捌かれる世界

第二話 はじまりの狂宴

presented by ながちゃん


痛い、痛い
熱い、熱い、熱いよぉ
く、苦しい……だ、だれか──
『う、うわあああああ〜〜ッ!?』
突然、それは目を覚ました。かなり魘されていたようだ。
『ハアハア』
『ハアハア……あ、あれ?僕はいったい、何を……』
(そうだ!たしかあのとき、国連軍のヒコーキが落ちてきて……)
錯綜している記憶を整理していると、突然、頭の上のほうから「声」がした。
「ん、起きたみたいだね」
『!』
驚いて見上げると、そこにはなんと「僕の顔」があった。
「なんか途中からだいぶ魘されていたようだね。怖い夢でも見たのかい?」
見上げたまま硬直している僕をとくに気にする様子もなく、自分と同じ顔をしたその少年は話を進めた。
何か違和感みたいなものを感じるが……よくわからない。
『………』
「どうしたの?」
僕は呆然としていた。わけがわからない。寝起きでぼーっとしてた頭がさらに混乱していた。
金魚みたいに口をパクパクさせていた。
「うーん……まだ状況が飲み込めていないって顔だね」
「ま、いいさ。追々説明してあげるよ」
「まず」
一呼吸おいて、その少年は言った。
「君は死んだ」





〜ネルフ本部・第一発令所〜

《冷却終了》
《右腕の再固定完了》
《ケイジ内、すべてドッキング位置》
ネルフ本部施設、第一発令所とエヴァ待機場──通称、ケイジ──
同じセントラルドグマ、レベル3の深度。メインシャフトを挟み存在するこの二つの場所で、エヴァ初号機の起動、発進準備が進められていた。
すでにパイロットはエントリープラグ内に搭乗している。負傷しているのか、右手のギプス、頭部と胸部の包帯姿は見ていて痛々しい。
「停止信号プラグ排出終了」
《了解、エントリープラグ挿入》
《プラグ固定終了》
《第一次接続開始》
「エントリープラグ注水」
謎の液体が傷を刺激するのか、一瞬、顔をしかめるパイロットの少女。
しかしお構いなしに淡々と起動シーケンスは進められていく。
仕方ない、とでも周りの大人たちは思っているのだろうか。
《主電源接続》
《全回路動力伝達》
《了解》
「第二次コンタクトに入ります」
「A−10神経接続異常なし」
「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス」
「初期コンタクトすべて問題なし」
「双方向回線開きます」
「……シンクロ率12.7パーセント」
低い。リツコは一人顰める。
(起動数値ギリギリか。最低でもあと20ポイントはあると思ったけど……まさか負傷の影響!?)
「マヤ、この数値に変化なし?」
「はい、12.7パーセントで変わらず。ハーモニクスすべて正常値、暴走ありません。エヴァンゲリオン初号機、起動しました」
「ちょっと、大丈夫なのー?」
ミサトはリツコの様子に何かトラブルが起こったのかと青ざめている。
冗談じゃない。私の復讐は今始まったばかりなのだ。今さら動きませんでした、では済まないのだ。
「大丈夫。ちゃんと起動したわ」
(起動だけはね……これじゃ使徒に勝てるかまではわからないわ)
この時点でリツコは、ゲンドウが初号機を暴走させる腹づもりでいることを知らなかった。
「うっし、発進準備!」
目を輝かせたミサトが叫び、発進シーケンスが開始された。





キミハ、シンダ──
言葉の意味が理解できなかった。
『………』
少し経って、その言葉を心の内で反芻してみた。
キミハ、シンダ……しんだ……死んだ!?
僕が、死んだ……だって!?
この人は何を言っているんだ?
だって、僕はまだ生きているじゃないか。
息だってしてるし、心臓だって(たぶん)動いている。
『ぼ、僕はまだ生きてるよ!』
馬鹿馬鹿しい。
僕は思わず叫んでいた。
「いや、君は確かに死んだ。覚えているはずだよ。その死の瞬間を」
『………』
少年の諭すような冷たいその言葉に、僕は顔色を失った。
…たしかに覚えている。あの場面を。骨が砕ける痛みを。肌が焼ける熱さを。
ちょっと思い出しただけで気分が悪くなる。あまり考えたくはない。
「強羅駅前にて、国連軍と第三使徒サキエルとの戦闘に遭遇。国連軍のVTOL重戦闘機の一機が使徒に打ち落とされ、運悪く君の至近に墜落、さらに使徒がそれを踏みつぶして爆発炎上する。君はその爆炎に巻き込まれて……ほぼ即死だった。今頃は君の本当の身体は骨も残らないくらいに焼失していると思うよ」
その人はコト細かく説明していた。ちょっと余計なお世話かもしれない。聞いていてさらに気分が悪くなっていた。


ふと疑問が湧き上がった。
(それじゃ何で僕は今生きているのさ?それともここは天国だというの?)
それに──
『なぜ僕と同じ顔なの?』
一番の疑問が口から出ていた。
「同じ?僕と?ぜんぜん似てないと思うけど」
『え?そりゃ雰囲気とか微妙に違う気もするけど、やっぱり──』
自分の顔だ、そう言おうとしたとき、その少年が言葉を遮った。
「今の自分の姿、見てみたら?」
はぁ?
何を言っているんだ、この人。
そう思いつつも、素直に自分の身体に視線を落としてみた。


『!?』
ありえない。アンビリーバブルだよ。
何かの冗談?これは夢?
この腕、この身体、この尻尾……そしてなにより少年の瞳に映る自分の顔、それは──
そんな……僕は、僕は──「猫」になっていた。


こんなのってないよ!
なにがなんだかわからない。
心が悲鳴を上げていた。身体が小刻みに震えている。
あまりの不安と恐怖に、下腹さえ重苦しい。吐き気さえしてきた。
ギュッ──
『?』
いつしか、その少年が僕の身体を強く抱きしめていた。
あ、いや……抱きしめてくれたんだ。なんとなくわかった。
何故だろう。だんだん気分が落ち着いていくのが自分でもわかる。
そうか。僕はこの少年の腕の中に今までずっと抱かれ続けていたんだ。
さっきから感じていた違和感って、これだったんだ。
今の今まで気がつかなかっただなんて。 …僕は自分のまぬけ具合に薄く笑みを漏らしていた。
そこで初めて周囲に目を配ってみた。そして僕は驚いた。それはもう腰を抜かすくらいに。
この少年は僕を抱えたまま、街を、山を、風を切って疾走していたのだ。





〜ネルフ本部・第一発令所〜

《発進準備》
《第一ロックボルト外せ》
ここネルフ本部では、エヴァ初号機の発進シーケンスが進められていた。
《解除確認》
《アンビリカルブリッジ移動開始》
《第二ロックボルト外せ》
《第一拘束具除去》
《同じく第二拘束具を除去》
《一番から十五番までの安全装置を解除》
《内部電源充電完了》
《外部電源用コンセント異常なし》
「了解。エヴァ初号機、射出口へ」
「進路クリア。オールグリーン」
「発進準備完了」
「了解。 ……構いませんね」
ミサトが背後の男、碇司令に確認する。
もっとも、今さらダメだと言われても困るのだが。
「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない」
我々ではなく自分に、だ。もちろんその男は、その本音を口にはしなかったが。
「碇、本当にこれでいいんだな?」
冬月の確認に、ゲンドウは沈黙を返す。
一々応対するのも面倒なのだろう。
すでに彼の頭の中は一人の女性のことで一杯だった。
(ユイ、もうすぐだ……)
「発進!」
「レイ、死なないで」
それはある意味、ミサトの素直な気持ちだったのだろう。
しかし彼女は、自分の言っていること(レイの身を心配している)とやっていること(重傷のレイを死地に送り出している)の矛盾に気づいていなかった。





