捌かれる世界

第十七話 あやなみれい(前編)

presented by ながちゃん


〜これまでのあらすじ〜
少女を救うため、一人の少年が地上に降り立った。
「綾波は僕が守るっ! この命に代えてもっ!」
「碇クン!」
だが、そこに現れる別の影。
「させるかっ! それは俺の役回りだっ!」
「邪魔をするのかダッシュ!」
「力がないのが悔しかった! 俺はこの参号機ですべてをなぎ払うっ!」
「ダッシュ、キミが立ちはだかるのなら僕は──」
「アンタは一体何なんだーーッ!」
「ダメーーッ! シンジはアタシのものなのーーッ!」
そこで、はっちゃけユイさんご乱入〜♪(笑)
さてさて、どうなるこの顛末ぅ!
待て次号〜!
……冗談ですよ?(滝汗)





〜???〜
「俄(にわ)かには信じられん話だな」

吐き捨てるように一人が唸った。
真っ暗な部屋の中、12枚の石板が対峙するように浮いており、ピリピリとした空気が、辺りを漂っている。

「今もって詳細は不明だ。 衛星中継が途切れて以降、何度呼びかけても連中からの連絡が一切ない」
「単に遊び惚けているという可能性はないかね?」
「いや、それはない。 マーカー自体が消えているからな。 信号が遮断されている場所にいるか……若しくは死んでおるかだ」
「!!! 返り討ちに遭ったとでもいうのかねッ!?」

一人が信じられないという声を上げた。

「ありえん……ありえんよ。 どうやったら殺せるというのだ!? あの連中を!? N2の対爆実験にも耐えたバケモノ共なんだぞ!?」

困惑、そして焦燥。
そんな中、一人の若い番号のモノリスが、口を開けた。

「キールよ、この事態をどう考える?」

それはある意味、この一連のミッションの発案者としての責任を問う声でもあった。
だが、

「……貴公の意見を聞こう」

キールと呼ばれたモノリスは、そう苦々しく返すのがやっとであった。
その切り返しに、しかし質問者はムッとするも、直ぐに表情を戻す。

「さすがに死んだと考えるべきだろう。 だが戦死かどうかはわからん。 初の実戦に体が耐えられなかったか、或いは調整失敗という可能性もある……が、結論を出すには早計だな。 如何せん、情報が不足し過ぎておる」

キールは黙って聞いていた。何を考えているのかは、わからない。
耳鳴りがするほどの間。
その静寂を破ったのは、また別の男の声だった。

「……槍のコピーはどうなった?」
「それも不明だ。 今、調査隊を現地に急行させているところだ。 直に報告があろう」
「散逸してしまうとは、何たる失態! 万が一、ネルフ共にでも回収されたらコトだぞ!」
「わかっている」

さらなる追求の声に、キールは煩いとばかりに鼻白む。
そんなことは、言われるまでもなく承知しているのだ。

「預言書にもないイレギュラーなモノに頼るから、このようなことになるのだ!」
「今さらそれを言っても仕方があるまい」

議論は紛糾し、果ては感情論までもが飛び交う始末。

「そもそも、肝心要のサード・チルドレンはどうなったのだ? 仕留めたのかね?」
「……わからん」
「フン、わからんわからんわからん、か……まったくもってお粗末だな」

一人が皮肉げにぼやく。

「……サードの消息については、至急確認させる」
「確認? それは死体が残っていれば、の話だよ。 万が一あの状況で生き延びておったなら、それこそバケモノだ」
「そのときは、正真正銘の、第一級の障害と認識するしかあるまい」
「兎も角、まだまだ議論の余地があることは確かだ。 現時点では、あまりにも不明事項が多すぎるよ」
「だが収穫はあった」
「……ファースト・チルドレン、綾波レイのことだな」
「うむ、これでヤツの、碇めの叛意は明らかだ」

そして議論は一点に収束する。

「ああ……解任……処刑理由としては十分だ」





〜第三新東京市、某所〜

「ちょ、ミサトさぁ〜〜ん、ここって女性専用車両ですよ〜〜!?」

少年は困惑顔だった。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。 それにダッちゃんてば女顔だしぃー。 ほらほらー♪」
「そ、そんな〜〜(泣)」

必死に抵抗を見せる少年の右手を掴んで、女は構わず前へと進み出た。
心なしか、周りの女性たちの視線が痛い。
──ここは第三新東京市の郊外にあるJRの某駅、そのプラットホーム。
そこにミサトとダッシュはいた。
先刻まで市内中の不動産屋巡りをしていたのだが、さすがに「定職なし」「カネなし」「信用なし」の三拍子揃っては如何ともし難く、成果は芳しくなかったようである。
そんな中、盗んだ拝借したクルマもぶつけて壊れたため、アッサリその場に乗り捨て、近くの駅に駆け込んだ次第である。

「お、空いてるじゃん! ヨッシャーーッ!」

威勢の良い掛け声と共に、ミサトはロケット・ダッシュをかました。
夕方のラッシュにはやや早い時間ながら、既に満員御礼気味な環状内回り線の普通電車、その中ほどの車両にグレーなシートに空席を見つけ、ドアが開くや否や、

「きゃっ!?」
「痛ッ!?」
「何なのよもう〜〜!!」

降りる客の悲鳴や迷惑なぞ何のその、我先に中央を掻き分けて強引に乗り込み、速攻で陣取った。
結果、先に腰を下ろそうとしていた老婆が、イス盗りゲームよろしく、ミサトの尻で弾き飛ばされた。合掌。

ガタンゴトン、ガタンゴトン──

「馬鹿ねぇ〜、そんなんじゃ、この世知辛い世の中なんて、生きていけないわよ?」
「す、すみません……でもやっぱり、お年寄りは労わらないと…」

目の前の吊革に掴まりながら、取り合えず少年は謝った。相変わらずの内罰、自虐ぶりだ。
呆れているミサトの隣には、今しがた彼女が吹っ飛ばしたハズの齢九十ほどの老婆が、ありがたやありがたやと、手をすり合わせて少年のことを生き神様のように拝んでいたりする。
そう。ダッシュは、尻餅を搗いていた老婆の手を取り、自分の席を譲ってあげたのだ。
腐っても、碇シンジということか…。

「はぁ……ま、いいけどね。 でも、電車なんていつ以来かしら〜?」

足を組み、腕を左右に目一杯伸ばして寛ぐ。

「それで、これからどうするんですか? 連帯保証人のあてもないんじゃ、さすがに頭金くらいはないと、部屋は借りられないと思うんですが?」
「ま、何とかなるっしょ」
「何とかなるって…(汗)」

あくまでミサトは楽天的だったが、ダッシュは心配でならない。

「あ、そうだ♪ じゃあ、次の駅で別行動というのはどうかしら〜?」
「え? 別行動、ですか?」
「そ♪ アタシは預金を下ろしてくるから、その間にアンタは適当な物件を押さえておくこと。 いい?」

いいも何も……この女、厄介ごとを丸投げしやがった。
一介の中学生に、何を望むというのだ?
そもそも、既にもう預金なんて代物はなかったハズである。どうする気なのか?

「で、でも──」

不安一杯、心細さ一杯の少年だが、そんな事情は無視され、話は勝手に進む。

「待ち合わせ時間は夕方五時、場所は第三の駅前ロータリー広場、いい?」
「……あ、はい」

有無を言わせない剣幕に、少年はガクリと折れた。

ガザゴソ、ガザゴソ──

突然のミサトの行動に、ダッシュの目は点になる。
スーパーの袋から、何やら取り出したのだ。

何というか、それは……お刺身の盛り合わせのパックだった。

貼られた「3パック千円」のお買い得シールが、その強烈な存在を自己主張している。
どうやら駅に向う途中で買い込んだものらしい。
そしてミサトは、周りの迷惑を顧みず、ニコニコしながらラップを剥ぎ、ワサビを捻り出し、添付の醤油を垂らした。
プ〜ンと車両中に漂う生臭さが、何とも言えず。

「っただきま〜〜す♪」

クドイようだが、ここは沢山のOLや主婦、女学生たちでごった返していた電車の中、公共の場所である。
当たり前ながら、周囲の痛い視線がたった一人へと集まる。
だが、当人は気にしない。箸とビールが軽快に進んでいた。一度その頭をかち割って中身を見てみたい。

「パクパク、ムシャムシャ、グビグビ、プハァ〜〜〜
「ミ、ミサトさん! マズイですよぉ〜〜!(汗)」

さすがの少年も、顔を引き攣らせていた。

「ん? あによ? 代金なら、ちゃんと払ったわよ? 不本意だったけど」

そーゆー問題じゃない。

「(そうじゃなくて、マズイですって! こんなトコで食べるの〜!)」

周りを気にしながら、小声でそっと耳打ちするが、

「は? 何言ってんのよ? 電車の中で食べんのは、当たり前のことじゃない!」

可笑しなこと言うのね、という顔をされた。

「あ、当たり前って……(汗)」
「冷凍ミカンとか食べたことない? 駅弁を食べてる人、見たことない?」
「……」

そりゃ旅行者の話だ。通勤電車でやる馬鹿はいない。しかも刺身なんてものは。
お前の常識は、世間の非常識なのだ。





〜第三新東京市・郊外、シンジ邸〜

「さぁさぁ、皆さん──お茶の用意が出来ましたよ〜」

カチャカチャという音と共に、妙齢の女性がティーセットを持ってリビングへと現れた。
品のよいマイセンのポットからは、白い湯気とダージリンの香りが立ち上っている。

「あれ、三木屋の栗羊羹じゃないですか! 私、これ好きなんですよ〜」

お茶請けを見て、カエデちゃんがはしゃぐ。

「ふふふ、私も甘い物には目がないんですよ」

コポコポとお茶を淹れながら、和服を着た女の人がにこやかに微笑む。
笑顔が魅力的な、素敵な大人の女性だ。大和撫子とはこういった人のことを言うのだろう。
言うまでもなく、ここはシンジ君のおうちだ。
普通なら、

「申し訳ない、お客様にこんなことまでさせて」

とか、

「良いんですよ、私が好きでやったことですから」

とかいった会話が成り立つハズなんだけど…、
ここの家主、肝心のシンジ君はというと……部屋の隅、一人で塞ぎ込んでいたわけで(汗)。
耳を澄ませば、今もあーだこーだとブツブツ言っている。
顔色は心持ち悪い。
ときたま頭を抱えて、唸っている。
彼の場所だけ、どんよりと影が差していた。
……まぁ、わからなくもないけど。

「伊吹さん、だったかしら? 貴女もどうぞ」
「あ、はい。 頂きますぅ」

勧められて、私はカップに口をつける。
あ、美味しい。
先輩の影響でコーヒーばかりの毎日だったけれど、たまには紅茶もいいなと思った。
広いリビング。皆それぞれが寛いでいた。
レイちゃんはいないけど、それ以外の全員が揃っていた。
あと…

「だぁ、だぁ〜♪」
「ん〜? どうちたんでちゅか〜? ママのおっぱいが欲しいんでちゅか〜?」
「きゃぁう〜♪」

すぐ隣では、洞木さんが一人の赤ん坊を膝に抱いてあやしていた。
う〜ん、でも何だかとても様になっているわ〜。
こんな表情も出来るのね……とても…とても優しそうな柔らかい笑顔だわ、洞木さん。
赤ちゃんも機嫌が良いみたいで、ペチペチと彼女の頬を叩く。きっと自分の本当のお母さんだと思っているのね。
洞木さんも洞木さんで満更ではなさそうだし……きっと彼女ならいいお母さんになるわ。
あ、黒猫が急にソワソワし始めた。え?洞木さんに威嚇?……嫉妬、なのかしら?(汗)
そんな中、

「あらあら……ヒカリも、いつお母さんになっても大丈夫ねぇ♪」
「!!! も、もう〜〜!(////)」

からかう女性に、照れる少女。
さて、先ほどから違和感なく皆と会話するこの女性は、一体何者なのか?
そしてこの赤ん坊も。
少なくともつい一時間前までは、私は面識がなかったのだから。
そして、何故シンジ君がこんなにも鬱状態になっちゃっているのか?
それを考えると、また頭を抱えてしまう。
今日は色んなことがありすぎて、とてもじゃないけど頭がついていけないのよね…。
今夜なんかきっと、知恵熱でも出して寝込みそう。いえきっと。ついでに皺も増えそうな気がする。
頭の中を少しでも整理、最適化するために、あれからあったことを振り返ってみよう。
えーと、確か──





〜遡ること今から二時間ほど前、ネルフ本部・ターミナルドグマ〜

《──繰り返し、臨時ニュースをお伝えします。 本日午後三時半過ぎ、山梨県○△市の富士Pハイランドにて謎の爆発が発生しました。 死傷者は数百名に上ると見られ、目下、消防と警察による懸命な救助作業が行われている模様。 なお、生存者の証言によれば、大勢の人間が空を飛んでいた、怪獣が出た、等との目撃情報もあり、今回の爆発の原因についての何らかの関連があるとして、当局も注目、事件・事故の両面から慎重な調査を開始し──プツン》

「ふぅ…」

私は携帯テレビのスイッチを切ると、溜息を吐いた。
ここはネルフ本部、私の職場、その最奥たるターミナル・ドグマ。
禁断の地にも拘わらず、テレビ放送の地上波が届いているのは、ここの七不思議の一つだ。

ピコピコピコ

私の直ぐ目の前を、シンジ君……碇シンジという名前の黒髪の少年が、黙々と歩いている。
足音が妙なのは、気にしちゃ負けだと思う。
そして、別に言われた訳でもないけど、私たちも彼の後に付き従っているわけで…。

「はぁ…」

もう一度、嘆息する。
あれから……あの地上の惨劇から、その後どうしたかといえば、
気づけば、いきなりネルフの中にいたのである。
無論、漏れなく全員が。
これって、俗に言う瞬間移動、なのかなぁ?
まぁ、今さらこれ位のことで驚いたりはしないけどね。
……あれ程のものを見せられたわけだし……適応というよりは、案外、感覚が麻痺しちゃっているのかも知れない。
でもどうせなら、最終目的地まで一気に到着させてくれれば、今こんなふうに歩かなくても済んだのでは、と思ったりもしないでもない。
そう言えば、カエデちゃんやレイちゃんは兎も角、洞木さんと月野さんの二人もいるのよねぇ……良いのかなぁ……ネルフに無関係の民間人がこんなトコにいて?(汗)
万が一見つかったりでもしたら、きっとタダでは済まないんでしょうけど……はぁ、でもそれも何だか些細なことのような気がするのよねぇ……これも、麻痺なのかしら?(汗)
それに、何だか変。
ここが最重要機密のエリアだとしても、この十数分間、職員の誰一人としてすれ違わなかったのは、幾ら何でもおかしい。
近くで人の気配はするんだけど……姿は一切見えない。向こうも気づかない。
まるで、何か見えない力が働いて、周りが私たちを忌避しているみたいな……そんな感じ?

