渉型スクリーンに衛星写真が映し出された。
「ドイツは第三支部周辺に大規模施設がありますから、建造の最終段階は其方に移すと思います」
そしてスクリーンの画像が切り替わる。やはり、映し出されるのは衛星写真であった。
「フランスは特定出来ていますが、警備が厳重ですね」
「どれ位だ?」
ゲンドウが聞き返す。しかし、非常に短い質問の言葉ではある。
「陸軍が出てきています。警察と併せると、少人数での襲撃とかは考えない方が良いでしょう。
警察も軍もそう言う警備に手馴れた部隊を動員していますから」
ゲンドウが頷いた事を確認して、シノはスクリーンの画像を切り替えた。
切り替わった画像は、今度は地上からのロングショットが映し出される。
「ロシアも特定できています。警備も厳重ですけど、穴も無いわけじゃないですね」
今度も切り替わった画像は、地上からのロングショットである。しかし、先程よりは近くで撮影されたのか、出入りしていると思われる車両が大きく見える。
「オーストラリアも場所は判っています。警備もそれなりですけど、手薄ですかね」
そう言うと、又はスクリーンの画像は切り替わる。今度の映像も先の映像程のロングショットである。
ただ、そこいら中に人が居る様で、やたらと人の数が多い様に見える。そして、何故か塀の上には看板らしきものが建っている。
「上海は堂々と看板だしてますよ(汗)。警備は“じんみんのうみ〜”ですかね」
シノは説明しながらも、看板についての論評は差し控えた。
シノにとっても、中国五千年は侮り難く理解し難い世界なのかもしれない。
「工作等は出来ないのか」
何と言うか、ゲンドウの質問は非常に短い言葉で終始してしまう。尤も、その様な短い言葉で会話が成立しているこの座の一同も好い加減慣れたモノなのかもしれない。
「やはり対使徒戦と言う錦の御旗がありますから」
ユイがゲンドウの質問に、やんわりと釘を刺す。
「まぁ、上海は放うっておいても、ひっじょーに遅れるでしょうから良いとして」
陰険そうな笑みを口の端に浮かべて、シノは中国については切り捨てた。
「それとなく邪魔が出来るのはオーストラリアでしょうかね」
何時もはクルービューティを地で行くシノが、子供が悪戯の計画を話す様な眼で切り出した。
「邪魔かね」
付き合いの長い冬月は、そんなシノの顔を見てヤレヤレと言う風に聞き返す。
シノは悪戯小僧の様な顔を一瞬で元に戻すと、簡単に計画を話しだした。
「ドイツからの船便を遅らせます。
海上臨検をやっても良いですし、船会社そのものでサボタージュを行わせても良いでしょう」
そのシノの計画に穴を見つけて、冬月が聞き返した。
「臨検は良いとして、サボタージュは難しかろう。運送には、ゼーレ肝煎りの船会社を使うだろうから」
その一言に、シノはニヤリと口の端を歪めた。
「ゼーレは気付いていませんけどね、大型船舶を所有する船会社の大多数はコッチに取り込んでありますよ。
ゼーレの息が掛かっている会社も例外なくね」
そして、シノが“此れで昨日の演習の憂さを晴らせる”とか“ストレス解消”とかブツブツ言うのを、皆は聞こえない振りをしたのであった。
To be continued...
(2008.10.04 初版)
(Postscript)
お約束通りに第8話中編をお届けします。
第8話中編は、ネルフ本部首脳陣のヒソヒソ話です(笑)。
裏死海文書については、余り掲載している作品も少ないので、書いてみようかと、ノストラダムスの「ミシェル・ノストラダムス師の予言集(諸世紀)」っぽく書いてみました。
私の作品の場合、使徒出現日時は『綾波育成計画』を元にしていますので、伸版裏死海文書の出現日時も準拠しています。
さて、次回後編はマトリエルたんの出番だ。