捌かれる世界

第十六話 狂気

presented by ながちゃん


「うー、酷い目に遭ったよー」

道すがら、銀髪の少年はぼやいた。
ラミエルの攻撃の余波を食らうわ、民家の屋根に突っ込むわ、その家主にはどやされるわ、散々な一日であったのだ。
屋根の損害賠償の件も、誓約書を一筆書かされ、そして漸く解放されたのである。

ぐぅ〜〜

腹の虫が鳴いた。
使徒のくせに、いっちょ前に腹が空くらしい。

「あー、腹減った」

スリスリと腹を摩(さす)ると、またトボトボと歩く。
そして数分後、

「ふー、やっと着いたよ…………って、何じゃこりゃ〜〜〜ッ!?」

ホッと一息吐いたのも束の間、そこには懐かしのコンフォート17マンションの姿はなく、瓦礫の山が聳(そび)えていたのだ。

「あれー? ダーちゃんじゃないのー?」

突然、上のほうから聞き覚えのある声がした。
見上げたら、瓦礫の一番上に胡坐を掻いて、ビール片手に何やらムシャムシャ食べているミサトその人がいた。

「ミ、ミサトさん!! 無事だったんですね!! 良かったー!!」

ダッシュは、ホッと胸を撫で下ろした。
もしかしたら、マンションの巻き添えを食ったのかもと、心配していたのだ。

「まーねー。 で、アンタのほうこそ、今の今まで、ど・こ・に行ってたわけ?」

笑顔でギロリと睨まれた。
言外に「カネは?」というプレッシャーである。

「う……それはその…………散歩です」

働き口を探しに行って、逆に他人の家を壊して借金を作ってきました、なーんてこと言えるわけがなかった。

「ふーん。 へー。 お気楽な身分よねー?」
「うっ」

嫌味を乗せた言葉に、少年は押し黙る。

「……ま、いいけどね。 あ、そうだ。 コレ食べる? まだあるから、特別にあげてもいいわよ?」

ミサトの右手には、肉の塊が握られていた。

「へ?」
「あによ? いらないってーの?」
「あ、いえ! 頂きます! いやーありがとうございますぅー。 実は朝から何も食べてなくて、お腹空いちゃってたんですよー」

ダッシュは有難く頂戴することにした。
ローストチキンか何かだろうか?
こんがり焼けてて、肉汁も滴り落ちて、うん、実に美味そうである。

「頂きまーす」

カプ、とかじりつく。

(あ、美味しい!)

少し薄味だけど、これが素材本来の味ってやつなのかな、と感心したりする。
空腹も絶好のスパイスとなっていた。

ムシャムシャ、モグモグ…………ガチッ!
「痛っ!? な、何だ!?」

口から異物を出してみると、それはボロボロになった金属製の小さなプレートだった。

「何だよコレ? ん? 何か文字が彫ってあるな……えーと、なになに…………BX293A PEN
「……」
「…えーと…」
「……」
「!!! ペンペンっ!? じゃあコレってまさかッ!?」

足許に注目してみれば、そこには無数の骨が散らばっていた。
中には見覚えのある嘴(クチバシ)も。少なくともニワトリのそれとは違っていた。
嗚呼、もはや決定的だった。

「うっ!」

思わず口許を押さえた。そして見る見るうちに顔色が悪くなる。
そう。その肉の正体はペンペン、その変わり果てた姿であった。
ペンペンは、その棲み家たる冷蔵庫の中で、こんがりと焼き鳥になっていたのだ。
即死であった。
それを先程、エビチュのツマミを探していたミサトが発見し、有難く頂戴したというわけである。
ダッシュも知らずにお相伴に与(あずか)ったわけで……ああ、哀れペンペン、ここに哀悼の意を捧げよう。

「ミ、ミサトさーんッ!!」

ダッシュ絶叫。
振り向けば、だがしかし当のミサトは知らない男と熱談中。

「好きでぶ! ファンでぶ! 握手して欲しいでぶ!」

と、何やら知らない男から熱烈ブーブー・ラブコールをされていた。
見たら、デブ・クサイ・キモイの三重苦、所謂キモオタ豚、ビジュル的に直視出来ない超奇怪生物、UMA。
真ん中分けの長髪は汗で顔に張り付き、そのブクブク肥えた顔には黒メガネを食い込ませ、顔中からは脂汗を噴き出させている。
服装はだらしなく、ベルトの位置も、そこが腹なのか腰なのか胸なのか、区別がつかない。
肩から袈裟懸けにした改造一眼レフを構え、手さげ袋からはコミケの同人誌やポスターがはみ出ていた。
さすがのミサトも、生理的に受け付けないタイプ。
が、ファンと言われて、悪い気はしない。

「そうなんだー、アリガトねー。 うふ、これからもアタシの応援、ヨロシクねー♪」

その顔を引き攣らせながらも、接客スマイル、そして握手。

ニギニギ、ネチョネチョ

柔らかく生温かい、しかも脂汗でベトベト……頗(すこぶ)る気持ちが悪かった。でも我慢我慢。
最近、この手の輩が多いのだ。でも無下には出来ない。

(あは、このアタシも有名になったものねー)

ミサト本人はご満悦だが、実はこの男、ファンはファンでも、流出したミサトの裏ビデオについたファンだったりする。
ミサトの柔らかい手に感涙しきりのキモオタ君は、股間にテントを張ったまま笑顔で去っていった。
今夜のオカズはこの右手だー、とか激しく妄想しながら。





「ほら、もー泣かない! いつまでもメソメソしてたら、天国のペンペンに笑われるわよ!」
「グスッ……は、はい」

ズゥーンと落ち込んでいた少年を、ミサトが叱り飛ばした。
しかし随分と都合の良い、勝手な言い草だ。
誰のせいで、そのペンペンは天国に行かされたと思っているのか?
しかし死者は何も語らない。

「……でも、大丈夫なんですか? こんなことをして?」

心配顔の少年の目の前には、路上駐車中の一台のクルマがあった。
無論、赤の他人様の名義である。
だが同時に、そのクルマのドアに拾った針金を差し込んで、何やらガチャガチャしているミサトがいたわけで…(汗)。
どう見ても、怪しさ大爆発である。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ〜。 だって──」

それはデジャビュ。ダッシュは前史でのセリフを思い出した。

(えーと……こう見えても国際公務員だから……だったかな?)

が、彼女の口から続いたのは、まったく別な言葉だった。

「──バレなきゃ犯罪じゃないし〜♪」

ちょっと待てやコラ!

「へっ!? ちょ、ミサトさん! さすがにそれってマズイですよッ!」
「もー煩いわねー。 ちょっち借りるだけなんだから、大丈夫だってーの!」

と、ミサトは全然意に介さない。かなりの楽天主義だ。
だがこの女、返す気など、端から元から最初からなーんもなかった。それは、使用窃盗以前の問題。
前史で戦自研から徴発した某オモチャも、一応は借りたことになっているが、実は返していないのだ。
彼女にとっての「借りる」とは、「我が物にする」と同義であったりする。「壊れたら返す」も、これに準じるだろう。
そう、人はそれを、ジャイアニズムと呼んだ。
ある意味、ニュータイプなのかもしれない。乳タイプという字だが。
暫くして、

ガチャリ──

「ウホッ、開いたわ♪」
「ミサトさんてば〜!」
「ほらほらー、持ち主が戻って来る前に、チャッチャと乗った乗ったー♪」

もはや確信犯である。

「で、でも〜〜」
「デモもストも関係ないの! だって、いつまでもここにいるわけにはいかないでしょー? 早く新しいネグラを見つけなきゃいけないのよー?」
「う〜〜、ですが、ですがやっぱり〜〜」

良心の呵責がそれを思い留ませる。
トラウマがあったのだ。
幼い頃、河原で拾った自転車にまつわる、嫌な記憶が…。
それが、目の前の女性の行為を、どうしても嫌悪させていた。
だがしかし、

「忘れたのっ!? アタシたちには、大切な使命があるのよっ!!」
「!!!!!」

その言葉は、少年の琴線にダイレクトに触れた。
激しく心を揺さぶった。

(そ、そうだった! 僕にはまだやるべきことがあったんだ! そのためには──)
「──わかりました。 お供します」

大事の前の小事。皆を守るためのこれは必要悪。もう迷いはなかった。
だが言うまでもなく、「クルマ泥棒」と「皆を守るため」に、端から接点などありはしない。
しかもこれは、あのときのような冤罪ではない。
ダッシュという少年が、自ら踏み出した一歩、犯罪に手を染めた瞬間であった。
因みに、ミサト救出のためにネルフで大量殺人を犯したことなど、もう少年の頭にはなかったりする。
そう、すべてが必要悪…。
かくして、エンジンスタートにも無事成功したミサト一味は、盗んだバイククルマで走り出した。
二人が向かう先に、明るい未来はあるのだろうか?





〜第三新東京市・郊外〜

「とき〜は2015年〜、つ〜よい力を胸に抱き〜♪」

そんな作者も知らないような怪しい唄を陽気に口ずさみながら、軽快にクルマのステアリングを切る黒髪の少年。
言わずもがな、無免許である。
カーエアコンの効いた、まだ新車の匂いが残る車内。しかしながら、同乗者は皆一様に汗を流す。
そんな同乗者の冷ややかな反応も何のその、ゴーイング我が道まっしぐらの我らが主人公であった。
そんな五人と二匹を乗せた最新型SUVが、近くの商店街の前の交差点で信号待ちをしていると、

「あっ…」

後部座席のヒカリが何かに気付いた。

「ん? どうかしたの、ヒカリ?」
「あ…うん。 あそこの角に立っているのって、綾波さんじゃないかなって思って…」
「綾波さんって……確かヒカリと同じクラスの?」
「ええ」

そしてカンナも親友が指し示す方向に視線を向ける。
いた。本当に。
蒼い髪、白い肌、そして紅い目。容姿的に目立つ少女だから、直ぐにわかった。
肯定の返事をしようとしたら、

「あら本当。 あれってレイちゃんだわ」
「何してるのかしら? でも、何だか酷く顔色が悪そうだけど?」

さらに後ろの座席の二人の声に掻き消されていた。

(綾波…)

そんな中、少年は一瞬だけ辛そうな顔をしていた。
そう、一瞬だけ。





「ねぇねぇ、彼女ぉ〜、暇だったら俺っちとそこのホテルで御休憩──ぐぼぉッ!?」

解説しよう。執拗に少女に付き纏っていた街のチンピラだが、突然、体を横に「く」の字に曲げて30メートルほど吹っ飛び、そして轟音と共に壁にめり込んだ。
ピクリとも動かない。多分(まだ)死んではいないと思う……が、自信はない(汗)。
驚いた少女が見上げると、そこには片足を振り上げたままの少年がいたわけで。

「碇…クン」
「ふー、危ないところだったー♪」

これ見よがしに額の汗を拭うシンジ。
だが、危ないのはお前のほうだ。

「やあ、綾波。 奇遇だね。 どうしたのさ、こんな所で?」
「……」

それはレイ自身もわからなかったこと。
気がつけばここにいて、ナンパされていた。
だが実はこの場所はシンジの自宅の近所であり、第四使徒戦後に道すがら少年と買い物して歩いた商店街であったりする。
彼女はそれを覚えていて、無意識ながらここまでやって来たのだ。
……ただ少年に会いたくて。

「んー、それにどことなーく元気もないようだけど?」
「……」

少年が顔色を窺うが、レイは無言のまま。
レイの辛そうな表情を見て、シンジは小さく嘆息する。

「……綾波、もしかして鬚から何か言われたの?」
「っ!?」

ビクッと身を竦ませるレイ。
図らずもその反応が、少年の問い掛けを肯定していた。
尤も、鬚だけでなく、マッドからもネチネチ言われたのであるが…。
先ず、鬚によるトラウマ攻撃。
次いで、嫉妬に狂ったマッドから人形と罵られ、首を絞められた。
この半日で、少女は散々な目に遭っていたのだ。
シンジは……無論、知っていた。
彼の地には、自分が放った目と耳が充満しているのだから。

「……」

シンジは無言のままレイの傍へと近づくと、

スッ──
「!」

少年の手が伸び、そして少女の前髪を優しく撫でた。よいこ…よいこ…。
暫く時間が止まった。
レイは恐る恐る顔を上げる。捨てられた仔犬のような目で。心なし、その体を小刻みに震えさせて。
少年がどんな言葉を掛けてくれるのか、不安9割、期待1割、そんなところだろうか…。
しかし、少年の口から出て来たのは、意外なものであった。

「ねぇ綾波……今ヒマ?」

ニッコリと微笑むシンジ。
言ってることは、先ほどのナンパ師と何ら変わらなかったりする。
少女は戸惑いつつもコクリと頷く。

「うん! じゃあ、遊びに行こっか!」

少年は目の前に派手な紙片を出して見せる。
特別謝恩ご優待何たらという文字が読めた。所謂、フリーパス券、タダ券の類だった。


「あの、綾波さん……その……こんにちは(////)」
「……」

二人のやり取りを後ろで窺っていたが、ヒカリが勇気を出して話し掛けてみた。
しかし、やはりというかレイの反応はつれない。

「あのさー、綾波。 こーゆーときは、自分も挨拶を返してみたら良いんじゃないかなー?」
「…何故?」
「さあ? でも、気持ちが良いことだと思わない?」
「…わからないわ」
「おはよう、こんにちは、こんばんは、そしてありがとう。 そんな言葉の一つ一つで、心が触れ合えるんじゃないかな?」
「……」
「──ほら、綾波、モノは試しって言うでしょ? ま、ここは一つ勇気を出して、ね?」

軽く背中を押してやる。
促されて、

「……こ、こんにちは……洞木さん」
「!」
「どうしたの?」
「え? あ、ううん、何でもないの!」

かぶりを振るヒカリ。
だが彼女の目からは、じわっと涙が零れていた。
それを慌てて指で拭う。
その顔は何とも照れ臭そうで、しかしとても晴れやかなものだった。

「フフフ、良かったわね、ヒカリ」
「青春よねー」
「感動ですぅ」

「……うん……うん……」

外野の声に、また感極まる。ヒカリの両の目から涙が零れた。
思えば、色々なことがあったのだ。

「あらあら、しょうがないわねー」

カンナは苦笑いしながらも、優しくヒカリの髪を撫でてやる。

「(グスッ)……綾波さん、一緒に行きましょうよ、ね?」

ヒカリはハンカチで涙を拭うと、レイの手を取り、お強請りする。

「……」
「ね?」

手をギュッと握られ、圧されてレイは、コクリと頷いた。
ヒカリの表情が、またパーッと明るくなる。

(……これが、心の触れ合い、なの?)

レイには、そんな彼女の笑顔がとても心地良かった。
理由はわからない。それは何とも不思議な感情だった。

「どう? 心が気持ち良いでしょ?」

横から少年の声。

「……わからないわ。 でも……悪くないと思う」
「うん。 それでいいんじゃないかな」
「……」
「──孤独が嫌なら声を上げればいい。 絆が欲しければ手を伸ばせばいい。 そうは思わないかい?」
「!」

レイはハッとした。

「ま、僕なんかが言っても、全然説得力ないけどねー、アハハハハ〜」

シンジは後頭部に手を当てて照れ笑いをした。

「……」
「あ、でもさっきみたいなナンパ野郎だけは、有無を言わさず殲滅してOKだから」

最後の言葉に、少女はキョトンと小首を傾げていた。





〜山梨県・某所〜

ここは某テーマパーク、とある鉄道会社が親会社の老舗の遊園地。
変なネズミのマスコットこそいないが、下は無邪気なお子様から、上は人生に疲れたご年配の方まで、広く人気を博しているプレイスポットである。
第三新東京市から程近く、また第二新東京市からも交通の便が良いため、平日休日を問わず賑わいを見せていた。
だが、やはり午前中までの避難勧告が影響しているのか、この日は結構空いていた。
通常なら、行列のできる人気のアトラクションも、殆ど待ち時間なしで遊ぶことが出来るだろう。
ラッキーとも言える。
さて、シンジ御一行はというと、某アトラクションの前にいた。
FUJIYA○A MARKU──
高さ、最高速度でのギネス記録を奪還した、日本が世界に誇るキング・オブ・コースター。
ここで一、二を争うほどの人気のアトラクションだ。
実は入場するなり、いの一番にマヤとカエデの二人に連れて来られていた。
どうやら一番最初に乗るんだと決めてあったらしい。

「はい、ソフトクリーム。 で、どうだった? 人生初体験の絶叫マシーンは? そりゃまぁ、エヴァの射出Gには負けるけど、このスリルは他では味わえないと思うよ?」
「…よくわからないわ」
「そう構える必要なんてないさ。 要は楽しめれば良いんだよ」

お気楽そうにシンジは答える。
隣のベンチに深く腰掛け、ペロペロ、レロレロと絶妙の舌使いを見せる。
余談だが、白黒の仔猫たちはというと、横のベンチでダウンしていた。
今は、通りすがりのお子様たちから、棒でお腹をツンツンされていたりする。だが抵抗する気力もないようだ。不憫すぎて涙がチョチョ切れる。
実のところ、嫌だ嫌だと泣いて命乞いする二匹を、シンジが無理矢理乗せたのだ。
このキング・オブ・コースターに(汗)。
本当は乗せちゃダメなんだろうけど、係員の目を盗んで乗せた。
当然、猫用の安全装置なんてものはない。その小さな体を支えるのは、己が爪のみ。
相当なスリルだっただろう。
実際、何度も落ち掛けたし…(その度に少年が尻尾を掴んで席に戻した)。
コホン、話が逸れた。

「楽しむ? ……これが楽しいという感情?」
「そそ、難しく考えない。 わくわくドキドキを、楽しむんだよ。 あ、早く食べないと溶けちゃうよ?」
「そう……そういうものなのね」

一人納得するレイ。
ペロ、と自分のソフトクリームを舐めた。
他の女性陣はというと、ここから少し離れたオープンテラスで、シンジが差し入れたスイーツを前に一服している最中のようである。
少し休んで、また遊び倒す気でいるようで、今は女同士、お喋りに花が咲いていた。
女三人寄れば姦しいとは、よく言ったものだ。
中でも意外だったのは、彼女たち全員が、この手の乗り物(絶叫系)がOKだった点だろう。
座席でキャーキャー悲鳴こそ上げてはいたが、あれは明らかに楽しんでいた反応だった。騙されてはいけない。
そもそも乗ること自体、嫌がってはいなかったし。
てゆーか、この短時間で既に絶叫系ラインナップの一通りをハシゴしていたりするのだ。いやーんこわーい、なんてほざきながら。
むむ、恐るべし女性陣(ヒカリ含む)。
どうやら、男とは精神の作りが違うらしい。
タマタマがキューッと体内に収まるような厭な感じもない。…なんか不公平だ。

「レイちゃーん、次はアレに乗らなーい?」

束の間の休息は終わり、再び騒がしくなる。
カエデはむんずとレイの手を掴むと、グイグイと牽引して行く。
向かう先にあったのは、かの大観覧車。
さすがに絶叫系ばかりでは飽きたのか、今度は遊園地の定番コースへと食指を伸ばし始めていた。
……いや、まさかここにある全部のアトラクションを制覇する気なのだろうか!?この一日で!?