「はぁ…」

今日何度目の溜息だろうか。
ふと周りを窺ってみた。
カエデちゃんなんて、私と同じでこんな所は初めてだから、妙にオドオド、緊張してるわね。
今の私たちのIDじゃ、単独じゃ入れないエリアだもん、仕方がないか。
レイちゃんは、ずっと押し黙ったままだけど、どうもここの土地勘があるみたいね……ま、多分だけど。
しっかし、シンジ君の後ろにピッタリとくっついちゃってまぁ……フフフ、何だか見ていて微笑ましいのよねぇ〜。
何ていうか、う〜ん…………そうッ!
──親鳥の後を付いて回る生まれたての無垢な雛鳥ッ♪
そんな感じよねぇ。うんうん、言い得て妙だわ。でも……はぁ、ちょっとだけ妬けちゃうわね。
月野さんは、何だかとても感慨無量のようで、さっきから辺りをキョロキョロと窺っている。
何やら「フッカツのサイダン!?」「なんてこと!」「ペコポン人に先にハックツされていたなんて!」等と、意味不明な独り言をブツブツ呟いている……気にしちゃダメよね。
洞木さんはといえば、そんな月野さんの背中に隠れるようにして、おっかなびっくりで歩いているし……まぁ、場違いというか、でもこれが普通の女の子の反応かしら。
後は……えーと、白と黒の仔猫……確かシロちゃんとクロちゃんだっけ?
後姿を見てると、尻尾の先に赤いリボンを着けたくてムズムズしてきちゃう。
でもでも、この猫ちゃんたちって、すっごくお利口さんなのよ!
特に言われるでもなく、ちゃんとシンジ君の後をついて来てるし……家ではジュースも注いでくれたし(汗)。

ピコピコピコ

シンジ君は、ただ前に進むだけ。
もう彼此20分くらいは歩いているだろう。ドグマは広い。さすがにちょっと疲れてきた。
歩きながら、天井を見回してみたりもする。
先の使徒戦での被害は免れたのか、この辺りの区画の照明や空調は恙(つつが)なく、個人的に心配していた死臭も漂ってはいない。
無論、ここはネルフでもA級以上の職員しか立ち入りを許されてはいないエリア──私たちが行く先行く先、厳重にロックされた重厚な隔壁が幾重にも立ち塞がっていた……ハズなんだけど、

ピッ

それが、IDカードもなしに自然に開いちゃうんだもの〜(汗)。
まるで海が真っ二つに割れて道が開けたモーセの奇蹟、私たちを歓迎しているかのような…。
まったくMAGIのセキュリティはどうなっているのよ!……って、そういえばシンジ君が掌握してるんだったわね。

「……」

今は会話もなく、ただ黙々と歩くのみ。
複数の足音以外は何もなく、耳鳴りがするほどの間。
私は私で、緊張で今も心拍数は高いけど、特にやることもなく少し暇だ。歩いているだけだし。
実を言えば、ここに来るまでの道すがら、色々なことをシンジ君から聞き出してはいた。
その点は有意義であった。
尤も、私たちが訊ねても最初は喋ることに抵抗を見せていたというか無視を決め込んでいたシンジ君だったけど、レイちゃんが追随した途端にあっさりと口を割った。何よもう……この差は?(汗)
そして何より、その聞いた内容ってのが──あまりにもショッキングなものだった。
まとめると、
等々、こんな感じだったかしら。他にもあったと思うけど、今は頭の整理がつかないので、ちょっと省略。
余談だけど、質問タイムにカエデちゃんが「サード・インパクトは阻止するの?」と訊いたら、彼はさも意外そうに「今は特に考えていない」と答えたのには、さすがの私もア然とするしかなかったが。
以上が、道すがら彼が(嫌々ながらも)語ったことだ。
確かにどれも一笑に付すレベルのものだと思う……ええ、普通なら。
作り話としては、よく出来ているほう……ええ、それが本当にそうなら。
けど──あれだけのものを見せられた後なのだ。信憑性は……極めて高かいと言わざるを得ない。
第一、私たちなんかを騙すメリットがない。
だからこれは──きっと本当のことなのだ。そう確信する。
私の頭の中の冷静な判断力が、科学者としての経験を押さえつけて、ほぼ無条件にそれを受け入れる。
百聞は一見に如かず、そのことが絶対的な説得力を付加する。
何より、自分が今までネルフに感じていた多くの疑問点・不審点が、この話を聞いた途端に腑に落ちたというか、点と線が繋がったというか、まぁそんな感じなのだ。
無論、それでもやはり、ショックといえば凄くショックだったけれども。
──特に先輩のことは。
何とか助けられないのかと彼に、シンジ君に必死に詰め寄ったけど、無言で首を振られた。
赤木リツコという存在は、何を差し置いても必ず抹消する……そう冷たく告げられたのだ。
つまり先輩は──殺される。
彼に。
碇シンジ君という少年に。
私は動転し、声を荒げて必死に食い下がった──でも、ダメだった。
せめて理由をと訴えたが、彼はそれ以上は何も答えてはくれなかった。
無論、引くつもりはなかったけど……私はいつの間にか黙り込んでいた。
それは……彼の、シンジ君の物悲しそうな横顔を見ていたら……何だかもう、何も言えなくなったから…。
不思議と言葉が出なくなった。
目の前の少年は、とても辛そうでいて、その瞳は深い悲しみの色に沈んで、そして、そして──

(──ねぇ、シンジ君……今は無理でもさ、いつか、いつの日か、きっと話してくれるわよね?)

そのときの私には、そう祈るのがやっとだった…。





〜人工進化研究所3号分室〜

あれから数分、リニアエレベーターを降りていった先に、ついにと言うべきか、その部屋はあった。
目の前のプレートには、「人工進化研究所3号分室」と刻印されている。
少年は立ち止まり、暫くそれを見つめていたが、

「……綾波」

ポツリとした声に、横の少女は少しだけ震えたが、コクリとだけ頷いた。
道すがら目的地はわかっていた。彼の向かう先は……間違いなくこの部屋の奥だ。
覚悟は……出来ているといえば嘘になる。皆にすべてを知られることになるのだ。少年が何をなすのかはわからない。だが信じた。彼を、碇シンジという存在を。だから一歩前に踏み出すことが出来た。
目の前の重厚なドアがスライドしていく。

「な、何よここぉ〜?」

カエデは思わずデリカシーのない驚きの声を上げてしまう。
踏み入った先──そこは、ビーカーや薬品が無造作に放置された、まるで病院の一室のような殺風景な空間が広がっていたのだ。

「──ここは、私が生まれ育った場所」

端的に答えるレイ。

「っ!? 生まれ育ったって、そんな──」

カエデはそこで言葉を失う。
ここに来るまでに、断片的ながら少女の身の上の幾らかは聞いていたが、想像を超えていた。
と同時に、己が所属する組織への不信感も次第に増大し始める。

「……ここでは目ぼしいイベントもないし、先に進むとしようか。 問題なのは……奥の部屋だからね」

少年は簡単に言うが、実はここ、ネルフでも極秘中の極秘、その目白押しの場所なのである。
同じフロアの、もう少し行った先にダミープラントがあり、さらにその奥にあるヘブンズドアを抜けると、そこには白き巨人が鎮座する広大なLCLプラントが広がっているのだ。
かの三足草鞋の人物とて、未だに侵入したことのない秘境なのだ。
この地に足を踏み入れることを許された人物など、たった四人しかいなかった。
碇ゲンドウ
冬月コウゾウ
赤木リツコ
そして──綾波レイ
この四人だけである。
たとえ鬚の腹心の部下であっても、おいそれとは入れない区域であった。
A計画、E計画、そして人類補完計画──その中核をなすエリア。
当事者にとっては、まさに聖地なのだ。
だが、そんな場違い極まりない場所に、彼女たち五人(+α)はいたりする。しかも民間人同伴のピクニックで。
知る人が知ったら、泡を食って卒倒している事態だろう。





『……あら、何かしらコレ?』

部屋を出て、また次の部屋を通り抜けようとしたとき、黒猫が何かに気づいた。
仔猫の目線だからこそ、気づけたのかも知れないその場所には、半分シートに覆われた、だがそこだけ煤けてない、真新しいスチール製のラックが隠されていた。
中には、ズラーッと綺麗に並んだ光ディスクの山。
優に数百、いや千はある。
どうやら映像ライブラリーのようだ。
一つを手にとって見る。
レーベル面には──世界の車窓から 2011年2月17日放送分──とあった。
いかにも取って付けたような怪しいタイトル。
周りを見る。
どうやら他も皆同じタイトルのようだ。だが日付だけが違っていた。

『……むぅ、かなり気になるわねぇ』

ここにあるのだから、間違いなくアイツ、かつて夫だった男のものだろう。
もう一度ディスクに視線を落とす。

(世界の……車窓?)

うーむ、アレにこんな殊勝な趣味があっただろうか?(汗)
少なくとも、自分が生きていたころにはなかった代物だ。
こうなると、彼女生来の好奇心旺盛の虫が騒いでくるから厄介である。
そんなとき、

『何してんのさクロ? 遅れちゃうよ?』

その声に顔を上げる。
それは足が止まった自分を心配した白猫の声だった。

『あ、ううん、何でもないの。 悪いけど、先行っててくれる? 直ぐに追いつくから』
『……いいけどさ、大丈夫? 迷わない?』
『チッチッチッ、それは大丈夫よ♪ だってこの辺よく知ってるから♪』

得意気に答える黒猫。
そう、勝手知ったるジオ・フロント……特にこのターミナルドグマの造りは、昔のまんまだったのだ。
彼女にとっては、かつて地上にあった人工進化研究所から毎日のように通っていた場所なのだから。

『そう、わかった。 じゃあ、皆にはそう伝えておくね』

そう言い残すと、シロは踵を返して部屋を出て行った。
さてと──

『プレイヤー、プレイヤーはと……あったあった、コレね?』

同じくシートに隠されていたプロジェクター装置を見つけ出した。

『うんしょ、うんしょ』

装置本体のレイアウト自体は変更する必要はなかったが、被さったシートを剥ぐのと、リモコンを運ぶ作業は、仔猫の身には、思いのほか重労働だった。

『ふぅ〜、これで良しっと』

額の汗を手の甲で拭うと、黒猫は手近にあった一枚のディスクを装置に挿入してみる。
若干、嫌な予感はしたのだが、好奇心のほうが勝った。

──何かの手掛かりになるかも知れない。

彼女の瞳が燦々と輝いた。
思えばあの男は……「元」夫は、昔から何でも記録するのが好きなマメな人間だったのだ。
つまり、このディスクには、あの男が独自に進めている人類補完計画の何かしらが収められている可能性があるのだ。
わざわざMAGIから隔離し、こんな場所に隠してあるのが、その証左だろう。
知ることは武器である。先手が打てる。何より、あの子の……シンジの助けにもなるかも知れない。
そう思いながら、

『ポチッとな♪』

躊躇せず再生ボタンを押した。
白壁をスクリーンとして映像が投影され始める。
時間もないことだし、取りあえず再生はランダムに…と。
だが、まさかコレにとんでもないものが映っているとは、このときの彼女は思いもしなかった。





一面ピンクの内壁に、数々の怪しげな器具類、そして中央にキングサイズのベッド──スクリーンに映し出されたのは、つい最近、どこかで見たことがあるような部屋だった。
そしてそこには、二人の人物の姿があった。
一人は、黒猫がよく見知った鬚面の男。見ていてムカつく男。記憶から消し去りたい男だ。
そしてもう一人は、まったく見知らぬ少女だった。見た目はかなり幼く、中学生くらいか、いやもしかしたらまだ小学生なのかも知れない。だが、かなりの美少女だ。
何よりも異常だったのは──二人とも全裸だったことである。

《ククク、逃げ場はどこにもない。 どうした? さあ、口にしてみろ》
《……》

何かを強要する鬚男の眼前には、目隠しをされ、両腕は背中の後ろで縛られ、カエルのようにM字開脚でベッドに仰向けに固定された少女のあられもない姿があった。
隠そうとしても隠せない。当然、大事なところは余すところなく丸見えである。
男は興奮しながら、少女の柔肌に赤い舌を這わせている。
片や少女は、無理やりそんな恥ずかしい格好をさせられ、恐怖と羞恥とおぞましさから細かく震えることしか出来ないでいた。

《──貴方様のその逞しい(ピーッ)で、私めの(ピーッ)をブチ破って下さい。 (ピーッ)の奥に妊娠するまで(ピーッ)をお恵み下さい。 どうかお願いします……だ。 さあ、言ってみろ!》

