第十三話 前夜祭
presented by ながちゃん
「ザクとは違うのだよ、ザクとは! …ムニャムニャ」
それは静寂の中に響いた突拍子もない寝言。
『んにゃ!?』
間近のその声に驚いて、ガバッと起き上がる白猫。だが頭は未だハッキリとは覚醒しておらず。
ボーッと眠気眼(まなこ)で辺りを見渡すと、──その両隣、自分を中心にして黒猫と少年が川の字になって、すぴーすぴーと、それは大層気持ちよさそうに熟睡していた。
ここはとある邸宅の寝室。
枕元のデジタル時計を見ると、午前11時ちょっと過ぎを指している。
すでに外は陽が高くなってはいたが、その光がこの部屋の中まで届くことはなく、今なお真っ暗闇であった。
実を言うと、この邸宅の住人たちは先ほど帰宅し、今は誰もが疲れ果てて熟睡していたのだ(まぁ、約一名、本当に疲れているのかは怪しいところではあるが…)。
『……』
白猫は暫くウトウトしていたが、堪らず一度大きく欠伸すると、
コテン──
そのまま真横にポフと倒れ込むや、アルマジロのように丸くなって、スヤスヤと幸せそうに安眠を始めた。
そしてその場に再び静寂が訪れる。
窓の外では、チュンチュンと小鳥たちが楽しそうに囀っていた。
〜時は遡り、七月下旬、ネルフ本部・第二実験場〜
「起動開始」
ピリピリとした緊張感の中、まだ赤くはない無骨なメガネに素手を添えながら、その鬚面の男は押し殺した声で周囲に宣言する。
ここネルフ本部・第二実験場の制御室には、鬚面の男ゲンドウのほか、冬月、リツコ、そしてマヤを始めとした数名の技術局のスタッフが、皆神妙な面持ちで何かを見詰めていた。
「主電源全回路接続」
ゲンドウに続いて、リツコが指示を出す。
制御室から見下ろせる実験場の内部には、厳重な拘束具に固定されたオレンジイエローのカラーリングのエヴァ零号機の姿が見えていた。
そう。今行われているのは、零号機の起動実験であるのだ。
「主電源接続完了。 起動用システム作動開始」
零号機の初期動力に火が入れられ、頭頂部の電磁波アンテナ(センサー)の多重レンズに鈍い光がともる。
「稼働電圧、臨界点まで、あと0.5…0.2…突破!」
「起動システム、第二段階へ移行」
《パイロット接合に入ります》
《システムフェイズ2、スタート》
《シナプス挿入、結合開始》
《パルス送信》
《全回路正常》
粛々と進むエヴァの起動シーケンス。
制御室のトップ3はというと、息を呑んでそれを見守っている。
「初期コンタクト異常なし」
《左右上腕筋まで動力伝達》
《オールナーブ・リンク問題なし》
《チェック2550までリストクリア》
「第三次接続準備」
《2580までクリア》
実験は順調であるかのように見えた。が、しかし──
「絶対境界線まで、あと0.9…0.7…0.5…0.4…0.3っ!? パルス逆流っ!!」
突然の非常事態にマヤが振り向き叫んだ。
俄かに慌しくなる制御室。
眼下の実験場を見下ろせば、今まさに零号機が苦しみもがき、力任せに拘束具から脱出しようと足掻いている最中であった。
《第三ステージに異常発生!》
《中枢神経素子にも拒絶が始まっています!》
「コンタクト停止。 六番までの回路を開いてっ!」
リツコが隣に座るマヤに指示を飛ばす。
「ダメです! 信号が届きません!」
ギャリッ、バキッ!
零号機の暴走はなおも治まらず、ついには埋め込まれた壁ごと拘束具を強引に引き千切った。
「「「「「!!!」」」」」
「零号機、制御不能!」
「実験中止。 電源を落とせ!」
「はい!」
上司の声に即座に反応し、リツコは緊急用の電源カットのレバーを引き上げる。
即時に零号機の背面の三極電源コンセントの固定ボルトが爆砕され、アンビリカルケーブルが強制的に切り離された。
だがそれでも、零号機の暴走は止まらなかった。
余程苦しいのか、頭を抱えてヨロヨロとふらついている。
果たしてこれは零号機の苦しみなのか、それとも──
「零号機、予備電源に切り替わりました」
《完全停止まで、あと35秒》
次の瞬間、苦しみ悶える零号機が、目の前に立ち塞がる壁を力任せに殴り始めていた。
しかもそこは、不運にも制御室が存在する場所であったのだ。
遮るものはオレンジの強化ガラス一枚である。
ズガッ!! ズガッ!! ズガッ!!
零号機は、同じポイントを何度も何度も執拗に打ちつけた。
それが苦しみから逃れる唯一の救いであるかのように。それはどこか鬼気迫るものがあった。
この事態を目の当たりにして、さしもの職員たちも怯むしかなかった。
暴走したエヴァが、自分たちを殺そうとしている!?
そう慌てるのも当然である。
そして強化ガラスにも亀裂が入る。
だがそれでもゲンドウは微動だにしなかった。
臆することなく、ガラスの前に立ち、ジッと眼前のエヴァを見据えていた。だが──
ガシャーーーン!!
ついには分厚い強化ガラスがコナゴナに粉砕され、鋭い破片がゲンドウの身に襲い掛かる。
これには流石のゲンドウも身をよじらせるしかなかった。
「危険です! 下がって下さいっ!」
男の身を案じたのか、リツコが悲痛な叫びを上げる。
女の声に応じるかのように男が一歩下がったまさにその瞬間、──零号機の後背部のパーツが爆砕されたのだ。そして内部のエントリープラグが露になる。
「オートイジェクション、作動します」
「いかんっ!」
それは男の悲痛な叫び。そして懸念は的中する。
ズギャーーン!
それは振動とセットで響き渡った鈍い衝突音。
零号機の後背部から射出されたエントリープラグが、四基のロケットブーストで加速され、物凄い勢いで実験場の天井に激突したのである。
だがプラグを失っても、零号機はその暴走を止めることはなかった。
《完全停止まで、あと10…9…8…7…》
「特殊ベークライト、急いでっ!」
リツコの指示で、実験場内部の壁面各所から、赤く粘性の高い液体が零号機に向けて大量に噴射され始めた。
これで暴れ回る巨体の動きを封じようというのだろう。
ギャリッ! ギャリッ!
射出されたエントリープラグは、今も迷走を続けていた。
天井に激突してもなおも上昇力を失わず、そのやり場のない力は、摩擦で火花を散らせながらも天井の縁沿いを走り抜けた。
そしてノズルの噴射が終わるや、そのまま高高度から自由落下、強かに床面に叩き付けられたのである。
大きな衝撃音と共に、大きくバウンドして転がり、そしてプラグはようやく静止する。
だがこれでは中のパイロットは堪ったものではない。
いくらプラグが頑丈で、中のLCLが緩衝材となってパイロットの身を保護しているとはいえ、五体満足で済んでいるとは、到底思えることではなかった。
「レイッ!!」
《6…5…4…3…2…1…ゼロ》
電源切れのカウントと同時に、零号機はピタリと沈黙した。
そしてようやく静寂が空間を支配する。
リツコがふと気付くと、先程まで傍にいたハズの男の姿が、いつの間にかなくなっていた。
気になってグルリと見回せば、──いた。あんなところに。
男は、階下の実験場内部に、落下したエントリープラグの許へと、駆け寄っていたのだ。
(碇…司令…!?)
リツコはその目を見開く。
鬚面の男は、すぐさまプラグ側面の非常ハッチの開閉レバーを握ろうとするが、そのあまりの熱さに思わず仰け反り、メガネを振り落としてしまう。
「ぐおぉ〜〜!!」
だがそれに怯まず、男は再びレバーを掴むと、渾身の力で反時計回りに捻り回した。
両の掌の肉がジューと焼け、煙が立ち込める。傍目にも重度の火傷は避けられないだろう。
「レイ! 大丈夫かっ!?」
ハッチを開けるや、ゲンドウは中を覗き込み、パイロットの安否を確かめる。
中には少女が一人、操縦席のシートの上に、苦しそうにグッタリと横たわっていた。
男は目を瞠る。
「レイっ!!」
「はぁ…はぁ…はぁ…(コクリ)」
少女は苦しそうに震えながらも顔を上げ、男の呼び掛けにゆっくりと頷いた。大丈夫ですと。
「…そうか」
男は安心したかのように柔らかく微笑む。
そしてその笑顔が、少女の瞼と心に深く…そう、深く焼き付くのであった。
(……)
その救出劇の一部始終を、制御室の高みから呆然と見詰めていた存在があった。
リツコである。
その表情は、動揺、疑心、恐怖、そして嫉妬の色に染まっていた。
それは彼女自身、コントロール出来ない感情の芽生えであった。
ピシッ──
雛鳥が親鳥に依存する中、床に落ちたメガネにヒビが入る。
それは恰も、女性科学者の心を表しているかのようでもあった。
〜零号機の事故から数日後、ネルフ本部・赤木リツコ博士の研究室〜
「綾波レイ、14歳。 マルドゥックの報告書によって選ばれた最初の被験者、ファースト・チルドレン。 エヴァンゲリオン試作零号機、専属操縦者。 過去の経歴は白紙。 すべて抹消済み」
リツコはお気に入りのコーヒーカップに口を付けつつ、淡々と説明する。
少し耳を済ませば、けたたましい工事の音と振動が部屋の壁越しに絶え間なく響いてきていた。
これは、近くの第二実験場で、大型重機を使った特殊ベークライトの除去作業が急ピッチで進められていたからである。
無論これは、零号機の再起動実験を行うための準備に他ならなかった。
ただ、そのあまりにも大量かつ強固なベークライトが、この零号機の発掘作業を非常に困難なものとしていたらしい。
恐らく作業完遂までには、最低でも数週間は掛かると目されていた。
「で、先の実験の事故原因はどうだったの?」
聞き手である赤いジャケットを羽織った女が訊き返す。
「未だ不明。 ただし、推定では操縦者の精神的不安定が第一原因と考えられるわ」
「精神的に不安定? あのレイが?」
聞き手の女は驚く。少女がそんな性格とは正直思えなかったのだ。
「ええ、…彼女にしては信じられないくらい乱れたのよ」
「何があったの?」
「わからないわ。 ──でも…まさか!?」
リツコは心中、何かに気づいたのか、眉間に皺を寄せていた。
「何か心当たりがあるの?」
「いえ、…そんなハズはないわ」
リツコは自分の中にふと湧き上がったその疑念を、かぶりを振って否定した。
それはまるで自分に言い聞かせる様に…。
〜時は進み、第二新東京市、某所〜
例の公開処刑から一夜明けた2015年8月26日、水曜日、その正午過ぎ、──ここは第二新東京市の新永田町にある首相官邸、その第一応接室である。
そこの主はというと、とある無粋な男の突然のアポなし来訪を受けて、少々不機嫌そうな顔をしていた。そう、今まさに。
どうやら昼食の真っ最中であったらしい。
「ふぅ、突然のご訪問とは…。 一体何用ですかな? 特務機関ネルフ、碇ゲンドウ総司令官閣下?」
男はソファーに深く凭れ掛け、丁寧だがしっかりと皮肉と厭味を乗せた言葉を吐く。
しかし彼こそ、この国の「元首」にして、第95代内閣総理大臣その人であったのだ。
恰幅の良い老齢の風貌ではあったが、重厚な威厳があり、その両の眼光には周囲を黙らせる凄みがあった。
セカンド・インパクト後の混乱期を乗り越え、与党内の派閥の柵を押さえ込み、一躍この国のトップの座へと駆け上った海千山千の大傑物、それがこの男であった。
その長期政権たるや、実に10年に及ぼうとしていた。
彼がいなければ、今日の日本のここまでの復興と繁栄は無かったであろうと言われており、これは余人の見識の一致するところであった。
余談ではあるが、セカンド・インパクトの直後に起こった、旧東京・千代田区一丁目における謎の新型N2爆弾(数メガトン規模)の炸裂により、半径10キロ全域が灰燼と帰し、この国の首都機能は完膚なきまでに崩壊していた。
その後、日本臨時政府の中心人物として、後に首相の座に就くこの男は、国政へと参画、この国の復興に尽力したという。
後の憲法改正(天皇制の廃止[=元首は首相へ移行]、戦争放棄の撤廃、内閣の権限強化等)、戦略自衛隊の編成、そして国連安保理常任理事国への返り咲きについても、この男の手腕なくしては成し得なかったと言われているほどだ。
故に、今や国内には男の意のままにならぬ存在などありはしないと、政権の内外から揶揄されてきたが、実はそうではない。
男にとって最大の目の上のタンコブ、それが「特務機関ネルフ」という存在なのである。
この国に存在する治外法権、常日頃から我がもの顔での勝手・横暴な振る舞いの数々、胡散臭くて裏で何をやっているのかまったく不透明な謎の組織。──いくら国連組織とはいえ、自らのお膝元で、怪しく鬱陶しいこと、この上なかったのである。
しかもネルフの連中は、この国の閣僚や中央の官僚にさえも、いろいろと裏で毒饅頭(賄賂・買収等)を喰わせている──そういった黒い噂が、首相たる男の耳にも入ってきていたのだ。
曲がりなりにも清廉潔白を信条とするこの男にとって、これは些か鼻持ちならないことであった。
故に、この官邸の主は、目の前に座る鬚面の男が、「超」が付くほどに大嫌いであったのだ。
立場的にも、人間的にも…である。
出来れば、殺して肥溜めに沈めたいほどに、だ。
「……」
ゲンドウは何も答えない。
いつものようにテーブルの上に両肘をつき、無言のままいつものゲンちゃんポーズを決めている。
だがこの態度は、目上の者を前にして甚だ無礼であろう。いやもしかしたら、目上とは認識していないのかもしれないが。
官邸の主は、ダンマリを決め込んだこの無礼者に対し、段々と苛々してきていた。
ハッキリ言って、この鬚面の男と二人だけの空間など、気が滅入る以外の何物でもなかった。
精神衛生上、大変よろしくない。できれば同じ空気さえ吸いたくない。
「……」
なおも無言の間が続く。一体何をしにきたのだ、この男は?
さらにイライラが募る。
だが、実を言うと、ゲンドウは目の前の男を無視していたわけではなかった。寧ろ逆である。
どう話を切り出そうか、まさにそれを悩んでいたのである。
だがそれは彼のプライドに関わる問題であり、なかなか二の足を踏めずにいたのである。
しかし、鬚面の男のそんな手前勝手な心中など、相手にわかる道理がない。
首相は一度大きく溜息を吐くと、気晴らしとばかりにテーブルの上に置かれていたリモコンに手を伸ばし、テレビのスイッチを入れた。
間が持たなかったので、ニュース番組でも見ようかなと。
しかしその画面の中にいきなり現れたのは──
前日の第三新東京駅の新八重洲口での「珍」事件の模様が、面白おかしく繰り返し流されていた。
(ニヤリ)
部屋の主は思わずほくそ笑む。それはもうナイスなタイミングだと。暇潰しには丁度いいと。
逆に残り一方の男はというと、そのテレビ画面を見るなり、不自然にビキンと固まる。
急に青くなったと思ったら、脂汗さえ流し始めている。
首相は一通りゲンドウの様子を楽しむと、再びその視線をテレビへと戻す。
そこには、ジャストフィットのバニーガールのコスチュームに身を包んだ中年男の見るに堪えない姿が映し出されていた。
いい歳した大人が、みっともないことこの上ない。
少なくとも自分が同じ目に遭ったとしたら、恥ずかしくて生きていく自信がない。
外も歩けないだろう。
考えたくもなかった。
鬚面の男のナニはベロンと引き出され、それが余計に衆人のせせら笑いを誘っている。
コスチュームに開けた穴が小さく窮屈なのか、ナニはカーネーションがブスリと刺さったまま、紫色に変色してビクンビクンと痙攣を始めている。
早めに処置しないと、壊疽を起こしかねないだろう。
尤も、そっちのほうが世のため人(女性)のためではあるのだが…。
前日の生中継とは違って、この日のお昼の放送では、見苦しい部分にはキチンとモザイクが掛けられていた。
テレビ局の自主規制というよりは、「汚い物を見せるな」との多くのクレームが寄せられたことが理由らしい。余談ではあるが。
横の垂れ幕と共に「放置プレイ」に勤しむ露出狂の図──
首相はテレビ画面と目の前に座るゲンドウの顔を交互に見比べながら(しかも大袈裟に)、終始無言でニヤニヤしていた。無論、ワザとではある。
ゲンドウにしてみれば、針のムシロであろう。
何故この私がこんな屈辱を受けねばならぬのだ。──そんな苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
映像の中の男優に目を向けると、意識が戻ったのか、吊るされた状態で激しくパニックを起こしていた。
その顔は???マークで染まっていた。
さもあらん。たしか記憶では、情事の最中だったハズなのに、目が覚めたらイキナリこんなトコに吊るされていたのだから。しかも大勢の衆目の前にだ。つまりは、さらし者。
男はさらに強く悶え暴れる。
口を塞がれているのでわからないが、「下ろせ〜っ!」と繰り返し叫んでいるようにも見える。
だがそのクネクネした動きが何とも滑稽で、余計に多くの通行人やお茶の間の嘲笑を買う羽目になったことは、この男にとってはさらなる屈辱であった。
あと余談ではあるが、男優の額には大きく「肉」という一文字が、しっかりラクガキされていた。
勿論それは、某少年の仕業。
先日の白い巨人への悪戯と同様、細胞深くまで浸透した一生消えないインクで書かれていた。
肉ごと削ぎ落とさないかぎり消えないという。合掌。
さて、現実のゲンドウはというと、視線を落とし、耐え難い屈辱で体を震わせていた。
テーブルのリモコンに手を伸ばそうとするが、寸前でもう片方の男(首相)がサッとそれを掠め取る。そのイタチごっご。
「……」
明らかな嫌がらせ…。
首相が愉悦気味に口を開く。
「ふむ、世の中にはソックリさんが三人はいるというからねぇ。 ──おや? どうしたのかね? その額のデカイ絆創膏は?」
首相はニヤリとした意味深な笑みを漏らし、そしてゲンドウは慌てて額を手で隠す。
「いえこれは…ちょっと怪我をしまして」
「怪我? ほう、それはイカンな。 大事な体なのだから注意せんとな」
無論、厭味だ。
そもそも彼は、今現在テレビで痴態を熱演中の男とゲンドウが別人だとは思ってはいない。
もしこれを他人の空似と主張するというのなら、ではその後、ネルフの公用車で駆け付け、救助に奔走した黒服たちは、一体何だったというのか?
明らかに無理がある。今さら言い訳などナンセンスだ。
この国の首相でありこの官邸の主でもあるこの老齢の男にしても、昨日の朝、この生中継の放送を見ていたのであるから。
そのときは寝起きだというのに、周りの秘書たちが驚くほどの抱腹絶倒ものだったらしい。
「で、一体何の用かね? これでもワシはキミとは違って忙しい身なのだよ?」
このまま愉快な気持ちでいるのも悪くないとは思いつつも、このままではキリがないとばかりに、首相は話を切り出した。
「…そ、総理におかれましては、誠にご機嫌麗しく──」
ゲンドウは謙った態度で、眼前に座る目上の相手の顔色を窺おうとするが…、
「御託はいい! さっさと用件を言いたまえ!」
と、相手はまったく愛想がない。
尤も、今までネルフが日本政府にしてきた仕打ちを思えば、当然のことではあるのだが…。
「(グッ)──実は内々でお願いがあるのです」
その肥大すぎる自尊心を何とか抑え、下げたくもない頭を他人に下げたというのに(と本人は思っているが、実際は頭なんて下げてはいない)、結果、相手の冷たい反応に、発言主は一瞬苦々しい顔をするが、ここはグッと堪えて本題を切り出した。
鬚面の男にとっても、本当はこんな場所へなど来たくはなかったのだ。
歓迎されないであろうことは端からわかりきっていた。尤もそれは、日頃からの行いのせいであり、自業自得なのだが…。
だが已むに已まれず、万策尽きたが故に、ここまでやって来たのだ。屈辱を堪え忍んで。
「ほう…何かね?」
首相が訊き返す。
その声に、少しだけ間を置いてから、ゲンドウは答える。いつものゲンちゃんポーズで。
「是非とも、本日中に3000億円ばかりを融資して頂きたいのです」
「何だとっ!?」
いきなりのストレートなカネの無心に、首相は身を乗り出して驚く。
勿論、ゲンドウが提示したその金額は、今日中にゼーレに弁済しなければならないカネである。
多少要求した額が多い気もするが、余った分(約500億円)については、自らのポケットマネーとして着服するつもりでいるらしかった。
こんな事態に陥っても、なかなか抜け目のない男ではある。
無論、ゲンドウとて、最初から日本政府を頼ろうとは思ってはいなかった。
当然、件の犯人を見つけて、盗まれたカネを差し押さえるつもりであった。
しかしたった一日とはいえ、ネルフの総力をもってしても、犯人逮捕はおろか、その足取りさえまったくわからなかったのである。
捜査の目は、ネルフの強権をチラつかせて、各金融機関の内部ログや提携システムにまでも及んだ。
しかし何もわからなかったのである。
わかったことといえば、たった一度のトランザクション処理で、すべての不正処理が一瞬にして完遂していた、ということである。
ありえない手続き。
もはや人間技といえるものではないというシロモノ。
送金ルートを探ろうにも、何の痕跡さえも見つけられなかったのだ。
まさに忽然と消えていたのである。
普通、「出」があれば、当然「入」があるのだ。
偽装しようが、何をしようがだ。
それがない。
見つけられない。
金融オンラインシステム上、ありえない事態。
ネルフとMAGIの総力をもってしても、何もわからなかったのだ。
それ(何もわからなかったこと)が判明したのが──今日の午前中、つい今しがたであった。
それからのゲンドウの動きは早かった。
頭を切り替え、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、ココ(首相官邸)まで出向いたのは、そんな已むに已まれぬ事情があったからである。
話を戻そう。
官邸の主は、ゲンドウに詰め寄る。
「碇君、キミは何を言っているのか、自分でわかっておるのかね? たとえこのワシ、一国の首相といえども、国会の事前承認なしにそのような大金を右から左へと動かせるとでも、本気で思っておるのかね?」
「いえ、貴方なら可能ですよ」
自信ありげにゲンドウは言い切った。
思っているからこそ、こんな首相官邸くんだりまでやって来たのだから。
サングラス越しの男の表情は見えない。
首相はウーンと唸り、腕を組んで天井を見上げた。
(確かに無理ではない…が、それは事と次第による。 ──碇め、今度は一体何を企んでおるのだ?)
男は訝しんで眉を寄せていた。
「……」
「……」
「…メリットがないな」
暫く考え込んでいた首相がポツリと言う。
その言葉にゲンドウは口の端を緩ませた。
中指でサングラスのフレームをグッと押し上げ、そして予め用意していた言葉を提示する。
「では、1年後には100倍の利息の支払いをお約束しましょう。 今、財政的に苦しいそちら側としても、決して損な取引ではないでしょう?」
「100倍!?」
さすがの首相も、この魅惑的な条件に(一瞬だが)グラッときたようだ。
だがこれは、例の「ネルフ債」とまったく同じ詐欺方法である。
このゲンドウという詐欺師、金を借りても、利息どころか元本を返済する気すら、端から欠落していたのだから。
「フン…財政的に苦しいのは、どこかの怪しい組織が国連を介して、わが国にも重税を課しているからだと記憶しているがね?」
男は一瞬にして心の乱れから立ち直るや、透かさず皮肉の言葉をぶつけた。
(それに100倍の利息……30兆円だと!? ──確かに魅力的な数字だが……胡散臭いことこの上ないぞ!? 公的機関であるハズのネルフが、どうやってそんなカネを作るというのだ!? そもそも物理的に運用可能な額ではないぞ!?)
男はさらに猜疑心を強めた。
「……」
ゲンドウは何も答えない。
赤いサングラスの奥でギラリとした目を相手に向けつつも、ジッと黙って手を組んでいる。
二人の会話はそこから暫く進展を見せず…。
その沈黙に包まれた重苦しい間を破ったのは、初老の男のほうだった。
「──万一、期日までに支払えなかったときは……抵当はどうするのだね?」
「抵当…ですと? ──総理、貴方はこの私めが信じられないと仰るのですか!?」
ゲンドウは真顔で心外とばかりに訊き返した。本気で自覚がないようである。
「当たり前だ! キミを信じられる人間がこの世に一人でもいると思っているのかねっ!?」
即答、しかも辛辣。無論、真実である。
前日の未明、唯一信じていた女性が約一名、アッサリと翻意したし(笑)。
余談ではあるが、某金髪マッドはどうかというと、このゲンドウという男を「愛してはいる」が、「信じている」とは言い難かったらしい。ま、どうでもいい話ではあるが。
「グッ…よ、よろしい。 そのときはジオ・フロントにおけるすべての権利を放棄、そちらに譲渡しましょう。 どうです? これなら文句はないでしょう!」
半ば自棄になって口を滑らす。
冷静に考えてみれば、とんでもない譲歩なのだが、すでにハコテン状態のゲンドウには、もう後がなかったのだ。
そうまでしても、絶対に欲しい3000億円であった。
でなければ、自分の首が飛ぶのだ。比喩ではなく。
実は、既にキールと約束したリミットは、本日未明に過ぎていたのだが、何とか泣きついて(適当な理由をでっち上げて)、もう一日だけ猶予を貰っていたのだ。
だが、これ以上の引き延ばしはもう無理だった。
故に、何が何でもカネを用意しなければならなかったのである。
これが、無茶な条件を呑んだ(自ら提示したが)理由であった。
尤もこれは、最初から踏み倒し前提の「空約束」に過ぎないため、男にとっては痛くも痒くもなかった。
何故か。
──だってサード・インパクトで全部チャラだから♪
「ほう…ネルフそのものを担保に差し出すというのかね、キミは? だが良いのかね? さすがにこれ程の重大事となると、さすがにキミの一存では決められることではあるまい?」
「なに、問題はありませんよ。 ネルフの全権は私に任されておりますので」
そう嘯くゲンドウ。
嘘である。確かにゲンドウはネルフの最高司令官ではあるが、最高責任者ではないのだ。
では、最高責任者は誰かというと、キール・ローレンツその人である。
無論このことはゲンドウもよくわかっていた。わかった上で発言しているのだ。
実際は問題あり捲くりだったが、端から約束など守る気はなかったため、男は即答して憚らなかった。
(フフ、馬鹿め! ──貴様が生きて一年後を迎えることは永遠にないというに…クックックッ、愚かな男だ!)
ゲンドウは、そう心内で愉快そうに嘲笑していた。
──馬鹿は自分のほうであることも知らずに。
ジオ・フロント(=ネルフ本部)に抵当権の設定──これはつまり、一年後の2016年8月26日までに30兆円が支払えない場合は、彼の地は日本政府によって借金のかたに強制収用されることを意味していた。
当事者の一方は、悦びの表情を隠せなかった。これは願ってもない好条件なのだ。
A−801(特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への委譲)を当てにするより、余程都合・効率が良いものだったからだ。
「わかった。 その話、乗ろうではないか。 だが、契約が反故にされたら堪らんからな。 ──念には念を入れて、そうだね………契約様式は、例の国連憲章の修正条項に則らせてもらうよ?」
「国連!? フッ、何も問題ありません」
一瞬ピクッとゲンドウの眉が動いたが、何事もなかったように頷いた。
どんなに厳格な契約であろうと、当事者の一方がこの世から消え去れば、それは絵に描いた餅でしかないのだから。
ゲンドウはそう自分に言い聞かせると、直ぐに心の平静を取り戻していた。
さて、先程、首相が言及した「国連憲章の修正条項」とは何か?
余談までに説明すれば、──これはつまり、国連事務総長、国連総会議長、及び国連安保理常任・非常任理事国の各代表の立会いと裏書きを手続きを要件とした契約様式、その根拠であった。
因みに、国連本部は日本の第二新東京市に存在しており、上述の面子は直ぐにでも揃えることが出来るのだ。
そして何より、現在に至るまでの混迷を極めた世界情勢の中で、これ以上に安全確実な契約様式は存在しなかったのである。
実際、今までに反故にされた契約は皆無であり、錚々たる実績を誇っていた。
尤も、反故にしたくても出来なかったというのが、実情──片方の当事者の言い分ではあったが。
では、そもそも何故こんな制度が出来たのか?