「ホーント良い眺めだったわー。 じゃ、綾波さん、次はアレに乗ってみない?」
「あーズルイですぅ〜〜。 今度は私の番なんだから〜〜」

引っ張りだこのレイであった。大人気である。
全員が彼女を構っていた。
それが、彼女たちなりの気遣いだったのだ。
勿論、それは余計なお節介なのかも知れない。でも、何もせずにはいられなかった。
でも、何が良くて何が悪いのか、難しいことはわからない。
結果、
下手な慰めの言葉よりも、一緒に楽しむこと、それを選択したのだ。
それが、彼女の心を癒せる一番の方法と信じて。
最初こそ戸惑っていたレイも、今ではその無表情だった顔に笑顔が戻っていた。
そして今では、慰め、慰められる、もうお互いそんなことは一切忘れて、無心で、皆で一緒に遊び、そして楽しんでいたのである。

(……ここに来て、本当に良かったよ)

シンジは一人輪の外から、そんな少女を見詰めていた。

(ねぇ、綾波……キミが何者であろうとさ……もしかして今の彼女たちなら、それを受け入れるんじゃないのかな?)

彼の視線の先では、少女たちの笑顔と笑い声が舞っていた。

「綾波さん、今度はこっちこっち〜♪」

今度はヒカリの番。
彼女が誘うは、これまた定番中の定番、メリーゴーラウンド。
傍から見れば、とても仲の良い友達同士であろう。
しかしこの二人、同じクラスに籍を置きながら、学校では殆ど会話をしたことがなかった。
否、ヒカリとしては積極的に話し掛けてみたつもりなのだが、それはいつも一方通行で、会話として成立しなかったのだ。
いつも、「そう」「わかったわ」「知らない」……そんなつっけんどんな返事しか貰えなかったのである。
無論、レイに悪意があったわけではない。
知らなかったのだ。社会性が未成熟だったのだ。
それは、某鬚男が施した隔離飼育の弊害、いや意図された通りの成果。
悲しいことだった。
だがそんな二人が、今は仲睦まじく戯れている。
未だレイは戸惑いの色を見せるも、しかしヒカリは嫌な顔一つせず、それに付き合い、お喋りに花を咲かせていた。
ヒカリも……嬉しかったのである。
レイは思い出していた。
シンジという少年のアドバイスを。
誰かに挨拶をされたら、勇気を出して挨拶を返してみると良い、
そこから会話が始まるから、と。
そう、たったそれだけのこと。
だから、やってみた。
……結果、本当に少年の言う通りだった。
案ずるより産むが易し。意外なほど呆気なかった。
ヒカリは少し吃驚していたようだが、直ぐに微笑み、会話は弾んだ。そしていつしか皆とも仲良くなった。
これが今日、少女が一歩踏み出した、その結果であった。
来て良かった。本当に。心からそう思えた。
確かに辛いこともあったが、これほど充実した日は未だ嘗て存在しなかったから。

「うふふ、さぁ早く早くぅー♪」

ヒカリはレイの手を取って、どんどん引っ張っていく。
シンジはただそれを温かく見守っていた。

(……綾波、わかってるかい? これもさ、紛れもなく絆……なんだよ?)

深い慈しみの眼差し。
そして楽しい時間は刻々と過ぎていった…。

「ふぅ、満腹、満腹〜♪」
「善哉、善哉〜♪」
「すごく面白かったわね〜♪」
「ええ、とっても〜♪」

上から、カエデ、マヤ、カンナ、そしてヒカリの感想だ。
一通り楽しんだのか、予め決めておいた集合場所へと集まって来た。

「綾波はどうだった?」
「──楽しかった……と思う」
「うん、そいつは結構〜」

シンジはグッと親指を立てた。

「で、そっちは大丈夫かい?」

後ろのベンチ、今も大の字に伸びている二匹に視線を投げ掛ける。

『うぅ……酷いよぉ……』

シロは怨めしそうに泣き言をぶつける。未だ目が虚ろだ。片や、

『ぎ、ぎぼぢわるい〜〜』

と、上下左右に激しくシェイクされたことで、未だに顔面蒼白なクロ。
ま、そんな二匹は例外としても、この癒しの一時、そこでは皆の楽しげな笑い声がいつまでも木霊していた。
本当に、本当に穏やかな一日であった。──そう、このときまでは。





「──フンフンフンフン、フーンフフーン♪」

どこからともなく聞こえてきた鼻歌。
雑踏と喧騒の中、しかしその音色はシンジたちの耳までしっかりと届く。

「あら? これって確か第九、よね?」
「…あ、本当」

初めに気付いたネルフ組がキョロキョロする。

「ん、何だ何だ? どっかで馬鹿でも湧いたか!?」

と、お約束なシンジの反応。だが、

「え!?」

直ぐに我が目を疑った。
その目に映ったのは、一人の少年。
銀髪、白い肌、そして紅い目、何よりその顔には確かに見覚えがあった。

(嘘だろ……まさかカヲル君!? …………いや違う……が……別人だ)

高揚していた感情が一気に冷え込む。
一度嘆息すると、落ち着いて観察してみる。
服装は……前史とは違い、露出度の高い黒のレザースーツを着こなしていた。しかも何というかその、ピチピチ(汗)。
背中には「HG」のマーク。怪しさ大爆発。そのうち「フォ〜〜♪」とでも叫び出しそうで怖い。
左手を腰に当て、右手にはホモジャナイデスヨ牛乳、もとい、ノン・ホモジナイズド牛乳(通称、ノンホモ牛乳)の紙パックを握り、それをストローでチューチュー啜(すす)る姿は、どこか怪しい。
その顔に浮かべる中性的な笑みも、考えようによってはキモい。

──結論、ただの変態さん、以上説明終わり(おい)。

「歌はいいねぇ。 歌は心を潤してくれる。 リリンの生み出した文化の極みだよ。 そう感じないか? 碇シンジ君」
「僕の名を?」
「知らない者はないさ。 失礼だが、キミは自分の立場をもう少しは知ったほうが良いと思うよ」

黒のサングラスを外して、またアルカイックに微笑む。

「ん?」

また別の気配に視線を横に振ると、そこには見知らぬ少年少女たちが立っていた。
総勢15名。恐らくは、目の前のこの少年の仲間なのだろう。
皆、歳のころは14、5くらいだろうか。結構、美形の集団であった。
ただ、その全員が少年と同じく白子であり、その格好も一様に奇妙奇天烈、態度も不遜にして横柄、そして何やらニヤニヤと含み笑いをしている姿は、非常に不気味だった。
共通して言えたのは、その三十の瞳すべてが、シンジ一人を捕らえて離さなかったことである。
まるで下等生物でも見るかのような、そんな小馬鹿にした目、その団体さん。

(……うーん、なかなかクルものがあるねぇ。 僕も鬚にあんな目をしてたのかなー?)

さすがのシンジも、馬鹿にするのはいいが、されるのは頭にクルらしかった。





「どわっ!?」

シンジは慌てて手を引っ込めた。
唐突にカヲルもどき(仮称)の手が、彼の手に触れてきたのだ。
神速の速さで手を振り解く。それは無条件反射。
しかし、そのつれない態度にホモカヲルもどきは些か不満顔。

「一次的接触を極端に避けるね、キミは? 怖いのかい、人と触れ合うのが? 他人を知らなければ、裏切られることも互いに傷つくこともない。 でも寂しさを忘れることもないよ? 人間は寂しさを永久になくすことは出来ない。 人は一人だからね。 ただ忘れることが出来るから(以下略)」
「……」

シンジは冷や汗を掻く。ものすごーく嫌そうな顔をしていた。
彼は……単にホモが嫌いだったのである。

(──しかし、誰だコイツら? ゼーレの犬かな? だよな、全員が人工使徒だし。 うーむ、ゼーレを監視対象外にしておいたことが裏目に出たかな? …………ま、いいけど)

深刻さの欠片さえなかったようだ。ケセラセラ。

『みゃ、みゃあーーッ!!』
「あ、コラ」

突然、シンジの脇から白猫が飛び出した。咄嗟にシンジが止める声も、その耳には入らない。

(カヲル君……カヲル君……カヲルくぅーーん♪)

懐かしさと嬉しさと愛しさで、その体調の悪さを耐えつつ、ヨロヨロ、トテトテと少年の許へと駆け寄った。

『みゃあ〜! みゃあ〜! みゃあ〜!』

そして彼の足元に纏わりつき、喜びに瞳を潤ませ、その小さな尻尾を振りながら、カヲル君〜カヲル君〜と、見上げた相手に必死に呼び掛ける。心が届けと言わんばかりに。

「おやおや……フフフ」

カヲルもどきは、両手で純白の仔猫を抱え上げる。そして感動のご対面と思いきや──

グキッ!!

いきなり握り潰しに掛かりやがった。

『に、にぃ〜〜!?』

驚いたのはシロのほうだ。そりゃそうだ。
涙の再開を果たした、親友とも思っていた少年に、いきなり絞められたのだから。
ある意味、前史とは逆のパターン、因果の応報なのか?(さすがに首は落ちないと思うが)
そして激痛でシロの意識が途切れ──たと思ったとき、

「おや?」

意外そうな少年の声。
その手には何もない。
いつの間にか、仔猫はシンジに奪い取られていた。

『ゲホッ、ゲホッ』

シンジの腕の中、喉を押さえ、苦しそうにむせ返るシロ。だが、どうやら無事のようである。

「えーと、うちの非常食を勝手に殺さないでくれる?」
『ケホッ──へ!? ひ、非常食ぅ!?』

白猫はギョッとするが、シンジは無視。
片やもどき君は、甚く心外といった表情だ。

「……だってキミ、ついて来られて困ってたんだろ?」

あー、もしもし?

「だってそのネコ、放っておいても、どうせ死んだよ?」

いや、だから(汗)……まぁ確かに見た目フラフラで、今にも死にそーなくらい衰弱しちゃってますよ?
でもそれは、別の原因(某少年の仕業)があるわけで……ええ(汗)。

「親もいないし、食べ物もないし。 飢えて苦しんで、徐々に死ぬんだよ」

親はいないけど、飽食の毎日を送っとります。頗る栄養満点です。

「だから今、殺してやったほうが良いんだよ」

殺したら日持ちがしません!(おい)

「僕は渚カヲル。 フィフス・チルドレンだよ。 聞いてない? 碇シンジ君」

ええ、聞いてませんよ。
てゆーか、何でフィフス!?
フォースはどうした!?
責任者出て来ーいっ!
そんな中、突然、外野から声が飛んだ。

「そんな、嘘です! フォース・チルドレンの選出もまだなのに、そんなこと!」
「そうですよ! マルドゥック機関からは、何の報告も上がって来てません!」

マヤとカエデだった。
後ろで二人の話を聞いていたようだ。

「……マルドゥックは、ダミーなんですよ。 実質はネルフそのもの。 でも今回は、キール・ローレンツあたりの差し金なんじゃないのかなー?」

話が先に進まないので、シンジは特別サービスで解説してあげた。

「「ダ、ダミー!?」」
「ええ、実態はありません。 チルドレンの選出も、碇ゲンドウか赤木リツコあたりの一存で決まっていますので」
「せ、先輩ぃー!?」

マヤが1オクターブ高い驚きの声を上げた。

「じゃ、きーる・ろーれんつって?」

これはカエデ。

「ネルフの上位機関である人類補完委員会の議長にして、サード・インパクトを企む悪の秘密結社ゼーレの首魁、そして碇ゲンドウの飼い主」

ビシッと体言止めで答えてみせる。これもサービス。

「「サ、サード・インパクトを企むって──!?」」

二人の声が重なった。

「そう、ネルフはサード・インパクトを起こすために、人類を滅亡させるために設立された組織なんですよ。 使徒撃退はあくまでオマケ。 皮肉にも、世界中から集めた血税をタップリ使ってね。 いやー、詐欺ですよねー?」
「「っ!?」」

二人は目をパチクリさせている。
少し種明かしが過ぎたか?

「……フフフ、やはりキミは色々と知っているようだねぇ。 驚愕に値するよ。 すごく危険ってことさ」

蚊帳の外だった少年が、目を細めて微笑んだ。
予想外に骨のありそうなターゲットに、興味が湧いたのだ。
これは思った以上に面白いことになるかも知れない。──そう内心では期待を膨らませた。
無論それでも、自分たちの絶対的優位性を信じて已まなかったのではあるが…。

「……ああ、そりゃご丁寧にどうも。 カヲル、も・ど・き、君」
「もどき? ハハ、僕のことは、カヲルって呼んで貰って結構だよ?」

少年はフレンドリーに微笑むが、

「んー、やっぱ紛らわしいから、お前なんて『バカヲル』で十分♪」

因みに、バカとヲルを区切るのがポイントだ。

「バカヲル? ……バ、カヲル? ……バカ、ヲルっ!? ……馬鹿、ヲルっ!!」
「そう」

タイミング良く頷いてやり、小指で鼻糞をほじる。あ、大きいのが出た。

「フフ……フフフ」

ゴゴゴ、という音がした(ような気がした)。
見たら、稀代の命名魔の餌食になってしまったその少年、顔を真っ赤にして小刻みに震えていた。

「ククク、気に入らないね………その目、その態度、そしてその言葉! 地を這う虫は、虫らしく振舞うべきだよ!」

途端に、声色がドスが利いたものに変わった。こっちが本性か。
とてもじゃないが、友好ムードじゃない。一触即発の様相である。

(ふー、……人間、過ぎた力を手にすると、腐るという典型だね)

ヤレヤレと、シンジは肩を竦める。
自分はどうなのだ?
と突っ込みたい気もするが、それは置いておこう(汗)。

「キミはどうやら好意に値しないね」
「……」
「嫌いってことさ」

その一言に、シンジはホッと胸を撫で下ろした。

(ふぅ、良かったー。 もし好きって言われてたら、深刻なダメージを受けてたところだったよー。 でも、この言葉遣い……そうか、カヲル君って、コイツのパーソナリティーをベースにしてたんだ……うわ、気色わるー)

思わずブルってしまった。さぶイボ出来ちゃったよ。





「どうした『バ』カヲル? いつまでも遊んでんじゃ──ん?」

背後から、待ち草臥れた仲間の一人が声を掛けるが、違和感に言葉を止めた。
しかも、カヲルもどきからはギロリと睨まれる始末。

「ちょッ!? 今のは俺じゃないぞッ!!」

ブンブンと手を振って、必死に無実を訴える。

「そ、そうだよ『バ』カヲル! エドっちはそんなこと言──って、あれ?」

擁護に入った別な一人も異常に首を傾げる。

「「「「「……」」」」」

そして果たして全員がシンジへと注目した。
だが、当人は至って無表情。てゆーか、ニコニコ顔。
もしかして、と思った一人が試してみた。

「イチロー」
「……」
「マツイ」
「……」

出鱈目に思い付く名前を並べてみるが、何も起こらない。
だが、

「……『バ』カヲル」
「……」

もう一度言ってみる。

「……『バ』カヲル」

案の定、シンジはその名前「だけ」で反応した。確定。

「……おい貴様、いったい何のつもりだ?」

総勢16人が、一斉にシンジを睨んだ。
そう、シンジがやったこと、それは──タイミングよく「バ」という一声を相手の会話に割り込ませたのだ。
うまく先読み出来たのは、恐らく唇の動きか何かを読んだのであろう。
無論、それに意味などない。ただのおちょくり。暇潰し。

(ぷぷぷ、面白い奴〜。 しかし、やっぱコイツらってアレだよな? 前史では失敗に終わったゼーレ側のアダム計画、コード「666」の人工使徒。 ……人のの定着に成功したのかな?)

