<ゼーレ映像会議>

暗くされた部屋の中、立体映像によるモノリスが並び立つ中心に机があり、ゲンドウが座っている。
いつもの顔の前で手を組むポーズで座したまま静寂を保っている。
その目はサングラスに覆われて表情を伺い知る事はできない。
その傍らにユイが立ってモノリスを見上げていた。
モノリスたちは、各々が言葉を短く淡々と紡いでいた。
「閉塞した人類が再生するための通過儀式か」
「始まりと終わりは同じところにある。よい。全てはこれでよい」
「我々は、新たな神を作るつもりはない」
「我々に具象化された神は不要なのだよ」
「碇ユイ。君は何のために在る?」
「勘違いを正す。それだけですわ」
ユイは問い掛けに即座に答える。
「神の存在は証明不可能な事案ではある」
「自ら贖罪を行わねば、ヒトは変わらぬ」
「そのためのエヴァシリーズだったはず」
「大前提が既に違っています」
会話に割り込むようにユイが発言し、それに僅かな間をあけて01と書かれたモノリスが問い掛ける。
声からしてキールであろう。
「死海文書か」
「はい」
「だが、今までの記述に間違いはない」
「虚実が混ざるのはよくあることです」
「確かにな。だが何が違う?」
「使徒の目的」
「生命の樹の番人たる「それは人間の宗教での教えです」
「なんと」
しばらくキールとの問答を見守っていた他のモノリスから声があがる。
「生命の実は関係ないと」
「ありえん」
「たとえ過去、どんな事情があれ2つの月が落ちた。ここまではご存知の通りです」
「左様」
「人類は生き残らねばならん」
同意を示すモノリス達に、首を横に振ってユイが静かな声で答える。
「残念ながら」
「ではどうであると?」
「回帰が人類を処分するためのモノだとしたら?」
逆に問い掛けるユイに、モノリス達の反応は早かった。
「なんだと!」
場が混乱を含む空気に包まれる。
沢山のモノリスの声がいくつも重なり、何を言っているのか判別できなくなる。
「根拠は何だ・・・」
キールの声が響き、他のモノリスは沈黙する。
「我々が他惑星に進出できる科学力を有していたら2種類の支配種を送り出しますか?」
「それは、ないな」
即座にキールも否定する。
だが、他のメンバーが自らの想像に驚き口を開く。
「我等なら・・・まさか!」
続けるユイ。
「つまり使徒の役割は」
「星の植民環境を創る環境兵器」
キールが、導き出された答えを口に出す。
口調には、今までに聞いたどの言葉よりも怯えが含まれていた。
もちろん、本来なら認められない推論だったはずだ。
ユイの何度にも及ぶ誘導があってこそ、キールも認めざると得なかったのだろう。
「おそらく」
ユイが目を瞑り、頷き肯定する。
「なんということだ」
「それならば人類が儀式を行う意味は」
「初期化。だろうな」
「いや、我々ならば失敗例として処分する」
「───言いたいことはわかった」
「重要な事が1つ」
切り上げようとキールが言いかけた言葉をユイが止める。
「これ以上あるというのか」
キールの声に疲れらしきものが伺える。
この女は、昔からそうだ。
物証として死海文書もあり、その証明も為されて計画は順調に進むはずだった。
だが始まってみれば、どこからか戻ってきて自分にとって納得しやすく誘導してくる。
結果は簡単だ。
人は自分が信じたいものを信じる。
キール以外のメンバーが逆を向く。
そのメンバーの中、自分一人で為す場合はゲンドウは手中にあらねばならない。
その前提も覆されていた。
その男は、立っているユイの横で椅子に掛け、見方を変えればまるで忠犬のようだ。
手駒を使うとしても・・・あの本部のエヴァは、乗り込まれたら終わりだ。
正直、ユイの目を誤魔化してパイロットの暗殺を図るのはリスクが高すぎる。
仮に軍隊を差し向けたとしても、動じず揺さぶってくる可能性は確定といった処だろう。
その結果、どうなるか。
あるいは世界中の生きていられる場所を奪われることも考えられる。
夢で見る霧、それがキールのユイの評価だ。
見えているのに触れられない。
ふわふわしたようでいて纏わりつく。
言うことを聞く以外の道を脈絡なく適当に、それでいて拭い去り難く塞がれてしまう。
だがここも立場上、ここまで聞かされれば聞かなくてはいけない。
じっとユイの言葉をキールは待った。
「・・・我々は創造主と同じなのか、それとも神は来るのか」
「月に答えを求めるか」
キールは正直、己の価値が揺れない事で安堵した。
「即時にとれる他の方法は、ありません」
「そうか。月の探索の件は一考しよう」
「碇君、ご苦労だったな」
それきりモノリスは次々と消えて暗闇が支配する。
それを見届けたユイが、心の中でぺろりと舌を出す。
「終わったか」
今まで一言も話さず、顔の前で手を組んだまま沈黙していたゲンドウがようやく口を開く。
「いいえ」
ユイが即座に否定し、言葉を続ける。
「ようやく始まりです」
「そうか」
組んだ手を解き、席を立つゲンドウ。
室内に照明が灯る。
「行きましょう」
そう言ってユイがゲンドウの腕に自らの腕を絡める。
「ああ」
ゲンドウは短くそれに応え、2人は部屋から退出していった。