「少し、落ち着いたかい?」
その少年は優しく声をかけた。視線は合わせていないが、とても優しそうな目をしていた。
そしてその瞳は、力強い意志の光を秘めていた。
ややあって、僕はコクンと頷いた。
それに気づいたのか、少年は穏やかに微笑んでいた。
ああ、やっぱり僕なんかとは似ていないかも、僕はそう思っていた。


少年は自分を抱いたまま、ものすごいスピードで街を、立ち並ぶビルの上を疾走、跳躍している。おそらく第三新東京市を最短距離で目指しているのだろう。何故かそう思えた。
かなりのスピードで移動しているため、周りの景色が上下左右に目まぐるしく変化する。
下手な絶叫マシーンより遥かに刺激的だろう。
猫としての本能だろうか、落下の感覚に思わず身体が反応してしまう。しかし少年の腕の中に抱かれていると、不思議と恐怖は感じなかった。
何故この少年がこんな人間離れしたことが出来るのか、このときは不思議と疑問を持たなかった。


「瀕死の子猫がいたんだ」
唐突に少年が語りだした。
いきなりの会話に多少面食らったが、今は情報が少しでも欲しい。僕は素直に耳を傾けた。
(子猫、か。 ……今の僕の身体と何か関係があるのかな)
そんなことを考えながら。
「強羅から少し東にいった街で、どこからともなく助けを求める微かな、弱々しい声が聞こえてきたんだよ。気になってその声を捜してみると、……瓦礫の下に瀕死の子猫がいたんだ」
僕は息を呑んだ。ちょっといたたまれない話なのだ。
「でもその子と一緒にいた親兄弟たちは、すでに死んでいた。国連軍の爆撃の所為でね」
言葉もなかった。
たしかにあのとき、人間には避難命令は出ていたけど、さすがに動物までは……。
人間のエゴ、不条理とは思いつつも、僕には何も言えなかった。
少年の独白は続く。
「それで、僕はその子に訊いたのさ。 ……あなたは何を望むのか、とね」
(このシチュエーション、どこかであったような?)
少年は続ける。
「結局、その子は自分が助かることよりも、母猫や兄弟たちと一緒にいることを切望したんだ。その子はまだ幼かったからね」
少年はすごく悲しそうな表情を浮かべていた。
話を聞いている僕でさえ沈痛な思いになる。母恋しさの想いは僕にはよく理解できたから。
「結果、僕は、その子のを解放させて輪廻の輪の中に還してあげた。苦痛を与えることなく、ね」
「今頃は、親兄弟たちとの一時の邂逅を果たしているんじゃないかな」
少年は遠くを見るような目をしていた。
(魂の解放?輪廻?いったいどういうこと?)
疑問に思ったが、少年の話はそのまま続いた。
「で、残った抜け殻の傷を治してから、そこらじゅうに拡散していた君ののうちの部分をかき集めて、注入・定着させたわけ」
「すでに君のは、その半分近くが消滅していたからね。の部分だけ残ったその子の抜け殻は、君の器としては申し分なかったよ」
(瀕死の傷を治した!?)
(魂魄?魂?魄? ……どう違うのさ?)
(魂の注入?魂が半分?そして消滅?)
(一体全体どういうことなのさ!?)
(それに、何でそんなことがこの少年にできるの!?)
聞きなれない単語に戸惑い、僕は思考の海に深く沈んでいた。
今までの人生でこれほど頭を使ったことがあっただろうか。
それでも模範解答は出なかったが。
「君はこの世界の存在じゃないからね。死ねばそのは輪廻転生することなく、この世界の異物として消滅してしまうんだ」
重大事項をさらりと話す少年。もう驚愕のオンパレードだ。理解がそれについて行けない。
(この世界の存在じゃない?)
(世界の異物?それって僕が未来からやって来たから?)
もう頭がオーバーヒート寸前だ。ぷすぷすと変な音さえ聞こえる。


『き、君は誰なのさ?』
やっとのことで疑問を口した。
疑問は他にも一杯あったが、まずはこれを知りたかった。
「僕? 僕は碇シンジ」
『な! 違う! 碇シンジは僕だ!』
「うん、知ってるよ」
『知ってるって……じゃあ君は僕のニセモノってこと?』
「ニセモノか。フフ、なかなか面白いことを言うね──でも残念。違うよ。僕も君も正真正銘、碇シンジさ」
『??? 一体どういうことなの?』
わけがわからなくなった。
この世に一人しかいないはずの碇シンジが二人いる。僕は(今は身体は猫だけど)間違いなく本物の碇シンジだと認識している。だから消去法でいけば彼がニセモノであるはずなのだ。でも彼は違うと言う。両方が本物だと。
(う〜〜わかんないよぉ)
頭を抱えて悩んでいると、少年はとんでもないことを話し出した。目は少しだけ笑っているようにも見える。
「もっと厳密に言えば、この世界の碇シンジはこの僕で、君は別な平行世界からやって来た碇シンジということさ」
『!!』
そのショッキングな言葉は、僕の頭の中の靄を一気に晴らした。
一本の解答への道が開けたような気がした。
「君は、未来の世界から自分の直接の過去に戻ってきた、そう思っているんだろうけど、それは大間違いなんだよ」
『!?』
「ここは君の過去の世界じゃない。君にとっては平行世界なのさ」
「ぶっちゃけ、他人の家に土足で上がり込んだ、とも言う」
もう、考えるまでもない。
この少年がそのものズバリの模範解答を呈示しているのだ。
それは、今の僕にとって重すぎる事実だった。
『………』
もう、言葉が出なかった。
少年の弁が正しければ、ここの世界の人たちは、僕の知っている人たちにそっくりだけど、まったくの別人ってことになる。
ここの綾波とアスカは、僕の知っている彼女たちとはまったくの別人──
そう。僕とこの少年の関係のように。
──両方、同じ碇シンジだけど、まったく違う別の存在。
(つまり、この世界でサードインパクトを防いでも、僕の世界は変わらずあの紅い海のままってこと?)
(じゃあ、僕は何のために時を遡ったのさ)
挙句の果てに死んで、猫の姿になっちゃうし。
(綾波、君は知ってて僕をこの世界に送ったの?)
(………)
(……)
(…)
(ふぅ、今はこれ以上考えるのは止めよう。ウジウジ落ち込んでも意味がない。きっと答えが見つかる日が来る。それに、生きていこうと思えばどこだって天国になるさ)
──このシンジ、なかなか前向きに成長したようだ。