男はその下半身、黒光りする北の将軍様を上下にピクピク脈動させながら、再び返事を催促する。き、鬼畜だ。

《う……あ、あなたさまの……たくましい……(ピーッ)で……うぅっ》

強制的に言わされているようで、少女は恥ずかしさのあまり言いよどむ。

《聞こえんな。 もっと大きな声で》

容赦も何もない。

《うう……あなたさまの……たくましい──や、やっぱり言えませんッ! こんな恥ずかしいことッ!》

真っ赤にした顔を上げ、幼き少女は泣いて必死に懇願する。

《お願いです! もうおうちに帰して! 帰して下さいッ!》

だが男の返事は無情だった。

《それは出来んな。 お前は今日から我が栄えある喜び組の一員となるのだからな》
《知らない! そんなの知らない! パパ……ママ……コータロー君……助けて! 助けてよぅ! ううっ……》

頭を振って泣き叫ぶ少女。コータロー君というのは、どうやら片思いの男の子の名前らしい。
だが男はその態度に苛ついたように舌打ちすると、少女の長い艶やかなツインテールの片方を掴んで持ち上げた。人権など端からお構いなしだ。

《い、痛ッ!》

そして、目を細めて少女の耳元で囁く。無慈悲に、冷酷に、容赦のない、絶望の言葉を。

《……ほう? では、お前のその大好きなパパやママ、そしてコータロー君とやらが、どうなってもよいのだな?》
《!!!》

それは明らかな脅迫。
だが、少女の心に有効な楔が打ち込まれた。

《二度は言わん》
《うぅ……うぅ……》
《どうした? 言うなら早くしろ。 でなければ──》

無論、帰れとは言わない。帰しては堪らない。折角手に入れた玩具なのだ。
だが、その恫喝に少女の心が折れた。

《うぅ……貴方様のその逞しい……(ピーッ)で、……私めの……ピーッ)をブチ破ってぇーーッ!! (ピーッ)の奥にッ!! 妊娠するまで(ピーッ)を恵んでぇ〜〜ッ!! お願いだからぁ〜〜ッ!!》

少女は泣きじゃくって狂ったように、世界が終わったかのように絶叫した。

《うひひひひ、よく言った──ご褒美だ。 受け取れ。 フンっ!》

鬚面の男は、少女の下半身に己が腰を密着させるように圧し掛かり、そして──

《ッ!? イ、イヤ〜〜〜ッ!!》





プツン──

黒猫は、クロは、リモコンの停止ボタンを押した。

『……』

俯き、何故かコメカミを押さてプルプルしている。
見るんじゃなかった。
まさか、まさかここまで鬼畜とは…。
黒猫は、精神に255のダメージを負ってしまった。
チラと横を見る。
そこにはまだ千を超える光ディスクの山。こんな映像がまだあと千…。即ち同じ数だけ被害女性の数も…。
あいたたたたた…。
頭を抱えた。
黒猫は知らないことだが、実はこの映像ライブラリーは、元々は司令室の隣の隠し部屋に保管されていたものであった。
それが、先の第四使徒戦役で保管室の壁が壊れたことにより、先日、この場所へと移されたのだ。
そのままでは、他の職員に発見される危険性があったからである。
見つかったら堪らない。それこそ身の破滅なのだ。
だがそれを、よりにもよって元妻が見つけ出した。一番見つかって欲しくない人物に見つかってしまったのだ。
男にはそれが不幸だった。痛恨の失態である。
知れば、激しく狼狽するだろう。
尤も、もうとっくに手遅れだったが…。

『……』

黒猫はフラフラと歩き出し、その部屋を後にした。





〜ダミープラント〜

あれから幾つかの区画を抜け、辿り着いた広い空間。真っ赤な世界。
そこには、沢山の綾波レイたちが泳いでいた。
少なくとも10数体はいるだろうか。
その異様な光景に、皆、言葉を失う。
静寂を破ったのは、やはり少年だった。

「キミたちに問いたい」

水槽の強化ガラスにゆっくりと手を重ね、目を閉じて何事かを呟く。
心の中で問い掛ける。
すると、今まで統率もなくユラユラとLCLに浮いていただけのレイたちが、一斉に振り返った。
すべての視線が、少年へと集まる。
一分ほどの間。
そのとき、彼女たちが一斉にニッコリと柔らかく微笑んだ、ような気がした。
少年が徐に目を開ける。

「……わかった……ありがとう」

了承と感謝の言葉。
そして振り返る。

「綾波」
「──何?」

傍らにいたレイが少年の顔を窺う。

「……これからさ、この子達を無に帰したいと思うんだ。 だけど綾波が嫌なら……この話はなかったことにする。 どうかな?」
「……」
「……」
「……」
「綾波?」

再度促されて、

「──構わない。 碇クンの思うようにして。 それがきっと彼女たちの想いでもあるから」
「……わかった…………ゴメン」
「──ううん……平気」

だが、その手は細かく震えていた。

「さて──」

先ず、シンジはその左の掌の上に、赤い珠をポンと浮かび上がらせる。

『そ、それはッ!?』

見覚えのある物体に、黒猫が声を上げる。

「ま、約束だからね」

薄く微笑むが、まだ少年のテンションは、あのときから低いままだ。
それでも今は、目に前の現象へと意識を集中する。
すると、次第に沢山のレイの分身たちが次々に力を失い、苦しむことなく、そして安らかに眠るように、水槽の底に折り重なるように沈み始める。
死ぬのではない。それは、生まれ変わるための儀式。
精気が失われていく。
代わりに、少年の右の掌の上に、また別の赤い珠が現れた。幾分左のほうよりも大きく、そして明るかった。
当たり前だが、何がどういう理屈でそうなるのか、見ている者にはまったくわからない。
ただ、現実を受け入れるのみであった。
そして、左右一対の赤い珠、それが融合を始める。
チェレンコフ光に似た神秘的な光が漏れ、次第に辺りを覆う。
その輝きが収まったとき、

「おぎゃあ、おぎゃあ〜」

少年の腕の中には、一人の赤ん坊がいた。
生まれたままの姿、見た目まだ一歳にも満たない乳児である。
それが自己の存在を主張すべく元気良く泣き叫んでいた。

「あ、女の子…」

ヒカリの声。
だって付いていなかったから。

「……赤ん坊の創造なんて、もう何でもありなわけね」

彼女の常識をもってしても、もはや呆れることしか出来ないカンナ。
そのとき、呆然と黒猫が呟いた。

『──まさかその子、マイ……ちゃん?』
「そうだよ」
『!!!』

涙が滲む。感情が昂ぶる。そして、

『……マイちゃん、マイちゃん、マイちゅわぁぁぁぁん!!』

黒猫が目と鼻から水を振り撒きながら、少年の体をよじ登り、その顔を覗き込む。

『(グスッ)あは、こんにちは……マイちゃん♪』

その泣き顔に見入る。
確かに面影があった。ああ、この子は間違いなくあの子だ。

『ままま、マイちゅあ──』

感極まって、抱き付こうとしたまさにその瞬間、

クルッ

「悪いけど、これ頼めるかな?」
『ちょ、おま──!?』

黒猫ア然。
感激に耽る彼女を無視して、少年がクルリと身を翻したのだ。
そして、その腕に抱えた、今も泣き止まない赤ん坊を差し出した先は、

「え!? わ、私ぃ!?」

そう、ヒカリだった。
突然のことに、少女は目をパチクリさせて驚く。
本来なら母親役である黒猫に預けるべきなのだが、如何せん猫の身なので、代わりにヒカリへと少年が考えた結果であった。
決して、黒猫への嫌がらせというわけではない……いや多分。
それにシンジでは、この通りむずがるのだ。
戸惑いながらもヒカリはそれを受け取ると、割れ物を触るようにして、大事に、大事に、そーっと胸に抱きしめる。
すると何故か、赤ん坊はピタと泣き止んだ。

「あ──」

ヒカリの目が大きく見開かれる。

「──あったか〜い、やわらか〜い、ふかふか〜、お陽様の匂いがするぅ〜♪」

感動だった。
赤ん坊の感触がこんなにも心地よいものだったなんて。
妹が生まれたときに経験したハズだったが、あの頃は自分も幼く小さかったので、優しく抱き上げるというよりは、踏ん張って腰で持ち上げる、であったのだ。
感触を堪能する余裕などなかった。
子供すぎて母性本能が未熟だったこともある。
だから今のこの体験は、かけがえのないものだった。
女性冥利に尽きた。
奥底に眠る彼女の母性の目覚めだった。
堪らなくて、少しぎゅっと抱きしめて、頬擦りする。

「あ、ホントだ」
「ん〜、どれどれ? きゃ、かわいい〜」
「やだ〜、プニプニしてるぅ〜」

周りの女性陣も近寄ってきて、触りまくる。

「きゃぁ〜う♪」

赤ん坊も掌を返したように機嫌が良くなっていた。満面の笑顔で、その小さな手足をジタバタと小刻みに動かす。
もう人見知りもしなくなったようだ。
もしかしたらこのとき、インプリンティングされている瞬間なのかも知れなかったが(汗)。
慌てたのは……蚊帳の外の黒猫である。
皆の足許でピョンピョン飛び上がって、私も私もと叫んでいた。ああ、哀れなり。
何はともあれ、このことが、重い現実から、皆に笑顔を取り戻させていた。一時的にではあるが。


そんな幸福感の中──


少年は、碇シンジは、たった一人不自然な行動を起こしていた。
彼は、ダミースペアたちから【】を抜き取る一瞬の間に、余ったホンの僅かの【】部分を、極小の赤い珠として、コッソリと秘匿した。
だが、あまりの早業に誰も気づかない。

(……これでいい……多少のイレギュラーはあったが……折をみてこれをクロに……母さんに…………後は時を待つだけ、か……)

そして浮かべるは死にたいほどの自虐的な笑み。
彼のこの謎の行動が何を意味するのか、このときは誰もわかるべくもなかった。





〜同時刻、地上〜

話の腰を折って恐縮だが、少しばかりお付き合い願いたい。
ここは同時刻における地上、第三新東京市の郊外、某商店街の一角である。
そのアーケードの北の端にある一軒の定食屋が今回の舞台。
内壁には、手書きのお品書きと共に、どこぞの有名人から貰ったであろう既に変色した色紙が一面に貼り付けられており、小奇麗とは言い難い五坪にも満たない狭い店内ではあったが、人の良い老夫婦が二人で切り盛りしている、地元でも知る人ぞ知る「安くて美味くて量の多い店」との評判であった。
今は仕込みの最中なのか、客足もなく、奥の厨房からは小気味良い菜切り包丁の音が聞こえている。
厨房の熱が漏れているのか店内は蒸し暑く、夏だというのに冷房は効いていなかった。
正直、あまり儲かっていないのだろう。
それでも、何とか二人が食べていくのには十分で、色々なものに感謝しながら日々の営業を続けていた。
そんな店内へ、

「ちょっといいかしら?」

若い女が、捲れた暖簾を潜って入ってきた。

「あ〜申し訳ない。 まだ準備中なんじゃがのぅ〜」

店主の老人が厨房からひょこと顔を上げ、恐縮する。

「客じゃないわ。 ネルフのほうから来た葛城という者だけど」
「ネルフさん?」

嘘は言ってはいない。
尤も、ネルフの「方角」から来た──という意味であるが。
消防署員を偽り、消火器を売りつけている輩と同じ手口だ。
ここで、時計の針を一分ほど進めてみよう。

パリーン!

突然、テーブルのコップが落ちて割れた。

「ご、御無体な! やめて下され!」
「大人しくしなさいってのッ!!」

そこは、いきなりの修羅場だった。
女と老人が押し問答していた。

「ちょっとアンタ! 一体誰がこの街を守ってきてやったって思ってんのよッ!」

少なくともお前じゃないことは確かだ。

「いいからさっさとカネを出しなさいって言ってんのッ! これはアンタら国民の義務なのよッ! は? 酷いですってぇ〜!? 何言ってんのよアンタはーッ! アタシがいなきゃアンタら夫婦はとっくの昔に死んじゃってるのよッ!? 感謝されても非難される覚えはないわッ! わかってんのッ!?」

早い話がこの女、みかじめ料を要求していたわけで。
アパートを借りるにはカネが要る。エビチュを飲むにも然り。故にこの凶行だ。
そのとき、

「な、何をするんじゃーッ!?」

老人の悲鳴。
見れば、これ以上付き合っていられないとばかりに、厨房横の、冷水器の隣にあったレジ・キャッシャーへと手を伸ばすミサトの姿があったから、さあ大変。
咄嗟に相手の肩を掴んで抵抗しようとした老店主だったが、

「うっさいッ!!」

バキッ!!

「ぎゃッ!!」

拳銃のグリップの底で、横面を強かに張り倒されてしまった。

ズガシャーン!!

老人は派手に吹っ飛び、食器棚に激突する。そしてそのまま、ガクリと気絶してしまった。
ガラスの破片で切ったのか、頭からは鮮血を流している。

「お、お爺さんッ!?」

老婦人の悲鳴が上がる。
慌てて連れ合いに駆け寄った。
その間に、キャッシャーの中のカネを鷲掴みにし、ミサトはキシシと笑う。

「(クスッ)今日はコレくらいで勘弁してあげるわ〜♪」

また来る気らしい。

「そんな……それは明日の仕入れ用のおカネ……」

意識のない夫を抱きかかえながら、呆然と老婆が呟く。

「ま、運が悪かったって諦めることね……フフ、でもこれで三軒目か……ちょろいわね♪」

手にした草臥れたお札をヒラヒラさせながら、これ見よがしの捨てゼリフを残すと、女は店を出て行った。
葛城ミサト。その伝説パート4は、ここより始まった。





〜???〜

ダミープラントを抜けて、最奥の広大なLCLプラントを目指し、なおもシンジ一行は歩き進む。
幾つかの区画を抜け、目の前には一際厳重なドアロック。最終目的地が近いことを意味していた。
呆気なく開いたドアの先に入ると、そこには何もなかった。
30メートル四方の空間。打ちっぱなしのむき出しのモルタルの壁と床と天井。たった一つの照明が薄暗くその部屋を照らす。
何もないと思われたが、フロアの中央に何かが鎮座していた。
机だった。
総チタニウム製の逸品──だがそれは見事に真っ二つに両断されていた。
もはや机としては機能してはいないソレ。
見れば、表面に何か赤いものが付着していた。誰かの血だろうか?