新世界エヴァンゲリオン 帰還者の宴

第八話

〜宴の終わり〜

presented by じゅら様




<司令室>

月の探査は国連主導で、急ピッチで進められていた・・・
第一陣で持ち帰った情報が使徒と関連あるものと認識され、第二陣は米英の錚々たるメンバーが集結した。
その際、有人機の探索における問題として現地での情報解析と状況判断が挙げられた。
いわく、葛城博士のように。
否、葛城博士以上の現場判断が要求されたのだ。
故に、使徒の情報を有している組織であるネルフから1名同行が求められた。
キール議長は何らかの情報を赤木博士に解析させたいと考えていたため、ゲンドウ経由で赤木博士の渡米辞令が下された。
「遠距離ではあるが他に適材はいない。赤木博士、行ってくれたまえ」
「しかし、MAGIもない月へ私だけで行ったところで・・・」
「中継用にデブリを打ち上げる。衛星も経由してMAGIは使えるようにするとのことだ」
「わかりました・・・」
「すまんが宜しく頼む」
ゲンドウはそう言って眼鏡の位置を押し上げ、席から立ち上がる。
「あ、そうそう。こないだの別れ話の要求ですが」
「う、うむ。何だ?」
ゲンドウの肩が震える。
「ヒゲ剃ってもらえます?」
「な、なん。いや、わかった。それだけか?」
困惑を抑えるゲンドウ。
リツコの要求はゲンドウも、どうなることかと心配していたのだ。
「ええ、キスのとき邪魔だったんですよね」
「そうか」
リツコは飄々としていたが、内心ゲンドウはその表情に暗いものを感じず安堵した。
だが同時に、別れたリツコに未練の情が湧き上がってきてしまって慌てて自制していた。
司令室に呼び出されたリツコは笑顔でこの辞令を受け取り、必要な訓練期間もあるために1週間後、日本を発つ事になった。
尚、ゲンドウはリツコの退出のすぐ後に行きつけの床屋に電話を掛けていた。



