第六話 新しき生活
presented by ながちゃん
暗闇に浮かぶ五つのホログラフィー。上半身のみが投映された男たち。特務機関ネルフの上位組織である人類補完委員会のお歴々である。
バイザーを掛けた小太りの老人の対面に、ネルフ総司令官である碇ゲンドウが着席する。
「キール議長、このような早い時間に突然のお呼び出しとは、一体どのようなご用件ですかな?」
時計の針は朝の4時を指していた。
憮然と答えるゲンドウの頭髪には寝癖の跡がクッキリと残っていた。
おそらく寝ているところを呼び出されたのだろう。
寝不足で疲れているのか、げっそりとした表情だ。何故か首筋には赤いキスマークがついていた。
「生憎とこちらは日本と違って早朝ではないのでね」
「君の都合など、どうでもいいのだよ」
「左様。君は黙って我々の呼び出しに応じておればよいのだ」
委員たちは矢継ぎ早にイヤミを連発する。
「……」
さすがのゲンドウもこれには閉口していた。
ちなみに、委員たちの体内時計はというと、
ドイツ代表(キール議長) 夜8時
イギリス代表 夜7時
フランス代表 夜8時
アメリカ代表 昼2時
ロシア代表 夜10時
──といった具合で、年寄りのくせにまだまだ元気なようだ。
「…もしやエヴァ参号機の件ですかな?」
唐突にゲンドウが口を開いた。
その言葉に委員たちが一斉に気色ばむ。
「碇君、口を慎みたまえ」
「左様。零号機、初号機、そして一月後に搬入される弐号機。この上参号機まで所望するとは、些か図に乗りすぎではないのかね」
「エヴァ四機の独占。実に由々しき事態だよ」
「ネルフ本部は世界征服でも始めるつもりかね」
次々に糾弾の声を上げる委員たち。議場は騒然とした雰囲気となっていた。
最後に正面の男、人類補完委員会議長であり、特務機関ネルフ最高責任者でもあるキール・ローレンツが口を開いた。
「碇…我々を裏切る気か」
実はゲンドウは一週間前、アメリカ第一支部でロールアウトされたばかりのエヴァンゲリオン参号機のネルフ本部への引き渡しを、委員会に具申していたのだ。
「必要な措置です、議長閣下」
ゲンドウは顔色を変えず、平然と答えた。
「それを信じろというのかね?」
「私に二心などありませんよ」
ゲンドウは口許で手を組んだポーズで答える。
その表情はまったく読めない。
「……」
一堂に沈黙の帳が下りる。
その沈黙を破ったのはゲンドウであった。
「ご存知の通り、現れた使徒は我々の予測を超えて強力です。ここで出し惜しみをして負けてしまったら何にもなりませんよ」
正鵠を射るゲンドウ。そして黙り込む委員たち。
確かにそうなのだ。
ネルフが敗北すれば世界は滅ぶ。彼らにとっても、それは真実であるのだ。
もちろん、ジオ・フロントの大深度の地下にあるのはアダムではなくリリスであるから、使徒がリリスと融合してインパクトを起こす懸念はない。
だが、目の前のアダムがフェイクだと見破った使徒が次に目指すのは──現時点でドイツ第三支部に保管してある、卵にまで還元した本物のアダムであるのだ。
そのとき、もはや世界に使徒に対抗できる力、組織はない。
あっという間に使徒主導によるサード・インパクトが発生してしまうだろう。
それでは自分たちの人類補完計画は、発動前に水泡に帰してしまう。
委員たちは、一様に苦虫を噛み潰したような顔となる。
「それにサード・チルドレンの行方は依然わかっておりません。次の使徒の襲来スケジュールは目の前です。我々には時間がないのです」
ゲンドウは自説の正当性を淡々と訴える。
「フン。自分の息子さえも御せないとは。大した父親ぶりだな」
「貴様の息子にも呆れたものだ。国連非加盟国の国籍に外交官特権とはな。これを覆すことは並大抵のことではないよ」
「左様。あのとき、言い値の報酬を出し惜しみせずに支払っておれば、こういう目に遭わずにすんだものを」
「あの程度のカネ、君にとってはハシタ金だろう」
次々に皮肉の言葉を連発する委員たち。
だが、すでにゲンドウが素寒貧になっていることを、まだ彼らは知らない。
知っていたら、嬉々としてイヤミの言葉を吐いただろう。いい気味だと。
片やゲンドウにしてみれば、嫌なことを思い出したとばかりに眉間を顰めていた。
「現状、初号機を動かせるのはサードだけです。そしてサードが駆る初号機は強大無比です。
また、サードには不審な点も多々あります。今後我々の障害や脅威となる可能性も十分考えられます。
これを牽制するためにも、参号機の本部へのシフトは必要不可欠であると愚考します」
ゲンドウのその発言に議場は一層ざわめく。
「自分の息子を不審だと? …フン、それはまた随分な言い草だな」
「左様。君は子供の躾も満足に出来ないのかね」
「そもそも君は、そのような不審者を、機密の塊であるエヴァに乗せたというのかね」
沸き上がる非難の声に、ゲンドウは冷静に切り返す。
「今は使徒を倒すためにアレは必要な力です。時期が来ればいつでも処分可能です。何も問題ありません」
「──実の息子を処分かね…相変わらず鬼畜だな、君は」
「お褒めに与り光栄です」
ニヤリと笑って、中指で眼鏡を上げるゲンドウ。
この男にとって大切なのは、自分自身と一人の女性のみなのだ。
それ以外の人間など、たとえ実の息子と言えども、虫けら同然である。
(それに子供など、ユイが戻ってくればいくらでも作れる。いくらでもな)
ゲンドウはそんなことを考えていた。
実はこの男、親は子の生殺与奪の権利を持っていると本気で信じていた。
親が子をどう扱おうと親の勝手。逆に、子は親に忠孝を尽くすのが当たり前。そう思っていたのだ。
だからこの男にとって、一週間前の息子のあの態度(チルドレン就任の拒否)は、甚だ我慢ならないことだったのだ。
いやはや、とんだ身勝手な屁理屈である。
「……」
委員たちはもはや呆れ顔で肩を竦めていた。
「…参号機のパイロットに心当たりでもあるのか?」
キールが口を挟む。
発言自体に裏はない。
いくら参号機を手にしたとしても、肝心のパイロット──チルドレン──がいなければ宝の持ち腐れなのだ。
しかし、ゲンドウはキールの言葉の真意を計りかねていた。そして必要以上に深読みしていた。
「…いいモルモットが手に入りましたので」
考えに考えた挙句、ゲンドウはこの回答を口にした。
どうやら例の銀髪の少年、ダッシュのことを言っているようだ。
「馬鹿な。マルドゥック機関からは何の報告も上がって来ていないぞ」
一人の委員がゲンドウを非難する。
「あれは人間ではありませんので、その必要はないかと」
ゲンドウの中では、一言一言ギリギリの駆け引きをしていた。とんだ一人相撲である。
「人間ではないとは、一体どういうことかね」
「深い意味はありませんよ。使い捨ての手駒としての犬畜生以下の存在、そういった意味です」
淡々と言葉を紡ぐゲンドウ。だが内面では、彼の脳細胞は凄まじい速さで回転していた。
実は、まるっきり空回りだったが、それを知る者はいなかった。
「…確かそれを"チルドレン"と呼ぶのではなかったのかね」
「チルドレンには使徒戦以外にも重要な存在理由があります。あのモルモットにそれは期待できません」
「何故だね」
委員の一人が疑問を挟む。
「これは異なことを仰る。 ──チルドレンは人類補完計画の最重要ファクターです。その精神は幼少のころより徹底的に監視・誘導を受けてきております。我々のシナリオに沿ってね。それを、どこの馬の骨ともわからないモルモット風情に、大事な計画の要の役割を、我々の未来を託せと言われるのですか」
ゲンドウは凛と言い放った。ハッタリもここまでくれば見事と言うしかない。
いつもは無口なこの男がここまで長々と喋ったのも珍しいことだ。 …内心はヒヤヒヤものだったが。
「……」
委員たちはゲンドウの言葉に黙り込んだ。
言っていることは正論なので、誰も異論を挟めないでいたのだ。もちろん、ゲンドウという男を信じたわけではないのだが。
「あれは使徒戦のためだけの、死ねばそれまでの使い捨ての駒です。チルドレンではありません」
ゲンドウは重ねて強調した。
「そのモルモットとやらは、エヴァを動かせるのかね」
「適性については問題ありません。適合するコアの準備もすでに完了しております」
嘘である。実はゲンドウは、何の検査もコアの準備も行ってはいなかった。
ある個人的な理由から、今、MAGIの持つタスクはある目的のために重点的に費やされていたため、それどころではなかったのである。
すべて口から出まかせであった。
しかし、ゲンドウには確信めいたものがあった。あの子供ならエヴァを、アダム由来のそれを動かせると。
「…何を考えている、碇」
突然口を開いた目の前の男は、鋭い視線をバイザー越しにゲンドウに向けた。
「……」
だが、ゲンドウは黙して何も語らない。
ゲンドウとキールの視線が中空でぶつかる。
そのまま静寂の間が訪れた。
「…わかった。参号機の移譲の件、一考しておこう」
黙秘するゲンドウに折れたかのように、キールが口を開いた。
「「「「議長!?」」」」
どよめく一同。
「ありがとうございます、議長」
筋書き通りだ。ゲンドウはそう思って、内心ではニヤリとしていた。
「クッ…では、後は委員会の仕事だ」
「…碇君。ご苦労だったな」
逆に委員たちは苦々しげな表情だ。納得がいかないといった顔をしている。
席を立とうとしたゲンドウに、キールが厳しい声を掛けた。
「碇…君が新たなシナリオを作る必要はないぞ」
「…わかっております。すべてはゼーレのシナリオ通りに」
そう言うと、ゲンドウは踵を返し、静かにその場を退出した。
「よろしいのですかな、議長」
「左様。これは我々のシナリオにはない出来事だよ」
「あやつのいうモルモット、あまりにも怪しすぎる」
「議長、ここは一つ、そのモルモットとやらを喚問してみては如何ですかな」
委員たちが口々に忠告、助言をする。
少し間を置いて、キールが重い口を開いた。
「…碇が何を考えているのか、今回のことはそれを見極める良い機会だ。参号機パイロットについては…今はまだ喚問の必要はあるまい。今はまだ碇のやつとて警戒しておろう。今しばらく泳がせて様子を見ることとしよう。 ──それに我々には『切り札』が残されている。碇が裏で何を企もうと、さして心配することもあるまい」
「切り札…あの『666』シリーズのことですな」
委員たちはその言葉を聞いて、一様に安堵の表情をこぼした。
彼らの不安を払拭するほどの存在。『666』とは一体何なのであろうか?