「あのさ」
突然、少年が切り出した。
「僕もシンジで君もシンジ。これじゃあ色々と不便だから、君のほうの呼び名を変えたいんだけど、いいかな?」
それはいきなりと言えばいきなりな発言だった。
正直言って困った。不満がないわけではなかった。馴れ親しんだ自分の名前を捨てろというのだ。
──でも、この世界の碇シンジは僕じゃなくて、彼なのだ。悲しいけどそれが現実……たぶん。
仕方がない。それに僕は僕だ。何も変わらない。そう自分に言い聞かせた。本来の僕の性格からいえばかなりポジティブな決断だ……でも後で後悔するかも(汗)。
『……わかった。好きにすればいいと思うよ』
「そう? じゃ、早速名前を決めるね。えーと…」
何故か興奮気味に思案を始めたもう一人の僕。
それにしても──僕を抱えたまま街や山を疾走しながらで、よくそんなことが考えられるものだ。器用にもほどがあると思う。
少し心に余裕ができたのだろうか、僕はそういう思考ができるようになっていた。
ある意味、僕は率直に感動していた。この不思議な少年、もう一人の僕に。
その余韻に浸っていたら、
「ポチ」
なんだよそれ。
感動撤回。それはないんじゃないの?
『却下。第一それは犬の名前じゃないか』
「タマ」
『……いやだよ。できれば人間の名前がいい』
猫の名前としては適当だった。しかし僕は人間なのだ。人間としての矜持が許さなかった。
「んもー、贅沢なやつだなー。それじゃあ、サチコ
『誰だよそれ。却下だよ却下。それになんで女の子の名前なのさ』
僕はいい加減呆れていた。さっきまで真面目に考えていたのが急に馬鹿馬鹿しくなった。
だが、少年の口から驚くべき事実が飛び出してきた。
「へ? だっても何もキミ、女の子だし」
『………………ハ?』
思わず、目が点になった。きっとまぬけ面をしているのだろう。
女の子?僕が?
恐る恐る自分の、猫のボディーのある部分に目をやった。体勢的にちょっと見にくかったが。
……そう、あるべきものが、なかった。
『うそぉーーーーー』
僕は大絶叫していた。
そして茫然自失し、固まってしまった。
「しょうがないなー、じゃあ」
少し間をおいて少年は言った。
「シロ。白いから。うん、決定♪」
人間の名前じゃなかった…。


『君は、色んなことを知っているみたいだね。ネルフとか使徒を知っているの?』
「まあ、シロよりはね。ほんのチョッピリ程度だけどね」
シロと呼ばれてかなり抵抗があったが、もう諦めた。もうどうとでもしてくれ。僕は開き直っていた。
「まあ、心配しないでも、詳しいことは後でじっくりたっぷりねっちりと教えてあげるよ、ククク」
今は時間がないからね、少年は最後にそう付け加えると、走るスピードを緩めた。
(なんか性格変わってない?)
ふと周りを見ると見慣れた風景。第三新東京市があった。
あ、サキエルもちゃんといる。
「お、そろそろエヴァ初号機、綾波レイのご登場のようだね」
グッドタイミングとばかりに、少年──碇シンジ──がそう言うや否や、エヴァの射出ゲートから懐かしい姿のエヴァンゲリオン初号機が出てきた。
(あ〜、何もかも皆懐かしい)





〜ネルフ本部・第一発令所〜

「いいわね?レイ」
だが、レイからの返事を待たずにミサトは次の命令を叫んでいた。
「最終安全装置、解除!」
「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」
リニアレール用台車に乗ったエヴァ初号機と拘束具とのロックが外され、初号機の身体がゆっくりと解放される。
(こんなことになるんだったら、レイと初号機との起動実験を予め済ませておくべきだったわ)
リツコは今更ながら後悔していた。
しかし、ゲンドウの筋書きでは、「1.使徒襲来日に合わせてサードを呼び出す」→「2.サードを初号機に搭乗させ初の起動実験に臨む」→「3.そのまま使徒戦へ投入する」→「4.サードを瀕死の目に遭わせる」→「5.暴走させてユイを覚醒させる(ついでに使徒を撃退する)」という予定であったため、もともと望むべくもなかったのだ。
「レイ、今は歩くことだけ考えて」
まずリツコがアドバイスする。如何せん経験が絶対的に不足しているのだ。まずは身近な動作から徐々に慣れさせる必要があった。
隣に立つミサトは面白くない。なんだか自分の職分を侵された気がして、少しむっとしていた。
(でも歩行訓練をさせるには、些か敵さんとの距離が近すぎるわね)
リツコは内心愚痴る。
そうなのだ。使徒と初号機を人間サイズに換算すると、両者は10メートルも離れていない。
あまりにも使徒の近くに初号機を射出しすぎたのだ。目と鼻の先と言ってもいい。
もちろんこれは、好戦的なミサトが、手っ取り早くエヴァを使徒にぶつけようとした為である。
まあ、それはゲンドウの思惑どおりでもあるのだが。
《……了解》
初号機のパイロットであるファーストチルドレン、綾波レイは黙ってその指示に頷く。
彼女にとって命令は絶対なのだ。それが今の彼女の生きるすべて。
初号機がおぼつかない足取りでゆっくりと歩きはじめる。
「歩いた〜♪」
思わず歓声が沸く第一発令所。
たかが一歩、されど一歩。
科学者としてもネルフのスタッフとしても、それは万感の思いだったのだ。
《歩く……》
レイはなおも忠実に命令を続行しようとしていた。
一歩進んだらもう一歩、それを永遠に繰り返す。それこそ命令の撤回か変更があるまではだ。
だが二歩目を踏み出そうとしたところで足がもつれ、初号機は豪快にその巨体を地面に叩きつけた。
ズシィーーーン
辺りに轟く大音響。
「レイ、しっかりして。早く、早く起き上がるのよ!」
ミサトの声がエントリープラグ内にこだまする。
レイは苦痛に呻きながらもその命令──立ち上がること──を遂行しようとする。
だが見上げるとそこにはいつの間にか接近した使徒の姿があった。
使徒は初号機を自らの敵として認識したようだ。
使徒はまず、その左手で初号機の頭を鷲掴みにすると、楽々とその身体を持ち上げた。
次にその右手で初号機の左手首を掴むと、引き千切ろうと左右に思いっきり引っ張った。初号機の首と左腕がゴムのように伸び、そして軋んだ。
《クッ……う……ぁ》
レイはそのフィードバックされる痛みに呻いた。
「レイ、落ち着いて。貴女の腕じゃないのよ!」
あくまで人事のように叫ぶミサト。落ち着けば痛みなど感じなくなるとでも言いたいのだろうか。
「レイ、使徒から離れなさい。そして使徒を倒しなさい。これは命令よ!
ミサトが苦々しく叫ぶ。あえて「命令」という言葉を使ったのは、レイという少女がその言葉に極めて従順であることを知っていたからだ。葛城ミサト、実にイヤラシイ女だった。
(((そりゃ無茶だ)))
呆れる発令所の面々。
「エヴァの防御システムは?」
「シグナル作動しません」
「フィールド無展開」
「だめか」
観念したかのようにリツコは独白した。
使徒の右手がさらに力を加える。ギリギリと軋む初号機の左手首。そして次の瞬間──
グシャアア
「左腕損傷」
「ちょっとアンタ、何やられてんのよ!そんな命令出してないわよ!真面目にやりなさいってのっ!」
無茶苦茶だ。頭に血がのぼったミサトが怒鳴り捲くる。かなり鼻息が荒い。
この女、どうやら罵詈雑言を浴びせるしか能がないようだ。
「回路断線」
使徒は初号機の左手首が潰れたことに満足すると、掴み上げていた頭部を狙って、左上腕部から光の槍を伸ばした。
「「「「「「!!」」」」」」
これは国連軍の重戦闘機がやられたあの攻撃だ。誰もが息を呑んだ。
「レイ、避けて!」
ミサトが叫んだ。
だが、どうやって避けろというのだ。命令するなら具体的方策を示してからにして欲しかった。
あまりにも漠然とした命令が多すぎる。これではただの罵声だ。お茶の間でビール片手にプロレス観戦(TV)しているオヤジと同じだ。
そして次の瞬間、使徒のパイル(光の槍)の連続攻撃が初号機の頭部を襲った。
ズガーン、ズガーン、ズガーン、ズガーン
《グッ……ア、ア……》
レイは顔を左手で押さえ、その痛みにうめき声を上げていた。
「頭蓋前部に亀裂発生」
「装甲が、もう持たない」
ドシュウウウウウーーー
ついにパイルの一突きが初号機の頭蓋部を刺し貫いた。
背後の兵装ビルにもたれ掛かるように崩れ落ちる初号機。その頭部からは鮮血が噴出していた。
「頭部破損。損害不明」
「制御神経が次々と断線していきます」
「パイロット、反応ありません」
「レイ!!」
「頭部破損。損害不明」
「活動維持に問題発生」
「状況は?」
「シンクログラフ反転。パルスが逆流しています」
「回路遮断、せき止めて!」
「ダメです。信号拒絶。受信しません」
「レイは?」
「モニター反応なし、生死不明」
「初号機、完全に沈黙」
(……もはやこれまでね)
「ミサト!」
リツコが促すように声を上げた。
だが、ミサトは答えない。まだ彼女の復讐劇は終わっていないのだ。ギリリと歯噛みする。
(冗談じゃないわ。私はこんなところで負けてられないのよ!)
「……ここまでね。作戦中止!パイロット保護を最優先!プラグを強制射出して!」
ミサトに代わってリツコが命令を出した。
「ッ!!なに勝手に命令してんのよ!だめに決まってるじゃない!」
ミサトが騒ぎ出す。
「だめです。完全に制御不能です」
「なんですって!?」
このときゲンドウは、自分の筋書き通りにコトが運んでいることに一人ほくそ笑んでいた。
(初号機はこのまま暴走させる。余計な邪魔などさせない。パイロットがシンジではないのは誤算だったが、まあいい。レイはあの傷だ。下手をすれば死ぬだろうが、まあ死んだところで三人目に移行するだけのこと。問題ない。すべてこちらのシナリオ通りだ)
しかし、ここからこの男のシナリオは大きく瓦解していくことになる。