<赤木リツコ研究室>

司令室を出たリツコは、渡米準備の為に自分の研究室で荷造りをしていた。
しばらくすると、ドアが軽い音を立てて開く。
ドアの向こうからは、いつもの表情で笑う加持が現れた。
加持は片手を挙げて、リツコに軽い口調で話し掛ける。
「やぁリっちゃん。今度渡米するんだって?」
「さすが、加持君は情報が早いわね。そうよ」
リツコはダンボールに書類を入れる手もそのままに応じる。
「じゃあ俺の本部の着任祝いとリっちゃんの渡米を兼ねて、いっちょ飲みにいくとしますか」
わざとらしく指を鳴らし、舌なめずりをする。
「ミサトも一緒?だったらいいわよ」
「おーけい、そんじゃまた連絡するよ」
「程々にね」
「わかってるって、じゃ」
加持が出て行き、ドアが閉まるとリツコは一つ溜息をつく。
「いいタイミングだったのかもしれないわね」
一人呟くリツコの心中は、ゲンドウとの別れに区切りを付ける意味では願ってもない事ではあったが行き先が月とは・・・
ミサトあたりに、かぐや姫とでもからかわれるかもしれない。
「ペットホテルじゃ不経済すぎるわね、実家で預かってくれないかしら・・・」
不在の間の愛猫の方が心配なリツコだった。
案外タフなのかもしれない。



<碇ユイ研究室>

ユイの研究室に渚カヲルがやって来ていた。
簡易応接の椅子にそれぞれ対面で座っている。
「これがその薬ですか?」
カヲルがテーブルの上に置かれた四角いボックスに手を伸ばす。
「ええ、作り方は解っていたんだけど、化学合成物質はここの設備では作れなくてね。それで時間がかかったの」
「その割りにすぐ仕上がりましたね」
「必要となることは判っていましたから」
「どういうものなんです?」
「簡単にいうと。そうね、レイちゃんは知ってるわね?」
「つまり彼女のデータを部分的に取り入れる。と?」
「話が早いわね」
「そうですか」
「経口摂取で一錠服用毎に24時間の間隔を開けて頂戴。あと外気厳禁、日光厳禁ね。その携帯ケースを使って」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえ、全ては流れのままにですわ」
「ふふ、感謝しますよ」
目礼をするカヲル。
ユイは笑みで応える。
「ところで、先日聞かせてもらった説。あれはどうなさるおつもりですか?」
「知るべき人物には知らせる。それだけです」
「そうですか、しかし他の使徒たちが哀れですね」
「貴方のように話を聞くことができればあるいは・・・」
「ふふ、さすがはマリさんのお母さんですね」
「そうかしらね?」
「優しいってことですよ」
「あら、ありがとう」
そう言ってお互いは、にこやかな笑みを交わす。
互いに人間ではないながらも、実に人間らしい空気をかもしだす2人だった。