「──碇よ、最後に笑うのは、我々のほうだぞ」
キールの最後の言葉が真っ暗なバーチャル空間に響いた。
〜ネルフ本部・総司令官公務室〜
土曜日の早朝。時計の針は、午前6時過ぎを指している。
この部屋の主は、通常ならまだ就寝中の時間帯であったが、この日は早くから委員会からの呼び出しがあり、会議後も二度寝せずにそのまま起きていたらしい。
鬚面の男は、椅子に深くもたれ掛かっていた。些か眠そうである。
そこに慌てた様子の初老の男が飛び込んできた。
「碇、拙いことになったぞ」
「どうした」
朝っぱらから鬱陶しいやつだ。ゲンドウはそう思って露骨に嫌な顔をした。
「例の特殊監察部の二人が、昨夜から行方不明らしいぞ」
冬月が司令室に駆け込んで、開口一番に告げたことがそれだった。
特殊監察部の二人。例の第一次MAGIの乱での主演&助演男優たちのことである。
「…ふん、構わん。捨てておけ。あいつらに利用価値はない」
ゲンドウはまったく気にしていないらしい。
「いいのかね?奴らの口からいろいろと情報が漏れるのはマズイのではないかね?」
冬月は心配顔で翻意を促している。
「奴らが知る情報などたかが知れている。まあ、一応ネルフでも捜索しておけばいい」
「捜し出した後、どうするつもりだ?」
予想はついていたが、一応訊いてみる冬月。
「決まっている。内々で処分するまでだ」
ゲンドウはぶっきらぼうに答えた。
…つまりは殺すと。
冬月がもう一つの用件を告げる。
「…あと、付属中央病院の医師三人が今朝早く、担当患者の往診直後に突然姿を消したそうだ。その患者もろともな」
「ん? …患者の名前は?」
何か心当たりがあるのか、ゲンドウが憮然と訊き返す。
「鈴原ナツミ。お前が例の二人に襲わせた小学生の女の子だ」
冬月は冷眼を向けて皮肉たっぷりに答えた。
「…私は知らんな」
ゲンドウはふてぶてしくも嘯いた。
(…惚けおってからに)
バレバレだぞ。冬月は心の中で呟いた。
「で、彼らはどうするのだ?」
「…見つけ次第、処分だ」
もちろん「処分」とは「殺す」の隠語である。
「処分だと?たかが行方不明でか? ──碇、裏で何か画策しているのではないだろうな?」
冬月が疑惑の眼差しを向ける。
「……」
ゲンドウは何も答えない。だがこれはイエスと言っているようなものだ。
(渦中の女の子とその担当の医者──何かを企むとしたら、考えられることは一つだな。 …碇め、相変わらず鬼畜なことをする)
冬月は深く嘆息する。
「では、女の子のほうはどうするのだ?」
「…放っておけ。もはやどうでもいい」
〜西伊豆沖、西に10kmの海上〜
ここは駿河湾の洋上。朝日の照り返しがきらめく凪の海。その波間に浮かぶ一隻の白い漁船。
前方を眺め見れば遥か彼方の水平線。後方を振り返れば青き夏富士の絶景が広がっていた。
その漁船の上には、一人の少年と五人の男たちの姿があった。
五人の男たちはどうやら気を失っているようで、少し汚れた甲板の上に無造作に転がされていた。
二人は背広、残り三人は白衣姿であった。
「ぅ…」
一人の背広姿の若い男が目を覚ましたようだ。
「…くっ、ここは何処だ?俺は一体どうしたんだ?」
男は少し痛む頭を右手で押さえ、必死に状況を整理しようとしたそのとき、
「おや、目が覚めましたか?」
すぐ後ろから、突然声がした。
「──誰だ!?」
男は驚き叫ぶと、その声のしたほうを振り返った。
その大声で他の男たちも次々と覚醒した。
「お前はサード・チルドレン!!」
「な!?き、貴様のせいで俺は、俺たちは──」
逆恨みのあまり、怒りに震える二人の背広の男。
「…ネルフで閑職に回された、ですか?それとも奥さんから三行半を突きつけられた、ですか? ──そりゃ、自業自得ってもんでしょうが?」
シンジは呆れたような冷めた声で一蹴した。
実際、この背広姿の特殊監察部の二人は、あの事件の直後、ネルフによって拘束され、ゲンドウ本人から降格と左遷の宣告を受けていた。
そして失意のうちに帰宅してみれば、待っていたのは愛する家族の冷たい目だったのだ。
どうやら彼らの家族も、例のMAGIが流した中継映像を見ていたらしい。すでにご近所でもその噂で持ち切りであったのだ。
そして茫然自失の彼らの目前に突きつけられたものは、──緑色の印字の一枚の紙、離婚届であった。
「黙れっ!!お前が余計なことをしなければ、俺は、俺たちはこんな目に遭わずに済んだんだ!!」
「そうだ!!貴様のせいで俺の人生は狂っちまった!!お先真っ暗だ!!どう責任を取ってくれるんだ!!」
なかなか身勝手なことをほざく男たちであった。
「余計なこと? …それはつまり、あの女の子が害されるのを黙って見ておけ、ということだったんですか?」
シンジは冷酷な視線で二人を睨みつける。
その冷たい瞳に思わず竦み上がった二人の男。
「うっ…あれは仕方がなかったことだったんだ。大人の事情…そう、必要悪だったんだ。まだ子供のお前にはわからないことだ」
若い長身の男は、力なく尻すぼみになりながらも言い訳を並べ立てた。
「いやはや、なかなか便利な言葉を使いますね」
シンジはまったく相手にしていない。ニヤニヤと楽しげな顔だ。
「…俺たちをどうするつもりだ」
背広の片割れ、恰幅のいい中年男が、憮然と訊き質す。
対してシンジは顔色一つ変えることもなくあっさりこう言い放った。
「重石つけて、生きたまま海に沈めます♪」
「「「「「なにっ!?」」」」」
これにはさすがの男たちも目を見開いて驚愕した。
見れば、彼ら五人の両足は小さめの青いバケツに突っ込まれ、そこにはコンクリートが流し込まれていた。
男たちは慌てて自分の足をバケツから引き抜こうとするが、すでにコンクリートは完全に凝固しており、びくともしなかった。
中にはパニックを起こす男もいる。
シンジはそんなことは気にせずに、言葉を続けた。
「いきなり沈んで即死ってのも興醒めなんで、ゆっくり沈降するように浮力を調節しておきました。冷たい海水が胃と肺を満たしながらジワジワと溺れる苦しみを思う存分に味わってから、死んでいってくださいね♪」
シンジはニッコリと微笑む。
だが、その笑顔と穏やかな口調とは裏腹に、言っていることは極悪だ。
五人の男たちは恐怖で凍りついていた。
「貴様っ!そんな非人道的なことをして恥ずかしいとは思わないのか!」
背広の中年男が大人ぶって叫ぶ。なかなかの正論だ。
しかし当の少年は悪びれた様子は一切ない。
「あれあれ? …貴方からそんなセリフを聞くなんて驚きですね。 ──まるで御自分は同じことをしたことがないような口ぶりじゃないですか」
少年は口許を歪めた。すべてはお見通し、そんな冷ややかな目を男に向けていた。
「なっ!?」
(馬鹿な。まさかあの時のことを言っているのか? …いや、あれは誰も知らないはずだ)
男は思考を振り払った。
そう。この男、若き日に、生きた人間に重石をつけて海に沈めたことがあったのだ。
男はかつて関東を基盤とする某暴力団に所属していたが、当時その暴力団の不正を追求していた市民派の弁護士がいたため、組の命令で目障りなその弁護士一家三人を昏倒させ東京湾に沈めたのである。途中船上で幼い娘だけが目を覚まし泣き出したが構わず海に突き落とした。少しだけ良心が痛んだ。その後遺体が浮かんできたという報道もないことから、すでに魚のエサになったのだろう。
いずれにせよ男にとってはもう過ぎたことだった。
「……」
「あーもしかして、ご自分がするのはいいけど、されるのはイヤなんですか?」
少年はにこやかに問いかける。笑いを堪えるのに必死なようだ。
「…知らん。私は何も知らん。まったくの言い掛かりだ!」
男はしらばっくれるが、少年とは一度も目線を合わせようとはしなかった。 …その態度がすべての事実を物語っていた。
「ふーん。ま、いいけどね」
少年はあまり興味なさそうに呟く。
「わ、私たちは無実だ!何のやましいこともしていない!」
突然、白衣の男のうちの一人が、横から話を割り込ませてきた。
「…罪を犯していない人間はこの場にはいませんよ?」
少年はフンと冷たくあしらう。
「確か貴方たちは、例の少女の医療担当でしたよね。 …何か身に覚えがあるんじゃないですか?」
ニタリ顔でシンジは白衣の男たちの顔を覗き込んだ。
シンジの言うとおり、白衣の三人は、鈴原ナツミの医療担当チームのスタッフであった。そして、碇ゲンドウから直々にある命令を受けていたのだ。
「我々は然るべき医療行為をしたまでだ!」
小太りの老齢の男が、自信ありげに自らの潔白を言い張った。なかなか狡猾な人物のようだ。
「へえー、確か彼女に怪我はなかったはずなんですがねー。不思議ですよねー?」
「そんなことは知らん。それに我々には何もやましい事はない!」
その男はあくまでしらを切った。なかなかふてぶてしい。
「ふーん。 …今、洗いざらい懺悔してくれるのなら、特別に許してやらないこともないですよ?」
シンジは男たちに最後のチャンスを与えた。 …だが男たちは、その意味に気づいていなかった。
シンジは暫く待ったが、男たちからは何の反応もなかったのである。
この瞬間、この男たちの運命は決したのだ。
「──そうですか。クククッ、残念ですね〜」
そう述べた少年だが、少しも残念そうには見えなかった。
むしろ懺悔してくれなくて良かった、という安堵の表情にさえ見える。
少年はゆっくり立ち上がると、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間、男たちの目に前に巨大なスクリーンが現れていた。300インチ以上はあるだろう。
立体投射映像だろうか。それにしても画質が段違いに鮮明だ。眩しい朝日の照り返しを受けてもまったく色あせてはいなかった。
「「「「「!!」」」」」
男たちはいきなりのことに仰天し、どよめき立った。
だが、白衣の男たちだけは、すぐに表情を変化させていた。
その三人はスクリーンに釘付けになっていた。信じられないものを見るかのような目をしていた。
そこには、白衣の男たちの見知った病室が、一人の眠り姫を取り巻く自分たち三人の姿がハッキリと映し出されていたのだ。
しかもこの場面、三人には思い当たりがアリアリだった。なんせ、つい先刻の出来事なのだ。
スクリーンの中では、ここにいる三人の男たちがせわしなく立ち回っていた。
ちょうどそのとき、
「あれえ?何かを女の子に注射しようとしていますね?あれは一体何かなあー?」
少年がわざとらしく、惚けた口調でそう言うと、いきなり画面がズームアップされた。
「「「!!」」」
驚愕に目を開く三人の男たち。
ズームアップされた先には、二つのアンプルが並んでいた。そしてそのラベルには次の薬品名が明記されていた。
- 塩酸メタンフェタミン
- 塩酸ジアセチルモルヒネ
所謂、シャブ、ヘロインと呼ばれるドラッグであった。
しかも高濃度溶液だ。
スクリーンに映る男たちは、次の瞬間、その混合液を注射器に吸い上げると、眠る少女の腕に注射していたのだ。躊躇いもなくブスリと。
目の前に映し出される映像を見ていた白衣の男たちは、真っ青になって固まっていた。
自分たちの罪が白日の下に晒されたのだ。無理もないだろう。
気の弱そうな一人は、ガクガクと涙目で震えている。憐れなものだ。
「いやー、あんなものを同時に静脈注射するなんて、…あなた方、あの子を洗脳どころか廃人にでもするつもりですか? …それもアッパーとダウナーの混合?しかもあの量と濃度? …下手をすればショック死しますよ? …相手はまだ幼い無垢な女の子なんですよ?」
シンジは呆れたように言う。
(まあ、注射された瞬間に薬液を組成分解したから、あの子には実害はなかったんだけどね──いやしかし、ここまでするか〜?あの鬚は)
ゲンドウという男、シンジの予想以上に鬼畜だったようだ。
実はこの三人の医師は、ゲンドウから「少女を廃人にしろ」という密命を受けていたのだ。
さて、鈴原ナツミという少女だが、あわやというところをシンジの機転によって救われていた。そして極秘裏にシンジの手によって彼女の実家へと送り帰されていた。
今頃はすでに意識も回復して家族との邂逅を果たしていることだろう。
「仕方がなかったんだ!」
突然、若い男が許しを請うように叫びを上げた。しかしそのとき、
「し、知らん!ワシはそんなものは知らん!こやつらが勝手にやったことだ!」
老齢の男があくまでしらを切った。そしてあろうことか全責任を部下二人に擦り付けていた。
齢を重ねると人間見苦しくなる、その見本だろう。
しかしスクリーンには、一人の老医師の指示の下、二人の若い医師が作業をしている姿がしっかりと映っているのだ。しかも高音質の音声付でだ。もはや言い逃れなどは出来なかった。
「そ、そんな。佐々木部長の指示で僕たちは!」
「そうです。それはあんまりです!」
「ええい、黙れ黙れっ貴様らっ!!」
男たちは見苦しくも仲間割れを始めていた。
(ふぅ、まったく好意に値しないね)
少年は閉口していた。
そのとき背広の一人──田中イワオという名前の中年男──が何かに気づいた。
(!! …しめた。俺の懐に拳銃が入ったままだ!)
男の口許が歓喜に歪む。
男はすぐさま懐のホルスターから愛用のコルト・パイソンを引き抜くと、躊躇いなく少年に銃口を向けた。
そして──
「死ねや!!」
バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ
男は、全弾6発のマグナム弾を容赦なく少年に撃ち込んだ。
周囲には、きな臭い硝煙が漂う。
「「「「「やった♪」」」」」
これで助かったと思った男たちが、一斉に歓喜の声を上げた。だが──
「いやー残念♪」
それは硝煙の向こうから聞こえる声。ありえない声。死神のせせら笑う声だった。
「「「「「!!」」」」」
硝煙の晴れたそこには、無傷の少年が何食わぬ顔で突っ立っていたのだ。
男たちは絶望の淵に叩き落されていた。
「クックックッ…いやはや、いきなり発砲とは酷い方ですねえ」
少年は両の掌を上に向けて大仰に肩を竦めて見せた。その瞳は笑っていた。
見ると、すべての銃弾が、ごついマグナム弾が、少年の目前で、空中で静止していたのだ。
拳銃を握ったまま放心状態の中年男。信じられないといった目だ。
少年は、その男の手から、ごつく黒光りする無骨なリボルバー拳銃をヒョイと奪い取るや否や、
メキョ、バキン!──
難なく片手で握り潰した。
「「「「「!!!!」」」」」
こいつはバケモノだ。五人は驚愕し、恐怖に打ち震えていた。
「そういえば吉野ヤスオさん」