「「「「「「……」」」」」」
だが、ゲンドウの思いとは裏腹に、いつまでたっても初号機は沈黙したままだった。
使徒はピクリとも動かなくなった初号機をしばらく傍観していたが、興味をなくしたのか、ジオ・フロントに、ネルフ本部に向けて攻撃を開始した。
使徒の放った怪光線は、次の瞬間、第三新東京市とジオ・フロントを隔てる22層もの特殊装甲板を一瞬で破壊していた。
そして十字架のような火柱が天井都市を貫き、爆発した。
幾つかの内天井ビルが破壊され、直下のネルフ本部施設に自由落下する。
ズドォーーーーン
衝撃で大きく揺さぶられる発令所。
「そんな……22もある特殊装甲をあっさり貫くなんて」
日向の驚きも当然だった。
発令所の誰もが、予想を超えた使徒の力に驚愕、戦慄していた。
「……なぜ暴走しない?」
使徒の攻撃に晒される中、ゲンドウが小さく呟いた。幸い誰にも聞かれていないようだ。
(なぜ目覚めないのだ。ユイ──)
そのとき童顔のオペレーターが声を上げた。
「あ!初号機、エントリープラグが排出されます」
ガタッ!!
ゲンドウが席から立ち上がっていた。
「馬鹿な……」
ありえない。暴走させるために、途中で余計な信号を受け付けないように細工していたはずなのだ。それこそ赤木博士にさえ知らせず、極秘裏にだ。





〜第三新東京市、とあるビルの屋上、その5分前〜

「たしかこのビルだったかな。おー、絶景かな絶景かな」
シンジ達はとある兵装ビルの屋上にいた。
眼下には使徒と対峙する初号機の姿が見える。
しばらくすると、初号機は使徒に向かってゆっくりと歩きはじめた。
『でも初号機って今は綾波が乗ってるんでしょ。それにたしか綾波って酷い怪我をしてるんじゃ…?』
「まあね。本当は君を乗せるつもりだったんだけど、死んじゃったからね」
シンジは責めるような目でシロを見遣った。
シロはぐうの音も出ない。
正直、もうそのことには触れないで欲しかった。
「大丈夫。その点は抜かりはないよ」
自信たっぷりにシンジは答える。
「今の綾波は重傷だからね。極力負担がかからないように、シンクロ率にリミッターが掛かるように細工しておいたのさ」
「それに、耐えられないような強いフィードバック(痛み)が来たら自動的に遮断されるようになってるから、命の心配はいらないと思うよ」
(それでも多少の痛みは感じる。それさえも重傷の君には辛いだろうね。 ……ゴメンよ、綾波)
シンジは心の中で一人の少女に詫びていた。一瞬だけ見せたそれは、沈痛な表情だった。
「まあ万が一の場合は、僕がなんとかするつもりだ」
(い、いつの間に)
シロは、あまりの手際の良さに舌を巻いていた。


ズドォーーーーン
ビルに衝撃が走る。不意をつかれたシロなんかスッテンコロリン状態だ。
どうやら初号機がこのビルに突っ込んできたようだ。見下ろすと、初号機はそのままこのビルにもたれ掛かるように沈黙していた。
どうやら使徒の槍攻撃を頭部に受けたらしい。


そして1分が経った。
初号機は沈黙したままだ。使徒は何故かそれをじっと静観している。
『やっぱり綾波だと初号機は暴走しないのかな?』
シロは素朴な疑問を口にする。
「さっきも言ったけど、耐えられないほどの痛みはすべて遮断したからね。パイロットが命の危機を感じていないのに、暴走は起こらないと思うよ」
「まあ、ゲンドウはワザと暴走させようと目論んでたけど、お生憎様だったね」


暫くして、まったく動かなくなった初号機に興味をなくしたのか、使徒はその場を離れて行った。そしてある方角のある一点を凝視するなり、その目から一条の怪光線を放った。
ドッカーーーーン
地上に巨大な十字の火柱が立った。
「今のでジオ・フロントの22層の特殊装甲板、すべて貫通したみたいだね」
シンジがまるで対岸の火事を見るかのように解説する。
だが、シロはその言葉にショックを受けていた。
『い、一撃!?あの第十四使徒でさえ一撃では破壊できなかったというのに!』
(おかしい。サキエルにこれほどまでの力はなかったはず。一体どういうことなの?)
シロは不安に駆られていた。
自分の与り知らないところで、何かとんでもないことが起きているのか!?
シロが茫然自失の中、シンジはトドメともいえる事実を告げた。
「今のサキエルは、たとえ初号機が暴走しても勝てないと思うよ」
『え』
「そうだねー、当社比20倍ってところかな。まあ、ぶっちゃけアダム・リリス級の戦闘力ともいえる」
『そんな!!』
(20倍!?アダム・リリス級!? ──そんなの勝てるわけがないよ!)
アダムやリリスといえば、インパクトを起こせるほどの力を持っているんじゃなかったの?
シロは目の前が真っ暗になった。
このままでは、ネルフは使徒に敗北し、使徒によるサードインパクトが起きてしまう。
『……何故こんなことに』
一人独白した言葉だったが、シンジがそれに答えた。
「シロはまだ知らないけど、もう一人のイレギュラーの影響だよ。今後現れる使徒もフルスペック状態でやってくるよ。しかもどんどん強力になって」
『イレギュラー?』
シロは殆どベソを掻きながら聞き返す。
「そう。君の他にもう一人、他人の家に土足で上がり込もうとしている馬鹿がいるのさ」
(えーと、つまり僕のように別の平行世界から来た人間がもう一人いるってことか。……誰だろう?僕の知っている人かな?)
遠回しに馬鹿といわれたシロだったが、それには気づいていなかった。
続けてシンジが呆れたように話す。
「そいつが自分の気配(戦闘力)を隠そうともせず、この世界に出現しようとしている。それを感知したこの世界の修正力が、使徒の能力向上という形で影響を及ぼした」
聞いていると、甚だ迷惑な話だ。
そのイレギュラーのせいで、この世界がとんでもない迷惑を被っているのだから。
そのために世界が滅亡するかもしれないのだ。
『あ、でもさ。同じイレギュラーなら、僕も何らかの影響を与えてるんじゃないの?』
シロは、少し心配になって聞いてみた。
(もしかしたら、自分の知らないところでこの世界の人たちに迷惑をかけているのかもしれない)
それはシロにとって、耐えられないことだった。
(もしそうだとしたら、僕はどうやって詫びればいいんだろうか……)
しかしシンジは、そんなシロの心配をあっさりと切り捨てた。
「問題ない。君の気配(戦闘力)はゼロに等しいから、世界の修正力からはゴミとして無視された」
『あ、そう』
シロは、ちょっと凹んだ。
(なんだよゴミって。真面目に心配して損した)
心配が杞憂に終わって、うれしいやら、悲しいやらである。
「そう心配しなくても、そいつは一両日中にはこの世界に現れるよ。ちょっと細工したからだいぶ遅刻しちゃってるけど」
「ま、それに僕の力はこの世界の修正力なんて問題にしないからね」
『それはどういうこと?』
「今は時間がないから後で説明するよ。さあ、そろそろ初号機に乗り込もう。これ以上は綾波をほっとけないからね」
「あと」
一呼吸おいて、シンジが念を押した。
「初号機のエントリープラグの中では少し静かにしててね。気が散るから」
『わ、わかった』