それはズバリ、ゼーレによる、セカンド・インパクト後の世界戦略のためである。
柔軟かつ安易に各国の紛争地帯に軍事介入を行うことを目的に、新たに国連憲章に組み込ませた条項──それが、この制度の「表」の顔であった。
初めに「契約」ありきではなく、この目的を達するために絶対に反故に出来ない「契約」の有り様を作ったのである。
当時の国連は、踏み絵として、国連加盟国すべてにそれを批准させていた。
半ば強引にである。
締結された内容はというと、推して知るべきであろう。
世界平和の名の下に、どれも不条理な内容を押し付けられたのだ。とくに弱国にとっては。
それは実質、主権の制限以外の何物でもなかった。
表向きは、国連とその加盟国とで交わした和平に関わる契約…。
だが実質は、ゼーレが任意の国家を食い物にするための主従契約…。
そして、この強大無比な契約(国際条約)を大義名分として掲げ、国連軍は紛争多発地帯である所謂、第三世界の国々へと、積極的に軍事介入を推し進めたのだ。
当然にして、その強制力は、一介の罰則規定のない条約などとは、比べるべくもなかった。
それはまさに恐怖。故に躊躇し、抑止力となる。
──反故にした瞬間、その国は人類の敵と看做され、国連つまりはその加盟国全てからの宣戦布告を受けることを覚悟しなければならなかったのだ。
それは、確実に国が滅ぶことを意味していた。国家や政権がではない…国そのものがである。
予め仕組まれた周到な罠。
それこそが、件の修正条項に隠された「裏」の顔であった。
そもそもは、従来の国連安保理が大国の思惑でうまく機能しないがために、ゼーレの肝煎りで10年以上も前に成立した制度である。
それは、ゼーレの世界支配、経済支配、そして人的支配という、裏の目的にも合致していた。
当然それは、後のネルフの利害とも完全に一致する。
ゼーレ、そしてネルフという組織は、全世界から国連(ゼーレ)を介して、カネと人的資源を徹底的にむしり取ってきたのだ。
何事にも、世界平和、絶対正義の名の下にである。それに逆らうものは、即ち悪──
表立って逆らおうとする国家はいなかった。
だが抵抗する人々は後を絶たなかった。末端での反旗。命を懸けた反抗。
当然、ゼーレは彼らを許さなかった。徹底的に壊し奪い辱め殺し蹂躙したのだ。見せしめのために。
全ては、この世界の影の支配者たち、彼らの思惑通りに進んでいたのだ。
──だがこの制度が、自分たちの信任した一人の男によって、いずれ自分たちの首を絞める結果に繋がるとは、当の老人たちも夢にも思ってはいなかった(ニヤリ)。
「貴公も知っているとは思うが、この契約には強力な強制力が働くよ。 無論、国連の最高幹部会といえども、事後の介入は不可能だ。 もう一度訊く。 それでも良いのかね?」
首相は念を押して確認する。これはそれ程の重大事であるのだ。
それは暗に、ゼーレと雖も表立ってはネルフを庇護できない、と釘を刺していた。
「勿論です。 この男『碇ゲンドウ』に、二言などありませんよ」
ゲンドウは何食わぬ顔で嘯いた。
(老人たちには知られることになるが……まあいい。 言い訳など何とでも出来る。 今は例のカネを何とかすることが肝要だ。 それに、一年後のサード・インパクトで何もかもが一気にチャラだ。 フフフ、何も問題はないのだ)
髭面の男には、そんな目論見があった。
だが、一年後に何も起きなかったらどうする気なのだ、この男は?
万一、使徒の襲来スケジュールが延びたりしたら、目も当てられないことになるのは想像に難くない。
事実、前倒しだが、現在もスケジュールに狂いが生じているのだ。
これがこれから遅れないという保証など、どこにもないのだ。
というか、某少年がそんな面白いイベントを見逃すハズがないと思うのだが…。
もしその少年の知るところになれば、恐らく彼は、嬉々として使徒発現のタイム・スケジュールに介入・細工をしてくるだろう。いや間違いなく。
少年にとっては、ネルフ(ゲンドウ)いびりは、至上の娯楽・快楽なのだから…。
だいぶ横道に逸れた。話を元に戻そう。
首相は徐に背後を振り向くと、ドア向こうに控えていた一人の秘書官に声を掛ける。
「キミ、二階堂君と勝又君をワシの執務室まで呼んでくれたまえ。 大至急だ」
秘書官の男は軽く会釈し、そして足早に奥の部屋へと消える。
そして指示した当の本人も腰を上げる。
「碇君、キミは暫くココで待ちたまえ」
「…了解しました」
20分くらい経った頃だろうか、──先程の秘書官に案内されて、先ず財務大臣が、少し遅れて日銀総裁が内閣総理大臣執務室へと馳せ参じてきた。
遅れてきた日銀総裁の肩書きを持つ男が部屋に入ったときには、この部屋の主と財務大臣の二人がソファーで向き合い、すでに侃々諤々と熱い議論を交えていた。
「遅れました」
無論、別に遅刻したわけではないのだが、男は一言そう謝ってからソファーの端に腰を下ろす。
走ってきたのか、額の汗を拭いながら。
「いや大丈夫だ。 スマンな、勝又君。 突然呼び出してしまって。 実はな──」
首相は事情を説明し始めた。無論、内々ということで。
「──なるほど、そういった事情ですか」
ひと通り話を聞いて、男は目を閉じ深く頷いた。
「勝又君、キミのところで今日中に何とかできないかね?」
部屋の主は、眼前の日銀総裁にそう切り出す。
勝又と呼ばれたその男は、少し驚いた顔をすると、
「それはまた…(汗)。 ──いくら私共でもそのような数字、しかも銀行でもない組織に表立っての資金投入など出来ませんよ! 明らかに日銀法に抵触します! そもそもこの種の事案は、そちらの所轄ではないのですか?」
と、正論とばかり抵抗を見せる。
「…ああ、本来ならそうだな。 確かに政府の管轄だ。 だが今、二階堂君とも話し合ったのだがな…さすがに正規の手続きだと時間が掛かるのだよ。 ──何とかそちらで資金投入なり、オペレーションなり、お願いできんかね?」
「オペ!? 例のネルフ債の買入オペということですか!? いやしかしそうは申されても…」
途端に渋顔で唸り、難色を示す男。
ネルフ債のことも、さすがに聞き及んでいたらしい。そしてその黒い噂も。…故に沈黙する。
そのとき、もう一人の男が口を挟んできた。
「そういえば…確かネルフの一部門は、金融機関としての登録があったハズではなかったかね? ──そのルートなら、オペでも資金の貸し出しでも、最悪でも日銀特融が可能なのではないのかね?」
二階堂という名の男(財務相)が、妙案とばかりに発言する。
「そ、それは確かに……ええ、そうですが、期日までに償還は可能だと仰るのですか? 私にはとても──」
とてもそうは思えない。あくまでも日銀トップの男は、その立場上、消極的であった。
そんな前例のないことを断行して、万一貸したカネが戻って来なかったら、自分の首が一つ飛んで済むような話ではなかったのだ。
だが、そんな男の不安を振り払うべく、この国のトップは色を変えて力強く断言した。
「それは問題ない! 力ずくでも回収する! 差し押さえの場合、その国有化を待たずに融資した分は国庫から優先的に立て替えよう。 その点は心配はいらない。 このワシがしっかりと保証する! いや寧ろその事態こそ望むところだ! ──勝又君、これはわが国にとって最大のチャンスなのだよ! この通りだ。 頼む!」
そう熱弁すると、白髪混じりの初老の男は、目の前のインテリ高級官僚風の男(実際そうだが)に手をつき、深く頭を下げた。
(!!!)
勿論、一国の首相の態度としては、極めて異例のことである。例え非公式な場であってもだ。
恐らくプライドの高い某髭面の男には、絶対にマネのできない芸当であろう。
さて、言うまでもなくこの首相、ネルフが弁済不履行の事態になることを、端から望んでいた。
確かに30兆円という利息は、喉から手が出るほどに魅力的だが、元よりそんな高額な支払いなどありえないと冷めていたのだ。
「っ!! そ、総理っ!! どうか頭をお上げ下さいっ!! ──ふう、わかりました。 ……方法は検討した上で、何とか本日中にうちに開設してあるネルフさんの口座のほうに資金投入しましょう。 それでよろしいですな? ──報告書やマスコミへの会見内容については、当たり障りのないもので構いませんな?」
この国の中央銀行のトップは、首相の熱意と誠意についに折れた。
「ご配慮、深く感謝する」
そして再び首相はテーブルに手をつき、頭を下げた。
この男、政治的手腕は確かにワンマンではあるが、人望が厚い理由の一つに、この人心掌握術があったのだ。
「待たせたな」
「いえ…お構いなく」
小一時間ほど席を外していたこの官邸の主が、再びゲンドウの待つ第一応接室へと戻ってきた。
背後には、いつの間に呼び出したのか、国連のVIPのお歴々の姿があった。
首相はソファーに腰を下ろすなり、用意した書類をゲンドウの目の前に広げて言った。
「碇君──キミのその取り引きに応じようではないか」
(ニヤリ)
その言葉に、ゲンドウは口の端を緩ませた。うまくいったと。──だが、果たしてそうなのだろうか?
そして一時間後──
両者間の契約は無事締結されていた。
肝心の契約内容はというと、
──といったことが、しっかりと明文化されていたのだ。よくもまあココまでというくらいに…。
- 日本政府(以下、甲)は、特務機関ネルフ本部(以下、乙)に対し、3000億円の融資を即日実施する。
- 乙は甲に対し、1年以内に、元本(3000億円)ならびに利息(30兆円)の弁済を行う。
- 乙が国内に保有する一切の動産(将来の果実を含む)&不動産(ジオ・フロントおよび各試験場等の全域とその施設)に抵当権を設定する。
- 弁済期日の前後を問わず、乙が契約不履行の場合は、甲による抵当(つまりはネルフ本部そのもの)の強制収用、及びそのための軍事力の行使を、乙は容認する。またその際に生じた如何なる損害(物的・人的)についても、乙は抗弁しない。
そしてそこには、国連VIPの裏書きも確りと付け加えられていた。
ゼーレ寄りの理事国は、さすがにこの契約自体に難色を示したが、既に当事者同士の確固たる合意があったため、追認を拒否出来なかったのである。
そして、いきなりこの場へと呼び出されていたため、ゼーレとの連絡も取れなかった。
この官邸内では、携帯電話等の電波は全てシャットアウトされていたのだ。
契約後、すぐさまこのことは、例のお達者倶楽部の面々の耳にも入る。
そして後日、ゲンドウはそのことでの弁明責任を負うことになる。
尤もゲンドウは、このことをかなり楽観視しているようではあったが…。
また、この独断を知った某電柱老人も、何故このような重要案件を自分に相談しなかったのかと、ゲンドウに詰め寄ったらしい。
だが、もはや何もかも後の祭りであった。
後世の人は、彼をこう評するだろう。──真性の馬鹿であると。
〜第三新東京市・郊外、コンフォート17マンション〜
同日、水曜日の晩──
ここはコンフォート17マンション、その11階にある11−A−2号室。
向こう三軒両隣のヘッタクレもない陸の孤島。健康で文化的な最低限度の生活さえ保障されない僻地。
別名、各種多様の未確認生物が棲息する葛城邸である(笑)。
中へ入ると、奥のリビングでは、一つのテーブルを挟んで、女性二人、少年一人が寛いでいた。
葛城ミサト、赤木リツコ、そしてダッシュである。
テーブルの上には、ライス、カップラーメン、コンビニの惣菜、缶詰、エビチュ、そして何故かポテチの袋があることから(?)、どうやら夕食タイムのようであった。
部屋はかなり散らかってはいたが、某オサンドンの少年に言わせれば、これでも大分片付いたほうであるらしかった。
どうやら某少年が2〜3日留守(入院)にしている間に、かなりとんでもないことになっていたようで、ようやく帰宅を果たした約一名が、小一時間ほど掛けて掃除したようであった。
尤も、さすがに完遂までは出来なかったようではあるが…。
「何よぉこれぇ〜」
目の前に出された物体を見て、思わずリツコが不平不満を漏らす。
出てきたのは、得体の知れぬ褐色の有機化合物──やはりというか、それは「ミサトカレー」であった。
「カレーよ」
「相変わらずインスタントな食事ねぇ〜」
「お呼ばれされといて文句を言わない!」
そう一喝すると、部屋の主は座椅子にふん反り返り、一人だけエビチュをグビと呷る。
ゲストたるリツコはというと、その横で呆れていた。
同時に後悔もしていた。どうして自分はこんなところへ来たのだろうかと。
経緯を説明すると、リツコはこの「元」親友から、夕食に招かれたのである。
正直、色々なことが起きすぎて落ち込んでいた最中であったので、彼女としては行きたくはなかったのではあるが、ダッシュという少年の退院祝いということで、どうしても断れ切れなかったのだ(強引に拉致られてきたとも言う)。
尤もそれは、ダッシュという少年の退院祝い・快気祝いにかこつけた、タダ酒にありつくための、ミサトの方便でしかなかったのだが…。
実際、この女、リツコから「会費」を徴収していたのだ。チャッカリと。福沢さんを一枚。
なのに「ミサトカレー」である。
そりゃ詐欺だ。リツコが呆れるのも無理はなかった。
カネを出したのにこれである。文句の一つも出よう。
だがミサトは気にしない。
要は、余所様のカネで酒が飲めれば、それでいいのである。
ダッシュはというと、傍で黙々とカレーを皿に盛っている。
すっかり板に付いたその姿に、哀愁が漂う(笑)。
実は、今日の食事当番はミサトであるのだが、給仕に関しては毎日、少年の仕事となっていたのだ。
後片付けや皿洗いなんかも、当番制とかに関係なく、彼の仕事となっていた。無理矢理に。
早くも、いい様にコキ使われ始めていたのである。
「ミサトさんは?」
少年はカレーをライスに掛けていいかどうか、部屋の主に声を掛ける。
尤も、人生二度目なので、大方の予測はついていたが。
「あは♪ 私はねぇー、へっへ〜、(ゴソゴソ)ジャ〜〜ン♪ ここに入れちゃって♪ どっバァ〜〜ッと♪」
そう言うと、ダッシュの目に前に、BIGサイズのカップラーメンの容器を差し出す。
「本気ですか?(ハァ…やっぱり本気なんだろうねぇ)」
前史どおりのミサトの態度に、ダッシュは溜め息を吐く。
「や〜ね〜、イケルのよぉ〜♪」
「じゃあ…」
ダッシュは諦めたように、そこにカレーを注ぐ。
リツコはというと、まるでゲテモノを見るかのように、眉を顰めてそれを見つめていた。
「最初っからカレー味のカップメンじゃね、この味は出ないのよぉ〜♪」
嬉々としてうんちくをたれるミサトである。
「いっただきまぁ〜す♪ (マゼマゼ)スープとお湯を少なめにしとくのがコツよん♪ ズルルル〜〜〜♪」
ミサトが美味しそうに食べ始めたのを見て、リツコとダッシュも同時にスプーンに口をつける。だが──
「「うっ!!」」
一口食べて…固まった。
「…コレ作ったの、ミサトね?」
リツコが不機嫌そうに横の少年に訊ねる。
「あ、はい(うぅ〜〜わかってはいたけどさ、やっぱ相変わらずの味だよね。 …思わずS2器官が停止しそうになったよ!)」
苦笑いするしかない少年であった。
「わかるぅ?」
「味でね!(レトルトを原料によくここまで!) ──今度呼んでもらえるときは、ダシュ君が当番のときにして頂けるかしら?」
リツコは丁寧な言葉で厭味を言うが、無論それはミサトには通じない。
この女、本気で自分の作った料理が美味しいと思っているのだ。
特にカレーには、絶対の自信があるらしかった。
さて、そんな様子をダイニングのほうから覗いていた小さな影があった。
初登場、温泉ペンギンのペンペンである。
彼の目の前には、カレーライスの皿と、よく冷えたエビチュ…。
ペンギンである彼にどうしろと言うのだろうか?
だが背に腹は代えられない。
食べなければこの過酷な環境下では、すぐに餓死してしまうのだから(尤も、食べたら食べたで、中毒死の危険性もあるのだが…)。
勇者は意を決して、躊躇いながらも目の前のカレーに口をつけた。そして──
「△◎☆■#〜〜!!」
きゅ〜〜〜バタン!
哀れ、勇者はそのまま失神した。ピクピク痙攣してるし。合掌。
隣のダイニングからの物音に気付いたダッシュではあったが、心の中で手を合わせていた。
(ゴメンよ、ペンペン。 ──後で胃薬やるからさ〜)
謝るくらいなら、予め何とかしてやれよ。
それに胃薬でアレが中和出来るのか?(笑)
そのとき、隣のリツコが呆れ気味に話し掛けてきた。
「ダッシュ君、やっぱり引越しなさい。 ガサツな同居人の影響で一生を台無しにすることないわよ?」
「ハハ、もう慣れましたから(汗)」
少年は照れ笑いで返す。
そこに、すっかり酩酊しているミサトが口を挟んでくる。
「そーよーリツコぉ〜。 人間の環境適応能力を〜、侮ってはいけないわ〜。 大体引っ越すたってぇ〜、──あら? ダーちゃん、もう一本お願い〜♪」
空になったエビチュに気付き、ミサトは科(しな)を作ってシンジに給仕を懇願する。
一応、悪いとは思っているようだ。
「だ、ダーちゃん!?」
その呼称に、リツコは思いっきり怪訝そうな顔をする。
少なくとも人の呼び名ではないと思う。違和感ありまくりだ。
「そ、ダーちゃん♪ だってダッシュ君じゃ、ちょっち呼びにくいでしょ♪」
「……」
辟易するしかないリツコ。
しかしこの女、某黒髪の少年並みの命名センスをしていた(笑)。
「それに、手続き面倒よぉー。 ダーちゃん、本チャンのセキュリティーカード貰ったばっかりなんだもの」
「あ! 忘れるとこだったわ。 ──ダッシュ君、頼みがあるの」
突然、リツコが何かを思い出したかのように、自分のハンドバッグの中を漁る。
「何ですか?」
「綾波レイの更新カード。 渡しそびれたままになってて……悪いんだけど、本部に行く前に彼女のところへ届けて貰えないかしら?」
「はい(あ…そうか、もうそんなイベントの時期なのか)」
ダッシュはカードを受け取ると、マジマジとそれを見詰めていた。
「……」
「……」
「(ニヤリ)どうしちゃったのぉ〜? レイの写真をジーッと見ちゃったりして〜♪」
隣でミサトがチシャ猫がごとき笑みを浮べていた。
「!! あ、いや(しまった! またやっちゃったよ!)」
「ひょっとして、ダーちゃん…(ニマニマ)」
最高の酒の肴を見つけたとばかりに、ミサトが揶揄し始める。
「違うよっ!(やっべぇ〜)」
「まったまた〜、照れちゃったりしてさ〜♪ ──レイの家に行くオフィシャルな口実ができてチャンスじゃない〜♪」
ミサトは面白そうにからかう。隣のリツコはまるで無関心のようだが…。
「か、からかわないでよ、もう!」
図らずも、前史通りの反応をみせる少年であった。
「ムフフフフ、すーぐムキになって。 からかい甲斐のあるヤツぅー♪」
酔っ払いが冷やかす。が──
「ミサトと同じね」
「んがっ!?」
隣人のツッコミで彼女自身も撃沈するのだった。これもまた前史通り。
「…僕はただ、同じエヴァのパイロットなのに、綾波のことよくわからなくて(でも今は、よぉーくわかってるんだけどねー♪)」
内心嘯く馬鹿少年。
「良い子よ、とても。 ──貴方のお父さ…いえ碇司令に似て、とても不器用だけど」
前髪を指で梳かしながら、リツコは重い口調で答えた。
「不器用って、何がですか?」
「──生きることが」
その重苦しい言葉の裏で、リツコは先のDNA鑑定結果を思い出していた。
〜翌朝、ネルフ本部・第二発令所〜
「えー、本日よりこちらでオペレーターの任に就くことになりました、阿賀野カエデと申します。 何分新参者ゆえ、色々と至らぬ点もあるかとは存じますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
そう挨拶すると、その女性はペコリと頭を下げた。
そのキリッとした口調とは裏腹に、コチコチに緊張しているようで、だいぶ頬が赤らんでいる。
この女性こそ、諸般の事情(?)により一名だけ欠員となっていた、発令所のメイン・オペレーターの補充要員であった。
本日、木曜日の午前──彼女は第二発令所へと初出頭した後、今まさに居並ぶ面々の前での初日の面通しをしていたのだ。
名を阿賀野カエデといい、元々はMAGI−BALTHASAR(バルタザール)の主任オペレーターを務めていたのだが、急遽、某金髪博士にスカウトされ、今回の転属となっていた。
栗色のショートヘア(ワカメちゃんカットとも)が可愛い、小柄な女の子…コホン、女性である。
性格は穏やかで優しく、家庭的、そしてよく気がつく世話女房タイプであるというのが、内外の評判であった。
また、料理と手芸も得意であり、その上女の子らしく、かわいいものが大好きとのことらしい。
うむ、将来はきっと良いお嫁さんになりそうである。
「よろしくッス」
シゲルがシュタッと右手を上げる。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
まだ少し緊張しながらも、カエデは軽く会釈して、愛想よくニッコリと笑う。
そしてクルリと踵を返すと…不意に背後の一人の少女(?)と視線が合った。
「「!!!」」
二人の双眸が大きく見開かれる。そして──
「きゃあ〜〜、カエデちゃ〜〜ん♪」
「いやぁ〜〜ん、マヤちゃ〜〜ん♪」
二人は互いにその両手を合わせると、向かい合ったまま、ピョンピョンと跳ねて歓喜する。
どうやら二人は「大」が付くほどの仲良しのようであった。
置いてけぼりを食った周囲はというと、ポカンと惚けている。
「久しぶりぃ〜〜、同じ職場なのになかなか会えないわよね〜〜♪」
「あら〜、私は偶には見かけていたわよ〜〜? でもマヤちゃんってば、いっつも忙しそうなんだもん〜〜♪」
「え〜〜そうだったんだ〜〜。 ホントにゴメンね〜〜♪」
…いつの間にか、世間話に花が咲いていた(笑)。そこだけ空気の色が違っていた。
完全に自分たちの世界に埋没しているようであった。
「ウオッホン!」
「「!!!」」
リツコの大袈裟な咳払いで、ハッと我に返る二人。
恐る恐る振り返ると、上司のコメカミには青筋がクッキリと浮き出ていた。
「「あ! …す、すみませんっ! すみませんっ! ゴメンなさいですぅ!(滝汗)」」
二人は謝罪まで見事にハモって、ペコペコと頭を下げた。
さすがに気まずそうに赤くなるマヤとカエデであった。
リツコは一嘆息すると、
「はぁ…まあいいわ。 ──で、私のほうからも少し補足説明しておくけど、彼女が今度新しく入ったオペレーターよ。 階級は二尉。 元はBALTHASARのオペレーターで、チルドレンの精神強化プログラムの担当も務めていたわ。 まあ、今さら私が言うまでもないことだけど……彼女、とても優秀よ。 皆、よろしく頼むわね」
と、フォローした。
余談ではあるが、カエデは今回の異動に伴い、特例として同僚であるマヤやシゲルと同じ階級(二尉)へと進んでいた。
これはリツコのほうから強い推薦があったとのことである。彼女なりの気配りであろう。
「あ、そっか! 貴女って、あの役立たず男クンの後釜ってわけよねぇ〜♪」
「「「「「!!!」」」」」
珍しく午前中から出勤していた赤いジャケットを羽織った女「葛城ミサト」がアッケラカンとそう嘯くが、──その不用意な言葉をスイッチにして、発令所の面々は一斉に冷眼を彼女に向ける。
日向という男性職員が、目の前にいるこの女に嵌められて殺されたということは、ここネルフでは、すでに公然の秘密として隅々まで知れ渡っていたのだ。
特に、発令所での認知度は別格であった。
無論、そんな周囲の雰囲気を察することが出来ないミサトは、イケシャアシャアと極めてフレンドリーにカエデに話し掛ける。
「へぇ〜、カエデちゃんって言うんだぁ〜♪ コホン、アタシが今日から貴女の上司になる葛城ミサトよ。 これからはアタシの命令にはキチンと従うのよ〜? ウフフフ、ヨロシクねぇ〜♪」
そう甘ったるい声を出すと、ニコニコしながら右手を差し出した。友好の握手というつもりだろう。或いは主従契約の握手か?
だがカエデはというと、小首を傾げて少し怪訝そうにしている。
「あの、お言葉を返すようですが、少し事実誤認があると申しますか、互いの認識に錯誤があると申しますか…その…」
「はい?」
ミサトは意味が把握出来ずに首を傾げてポカンとしている。
「えーとですね、つまり私って、葛城一尉の部下ではないんですよ。 マヤちゃ…伊吹二尉と同じく赤木博士の配下になるんです」
「は? …ソレってどういうことよ? だってアンタ、日向君の後釜なんでしょう?」
「いえ、私の所属は、技術開発部の技術局一課であって、作戦局ではないんですよ。 ──勿論、先任者同様、有事における戦況分析などのオペレート任務も担当はしますが、私の主担当は、あくまで赤木博士と伊吹二尉のサポートなんです」
「え? え? え?」
ここまで言っても、まだ理解できないようである。さすがはIQ55。要介護レベル。
「つまり、私は作戦局の人間ではありませんので、平時においてはたとえ上官と雖も、葛城一尉の指示で動くことはないということなんです。 無論、有事の際には作戦本部の指揮系統へと組み込まれるわけなんですが、葛城一尉の指示に関しては、私を含め、ここにいるオペレーターたちには、赤木博士の承認を経た上での『一時留保』の職権(実質は拒否権そのもの)が特別に認められているんです」
カエデは、そう淡々と穏やかな口調で述べた。
明かされた真実。どうやらいつの間にかそうなっていたらしかった。
余談ではあるが、今回の異動に際して、当初は先任者たる故・日向マコト「元」二尉(彼の死に際して、階級は二階級特進どころか、即日剥奪されていた)と同じ部署を打診されていたのではあるが、カエデは頑として執拗なまでに固辞していたらしい。
曰く、「私はまだ死にたくありません」と…(笑)。
彼女はそこの上司に纏わる悪しき噂を耳にしていたのだ。
どんな噂かというと、
曰く、そこの部署に入ったら最後、上司の失策を転嫁された挙句に、濡れ衣を着せられて殺されてしまうらしいと…。
そんな噂が、本人の知らないところで実しやかに囁かれていたのである。…無論、全部本当のことではあったのだが。
故に、彼女はなかなか首を縦に振らなかったのである。
当然だろう。
当人にしてみれば、自分の命が懸かっているのだ。若いみそらでまだ死にたくはなかった。これから恋もしてみたいし、結婚もしてみたかった。だからそれはもう必死であった。
これには、さすがの人事担当者も頭を抱えることになる。
無論、これは正式な辞令であるのだから、本人の意向など端から無視すれば良かったのだが、…昨今の状況(後述)に鑑みて、無下に突っぱねるわけにもいかなかったのである。
悩んだ挙句、彼女の推薦者であったリツコ本人に相談して、何とか技術局のほうに籍が置けるように働き掛けたのである。
そしてリツコの説得により、ようやくカエデも折れたのであった。
──これが今回の転属劇の顛末である。
そして「拒否権」──これはゲンドウという男が苦心の末に考え出した、万が一のミサトの暴走に備えた「リミッター機構」であるのだ。
これにより、たとえミサトの無茶な指示や命令があったとしても、直前で良識あるスタッフの連携により、ストッパーが掛かることを狙ったものであった。
デタラメな命令をされても、オペレーターさえ言うことを聞かなければ、確実に実害が防げる。──男は、安直にそう考えたのだ。
尤も、以前から彼女の言いなりになっていた忠犬〔注:マコト〕は処分済みであり、そうそう心配はいらないとは思っていたようであるが。
………
………
だがしかし、本当にコレで大丈夫なのだろうか?