(あれ、コレどこかで?)

黒猫は小首を傾げた。
見覚えのある机だったからだ。
立ち止まり、どこでだったかなと思い起こそうとするが、
チームリーダー(?)の少年は、一瞥もくれず、その場を通り過ぎる。
慌てて後を追おうとするが、

『……あら?』

ピタと立ち止まる。
机の引き出しの下のほう、その裏側に隠し棚があり、そこに何かが挟まっていたのだ。
これまた仔猫の視点だからこそ発見出来たと言えよう。
まさに、小さな体万歳。

『どうしたのクロ?』
『ん、なんでもないわ。 悪いんだけど、先行ってくれる?』
『またぁ?』
『ゴメンね。 直ぐに追いつくから』

そう言って、白猫の後姿を見送る。
勝手知ったるドグマの道。迷うことはないのだ。

『うんしょ、うんしょ、っと』

爪を引っ掛け、小さな体全体を使って引っ張り出す。
出てきたのは、縦30センチ、横20センチ、厚さ10センチほどの、黒の金属ケースだった。
意外に軽いので、アルミかチタン製なのだろう。

『何かしらこれ? え……認証装置ぃ!?』

小さいながらも頑丈な上に、不釣合いなセキュリティー装置まで付いていたのには、驚いた。

『やっぱりアイツの物よねぇ……この机、見覚えがあるし』

壊れた重厚な机に目をやる。
それは先日、司令室で見た物に間違いはなかった。
彼女の記憶力は、確かだった。

『でも、何が入ってるのかしらね?』

試しに、某鬚男の名前や誕生日など、ピポパと入れてみる。しかし、

《パスワードが違います》

違うようだ。
しかし、いっちょ前に音声メッセージ付きとは……これも税金なのだろうと思うと、泣けてくる。
その後も、思いつくパスワードを何度か試してみるも、どれも空振りだった。

『はぁ〜、わっかんないわねぇ〜。 …いっそ、シンジにでも訊いてみようかしら?』

そこでふと、先日司令室に忍び込んだときのことを思い出した。

『あ、もしかして、私に関する言葉?』

少しゾッとしたが、試してみることにした。

「YUI」
《パスワードが違います》

違った。
でも、内心ホッとしたりして。

「IKARI YUI」
《パスワードが違います》

これも違った。
ふむ、じゃあこれかな?

「I LOVE YUI」
《このパスワードは期限切れです》

『え!?』

今までとメッセージが違った。

『あ、そうか! つまりこれは、以前のパスワードってことね!』

ならば、今現在のパスワードは、これに類似しているかも!?
根拠はないが、やってみる価値はあった。
爪と肉きゅうを軽やかに滑らす。

「GENDOU LOVES YUI」
《パスワードが違います》

『ダメか〜。 さすがに安直すぎたわね〜』

もしかしてアナグラムか?
いや、そこまで考えるとキリがない。
MAGIが使えれば、楽勝なのだが…。

『もう時間がないわね』

自慢の腹時計では、もう5分が過ぎた。
この先でシンジたちが待っている(ハズ)。
今回は諦めるか?

『……そうね、これで最後にしましょう』

あと一回だけチャレンジして、ダメだったら諦めよう。
黒猫は、考えなしにキーを打ち込んだ。

「YUI LOVES ME」

主語を逆にしただけ。頭より先に手が動いた。それ以上の意味はなかった。
だがしかし──

《ピンポーンピンポーン》

予想に反して大正解。
そしてケースのロックがパカっと外れた。

『へ?』

やった当人が一番吃驚だ。呆然。そして、

『い──』

い?

『いやーーーーッ!!』

打ち込んだパスワードの意味を察したのか、ムンクの、いやさ漫○画太郎ばりの大絶叫をぶちかました(笑)。
お母様、いや悪寒が全身を走り抜ける。
尻尾の先まで総毛立った。
き、気持ち悪い。

『はぁはぁ……よっこらせっと』

心拍数がだいぶ収まってから、ケースをひっくり返してみた。
気持ちを切り替える。
中にあったのは、鍵付の分厚い日記。
青い表紙を見る。
なになに──



青い空
流れる雲
あの雲はどこから来てどこへ行くの?
教えて……ジャムおじさん
    BY 碇・キルヒアイス・ゲンドウ



『……な、何じゃこりゃ(汗)』

目が点となる。思わず言葉尻も汚くなる。それほどまでに意味がわからなかった。脳が腐っているのだろうか?(汗)

(ど、どうしようか……)

迷う。迷う。今さらながらに迷う。
だがあの男の日記、つまりはネルフの歴史なのだ……気になって仕方がなかった。
それに、愛する息子の助けになるかも知れないのだ。
でも……また変なのだったらどうしよう?(汗)
それでも悩む。

(……)

うん、よし決めた。三度目の正直ともいうし、ここは一つ読んでみよう。
ちなみに、まだ二度目だったが(汗)。
再び日記に目を落とす。鍵は掛かっていた。だが、

シャキーン

爪を出す。そしてそれを鍵穴に差し込む。チョコチョコと動かした。

ガチャリ

呆気なく開くソレ。

『ん〜〜どりどり?』

黒猫は、器用に肉きゅうを使って、パラパラとページを捲ってみた。
しかしそれは、歴史は歴史でも……黒歴史だった。





《2014年9月1日、晴れ》
喜び組ナンバー1192番の女畜め、ついに俺様のウンコすら泣いて喜んで食べるようになった。
最初こそ抵抗したが、たった一週間で完全に落ちた。
何と俺様のテクの素晴らしいことか。
だが、あまりに従順なのもつまらない。薬も使い過ぎた。興醒めだ。暫くしたら、部下共に払い下げるとしよう。
使徒襲来まで、あと一年を切った。計画に遅れはない。
レイの精神誘導も順調だ。私に一片の疑念も抱いてはいない。このまま押し倒してもきっと抵抗しないだろう。いや、焦りは禁物だ。我慢だ我慢。さすが俺様。
クックックッ、もう直ぐだ、もう直ぐだよ、ユイ……。

《2014年9月2日、雨》
今日攫ってきた女畜だが、やたらと反抗し、あまつさえ俺様の高貴な顔に爪を立てやがった。
頭にきて、何回か顔を殴り、腹を蹴ってやったら、ぐったりと動かなくなった。
これ幸いに圧し掛かる。
マグロというのもなかなか燃えた。一心不乱に腰を振ってみた。
合計五発。シーツが血塗れとなる。初物だったようだ。まだ○学生だから当然か。
だが、いつの間にか冷たくなっていた。フン、どうやらとっくに死んでいたようだ。
まったくこれだからガキは。また新しいのを調達しなくてはな。
その後、二発ほど楽しんだ。死姦ってのもなかなかどうしてオツなものだ。
追記。夜、初号機の前で久しぶりにオナニーしてみた。ユイの瑞々しいアソコを思い出しながら。
こういうのも、たまには良い。
ユイ、俺様だけのユイ……待っていておくれ。

《2014年9月3日、曇り》
午前、第二にいるサード・チルドレンに付けている監視者から報告があった。
クラスで一人浮いていたサードのヤツに、最近、仲の良い女友達が出来たとのこと。
ま、どちらかと言えば、女のほうからヤツに付き纏っているようだが。
先日も、気の乗らないヤツを強引に引っ張り出して、プールに誘ったらしい。
クソッ、あれほど噂をばら撒いておいたというに、物好きなガキもいたものだ。
写真を見てみる。ぬ、なかなかの美少女ではないか。俺様好みだ。
だがこれはマズイ。
早々に楔を打ち込まねばなるまいて。
俺様は、即座に部下に命じてやった。
──これ以上サードに近づくなと脅した上で、その少女を輪姦しろと。
直々に俺様が手を下しても良いのだが、如何せん忙しい。チ○ポは一つしかないのだ。非常に残念だ。
まあ、たまには部下に役得を譲ってやっても良いだろう。忠誠心の一つも上がるというものだ。
フフフ、これでアレは再び孤独の中だ。
信じていた者に、突然疎外される恐怖を思い知るがいい。
お前に心を開く者は誰もいないのだ。
その欠けた心をもって、母親への依存心だけを深めておけ。
そんなことを考えながら、今は腰を振る。
おお、ユイ、ユイ……いく……ん、ん、いくいくいく、いくぞぉ〜〜!!
ドピュッ!

《2014年9月4日、晴れ》
983番と1005番の女畜だが、アソコが酷く腫れ上がって、もう使い物にならなくなった。
明日にでも部下に払い下げることにしよう。
今夜がヤリ納めだ。徹底的かつ存分に甚振ろう。もう壊れても良いほどにな。
また活きの良いのを捕獲しなくてはならない。
今度は、レイが通い始めた○学校の生徒にでもするか(ニヤリ)。
おやすみ……俺様のユイ。

《2014年9月5日、晴れ》
サードのクラスメートを犯せと命じておいた部下三名が、今朝、第二のほうで惨殺体として発見された。
もはや判別不可能なくらいに、バラバラに解体されていたらしい。身分証がなければ、身元は直ぐにはわからなかっただろう。
そして、例のクラスメートの少女も、いつの間にか県外へと引越していたという事実。
どういうことだ?
何が起こっている?
そしてこの日──サードが失踪した。
クッ、あの夫婦は一体何をしていたのだ!
何のために高いカネを払って、アレの飼育を任せていたと思っている!
あの無能どもめが!
まあ良い。所詮は子供……直ぐに見つかるだろう。即刻、捕まえて連れ戻すまで。
ネルフの、MAGIの名は伊達ではないのだからな。
もう直ぐだ、ユイ。
お前との逢瀬を考えると、今から下半身が疼いて仕方がないぞ。
これはイカン。早速、女畜どもを使って鎮めなくては……。

        ・
        ・
        ・

《2015年2月25日、曇り》
サードが見つかった。
半年も、どこに行っておったのだ?
まったく使えないガキだ。躾がなっておらん。親の顔が見てみたい。
お前には失望した。
だが、これで計画が進められる。
冬月は訝しがっていたが、シナリオどおりだ。
問題ない。
ユイ、もう直ぐだぞ。
追記。今日は、休肝日ならぬ休チン日だ。
およそ月に一日はこの日を設定している。
腎虚になったら困るからな。
ま、休み明けは、濃くて多くて気持ち良いから大満足だ。

《2015年2月26日、曇りのち晴れ》
赤木博士が最近シツコイ。母親と同じで淫乱のようだ。
しかも独占欲が強いときたもんだ。
俺様のレイと楽しく話をしていると、視界の端から睨んでくる。困ったものだ。
午後の発令所、俺様の前でしきりに自分の二の腕を擦る。
これが求愛の、二人で決めた今晩抱いて欲しいのサインだ。
このところ毎日この仕草をする。正直ウザイ。
バカめ。この俺様の体はお前一人のものではない。人類の半分(=女性)のものなのだ。ああ辛いぞ。だが平等に愛を与えなくては。これは神が我に与えたもうた試練なのだ。もてる男は辛いわい。
む?この女、まだ二の腕を擦っているではないか。今日は一段と諦めが悪い。
無論、無視……しようとしたが、そうもいかなかった。まだまだ彼女には働いてもらう必要があったのだから。
俺様は渋々メガネを外し、レンズを拭く。
これがOKのサインだった。
途端に彼女の目が大きく見開かれる。
余程、嬉しかったのだろう。まあ、久しぶりだからな。
その後の赤木博士ときたら、テキパキと仕事に熱が入って……ゲンキンなものだった。
しかし今夜のことを考えると、少し鬱になる。
そして夜。案の定、彼女が俺様の寝室に忍んで来た。スケスケの黒のネグリジェ姿で。
いつにも増して彼女の乱れっぷりは激しかった。この俺様がタジタジだ。我が娘ながら呆れる。痴女とはコイツのような女のことを言うのだろうて。
だが、如何せんもうダメだ。もう飽きた。絶望的なほどまでにな。
乳輪は黒くデカイ。煙草臭い。体臭もキツイ。毛深い。しかもユルユル。
枕で彼女の顔を隠し、ユイの顔を思い浮かべて、ようやく一発。
しかしもう限界だ。休チン日明けにも拘らず、我が分身はウンともスンとも言わず。後で口直しをしなくては。
赤木博士は、まだ物足りないのか、しゃがみ込んで北の将軍様にしゃぶりついている。まるで雌犬だ。
ま、あと暫くの辛抱だ。約束の刻が来れば、婆さんは用済み。それまで、一月に一回くらいは抱いてやろう。義務としてな、クックックッ。
だからユイ、許しておくれ。俺様は、お前一筋なのだから……。

《2015年2月27日、晴れ》
第三国から生贄の定期タンカー便が届いた。
誰も知らないことだが、ここのLCLプラントと新横須賀港は、一本の運河で繋がっておるのだ。
しかし今回は五百人弱とだいぶ少ない。
高いカネを出して雇ったというにノルマさえ達成出来んとは……現地の狩り部隊は何をやっておるのだ!
S2器官を抜き取ったリリスは、滋養を与え続けなければ死んでしまうのだぞ!
滋養とは……無論、生きた人間だ。リリスと人類とは、思いのほか相性が良いからな。
勿論、喰わせる前に俺様自ら選別するがな。
美人は喰わせるわけにはいかないのだ。そんな勿体ないこと出来るものか。
そう、俺様の喜び組に入れるのだ。
まぁ飽きたら、そのときは改めて喰わせるまで。何も問題はない。
壊れた女畜共の処分も兼ねて一石二鳥だ。エコロジーだ。地球にやさしいぞ。さすが俺様、ユイが惚れるわけだ。