シンジが目の前の男に声を掛けた。
「??」
いきなり自分の名前を呼ばれた背広の若い男は「え?俺?」と驚いて少年の顔を見上げた。
少年は目を細めて言った。
「貴方の娘さん、なかなか可愛いですね〜。たしかユミちゃんという名前でしたっけ?」
シンジは舌なめずりして、ゲンドウばりのいやらしい笑みを浮かべた。(もちろん演技であるが)
男はその瞬間、全身に鳥肌が立った。全身にアラームが鳴り響いていた。
「!? ──貴様!娘をどうするつもりだ!」
吉野と呼ばれた男は、怒鳴り上げて訊き質した。
この男にとっては、目に入れても痛くないほど溺愛している愛娘なのだ。
シンジは人差し指を顎に当て、上目遣いにフムと考える。
「そうですね。どうやって殺そうかなあ。 …貴方たちと同じく溺死がいいかなあ?それとも轢死がいいかなあ?銃殺もいいなあ。いやいや成層圏からの墜落死ってのもなかなか面白そうだし。生きたまま腹を空かせたライオンの檻に放り込むってのも趣きがあってオツだねえ。 …それともバラバラに解体した後、臓器を外国に売っぱらおうかなあ?知ってます?あの年齢の臓器ってなかなか高く売れるんですよねー♪」
実際、シンジにその気はまったくない。いくらなんでもそこまで鬼畜ではない。
これは、この男たちを苦しめるための方便であった。かなり極悪の。
「き、きききき、貴様ああ〜」
男はぶち切れて少年に飛び掛かろうとする。だが、身体が金縛りにあったようにまったく動かない。
シンジはクスッと笑って、他の男たちのほうを振り向いた。
「貴方たちもお一人ではお寂しいでしょうから、そのうちご家族全員を同じ場所へとご招待してあげますよ。 ──あの世と言う場所にね」
シンジはニヤリと凶悪な笑みを見せた。
そのまま言葉を続ける。
「だから安心して死んでください。 ──まあ、恨むんならご自分を、ご自分がしでかした罪を呪ってくださいね♪」
冷たく言い放つシンジ。顔はゆるみっぱなしだ。
重ねて言うが、殺すのはここにいる五人だけで、その家族にまで手を掛ける気はシンジにはない。
シンジは有無を言わせず五人の身体を船のヘリに移動させる。
男たちは踏ん張って必死に抵抗するが、少年は信じられない強い力でズルズルと押し返していた。
「悪く思わないでくれ──貴方が最後にあの女の子に言った言葉です。僕もそっくりそのままその言葉を贈りますよ」
シンジは目の前の若い男、吉野ヤスオに言った。
「!?そ、そんな!俺はそんなつもりじゃ──」
その男の言葉尻を遮るように、シンジの声が被った。
「悪く思わないでくれ──うーん、なかなか良い言葉、良い免罪符ですよねー」
シンジは自分の言葉に酔っていた。うんうんと頷いている。
もはや目の前の男の釈明の声は耳に入ってはいなかった。
船べりでは、今まさに海に突き落とされそうな絶体絶命の男たちが、阿鼻叫喚の叫びを上げていた。
(人間、こういう極限状態のときにこそ、本当の姿を見せるんだろうな)
シンジは目の前の男たちを眺めながら、しみじみとそんなことを考えていた。
「お、俺が悪かった。だから…た、助けて!!」
「いやだぁー!ちくしょー!俺はまだ死にたくねえーー!!」
「助けて。ねえ?お願いだから僕だけでも助けてよーー!!」
「誰か助けてー、うわああー助けてよ、助けてママぁぁーー!!」
「た、助けてくれ。なんでもする。金なら言い値を払うから。だからお願いだ!!」
すでに男たちは恐怖と絶望でだらしなく泣き喚いており、必死に目の前の少年に助命嘆願した。しかし──
「では、さようなら」
非情にもシンジは、五人の男たちを船から次々と突き落とした。
バチャーーーン
ドボーーーーン
バチャーーーン
バチャーーーン
ドッポーーーン
海に落とされた男たちは、必死に足掻く。
バシャバシャ泳ごうと(浮かぼうと)する者。
船にしがみ付こうとするも、船体にびっしりと寄生したフジツボで肌を切り、血を滲ませている者。
なおも泣き叫び、少年に助けを請う者。
しかし…やがて五人とも力尽きていった。
鼻と口からブクブクと泡を噴き出しながら、両の目は恐怖と悲しみに見開かれ、苦悶の表情に固まったままゆっくりと沈んでいく五人の男たち。
それをじっと眺めていた少年がポツリと呟く。 …さすがに気が咎めたのだろうか? ──いや、違った。
「ふー、やっぱり朝一番の人殺しは気持ちが良いよねぇー♪」
少年は、額の汗を手で拭い、爽快に言ってのけた。
この少年、まったく悪びれていなかった。 …恐るべし、碇シンジ。
「さて、帰るか。シロたちが待ち草臥れているだろうし」
そう言った瞬間、シンジの姿は漁船の甲板上からスッと消えていた。
〜第三新東京市、シンジの自宅〜
第三新東京市の郊外、とある高台に建つシンジの邸宅。周りには他に住宅はなく閑散としている。
地理的には第三新東京市の中心部よりは仙石原に近いところにあった。
これは後でわかったことであるが、第壱中学校の学区内ギリギリであった。
それを知ったとき、某黒髪の少年は思わず冷や汗を流していたらしい。
〔碇シンジ・シロ・クロ〕──そう刻印された表札。
その表札を横目に、シンジは我が家の玄関先に立っていた。
背中に何やらデカイ荷物を背負っている。
『お帰りなさい、シンジ♪』
玄関先ではすでにクロがシンジの帰りを待っており、愛息子ににこやかに声を掛けた。
「ああ。ただいま、クロ」
シンジはというと、素っ気ない挨拶だ。
『(はあ、…まだ「母さん」って呼んでくれないのね)』
クロはシュンとしている。
当面のクロの目標は、息子に「母さん」と呼んでもらうことらしかった。
シンジはクロを連れ立って我が家に入ると、階段を下りてきたばかりのシロとかち合った。
『あ、お帰り、シンジ。早かったね』
シロは少年に声を掛けた。いつも通りの挨拶だ。
実はシロは、シンジの今朝の外出の用件をすべて知っていた。シンジが教えたのだ。
だがシロに動揺はなかった。一言「そう」と言ってシンジを送り出していた。
今、シロの心の中では、いろいろな変革が起こっているらしかった。
ちなみにクロはというと、シンジの外出理由は知らされていなかったらしい。
「おはよう、シロ。あ、そうそう──これお土産だよ」
そう言って、シンジは背負っていた荷物をよっこらしょと床に置いた。
ドーーーン
『!?』
それはマグロだった。それも全長3メートル以上、少なく見積もっても350キロ以上はある超大物だ。
シロとクロは、目をシロクロ(ぷぷぷっ)させて驚いている。
「近海モノの本マグロだよ。夏場のモノは大味っていうけど、これは艶があって脂も充分にのって美味しそうだよね。このサイズだと卸価格で一千万円は下らないかな?さっき船の上で活け〆にしたばかりだから鮮度的にも問題ないよ」
パンパンとマグロのハラミの部分を叩きつつ、シンジは説明した。
「今から捌くよ。今朝はお刺身にしようか」
そう言うとシンジは、またマグロを抱えて厨房に向かった。
シンジは巨大なマナ板(どこから仕入れた?)の上にマグロを寝かせた。
すでにエラと内臓は船上で除去してあった。
普通このサイズだとノコギリを使って解体するのが一般的だったが、シンジは包丁を片手にマグロと向かい合った。
暫く目を閉じて瞑想していたシンジがカッと目を見開くと、徐に出刃包丁を振り上げた。
そしてスパーンと豪快に頭と尾を切り落とす。今度は柳刃包丁に持ち替えると、背骨に沿ってスパッ、スパッと三枚におろす。
それをいくつかのブロックに切り分け、ラップに包んで専用の大型超低温冷凍庫(マイナス60℃以下)に放り込んだ。
(これで暫くはもつかな。たとえ停電になっても、UPSと自家発電装置のバックアップがあるしね)
どうやら、この屋敷はなかなかのハイテク揃いのようだった。
シンジは、二〜三個のブロックをさらに小さくサクに切り分け、タッパに入れて、家庭用の冷凍冷蔵庫のパーシャルフリージング室に保存した。
この間、僅か三、四分。
((すごい))
その妙技を傍で見ていたシロ&クロは溜め息を漏らしていた。
「ふぅー、…もう朝の7時か。 ──シャワー浴びてから朝食にしようか。フフ、今朝のオカズは大トロだよ♪」
シンジはシロたちに向かって、親指をグッと突き立てて微笑んだ。
しかし朝っぱらから豪勢な食事である。まったくもって羨ましいかぎりだ。
(頭のほうは、今夜カブト焼きにでもするかな?)
そういうことを考えながら、一人シンジは風呂場へ向かった。
その背中を見つめる猫二匹。
『はあ、相変わらず凄いのね、シンジって』
クロが、ほうという感じで呟く。
『うん、…まあシンジだからね』
シロはクスクスと横目で微笑んでいた。
──お気づきだろうか。
この頃になって、ようやくシロは黒髪の少年のことを「シンジ」と呼べるようになっていた。
今までシロはシンジのことを「君」ないしは「少年」といった呼び方で誤魔化してきたのだ。
だがここにきて、シロの心の中で何かの変革があったのか、その抵抗感は綺麗さっぱりと消えていた。
さて、このクロこと碇ユイ。
一週間前にこの館で目覚めたばかりのときは、いろいろと大騒ぎだった。
あれから、クロ(ユイ)は一方的に捲くし立てていたのだ。
『どうして、猫のくせに喋れるのよ?』
『どうして、私はここにいるのよ?』
『どうして、ここはエヴァの中じゃないのよ?』
『どうして、私は黒猫になっているのよ?』
『どうして、貴方黙っているのよ?』
『どうして、──』
『どうして、──』
…クロ、あんたは「どちて坊や」か?
シンジが帰宅するまで、それは続いていたらしい。
ちなみにクロは、シンジの姿を見るなり、シンジに飛びついていた(本人は抱きついたつもり)。
──10年以上経っても、実の息子の顔はわかるようだった。それはある意味すごいことである。
しかし、非情にもシンジはそれをヒョイとかわしていた。
結果、ドアに激突し、鼻頭を押さえてウ〜と恨めしそうな声を出していたクロ。
そしてクロは、シンジに対しても、次々と質問を浴びせていた。
あまりにしつこいので、シンジは自宅から逃げ出すこともしばしばだったのだ。
だが二、三日もすると、クロは平静を取り戻していた。
とくにシンジのほうから特別な説明はしていないが、どうやらいつも一緒にいるシロがいろいろと世話を焼いてくれたようだ。クロの疑問にも(シロがわかる範囲で)答えていたらしい。
曰く、今は西暦2015年であること。
曰く、ここは第三新東京市で、この家はシンジが買ったものであること。
曰く、シンジとシロ、そしてダッシュと呼ばれる少年が、サード・インパクト後の未来から遡ってきた「碇シンジ」であること。
曰く、シンジがクロ(ユイ)の実の息子で、シロとダッシュは平行世界の「碇シンジ」であること。
曰く、シンジが初号機に乗って第三使徒を倒したこと。
曰く、シンジが碇ユイを初号機からサルベージしたこと(黒猫にされたこと)。
曰く、自分はシロ、ユイはクロと、半ば強引に改名されたこと。
曰く、シンジが50億年以上も生きた神様(?)みたいな存在であること、などだ。
事実を説明されたクロは、あまりのことに暫く呆然としていたらしい。
気持ちの整理がつくまで数日を要していた。
──ただ、ゲンドウとネルフのことについてだけは、シロは一切の口を閉ざしていた。
クロが執拗にそのことを問い質しても、シロはいつも言葉を濁していた。
別にシンジから口止めされているわけではなかった。
〔父さんとネルフのことは、やはり僕が言える立場にはないよ。 …これはこの世界のシンジと母さんの問題なんだから〕
シロは考え抜いた挙句、そう帰結していたようだ。
白い大皿。そこに大根と人参のツマ、そして大葉が敷き詰められ、その上一面に刺身、刺身、刺身、大トロ、大トロ、大トロが、これでもか!っていうくらいにぎっしり並んでいた。見事に真っ赤っ赤である。
((ゴクリ))
猫二匹は思わず唾を飲み込んだ。
まったくの余談ではあるが、今朝の朝食メニューはというと、
ごはん(秋田県産あきたこまち)、みそ汁(長ネギとなめこと木綿豆腐、合わせ味噌、カツオ出汁)、刺身(本マグロの赤身と大トロ)、大根と茄子の漬物(シンジ自家製のぬか漬け)、納豆(北海道産大粒大豆)、焼き海苔(佐賀有明海産)、生卵(○ード卵光)──である。
ちなみに猫たちには、ダイニングテーブルの上に特注の専用皿が用意されており、一皿にすべてのメニューが盛り付けられていた。
また、クロもシロ同様に、人間の食べ物でもOKなようにシンジが調整していた。
これらのことはシンジの心配りであった。
「シロ、(モグモグ)お茶取ってよ」
シンジがごはんを頬張りながら、横から声を掛けた。
『…無理だよ』
シロはジト目を返す。
ちなみに、冷えたお茶は冷蔵庫に入っている。
(猫の僕にどうしろって言うのさ?)
「しょうがないなー」
シンジが冷蔵庫のほうを一瞥すると、いきなり冷蔵庫のドアが開き、ペットボトルの紅茶がスーッと浮かび上がると、フラフラと食卓のほうにやって来た。
「楽チン楽チン♪」
『まったくシンジは横着なんだから』
クロはふうと溜め息を吐いた。呆れ顔である。
しかし、シロとクロはこの超常現象を目の当たりにしても、まったく驚いていない。
すでに日常茶飯事なのだ。
それでも最初に目撃したときは、それはもう天地をひっくり返したような大騒ぎで、とくにクロは『一体どういう仕掛けなのよー!?』と科学者の血走った目でシンジに詰め寄っていたのだが。
朝食を終えた三人(?)はリビングでくつろいでいた。
シンジは新聞を広げ、猫二匹は毛繕いをしている。
『シンジ、今日から学校なんでしょう?』
「──うん」
クロが努めて母親らしく、にこやかに話し掛けるが、シンジは素っ気ない。
『…お友達、たくさん出来るといいわね』
「──うん」
気をとりなおしてクロは再び話し掛けるが、これも期待はずれ。
『…でも、母さん寂しくなるわ』
「──うん」
シンジの返事はなおもまったく同じ。
『(???)…シンジ、ちゃんと聞いてる?』
「──うん」
『…シンジ、ひょっとして私のこと嫌いなの?』
「──うん」
クロはもうグズグズ顔だ。
『そんなっ!!』
クロは悲痛な叫び声を上げた。
「──うん? …何か言った?」
クロの大声に気づいて、シンジが頭を擡げた。
実はこの少年、目の前のスポーツ新聞に熱中していて、まったく人の話を聞いていなかった。
それに何故か赤エンピツ片手に、何やらブツブツと呟いていた。
「(ゴール前の3ハロンがお話にならんな。馬体重も増えすぎだし。うーん…複穴を絡めてみるか)」
…おい、シンジ。お前はオヤジか!!
