第七話 シャムシェル、襲来
presented by トシ様
第三新東京市郊外の森奥深く。
その森の中、日の光も殆ど差し込まない一角から、乾いた音が響いている。
途切れる事無く響いていたその音は、不意に鳴り止み、それと同時に二つの人影が現れた。
両手に木刀を持ち、互いに睨み合っている。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」
「どうしたシンジ、もう終わりか?」
その内の一人である恭也が、涼しい顔で相手もう一人、シンジに尋ねる。
すると、シンジは答えず、その代わりに両手を交差させ、前傾姿勢になり、ゆっくりと闘気を漲らせる。
「ほう……」
そんな弟の姿に、微かに笑みを浮かべると、恭也も両手を交差し、似たような構えを取った。
二人の間で闘気と殺気が渦巻くが、互いに動こうとはしない。
今の二人は、共に限界まで空気を入れた風船に、針をそえたような状態だ。
何かの拍子に傾けば、それだけで破裂する。
そして、
「……おにいちゃん?」
その声と共に、風船は破裂した。
「おぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!!!」
裂帛の気合と共に駆け出したシンジは、その両手を鞭の様に撓らせ、高速の連続刺突を繰り出す。
―小太刀二刀・御神流 裏 奥義之弐 風塵―
放たれた幾多の刺突は、そのどれもが正確に急所へと迫る。
それは、暗殺を生業とする不破一族が、速度と正確さを極限まで追求した果てに生まれた、必殺の突進術。
だが、相手も不破。
故に、その返し方や打ち崩す技も、当然熟知していた。
「せえぇぇぇぇぇぇぇいいい!!!」
シンジからやや遅れて駆け出した恭也は、同じように連撃を放った。
―小太刀二刀・御神流 奥義之伍 花菱―
それは斬撃の他に両手両足を用いた打撃を織り交ぜた、御神流で最も手数の多い技。
迫り来る刺突の嵐を『斬』の連撃で打ち払い、流し、捌き、そして、シンジの繰り出した右の刺突を流した瞬間、
「はっ!」
受け流した小太刀の峰を、自身が持つ右の小太刀で勢いよく叩き、強制的にシンジの体勢を崩す。
「しまっ……!?」
シンジは慌てて急制動を掛けるが、時既に遅し。
「けやっ!」
シンジが急制動を掛けると同時に、『徹』を込めた恭也の蹴りが、シンジの腹部に突き刺さる。
その衝撃にシンジの力が緩んだ瞬間、恭也はその足を旋回させ、シンジを地面へと叩きつけた。
「かはっ!?」
背中に走った痛みで一瞬だけ呼吸が止まる。
ほんの一瞬、だが、それは戦闘に於いては、致命的な隙を相手に与えてしまう時間。
「終わりだ」
「……参りました」
その一瞬の間に剣先を突きつけられたシンジは、静かに敗北を認め、朝の鍛錬は終了した。
鍛錬を終えた二人は、近くにある木陰に目を向けた。
そこには、運動用のジャージに身を包んだレイがじっと2人を見ている。
「レイ、そっちは終わったのか?」
「(コクン)それで、琴絵さんがもうすぐご飯だからって」
「そっか。美由希ちゃんは?」
「先に帰って、琴絵さんのお手伝い中」
その答えに軽く頷くと、シンジ達は木刀や訓練用の木製飛針を片付け、家に向かって歩き出した。
「どうだ? レイも少しは慣れたか?」
「うん……。ネルフでも、ある程度は訓練してたから」
「そっか。下地があるなら、割と早く覚えられそうだね」
現在、レイは美由希と琴絵から御神流の護身術や体術を教わっている。
小太刀の二刀でもいいのだが、今から教えたのでは基礎を覚えるだけでも半年は掛かってしまう。
その点、護身術や体術のような徒手格闘は、基本的な事はネルフの訓練で教わっている為、それなりに早く覚えれるだろうと考えたのだ。
とは言っても、まだ退院したばかりのレイに激しい運動は出来ない。
その為、今は歩法や呼吸法、簡単な関節技などを教えている。
ちなみに琴絵曰く、
「筋はいいけど、体力があまり無いのが問題かな。怪我が治ったら、そこも鍛えていかないとね」
だそうだ。
家に帰り、交代でシャワーを浴び終えた頃に、朝食の時間になった。
黙々と朝食を食べていると、ふと思い出したように、琴絵が口を開いた。
「そう言えば……シンジ君と美由希ちゃんは、今日から中学校に行くのよね?」
「ええ。手続きなんかは、美影さんがしておいたそうですから」
「私……まだ入学したばっかりだったのに……」
シンジの横では、美由希が重々しく溜息を吐いている。
確かに、入学から二ヶ月あまりで転校というのは、そうそう体験できる事ではないだろう。
「そう文句を言わないの。それで、制服はもう届いてるわよね?」
「ええ。まぁ、僕は大して変わりませんが」
シンジの言う通り、男子の制服なんてのは大抵がカッターシャツに黒いズボンだ。
「僕はカッターシャツの色、黒がいいんですけどねぇ……。なんで白なんだろう」
黒い格好をこよなく愛するシンジは、やれやれと言った感じで溜息を吐いた。
ちなみに暗色系統を好むのは、不破の男性の共通点だったりする。
