新世紀エヴァンゲリオン 〜The place at which a wind arrives〜

第六話 嵐が去りて残るモノ

presented by tai様












 それまでの鈍足な行動が嘘だったかのように勢いよく紫の巨人に襲い掛かる使徒・サキエル。

 サキエルは勢いのままに腕を振りかぶるとそれを初号機―――――シルフィードへと振り下ろした。

 その瞬間、発令所にいた人間は一人を除いてこう思った。



 『当たる!』



 それはそうだ。

 動くかどうか、パイロットの状態はどうなのか、素人が初めての実戦で敏速な動きができるのか。

 不安要素は数え上げればキリがない。

 唯一『避けて!』と心のままに声を出したミサトですら、それはただの願望に過ぎなかったのだから。

 だが



 「―――――いきなり暴力ってのはどうかと思うなぁ」



 次の瞬間、初号機は全ての予想を裏切ってその攻撃をかわした。

 それだけではない。

 かわしざまにサキエルの腕を掴み、そのまま空いた方の腕をサキエルの白い仮面に伸ばし



 べしっ!



 デコピンをかました。















 「んなっ!?」



 ミサトの間の抜けた声は発令所総員の心の叫びを代弁したといってよいだろう。

 まさか攻撃をかわしたあげく、使徒に攻撃―――――そう呼べるのかは別として、を初号機が行ったのだから。

 しかし、驚愕はなおも続く。

 サキエルの腕から現れた光の槍、光線、打撃、体当たり。

 その攻撃全てを初号機は危げなくかわし続ける。

 その余裕のある避け様はまるで武闘の達人のようだった。

 ただ、避け様に打ち込むデコピンだけは場にそぐわぬマヌケさ故に違和感をかもしだしているのだが。



 「ど、どういうこと!? シンジ君は確か格闘技とかは」

 「修めていないはずよ。諜報部の調べた限りではね」



 ミサトの狼狽した問いにリツコが答える。

 だが、当のリツコも内心では狼狽していたのだ。

 仮に、シンジが隠れて格闘技やケンカなどに明け暮れていたとしよう。

 碇本家に引き取られてからはほぼその生活が不明だった以上、それ自体に違和感はない。

 しかしそれでも初号機の動きは説明できない、できるはずがない。

 何故なら、相手は人間ではなく使徒。

 光の槍やビームを相手にする機会などあるはずがないのだ。



 (あれがシンジ君の仕業だと言うの……? ありえない。そんなはずがない。一体どういうことなの……?)