シンジはざっと見渡す。

(ひぃーふぅーみぃー。 ……はぁ〜、殆ど雑魚だな。 ちょっとガッカリ。 一人一人の力は、前史の最弱使徒にも遠く及ばないよ。 戦闘力二桁。 やっぱエヴァに乗ってナンボのクチか? ダメダメじゃん。 …バカヲルだけは、まぁ、そこそこだけどさ。 もしかしたら、あの馬鹿ダッシュと良い勝負かも? ──しかし、これもアレだよな。 世界の修正力? はぁ〜、ホントご苦労なこって)

ポリポリと頭を掻いた。

(で、どーしよっかなー。 今回、人目もあるし、綾波もいるし、頭の上ではさっきから五月蝿いハエ〔注:偵察衛星〕が何匹もブンブン飛び回ってるし、……やっぱ例の如く、人目につかない所に誘い出して、結界を張ってからタコ殴り作戦?
でも、この16人(バカヲル含む)ってば、黙ってついて来るかなー? うーん、無理っぽい? いきなり攻撃されそう? 少しばかり煽り過ぎたかな〜?)

腕を組んで頭を捻る。緊張感ゼロ。

 そうだ!
相手の第一撃が僕に当たった瞬間に、自動的にエネルギー反転、その負の力でヤツらをお楽しみ空間へとご案内〜♪ タイミング良く時間介入すれば、隠蔽性も問題なし! 細かいところは、知らぬ存ぜぬで惚けりゃOK! うんうん、我ながらナイスな考えだよ! よーし、本日のメインディッシュは、この「専守防衛だぞ全員集合」でゴーだ♪)

どんなのだ、それは?(汗)
呆気なく方針決定したシンジであった。まるっきり遊び感覚である。いい気になっていた。
──だが、そんな殆ど全知全能な少年にとっても、予測出来ないものがあった。
人の心、である。





「フフフ、もう少し遊ぼうと思ったけど……もういいや。 今ここで殺してあげるよ」

不敵に微笑み、冷たく通るバカヲルの声。その表情とは裏腹に、怒りMAXのようだ。

「何だ、もう良いのか?」
「あたい、もう我慢の限界でさー」
「さっさと殺しちまおーぜ? 貰ったバカンスって、二日しかねーんだぜ?」

数人の少年少女が進み出る。

「ああ、もう好きにして良いよ。 彼の顔を見るのも、いい加減に飽きたからね」
「フフ、了解」
「うん、任せてよ!」

その複数の紅い目が、不気味に輝く。

(……はぁ? なんちゃって使徒風情が、この僕を「殺す」だって? ……そりゃ、笑えん冗談だ)

シンジは辟易した。
力の差もわからん馬鹿共がと。
だが、その表情は何故か楽しそうだ。
余談であるが、この「殺す」というこの言葉──実はシンジにとっては最大級のNGワードであったりする。
彼に対し、この言葉を(たとえハッタリでも)吐いて、生き長らえた者など皆無であったのだ。
話を戻そう。
少年3、少女2がシンジに向かって一斉に手を翳(かざ)した。まるで銃口を向けるが如く。
ハンター気分に酔っていた。

「何なのよアイツら!? クッ、ヒカリ! 私の後ろへ!」
「う、うん」

危険を感じたカンナが、慌ててヒカリを自分の背中に隠す。

「シンジ君! 貴方も下がって! あの子たち、何だかおかしいわっ!」

二匹の仔猫をその胸に抱きかかえ、マヤが叫んだ。
もしネルフの目が生きていれば、某ロンゲが即座にパターン青と叫んでいる事態である。
彼女の物を見る目は正しかった。
だがシンジはそれを無視し、皆を庇うように一歩前へと進み出る。敵の攻撃を最前面で受けるためだ。その顔は……愉悦に歪んでいた。
敵の、少年少女たちの伸ばした腕が 青白く発光し始める。
案の定、S2器官で生成したエネルギー直結のビーム攻撃の類らしい。少々芸がない。
だが、もしパンチやキックだったら、どうする気だったのだろうか?
エネルギー変換……出来たのか?(汗)

「終わりだ!!」
「バイバーイ!!」
「ファイヤー!!」
「逝ってよし!!」
「アーメン!!」

各々の勝手な口上と共に至近距離から放たれた五つの光弾がシンジに迫る。
が、当の本人は慌てない。
お茶を啜ってジッと待つ。
もう敵しか見えてなかった。

(来た来た来た来たキターーーーッ!! 罠とも知らずに、ぷぷぷー! 己がエネルギーでランダムに開かれたディラックの海に呑まれるがいいーー! そこで僕自ら出張サービスをしてあげるから! ああ、でもチェンジはナシだよーん♪ ククク、細工は流々、準備は万端! カモンベイベ、さあ早く当たれや当たれ、第一げ──)

ピチャッ!
(──へっ!?)

そのとき、少年の頬に何かの飛沫が撥ねた。それは……赤い、赤い血だった。
頭の中が真っ白になる。
その目は驚愕に見開かれ、嫌な汗がドッと噴き出す。
思ってもみなかった事態。誤算。油断。
彼の網膜に映ったもの、それは──

綾波レイという少女の背中であった。

彼女は、咄嗟にシンジたちを庇う行動に出ていたのだ。
少年は、失念していた。
レイという少女の「心」を。
頭のてっぺんから冷水をぶっ掛けられた気分だった。





「ぐ…うぅ…うう…」

精一杯にその両手を広げ、足を地に踏ん張り、苦痛に表情を歪めながら小さな呻き声を漏らすレイ。
眼前には、オレンジの壁、そして巨岩でも支えているかのようなプレッシャー。

バチバチバチぃーーー!!

火花のような光の帯が、軋む壁に沿って拡散している。
しかし彼女のATフィールドは圧しに圧されて決壊寸前、まさしくジリ貧であった。
だがレイは必死に耐えた。その全身全霊を懸けて。
思いは巡る。

(──使ってしまった。
碇司令に、たとえ殺されても使うなと厳命されていた力を。
バレてしまった。
私が人間ではないということを。
バケモノだということを。
皆に!
碇クンに!!
でも、それでも──)

それが、少女の悲壮な決意だった。覚悟だった。後悔はなかった。

「嘘!?」
「まさか!?」
「これって!?」
「「ATフィールドっ!?」」

声が重なる。

「「レイちゃん!?」」
「「綾波さん!?」」

後ろで皆のざわめく声が、自分を見る恐らくは奇異の目が、少女の心を震え上がらせた。

「に、逃げ…て……私が持ち堪える…間に……早く!……ぐぅ!」

片膝を着き、必死に持ち堪えながらも、レイは訴える。
どんどんプレッシャーが強まっていた。

「で、でも綾波さん!! 貴女血が!? 怪我してるじゃない!!」

それはヒカリの悲痛な声。
そう、今のレイは満身創痍であったのだ。
たった数秒で、ATフィールドを支える両手の毛細血管はズタズタに破裂し、口からも血を流していた。
恐らく、使い慣れない「壁」の無理な出力に、内臓に深刻なダメージを負ったのだろう。
苦痛に歪むその顔は、見ていてとても痛々しかった。
彼女のS2器官は、今は完全に休眠しており、稼動してはいない。
故に、彼我出力差には、天と地ほどの差があったのだ。
絶体絶命。
だがこんな状況にも拘わらず、レイの心は意外に晴れていた。
こんな人ではない自分を、皆は気遣ってくれた。
心配してくれた。
嬉しかった。
──だからもう悔いはない、と。

「……ありがとう……でも……私は……大丈夫……だから……早く……早く!……もう持たないっ!」

「「そんな、綾波さんっ!」」
「「レイちゃんっ!」」

それでも皆は心配して已まない。
そう……その正体を知っても、彼女たちのレイに対する態度は、何ら変わることはなかったのだ。
──少女があれほど欲して已まなかった絆は、皮肉にもこの危機的状況を前にして、もう既に生まれていたのだから。


「……ほぅ、やはりファースト・チルドレンは、ご同輩だったか」

輝く壁を見るや、攻撃の手を緩めないまま、一人が感想を漏らす。
特に驚いてはいない。すべて予測の範囲内。

「じーちゃんたちの読み通りだったってわけだね」
「ナイス! これであの鬚メガネも、一巻の終わりじゃん!」
「ええ、決定的な証拠ね。 今頃は衛星中継で向こう側に届けられているハズよ」
「するってーと、もうコイツは用済み、ちゅーことかい?」

最後に筋肉質の一人の少年が、後ろを振り返る。そこにはバカヲルがいた。彼がこの愚連隊のリーダーのようであった。
バカヲルは言わんとすることを察して、コクリと頷いた。

「構わないんじゃないかな。 邪魔者は消せって言われてるからね。 ま、念のために肉片の一つでも持ち帰れば事足りると思うし」

綾波レイの殺害許可に、少年少女一同は歓喜した。


「そんなのダメよ、綾波さん!! 一緒にっ、一緒に逃げましょう!!」
「そうよ!! レイちゃんだけ、置いてけないわッ!!」

ヒカリたちは必死に説得を試み、強く翻意を促すが、

「……だ、駄目。 私がいなくなったら、ATフィールドが消えてしまう…………だから、駄目」

背中を向けたまま、少女は弱々しく呟いた。
自分が逃げたら、その瞬間、皆が死んでしまうのだ。

(私は……人間じゃない。
それを知られるのは、嫌……耐えられない。
でも、皆が……碇クンが傷つくのは……もっと嫌。
だから……皆は、碇君は、私が守る。
この命に代えても……たとえあの人の命令に背くことになっても。
私が死んでも代わりがいる……でも、皆は一人しかいない。
碇クンが死んでしまったら、私はどうしていいかわからなくなってしまうもの…)

それは悲壮な決意。

「……だから、皆は死なないわ。 私が守るもの…………この命に代えても」

だがそのとき──





「ぐがああああ〜〜〜〜ッ!!」





「ッ!?」
「何ごとっ!?」
「シ、シンジ君ッ!?」
「〜〜にしても、何て声よっ!?」

そう、その音源はシンジだった。
いきなりの絶叫。
頭を抱え、髪を掻き毟り、大口を開け、──まさにそれは苦悩の叫び、魂の咆哮と言えた。
至近距離からの大音量に、四人は思わず耳を塞ぐ。

「…………い、碇……クン……!?………」

そして全員がたった一人に注目した。


「ヴァーカ!! 油断してんじゃねーよ!!」
「!!! しまっ──」

唐突な罵声にレイは慌てるも、既に手遅れだった。
シンジの豹変に気を取られすぎたため、ほんの一瞬、壁のコントロールに隙が生じたのだ。
無論、それを見逃す666の面々ではない。喜々として引導を渡しに来たのである。

カッ!!
ズゴゴゴーーーーン!!

果たして、レイのATフィールドは掻き消え、瞬時にして、少女5人と少年1人(+α)は大爆発の閃光の中へと消えた。
次いで、身の丈数百メートルはあろうかという巨大な十字架の火柱が立ち上り、荒れ狂う爆炎が地上の幾つかのアトラクションを巻き込み、覆い尽くした。
今や地上は地獄と化していた。
耳を澄ませば、彼方此方で、何やら悲鳴と呻き声が聞こえて来ていた。
親子連れの団欒、恋人同士の語らい、その何もかもが一瞬にして失われたのだ。
如何ほどの人間が巻き添えを食ったのか、それはわからない。
だが、夥しい数の死傷者が出たのは、間違いなかった。

「ヒャーハッハッハ!! やったぜ!! 木っ端微塵だ!! 肉片も残らんぜ!!」

狂喜するは、666シリーズの一人。腹を抱えて大笑いしていた。
どうやら、肉片回収のことなど、とうに失念しているようだ。

「でもさー、馬鹿じゃんアイツー? ワザワザ自分を庇った女の邪魔をするなんてさー?」
「大方、恐怖でトチ狂ったんだろう。 ま、噂のサードも、所詮はその程度の器だったってことだ」

──だが、その噂の人物は、彼らの遥か上空にいた。





「!!! い、碇クン──!?(////)」

レイは、背後から強く抱きしめられていた。

「──僕は、僕は……………………馬鹿だ」

項垂れた少年、その掠れるような呟きは誰にも聞こえない。
華奢な少女の体を抱きしめたまま、その目を閉じ、激しく自分を責め、罵った。
傷だらけの少女…。
何も出来なかった自分。
自分を庇ってくれた少女…。
何もしなかった自分。
零号機の起動実験のときもそうだった。
大事なヒトそっちのけで、復讐を優先した自分。
何のために、時を遡ったのか。
本末転倒。
自責。
後悔。
悔恨。
そして……殺したいほどの自嘲。

「──ずるくて、卑怯で、情けなくて、自分勝手で…………ハハ、やっぱり最低だ、俺って……」

小さな呟き。そしてギリリと歯を噛み締める。
悲しみと悔しさ、そして抑えきれないほどの怒りが溢れる。
己の不甲斐なさに。
己が慢心に。
己の……すべてに。
徐にレイを振り向かせると、暫し見詰め合った。
その瞳は深い悲しみと後悔に染まっていた。

「……ゴメン、綾波」
「碇、クン?」

フラフラとレイの頬に手を伸ばすも、その血の感触にまた顔を歪める。

「……ゴメン……ゴメン…………………………ゴメン……」

そして、

「ッ!?」

全身を硬直させるレイ。その目を大きく見開いた。
いきなり、シンジが接吻してきたのだ。勿論、マウスtoマウス。しかもディープな。
その柔らかい唇を優しく貪る。だが淫靡さは微塵もない。

「!?!?」

驚いたのはレイのほうだ。
いきなりの初キッス。
その体を硬くするが、すぐに脱力してしまい、されるがままに抱かれてしまっている。
そして……いつしか自らの両手を少年の背中へとそっと回す。幾分頬を染めて。
密着する体と体。唇と唇。そして…心と心。
そして誰も気づかなかったが、──そのときの少年の瞳は一際紅く染まっていた。

(((((……)))))

この唐突なイベントに、口を菱形にしてポカンとしているのは、随伴の女性陣(+α)。
二人から少し離れた場所で、一部始終を傍観していた。……いや、させられていたと言うべきか。
おさげの少女などは、

「いーないーな、綾波さん。 ちょっと羨まし…………ハッ!? 私ってば何を〜!?(////)」

と、両手で頬を抱えてイヤンイヤンと照れ捲くっていたし、
ネルフ組のお二方といえば、人差し指をチュバと咥えて、何やら物欲しいそうな眼差しだったし、
ロングヘアの少女などは、相も変わらずの怪訝な面持ちだし、
白猫は、頬を染めてジッと見入っているし、
黒猫なんて、嫌ーッて感じで、別な意味でショックに襲われていたりする。
そんな悲喜こもごも。

「──って、何で私たち、こんなとこにいるわけぇーーッ!?」

突然、カンナの叫び声が上がった。
やっと気づいたようだ。
クルリと見渡せば、そこは──良く言えば絶景、悪く言えば地獄の一丁目。
そう。彼女たちは今、某化け物コースターのレール上、しかもその最高点にいたのである。
地上からの高さは優に百メートル。さすがはギネス級。
因みに、シンジとレイの二人は、そこから少し離れたまた別の構造物の上にいたりする。
理由は不明。ご都合主義だから質問不可。

「「ひえーー!! た、高ーーい!!」」

言われてマヤとカエデは、互いに抱き合って震え上がった。
ヒカリなんて、ペタと腰を抜かして縮こまっている。
さもありなん。別に高所恐怖症の気はなくとも、この高さには足が竦むというものだ。
それは人としての本能。人は翼なんて持ってはいないのだから…。





上空での喧騒に、やっとこさ666の連中は気づく。
一斉に空を見上げた。

「ぬわんだとーーッ!?」
「嘘……いつの間にあんなトコに!?」

思ってもない事態に、衝撃と動揺が走る。

「わけわかんなーい!!」
「チッ!! 大方、あの女が何かしたんだろうよ!! やはり腐っても我らと同じ使徒だってことだ!!」

一人が舌打ちしたが、それはとんだ見当違い。
何かしたのは、シンジであって、レイではない。
彼女のATフィールドが破られた瞬間、シンジは右腕にマヤとカエデ、左腕にヒカリとカンナを抱え込み、レイを右肩に担ぎ上げると、あとついでに猫二匹を口に咥えて(おい)大ジャンプ、その場から緊急脱出したのである。
この間、僅か0.000001秒。神技だった。
無論、力技でこんなことをすれば、誰もが潰れたカエルのようになるは必定。
そもそも人の身である少女たちの体がもたない。確実に即死してしまうだろう。
故に、彼女たちの体に一切の負担を掛けぬように、幾つかの物理法則が強引にキャンセル、書き換えられた。
それは、彼女たちに対するシンジなりの気配り。辛うじて残っていた理性。
尤も、周りにいたその他大勢の人間たちは対象外…………結果が、地上のこの惨状であった。
話を戻そう。
上空へと目を移せば、今も二人の熱い接吻と抱擁は続いていた。
特筆すべきは、少女の反応にある種の変化が見い出せたことだ。
シンジがその唇を離す仕草を見せるなり、