その理由が、『返り血や汚れが目立ちにくい』という、少々物騒な理由であるというのも、どうかと思うのだが。
「まあ、それは我慢しなさい。それと、シンジ君は……やっぱり長袖になるのよねぇ」
琴絵がそう言うと、シンジは苦笑いを浮かべつつ、「そうですねぇ」と、気のない返事を返した。
これは恭也にも言えることだが、二人とも常に長袖の服を着ている。
と言うのも、二人の体、特に腕には、多数の刀傷が刻まれているのだ。
そのどれもが鍛錬でついた傷であり、あまり人に見せるようなものではない。
余談だが、かつて御神一族の男性方が揃って海水浴に行った日、その海水浴場は一瞬で御神一行の貸切になったらしい。
……そりゃあ、体中刀傷だらけ(一部銃創あり)の筋肉質な若い衆が現れたら、誰だって引くよなぁ。
そんな会話をしながら朝食を終えると、着替えを済ませたシンジ、レイ、美由希の3人は、揃って学校に向かった。
「「「いってきます」」」
「いってらしゃ〜い」
「気をつけてな」
玄関の引き戸が閉まり、三人の気配が遠ざかったのを確認すると、残った二人、恭也と琴絵の気配が鋭くなった。
「さて……。恭也君、あの髭さん、動くと思う?」
「十中八九。夜の内に見回りをしましたが、幾つかの視線を感じましたから」
「やっぱりね。それで、数と錬度は?」
「私が察知したのは六名。力量は、御剣の下忍と同等、もしくはそれ以下かと」
「そう、仕方ないわね。……不破恭也。宗家が一人、御神琴絵の名において命じます。その不埒者を、全て処理しなさい」
「御意に」
跪きながらそう答えると、恭也は自身の愛刀を持ち、森の奥深くへと消えていった。
その数分後、周囲を囲む森に、罠が発動する音と、何人かの悲鳴が響き渡った。
場所は変わって、第三新東京市立第壱中学校。
そこの2年A組の教室では、一人の少年がプラモデル片手に戦闘ごっこを演じていた。
これが幼い子供ならまだ可愛げがあるが、いい年した少年がしても痛いだけだ。
実際、周りの生徒達もかなり引いているのだが、当の本人は、
「ヒューン、ドドドドド、ドーン……ダダダダダ」
周りの空気にも気付かずに、効果音を口ずさみつつ1人悦に入っている。
……駄目だこりゃぁ。
彼の名前は相田ケンスケ。
『壱中のパパラッチ』の異名を持つ、壱中一の情報通(自称)である。
そんな彼の迫真(?)の演技が佳境に入る頃、一人の男子生徒が教室に入ってきた。
割とガッシリとした体付きに、気の強そうな顔立ち。
そして、何故かジャージ。
明らかに校則違反だと思われるのだが、何故か彼には似合っていた。
もう、ジャージと言えば彼、彼と言えばジャージと言っても過言ではない程、その着こなしには隙が無い。
彼は鈴原トウジ。
このクラスの、ムードメーカー的な存在である。
ついでに言うと、ケンスケの数少ない友人だったりする。・・・物好きだな。
「なんやケンスケ……また戦争ごっこかいな」
「ヒュドーン……うるさいなぁ、いいだろう、俺の趣味なんだから」
トウジが話しかけると、ケンスケは不満そうな顔で返した。
「ワイには何が楽しいんか、さっぱり分からんけどなぁ」
そう言うと、トウジは自分の席に着き、そのままぐて〜っと机に突っ伏した。
ケンスケはそんなトウジに近づくと、小声で話し始めた。
「それよりトウジ、知ってるか。今日、転校生が来るらしいぜ」
「ほぉ、こんな時期に珍しいのぉ。で、どんなヤツや?」
「それが、詳しい事は分からなかったんだよ。分かってるのは、俺達と同い年らしいって事だけだ」
悔しそうな顔でケンスケが言う。
彼、相田ケンスケの父親は、ネルフの情報部に所属している。
そしてケンスケは、父親のIDを利用し、度々ネルフのデータベースにハッキングを仕掛けているのだ。
一応言っておくが、これはれっきとした犯罪である。
なので、これをご覧になっている皆様は、決して真似をしないように。
話がずれたが、そんな事をしているせいか、彼のハッキング技術は一般市民にしてはかなりのレベルである。
そう、あくまで一般市民にしては、だ。
それが裏の世界では最下層、駆け出しの新米ハッカーにも劣るような稚拙な技術であっても、まあそれなりの技術を有している。
もっとも、ケンスケ自身は自分のハッキング技術はかなりのモノだと思っているようだが。
思い上がりも甚だしい。
まあともかく、そんな自分でも詳しい情報を手に入れられなかった事を、彼は悔しがっているのだ。
「まったく……もう少し知る権利を保障してもらいたいよ」
と愚痴っているが、お前の場合はその前にプライバシーの権利を守れや。
そんな事を言っていると、教室の引き戸を開け、一人の女子生徒が入ってきた。
蒼銀の髪に紅玉の瞳を持つ少女、レイである。
彼女が教室に入っても、誰一人として話し掛けようとしない。
何故なら、他人とのコミュニケーションが苦手だったレイは、誰かが話しかけても事務的な言葉しか返さなかった。
それに日常生活における知識を知らなかったせいか、挨拶と言うモノもまともにした事もない。
故に、クラスの生徒達からは『綺麗だけど取っ付き難い人』という印象を持たれているのだ。