<第三新東京市立第壱中学校>

翌日、マリは休み時間にカヲルを屋上に呼び出した。
シンジたちには用事があると言って抜けてきた。
だが、着いてみればカヲルのほうが先に待っていた。
「遅いなぁ、マリさん・・・」
カヲルは呟き、一人マリを待つ。
聞こえている。バツが悪い。
気をとりなおしてカヲルに手を振り、声を掛ける。
「おまたせー」
「待ってたよ」
「ごめんね、遅くなって」
「いや、いいさ。それで何だい?」
「ねえ、カヲル君は過去を。いや、母さんに聞いたって言ってたよね」
「ああ、ざっとだけどね」
マリは俯いて身長差のあるカヲルからは髪で顔が見えない。
呟くような小声でマリが問う。
「じゃあボクが前の世界でカヲル君を殺した事は?」
「いや、聞いてないね」
「カヲル君は地下のアダムを目指した。ボクは追いかけ、泣き叫んだよ。なんで!?どうして!?って」
「ガラスのように繊細だね・・・君の心は」
マリは顔を跳ね上げ、声を大きくして訴える。
「エヴァで君を握り潰した感触が消えてくれないんだ!」
「辛かったんだね・・・。今、僕はここにいる。それ以上でも以下でもないさ」
マリはかぶりを振ってカヲルに問い掛ける。
「僕にとって、生と死は等価値なんだよってカヲル君は言ったんだ」
「その意味を知りたいのかい?」
「死んでもかまわないって意味だったの?」
伺うような目がカヲルを覗く。
心臓の鼓動が、妙によく聞こえたようにマリには感じられた。
「君のいうカヲルと僕が同一の考えかはわからないが」
「それでもいいよ。教えて」
即座にマリが続きを促す。
「おそらく使徒の本能は絶対で、進む道は人類か自分かの二者択一しかない。そういう意味だと思うよ」
「ボクはカヲル君を友達だと思っていた。これから先もずっと一緒にいられると思ってた」
「マリさん・・・」
「あのとき、君は未来を託すって言ってボクに殺されることを選んだ」
カヲルがマリに一歩近づき、マリは俯いた顔を上げて震えながらカヲルを見つめる。
「だけどボクはそれを・・・友達になったのに裏切られたって思ったんだ」
カヲルがマリに近づき、そっと右手に触れる。
マリの目が怯えるかのように一瞬震え、驚きと共に手を跳ね上げてしまう。
「一時的接触を極端に避けるね、君は。怖いのかい?人と触れ合うのが。
 他人を知らなければ、裏切られることも、互いに傷つくこともない。
 でも、寂しさを忘れることもないよ。
 人間は寂しさを永久になくすことはできない。人は一人だからね。
 ただ忘れることができるから、人は生きていけるのさ。」
「忘れろっていうの!?」
「常に人間は心に痛みを感じている。心が痛がりだから生きるのも辛いと感じる」
「そうだね・・・」
「君のいうカヲルは僕であって僕じゃあない。君の母さんにプレゼントを貰ったからね」
「プレゼント?」
「どうやら、ボクはボクであり続けることができるかもしれないってことさ」
「じゃ、じゃあっ!?」
驚きに目を見開くマリ。
表情に表れたのは・・・歓喜。
「僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない」
「ぷっ」
マリが突然噴出す。
「あはははははは、それカヲル君。前にも聞いたよ」
笑いながら泣いている。
そんなふうにマリは体を震わせ続けた。
「そうかい?」
カオルが、またマリの右手を握る・・・・
今度はマリは避けなかった。
「そう。好意に値するよ。」
「待って。その先は言わせて!」
「ああ、いいとも」
一度目を瞑り、一呼吸置いたマリは目を見開く。
そのままの勢いで、左の人差し指でカヲルを指差す。
近すぎたため、指はカヲルの眉間から1センチも離れてない。
思わずカヲルの目が寄り、マリの指を追う。
「好きってことさ!」
マリは嬉しそうに笑い声と共に屋上から走り去っていった。
カヲルは、それを感慨深そうに見送っていた。
犯人は貴様だ!と、宣言されたかのようだった。
やがてカヲルは雲一つない空を見上げて呟く。
「今夜は夢を見ることができるかな。楽しみだ」
そして目を瞑り、踵を返すとゆるやかに教室に戻っていった。