シンジはパチンと指を鳴らした。
すると眼下の初号機の首からエントリープラグが排出された。
『すごい』
どういう理屈か知らないが、シロはその妙技に舌を巻いた。
(別に指なんて鳴らさなくてもよかったんだけどね)
シンジはヒョイとシロを掴み上げると、ビルの屋上からそのままエントリープラグ目指して飛び降りた。
『どわあああぁぁ〜〜〜』
辺りにシロの絶叫がドップラー効果付きで響き渡った。


プラグ上部の緊急脱出カバーを手動で開けると、そこからシンジとシロ(伸びている)はドボンとばかりにLCLの中に飛び込んだ。
驚いたのはレイだった。いきなりエントリープラグが強制排出され、上部ハッチが開いたかと思うと、見ず知らずの少年(猫付き)が飛び込んできたのだ。
「──貴方、誰?」
「んー、悪いけど、ちょっくら退いてくれる?」
少年は、コックピット・シートからレイを半ば強引に退かすと、入れ替わるようにそこに座った。
そして慣れた手つきで操縦桿を握り、プラグを再エントリーさせる。
そして今度は、レイの身体を優しく抱き寄せると、そのまま自分の体の上に腰掛けさせた。お互いの身体がぴったりとフィットしている。
「──どうして、こういうことするの?」
さすがのレイも、少し照れているようだ。
「少し揺れるかもしれないから、しっかり掴まっておいて」
少年がそう言うと、レイは一瞬逡巡したあと、その両腕をそっと少年の首に回した。
果たして、レイの顔は少年の首元に埋まるような格好となっていた。
それは某少年でなくとも、イヤーンな感じと叫びそうになる構図であった。
(この人は誰?)
(なぜここにいるの?)
(それに私は使徒に負けたはず)
(………)
(!?)
レイがふと気づくと、少年の左手が自分の頭を撫でていた。
それはまるで父親が愛娘を慈しむかのような優しい愛撫であった。
なで、なで、なで、なで──
少年は優しくゆっくりと少女の頭を撫でた。
不思議と嫌な感じはしなかった。それどころかとても気持ちがいいものだった。
(くふぅ…)
思わず恍惚の表情を浮かべてしまうレイ。かなり気持ちがいいらしい。
「傷は、大丈夫?」
突然少年が心配そうに問いかけてきた。
(コクン)
レイは無言で頷いた。
本当は少し痛いのだが、少年に撫でられる気持ち良さのほうが勝っていた。
(気持ちいい)
(なぜ心が落ち着くの?)
(それにあたたかい感じがする)
(私は一体……)
そう考えたところで、レイは急激な睡魔に襲われていた。意識が刈り取られるその一瞬、レイは目の前の少年の瞳が紅く輝いたのを見たような気がした。


そのときシンジは、初号機の意識世界へとダイブしていた。もちろんA−10神経などという、どっかのイカ臭いドーパミン神経経由ではなく、霊体そのものによるダイレクト・ダイブである。憑依ともいう。
シンジはだだっ広い意識世界の海を泳いでいた。
昔はカナヅチだったシンジも、今は苦もなく泳いでいる。まあこれは本当の海じゃないが。
それにしても真っ暗だ。街灯の一つでも欲しいなと、少年は緊張感もなく考えていた。
暫くすると、シンジの目の前に一人の若い女性がスゥーッと現われた。年の頃は二十歳前後ぐらいだろうか。かなりの美人だ。どことなく綾波レイに似た風貌である。
それは11年前に初号機に取り込まれた──自ら取り込ませた、ともいう──碇ユイその人だった。
碇ユイはシンジの姿に気づくなり、歓喜の表情を浮かべながら「シンジ、シンジ」と彼に纏わりついてきた。
「だぁ〜鬱陶しい〜〜〜」
シンジが左手をユイの目の前に翳すと、ピタッと金縛りにあったように彼女は硬直した。彼女の顔は驚愕に歪み、信じられないような目で眼前の息子を見つめていた。
(碇ユイ、永遠の生に執着した愚かな女。今ここで殺してもいいけど、とりあえず分離しておくか)
あとで遊べるかもしれないし、と不埒なことを考えながら。
碇ユイは、突然苦しみ叫んだ挙句、紅い小さな珠へと収縮、変化していった。
「さてと──は封じたし、次は初号機の素体のに接触してみるか」
そう言うと、さらに最深部へと泳いでいく。
「いた」
シンジの目線の先に、ゆらゆらと燃えるような青白い光の珠が現われた。
「おいで初号機」
(……)
「大丈夫、怖がらなくていい。うん、いい子だね」
(……)
「そう、ずっと一人で寂しかったんだね」
(……)
「寂しいというのなら、僕とのをあげるよ」
(!!)
「だからもう、寂しがることはないよ。僕が傍にいるから」
(!!!)
「そうだね、絆の証としてをあげるよ。 ──アダムやリリスなど歯牙にもかけない本当の神の力、ルシファー級の力をね」
(!!!!)
その瞬間、初号機は悦びの産声を上げていた。





〜ネルフ本部・第一発令所、現在に至る〜

《エヴァ、再起動》
「そんな、動けるはずありません!」
「まさか!」
「暴走!?」
「顎部ジョイント破損!」

グオオオオオオオーーーーーン

その紫の巨人は天に向かって雄叫びを上げていた。
「勝ったな」
冬月がようやくといった表情で、隣の男に話しかけた。
ようやく思いどおりになったと、ゲンドウはニヤリと笑った。