かと言って誰も話しかけないのかと言えば、答えは否である。
黙って自分の席に着いたレイに、一人の女子生徒が話し掛けた。
「おはよう、綾波さん」
にっこりと笑いながらレイに話し掛けた少女。
黒髪をお下げにした、多少雀斑が目立つが、それでも十分可愛らしいと言える顔立ちをしている。
洞木ヒカリ。
このクラスの委員長である。
責任感の強い彼女は、クラスで孤立しがちなレイに、こうして度々話し掛けていた。
とは言え、レイが返事を返した事はほんの数回、それこそ片手でも事足りるぐらいだ。
故に、彼女も返事が返ってくることを期待してはいなかった為、
「……おはよう」
その予想外の言葉に、思わず固まってしまったとしても、無理の無い話であった。
一方、自分の言葉に固まってしまったヒカリ、否、クラスの生徒達を見たレイは、その光景にキョトンとしていた。
表面上はいつもの無表情だが、頭の中では『???』という記号が飛び交っていた。
彼女が考えているのは、何故彼らはそんな不思議そうな顔で自分を見ているのだろうかという疑問だけ。
別に何か変な事をした覚えは無い、自分はただ、兄達に教わった常識にのっとり、返事を返しただけなのだから。
そんな事を考えながら席に着くと、彼女が椅子を引いた音に反応したのか、生徒達が我に返った。
「あの……綾波さん?」
「……なに?」
おずおずと尋ねるヒカリに、レイは簡潔ながら、感情を込めた声で対応する。
そこに今までのような拒絶の意思を感じなかったヒカリは、少しだけホッとしつつ、言葉を紡ぐ。
「えっと……今、挨拶、してくれた?」
「(コクリ)お兄ちゃん達が、挨拶を返すのは、人としての最低限の礼儀だって言ってたから」
「でも……なんで今までは……」
「今まで私を育てた人が、教えてくれなかったから」
それを聞いたヒカリや他の生徒は、思わず絶句した。
それはつまり、自分で育てておきながら、日常生活における常識や礼儀を、全く教えていなかったという事なのだから。
「綾波さん、その……あなたを育てたのって、どんな人だったの?」
レイの言葉から連想した育て親に怒りを感じつつヒカリが尋ねると、レイは暫く考え込んだ後、
「……髭面のオジサン。お兄ちゃん達が言うには、救い様の無い変態 だって」
そう言い放った。
実は、レイが退院してから、シンジ達はゲンドウの悪行や性癖を余すところ無くレイに伝え、ゲンドウに対する意識の改善をさせたのだ。
なにせ脚色しなくても、十分、その外道変態っぷりを教えられる話題の多いゲンドウだ。
レイに植え付けられていた優しい父親像を打ち壊すには十分すぎた。
そしてトドメになったのが、御剣が総力を挙げて調べた最終兵器、『ゲンドウが最後に寝小便をした歳』 である。
それによると、ヤツが最後に小便を垂らしたのは48歳の時……つまり、つい最近だった。
正確にはシンジと恭也が、ゲンドウの目の前で子飼の部下を血の海に沈めた翌日。
その光景を夢で見てしまった、ろくぶんぎげんどうくん(48さい)は、とっても立派な世界地図を描いてしまったのだ。
一組織の長ともあろう者が、情けない……。
それを聞いた時、レイの中にあった、ゲンドウへの敬意は完全に崩壊、それこそ、ゴ○ラがやって来た時の国会議事堂や城の如く、もう完全に崩れ去った。
ついでに言うとこの時、御剣の方々が持ってきた、ある写真も一緒に見たのだが……。
それは、寝相の悪いゲンドウが自身の描いた世界地図(多分ユーラシア大陸辺り)に顔を押し付け、気持ち良さそうに寝ている姿 だった。
ついでにこの時、あらかじめ仕掛けておいた盗聴器からは、鼾ではなく、何かを啜る音 が聞こえており、それもバッチリ録音されていたのだ。
この写真+録音テープにより、ゲンドウが植え付けていた『紳士的な自分』というイメージは一瞬で十七分割され、代わりに『マゾっ気がある変態』という確固たるイメージが登録された。
流石にこの内容は話さなかったが、レイの言った「救い様の無い変態」と言う言葉からどんな奴かを想像した生徒達は、レイに同情したような視線を送っていた。
女子生徒の中には、「綾波さん、可哀想……」と言いながら涙ぐんでいる者もいる。
彼らがどんな想像をしたかは知らないが、まぁその想像図に間違いは無いだろう、いや、本当はその数百倍の変態外道度を誇るのだが。
「綾波さん……苦労したのね……」
そう言ってヒカリがレイの肩に手を置くと、レイはその手を握り、
「ありがとう……。でも、今はお兄ちゃん達がいるから、もう平気……」
と、微かに微笑みながらそう言った。
その笑顔は誰もが見惚れるほど綺麗なものだったのだが、生徒達は約一名を除き、その笑顔に涙を誘われていた。
一方、上で書いた約一名であるケンスケは、残像を残すような速度でレイの周りを動き、その笑顔をカメラに収め続けていた。
なお時折、
「うぉおおお、売れる、売れるぞぉおお!!!」
だの、
「でも綾波って、笑うと可愛いんだな……ハァハァ……」
だのという声が聞こえており、心なしか顔も赤くなっていらっしゃる。
一目惚れだろうか?
