<西暦1989年 京都ノートルダム学園前>

とても暑い日だったと記憶している。
下校時間になって、迎えの車をバスの停留所で待っていたとき、道路に一匹の子犬が飛び出した。
信号がどうだったかは残念ながら覚えていない。
ただクラスメートの子は「あぶない!」と言って、子犬を救うために飛び出した。
結果、子犬は助かったが、その子は車に引かれて道路に赤い血が流れていた。
かけよった私はたしかその子に大丈夫?怪我はない?と話したと思う。
だが、その子は自分のことを差し置いて子犬の安否を気遣った。
「わんこは大丈夫?」
「うん」
「よかった」
とてもうれしそうな笑顔だった。
私はそこからはあいまいな記憶しかない。
すぐ救急車が到着して、私は子犬と共に見送るしかなかったからだ。


親に事情を話し、子犬は私の預かりとさせてもらった。
その事故があって何日かして、その子のお葬式にクラスで参加することになった。
悲しいと思えるほど親しい人でなく、私も子供らしくない酷薄な性格だったようだ。
涙を流すこともなくお葬儀は終わったが、名前くらいしか知らないはずのその子の言葉は頭に残って離れなかった。

子犬は「ゲン」と名付けられ(お父様命名)、私の成長を共に家族とすごし、また良き友でいてくれた。
叱られると上目遣いにこちらを伺うさまがとても可愛かったが、私が高校生のころ事故にあって死んだ。
子供時代と違い、何日か塞ぎ込んで家族や友人にも心配をかけてしまった。


私も大学に上がる年齢になると地元の京都大学に通うことになった。
私はそこで運命の出会い?をする。
出会ったとき、初対面にもかかわらず「ゲン・・・・!」と大声で叫んでしまう。
「失礼だが、どこかで?」
驚いた表情で彼はこちらを見つめていた。
皮肉にも彼の高校時代の仇名はゲンといい(あとで教えてもらったがその名前のパチンコ台によく張り付いていたらしい)
赤面しながらも飼い犬と生き写しの六分儀という人間に好意を持つに至った。

彼は、自分が誰かに好かれるなんてありえないと考えていたようだ。
彼が話す過去の思い出にはそう考えるようになったのも無理はないと思えたものは大半だった。
無理もないが、そんな彼がなぜかいとおしく思えた。

結局、交際を申し込んだのは私のほうだ。
正直あのときは勇気を振り絞った(平気は装っていたが)私を他所に、ありえないほどうろたえてくれた。
あのときの様子は思い出しただけで笑いがこみあげる。
こうして交際がはじまったが周囲の反応はすさまじく、色々と苦労をした。
父が所属していた組織に彼が興味があることを伝え、その後で父親が彼のいた酒場に乗り込んで大喧嘩をくり広げ当時助教授だった冬月先生が警察に呼ばれたこともあった。
だがこれらの騒動は私たちを破局させるには至らず、幾年かを経て周囲の反対を押し切り1999年に私たちは結婚をした。



それからしばらくは平穏で暖かい日々が続いた。
子供も一子授かった。
そう、本当に心安らぐ日々だった。
死海文書と呼ばれるものが発見されて、私の仕事がそれの解読になるまでは・・・・・・


紆余曲折あったが、私たちは死海文書などの資料を通じて人類の危機を知った。
組織の命令で対策を練る日々が過ぎ、人類の危機を打倒する方法を考え出した。
それはアダム計画とされ、南極の未知の生命体の兵器化と位置付けられた。
未知の生命体は可能性においてその数の根拠が証明できないため、その生命体の根絶方法の推論を所属していた研究所で考えだされた。
全ての生命体がガフの部屋と呼ばれている空間から現出する記述だけを根拠にするものであったがそれは1999年には葛城博士という年配の方が現地に赴き、理論が正しかったことを証明された。
だが残念なことに博士は命を落とし、観測対象の暴走を引き起こした。
それはセカンドインパクトと呼ばれ、未曾有の大災害と呼ばれた。

組織の上層部はここに至り、将来における生命体の襲来を確信して研究の継続を命じられた。
かねてより推論をまとめた研究論文は既に20を軽く超え、それは研究を多岐に渡らせることとなった。
私は多忙を極め、生命体の兵器化をメインにするようになった。


夫は神学の観点から生命体の目的を得て、人類とはどうあるべきかを考えるようになっていった。
本来、根本をしっていれば単純な対策で事足りるはずの計画は姿を変えつつあった。
人類が根絶される手順は踏まなくてもいいはずのものだが、計画に関わる要素は残っている。
最悪でも計画の実行を提唱阻止をしなければいけない。
残されるシンジのことが悔やまれる。
夫の補完計画は、失敗すれば私もシンジも計画に巻き込まれて死ぬ。
まずは私の研究者としての賭けを行う。
夫もシンジも許してくれないだろう。