《2015年2月28日、晴れ》
久しぶりにレイをディナーに誘う。
向かうは、この街で一番背の高いビルの最上階にある馴染みの最高級のレストラン。ここは眺めが素晴らしいのだ。
ワンフロア貸切の窓辺のテーブルにレイと二人きりで向かい合う。さすが美男美女は絵になる。
食前酒を呷っていると、お待ちかねの肉がやって来た。
特上のA−5の飛騨牛(処女)のサーロイン、その5センチカット。
じゅーじゅーと肉の焼ける音と匂いが堪らない。
どれ、一口……うんまい!やはり血の滴る肉はいい!最高だァ!
すべて平らげ、もう一枚お替りする。
う〜ん、ジュウシィ〜♪
頬っぺたが落ちそうだ。まさに至福の瞬間。
それにタンパク質は十二分に摂取しておかないと、夜の生活に耐えられないからな、ヒヒヒヒ。
ただ、目の前に座る処女を頂けないのだけがチト残念だ……無論、いずれ食うつもりだがな(ニヤリ)。
肉を頬張りながら、レイのほうを見る。
だがレイはまったく目の前の肉に手をつけていなかった。顔色も悪い。そういえば前回も、そして前々回もそうだった。
何故だ?こんなに美味い肉を?
考える。
考える。
……そうかッ!
俺様と一緒にいて緊張しているのだなッ!(断定)
ククク、なんて愛いヤツぅ〜。
ワインを呷りながら、何気に眼下の街並みを見下ろす。
ハッ、人間共が蟻粒のようではないか!
愉快だ。
傑作だ。
最高に気分がいい。
世界の支配者になった気分だ。
無論、夢で終わらせるつもりはないがな。
今の俺様は昔の俺様とは違うのだ。
何故なら俺様には力があるッ!
あの貧弱だったボウヤが今ではこんなに偉く素敵になったのだッ!ビバ俺様!
いずれ天下を獲ったその暁には、バベルの塔でもおっ建てて、もっと高みからお前たちゴミを見下してやろう、クククク。
その日を祝して──乾杯だ♪
……
……
ん?
楽しく食事を進めていると、背後から何やら耳障りな声が聞こえてきたではないか。
訝しんで振り向けば、30メートルくらい後ろのフロアの端も端、安そうな小さいテーブルの席に、別の客がいたのだ。
一応仕切られてはいるが、ほとんど丸見えだ。
このフロアは貸切ではなかったのか!?
まったくあの支配人め……気の利かんヤツだ!
見れば、若い両親と、三歳くらいの娘のようだ。当然見たこともない家族だ。
何気に聞き耳を立ててみた。
……は?父親の昇進祝い、だと?
この庶民風情が!いい気になるな!
……すごいご馳走ね、だと?
ただの安そうな赤身肉一枚で感動するんじゃない!
……無理をして来た甲斐があったね、だと?
無理をしてこれか!?身の程を知れ!ここはお前たちのような下賎の者が来るような場所ではないわ!
それにだ……箸で肉を食うな箸で!
ガキもガキだ!お子様ランチなんぞ食って喜んでるんじゃない!
貧乏人は貧乏人らしく、ファミレスに行けファミレス!
ったく、こっちのメシまで不味くなったではないか。
フン、揃いも揃って涙ぐみおって。
ぬわにが、パパおめでとう、だ。
無邪気に笑うな!虫唾が走る!
……
……
……クソッ!
幸せそうな家族団欒を見ておったら、段々とムカムカしてきた。
他人が幸せそうにしているのを見ると、何故だか我慢がならない……昔からそうだった。
そういえば、孤児院でヒモジイ思いをしていた昔、幸せそうに家族団欒でクリスマスを迎えていた近所の民家に放火したことがあったな。
正直あんなに燃えるとは思わなかったが。
だがそこの家の奴ら、結局は全員焼け死んで、実に溜飲が下がったのを憶えている。
あれは寒い雪の日だったな。うむ、今となっては懐かしい思い出だ。
であるからして──
俺様は決断した。右手を上げ、パチンと指を鳴らす。
そして馳せ参じた部下に、小さく「ポアしろ」と命じた。
理由は……何となくムカついたから。うむ、十分すぎるほど正当な理由だ。
まったく、分不相応なことをするからこういう目に遭うのだ。
名も知らぬ庶民よ、せいぜい最後の晩餐を楽しむが良い。
殺し方は特に指示しておらんが、そこがまたいい。想像を掻き立ててくれる。
あの屈託のない笑顔が、死を前にしてどんな苦痛の表情を見せてくれるのか……ククク、考えただけで射精しそうだわい。
翌朝には、謎の一家心中事件として、紙面を賑わすだろうて……ヒヒヒヒヒ。
いい気味だ。ザマーミロ。バーカバーカ。

        ・
        ・
        ・

《2015年8月14日、晴れ》
予定どおり使徒がやって来た。
だが葛城一尉がサードの保護に失敗。
クソッ、折角、再会の演出を三日前から考えておったのに……シナリオが台無しではないか!
結果、負傷しているレイで初号機を出撃させる羽目となる。
だが結局、暴走はしなかった。
あまつさえ死んだハズのサードが生きており、勝手に初号機に乗り込んで、第三使徒めを倒してしまう。
空気読め。
まったく余計なことをしおってからに。
だが問題はこの後だ。
今思い出すのも腹立たしい。
シンジめ、色々なことを暴露しおってからに……。
これではこの俺様が、まるで悪人のようではないかッ!
クソ、クソ、クソッ!
こんな日は、最近手に入れたユイの妹で憂さ晴らしに限る。
あれは素晴らしい。ユイそのものと言っても過言ではないからな。実に良い玩具が手に入った。
マグロだが、抜かずの十発も夢ではない。
ユイが戻ってくるまで、精々楽しませてもらおうか。
だが、いずれ処分しなくてはいけない。
バレたら終わりなのだ。証拠は隠滅せねば。惜しい気もするが、細胞一つ残してはおけん。
生き返ったユイには、お前の妹は病死したと、それだけを伝えておこう。父親と同じだな。
うむ、我ながら完璧なシナリオだ。さすが俺様。

《2015年8月15日、晴れ》
この日は色んなことがあった。いや、あり過ぎたと言うべきか。
まず、サード……俺様の不肖の息子と面会した。
だが、性格が当初の報告とまるで違っていた。
最初、贋者かとも疑ったが、DNAは同一だった。
当たり前だ。そもそも贋者にアレは動かせないのだからな。
だが、色々と胡散臭い。
先に尋問した赤木博士も、かなり怪しいと言っていた。俺様もそう思う。
それに何だあの態度は!
あの小馬鹿にしたような目は!
親であるこの俺様を、全然尊敬し、畏怖していないではないかッ!
何がエヴァに乗る条件だ!
何がカネを寄越せだ!
何が外交官特権だ!
ふざけるなッ!
憶えているがいいッ!所詮は子供、いずれギャフンと言わせてやるからなッ!
そう言えば、もう一人、俺様の息子と名乗る銀髪のガキが現れたな。
その容姿が気になったので、手元に置くことにした。
十中八九、ゼーレの手の者だろう。そして恐らく……だが、老人共は罪の象徴たるリリスの細胞には関心を示してはいない。ならばアレは間違いなく──
DNAの解析結果を待つまでもなく、俺様は確信した。
第三使徒戦役の後、初号機の姿が変容していた。
覚醒が近いからだとは思うが、そんなことよりも慌てたのは、レイでは初号機が起動しなくなっていたことだ。
これはどういうことだ!?
これでは計画に支障が出かねんぞ。
早急に調査をせねばなるまい。
そして、何よりもショックだったのは──俺様の全財産が消えたことだッ!
クソ、クソ、クソーーッ!
どこのどいつだ、こんなマネをしたのはッ!?
……まあいい。MAGIを使えばすぐに解決するに決まっておるからな。
見つけたら、八つ裂きにしてくれるわ!
だが、まだ興奮が冷めない。
こんなムシャクシャした日は、女を甚振るに限る。
ぬふふふ、やっぱり若い女はいいぞ〜。○学生万歳だ♪
今日仕入れたばかりの生娘に圧し掛かりながら、両手でさわさわと触り捲くる。
女は、う〜う〜と泣いて暴れておるが、口を塞ぎ、手足を縛っておるから、安心だ。
小ぶりながらも、中に硬い芯の残ったプルルンとした乳房はまた格別なのだよヤマトの諸君。
キシシシシ、こりゃ堪らんわい。
この世のすべての女は、千代に八千代に俺様の物なのだ。誰にも渡してなるものか!
ユイ、戻ってきたら、お前も負けずに可愛がってやるからな〜♪
フハハハハハ〜〜〜!





日記はここで途切れていた。

『……』

パタと日記を閉じる。
……狂っている。
……コイツは人間じゃない。
……スーパーサイアク人だ。
……地獄に落ちろ下衆が。
黒猫は、ぷるぷるとその身を震わせ、息も途切れ途切れ。
コメカミには青筋が幾重にも浮かび上がり、今にもはち切れそうな勢い。
背後にはゴゴゴという黒いオーラ。
これほどまでの憎悪に支配されたことが、かつて彼女にあっただろうか?
因みに、この日記が何故こんな場所に存在していたかというと、
実はこの机、元々は司令室に鎮座していたのだが、とあるイベントで某少年に真っ二つにされたため、持ち主の命令でここへと移動されていたのである。
それをよりにもよって、一番見て欲しくない、最愛の妻に発見されてしまったのだ。
持ち主にとって、痛恨の不覚であった(今さらだが)。





〜LCLプラント〜

ここは、ターミナルドグマの最奥、そしてシンジ一行の最終目的地。
ついに辿り着いたのだ。
もし、攻め来る使徒がここに達すれば、直ちにサード・インパクトが起こるといわれている(無論、欺瞞だが)、ネルフでの最重要エリアである。
見上げる先には、白い巨人が磔にされていた。
ただ、既に仮面が着けられ、ボディーには大きな白い布が幾重にも掛けられていた。
まぁ、誰かさんが色々と落書きをしたし、そのせいだろうが。
さて、皆はというと、暫くは呆然と巨人を見詰めていた。
黒猫も何とか追いついてこの輪に加わる。
シンジのテンションはまだ低いまま。
そして、数分が過ぎた頃、

「ねぇ、教えて……私は、私たちは、未来でどうなったの?」

カエデが口火を切る。
この目の前の巨人によって、世界が破滅したことは、今までの話からなんとなくわかった。
問題は、自分という個人が、具体的にどうなったかだ。
その辺は、あやふやだったのだ。
しかし、シンジは口を閉ざしたまま押し黙る。どうも口にしたくないようだ。……だが、

「……教えて、碇クン」

レイが訊ねた途端、彼は一度大きく息を吐き、重々しく口を割った。
その隠していた真実を。

「綾波レイ……第十六使徒戦役において戦死。 直ちにスペアボディーに【】が移行。 後日、第二使徒リリスに融合・回帰。 サード・インパクト後に…………完全消滅」
「!!!」

続いて、

「伊吹マヤ……サード・インパクト時にLCLに溶け、以後サルベージされることなく気化。 そして消滅」
「!!!」

さらには、

「阿賀野カエデ……ネルフに攻め込んできた戦自隊員の火炎放射器により、生きたまま焼殺」
「!!!」

まだ続いて、

「洞木ヒカリ……チルドレン候補としての証拠隠滅のため、疎開列車ごとネルフの工作員により爆破され、爆死」
「!!!」

最後に、

「そして月野カンナ、いや、カグヤ=ЯЩЭ割D☆(発音不能)……サード・インパクト時にLCLには溶けずも、志半ばで地球を脱出。 しかし巡回中の宇宙警備隊に発見され母船ごと拿捕。 第一級反逆罪、その連座制適用により……即日死刑執行、【】分解、因果律消滅、ログ抹消」
「!!!」

衝撃の告白。
なお、仔猫二匹については、諸般の事情により割愛。
結果、あまりにもショッキングな我が身の行く末に、重苦しい雰囲気が漂う。
とりわけ、カンナという少女は受け入れられない。

「そんな……そんな……嘘よ……」
「事実だ」

その言葉にカチンときた。

「事実? あ、貴方だって……禁忌を犯しているじゃない! だってあのとき【】を──」

喰らったと。
確かに、あのときシンジは、666の面々の【】を捕食していた。
カンナはそれを見逃さなかった。

「だったら、貴方だって──」

罰せられるハズだと。それがこの世に定められたルールなのだと。
が、その言葉は無情にも遮られた。

「僕は……断罪者だから」
「断罪者? 何を言ってるの?」
「……」

答えない。が、

「碇クン?」

レイの声が重い口を開かせる。

「……断罪者……世界樹……<ユグドラシル>管理人……」

セカイジュ?
ユグドラシル?
カンリニン?
初めて聞く単語に、カンナは首を傾げる。しかし、

「……宇宙警備隊は、世界樹が、管理人が設定した、遍(あまね)く世界を監視するための治安維持機構、その末端の執行機関だ」
「!!!」

その言葉で、点と線が繋がる。
長年の疑問の一つが解消した。

「じゃあ…じゃあ……父様を追放したのは……母様や兄様たちを殺したのは──」

そう、目の前のコイツこそ、神々の王!
間違いない!
我が敵!
憎むべき仇ッ!
俯き、わなわなと震える。
いや落ち着け。まだ確証がない。それにこの場にはヒカリたちもいる。
だが次の言葉が彼女の冷静さを奪った。

「……多分、キミが考えている通りだろうね」
「っっ!!!」

頭の中が真っ白になる。

「う、うわあーーーッ!!」
「カ、カンナさんッ!?」

ヒカリの声も届かない。
瞬時に光の槍、三叉のトライデントを作り出すや、カンナはそれを少年に突き刺した。

ガキン!

「──い、碇クン!!」

レイの悲鳴。
が、やはりその槍は少年の顔面に届くことはなく、接触面に謎の波紋が広がるだけだった。
つい一時間ほど前に見た光景と同じものだ。

「な、何でっ!? 何でよっ!?」

何度も突き刺す。だが結果は同じ。
それでも諦めない。泣き叫びながら狂ったように繰り返す。
普段は冷静沈着なカンナがここまで取り乱すのも珍しかった。
……彼女の身の上に、過去に、一体何があったというのか?