 隣でぎゃあぎゃあ騒ぐ親友を他所に、思考の海へと沈んでいくリツコ。

 そして彼女はふと『その事実』に気が付く。

 他の者は初号機の動きばかりに気をとられていたが故に気がつけなかったとんでもない事実に。



 「―――――そんな!?」

 「わっ! ど、どうしたのよリツコ! いきなり大声あげたらビックリするじゃない!」



 お前が言うな。

 などと律儀なツッコミをする者は残念ながら発令所にはいなかったが、リツコはミサトの異議を意に介すことなくモニターに目を向ける。

 当然、不信を持ったミサトはリツコを振り向かせようと彼女の肩に手を伸ばし―――――かけて止めた。

 何故ならば、リツコがこれ以上ないほど真剣な表情でモニターを見つめていたからである。



 「リツコ?」

 「なんてこと……今まで気が付かなかったなんて!」

 「へ? な、何が?」

 「気が付かないの、ミサト。使徒は国連軍の攻撃を防ぎきった。それは何故?」

 「そりゃ使徒の方が強かったからでしょ」

 「あのねミサト……作戦部長ともあろうものがそんな小学生並みの回答でどうするのよ」

 「だ、だって事実じゃない」



 リツコの冷たい視線にミサトは少し引いてしまう。

 リツコはそんなミサトの様子にこっそりと溜息をつきながら説明を始めた。



 「……使徒が強者たる所以、それはAbsolute Terra Field(アブソリュート・テラ・フィールド) 、通称ATフィールドの存在に他ならない」

 「え、あ、うん、そういうことね。それで?」

 「ミサイルにしろ、戦闘機の特攻にしろ、ATフィールドがある以上使徒に傷をつけることは出来ない」

 「それくらい知ってるわよ。リツコ、あたしを馬鹿にしてるの?」

 「そういう言葉は普段からちゃんと書類を読んでから言ってほしいわね……」

 「うぐっ、で、なんなのよ結局は?」

 「まだ気が付かない? 使徒は攻撃をATフィールドで防ぐのよ?」

 「…………あ!?」



 そこでようやくミサトも気が付いた。

 そう、先程から繰り出されているデコピンは使徒の体に『当たっている』のだ。



 「まさか中和しているの? 初号機が!?」

 「いえ、それはないわ。だって初号機からATフィールドの発生は認められないもの」

 「じゃ、じゃあどうして!?」

 「あのデコピンを使徒は攻撃と認めていないから……って言いたいところだけど。それはないわね、使徒は展開しているもの、ほら」



 サキエルの攻撃をまたもやかわした初号機がやはりデコピンをしようと手を伸ばす。

 瞬間、その前方に赤い壁が発生する―――――ATフィールドである。

 だが、初号機の手は『そこに何もなかったかのように』その壁をすり抜けてデコピンをヒットさせた。



 「す、すり抜けてる?」

 「そう、ATフィールド同士による中和ではない。一方的な侵食でもない。無効化するわけでもない。

  ただ、初号機にとって、あの赤い壁はないに等しいものにしか過ぎない。そんな感じかしら」

 「ど、どういうことなの? それって?」

 「わからないわ」

 「わからないって……」

 「わかるなら最初からエヴァなんて誰も使わないわよ。まあ、言えることがあるとすれば……」

 「すれば?」



 ふっ、とリツコは自嘲の笑みを浮かべ、そして両手をあげてミサトを見た。



 「私たちは現在何の役にも立たないってことよ」















 「困ったね」



 全然困った風には聞こえない声音でシンジが呟く。

 その間にも続くサキエルの攻撃の嵐。

 だが、そのことごとくをシンジは―――――初号機(シルフィード)は避け続ける。



 「やれやれ、話も聞いてもらえない。しかもあちらさんからは何かに対する執着しか感じやしないし……」



 ぼやきつつもシンジはデコピンを続ける。

 無論、サキエルに対するダメージにはなっていない。

 シンジ的には、このデコピンは単に「暴力は良くないよ〜」的な意味しかない。

 だが、あいにくその意はサキエルに通じていないようだ。



 「さて……え? コア? そこに触れば伝達率が上がる? ああなるほど、シルフィードの『居る』ところのようなものなのか、あれ」



 シルフィードから何事かを聞いたシンジは意識を前に向けるとその視線の先にある赤い球体を見つめた。

 それはコアと呼ばれるもの。

 使徒のエネルギー源であり、また弱点に位置するもの。



 「じゃ、失礼っ」



 シンジの意に従い、紫の巨人は光の槍を掻い潜るとコアめがけて掌底を放つ。

 が、それはコアを破壊するためではなく、ただ触るためだけに放たれたものだった。















 「…………悪いね。それは看過できない」















 カッ―――――!!!



 「え―――――」



 その数秒後、モニターを見つめるだけの観客と化していた発令所の人間は口を揃えてこう呟いた。

 眼前のモニターに映し出されていたのは眩いばかりの閃光。

 続いて聞こえてくる爆発の轟音。

 そう、コアに手を触れられたサキエルが自爆したのだ。



 「―――――初号機は!?」



 最も早くその衝撃から立ち直ったのはやはりミサト。

 モニターを食い入るように見つめるその瞳にはシンジを心配する感情と事態についていけなかった悔しさがブレンドされていた。



 「あ、はい、初号機は……無事です! 傷一つありません!」



 その報告と同時に「わあっ!」と歓声に湧く発令所。

 何がおきるかわからない使徒戦でほぼ(予定外の)損害なしで終了を迎えたのだ。

 自分達は戦闘中なんの役にも立たなかったとはいえ、嬉しいものは嬉しい。

 負ければ世界滅亡だったのだ。

 そのプレッシャーから一旦とはいえ開放された喜びは彼らを浮かれさせるのに十分なものであった。



 そう、モニターに映る初号機を見て顔をしかめる四人の人物を除いては。















 (確かに、使徒は倒れた。けど……)



 ギリッ! と歯を軋ませて俯くミサト。

 自分は何の役にも立たなかった。

 出来たことといえばモニターを見るだけ。

 損害なしに使徒が倒れたことは素直に嬉しい。

 だが、そこに自分が関与できなかったことが彼女の心に影を落としていた。



 (次こそは……!)