「!? イヤ!! 碇クン、もっと!!(////)」

と、レイのほうから積極的なアプローチを見せたのだ。
少年の首にその細腕を絡ませると、激しくその唇を、舌を求めて蠢(うごめ)いた。
それは誰から教えられたわけでもない、本能の衝動であった。
およそ一分後…、

「ぷは! ハァ、ハァ、ハァ(////)」

満足したのか、はたまた息が続かなかっただけなのか、蒼銀の髪の少女は漸くにしてその唇を離した。
乱れた息を整える間も、その視線は少年の瞳に縫い付けられ、そのしなやかな肢体も密着させたまま離そうとはしない。
ピークは過ぎるも、感情の昂(たか)ぶりは未だ収まってはいなかった。
はじめての発情。

「ハァ、ハァ……」

ツゥと一筋の銀線が、下唇同士をアーチで繋ぐ。
その目をトロンとさせ、幾分頬を染め、ポーッと放心しきりの少女。
はじめての恍惚感、そして恥じらいの感情であった。

「……あ(////)」

また新たな刺激に目を瞠る。

ペロペロ、ペロ…。

レイの唇の端に付いた血を、仕上げとばかりに、シンジがその舌で優しく丁寧に舐め取り始める。
その絶妙ともいえる舌使いが、少女の性感帯をさらに開発、刺激した。
さすがに照れるのか、茹でダコ状態の少女である。

「……どう?」
「ふぇ?」

咄嗟に反応するも、その声は裏返る。

「……怪我」
「怪我? ──あ」

そして気づいた。己が体の異変に。
不思議なことに、その傷が、痛みが完全に癒えていたのだ。
もう一度確認してみる。
制服こそ血で汚れていたが、手の裂傷も、胸の鈍痛も、いつの間にか消えていた。

「嘘…」

呆けるレイ。
少年は、小さく頭(かぶり)を振る。
少女の無事な顔を見て、少しだけ微笑むが、しかしまた直ぐ沈む。そう、とても申し訳なさそうに…。





「なーに勝手に乳繰り合ってんだぁー、ゴルァーーッ!!」
「ブチ殺すぞー、こんガキャーーッ!!」

突然の、耳を劈(つんざ)く怒鳴り声。
気が付けば、いつの間にか二人は取り囲まれていた。
周りを見渡せば、総勢15人の少年少女の不敵な面構え、その雁首が仲良く並んでいた。
しかも何故か、怒りMAX状態。
さもあらん。
666としても、何が起こるのか興味深く注視してみれば、
始まったのは、いきなりのイチャイチャパラダイス。
見たくもない、イヤンバカンウフンな展開。
さすがの彼らも、やってられねぇ。ブチッと堪忍袋の緒が切れた次第。
そこは地上から百メートルの世界。当然、足場など何もありはしない。
星の重力に逆らい、15人は宙に浮いていた。これもATフィールドの応用だろう。
中には白い翼や昆虫の羽根のようなものを生やして羽ばたいている者もいる。
実に神秘的な光景だ。
元は同じアダム細胞でも、バリエーションは意外と豊富なようだ。

「ここはアタイに任せるじゃん!」

黒を基調としたパンクロリータ姿の少女が、周りを差し置いて一人進み出た。

「んな!? そんなのズルイじゃないか!」
「そーだそーだ!」
「ブーブー!」

瞬く間に、不平不満噴出。

「……じゃあ、どーすんのさ? 公平にジャンケンでもする?」
「ダメだ! お前、遅出し得意じゃねーか!」
「高等テクニックと言って欲しいじゃん」
「アホかーー!」
「まぁ、待て待て。 ここは一つ、皆で仲良くイチニのサンで一斉に、とゆーのはどうだ?」
「皆で?」
「そうだ」
「う〜〜、わかったじゃん」
「仕方ないな」
「俺も異存はないぞ」
「OK! じゃあいくぞ? ──イチ、ニの〜〜〜〜」

その巫山戯(ふざけ)た掛け声を合図に、15人全員のS2器官がフル稼動し始めた。
30もの掌が、一斉に発光する。

「──いけないッ!!」

レイは焦った。
咄嗟にシンジをその背に庇おうとその身を翻すが、少年に制された。

「!? 碇クン!?」
「ゴメン」
「え?」

何故、少年が謝るのか、少女にはわからなかった。

「……ゴメン」

またである。
ただその表情は、とても……とても辛そうであった。

「サンっ!!」
「「「「「タリホーー♪」」」」」
「「「「「死ねーーーッ!!」」」」」

一斉にバッと腕を振り下ろす。
そして攻撃の第二波、当社比1.25倍ものエネルギー弾が、四方八方から二人目掛けて襲い掛かった。

ズゴォーーーン!!

「!!!!!」
「い、碇君ーー!?」
「いやーッ!! シンジくん!! レイちゃーん!!」

惨劇を間近で目撃したヒカリたちの悲鳴が木霊する。
だが、彼女たちも他人の心配をしている場合ではなかった。
非情にも、急激に膨れ上がった火球が、四人と二匹を呑み込もうとしていたのだ。

「!!! いけないっ!!」

迫り来る爆風に、咄嗟にカンナがその身で全員を庇おうとするが、

「…………!?」

最悪の事態を覚悟したが、何故かいつまで経っても衝撃波は来なかった。
やおら薄目を開けてみると、

「……な、何よこれ!?」

それは信じられない光景だった。
一面、すべてを焼き尽くすような、赤々と燃える灼熱の劫火。
うねり、ぶつかり、荒れ狂う爆炎。
鉄の沸点を超えた数千度の熱線が、コンクリートを砕き、分厚い鉄骨を飴のように溶かし蒸発させる。
一歩踏み出せば、人間など瞬く間に消炭となりかねない、そんな地獄、その中心に四人(+α)はいた。
だがしかし、何か透明な壁に遮られたように、彼女たちとその周辺だけは、まったくの無傷だったのだ。





「「「「「やったー♪」」」」」

666シリーズの面々は、今度こそ確信した。
着弾の瞬間を、三十もの瞳でしっかりと見届けたのだ。
神と雖も、あれは避けられないという自信。無論、勝手な思い込みだが。
多少何だかんだあったが、無事に任務終了、今は勝利の余韻に沸いていた。
互いにハイタッチするなど、その喜びを噛みしめていた。
が──しかし、

「油断するんじゃない!! まだだ!! 上を見てみろっ!!」

一人地上にいたバカヲルが苛立ち声で叫んだ。
ギンと睨み付ける目線の先、15人の少年少女の遥か頭上──そこに渦中の少年はいた。
蒼髪の少女をお姫様だっこして。
無論、まったくの無傷。
言うまでもなく、そこには足場など何もない。地上数百メートルの遥か空の上。
黒髪の少年は、完全に宙に浮いていた。

「!!!」
「馬鹿な……いつの間にあんな所に!?」
「…………おいおい、あれもあの女の力なのかよ!?」

どよめく一同。
だが、当のレイ本人こそが、一番驚いていた。
何故なら、自分にはそんな力などないのだから。
自分は空を飛べない。それは歴然たる事実。未だそこまでのATフィールドを自分は使いこなせてはいなかったのだから。
そのことは、誰よりも己自身が一番よく知っていた。
ならば──導き出される結論は、たった一つ。
少年の腕の中、レイは恐る恐る見上げた。シンジの項垂れた顔を覗き込む。
しかし、覗き込んでから心が絞めつけられた。
その顔は……苦悩そのものだったから。
上空の強い風が少年の髪を、そして心を掻き乱す。

「……もうこれ以上……キミを欺くなんて……耐えられない……」

レイと目を合わせることが出来ないまま、シンジはポツリと呟いた。もう一度その言葉を。

「…………やっぱ俺って最低だ」





「いい気になってんじゃねーぞ、この色男がァーーッ!!」

それは突然の恫喝声。
気付けば、またもやグルリと囲まれていた。
奴(やっこ)さんたちは、かなり殺気立っていたりする。
こう何度もコケにされたんじゃ、当たり前なのかも知れない。
だが当のシンジは無反応。
レイを抱きかかえ、項垂れ、背を向けたまま、ピクリとも動かない。
てゆーか、今はそれどころじゃない、五月蝿い、放っておいてくれ、そんな感じ。
完全なる無視。
そんな態度に、一人がキレた。

「〜〜ッ!! おいコラ!! 馬鹿にしてんのか!? 返事くらいしやがれッ!!」

コメカミの血管をピクピクさせながら、背後からシンジの肩を掴んだ。

「テメェー、さっきからチョーシこいてんじゃ──」

だが口上が終わる前に、男を異変が襲った。

ピッ──
「へ!?」

男の目に最後に映ったもの。
目の前の少年と少女の体が、まるで正断層がズレるかのように、斜めに切れ落ちたのだ。

「あ、あへ? なんふぁ、おふぁひ、い? ──ひでぶぅッ!!」

違和感を感じた瞬間、男の意識は闇夜に包まれ、永遠に途切れた。
そう、実際は違ったのだ。
ズレるように切れ落ちたのは、シンジとレイではなく、この男の体のほうであった。
頭のテッペンからつま先までの全身を、ミリ間隔で袈裟懸けにスライスされていたのである。
それは、あっと言う間の出来事であり、男は自分が殺された事実もわからぬまま逝った。
お得意のATフィールドすら張る間もなく。
次いで、突如として切断面から漆黒の炎が噴き出し、一瞬にしてすべての肉片は残らず燃やし尽くされた。そう、もろ共に。
先ずは一匹目。
これが、沈黙の殺戮ショーの幕開け、口火であった。

「い、いやぁ〜〜!!」
「エドワード〜〜!!」
「き、貴様ぁ〜、エドに一体何をし──」

ガチャリ──
「「「「「へ!?」」」」」

唐突に、666の奴ら全員、その魂の奥底で、何かの擬音が響いた。
まるで何かのカギ穴が抉じ開けられたような、それでいてゾクッと鳥肌が立つような、そんな厭な感じの波動。
因みに、今逃げ出せば、もしかしたら助かったかも知れない。
が、その最後のチャンスを、彼ら666は永遠に失った……そう、たった今、まさにこのときに。

「……何だ今の感じは!?」

地上のバカヲルも脂汗を流す。
無論それは、シンジという少年の仕業。
彼が先ず最初にやったこと、それは、

これからブチ殺す者たちの、自殺コード……自滅プログラムの解除──

であった。
ここで再度、説明しよう。
この宇宙に生まれた生命体である以上、それこそ完全な無から作られた人工生命体ではない限り、この爆弾は施されていた。
それは、の奥深くに隠された、遥か太古の昔からの呪縛。
無論、使徒やクローンとて、例外ではなかった。
シンジは、無意識下で行動を起こした。
これから始まる殺戮ゲームの中で、ついうっかり相手が死んでしまわないように。
己が姿を見て恐怖し、簡単にくたばらないように。
それは、嬲り殺しのための下準備。
余談ながら、ヒカリたちのそれも、一緒に解除されていた。
トバッチリを食わないように。
ただカンナだけは、もう既に何者かによって解除されていたようであったが…。
而(しか)して、事態はまだ収まらない。

ピカッ!

「なッ!?」
「こ、今度は何だってんだよッ!?」

一斉に真上を見上げた。
彼らの直上、そのさらに遥か上、大気圏外で何かが光ったのだ。それはホンの僅かな瞬きだった。
人間には感じられない何かを、恐るべきかな、彼ら666の面々は察知していたのだ。
それは、高度数百キロメートル、遥か衛星軌道上でのアクシデント。
そう、ゼーレの偵察衛星のすべてが、撃墜されていたのだ。
誰がやったかは……今さらであろう。
この行為、隠蔽目的というよりは、単純に五月蝿い頭上のハエを叩き落した、というのが正解。
それに、今さら隠蔽もクソもない。
第一、綾波レイという少女の正体は、既にゼーレの連中に知られてしまっていたのだから…。





シンジはスーッと下降すると、レイをヒカリたちの許へと降ろした。
無論、彼女たち全員が健在であった。

「綾波さん!」
「シンジ君!」

狭いレール軌道の上を、四人は二人の許へと駆け寄る。その無事を祝福するように。
だがレイの意識は、今も目の前の少年に向いたまま。

「…何故?」

少年に問い掛けてみた。
一見脈絡のなさそうな言葉だが、少女の想いが集約されていた。
しかし、

「……ゴメン」

少年は俯いたまま、またもやその言葉を繰り返した。

「っっ!?」

突然、レイの表情が驚きに固まる。
いきなりシンジから、ドンと突き飛ばされたのだ。
結果、その場に尻餅を搗(つ)いて、呆けるレイ。
が、次の刹那──

ビシュッ!!

空気を切り裂く音と共に、謎の光がシンジを襲った。

「!!! 碇クンっ!!」

レイの悲鳴が走る。
その目に映ったのは、四方八方から十数本の光の帯に絡め取られたシンジの姿だった。
そう、もしもあのとき少年から突き飛ばされていなかったら、彼女も一緒にそうなっていた。間違いなく。それは自明の理。
シンジを襲ったもの、それは直径3センチほどの光の帯、触手であった。
その長さは数十メートルにも達し、その始端は666の少年少女たちの掌へと繋がっていた。
これもATフィールドの応用なのだろう。
少年を見れば、辛うじて露出しているのは、顔と足首ぐらい。
哀れシンジは、グルグル巻きの簀巻き状態、正しく雁字搦めとなっていた。
レイは慌てて、その手を伸ばしたが──

ブン!

「!!! 碇クンっ!!」
「そんな!!」
「ひ、酷いです!!」

彼女たちを嘲うように少年の体は頭上へと放り投げられ、はるか中空に吊るされた。
そして、これ見よがしに晒される。
それはまるで蜘蛛の巣に捕らえられた獲物のようだった。
その体は、ギュギュッと強く縛り上げられ、身動き一つ許されてはいない。
SMマニアな御仁も、苦痛に悲鳴を上げるほどの強烈な緊縛。
だが、当のシンジは一切の抵抗を見せなかった。
焦るどころか、まったく気にも留めてさえいない。
ただされるまま、無言で項垂れるのみ。

「ヒャーハッハッハ!! 感想はどうかな色男クン? 今すぐその女の目の前で解体してやるからね!!」
「アイツの、エドの仇だっつーの!!」
「覚悟しなさい!! 直ぐにも微塵に切り刻んであげるんだからーーッ!!」
「フフフ、今度ばかりは、もうゼッテー逃げられねーからなっ!!」

思い思いに口上を垂れる少年少女合唱団。
仲間の一人が殺されるという予想外の事態こそあったが、而してこの決定的アドバンテージを前に狂喜乱舞し、そして浮かれていた。
そのため、摂氏数万度のATフィールドの触手で束縛しておきながら、獲物である少年の体が一向に燃え尽きない矛盾点にも、一向に気づかない。
そして彼らは、さらなる決定的な予兆を見逃すことになる。
嵐の前の静けさ。
少年の中、そこでは何かが静かに蠢いていたのだ。

ドクン……ドクン……

「……ゴメン……もう傷つけないって……絶対守るって……そう約束したのに……」

シンジは項垂れたまま、苦しそうに、そして悲しそうに呟いた。
それは、懺悔の声。
悔悛の声。
贖罪の声。
そして、魂の声。
内罰少年は、いつまで経っても内罰少年のままだった…。
山の背を駆け登ってきた海風が、サラサラと少年の髪を撫でる。
そして、

ドクンっ!!

少年の擬似心臓が一際大きく鼓動し、そして停止した。
それが意味するもの……それは、

擬態の解除、体組成の再構築──

心は荒れ狂うも、頭は急速に覚醒していた。
理性の箍(たが)が外れ、体に絡み付いていた鎖が強引に振り解かれる。
誰かが心の中で叫んだ。

たとえすべてが壊れようとも

求め、訴える。

世界は綾波さんの為に!!!(おい)

そして何かがスパークした。
拘束されたまま、少年の体から、金色の神気がドッと噴き出した。

「何だと!?」
「コ、コイツっ!?」
「碇クン!?」
「シンジ、君!?」

ゴゴゴゴゴ……

大気が刺々しく震え始める。
その厳粛なる光景に、敵味方問わず既に言葉もなく、ただ目を瞠るのみだった。





「……ねぇママ……あれナニ?」

ここは惨劇の舞台、地上。
奇跡的に難を逃れた、しかし顔面煤(すす)だらけの幼児が、若い母親の胸の中で不思議そうに訊ねた。
未だ虚ろな表情のその母親、我が子の指し示した空に何気に目を向け……そして固まった。
そこには、深緑の衣を纏った光り輝くヒトがいた。そう、何もない空中にだ。
思わず、ギュッと我が子を抱きしめた。
他の僅かに生き残った人々も、同様に息を呑む。自分たちは白昼夢でも見ているのかと…。





「!!!!!」

レイは目が離せなかった。
眼前の少年が、ついにその真なる形を現したのである。
金色の粒子と新緑の炎に包まれ、ついには形而下された真実の姿。
深緑と金色を基調とした膝下から腰まで切れ上がった左右のスリットが特徴的な長袍(上着)。
美しい宝玉と装飾が散りばめられた幅の広い腰帯、そして薄青の指貫袴らしきもの。
胸と背中の中央、及び左右の大口の袖に刻まれた独特の紋章。
世界樹の繊維を某少女が真心を込めて織り上げた無二の逸品。
それは王者の風格、<ユグドラシル>の全権代行者、まさしくその正装。
そして、炎のように燃え立つ白い髪。
病的なほどに真っ白な肌。
究極の造形美を思わせる顔、そして肢体。
そして、ゆっくりと開けられたそれは──紛れもなき神格の証、燃えるような紅い三つの神眼。
そう……これこそが、正真正銘、掛け値なしの、碇シンジであるのだ。
感情が乏しいと言われているレイでさえ、その美しさに見惚れた。
胸の奥が熱くなる。動悸が激しい。さっきから体がおかしい。

「──誰?」

歳の頃は十代後半、しかしまったく見知らぬヒト。
だが……その優しい眼差しには、覚えがあった。

「──イカリ、クン?」

その問い掛けに、少年は少しだけ微笑み、無言で頷く。
色素欠乏の白い肌、そして紅い瞳──

(……紅い目……私と同じ……なの? 私は……私は…………この世界で独りぼっちじゃない!?)