<司令室>

リツコが渡米する3日前。
碇の子供達と冬月・ミサト・リツコ、アスカにレイが司令室に集められた。
前置きとしてリツコの渡米を知らせ、他の重要な知らせとしてユイは自らの目的について語り始めた。
「私がこの世界に来たそもそもの目的は、貴方達の力の覚醒を防ぐ為」
「力ってATフィールドの事?」
「なんで?この力で人類を救えるんじゃないの?」
「貴方たちはパンドラの箱という伝説を知っているかしら?」
「え?あ、ああ最後に希望が出てくる話だっけ?」
問いには冬月が答える。
元教師の口調に戻って、諭すように答える。
「いや。結構知られてないがね、箱に最後に残った災厄。絶望は封じられたまま世界に出さずに済み、人は生きていられるようになった。と、いう話だ」
「それがどう関係するっていうんだ?」
数名のわからないといった表情を浮かべる人の意見を代表して、ジンが問い返す。
「貴方たちはその体の中に絶望の種を宿しているということよ」
「はん!私は人類を絶望に導く悪魔ってわけ?」
馬鹿にしたかのようなアスカの問いにユイが答える。
「使い方を誤ればそうなるわ」
「ふざけんじゃないわよ!私たちが戦ってきたのは人を滅ぼすためだってーの!?」
左手を横に振り、激高するアスカ。
「つもりがなくてもそうなる世界というのは存在するのよ。前の世界で学んだでしょ?」
「すいません。よく話がみえないのですが、わかるように教えていただけませんか?」
リツコはアスカの前に手で制止をし、遠慮がちにユイに声を掛ける。
「ごめんなさいね、結果から話す癖が抜けなくて」
「いいえ、でもどういうことなのでしょう?彼等が世界を滅ぼすとは」
疑問を問いかけるリツコに、ユイは顔をゲンドウに向ける。
「ゲンドウさんは知っているわね、最後の災厄は何なのか」
「ああ、未来予知だ」
「みらいよちぃ?」
ゲンドウの答えに、素っ頓狂な表情でオーバーアクションのミサトが横から大声をあげる。
「そう、その力を持った人は全てを見通せる。そして、それ故に絶望する・・・」
ユイの神妙な表情の声を遮り、アスカが噛み付く。
「ちょっとまってよ、私はそんなことできないわよ」
「まだその種がある段階。いずれその能力は開花します。私がそうだったようにね」
「「「「「「「「なん(だって)ですって!?」」」」」」」」
ゲンドウとユイ、それにレイを除く全員が声を揃えて叫ぶ。
「それで、私が未来を知ったとして・・・・それで人類が絶望するってーのはなんなのよ」
アスカが疑問をぶつけ、同意するようにミサトが無言で頷く。
だが、それに答えを出したのはリツコだった。
「予知を人類が情報共有したらありえるわ。それこそ、世界そのものがパニックになるものから未然に事故を防ぐものまで」
「そう。だから情報統制しないなら・・・だけど、ね。判断は各自に任せます、しばらく考えて頂戴」
ちなみにレイは話についていけず、神妙に頷くだけで後からジンに教えてもらおうと決め込んでいた。



<ディスカウントストアKマート>

トウジとヒカリは数日後に控えた修学旅行の準備の為、買い物に出かけていた。
「そういえばこないだ、相田君。本当は何かあったんじゃないの?」
「ああ、あれからケンスケのやつに聞いたんやが・・・・」
そう言って立ち止まり、腕を組みながら何となく言い難そうに話し出した。



<箱根湯坂山>

「さーて、腹ごしらえでもするか」
そう言って、迷彩服を着ている少年がテントのそばに戻ってくる。
彼の名は相田ケンスケ。
サバイバルゲームをこよなく愛するミリタリーオタクである。
休日を一人で山中を駆け回り、夕方までサバイバル生活を満喫していた。
慣れた手付きでレトルトの御飯を温めて食事を用意する。
オカズは缶詰3つ。
缶切で開けて食事の準備が整った。
「あ、あの〜?」
そんな彼に声を掛けてきた珍客がいた。
少女。と、いっても年下の小さな子だ。
夕方のため判別はつきにくかったが、ケンスケよりやや長い金髪・・・と、いうにはやや薄いレモンイレローの髪と灰色の瞳。
正直、日本語が通じそうでほっとするケンスケ。
ケンスケは一見してその少女を服装から見抜く。
「ん?これか?メシつくってたんだよ。ボーイスカウトがこんなとこでなにやってんだ?」
「もうボーイスカウトじゃないんだけど・・・・山ん中歩く服がこれしか」
そう言って少女は力なく笑う。
「そっか、しかしえらく軽装だな。ひょっとして道にでも迷ったか?」
全身を見るとリュック1つに、鉈のようなブッシュナイフ。
野営道具はあるかもしれないが、テントまで持っているようには見えない。
「むー」
「図星かぁ?まあ俺もメシ食ったら帰るかテントで寝るかどっちにするかって思ってたしな。いいや、メシ作ってやるから食ってけよ。後で下山付き合ってやるよ」
「ホント?」
ケンスケの申し出に嬉しそうな顔を上げる少女。
「ああ、まあ座れよ。あーあ、おまえナイフで枝掻き分けてここまで来たのか」
少女の服は、肩口のあたりが小さく破れていた。
食事といっても飯盒で作るご飯以外は缶詰だったが、空腹の少女は勢いよく掻きこんでいく。
「う、ぐっ!」
「えらい遠回りしてたんだな。っておい水、ほら飲め」
ケンスケは、慌てて麦茶を仕込んだ水筒を差し出す。
少女は一瞬躊躇いつつも受け取って喉にお茶を流し込む。
「あ、ありがとう」
そう言って水筒をケンスケに差し出した。