相手はあの葛城ミサトなのだ。
彼女の突飛な行動は、いつも予想の一歩斜め前を行っていたではないか?
──まあ、何れにせよ、これが吉と出るか凶と出るか……すぐにわかることだろう。
横道に逸れた。話を戻そう。
このカエデの説明にミサトは驚愕した。
「な、何ですってぇ〜〜!? ど、どういうことよっ!? そんなこと聞いてないわよぉ〜〜!? じゃ、じゃあ、アタシの復讐の手駒…いえっ、直属の部下ってばどこにいるのよぉ〜〜っ!?(それに何より、アタシのこれからの勤務時間の手直し〔注:改竄です〕は、一体誰がやってくれるのよぉ〜〜!?)」
と、ムンクの叫びのような表情で、理不尽だと喚き立てるミサトであった。
無論、この女がそのことを知らなかったのは、つい昨日回ってきた書類にまったく目を通していなかったからである。
今までなら従順な下僕〔注:マコト〕が、重要書類毎に仕分けしてくれていたのではあるが(尤も、それをミサトが見るかどうかは、また別の話なのだが)、その下僕は自分の身代わり、人柱にして殺してしまったのだ。
つまりは自業自得である。
「え? 葛城一尉の部下の方ですか? ──えーと、確か現時点では、この発令所内には一人もいないと伺っておりますが〜?」
顎に指先を添え、小首を傾げながらも素直に答えるカエデ。
そうなのだ。
同じ作戦局の職員たちは、次は我が身とばかりに震え慄き、ここ数日の間に全員が挙って「異動願」を申し出ていたのだ。
無論、ネルフという組織が、そんなものをスンナリと受理するわけがなかった。
そんなことを許しては、組織としての示しがつかないのだ。
しかし要求を却下された者たちはというと、──今度はすぐさま「辞表」を叩き付けたのだ。
全員がである。
背に腹は代えられないとばかりに憤慨して。殺されるよりはマシだと。
これにはさすがのネルフの上層部も泡を食ったらしい。
如何せん、数が数なのだ。
総勢1200名余。──戦術作戦部と中央作戦司令部の全セクション(ここは所謂、有事の際に「統合作戦本部」の中核となる部署である)の管理職を除く全職員が、団体交渉まがいの勢いで攻め込んで来たのだ。
上層部は色を失って慰留するも、相手は一歩も引かなかった。なんせ自分たちの命が懸かっているのだ。
確かにそこのトップたる作戦部長の女は無能だと、組織の上層部も認識しており、彼らの身の上に同情しないこともなかったのだが、このままでは有事の際の「統合作戦本部」は組織として完全に機能しなくなるのだ。
その事態だけは、絶対に避けなければならない。
第一、1200名もの欠員補充など、短時間で出来るわけがなかった。
引き継ぎや再教育の時間だって馬鹿にならない。
支部から臨時呼集を掛けるにしても限度がある。
第一、そんな状態の中で使徒が襲来したら、そこでジエンドなのだ。
──で、押しつ押されつの激論の結果、苦肉の策として、当面、発令所勤務の作戦局職員についてだけは、発令所外へと異動させることで、どうにかこうにか労使双方の「暫定的」合意を得たのである。
因みにこの問題は、後日さらなる動きをみせることになる。それはまた別のお話…。
「な、ななな、何ですってぇ〜〜!?」
響き渡るミサトの叫び。
「ちょ、ちょっと、リツコぉ〜〜、コレってば一体どういうことよぉ〜〜!?」
ビール臭い息と唾を撒き散らしながら、ミサトは親友(?)に詰め寄った。
その親友(?)はというと、露骨に嫌な顔をしている。
「(朝っぱらから酒臭いわねぇ…)私に言わないでくれるかしら? これはトップダウンで決まったことよ? 文句があるんだったら、碇司令に直接言ったらどうかしら?」
リツコは軽くあしらった。
「しょ、しょんな〜〜〜!!」
〜同時刻、第三新東京市・郊外、シンジの邸宅〜
『ふぅ〜いいお湯だったわ〜♪ …あれ? シンジは?』
ほんのりとピンク色に顔を上気させ、濡れた体をタオルで拭きながらリビングにやって来た黒猫が、その違和感に気付いて声を出す。
そこには最愛の息子はおらず、途端に心配になってキョロキョロと辺りを捜し回る始末。
相変わらず、子離れが出来ていない御仁である(笑)。
『…ほら、アソコ』
白猫がソファーで寛ぎながら、目線だけクイと動かして合図する。
その先に目を向けると、シンジが庭に作った畑──菜園と呼ぶと何故かシンジが怒る(汗)──で所謂、野良仕事をしていた。
『まあ、シンジったら、暑いのによくやるわよねぇー』
まだ朝とはいえ、もう陽は高く、気温・湿度ともにそれなりにある。
黒猫が少しサッシを開けると、モアッとした熱気が容赦なくクーラーの効いた部屋へと入ってくる。
少年はというと、大きめの麦わら帽子を被り、額に汗してせっせと土を弄っていた(その額の汗が本物かどうかは不明)。
畑のほうに目を移すと、既にあらかた土壌の入れ替えも済んでおり、猫の額ほどの狭い畑ではあったが、かなり本格的なものであった。
実を言えば、シンジはこういう、育て、収穫することが好きであった。
長年の趣味と言ってもよいのかもしれない。
対象が、植物であっても。
家畜であっても。
…そして、人間であってもである(笑)。
『しっかし、また見事なもんだよねぇー』
白猫が畑を眺めて感心している。
右半分の畑には、瑞々しいまでの夏野菜が、赤に緑とたわわに実っていた。
「肥やしが良いからねぇ〜♪ それにまた追加したし〜♪(ニヤリ)」
白猫の呟きが聞こえたのか、畑の上でそう答えると、少年は口の端を緩めた。
今、彼はというと、耕したばかりの左半分の畑に、生石灰を撒き、ホースで水を掛けていた。
土壌からは白い湯気がモクモクと立ち上っている。
しかしよくよく見れば、その耕した土の中から硬直した人間の手が数本、ニョキと生えていたが(おい!)。
それに気づいて、足蹴に土を被せる少年であった(笑)。これにて証拠隠滅完了であろうか。
実は、白猫や黒猫は知らないことであるが、ここの土の下には、肥やしとして数名の黒服がミンチにされて埋まっていたのだ(汗)。
恐らくこの先も良い肥料が入荷できるだろうし、まさに究極の有機農法であった(臭いそうだが)。
「さて、そろそろ出掛けるから、準備しといてねー」
少年はそう声を掛けると、泥を落として部屋に入り、一人風呂場へと消えた。
〜第三新東京市・郊外、某所〜
木曜日の午前…とはいっても、すでに陽は高い。
ここは第三新東京市の郊外、旧市街地にあるマンモス団地である。
この近辺は再開発が進んでおり、道路を隔てた反対側では、すでに多くのビルが取り壊されており、今現在も工事の騒音が響いていた。
いずれはこの団地も取り壊されることになるのだろう。
そのためか、すでに人が住んでいるような気配は、どこにもなかった。
そんな場所の、とある団地棟の中層、402号室そのドアの前に、銀髪の少年が一人佇んでいた。
少年が見上げるその先には「綾波」と手書きで書かれた表札が掛かってある。
暫く何やら考え込んでいたが、意を決してその少年は目の前のインターフォンを押した。
だが何度押しても、ウンともスンとも言わない。どうやら壊れているみたいである。
しかしこの少年、次の瞬間、とんでもない行動を取った。
何と、ガバッとドア越しに聞き耳を立てたのだ。
そして、中の様子を伺いながら、不気味に掌をニギニギさせ、鼻の下を伸ばしていた。
傍から見ていて、怪しいこと、この上ない。
──ふむ、ここはチョコっと彼の頭の中を覗いてみることにしよう。
(はぁはぁ……水の音がする……やっぱりシャワー浴びてるんだ……でもキレイだったよなぁ、あのときの綾波の裸……はぁはぁ……あ、マズ、膨張してきた……でもまた見たいなぁ……どうしようかなぁ………………うん、そうだよね、これは仕方がないことだよね、だってカードを届けなきゃいけないんだし、これがなきゃ綾波が困るんだし……はぁはぁ……ハハ、ドサクサに紛れてチョットだけオッパイ揉んじゃおうかなぁ……あ、でも怪しまれないかなぁ……やり過ぎて嫌われちゃったら元も子もないし……今はまだ我慢したほうがいいのかなぁ……はぁはぁ……でも据え膳なんて、とても我慢できそうにないし……うーん………………だ、大丈夫かな?……だ、だって今の綾波にはそんな人並みな感情はないハズだし……うん、そうだよな、きっとそうだ、そうに決まってる………………そしてそして、そのままついうっかりキスなんかしちゃったりしてさ……あわよくばその先も……はぁはぁ……ゴクリ、うんうん、これは不可抗力なんだし、仕方がないことなんだよ、きっと〜♪)
………
………
なーにーをー妄想してんだ、このガキっ!!(怒)
この少年、ニヘラニヘラ顔で、かなり邪なことを考えていたのだ。
この瞬間、全国一千万のアヤナミストを敵に回したも同然であろう。
勿論、性犯罪一歩手前である。
だがちょうどそのとき、この挙動不審な少年の背後に忍び寄る一つの影があった。そして──
パカーン!
「がはっ!?」
突然、後ろから強烈にブン殴られて(それはもうエヴァの頭がもげるほどの馬鹿力で)、バタンキューと昏倒してしまう銀髪の少年であった。
その後頭部には、漫画チックな巨大タンコブが出来ている。ああ、不憫よのう。
そして殴った犯人はというと、ドアの前に落ちていたセキュリティーカードを拾うと、目の前のドアを開けた。そして開口一番──
「ゴメン下さい──はいどうぞ♪」
お約束の一人漫才をして、その謎の人物は、そそくさと玄関の中へと入る。
ドアの内側には、ダイレクトメールが何通も突っ込まれたまま放置されていた。
下駄箱の上にも未開封のダイレクトメールが山積みになっており、一部開封されたものはそのまま床にうち捨てられていた。
床に視線を下ろせば、無数の靴跡が部屋の中まで続いている。
恐らく土足のまま生活をしているのだろう。
(…うーむ、相変わらずな生活だなぁ〜)
その謎の少年(バレバレ)はそんな感想を漏らしながらも、自分の靴をちゃんと脱ぐと、スタスタと奥の部屋へと入っていった。
その部屋は、無機質な空間そのものであった。
調度類はほとんど皆無。壁は打ちっぱなしのコンクリートが露出。ボヤでも起こしたかのような煤けた天井。窓に掛かる遮光性の黒いカーテン。無骨なパイプベッド。そして枕には血痕。冷蔵庫の脇のダンボール箱には血で汚れた包帯。冷蔵所の上には水の張ったビーカーと内服薬、新品の包帯。そしてチェストの上にはヒビが入ったメガネ。そして部屋に充満する血と薬品の臭い──
『(血!? …酷い)』
『(…はぁ、やっぱりこの部屋も全然変わってないよね)』
上は黒猫、下は白猫の感想である。ま、すでに正体などバレバレではあるが…。
よくよく見ると、ベッドの上には第壱中学校の女子の制服が無造作に脱ぎ捨てられてある。
「ふむ、やっぱりまたシャワーか。 綾波って、案外シャワー好きなのかな? ──ま、あの野郎を部屋に入らせなくて良かったよ。 やっぱ学校を休んで正解だったかな」
謎の少年S(おい)は溜め息を吐いた。
実を言うと、今日はエヴァ零号機の再起動実験の予定が入っており、チルドレンの二人(レイ&ダッシュ)には、午前中までにネルフ本部への出頭命令が出ていたのだ。
つまりは学校はお休みである。
実はこのイベント、前史よりは二週間ほども早かった。
これは、内心ではシナリオの狂いに焦った某司令官が、無理言って現場に作業を急がせた、その結果である。
トバッチリを食らったのは当の作業員たちである。
彼らのここ一週間の勤務時間は「某金髪黒眉博士」以上であったのだから。
『あ、アイツのメガネ…』
チェストの上に置かれているメガネを見て、白猫がそう呟く。
その呟きに気づいた少年は、鼻息をピスピスさせながら、そのメガネに手を伸ばした。そして──
「ケント・デリ○ットです♪」
…やっちまった(汗)。
少年はそのメガネを使って、禁断の「芸」を披露していた。
無論、気持ち悪いので、メガネを直接顔に掛けたりはしない。
『うひゃひゃひゃ〜〜』
『や、やだもう、シンジったら〜〜』
おお、珍しくウケているっ!
猫二匹はベッドの上でお腹を抱えて笑い転げていた。久しぶりの会心の一撃!
この思わぬ好感触に、何気に芸を披露した本人もすこぶるご満悦である。
まさに、お笑い経験値が+2アップした!(おい)
そんな馬鹿なことをやっていると突然、背後でシャーッというカーテンが開く音が聞こえた。
振り向くと、やはりというか何というか、そこには一糸纏わぬ姿のレイが立っていた。
レイとしても驚きだろう。そりゃそうだ。風呂から出てみれば、自分の部屋に人がいたのだから。
だが、この予想外の訪問者たちに少しは吃驚した表情をみせていたが、それが見知った人物であることを確認すると、レイは直ぐにその警戒を解いていた。
──老婆心ながら申せば、正直そういった問題ではないと思うぞ…(汗)。
『うわあっ!』
『ちょ、ちょっとぉ〜〜!』
レイの全裸を見て、白猫と黒猫は大声を上げた。片や、
「やあ、お邪魔しているよー♪」
と、先程のハイテンションのまま、軽く挨拶をかます謎の少年──って、あーもー面倒臭いっ!
ここまで引っ張っておいて何だが、この少年は碇シンジ、白猫と黒猫はそれぞれシロとクロである。
ま、とっくの昔にバレバレで、今さらなのだが……スマン(汗)。
さて、レイは最初こそシンジの姿を見てその表情を緩ませていたのだが、彼が手に持つメガネを視界に捉えるにつけ、反射的にその顔つきは一変する。
そして無言のまま、ペタペタと裸足で詰め寄ると、サッと少年の手からそれを奪い取ってしまった。
──因みに今回は、くんずほぐれづの押し倒しイベントは発生しなかったようである(ちぇっ)。
余程大切なものなのだろう。少女は手に取ったそれを、暫く胸元で優しく握り締めていた。
(……)
メガネをケースにしまうと、彼女は少年たちに背中を向け、そして周りの目を気にすることなく、そのまま着替えを始めていた。
だがそれを眺める少年は、何故か特に照れもせず、傍のベッドに腰を下ろすと、再びジッと彼女(の背中)を見詰め続けていた。
尤もそれは、厭らしい好奇の目ではなく、いわば肉親のような優しい目であったが。
「──なに?」
背後からの少年の視線を感じたのだろう。不審そうにレイが振り返る。そもそも彼がこの部屋に来た理由をまだ訊いていない。
「ああ、…綾波の新しいセキュリティーカードをね、届けに来たんだよ」
ピラとカードを見せる。
それは間違いなくネルフの、少女のIDが刻印された更新済のカード。
「──何故、貴方がソレを持っているの?」
「さっき、ここの部屋の前で挙動不審者から奪い取ったから♪」
「──そう」
アッサリ納得したらしい。いいのかそれで?
レイは再び着替え始める。
どうやら今の彼女には、別段羞恥心というものはないようであった。
普通、羞恥心というものは、他の様々な感情同様、社会生活の中で培われるものである。
だが彼女には、そんな機会など与えられなかった。無論それは、某司令の指示である。
さて、そんな少女の様子を黙って見守っていた少年ではあったが、ふと何かに気づいたようで、彼女に声を掛けた。
「…あのさ綾波、お節介かもしれないけどさ、その…。 ──ブラのつけ方はちゃんとしたほうが良いと思うよ?」
と、ポリポリと顔を掻きながら、多少は言いにくそうに伝えるシンジであった。
無論、他意はない。親切心からである。それでも爆弾発言には変わらないが。
よく見れば、確かに蒼銀の髪の少女は、ブラのホックを胸元で止めてから、カップが前にくるように無造作にグルリと回していたのだ。
これは一般的に言うと、あまり正しくはないやり方である。やっている方は多いかもしれないが。
恐らくは、誰も彼女に正しい装着方法を教えなかったのであろう。
『(な、ななな、何だってシンジがそんなことを知っているのよぉ〜〜〜!?)』
因みに、これは黒猫の魂の叫びである。かなりアッチョンブリケな顔をしていた。
「──??? どういうこと?」
首だけを振り向かせると、レイは怪訝そうな顔を向けた。
恐らくは、何が間違っているのか、全然わからないのであろう。
だがシンジは、これを待ってました〜とばかりに、ピスピスと鼻息を荒げて、その身を乗り出した。
「説明しよう♪」
そう切り出すと、人差し指を天に振りかざし、早口かつ冗舌かつノンストップの勢いで喋り始めたのである。
もうこうなったら誰にも止められなかった(笑)。
「先ず──(ここで深呼吸一回)──俯き気味にバストの膨らみを掬い上げる様にブラを当て、然る後に両手でブラの下を押さえ、アンダーバストをしっかりと固定させつつ、そのままの姿勢でアンダーを押さえた両手を後ろのほうへと回し、フックを留め、少しだけ上体を浮かせ、両方の肩ヒモを支えてバストを持ち上げ、上体を起こして脇の余ったお肉と一緒に片手でバストを引き上げ、もう一方の手で引き上げたお肉がこぼれない様にブラの上から押さえつつ、バストが上向きになるように調節、アンダーを固定したまま肩ヒモやカップの脇を持ち上げ、バストをカップの中に収納、肩ヒモの長さと位置を調整、なおこのとき肩ヒモでカップを吊らないように注意し、サイドに横シワが出来ていないかを確認、そして正しく装着出来たか全体を見回してチェックし、最後に両の腕と肩を前後左右に動かしてもブラがズレなければ問題ナシ、これにて装着完了♪ ──OK?」
シンジは身振り手振りのジェスチャーを交えて、生麦生米生卵ばりの早口で一気に言い切った。
その顔はひと仕事終えた達成感からだろうか、心なしか上気していた。
…この少年、世に言う説明魔だった。
『……』
『……』
猫二匹はア然としていた。
少年の新たな一面を発見…というところだろうか?
「──そう。 よかったわね」
何やら鼻息を荒げて多少興奮気味(?)の少年を見て、レイは少しばかり引いた目で、一言だけそう答えた。
でも当の少年には通じない(汗)。
「オッホン! ──それにアンダーとワイヤーの円周も微妙に合っていないみたいだしね。 それだとバストの形が崩れたり、無理な姿勢にもなって、体にも悪いと思うよ? あ、そうだ! 今度一緒に買いに行こうか?」
臆面もなく、そんなことを言ってのけるシンジであった。とても男子中学生の言葉とは思えない。
「──??? 何故、そんなことを言うの?」
理由がわからないのか、少女は小首を傾げる。
下着など、それの用をなせればそれでいいハズなのだ。
それこそデザインやサイズ、布地の材質など、問題ではない。少女はそう思っていた。
余談ではあるが、少女の下着はネルフ、つまりリツコから一括支給されたものであった。
サイズに関しては、およそ一年前にリツコが大雑把にレイの身体を計測し、そのデータを基に、一律同サイズの下着を大量に与えていたのだ。
つまり、今ある彼女の下着は、どれも一年前に計ったサイズの物であるのだ。
合わなくなって当然であろう。
しかもどれもデザインは同一かつ陳腐、大量生産の安物であった。
因みにリツコ本人はどうかというと、某鬚男の気を惹くために、舶来物の高級ランジェリーを数多く買い揃え、常に身に着けていたという。
さて、話を戻そう。
レイの言葉に、今度はシンジがキョトンとする番であった。
そして少し逡巡した後、口を開く。
「──だって、綾波は……その、すごくキレイだからね……勿体無いと思うよ?」
少年は少し恥ずかしそうに顔をポリポリ掻きながら優しく微笑んだ。
無論これはお世辞などではなく、彼の本音の言葉である。
その意外な言葉にレイは大きく目を見開く。
「──!? な、何を言うのよ…(////)」
さすがに照れたようで、慌てるように視線を逸らす。
そして今さらながら、その裸体を隠すようにモジモジし始めていた。
どうやらその辺の感情が芽生え始めているようであった。良い兆候であろう。
しかしふと気づけば、いつの間に何やら甘〜い雰囲気が部屋中に充満していたようであるが(笑)。
『……』
『……』
こちらは猫二匹…未だ再起動を果たせず。
暫くして、着替えが終わったレイが部屋を出る。これからネルフへと出頭するためである。
そしてシンジもそれに続く。というより金魚のフン。
だが玄関のドアを開けるなり、蒼銀の髪の少女はその場に固まった。
「……」
「……」
「──何、コレ?」
あくまで無表情だが、かなり迷惑そう。
見下ろす彼女の視線の先、部屋のドアの前には、未だ不審人物(?)が無様に伸びていたのだ。
白目を剥き、舌をベロンと出して、見事に失神している。
(ありゃりゃ…ちょっとばかし強く叩きすぎたかな?)
少しだけ冷や汗を掻く犯人であった。
「ま、まぁ、あと小一時間もすれば目覚めると思うよ(いや、多分だけど)」
「──そう。 ならいいわ」
ポツリと答えるレイ。えらくアッサリしている。
このままココに放置されていたら、かなり近所迷惑だろう。…無論、ご近所が居ればの話だが。
というよりは、彼女の場合、自分が帰宅するまでに撤去してくれれば、別段文句はないのだろう。
嗚呼、憐れなり、名もなき(?)不審人物よ…(笑)。
ガタンゴトン、ガタンゴトン──
第三新東京環状第七号線を走るリニア快速電車。
「──どこまでついてくるの?」
吊り革に掴まり、目線を合わせないまま、その少女は、隣の少年に訊ねる。
この少年、部屋を出てからズッと自分にくっ付いて来ている。
両肩に子猫を載せて。
別に嫌な気はしない。ただ彼が傍にいると、少し動悸がしてくる。体がおかしい。
「ん? もしかして迷惑だったかな?」
「──構わないわ。 好きにすればいいと思う」
「そ、ならいいけど」
傍から見れば、何とも味気のない会話。
でも今の二人にとっては、十分に意味のあるコミュニケーション。
ガタンゴトン、ガタンゴトン──
二人を乗せて、なおも電車は進む。
しかしリニア式のモノレールなのに、何でガタンゴトンって音がするんだろう?演出か?
某私鉄のドレミファソラシドーと似たようなモンか?
よくわからない。どうでもいい話だが。
〜ネルフ本部・地上入館ゲート(無人)前〜
レイはゲートの前ではたと立ち止まる。
どうやら少年からカードを受け取っていないのを思い出したようだ。
「ハイ、綾波の新しいカード」
少年が横からカードをピッと差し出す。
「──貴方はどうするの?」
それは素朴な疑問。
先日のリツコの話し振りからだと、この少年にはカード自体が発行されていない可能性が高い。
だとすれば、これより先、ジオ・フロントには入ることは不可能。
だからといって、この少年がここまで来て中に入らないとは、正直思えない。
それに実際、今まで何度も出入りを繰り返していたフシがある。
それは自分の入院中の見舞いでも明らか。では、どうやって?
そこまで考えたが、やはりレイにはわからない。
少女の考えを他所に、少年はニコニコしていた。
──よもやこの少年が単なる暇潰しでネルフ本部くんだりまでやって来たとは、さすがの少女も知る由もなかったらしい(笑)。
「僕? 僕はフリーパスさ。 こんな風にね」
そう言うと、シンジはその右手を横のカードリーダーに翳した。
ピッ
次の瞬間、目の前の重々しいゲートが上下に開く。
「……」
こんな芸当、シンジにとっては朝飯前ではあったが、別段、彼だけの専売特許ではない。
ATフィールドの応用に長けた使徒ならば、電子データの改竄など、そう困難ではないのだ。
やろうと思えば、使徒歴の浅い某銀髪少年にだって、十分可能な技であるのだ。
「ハンドパワーです♪」
シンジは全身でおちゃらける。が──
「……」
レイは無視してそのまま踵を返した。
…すべったようだ。
山田くぅ〜ん、全部持ってっちゃってぇ〜♪
『シンジ…』
『…ダメダメだね』
ヤレヤレとばかりに憐れみの目を向けている猫二匹。
当のシンジは、──天国から地獄、イジけて膝を抱え、一人ブツブツと妖精さんたちと不毛な会話を始めていた。
「(裏切ったな…僕の気持ちを裏切ったな…鬚と同じで僕を裏切ったんだ…ブツブツ)」
あーもー鬱陶しい(笑)。
レイは既にネルフ本部施設に入っており、今はエスカレーターに乗って黙々と地下深くへと降り続けている。
そこにようやく立ち直った(?)シンジが、小走り気味に追いついてきた。
「あー、さっきは(すべって)ゴメン!」
そっちかい!
「──何が?」
振り向きもせず、素っ気なく答える少女。
別に少年に対して含むところがあったわけではない。
余裕がなかった。
彼女なりに、今日これからのことで頭が一杯であったのだ。
そう、零号機の再起動実験のことである。
だがシンジは気にせず、ズケズケと声を掛け続ける。
「あのさ、今日これから再起動の実験だよね? 今度はうまくいくといいね?」
「……」
レイは無言だった。
そんなことは、彼に言われるまでもなくわかっていた。
そうでなければ、自分の存在理由はないのだから。
(──二度と失敗は許されない。 でなければ私は用済み。 あの人に捨てられてしまうもの)
もう自分には後がない。捨てられたくはない。
少女は自らの心に、無言のプレッシャーを課していた。
一見して無表情ではあるが、今のレイは、えも言われぬ焦燥感に襲われていた。
「…ねぇ、綾波は怖くないの? …またあの零号機に乗るのが?」
彼女のそのただならぬ様子を察したのか、シンジが再び問う。
セリフは「前回」と同じだが、今の少年にオドオドしたところはなかった。
知っているのだ。──歴史を、…そして今回は絶対に暴走は起きないという全てのカラクリを…。
「──どうして?」
背中を向けたまま、レイはポツリと訊き返す。
「…前の実験で大怪我したんだって聞いたからね、平気なのかなって思って…」
「──貴方、碇司令の子供でしょう?」
ホンの少しだけ語気が強まる。
自分が信じている存在、それが幾分損なわれる不安に駆られていた。
ナーバスになっていたのかも知れない。
そんなつもりなどなかったのに、思わず少年に食って掛かっていた。
「うん…まあ、そうらしいね」
あんなの、血の繋がっただけの他人である。それ以上でもそれ以下でもなかった。
「──信じられないの? お父さんの仕事が?」
言葉が止まらなかった。どうして、どうして──どうして。
そこに少年の決定的な一言。
「うん、まったく全然、これっぽちも♪ ま、当たり前だよ。 あんな父親なんだから」
(!!!)
その言葉に、体が無意識に動いていた。
まるでオートマータ。
レイはクルリと振り向き、少年の目を睨みつけ、そして──
パチーン!
その右手がシンジの左頬を張っていた。
(あ…)
それはレイという少女が、初めて感情らしい感情を見せた瞬間でもあった。
だが叩いてしまった後で、ハッとしてうろたえ始める。
叩いた感触の残る手をもう片方の手でギュッと握り締め、表情を強張らせる。
それは戸惑い。それは後悔。そして不安。
何故こんなことをしたのか、そしてどうしていいのか、彼女にはわからなかった。
だが当のシンジに、特に動揺した様子はなかった。
左頬には、赤い紅葉マークがクッキリと刻まれている。
だが、今も加害者の少女に優しく微笑み続けていた。
それはすべてを包み込む慈愛の微笑み…。
決して万人には与えることはない、目の前の少女にだけに向けられた表情…。
(あ…)
思わず見惚れてしまう。
だがそのとき、不意に少年の左手が伸ばされる。
(!!!)
仕返しに叩かれると思ったのか、レイは瞬間的に身を硬くし、目を瞑る。だが──
(!?)