余談ではあるが、シンジ宅では新聞については、この他にも全国紙を四部とっている。
シンジはスポーツ新聞だけでよかったのだが、クロがどうしてもと懇願したのだ。
おかげで暫くは洗剤に事欠くことはない。新聞屋から景品をタンマリせしめたからだ。
『シンジ!私はそんな子に育てた覚えはないわよ!』
「奇遇だね。僕も育てられた覚えはないよ!」
売り言葉に買い言葉。 …漫才か、この親子は。
『母さん、悲しいわ』
クロは首を横に振ってオヨヨと泣いた(ふりをした)。
少年は半ば辟易している。
『それに寂しいじゃない!』
クロはジト目でシンジを睨む。
「…はあ、シロがいるでしょ?」
『それは、そうだけど…』
クロはシロのほうを横目でチラと見る。
クロはシロが(平行世界の)自分の息子、碇シンジであるという話は聞いていたし、理解はしていた。
だがどうもピンとこないのだ。彼女の母親としての本能が騒がないのだ。
なんせ相手は猫である。しかもメスときている。
まだまだ時間が掛かるのだろう。
ちなみにシロはというと、さっきから黙り込んでいる。
クロの態度に心を痛めていた──わけではない。
シンジとクロの親子水入らずの時間を邪魔したくなかった──というわけでもない。
ただ呆れていただけなのだ。二人の繰り出すボケとツッコミの世界に。
『ねえ、もう8時過ぎだよ。時間は大丈夫なの?』
シロが心配そうに横から口を挟んだ。
見るとリビングの壁掛け時計の針は、8時15分を指していた。
この家からだと学校までは徒歩で30分以上は優に掛かるのだ。シロの心配も当然だろう。
だが、シンジは全然気にしていなかった。
「んー、そういえば8時半までに職員室に来いって言われていたっけな」
そう言うと、シンジはゆっくりと重い腰を上げた。
「じゃあ、シロ、クロ。行ってくるよ。ちゃんと留守番しておくんだぞ?」
シンジは猫二匹の頭をガシガシ撫でると、そのまま自宅を後にした。
〜ネルフ本部・第一発令所〜
ここは早朝の発令所。正確にはまだ定時前であるが、常駐メンバーのほとんどが一堂に揃っていた。
ゲンドウと冬月も背後の司令席に控えている。
「サード・チルドレンの所在が判明しました」
徐にリツコが司令席のほうに向かって報告の声を上げた。
「ちょっと!それ本当なの!?」
隣に立つミサトが目の色を変えてリツコを睨む。
いつもは重役出勤なこの女が、この朝この場所にいること自体、奇跡に近い。
「赤木博士、それは本当かね?」
「はい。先程判明しました。 ──本日、サード・チルドレンは、第三新東京市立第壱中学校に転入する予定です」
リツコが手許の書類に目を落とし、淡々と答えた。
「あの学校かね──たしかダッシュ君も今日が転入日だったな」
冬月が思い出したかのように呟く。
「はい(…まあ、そのお陰でサードの所在が判明したんだけどね)」
リツコは何故か煮え切らない様子であった。
サード・チルドレン、碇シンジの所在は、つい今しがた判明したばかりであった。
だが、本来ならばもっと早くに判明して然るべきであった。
そのためにシンジが一週間も前から、いろんな所でわざと形跡を残しまくっていたのだから。
これはシンジにとっても予想外だっただろう。無駄骨だったとも言える。
MAGIの能力を使えば、シンジの残した形跡を見つけ出すことは造作もないことなのだ。
シンジはこの点に関してだけは、MAGIに許可を与えていたのだ。
──ネルフが僕を探そうとしても邪魔しなくてもいいよ、と。
だが、結果としてMAGIは見つけることができなかった。 ──いや、見つけようとさえしなかった、がより正しい表現かもしれない。
MAGIは現状、某鬚男の個人的な要求にほとんど全ての能力を割いていたのだ。
しかもサードの少年を見つけたのはMAGIではなく、まったくの偶然からであった。
実は、ダッシュの転入に際して、リツコが何気なく第壱中学校の転出・転入者リストを眺めていたとき、ダッシュの他にもう一人、「碇シンジ」という名前が目に留まったからだ。
「ふむ。しかしサードの所在がわかったのは僥倖と言えるだろう。これで打つ手もいろいろと考えられるというものだ」
自らの顎に手を掛け、しみじみと話す冬月。
(第四使徒の襲来も近い。ここは無理をせず、まずは穏便に接触してみるほうが上策だろうな)
彼の頭の中では、いくつかの穏便策・懐柔策を思い描いていた。
「…ミサト。言っておくけど、勝手に突っ走らないでね」
リツコが横目で釘を刺す。
(貴女のとばっちりを食うのはもうゴメンだわ)
しかし、この女に言葉だけで釘を刺しておくレベルで本当に大丈夫なのだろうか。
もっとこう、首に縄を掛けておくとかの措置が必要なのではないだろうか。
「……」
ミサトは黙ったままだ。俯いて思案に暮れている。
また良からぬことでも考えているのか?
自分が法、自分こそが正義、世界は自分を中心に回っている──本気でそういった勘違いをしているこの女が、黙ってサードを見守る(見逃す)だろうか?
甚だ疑わしいことであった。
「話は変わるが、ダッシュ君は葛城一尉との同居で本当に大丈夫なのかね?」
冬月は、当事者のミサトにではなく、リツコに訊いていた。
ダッシュという少年は組織上、自分直属の部下であるのだ。冬月としては、第三者の客観的な意見が聞きたかったらしい。
「…私も忠告だけはしたのですが」
おそらくリツコの意に反して、なし崩し的に決まったのであろう。リツコの口は重い。
一週間前、(ダッシュがエヴァのパイロットだと知った)ミサトの強い申し出により、ダッシュはミサトとの同居を始めていた。何故か少年も嫌がらなかったのでスンナリと決まったらしい。
その際、ミサトは少年の給与口座の通帳も強引に預かっていた。
ミサト曰く
「未成年に大金を持たせるのは教育上好ましくありません。この私が責任をもってお預かり致します」
もちろんこの事実をミサトはダッシュには伝えていなかった。伝えるつもりもなかった。いや、少年に知られることはこの女にとって甚だ都合が悪いことだったのだ。
現時点で、ダッシュは自分に給料が出ていることさえ知らないのだ。
この女、端から当然の権利、役得とばかりに着服する気でいるようである。
それにこの少年、すでに葛城邸のおさんどんと化していた。
一週間前に二人が(ジャンケンで)決めた生活当番表は、早くも有名無実化していたのだ。憐れなり、ダッシュ。
「何言ってんのよリツコ〜。ちゃ〜んとうまくやっているわよ。何も問題ナッシングぅーよ♪」
横で聞いていたミサトがヘラヘラと口を挟む。
「……」
本当かしら。ミサトのズボラでガサツな性格を知っていたリツコはそう思っていた。
「赤木博士、…例の件はどうなっている」
ゲンドウが初めて口を開いた。重苦しい重厚な口調だ。
例の件とは、失われた100兆円の捜索のことだ。そのためにMAGIの全力を割り振っているのだ。
「いえ…それがまだ何の進展も…申し訳ありません」
リツコは愛する男の期待に応えられずに、苦みばしった落胆の表情を見せた。
(クソが!!どいつもこいつも使えない人間ばかりだ!!)
ゲンドウは心内で悪態を吐き捲くっていた。
「引き続き調査を続けろ──赤木博士…私の期待を裏切るな」
ゲンドウは口許で手を組んだまま、ドスの利いた声で、鋭い目線で、リツコを睨みつけた。
「わ、わかりました!」
内心ではどうやっても無理だと思っていたリツコだったが、ゲンドウの剣幕に震え上がり、慌てて頷いた。
それに、この男から捨てられたくはなかったのだ。
ゲンドウの剣幕ぶりを横目に、冬月は話題を変えた。
「しかし、サードがあの学校に転入してくるとは。 ──勿怪の幸い、こちらの手間が省けたな」
冬月は一人口許をゆるませた。
第壱中学校二年A組──その実、エヴァンゲリオンのチルドレン候補者たちが集められ、ネルフの厳重な監視下に置かれていた。
(図らずもサードのほうからノコノコとやって来たわけか)
飛んで火に入る夏の虫とはこのことだろう。冬月は心の中でほくそ笑んだ。しかし──
「いえ、それが…」
リツコは言葉を詰まらせた。
〜第三新東京市、郊外〜
第三新東京市立第壱中学校。
街の中心部からは程遠い、小高い山の中腹にそれはあった。
近くの大通りの歩道には、あちらこちらに制服を着た中学生の姿があった。
のんびりとした朝の登校風景である。
今日は、8月22日。ついでに言うなら土曜日である。
シンジは夏の制服姿で、第壱中学校の正門前にいた。
旧世紀の日本では、8月は夏休みであったらしい。しかもゆとり教育とか何とかで、土曜日は休日であったようだ。
だがこれは、シンジたちの世代にはまったく関係のない昔話であった。
西暦2000年のセカンド・インパクトを境に、そんなものは完全に消え去ってしまったのだ。
休みなんて、日曜日と祝日のみであった。夏休みとか春休みとか、今の世の中そんなものは存在しなかった。
大人の世界でさえ、週休二日というのは極めて稀な話なのだ。
大人も子供も、そうしないと、それくらい一生懸命に働き、勉強しないと、セカンド・インパクト後の世界は生きていけなかったのである。
…もっとも、2015年の現在では復興も進み、子供たちに夏休みを、という声も出始めているのだが。
〜第壱中学校・職員室〜
ここは職員室。普通の中学生はあまりお近づきになりたくない場所である。
シンジが引戸を開けると、そこには見知った先客がいた。
銀髪の"碇シンジ"、ダッシュだ。
ダッシュはシンジを視界に捉えると、凄まじいプレッシャーをぶつけてきた。
(おいおい、朝っぱらから勘弁してくれよ〜)
シンジは多少辟易していたが、気を取りなおして挨拶してみた。
「おはよう、"ダッシュ君"。こんちまた、妙なところで再会したもんだね」
さり気なく「ダッシュ」という部分を強調するシンジ。
「…煩い。僕は碇シンジだ。お前と馴れ合うつもりはない。このニセモノめ!」
こう主張するダッシュだったが、実はネルフによって戸籍が用意され、名前は「ダッシュ」で登録されてしまっていた。
姓でも名でもない只の「ダッシュ」である。
当然、第壱中学校への転入届も「ダッシュ」で受理されていた。
これはゼーレに余計な詮索をさせない為の、ゲンドウ自らの指示であったらしい。
(ニセモノって…前に言ったはずだよ?両方が本物の"碇シンジ"だって…)
シンジは少しウンザリとしていた。
(ふう。これからコイツや綾波と一緒のクラスなのか…どうなるんだろ?)
(……)
(……)
(…まあ、大丈夫。きっと何とかなるなる♪)
シンジはポジティブ・シンキングだった。
「じゃあダッシュ君、ワシについて来てくれ」
そう声を掛けてきたのは体育会系のゴツイ男だった。確か体育担当の教諭だ。
「生憎とクラス担任の先生が夏風邪を拗らせてお休みでな。副担任のワシが案内しよう」
その教師はダッシュにそう説明していた。
(ああ、例の根府川じーさんね)
シンジはその老教師の顔を思い浮かべた。
根府川じーさん──二年A組のクラス担任で担当教科は数学。いつも授業を脱線してセカンド・インパクトの話を始める先生である。
その口癖「私は根府川に住んでいましてねえ」から、いつしか根府川じーさんという愛称で呼ばれていたのだ。
職員室を出て行く二人。
シンジも黙って二人の後をついて行く。が──
「あら、碇君。貴方はこっちよ」
そう背後から声を掛けて来たのは、見知らぬ若い女性だった。
(誰ですかアンタ?)
〜第壱中学校・二年A組の教室〜
「デゥウーンダダダダダダダダ、ドゥアアーーン」
一人のメガネの少年が模型のVTOL機を片手に奇声を上げている。
そこに現れるおさげの少女。名前を洞木ヒカリと言う。
「何、委員長?」
「昨日のプリント、届けてくれた?」
「え? …あ、ああ。いや、なんかトウジの家、留守みたいでさ」」
ギクリとするメガネの少年。机の中のプリントを思わず押し込んでお茶を濁していた。
「相田君、鈴原と仲良いんでしょ?一週間も休んで心配じゃないの?」
おさげの少女は、相田と呼ぶメガネの少年を責め立てる。
「大怪我でもしたのかな?」
「え?例のロボット事件で?テレビじゃ一人もいなかったって」
「まさか。鷹巣山の爆心地見たろ?入間や小松だけじゃなくて、三沢や九州の部隊まで出動してんだよ?絶対、10人や20人じゃすまないよ。死人だって──」
ガラガラーッ
そのとき教室の入口の引戸が開いた。
そこには、いかにも機嫌が悪そうな黒いジャージを着た少年が突っ立っていた。
「トウジ?」
「鈴原!」
メガネの少年とおさげの少女が同時に声を上げた。
「なんや、ずいぶん減ったみたいやな」
この黒ジャージの少年、メガネの少年の机に腰掛けると、開口一番に言ったセリフがそれだ。
すでにおさげの少女の姿は消えていた。結構恥ずかしがり屋さんのようだ。
「疎開だよ、疎開。皆、転校しちゃったよ」
メガネの少年は興味なさそうに、デジカメのファインダーを覗いている。
「街中であれだけ派手に戦争されちゃあね」
「喜んどるのはお前だけやろな。生のドンパチ見れるよってに」
黒ジャージの少年が呆れたように言う。
「まあね。トウジはどうしてたの?こんなに休んじゃってさ。この間の騒ぎで、巻き添えでも食ったの?」
軽い気持ちで訊いてみたメガネの少年だったが、トウジと呼ばれた黒ジャージの少年は表情を曇らせ、呟くようにそれに答えた。
「妹のやつがな、…妹のやつが、ネルフの悪いやつに捕まってもうて、命は助かったけど、ずーっと入院しとったんや」
「ん? …ああ、例のあの映像のことだね」
どうやらこの少年二人も、例のMAGIがタレ流した映像を見知っているらしい。
当然であろう。あれを見ていない人間を探すほうが、もはや難しいのだ。
「大変だったよな〜、ナツミちゃんも──って入院!?ナツミちゃんって入院してたの!? …映像では怪我はなかったはずだよ。薬で眠らされているだけだって──」
メガネの少年は驚いたように疑問を口にした。
黒ジャージの少年は、ポツリポツリと話し始めた。
「…ネルフがの、妹のやつを連れて行きよったんや。ネルフの病院に入院させるゆうて。そいで、ずっと面会謝絶やったんや。ワシら家族がどないゆうても全然とりおうてくれんかった」
少年はそのまま言葉を継いだ。
「せやけど、今朝はように妹のやつが戻ってきよったんや。そん時、ワシはまだ寝とって知らんかったけど、おじいが言うには、ワシぐらいの年格好の男が妹を背負うてきよったって話や。そいでその人が言うには、妹のやつはネルフの連中に証拠隠滅のために廃人にされる寸前やったらしいわ。妹はさっき目ぇ覚ましよった。今は家で元気にしとる」
少年の話はそこで終わった。
「それは災難だったよな。 ──でもさ、あれが本当にネルフの仕業かどうかは、まだわからないんじゃないの?ネットでも意見が分かれているし。それにその少年の言うことだってさ、本当かどうか怪しいもんだよ?」
このメガネの少年は、自他ともに認めるミリタリーマニアであった。
特にネルフという組織には憧憬の念があり、どうしても贔屓目ありの色メガネで見てしまうのだ。
だが目の前の少年は気色ばんだ。
「クッ。どないもこないもあるかいっ。おとんが働いとるとこやし、強うは言わんけど、ワシはネルフっちゅうとこは好かん!あないなとこ信用できひん!妹をあんな目ぇ遭わせおってからにー!」
続けて怒鳴る。
「ネルフも、あのネルフのロボットも、メチャメチャ腹立つわ!」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という心境だろうか?
例のMAGIが流した映像は、初号機の内蔵カメラ視点で撮影したものであるから、初号機がトウジの妹を救った事実は映っていなかったのだ。当然、パイロットの姿も、声もである。
悲しいかな、カメラマンは自分自身の活躍を撮影できないのだ。
「それなんだけど、聞いた?転校生の噂」
メガネの少年が耳打ちする。
「転校生?」
「今日来るみたいなんだ。 …でも、あの事件の後にだよ?変だと思わない?」
そのとき、
ガラガラーッ
一人の教師が教室に入ってきた。
「きりーっ!」
クラス委員であるおさげの少女、洞木ヒカリの号令が教室に響いた。
〜第壱中学校・二年B組の教室〜
(ありゃ?)