レイは歓喜した。無論、明確な根拠はない。
だが、ゾクゾクッとした言い知れぬ幸福感に襲われていた。
風貌に関しては666の連中も同じハズだが、彼らに親近感を覚えることはなかった。
由来が異なるからという理由もある。
しかし、目の前の少年から発せられる存在感は、次元そのものが違うのだ。
似ていて非なるもの。別物。
本能がそう告げていた。

『す、すごい…』

白猫は、純粋に感嘆していた。

『……これがシンジの本来の姿……これが人類の進化の終着点……』

黒猫は、その小さな胸をときめかせていた。
その下半身をジュンと熱く潤わせて…(おい)。
ヒカリたちは、完全に惚けていた。
その目を大きく見開き、ただ少年の姿に魅入っていた。恰(あたか)も魅了の魔法を掛けられたように。

「まさか、神格の三眼!? 父様と同じだというの!? そ、そんな……そんな……」

この予想外の事態に、カンナは口許を手で覆い、言葉を失っていた。
しかし、何故か幾分頬を染めて…(汗)。
まったくの余談だが、その場にいた女性たちの間で、バルトリン腺から謎の過剰分泌が大発生中。
無論、敵も味方も。
XX染色体を持つ全員が、同じ症状を引き起こしていた。

「キレイ…」

不特定多数の女性陣が、ホゥと見惚れていた。
だが、見た目に騙されてはいけない。
外見が美しくとも、内面もそうだとは限らない。
彼は、碇シンジは、そんな出来た存在ではないのだから。何よりそのことは、当の本人が誰よりも一番自覚していた。
もし、善と悪との二者択一を問われたら、間違いなく後者なのだ。
第三者が彼を評する二つ名には事欠かない。
究(きわ)めし者。
進化の究極、終着点。
あらゆるヒエラルキーの頂点。
神々の王。
第零位階の神格保持者にして、唯一無二の次元超越者。
そろばん三級(おい)。
世界樹<ユグドラシル>の化身、全権代行者。

──だが、裏の呼び名、蔑称がここにある。

非情、無情、無慈悲なるボウクン。
生けとし生けるもののテンテキ。
最強のバケモノ。
最凶のサツリクシャ。
最低のゲドウ。
貪欲なるソウルイーター。
穢れしカミ。
この世の災厄のコンゲン……など、挙げれば枚挙に暇がなかったのだ。





先程まで少年を祝福するかのように纏わり付いていた空気のざわめきが、ピタと止んだ。
耳鳴りがするほどの静寂の中、少年は静かに目を閉じ、そして再び開けた。
三つの紅い目、そのすべてを。
それは、禁忌の胎動。
出し惜しみは──しなかった。

「グルルルルルオオオーーーーーーォォン!!!」

「「「「「っっ!?」」」」」

もはやヒトですらない咆哮が唸りを上げ、大気を切り裂き、星を揺るがした。
彼を緊縛していた触手など、一気に吹き飛ばされる。
新緑の生地は再び炎の粒子へと戻り、今度は別の形を取り始めた。
全身に浮かぶ異形の紋様、黒を基調としたバトル・スーツ。
吊り上った、一際紅く輝く三眼。
鋭く尖った牙、そして爪。
鋼のような筋肉。
圧倒的なまでの神気に包まれ、無数の漆黒の雷光が纏わり付く。
その姿は確かに美しかった……美しかったが、もはや以前のような柔和さは欠片もなかった。
彼のこの姿を目にして、生き残った者はいない。
唯一の例外は、彼の師、つまり先代、いや現時点では当代の〈ユグドラシル〉管理人のみ。
この宇宙、世界の修正力とやらも、己が粛清されると早合点して、思わず腰を抜かしている緊急事態。

(!? 怖い、怖い、怖い──)

それは、心臓を鷲掴みにされたような恐怖、恐慌。
あれほど無への回帰を望んだ某少女でさえも、DNAに刻まれた真の恐怖に、畏(おそ)れ慄(おのの)いた。

(──何なんだ、この異様なプレッシャーは!?)

地上のバカヲルが訝しみ、脂汗を流す。
自滅プログラムは解除されていたにも拘わらず、彼の本能が何かを訴えていた。
他の666の連中などは、さらに滑稽だ。
全員が豆鉄砲を食らった鳩のような間抜け面。
何が何だかわからない。
だがそれでは済まない。果たして、

「虚仮威(こけおど)しに過ぎん!!」
「そ、そうよ!! こんなの、ただのコスプレじゃない!!」

そう自らに嘯いた。
震える自分に暗示を掛ける。
必死に恐怖を押し込め、闘志を奮い立たせた。
だがしかし、憐れなるかな、彼我戦闘力比は、──高々「2」桁VS「19191919」桁。
何ともべらぼうな実力差。歴然たる事実。もう笑うしかない。
目の前の少年にとっては、ミジンコも黒服も、そして使徒さえも、まったくの同列、横一線、ドングリの背比べ。
だが、誰も気づかない。気づけない。
碇シンジという少年の実力に、その性質に。
彼は……その姿同様、内面もドス黒かった。
しかしそれでも、ここで颯爽(さっそう)とワルモノを退治すれば、彼の株も急上昇。
全国一千万の少年少女のハートをガッチリ鷲掴み。
──が、残念ながら、そんな安っぽいヒーロー願望など、端から持ち合わせていなかった。
それは、純粋なる殺戮衝動、名立たる悪魔が裸足で逃げるほどの……邪悪。
シンジは無言で佇んでいた。
その口は、まるで発声器官の役目を放棄したかのごとく、真一文字に硬く結び、そしてついぞ開かれることはなかった。
今までの冗舌加減が嘘のように、沈黙したまま。
一見して、平静を装っているようにも見えるが、さにあらず。
敵に回った者は、覚悟しなければならない。
今の彼は、無口になったシンジは、ものすごく性質(タチ)が悪かったのだ。
テレビの前のよいこの皆の、夢も希望も一気にブチ壊すほどに…。
シンジは、ジッと己が「右手」を見つめた。
握り、開き、また握り締める。
そして薄笑い。
久方ぶりのこの姿。
かつて、ヘルクレス座超銀河団を七日七晩で消滅させたとき以来か。
一度だけ深呼吸をし、ゾッとするような目で、周りを見渡した。
無論、決めるために──獲物を狩る順番をだ。

(…ニィ)

そして決定した。
右斜め上方50メートルのポイント、一人の男が小柄な少女を背中に隠したのを見て、シンジは口の端を吊り上げた。
絶望を刻み付ける、それは最たる選択。
ただ、もっぱら地球人の価値観では、それを外道と呼ぶが。
そして一方的な殺戮が……死の三分間が始まった。


何もない空中に一歩片足を踏み出す。

「あ、危な──」

思わず発した某おさげの少女の声を無視して、彼の右足はバンと空を蹴り、瞬く間に上空へと駆け上がった。

「嘘!?」
「な!? は、速いっ!!」

驚愕の色の雁首が並んだ。
シンジはその場に残像を残して、目指す少女の背後に回り込む。まさに神速だ。
少女が慌てて振り向くも、

「きゃっ!!」
「ア、アンジェラっ!!」

シンジは片手で少女の頭蓋を掴み上げていた。

「クッ、──チクショウ〜〜!! 放せってんだ、このっ!! このぉ〜〜ッ!!」

殴る蹴る、ジタバタと必死の抵抗を見せる少女であったが、シンジの腕は鉄の塊のようにビクともしない。

ミシッ…
「が!? あ…あ…ぁ…

五月蝿いので、ホンの少し指の力を込めてやったら、急に大人しくなる。

「あ……が……い、痛い……助けて……助けて……お、お願い……」

激痛に顔を歪めて涙を浮かべる少女。一転して命乞いを始めた──しかし、

グシャっ!!

「「「「「!!!!」」」」」

シンジは情け容赦なく握り潰した。金剛石の塊をも砕くほどの握力で。
少女は悲鳴を上げる間もなく、潰れたトマトのような真っ赤な血肉を、辺り一面に飛び散らせた。
そう……殺したのだ。
大勢の目の前で。
ヒカリらの目の前で。
そしてレイの目の前で。
助命を乞うその少女を。
一片の戸惑いもなく。
この事態に、敵味方を問わず衝撃が走った。
それほどまでのショッキングな映像。
当の犠牲者はといえば、首から上(正確には下顎から上)を失って、ダランと垂れ下がった四肢、小刻みに痙攣を繰り返していた。かなり痛々しい。
S2器官は……既に機能を停止させていた。
永遠のような数秒が過ぎる。
握り潰した脳幹を鷲掴みにしたまま、未だシンジは爪を離さない。口許が愉悦に歪む。
少女の血と脳漿に染まる右手。
遺体のつま先からピチャピチャと垂れ落ちるのは、何も赤い血だけではない。
無様に、糞尿も垂れ流していた。
酷く潰れた顔面など、見るも無残だ。限界まで大口を開け、もはや対をなさない下顎に添えられた赤い舌がだらしなく垂れ下がり、血とヨダレに塗れていた。
大人しくしてれば、レイやアスカにも匹敵するような可憐な少女の、それが末路。
無論、そんな事情や価値など、今のシンジには関係ない。
彼にとっては、ただの獲物……それ以上でもそれ以下でもなかった。
外道の本領発揮。
これで、二匹目。
暫くしてから、飽きたのか、少女の亡骸をゴミのようにブンと放り投げるシンジ。
爪に付着した血をさもつまらなさそうにピッピッと振り払った。

「アンジェラーーっ!!」

遺骸を受け止めたのは、ソレのかつての恋人。
だが、抱きしめたそれは、臭い立つただのズタボロの肉塊という、変わり果てた姿だった。
生前のあの可憐な面影は──どこにもなかった。

「そんな……アンジェラ……アンジェラ…………………………………………き、ききき──」

項垂れる男の肩が小刻みに震え、

「きーーさーーまーーッ!!」

男は亡骸を抱きしめ、これ以上ないというくらいの逆上を見せた。怨嗟の声を上げる。
その憎悪の視線をギンと加害者である少年にぶつける。
視線で人を殺せるなら、まさしく今がそれだという凄み。
男にとっては、それほどまでに大切な女性だったのだろう。
が、他人の大事な女性は躊躇なく殺そうとしたくせに、自分の大切な女性が殺される段となると、途端に怒る……いやはや、何ともご立派。
だから、いの一番に殺してやった。いや、厳密には二番目だったが。
男が叫ぶ。

「こんなことをして、タダで済むと思ってんのかーーッ!?」

無論、思っていた。
無言のまま、これ見よがしに邪悪に歪むシンジの口許。鬼の表情。

「何てことを…」
「ひでぇ…」
「こ、こんな惨いこと……恥ずかしくないのっ!? 最低じゃない、アンタっ!!」

それはこっちのセリフだ。
地上の惨状を見てみろ。
自分たちは散々やっておいて、された途端に文句を言うのは、あまりにも勝手すぎだ。
それとも何か!?
殺し方に、問題があったと!?
残虐だったと!?
綺麗に殺すべきだったと!?
下手に恐怖心を煽らず、速攻で仕留めるべきだったと!?
違う?
では、親切に実力の差を先に示し、戦闘意欲を奪ってから、因果を含めて平和裏にお帰り頂くべきだったと!?
これも違う?
まさか、大人しく黙って殺されておくべきだったとでも言うのか!?
フン……巫山戯るな、である。
それにだ、残酷かどうかなんて彼らの価値観であって、シンジのものではない。
僕を捕食するなんて残酷なことはやめろー、と飢えたライオンを前にしてから主張し出すオカピーのようなものだ。
甚だナンセンス極まりない。
種が違うシンジに、それに付き合う義理などありはしない。
何より、彼奴らは綾波レイという少女に手傷を負わせた。
この事実は重く、そして決定的だった。
シンジは、それほど寛容ではない。いや、むしろ非情とも言える。
仮に、レイにかすり傷を負わせるのと、地球という星を破壊するのを天秤に掛けるとしたら、彼は何の逡巡もなく後者を選択するだろう。

「うおおーーーっ!! 死ねぇーーーっ!!」

許さない。
後悔させてやる。
状況を微塵も理解できない復讐鬼が、目を血走らせて一人で突っ込んだ。
至近距離から光弾を叩き込む。
それは紛れもなきフルパワー。
沸点を超えた怒りが、当社比200パーセントの力を引き出した。
だがしかし、

バチィィーーーッ!!
「何〜〜っ!?」

それは、まるで「邪魔」とでも言わんばかりに、シンジの掌に弾かれた。
まぁ、えらく簡単にアッサリと。
驚愕顔のその男、目を瞠った次の瞬間、

ドン!
「グハッ!?」

急に胸に鈍痛が走った。
見れば、男の背中から血まみれの腕が生えていた。
いや正確には、シンジの右腕が男の胸部を突き貫いていたのである。
そして、その爪には使徒の心臓たる脈動する赤いコアが握られていた。
所々、筋や神経そして血管が繋がっているのがとても生々しく。

「が…ぐぅ…ぅ…」

否が応でも現実を認識させられ、息も絶え絶え恨みがましい目で、男はシンジの顔を睨み付けた。
しかし、もはや意識を保つのが精一杯。
だが、一矢報いようというのか、男はその震える手をシンジの首に伸ばそうとする。
このままでは、死んでも死にきれないとばかりに。
だが、

グシャッ!!
「「「「「!!!!!」」」」」

コアは非情にも握り潰される。
そして男は事切れた。

ズボッ

亡骸は興味を無くした少年の腕から抜け、自由落下する。
数秒後、数百メートル下の地面に強かに叩きつけられ、パーンという水風船が破裂するような音を響かせた。そう、とても心地よい音を。
哀れ男は、恋人共々夜空の星となった……今は昼だが。
三匹目。

「コ、コンラドぉーーっ!!」
「そんなーッ!? う、嘘よぉーーッ!!」

少年少女たちの悲鳴。
同胞の死を悼む声。
そして信じられないという顔。

「こ、こいつ、人間じゃねぇのか!?」
「コンラドのATフィールドを素手で……まさかアイツもATフィールドをッ!?」
「嘘!? じゃあアイツも使徒だってゆーのッ!?」
「馬鹿な……んな話、じーちゃん達から聞いてねえぞー!?」
「もー何が何だか〜〜」

今さらながらに動揺を見せる666シリーズ。遅すぎ。しかも的外れ。お馬鹿さん。

「狼狽(うろた)えるな!! こうなったら全力で当たるんだ!! もうアレをただの人間だと思うな!! 出し惜しみはナシだッ!!」
「「「「「お、応ーーッ!!」」」」」

そう。このままでは、第二、第三世代と続く弟や妹たちへの示しがつかない。
それは、彼らのプライドが許さなかった。
栄えある第一世代としての沽券にも係わるのだ。

スチャッ

数人が腰から何かの得物を取り出した。
総計5本の槍。
それは虎の子、結局は使うことはないと思っていた切り札。
彼ら666部隊には、万が一の事態を想定して、ロンギヌス・コピーのプロトタイプが貸与されていたのだ。
量産前のプロトタイプであったため全員分こそ揃わなかったが、その絶対無敵の力を手にして、急に元気になる面々。
対するシンジは、ズラリと周りを取り囲まれるも、まるで動揺なし、一貫して無表情。

「残念だったなお前……如何な強力な壁といえど、それがATフィールドである限りは、このロンギヌスの前には無力だッ!! 覚悟するがいいっ!!」

一人が誇らしげに言い放った。だからそれは間違い。それにそれはただのコピーだ。

「フンッ!!」
「てぃやーッ!!」
「せいッ!!」

ドス、ドス、ドスッ!!