「──やめて!!」

堪らず、レイが飛び出した。
そして、

バチィーーッ!

「心の壁!? くっ、この程度の壁など〜〜!」

槍を弾いたオレンジ色の壁の出現に、だが闘志を喪失せず、少女は今一度大きく得物を構え直す。

『落ち着きなさいッ!!』
「ッ!?」

そこに突如、黒猫も割って入る。二足立ちし、バッと両手を広げる。
が、悲しいかな、身長の高低差がありすぎて全然壁になっていない(笑)。

「どいて!」
「──嫌!」
『どかない!』

押し問答。
そもそも猫のほうは別に退かなくても何ら支障はないのだが(汗)。

「アナタに……アナタたちなんかに、何がわかるってゆーのよッ!!」
「──そんなの知らないわ」
『右に同じ』
「くっ、このぉ〜〜」
『いいから聞きなさいッ! たとえその管理人とやらが貴女のお父様方に何かをしたのだとしてもよ! それは本当にシンジがしたことなの!?』

黒猫が総毛立たせて問い質す。
確信があったのだ。

「知れたこと!」
『あっそ。 じゃあ訊くけど、それっていつの話?』
「……」
『答えなさいッ!』
「……ペポコン時間で、今から40億年ほど前よ」

黒猫の迫力に少女が折れる。

『そう。 大体ファースト・インパクトの頃あたりね?(……やはり何かしらの関係があるみたいね。 でも……この娘って一体何歳よ〜!?)』

黒く長い尻尾が弧を描き、クルリと振り向く。

『で、シンジ? 今度は貴方に訊くけど、管理人とやらになったのはいつ?』
「……」
『シンジ?』
「……今から50億年後だ」
「っっ!?」

その言葉にカンナの顔が驚愕する。瞬時に意味を理解したようだ。

『ふーん、40億年「前」と50億年「後」かぁ……おかしいなぁ、まるで接点がないんだけどぉ? これってつまり……別人ってことよね?』
「う…」

黒猫の意味ありげな視線に耐え切れず少女は目線を逸らす。
当たり前といえば当たり前だ。
よくよく考えてみれば、シンジどころか人類、いや生命すら生まれていない大昔の話なのだから。
如何なシンジでも、何かを出来るわけがなかった。
……尤も、時空を超えれば話は別ではあったが。まぁ、その可能性については置いておこう。
そもそもこの件の当事者というのは、先代……現在においては当代の管理人にして、シンジの師にあたる人物、その人であったりする。
しかし、さすが腐っても「碇ユイ」である。
その頭の回転は見事なものであった。そしてその度胸さえも。
今こそ訳あって猫の姿に身を窶(やつ)してはいるが、元・天才科学者として面目躍如の瞬間であった。
……尤も、周りにいる殆どの人間には、ただニャーニャーと喚く小汚い猫にしか見えていなかったのではあるが……ああ、哀れ(笑)。

『どう? 納得した?』

調停者がニコニコ顔で話し掛ける。
話せば分かるのだ……某半島の住人と違って(おい)。
そして少女は謝罪した。

「…………ゴメンなさい」





「一族を再興させたいんです」

何故話す気になったのかはわからなかった。ただ今の彼女はとても素直になっていた。
ポツリポツリと話し出す。
太古の昔、彼女の父親が禁忌を犯し、神格を剥奪され、追放されたこと。
結果、一族は追われることになったこと。
多くの眷属の中で、幼かった自分だけは、匿われ、何とか難を逃れたこと。

「そのためには、どうしても父の復活が必要なんです」
『復活? だって貴女のお父様って追放されたんじゃ?』

クロが疑問を挟んだ。

「爺やたちの話では、その後また捕まって、側近たちと共に【】を抜き取られて、どこかに封じられたようなんです。 ただ銀河は広く、その場所までは特定できなくて……」

ただ、アダムとリリスの存在がすべてのキーであることはわかったらしい。
故に、僅かに残った者たちで、時を待っていたと。
そして、アダム消滅の波動がキャッチされたことで、コールドスリープから目覚め、座標を特定し、この地球へと辿り着いたという。

『お父様が封じられたというのは?』
「はい。 詳しくはわかりませんが、父が犯した禁忌のせいで、この銀河全域の【】のバランスが崩れたらしく、その抑えの役目として……」

そこまで言ってからカンナの顔が苦渋に染まる。

『状況はイマイチわからないけど……人柱ってやつね?』
「……はい」

少女は小さく頷いた。

『ふーん、でも一族の再興って、そんなに簡単に出来るものなの?』
「神格を喪失したといっても、堕落・反転しただけで、父の力自体は失われていないハズなんです。 だからこそ、生贄としての意味があったのですから…。 果たして復活さえすれば、警備隊の目の届かない辺境の地で、再起を図ることも十分に可能だと……少なくとも私たちはそう信じています」

そこで一旦言葉を切ると、今度は悔しそうに吐き出した。

「でも……もう40億年も過ぎてしまったんです」

両の拳をギュッと握る。
その表情は見ていて辛いほどだ。

『40億年!? だ、大丈夫なの!?』
「大丈夫じゃないです」
『え?』
「もしかしたら、もう正気なんて保っていないのかも知れません」
『……』
「私たちがコールドスリープしている間も、そして今こうしている間も、父は……父様は、不足分の【】を強制的に絶え間なく消費させられているんですッ!! 欠損した部分は緩やかに自己複製・自己修復されるとはいっても、その責め苦は想像を絶し、神と雖もそうそう耐えられるものではないんですッ!!」

耐えかねたように泣き叫ぶ少女。

「……既に発狂しているかも知れません」

少女は目の前の白い巨人を見上げる。
暫くして落ち着いたのか、ポツリと呟いた。

「……この贄の巨人は父の形見、そして罪の象徴なんです」
『!?』

この発言に驚いたのはクロのほうだった。

『ちょッ、それって! 使徒は貴女のお父様が創造したものだとでも言うのッ!?』
「使徒というモノが何を指すのかわかりませんが……今ここにある巨人と、15年前に失われた対をなすもう一柱の巨人、その二柱は、確かに私の父の手によるものです」
『!!!』

ガビーーン。
音があるとすれば、そんな衝撃だった。
つまりアダムとリリスは、彼女の父親が創ったものだというのだ。
それは、取りも直さず人類のルーツでもあるということだ。
黒猫はショックで足許がふらつく。

「本来、父がこれで何をしようとしていたのか、正直私にはわかりません。 ですが、父の復活のためには、父が残したこの贄の巨人と、ここ復活の祭壇での儀式が必要なのです」

贄の巨人とはアダムとリリスの二柱、復活の祭壇とは彼らの卵、つまりジオ・フロントのことだ。
彼女が言うには、南極の1セット(アダム)のほうは既に滅しているため、残されたもう1セット(リリス)のほうを使って、儀式を完遂させる必要があるらしい。

「「……」」

マヤとカエデの二人だが、呆然とここまでの話を聞いていた。
猫語こそわからなかったが、少女の発言内容にひどく戸惑っていた。
無論、理解できる頭脳は持ってはいたが、なまじ今まで自分たちネルフが必死こいて守ってきた真実とのギャップに、脳みそが拒絶反応を起こしていたのだ。
因みに、白猫と某お下げの少女なんて、端からチンプンカンプン、蚊帳の外のようだ(笑)。
レイは……シンジの傍に寄り添って、聞いているのか聞いていないのか、よくわからない(汗)。

『──じゃあ、じゃあ、もしかして裏・死海文書って!』

期待の目をウルウルさせながら黒猫が詰め寄る。
これこそが本題なのだ。
が、しかし、

「??? ウラ、シカイモンジョ?」
『え? あれ? 知らない? あ、呼び方が違うのかも!』

一度コホンと咳をしてから、

『つまりはロンギヌスの槍……貴女は確か戒めの槍とか叫んでいたけど、その槍のことよ! そこに刻まれていたの! アダム……えーと、貴女のいう15年前に滅んだ贄の巨人の片割れのほうね……それがインパクトを起こして、その後、沢山の彼の眷属たる使徒たちが出現して、生きとし生けるものたちの魂のステージを押し上げるの。 結果、巨人は復活し、この世に楽園が訪れるという……ね、ね、勿論知ってるわよね!?』

そんな期待に期待の眼差し。
だがしかし、

「えーと……初耳ですけど」
『はぁ!?』

期待を裏切る心外な反応に黒猫の顔が引き攣る。

『嘘っ!? あ、貴女のお父様が残したものじゃなくって!? だってだって、巨人の取り扱い説明書みたいなもんじゃないっ!!』

もんじゃないって言われても困る。

「その可能性は否定しませんが、私は知りません。 爺やなら或いは何かを知っているかも……って、大丈夫ですか!?」

驚く少女の見下ろす先、がっくりと黒猫が四つん這いになっていた。orz
まぁ、猫だから当たり前な姿勢なのだが…(汗)。
意気消沈。
自分のライフワークの究極部分が見つかったと思いきやこの顛末……その落胆は中々に激しかったようだ。

「儀式ですが──」

カンナは言葉を続けた。

「あるタイミングで、【】の器の扉が開きます。 非常に短い時間ですが、この間、器のどこかに隠された異次元ゲートを見つけ出し、囚われた【】を解放します──これが私たちの……プランです」

少女は洗いざらいを話した。
王の御前、今さら隠しても意味がないと感じたからである。

『【】の器? ああ、ガフの部屋のことね。 あれ? でも、その扉を開くってことは……えーと』

クロが鎌首を擡げ、そして傾げる。何かに気づいたらしい。
が、それに答えたのは、今まで沈黙を守っていた人物、シンジだった。

「──とばっちりで地球上の全生命体はLCL、原始のスープに還るってことだよ。 解放したときの【】の不足分を満たすエサとしてね」
『は、はい〜〜っ!?』

黒猫驚愕。
無論、彼女だけでなく、その言葉は大きな衝撃となって周囲をも貫いた。

「エサぁ!?」
「そそそ、それって、サード・インパクトって言うんじゃ!?」

ネルフ組が正気に戻って、慌てふためき出す。
そして自然と、全員が一人の少女へと注目する。
見つめる彼女の顔色は……青くなっていた。

「嘘…」

そんな言葉をポツリと吐く。
小刻みに体が震えていた。

「知らない……私、知らない……」

この取り乱し様、どうやら本当に知らなかったようだ。
いや、それでもプランの立案者は知っていたハズだ。このプランには生贄が必要という事実を。でなければ理論が破綻してしまうのだ。
しかし、何らかの事情で彼女には伝えなかった。
彼女の性格的なものを配慮してのものか。
もしくは、成果至上の考えからか。
だとしたら──黒幕はとんだ食わせ者である。
シンジが再び少女と向き合った。

「──ひとつだけ訊くよ。 キミは父神の復活のためには、ここにいる者たちを殺めることさえ厭わないと?」
「!!!」

少年の言葉に、思わずヒカリのほうを見る。が、とても目を合わせられない。
どうしようもないほどの罪悪感が彼女の身に圧し掛かった。

「別に責めているわけじゃないよ──ただ、キミの覚悟のほどを知りたい」
「う……わ、私は……私は……」

だがやはり彼女の答えは出なかった。





「カンナさんって、宇宙人さんだったんだぁ……」

何気にヒカリが呟くも、だがその言葉は隣の少女を凍りつかせた。

「騙していて本当にゴメンなさい! 私……私……」
「あ、ううん、別に責めてるわけじゃないの。 ただちょっと吃驚しちゃって。 その、初めてだったから……宇宙人の人に会うのって」

そんなどこか抜けているヒカリの、だが彼女らしい弁解。

「それに、カンナさんはカンナさんだから……」
「ヒカリぃ」

心が温かくなった。
不覚にも、目から熱いものが零れる。
彼女と知り合えて本当に良かったと、そう思えた。

「あと、お父さんを助けたいって気持ちも、わかる気がするもの……」
「……」

ヒカリの心遣いはとてもありがたかった。
だが、自分の父の復活を優先することは即ち、彼女も、そして彼女の大切な家族をも、この世から完全に消え去ることを意味しているのだ。
その事実が、また彼女の心に重く圧し掛かる。
悩み、また悩む。
一体自分はどうすればいいのか、と…。





キリがないので、少年は本題に入る。

「綾波」
「──何?」

傍らに寄り添う少女が顔を上げる。
もはや彼女にとって重要なのは、ただシンジの傍にいること、それだけだった。

「一つにならない?」
「──碇クンと?」

ズッコケた(笑)。

「……ゴ、ゴメン、言葉が足らなかったね(汗)。 一つになるのはさ……このリリスとだよ」

脂汗を流しながらも、シンジは顎をしゃくり上げ、眼前の巨人を指す。

「──コレと?」
「そう」

しかし、そこで横槍が入る。

「一つになる!? それってどういうこと!? ──まさかこの贄の巨人に何かする気!? ダ、ダメ! 絶対ダメ! そんなの許されないわ!」

カンナだった。
曰く、巨人は初期値のまま保全しなければならないと。
でなければ、デリケートな儀式の段取りに悪影響が出かねない。そう危惧したのだ。

「……許すも許さないも、そもそもキミは覚悟が出来たの?」
「!」

それを言われると何も言えなくなる。
少女は迷う。
父親は助けたい。だがヒカリたちは殺せない。殺せるわけがなかった。

「だったら黙って見ていることだね。 どのみちキミたちのプランはとうに破綻してるんだから」
「!!! それどういうことよっ!?」

少年の言葉に驚愕した。

「ん、言葉通りの意味さ。 何をどうしようが、もう物理的に無理」
「う、嘘よッ!」
「本当だよ。 この僕の名に懸けてもね。 絶対に不可能」

神々の王の断言、お墨付き。

「そんな……それじゃ今まで私たちがやってきたことって……」

ヘナヘナと脱力した。目の前が真っ暗になる。





「……貴方の知る歴史でも、私たちの企ては失敗したのよね?」

暫く呆けていた私だったが、それを確認する。心がソレを要求する。

「ああ」
「……ひとつだけ教えて。 私はこの星の生命を、人類を……生贄にしたの?」

我ながらゾッとする声だった。ぎゅっと握り締めた手に汗が滲む。
だが、どうしても気になったのだ。
ペコポンの全生命が、原始のスープに還ったことは聞いた。
つまり、【】の器が開かれたということだ。
なら、それは誰が開いたのか?
知りたかったのは──私が、私たちが、目的のために人類を殺すその選択をしたのかどうか。