目の前のプレートには「2−B」の文字。
二年B組──シンジが案内されたのは二年A組ではなく、その隣にある二年B組だった。
(えーと…)
シンジはダラダラと冷や汗を流していた。
これはシンジにとっても、そしてネルフにとっても、予想外の出来事であった。
考えてみれば、当たり前のことだ。
シンジはネルフ経由ではなく、個人で転入手続きをしたのだ。
二年A組はチルドレン候補生のみのクラスだ。ネルフを通さない一般の転校生風情が、おいそれと入れるクラスではないのだ。
(……)
(……)
(ま、いっか♪)
シンジはあっさりと順応したようだ。
「みんなー。今日は転校生を紹介するわよー♪」
教室の中で女の先生が叫んでいる。
ちなみにシンジは廊下で待機している。
「碇君、入って来ていいわよ♪」
女の先生は、廊下のシンジに声を掛けた。
(そういえば思い出した。あの女の人、隣のクラスの担任だった先生だ。確か大学を出たばかりの英語の先生だって、ケンスケが言ってたな。名前は確か…朝比奈ハルカ)
シンジがうろ覚えなのも無理はない。2−Aの英語担当は彼女ではなかったのだ。
しかも前回のシンジは社交性ゼロ。ほとんど顔も合わせたことがなかった。
それに、シンジにもすべてがわかるわけではないのだ。これは、ある理由から自らの【記憶】に制限をかけているためだ。
知ろうとしないかぎりは、シンジでもわからないことがあるのだ。
(まあ、クラスメイトの簡単なプロフィールくらいは【記憶】から引き出しておいたほうがいいかな)
ガラガラーッ
シンジは引戸を開けて、教室の中に入る。緊張の一瞬だ。クラス全員の好奇の目がシンジに集まる。
昔のシンジなら、この独特な雰囲気に呑まれていたことだろう。
だが今のシンジは、こんなことなど屁でもなかった。
シンジはスタスタと教壇の横まで歩くと、一段高いそこから教室全体を見渡した。
(うっわ、男子少ねえー)
見ると、全体の三分の二は女子だ。これは隣の二年A組も同様である。
(環境ホルモンの異常とかで女児出産が多いのかな?)
シンジはアホなことを考えていた。
(しかし、ほとんど見覚えがない顔ばかりだなー。まあ、当たり前か)
カツカツカツカツ
ハルカがシンジの名前を正面の黒板にデカデカと板書した。
「はい。じゃあ、碇君。自己紹介、お願いね♪」
パンパンと手を打ちチョークの粉を払うと、ハルカは横に立つシンジに促した。
シンジは教壇の前に立つと、明るく元気よく挨拶を始めた。
「長野の第二から引っ越して来ました碇シンジです。こっちには(自分の)仕事の都合でやって来ました。皆さんよろしくお願いします」
シンジは丁寧によそ行きの挨拶をして、深々と頭を下げた。
一拍後、ゆっくりと頭を上げると、狙ったかのように満面の笑みを披露した。
「「「「「!!!!」」」」」
途端にクラスがどよめき立った。
(きゃああああああああ〜〜)
(当たりよぉ〜〜)
(いやーーん、どうしよ〜〜)
(やだアタシ、髪変じゃないかしら〜〜?)
(好き!!好きなのよ〜〜)
(アタシと結婚して〜〜)
(ダメよ〜、この子は教え子なのよ〜。 …でも禁断の恋ってのもちょっといいかも〜〜)
(敵だー!!コイツは俺たちの敵だー!!)
(売れる、これは売れるぞ〜〜)
教室は熱狂のるつぼと化していた。
約一名、隣のクラスの奴が混じっていたが。
〜第壱中学校・二年A組の教室、その数分前〜
「ダッシュです。よろしくお願いします」
ダッシュは簡単な自己紹介を終えていた。
そして教室の全景を見渡す。懐かしい顔ぶれが並んでいた。
(あ、トウジもちゃんといる。よかった。妹さん無事だったんだ)
少年は安堵の息を吐いた。
ダッシュは、第三使徒戦のことはすべての経緯を知らされていたわけではなかった。
ネルフでは今も緘口令が敷かれているのだ。
当然、MAGIが流した例の映像のことも知らなかった。
ネルフから教えてもらったのは、例の黒髪の少年が初号機に乗って使徒を倒したということぐらいである。
(綾波、トウジ、ケンスケ、委員長、そしてクラスのみんな、…安心していいよ。この僕がきっと守ってあげるから)
少年は感慨に耽っていた。
(((((ダッシュ?外人さん?)))))
教室の面々は、違和感ありありで目の前の少年を凝視していた。
銀色の髪に紅い瞳。顔の造りは日本人っぽいが、その容姿はどう見ても外人だ。だが流暢な日本語を喋っている。
(でも、わりと美少年よね。ちょっと線は細いけど)
(あの紅い瞳もちょっとエキゾチックよね〜)
(なかなかいいかも〜)
一部のミーハーな女子が騒いでいた。
隣に立つ体育教師が声を上げる。
「よーし、じゃあダッシュ君は空いている席にでも座ってくれ。あと、この時間は自習とする。だが羽目を外すんじゃないぞー。俺も後で見回りに来るからなー」
最後にガハハと笑い、その教師は教室から出て行った。
ダッシュはあたりを見回す。空いている机はチラホラとあった。
少年は少し考えた後、向かったのは、前回の自分の机ではなく、最後列の机だった。
少年は隣の席の少年に挨拶をした。
「おはよう」
「お、おう。おはようさん…」
黒ジャージの少年が面食らって答える。
「君もおはよう」
「お、おはよう…」
メガネの少年もポカンとしている。
周りのクラスメイトも呆然とそれを見ていた。
彼ら(というより彼女ら)も転校生の側に寄って行きたかったが、早々と例の二馬鹿と会話を始めたので、近づくチャンスを逸していたのだ。
「僕は、いか…じゃなくて、ダッシュ。よろしくね」
ダッシュは爽やかに挨拶した。
「お、おう。 …なんや外人はんのくせに日本語メッチャ上手やねんな」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど」
「ふーん、まあええわ。ワシは鈴原トウジ。トウジでええで」
「俺は相田ケンスケ。ケンスケでいいよ」
(よかった。また二人と仲良くなれたよ)
ダッシュはしみじみと喜びを噛み締めていた。
そのときケンスケが呟いた。
「でも転校生は確か二人って話だったけど…あ、そうか!もう一人は隣のクラスなんだ!」
「なあ、ダッシュって、あのロボットのパイロットなのか?」
ケンスケが小声でダッシュに訊いてきた。
ガタッ
「なんやてぇー!?」
横でそれを聞いていたトウジが思わず大声を張り上げた。
周りのクラスメイトたちも、何事かと振り返る。
「!?」
「シィーーッ! …トウジ、声がでかいよ」
ケンスケがたしなめる。
ダッシュはというと、トウジのいきなりの豹変に目を丸くして固まっていた。
それに気づいたケンスケが、薄笑いしてフォローする。
「ああ、こいつ、妹さんのことで(ネルフに)恨み持っててさ…」
(!! …じゃあやっぱりトウジの妹さんって、あのとき怪我をしていたんだ)
ダッシュは愕然としていた。
(クソッ!アイツのせいだ!アイツが無茶な闘いをしたからトウジの妹さんがそんな目に!)
ダッシュはギリリと歯噛みした。
少年は、まったく独りよがりの勘違いを続けていた。
「…その、妹さんの怪我って酷いの?」
ダッシュは恐る恐る訊いてみた。
(前回は確か瀕死の重傷で、治療の甲斐なく亡くなったんだよな…)
──本当はネルフによって殺されたのだが。
自分のせいではないが、やはりダッシュは気になるようだ。
それに、あまり使いたくない手ではあるが、ダッシュには奥の手があった。
使徒化すれば、自分の眷属とすれば、瀕死の命でも救えるのだ。
ただ、代償として人間ではなくなるのだが…。
それでも、トウジの妹に命の危険があるのなら、ダッシュはそれもやむなしと考えていた。
──本人の同意なしに甚だ迷惑な話である。この少年、些か独善的すぎるきらいがあった。
「ん?ああ、それはもう平気や。今は家で元気そうにしとる」
トウジのその言葉に、ダッシュはホッと胸を撫で下ろした。
「妹さん、一週間も入院してたんだ。シスコンのトウジも心配だったんだよ」
「じゃかましい! …んなこたどうでもええ。で、お前はあのロボットに乗ってたゆーんか?」
凄い剣幕でトウジはダッシュに詰め寄っていた。
「ち、違うよ。僕は乗ってないよ」
ダッシュは気おされて、ぶんぶんと首を横に振った。
まあ、本当のことである。もっとも後で乗っても動かせなかったのだが。
「ええ〜!?そんなぁ〜〜」
逆に落胆したのはケンスケのほうだった。情けない声を上げていた。
ケンスケは、エヴァのパイロットとお近づきになれると思っていたのだ。
そしてそれをコネにして、ゆくゆくは自分もエヴァのパイロットになるという野望を抱いていたのだ。
そしてその先には、約束されたバラ色の人生が…。
ここでダッシュの瞳が怪しく光った。
何か悪巧みを思いついたらしい。
「ここだけの話だけど、僕、そのパイロットに心当たりがあるんだ」
ガタッ×2
「「なんやと!!(だって!!)」」
二人の少年は大声を張り上げた。
「シィーーーーッ! …声が大きいよ」
トウジとケンスケはゴクリと固唾を飲み込んで、目の前の少年の言葉を待った。
「実はね──」
ダッシュは、あのロボットに乗ったのが黒髪のシンジだということを、その場で恣意的に漏らしていた。
醜く歪む少年の口許。
(ふん、いい気味だ。トウジの妹さんが味わった痛みの一端でも思い知ればいいよ。 …さあどうする、ニセモノめ!)
この少年は、まったくのお門違いの意趣返しをしようとしていた。
そのとき、ダッシュは気がつかなかったが、その表情を見つめる一つの紅い視線があった。
綾波レイという少女が、その様子をジッと凝視していたのだ。
〜第壱中学校・二年B組の教室、現在に至る〜
「朝のS・H・Rはこれで終わりとします」
ハルカはそのまま言葉を続ける。
「一時間目は私の授業だけど…まあ、皆も転校生といろいろ話をしたいでしょうから、そうねえー、15分だけ自習にしましょうか」
ハルカが気を利かせて粋な提案をした。
「やった〜」
「さっすがハルカ先生、話がわかるう〜♪」
あちこちから生徒たちの賛辞の声が上がった。
どうやらこの先生、生徒たちにかなり人気があるようだ。美人なのに気さくな性格のためか、女子生徒のウケもいい。
(どこかの呆けじーさんとは大違いだよな)
シンジは頭の中で失礼なことを考えていた。
「でも羽目を外しちゃだめよ。隣は授業中なんだから♪」
ハルカはそう言うと、投げキッスをして教室を出て行った。
シンジは適当な空いている席に腰を下ろすと、ふうと息を吐く──暇もなく、
「ねえねえ、碇君って彼女いるの?」
いきなり、見知らぬ女子がズイっと身を乗り出して訊いてきた。
見ると、ポニーテールの髪をした活発そうな娘であった。なかなか可愛い。
「へ? …あ、いないけど」
あまりに突然のことでビックリしているシンジ。
「ほんとー!じゃあ、アタシ立候補しようかなー♪」
その女子はシンジの右腕にしがみ付く。
(む、胸が…)
ちょっと焦るシンジ。頬も少し紅い。
「ちょっとサナエ!!あんた何抜け駆けしてんのよ!!」
「そーよそーよ!!」
──抜け駆けはしない。
女子たちの間で、今まさに、暗黙のルール、鉄の掟、紳士協定ならぬ淑女協定が結ばれようとしていた。
「うわ…」
シンジが気づくと、自分の周りは女子一色だった。
真夏にこれは、ちょっと暑苦しい。
ある女子なんか、どこからか椅子を持ってきてシンジの隣に陣取っていた。
腰と身体がピッタリと密着している。さり気なく手も握られている。
「……」
(なんでこんなにモテるんだ? ──前回と容姿は同じはずなんだけど…)
シンジは面食らっていた。前回は全然こういった反応はなかったのだ。まあ、クラスは違ったが。
シンジは気づいていないが、前回と決定的に違う点が一つあるのだ。
それは──「雰囲気」である。
いくら擬態で隠そうとも、生物の進化の頂点に君臨した男の魅力が漏れているのだ。
女子たちは、本能でそれを感じ取っていたのだ。
少し艶かしい話ではあるが、彼女たちの行動原理は、優秀な男の遺伝子を残したい、強い男の子供を生みたい──その一点にあるのだ。それは本能レベルの、無意識下の行動といってよかった。
もっとも、さすがに彼女たちも、シンジ本人もそのことには気づいてはいなかったが。
女子たちは矢継ぎ早に質問を繰り出していた。
「趣味はなあに?」
「えーと、人殺…ゲフン、ゲフン──りょ、料理、かな(汗)」
「すごーい! 料理できるんだー! …ねえ、今度私にも教えてくれる?」
その女子は小首を傾げて上目遣いで訊いてくる。なかなかツボを押さえた攻撃である。
「え? …あ、ああ。いいけど」
「どこに住んでるの?」
「えーと、仙石原の…美術館の近く、かな」
「へえー、マンション?」
どうでもいいだろう、そんなこと。
「いや、一戸建てだよ」
「お父さんとお母さんと一緒に暮らしてるの?」
「あ、いや。父親とは別居なんだ。母親はその、いないんだ(…クロはいるけど)」
「あ…ごめんなさい。私…」
マズイことを訊いてしまったとシュンとなる女子。
「ああ、いいんだよ。全然平気だから」
ニッコリと微笑むシンジ。
だが、これは余計なことだった。自分で自分の首を絞めていた。
(((((なんて健気なのぉ〜)))))
彼女たちの母性本能を覚醒させてしまっていた。
「じゃあ一人暮らしなの?」
女子の一人が嬉々として訊ねる。
「えーと、猫が二匹いるけど…まあ今はそうだね」
「じゃあ今度遊びに行ってもいい?(きゃっ)」
「あ〜、私も私も〜〜!!」
「今度お料理作りに行ってあげる〜〜(ポッ)」
「…えーと、それは…構わない…けど(大汗)」
シンジは助けを求めて辺りに視線を泳がせるが、…誰もいない。
女子は全員、自分の周りにたかっているし、男子は嫉妬の情念を燃やしてこちらを睨みつけている。
(ううう、誰か僕に優しくしてよぉー)
「ちょっと貴女たち!いい加減にしなさいよ!転校生、困っているでしょう?それに今は自習とはいえ授業中なのよ!」
突然、前方から叱責する声がした。
見ると、一人の女子が腕を組んで仁王立ちしていた。
艶のある長い黒髪を腰の後ろで黄色いリボンで結んだ、活発そうな女子だった。所謂、美少女である。
(あの髪型、なんとなくゾフィーに似てるよなー)
「なによ、委員長ー。ちょっとくらいいいじゃないの〜」
「大目に見てよ〜、もう〜堅いんだから、委員長は〜」
女子たちは次々と不満を口にする。だがそこに陰険な雰囲気はなかった。
(この子、委員長なのか。そういえば隣のクラスの洞木さんとは共通した雰囲気があるよな)
「はいはい。それくらいにしとかないと、転校生が困ってるわよ。嫌われちゃうわよ?」
彼女の最後の一言が効いたのか、女子たちは渋々とその場を解散していった。
「あの、ありがとう。助かったよ。その…えーと」
「フフ。私の名前はカンナよ。月野カンナ。ここのクラス委員をやっているわ。皆からは委員長って呼ばれているけどね。 ──よろしくね、碇シンジ君」
カンナという名前の可憐な少女は、にこやかに声を掛けてきた。
「!? …うん、よろしく。カンナさん(ニッコリ)」
だが、シンジは表の表情とは裏腹に、心の中では警戒信号を発していた。
(──何者だ? …前回の歴史、【記憶】にはなかった名前、人間だぞ)
サード・インパクト後の紅い海の中には存在しなかったその少女の瞳を、シンジはジッと見つめた。
「あら?いきなりファーストネーム?」
「あ、ゴメン。そんなつもりはなかったんだけど(アセアセ)」
(──偶然にしては出来すぎだよね。だってここは"黒き月"の直上なんだし)
シンジは表情の裏では思案に暮れていた。
「別にいいわよ?碇君の呼びたいように呼んでくれて」
「そう、わかった。ありがとう、カンナさん(ニコニコ)」
(──それに彼女の【魂魄】の構成パターン、この星の生物、つまりリリス由来のものじゃないぞ?)