先ずは、三本の槍が一斉にシンジの体を貫く。

「「「「「やったぞ♪」」」」」

待ち望んだ結果に歓喜する少年少女一同……しかしそれは目の錯覚だった。
槍はシンジに届く寸前、薄皮一枚で何かに阻まれていたのだ。

「……馬鹿な……ATフィールド?……いや違う……何だよこれは〜〜!?」

些かパニック状態。
槍を突き押そうとしてもウンともスンとも言わず、ただ接触面に波紋が広がるのみ。
謎の壁を1ミリとて破れなかった。

「な、何でだよ……何で突破できない!? この槍に貫けないATフィールドなんてないハズだぞッ!?」

何でって……そりゃ、ATフィールドじゃないからに決まっている。
そもそもシンジは、そんなカビの生えた原始的な防御結界など、最初から使ってはいなかった。

「クソッ!! 諦めるな!! もう一度だッ!!」
「了解だ」
「わ、わかったわ」

だが槍を引き抜こうとした瞬間、三本の槍が激しく痙攣を始めた。
まるで生きているかのように、その罪に苦しみのた打ち回る。

「わわわ」
「きゃッ!」
「どわーーッ!?」

気色の悪さに、思わず手放してしまう。
槍はその表面を謎のミミズ腫れに覆われると、次いでボコンボコンと水圧で凹むドラム缶のように潰れて、最後はボロボロと消えていった。

「な、何よコレ!? 全然使えないじゃないの!! まさか初期ロットの出来損ないを掴まされたワケ〜!?」

一人の少女が、話が違うとばかりにぶちまけた。無論、勘違いもいいところだ。

「まだだ!! まだ槍は二本も残っている!! それで十分だ!!」

そこでまた別の檄が飛ぶ。
まだ誰も希望は捨ててはいなかった。闘志を新たにする。
が、唐突に謎の異変が彼らを襲った。

ズズズ、ゴゴゴゴゴ──

突然にして起こった地響き。唸るような振動が上空にまで達した。
地下の内部では岩盤が悲鳴を上げ、大気が物々しく帯電を始める。
まるで天変地異の前兆かのように…。

「ちょっと!! 何が起こってるのよッ!?」
「俺にわかるわけないだろ!!」

狼狽える面々を余所に、ソイツはイキナリ現われた。

ズガガーーン!!

土中から勢いよく噴き上げる大量の土石。まるで火山の噴火を思わせる大爆発である。
そして轟音と共に何かが地中から飛び出した。
それは二匹の赤黒い巨大な蛇であった。優に全長200メートルはあるだろう。

「何よあれぇ〜〜ッ!?」

もーわけがわかんないとばかりに一人の少女が金切り声を上げた。
無理もない。先程から驚愕の連続なのだ。
因みにその蛇は、南極から遠路遥々やって来たらしい。エッサホイサと地球に穴を掘りながらだ。
二匹の大蛇は、シンジたちのいる上空まで上昇すると、並び立つように垂直に静止した。
その巨躯を見上げ、ゴクリと息を呑むしかない面々。
次の刹那、二重螺旋状にネジれながら、二匹の大蛇はお互いの体を絡み付け始めた。

キーーン……

そして現われたのは、一本の巨槍、某予言書によるところのロンギヌスの槍、そのオリジナル──





所変わって、ここは四人の少女+αが佇む構造物の上。
彼女らは、首が痛いのも忘れてポカンと上空を見上げ続けていた。
ただ、あまりに現実離れした展開に、どうにも頭が付いていかないようだ。
しかしクロとカンナだけは、食い入るように現実を直視しようとしていた。
見上げる一人と一匹の視線の先には、二股の切っ先、二重螺旋構造の赤黒い巨槍が空中に浮遊していた。
それは二人にとって、いつかどこかで見たことがあるモノであった。

『アレって!?』
「アレは!?」

クロとカンナが同時に叫ぶ。そう、知っているのだ。そして思い出した。

『ロンギヌスの槍ーーーッ!!』
「戒めの槍ーーーッ!!」

『へ?』
「はい?」

微妙な呼称の違いに、二人はお互いに顔を見合わせた。





巨槍は90度回転して水平となり、シンジの眼前へと降下、静止した。
恰も主の御前に奉られるように。
そして、すぅーッとダウンサイズを始め、小さくなる。
それでも少年の身長の数倍、優に5〜6メートルの長さはあるだろうか。
別に少年が召喚したというわけではない。槍のほうから勝手にシンジの許へと馳せ参じたというのが正解だ。

(……)

この少年、さてどうしようかと悩んでいるようだ。無論、憶測だが。
だが、折角来た以上は、少しこれで遊ぶのも悪くない。
無言のままソレを手に取った。
瞬間、フッと少年の姿が掻き消えた。

「ひッ!?」

間髪入れず、少し離れた場所で男の悲鳴が漏れた。
その男の目に映ったものそれは、槍の切っ先をまさに振り下ろさんとする少年の姿だったのだ。
窮鼠よろしく、男は己が槍で咄嗟にそれを受け止めてはみたが、

バチィーーッ!!

一瞬にして、その槍は存在を否定され、呆気なく崩れ去った。
所詮は、似ていて非なるもの。劣化コピー。贋作。
結果など、やる前から明白だった。

「う、うわああ〜〜ッ!!」

虎の子の武器を失い、背中を見せて逃げ出すも、

ズン!
「ぐぼぉっ!?」
「!!! ジークフリードーーっ!!」

仲間の悲鳴を余所に、背後からコアごと霊核を刺し貫かれた。
果たして塩となって消滅。
これで、四匹目。

「ひ、ひぃーーーーッ!!」
「な!? エテルドレダ!?」

少し離れた場所で、間髪入れず、今度は少女の絹を裂くような悲鳴が上がった。
白髪の少年と目が合い、次は自分が狩られる番だと確信したその少女は、一目散に逃げ出す。
落ち着いて見れば、彼女も可憐な少女であった。外見だけは。
今の服装こそアレだが、もっと清楚な格好をして人々の前に降臨すれば、忽(たちま)ち生き神様として崇め奉られる美貌を持っていた。
無論、今のシンジにそんな価値観など、まったく意味がなかった。
敵に容赦など必要ない。
ただ殺すのみ。
たとえそれが無垢な少女でも殺す。
善人でも殺す。
赤子でも殺す。
神仏でも殺す。
例外など、ありはしなかった。
少女はその美しいまでの純白の翼を広げ、バッと飛び立つ。そして天空に向かってもの凄い加速で上昇を掛けた。それは第一宇宙速度をも軽く超えていたスピード。
逃げる。逃げる。必死に逃げる。とにかく只管(ひたすら)逃げる。死にたくはない。もう恥も外聞もなかった。
しかし、シンジは慌てない。
頭上でクルリと槍を回すと、順手から逆手に持ち手を変える。
そして、先史で零号機が第15使徒アラエルに向かって投擲したときのように、シンジはゆっくりと槍を持って振りかぶった。
狙うは、遥か頭上の獲物、ただ一匹。
片足でトントンと空を蹴って勢いを付けると、ゆっくりと海老反るや、次の瞬間、力任せに上空に向ってブンと投げ放った。

ギュイーーーン!!

魔槍ロンギヌスは、物凄い勢いで敵の背中目掛けて一直線に突っ走った。
スピードが段違いであった。捲くる。捲くる。
そのあまりの速さ、突き進む衝撃で大気が続けざまに割れ、悲鳴を上げる。
物凄い轟音。恐らくは亜光速移動。思わずスターボウが見える事態。
だが並み居る障壁にも、槍は物ともしない。
二股切っ先が空気抵抗を減らすように変容するや、そして獲物目掛けてグングンと大気圏を突き破っていった。

「い、嫌あああ〜〜〜〜ッ!!」

背後から迫る何かに少女は怯え、咄嗟に反転して全力を超えたATフィールドを展開するが、

「がはッ!!」

それは一瞬にして破られてしまった。
胸には大きな風穴。そして内部から掻き消えるように消滅。
コアごと霊核の中心を貫かれたため、少女のは完膚なきまでに破壊されていた。
これではもう転生もままならない。
そしてこれで五匹目。

ビィーーン!

槍は少女を殲滅、突き抜けた後、月面に突き刺さった。見れば、巨大なクレーターが生成されていた。
月までの片道38万キロメートルを2秒弱、亜光速での衝突ともなれば、当然の結果か。

「ハ…ハハ、ヒヒヒ、──ば、馬鹿め〜〜ッ!! 槍を捨てやがった〜〜ッ♪」
「ああ、ああ! ククク、あの忌々しい槍も今は月の上だ! エテルドレダの死も無駄ではなかったということだッ!!」

敵はビビリながらも狂喜した。
これで何とかなると。
そんな安堵が彼らの間に浸透し始めていた。
だが、それは気の迷い。
そして直ぐにそれを自覚することになる。

ズガッ!!
「グハッ!?」
「「「そんなバナナ〜ッ!」」」

一人の男の胸を、背後から何かが貫いた。その勢いのまま、地上に墜落する。
彼を襲った凶器、それは失われたはずの槍だった。
戻ってきたのだ。
まるで主人に仕える従者のごとく。

「カシミロォーーッ!」

その名を叫ぶも、地面に串刺しとなった男は絶命した。六匹目。
シンジは地上に舞い降り、地面に突き刺さった槍を引き抜いて、暫く眺めるも、

カラン、コロン
「「「「「んな!?」」」」」

シンジは槍をポイと投げ捨てたのだ。
何故か?
至極単純明快、飽きたからである。
熱し易くも、冷め易い気性であったようだ。
しかし折角、遠路遙々戻って来てくれたというのに…(汗)。

(チャ〜ンス!!)

シンジが槍を捨てるのを見て、一人の少女が猛ダッシュした。
自分が持っていた槍のコピー、その最後の一本を捨て、代わりにオリジナルの槍を拾う。そして──

ズガッ!!
「やった!!」
「ナイスよ、ヒルダ!!」

間髪入れずに少年の許に駆け寄るや、その横腹に突き刺したのだ。
なかなかに良い判断だ。しかし──

「何でよ〜〜ッ!?」

少女はありえないとばかりに叫んだ。
そう、少年は……そこに平然と立っていたのだ。
槍は……シンジの薄皮一枚、突き破ってはいなかった。
オリジナルと雖も、この少年には通用しなかったのだ。
呆然とするしかない少女。
シンジは振り向き、少女が捨てた贋作の槍を拾うと、ニッコリと微笑んで、
 
ズブリ──
「がっ!?」

少女の胸に無造作に何の躊躇いもなく突き刺した。
刺すと同時に、槍はズブズブと朽ち果てる。所詮は紛い物か。使用者の威圧に耐え切れずに崩壊したのだ。
故に、コアの完全破壊までには至らず、少女はまだ辛うじて生きていた。
まぁ、放っておいても直ぐに死ぬだろうが…。
意識が薄れて前のめりに崩れ落ちそうになる少女。その頭を、むんずとシンジが髪ごと掴み上げた。
ブランと力なく四肢は垂れ下がる。

「う…あ…」

小さな唇から漏れる微かな呻き声。苦悶の表情。
よくよくその顔を覗き見れば、かなり整った造り。彼女も俗にいう美少女なのだ。

「き、貴様ーーッ!! ヒルダを離せーーッ!!」

彼女の恋人なのだろう。一人の男が吼えた。……しかしコイツら、異様にカップル率が高いぞ?(汗)
男の脳裏には、先程までの惨劇が焼き付いていた。
この目の前の少年は、たとえ相手が女であろうと容赦がないのだ。
とてつもなく嫌な予感がした。しかし、

ポイ

男の言を聞き入れたのか、突然、シンジは少女の頭から手を離した。
掌からは、数本の髪の毛がパラパラと舞い落ちる。

「な!? まさか……見逃してくれるのか!?」

絶望から一転して期待に染まる男の瞳。
倒れ込むように頭から崩れ落ちる少女を受け止めようと、男は慌てて猛ダッシュした。
必死に手を伸ばす。だが、あと数センチで手が届こうかというそのとき、

ビシィーーッ!!

轟くは、グチャッという破裂音。
辺り一面に飛び散る血飛沫。
それは無残。
何という卑劣。
この上なく外道。
そう、シンジは瀕死の少女の顔面、その鼻っ柱に強烈な蹴りを入れたのだ。
とてもヒトのすることではなかった。
当たり前だが、一瞬にして少女の頭部は熟れたザクロとなった。或いは真っ赤なトマトピューレ。即死。情け容赦ゼロ。
だがこれで七匹目。

「〜〜〜ッ!!」
「ひ、酷いっ!!」
「ヒルデガルトーーッ!!」
「この人でなし〜〜〜ッ!!」

だから、それが何だというのだ?
そもそも、少年を狂気に走らせたのは、誰でもないお前らだ。
シンジは、この世界で擬態を解くつもりなど、端からなかった。
それは「計画」に邪魔だったから。
それを狂わせた。お前らが。お前らが。お前らが。お前らが。
だから、容赦などしない。
だから、出し惜しみもしない(星が壊れるので一応セーブはするが…)。


振り向きざま、諸手を前に掲げた。そして、

《……来い 這い寄る混沌よ 我の召喚に応じよ》

シンジはここで初めて言葉を発した。それは地の底から響くような暗い声。いや、厳密にはそれは念話の類であったが。
目の前に漆黒の闇が現れ、そこから光が溢れ出した。
溢れ出したその光が収束、形而下する。

「「「「「!!!!」」」」」

それは一振りの長剣だった。
吸い込まれるような漆黒の、細身の刀身。
だが、浮き出た血管をビクンビクンと脈動させるその姿は、とても無機物とは思えない。
絶え間なく噴き出す禍々しい黒炎。
しかも、柄の部分には三つの紅い目。
そのおどろおどろしい姿は、とてもこの世のものとは思えず、見ているだけで心が悲鳴を上げた。
シンジは柄を握る。それはしっくりと手に馴染んだ。
そして、続けざまに跳ぶ。

「うわっ!!」

気づいたときには、もう遅かった。
数百メートルの距離を僅か一瞬で詰められ、男が悲鳴を上げる。

ザシュッ!!
「がッ!?」
「バ、バルトロメオーーっ!?」

まさに一刀両断。
正中線に沿って、頭頂から縦に真っ直ぐ叩き切った。
しかし直ぐに、切断面から剣による吸収が始まり、男の血肉はあっと言う間にしゃぶり尽くされる。
これで八匹目。
だが、見ている者にとっては、何が起こったのかわからない。
唯一わかったのは、いきなり仲間の一人が消えた現実のみ。

「ど、どうなってやがるッ!?」
「んなこと、俺に訊──うわッ!?」

ザンッ!!
「!!! ジ、ジルーーーーッ!!」

男の悲鳴にも似た叫び。
突然、横にいた親友の首が飛んだのだ。
眼前には、無表情のまま、水平に薙いだ黒剣を構えた白髪鬼の姿が。
そして続けざま、血を噴き出す親友の首の切断面に、骸(むくろ)に、剣を鉛直に突き刺した。
それはまさに串刺しだ。
だが、肛門から突き抜ける前に、その男の体は血の一滴も残さずに消滅した。
九匹目。

「がぁ〜〜〜!! よくもよくも、よくも〜〜〜ッ!!」

怒り心頭、片割れの男は何を思ったか地上へと降り立つと、

「ふんがーーーッ!!」
バキーーッ!!

馬鹿力もここまで来ると見事だ。
その男凶暴につき、渾身の力で、地上に聳える直径百メートルはあろうかという大観覧車を基礎の土台ごと引き抜いたのだ。

「死ねやーーーッ!!」

そして、空中のシンジ目掛けてブンと投げ付けた。
唸りを上げて迫りくる鉄とコンクリートの塊、大観覧車。
何百、いや何千トンもの重量、それが加速度付きで飛んできたのだ。
だが、慌てず騒がずシンジは右手をスッと掲げると、

ガキーーン!!