襲ってきたのは、予想に反して心地よい不思議な感触であった。
レイは薄目を開けて状況を確認する。
(──あ)
少年の伸ばした手は、しかし少女に危害を加えることはなかった。
エスカレーターの一段上から、少年は伸ばしたその手を彼女の頭にポンと乗せ、良い子良い子をするが如く、髪を撫で続けていたのだ。
優しく、そう、とても優しくである。
レイは最初こそ驚いたが、目線をずらし頬を染め、ジッとそのままされるがままにしていた。
気持ちが良かった。
久方ぶりの愛撫。やはり落ち着くものだった。
精神的に追い詰められ、虚無だった彼女の心に、何か温かいものが染み込んでくるのがわかった。
急速に心が満たされていった。
………
………
「んーと、少し落ち着いたかい?」
暫く経ってから、心配そうに少年が声を掛けた。
「──ゴメンなさい」
「ん?」
「──貴方に危害を加えてしまったわ。 本当にゴメンなさい」
レイは心底申し訳なさそうに謝罪する。
ただ、うまく言葉を選べず、もどかしそうにしている。
自分の感情に戸惑っていた。
「あ、いや、…あれは無神経な言葉を吐いた僕のほうが悪かったからね」
「……」
その気遣いに少しだけ安堵するも、だが再びレイは考え込む。
そして訊いてみた。
「──どうして、あの人を、お父さんのことを悪く言うの?」
前々からの疑問。
少年はあの人を尊敬していない…と思う…多分。
でもわからない。
二人には、親子という確かな絆があるのに…。
「悪く? …う〜ん、そうだねぇー。 ──あの男と僕とは、いわば水と油…。 決して相容れることはないと思うよ?」
「──碇君は分かろうとしたの? お父さんの気持ちを?」
「いや…さすがに分かろうとは思わないねぇ(キモイし)」
「──何故、分かろうとしないの?」
「ハハハ、あんなのを分かろうとしたら、こっちまで程度が低くなっちゃうよ」
少しだけ肩を竦ませてみせるシンジ。
「──そう、…そうやって嫌なことから逃げているのね」
一人納得、自己完結するレイであった(汗)。
未だこの少女にとっては、ゲンドウという存在は絶対のようであった。
彼の庇護なくして生きること能わず。
精神的にも…肉体的にも(あ、変な意味じゃないよ)である。
外道、レイプ魔、人でなし──そんな巷の醜聞など、彼女にとっては何の意味もなかった。
自分にとっての真実は、ただの一つなのだから。
そんなところは、あの「碇ユイ」の気質を多分に受け継いでいるのかもしれない。
前途多難である。
「逃げているか…ハハハ、参ったねコリャ…。 でもね、それは…それは違うよ、綾波」
少年は明確に否定した。
それは何時にない真面目な表情。
「…僕はね、もう逃げないって決めたんだよ。 …だからこの世界にいるんだ」
まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くと、少年は天を仰ぐ。
だがその瞳には、確固たる強い意志の光が宿っていた。
「──逃げない? この世界? それは一体どういうこと?」
小首を傾げている少女。
その問いに、少年は少し間を置いて答えた。
だがそれは衝撃の一言だった。
「綾波はさ、誰よりも幸せになる権利があるんだよ。 ──だから、『無』になんかには還させない!」
「!?!?」
その言葉に一際目を瞠るレイであった。
まさにそれは衝撃。一時的に彼女の思考をストップさせるほどの。
少年は相変わらず、少女の柔らかい頭髪を撫でている。
「──あ、貴方、何を知っているの!?」
声が擦れ、震えていた。
可哀想なくらいにまでに心が萎縮していた。
動揺からだろうか、急に下腹に鈍く重苦しい痛みが走り始める。
そんなハズはないと、必死に疑念を払拭する。
だが、次々に湧き上がる不安。
エヴァ…使徒…リリス…ダミー…実験…そして自分に関わる出生の秘密と存在理由──
いやだ。いやだ。
彼だけには知られたくない。
嫌われたくない。
疎外されたくない。
──この安らぎをもう手放したくはない。
とりとめのない考えがどんどん膨れ上がる。
彼女の顔には、そんな感情が見え隠れしていた。そんなとき、
ギュッ──
「!?」
突然の感触にレイは驚く。
それは少年が、そんな痛々しい表情の彼女を見るに耐え切れず、思わずその体を強く抱きしめていたのだ。
「…大丈夫だよ。 お願いだから怖がらないで。 綾波は…綾波は決して一人じゃないから」
少女の耳元で、優しくしかし悲痛そうな口調で囁かれる言葉。
(一人じゃない? でもそれは違う。 だって私は一人……作られた存在。 それが現実。 それが事実。 貴方とは違う…)
(……)
(……)
(…違う…ハズ………でも…)
(……)
(……)
「──あったかい」
それは自然と声に出た言葉。
初めは突然のことにその身を硬くしていた少女も、少年に抱きしめられつつ、次第にその緊張を弛緩させていった。
ついには無意識的に、その両の腕を少年の背中へと回す。
そして二つの影が一つとなる。
過ぎゆく二人だけの時間、そして至福の刻──
「──どうして、私に構うの?」
そう、私にはそんな価値はないのだから。
少し落ち着いたのか、少年の胸の中から、上目遣いでレイは訊ねる。
だがその間も、背中に回した腕は放さない。
あたかも幼子がその心細さから母親の手をギュッと握るが如く。
「嫌だった?」
少年の問いに、ふるふる…と首を振るレイ。
「…綾波はさ、僕にとっては、全てなんだよ」
シンジは正視して答えた。その言葉に嘘はない。
「──すべて?」
「うん」
そうにこやかに答える少年の笑顔を見て、少女は何とも言えない感情が湧き上がってきたのが分かった。
それはとても温かいモノ。
が、すぐにレイはかぶりを振る。
自分にはそんな資格はないのだと…。
それにこの感情は危険であると…。
嬉しければ嬉しいほど、希望すれば希望するほど、後で突き放されたときの、失ったときの絶望が大きく、辛いことを知っていたから──
少し考えてから、少女は答える。
「──私はすべてじゃないし、…それに一つでもない」
「…どういうこと?」
「──私が死んでも代わりはいるもの」
それは小さな声。
私が死んでも、次の私がいる。今の私は、たくさんの私の中の一人。それが答え。
だから…違うと思う。
それは少女の今の思いのすべて。そして悲しみのすべて。
その顔を再び少年の胸元に埋めながら、泣き出しそうなその顔を隠した。
「いないよ」
少女の耳元で囁かれた否定の言葉。
だって綾波は、どこまでいっても綾波に他ならないんだから。それは明確な少年の意思。
「──違う。 貴方は…知らないだけ」
尻すぼみ気味にそれだけポツリと言うと、少女はさらに強く少年を抱きしめ、その顔を彼の胸元へと深く埋めた。
言葉では拒絶、否定しても、体はまったく逆の行動をとっていた。
言い知れぬ不安を拭い去るための…それは無意識下の行動であったのだ。
無論、少年はそのことを十二分に察していた。
「……」
この期に及んで、シンジは何も言わなかった。いや、言えなかった。
彼なりに、少女の苦悩、その一部を思い知らされていたから…。
小さく震えているレイを優しく包み込み、今はその後ろ髪を愛撫することしか出来なかった。
(……やはり今は鬚のヤツに依存しているか……無論、それを強制的に解くことはさして困難ではないけど……それではダメなんだ……この子には、良くも悪くも自分で考え、自分で選択する生き方をして欲しいんだ……それが僕の望み、そして贖罪………………弱ったところに優しく手を差し伸ばす……これじゃあ、あの下衆野郎の「光源氏計画」と何も変わらない……依存する親鳥がすり替わるだけ……何も変わらない……)
シンジはレイの髪を撫でながら、その安心したような横顔を見詰めながら、思いを巡らせていた。
──もしかしたら、少し深入りし過ぎたのかもしれない。
シンジは下唇を噛み締めていた。
今さらながらに不安が襲う。
彼女のためには、自分と出会わなかったほうが良かったのではないのか?
そんなところまで思考が及んでいた。
(これじゃ、髭への「依存」から、僕への「依存」に置き換わるだけ…)
(……)
(まさか僕は…綾波と一緒に歩んでいきたいのか?)
(……)
(…フフ、それこそ未練…それこそエゴ……僕にはそんな資格、ないのにさ…)
シンジは自嘲した。
そして自らもまた目を閉じる。
……
……
実を言えば、──元々シンジは、レイという少女から一歩距離を置くつもりであったのだ。
シロを初号機に乗せて、自らはダッシュとネルフを牽制しながら裏方に回るつもりであったのだ。
だがイレギュラーな出来事(シロ死亡など)の連続と、ネルフ(髭と牛)のあまりな態度に、計画を大幅に変更したのである。
行き当たりばったりで。単に面白そうというそんな理由で。ズルズルと。
まあそれは、彼らしいと言えば、彼らしい行動ではあったのだが…。
(ねぇ、綾波………きっといつかキミにも本当の絆はできるよ………僕には無理かもしれないけどさ………)
「──私は、あの人の望みを叶えるための存在だもの」
数秒か、はたまた数分か、そんな沈黙を破って、またポツリと言葉を口にした少女。
それは彼女にとっての真実。そして戒めの言葉。
それが彼女に課せられた役割。
あの人だけを信じ、あの人だけの命令に従い、そしてあの人の望みのまま、無に還る。
それこそが、彼女に認められた唯一のこと。
与えられた選択肢。
生まれながらに定められた運命。
「ふーん…。 それってさ、鬚の意のままに動く人形ってこと?」
それは何気ない少年の一言。
しかし心に突き刺さる一言。
「──!! 違う…私は…人形じゃない」
必死に否定する。
人形…それは、心を持たない自己否定の象徴。
使い捨ての対象。
彼女にとっても、それは…それだけは受け入れられない言葉。
自己の絶対境界線。
絶対防衛線。
「そうだね、そんなのは当たり前だよ……だって生きているんだから」
「……」
「うーん、うまく言えないんだけどさ…。 ──たとえ綾波が何者でも……だってそれが綾波でしょう? 綾波はさ…やっぱり綾波だもの」
「……」
「…ま、少なくとも僕にとってはそうだし」
照れ臭そうに、少年はそう言ってくれた。
……
……
碇クン…貴方にとって、私の存在は価値があるの?
私のことを、一人の私として見てくれるの?
私が私じゃなくなっても、見てくれるの?
私がニンゲンじゃなくても、見てくれるの?
私が……私が……。
……
……
ダメ…やはり考えがまとまらない。
ふと自分の頭を撫でる手の動きが止まる。
「!? 碇クン、もう少しこのまま…(////)」
抱擁が終わるのかと思い、焦り、さらにギュッと抱きしめて、少年を逃がさないようにする。
おねだりして、なお一層、体を密着させる。
そうすることで、もっと気持ちよくなれる気がしたから…。
そうすることで、寂しさから逃れられる気がしたから…。
そうしたら、碇クンは少し苦笑いをしながら、また愛撫を続けてくれた。
また暫くして、その手の動きが止まったので、レイは少年の顔を見上げる。
そこには、いつもの穏やかな表情で自分を見詰める少年の眼差しがあった。
そして唐突に少年の腕がスッと伸びる。
「!?!?」
突然の出来事に、レイはその円らな瞳をパチクリさせた。
脇を抱えあげられ、その体は宙に浮いていた。
その二本の細い脚は、地から離れていたのだ。
そう。俗に言う「高い高い」をされていたのである。
少年が何故そんなことをしたのかはわからない。
無論、少女にとっては、初めての経験である。
でも、嫌じゃなかった。
いつもと違った景色。俯瞰から見る少年の顔。
少年は、清々しいまでの微笑みを向けていた。
「綾波……隠すのもなんだから、ここで言っておくよ」
「???」
シンジはレイをゆっくりと床に下ろす。
まだ恍惚の余韻に浸っていたレイはキョトンとしている。
シンジは視線を落とし、自らの掌をジッと注視する。
そして口を開く。
「僕はそう遠くない未来、キミにとって大事なあの男を…碇ゲンドウを──」
そこで雰囲気が一変した。
「この手で殺す」
そして掌をギュッと骨が軋むほどに強く握り締めた。
それは、今までに見たことがない表情。
「!!!」
「…悲しいけど、たとえ綾波が邪魔しようとも、ね…」
「な、なぜ!?」
どうしてそんなことを言うの!?
声が擦れていた。うまく言葉にならない。
戸惑いの色を隠せない。
「宿業…かな」
少年はそれだけを答えた。
唐突に、その少年はしゃがみ込んだ。
そして肩膝を着き、少女の前に頭(こうべ)を垂れた。
それはまるで、中世ヨーロッパの騎士が、その主君に臣下の礼をとるが如き姿…。
(!?!?)
いきなりのことに、少女は訳がわからない。
何故、少年はこのようなことをするのか?
先程から、色んなことの連続で、理解がおぼつかなかった。
そんな中、頭を垂れ視線を落としたままの少年が、ポツリポツリと語った。
「綾波……キミは……僕を利用して……いいんだ」
どこか物悲しげな声…。
そして悔悛の音色…。
しかしそれは少年の覚悟の顕れ…。
「無論、僕は、全知全能ってわけじゃないし……自分の無力さはよく知ってる……それでも僕は、キミのための助けがしたいんだ……ただ、それだけなんだよ……」
そしてその言葉を最後に、少年は何も語らなくなった。
「……」
少女は、黙ってそれを聞くことしか出来なかった。
さて、まったく余談ではあるが、オブザーバーである猫二匹はどうしていたかというと、──終始蚊帳の外であったらしい。
少し離れた所で、二匹して口をアングリと開けたまま、お地蔵さんと化していた。
どうやら、二人の甘〜い雰囲気にあてられっぱなしであったようである。
さもあらん。
〜ネルフ本部・司令室〜
ここは、先の使徒戦で惜しくも崩壊を免れたネルフ本部の総司令官公務室である。
別名、悪の巣窟ともいう。
しかし、相変わらず薄暗い所である。
悪党は暗闇を好むとは、よく言ったものだ。
陽の当たった真っ当な人生を歩んでこなかった連中には、きっと相応しい場所なのかも知れない。
照明は50ルクスもないだろう。無論、節電しているというわけではない。
これでよく仕事が出来るものだ。しかもサングラスをしたままで。
司令席の背後からは、外からの明かりが射し、まるで後光のようである。
それが逆光となって、部屋の主の顔色は窺えない。
そう、これは綿密に仕組まれた演出…。
男の威厳を高めるために作られた虚構…。
その部屋に一人の黒服が入ってきた。
「失礼します。 ファースト・チルドレンが本部に出頭した模様です」
「…そうか。 準備が出来次第、零号機の再起動実験に入らせろ」
椅子に深く腰を下ろしているその部屋の主は、例のポーズのまま、指示を出す。
「あの…ですが、その…、どうやらサード・チルドレンと一緒のようです」
報告しにくそうに、冷や汗を掻きながら、恐々とその男は伝える。
「…何だと!?(チッ)」
レイが男と一緒!?──その事実に、鬚面の男は途端に嫉妬の炎を燃え上がらせた。
表情も険しくなる。
相手がたとえ実の息子であってもである。
「!!!」
そして、映されたモニターを見て、男はさらに激昂する。
監視カメラの映像だろうか──そのモニター越しの画面の中で、少年少女の二人が仲睦まじく抱き合っていたのだ。
堂々と、男の居城、その往来でだ。
それはまさに熱き抱擁、映画の中のようなワンシーンである。
ギリッ…ギリッ…
燃えさかるジェラシーに身を焦がした男の歯軋りが、部屋中に響く。
思わず慄く部下一名。
「…保安部員たちはどうした?」
「ハッ! ──そ、それが今朝から連絡が途絶えていまして、その…」
とうに冷や汗は脂汗へと変わり、もはや戦々恐々の黒服。
直ぐにでもこの場から退散したいというのが、彼の偽ざる本音であった。
いつ目の前の上司の勘気に触れるか、気が気ではなかった。
触れたら…終わりなのだ。人生が。比喩ではなく。リアルで。
「クッ…どこまでも使えないヤツらだ!」
そう苦々しげに毒を吐くこの男、実は密かにシンジの強制連行を、選りすぐりの保安部員たち20名に命じていたのだ。
彼らはまさにネルフの精鋭、一流の猛者ばかりであった。
少年が油断している寝込みを襲って拉致して来い!
その際、手足の一、二本はへし折っても構わん!
──ゲンドウは、そんな指示を出していたのだ。
だがシンジ本人の身柄どころか、その部下たちからは、連絡の一つも一向に来なかったのだ。
来る訳がなかった。
何故なら彼らは、──百舌の早贄(はやにえ)、あるいは畑の肥やしとなっていたのだから。
え?
この説明じゃわからないって?
ふむふむ、あーつまりである。
シンジ宅を襲った保安部員たちは、一人残らず処分(=殺害)されたのだ。
誰にかって?
そんなの決まっている。シンジにだ。
第一、そんな楽しみを他人に任せるような少年ではない。
そしてその処分された憐れな男たちの遺体はというと、──シンジ邸の近く、そこら辺の電柱とか木の枝の先とかに、背中から、腹から、或いは首からブスリと突き刺され、苦悶の表情のまま無残に放置されていたのだ。
皆が皆、その頭部と四肢をチョン斬られて…(汗)。
地面には、ポタポタと鮮血が滴り落ちていたが、すでに時間が経ち、それはドス黒く変色していた。
これは所謂、百舌の早贄状態である。本来は、昆虫とか蛙なのであるが…(汗)。
それが十数人…さぞ不気味な光景であっただろう。
中にはカラスの群れに啄ばまれている遺体もあったほどだ。
たまたま近所を通りかかった、第一発見者の主婦A子さん(仮名、45歳)は、さぞや驚いたことだろう。
既に現場には警察が駆けつけており、今は色々とやっているようであった。
だがこの事件は、犯人不明の、さらにガイシャも身元不明で、迷宮入りをすることになる。
後日、遺留品(IDカード等)から男たちの身元が割れたかのように思えたが、問い合わせを受けたネルフは、その関わりを一切否定したのだ。
そんな男たちなど知らないと。
そして手詰まり。この事件の一切はお蔵入りとなった。
だがおかしなことがあった。
警察は知らないことなのだが、遺体の数が合わなかったのである。
これにはネルフも首を傾げた。
昨晩、宵の時刻にシンジ邸に向かったのは、確かにピッタリ20名の黒服たちであるのだ。
だが発見された遺体は、バラバラのパズルのピースを元に組み合わせてみたら、15人分しかなかったのである。
では残りの5人は一体どうなったのか?
今も生きているのか?
さにあらず。──もうおわかりであろう。彼らは某邸宅の中、畑の肥やしになっていたのである。
〜ネルフ本部・第二実験場〜
「遅かったわね、レイ。 ──あら? サード…シンジ君も来たのね」
レイの傍らに立つ少年を見て、リツコは意外そうに目を丸くする。
無論、部外者だからといって、この少年を邪険にしたりはしない。
言いたいことはあるが、この際、どうやってここまで来たかは、目を瞑る。
彼とは、これから友好を深めていかなければならないのだ。
損なわれた信頼〔注:主に「元」親友によって〕を回復しなければならないのだ。
たとえそれが、いけ好かないガキであってもだ。
彼の力は、──今のネルフには、絶対不可欠なものであるのだから。
「ああ、お邪魔しています、お母さん♪」
先ずは、挨拶代わりの軽いジャブ。
「へっ!?」
「「「「「はぁ!?」」」」」
『シ、シンジっ!?』
肩上のクロも驚く。出来ることなら自分にも言って欲しい言葉だったから。
「わ、わわわ、私は貴方の母親ではなくてよっ!?(ドキドキ)」
少しうれしい気もしたが、本音と建前、リツコはブンブンと首を振ってそれを否定した。
(でも、お母さん、お母さんか……はぁ〜いい響きよねぇ〜♪……息子さん公認のあの人の正妻……フフフ、いいかも〜♪)
内心は、その余韻に浸っていたようである。
だがその魅惑の時間も、直ぐに終わりを告げることになる。
「あれー、おっかしいなー。 クンクン…!! ほらやっぱり! だってあの男の『精臭』がしますよー? この辺からー。 もの凄い悪臭ですよー? だから、お母さんじゃないんですか〜?」
少年は、酷く臭そうに鼻をつまむと、露骨にリツコの股間を指差した。
もし、お母さんじゃなければ、何であの男の臭いがするのか?
そんな疑惑の目を向けて。
まかり間違ったらセクハラであるが、そんなモン、気にする少年ではなかった。
実際、今のシンジの嗅覚は、犬コロの数倍にまで高めてあったらしい。無論、このイベントのためだけにである(笑)。
気持ち悪いので、直ぐに元に戻したらしいが…。
「ちょっ!?(ギクッ!?)」
リツコは内心、飛び上がった。
少年の言ったことは本当であったのだ。紛れもない真実。
実はゲンドウはつい先刻、司令室にリツコを呼び出し、強引に抱いていたのだ。
どうやら懸案だった資金面での問題が一段落ついたため、気晴らしとばかりに昂る○液を思う存分吐き出していたのだ。
そしてリツコはというと、実の親子という事実を知った上で(厳密には、考えが纏まらないまま)、男に身を任せたのだ。
それは消極的な行動だった。──少なくとも最初は。
だがこの女、神に背くインモラルに、いつの間にかいつも以上に快楽に溺れ、激しく乱れていたのだ。
どうやらこの女、──父親からの「資質」を色濃く受け継いでいるようであった。
未だ経験したことがなかった恍惚の新境地に、彼女の中でモラルハザードが始まっていた。
「…あ、股から精○たれてますよ?」
少年の毒舌は止まらない。さらなる追い撃ち。絨毯爆撃。
「っっっ、見ないで〜〜っ!?」
それは素っ頓狂な声。そして身も蓋もない反応。
実際、時間がなく、事後にシャワーさえ浴びていなかったので(因みに情事の臭いは香水で誤魔化せると思ったらしい)、リツコは反射的にその脚を閉じ、手で股間を押さえ、その身をよじらせた。
だが、咄嗟故に正直なその反応が、すべてを物語っていた。
もはや言い逃れ出来ないほどに。
シーーーーンと静まり返る発令所。
ポカンとする面々…。
そこに状況を揶揄するように、少年のおどけた声が響く。
「嘘ぴょーん♪」
してやったとばかりに、極悪なほどにニヤける。
実際、リツコの股間からは、おかしな液体など何も漏れてはいなかったのだ。
所謂、シンジのブラックジョークである。
第一、本当に漏れていたのなら、本人がいの一番に気づくハズなのだ。でしょ?
「クッ…こんの〜〜〜」
リツコはゆでダコのように真っ赤になり、プルプル震え出したが、ふとハッと気づいて、辺りを見回す。恐る恐ると。
(((((……)))))
…あ〜、どうやら遅かったようである。
完全に周囲は、リツコへと白眼を向けていた。
(せんぱぁーい……まさか本当なんですかぁ〜? ……それってフケツですぅ〜)
腹心の部下でさえ、引きまくっていたのだから。
屈辱、不名誉、汚名、軽蔑、そして疎外感──
今まで地道に築き上げてきた何かが崩れていくような感覚…。
呆然とするリツコ…。
「まあ、冗談はさておき…。 ──あれ? 今日は鬚はいないんですか?」
「……」
冗談で、リツコのプライドはズタボロになっていた(笑)。
少年にしてみれば、こんなのただのジャブなのに。
「今はまだ司令室のほうにいると思うわ。 ──し、しかしシンジ君、また随分すごい格好ねぇ(汗)」
何とか危険な雰囲気から脱しようと、話題を変えようとするリツコ。彼女も必死であった。
しかし鬚=ゲンドウで話が通じるとは…。
「すごい? そうですかねー?」
シンジは両手を広げ、自分の服装に目を落とす。
紺の甚平に雪駄(+猫二匹のオマケ付き)。うむ、確かに怪しい。
片手団扇で、夏らしいといえば夏らしい格好なのだが、この場には些か不釣合いであろう。
少なくとも、今どきの中学生のファッションには程遠い。
背中には「アンタ最高♪」という、これまた意味不明なロゴが刺繍されているし(爆)。
しかも扇いでいる団扇には、極秘のハズのエヴァ(零・初・弐号機の三機)の姿をデフォルメしたイラストが確りとプリントされていたのだ。
怪しいことこの上ない。
しかしこの少年、この格好でズッと街中を歩いてきたのだろうか?電車にも乗ったりして?
ある意味、チャレンジャーである。
尤もこの少年にとっては、今さら他人の視線などはどうでも良く、気にすら留めていないようであったが…。
「あれあれあれぇー? どうやら新人さんが入ったようですねぇー」
見慣れない女性の姿を視界に入れ、はしゃぐシンジ。
「あっ、初めまして〜。 私、阿賀野カエデっていいますぅ〜。 ヨロシクね〜。 えーと、碇シンジ君…だったかしら〜(あ〜ん、かわいい〜〜♪)」
かわいいもの倶楽部、会員番号2番(因みに1番は某童顔少女)の彼女のセンサー(≒食指)が反応したのか、その年下の男の子に、愛嬌をふりまく。
少し膝を曲げ、目線の高さを合わせてから、ロックオン、必殺のスマイル。
いつもはもっと歳相応の、低めの落ち着いた声質なのだが、このときは思わず地声が出ていた。
「……」
シンジはジッとその女の人を見詰めている。小首を傾げながら。指を顎に添えて。不思議そうに。
「ん〜? どうかしたのかしら〜? 私の顔に何かついて──」
「…キク8号?」
おい!
「ハイ?」
「あ、いえ、何でもないです(汗)。 ──いえね、初対面で何ですけど、貴女とお話してると、何だか心が休まるんですよー。 こう何ていうか、暖かい陽だまりの中にいるみたいなー、そんな気がするんですよねー。 ハハ、何言ってんだろ僕ー(汗)。 ──ま、こちらこそよろしくお願いしますねー」
少年はそう言ってから、ペコリと会釈した。
まあ、弁明代わりのリップサービスである。相変わらず深い意味はない。
「え? え? そんな…突然困りますぅ〜(////)」
何を勘違いしたのか、カエデはカーッと赤くなっていた。その身をクネクネさせて。
それを見たマヤが、隣で「むー」とふくれているし…。
うーむ、しかし彼女、何かマヤとキャラ被ってるなー。どうしよう(汗)。
プシュー
和気あいあいの第二実験場・制御室、その背後のドアが開く。その瞬間──
「ぐえっ!?」
突如響き渡った、カエルが潰れたような無様な悲鳴。
見ればそこには、なんとゲンドウその人が仰け反っていた。
「…あ、わりぃ。 いきなり後ろで怪しい気配がしたもんだからさぁ、──つい条件反射で…(汗)」
ポリポリと頭を掻くシンジ。
実はこの少年、振り向きざま、鬚の顔面に足裏を蹴り込んでいた。所謂、ヤクザキックだ。
しかし行為を詫びながらも、未だその足裏は、しっかり男の顔を捕らえて離さない。離せよ(笑)。
「き、貴様…」
プルプル震えながら、顔を真っ赤にして睨み付けるゲンドウだが、イマイチ決まらない。
その顔にはシンジの雪駄の底跡がクッキリと残っていたから。
結構思いっきり蹴り入れたらしい。
「「「「「(クスクスクス)」」」」」
しまりのないその顔に、そこら中から失笑が漏れる。
(クソッ、今に見ているがいいっ!! 貴様などいつかこの手で、──ん!? 何だこの臭いは!?)
ゲンドウは突如鼻をつく異臭に、しかもどこかで嗅いだことがある悪臭に、思わず顔を顰める。
「あれあれ? もしかして臭う?」
シンジはニヤニヤしている。
「???」
「いや〜、悪い悪い♪ ここに来る途中にさ〜、道端でついうっかり犬の生ウンチ踏んづけちゃってさぁ〜♪」
シンジは再びポリポリと頭を掻く。しかも全然悪気なし。
「ぬわにっ!?」
鬚はそう叫ぶと、一目散に制御室から飛び出していった。
「おや、冬月副司令、いらしたんですね? まあ、お元気そうで何よりです」
「…ああ、お蔭様で何とかな」
そこには重篤患者であるハズの老人がいた。
勿論、昨日の今日で退院出来るわけがなかった。
まだ彼は予断を許さない状況にあるのだから。
しかし、今日この日に行われるファースト・チルドレンによる零号機の再起動実験がどうしても気になり、本人のたっての申し出により、担当医務官が同伴の上でこの場所にいるのだ。
鎮痛剤の投与で、多少は頭がボーッとしているが、普通の会話程度には特に問題がないようである。
言葉も明瞭であった。
さて、この老人であるが、ファースト・チルドレン「綾波レイ」を基幹とした一連の実験には、やはり特別な感情を持っていた。
当然、今日行われる実験にも、額面以上の目的と意味があるのである。
ダミーシステム完成への一里塚、そして究極の目標──
鬚面の男ほどではないにしろ、彼にとっても、この少女の存在と価値は特別なものであった。
忘れがちだがこの老人、年甲斐もなく、とある女性に横恋慕をしていた。
自分をその女性のいる高みまで導いてくれる大事な駒の一つ──それが「綾波レイ」という存在なのである。
「しっかし、やっぱり生きてらしたんですねー。 案外しぶといというか何というか……えーと、無駄な足掻き? 資源の無駄遣い? 反エコロジー? 地球に優しくさっさと死ねばいいのに」
さり気に酷いことを言う。でも本音。
「……」
車イスに乗っているというか、乗せられている老人のその姿は、──何かこう、手足をちょん切られた芋虫みたいに思えた。芋虫には元々手足はないが。
その無様な姿に、思わず失笑を抑えきれない少年。
「憎まれっ子、世に何とかって言いますからねー。 まあ、老い先短いお体なんですから、精々お大事になさって下さいねー(その前に殺すけど♪)」
いつも通り容赦がなかった。毒舌は今日も健在である。
「……」
「あら? そういえば、ダッシュ君はどうしたの? ──レイ? 貴女と一緒じゃなかったの? たしかカードを預けたハズよ?」
ここにきて、ようやくその少年がいないことに気づくリツコであった。
憐れなるは、その少年──リツコの中では、別にいてもいなくてもいいようで(?)、すっかり忘れ去られていたようだ。
まさかもう興味なし?
ここにシンジがいるから?
もしかして用済み?(笑)
「──彼は、私の部屋の前で寝ていました」
「は? 寝ていた? 部屋の前で? …どういうこと?」
「──わかりません」
「ふぅ、そう。 …まあいいわ。 ──じゃあ、今から零号機の再起動実験に入るわよ。 体調はどうかしら?」
「──問題ありません」
プシュー
ようやく顔を洗ってきたゲンドウが戻ってきた。
「やあ、エンガチョ鬚。 犬のウンコはちゃんと取れたかい? どれどれ、クンクン…おや、まだ酷く臭うようだね? ──あ、失敬失敬、…コレはアンタの加齢臭だったよ〜♪ いや〜、悪い悪い〜♪」
シンジはアハハハと大声で笑う。完璧におちょくっていた。
「き、貴様…貴様…」
ゲンドウは顔を真っ赤にしてギリギリと歯を打ち鳴らす。その体は小刻みに打ち震えていた。
その目は少年を刺すように見据えている。
今にも殴りかからん形相だ。
…子は親の従属物。
…子は親に恭順・服従するのが当たり前。
…子は親をいかなるときも尊敬してやまない。
それが男のポリシー。身勝手な儒学的思想の極致。
だが目の前の息子からは、そんな雰囲気が微塵も感じられない。ていうか、悪意丸出し。
これはどういうことだ!?育て方を間違えたか!?(まあ、育てた覚えはないが…)
(うぬぬぬぬ〜〜)
ゲンドウは、ワナワナと身体を震わせる。
いや我慢だ、我慢、…今は人目がある。そんなことを呟きながら、だがしかし──
「あのさ、毛虱が移るから、あんま近づかないでくれる? それにアンタの息、生臭いよ? あ、もしかして近所の生ゴミでも漁ったの? やっぱり畜生だったんだねー♪」
ブチッ──
瞬間、男の頭の中が真っ白になった。
ブン!
突然、男の大きな平手がシンジの顔に襲い掛かる。
だが空振り。当たらない。
(っ!!)
ブン、ブン、ブン、ブン!
「クソがっ! よけるなっ! このっ! このっ!」
さらにキレて、何度も殴り掛かる。でも掠りもしない。三球三振。独楽(コマ)の空回り。
男はキレ捲くり、人目があることなど、とっくに頭になかった。
しかしこの格好、みっともないことこの上ない。
150センチに満たない小柄な少年に完全に手玉にとられている、180センチを超える大男の図──
喜劇である。
しまいには、何気にシンジが男の軸足を払う。まあ、お約束。
ドシーーン!
「ぐぎゃっ!!」
男は無様な声を出し、ロクに受身も取れずに横転する。そしてそのまま床とディープキス。
父親として、組織のトップとしての面目、丸潰れ。
それに耐えられるほど、男の器は大きくはなかった。
「グゥ…」
地べたで呻き声を上げながらも、その目は頭上の息子を睨み付ける。
そして懐の拳銃に手を伸ばす。だがそのとき──
「碇、落ち着けっ! 頭を冷やさんかっ! ──シンジ君、キミもだ! あまりコイツを興奮させないでくれっ!」
体よくご老体が仲裁に入っていた。
「……」
「(ニヤニヤ)」
あくまで、二人の態度は対照的であったが…。
「そういえば聞いたよ? これから零号機の再起動実験をやるんだってね?」
パタパタと左団扇を扇ぎながら、何気に思い出したように話を切り出す少年。
だがここから始まる暴露劇。
「うぐぐ…。 ──ああそうだ。 今回は、失敗は許されないからな」
無視しようかとも思ったが、苦々しくも相槌を打つゲンドウ。
「ふーん、『今回は』ねぇー。 それってまるで『前回は』失敗が許されていたみたいな言い方だよねぇー?」
鎌を掛けて、シンジはニタリと鬚の顔を窺う。
無論、言葉自体は、言い掛かり的なこじつけなのだが、そうはとらない輩がいるのだ。
「っ!? 貴様、…何を知っているっ!?」
「おんや〜? 何を言っている、の間違いじゃないの〜?」
言葉尻をとらえ、再びニヤリ顔を返す。
餌なしで釣り糸を垂らして見事に釣れた。完全な自爆。
「グッ」
失言に気づいたのか、ゲンドウは苦虫を噛み潰したような変な顔を作る。
(…やはりこの子は何かを知っているわね)
二人の掛け合い漫才の横で、リツコは少年のどこか飄々とした態度に、何か確信めいたものを感じていた。
いつか尻尾を掴んでやる──そんな意を再び強くしていたらしい。
それは科学者としての本能。まぁ何とも懲りない女である。
だが、仮に尻尾を掴んだとしても、この少年からアドバンテージを取ることが、果たして出来るのだろうか?
そしてそんな世俗的なことに、少年が価値を認めるのだろうか?意識を払うだろうか?
………
………
…何か無理っぽい。
あ、そう。良かったね。──それで終わりのような気がしてならない。無性に。ハハハ(笑)。
………
………
少年の言葉は続いていた。
「そういえばさ……鬚って、いつも手袋をしているよね?」
質問がワザとらしい。
でもそれは核心を突く言葉。スペードのエース。
「……」
何故かゲンドウは黙して答えない。
沈黙。
沈黙。
ひたすら沈黙。
ウンともスンとも言わない。
見かねたリツコが、代わって口を開く。
うまくいけば、この少年の尻尾を掴めるかも知れない。
そんな目論見があることは、言うまでもなかった。
「シンジ君、これは機密なんだけどね。 貴方がまだここに来る前、エヴァ零号機の起動実験中に事故が起こったの。 そのとき、パイロットが中に閉じ込められてしまったのよ」
彼女にとっての事実を、淡々と述べる。
「へぇー。 そのときのパイロットって、綾波ですよね?」
「ええ、そうよ。 よくわかったわね。 で、碇司令が彼女を助け出したのよ。 加熱したハッチに怯むことなく、無理矢理抉じ開けてね」
「ほぅ〜、この鬚がねぇ〜、へぇ〜、そりゃ大したもんだぁ〜」
シンジは含み笑いを抑えながら、隣に立つ鬚に値踏みするような目線を向ける。
そして足元から頭のテッペンまで、繰り返し舐めるように観察する。大袈裟に。
「……」
とても感心しているような態度には見えなかった。
「掌の火傷は、そのときのものよ。 だから司令は、今も手袋をしていらっしゃるの」
そう説明するリツコ。
実際、彼女にも多少の疑念はあったが、本気でそう思っていた。
何故ならゲンドウは、彼女とベッドを共にするそのときでさえも、手袋を付けたままであったのだ。
恐らくは、それほどの傷なのだろう。リツコはそう思っていた。
尤も、一度リツコが心配して「診て差し上げますわ」と申し出たとき、男は頑なまでにそれを拒絶したという…。
そこでレイが言葉を継いだ。
「──碇司令は私を助けてくれたわ。 その両手に酷い火傷までして」
彼女にとっては、このことがこの男に依存する決定的な契機となっていた。
ゲンドウはというと、横でこのレイの想いを耳にしながら、いたく満足げに口許を弛めていた。
まさにシナリオ通りだと。精神誘導はうまくいっていると。
元々ゲンドウの計画の要であり、初号機の正パイロットである綾波レイの飼育については、所詮予備でしかないシンジのそれとは、プライオリティーに違いがあった。
予備の息子と違って他人には任せず、身近に置いて御自ら親鳥役を演じ続けてきたのだ。
無論、己が最愛の女性に瓜二つである彼女を、他人などに触れさせたくはないという嫉妬と猜疑心もあったのではあるが…。
「ふーん、…でもその手ってさー、本当に火傷したのかなー?」
「何っ!?」
今まで無表情を通してきたゲンドウのその眉が、ピクッと反応した。
そして驚愕の表情を少年に向ける。
「いや、…他人を助けるために、この外道がそこまでするかなって思ってさー。 だってコイツってば、痛いことは死ぬほど嫌いな小動物なんですよー?」
「……」
ジワリジワリと追い詰めてくる息子に、その父親は何も言わない。いや言えない。
「例えばさ、 ──予め、ハリウッドばりの特殊メークで断熱処理を施していたとか?」
ビクッ!
いや、もーバレバレの反応。
「ふむふむー、だとするとぉー、手袋してないとバレちゃうよねぇー。 だって端から無傷なんだからー」
そこまで言って横目でゲンドウを見る。
ダラダラと脂汗を流し始めているようだ。フフフ。
「手袋を外すのは、再び特殊メークを施したときのみ。 例えば誰かに故意に火傷の痕を見せつけるときとかー。 精神誘導のためにー。 どう? もしかしてビンゴ?」
「く、下らんっ(ドキドキ)!! そんなものは、貴様の憶測に過ぎん!! 捏造だ!! ペテンだ!! インチキだ!! フ、フン、私はそのような戯言に構っている暇などないのだっ!! この話はこれで──」
終わりにしたかったが、終わりにはならなかった(笑)。
「そう? なら、今ここでその手袋を外してみてよ?」
「……」
ありゃ、途端に寡黙になっちゃったよ、オイ。さっきまでの元気はどうした?
「あれあれー? もしかしてー、今日は都合が悪い日だったかなー?(ニンマリ)」
「ぬぅ…」
唸るだけで、何も言い返せない愚かな父親であった。
しかも過ぎ去る無言の時間と共に、益々不利になっていく自分の信用。
そして呆れている身内が一人、いや二人いた。
(碇…お前…一体何を考えておるのだ…(汗)。 ──しかし、助かったからいいようなものの、…あのときレイが死んでいたらどうする気だったのだ!? しかもあんな時期にだ!! 下手をすれば第三の使徒の襲来に間に合わなかったのだぞ!?)
これは青筋を浮き上がらせている老人の心の叫び。
思わずコメカミを押さえたい気分なのだが、今はその腕がない。達磨さん状態。
──あのときレイが死んでいれば、次のレイに移行するだけ…。
それが男の本音。
わざわざ第三使徒侵攻の間近にやったのは、そのときたまたまレイの身体が遅ればせながら人間でいう第二次成長期に差し掛かっていたから…。
精神的に脆い時期にあったから…。
楔を打ち込む必要があったから…。
刷り込みを強化する必要があったから…。
自分からの巣立ちを阻害する必要があったから…。
それはどれも酷く身勝手な理由。
それに間に合わなくても、予備がいる。そのための予備なのだから。
──ゲンドウは、そう考えていた。
(…やはりあの手際の良さは、そういうことだったのね、…どうりで)
こちらは金髪黒マジック眉女。
色々と腑に落ちることがあったようだ。
(──どういうことですか? 碇司令?)
レイは捨てられた子犬のような目をして、急に不安に駆られていた。
信じていたものが、唯一の心の拠り所が、目の前でガラガラと崩れていくような感覚…。
目の前の空間が、グニャリと歪むような感覚…。
足元不如意で、グラリとふらつくような感覚…。
(……)
少年の言ったことは、単なる想像──そう思いたい。
ではどうして、あの人は一言も反論しないのか?
何故、そこで考え込むのか?
何故、すぐさま手袋を外して、身の潔白を証明しないのか?
何故…何故…。
(──まさか…本当のことなんですか?)
「えーと、その事故が起こったのって、確かココですよね?」
シカトを続ける馬鹿は放っておいて、階下の第二実験場を見下ろすシンジ。そしてニヤリと一笑。
(謎はすべて解けた!! じっちゃんの名に懸けてっ!!)
…いや、解けたというより、全部見てたから(汗)。それはある意味、反則。
「ねぇねぇ、どちて、零号機は暴走ちたんでつか?」
「ふぉっふぉっふぉ〜、それはじゃな、暴走するように、不快な思考ノイズが流されたからじゃよ。 因みに細工した張本人は鬚じゃ」
「何でつと〜!? 酷いやつでつねぇ〜。 ぢゃあどちて、屋内なのにオートイぢェクちョンが作動ちたのでつか?」
「ふぉっふぉっふぉ〜、それはじゃな、端からロックなど掛けておらなんだからじゃよ。 因みに指示したのは鬚じゃ」
「むぅ〜、ホント最低なやつでつねぇ〜。 ぢゃあ次の質問でつ。 どちて、鬚はレつキュー隊よりも早く救助に行けたのでつか?」
「ふぉっふぉっふぉ〜、それはじゃな、レスキュー隊全員には、直前に暇が出されておったのじゃよ。 無論、休暇などではないぞよ? 無理矢理、クビにしておったのじゃ。 因みにクビにしたのは鬚じゃ」
「ふぅ〜、どうちようもないクづでつねぇ〜。 ぢゃあこれが最後の質問でつ。 どちて、零号機の拳が制御室の強化ガラつを粉砕つるまで、鬚はたぢろがなかったのでつか? もちかちて、つんごく度胸がある男だったんでつか?」
「ふぉっふぉっふぉ〜、それこそ笑止千万じゃて。 まったくの買い被りじゃ。 それはじゃな、実を言えば、鬚にも強化ガラスの粉砕は予想外の出来事だったのじゃよ。 割れない絶対の自信とシナリオがあったのじゃ。 そのために予め納入業者を呼んで徹底的に強度検査をさせておったのじゃからな。 じゃが、結果は知っての通りじゃ。 あの鬚に度胸があるなど大間違い、誤解もいいところじゃ。 あれはただの小動物。 アヤツの度胸など、ジャンガリアン・ハムスター以下じゃ。 ガラスが砕けた瞬間など、マジで仰け反ってビビっておった。 少しチビっておったからな…大と小を。 ふぉっふぉっふぉ〜」
「うむむむ〜、やっぱりただの臆病者だったわけでつねぇ〜。 少ちだけ見直ちて損ちたでつ」
「わかればよいのじゃ。 それとな、事故の翌日に、件の業者とその家族全員の他殺死体が十数体、芦ノ湖に浮かんでいるのが発見されたのじゃ。 因みに殺ったのは、…鬚の密命を受けた黒服共じゃよ。 明らかに、自分を危ない目に遭わせたことへの報復、見せしめじゃな」
「…外道でつね〜。 とても同ぢ人間とは思えないでつ。 最悪でつ。 信ぢられないでつ」
「うむ、その通りじゃ。 あのような大人にだけは、決してなるではないぞ?」
「わかってるでつ。 当然でつ。 てか、なったら人間終わりでつ」
以上、どち○坊やとキー○ン山田による一問一答(某少年の脳内劇場バージョン)でした。
え?
面白くなかった?
クッ、ゴメンなさいです(汗)。
速やかに本編に戻りますので、ハイ。
シンジは考える。
本当にこれで良かったのかと。
「……」
シンジはあの事故のとき、そこにいた。
そして少女が傷つくのを──黙って見ていた。
(僕はあのとき、綾波を助けなかった…)
助けられる「力」を持ちながら──
死なないことは「知って」いた。
…だがそれだけ。結果は同じ。
そして既に賽は投げられた。
シンジはギリッと歯噛みする。
(ゴメン、綾波。 もう零号機は動かないんだよ。 ──絶対に…ね)
そして今度は、彼女の心を傷つけようとしている。
愚かしき蛮行…。
絶対に許されざる罪…。
シンジにとっての最大の禁忌…。
だがそれでも──
(綾波は、きっと自分を責めるだろうね。 …それがキミの唯一の絆だったんだからさ)
今も不安げなレイの姿を見て、シンジは無性に心がざわめいていた。
馬鹿は…忘れたころにやって来た。
シリアスモードを吹き飛ばすほどの笑撃で。
「あー今日はダメだ。 傷が化膿して手袋とくっ付いておるのだ。 見せたいのは山々だが、これでは仕方がないのだ。 むぅ残念!」
いきなり何を喋るのかと思えば、それは先程の見苦しい言い訳であった。
どうやら今まで考えていたらしい。
だがタイムラグありすぎ。
ていうかそんな理由、誰も信じちゃいねぇー。
(…碇よ、散々考えてそれなのか!? さすがに無理がありすぎだぞ!?)
(…司令、それはちょっと…)
側近二人も思いっきり呆れていたし。だが──
「あ、そう。 ま、今さらどうでもいいけどねー」
そう。シンジにはもう、どうでも良かったらしい。
もう、十分楽しんだから(爆)。
一人不安げに佇む少女、レイ──
今は色々と心を痛めているのだろう。その表情は決して良いとはいえない。
シンジは、ポフとレイの頭に手を載せる。そして語り掛けた。
「大丈夫だよ、綾波。 ──今回、綾波と実験の成否とは、全くの無関係だから…。 たとえ失敗したとしても、何の因果関係もないからさ」
「!?」
「ちょ、どういうこと!? さすがにそれは聞き捨てならないわね!! これから実験に臨むパイロットに言っていい言葉ではなくてよ!?」
聞き耳を立てていたリツコが少年に突っ掛かる。
パイロットのメンタル面での影響は、即、エヴァとのシンクロに影響すると考えられていたのだから。
実験の責任者として、可能性のあるファクターはすべて除外しなければならないのだ。
それが彼女に課せられた責務。
「いえ、深い意味はありませんよ。 ですが今回はパイロットの資質に関係なく、零号機の再起動実験は失敗します。 間違いなくね。 この猫二匹を賭けてもいいです」
そう言って、白黒の仔猫二匹の首根っこを掴んでひょいと前に差し出す。
「……」(リツコ)
『……』×2(猫二匹)
差し出された猫たちはというと、急所たる首の後ろの皮を掴まれて、えらく神妙にしていた。
借りてきた猫のように。
ブランブランと。
半ば諦め顔で(笑)。
リツコは、一瞬別の誘惑(実験が成功→賭けに勝つ→猫をもらえる→とてもハッピー)に駆られたが、ブンブンとかぶりを振って、少年に向き直る。
「何故、そう言い切れるワケ?」
「占いの結果ですよ。 前にも言いましたよね? 最近、占いに凝っているって」
「占い…ね(また、はぐらかされたか…)。 つまり、パイロット以外の部分に原因があって、この実験は失敗する。 ──そういうことかしら?」
「そうです。 ですから失敗しても、綾波には責任はありませんよ」
「……」
そこまで断言されると、何かそんな気にもなってくるから不思議だ。
実際、この少年の予言は当たっているのだ。
的中率100パーセント。
今のところはノストラダムスはだしの実績である。…まあ、まだ1分の1の実績ではあるが。
それにこれは、レイの心の負担を少なからず軽減させる効果があったのかもしれない。
見方を変えれば、それが彼なりの気配りとも言えないこともない。
論より証拠。レイの表情は、先程までの顔面蒼白から、幾分立ち直りつつあったのだから…。
リツコはそう思い始めていた。
だが、そこで横槍が入る。
「…フン、子供の戯言に付き合っている暇はない。 レイ、準備をしろ。 実験を始める」
「──はい」
少女は静かに答えた。
(…フン、馬鹿め。 やはり所詮は子供ということか。 ──今回は何も細工などしてはおらんのだ。 それにレイは一度だけとはいえ、過去に初号機を起動させた実績がある。 同系の零号機のそれに失敗する道理がないのだ。 フフ、愚か者めが)
男は愚息〔注:本人の主観〕に目をやりながら、満足げにほくそ笑んでいたが、果たして彼の思い通りの結果となるのか?
──それは直ぐに判明するのである。
「レイ、聞こえるか?」
《──はい》
制御室から、モニター越しのレイに言葉を掛けるゲンドウ。
レイは、既に零号機のエントリープラグ内でスタンバっており、目を閉じ、神妙な面持ちで指示を待っていた。
………
………
今は集中するとき。だが思うように精神統一が出来ない。
(……)
実験は失敗する。 ──少年のその言葉が頭に残っていた。
何故、少年はあんなことを言ったのか?
私の心を乱すため?
そして実験を失敗させるのが目的?
(……)
違うと思う。
動機がないもの。
それに彼がそんなことをするような人とは…正直思えない。
では本当に占いの結果なのか?
(……)
それもあり得ないと思う。
第一、非科学的すぎるもの。
確かに副司令の事故は、彼の予言通りの結果。
でも、違うと思う。
占いは、ただの方便…隠れ蓑のような気がする。
だったら…考えられることは一つ。
理由はわからない。だけど、実験は失敗することを、彼は知っている!?
(……)
裏付けはある。
先の起動実験でのカラクリ。
彼は、いみじくも喝破していた。
それは……碇司令の態度からも……明らか。
(……)
ダメ。
まだ推測の域を出ない。
ならば、今は何も考えない。そのときではないもの。
今の私に出来ること。 ──全力をもって、再起動実験を成功させることだから。
………
………
少女は静かに目を見開くと、コントロール・レバーを力強く握り締めた。
赤いサングラスの男が、号令を掛ける。
「これより、零号機の再起動実験を行う。 第一次接続開始」
「主電源コンタクト」
「稼働電圧、臨界点を突破」
リツコとマヤの声が制御室に響く。
今のところは順調であった。異常は何もない。
スタッフの誰もが、先程の少年の不吉な予言を忘れたわけではなかったが、自分たちはプロの技術屋である。誰もがその矜持を持っていた。
それに、よくわからないもの〔注:占い〕の一言で、自分たちのここ一月の不断の努力と苦労を論じられるのは、正直、あまり気分のいいものではなかった。まあ、少年個人への感情とは別にして…。
無論、シンジの予言は、占いなどというものではない。
いや、そもそもこれは、予言ですらないのだ。
デタラメな予言に合わせて、シンジが強引に結果を用意しただけ。
そう、これが正解。全てのカラクリ。
今回の予言については、多少毛色が違うが、歴とした科学の結果であった。
既に仕込みは終わっていた。
鍵開けも完了していた。
後は結果がそれに従うだけ。
シンジという少年は、占い師でも魔法使いでもないのだ。
純然たる科学使いなのだ。
さて、噂の少年はというと、既にこの制御室にはおらず、カエデの案内で第二発令所へと通されていた。
これは、鬚の指示である。
機密という理由を挙げたが、それは無論、建前。
前回は実験失敗での労わり、今回は実験成功での悦びというシチュエーションで、レイと二人で分かち合うインプリンティングの場に、その少年の存在は極めて邪魔であったのだ。
例えるなら、──ホレ薬を飲ませた女性が初めて見る異性は、絶対に自分でなくてはならない。
トンビに油揚げを掻っ攫われたら堪らない。
それが実の息子に嫉妬した憐れな男の見苦しい本音…。
「了解。 フォーマットをフェーズ2へ移行」
《パイロット、零号機と接続開始》
《回線開きます》
「パルス及びハーモニクス、せい──嘘っ!?」
惰性から、思わず正常と報告しそうになったマヤが、突然、青ざめた。
彼女の目の前のモニターには、未だかつて見たことがない歪なオシログラフの波形が、その存在を主張していたのである。
それは幾何学的というよりは、幼児の描いた意味不明なラクガキといったほうが適切な文様、造形であった。
──歴史は、ここから塗り変わるのだ。
「マヤ!?」
暫く呆然としていたマヤであったが、横からの声に、突如、我に返る。そして──
「パルス、リターンありませんっ! ハーモニクス、計測不能っ! オールナーブ・リンクもアベンドっ! ダメですっ! シンクロできませんっ! エヴァ零号機、一切のプロセスを拒絶していますっ!!」
その叫びと同じくして、制御室のあらゆる計器の表示ランプが次々と、そして一斉に赤く染まった。
室内に響き渡るアラーム音。
「どういうこと!? エラーコードは拾えたの!?」
「コード601、解析不能、MAGIも判断を保留していますっ!」
次々にもたらされる驚愕の報告。信じがたい事実。理論上ありえない結果…。
ハッキリ言って、下手な暴走よりタチが悪かった。
その場にいたスタッフは、目の前の現実を重く受け止めることしか出来なかった。
「馬鹿な…」
ゲンドウはというと、強化ガラスにへばり付きながら、階下の零号機に呆然と視線を向けていた。
信じられなかった。
前回の到達フェーズにすら達していない。
というか、失敗するなどとは、端から思っていなかったのだ。
だが、自分に非はない。自分の(実際は妻のだが)理論は完璧。
だとすれば、考えられる原因は、ただ一つ。
自分の手駒の怠慢。つまりは部下のミス。
当然の帰結。
「まだだっ!」
振り向きざま叫ぶ。
「再計算をしろっ!」
矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「初期パラメタを洗い直せっ!」
まだ諦めるのは早い。
「シナプス挿入からもう一度だっ!」
男の怒号が制御室を支配する。
しかし──
…………
…………
…………
…………
「…テスト中断。 各員、ご苦労だった」
ゲンドウは、ついに諦めた。心にもない労いの言葉を掛ける。
苦々しいその表情。
何度試しても、結果は同じであった。
(…使えないクズ共が! 全員減俸にしてやる!)
やはり他人のせいにしていたようだ。
男は知らないことだが、──零号機はもう動かないのだ。決して。
何故ならすでにそこにコアたる【魂】は宿ってはいないのだから。
今現在の零号機のコアは、誰もインストールされていない、未精製の状態にあったのだ。
しかしレイという少女は、LCLに溶けず、吸収もされなかった。
これは某少年が、【魂】を抜いた際に、擬似的なモノと差し替えておいたからである。
果たして少年の予言どおり、零号機の再起動実験は、失敗した。
(──やはり彼の言ったとおり、実験は成功しなかった。 彼は知っていた…この結果を。 彼は何者だというの? …わからない)
レイは電源の落ちたエントリープラグの中で、静かに瞑想していた。
〜ネルフ本部・第二発令所〜
場所は変わり、ここはネルフの中枢である第二発令所。失われた第一に替わる場所。
ミサトは誇らしげにそこにいた。
いつもと変わらない出で立ち。一張羅。
一つ違うところを挙げるとすれば、いつも羽織っているジャケットの右肩に「JSSDF」、つまり戦略自衛隊の丸いワッペンが貼り付けてあったことくらいだろうか。
零号機の実験の最中、いつもの面々の大半はこのフロアを留守にしていた。
いるのは、実験の部外者であるミサト、シンジ、そしてその付き添いのカエデだけである。
あまり居心地はよくない。
ミサトは壁にもたれながら、得意気にニタニタとシンジを見詰めていた。
まるで欲しかったオモチャを見るような…これから面白いことがおこるような、そんな怪しい視線を向けていた。
…ちょっと嫌すぎる(汗)。
尤もシンジは、そんなの無視して、カエデと楽しくお喋りしていたが…。
暫くして、実験に失敗した連中がトボトボと戻ってきた。
皆一様に覇気がない。
その中の一人を見つけて、少年は声を掛ける。
「お疲れさま、綾波」
「……」
既にいつもの第壱中学校の制服に着替えていたレイ。
いつもの無表情は変わらないが、あまり元気はなさそうである。
やはり落ち込んでいるのだろう。
──気にするな。キミのせいじゃない。絆は無くならない。
言いたいことは沢山あった。だが、
シンジは月並みな慰めの言葉を掛ける代わりに、ポフと頭に手を載せた。そして優しく撫でる。
「……」
今は、それで十分だった。
「では、シンジ君、予てからの約束どおり、我々ネルフの支配下に入ってもらおうか?」
それは晴天の霹靂。少年にとっても予想外。余りに厚かましい言葉。
レイと一緒に帰ろうとした矢先、いきなり車イスの老人に呼び止められたのだ。
「あれ? ………白紙に戻ったんじゃなかったんですか? そちらの一方的な債務不履行で?」
(ったく、何言ってんだ、このクソ爺は?)
内心では、呆れ顔のシンジ。
ネルフのほうから約束を破っておいて、ホント図々しい。
「か、カネについては、こちら側にも色々と都合があったのだよ。 その辺のところは申し訳なく思っておる。 別に悪意があったわけではないのだ。 勿論、払わないと言っているわけではない。 これについては、これから前向きに善処するつもりだよ!」
前向きに善処する。──それはつまり、端からやるつもりはないという意味。体のいい断りの言葉。政治家や官僚が好んでよく使う隠語の一つ。気をつけろ。
それに、悪意がなかっただと?
カネを払う約束などした覚えはない。──先日、そう嘯き突っぱねておいて、どの口が言うのか?
まさに恥知らず以外の何モノでもなかった。
冬月の主張は続く。
「それにな、報酬以外の条件については、キミの要望に沿うように、直ちに断行したのだよ!」
「ふーん、でも何で彼女がここにいるんですか?」
横目でミサトを見ながら、一応訊いてみた。
約束では、その女をクビにすることになっていたのだ。
冬月はここぞとばかりにしたり顔をする。
そしてその身を乗り出さんばかりに熱く語り出した。
「ああ、そういえば、キミにはまだ言ってはいなかったね。 紹介しよう。 この度、戦略自衛隊から出向してきた、我がネルフの作戦部長、葛城ミサト一尉だ」
「へっへ〜〜ん、どぉ〜〜もぉ〜〜♪」
そのセリフを合図に、横からしゃしゃり出て来た女。
待ってましたとばかりに。台本どおりに。
そしてニヤニヤしながら、冬月の横へと並ぶ。これで二対一。シンジ包囲網。
「…クビにしたんじゃないんですか?」
カラクリは知っていたが、一応は演技をしておく。
だがあまり気乗りはしない。だってコレ、二番煎じだから。
「無論、懲戒免職にしたとも。 キミの望みのままにな。 その後、彼女は復員し、古巣の戦略自衛隊へと戻った。 その上で、戦略自衛隊からネルフへの出向組として現職に復帰となった。 どうかね? キミとの契約の上でも、何も問題はないとは思うがね?」
得意気に息巻く冬月であった。してやったり。そんな顔。
悪意、もはやあり捲くり。
やはりこの老いぼれ爺、死刑決定。
以前、そのカラクリを少年に喝破されたにも関わらず、性懲りもなく、その手を使ってきた。
しかもそのまんま。何の捻りもなく。少しはアレンジしろ。
「ふーん、じゃあ貴方…つまり冬月コウゾウの降格は?」
「ちゃんと副司令職から副司令代理に降格したよ。 尤も、今週中には元の地位に昇格する予定だがね」
恥ずかしげもなく冬月は言ってのけた。得たり顔。普通の神経なら、面目を失うところだが。
ハッキリ言って詐欺である。
「どうだね? こちら側は、このとおり真摯に約束を守ったのだよ? ──次に約束を果たすのは、キミの番ではないのかね?」
「そうよっ! 男の子だったら、キチンと約束を守りなさいよっ! いいわねっ!」
大の大人が二人して、中学生の子供を追い詰めていた。
当の少年は、てんで堪えていなかったが。
「へぇー、大人ってずる賢いんですねぇー。 ホント勉強になるなぁー」
腕を組んで、納得顔でウンウンと頷いていた。
「フン、何とでも言え。 それが大人だ。 世間の風は冷たいのだ」
今まで黙っていたゲンドウが、身も蓋もない言葉で締め括った。
(((((……)))))
シーンとなる発令所。
アチラコチラで、自分だけは違うという思念が渦巻いていたが。
ビービービー
突然、電話が鳴り響いた。
「──司令、戦自の高梨様という方からお電話が入っておりますが?」
「戦自? タカナシ?(どこかで聞いたような気もするが、ハテ?) …繋げ」
電話といっても、黒電話でハイもしもし──というわけではない。
曲がりなりにも、ここはネルフの中枢。しかも極秘のハズの発令所への直通番号への発信。つまりはそれなりの相手からの電話ということである。
そして主モニターのスクリーンに、通話相手の顔が映し出される(テレビ電話なので)。
「「「「「!!!」」」」」
その姿を見て驚く面々。
そこには、戦自のトップ、統幕議長である初老の男の顔があった。
違う組織であっても、ネルフの誰もが見知った顔である。まさに顔パス。だがそのとき、
「誰よ、アンタ!? さっきから偉そうに!」
たった一人、顔パスでない輩がいた。
言わずもがな、ミサトである。
「「「「「はぁ!?」」」」」
どよめく発令所。当然、衆目が集まる。
お前、一応でも、戦自の人間なんだろ?
自分が籍を置く組織のトップの顔を知らないのか、この女は?
いやそれはマズイだろう、さすがに。
ていうか、階級章を見ても気づかないのか?
「ばっ!? 葛城君!!」
思わず冬月が窘める。
相手は、名実ともに戦自の最高幹部。陸海空の戦自三軍を束ねる幕僚長のさらに上。
高々一尉でしかないミサトからみれば、5、6階級も上の存在なのである。
当然、冬月やゲンドウよりも、上である。
階級が上である以上、他組織であっても、敬意を払わなければならないのだ。
「な、何よ…そんなに怒鳴らなくったって…」
女は少しいじけていたが。
「こ、これは高梨議長、お久しぶりです。 本日は我がネルフにどういったご用件で?」
ゲンドウが恭しく挨拶する。無論、建前。
この議長と呼ばれた、深緑の制服にその身を包んでいる男も、そんなことは百も承知。
煩わしいので、さっさと用件を伝える。
《結論から言おう。 先日の申し出だが、慎んで辞退させてもらう》
「申し出?」
ハテ、何かしたっけ?
ゲンドウは、本気でわからない。
《──葛城ミサトという士官を、形式だけ当方で引き受けてくれという申し出だ》
「!?」
《確かに伝えたぞ。 では失礼す──》
ガタッ!
「んなっ、お待ちをっ!!」
焦ったゲンドウが、腕を伸ばして呼び止める。
「コホン、──今さらそのようなことを申されても困りますな」
衆目があるのを思い出して、必死に落ち着き払って、難色を示そうとするが、
《フン、困るのはこちらだっ! まさかあれほどの無能だったとは…。 危うく一杯食わされるところだったよっ!》
相手は、にべもなく徹底的に拒絶したのだ。
「……」
どうして今さらこのような顛末になったのか。
そりゃ、ミサトは無能だが、戦自の知るところではない。
ゲンドウは訳がわからなかった。
そして、さらに容赦のない追い打ちが来る。
《あのような士官を引き受けたら、戦自が潰れかねんよ。 我が組織に、無能などいらん!》
(う、それは確かに…!! いやいや、それではマズイのだっ!)
納得しかけたゲンドウだったが、大きくかぶりを振った。
「それは誤解ですな。 葛城一尉は大変思慮深く、部下からの信任も厚く、我がネルフでも非常に優秀な幹部職員なのですよ。 それは上司であるこの私が保証しましょう。 ですから是非にも、再考をお願いしたい」
すでにネタは上がっているとは知らないゲンドウは、必死にその動揺をひた隠して、いつもの重厚な口調で、ミサトの長所を並べ立てる。
勿論、全部、根も葉もないデタラメ。
真逆の形容。
狼少ね…いや中年。
自分で言って、思わず体が痒くなるほどの、嘘八百。
《ほう、そんな優秀な人間を、またどうして手放すのかね、ネルフは?》
言われてみれば、尤もな話である。まさに正論。
「……」
途端に言葉に窮するゲンドウ。一言も弁解出来ない。
てか、そんな言い訳、端から考えてない。
「どうして…」
それは思わず漏れた本音の言葉…。
理由がわからない。
この一件は、双方の事務レベルで調整済みのハズであった。
今さら、わざわざ組織のトップが出てくるような高度な問題ではないのだ。
知ることすらないと踏んでいた。
それなのに、である。
《フン、理由も何も、──職務怠慢、職権乱用、終いには強盗殺人。 ネルフの決戦兵器をスクラップ同然にし、ジオ・フロントを全壊させ、自分はサッサと敵前逃亡、果ては自分の部下に濡れ衣を着せて殺害。 …こんな女を受け入れろと? 碇君、キミは私を馬鹿にしておるのかねっ!?》
モニターの男は、血相を変えて怒鳴り上げた。
「な、何故それをっ!?」
ゲンドウは驚愕する。
モニターの男が言ったことは、ネルフにおいては先日、緘口令を敷き、隠匿したハズの極秘事項。
それはネルフ外の人間が知り得るハズのない、いや、知られたらマズイ情報なのである。
《戦自と国連軍には中継されておったからな。 使徒戦の模様、そこの発令所の模様、そして件の軍事法廷の一部始終がな。 じっくりと貴官らのマヌケ面を拝ませて貰ったよ》
議長は、アッサリとばらした。
すでに切り札ではなかったらしい。
「「「「「!!!!!」」」」」
あれが漏れていた…だと!?
だとすると、何もかもがもうバレバレなのだ。
今さら言い訳なんて無意味。
恥の上塗り。ピエロの中のピエロ。
もはや決定的──
(馬鹿な…これもMAGIの暴走なのか!?)
ゲンドウは青ざめ、呆然としている。
因みにMAGIはノータッチ。すべてはシンジの姦計、暇潰し。
当然、男のシナリオにはない事態。由々しき問題。
下手をすれば、無実の一士官〔注:マコト〕を身代わりとして処刑したことで、我が身が弾劾されかねない。
だがそれは真実。
故に不都合な証拠、握り潰したい証拠、是非にも誤魔化したい証拠…。
考える…考える…考える…だが妙案は出ない。焦る。焦る。
《だから無駄だと思うぞ? その女の身元引き受け先など、戦自や国連軍は元より、どの国の軍隊を探しても見つからんよ。 すでに世界中にその悪評が知れ渡ってしまっておるからな。 悪事千里を走るとはよく言ったものだ。 獅子身中の虫……腐ったミカン……わかって招き入れる物好きなどおらんからな》
初老の男は最後に、自殺願望のあるところならその限りではないが──という厭味を吐いて、話を締め括った。
「ぬあっ! 待って下さいっ! 議長っ! それは何かの間違いですっ!」
ゲンドウは必死であった。
衆目など、もうこの際どうでも良かった。
無論、ミサトの処遇を心配しているわけではなかった。
今この男の頭にあったのは、自分のこと…保身だけである。
今のうちに、証拠としての価値を幾らか減衰させておかねば、最悪、我が身が危ないのだ。
悪い噂は、尾ひれ背びれが付いて、あっという間に蔓延してしまうからである。
しかも目の前にいる男は、かなりの地位も名誉もあるのだ。自分と違い交友関係も広い。
どのようなルートで、自分に影響を及ぼすか、予想すら出来なかった。
だが裏を返せば、彼一人の口を塞げれば、誤解(?)を解くことが出来れば、少なからず事態は好転の兆しを見せるとも言えたのだ。
まさに逆転の発想。
焦眉の急とはいえ、一瞬のうちにそこまで思考が及ぶのは、さすがというか何というか…。
無論、具体的な方策など思いつかないが、とりあえずは否定。──これがゲンドウの今の発言の動機。身に着けた処世術であった。
だが天災は忘れたころにやって来た。
何もかも全てを台無しにするために。
「ちょっと、さっきから何ほざいてんのよ、このクソ爺はっ!?」
「「「「「く、クソ爺ぃ???」」」」」
いきなりのミサトの暴言に、周囲は硬直する。
上官に向かって、言ってよい言葉ではない。
「ここは天下のネルフよっ!? 黙って聞いてりゃー、アンタ何様のつもりっ!? さっきからエッラソーにっ!! ぁあ?」
(((((!!!)))))
モニターに向かって凄み、メンチを切るミサト。
だから戦略自衛隊統合幕僚会議議長様だっつーの。お前のジャケットの紋章は飾りか!?
ハッキリ言って雲の上のお方だ。殿上人だ。頭が高いんだよ!
ていうか、ゲンドウが敬語を使っていた時点で気づけ!
実際のところ、ミサトは、このモニターに映る男の素性を知らなかった。
制服からして、戦自か国連軍(自衛隊)の関係者だとは思ってはいたらしい。だがそこまで。
ゲンドウが男を「議長」と呼んでいたのは無論気づいてはいたが、「将」とか「佐」とかいう相当する階級が不明であったため、ピンとこなかったのだ。
《…誰だね、キミは?》
いきなりの小娘の暴言に、男は目を鋭くし、機嫌悪そうに睨み返す。
一応知ってはいたが、少しムッとしたので訊いてみたらしい。
「ハン、このアタシを知らないですってぇー!? アンタっ、それこそモグリの証明じゃないっ!! いい? 耳かっぽじってよーく聞きなさいっ!! ──このアタシこそ、世界の救世主、人類の希望、使徒を倒せる唯一の人間にしてネルフが誇る作戦部長、葛城ミサト様よっ!! ──どう? 恐れ入ったかしら?」
そしてフンとふん反り返る。
はいはい、恐れ入りましたとも…別の意味で。
《なるほど……聞きしに勝る無能だな》
「んがっ!? 誰が無能だってのよっ!!」
女にとっての絶対のタブー。
ミサトは憤慨して噛み付くが、いい加減嫌気がしていた男は、容赦なく返す刀で吐き捨てた。
《お前だ無能、他に誰がいる無能、気づけ無能、お前などいらん無能、いっそ死ん──》
まさにその瞬間──
パーン!
乾いた音が発令所に木霊した。
(((((!?)))))
見れば、目の前の主モニターのスクリーンのど真ん中に、そして戦自の議長の眉間に、大穴が開いていたのだ。
パラパラと細かい破片が舞い散っていた。
全職員が恐る恐る振り返ってみる。その音がした方向に。
そこには、──やはりというか、ミサトがスクリーンに向かって拳銃を構えて突っ立っていたのだ。
辺りには、硝煙の臭いが立ち込めていた。
ミサトは、主モニターに…戦自の最高幹部を狙って発砲したのだった。
ア然とするしかないネルフの面々。
《……》
無論、呆れているのは、この戦自の男も同然である。
いきなり撃たれたのだ。
これがテレビ電話で本当によかった。でなければ即死である。
尤も女にしてみれば、テレビ電話ということを忘れての凶行であった。つまり殺意があったということである。
《…こんな暴挙に出る女が、思慮深く、有能だというのかね、キミは? いやはやそれが事実だとすると、よほど底の浅い組織なのだな、ネルフというところは?》
男は痛い目で、憐れみの目でゲンドウ、そして職員らを見る。
馬鹿女など見たくない。目も合わせたくなかった。
「……」
ゲンドウは何も言えなかった。いや、この期に及んで何が言えようか?
鬚面の男は、段取りを全て台無しにした女を、ただひたすら呪っていた。
只今、ブツブツと何やら呪文を詠唱中…。
《正式な書類は、後日回そう。 以上だ》
その言葉を最後に、男はモニターからプツンと消えた。
だが消えた後も、そのスクリーンには、30センチ四方の黒い穴がポッカリ開いたままであったが。
忘れたくとも、それが現実であった。
因みに、後日、この主モニターの修理に掛かった費用は、しめて1億円──
一部分、たった30センチ四方のパネルの破損とはいえ、特注品であったため、非常に高価であった。
これは、ネルフ(=ゲンドウ)の息の掛かった関連企業に随意契約で独占的に仕事を任せていたことに原因があった。
所詮は血税。他人の金。痛くも痒くもない。つまりは採算度外視。民間に任せれば100分の1以下のコストで製造可能。そして儲けの一部はゲンドウへ。その悪循環。ああ、大人って素晴らしい。
この1億円、当然負担するのはミサトと思いきや、──彼女一人では到底払えないということで、ゲンドウの鶴の一声で、発令所のメンバーで連帯責任…割り勘となっていた。
その分担の割合だが、階級と年齢によって多少の違いはあったが、一人当たりおよそ200万円。
それを毎月の給料から、少しずつ天引きされることになった。
堪らないのは、トバッチリを食った発令所の面々である。
何で自分が払わなければならないのか!?
何であんな女の尻拭いをしなければならないのか!?
そんな不満が渦巻いていた。
しかも、当のミサトに反省の色はなく、まったく悪びれていなかったのだ。
堪らなかった。誰もが悔しがった。
決定的だったのは、ネルフのトップ3とミサトについては、実は賠償が免除されていたことが、偶然、露見したときである。
コレ、鬚の仕業であった。だって払うのイヤだったから(笑)。
その分、シワ寄せは一般職員へ。しかも秘密裏に。
実は、冬月とリツコとミサトはついで。万一露見したときの保険。バレても非難は四分割。
テストの結果が悪かったといって、職員室から自分の答案だけを盗むバカはいない。
盗むならクラス全員分──そんな思惑。
台風一過、今はシーンとなっている発令所。
そこにいる誰もが──某作戦部長を除く──放心状態にあった。
そこに、いい加減痺れを切らした少年らしき声が通る。
「あのー、もう帰ってもいいですかー?」
そう、シンジである。
今までほったらかされていた。しかも立ちっぱなし。
「!? ああ、スマンね。 そういえばシンジ君との話の最中だったか。 ──では、別室で本契約といこうか。 なに、署名・捺印するだけだ。 直ぐにでも帰れるだろう。 ハッハハハ、しかしこれでキミもようやくネルフの一員というわけだ。 まあお互い、色々と軋轢もあったが、これからは人類の未来を守るために、共に頑張っていこうではないか」
そう言うや、えびす顔でシンジをエスコートしようとする冬月。車イスをターンさせて。
──おい、先程の話を聞いていなかったのか、この爺は?
「何、勝手に進めてんですか、この老いぼれ爺は? 契約? 共に頑張っていこう? ──残念ながら、僕にはその気はありませんが?」
少年は老人の背中に向かって、冷たく言葉を吐く。程よく厭味をトッピングして。
「何だと!?」
冬月が心外そうに振り返る。
…まあ、車イスをターンさせたのは、付き添いの黒服ではあるが。
「ええ、全然、まったく」
「な、何を言っておるのだね、キミは? 我々は誠意を見せた。 次はキミの番だろう?」
それが常識とばかりに、プレッシャーを掛けてくる。
どうやら、本気でわかっていないようであった。
馬鹿女ならともかく…意外である。
もしかしたらワザとか?
いや、そうではなかった。この老人、本気でネジが一本ゆるんでいたのである。
冬月は(そうは見えないかも知れないが)、今も絶対安静の身であった。
未だ傷口は塞がってはいなかったのだ。
そして、──痛み止めとして、モルヒネなどの強い薬が処方されていたのだ。リツコ特製の(汗)。
もうおわかりだろう。
冬月という老人は、複数の薬理作用によって、一時的にバカ(?)になっていたのである。
「誠意? ──じゃあ、なんでこの女がここにいるんです?」
「この女?」
何のことかわからなかったが、
少年が顎でしゃくり上げた先を見ると、そこには冬月の頭の隅からすっかり抜け落ちていた女のバカ面があった。
(あ…)
「もう一度訊きます。 この女、ネルフをクビになったんですよね? だったら何でここにいるんですか? 今はもう一般人なんでしょ? だって戦自からも国連軍からも受け入れを拒否されたんですから」
「……」
そういえばそうだった。何で忘れていたのだろう。冷や汗を掻く。
所詮、形式的な誤魔化しだったから、それが崩れていたことに気づかなかったのだ。
盲点。灯台下暗し。実はドラッグの副作用。いや、ただの痴呆。
「それってつまり、僕との約束を破ったってことですよね? それのどこが誠意なんですか?」
シンジの言葉に容赦はなかった。鬼の首を取ったように責め立てる。
相手が約束を守っていない以上、シンジがネルフに従う理由はない。
ま、相手が約束を守ろうと、シンジは従うつもりはなかったらしいが…(汗)。
約束?…そんなもん、クソ食らえらしかった。
「そ、それはだね、こちらにもちょっとした手違いがあってだね…その、出来れば契約を取り交わした後にでも、また別途よく話し合うというのでは…えー、どうかね?」
冬月は、シドロモドロ。支離滅裂。
それでも、初めに契約ありきという信念で、何とかハンコを押させようとする気概をみせる。
「やだ」
「そ、そこを何とかだね──」
どこまでも平行線な二人の主張。
まだまだ続くかなーと思ったその矢先、背後からとある人物の声が飛んだ。
「もういい! シンジ、貴様には失望した! すでにチルドレンたる資格なし! 目障りだ! 今すぐここから出て行け!」
と、堪え切れずにお決まりのセリフを叫んだのは、碇ゲンドウその人であった。
「(おい、いいのか?)」
「(問題ない)」
勿論この男に、このまま額面通りに少年を帰す気などなかった。
ネルフ本部を出たところで(さすがに今すぐ拘束したのでは、周りの目がありすぎた)、内々に身柄を押さえるつもりであった。
そして極秘裏に脅迫、拷問、洗脳…。
男の頭の中には、そのための膨大なシナリオが出来上がっていたのである。もはや趣味の域であった。
だが──世の中、そんなに甘くはなかった。
ガチャリ
カエデが電話を置いた。
「司令、未確認飛行物体が接近中との報がありました。 恐らく第五の使徒と思われます」
「「何っ!?」」
トップ2は驚愕した。
使徒襲来。
泣きっ面に蜂。
しかもなんてタイミングの悪い。
せめてあと10秒、いや5秒早ければ…。
覆水盆に返らず。今切った啖呵は元には戻らない。
「…どうするのだ?」
「馬鹿な…予定より早すぎる」
表情は見えないが、組んだ手に力を込めて動揺するゲンドウ。
彼のシナリオにはないこと。
どうでもいいが、第一種警戒態勢の発令を忘れているぞ?
(ラミエルが接近中だって!? …ありゃりゃ?)
周囲が緊張感を持ち始めた中、少年は珍しく冷や汗を掻いていた。
タイミングは予想通り。
問題は出現場所。
もう第三には来ないと思っていたから。
だってドグマの底のアダムはフェイクだとバレたハズだから。
(えーと、えーと…………あ! も、もしかして、ハッちゃん〔注:初号機〕へのリベンジぃ!? う〜〜ありうる(汗)。 そういえば前回、こっ酷くやられたもんなー。 あっちゃー。 やっぱ記憶、しっかり受け継いでいるんだー。 もぉ〜意外とクールそうなのに、カヲルくんの、お・ちゃ・めっ♪ ──ま、いっか。 それはそれで面白そうだし〜。 どっちにしろ、痛い目を見るのはネルフなんだし〜。 そうと決まれば、こんなトコさっさとトンズラするか。 高見の見物とか洒落こみたいからね〜♪)
もはや鼻歌混じりのシンジであった。
所詮、他人事。人の不幸は蜜の味。どこかの誰かサンと一緒(笑)。
さて、話を戻そう。
第五の使徒襲来で、にわかに活気付く発令所。
来たものはしょうがない。ゲンドウは司令としての仕事に専念しようとしていた。
「零号機は…まだ使えんか──初号機は?」
「380秒で準備できます」
「出撃だ」
「ハイ」
ゲンドウの指示に、頷くリツコ。
あー、しかし何を勝手に進めているのでしょうか、この人たちは?
さり気なく、とんでもない指示をしてましたよー?
それとも他にパイロットの当てがあるのでしょうかー?
…いや、きっとそうだよね。だっていらないって言われたばかりだし。うんうん。
だが──
「乗れ、シンジ。 これは命令だ」
「…へ?」
いきなり少年の耳に届いた声。一瞬、気のせいかとも思った声。
(は? 何言ってんだ、このオッサン?)
舌の根も乾かないうちにこれだ。
今さっき帰れと言ったのはアンタだろうに。
しかも相も変わらずの威丈高な態度である。
──恥ずかしくないのだろうか?
普通の人間だったら、面目を失うシチュエーションだ。
つまり普通じゃないってことか。もっと適切に言えば、恥知らず。
シンジは痛い人間を見るような憐れみの視線をゲンドウに向けつつも、オペレーター席のカエデに話を振った。
「…ねぇねぇ、あのオッサン、大丈夫ですかねー? 脳みそに蛆虫湧いてんじゃないんですかー?」
「へっ!? あ、あの、そんなことアタシにフレンドリーに振られても〜〜〜」
いきなり訊かれて、声が裏返る。
立場上、変なことも言えない。しかも本人が目の前。
カエデ、困惑。
だがゲンドウが、フンとばかりに言う。
「…状況が変わったのだ」
どうやら状況が変われば臆面もなく豹変できるらしい。うーん、大人って便利だ。
しかしついさっき切ったばかりの啖呵を、どの口が撤回するのか?
職員たちも、あまりの虫の良さに、ア然としているようだ。
「シンジ君、聞いてのとおりだ。 このままでは人類は終わりだよ。 世界の命運はキミの判断に掛かっておるのだ。 ──さて、どうするね? 初号機に乗って出撃してはくれんかね?」
冬月が懇願する。少年の顔を窺いながら。
丁寧な口調。表面的には腰が低く、誠心誠意そのもの。
だが少年は眉間に皺を寄せる。
──この老人、少年が断りにくいように、ド汚い罠を仕掛けていたから。
つまりここでNOと言ったら、シンジは人類を見捨てた張本人というレッテルを貼られかねない。
数十億の人間の命より、自分一人の命を優先した我侭な子供…その烙印。
シンジはいつの間にか、心理的に断りにくい状況に追い込まれていたのだ。
小賢しい。厭らしい。搦手からの姦計。ミスリード。薬漬けの老いぼれとは思えない狡猾さ。
無論、シンジは老人の悪意と意図に気づいていた。悪党の心理はよくわかっていたから。
冬月はというと、内心、ニヤリとしていた。
外堀と内堀は埋めた。そんな感触があった。これでこの少年は落ちたも同然だと。
だがこの老人、大変な思い違いをしていた。
目の前にいるこの少年は、周りの評価なんてまったく気にしていなかったのだ。
シンジにとって、「大切な人」ではない存在など、死のうが生きようが、殺そうが殺されようが、一切興味がなかったのだから。
人類の存亡など、まさに対岸の火事。今晩のオカズ何にしようかー以下の興味。
その彼らからどう思われようと、全然気にしない。するわけがない。意識したことすらない。
そう、例えるなら、──金髪黒眉女博士が、処分される夥しい数の実験動物たちを目の前にして、彼らは自分のことをどう思ってるのかしら、なーんて一度も気にしたことがないのと同じことである。
…ちょっと違うかも知れないが(汗)。
「さっきは帰れって言ったクセに」
シンジは唇を尖らせる。
「それはそれ、これはこれ──さあ、どうだね? 出撃してくれるかね?」
スルーかい!
周りも呆れているぞ?
「出撃? 前回のアルバイトの報酬って、まだ貰ってませんけど?」
「ああ、それは心配しなくていい。 必ず払おう。 ──まあ、あと一年後にだがね」
ニヤリと笑う冬月。
前回それで手足を失ったというのに…懲りない御仁だ。
「一年後?」
「そうだ。 あのときの約束では、弁済期限まで取り交わした覚えはないからね。 おっと、今さら変えたいというのはナシだよ? 男に二言はない、そうではないのかね?」
冬月は、少年のプライドに釘を刺しつつ、自らに有利なように話を進めていく。
でもそんなプライド、端からこの少年にはなかったのだが…(笑)。
そんな二人の様子を一段高い場所から見詰める、世にも不気味な視線があった(笑)。
(ふっふっふっ、シンジめ〜〜、どうだ〜〜、思い知ったか〜〜)
ゲンドウはその手を組んで、二人のやり取りを満足そうに眺めていた。
内心、小躍りしながら。
怨嗟と狂喜が入り混じりながら。
目の前にいる息子には、精神的・肉体的に最大級の責め苦を味わってもらわねばならない。
いや、そうでなければ困る。
自分の気が済まない。
欲求不満で、気が狂いそうである。
「ふーん、あっそ」
(ぬわにっ!?)
シンジのあっさりした反応に、やはりというかゲンドウは面食らった。
出来ればもっとこう、激しく地団駄を踏んで、派手に悔しがって欲しかったのだ。いや是非にも。
人の不幸は蜜の味。生活のエネルギー。
それで自分のストレスが晴れるから。
ふぅ〜、なんという男だろうか。
さて、肝心のシンジの思惑であるが──
(──報酬? だって、もうキールたちから貰っちゃってるしね。 それって巡り巡って鬚のカネなわけだし。 でも一年後か……ふむ、約束の日でチャラにする気なんだろうな……あれ? でも、もし延びちゃったりしたら………………………………………むふ、むふふふふ♪)
この少年、またまた変なことを考え始めていた(汗)。
「そうかね! では早速ケイジに──ぐへっ!?」
(((((!!!)))))
嬉々として身を乗り出してきた冬月の鼻っ柱に、謎の十六文キック(犬のウンチ付き)が炸裂した。
しかもカウンター気味(爆)。
相手が怪我人だろうが老い先短い老人だろうが、躊躇はなかったらしい(汗)。
犯人は、言うまでもなくシンジ。ていうか、彼以外に考えられないだろう。
「うぐぉお〜〜、い、いいい、いきなり何をするのだね〜〜っ!?」
押さえる手もなく、鼻血を垂らしながら呻き声を上げる老人。
涙目で少年を睨み付ける。まあ、当然だろう。
しかしこの一撃で棺桶に片足を突っ込んだと思いきや、なかなかしぶとい。
「あ、失礼。 ──副司令代理閣下のお顔に、無礼にも、蚊がとまっておりましたので」
だから退治した。それが少年の言い訳。
「そ、そんな話信じるとでも──」
「ホイ」
少年はそう言うや、冬月の目の前に小さな手鏡を突き付けた。
いつも携帯しているのだろうか?
「ぬ…」
あった。ホントにあったよ。
鼻頭にべちゃと潰れた蚊らしき赤い残骸が。一匹だけへばり付いていた。
ついでに臭い立つ茶色い何かも…(汗)。
まあ、だからといって、老人を蹴った理由にはならないのではあるが。
「それに、誰が乗るって言いました?」
「??? そ、それは…(フガフガ)…先程キミが言ったハズでは!?」
付き添いの医務官に応急手当て──鼻の穴にティッシュを詰めるだけ──をしてもらいながら、冬月は主張した。しかし、
「言ってません。 前回の報酬の件で頷いただけです。 乗るとはただの一言も言ってません」
とピシャリ。
実際、その通りであった。爺の勘違い。見た目は大丈夫なようでも、要所要所でボケていた。薬害。
「で、では改めてお願いしよう。 初号機に乗って欲しいのだよ」
「イヤ」
「グッ…人類を見捨てたということになるのだよ!? キミはそれでもいいのかね!?」
「乗らない」
「……」
にべもない即答。
飽くまで脅しに屈しない子供に、さすがの冬月も辟易するしかなかった。
「乗れ、シンジ」
ゲンドウだった。
なかなか埒が明かない遣り取りに、とうとう我慢が出来なかったらしい。
使徒はもうそこまで迫っているのだ。猶予はなかった。
「もう一度だけ言う。 乗るのだ、シンジ。 これは命令だ」
「だから誰に? アンタのお古なら、即チェンジを要求するよ」
だからそれは下ネタだっちゅーに。しかも二番煎じ。
まさにそのとき、第三の声が上がった。
「ちょっとアンタっ! さっきから黙って聞いてりゃ、なに口答えしてんのよっ!? 挙句の果てに暴力ぅ!? 何てガキなのよっ!? いい? 親しき仲にも前戯ありって言うでしょう? 少しは目上を敬ったらどう? 貴方、もう中学生なんでしょう? だったら、ちょっとは常識をわきまえなさいっ!!」
ミサトはいい大人ぶって少年を窘めた。
(ああ…皆の視線を感じるわ…気持ちいい…気持ちいいの…)
これでまた株を上げたわね♪──そんな自画自賛の優越感に浸りながら。
だが周りの反応が何かおかしかった。
少なくとも、ミサト本人が思っているような視線ではなかったことだけは確かだ。
「……」
「……」
「…ミサト、それを言うなら『礼儀』だと思うわ(汗)」
眉間を押さえながら、リツコがポツリとフォローする。
一瞬、スルーしようかとも考えたが、某少年に、アレと同レベルと思われたら堪らない。
「へ? あり? そ、そーだっけ? ナハハハ、ジョークよ、ジョーク♪」
そう苦しい弁明をするが、勿論ジョークなどではないし、誰も信じちゃいない。
常識がなかったのはアンタのほうである。
さて、馬鹿は放っておいてシンジは話を進める。
背後の怪しい中年に声を掛けた。
「鬚ってさー、ホントに世界を救う気があるのー? 二心はないのー?」
「勿論だ」
「へぇー、僕にはとてもそうは見えないんだけどー?」
「…貴様(ギリッ)」
男の目つきが鋭くなる。
明らかに、目の前の息子は自分のことを尊敬していない。何ということか。
男にとって、これは由々しきことであった。
そんなギシギシと歯軋りする相方を見かねて、冬月がフォローする。
「シンジ君、キミの父親はこんな風貌だから誤解を受けやすいんだがね、世界を救うために、誠心誠意、滅私奉公の思いで頑張ってきているのだよ!」
勿論、詭弁である。
言った冬月本人でさえ、そんなこと信じちゃいなかった。
言った自分が恥ずかしくなるほどに。
「ふーん……ソレ、母さんに、碇ユイの名前に誓って、真実だと断言できる?(ニヤリ)」
「……」
ユイの名を出されて、さすがの冬月も言葉に詰まる。
彼女を前に嘘を言うのは憚られたのだ。
いわば宗門改め、踏み絵である。
「どうなのさ?」
「そ、それは…(汗)」
攻め手を休めないシンジに、老人は脂汗ダラダラ。だがそのとき、
「ああ、誓えるとも」
ゲンドウが口を挟んでいた。それは迷いのない言葉。
「ばっ!? 碇、お前…」
冬月は信じられないというような顔だ。
この男、自分と同じで、ユイという女性を神聖化していたのではなかったのか?
ならどうしてそんなことが言えるのか?
本人が聞いてさえいなければ、嘘を吐いても平気だというのか?
老人は、途端にゲンドウという男がわからなくなっていた。
片や、シンジはとても満足そうであった。ニンマリしている。
まさかゲンドウも、愛する妻その本人がこの場で聞き耳を立てているとは、夢にも思わぬことであった。
少年はニヤニヤして、目を細くする。
「(ククク、だってさ。 どうする、クロぉ〜?)」
『(…開いた口が塞がらないわねぇー)』
肩上の黒猫も呆れていた。
「もし万一、仮に乗ってあげるとして、今回の報酬はどうすんのさ? 日払い?」
シンジは頭上の遺伝子提供者に向かって確認する。乗る気はサラサラなかったが。
「…後日、払おう」
「後日? まさかまた1年後とか言わないよね? そんなんだったら、今度は副司令…いえ代理でしたっけ、その首と胴体が17分割される気がするなー。 無性に(ニヤニヤ)。 それでもいいの?」
ニンマリと横目を向ける。それは何もかもお見通しの顔。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか、シンジ君っ! さすがにそれは──」
当然、引き合いに出された冬月は慌てるが、
「構わん!」
「んあっ!? 碇、貴様っ!!」
「落ち着け、冬月。 何が占いだ。 そんな非科学的なもの、…所詮、子供の戯言だぞ? 真に受けるほうがどうかしている。 それにお前は、この特務機関ネルフの副司令(代理)という立場にいる人間だぞ? 周りの目があることを常に自覚しろ。 取り乱すな」
表情を変えないまま、いつものゲンちゃんポーズで諫言を呈する。
見た目、冷静かつ有能な司令官の対応である。
だが老人にしてみれば堪らない。
万一、予言通りとなったら、──つまり自分は死ぬということなのだ。
動揺するのは当たり前だ。
「クッ…それはそうだが…しかし人事だと思ってお前は〜〜」
「人事だと? フッ、可笑しなことを言う。 私は客観的事実を言っているまでだ。 それともこの私が、自分と他人とで対応を変えるような、そんな恥知らずな人間に見えるか?」
見える。掛値なく見えるぞ〜。
自分の評価と周りの評価が、こうも違う人間も珍しい。
しっかりと周りに聞こえるような声で、自らの正当性を主張するゲンドウ…。
だが、こんな美味しいシチュエーション、目の前の少年が見逃す道理がなかった。
「あー、あと今回はそれにプラスして、鬚の手足もチョン切れる気がす──」
「それはダメだ」
おい。
少年が言い終わる前に即答しやがった。
まさに小動物。
何という小心者。
あっさり変節していた。いや二重基準か。
「「「「「……」」」」」
この男、他人の首がチョン切れるのは良くても、自分の手足がそうなるのはイヤだと言っていた。公然と。
子供の戯言だと、端から信じていないんじゃなかったのか!?
さっきの諫言は、一体何だったのだ!?
(碇、貴様と言うやつは…)
老人は、思わず眉間を押さえた。心の手で(汗)。
暫く待っても、ネルフのトップ2からは、何の返答もなかった。
ずっと押し黙ったままである。
余程、痛いのはイヤであるらしい。顔色も芳しくない。
非科学的ではあっても、戯言だとは思っても、その可能性がホンの少しでもあるうちは、自信を持って頷けないようであった。
万一ということがあったら、…もはや取り返しがつかないのだ。
他人の命には代わりがあっても、自分の命には代わりがないのだ。
二人とも、稀にみる臆病者であった。
「──ということで、交渉決裂ぅ〜。 じゃあねぇ〜♪」
シンジは話を打ち切った。
(もし死んじゃっても、牛と鬚だけは直ぐに生き返らせてあげますからねー♪ でないと、例の転生コースに拘束されちゃうからねー。 うんうん、気をつけないとー♪)
そんなことを考えながら、少年は発令所を後にした。にこやかに手を振りながら…。
はーやーくーこーいーこーいー、ラーミーエールーちゃーーーーん♪
《……》
10分後、シンジは初号機のエントリープラグの中にいた。
ドグマの通路を歩いているところを、人目があるにも関わらず、黒服たちが拘束してきたのだ。
もう、形振り構っている場合じゃなかったらしい。
だがこの少年、一切の抵抗をしなかったらしい。
いや、もーいい加減面倒臭かったというのが、彼の本音らしかった(笑)。
《…何のマネですか、コレ?》
モニター越しに、かなり不機嫌そうなシンジ。
「ゴメンなさいね。 今、外にでるのは大変危険なのよ。 緊急時につき、一般市民である貴方をネルフで一番安全と思われる場所に避難させてもらいました。 それに貴方は、わが国から最恵国待遇を受けている国の外交官という立場にあります。 最優先で避難誘導をさせて頂きました。 いえいえ、お礼なんて結構です。 これが私たちの務めですから」
親友(?)が急遽用意したシナリオに沿って、受け答えをするミサトであった。
因みにそのシナリオというのは、保護を理由にシンジを拘束する→安全確保を理由に初号機に搭乗させる→ジオ・フロントにいると危ないので地上に緊急避難(射出)させる→結果、なし崩し的に使徒と戦わせる。しかもロハで──というものであった。
あくまで少年の安全を守るためという大義名分としてである。
尤も、それを信じている者は、身内であるハズの発令所内においても皆無であった。
そして、湧き起こる良心の呵責…。
──明らかな詭弁を弄して子供を騙し、いいように使おうとしている大人が、果たして正義なのか?
──何より、その片棒を自分たちは担がされているのではないのか?
──そもそも自分たちのいるこのネルフは、本当に正義の組織だといえるのか?
そんな根っこのところまで、真剣に悩み出す職員が続出してきていた。
《あのー、それ本気で言ってます?》
シンジは呆れ顔だ。
「勿論です。 何を言われようと、市民の安全を守るのが我々ネルフの仕事ですから」
うわ、嘘クセ〜〜。
言ってて恥ずかしくないのか?
《でもこの後、地上に放り出そうとしてません? あそこって危険じゃないの?》
「危険かどうかは、我々ネルフが判断します。 素人考えでモノを言わないように」
放り出す気、満々のようだ。
《んなこと言ってるけどさー、いいの、鬚?》
「問題ない」
んま〜、奥様聞きましたー?
よくもまあ、イケシャアシャアと。
「シンジ君、貴方、何のためにここまで来たの? 逃げちゃダメよ!」
相変わらずの三文セリフ。反吐が出る。噴飯モノだ。因みにこれはシナリオ外のセリフであったが。
《何のためにって…。 ──いきなり拉致られて、否応なしにここに連れ戻されて、有無を言わせずエントリープラグに放り込まれたんですけど?》
そう。それが真実。故に、とやかく責められる謂れはない。
「男の子が細かいこと言わないのっ!」
《…はぁ〜、やれやれ》
どこまで行っても、牛耳東風であった。
何を言っても無駄。でも言わずにはいられない。
《あーもー、何だかんだお為ごかしなことを言ってもさー、結局はこの僕を地上に出すんでしょー? そして使徒とやらにぶつけるんだ?》
「だから、それは私たちが判断することだって言ってるでしょう?(イライラ)」
だいぶ機嫌が悪くなってきているミサト。キレるのは目前か?
だが少年は無視して話を進める。
《ほら、あの使徒、見た目からして特殊な攻撃手段を持ってますよ、きっと。 そんなの相手に、何の事前情報なしで戦えってんですか? そんなの、下手をしなくても死んじゃいますよ!》
一応、言ってみた。無駄だとは思ったが。
(それにラミエルってば、変にリベンジに燃えてるしさー。 参っちゃうなー、もー)
「貴方は私たちの指示に従えばいいんです。 それに余計な情報は兵士を混乱させるだけですっ!(イライラ、イライラ)」
《兵士? ほら、やっぱり戦わせるつもりじゃないですか! しかも避難の名を借りた無報酬で! 恥ずかしくないんですか!? いたいけな子供にタダ働きをさせて!? ──ふう〜、あのー、やっぱり僕、まだ死にたくないんでー、ここから降ろして貰えます〜? その、早く家に帰って、水戸黄門の再放送見たいんですよー。 やっぱ、東野黄門様は最高ですよねー♪》
ぶチぃッ!!
「アンタねぇ〜〜、我侭言うのもいい加減にしなさいっての!!」
ついにミサトがブチ切れた。どうやら今まで大人しく猫を被っていたようである。
目を閉じ、大きく深呼吸をする。そしてカッとその双眸をモニターにぶつけた。もう誰も彼女を止められない。
「人が下手に出て、優しくしてりゃいい気になってぇ〜〜っ!!
これはねっ、人類の存亡を賭けた戦いなのよっ!?
生きるか死ぬかの総力戦なのよっ!?
子供の遊びじゃないのよっ!?
わかってんのっ!?
人類の一員なら黙って協力するのが当然の義務ってモンでしょうーがっ!!
戦いたくない?
危険なことはしたくない?
だったらカネをよこせ?
でなきゃ働いてあげない?
何、権利ばっか主張してんのよアンタはっ!?
誰のお蔭で、今まで五体満足に生きてこられたと思ってんのっ!?
減らず口ばっかで、情けないったらありゃしないわっ!!
口は出すけど汗は流さない?
血は流したくない?
痛いのはイヤ?
でも安全だけはしっかり享受したい?
幸せに暮らしたい?
ざけんじゃねぇ〜〜っ!!
このクソガキがぁ〜〜っ!!
寝言は寝てから言え〜〜っ!!
ヴォケがぁ〜〜っ!!
それって人として最低じゃないのっ!!
この人でなしっ!!
恥さらしっ!!
非国民っ!!
人類の裏切り者っ!!
寄生虫っ!!
ダニっ!!
蛆虫っ!!
サナダムシっ!!
スピロヘータっ!!
チ○カスっ!!
犬のウンチっ!!
死ぬかも知れないですってぇ!?
ハン、それがどうしたってのよっ!?
悪いっ!?
いいじゃないのっ、アンタなんか死んじゃってもっ!!
ていうか死ねっ!!
今死ねっ!!
すぐ死ねっ!!
さあ死ねっ!!
名誉の戦死よ?
悲劇のヒーローよ?
一躍有名人よ?
歴史に残るのよ?
それにアンタさ、生きてる意味あんの?
アンタの命なんて、アンタが思ってるほど価値なんてないのよ?
もしかして自覚ないでしょ?
ったく、ホント図々しいったらありゃしないわっ!!
アンタの命なんて、その辺に転がってる石ころと同じなのっ!!
何の価値もないのっ!!
わかってんのっ、アンタっ!?」
ここでちょっと一休み。そして直ぐに幕が開く。
言うまでもなく、彼女の独壇場。誰も言葉を挟まない。いや、挟めない。
「それにどうせ死んだって、アンタに泣いてくれる人なんていないんでしょ〜?
ふふふ、アタシ、ちゃーんと調べたのよぉ〜♪
アンタ、親に捨てられちゃたんでしょ〜?
お世話になってた親戚からも邪魔者扱いされてたんでしょ〜?
友達いなかったんでしょ〜?
クラスでもハブにされてたんでしょ〜?
先生も味方じゃなかったんでしょ〜?
誰からも構ってもらえなかったんでしょ〜?
一人ぼっちだったんでしょ〜?
何もないんでしょ〜?
今、どんな気持ち?
ねぇ、どんな気持ち?
ププッ、きゃはははははは〜♪
あははは、まあ、しょうがないか〜。
だってアンタ……妻殺しの息子なんだもんねぇ〜。
げぇ〜、最悪ぅ〜。
アンタの死んだ母親だって、どんな素性の女だったかわかったもんじゃないわ〜。
アンタ……本当に今の父親の子供〜?
フフフ、案外、種が違ったりしてぇ〜♪
きゃはははははは〜♪
ま、アンタの母親なんだから、結構な商売女だったんじゃないのぉ〜?
うっわ〜、ソレ、きっつぅ〜。
そりゃ、いじめられて当然よねぇ〜?
小学生のとき、自転車を盗んだときも、警察や学校からは勿論、親戚からも信じてもらえなかったんでしょ〜?
はぁ〜、やっぱ、問題児は違うわ〜。
うんうん、だからよねぇ〜。
ウジウジ家に引き篭もって、世間様を逆恨みしてたってわけだ〜?
フフン、ミジメよねぇ〜。
憐れよねぇ〜。
もう死んじゃいたいわよねぇ〜。
いっそ、この世から消えてなくなりたいわよねぇ〜。
人生、リセットしたいわよねぇ〜。
そんなの生きてる意味ないわよねぇ〜。
だったらいいじゃないのっ!!
いつ死んじゃってもさっ!!
減るもんじゃなしっ!!
未練なんて何もないでしょ?
このまま生きてても、辛いだけよ?
アンタなんて、生まれてくる必要のない命だったのよ?
わかってんの?
生まれてゴメンなさいって、ちゃんと反省した?
それにアンタなんか、どうせ生きてたってロクな大人にならないんだから、今のうちに死んでくれたほうが、よっぽど世のため人のためってモンだわっ!!
無駄飯喰らいを養う余裕なんて、今のアタシたち大人にはないんだからねっ!!
それが全人類の総意ってモンよっ!!
身の程を知りなさいっ!!
このクズがっ!!
(カァ〜〜〜〜〜)べっ!!」
そう好き勝手放題に叫び終えると、モニター(シンジの顔)に黄緑色の粘っこいタン唾を吐き掛け、バーンとデスクを叩いて、満足気に口上を締め括った。
それはそれは恍惚の表情であったという。
(((((………)))))
シーーーーーーーン
水を打ったように、耳鳴りがするまでに静まり返り捲くった発令所…。
空気がピキンと凍り付いていた…。
魂が抜けて茫然自失の職員たち…。
葛城ミサト伝説パート2…。
………
………
おいおい…中学生の子供にそこまで言うか!?
事実錯誤も甚だしい。
普通の子供だったら、思い出したくもないトラウマを蒸し返されて、とっくの昔に泣き出してんぞ!?
ていうか、下手すりゃ衝動的に自殺モンだ。いや、十分あり得る状況だ。
しかし、先の第四使徒戦のときに、自分一人だけ逃げ出した人間のセリフだとは思えない。
厚顔無恥にも程がある。
虫酸が走る。
これにて、ネルフ内でのミサトの評判は決定的なものになっていた。
無論、ドン底どころの話ではなかった。
(…あーもういい加減、殺しちゃおうかな〜)
さすがのシンジもここまで言われて、コメカミがピクピクしていたようである。
だがシンジはまだいい。心が微妙に広いから(笑)。
彼以上にブチ切れる寸前、いや、既に堪忍袋そのものが破裂し、怒り狂っていたのは、むしろ黒猫のほうであった。
最愛の、そして自慢の息子をこうまで徹底的に侮辱され、果ては自分のことまで誹謗中傷され、さすがの黒猫も、怒り心頭の総毛立ちで、モニターに向かってバリバリと爪を立てて暴れ捲くっていた。
見事にプッツンしていた。キレていた。目が血走っていた。誰も止められない。シンジにもだ。
フギャーフギャーと、それはもう大暴れ。横の白猫もトバッチリを食らったほどに。
爪で縦掻き、横掻き、斜め掻き。ガブリと噛み付き、果ては猫キックの連打!
──アンタ、もう立派な猫だよ!(笑)
終いには、あまりの興奮からか、途中で泡を噴いて失神してしまう始末。
ギョロリと白目を剥いたままで。
クロ…お大事に(汗)。
「ミ、ミサト…貴女…貴女って…」
こちらは彼女の「元」親友…。口許を押さえ、顔を青くして呆れ果てていた。
いくらなんでも、まさかここまで馬鹿で傲慢で最低で痛い女だとは思わなかったのだ。
これじゃもう、庇いようがない。誤魔化しようがなかった。もう決裂は決定的であった。
少年に対しても、周りの職員に対しても、である。
《ふう、ご高説痛み入りますが…。 で、肝心の貴女はどうなんです? 自分だけ安全な場所から、この僕にのうのうとご命令ですか? いいご身分ですよねぇー。 羨ましいですよねぇー。 ──どうです? この際、貴女も一緒に外に出て、戦われてみたら?》
だがこの少年の弁に、またもや狂牛が噛み付いた。
「チッ、この馬鹿は何言ってんのっ!!
まだわかんないのっ!?
いいっ?
このアタシは『貴種』なのよっ!?
アンタら一般ピープルみたいに死んでも代わりがいるような『雑種』とは、端から命の重みが違うのよっ!?
アタシが死ねば、人類は絶滅しちゃうのよっ!?
そんなこともわからないの、このガキはっ!?
そんな危険なこと出来るわけないじゃないっ!!
アンタらのようなゴミと一緒にしないでっ!!
このエッ○っ!!」
ボルテージアップで、本音炸裂。さらにダメ押し。自分の評価にオウンゴール&決勝点。はらたい○に三千点、倍率ドン、さらに倍! もー止まらない。果ては、差別用語まで出る始末。もう人間終わっていた。
しかしそこまで言うか!?
そこら中の『雑種』の皆さん(笑)なんて、言い知れぬ怒りに打ち震えて、プルプルしてるぞ!?
いいのか!?
そのうち暴動が起きるぞ!?
ザワザワ、ザワザワ──
ガヤガヤ、ガヤガヤ──
「い、碇…問題ではないのかね、これは? さ、さすがに職員たちにも動揺が出ているぞ?(汗)」
「……」
「…おい、聞いているのか、碇?」
「……」
返事がない。ただの屍のようだ。
白目を剥いて意識を失っていた。口からはエクトプラズムみたいのがブクブク出てたし…(笑)。
どうやらどこかの世界に逝っちゃっているようであった。とうの昔に。
──さすがに、あの女も反省し、今後は無茶はしないだろう。
ゲンドウには、そんな甘ぁーい見通しがあったのだ(もはや過去形)。
だがそんな思惑など、葛城ミサトという女には通じないことを、直ぐにでも思い知ることだろう。
ていうか、今まさに思い知っているその最中…(笑)。
それに反省するも何も、元々あの一連の不祥事は自分がやったことではなく、部下〔注:マコト〕がやったことだというのが、今のミサトの認識…。
自分は悪くないのに、なんで反省する必要があるのか! ──それが彼女の真実なのである。
それにつけて、先の裁判を乗り切ったことで、この女、益々増長していたのだ。
それはもう、手が付けられない程にである。
さすがのリツコもコメカミを押さえていた。
《あれー? リツコお母さぁん、頭痛ですかー? …あ、もしかして更年期障害──》
「違うわよっ!」
こんなときでもボケを忘れない、お約束なシンジであった。
芦ノ湖方面から第三新東京市に侵攻した第五の使徒は、その形状からして、人類の生物学的概念からかけ離れた存在だった。
外観はピラミッドを上下二つに張り合わせたような、ほぼ正八面体の幾何学的形状。
その表面は空を映すほどに高い光反射率を持つ平面で構成され、手足、体毛などの動物的特徴は何一つ見当たらなかった。
この点からも、先の二体の使徒とはまったく違っていた。
同じ使徒かということさえ疑いたくなるほどに。
後に雷の天使、ラミエルと呼称されるこの第五使徒は、いろいろとスーパーだった。
《目標は、塔之沢上空を通過》
《初号機、発進準備に入ります》
《目標は、芦ノ湖上空へ侵入》
《エヴァ初号機、発進準備よろし》
第五使徒侵攻状況中継の中、ケイジからの報告が刻々と発令所にもたらされていた。
「いいサードチルドレン? 生き残りたければ、このアタシの指示どおりに動くのよ?」
ミサトはマイクを掴むと、身を乗り出してモニター越しの少年に声を飛ばした。
《……》
だが少年は露骨に嫌そうな表情をしていた。しかもそれを隠そうともしない。
横では猫二匹がLCLの中、必死に犬掻きをしている。アップアップと。これはいつもの風景。
「ちょ、ちょっとアンタ、何とか言ったらどうなのよっ!?」
少年の態度にカチンときた誰かサンが怒鳴り上げる。
《……》
それでも少年は沈黙したままである。会話するのも嫌らしい。
まあ…あれだけ悪口を言われたのだ。当然といえば当然である。
この少年、悪口を言うのは好きだが、言われるのはチョー嫌いなのだ。基本的に。
そのときマヤの声が飛んだ。
「!? 初号機とのシンクロ率、5ポイントダウンしました!」
「!? 何ですって!?」
「ちょっとちょっと、何やってんのよこのクソガキはっ! 遊びじゃないのよっ! 真面目にやりなさいっ! これは命令なのよっ!」
再びイカレポンチの怒声。相当にトサカにきているようだ。
因みに命令命令と言っているが、シンジがそれに従う理由などありはしない。ただの戯言。
「!! シンクロ率、さらに5ポイントダウンしました!」
「ふんが〜〜っ!! しばいたろかこのガキャ〜〜〜!!」
唾がそこいら中に飛び散る。もはや見苦しいことこの上なかった。
そして駄目押しともいえるオペレーターの声が響いた。
「!!! シンクロ率、さらに10ポイントダウンしました! き、起動指数を割り込みました!」
「んがっ!? どういうことよぉ〜〜〜!!」
「…ふぅ、どうやら彼、ミサトのダミ声を聞くとシンクロ率が落ちるようね(精神的なものかしら? 中々興味深いわね)」
「へ?」
ミサトは意味が飲み込めず、指を咥えてキョトンとしている。
少し経って、
「あ、シンクロ率が回復、徐々に上がっていきます!」
「何ですってぇー!? こ、このガキぃ〜〜!! もっと真面目にやれぇ〜〜!!」
「あ、今ストンと落ちました(汗)」
「…ミサト、貴女暫く黙っていて頂戴」
リツコが再びコメカミを押さえながら呆れるように告げる。
「な、何でよぉ〜〜〜!! ホワ〜〜〜〜イ!?」
ミサトは、その後も理不尽とばかりに食い下がろうとするが、親友(?)が白衣のポケットをガサゴソし始めたのを見るにつけ、急に大人しくなる。
ナメクジに塩、吸血鬼にニンニク、…パブロフの牛さんには、お注射が覿面のようであった(笑)。
「シンクロ率19.19パーセント。 オールグリーン。 初号機、『再』起動完了しました」
「よっしゃよっしゃ♪ ヘヘーン、起動すりゃこっちのもんよ〜!! いきなりだけど発進っ!!」
「発進!? で、でもまだ作戦概要を伺っていま──」
振り向きざま、カエデが異を唱える。それは前任者には出来なかった反応(笑)。
が、言葉の途中で打ち消される。
「黙りなさいっ!! 越権行為よ、このゴスロリ女がっ!!」
「ゴ、ゴスぅ!?」
あ〜一応、カエデの名誉(?)のために言っておくが、彼女は今そんな格好などしてはいない。
尤も、プライベートではやりまくっていたらしいが…某親友と二人して(笑)。
あと勿論だが、カエデは越権行為などしてはいない。ちゃんとした彼女の職権の範疇であった。言うまでもなく。
「先手必勝よっ!! 敵が攻撃する前に叩くっ!! 戦いの基本でしょーがっ!!」
一見、言っていることはマトモそうだが、さにあらず。
「無謀ですっ! 敵の戦力も不明なんですっ! 第一、先手を取れるという確証がありませんっ!」
必死に抵抗するカエデ。
うむ、なかなか有能だぞ、キクちゃん♪(おい)
「んがーっ!! やれってーのよっ!! アンタ、このアタシの命令が聞けないってーのっ!? 奴さんがこちらに気づいてない今が絶好のチャンスなのよっ!! アンタそんなこともわかんないのっ!?」
ミサトはカエデの肩を掴んでガクガクと揺さぶり、さらにその耳元で怒鳴り捲くった。
ムチ打ち症&鼓膜破れる寸前である。
だが我らがキクちゃんは頑張った!(まだ言うか!)
「だっ、駄目ですっ! やっぱり認められませんっ! しょ、職権により葛城一尉の今回の命令を拒否、一時留保を申請しますっ! 赤木博士、どうか承に──」
承認をお願いします──と横のリツコに叫ぼうとするが、
「あーもーうっさいっ!!」
ドン!!
「きゃっ!?」
(((((!!!!)))))
「カ、カエデちゃんっ!!」
あろうことか、ミサトはカエデをオペレーター席から突き飛ばしていた。
マヤが慌てて駆けつけて抱き起こす。
「だ、大丈夫?」
「…うん、ちょっとお尻が痛いけど、何とか。 どうもありが──ああっ!!」
カエデの素っ頓狂な声が響く。
彼女の視線の先では、例の暴走女が、狂気ばしった目で勝手にコンソールのキーボードを手当たり次第にデタラメに叩いていた。
「「「「「!!!!!」」」」」
結果、ドグマの発進口に待機していたエヴァ初号機が、地上に向けて打ち上げられてしまったのである。
しかもどこの地上ゲートから射出されるかもわからなかった。
だって操作したのはミサトだから。
そのミサト自身にもわからないのだから(笑)。
「ったく。 実戦のイロハもわからない新参者のトーシローちゃんはそこで黙って見てなさいっ!! ホント最近の若い娘は〜〜。 遊びで仕事をされちゃ、いい迷惑だってのよっ!! いい? このアタシが世界一の指揮ってものを見せてあげるわっ!!」
そう啖呵を切ると、尻餅をついたままポカンとしている童顔少女二人に、ビシッと人差し指を突き付けた。
まさに我が世の春であった。
「あ〜碇よ、一応訊いておくが、これは問題ではないのかね?」
「……」
相方にそう言われたゲンドウはというと、自分の予想の一歩斜め前を行く女の行動に脂汗を流し始めていた。
この女、どうやら喉元過ぎて熱さを忘れているようで(いや、それさえも鬚の勘違いなのだが…)、鬚の思惑を外れて、全然懲りていなかった。
あーでも、後悔する暇があるくらいなら、今のうちにその女を止めたほうがいいと思うぞ?
一応、老婆心ながら…。
「!! ──大変です! 初号機の射出ポイントが判明! 使徒の真正面っ! 距離2メートルですっ!」
「に、2メートルぅ!?」
驚愕の事実に、リツコが色を失う。
エヴァのサイズで2メートルなんて、ハッキリ言って薄皮一枚、目と鼻の先である。
いきなり、がっぷり右四つに組んで戦えとでも言うのだろうか?
それにこんな至近距離では、隠密行動もヘッタクレもなかった。
たとえ使徒が熟睡していたとしても気づくだろう。いや絶対。エヴァの射出口って、サイレンやら赤色灯やらでやたらと賑やかだし。
「な、何でンんなトコに出すのよっ!!」
出したのはアンタだアンタ。
「マヤ、大至急、ルートを変更して!」
「駄目ですっ! 既に最終切替ポイントを通過していますっ!」
「そんな!」
「えーとえーと…あれあれ? よくよく考えたら、これって願ったり叶ったりじゃな〜い♪ うっし、リフトオフと同時にライフルで一斉射! 何てったって至近距離なんだから百発百中〜♪ ムフフ、これで決まりよ〜♪ ナイスよ、アタシ〜♪」
女は自信満々でビシッとサムズアップをかます。
(((((……)))))
周囲はア然としている。
だってそれは無理。机上の空論。だって2メートルじゃ、ライフルを構えるスペースがない。
サイドやバックステップを切ろうにも、左右のリフトビルの内壁が、そして背後から拘束するガントリーリフトが邪魔で、身動き一つ取れやしないのだ。
ついでに言うなら、上も天井で蓋をされていた(汗)。
まさに四方八方、サンドイッチ状態なのである。
…ていうか、そもそもライフルは武器庫ビルの中にあって、手許にはない(汗)。
カゴの中の鳥に、それをどうやって取れと言うのだろうか?
また、仮にパイロットの機転で、プログ・ナイフを使おうにも、この体勢では、リフトビルの天井が邪魔で、ショルダーパックから取り出すことさえ出来ないのだ。
そもそも今の初号機は、規格外の大きさなのだから(つまり、筋肉ムキムキ)。
ロックが掛かっているので、しゃがむことも無理。
故に「タマとったらぁー!」の技も、物理的に不可能であった。
図解(上から見た図)するとわかりやすい。
…これで一体何をせいっちゅーんじゃ!(怒)
〜エヴァ初号機・エントリープラグ内〜
第五使徒が現れるや、シンジの忠告を一切無視して初号機を射出させるミサト、その顛末はいかなることに?
しかしこの女、相変わらずというか何というか、学習能力というものがものの見事に欠落していた。
というより、他人の意見をまったく取り入れようとしない。どうも矜持が許さないらしい。
もーやんなっちゃうなー。誰かサンも、少々食傷気味だしー(笑)。
閑話休題──
ここは初号機、エントリープラグ内。ここからシンジの意趣返しが始まるのだ。
「(相変わらずだねー、この女も…まあ、初めからアレには何一つ期待しちゃいないけどさー。 ──そうだ! いいこと思いついちゃった。 ムフフフ、いつまでもこのクソ女を庇い続ける髭の野郎にも、たまには後悔させてあげないとねー♪)」
極悪な含み笑いを漏らして、少年はモニターの向こう側にいる獲物たちを眺める。舐め上げるように…。
「(あー、てな訳で、ハッちゃん、聞いてたでしょ? 悪いんだけどさぁ──)」
〜密談中〜
「(──うんうん、アリガト〜♪ さあて、ハッちゃんのほうはこれでよしと。 MAGIのほうにも今回はお休みするようにお願いしたし、…後は、この茶番劇の行く末を見守るだけだねー♪ わくわく、わくわく〜♪)」
この間、わずか0.01秒。
少年の悪巧みは、今幕を開けた。一部、予想外の事態を孕んで。
〜再び、ネルフ本部・第二発令所〜
「目標内部に高エネルギー反応っ!?」
オペレーターの青葉がモニターを見て叫ぶ。そしてやっと回ってきた出番。
「なんですってぇー!?」
素で驚くミサト。
「円周部を加速! 収束していきますっ!」
「──まさか」
そのリツコの不安は的中することになる。
次の瞬間、人類の希望、ネルフの切り札たるエヴァ初号機が地上にその姿を現した。
それは最悪。それは悪夢。相手にとっては格好の射的の的(マト)。
ミサトが大声で叫ぶ。
「だめっ!! よけてっ!!」
よけられるかいボケ!!2メートルだぞ!!無茶言うな!!しかも籠の中&拘束されたままだっちゅーの!!
かくして第五使徒の側面(今回のは発射口がいくつもあるらしい)から謎の光線が発射され、それは瞬時に初号機の胸部へと命中する。
照準も何もない。する必要がない。殆どゼロ距離射撃(汗)。
ズギャギャーーーン!!
目が眩むほどの閃光、そして肌を劈く嫌な衝撃音、そして──
「!! て、敵のビーム兵器、初号機の胸部を貫通っ!!」
マヤが悲痛の叫びを上げた。
「「「「「!!!!!」」」」」
そしてエントリープラグ内の映像、リアルタイムで発令所に届けられる現実に、誰もが目を覆う。
そこは地獄。酸鼻な世界。大人が用意した生贄の祭壇。
モニターの先では、LCLが瞬時に沸騰していた。
《うわああああああ〜〜〜〜〜〜!!》
発令所内に響き渡るシンジの悲鳴。絶叫。断末魔。
「シンジ君っ!!」
耐えられず、マヤが顔を覆う。
(碇クンっ!?)
今まで発令所の端で無表情を通していた蒼銀髪の少女でさえも、一瞬にして青ざめ、顔を強張らせ、そして酷く狼狽する。
…だがコレ、実はMAGIによる合成映像&音声であった。
当然、当のシンジは平気。ピンピンしている。
猫たちも適度なATフィールドに守られて温泉気分(今は)。はぁ〜ビバノンノン♪
勿論これは、シンジの計略。
先程、初号機と何を密談していたのかというと──
という内容であったらしい。
- ラミエルは十中八九、初号機のコアを狙って狙撃してくると思われる。
- 初号機にラミエルの加粒子砲の直撃を受けてもらう。ワザと。その際、貫通させるために、防御力は極限まで下げておく。
- 初号機のコアは、既に退化した器官であり、失われても問題なし。でも、多少はチクッとするらしい(汗)。
話を戻そう。
ガタッ!!
ゲンドウが思わず椅子から立ち上がっていた。そして声を振り絞らんばかりの大絶叫。
「ユ、ユイっ! ユイっ!
うおお〜〜〜〜〜っ!!
ユイぃ〜〜〜〜〜ッ!!」
人目があることなど忘れていた。
それは形振り構わぬ男の魂の叫び。曲がりなりにも真実の声。
目汁鼻汁口汁をだらしなく振り撒いてのご乱心三昧…。
この突然の組織のトップの取り乱しように、何事かと職員の誰もが目を瞠った。
モニターサイトに映る現実の深刻さも一時忘れて、ゲンドウの狂態に視線が集まる。
「ユイ…ユイ…」
まだ余韻明けからぬ男…。虚ろな瞳をしていた。
だがそこに、冬月がその不自由な体をして、ゲンドウに詰め寄った。
「今までさんざ葛城君を庇い続けたツケがこれか……恨むぞ、碇っ!」
冬月は心の手でゲンドウの胸倉を掴み上げた。そしてさらに糾弾する。
「貴様は、ユイ君よりも、葛城君を選んだっ! これがその結果だっ!」
冬月の視線の先では、ラミエルの加粒子砲の光が、未だ初号機の体を貫いていた。所謂、串刺し状態。
「うぅ…選んだだと!? このオレが!? 違う、そんなつもりは──」
「だがな、これが結果だっ!」
老人はバーンと机を叩く。心の手で。
ゲンドウは椅子に腰を下ろすと、その視線を落とし、ワナワナと打ち震えることしか出来なかった。
だが男の後悔は、この程度では終わらない。
女の行動は、ゲンドウの、そしてシンジの予想すら超えるのだ(爆)。
「戻してぇっ!! 早くっ!!」
「「「「「!?」」」」」
突然のミサトの叫び、いや正確にはその内容に周囲は驚愕する。
それはありえない指示。
今、初号機を戻したら、とんでもないことになるのだ。それは必然。自明の理。
現在の初号機は、いわば切れ味のいい刀に刺し貫かれている状態にある。
そんな初号機を、強引に下に降ろせばどうなるか?
考えるまでもない。縦に真っ二つである。
今は一点貫通だが、もしラミエルの強力な加粒子砲、その照射ポイントが動けば、初号機の体が両断されるのは、十分予想の範囲内であるのだ。
子供でもわかる理屈。
そしてその先にあるのは、あのエヴァ参号機と同じような末路…。
どうやらこの作戦部長、「点」の被害が「線」の被害に拡大することを、まったく理解していないようである。
前史では、某オペレーターがミサトの指示に直ぐに反応して初号機を下げた。
しかし今回は、もしかしたら大丈夫ではないのか?
だって、もう従順なメガネ君はいないから。この世に。
それに今回は優秀なオペレーターもいるし、拒否権もあるし、最悪の事態は回避されるハズである。
そう、普通なら──
……
……
リフトの昇降ボタンは、戦況分析の担当オペレーターの席にあった。
ついでに言えば、ロック解除のボタンもそうである。
そしてその席は、故・日向マコトの席。現在は、阿賀野カエデの席。
だが彼女は今、その席にはいなかった。
では、どこにいるのか?
──そう。実は彼女、未だ床にペタンと座ったままであったのだ。一人ポツンと。放心して。
では今、問題の席に陣取ってるのは、どこの誰?
……
……
……葛城ミサト。
ハイ、正解♪
……
……
いわば、墜落寸前の飛行機の操縦を赤ん坊に任せるようなもの。
それは、悪戯好きの子供に核ミサイルの発射ボタンを渡すようなもの。
考えうる最悪。
パンドラの箱を覗いたら、空だった。
……
……
「〜〜っ!? ミサトっ!! 待ちなさ──」
事態を理解したリツコが慌てて止めに入る。だが、その網膜に飛び込んできたのは──
ポチッとな♪
「元」親友が何気にボタンを押すその姿であった。
…間に合わなかった。
それはまさにスローモーション。走馬灯のコマ送りを見るが如し。
リツコはその様子を呆然と眺めるしか出来なかった。絶望を一身に感じながら。
ぐい〜〜ん
そしてリフトが下がり始める。初号機を載せて♪
《!》(シンジ)
《!!!》(ハッちゃん)
さすがのシンジも、ちょっと吃驚。予想外。
だがそれ以上に、矢面に立たされている当の初号機はもっと驚愕。
そりゃそうだ。そんな話、聞いてない。詐欺である。
少年は、慌てて対策を考える、考える、考える、とにかく考える。でもどこか楽しそう(笑)。
ズギャギャギャギャーーーッ!!
派手な火花が飛ぶ。
そしてもの凄い衝撃音。それは、エヴァの特殊装甲が瞬時に熔解する無機的な悲鳴。
リフトは下がる。
相対的に加粒子砲は初号機の胸から首へ。
リフトはなおも下がる。
相対的に加粒子砲は初号機の首から顔へ。
リフトは下がる下がる(笑)。
そして加粒子砲は初号機の頭頂部を突き抜けた。
「目標、完黙しました!」
初号機がその姿を地中に隠すと、使徒からの砲撃はピタリと止んだ。
相手のコアを貫通。
その上、上半身も真っ二つ。
敵サンもさぞ大満足だろう。
これにてリベンジ完了か!?
そしてここは、ネルフ本部・セントラルドグマにあるケイジ。
そこには、回収された初号機の無残な姿があった。
例えるなら、前方後円墳を縦にしたような穴が、初号機の上半身に開いていた。穴というよりは、渓谷である。
ロックが外されれば、剥いたバナナの皮のように左右にベロンとなるかも知れない。あの両断された第七使徒のように。人間ならとっくに死んでいる。
当然、その惨状は、発令所の主モニターにも届けられた。
ガタンッ!!
「○▲☆♯〜〜ッ!!
ぬがああああ〜〜〜っ!!
ぐおおおおお〜〜〜っ!!」
人生最大の絶叫。喉が潰れんばかりの男の咆哮。
それは駄目押し。トドメ。引導。
ゲンドウ、あまりのショックでぶっ壊れていた。
ついには胸を掴んで卒倒する。白目剥いて。泡噴いて。もしかして心臓発作か?(笑)
発令所の主モニターには、胸にポッカリと風穴を空けられた初号機の姿が映し出されていた。
向こう側の景色がよく見える。ある意味、絶景。
この信じられない事実を目の前にして、発令所の誰もが声を失っていた。
あってはならないその現実に、放心しきっていた。
(……)
リツコはうな垂れる。
初号機のコアが深刻なダメージを負ったのは、もはや明白であった。
というより、コアそのものが丸ごと消失した可能性が高い。
そう、あの女性を取り込んだまま…。
その事実に、内心、口の端を歪めるが、ハッとなってかぶりを振る。
今はそんなことに耽っているときではないのだ。
(──参号機は横に真っ二つ、そして今度は初号機を縦に真っ二つ……やってくれたわね、ミサト〜〜)
リツコは憤怒の表情で、「元」親友に向き直る。
「これが貴女がしでかしたことの結末よ? どう? 満足かしら?」
厭味たっぷりの皮肉。薄い微笑み。だが目は冷たい。
「え? 何のことよ!? アタシ…そんなの…知らないわっ!」
「ふーん、知らない…ねぇ……へぇ…そう…」
リツコは表情を変えないまま、ツカツカとミサトの許へとにじり寄る。そして──
バンっ!!
思いきりその手をデスクに叩き付けた。
ビクと竦み上がる「元」親友に構わず、そして怒鳴り上げる。
「初号機を使徒の目の前に放り出したのもっ──
初号機のロックを外さなかったのもっ──
敵のビームが突き刺さったまま、初号機を下降させて真っ二つにしたのもっ──
全部、全部、貴女がやったことでしょうが〜〜っ!!
何、しらばっくれてんのよっ、貴女!!
恥を知りなさいっ!! 恥をっ!!」
リツコはミサトの胸倉を掴んで、その顔に唾を飛ばす。
だが当のミサトに反省の二文字はなかった。
「ちょ、リ、リツコぉ!? ギブギブ! ぐ、苦じいー。 そ、それに誤解だってーの! アタシがそんなことするわけないじゃない? ──ほ、ほら、皆に聞いてみてよ? ね? ね?」
救いを求めて、視線を泳がせるが──
周りの視線全てが冷たかった。それは四面楚歌。誰も助けてくれなかった。賛同者ゼロ。
さすがのミサトも蒼白になる。
「ち、違う、違うの! ──アタシは悪くない…悪くないわ…悪くないのよっ!」
そう言ってまたキョロキョロし始める。きっと生贄を探しているのだろう。それは無意識下の行動。
そしてモニターに映る初号機を視界に捉えた。そして閃く。
「そっ、そう! 悪いのはあのガキよっ!」
そしてビシッと初号機(の中で死んでいるであろう少年)を指差す。その表情をガラリと変えて。
あっさり復活。
(((((……)))))
周囲はア然。
(〜〜またこの論法ってわけなの? ホント…最低…)
リツコはうな垂れる。
もう何も言えない。気も萎えた。関わりにすらなりたくない。
何とかは死ななきゃ治らない。つくづくそう思った。
シーンと静まり返った発令所。
その静寂を破る牛の声。
「パイロットは?」
「(グスッ)へ? あ、はい!」
涙を拭い、パタパタと自席に駆け寄るカエデ。うん、健気である。
「えーと…!! 生きています! エントリープラグの健在を確認! 脳波・心拍数・血圧共に正常です! ──よ、良かった、良かったぁ〜!」
カエデは両の手を合わせて心のそこから喜ぶ。ぽろぽろと涙がこぼれた。とても助かる状況ではないと思っていたから。
隣の席のマヤも泣いて喜んでいた。
周囲も然り。
なかんずく蒼銀髪の少女の安堵は一際だった。表情こそ見せなかったが…。
初号機のプラグ内の映像が、シンジの顔が、発令所の主モニターのスクリーンにワイプしてくる。
思いのほか元気そうだ。だが──
「チッ」
そう舌打ちして残念そうに視線を床に捨てたのは、件の女。
本音が、もうミエミエ。
自分だけが正しい。
自分が気に入らない、気に食わない存在など、その全てが正しくない存在。
自分の理屈と正義に従わない人間など、たとえ使える駒でも──もういらない。それは敵。
それが女の本音…。
発令所のモニターに映る、何ともなさそうなシンジの顔。
それを見て、スタッフの間からも安堵の声が漏れる。それは血の通った人間としての正直な反応。
だが、馬鹿女の怒号がそれを打ち消した。
「サードチルドレン、何でアタシの命令を無視したのっ!!」
その身を乗り出し、またまた身勝手な糾弾をおっ始める。
《いやー、これはこれは…。 さすがはネルフが世界に誇る『作戦妨害部長様』ですねー。 今回はスリル満点、危うく殺されるところでしたよー》
鼻をピスピスさせながら、少年は大袈裟におどけてみせる。…コックピット・シートに必死にしがみ付きながら(笑)。
──しかし、何故、シンジは無事だったのか?
──初号機はどうなったのか?
説明しよう。
まずエントリープラグが無事だったのは、瞬間的に初号機が身を捻って、加粒子砲の直撃を避けたからである。
尤も、プラグの下のほうは直撃を食らったようで、完全に消失してはいたが。
LCLはすべて流れ落ち、穴からは外の明かりが垣間見える。
シートにしがみ付いていなければ、パイロットもとっくにエヴァの体外へと放り出されて、数十メートル下の強化コンクリートの床に強かに叩き付けられていただろう。別にシンジは平気だが…。
猫二匹なんて、その濡れネズミな顔をさらに引き攣らせてガクガクブルブル、落ちないように少年の体に必死にしがみ付いていた。
先程の温泉気分が一転、台無しである。
しかし、よくこれで電装系周りが生きているモンである。ある意味、奇跡。ご都合主義ともいう。
次に初号機であるが、──無論、生きていた。少し痛かったらしいが。
あのときはシンジも初号機も焦ったらしい。甘く見ていたのだ。葛城ミサトという女を。
え?
頭を真っ二つにされて、何で大丈夫かって?
そりゃ、擬態だから♪
コアの部分は、確かにラミエルの加粒子砲によって穴が開けられたが、それ以外の損傷は違うのだ。
ビームの動きに沿って、体組織を移動させたのである。
器用に保護膜を展開させつつ、ビームを避けながら。
──結果、ああなった。ちょっと見た目はイビツだが。
大丈夫。元気に生きていた。
それは、シンジと初号機の咄嗟の機転と連係プレイの賜物であった(そうか?)。
さて、話を戻そう。少年の言に、ミサトが噛み付いた辺りから。
「あ゛? 何言ってんのよ!? 作戦妨害ぃ!? アンタっ、このアタシを侮辱する気ぃ!? 不敬罪で死刑にするわよっ!? それに自分のミスを人のせいにしないでっ!! 恥を知りなさいっ!! 今は、何でアタシの命令を無視したのかって、それを訊いてんのよっ!! ちゃんと答えなさいっ!!」
非は少年にあることを前提とした詰問。
彼女に反省の二文字はなし。
自分が最善、自分こそが正義、故に他人は間違い──それは揺ぎ無き絶対の信念。
…虫唾が走る。
それに何だよ、不敬罪って?
勝手に作んな!
《はぃ? 命令? …もしかしてあの『よけてぇ〜』とかいうやつですかー?》
「そうよっ!!」
《え〜〜、避けるも何もぉー、しっかりロックが掛かってましたしぃー、まったく動けませんでしたけどぉー?》
相も変わらずの、さと○珠緒ばりの神経を逆撫でするような少年のその口調…。
口許に指を添え、クネクネと科(しな)を振り撒き、徹底的に馬鹿女を扱き下ろすことに余念がない。
そのための努力を惜しまない。それが少年のポリシー。
「屁理屈こねて口答えしないでっ!! まったく何てガキなのよっ!! 親の顔が見てみたいわっ!!」
当然、ミサトは自分の非は認めない。勝手言いたい放題。
それに親の顔が見たけりゃ、お前の背後で睨んでいるぞ?(笑)
(…ミサト、屁理屈こねてんのは貴女のほうよ?)
リツコはコメカミを押さえて嘆く。このままでは血管が持たない。いつか卒中で倒れそうである。
周りの職員の冷めた目線も、すでに決定的であった。
何を言っても「牛」に念仏。目の前の女には、理解できるだけの知能が実装されていなかった。
誰か増設してやってくれ。
《それにですねー、あのビーム兵器みたいなの、多分ですけど、亜光速の速さでやってきましたよー?》
そしてこれに対するミサトの答えが、また酷く滑稽であった。それは、後の世の語り草。
「あ、あこうそくぅ!? …って、何だっけ?」
小声で横にいる親友(?)に振る。
「…読んで字の如く、光に次ぐ速さってことよ」
「おお、さっすが技術開発部〜♪」
「……」
言葉がなかった。
リツコは、眉間に指をやると、首を小さく振りながら溜め息を吐いた。
まさに馬鹿の証明。
ミサトは再びモニターに向き直ると、威勢よく啖呵を切った。
「だったら、アンタがそれ以上のスピードで避ければ良かっただけじゃないのっ!! 何よっ、簡単じゃないっ!! もう一度訊くわよっ? ──どうしてアタシの命令を無視して、エヴァをワザと破損させたのっ!?」
勿論、本気の言葉である。
「「「「「はああ〜〜!?」」」」」
それはこの日一番のどよめき。
まさか光の速さで避けろとでも言うのか!?
軽く言ってくれる。
そもそもそんなスペックなんて、言うまでもなくエヴァにはなかった。
それは周知の事実。いや、知らなくても常識的に考えればわかること。
アインシュタインを知らない子供でもわかる。それがわからない。それは、無能の証明。キングオブ無能。いやクイーンか。
──尤も、シンジになら可能らしいが(爆)。
だがまさにそのとき、いい加減怒りに打ち震えていた男が、その重々しい声を張り上げていた。
そしてドデカい雷を振り落とす。
「戯言はそこまでだっ!! 葛城一尉から指揮権を剥奪っ!! 保安部員、その馬鹿女を拘束して独房に叩き込めっ!! 明朝…いや、今夜中にギロチン台送りだっ!!(老いぼれどもの横槍が入る前に、いっそ一思いに殺してやるっ!!)」
そのトップの鶴の一声を合図にして、黒服の一団が発令所に雪崩れ込み、そして赤いジャケットの女の両脇がガシッと拘束される。
「はひっ!? な、ななな、何でよぉ〜〜っ!?」
無様にズルズルと引っ張られていく女の、その無実(?)の雄叫びが、発令所に木霊した。
〜第三新東京市・郊外〜
ここは誰? わたしは何処? …あれぇ〜〜?
西天に宵の明星が輝き始めた頃、ようやく目覚めた不届き少年であった。
To be continued...
(あとがき)
ひと休み、ひと休み〜♪
ご無沙汰しております。今回、あまりにも間が空きすぎましたね。ゴメンなさいです。
さてさて、今回のお話は、如何でしたでしょうか?
前半は、理屈っぽくて読むのが辛かったと思います。読み返した作者自身がそうでしたので(汗)。
精神状態が逝っちゃってたのかな?まあ、色々あったし(笑)。
教訓。書きたくないときは無理に書くな。──ですな〜(しみじみ)。
日銀オペ(金融政策)の辺りは、完全なデタラメですからね。嘘書くなとか、マジで突っ込まないで下さいね(汗)。
自分でも少し強引すぎたと感じていますから。
でも書いちゃったものは、勿体無いので、そのまま載せちゃいました。切にご容赦のほどを。
今回、カエデたんが登場しました。
だいぶ壊れている感じがしますが、気のせいです。無視して下さい。
あとスンマセン、まだラミエル戦、終わってません。
次あたり、いつになるのかなー?(;^_^A アセアセ…
次回もサービスサービスぅ〜♪
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