生きて会うことはかなわないだろう。
だが生きてさえいてくれたら・・・・・・

昔死んだ同級生の記憶がよみがえる。

さあ、戦いを始めよう。
「よかった」といって死ぬために・・・・



新世界エヴァンゲリオン 帰還者の宴

第一話

〜宴の始まり〜

presented by じゅら様




<西暦2004年 金時山山中>

夜空が見えていた。
周りには誰もいない。
山の中、夏特有の湿気の多さが不愉快だ。
やけに大きく見える月が、真上にかかっていた。
首にかかっていたビニールロープが汗ばんだ肌にまとわり付く。
煩わしく思い、近くの茂みに向かって投げつける。
丈夫な紐を用意して首を吊ったのに、数秒も木がもたずにへし折れた。
自分の体が大きいのも考え物だな。
そう思ったら、下腹に向かうように何かが集まるような感じがした。
そのとたん、とてもおかしくなってそれはどうしようもなく喉から勝手に零れていく。
「くくくくく・・・・」
・・・ああ、煩い。自分のどこかでそんな声がしたような気もする。
「あーはっはっはっはっはっはっはっは」
「ひーっひっひっひぁ!」
上を向きながら私は大声で泣いて嗤った。
ずいぶん長い時間だったようにも思うし、ほんの数秒だったような気もする。
木にぶらさがった一瞬だが、走馬灯というやつを見た。
昔に友人だと思っていたら裏切られた思い出や、階段から突き落とされたり教科書をゴミ箱に捨てられたりしたいじめられた子供時代の思い出だ。
こうしてみると本当にロクな幼少時代ではなかったと思う。
よりにもよって一番楽しくなかった時代を思い出すのは癪だ、損をしたような気がする。
ふと手の感触で握り締めた手紙を思い出す。
先程まではこの手紙を読み、今のいままでどうしようもなく死にたかった。
ようやく落ち着いた私は、死んだ妻が残した最後の手紙を広げて読みかえす。
手紙には自分がもう死んでいることを前提にしたもので、私が手がけていた書類提出の再考の願いと別れの言葉がしたためられていた。
私は自分でも驚くほど冷静になっていた。
精神の保護本能かもしれないが、心が静かなのは正直助かる。
計画は予期せぬ形で始まってしまった。
本意でなかったにしろそれを妻に心配をかけさせ、実験に踏み切らせたのは私だ。
妻の実験参加を反対していたが、自分から参加したのは・・・私を止めたかったのか・・・
計画書は完成していないが、犠牲者を私のために出させた以上はもう後ろに道はなくなったのだ。

こうして計画は、紙のないトイレに聖書がおいてあるように忌まわしくもどうしようもなく始まった・・・・



<西暦2016年 某海岸>

私とゲンドウさんで作った補完計画は、想像できる失敗要因が多数あったため、失敗する可能性が高いことが解っていた。
他の誰かが新しい補完計画でも施行したのだろうか。
見渡す限り広がる紅い海がサードインパクトを実行した証だ。
水平線を見ながらぼんやりと考える。
計画は失敗したのだろう。
フランスの古生物学者テイヤールドシャルダンは、全人類の思考の共時性が究極に達したとき、人類の新たな進化がはじまると言った。
「・・・生命体だとしても思考しているという立証は不可能ね」
海そのものが人類層生命体だとして、思考の共時性が究極となるオメガポイントまで何億年かかるのか・・・気の長い話だ。
環境限定の実験観測も厳しいだろう、なにせ水分気化に始まる環境変化は前提条件に入っていない。
成分分析しようにも分離機すら・・・・え?



目の前の地面に見えるのはなんだろう・・・
初めて私は自分の目を疑った。目の前にあるのはどこかで見たことがある機械だった、ゲルヒンのマークまで入っている。
ここである推論が思い出され、思わず否定しようとした・・・・・が、否定する言葉は<ありえない>しか思いつかなかった。
苦笑しつつも昔、彼が言っていた言葉を口に出してみる「事実を否定してありえないことを実証しようとする事は科学者の役目ではない」
たしか神の不在証明について話していた学生を見かけたときだったと思う。
妙に皮肉で苦笑を誘う。
気を取り直して実験に移ることにする。
他にいいアイデアもない・・・・そう、問題ない。
わざと真似をして口の端を歪める。



数日してどうにか結論に至ることができた。
それにしても赤一色というのは目に優しくない、あのへんから青と白のストライプをいれたら世界一大きい星条旗になるだろう・・・・
そう思ったとき、何の前触れもなく眼前に想像通りの光景が広がっていた・・・・
「・・・アクアフレッシュ」
何か麻痺した頭の奥で自分の呟きが妙に白けて聞こえた。

こめかみを押さえながら慣れるまでの日々は大変であろうと推測した。
私は神としての条件を補完計画の失敗の産物として結果、満たされてしまったらしい。
あらゆる法則を無視して結果のみを現出する事ができる。
馬鹿馬鹿しい結論だ、シュレティンガーの猫が実在すると言われて目の前に猫をぶらさげられるほうがまだユーモアがある。

だが、実証できる可能性のあるうちで救いはまだあるのだろう。
最も推論であり、説明に至る理論もない今からやることは我ながら科学者のやることではない。いや、理論こそ存在しないがこれこそが科学者の本懐なのかもしれない・・・・

「・・・光あれ・・・・」
何度目になるだろう・・・・
タイムホールで10分後を目標にサンプルを送る。
そんな調子で実験を行い、可能性を探る。
私は人類が存在する時代まで戻ることにする。
タイムパラドックスを起こさないあの実験の日より後・・・
そして補完計画の書き換え可能な時間軸に。

実験では多少の未来には移動できたが、補完計画発動のエネルギーが満たされる瞬間を越えて過去に移動できるかは不明だ。
インパクト以前に物品を送っても、実験結果を確認できないためだ。
確認するには世界全体が変わり過ぎている。
エヴァンゲリオンの実験を思い出す。
あのときも保証はなかったし、失敗に終わった。
だが、ここで進まねば。息子の為にも・・・先に進む。
一歩ずつ光に向かって歩みだす、シンジの顔を心に浮かべながら・・・



<西暦2015年 ネルフ発令所>

《正体不明の移動物体は依然本所に対し進行中》
《目標を映像で確認、主モニターに回します》
大型モニターの前の数名のオペレーターが機材を操作すると、地形表示が映像に切り替わり、異形の者の姿が映し出された。
細長く、歪に波打つ黒い体表を持った体に、肩と正面に穴のあいた白い仮面。人ではありえない造詣、さらに言えば腹の部分に肋骨のような白い骨のようなものにかかえられる自らの頭ほどの赤い珠。
画像から判断するに、身の丈40mはあろうかという巨体。
先ほどか攻撃が行われていたようだが、まるで堪えた様子もなく異形の者は歩みを進めていた。
「十五年ぶりだねぇ」
ディスプレイから視線を外さずに、手を後ろで組んで立つ白髪の男がつぶやいた。
「ああ、間違いない・・・・・・・・・使徒だ・・・・・・・・・」
白髪の男のつぶやきに、すぐ前に座っている男が応える。
赤いサングラスに顔の下半分を髭で覆い隠した、不気味な男だった。
男達がいるのはそびえ立つ発令所の最上段に位置するフロアである。
髭の男の前には、軍服を身につけた男達が正面モニターに映された異形の者を睨んでいる。
モニターに釘付けとなっていたため、誰もこの髭の男の様子には気づかなかった。
髭の男の両手の下に隠れた口元がゆがんでいた。
髭の男は使徒の姿を見て、不気味に笑っていたのだ。
この、自分を心の底から憎むこの男はどこへたどり着くのだろうか・・・・



<西暦2015年 小田急箱根湯本駅前>

かつての自分は、何がおきてもどうすることもできない。そう思い込み、何もしようとしなかった。
だが使徒との戦い、そして紅い海で人の意識の裏側、人間模様を纏った補完にかかわるシナリオは解ったつもりだった
しかし、あの時を経て何者かになった気がしていたぼく・・・いや、ぼくらは本当に何もわかっていなかったのだ。
いま、物語の登場人物である役割の外側に立ったはずの今でも・・・・・・

日本の夏は湿っぽい。アスファルトがある場所はなおさらだろう、暑さはだるさに変わってぼくの意識を蝕む。
《特別非常事態宣言発令のため、現在すべての通常回線は不通となっております……》
ガチャン──
「やっぱりダメか」
少年は公衆電話の受話器を下ろすと、一枚の写真を見つめて溜息をつく。
「遅いな、ミサトさん」
道路の向こう何百m離れたあたりに蒼銀の少女が見える。
「綾波・・・」
実際には数秒だろう、後方から誰かの気配が近づく・・・

そのまま待っていると背中に声を掛けられる。
「碇シンジ君だね?・・・・」
背後に注意がいく、視線を戻すと少女はもういなかった。
返事をしようとして振り向き、思考が停止する。
「はい、そうで・・・」
きっと今自分はすごく間抜けな顔をしているんだろうと思うが、彼は全く意に介さず言葉を続ける。
「そうか、初めまして。かな、ボクも碇シンジだ。よろしく」
碇シンジ・・・ぼくは・・・碇シンジ・・・碇えうっ・・・!?
「え、あ、なん、どうなっ」
「君も帰還者かい?」
自分が誰なのか一瞬思い出せないでいるぼくを前に、にこりとして彼は笑った。
彼はぼくが落ち着くのをまってくれている。
「さて、とりあえずここは使徒との戦闘で危険だ」
そういえば、ミサトさんを当てにして危機一髪ってのは正直ぼくも御免こうむりたい。
「シェルターならネルフへ連絡できるとおもう、ミサトさんには悪いけどそこから車をまわしてもらおう」
「じゃぁ移動の前に情報交換しようか」
情報交換するといっても時間はあまりない。そう思って話したがどうやら裏技?があるらしい、コツを教えてもらいながら談笑する。

それから自動販売機の前に座り、缶コーヒーを飲みながらぼくたちは自分の体験を教えてもらったATフィールドの応用?らしい記憶の交換をし あい、これからのことについて話あっていた。
どうやらぼくたちは過去へ戻った別世界の碇シンジたちらしい。にわかには信じられなかったが、既に何度か別世界を渡り歩いているらしいぼくであろうシンジも目の前にいる。
ただ、せっかく戻ってこれたと思っていたのが別の世界だった事の方が信じたくないことだった。
ぼくはどうしたらいいかよくわからなくなって、天を仰ぐ。つられたように彼も思わず空を見上げた。これといって特別な感じもしない、戦闘機 が向こうにみえたくらいの嫌になるくらいのいい天気だ・・・
戦闘機・・・・?
「「あ!」」
ぼくらは顔を見合わせた後、急いでシェルターに移動を始めた。
ものの数分もしないうちに後方から轟音が響いてきた。距離はあまりなさそうだ。
丁度2人が逃げている方向から見て真横から甲高い音をさせて何かが突っ込んできた。
埃がすごくて見えにくいがおそらく、あのスクラップになるはずの青い車だ。
「ごめーん、おまたせ!」
サングラスに黒い服の女が車のドアをあける。
ぼくたちは顔を見合わせると
「「葛城君、君には失望した・・・」」
ご丁寧に2人して眼鏡もしてないのに眼鏡を上げるしぐさをする。
「い、いいからのって!」
頬を軽く引きつらせながら叫び、ぼくらを車に引きずり込む。
「あー、うしろでミサイルとか飛んでる・・・花火うちあげ逆回しに見る感じ」
「舌をかむわよ、しっかりつかまって!」
言葉もおわらないうちに猛スピードで車が回転して走り出す、思わず感心しながらシートベルトを急いで着用する。



<第三新東京市 ネルフ発令所>

照明が暗く絞られた喧騒と警報に包まれたこの場所では、宙に映し出された大型モニターに第三新東京市とその周辺地形のワイヤーフレームの3D地図が表示されている。
そして、移動する物体を取り囲む印が赤い印に変わっていくさまが表示されていた。
《目標は以前健在、正体不明の移動物体は依然第三新東京市に向けて進行中》
《航空隊の戦力では足止めできません》
「総力戦だ、厚木と入間も全部あげろ」
「出し惜しみはなしだ、何としても目標をつぶせ!」
力をいれすぎた鉛筆が音をたててへし折れる。
モニターでは装甲車や戦闘機からミサイルが次々と飛びかうが、目標に被害をあたえているようには見られない。
戦闘機から飛んできたミサイルを目標が右手をあげて弾頭を掴む。そのままミサイルは短冊のように数本の残骸に変わり、引き裂かれながらも爆発する。
「なぜだ!直撃のはずだ!」
緑色の自衛隊制服らしき服に身を包んだ人物が机を叩きながら叫びちらす。
モニターには相変わらず被害をこうむった様子のない目標が立つ様子が映し出されている。
「戦車大隊は壊滅。有爆撃も砲爆撃もまるで効果なしか」
おなじ服に身を包んだ者が腕を組み、モニターを睨みながらひとりごちる。
「だめだ!この程度の火力では埒があかん!!」
進退窮まる彼等の背後で、それを見ながら2人の男たちが周りに聞こえない声で話し合っている。
「やはりATフィールドか?」
直立し、手を後ろに組んだ姿勢で白髪の男が話しかける。
「ああ、使徒に対して通常兵器では役に立たんよ」
色眼鏡を掛けて手を顔の前で組んだ男が皮肉げにつぶやく。
そのとき焦りを抑える自衛官らしき男の手元の赤い受話器が鳴り、横にある認証装置らしきものに男はカードを通し、受話器を取る。
「わかりました、予定通り発動いたします」
数秒の間と共に戦闘機が一斉に散会し、そのあとから激しい火柱と轟音が表示される。
「やった!!」
「残念ながら君たちの出番はなかったようだな」
背後の2人を振り向きながら溜飲を下げた表情で男たちが話しかける。
《衝撃波来ます》
「その後の目標は?」
《電波障害のため確認できません》
「あの爆発だ、ケリはついている・・・」
電波障害で砂の嵐となったモニターから目を逸らさずに話す。自分たちに言い聞かせるようにも見えて作戦の成功を確信したがっている苛立ちが見て取れる。
《センサー回復します》
《爆心地にエネルギー反応!》
回復した測定器の結果に信じられないように立ち上がり、叫ぶように声を振り絞る。
「なんだとぉ!!!」
《映像、回復します》
モニターに映し出された目標のシルエットに彼らは希望が絶たれたかのように下半身に力が入らず椅子に腰が降りる。
「我々の切り札が」
「なんてことだ」
「化け物め・・・・・」
口惜しい、そんな視線で使徒を咬み殺さんばかりにモニターを睨みつける。
そんな彼等とは明らかに違う雰囲気の背後にある2人の男は相変わらず話をしていた。
「予想通り自己修復中か」
「そうでなければ単独兵器として役に立たんよ」
モニターに映る使徒の顔あたりが光り、映像が途絶える。
「ほう、大したものだ機能増幅まで可能なのか」
「おまけに知恵もついたようだ」
(生命の実を持つ使徒に知恵だと・・・・知恵の実を持つというのか?)白髪の男は奇妙に思うが。
「再度侵攻は時間の問題だな」
自ら続く言葉で逡巡を中断し、再度画面に向かう。



爆撃から逃れたシンジたちは横転した車のそばにいた。
「大丈夫?」
葛城さんが、僕に聞いてきた。
「ええ、ぜんぜん。葛城さんは?」
「そりゃ、けっこう。ミサトでいいわよ、シンジ君」(あー、あんまりだいじょーぶじゃないみたい、せっかくのいっちょうらの服が、台無しよ。それに車もレストアしたばかりだってのに)
「は、はは」(相変わらず本音と建前か、面白い人だ)
「じゃ、横になった車を元に戻すわよ、せーの!」
その後、周にあった車から、非常徴収と言いながら、ミサトさんは、バッテリーを取ってきた。
「これって、火事場泥棒じゃないんですか?」
僕は、携帯でバッテリーを抜いた車のナンバープレートをカメラで次々と撮影しながら聞いてみた。
「いいのよ、緊急事態だし、私は、国際公務員でもあるしね」
「まあ、ナンバーは控えましたから持ち主には後で連絡してくださいね」
ミサトさんは苦笑いの表情を浮かべる。
車に乗り込んだ後、ミサトさんに話し掛けようとしたら、ミサトさんは、携帯電話で、誰かと話し始めた。
「ええ。彼は最優先で保護してるわよ。心配ご無用。だから、カートレインを用意しといて。直通のやつ。迎えに行くのはわたしが言い出したことですもの。ちゃんと責任取るわよ」
その後、10分ほど車を飛ばして灰色の重厚なゲートの前にたどり着いた。
《ゲートが閉まります。ご注意下さい・・・・・・発射いたします、ご注意下さい》
「特務機関ネルフ?」
「そ、国連直属の非公開組織」
「父のいるところですね」
「ま、ねぇん。お父さんの仕事、知ってる?」
「ああ、育児放棄してもいい理由ってやつですか。人様に誇れる仕事じゃないのは想像がつきます」
もちろん昔は本当に子供の頃は母殺しの父と言われたし、本当は何をやっているのか今では知っているのだが。
もう一人のシンジはもうある程度これらのやりとりに飽きているらしく、後部座席に窮屈そうに横になりながら居眠りしている。
むすっとして答えるその様に中学生であの経歴なら無理もないだろうと当たりをつけ、自分と重なる父親像を持っているのかも知れないと考えたミサトは続ける。
「そう、昔は私もそう思っていたわ。でも後から気になってね、父が何を見たかったのか気になって今に至っては同じ穴の狢よ。シンジくんも気をつけるといいわ」
愉快そうに笑っているが自嘲の混じったその笑いはすぐに車内に消えた。
「あ、そうだ。お父さんからIDもらってない?」
「ああ。これですね」
シンジは<来い ゲンドウ>とだけ書かれた紙ごとIDカードを差し出す。
受け取ったミサトは、3秒ほど眉間に皺をよせたまま動きをとめる。
「よくぞまぁ、こんな手紙で来る気になったわねぇ。ありがと」
「じゃ、これ、読んどいてね」
<ようこそ、NERV江>と、書かれた本をシンジに手渡す。
「・・・ども、えーとぼくの父はこの本を作っているとこなんですか?」
「え、いえ違うわよん、なんで?」
「父に会うんですよね?」
「えーと、たぶんそう・・・・・そっか。苦手なのね。お父さんが」
「得意な人がいたら是非教えてください」
シンジが即座に答えると、ミサトは視線を泳がせて答えることができなかった。
なんとも言えない沈黙の中、カートレインはトンネルを抜け、見える景色が変わりだす。
(ジオフロントにつくまではLCL色のプールのようなエヴァの手?みたいなのが見えたりと気色悪かった)
「ミサトさんは軍人さんなんですか?」
ぼくは、先ほどまでの事を少し忘れ、ミサトに問いかける。
「え、昔はねん。どうしたの?」
「ミサトさんが軍人で上のアレと戦うのが仕事なら、ぼくを迎えにきた理由は何ですか?」
「それは秘密。お父さんに聞きなさい」
ミサトは口ごもると表情を明るくしようと努め、言葉をつなぐ。
「ついたわよ。ここがわたしたちの秘密基地。世界再建の要・・・人類の砦となるところよ。」



<発令所>

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」
「了解です」
「碇くん、我々の所有兵器では目標に対し有効な手段がないことは認めよう」
「だが、君なら勝てるのかね」
「そのためのネルフです」
「期待しているよ」
軍服を着た男たちは指揮していたフロアごと退場していく。
《目標はいまだ変化なし》
《現在迎撃システム稼働率7.5%》
「国連軍もお手上げか、どうするつもりだ?」
「初号機を起動させる」
わかってはいることなのだろうが、白髪の男は咎める風でもなく眼鏡の男に言葉をかける。
「初号機をか、パイロットがいないぞ」
「問題ない、もう一人の予備が届く」
そう言って背を向ける。



<ジオフロント リニアトレイン出口周辺区域>

「ミサトさん。その地図だとあそこに見える案内からすると次あたり右です」
シンジは、道案内しているミサトにナビゲートしていた。
「ごめんねぇ、まだ来て間がないもんだから・・・・シンジくん地図みるの得意なのねぇ。さっすが男の子ね」
「いえ、それほどでも。あ、ここじゃないですか?」
地図から目的の道を聞き出して迷いもせずに進んでいく。
「ジオフトント内部についたようね、シンジくんありがと。こっからは大丈夫よ」
「そうですか、じゃ宜しくお願いします。」
本来ジオフロントに入ったらケージでの芝居を打たねばならない。気が滅入ってゆくが司令からの命令でもあり、逆らうわけにもいかなかった。
だが、まずは手はず通り連絡を入れる。
「シンジくんを案内したわ。いまジオフロントに入ったとこ、第3あたりよ。すぐ来てもらえるかしら?え、ちょっとね。じゃ」
軍用の分厚い携帯を切るとシンジが話しかけた。
「父さんのところにいくんですか?」
「そうなると思うわ。でもその前に案内係を呼んだから少しまってね」
会話をしながらエレベータに乗りこもうとすると、こちらに急いで向かってきたらしい髪に水をしたたらせ、金髪をした白衣の女が不機嫌そうに声をかけてきた。
「何があったの葛城一尉。時間がないのよ」
「こーゆーことよ、ちょっと大至急調べてもらえるかしら?」
右手の親指で後ろを指すミサトの後ろには見た目では判別がつかない2人のシンジがにこにこしていた。

「ふむ、わかったわ。シンジくんが来ると聞いてはいたんだけど、私はシンジくんは1人っ子だったと記憶しているの。悪いんだけど司令に合わせる前に自分がシンジであるというのであればちょっと調べさせてほしいのだけどいいかしら・・・?」
「はい、どうぞ。えーと」
「赤木リツコよ。リツコでいいわ」
「じゃ、よくわかりませんがどうぞ」
「技術部に廻させるから、頭を出してもらえる?」
普段から携帯しているのか、白衣からビニールテープとマジックを取り出すと髪の毛を採取してテープに髪の毛を挟みつけ、テープとシンジの手の甲にA・Bと書き込む。
「悪いんだけど検査結果が出るまではそのマジックを消さないでね。もっとも専用液がないと消えないと思うけど」
「「了解〜」」
しばらくして通路で出会った職員に伝言と共に先ほどのテープを渡すとミサトと共にリツコはシンジたちを先導していった。
「すぐわかると思うからこっちへきてもらえる?」
事情が事情であるのでミサトもおとなしく一緒についてくる。
ほどなく携帯から連絡があり、小声でミサトとリツコは話してからシンジたちを案内していく。
「ここどこです?」
「ここにお父さんがいるとおもうわ。あとは直接あって話してみてくれる?」
「わかりました」
満面の笑みを浮かべたシンジと裏腹に困った顔をしたリツコが格納庫の扉を開く。
中はひどく暗く、下から漏れるプールのようなものからこぼれる光だけだった。
「わ、ちょっと暗いです。でもなんか人がいるっぽいですね。父さんもここに?」
「いま照明を点けるわ」
リツコが手元の端末らしきものを操作すると照明がともる。
だが・・・・・
「・・・・職員さん達がサボっている。父さんもそのへんでサボってます・・・?」
シンジ達は見事にあさってのほうを向いてきょろきょろしている。シンジたちは真面目な顔をしているのだから、それは周りの作業員に自分の子にはこんなふうに父親のイメージを持たないようにしようと思わせるに十分な姿だった。
「きっと上のアレが怖くてそのへんで震えてるんでしょ・・・父さんどこ〜?」
「あの〜、シンジくん?後ろみてくれるとお姉さん嬉しいな〜」
横からちょっとしたプレッシャーを感じながら、ミサトが引きつりかけた笑みを浮かべる。
「おわっ・・・・」
言われたまま振り返ろうとしたシンジが驚きとともに足を踏み外す。
・・・・・・・・ドボーン
「シンジくんっ!」
LSLプールに落ちたシンジに手を差し伸べようとしてミサトのヒールが排水用の溝にはまり込む。
「きゃああああああ」
・・・・・・・・ドボーン
「ミサトさぁん、ボクおよげないんですがぼげあああ」
必死にミサトにしがみ付く・・・・憑かれたほうはたまらない。着衣+LCL、さすがのミサトもLCLを口といわず鼻から耳から飲みながら必死の形相で目の前の足にしがみつく。
「ああああああああああ!!!」
・・・・・・・・ドボーン
「あぁ〜ぁ」
そこに立つ最後の1人、もう一人のシンジはいつのまにか巻き込まれないように離れていた。
作業員達があわてて3人を救出した5分後・・・・・・・
上ではゲンドウが始まらない脚本にいらつきながらも声をかける。
「・・・・・・・シンジ、久しぶりだな・・・・・・・・」
「・・・・問題ない、げほげほぁ」
返事をしようとしてむせるシンジ。
ゲンドウ以外は、妙な空気を醸し出す彼らを声をひそめて見守っている。
「私は双子を子供にもった記憶はない。シンジはどちらだ?」
「「ふん、問題ない。どちらもシンジだ」あ、鼻からあかい鼻水たれてるぞ」
「マジで?」ふんっ!チーン!
渡されたタオルで鼻をかんでいるシンジをよそに、ゲンドウがリツコに問いただしている。
「・・・・赤木博士、DNA鑑定は?」
「報告では両方とも本人です」
「・・・・被疑体でテストを行う、準備にかかる時間は?」
「今からですと大至急でも1時間、移動時間を含めると1時間半強かかってしまうかと・・」
「必要ないわ」
「誰だ!?」
訝しげに眉を僅かに動かしながら大きな声であたりに問う。彼は記憶のどこかでこの声に覚えがあった。
「さあ、誰でしょう?」
この場に似つかわしくない。楽しそうな、それでいて控えめな笑い方。
皆が視線を追って彼女がいるであろう物陰に向ける。
それは少し離れたケージのコンテナに一人の女がいた。おそらくはここから見えにくい物陰の位置からこちらに向いただけだろう。
技術部でもあまり着用者がいない白衣をはおり、下にレモン色のワイシャツを着てライムグリーンのスラックスをはいている。
少しウェーブのかかった髪を左右に流し、表情は微笑んでいた。
その姿と表情はここがどこかを忘れさせ、派手でないはずのその姿は強烈に人目を引き付けた。
「ユイっ!!!!!!!!!」
唯一反応したのはゲンドウだった。
いや、シンジとリツコも反応はしていたがゲンドウの大声で勢いを削がれてただただ驚きの表情で固まっていた。
ミサトは司令が対応に当たりそうなので不機嫌そうだが黙っている。
「お久しぶりですわ」
上品な微笑みというのが皆の感想だったが、後の会話が更にその場の皆の頭を混乱させた。
「ユイ!」
「どうします?」
「問題ない」
「シンジは」
「他に手段はない・・・」
「もう意味はありませんわ」
「なぜだ」
「ヒトでないから」
「どういうことだ」
「エヴァに」
「精霊と?」
「発動前なら」
「ばかな!」
「そうなりますわ」
「シンジは」
「そう・・・・ですのね?」
「そうだ」
「呼び出しは?」
「終了後だ」
「シンジも」
「わかった」
「では」
「うむ」
「「シンジ」」
2人が声を揃えてシンジを呼ぶ。
皆現在の状況も忘れて呆然としている。
「シンジ・・・お前が乗るのだ」
「あー、えーと・・・・」
本来、このセリフがきたら言おうと思っていた台詞を思い切り忘れてどもってしまう。
「シンジ、あなたは何回目?」
「な、なにが?」
ユイと呼ばれた女の言葉に驚き、焦りながらもなんとか返答する。
「いまの父さんの台詞」
「どういう意味なの?」
「今でいいの?」
「そ、それは・・・」
「じゃあ、お願い」
「・・・・わかった」
やや、憮然としながらもシンジが頷く。
「パイロットはシンジに。作業にかかれ」
周囲はこの家族の会話の主語のなさに親子らしさの片鱗を見て得心いったのか、作業に取り掛かる。
「あんな会話で通用するのってどういう家族なのよ」
命令されていた脚本から離れた状況だったためか、まっさきに思考放棄したミサトがリツコに尋ねている。
「昭和の夫婦とでもいえばいいのかしら。昔はアレを→コレね。と、いったふうに会話が通じていると聞いたことはあるけれど見たのは残念だけど初めてよ」
驚きと修正不可能な展開に目が泳ぐリツコは上手くはぐらかせずトンチンカンな答えを返す。
「あれが昔は普通だってーの?」
「いいえ、司令の妻というのは伊達ではないということかしね」
「ええええええ、マジで!?」
「本当よ、さっさと行くわよ。上はまだこれからなんだから」
「もちろんよ、行くわ」
(ゲンドウさんが妙に片言でしゃべるのはこれが原因なのかしら・・・?)
神妙に考えるリツコが遅れながらミサトの後を追いかける。



<発令所>

《冷却終了》
《ケージ内 全てドッキング位置》
「了解。停止信号プラグ、排出終了」
《了解 エントリープラグ挿入》
「まだ準備中ですが、もう見えていますので参りましたわ」
ゲンドウたちがいる発令所最上階にユイが現れる。
《エントリープラグ注水》
「おしっこっぽいものが・・・・」
「大丈夫。それはLCLといって肺に満たされれば直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ」
あっとゆうまにプラグ内部がLCLで満たされる。
「LCLって何の略ですか?」
「Link connect Liquidよ。早い話が通電補助剤ね」
「すいません。トイレいきたくなったらどうすれば・・・」
「がまんなさい。男の子でしょ」
「ミサト、下品よ」
「え、あ、いや〜。仕方ないでしょ、もう」
「シンジくん。残念だけど・・・」
「(ごくり)・・・・・ここでやれ、と?」
笑いをこらえるオペレータの肩が震えている。
リツコとミサトの言葉はとても戦闘前とは思えないが、着々と準備は進んでいく。
「戦うんですよね、作戦はありますか?」
「シンジ・・・・問題はあるか?」
にやにや笑いながらシンジが問いかけるが、ゲンドウの一言で真面目な表情になる。
「射出位置及び武装の説明と選定、戦闘方法並びに戦略による戦闘区の選定まだまだあるよ」
シンジを素人だと聞いていた職員は絶句し、ミサトはリツコに視線を送る。
「射出位置の選定と戦闘区については日向くん、説明して。武装に関しては肩に内蔵してあるプログナイフとニードルガンよ。取り出し方はさっき教えた通り」
「葛城さん。射出位置の候補は2つ、1つは山を挟んだブロック。その場合アンビリカル・ケーブルの付け替えが必要になります。また、敵との障害物を考慮しないケーブル付け替えなしの場合ですと敵を中心としたFを除くDからGが使えます。」
眼鏡をかけた短髪のオペレータが即座に答える。
「Dブロックから射出準備。シンジくん、いい?」
「・・・・・はい」
ミサトは振り返り確認する。
「司令。かまいませんね」
「・・・ああ」
「エヴァンゲリオン発進!」
勇ましいミサトの声によって戦いの火蓋が切って落とされた。



To be continued...
(2009.03.21 初版)
(2009.03.28 改訂一版)
(2009.04.04 改訂二版)
(2009.05.09 改訂三版)


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