「いいや」
「……そう」

正直ホッとした。
もし非情の選択をしていたのならば、知らない自分のやったこととはいえ、ヒカリに合わせる顔がなかったのだ。つまり……彼女の家族を殺したことになるのだから。
本当に良かった。
が、そうなると別の疑問が頭を擡げてくる。

「じゃあ、何故!?」

失敗したのか?
素朴な疑問だった。
既に二つ目の問いであることは、まぁこの際、置いておこう。

「……何もかもが遅すぎたんだよ」
「遅すぎた?」
「キミが地球にやってきたのは、第十六使徒戦役の少し後。 そのとき街は破壊されていたから、今のように第壱中学に転入する機会もなかった。 当然だけど、洞木さんとの接点もなかった」
「そんな……」

カンナは二の句を告げられない。
失敗の理由などよりも、ヒカリと出会えなかったその事実のほうがショックのようで、ぽっかりと心に穴を開けていた。

「そして、ようやくこの場所へと忍び込んだとき──しかし、目当ての巨人には肝心の【】がなかった。 とっくに抜き取られていたからね」

そう言ってレイのほうをチラと一瞥するシンジ。
少女は相変わらずの無表情だった。

「【】がなかったですってぇー!?」

無論、今生のことではないのだが、カンナはバッと振り返るや、目の前の白い巨人を凝視する。

「!!! ほ、本当だ……何で!?」 

しかも下半身がゴッソリと欠損している。
ベールに覆われてはいたが、カンナはそれを瞬時にして見抜き、呆然と立ち尽くした。
──これでは儀式など到底不可能である。

「……そして、タイムリミット。 待っていたのは──愚者によるサード・インパクトさ」

同じく巨人を見つめ、その両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、少年は淡々と語った。

「人類とは違い、リリスの胎から生まれたわけでないキミたちは辛うじてLCLには溶けなかったけど、そんな他力本願のインパクトではゲートの位置を特定する暇さえなかったみたいだね。 これが前史の辿った顛末だよ。 ま、道理でキミの存在が前史のLCLの海の記憶になかったワケだ。 樹の記憶のほうから引っ張ってきて、やっとわかったよ」

ひょいと小さく肩を竦めて、少年の口はそこで閉じ、静寂だけが空間を支配した。
およそ一分後、

「……そっか」

俯き、無言で佇んでいたカンナが、ゆっくりとその顔を上げた。

「……もう……もう父様とは……二度と会えないの、ね……」

涙がツゥと彼女の頬を伝う。
決別の言葉。
だが、妙にサバサバしていた。
これで……これで良かったのかもしれない。





「さて、綾波……どうする?」

振り向きざま、彼が問う。

「──碇クンが、それを望むのなら」

ジッと目を見つめて、私はそれに答えた。

「ううん……ダメだよ。 自分で決めるんだ」
「──自分で?」
「うん」

言われて少し考えてみる。
リリスとの融合……回帰………………つまり、

「──私……無に還るの?」

体が震えた。
それは嫌。
かつては唯一望んだこと。
でも今は、もう消えたくない。
皆がいる。
碇クンがいるもの。
でも……それでも、碇クンがそれを望むなら私は──

「そんなことは絶対にさせないっ!」
「っ!?」

不安げな私の言葉を碇クンは強く否定した。
ハッと見上げる。
だが直ぐに表情を変える彼。

「……ゴメン」

何故謝るの?
わからない。

「──なら、何故?」

アレと一つになる必要性、それがわからない。

「……今のままじゃ、綾波の体はあと半年持たないんだ。 バラバラになる」

辛そうに言葉を吐き出す彼。
でも、

「──知ってるわ。 司令が言っていたもの。 ……約束の日を待たずに、今の私の役目は終わるって。 あと一回だけ新しい体に変わる必要があるって」

私は淡々と返した。
今の私は、ネルフの庇護がないと一週間と生きてはいけない体。
それでも、あと数ヶ月が限界らしい。
ふと周りを見回してみた。
全員が声を上げて驚いていたが……今さら隠すことでもない。

「そうさ……あの腐れ畜生は、機会をみて、綾波を代替処分する気なんだよ。 前史じゃ、タイミングよく使徒を道連れにしてキミは死んだ。 だがアイツにとっちゃ想定内、一石二鳥だった!」

ギリギリと歯軋りの音が響く。
拳を握り締め、頬を紅潮させ、微かに震えていた彼。
意外だった。
ここまで熱くなった碇クンを見るのは初めてだった。

「──でも、それが私の運命だから」
「違うッ!」
「!?」

大声で否定され、またビクリと竦む。

「そんなの許さない!」

キツイ言葉。
でも、不思議と心が温かくなる。

「それにさ、綾波は……本当にそれでいいの?」





「──嫌、だと思う」

消えるのだけは……もう。





「いいかい? このままじゃ、綾波の【】の大きさに、器が、体が耐えられない。 使徒と人間との部分でアンバランスが起こっているんだ。 その上リリスが活性化すれば、さらに人間の部分を圧迫し、侵し、細胞の結合が崩れる」

知っている。
定期的に、私に幾つかの抑制剤が投与されているのは、そのためだもの。
それでも、半年持たない。
いえ、私が人間である部分を否定すれば、それを待つまでもなく、即座に終わりを告げるだろう。
だが、かつて無に還ることを望みながら、人であることを捨て切れなかった自分…。
結局は……生きたかった、のかも知れない。

「話は前後するけど、選択肢は四つ」

碇クンが、話を切り出した。

「その一。 リリスとの同化は受け入れず、座して死を待つ。 結果、三番目のキミが生まれることになるけど、いやその彼女でさえ、リリスがS2器官を再生・活性化するに及べば、放たれる波動からその体は蝕まれ、数日と持たない。 インパクトのあるなしに──結局は、死ぬ」

「……」

「その二。 同化は受け入れない。 使徒の部分を排し完全な人間となる。 因みに逆は不可。 この作業は綾波一人じゃ無理だから、僕が介入して制御する。 ただこれだと、元々の綾波の【】の大きさに、人間の部分が耐えられないんだ。 だから──【】を削る必要がある。 …ある意味、綾波は綾波でなくなり、記憶も失われる」

「……」

「その三。 同化を受け入れる。 その上で、人間の部分を捨て完全な使徒となる。 これが一番親和性の高い方法だと思う。 危険性はゼロといっても差し支えない」

「……」

「そしてその四。 同化を受け入れる。 ただし、使徒と人間のいずれの部分も捨てず、今の【】を受け入れられる器を、体を再構築する。 当然、僕が介入するけど、これが一番困難な術式となると思う。 危険もゼロじゃない」

「……」

私は黙って聞いていた。
雲を掴むような話だったが、彼の言葉には不思議と説得力があった。
嘘ではない、そう思った。

「選択肢はこの四つ。 あと最後になるけど、それぞれのケースでの『輪廻』について補足しておくよ。 とても重要なことだからね」
「──輪廻?」

聞き慣れない言葉に、思わずオウム返しをした。

「死後の、生まれ変わりのことだよ」
「──!? 死ねば、無に還るわ」
「場合によってはね」
「???」

その言葉に困惑する。
そんな私をよそに、彼は説明を始めた。

「先ず一番目の選択肢。
リリスが健在の場合、たとえ死んでも、直ぐさまリリスもしくはその眷属の下に【】が捕縛されるんだ。 キミのスペアボディーたちに【】が移行するあの理屈だと言えば、わかってもらえると思う。 でも、今は彼女たちはいないから、次の移行先はこのリリスだね、間違いなく。 本当は、初号機と零号機も眷属だったんだけど、僕が色々と細工したからね、候補から外れたんだよ。
で、リリスが滅した場合だけど、そのときは【】は行き場を失い、やがて無に還るんだ。
以上、どちらの場合も輪廻はしない。 インパクトに関係なくね。 スペアボディーの件は、あくまで流転であって、正確には輪廻じゃないんだよ。 これは、リリンを除く使徒の特質と言ってもいい。 使徒の【】は……輪廻しないんだ」

「……」

「二番目。 既にもう人間だからね。 死んだら、何の問題もなく輪廻のステージに乗るよ。 ガフのシステムが維持される限り、この星で何度でも生まれ変わる」

「……」

「三番目。 この場合は、完全な使徒になるわけだから、ほとんど不老不死になる。 それこそ何百億年も生き続けることになるよ。 でも、絶対に死なないというわけじゃないんだ。 殺されたら死ぬし、死んだら……結局は無に還る。 アフターサービスは用意されてはいないんだよ。 さっきも言ったけど、使徒の【】は輪廻しないからね」

「……」

「そして四番目。 人間ベースだから寿命はあるよ。 ただ使徒でもあるから、望みさえすれば、その制約は外れるんだ。 今生は百歳、でも来世は百億歳、てな具合にね。 そして最大のポイントは──何度死んだとしても、輪廻転生し、『特性』が持ち越されるってことだ」

「──特性?」

脈絡のない言葉に、素直に疑問を口にする。

「使徒である性質……それと共に、転生体の器を拡張・安定化させるための、諸々の仕込みのことだよ」

「???」

「器に適合する転生体は自然発生し得ない。 だから操作するんだ。 輪廻しないハズの使徒の【】を輪廻させ、人為的に転生体に適合させるために。 超高々度なプロトコルが【】に刻まれることになるよ。 詳しい説明は省くけど、これには使徒とのハイブリッドであることが前提条件なんだ」

彼の説明は、そこで終わりを告げた。
しかしながら、およそ漠然としたものしか、私には理解出来なかった。
見れば、周囲はシーンとしていた。息を呑んでいた。
皆ついていけない。誰もが呆けていた。唯一、黒猫だけが目をキラキラさせていた以外は。

「こんな方法しか見つけられなくて、僕に力が足りなくて、本当にゴメン…………時空を捻じ曲げる力はあっても、世界を壊す力はあっても、こと【】に関しては、たとえ神や管理人と雖も全能じゃないんだ──出来ないことだらけなんだ」

そう言って、悔しそうに目を伏せた。
どうして謝るの?
碇クンは……何も悪くない。

「我ながらわかりにくい説明で、本当に申し訳ないと思う。 悩むのは当然だよ、いきなりこんな話をしたんだから。 でも、綾波にはもうそんなに時間は残されていないんだ。 だから今日……いや、今この場で決めて欲しい」

「──わかったわ」

自分でも意外なほどに、すんなりと出た言葉だった。
拒否する理由はなかった。
何より、彼の誠意に応えたい想いが勝っていた。
徐に目を閉じ、今一度考えてみる。

第一のケース。
私にとって、最も馴染みのある未来予想図。
必然の死。
だけど、碇クンはそんなことはさせないと言った。
でも、選べとも言った。
矛盾していると思う。
わからない。

第二のケース。
人間になるということ。
だけど、代償として、いろいろな物を失う。
皆との思い出、碇クンとの思い出……それがすべて奪われる。
それは何故か悲しい。
魂さえも削られ、それでもまだ私は私といえるのだろうか?

第三のケース。
完全な使徒化。
でも、インパクトは起きないのだろうか?
使徒……リリス……単体生物……生殖能力の欠如?……碇クンと一つになれない!?
一大事だわ。

最後に第四のケース。
人と使徒のハイブリッド。
その上で、輪廻と体の不具合にメスを入れるらしい。
これはつまり、今の私のままでいられるということなのだろうか?
悩む。
第五の選択はない。
結局、私はどうしたいのだろう?
心の奥底に問い掛ける。
自分の望むその姿を探る。


──私は、私のままで皆と、碇クンと共にありたい。


その気持ちに偽りはないと思う。
なら、必然的に第一と第二は却下…。
残るは、第三か第四。
そこでまた考える。
自分の根幹に深く問い掛けた。


──皆と同じ時を生きたい。


そう、一人ぼっちは嫌。
でも、碇クンとも共にありたい。
なら…

「──私は」

キッと見上げる。もう迷わない。何度考えてもこの結論に至る。

「──私は、使徒であり人間。 そのどちらの部分も否定しない。 だってそれが私だもの。 だから……このままの姿で同化を受け入れたい」



「そう、つまりは四番目の選択ということだね。 わかった、了解したよ。 後悔は……しないね?」
「──しないわ」

キッパリと返した。

「うん」

碇クンは、柔らかく微笑む。
どうやら彼にとっても望んだ選択だった、ように思う。何となくそんな気がした。
そんなことを言うと、また怒られるかも知れないけど……良かった、正直にそう思った。





「じゃ、始めるよ」

途端に、心臓がドクドク言い始めた。
自分でもおかしいくらいに緊張しているのがわかる。
平気だ、そう自分に言い聞かせる。
──でも失敗したら?
最悪のことが頭をよぎり、かぶりを振る。
周りを見る。
皆、心配そうに固唾を呑んでいた。
視線の交錯。
伊吹二尉……阿賀野二尉……洞木さん……月野さん……そして、碇クン…。
これで、これで皆とお別れになる、の……!?
嫌!
そんなの嫌!