(──どうする?直接彼女の記憶を覗いてみるか?)
シンジは彼女の正体に迫ろうとしていた。
「フフ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしく頼むよ(ニカッ)」
(…ま、いっか。別に実害なんてないだろうし…それに面倒臭い)
シンジはあっさり断念していた。 …おいおい、それでいいのか?
月野カンナ──何者であろうか?
今はまだ朝の一時間目。
先程、ハルカが教室に戻ってきて授業が再開されていた。
シーンと静まり返る教室に、ハルカのテキストを朗読する声だけが響く。
綺麗で滑らかな発音だ。所謂、クイーンズ・イングリッシュのアクセントであろうか。
「I loved you.」
「I am a teacher and you are my student...」
「However, I can not give up you.」
「Jesus our Lord is blessing us!」
英語の授業は粛々(?)と続いていた。
ピピッ、ピピッ
シンジのノートPCの液晶画面に、チャットのコールサインが点滅していた。
「?」
シンジは不審に思いつつも、チャットを開く。
《碇くんが、あのロボットのパイロットというのはホント? : Y/N》
例のメッセージだった。
(いや懐かしいな。前回と比べて一週間早いイベントだよね。 …でも転校初日だよ?いくらなんでも早すぎるんじゃないの?)
シンジは少し訝しがった。
周囲を見回すが、怪しい人間はいない。 …トロンとした熱い眼差しを送り続けている女子は多々いたのだが。
(うーむ。前回だとこのイベントがあった日にトウジに殴られて、シャムシエルが来たんだっけ)
(まあ、シャムシエルが来るのはあと一週間先だけど…正直、これもどうなるかわからないんだよなー。
使徒襲来スケジュールも、これからも変わらないって保証はどこにもないし…。誰かさんのせいで)
そんなことを考えていると、
ピッ
次のメッセージが送られて来た。
《もー、アタシ知ってるんだからー。本当のこと言っちゃいなさいよー? : Y/N》
だがシンジは無視する。
ピッ
《ねえねえ、アタシにだけコッソリ教えてよー♪ : Y/N》
無視する。
ピッ
《イチ、ニイ、サン、ハイ! 碇君はパイロット? : Y/N》
……
ピッ
《アタシ、碇君のファンなの。教えてくれたらアタシの大事なもの、ア・ゲ・ル♪(ポッ) : Y/N》
…プチッ
いい加減煩わしくなってきたようだ。
(誰だこれ? …しょうがない。逆探してみるか)
カタカタカタカタ
シンジはキーボードに指を滑らすように叩く。そして──
(ふむふむ。こいつか。こいつのMACアドレスを…この学校のサーバーの登録簿で…照会してみれば…あった! ──へ!? …ケ、ケンスケ〜!?)
シンジは心の中で絶叫していた。
(…あいつ、わざわざ隣のクラスからチャットしてんのか!?しかも女言葉。 …ネカマかあいつは?)
シンジは、ハァーッと盛大な溜め息を吐いて、自分の机に突っ伏した。
暫くして、シンジはカタカタとキーボードに指を走らせた。
《あー、2年A組のネカマな相田ケンスケ君、授業中にイタズラはやめましょう。とても迷惑です。碇シンジより》
最後にエンターキーをパンと叩いた。
『げぇっ!!』
突然、教室の黒板の向こうから素っ頓狂な声が聞こえた。かなりの大声だった。
クラスの皆も何事かと驚いている。
数拍後、
『ゴチン!!』
これまた、ものすごい音が聞こえた。
黒板の先、2−Aの教室ではというと、
ケンスケが自らの頭を押さえて、自分の机で苦しみ呻いていた。
どうやら教師から特大のゲンコツを貰ったらしい。
周りのクラスメイトたちも冷ややかな視線を送っている。トウジでさえも呆れている。
ケンスケにとって不幸だったのは、今日この日、穏健なクラス担任の教師が休みだったことだろう。
この時間は数学の時間で自習だったが、副担任である体育教師の男がそのまま居残っていたのだ。
ケンスケ、厄日であった。
〜第三新東京市、シンジの自宅〜
今は正午過ぎ。
シロとクロは自宅のリビングで、シンジが用意してくれたお弁当を開いていた。
『はあ…シンジは今頃何してるのかしらね』
クロは盛大に溜め息を吐いた。
何度目の質問だろうか。質問というよりは、自問、独白の類である。
『まだお昼を過ぎたばかりだから、四時間目の授業の真っ最中だと思うよ』
シロは律儀に返していた。
『…ゲンドウさん、今ごろ何しているかしら』
クロはまたこの言葉を繰り返していた。
『……』
シロは黙して語らない。答える気すらない。
『…やっぱり教えてくれないのね』
わかっていたが、クロは訊かずにはいられなかった。
クロのジト目にシロは素っ気なく答える。
『…それは僕の口からは言えない。シンジに直接訊いてよ』
(訊いても教えてくれないから、シロに訊いてるんじゃない!)
クロは心の中で愚痴る。
実際、クロはシンジにも同じことを訊いていた。
だが、シンジの答えはいつも、
「やだ」
「めんどくさい」
「シロに訊けば?」
の三連呼であった。
とりつく島さえなかったのだ。
(やっぱり、シンジってば、ゲンドウさんのことを避けているの?)
クロの一番の疑問であった。
何故、父親に会わない(クロを会わせてくれない)のか。
何故、父親と一緒に生活しないのか。
…やはり避けているのだ。クロはそう推測していた。
(反抗期なのかしら?)
この子にしてこの親あり。クロはどこかズレているようだ。
実際は、シンジはゲンドウを避けているどころか、憎んでいるのである。いや、殺すつもりなのだ。
シンジの真意を知ったとき、クロは一体どうするのだろうか?
シンジにつくのか、ゲンドウの側につくのか、それとも──
『…勝手にゲンドウさんに会いに行ったら、シンジ、やっぱり怒るかしら?』
クロがボソッと独白する。
『さあ?どうだろうね』
それはそれで、喜ぶかもしれない。楽しみのバリエーションが増えたとかいって。
(それ以前に父さんには会えないと思うけどね。猫なんだし)
シロは冷静に判断していた。
第一、コミュニケーションがとれないのだ。
言葉は通じないし、エンピツも握れない。パソコンのキーボードすら叩けないのだ。
それに子猫の身で、ネルフのゲートまでどうやって行こうというのだ?
よしんば、ネルフのゲートに辿り着けたとしても、そこで門前払いを食らうのが関の山だ。
下手をすれば保健所行きだ。最悪、その場で殺されてゴミ箱行きという可能性もありなのだ。
シロは最悪のことを考えて、ぶるっと身震いした。
『…そのうち会えると思うよ(否応なしにね)』
シロは薄笑いを浮かべて答えた。
(たぶん次の使徒の襲来前後で、シンジは接触する気じゃないのかな)
これはシロの推論であったが、シロには不思議と確信があった。
いつしか二人(二匹?)の間には静寂が訪れ、聞こえるのはお弁当を咀嚼する音だけだった。
『……』
『……』
『…お弁当美味しいわね』
『…うん』
何とも味気ない会話だった。
〜第壱中学校・二年B組の教室〜
キーンコーンカーンコーン──
四時間目終了のチャイムが鳴った。教室の時計を見ると、もうお昼の12時半だ。
(そういえばお腹が空いたな)
シンジは自らの腹を擦った。
平日ならここでお昼休み、お弁当タイムとなるわけだが、生憎と今日はそれはない。
今日は土曜日なので、半ドンなのだ。
クラスメイトたちは、各々カバン片手に帰る準備をしていた。
とはいっても、まだ帰れるわけではない。これから掃除タイムなのだ。
もっとも、どこにでも要領のいい生徒(特に男子)はいるもので、そういった輩はちょくちょくサボったりしていた。
シンジはというと、転校早々、教室の掃除の週番に割り振られていたので、いそいそと真面目に掃除を始めていた。
特に皆が嫌う雑巾掛けなどを抵抗なくやっているシンジの姿に、クラスメイト(性別は偏っているが)は感動の眼差しを向けていた。
もちろんシンジは狙ってやっているのではない。地なのである。
「碇君、手伝うわ」
そう声を掛けてきたのは、クラス委員であるカンナだった。
「あ、うん。ありがとう」
そう言うと、二人で黙々と水仕事を始めていた。
もはやシンジは、彼女の正体のことなど気にしていないようだった。それでいいのか?
(…しかし普通リノリウムの床を雑巾掛けするかな?塩ビじゃないんだよ?)
そうは思っていたが、黙って拭き掃除を続けるシンジだった。
(((委員長、これは抜け駆けよー)))
外野は随分と気を揉んでいたようだ。
さて、教室の掃除も滞りなく終わり、今は放課後である。
シンジが帰り支度をしていると、突然、背後から肩を掴まれた。
「おう転校生、ちょい面かせや」
シンジが振り向くと、そこには黒ジャージ姿の少年、鈴原トウジが憤怒の表情で仁王立ちしていた。
そのすぐ後ろには、金魚のフンみたいにメガネの少年、相田ケンスケが張り付いている。
(トウジ、ケンスケ、本当に久しぶりだね。でも、トウジ…なんか機嫌が良くないみたいだ)
「トウ…誰だい、君たちは? …それにいきなり顔を貸せってどういうことさ?」
一応初対面なので、シンジは当たり障りのない挨拶をしてみた。
だがトウジは凄い剣幕で怒鳴った。
「じゃかーしい!黙ってついてきたらええんや。ガタガタぬかしとったら、どたまカチ割んどー!」
シンジは制服の裾を引っ張られて、強引に教室の外へと連れ出されていった。
ちなみに、一部始終を目撃していた数人のクラスメイト(性別に偏りあり)が、青くなって、こっそりと後をつけて行ったのは、また別の話。
〜第壱中学校・体育館裏〜
ここは第壱中学校の本校舎と体育館に挟まれた場所。通称、体育館裏。
呼び出しを受ける定番スポットである。
だが、シンジの記念すべき呼び出し第一号は、女の子からの告白ではなかった。
「お前があのロボットのパイロットっちゅーのはホンマか?」
トウジは憤慨した様子でシンジに詰め寄った。こめかみには青筋が浮かんでいる。
「違うよ」
シンジは即答した。
(だってチルドレンになった覚えはないからね)
だがトウジはその返事を無視して(だったら最初から訊くなよ)、
「嘘つくな、このダボが!」
いきなりシンジの胸倉をグイと掴み上げて怒鳴った。そして──
バキーーーーッ
そのまま、殴り倒されるシンジ。
(結局、殴られたか。 ──でもおかしいよな。トウジの妹はちゃんと助けたんだけど…特殊監察部の二人からも、マッド医師三人からも。 …僕、また何かチョンボでもやらかしたのかな?)
だが、シンジに非はない。
これは某少年の策略であるのだ。
シンジがいろいろと考えを巡らせていると、トウジが口を開いた。
「すまんなあ、転校生。ワシはお前のこと、どつかなアカン。どつかな気ィすまへんのや」
(…そのセリフは殴る前に言って欲しかったよ、トウジ)
上半身を起こし、口許の血(擬態だけど)を手で拭うシンジ。
ケンスケがそれを覗き込んで、冷たく笑って言った。
「悪いね。この間の騒ぎであいつの妹さん、酷い目に遭っちゃってさ。ま、そういうことだから」
(何がそういうことなんだよ。全然、話が見えないよ)
そう言うと二人は立ち去ろうとする。
その二人の背中に向かって、シンジが小声で申し訳なさそうに語りかけた。
「…あの、全然話が見えないんだけどさ。理由を説明してくれないかな?」
「(クッ!)」
その言葉を聞き咎めたトウジがピタと立ち止まり、踵を返してシンジの許へ詰め寄った。
そして再び(倒れている)シンジの胸倉を掴み上げた。
トウジはジッとシンジの目を睨みつける。
言い訳を口にするような情けない男を、蔑み、哀れむような目だった。そして──
バキーーーーッ
シンジは再度、殴り飛ばされた。
「ペッ」
トウジは唾を吐きつけ、二人はその場を立ち去った。
(ハア、何なんだよ?一体…)
シンジは半ば茫然としていた。
その様子を校舎の陰から見ていたクラスメイト(♀)たち。
ワナワナと怒りに震えている。
(私の碇君になんてことするのよ!)