邪魔だと言わんばかりに払い退けた。
憐れ夢の乗り物は、シンジの爪に無残に引き裂かれ、地上に激突して拉(ひしゃ)げて果てた。

「ノォーーッ!!」

信じられないとばかりに、男は頭を抱える。
確かに、見た目には凄く派手な攻撃ではあった。
だがよくよく考えてみれば、ロンギヌスをも退けた相手なのだ。効果があるとは到底思えなかった。

「ハッ!? ど、どど、どこへ行ったーッ!?」

辺りを見回すも、そこにはシンジの姿はなかった。
が、そのとき、

ズバッ!!
「ぐがッ!?」

見れば、男の顔面から剣が生えていた。
否、後頭部から剣を突き立てられていたのだ。
シンジは……直ぐ後ろにいた。

ズブブブ
「……」

シンジは、そのまま下腹部まで切り下ろす。
切り進みながら、同時に男の体組織はゴッソリと欠損させられていった。
男は何も言わない。否、言えなかった。
既に発声器官を失い、殆ど即死に近かったのだ。
代わりに、四肢が見事なまでに痙攣してはいたが…。
そしてここで完全に御臨終。十匹目。

「嘘だーー!! ジルやイシドロまで殺られるなんてーーッ!!」
「な、何だってんだよコイツは〜〜っ!?」
「聞いてないよ〜〜!!」

恥も外聞もなくパニくる666シリーズ。泣きが入っていた。
いや、既にもうシリーズと呼ぶのは適当でないほどに、その数を減らしてはいたが。
圧巻だった。圧倒的だった。
謎の剣を携えたシンジは、鬼に金棒状態と化していた。
水を得た魚のように殺し捲くっていたのだ。
既に過半数の仲間を失ったことで、666の面々は戦意を喪失していた。完全に。
皆、迫り来る絶対的恐怖を前に涙を浮かべ、ガチガチと震えていたのだ。
安全な作戦だと聞いていた。
ただの狩りだと。
存分に楽しめるからと。
だが現実は違った。
そもそも、自分たちが獲物として狩られる側だなんて聞いてはいない。
こんなの詐欺だ。
サード・チルドレン、碇シンジ──
どう転んでも、絶対に勝てない。あれはバケモノだ。てゆーか反則。
コイツは危険だと(遅ればせながら)本能が訴えていた。

「「「「「うわーーーーッ!!!」」」」」

一斉に、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
その場に恐怖が蔓延していた。
我先にと逃げ出す者、
腰を抜かして地を這う者、
泣き愚図って意味不明なことを叫んでいる者、
…どれも無様だった。
そんなとき、

《クケケケケーーッ!! もっと喰わせろーーッ!! 男はいらーーん!! 女だーー!! 女を寄越せーーッ!! 特に生娘の柔らかい肉をーーッ!! 魂をーーッ!!》

突然、頭の中で謎の声が響いた。
それは、ゾクゾクするような狂人のソレだった。

「ひぃーーーーッ!!」
「な、何だってんだーーッ!?」
「うわーーーん!!」

得体の知れぬその声が、辺り一帯の恐怖をさらに倍化させていた。追い討ちを掛ける。特に婦女子に対して。
音源──それは、シンジの持つ剣であった。
その長い刀身を電動バイブのようにブルブル振るわせ、紅い三眼は鎮静の月の形に揃い、大口を開けていた。
生きていたのだ。
無論、念話(全チャネル)であるため、直接の発声はしていない。
ただ、グヘヘと涎を撒き散らしながら、赤く長い舌をベロンベロンさせたその姿は、かなりクルものがあった。
その名を、這い寄る混沌──
元々の名前は別にあったが、例の如く無駄に長いという理由で、シンジに改名させられた。
ただ、シンジはもっぱら「馬鹿剣」と呼んでいたが……実際、馬鹿だったし(笑)。
しかしこう見えても彼は、初号機や、かつてのこの星の創世神をも凌ぐ高位の神なのだ。…ま、穢れ神だが。
そう、この神剣……力はともかく、その内面に問題があり捲くったのだ。
一言で言えば、ド畜生。
かの某鬚男でさえも、裸足で逃げ出すほどの下衆。
外道の中の外道。
気を抜けば、主であるシンジさえも平気で喰らおうとする狂神(くるいがみ)。
マンイーター、そしてソウルイーター。
そして──無類の処女好き。
そんな穢れた一物をシンジは愛用していたのである。

「ひっ!!」

また別の少女の短い悲鳴が上がる。
シンジと至近距離で目が合い、改めて恐怖したのだ。
同じ紅眼ではあるが、よくよく見てみれば、違っていたのだ……虹彩とか瞳孔の造りとか色々な部分が。
まるでそれは、得体の知れない異種生物。
次いで、少年の右手にその目が釘付けになる。否応なしに。
その手が握る剣は、ある意味、少年以上に存在感を放っていたのだ。

「い、嫌あああ〜〜ッ!!」

魂を穢されるほどの嫌悪感に襲われた。
ビクンビクンと脈動するおぞましきその姿に、少女は怯えた。
生娘を前にして、捕食を待ちきれないとばかりに、その剣は変容を始めていたのだ。
すべてをむしゃぶり尽くさんと、その黒い刀身全体に勃起した男根のような触手を何本も生やし、準備万端で待っていた。

「ひぃーーーーッ!!」

恐怖で失禁したのだろう、黄色い液体が少女の服と下着を濡らしていた。
腰を抜かして、それでも這い蹲(つくば)って逃げようとするが……無情にも、少年は剣を構えた。

「や、やめ──」

止めろと言われて、止めるシンジではない。
たとえ相手が幼気な少女だろうと、何の遠慮もなかった──そう、それが敵ならば。

「ぎゃああああーーーーッ!!」

「「「「「!!!!!」」」」」

断末魔の絶叫に、傍観者もア然呆然。
ATフィールドという名のオブラートごと、少女のケツの穴に、無骨な黒いイチモツが突き刺されたのだ。
……もしかしたら別な穴だったかも知れないが(おい)。
結果、可憐な少女の口から真っ黒な剣の切っ先が突き出たその姿は、なかなかにシュールであった。
既に少女は事切れており、白目を剥き、涙を流し、口からは折れた歯と血糊を飛び散らせている。
かの串刺し公も真っ青な仕打ちだった。
しかし、シンジはその手を休めなかった。
捻じ込むように、傷を広げるように、グリグリと剣を掻き回した。
未だ少女のは、その肉体から離れてはいなかったから。

《うひょ〜〜〜♪》

穢れし剣も、歓喜していた。久方ぶりの生娘の味に。極上の舌触りに。

バキバキ、ムシャムシャ、ジュルンジュルン♪

少女の体の内部から、血肉そしてを喰らい始める。
喩えるなら、超強力な掃除機のノズルを突っ込まれてスイッチオン、無理やりの内部からの吸引だ。
最後にゴクンと腹の中へ送り込むと、胴回りが満足げに蠢く。
その場には……髪の毛一本残っていなかった。
そして、十一匹目。

「ラ、ラファエラ〜〜っ!!」

そして、次なる獲物となるのは、今まさに絶叫したこの少女。
膝上15センチほどのタイトなスカートを履いて、なかなかにセクシーな女の子である。

「い、嫌あああーーーッ!!」

やはりというか、シンジと目が合うなり、恐怖が全身を突き抜け、堪らず空中へと逃げ出した。
バサバサと必死に羽ばたいて、逃げる、逃げる、逃げ捲くる。
そして、積乱雲を突っ切り、成層圏に届こうかというとき、
突然、背後から肩を掴まれた。

「ひぃーーッ!!」

シンジだった。

《おっかわりー♪ ソ〜レ♪ おっかわりー♪》

横では、馬鹿剣がひどく待ちきれない様子で、少年の凶行を囃(はや)し立てていた。
無論、言われるまでもなく、少年は実行するつもりだ。
慌てず急がず、一匹一匹、ただ機械的に……殺すだけ。
その姿は、残った獲物たちをひどく戦慄させた。

バリッ!!
「ぴぎゃあああーーーーッ!!」

背中の羽根を掴むと、ATフィールドごと、力任せに毟(むし)り取る。
付け根から鮮血がドバドバと迸(ほとばし)った。
自慢の羽根を失い、前のめりに倒れ込む少女の躯。
そのまま墜落するかと思われたが──

「ぎゃッ!!」

その背中に、シンジが強烈なオーバーヘッドキックを振り下ろしたのだ。
情けの微塵もなかった。到底、人間のすることではなかった。……人間ではなかったが。
少女は、体を「く」の字に曲げて猛スピードで墜落する。既に意識はなかった。放っておいても、墜落死するのは間違いなかった。
が、これで終わりではなかったのだ。
──敵は徹底的に殲滅しなければならない。
──容赦などしてはならない。
それがこの少年、碇シンジの不動のポリシーであったのだから。
右の逆手が剣を翳し、そして振りかぶった次の瞬間、

ブンっ!!

墜落途中の獲物目掛けて投げ付けた。
それは、大気の壁を何重にも突き破って一直線。
そして、

「ぐぎゃああ〜〜〜っ!!」

それは、少女の断末魔。
見れば、少女の体に深々と剣が突き刺さっていた。
暫く失神していた彼女だが、それ以上の痛みで強引に覚醒させらたのだ。
辺り一帯には、年頃の少女とは思えない絶叫が、響き渡った。
そして生命の火がまた一つ消えた。
而して、剣はそんな彼女の骸を縫いつけたまま、地表に向って突進する。
そして、

ズシャッ!!

結果、剣は地上に墜落し、少女の亡骸は地表に縫い付けられる。
見れば何とも惨い、串刺し、百舌の早贄の図だった。
だが……ここから始まるのだ、悪夢が。

《ケケケケ〜〜♪》

待ってましたとばかりに、穢れし剣が不気味に笑った。魂が震え上がるほどの嫌悪感を乗せて。
そして──捕食が開始されたのだ。
今回は、じっくりと味わう気のようである。
結局、少女の亡骸は、着衣ごと内部に反転、捲(めく)れるように吸引されていった。
残ったのは、ただ一本の剣のみ。
寂しく大地に突き刺さっていた。
だが、

《うげーーーーッ!!》

突然、暗黒剣が絶叫した。
セクシーな生娘…だと思ったら、どうやらニューハーフだったらしい(汗)。覆水盆に返らず。
何はともあれ、これで十二匹目。

《どないやっちゅーねんッ!! おこるでしかしーーッ!!
あ、メガネ、メガネ……》

何やら意味不明な言葉を発し、馬鹿剣は何故かご立腹。
地表に突き刺さったまま、ブルンブルンと身をクネらせていた。
言外に、口直しをシンジに要求しているようである。
早い話が、もう一度生娘を喰わせろと。
だが、もう女はいなかった。
見渡せば……残りは全部オスだったのだから(笑)。





地表に突き刺さったままの馬鹿剣……ショック(?)で暫く呆けていた。
が、そこに一つの影が!
何者かが、剣の許へと駆け寄っていたのだ。
それは若い男だった。言わずもがな、例の使徒もどきの一人である。
そして、空に向って開口一番、

「ククク、ハハハ、ヒャーヒャッヒャッヒャッヒャーッ!! 馬鹿めーーッ!! 唯一の武器を手放すとは愚かモノがーーッ!! この剣さえなけりゃ、お前なんて、お前なんてーーッ!!」

ああ、もうどうにも止まらない。正しく馬鹿が馬鹿笑いの図。
だが、頭上のシンジは何も言わない。答えるてやる義務などないとばかりに押し黙ったまま。

「──フフフ、ロクスの仇だ……コレで貴様のトドメを刺してやろう」

ニヤリと厭らしく笑う。
なーにが、トドメを刺してやろう、だ!?
いつシンジがそこまで追い込まれた!?
日本語が全然なっていないではないか。
それについさっきまで、腰を抜かして無様に小便漏らしてピーピー泣いていたのは、どこの誰だ!?
呆れてモノも言えないとは、このことである。
果たして、筋肉達磨な風貌のその男、喜々として地面に突き刺さった黒剣に手を伸ばした。
ああ、やはり先程の槍の一件は覚えてはいないようだ。学習能力ゼロ、生来の知恵の実の欠落か。
そして柄を握った瞬間、

「っっ!? ほわたーーーッ!!」
《ほげぇ〜〜〜〜ッ!!》

同じ轍を踏んだ男の、それが断末魔。
ついでに、馬鹿剣も絶叫(笑)。

《……げぷ》

食後のおくびが剣から漏れた。
そうそう、食わず嫌いはよくないのだ……たとえ少々ションベン臭くとも(笑)。
そもそも、刀身だろうが柄だろうが、生命体が馬鹿剣に触れた時点でアウトなのだ。
無論、それはシンジでも例外ではなかった。
ただ彼の場合、同種の能力を持っていたため、互いに相殺されてセーフとなっていた。
そう、単にそれだけであったのだ。
果たして、あっという間に吸い尽くされ、男の体は一切が消えてなくなっていた。
馬鹿の末路であった。
因みに男の名前は、ブルーノ。あ、覚えなくても結構、今回限りのヤラレ役だし(笑)。
これにて、十三匹目。





ひーふーみー。
指折り数える。
やっぱ、一匹足りねぇ。
グルリと見回してみる。
…ふむ、見つけた。
ちょうどこの星の裏側、今は電離層あたりの高高度を、ソイツは東に高速移動していたりする。
なるほど、シンジがトカゲのシッポに構っていた隙に、我一人安全圏まで逃げたと。
なるほど、仲間を犠牲にしたって訳だ。
なるほど……なるほど……なるほど。
さてさて、どうするかなと、腕を組む。
勿論、実際にこの少年が本当にそう思っているかどうかなんてのは不明だ。だって、これはあくまでも推論。
で、少年といえば、別に追い掛けてもいいけど面倒臭い……そんな顔(あくまで推論、以下略)。
地球の裏側……何か物でも投げて撃墜しようか。
投げるもの、投げるものはと……キョロキョロと、地上を見渡す。
A地点──槍、何故か不貞腐れていた。使えそうにもない。
B地点──馬鹿剣、地面に刺さってウネウネしてた。微妙にダメっぽい。

「……」

しょうがないとばかりに、路傍の石を一つ拾う少年。
それは、どこにでも落ちていそうな、砂岩質の小さな石ころだった。重さは、僅か百グラムもないだろう。
それを掌の中でコロコロと転がす。
そしていきなり、質量・エネルギー等価原理を無視、いくつかの物理法則を書き換えながら、圧縮+αしてみる。

ジジジジ…

シンジの掌の上の小石が潰れ、眩いほどに発光を始めた次の瞬間──

バシュッ!!

直径1メートルほどの、黒い膜に包まれた青白い光弾が生まれた。まさに星の誕生。

ブーン

それは細かなパルスを繰り返し、風船のようにフワフワと少年の前に浮いていたが……実はソレ、母なる太陽よりも重いという、とんでもないシロモノであった。
ま、今はそのへんの影響の一切がうまく遮断されてはいたのだが…。
暫く近所を周遊していたが、突然、ソレが動きを見せる。
幾何学的な軌跡を描きながら、瞬く間に、水平線の彼方へと消えていったのだ。
例の逃亡者の追跡を開始したのである。それは恰も生き物のようであった。





さて、ここは地球の裏側。
あともう少しでゼーレ本部というところで、ここまで来れば大丈夫だろうと、男は少し安心して飛翔のスピードを緩めた。
何気に、後ろを振り返ると、

ブーーン

そこには着かず離れずの謎の追跡者がいたから、さあ大変。

「わわっ!!」

驚くも、

ジュッ!

発光体が接触した途端、男は瞬時に蒸発してしまった。悲鳴も上げる暇もなくだ。
因みにその男の名前は、ギルダス。別に覚えなくていい。ただのモブキャラだから。
これで、十四匹目。
余談となるが、そのエネルギー弾は、その逃亡者を殲滅した後、大気圏を突き抜けて宇宙へと出る。
その後、方々を彷徨い、太陽系外に出たところで黒い保護膜が破れ、熱核融合を開始、さらに加速して移動を続け、およそ100万年を掛けて合計69もの星域を呑み込み、あくなき成長を続けた後に、漸く消滅したという。
いやはや、何とも傍迷惑な一撃であった。





「うわあああーーーッ!!」

突然、最後の十五匹目の獲物が悲鳴を上げて逃げ出した。
脱兎の如く、一心不乱に、目水鼻水口水垂れ流しながら、死ぬのは嫌だと。何とも無様。
体は使徒でも、その心は脆弱な人間のまま。どうやら彼にとって、生と死は等価値ではなかったようである。
だが、シンジがそれをみすみす見逃すハズもない。
仮にも相手は、彼の大事なヒトに危害を加えた輩、その一人なのだから。

「ッ!」

男は咄嗟にディラックの海を展開して、そこに逃げ込んだ。
が、シンジは慌てない。
この世に、彼の力の及ばぬ場所などありはしないのだ。
それが、たとえ銀河の果てだろうが、負のエネルギーに満ちた世界だろうが、例外ではなかった。
真横に黒い小さなゲートを生成すると、シンジはそこに右手をズブッと突っ込んだ。そしてグリグリとまさぐる。
暫くして、何かの手応えを感じ、ニヤリ。

ズボッ!!

無造作に何かを引きずり出した。
それは、頭を鷲掴みにされた、目水鼻水口水はおろか糞尿までも垂れ流している、先程の男の成れの果て、惨めな姿だった。

「ひ、ひぃ〜〜ッ!!」

無様な悲鳴。顔は完全に引き攣り、怯え、泣いていた。

「お、おおお、お助けぇ〜〜ッ!!」

手をすり合わせて必死の懇願。
だが無視。泣き叫ぶその口の中に、穢れし右拳を鉛直に突き刺した。
そして吸引開始。

「ぐおえッ!?」

そう、それは例の馬鹿剣と同じ、いやそれ以上の能力だ。
男の体が、急速に萎(しぼ)んでいく。
触れたものが、有機物・無機物の種類を問わず、たとえ生物であっても、まるで水圧に潰されるドラム缶のようにボコボコと凹んでいった。
内部から血肉を根こそぎ吸い取られているのだ。
喩えるなら、脂肪吸引器のバキュームがそれ。
シンジの体内で、分解・吸収が急速に進行していく。
だが、されたほうは堪らない。それは地獄の苦しみだった。
しかもまでもが分解・吸収されるので、もはや転生は無理。この世からの完全な消失なのだ。

「〜〜〜〜ッ!!」

最期の声なき断末魔を上げたその男の名は、ウォルフガング。享年、弱冠15歳。
かつて666シリーズ第一世代の傑作とまで称された逸材、その末路がコレ。
ま、今さらどうでもいいことではあるが…。
これで十五匹目──そして残るは、ラスボス、ハード・ゲイただ一匹。





「!!! まさか【】を取り込んでいるのッ!?」

気丈なカンナも、これにはかなり驚いていた。
だってそれは、この宇宙では「禁忌」とされていた最たるモノだから。
たとえ高位の神と雖も、絶対にやってはいけない、許されない行為。
第一、それに近いことをやったから、自分の父親は弾劾されたのである。
だが、それを平気でやるあの少年はいったい…。
急に恐ろしくなった。
もう、わけがわからない。
これはもう些細なイレギュラーどころではなかった。
その美しい顔から、汗がしとどに流れた。
彼女の後ろで、他のメンツなどは、ガタガタと震えていた。
とても一般の婦女子が見るに堪えられる映像ではなかったのだ。まさしくスプラッタ。
マヤなんか、口許を両手で押さえて、その場に蹲っている。
それは、百年の恋も一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃──





「……悪夢だ……」

ここは地上。
こちらも信じられないという光景を目の当たりにして、銀髪の少年は一人呆然としていた。
エドワード、アンジェラ、コンラド、ジークフリード、エテルドレダ、カシミロ、ヒルデガルト、バルトロメオ、ジル、イシドロ、ラファエラ、ロクス、ブルーノ、ギルダス、そしてウォルフガング……。
666シリーズ、栄えある聖人の名を冠する第一世代の全員が、ものの数分で全滅させられたのだ。
日頃、やろうと思えば15人で世界征服さえ不可能ではない、と自負していた彼らが、よもやたった一人の少年の前に敗北したのである。それも完膚なきほどまでにだ。
旗色は悪い。いや最悪と言えた。
しかしこの期に及んでも、バカヲルの瞳に諦めの色はなかった。

「フフフ……まさか、この僕の出番があるとはね」

しかし、それは強がり。声が震えていた。
必死に自分を騙し、奮い立たせ、怯えを武者震いに誤魔化していた。
だってその心の中では、大丈夫、俺は大丈夫と、念仏のように繰り返していたのだから。

「……しかし、とんだ食わせ者だったよ」

程度の違いこそあれ、ある意味、ゼーレの老人たちの危惧は正しかったと言える。
由来こそわからないが、サード・チルドレンは自分たちと同じ「使徒」と「人間」のハイブリッド(混血)なのだろう。
確かに……アイツは強い。それは認めよう。あの15人が赤子も同然だったのだ。

「だが、負ける気など更々しない!」

そう自分で自分に言い聞かせる。
まだ切り札があるのだ。それに自分は強い。あの出来損ないの15人とは違う。

「さて、どうしたものか」

少し震えながら、考える。
無論、碇シンジという少年は殺す。この当初目標に変更はない。多少、梃子摺(てこず)るかも知れないだろうが……問題ない。
だが、ただ殺すだけでは、どうにも収まりがつかない。
傷付けられたプライドは百倍返し。それが自分のモットーなのだ。

(……ん?)