<ディスカウントストアKマート>

ヒカリに説明し終わったトウジが腕を解き、手を腰に当てて首を捻る。
眉には皺が寄っている。
「と、まあそんな感じでケンスケのやつその子を送っていってやったらしいんやがな」
「うん」
「なーんか家庭の事情ってやつもあったらしゅうてな、ケンスケにえらい懐いてもうたらしいんや、これが」
「ふーん、意外ね。結構兄妹でもいたら面倒見いいタイプなのかもね」
ヒカリはケンスケをちょっと見直した風に頷く。
だが、それにトウジは顔を横に振って応える。
「それがやな、どうも付き合ってくれいわれたらしいねん」
「え───!?その子いくつなの?」
驚いてやや大きな声を出すヒカリに、トウジは顔を向けて片眉を歪める。
「いやそれがやな、困ったことに小学5年生らしゅうてな」
「あー、なんとなくわかった」
「そやろ?ケンスケのやつもどうしてええかわからんらしいねん」
「どうするんだろ」
トウジは、ヒカリから顔を逸らして天井を見るともなく見上げる。
神妙な顔をして呟く。
「紫式部計画っちゅーやつかのぉ」
「・・・・それ光源氏だって」
ヒカリは、片手で力なくツッコミを入れた。



<第三新東京市 札幌麦酒工房>

ミサトとリツコは先に指定の店に到着していた。
個室に先に通され、リツコは空腹を満たす物を数点。
ミサトはビールを大ジョッキで一気に10杯注文する。
店員の頬が引きつっていた。
やがて注文の品は揃い、2人は舌包みを打つ。
「くううう!やっぱ直営店のえびちゅは最高ーッ!」
ミサトが3つ目の空ジョッキをテーブルに置き、機嫌良く笑う。
心底幸せそうだ。
横に座っているリツコは、つまみを突きながら一人ごちる。
「来ないわね、リョウちゃん」
「あのバカが時間通りに来た事なんて、一遍もないわよ」
「デートのときは、でしょ?仕事は違ってたわよ」
噂をすれば影が射す。
加持がいつものネクタイを緩めた格好で現れる。
「いやー、お二人とも、今日は一段とお美しい!時間までに仕事抜けられなくてさ」
「どうでもいいけど何とかならないの、その無精ひげ。ほら、ネクタイ曲がってる!」
そう言ってミサトは、加持のネクタイを甲斐甲斐しく締めなおす。
「髭、剃んなさいよ。司令が髭面だからってアンタまで生やしてていいわけじゃないんだからね」
「お、お、お・・・これは、どうも」
これには加持のほうが照れ臭そうだ。
「夫婦みたいよ、あなたたち」
「いいこと言うねぇ、リッちゃん」
「誰がこんな奴と!」
「それはそうと、司令。髭剃ったわよ」
「なんですって!?」「本当か!?」
「嘘言って何になるのよ」
やがて、落ち着いた3人はビールとつまみに舌包みを打つ。
「ビールか・・・何年ぶりかな。3人で飲むなんて」
加持は昔を思い出し、頭上を仰ぎ見る。
「葛城がヒール履いてるんだもんなぁ。時の流れを感じるよ」
「学生時代には想像できなかったわよねぇ」
リツコが可笑しそうにくすくす笑う。