(誰よ、あのジャージとメガネは!)
(A組の鈴原と相田よ。これはお仕置きが必要だわね)
(ヒカリもあんなのがいいなんて…神経疑うわ)
二馬鹿コンビの評判が地に落ちた瞬間であった。
「…黙って殴られてみたけど、やっぱり何の感慨も起きないや」
仰向けに寝そべっているシンジ。
雲一つない抜けるような青空を見つめながら、シンジは自嘲の笑みを漏らしていた。
シンジは無言で空を見上げている。
(……)
(……)
(…?)
ふと何かの気配に気づき、シンジが横に視界をずらすと、そこにはレイが立っていた。
すでにギプスも包帯もとれており、その美しい顔には傷の一つも見当たらない。
レイは、倒れているシンジをただジッと見下ろしていた。
「──やあ、綾波。 …随分と情けないところを見られちゃったね」
シンジは上半身だけ起こすと、照れ笑いをした。
「……」
レイはシンジの許に静かに歩み寄る。
そしてその場にしゃがみ込むと、目の前のシンジの顔をマジマジと見つめた。そして──
スッ
「あ」
レイは白く清潔なハンカチを、シンジの左頬にそっと当てていた。
「…血が出てる。痛くない?」
優しく労わりの言葉を掛けるレイ。だがその表情はとても悲しそうだ。
シンジが傷ついたことが、自分のこと以上に辛いのであろうか。
「ああ、大丈夫だよ(…これ擬態なんだし)。心配してくれてありがとう」
少し良心を痛めつつも、少年は柔らかく微笑んだ。
少年はその少女の手を取って、ゆっくりと立ち上がった。
さてこちらは、その二人のただならぬ様子を校舎の陰から窺っていたクラスメイト(♀)たち。
(なに?なんなのよ、あの雰囲気は?)
(キーーッ、私の碇君に馴れ馴れしすぎよーー)
(あれって隣のクラスの綾波さんよね。 …二人ってば知り合いだったの〜〜)
メラメラと嫉妬の炎を燃やしていた。
(綾波、何故そんなニセモノを庇うんだ?)
反対側の校舎の陰からは、トウジたちを焚きつけた張本人である銀髪の少年が歯軋りしていた。
シンジがトウジに殴られたときは、自業自得だとほくそ笑んでいたが、直後にこの展開である。
(クソ!!綾波やアスカに相応しいのは、この僕だっていうのに!!)
こちらは理不尽な嫉妬の炎を燃やしていた。
〜ネルフ本部・第一発令所〜
ところ変わって、ここはネルフの発令所。
そこには、お昼休みの最後の余韻に浸っているリツコとマヤの姿があった。
「ふう…ようやく一息吐けましたね」
自らの肩を軽くトントンと叩きながら、少し疲れた様子でマヤが呟いた。
左手には熱いお茶の入ったピンクのマグカップ。一服の最中であろうか。
「MAGIを使わない、サブシステムだけでの作業が、こんなに大変だとは思いませんでした」
マヤは苦笑いを浮かべて、一口お茶をすすった。
「そうね。まさにMAGI様様ね。ご苦労だったわね、マヤ」
リツコは労いの言葉を掛ける。
「えへへへ♪」
マヤは嬉しそうに照れ笑いを浮かべている。
実はマヤは、リツコの助力なしに第三新東京市の使徒迎撃用の管制システムの最終テストを任されていたのだ。
しかもMAGIのフォローなしで、である。
このためマヤは、この一週間、ネルフへの泊り込みを余儀なくされていた。
何故、MAGIを使えないのかというと、ここの司令の個人的な理由、我儘のためであった。
リツコはMAGIに、その作業につきっきりで当たっていたのだ。ここ数日、徹夜までしてだ。
だが成果はまるでなかったらしい。完全に暗礁に乗り上げていたようだ。
プシューー
そのとき発令所の上部、司令席の後方のドアが開いた。
そこには初老の男、冬月の姿があった。
椅子から立ち上がり、ビシッと姿勢を正して冬月のほうを向くリツコとマヤ。
「ああ、構わん。まだ昼休みだ。くつろいでいてくれたまえ」
冬月はそう言うと、司令席に座って、徐に持参した弁当を広げた。
見ると、無粋なアルミの弁当箱に、白飯と梅干、真っ黒に焦げた玉子焼きとキャベツの千切り(というよりはブツ切り)が所せましと詰まっていた。
冬月はそれを美味そうにパクついていた。
その様子を遠目で眺めていた二人がヒソヒソ話をしていた。
「(冬月副司令、最近自炊を始めたらしいですね)」
「(…なんというか、似合わないわね)」
冬月が自炊を始めた理由、それはカネがないからである。シンジに素寒貧にされたからである。
給料日まで誰かに借りればいいとは思うが、基本的に借金が嫌いな冬月は、それが出来ないでいた。
「そういえば、シンジ君とダッシュ君って、今日から学校でしたよね」
マヤが思い出したかのように呟く。
「そうね。でも今日は土曜日だから、そろそろ放課後じゃないかしら」
「中学校かあ…いいなあ…」
ぽわんとした表情で虚空を見つめるマヤ。
マヤの頭の中では、セーラー服姿の自分が、きれいなお花畑の中をスキップしていた。
「…コホン、ところでミサトの姿が見えないんだけど?」
いつもと違って静かな発令所に違和感を感じたのか、リツコは疑問の声を上げる。
「さあ? …午前中までは、そこの空き端末でゲームをしていらしたんですけど」
「……」
ごく潰し、無駄飯食い、無芸大食、役立たず、百害あって一利なし…。
彼女の親友を飾る枕詞は多々あるが、今さらながらにリツコは呆れ果てていた。
(まったくミサトは…これで給料が同じってどういうことよ!)
リツコは心の中で愚痴をこぼしていた。
実はリツコは、武官ではないため、所謂、軍の階級は持っていない。だがここネルフでは、一尉相当の待遇が与えられていた。
つまりミサトとは基本給に関しては、ほぼ同額であったのだ。
…もっとも残業手当の額が段違いではあったが。
余談ではあるが、ミサトはほとんど残業をしたことがない。毎月計上するのは、その月の基準時間のみであった。
いや、本当は(遅刻、早退、無断欠勤とかで)その時間さえも大幅に割っていた。
にも関わらず、この女、ちゃっかりと架空の残業時間を上乗せして申請していたのだ。 …タヌキである。
「まったくもう…」
リツコはこめかみを押さえて、深く嘆いていた。
だが、当のミサト本人はというと、リツコの心配をよそにとんでもない場所にいた。
プシューー
「た、たたたたた、大変です〜!!」
いつものように大食堂まで昼食をとりに行っていた日向が、かなり慌てた様子で発令所に飛び込んできた。
食事直後にダッシュしてきたのか、右腹を押さえてかなり苦しそうだ。
「どうしたのかしら、日向二尉?」
リツコが怪訝そうに声を掛けた。
「(ハアハアハア)…い、一大事、なんです!!」
日向は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
日向は目の前に置かれていたお茶──ピンクのマグカップ──を見つけると、それに手を伸ばし、一気に飲み干した。
「あ」
マヤは呆然としている。
(間接キッス──フケツ…あのマグカップ、お気に入りだったのに〜)
マヤはぷうと膨れると、日向をジト目で睨んでいた。
「プハア〜、生き返った〜!」
日向は口許を手で拭った。
「で、一体どういうこと?」
リツコが続きを催促した。
「はい。 ──さっき、ケイジの前を通ったら、作業員たちが大騒ぎしていたんです。それで気になって、何事かと訊ねたんです」
日向はなるべく落ち着いて説明しようとするが、興奮しているのかいくぶん早口だ。
エヴァのケイジは、この第一発令所と同じ深度に存在している。
そしてこの発令所からネルフの大食堂に行くための最短ルートは、ケイジの前の通路を利用することだった。
大食堂帰りの日向がその場所に立ち寄ることは、別段不自然なことではなかったのだ。
「それで?」
リツコはなおも落ち着いた様子で話の続きを促した。
もっとも数秒後には、彼女のその冷静さも木端微塵に吹っ飛んでしまうのだが、そのことをまだ誰も知らなかった。
日向は一度大きく深呼吸した後、衝撃の事実を皆に告げた。
「はい。実は──」
〜第壱中学校・正門〜
放課後の第壱中学校の校門は騒然としていた。
怪しい黒服の集団が校門付近でたむろしていたのだ。
校門を通らないと下校できない。だが怖くて近づけない。
気の弱い女子生徒などは恐怖のあまりその場で立ち竦んでしまっていた。
すでに黒服たちは校門を越えて中庭にまで侵入していた。これは立派な不法侵入である。
そのときシンジが校舎の昇降口から姿を見せた。
それに気づいた黒服たちは一斉にシンジを取り囲んだ。総勢20名ほどはいるだろうか。
そのうちの一人、黒いサングラスを掛けた和製シュワルツェネッガー男が口を開いた。
「サード・チルドレンだな?」
「違います」
シンジは即答した。
「我々に同行してもらおう」
「イヤです」
けんもほろろに拒絶する。
シンジは無視してその場を立ち去ろうとするが、背後からの声に呼び止められた。
「言うことを聞きなさい。碇シンジ君。これは命令よ!」
それまで黒服たちの背後に隠れていた赤いジャケットを着た女、葛城ミサトが叫んでいた。
「なんや、このギョーサンな人だかりは?一体何の騒ぎや?」
トウジが人垣の中に首を突っ込む。
「あ、トウジ」
「おうケンスケ、こりゃ一体どうゆうこっちゃ?」
「例の転校生が黒服の男たちに絡まれてるみたいなんだよ。たぶんアレ、ネルフの保安諜報部だよ」
「なんやと!?」
ネルフという言葉を聞いて、思わず叫び声を上げるトウジ。
彼にとってネルフとは、妹に悪さした不逞の輩、まさに敵であった。
ケンスケを押し退けて前に進もうとするトウジ。
「!?おい、トウジ、どうする気だよ?」
「ああ?いっぺんコテンコテンにいわしたんねん!」
だいぶ頭に血がのぼっているようだ。
トウジは人垣を掻き分けて、人だかりの最前列に躍り出ていた。
「なんだね、アンタたちは!?」
騒ぎを聞きつけて来た教師の一人が怒鳴る。
だが、ミサトは動じない。
「部外者は引っ込んでなさい! ──私は特務機関ネルフ、日本本部、作戦本部長の葛城ミサトです」
フンと鼻を鳴らし、ふんぞり返るミサト。恍惚とした表情で少し頬も上気している。
彼女に衆目が集まる。
(ああ、見られてる、見られてる…なんて気持ちがいいの。これって病みつきになるわ♪)
おそらく天下御免の三葉葵の印籠を見せつけたような快感に襲われているのだろう。
この女の脳内ではドーパミンとノルアドレナリンが過剰分泌されていた。
「碇シンジ君。もう一度言います。我々と同行しなさい。これは命令です」
余韻に浸っているミサトが淡々と言う。
いつもと違ってクールビューティー気どりだ。外野を意識しているのだろうか?
「イヤです」
シンジはつっけんどんに拒絶する。
「あなたに拒否権はないのよ?碇シンジ君」
女は高飛車な態度でそう告げた。
しかしこの女、学習能力がないのだろうか?
「…その法的根拠を是非知りたいものですね。この僕にネルフの特務権限とやらは適用されませんよ?」
シンジは国連非加盟国の国籍と外交官特権を手にしている。
いくらネルフといえども、表立って手出しすることは不可能なのだ。
(さて、どんな法的事由を用意してくれたのかな?)
シンジはそんなことを考えていたが、シンジはミサトという女を買い被りすぎていた。
この女、とんでもないことを言い出したのだ。
「そんなの知りません。だがら何も問題ありません。以上、説明終わり」
ミサトはしたり顔で言葉を打ち切った。
(へ?)
シンジは目を丸くして、言葉を失っていた。
「……」
この女、開き直っていた。
ミサトは暗に「それが罪になることを知らなければ、罪を犯しても罪には問われない」とほざいているのだ。
今どき小学生でも言わない屁理屈だ。
いやそれとも、「自分が正義」だから「何をしても許される」とでも考えているのだろうか?