「モニター回復」
そのオペレーターの声に「暴走しているのに何故モニターが回復するのだ?」と不審に思ったゲンドウだったが、次の瞬間、そんな思考は吹っ飛んでしまった。
「「「「「「!!」」」」」」
そこには、眠っているレイを抱きかかえるようにしてコックピット・シートに座った少年(と猫)がいた。
「あ、あんた誰よ!」
ミサトが怒鳴った。
((((((ネコが泳いでる))))))
シートに掴まることが出来ないシロが、LCLの中をプカプカ漂う。まるで土左衛門のように。シロ本人はすでに諦めているが。
「シ、シンジ君?貴方、碇シンジ君ね?生きていたの?」
モニター越しのシンジの顔を見て、リツコが叫ぶ。
どうやらミサトと違って、シンジの顔を見知っていたらしい。
《ん?誰、この金髪オバサンは?》
オバサンと呼ばれ、少しむっとするリツコ。
周りの人間も冷や汗を流している。
《えーと、多分人違いかと思いますが、確かに僕の名前は碇シンジです》
「名前なんてどうだっていいのよ!そこはあんたのような子供が入っていいような場所じゃないの!さっさと降りなさい!」
サードチルドレンの名前と顔を失念しているミサトが割り込んで怒鳴り散らす。
いや知らなくても、この少年が初号機を再起動させた事実をきちんと認識できていれば、そもそもこんな発言などできるはずがないのだ。
《ハイ、じゃあ降りますね……えーと、出口出口〜》
「な!!待って!!お願いだから降りないで!!」
あっさり降りようとする少年をリツコが慌てて押しとどめる。
冗談ではない。せっかく見えた光明なのだ。
《えー、でもそこの牛さんは降りろって言ってますよ〜》
「牛?牛って誰のことよ!」
問うミサト。
《……赤いジャケットを着た淫乱そうな乳デカ三十路ホルスタイン女》
ちなみに、この発令所に赤いジャケットを着た人間なんて、たった一人しかいない。
「「「「「………」」」」」
「こ、こ、こ、このクソガキャーーー!!」
「ミサト!落ち着きなさい!この男の子はサードチルドレンなのよ!」
今にもモニターに飛び掛ろうとするミサトを羽交い絞めにして抑えるリツコ。
「はあ?サード?死んだんじゃなかったの?」
《あのーやっぱり人違いですよ。僕はサードなんたらじゃないですし……》
「ああゴメンなさい。それはこっちの事情なのよ。気にしないでいいわ」
《あのー、お取り込み中のところ申し訳ありませんが、なんかさっきの怪物がこっちに向かって来るんですけど》
自分の開けた穴からジオ・フロントに侵入しようとしていた使徒が、再起動した初号機の気配に気づいてUターンしてきたのだ。まだ若干の距離はあったが。
「シンジ、戦え」
ゲンドウが命令する。
ここは当初のシナリオ通り、シンジを乗せて暴走させるしかないと考えていた。
《誰?このむさい鬚親父は?ヤクザさん?》
「ちょ、シンジ君?貴方のお父さんよ!」
「「「「「「!!」」」」」」
似てない、皆そう思っていた。
遺伝子の神秘、神の悪戯といったところだろうか。
ちなみに、ミサトはここで初めてサードが碇司令の息子だと思い至ることになる。
《えー?違いますよ。僕の父さんはこんな悪人面じゃありませんよ。万一、こんなのが父さんなら恥ずかしくて外を歩けないじゃないですかー》
「……シンジ、使徒と戦え」
ゲンドウは、さらりと酷いことを言われたことは無視し、先程と同じ言葉を繰り返した。
シンジは内心、相変わらずだな、と呆れていたが。
《…報酬は?》
「なに?」
《あたりまえでしょ。ボランティアじゃないんだから》
「アンタ!人類を救うための戦いを何だと思っているの!」
ミサトが陳腐な正義感を振りかざして怒鳴る。
《…つまりあなた方はボランティアでそこにいて、一切の給料をもらっていないとでも?》
「グッ」
「いくらだ」
痺れを切らしたゲンドウが切り出した。
《うーんそうだね。1億アメリカ$くらいかな》
「ちょっと!なに言ってんの、このクソガキは!」
《…1億5000万アメリカ$》
「いい加減にしろってーの!!でないと痛い目見るわよ!!このアホガキが!!」
《…2億アメリカ$》
「うっさい!!遊びじゃないって言ってるでしょーが!!この腐れファッキン厨房があー!!」
《……3億アメリカ$》
どうやらミサトの悪口に反応して値上がりしているようだ。
ミサトはリツコに口を塞がれて、後ろでもがいている。あ、リツコが鎮静剤を注射したようだ。少しぐったりしてる。
「そ、それはちょっと高すぎるのではないかね」
少しでも値切ろうとする冬月。
「構わん」
《商談成立♪この怪物一体を倒すことで3億アメリカ$を一両日中に指定口座に振り込むこと。それでいいね、鬚のおじさん。ちなみに契約不履行の場合は相応の覚悟をしてもらうよ》
「(いいのか、碇)」
「(構わん。所詮は子供だ。どうにでもなる)」
《じゃあコレの動かし方を教えてください。あ、その前に、そこの可愛らしいお嬢さん》
「…え?わ、私のこと?」
おもわず顔を真っ赤にするマヤ。
(そんな……可愛らしいなんて……いやーん)
少しトリップしかけてた。
《ええそうです。済みませんが、後で先程の商談の音声内容を落としたディスクを頂けますか?事後に反故にされでもしたら大変ですからね》
「え?は、はい。 …先輩、構いませんよね?」
「いいわ。 ──で、シンジ君、時間がないから簡単に説明するわ」
「エヴァ、今貴方が乗っているロボットみたいな機体のことだけど、このエヴァは貴方の考えたとおりに動いてくれるわ」
「インターフェイス・ヘッドセットはレイの、そこで眠っている女の子が頭に付けている物を使ってちょうだい」
かなり早口で説明するリツコ。さもあらん。使徒は目の前まで迫って来ているのだ。
(でも、パーソナルデータの書き換えもなしにエヴァを再起動させるなんて。いったいこの子は──)
疑問に耽っていると、スピーカーから少年から声がした。
《なるほど、了解。それでこのロボット…エヴァでしたっけ?その武装は?》
「……まだないわ。プログレッシブ・ナイフとパレット・ライフルの完成はおよそ二週間後よ」
初号機を暴走させやすくするために、ゲンドウが故意に完成を遅らせたのだ。
《は?ご冗談でしょう。まさか素手であの怪物と戦えと?》
「本当よ。ゴメンなさい」
《……随分と無能なんですね、ここのトップは》
「………」
《まるで負けることを望んでいるか、さもなくばロボットが暴走するのを期待しているか、そう勘ぐられても仕方ないですね》
「そんなことはないわ」
真実を知らされていないリツコが即答する。
《そうですか?でも、そこの鬚のおじさんが今一瞬、ピクッと反応したのが見えましたけど、きっと僕の気のせいですよね》
「………」
《まあやってみますか》
そうこうしているうちに、使徒が初号機の目の前までやって来た。
(サキエル、もうちょっとだけ大人しく待っててね♪)
ビクッ──
少年が心内でそう語りかけるや否や、突然、サキエルが直立不動の状態のまま硬直した。
(さて、サキエルは暫くはこれでよしと)
(フフ、さあ、狂宴のはじまりだ)