 爛々と暗い輝きに燃える瞳は紫の巨人を射るように見つめているのだった。















 (……碇シンジ。司令の実の息子にして碇ユイの息子……)



 ミサトとは対照的にどこまでも覚めた瞳で初号機を見つめるリツコ。

 彼女が考えることは多くあった。



 あの初号機を動かしていたのはシンジなのか?

 だとして、どうやってあんな動きを?

 ATフィールドを意にも介しなかったのは何故? どうやって?

 使徒は何故自爆したのか?

 何より、何故初号機はあの爆発の中無傷だったのか?



 疑問は尽きない。

 が、それと同時に興味がわいて来る。

 父親の意図通りに育たず、全く底を見せない少年。

 レイに酷似した渚カヲルと名乗った少年も興味深い。

 久方ぶりに現れた知識欲を掻き立ててくれる存在。

 リツコは先程の戦闘データをまとめつつも口元を軽くつり上げて微笑むのだった。















 「碇……これは想定外だぞ?」

 「…………」



 歓喜にわく発令所を見下ろしながら男二人―――――ゲンドウと冬月はどこか呆けた顔つきで初号機を見ていた。

 うろたえる冬月とは反対に微動だにしないゲンドウだったが、その心の中は乱れに乱れていた。



 母親に縋らざるを得ない、惰弱な精神はずの息子は得体の知れない人間に。

 そこそこの起動率で動くはずの初号機は0%で何故か起動。

 サキエルに程よく痛めつけられ暴走し、ユイの覚醒を促すはずがなんの損傷もなく勝利。



 (おのれ……!)



 サングラスの奥で苛立たしげな両目が歪む。

 彼、碇ゲンドウという男は徹底して現実主義者だ。

 目の前で起こった事実はそれはそれとして認めるし、目的の為に手段を履き違えるような真似はしない。

 そうでなかったら彼はここまでの地位に上り詰めることは出来なかったのだから。

 だが、いかんせん彼は傲慢にして認識力が足りない。

 一度物事をこうだと脳内に保存してしまうと、それを変えることはないのだ。

 だからこそユイは彼の中では偶像のごとく聖母であるし、シンジは自分に縋って泣いていた子供のまま。

 ユイを除く人間は自分とは相容れぬ、心の通う人とは思わず道具としてみなす、そういう風に頑なに考えているのだ。

 故に彼は変化することを嫌う、否、認めないのである。

 現実とは常に変化するからこそ現実だというのに。



 にも関わらず自分のたてたシナリオは舞台俳優ごと変化した。

 それも悪い方向にだ。

 その苛立ちと憤怒、そして嫌悪はいかほどのものか。



 「碇?」

 「……問題ない、確かに想定外の結果にはなった。だが、十分修正範囲内だ」



 震えは声に出さず、ただ硬く音を紡ぎだす。

 心の内を表面には出さない、出してはいけない。

 冷静さを失えば判断力が鈍る、頭が回らなくなる。

 それがこの先においてどれだけのマイナスになるかはよくわかっている。



 「恐らく老人達から呼び出しがかかるだろうな」

 「……奴らには口をだすことしかできんさ」



 故にゲンドウは全ての感情と思惑をサングラスの下に押し込めて返事をするのだった。















 「嵐は去り、残るは静寂の巨人……か」



 人っ子一人いない瓦礫の山の上でアルビノの少年が呟く。

 少年―――――カヲルはうっすらと淡い笑みを浮かべると満足そうに初号機の姿を見上げた。

 

 「かくして劇の幕は上がる。さて、この枝は大輪の花を咲かせるのか、それとも実の重みに耐えられず折れてしまうのか」



 頬を撫でる風の感触に微笑みながら歩き出す。

 腕に抱えた少女を起こさぬよう、ゆっくり、ゆっくりと。















 「全ては風の吹くまま―――――でもまあ、今はとりあえずこの娘を病院に連れて行くかな」










To be continued...


(あとがき)

規程ギリギリで投稿、ダメダメだ私……じ、次回は早めにあげたいと思います!
シンジは目立ってないわレイは出ないわと色々問題のある話でした。
ゲンドウをもう少し威厳のある悪党にしたいのですが、これじゃあ小悪党にしか見えませんねー(苦笑
原作っぽさを出すのが難しいです
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