不意に、バカヲルの視界の端に何かが映った。
細まる視線の先、そこには、綾波レイ(とその愉快な仲間たち)がいた。

(………………………………ニヤリ)

口許が愉悦に歪む。

「決めた……アイツを嬲り殺す前に、見せしめにあの女を血祭りにしてやろう」

それは、外道の思いつく常套手段、その典型。
最初の邂逅からの一連の仕草を思い返してみて、まず間違いないと確信した。
サード・チルドレン碇シンジ────コイツは、自分の痛みには耐えられても他人の痛みには耐えられない、そんなタイプだと。

〔注:勘違いです〕

愉快極まりなかった。
自分たちとは同族、崇高なる「使徒」のくせに、今も人間っぽい柵(しがらみ)に囚われているのだから。

〔注:だから勘違いです〕

それこそ、ヤツが自分よりも劣っているという何よりの証拠ではないか。
だが、今はそれが幸いとも言える。

「ならば」

遠慮なく、その弱点を突かせて貰うまで。
何より、この女を失ったときのヤツの顔を見てみたい。
嘆き悲しみ、そして絶望一色に染まったその表情は、さぞ心地よいものだろう。
考えたら、ゾクゾクして仕方がなかった。

ギュン!!

バンと地を蹴り、上空目掛けてロケット・ダッシュ。
翼こそないが、ATフィールドが重力を遮断し、爆発的な推進力を発揮していた。
目指すは、群れ成す生贄たちの祭壇、地上百メートル。

「後悔するがいいさ!」

白髪の少年を遥か視界の端に捉えながら、バカヲルは狂喜した。

(ヤツは今、ウォルフガングの野郎を倒したばかりで油断している。
それにだ、今さら気付いたってもう遅い。
位置的にこちらのほうが断然近いからね。
如何にヤツが速かろうと、5秒の差で僕の勝ちだ!)

「クハハハハハーー!!」

笑いが止まらなかった。

──だが、本当にそうなのか?
──そのような姦計が、果たして通じるのか?

相手は、あの碇シンジ、その人であるのだ。
最悪の中の最悪。異常の中の異常。理不尽の中の理不尽。バケモノの中のバケモノ。
時空さえも力で捻じ伏せる存在。それが今のシンジなのだ。
レイに迫るバカヲルの姿を見ても、まったく動揺をしていないことが、何よりの証左。
そう──彼はもう金輪際、油断などしてはいなかった。
すべては想定済み。釈迦の掌の上の事象の如し。
ただバカヲルは、相変わらず相手の力量を把握すら出来ないでいたのであるが…。


「!? 何あれっ!?」
「「「え?」」」

ヒカリの声で皆がそれを視認したとき、

「遅い!」

既に狩猟者は目の前に迫っていた。
そして空中で、何やらクネクネと妙なポーズを取り始める。

「俺のこの手が真っ赤に萌えるーーッ!!」

そのトンチンカンな口上に合わせて、掲げた少年の右手がブンと光り輝く。
さらに、また変なポーズ。

「勝利を掴めと轟き叫ぶーーッ!! 死ねぇーーッ!! 爆熱ーーッ!! ゴッ(以下略)」

そして、禍々しきオーラを纏った凶爪がレイの顔面へと襲い掛かった。

「ま、間に合わ──」

不意を突かれたため、さすがのレイも防御が追いつかない。
そして肝心の頼みのシンジは、未だ遥か彼方。
誰もが駄目だと思った瞬間、

バチィーーーッ!!

何かがその一撃を阻んだ。

「!!! 馬鹿な……馬鹿なーーッ!!」

バカヲルはその目を大きく見開き、驚愕していた。
少女たちも、恐る恐る薄目を開けて状況を確認し始める。

「「「「「!!!」」」」」

そこには、目の前には……どこかで見たような一羽の猛禽がいた。

「AT…フィールド!?」

そしてレイも驚く。
少年と猛禽との間には、紅蓮に輝く八角形の壁が存在していたのだから。
無論、自分のではない。
目の前の猛禽が、その翼を羽ばたかせるでもなく空中に静止し、ハッキリと視認出来るほどの強力なATフィールドを展開していたのだ。

「こ、こここ、このコケコッコ風情がーーッ!! この僕を舐めるんじゃなーーいッ!!」

激高した少年の姿が変容し始める。やおら異様な巨大生物の姿へと。
これこそ彼の隠し玉、とっておきの実力、過信の源であるのだ。
他の666シリーズ第一世代の面々とは一線を画した変身能力、隠していた真の実力。
体高は優に百メートル超、円らな瞳、寸胴なボディー、二頭身、胸部に埋め込まれ半露出した赤いコアを除けばまんまカバ、しかもピンク色、メルヘンの世界、思わずシルクハットを被せたくなる、北欧の珍獣、正しくお笑い三等兵。
そのあまりに恥ずかしい外見から、本人が(人前では)極力封印していた能力…。
だが、その力だけは紛れもなき本物だった。
前史での使徒なら、一度にその全部を相手にしても、引けを取らない実力。戦闘力900強。
そのS2器官は、優にインパクト級のエネルギーを内包していたのだから。
本人が天狗になるのも無理はなかった。
……まぁそれでも、某少年にとっては、ミジンコ同然であったらしいが。

《クハハハハーーッ! それそれそれ、それぇーーッ♪》

巨獣の念話の声が、相手を酷く嬲(なぶ)る。
その奇怪な巨大生物の爪が次第に壁に食い込み、ジワジワと破ろうとしていた。
だがしかし、

「きゅいきゅいーーッ!!」

《何ぃいいいーーッ!?》
「「「「「!!!」」」」」

驚きはなおも止まらなかった。
今度は、猛禽の姿が変わり出す。
能ある鷹が爪を現し始めた。
それは擬態の解除。
空間が大きく歪曲する。
周りの景色をゴッソリと巻き込んで、その正体を出現させる。
現われたのは、地獄の悪鬼……紫の巨人。

「グルルオォーーーーン!!」

一度目の雄叫びが大気を切り裂き、ビリビリとした振動が肌を刺す。
それは歓びの咆哮。

「「しょしょしょしょ、初号機ぃ〜〜!?」」

マヤとカエデはぶったまげ、目を白黒させる。
そう、二人の目の前に現れたものそれは、──今は傷つき、ネルフの地下深くで収容・修理されているハズの、汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン初号機、その姿であったのだから。

ガッ!!

そして振り向きざま、力比べをするように、ガシッと両手を組む。そして、その凶悪な目で獲物を威嚇する。

《ぐぅ〜〜、何故だ!? 何でエヴァが、初号機がここにッ!?》

と、ムーミンピンクの珍獣ことバカヲルは、半ばパニック気味。
イレギュラーにも程があったのだ。

《く、くそったれがーーッ!!》

疑問は後回しにと、己も全力を振り絞る。

ググググ

○ーミンVS羅刹鬼。草食獣VS肉食獣。
両者の二の腕の筋肉が限界まで膨れ上がる。それは純粋な力比べ。拮抗するパワーとパワー。見た目は互角……だが、

「グルルオォーーーーン!!」

初号機の二度目の咆哮。
そう、まだ終わりではなかったのだ。
見る見る内に、一万二千枚もの特殊装甲が腐食した金属のようにバキバキと剥がれ落ちていった。更なる変容を始めたのだ。

《嘘だーーッ!!》

鼻水垂らして、バカヲル絶叫。

「ゴジ○!? いえッ、これって……これって ──ド、ドラゴンっ!?」

ギャラリー陣も目を瞠った。
漆黒のボディー、二周りは巨大な体躯、鋭い眼光、凶悪な口から互い違いに突き出した鋭利な牙、凶悪なる鉤爪、凸凹した体表、背には巨大なコウモリの翼と尾、──そしてその額にはシンジと同じく赤い三つの眼……とりわけ神格の証たる第三の眼が一際輝いていた。
すべての装甲、いや拘束具を解かれた初号機の姿が、そこにはあった。
まさに、漆黒の竜──ブラック・リヴァイアサン。
そう、これこそが拘束を解かれたルシファー級としての、初号機の真の姿であったのだ。
もはや出し惜しみなどしなかった。

「グルルルルル〜〜」

初号機……いや、ルシファーの獣のような唸り声が響く。

メキ、メキメキ──
《ぐ…あ…あ……》

ムー○ントロールの顔が苦痛に歪み、青ざめる。そして、

バキーーッ!!
《ふんぎゃあああ〜〜〜ッ!!》


珍獣の短い指が圧し折られ、砕けた基節骨・中節骨・末節骨が外皮を突き破り、無残に露出する。
そのあまりの痛みに仰け反り、強引に離脱しようとするが、ルシファーがしっかと離さない。

《馬鹿なバカなぶぁかなーーッ!! この僕が!! 俺が!! 高がエヴァなんぞにーーッ!!》

エヴァに変身能力はないハズ。
バカヲル、もはや余裕の欠片もなかった。

「グルルオォーーーーン!!」

そして第三の雄叫び。
ルシファーはいつになく歓喜していた。
いつもは薄暗い地下でおるすばん。
いつもいつも退屈な日々。
しかし、ついに待ちに待った日がやって来た。
はじめてのおつかい。
はじめてのかくせい。
そして、はじめてのごはん。
うれしー! さいこー! マンセー! きゅいきゅい!
漆黒の竜は大口を開け、獲物の左肩にかぶりついた。

《ぴぎゃああああ〜〜〜ッ!!》

獲物は絶叫し、ブシューッと鮮血を飛び散らせるが、ルシファーは構わずその鋭利な牙を深々と突き立て、ピンクの肉ごと食い千切った。
そして、咀嚼もそこそこにゴクンと呑み込む。
極悪な面構えながら、何やら喉を鳴らせてニタァ〜とした満足そうな笑顔を見せる。
そして「おかわり」とばかりに、再び真っ赤な大口を獲物に向けた。
プシャーと大口を開けて、涎と血の糸を無数に引かせて。

《ひ、ひぃーーーーッ!!》

バカヲルは恐怖で絶叫した。
思わず目を瞑る。
が、何も起こらない。
恐る恐る薄目を開けてみれば、ルシファーの動きが止まっていた。

《……な、何だ!? 何だってんだッ!?》

半ベソを掻きながら、珍獣は辺りの様子を伺うと、

《わッ!?》

そう、直ぐ後ろに白髪の少年が立っていたのだ。無論、そこは空中。
彼は、腕を組んで、ジッとこちらを見物していたのだ。

《!!!》

珍獣は目を瞠る。
突然、初号機(ルシファー)がその少年の前に頭を垂れ、厳かに片膝を着いたのである。
自分を無視して、
自分などアウトオブ眼中な態度で、
自分を圧倒したその初号機が、
今は目の前の少年に礼を尽くしているのだ。
自分たちに比べたら、米粒ほどの……この矮小な存在にだ!!

(ブチッ!!)

キレた。
この屈辱的なシチュエーションが、銀髪少年の消え掛かっていたプライドに、再び火を着けた。

《舐めるんじゃない貴様ぁーーッ!! 虫けらの分際でーーッ!! この僕を!! この俺を!! 馬鹿にするなーーッ!!!!》

バキーーッ!!

バカヲルは、反射的に持てる渾身の裏拳を背後のシンジに食らわせた。
いくらお笑い珍獣と雖もこの体格差である。例えるなら蟻(シンジ)と象(バカヲル)。到底無事とは思えなかった。…まぁ、普通なら。
果たして、無残に吹き飛ばされた──と思いきや、シンジは無傷でそこにいた。
馬鹿の一撃をその全身に受けたまま。何の防御もなしに。慣性の法則を無視して。不敵な表情で。
そう、悠然と宙に浮いて、立っていたのだ。
逆にバカヲルの手の甲が痛々しく陥没していた。

《ぐああああーーッ!! な、何だってんだッ!? 何だってんだよコイツはーッ!? コイツらはーーーッ!!!!》

ピンクの珍獣は、凹んだ右手を抱え、パニくった。
シンジは静かに微笑む。

コイツは赦さない。
綾波に危害を及ぼそうとした。
それだけで万死、いや「極」死に値する。
それに、このままルシファーに喰わせては、までもが消化・消失されてしまう。
馬鹿剣は言わずもがな。
それでは、些かツマラナイ。ナマヌルイ。
ならば、牛や鬚と同じ終末……の牢獄へと案内するまで……ヤツにはその場所こそが相応しい。
そうだ……永遠に、永遠に苦しめ。

判決は下った。それは、恣意的、一方的、自己中心的に。
そして即、死刑執行のサイン。

フッ──
《んなっ!?》

いきなり少年の姿が消え、珍獣はその巨体を翻して慌てる。
だがしかし、ゾクリとした背筋の悪寒に背後を振り返ると、

《ヒぃーーッ!!》

思わず悲鳴を漏らしたバカヲルが見上げた視線の先にあったものそれは……両の手を組み上げ、今まさにそれを頭上から振り下ろさんとしているシンジの姿であった。その顔は薄く笑っていた。

《は、はわわわわーー!!》

無様にわたわたと慌て捲くる。
咄嗟に、この日一番の強力なATフィールドを張るも、シンジの渾身の握りこぶしが壁ごと突き破り、バカヲルの脳天に叩き込まれた。
それは、一切の小細工なしの一撃だった。

バキャッ!!
《ぎゃふーーッ!!》

ズゴォーーン!!!!

大轟音と共に土煙が捲き起こる。
一撃でバラバラに砕かれた珍獣の巨体は熟れた果実のような真っ赤な肉片の雫と化すや、凄まじい勢いで眼下の地上に降り注ぎ、叩き付けられた。
そして、そのまま地殻を突き破り、ちょうどホモモホロビチッチ不連続面(通称、モホ面)辺りに到達したところで、巨大な十字架の火柱を次々に起こして消滅した。因みには回収・送致済み。
ハード・ゲイ、ここに眠る。フォーー♪





「……何よこれ」
「……」

カエデの呟きに答える者はいない。
皆、青ざめ絶句していた。
まるで悪夢でも見たかのように…。

「……碇…クン……」

ざわめく感情を胸に、レイは少年をジッと見ていた。





そして、静寂が訪れた。
再び日常へと戻った世界…。
すべてが終わったその場所で、一人ポツンと佇む少年。
どこか寂しそうに天を見上げるも、
空はどこまでも遠く、そして青かった──



To be continued...


(あとがき)

か、かい〜〜!!
背中が、体中が、かい〜〜の!!
この手のお約束な展開は、スパシン王道(?)とはいえ、苦手です。
今さらながら、やっちゃったー、失敗したなーと思う今日この頃です……もう手遅れですが(汗)。
旅の恥は掻き捨て……このまま突っ走ります。
しかし……何か、殺しまくりですな(汗)。
だからといって、この作者、人間的に問題があるんじゃ……なんて勘ぐらないで下さいね。
至って普通ですから……………………たぶん(汗)。
ストーリー上、必要な描写だったと、そう思って頂ければ幸いですが……やっぱ無理かなぁ(汗)。
あと、書き終わった後に言うのもなんですが、端折るところを端折らないと、一向に話が進まねぇー!(魂の叫び)
読まれるほうもきっと辛いでしょうね……だってクドいし。東シナ海より深く反省です。
でもでも、次の執筆に取り掛かる頃には、綺麗さっぱり忘れてるんですよねー(汗)。
それが、ながちゃんクオリティ。
この期に及んで言うのもなんですが…………捌かれる世界、面白いですか?(爆)
さてさて、この日の物語は、まだ続きますよ〜(たぶん、あと一話くらいか)。
次回もサービスサービスぅ〜♪
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