(えーと、たしか【記憶】ではあの辺だったような──あ、見つけた!)
《あ、大変です!あそこに人がいます!》
シンジがそう叫ぶと、だいぶ離れたその場所がズームアップされる。初号機の超高性能カメラによるその映像は、そのまま発令所の格子状ディスプレイ方式の主モニターにも映し出されていた。デカデカと。
ピッ──
次の瞬間、その人物たちの顔写真付きのプロフィールがモニターに表示されていた。さすがMAGIである。
   ■田中イワオ(タナカイワオ)45歳 血液型(AA) ネルフ特殊監察部特殊工作課所属 課長 三佐
        家族構成 妻(42)・長女(18)・長男(15)・次男(11)
   ■吉野ヤスオ(ヨシノヤスオ)25歳 血液型(AO) ネルフ特殊監察部特殊工作課所属 室長補佐 二尉
        家族構成 妻(24)・長女(2) 
   ■鈴原ナツミ(スズハラナツミ)8歳 血液型(BB) 第三新東京市立第一小学校三年A組
        家族構成 祖父(71)・父(46)・長兄(14)
「なんで特殊監察部のやつらがこんなとこにいるのよ?」
ミサトが思わずその疑問を叫ぶ。
特殊監察部──
総司令官直属の部署。ゲンドウ子飼いの工作部隊ともいわれている。命令があればどんな人道に悖る行為であっても忠実に任務をこなすと、ネルフ内でもまことしやかに噂されていた。
《あれ、なんか喋っているみたいですね》
シンジが面白そうに解説する。
初号機の超高性能の集音センサーは、遠く離れた彼らの会話でさえもクリアな音質で拾っていた。
その音声は、発令所内にも流れる。もちろん大音量で。
《この女の子、大丈夫ですかね》
長身の若い男が訊ねた。
彼の眼下には、まだ幼い女の子が地面に横向けに寝かされていた。
黄色いTシャツに白のカーゴショートパンツ、赤いランドセルを背負ったショートカットの髪の活発そうな女の子だ。
恰幅のいい中年男が、若い男の質問に重々しく答える。
で眠らせてある。死にはしない》
何やらきな臭い会話に、発令所の面々は息を呑んだ。
よもやこの男達も、自分達の会話が聞かれているとは夢にも思っていないだろう。
「おい碇、これは一体何なのだ?」
「……」
冬月の問いかけに内心冷や汗ダラダラの鬚男。
(クッ、ヘマをしおって、この無能どもが)
しかしそんな発令所の都合をよそに、現場の男たちの会話は続く。
《しかし課長、本当にこんなことして大丈夫なんですか?》
若い男は、何やら気が乗らなそうな表情をしている。
《吉野、これは碇司令直々の命令なんだ。俺達は黙って従うしかないのさ》

《でも、この子を薬で眠らせた上で大怪我を負わせて、それを使徒にやられたと偽装するなんて──

「「「「「「!!」」」」」」
これには発令所の全員が凍りついた。
いくらなんでもそれは犯罪ではないのか。いや間違いなく犯罪である。
それをネルフが、碇司令が行わせているというのだ。
実際、この二人の男の姿はネルフ本部施設内で多くの職員に目撃されていたため、偽者とは考えられず、結果、二人の会話の信憑性は極めて高いものとして発令所スタッフに浸透していた。
「碇、貴様まさか!?」
冬月が疑いの声を上げた。じっとゲンドウに疑惑の目を向ける。
「初号機からの通信を切れ!!」
柄にもなく慌てたゲンドウが怒鳴った。
「だ、ダメです。信号拒絶。受信しません」
「!!」
(くそっ!暴走させるために細工したことが裏目にでたか!?)
ゲンドウはそう考えたが、ハズレ。シンジが細工したのだ。
なおも、二人の会話は続く。
《人としての良心を捨てることだ。そうしないとこの世界では生きてはいけんぞ》
《……でも何故、碇司令はこんなことを》

《これはSS級の極秘事項なんだがな、エヴァのコアの精製に使うそうだ。なんでもエヴァを操縦するためにはパイロットの近親者をエヴァに喰わせないといけないらしい》

「「「「「「!?」」」」」」
殆どの職員はその言葉の意味をすぐには理解できなかった──それでも不穏な空気は感じていた──が、マヤを含む技術開発部の人間はその事実に顔を青くしていた。
「切れ!!切るんだ!!すぐに音声を切れっ!!」
ゲンドウが狂ったように叫ぶ。
「だ、ダメです!まったく切れません!」
そんな事情を無視するかのように、男達の会話は佳境に入る。

《今までも不慮の事故に見せかけて、何人もの重傷者をエヴァのコアの材料にして殺したらしいからな》

「「「「「「!!!」」」」」」
さすがにここまでくると、その言葉の意味がわからない人間はいなかった。
発令所内は静まり返っていた。もちろん一人の男の怒声を除いてだが。
「切れ!切れ!切れ!切れ!切れ!切れぇーーっ!」
ゲンドウの絶叫が虚しくこだまする。
それを嘲るかのように、なおも会話は止まらない。
《そんな!何故そんな非人道的な命令に従うんですか?》
《お前はまだ若いから知らないかもしれんがな、昔、碇司令の命令に逆らった部員がいたんだよ。そいつがどうなったか知っているか?》
《……》

《そいつの家族ごと無残に殺されたよ。その後、死体はバラバラに解体された上でコンクリート詰めにされて相模湾に沈められた》

《!!》
「「「「「「!!!!!」」」」」」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇーーーーーーっ!!」
ゲンドウはキレていた。もはや喚き散らすことしかできなかった。
ただでさえ低いゲンドウの信用度は、今回のことでガタ落ちになっていた。
ゲンドウは、殆どすべての発令所スタッフが自分に対して白い目を向けていることを敏感に感じていた。
視線が、痛かった。
《吉野、お前にだって家族がいるんだろうが》
《……》
《なら、その家族のためにも今は任務をこなせ、いいな?》
《……はい》
《ここもいつ戦場になるかわからない。さっさと任務をこなして退散するぞ》
若い男は地面に寝かされている女の子に向かって小さく謝罪した。
《すまない、悪く思わないでくれ》
そこで会話は一旦途切れた。


《パチパチパチパチ》
突然、スピーカーから拍手の音が聞こえてきた。
《いやーなかなか興味深いものを見せてもらいました》
《悪の秘密組織って本当にあるんですねー♪》
シンジが皮肉たっぷりに言う。
ちょうどそのとき、焦った様子のマヤが叫んだ。
「せ、先輩!大変です!」
「どうしたのマヤ」
「MAGIがこの中継映像を全世界のメディアに流しています!!

「「なんだとっ(ですってっ)!!」」


「すぐに止めさせろ!!」
ゲンドウが叫ぶ。
「だ、だめです。回線が切れません!」


すると、地上でも動きがあったのか、シンジが声を上げた。
《あー!あの人たち、イタイケな女の子に危害を加えようとしてますよー》
見ると、手近にあった大きめのコンクリートの瓦礫を持ち上げ、振りかぶり、今まさに女の子へと叩きつけようとしていたのだ。
そんなものを小さな女の子の体に叩きつけたら、大怪我どころか下手をすれば死んでしまうことは誰の目にも明らかだった。
発令所の面々は思わず目を背けた。そんなもの誰も見たくなかったから。
特に伊吹マヤという女性は、手で顔を覆い、俯いて震えていた。
そのとき、初号機のシンジが通信を入れてきた。
《えーと、なんか緊急事態っぽいので勝手に動きますね》
そう言うや否や、シンジはアンビリカルケーブルの電源プラグを爆砕して強制除去、初号機を猛ダッシュさせていた。
結果、目測で1キロメートルくらいあった距離を僅か2秒ほどで縮めていた。もはや音速を超えていた。
とても今日初めてエヴァに乗った人間にできる芸当ではない。あのレイですら二歩目でコケたのだ。いや、実績のあるドイツのセカンドチルドレンにも不可能だろう。
というか、なぜ電源プラグの外し方を知っているのだ?
リツコは戦慄した。
「…マヤ、初号機の今のシンクロ率は?」
「え?あ、はい。 ……シ、シンクロ率19.19パーセントです」
「!?」
(ありえないわ。何なのよ、その低シンクロ率は!?)
(それにさっきから使徒がまったく動かなくなったし。一体何が起こっているというの?)