「俺もガキだったし、あれは暮らしって言うより共同生活だな。ままごとだよ。現実は甘くないさ」
「さっさと結婚しちゃいなさいな」
「一度敗戦してる。負ける戦はしない主義だ」
「勝算はあると思うけど?」
「リッちゃんは?」
「自分の話はしない主義なの。面白くないもの」
「変わんないわね、そのお軽いとこ」
また1つのジョッキを空にしたミサトが加持の頭を小突く。
「いやぁ、変わってるさ。生きるって事は、変わるって事さ」
「ホメオスタシスとトランジスタシスね」
「何それ?」
「今を維持しようとする力と変えようとする力。その矛盾する二つの性質を一緒に共有しているのが、生き物なのよ」
「男と女だな」
「そろそろお暇するわ。明日は挨拶廻りだし」
「そぉ?」
「うん」
「残念だな」
「じゃあね。
「がんばってね。か・ぐ・や・ひ・め・さ・ま♪」
そう言ってミサトは新しいジョッキに手を掛ける。
リツコは手で顔を覆うと、一瞬何かを言いかけようとして止める。
だが、別の事を思いついたか片頬で笑いかけ反撃する。
「貴方たちも、いい加減に観念なさい」
「ぶっ!」「リッちゃーん」
してやったりと、リツコは立ち上がると荷物を手に取る。
そして、右手の指に挟んだ会計の紙とその手をひらひらさせながら個室から出て行った。
2人になった個室は、やや居心地悪そうなミサトがジョッキを空けるまで沈黙に包まれた。
「加持君、私変わったかな?」
ジョッキを空にしてミサトは俯き加減に加持に向かい、呟くように問う。
だが、加持はおどける様に即答する。
「酒量が増えた」
「ごめんね、あの時、一方的に別れ話して。他に好きな人ができたって言ったのは、あれ、嘘。ばれてた?」
「・・・」
話の脈絡が通じなくなり始めた。
ミサトに酔いが入ってきたのを認めた加持は、小さく肩を竦めると聞き手に回る。
「気付いたのよ、加持君が、私の父に似てるって」
「男は皆多かれ少なかれマザコン。女も同様にファザコンだって言うがな」
「自分が、男に、父親の姿を求めてたって、それに気付いたとき、恐かった。どうしょもなく、恐かった」
加持は、静かにミサトの独白を聞く。
「加持君と一緒にいる事も、自分が女だと言う事も、何もかもが恐かったわ」
「父を憎んでいた私が、父によく似た人を好きになる。すべてを吹っ切るつもりでネルフを選んだけれど、でもそれも父のいた組織」
「結局、使徒に復讐する事でみんな誤魔化してきたんだわ」
「そういや葛城の指揮で倒せた使徒っていたんだっけ?」
「ぎゅう」
辛そうに独白していたミサトだったが、一言で撃墜されて盛大にテーブルに突っ伏した。
しかし、すぐにミサトは両手を握り締め、勢い良く顔を上げて加持を睨む。
「ああああ、あんたねぇ」
「葛城が自分で選んだ事だ。俺に謝る事はないよ」
「悪かったわね、どうせへっぽこ作戦部長でございますよーだ」
さめざめと泣きまねとするミサトに加持はこの後、大変な労力を要求された。
それこそ、2日程階段の上り下りに違和感を残すほど・・・