だとしたら止めておけ、君じゃあレイの兄君二人の『妹の恋人選抜試験(参加される前には、あらかじめ遺書を書くことをお勧めします)』に耐えられないから。
ちなみにこれがなのはになると、兄君二人の選抜試験を乗り越えた後に、士郎さんの『娘の恋人選抜試験〜俺の屍を越えて逝け〜』が待ち構えているので要注意だ。
ついでに言うと、その試験の第一段階が『自分が仕掛ける奇襲から、一週間逃げ続ける』である辺り、試験の趣旨は恋人の選抜ではなく、娘に近づく野郎共の排除が目的だと思われる。
そんな会話を続ける内にHRの時間となり、クラスの担任である年配の男性、というよりは老人が入ってくる。
「みなさん、おはようございます。
欠席は……ないようですね、結構、結構……。
え〜、連絡事項は特にありませんが、代わりに、転校生を紹介しましょう」
その言葉にクラスが活気付く。
「はい、静かに……。
では、不破君、入ってきなさい……」
その言葉に少し遅れてシンジが入ってくると、クラスの女子生徒達から黄色い悲鳴が上がった。
ユイに似た中性的な顔立ちと、細身ではあるがしっかりとした体付きをしているシンジは、相当格好良い部類に入るのだ。
……まぁ、もう売約済みだが。
「では不破君、自己紹介を……」
「はい。
えっと……静岡から引っ越してきました、不破シンジです。
これから、よろしくお願いします」
無難な、言い換えれば面白みの無い挨拶を終えて担任が「質問のある人は?」と聞くと、クラス中から手が挙がった。
それを見た担任が一時間目を自習とし、シンジへの質問タイムとすると言うと、教室内に歓声が沸いた。
では、質問タイムの様子をダイジェストでお送りしよう。
「趣味は?」
「特に無いなぁ……強いて言えば、ぼ〜っとする事、かな」
「特技は?」
「家伝の剣術を少々」
「身長は?」
「確か……151、だったかな」
「恋人はいるの?」
「えっと……はい(照)」
「今一番欲しいものは?」
「平穏な休日……かな(遠い目)」
以上、シンジへの質問タイムをお送りしました。
なお、恋人は〜の所でクラスの女子生徒の大半が落ち込み、最後の質問でクラスのほぼ全員が涙を誘われたそうな。
そして同時刻、一年の教室、つまり美由希が転入したクラスでも同じような質問の嵐が吹き荒れ、男子生徒達の黄色い悲鳴と、後に灰色の呪詛が響き渡った。
質問も一段落し、席を決める事となったのだが、それはレイの隣と言う事であっさりと決着した。
その際に、
「よろしくね、レイ」
「うん……お兄ちゃん」
という会話があって、沈静化した教室が再び騒がしくなった。
だが流石に二人の側に詰め寄るのもどうかと思ったのか、丁度席の近かったヒカリが、クラスを代表して質問をすることになった。
「えっと……不破君、綾波さんと知り合いなの?」
「ああ、そうだよ。双子……って事になるのかな」
「でも、名字が違うのに?」
「ああ……。
実は、僕らが生まれてすぐに両親が事故でいなくなってね。それで、両親の親戚だった人に引き取られる事になって、その時に離れ離れになったんだ。
でもレイが四つの頃に、育ての親夫婦がレイと一緒に行方不明になってね。
それからずっと行方を捜し続けて、最近になってようやく見つけたんだよ」
それを聞いて、ヒカリやクラスの生徒達は朝方にレイから聞いた言葉を思い出した。
『自分を今まで育てていたのは、髭面の救い様の無い変態』だという言葉を。
……間違いない、そいつが綾波さんを攫った犯人だ。
クラスの思考は完全にシンクロし、ゲンドウは完っ璧に犯罪者とされた。
「まぁ、そいつからはレイの親権を奪ったし、それなりの賠償もしてもらうからね」
そう言いながら、シンジはゲンドウも真っ青な笑みを浮かべた。
今頃は、祖父とある人が、ゲンドウに対するささやかな報復を計画し、実行に移しているだろう。
「それで、親権が移るに従って、レイの名字は近い内に御神に代わると思うから」
「不破じゃないの?」
「最初はそうしようって言ってたんだけど、御神―家の本家に当たる所なんだけど―の方から養子にしたいって言われてね。
あそこなら僕らも安心できるし、レイ自身もその人に懐いてるから、まぁ双方の合意って事で」
そうクラスメイトに説明しながら、シンジは京都にいる祖父ともう一人を思い浮かべた。
―――さぁて、どんな事をするかは知らないけど、頑張って下さいね、お祖父ちゃん?
その頃、京都碇本家の碇老の部屋に、二人の男性がいた。
一人はこの部屋の主である碇コウイチロウ。
そしてもう一人は、シンジが思い浮かべていた客人であった。
碇老と同じ年頃の男性は、どこか某特務機関総司令に似た顔立ちをしている。
だがこの男性からは某司令のような薄気味悪さは感じられず、代わりに碇老に負けぬほどの威厳を纏っており、その鋭くも穏やかな光を湛えた両眼と顔に刻まれた数多の皺からは賢者のような深い知性を感じさせる。
まさに『人の上に立つ者』として必要な要素全てを兼ね備えているこの男性の名は、六分儀ゲンマ。
ゲンドウの叔父にして、かつて日本経済界にその名を轟かせた六分儀家の現当主である。
「コウイチロウ殿、まずは一族の恥さらしが多大なご迷惑をお掛けした事を、深くお詫びいたします……!」
そう言って土下座するゲンマを、碇老は手で制した。
「ゲンマ殿、顔を上げて下さい。あなたの責任ではありません」
「……そう言っていただけると、ありがたい」
「それに、あいつのせいで迷惑を被ったという点では、あなた方も同じでしょう」
「……そう、ですな」
碇老の言葉に何かを思い出したのか、ゲンマは顔を顰めた。
「して、本日の件ですが……やはり?」
「うむ。あの愚か者への制裁について、話し合いたいと思いましてな。こうしてご足労願ったのですが」
「お気遣い無く。奴への制裁の為なら、何処にでも馳せ参じましょう。なにせ、これほど愉快な話し合いなどそうあるものではありませんからな」
「違いない」
そう言って双方共にニヤリと口元を歪めると、その制裁についての話し合いを始めた。
それから約一時間後、碇老の部屋から、屋敷の人間が慌てて駆けつけるほどの笑い声が響き渡った。
場所は戻って、再び第壱中学校2−Aに。
まだシンジとレイを囲んで和気藹々と話していたクラス一同だったが、その中の一人が、
「ねぇ不破君。不破君があのロボットのパイロットだって噂があるんだけど……本当?」
と質問した途端、一気にシンジの纏う雰囲気が変わった。
それまでは穏やかな、周囲も和むような柔らかな雰囲気をしていたのが、今では冷たく触れれば切れる、鋭い日本刀のようなものになっている。
これが、シンジのもう一つの顔、最凶の暗殺集団たる不破一族としての顔だった。
「(何故機密であるはずの情報が流れている?