…両方当たりのような気がする。
しかしまあ、ある意味、ネルフらしい有無を言わせぬ手段ではあった。
これ以上、この女に正論をぶつけても、馬の耳に念仏、時間の無駄だろう。
「…あんまりふざけたこと言ってると、お前、肉骨粉にしちゃうよ?」
シンジは少しキレかかっていた。
この女のレベルに付き合うのに、些か辟易していた。
「肉骨…!?」
「ああ、その前にBSE検査しないとね」
シンジは薄笑いを浮かべて、強烈な悪態を吐いた。
「ふ、ふふふふ、ふざけたこと言ってんじゃないわよ!!この、こまっしゃくれたクソガキが!!」
悪口の意味がわかったのか、ミサトが烈火のごとく怒鳴った。
(ようやく本性を現しやがったか)
シンジはニィとほくそ笑んでいた。
「やっておしまい!」
ミサトは、どっかの悪女みたいなセリフを叫んだ。
それを合図に20数名の黒服たちがシンジの前に立ちはだかった。
どうやら端から有無を言わせない気らしい。
だがこれはシンジにとっても望むところだった。
(人目が多いから「今は」殺さないけど、一生介護が必要なくらいの怪我は覚悟してもらうよ♪)
シンジは邪悪な笑みを浮かべた。
男の一人がシンジに掴みかかる。
シンジはそれをヒョイをかわすと、右手で軽く男の顔を撫でた。
「ふべらああああ〜〜〜!」
その男は、顔を醜く陥没させ、物凄い勢いで吹っ飛んでいった。
ガッシャーーーン
そして一階の校舎の窓に顔から突っ込んだ。下半身がピクピク痙攣している。
「「「!!!」」」
一瞬何が起こったかわからない黒服たち。
だが暫く考えて、目の前のこの少年がやったことだと理解すると、途端に色めきたった。
「この野郎!!」
一人の男がシンジの胸倉を掴もうと腕を伸ばす。
だがシンジはバックステップでそれをさらりとかわす。
「ここまでおいで〜、甘酒進上〜♪」
そう言うと、後ろ向きに自らの尻をパンパンと叩いて挑発した。
シンジは完全におちょくっていた。
「くそ、なめやがって!! ──貴様ら、一斉にかかれっ!!」
和製シュワルツェネッガー男の一言で、男たちは一斉にシンジに飛び掛った。
だがシンジにしてみれば、彼らの動きなど止まって見えるのだ。
シンジは冷静に作業を一つ一つこなしていった。まるで赤子の手を捻るかのように。
骨を砕き、腱を断ち切り、脳や脊髄、内臓の一部を粉砕した。
シンジが留意した点はただ一つであった。
なるべく血を流さないように、である。
(血をドバドバ出しちゃうと、周りの女子生徒たちがパニックを起こしちゃうからね〜)
黒服たちは悶絶して地面に蹲っていた。見た目には出血もなく、ただの打撲のように見える。
だが実際は、黒服たちは見た目以上にかなりの重傷を負っていた。死にはしないが、もはや再起不能だった。
もはや介護なしでは生きていけないだろう。
もっとも、ネルフがそんな彼らの面倒を見てくれるのかというと、甚だ疑問ではあったが。
「…めっさ強すぎるで。何モンやあの転校生?」
トウジは感嘆していた。先程自分がどつきたおした少年と同一人物とは到底思えなかった。
「きゃああ〜〜カッコいい〜〜碇くぅ〜〜ん」
「あーんもう、碇君ってば、ステキ〜〜〜」
黄色い声もあちこちから聞こえていた。
黒服を10人くらい再起不能にさせたときだろうか。
「このっ!!おとなしくしなさいっ!!」
パンパンパンパン
このミサトという女、あろうことか、懐のホルスターから銃を抜いてシンジにぶっ放していたのだ。
当然、ミサトが撃った弾の何発かはシンジにも命中していた。もちろんシンジは平気だが。
だが、ミサトとシンジの射線上には、とある少年もいたのだ。
シンジを掠めた一発の銃弾が、背後のその少年目がけて飛んでいったのだ。
「ギャッ!!」
「あ」(ミサト)
「あ」(シンジ)
「「「「「あ」」」」」(黒服&第壱中生徒&教師)
そして一拍の静寂後、
「「「「「キャーーーーー」」」」」
沸き起こる絹を裂くような悲鳴。
「す、鈴原ぁ〜〜〜!」
「トウジ!」
ヒカリとケンスケの叫び。
ミサトがぶっ放した流れ弾は、トウジの腹部を穿っていたのだ。
自分の腹を押さえて、大量の血の海に蹲るトウジ。苦悶の呻き声を上げている。
このミサトの行動には、さすがのシンジも虚を衝かれていた。まったくの予想外であった。
(いくらなんでも、僕を捕まえに来て、僕に向かって発砲するか?)
(しかも「おとなしくしなさい」と言いつつ発砲したぞ。何を考えているのかわからないよ)
シンジは呆れていた。
葛城ミサトという女、すでにシンジの予想を超えていたようだ。ある意味凄いことである。
この女は、カッとなると何をしでかすのかわからないところがあった。
そもそもサードを確保しに行って、そのサードを撃ち殺してしまったら、いくらなんでも本末転倒、愚の骨頂である。
しかも中学校の只中で、たくさんの生徒たちがいる場所での発砲という暴挙である。常識を疑った。
(昔の日本では、そうそうお巡りさんは発砲しなかったもんだけどな。たとえ自分が殺されるような目に遭ってもね。自戒・自重してたもんな。 …しかしこの女って、何かにつけてすぐ発砲するよな。そのへんの抵抗感というか倫理観というか、きっとスッポリと欠落しているんだろうな)
シンジはミサトの行動を冷静に分析していた。
(ありゃ、委員長──洞木さんなんて顔面蒼白だよ。かわいそうに…)
見ると、ヒカリは必死にトウジに声を掛け続けていた。その顔は青く、涙さえ流していた)
シンジはふうと息を吐くと、
(しょうがない。 ──治癒してや…げ! 先生たちがトウジをどこかへ運んで行っちゃったよ。 …たぶん、車で病院まで運ぶんだろうな。う〜ん、どうしようかな。 ──ま、致命傷ではないみたいだから、(たぶん)大丈夫かな)
シンジはそう結論した。
ちなみにケンスケはというと、青くなりながらも、苦しむトウジの姿をパシャパシャと写真に収めていた。
(ケンスケ…いくらなんでも、それはちょっと不謹慎だと思うぞ)
周囲の目が、生徒や教師たちの目が、ミサトを責めるような目で見つめていた。
黒ジャージの少年を撃ったのは、間違いなく目の前にいる、このバカ女なのだ。
その只ならぬ雰囲気を肌で察したのか、ミサトが言い訳を口にした。
「…わ、私は悪くは…ないわ…よ」
ミサトはしどろもどろに答える。目線は泳いでいる。
「も、もとはと言えば…貴方が悪いのよ。貴方がアタシの言うことを聞かないから、こんなことに…」
「……」
ミサトは暫く塞ぎ込んでいる。
だが天啓(?)があったのか、突然、爽やかな顔を上げた。
「…うん、きっとそうよ! ──あの少年が撃たれたのは、碇シンジ君、貴方のせいなのよ?」
「はあ?」
突然、責任を転嫁されて、シンジは間抜けな声を出していた。
(こいつ…藪から棒に何を言い出すんだ?)
ミサトの勝手な講釈は続く。
「貴方、男として恥ずかしいとは思わないの? …貴方、今、人として最低なことをしたのよ?」
ミサトは真面目な顔をして、自分の罪をシンジにすげ替えて糾弾していた。
シンジはというと、口をあんぐりと開けたままで呆れ果てていた。
周囲も同様だ。あまりのことに言葉もない。黒服たちでさえ呆れていたのだ。
(一体そりゃどういう理屈だー!?)
シンジには心内で叫んでいた。
もはやこれを「外罰的」という言葉で括って良いのだろうか?そんなレベルを超えているような気がする。
ミサトの真摯(?)な説教はなおも続いていた。
「シンジ君、貴方があの少年にしたことを償うためにも、ネルフに、お父さんのところに、私のところに来なさい。それしか貴方が罪を償う道はないわ!」
「……」
シンジは言葉も出ない。呆れているから。
ミサトはニヤリと笑って、お為ごかしの言葉を続ける。
「じゃないと、あなたはここでは用のない人間なのよ?自分を情けないとは思わないの?」
「……」
ミサトは諭すような、叱るような目で最後に言った。
「シンジ君、何のためにここに来たの? ダメよ逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分(の犯した罪)から!」
「……」
シンジは黙っている。
今回の事件で、ミサトの第壱中学校での評判は地の底まで落ちていた。
この女、ダッシュの保護者だというのに、一ヵ月後の保護者面談では、どの面下げて現れるつもりだろうか?
「…ふう。 ──サードを連行しなさい」
黙して何も語らないシンジに痺れを切らしたミサトが、残った(健在の)黒服たちに命令する。
シンジはというと、まだ口を開けて固まっていた。
超えていた。
この女は、シンジの予想を遥かに超えていた。
想像以上に腐りきっていたのだ。
黒服がシンジの腕を掴んだ。だが、シンジはまだ動かない。
しかし、その様子をはるか上空から眺めていた存在があった。
「きゅいーーーッ」
"ソレ"は一転急降下すると、黒服たちに襲い掛かった。
「なんだ!?」
「ぎゃあ〜」
「げぼお〜」
「ぐへえっ」
"ソレ"はMAGIに感知されないほどの微弱なATフィールドをまとわせたソニック・ブームを男たちにぶつけていたのだ。
男たちは見えない巨大な鉄の塊にぶん殴られたように、次々と倒れていった。
全身の複雑骨折といったところか。まあ、これはこれで再起不能だろう。
そしてあっと言う間に、残りの黒服たちは地面にひれ伏していた。
そこにいたのは、一羽の鷹だった。
厳密にはオオタカと呼ばれる種で、全長60cm、翼長130cmほどの猛禽であった。
鷹匠が飼う鷹といえば、その姿を思い出すだろうか。
最も鷹らしい姿をした鷹と言われているのが、このオオタカであった。
もっともこのオオタカ、ただのオオタカではなかった。
ただのオオタカにATフィールドなど扱えるわけがないのだ。
「何よ〜!?一体何だっていうのよぉ〜〜!?」
ミサトはパニックを起こしかけていた。
いきなり空から変な鳥が襲ってきて、黒服たちがバッタバッタと倒れていったのだ。無理もなかろう。
オオタカは次なる獲物をロックオンしていた。
ブスッ!
「あいだー」
ミサトの脳天に、オオタカの鋭いクチバシが深々と突き刺さった。
かなり痛そうである。
「このっ!! ──とり肉風情がああ〜〜!!」
パンパンパンパン
激昂したミサトは、頭上のオオタカを一旦振り払うと、そのオオタカ目がけて発砲した。
至近距離であったため、全弾、オオタカに命中した。
したのだが、オオタカは平気な様子でなおもミサトを襲い続けた。
「きゅいきゅい♪」
オオタカは、今度は両爪でしっかりとミサトの頭を鷲掴みにする。
そして狙いを定めるかのように、頭をゆっくりと振りかぶって──
ブスッ!
「うひゃ」
ブスッ!
「ほげえ」
ブスッ!
「ふんぎゃあ」
ブスッ!
「あひい〜」
ブスブスッ!
「ぎょええ〜」
執拗にミサトの頭を突付くオオタカ。ミサトはダラダラと血を流している。 …こりゃ見事な十円ハゲになるだろう。
どうもこのオオタカ、個人的にこの女に恨みを持っているようだった。
ミサトはもんどりうってその場に崩れ落ちた。どうやらあまりの痛みと出血に気を失ったようだ。
時折、ピクッ、ピクッと痙攣を繰り返している。
オオタカはなおも遊び足りないようで、俯せに倒れているミサトのスカートをクチバシで器用に捲り上げると、衆目の中、白いパンツを晒した。
暫くそのお尻をツンツンしていたオオタカだったが、徐にミサトのパンツをクチバシに引っ掛け、ズボッとずり下げた。
「「「「「!!!!」」」」」
…俯せで良かった。仰向けなら丸見えだった。
見えていない。うん、ぎりぎりセーフだ。
いくらなんでも大勢の中学生の前で、それはマズイ。いや、今のでも十分にマズイのかもしれないが。
その後、オオタカは、髪の毛をブチブチと引き抜いてみたり、体中を突付きまくったり、服をビリビリ破ったり、気絶したミサトで自由気ままに楽しく遊んでいた。天真爛漫に。悪意はないのだ。
余談ではあるが、ケンスケは感涙しながら、パシャパシャとミサトの醜態を写真に撮りまくっていた。
暫くすると、ミサトで遊ぶのに飽きたのか、オオタカはバサッと翼を広げると宙に舞い上がる。
そして近くにいたシンジの肩にスッと舞い降りた。
「やあ、ハッちゃん。お疲れ様だよ」
「きゅい♪」
シンジの労いの言葉に、オオタカが嬉しそうに鳴いて答える。
このハッちゃんと呼ばれるオオタカ、実は初号機の化身であった。
何故にオオタカの姿であるかというと、初号機が大空を舞う鳥、特に猛禽に憧れていたためである。
10年近くも地下の穴倉に閉じ込められていて、かなりフラストレーションが溜まっていたようなのだ。
なお、この姿はシンジが変えたものではなくて、初号機自らがチョイスし、化身したものであった。
初号機は"神"なのだから、シンジのようにあらゆるものに化身、擬態できるのだ。それこそ猫だろうと人間だろうとだ。
ちなみに今、ネルフのケイジはもぬけのカラである。
突然、初号機の姿が消えて、さぞ大騒ぎとなっていることだろう。
まあ、そのうちハッちゃんは戻る気でいるようだが。
「じゃあ、帰るか。シロたちが首を長くして待っているだろうからね」
シンジはハッちゃん(注:初号機)を肩に乗せ、学校を後にした。
後始末のことなんか全然考えずに。
第壱中学校の中庭には、一人の女と黒服たちの屍(?)が累々と横たわっていた。
これは連絡(苦情)を受けたネルフが回収に来るまで、数時間、そのまま晒されていたらしい。
「一体何者なんだ、アイツは?」
校舎の昇降口の陰から中庭での一部始終を見ていた銀髪の少年は呟いた。
心なしかその表情には、焦りの色が見て取れた。
(あれは、明らかに人としての能力を超えていた。 …どういうことだ?)
少年はシンジの正体を計りかねていた。
(まあ、それでも僕のアダムの力ほどではないんだけど)
その一言を自分に言い聞かせることで、少年は少しだけ心の平静を取り戻すことに成功した。
(それにあの鳥。 ──あれは何なんだ? …微弱だったが、あれは明らかにATフィールドだった。まさか使徒だというのか!?あいつの仲間だというのか!?)
少年の思考は、ますます深淵に沈んでいった。
(それに、ミサトさんの様子もどこか少しおかしかったし、一体どうなっているんだ?)
いや、あれがあの女の地だと思うぞ。
「碇シンジ…あの人はいったい?」
別な場所では、長髪の女子生徒が下校するシンジのうしろ姿をジッと見つめていた。
To be continued...
(あとがき)
シャムシエルはまだか〜〜〜〜!!もー辛抱たまらん〜〜〜!!
運が良ければ次回あたりで登場します。 …あくまでも運が良ければ、ですが。
このSS、使徒戦が真骨頂なんです。是非、ご期待下さい。
さて、ここに来て、オリジナルキャラ続出です。
特に月野カンナ。今のところ謎です。
本当は外伝キャラとして考えていたんですが、本編に捻り込ませることにしました。
今は大人しくしています。後々絡んできます。
ダッシュ君は、暫くはピエロです。温かく見守ってやってくださいね。
さて、ようやくトウジ&ケンスケの二馬鹿コンビ(?)が登場しました。
今後、彼らはどういう運命を辿るのでしょうか?
余談ですが、ここのトウジが喋る関西弁、ニセモノです。作者も自覚しております、ハイ。どうかご容赦願います。
今回は綾波の出番が極端に少なかったですね。LRS属性の方、ごめんなさい。次からは頑張ります。
ラミエル戦の前後にLRSの山場を一つ考えていますので、ご期待下さい。(まだずっと先ですが)
あと、油断していると一話あたりのサイズがでかくなるんですね〜。
危うく今回も100Kバイトを超えるところでした。ふう〜危ない危ない。次回からはもっと自重しますね。
次回もサービスサービスぅ〜♪
作者(ながちゃん@管理人)へのご意見、ご感想は、または
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