それから2ヶ月──

<第三新東京市立第壱中学校>

今日も授業が終わった。
楽しかった修学旅行も終わり、もう私たちは3年生になっていた。
相変わらず予定と違わず使徒はやってきては倒されていた。
今日は、カヲルと買い物に行く約束を交わしている。
カヲルはこの2ヶ月間、ずっと学生服だったのを問い詰めたら白状した為だ。
変なところで昔のレイと似ている。
校門に向かって歩く私とカヲル。
アスカとレイは各々デートらしい。
相変わらず、皆はネルフにいる。
既に起動してしまった使徒の殲滅予知は、母さんによってなされた。
ついでにリツコさんが、アメリカで新しい恋に落ちることも・・・
母さんは皆の治療が終わるまでは、この世界にいるそうだ。
皆は、ネルフにいて遺伝子治療を受けている。
ぱぱーっとやるのかとおもったら、なんか面倒な検査から新薬を作るそうだ。
思っていたより、時間がかかりそうで気が滅入る。
尚、カオルだけ別の治療メニューらしい。
錠剤服用だけでいいらしく、皆がふてくされていた。
使徒であることは辞められないそうだ。
治療の目的は、あくまでアダムを求める本能というシステムの代替及び消去らしい。
たまにある検査入院の見舞いに行ってやると、大げさなほど喜ぶ。
彼は、黒と白の月が他宇宙から散布された種だと知って宇宙開発プロジェクトに参加したいそうだ。
いつか故郷を見てみたいとも語っていた。
自分のルーツを知りたいらしい。
月の大掛かりな探索では、この広い宇宙には他にも人類がいる可能性が高いという事だった。
唯一解読でき、発見された遺物には宇宙の座標が記してあったらしい。
ばら撒いた生命の種のか、あるいはばらまいた人類の。
もっとも絶対座標でない為、それなりの正確さらしいけど。
使徒が夢を語る。
そんな世界があってもいいかもしれない。
カヲルに微笑みかける。
マリは、ほんの少し世界が好きになった。



<いつか・どこか>

シンジは、ミサトとリツコにケージに連れてこられていた。
ミサトが入り口を閉めると真っ暗になる。
「・・・真っ暗ですね」
無言のまま、リツコが照明のスイッチを押す。
ライトが一斉につき、シンジの眼前に巨大な顔が現れる。
「顔?巨大ロボット?」
「厳密に言うとロボットではないわ。人の造り出した汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリヨン。その初号機」
「エヴァンゲリヨン?」
シンジの問い掛けに、リツコが咳き込む声が聞こえる。
「ごめんなさい。エヴァンゲリオンね」
「なんで紫なんです?族仕様!?」
「・・・クラクションはないわよ?」
リツコが悪戯っぽく笑い、シンジを見る。
「紫は父の趣味ですか?」
「そうだ──」



さあて、登場しますか。
私は白衣を翻す。

《  行こぉ──  》

あの子の声が聞こえた気がした・・・
進みかけた足が止まる。
何だか救われたような気がして、頬に涙が一筋流れる。
穏やかな笑顔が自然と浮かび、そっと涙を拭った。
息を大きく吸い込んだ私は、大きな声で見得を切りながら姿を現す。
「久しぶりね!」
数え切れない新しい世界に、私は歩みを進めた。



Fin...
(2009.04.18 初版)


(あとがき)

───────「集結の園へ」を聞きながら────────

ここまで読んで頂いた皆様に感謝の言葉を申し上げます。
初書小説であり、拙い作品だったとは思いますがお付き合い下さってありがとうございました。
本編は旧劇場版をメインに、エヴァ2にバトルオーケストラ。
果ては、パチンコから出張してきたキャラクターやセリフを使用させて頂きました。
今まで溜め込んだ謎に、自分なりに答えをぶちまけた形です。
シンジたち主要キャラに、ある程度のカップリングを設けてみた今作。
冬月補完が出来なかったのが心残りです。
さて、バラしてしまうと第一話でユイの力として出した無から有をつくる力。
これは、カヲルが本編で言ったセリフ「人は無から何も作れない。人は何かにすがらなければ何も出来ない。人は神ではありませんからね」と、神の条件、観測結果を自由に操る・・から来ています。
発揮してもいい場がなくて、振るう事はなかったようですが(苦笑)
登場しなかった設定はこれを始めとして原稿用紙5枚に及びました。
これにてひとまず終了とあいなります。
いつか新劇場版が出揃った時、その謎に挑みたいと思います。
それなりに整合がとれたら、第2部としてその世界にユイを放り込んでみたいとも思っています。
それではまた会う機会があることを祈って。
ありがとうございました。



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