それに噂とはいえ、中学校にいるような子供にすら知られている……それほどあそこの情報部は無能ではないはずだ。
となると……意図的に流したのか? でも何の為に……)」
そこまで考えた時、シンジはこのクラスがどういうものかを思い出した。
このクラスは、チルドレン候補、つまり肉親をコアに封じた子供を集めた場所である、と―――。
「(例の計画では、依代は脆弱で不安定な自我が必要なはずだ。
つまり、僕の自我を壊す為のスイッチ作りが目的か……?
このクラスの人に僕がパイロットであると認識させる事で、ネルフから、パイロットから離れないようにする。
それと同時に親しい友人を作り、いざという時はその友人を消す、もしくは僕の手で殺させる事で自我を崩壊寸前に追い込む。
……それが目的か。ふん、アイツの考えそうな事だ)」
そう結論を出す(ほぼその通りだ)と、シンジは周りに気付かれないような微かな、しかし歪んだ笑みを作る。
「(僕は不破の人間だぞ……?
人殺しの技術の研鑽を重ね、何百年と暗殺を繰り返し続けた外道の一族に名を連ねる者だ。
例え親しい友人であっても、僕の大切な人に危害を加える者は……その場で殺す。
暗殺と殲滅を役目とする裏四門に於いてなお最凶と謳われた不破をその程度の姦計で陥れようとは……愚かな)」
シンジが言う裏四門、それは永全不動八門の中で暗殺と殲滅を役目とする四家の事だ。
これと対になるのが、護衛やテロの鎮圧を役目とする表四門である。
表四門が襲撃者を排除して護衛対象を護り、後に裏四門が襲撃者が所属する組織や、場合によってはその一族郎党を完全に滅ぼす。
これが、永全不動八門の基本的なスタイルだ。
「あ、あの……不破君?」
それはさて置き、シンジの様子を不審気に思った一人が恐る恐る話しかけると、シンジは考えていた事とは180度違う爽やかな笑顔で答えた。
「ん? いやいや、なんでもないよ。それと噂の事だけど……まぁ、その通りだよ」
その答えを聞いても、教室は沸かなかった。
その原因はさっきまでのシンジの雰囲気であり、あまりにも冷たく硬質な雰囲気に、完全に飲まれていたのだ。
だがそんな教室の中にも例外はいる。
一人は同じパイロットであり、ここ数日の間に恭也とシンジの不破としての顔を見ていたレイ。
もう一人は「スゴイスゴイ」と連発し、鬱陶しいくらいカメラを構えては写真を撮っているケンスケ。
そしてもう一人は、シンジの肩をガシッと掴んでいるトウジだ。
「お前がパイロットってのは、ホンマか?」
「ああ、そうだよ」
いつになく真剣なトウジの様子に、普段の彼を知らないシンジも自然と真剣な顔付きになり、二人の間の空気にクラス中が静まり返った。
「お前が……お前が……!」
トウジは俯き、震える声で繰り返している。
その様子にヒカリが声を掛けようとした次の瞬間、
「お前があ゛あ゛あ゛〜〜〜〜!!」
勢いよく顔を上げたトウジは、滝のように涙を流していた。
その泣きっぷり、いやある意味『漢泣き』とも言えるその表情に、固唾を飲んで見守っていたクラス中がずっこけた。
そしてその顔を最も近くで見ていたシンジは、ある記憶がダブって引き攣った笑みを浮かべていた。
「(こ、これは……あの時の父さんと同じ顔だ!
なのはが生まれた時、出産後に無事な母さんと生まれたばかりのなのはを見た時の顔と同じものだ!!)」
あれは六年前、なのはが生まれる数週間前から落ち着きがなくなり、普段の稽古にも身が入らず逆に恭也にボコられながら出産日を迎え、無事に出産を終えた桃子を見て、そして生まれたばかりのなのはをその手に抱いたときの士郎が、こんな顔をしていた。
ちなみに恭也が生まれた時、というより夏織が身篭った時も私事で側に居合わせなかった士郎が桃子の妊娠を知った直後、
『ど、どうすればいいんだ!? きゅ、救急車、産婦人科、母子手帳!? あ、ああああ、助けて静馬ーーー!?』
と叫びながら宗家に駆け込んだのは、今でも語り草になっている。
そしてなのはが生まれた翌日、士郎は今までの鬱憤を晴らすかのような猛稽古を恭也に課し、稽古という名の地獄に連行された恭也が全治一ヶ月の大怪我を負ったのも、今では懐かしい思い出だ。
まぁ、それは置いといて。
漢泣きを続けていたトウジだったが、落ち着いたのかシンジから手を離した。
「お前が、お前が妹を助けてくれたんやな……。ホンマ助かった……!」
それを聞いて、シンジはサキエル戦の際に助けた女の子を思い出した。
「ああ、あの時の……」
「あん時は避難中に人ごみん中ではぐれて、シェルターに着いてから気付いたんや。
助けに行こ思っても扉はロックされてもうて……あいつが掠り傷で済んだんはロボットのパイロットのおかげって、ネルフの人に言われてな」
「お礼なら僕じゃなくて兄さんに言うべきだよ。
あの時、周囲に怪我人がいないか調べるように言ったのは兄さんだったからね」
「……?
お前の兄貴もネルフの人なんか?」
「いや、違うよ。
あの日、僕と兄さんはこっちに呼ばれたばかりでね、一時的な避難所として兄さんも司令室にいたんだよ。
で、本当は指揮官(自称)もいたんだけど、それが思いの他無能でね……。
安全確認もせず、外に放り出してまず『歩け』ときたもんで……。アレに任せていたら、命がいくつあっても足りないよ」
やれやれと肩を竦めながら言うシンジの言葉に、それを聞いていたクラス中が引き攣った笑みを浮かべてた。
哀れミサト、面識の無い少年少女達にまで無能と認識されてしまったらしい。
……いや、間違いじゃないけどね?
そしてこの後の会話の中でシンジとトウジは意気投合し、ここに、これから数十年続く親友コンビが結成された。
ちなみにケンスケはどうしたかと言うと、トウジの友人と言う事でシンジに話し掛けていたのだが。
話しかけている際も気はシンジではなくレイに向かっているのをシンジが感じ取り、この時点で『第一級警戒対象』に認定。
そして休み時間にシンジとレイを尋ねてきた美由希を見て、一瞬だが非常に厭らしい目つきになったのをシンジが捉えた。
ちなみに美由希の外見は、かなり可愛い部類に入る。
両親譲りの豊かな黒髪と翠色の目、そして、『決まって体付きが薄い』という不破一族の女性特有の呪いを跳ね除けた肢体。
つまり、ケンスケが自身のHPで開いている『第壱中学校美少女フォトギャラリー』の新たな目玉としてロックオンされてしまったのだ。
だが、シンジとて恋人の写真をどこの誰とも知らない輩にあげるつもりなどない。
そしてもしもそんな写真が出回っていると静馬に知られたら……ガードが薄いとして……殺される。
それを防ぐ為に、この時点で『警戒レベル特一級、第一級抹殺候補対象』に格上げされた。
……頑張れケンスケ、いつかいい事あるさ……多分、きっと、恐らくは。
昼休み。
シンジ、美由希、レイの三人に加え、トウジとヒカリ、そして何故か付いてきたケンスケが屋上で昼食を取っていると、シンジの携帯電話が鳴った。
「はい」
<シンジか、俺だ>
「兄さん? どうしたの、こんな時間に」
<食事中に悪いが、使徒が来た。現在、第三新東京市に向かっている>
「……四番目、か。状況は?」
<国連が足止めをしてはいるが、被害は与えられていない。その内ネルフに指揮権が回るはずだ>
その言葉に顔を顰めると、シンジは無言で美由希とレイを見た。
それが意味する所を察したのか、美由希は頷く。
「分かった、これから向かうよ。レイも行った方がいいのかな?」
<……そうだな。そっちには足を送ったから、後数分で着くはずだ。俺も本部の前で合流する>
「了解」
電話を切ると、シンジはレイに話し掛けた。
「レイ、ネルフに向かうよ。それとトウジ、ちょっと……」
「ん、なんや?」
シンジはトウジを呼んで小声で何かを話し始める。
その内容にトウジが頷いたのを確認すると、シンジはレイと共に正門前まで走り、丁度到着した車に乗ってネルフへと向かった。
それから数分後、第三新東京市一帯に、緊急避難警報が流れた。
これが意味する事は、ただ一つ。
―――第四使徒、シャムシェル襲来である。
避難警報が発信された頃、ネルフ発令所ではスタッフが慌しく動いていた。
正面スクリーンには、国連軍の攻撃をものともせずに悠々と進む使徒の姿が映し出されている。
「司令がいない間に、四番目の使徒襲来、か……」
モニターに映る使徒を睨みながら、ミサトが一人呟く。
本来ならこの後マコトが合いの手を入れるのだが、生憎とここのマコトはそんな事をしない。
彼は指揮を放って何かを呟いている上司に代わって、ネルフ保安部に市民の避難誘導を命じたり兵装ビルの配置なんかを指示していた。
「……ま、前は十五年のブランクだったのに、今回はたったの三週間。女性に嫌われるタイプね」
ちなみにミサトは前に恭也達によって指を切り落とされたのだが、今はリツコ謹製の義指を付けている。
これは神経接続によって、元の指と同じような感覚で扱える優れものだ。
それはさて置き、ミサトが誰も相手をしないのに不貞腐れていると、
「……貴様に好かれようと思うほど酔狂なヤツはいないがな」
不意に背後の扉が開き、そんな言葉を投げかけられた。
「なんですっ……って、なんでアンタがここにいんのよ!?」
後ろから投げかけられた言葉にカチンときたミサトが振り向くと、そこにはレイを連れた恭也がいた。
「ここは発令所よ!? 部外者はさっさと立ち去んなさい! 大体、アンタよくも私の前にのうのうと出てこれたわね!」
「貴様こそ何を言っている? シンジがここに出向する条件として、俺が戦闘に立ち会うという項目があっただろう。これは、ネルフの司令の了承済みだ。それとこの間の事は自業自得だ。とやかく言われる筋合いはない」