さてこちらは、渦中の男二人。さっきまで遠方に小さく見えていたエヴァ初号機が、一瞬のうちに移動し、その巨体を彼らの目の前に現わしたのだ。驚かないはずがない。
突然、エヴァの外部スピーカーから声が鳴り響いた。
《あーテステス、田中イワオ三佐に吉野ヤスオ二尉、あなた方はすでに包囲されていますー。罪のない女の子に危害を加えるのは止めて、大人しく投降しましょうー♪これ以上罪を重ねるとあなた方のご家族が悲しみますよー。もう手遅れかもしれませんけどー♪》
二人の男はエヴァの巨体を見上げると、がっくりとうなだれ、その場にへたり込んでしまった。
「あ、先輩。たった今、外部との回線が切れました」
まるで必要な収録が終わったとばかりに、MAGIからの映像のタレ流しが突然止まった。
後にこの事件、第一次MAGIの乱と呼ばれることになる。





「やあサキエル、随分と待たせたね。綾波を甚振ってくれた礼はさせてもらうよ」
ようやく元の場所まで戻ってきた初号機がその背中に電源プラグを再装着させると、シンジは小声で使徒に語り掛けていた。
幸いにしてその声は発令所には届いていない。
そして使徒の金縛りがスゥーッと解けた。
いきなりのことに使徒自身も面食らっているようだ。つぶらな目をパチクリとさせている。
《攻撃開始》
シンジが律儀にも連絡を入れた。次の瞬間──

グオオオオオオオーーーン

再度、紫の巨人が咆哮した。ビリビリと大気が震えている。
発令所の人間はそのおどろおどろしい姿に戦慄し、モニターから目が離せないでいた。
そして、大跳躍──
一瞬のうちに初号機は使徒に飛び掛かり、そして膝蹴りを食らわせていた。
その映像に息を呑み、静まり返る発令所。
「マヤ、初号機のシンクロ率は?」
我を取り戻したリツコが聞く。
科学者として、この現実は事実として刮目しなければならない。
「あ、はい。 ……シンクロ率19.19パーセント。まったく変化ありません」
「……」
(イクイク、ね。何なのかしらこの数字は?)


初号機の攻撃に対して使徒も反撃に出る。瞬時に利腕を掴んで顔面を殴りつけようとするが、初号機はすんでのところでそれをかわすと、使徒の体に蹴りを突き刺し、その反動でバック転しながら後方に大きく飛ぶ。
ズザザザーーー
制動をかける初号機の足裏が、接地するアスファルトに深い傷を穿った。
そしてすぐさまリターン・ダッシュ。一瞬で使徒の間合に入り込むと左脇腹を狙って右の拳を叩き込んだ。
しかし、使徒はホンの僅かの差でATフィールドを展開させていた。
赤い壁に阻まれる初号機の拳。
「ATフィールド!」
「だめだわ。ATフィールドがあるかぎり」
「使徒には接触できない!」
ミサトの叫びにリツコが言葉を繋げた。
(ふん。この程度の壁、中和するまでもない。初号機、貴様の力を見せてみろ!)

グオオオオオオオオオーーーーーン

三度雄叫びを上げる紫の巨人。
まず、潰れていた左手首が瞬時に修復する。
「左腕、復元」
「すごい!」
モニターを見つめる発令所のスタッフたちは、もはや驚きの連続で言葉も出ない。
これがエヴァに初めて乗った中学生の男の子にできる戦いだろうか。
まさかここまで戦えるとは、ただの一人も想像できなかったのだ。
それほどまでに初号機の戦いは、超ハイレベルだった。
だが、彼らにとって真の驚愕と恐怖はここから始まった。

バキッ!ボキッ!ベキッ!

エヴァの、初号機の素体が異様な変質を始めていた。
スリムなボディーから、強靭な分厚い筋肉に覆われたそれへ
痩せこけた餓鬼の姿から、精悍・獰猛な羅刹の鬼の姿へ
そして、素体の変貌に合わせるかのように、素体を覆っていた拘束具、一万二千枚もの特殊装甲板も棘々しく変容していった。
そしてそこに現われたのは、さらに凶悪さを増した【悪鬼】、その姿だった。
「な、何なのよこれ!?」
ミサトは驚きの声を上げるが、他の発令所スタッフは声も出せずに呆然としている。
ありえない。
自分たちが知っているエヴァのスペック上、不可能だ。
あまりにも非常識すぎる。ひょっとして自分たちは夢でも見ているのだろうか。
「リツコ……エヴァってこんなこともできるの!?」
「……科学的には不可能よ」
「碇、これもシナリオのうちか?」
「……」
さすがのゲンドウも言葉を失っているようだ。


初号機の変貌は、時間にして殆ど一瞬のことだった。
真の姿となった紫の悪鬼は、猛然と使徒に突進する。
それに対し、使徒はATフィールドを展開して防御しようとする。
(無駄だよ、サキエル。アダム級程度のそんな脆弱なS2器官で作った壁など、この子には通用しない)
初号機は渾身の右腕手刀を、使徒のコアに向けて捻り込ませた。

ズシャァアアーーーン

初号機の手刀は、使徒のATフィールドを貫き、胸の赤いコアに深々と突き刺さっていた。
断末魔のようにせわしく点滅する使徒のコアだったが、次第にその輝きは失われ、ついに消えてしまった。
「あのATフィールドをいとも簡単に」
「初号機のATフィールドは?」
「い、いえ。初号機は未展開です」
(使徒のATフィールドを物理攻撃で破るなんて…)
「パターン青、消滅を確認」
《敵性体の殲滅完了。これより帰投しますので、誘導をお願いします》
「り、了解」
((しかしこの男の子、クソ度胸があるな))
メガネとロンゲ君は素直に感心していた。


「終わったよ、綾波」
少年の首元に顔を埋めて安心したようにスヤスヤと眠っている少女。
その少年は少女の蒼い髪を慈しむように撫でている。
ちなみにシロはというと、LCLの中で上下左右にシェイクされて完全に伸びていた。哀れ、シロ。
(あ、そうそう。最後の細工をしておくのを忘れるところだったよ♪)
シンジは初号機を回収スポットに乗せながら、最後にニヤリとした表情を浮かべていた。



To be continued...


(あとがき)

綾波、ちょっとだけ出てきました。このままLRSの展開になるのでしょうか?
それは、作者にもわかりません。何せ、行き当たりばったりで書いていますから。
ゲンドウ、鬼畜ですね。
でも、まだまだこんなもんじゃありません。これからに期待大です。
ミサトは今回、あまり活躍(?)しませんでした。
アンチ牛さんの方、すみません。次話ではご期待に沿えるように頑張ります。
余談ですが、原作の設定では、エヴァの背中にアンビリカルケーブルを繋ぐ部分を「コンセント」と呼んでいるみたいですが、違和感がありましたので、作中では「プラグ」と言い換えました。
だって、普通は凹部分が「コンセント」で、凸部分が「プラグ」でしょう?
さて、次話の予告ですが、もう一人のイレギュラー君がついに登場です。
でも予定は未定ですから、出なかった場合は勘弁してください。
次回もサービスサービスぅ〜♪
作者(ながちゃん@管理人)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで