違う場所で 〜三国の歴史〜

第二十四話

presented by 鳥哭様


見たことのない塊。

土や草で覆われていない灰色の道。

異様な程高い歪な建築物。

不気味に光る四角い箱。

地の下に蠢く謎の大地。

その中で見たことのない衣服を着て動く人間。

そして・・・紫色に染まった巨人。

場面が巡る。

次々に視界が変わる。

そうだ。

あれを読んでからだ。

とある農村の農民が畑を耕していたときに出てきた謎の物体。

その物体は箱状で、それは簡単に開いた。

中にはまたしても未知の物であった。

中身は見たことのない字で綴られていた。

恐らくはあれは書物なのだろう。

だが四角く、巻物ではない。

つまりここ最近のものではないのか?

土の中に埋まり、そうとうな時間が経っていたにしてはそれは

あまりにも美しい物であった。

それを手に入れてからだ。

この夢を見るのは。

小さい。

ちっぽけだ。

信念、欲望、栄光、覇道。

いくらその言葉を口で紡ごうとも依然とは意味も重さも

まるで違うものに変容していまった。

くだらない。

そう思うようにもなってしまった。

大きい。

この世界は。

知らないものが溢れている。

だが所詮は夢。

そう思っていた矢先、目の前にそれが現れた。

夢に出てくる童。

名を『碇シンジ』。

奴の名を孫堅から聞いて以来状況は深刻化した。

夢の事実がより掘り起こされる。

赤い世界が広がる。

まただ。

全てが終わった。

これを初めて見た瞬間に自分の覇道は色褪せたのだ。

醜い。

今まで幾人もの女を抱いた。

欲しい物は手に入れた。

これからも手に入れる。

だが、その先にあるのは?

初めてだった。

そんな事を考えたのは。

そして真剣に考えた。

自分の国を、自分の民を、自分の配下を。

別の生き様というのを模索した。

そんな事を考えていると視界が染まる。

赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤

終わる。

いつものように。

酷い寝汗だ。

体中が汗でベトベトだ。

酷く不快な気分になり、床から離れ窓から大地を見下ろす。

何処までも遠く広がる景色が、世界の広さというものを

否が応にも認識させられる。

背の小ささに悩まされていた時期が酷く懐かしく感じた。

若かった。といえばそれまでかもしれない。

だが、今はこの生あることが幸せで仕方がなかった。

指が動く。

足が動く。

目が見える。

音が聞こえる。

全てが幸福に感じる。

だが、何故だ?

そこでふと嫌な予感が頭を過ぎる。

確かにあの夢の影響で生への有り難味というものを意識するようには

なっていたが、此れほどまでに今を思ったことはなかった。

そう、まるでもうこれが二度と感じられないかのように、

自分の手にあった、当たり前の事が信じられないほど早く消えていくのを

感じている。

不吉だ。

ふと誰かの気配を感じた。

「曹操殿。」

自分の名を呼ぶ、聞きなれた声であった。

「仲達か。」

その男は我が国の丞相の地位についている。

だが最近仲達には黒い噂が付きまとっている。

彼が董卓の内通者ではないかという、実しやかなものであった。

「こんな夜分に、何事だ?」

背中に嫌な汗が流れた。

先程から感じていた予感は的中しているのだろうか?

それとも取り越し苦労であろうか?

まだ判断はできなかった。

「明日曹操殿も董卓討伐にご出陣ですね。」

仲達が切り出したのは世間話であった。

妙に安心する自分がいた。

「ああ。」

「これで成果を挙げれば、この国の躍進の大きな火種となりましょう。」

紫の衣服が月の光で妖しく照らされている。

それがまた不安を煽り立ててくる。

「そうだな。」

適当に相槌をうつ。

「ですが一つだけ残念なことがあります。」

その瞬間に予感は確信に変わった。

「貴様。あの噂は・・・」

そう言いかけた所で左胸に熱を感じた。

不思議と痛みは無かった。

ぼやけた視界に仲達ともう一人男が見えた。

「曹操殿。あなたの築き上げたもの。

確かに我が主『碇ゲンドウ』が貰い受けました。

お若い御子息に国政は重責です。賊に殺された貴方様に代わり

我等司馬一族が『唯』の一地域『魏』として丁重に管理していきましょう。

あなたの目指していた天下統一。地獄からしかと御覧ください。」

顔つきは見えなかった。

だが、奴はさぞかし冷たい笑みを浮かべているのだろう。

悔しかった。

口惜しかった。

涙は出なかったが、悔しさだけが奥底から湧き上がる。

だがそれも束の間だった。

今度は懐かしく暖かいものが頭を過ぎる。

その瞬間彼の頬を涙が濡らした。

無意識にだが手を伸ばす。

自分が最も失いたくなかったものに彼はやっと気づいた。

あの夢を見て以来、志が揺らぎ、自分の覇道に確信を見出せない。

だが、今ここで歩を止めると何か大切なものを失いそうでならなかった。

それが今やっとわかった。

「悪来・・・李淵・・・惇。」

4人で酒を飲む姿が頭の隅に浮かぶ。

明るい未来を見つめ、走り抜けた過去を語り、過酷な現在を

足蹴にするかのごとく笑い飛ばす。

そんな光景に手を伸ばした。

だが掴めなかった。

手が力なく空を切り、床に落ちた。

その瞬間に、彼の体から青白い球体が窓の外へ飛び出していった。

「順調だな。」

もう一人の男が、碇ゲンドウが怪しく口元を歪めた。

「ええ。孫権、曹操。孫堅を殺せなかったのは計算違いでしたが、

まあいいでしょう。董卓討伐。あなた様が奴を謀反し、彼の首を取れば

その功績が後々の土台となるでしょう。そのときに邪魔な杭は・・・」

「消せばいいことだ。」

ゲンドウが続きをいう。

出る杭は打たれる。

よく言われる格言ではあるが、彼の場合はいささか度が過ぎている。

この瞬間に『魏』の歴史は潰えた。

「だが貴様も食えない奴だ。あっさりと曹操を裏切るとはな。」

「司馬家繁栄の為にも・・・私自身のためにもより有能な者に

従うのは当然かと。」

実のところ、仲達は碇ゲンドウに一種の神性を見出していた。

空間を瞬時に移動する能力も然り、そして・・・。

いや他は言わないでおこう。

「それと例の方はどうなっている。順調か?」

話が切り替わった。

「流石は仙人ですね。まだ完治はしていません。

計画に若干の遅れはありますが、計画の第一段階は概ね

成功といっていいかと・・・。」

「うむ。」

「ただ・・・」

「何だ?」

「性格の方に若干・・・いえ、かなりの問題があるかと。」

「・・・」

「・・・」

「地ではないのか?」

「いえ、流石にそれは・・・」

誰のことを言ってるかは分からない・・・でもないが

とりあえずは不穏な動きとして考えておこう。




















ところかわりこちらはシンジ一行である。

彼らは森の中で座り込み一息ついていた。

「大丈夫ですか?」

大喬が彼の顔を覗き込む。

彼の顔色は良くは無かった。

「うん。大丈夫だよ。」

シンジはできるだけ笑顔で答えた。

う〜〜ん。

正直、キツイな。

それにしても、ここ最近連続して戦いが続いてるな。

まあ、そういう世の中なのかな?

「お姉ちゃん。」

小喬が姉の服の裾を引っ張って、なにやら耳打ちしている。

何か中睦まじい姉妹って感じだな。

こういうのっていいな。

家族って感じがする。

そう思いながら、彼女たちを見ていた。

すると二人がこちらに向き直る。

そして大喬の方が口を開いた。

「あの〜〜〜・・・あなたは一体何であんな所まで

来ていたのですか?通りすがりで来れるような場所ではないと

思うんですけど…」

シンジは答えに迷った。

シンジが「夢を見たので」、と答えられる訳が無い。

それはただの危ない人である。

まいったな〜〜。

なんて答えればいいんだろう。

シンジが迷っていると、小喬が口を開く。

「あんたやっぱり、私たちを攫いに来た別の賊なんじゃ。」

ストレートに聞いてきた。

性格というものを如実に表した言動である。

あちゃ〜〜疑われてるよ。

どうしよう。

「違うって。」

苦笑いを浮かべ、頬を掻きながら答える。

は〜〜〜、自分で言ってて情けないよね。

何が違うんだよって話しだし。

っていうか答えにもなってないよな、たぶん。

「じゃあ、何であんな所に来たのよ。私達だって気がついたら

あそこに居たから詳しいことは分かんないけどさ、でもだからって

こんな何も無いところに人が立ち寄る事だってないでしょ?」

そう言って、彼女がグイッと顔を近づけてくる。

そんな彼女に気圧されたのか、シンジはしどろもどろだ。

「そ、それはえっと〜〜〜。や、薬草でも取りに来たり。「籠は?」

いや薬草じゃないよね。はは…はは…。」

シンジの苦しい嘘はあっさり看破された。

い、勇ましい女の子だな〜〜。

どんどん怪しまれてるよ。

これじゃ言い逃れもでき・・・な・・・い・・・しまった!

シンジは急いで二人を担ぎその場を駆け足で離れる。

そこでシンジは自分の失敗に気づいた。

「やめてよ!離してよ!!いや!!!!お姉ちゃん!!!!!」

小喬が大声で暴れだした。

シンジは先程誰かが追ってきているのに気づいていた。

それもかなり近くにだ。

傷や、問答に気を取られていたせいでまったく気がつかなかったのだ。

そして、今の声で相手が自分達に気づいたことも。

「そこの者!!!待て!」

相手側の姿が見えた。

青い鎧を着ており、手には薙刀を携えている。

シンジは観念した。

ここで逃げても小喬が騒ぎ立てれば、二の舞だ。

なら怪我が悪化する前に、目の前の敵を倒す。

これしか方法はない。

いや、他にも方法はあるのかもしれないが、今の彼にはそれしか

思いつかなかった。

シンジは右方向に走り、少し開けた場所に出て、二人を後ろに置いた。

「動かないで。」

断固とした物言いで二人に言う。

目の前には、白馬に乗った男がいた。

どうやら自分が気づかなかっただけでちゃんとした道があったらしい。

「後ろの2人を渡せ。彼女達は董卓殿の客人だ。」

「信じられるとでも?」

「・・・」

そこで彼は押し黙る。

「こんなのは間違っているんだ。何故それに気づけない?

女の子を無理やり攫うなんて男のする事じゃない。」

シンジは捲くし立てる。

押し問答で済むのなら、それに越したことは無いのだから。

「間違っているのは百も承知。だが、この張文遠。

呂布殿の配下でもある。彼の望むことに我が武を捧げる。

これが我が武なり!」

そう叫びながら白馬を操り駆けてきた。

だが、それ以上にシンジは早かった。

馬の足を走れない程度に切りつけ、バランスを崩させる。

張文遠は馬に見切りをつけ、馬から飛び降りる。

両者の間に少しの間合いができる。

相手を警戒しながらも、シンジは後ろを振り返る。

そこには震えながら互いを抱きしめあう二人がいた。

小喬の方は目に涙を溜めながら、小さい声でしきりに

ごめんなさいと呟いていた。

それを大喬が優しく髪を撫で、もう片方の腕で妹を抱きしめている。

シンジはそれを見て、一言だけ声をかける。

「大丈夫、無事に帰れるよ。」

二人はこちらを見ていた。

その体から震えが消える。

彼の言葉には何か不思議な力がある。

人を惹き付ける力が。

それはやはり、彼の今までの人生が大きく影響を与えている。

まだ、この世に生を受けてから20年も経っていない若者が

これだけの度量はもてないであろう。

シンジは敵に向き直る。

「名をなんと言う。」

張文遠が問いかけてくる。

「碇シンジ。」

その答えを聞き、彼がもう一度聞きなおす。

「変わった名だ。名乗り方もなっていない。もう一度聞こう。

名をなんという。字は?性は?名は?」

「そんなものは知らない。あえていうなら、性は碇 名はシンジだ。」

それを聞き、彼は脱力した。

「字は・・・ないのか?ふむ、まあいい。我が名は張遼

字は文遠。」

二人の間に緊張が生まれる。

「張文遠、いざ参る!!!!」

もう互いに交わす言葉は無い。

後は互いにすることは一つだけだ。

二人が互いに駆け出し、刀と薙刀が交錯する。

静かな森に、金属音が鳴り響く。

そう、二人がすることはただ一つ。

殺しあうことだけだ。

どちらかが死に、どちらかが生き残る。

死闘が今幕を開けた。






To be continued...

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