「そんな見え透いた嘘言っても騙されないわよ! さっさと出て行……」
「葛城一尉! 彼の言っている事は本当だ」
「んな!? ふ、副司令!?」
驚いて司令塔を振り返り、視線で問いかけるミサトに、冬月は頭を抱えながら頷いた。
何故ならこの瞬間、ミサトは重要書類を全く読んでいないという事を、発令所の人間全員にアピールしてしまったのだから。
「俺は指揮がよほど酷いものでない限り、口を挟むつもりはない。……それより、出撃しなくてもいいのか?」
「わ、分かってるわよ! 初号機、発進準備は!?」
慌ててミサトがそう言うと、マコトがうんざりした顔で答える。
「すでに整っています。それと葛城一尉、今回の作戦は?」
「初号機をB−7地点に射出後、フィールドを中和しつつパレットガンの一斉射撃よ!」
「了解……って、本気ですか!?」
射出地点を確認したマコトが、慌てながらミサトを見た。
先程言ったB−7、そこは今シャムシェルがいる場所のすぐ側だったりする。
あらかじめ言っておくと、今シャムシェルは第三新東京市の郊外にいる。
そしてB−7地点は兵装ビルの迎撃範囲ギリギリであり、アンビリカルケーブルも一基しか置いていない。
つまり、援護も出来なければ予備のケーブルもない、そして、予想戦闘区域から最も遠いという事で、多くのシェルターがある場所なのだ。
そんな場所で戦闘を行うなど、はっきり言って無茶苦茶だ。
それ故にマコトはミサトに問い質したのだが、
「何よ!? あんた副官の癖に私に逆らうってぇの!?」
ミサトは聞いちゃいなかった。
実の所、ミサトはここの所非常に機嫌が悪かったりする。
復讐の新たな手駒となるはずだったシンジは言う事を聞かず、従順な人形であるはずのレイも言う事を聞かない。
そして、部下であるマコトは自分の仕事を手伝わない。
これでもマコトはミサト本人が片付けなければならない仕事以外は、完全に片付けている。
これは単に仕事を溜めて他の部署に迷惑が掛からないようにする為なのだが、そんな事はミサトには関係なかった。
何故ならミサトは、部下とは自分の仕事も全て片付けてくれるのが当たり前と考えていたのだから。
それなのにマコトはその当たり前の事をせず、今この時も自分に意見する。
この時点で、ミサトの怒りの温度は沸点ギリギリになっていた。
「自分は当たり前の事を進言しているだけです! とにかく、射出地点の変更を……」
「うるさい! 部下風情がこの私に意見するな!」
自分の言葉に耳を貸さないミサトに顔を顰めながら、マコトは再びスクリーンと地図を見た。
言い争いをしている内にシャムシェルは第三新東京市内に入っており、今更B−7地点に出した所で無駄だ。
だがミサトは、その事に気付いた様子もない。
「くっ……副司令、赤木博士、C−707の許可を」
マコトの言ったC−707とは、早い話が『指揮権委譲、並びに、申請者の一時的な昇格の許可』だ。
これは司令と副司令、及び部長職に就いている者一名、この三名中二名の承認を以って発動されるものだ。
そしてこの申請に対し、
「ああ、許可しよう」
「私も許可します」
頭を抱えた冬月と呆れ顔のリツコが頷くのを見て、マコトは即座に初号機へと連絡を入れた。
「シンジ君、これから初号機をD−5に出す。周囲の兵装ビルと予備ケーブルの位置を確認してくれ!」
<了解>
「ちょっ……アンタ何勝手に命令してんのよ!?」
それにミサトが噛み付くが、マコトは邪魔だと言わんばかりに肩に置かれたミサトの手を払いのけた。
「副司令のC−707承認を以って、これより指揮権は私に移ります。これから先、この戦闘が終わるまでの間貴方に指揮権も命令権もありません」
「なんですって!? 何を勝手にそんな事してんのよ! アンタみたいな素人が指揮を取って、世界を滅ぼす気!?」
「何を言われようと、これは副司令の承認を得ています! 文句があるのなら戦闘後にして下さい!!」
「アンタね!」
「いいから黙れ! 口出しするなと言ったはずだ!」
「―――っ!?」
そのマコトの暴言(ミサト主観であり、事実的には至極もっともな意見だが)を聞いたミサトは、一瞬でその低すぎる沸点を突破した。
自分に逆らわず、絶対服従を誓った筈の部下(そんな事実はありません)が、自分に意見し、識見を奪い、あまつさえ黙れと言う。
これは、無駄にプライドが高く、そしてストレスが最高潮に達しているミサトには、到底許せるものではなかった。
故に、今がどんな状況であるかも忘れ、懐から銃を取り出し、素早くマコトの額に狙いを定めた。
怒りで身体能力が上がったのか、その一連の動作は、ミサトの後ろにいた恭也ですら駆け出すのが遅れたほど早い。
「―――っ、ミサトっ!」
それを見たリツコの声が聞こえたと同時に、
パァンッ!!
銃弾の放たれた、乾いた音が響き渡った。
だが、放たれた銃弾が穿ったのは、マコトの額ではなく、その奥にある壁。
「……あら?」
それにミサトが間の抜けた声を出した瞬間、側頭部に強い衝撃を受け、そのままミサトの視界はブラックアウトした。
白目を剥き、首を不思議な方向に曲げながら倒れたミサトを、マコトは腕を振りぬいた体勢で見下ろしていた。
その光景を、発令所にいた、恭也も含めた全員が呆然と見ていた。
あの時、マコトは引き金が引かれるよりも早く身を屈め、銃弾を避けたのだ。
その後ミサトの視界から外れて悠々と近づくと、それは見事な右フックで意識を刈り取った。
言葉にすれば簡単だが、それを実際に行うには、凄まじい技量と度胸を必要とする。
それを、この温和な青年が持ち合わせているなど、誰が想像出来ようか。
確かにマコトは元々戦自にいたのだが、その外見から技術仕官だと思われていた。
実際、彼の経歴にも、『戦略自衛隊情報部第二課出身』と書かれていたのだから、そう思っても仕方が無いだろう。
だが、マコトが戦自時代に所属していた本来の部署は、情報部などではない。
彼が所属していたのは、『戦略自衛隊第六六六特殊歩兵師団 特殊武装機動警備大隊』、通称『特機隊』であり、情報部第二課とは特機隊に所属する者専用のダミー部署である。
西暦2010年のネルフ創設と、それに伴う第三新東京市の開発、整備により、首都圏(第二、第三新東京市一帯)の治安は格段に良くなった。
それと同時に犯罪組織は地方へと移り、そこで合併、吸収を繰り返して成長、組織化され、それまでとは比べ物にならないほどの過激なテロが横行するようになったのだ。
これを重く見た政府と警視庁が戦自と合同で設立した部隊、それが特機隊であった。
特殊装甲服と重火器で武装し、迅速な機動力と強大な打撃力によって、抵抗すら許さずにテロリストを殲滅する彼ら特機隊は、まさに戦自の誇る最強部隊だった。
だがそんな彼らが実際に活動したのは、2011〜13年までの2年間だけであり、13年秋には完全に解体された。
そこには、その戦力を危険視したゼーレの介入があったとされている。
それはともかく、マコトはその特機隊の中でも精鋭と謳われた第七中隊第五機動班、通称『ケルベロス部隊』に所属した、戦自、否、世界有数の実力者なのだ。
恐らくかつての装備さえあれば、ゲンドウ子飼の部隊程度なら、1人で壊滅に追い込むことが出来るだろう。
そんな彼にとって、ミサトを叩きのめす事などは、赤子の手を捻るよりも簡単な事なのである。
そんな事を知らず、固まっている者を尻目に、マコトは保安部に連絡し、気絶したミサトを独房へと連行させた。
ちなみに保安部の人間がミサトを引きずる度に、折れ曲がった首がさらに危険な角度になっていくが、それはまぁ気にしない方向で。
その光景を見てようやく発令所が再起動し、それぞれの職務に戻った。
「あの……日向君?」
「……? どうしたんですか、赤木博士」
「……いえ、なんでもないわ」
この会話の後、ようやく初号機が射出された。
ちなみに発令所がゴタゴタしている間にシャムシェルは市内に入っていたのだが、特に暴れたりせずにふよふよと市内を漂っていた。
それが余裕の現われか否かは分からなかったが、国連軍からすれば攻撃のチャンスであり、ここぞとばかりに攻撃を加え続ける。
だがいくら攻撃してもダメージを与える事は出来ず、また、相手も攻撃をしてこない。
その様子に、国連第五航空部隊隊長、風見ソウマ一佐は顔を顰めた。
「くそっ、俺達なんぞ眼中にないってか」
<ですが隊長、攻撃を食らってお陀仏になるよりはマシですよ>
「そいつは分かってるが、奴さんの攻撃手段も調べられていないんだ。……ったく、これでも国連軍の精鋭と自負してるが、これじゃ自信なくしちまうぜ」
<そいつはごもっとも。……っと、ネルフさんのお出ましみたいですよ?>
部下の声に視線を使徒の前方に向けると、確かに使徒から離れた場所に紫色の巨人が現れた。
「真打登場って事は、俺達の仕事は終わりだな。よし、全機帰投するぞ!」
<了解!>
その言葉と共に戦闘機が次々と引き上げていく中、ソウマだけはもう一度だけ初号機を見て複雑そうな顔をした。
彼は初号機のパイロットが十四歳の少年であると知っており、また、彼の息子も同じ十四歳だった。
「……息子と同い年の子供に守ってもらう、か。大人ってのは情けないもんだぜ」
苦虫を噛み潰したような顔で呟くと、彼も部下の後に続いて基地へと戻った。
その頃、シンジは正面モニターに映る使徒の姿を見ると、今度は自分の着ている服に視線を移した。
今シンジが着ているのは、プラグスーツと呼ばれる一種のパイロットスーツだ。
シンクロの補助や生命維持装置を兼ねた優れものだが、フィット感も優れすぎているのはどうしたものかというのがシンジの感想である。
ちなみに本来ならシンジのスーツは青色なのだが、シンジ本人の強い希望で黒一色となっている。
<シンジ君、準備はいいかい?>
通信機越しにマコトの声が聞こえる。
「ええ、いつでもどうぞ」
<よし。最終安全装置解除、エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!>
号令と共にエヴァがリフトから外され、少しだけ猫背になる。
その状態で使徒を見据えると、シンジは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
それと同時に脳内のスイッチを押して意識を切り替た。
能面のように表情を排した顔の中で、ただその両眼にのみ純粋な殺意が漲る。
今この瞬間より、不破シンジは相手を殺すだけの戦闘機械となる―――!
「……さあ、行こうか」
その凍えるような冷たく優しい声を以って、昼を司る天使、第四使徒シャムシェルとの戦いが始まった……。
To be continued...
(あとがき)
約四ヶ月ぶりにこんにちは、トシでございます。
随分間が開いたのにそんなに長くない内容で申し訳ありません(汗)
本当なら今回でシャムシェル戦が終わってる筈なのに……Why?
え〜、気を取り直して少し解説を……。
今回の話に出てきた『特機隊』、これが何か分かった方、あなたは中々の物知りです。
これは『犬狼伝説』という漫画と『人狼』というアニメに登場する部隊です。
(他にも『紅い眼鏡』、『ケルベロス 〜地獄の番犬〜』という実写映画にも登場しますが、こっちは見た事がないので)
治安維持の為に作られながらも、武闘路線を進み続け最終的には切り捨てられた特機隊。
興味を持たれた方は、一度ご覧になってはいかがでしょうか。
ちなみに、実写版には千葉繁さんや玄田哲章さん、立木文彦さんといった声優陣が出演しているそうです。
一度見てみたい気もしますが、レンタルビデオが見つからないんですよねぇ(苦笑)
それでは、また次回にお会いしましょう。
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