ふわっ

「!?」

唐突に、温かいものに包まれた。
碇クンが、そっと私の体を抱きしめてくれていた。

「大丈夫…」

耳元で優しく囁かれる声。
そう、きっと不安な色が顔に出てしまっていたのね。

「大丈夫だから…」

繰り返される言葉。
体の震えが次第に収まっていくのを感じた。

「無には還らない。 主導権さえ譲らなければ心配ない。 だから意識を強く持って。 後のフォローは僕がする。 成功率は百パーじゃないけど、絶対うまくいく。 費やした50億年は伊達じゃない。 信じて綾波」
「……」

私は、無言でコクリと頷いた。
彼を信じる。
もう迷いはなかった。





「いくよ?」
「──ええ」

少女の体が浮かび上がり、巨人の眼前で静止する。
ジッと見詰め合う二人。そして、

「──ただいま」

その呟きを合図に、少女の体が巨人の胸の中へキュポンと飲み込まれた。
ここからが正念場だ。
シンジは、バッと両の手の平を翳す。
双眸を閉じて意識を集中。
代わりに額の目が紅く開眼する。

「ぐ、ぐぅ…」

いきなり圧し掛かるプレッシャーに精神が悲鳴を上げる。
夥しい数の演算と呪法が体中を駆け巡り荒れ狂うも、それを必死にコントロール。
眉間に皺が寄る。青筋が浮かび、脂汗が流れる。
だが、いつものポカはやらない。
そんな余裕はなかった。
リリスの全身が鈍く光り始めた。
失われた下半身が瞬時に再生し、打ち付けた杭から手足が解放される。
ねっとりと七つ目の仮面が外れ、髪が伸び、肢体が丸みを帯び、次第に同化した少女の形質を発現させていった。

「がっ」

強烈な苦痛と疲労に片膝を折るも、前に翳した両手だけは下ろさない。
まだ、処置半ばなのだ。ここで止めたら大変なことになる。
次いで、リリスの体が縮小を開始、グングンと小さくなり、果たして元の少女のサイズに達した。
白一色だった全身も、完全に色を取り戻す。
上空からゆっくりと舞い降り、地面に降り立つ少女。
そこには、身に着けていた第壱中学の制服もそのままの、以前と何ら変わらない姿の綾波レイがいた。
──ここに全処置が完了したのだ。成功である。
この間、僅か一分足らず。

「はぁ、はぁ……さすがにちょっと疲れたかな」

ペタンと腰を下ろし、後ろ手に体を支えながら、フゥと一息吐く。
ちょっとどころではない。
肉体的というよりは、精神的なダメージだ。予想以上の負荷があったようである。
だが、その表情は清々しく、穏やかなものだった。
──長年の宿願が一つ、今叶ったのだ。

「終わったよ綾波。 お疲れ様。 よくが──」

がんばったね──そう少女の背中に労いの声を掛けようとしたが、
クルリと振り向いた彼女の顔を見、そして固まった。固まっちゃった。

シーーーン

すべてが凍りつく。
誰もが目を点にして、あんぐりと口を開けていた。そして、

「ぷ──」

ぷ?

「ぷひゃひゃひゃひゃ〜〜!!」

妙なスイッチが入ったのか、いきなりシンジが壊れた(笑)。
腹を抱えてゴロゴロと転げ周り、バンバンと拳で床を叩く。叩き捲くる。

だって、だってだって──レイの額に、どこかで見たような「肉」の文字があったんだもん♪(爆)

きっと制服の下にも、誰かさんの落書きがしっかりと残っていることだろう。
どうやら、完全に忘れていたらしい(汗)。
不意を突かれた。
不覚だった。
横隔膜が痙攣する。
笑っちゃいけないと思うが、止まるに止まらない。
腹を押さえ、ひーひーと笑い転げ、悶死寸前。
さすがに周りの面々は笑えないでいたが、それもいつ伝播するかわからない。
片や当のレイといえば、この突然の少年の豹変に戸惑い、暫くしてLCLに映った自分の姿に愕然呆然。

「──どど、どーゆーこと?」

しっかり動揺していたし(笑)。彼女にしては珍しい。
そりゃそうだ。
無事終わったと思ったら、これだ。
聞いてない。
いや、まさかこれが彼の言っていた危険性の正体だったのか!?
これじゃ、綾波レイ改め、綾波ニクニクだ。
某鬚男とお揃いじゃ、恥ずかしくて外も歩けない。





「いや〜、ホントにゴメンよ〜」

やっとのことで少女の全身に刻まれた落書きを消すと、シンジは謝った。
謝ったが、未だ目尻は下がったままだ。

「──気にしてないわ。 それに、今の顔のほうが良いと思う」
「ええっ!? 今の顔!? あの肉マークぅ!? 嘘ぉ!?」

これは少女の新たな一面発見か!?

「──違う! 碇クンの顔!」
「へ? 僕の顔?」

レイはコクリと頷く。

「──碇クンには笑顔が似合う、と思う。 辛い表情は似合わない」
「あ、綾波…」

不覚にも、じわと心が熱くなった。

「──だから笑顔」

そう言ってレイもニコッと返す。

「そっか。 うん……そうだね。 わかったよ。 ありがとう」

照れ臭そうなシンジ。
しかしコイツのアレは、笑顔というよりは、ただの馬鹿笑いだった気もするが?(汗)
少年は、パンパンと自らの頬を叩いた。

「よっし!」

続けざまに宣言。

「確かに暗いってのは僕のガラじゃない! そう、根暗で気弱なシンジきゅんはもう死んだ! フフフ、今日から僕のことは、ニューシンジ・スプラッシュ☆スターとでも呼んでくれたまえ!」
「──嫌」

ギャフン。





「使徒であり人間、単体であり群体……リリスのすべてを受け継いでも、綾波は綾波のまま、何も変わらない」

仕切り直しで、真面目路線なシンジきゅん。

「それに、体が軽いでしょ?」

コクコクと深く頷くレイ。
そのことに一番驚いていたのは、他ならぬ本人だったのだから。

「今の綾波は、完全体だからね」
「──完全体?」
「そ。 免疫不全もないし、定期的な投薬治療も不要。 今まではネルフの庇護なしじゃ生きられなかったけど、もうキミを束縛するものは何もない──綾波は、自由だよ」
「──自由?」
「そ、自由」

言われてレイは、言葉の意味を考え始めた。
いきなり自由だと言われても、直ぐにハイそうですか、とはいかない。
今まで対極の境遇にいたのだ、無理もない。
だが、急ぐ必要はない。きっと時間が解決してくれる。少年はそう思っていた。
シンジは、クルリとギャラリーのほうへ振り返る。
その表情にもう翳はない。

「で、僕の用事は終わったんだけど──何か質問ある?」

一応の礼儀。ここまで皆を引き回したことへの。
無論、何もなければ帰るつもりだ。水戸黄門の再放送が彼を待っている。
が、一人が口を開いた。

「彼女って何者なの!? どうして巨人と同化できたの!? それに、ペコポンの連中はここで何を企んでいたの!?」

カンナだった。端的に指摘する。
なるほど、部外者である彼女にとって、傍で聞いていて、わからないことだらけだったようだ。
尤もその疑問は、他の面々にも共通したものであったらしく、無言でコクコクと相槌を打たせていたが。

「ん〜質問が多いねぇ……まぁいいや、答えてあげる」

一度コホンと咳払い。

「先ず綾波だけど、ここの白い巨人──第二使徒リリス──の【】を宿した存在であり、使徒と人間──碇ユイ──とのハイブリッド、混血だったんだ」
「「「「「!!!」」」」」

因みに、少年の弁が「だった」と過去形なのは、今はもう違うからである。
見た目の形質こそ変わらないが、遺伝子レベルでは大きく変容していたのだ。
少年の言葉に、やはりというか、周りは一様に驚いていた。
ただ約一名(一匹?)、

(やっぱりあの娘は私のクローン! それってつまり、シンジはこの私に懸想してるってことよね!? きゃい〜ん♪)

風が吹けば桶屋が儲かる的な妄想を膨らませ、クネクネ悶え始めた馬鹿は、この際無視だ(笑)。

「ついでに言えば、初号機はリリスのデッドコピーだね」
「初号機?」

カンナが首を傾げる。

「遊園地で見たでしょ? 巨大カバと戦っていた紫色のやつ」
「ああ、アレね……って、ちょっと待って!? それじゃオリジナルは──!?」

複製したとなると、その前提として、肝心の複製元にも色々と手が加えられた可能性があった。
一抹の不安が、カンナの脳裏をよぎる。

「そうだね、とっくの昔にかなり弄られていたよ。 リリスのS2器官、これは命の実とも呼ばれる一種の永久機関のことなんだけど、当時これだけはコピーできなくてね。 結局は抜き取られて、初号機に移植されたんだよ」
「そんな…」

不安的中に愕然とするカンナ。
どの道、自分たちの計画は、失敗が必定だったのだ。

「結果、リリスは生命の危機に立たされた。 慌てたのは人間。 一時的に冬眠させ、エネルギー消費の抑制に成功したけど、十分じゃなかった。 結局は、餓死させないために、必要最低限のカロリーを他から与え続けることになったんだ」
「あ、あのぅ〜」

そこで恐る恐る上がる手。
マヤだった。

「ハイどうぞ」
「ちょっとした疑問というか、何というか……どうして巨人が死んだら困るのかしら? だってもうエヴァ建造のノウハウは確立されていたわけだし、使徒なんて人類にとっては危険な存在なんだから、いっそ──」

だが、何気に横にいるレイと目が合い、ハッと言いよどむ。
使徒を否定することは、即ち彼女をも否定すること……そう瞬時に思考が及んだのだ。
ただレイのほうは、気にも留めてないというか、気づきさえしなかったのだが、マヤのほうは失言と感じたようで、口を片手で押さえ、甚く恥じ入り俯いていた。

「死んじゃったら、アダム系の使徒をココに誘(おび)き寄せることが出来なくなるし、LCLも生産出来なくなるね。 あれはリリスの体液なんだし」
「!?」

シンジは淡々と続ける。

「ま、色々あるけど、一番の理由は、アダムと同格であるリリスの死を、老人たちが嫌ったせいかな」
「老人?」
「ネルフの上位機関、ゼーレの最高幹部たちのことだよ。 詰まるところ、どんな影響があるのか、計算しきれなかったんだ。 尤も、その不安を焚きつけたのは、他ならぬココのクズだったりするんだけどね」
「ク、クズぅ!? クズってまさか!?」

色めき立つマヤ。

「言わずもがな、キングオブ畜生、碇ゲンドウのことさ」
「やっぱり!」

やっぱりって……何気にキツイこと言うなぁ(笑)。
でもそんなマヤちんが大好きだ♪

「要するに、己が補完計画のためというわけ。 アイツにとって、綾波と初号機、そしてリリスは、計画の要だったんだよ」

既に過去形なのは、まぁそういう意味だ。

「大変! じゃあ司令がこのことを知ったら──」
「とっくに詰んでるよ。 知らないのはあの男だけ。 ただのピエロさ」

童顔少女の心配をよそに、シンジはニヤリとした。

「あとさ、使徒が危険というのは、ネルフが用意したプロパガンダ、アジテーションに過ぎないから。 実際、セカンド・インパクトは、人間が起こしたものだったしね。 マッチポンプもいいところだよ」
「はぅ……ゴメンなさい」

マヤは体を小さくして恐縮した。





そんなこんなで、暫く少年の話は続いたが、

「なな、何ですってぇー!?」
「酷いっ!」
「それって本当なのっ!?」

突然、聞き手の女性陣が驚愕し、叫んだ。

「うん、ホントだよ。 リリスに喰わせていたのはリリン──つまり、生きた人間だよ。 それも夥しい数のね」
「う、うぐっ」

衝撃の事実に、潔癖症のマヤは口許をハンカチで押さえ、蹲る始末。
他の面々も一様に顔色は悪い。
リリスと同化したレイに至っては、なおさらだ。
表情は相変わらず乏しいが、変な想像をしたのか、自分のお腹をサワサワと擦って、かなり気にしている様子だ。
肉嫌いの彼女にとって、あまり気持ちのいい話ではなかったようである。
さらに少年の話は続く。

「リリスは、人間じゃないとうまくエネルギー変換が出来ないんだよ。 同じリリス由来でも、牛や豚なんかじゃ、試したけど無理だったみたい。 【】の適合性もあるからね。 結果、毎月千人前後の生きた人間──主に海外で調達した難民──が、巨大タンカーで密輸され、ココに搬入されているんだ。 これは余談だけど、調達された生餌のうち眉目麗しい女性や子供なんかは、予め選別されて、一定期間隔離されるんだ。 玩具としてね。 ま、さんざん弄んだ後は、後腐れないようにリリスに喰わせるか、地下焼却炉で生きたままローストして始末するかだけどね」
「「「「「……」」」」」

聞き手は皆、呆然としていた。
何の抑揚もなく説明する少年の、しかしあまりにも現実離れしたそのおどろおどろしい内容に、理性がついていかなかったのだ。
レイなんか、かなり真っ青になって、胃の辺りを無性に擦っていたし。

「──とまぁ、こんなことを陰でやってるのが、皆さんご存知、国連直属の特務機関ネルフって組織だよ。 セカンド・インパクトに続き、サード・インパクトをも起こそうと、今も水面下で暗躍しているんだ。 そのトップは碇ゲンドウといって、はっちゃけぶっちゃけ僕の血縁者。 あ、大丈夫。 そのうち殺すから」

こともなげに言いのけた。
一分くらい周囲は魂を抜かれたように固まっていたが、不意に誰かが口を開く。

「……そうまでして、そんなことまでやって、ペコポン人は何を成そうというのよっ!?」

カンナには、到底理解出来なかった。
インパクトを起こせば、彼らの同胞が死に絶えるのだ。
父親を復活させようとした自分の言えた立場ではないが、正気の沙汰ではなかった。
そう、彼女は知らなかったのだ…。
──地球人が、同胞殺しを連綿と続けてきた種族であるということを…。

「老人たちのほうの望みはね、単純明快さ。 神となって不老不死を得たい。 無論、進化に行き詰った人類を憂慮してるってのは詭弁だよ。 ま、ポピュラーな理由だね。 この宇宙では、よくある話さ」

よ、よくある話なのか!?(汗)
突っ込みたい気もしたが、皆は黙って耳を傾けていた。

「次にクソ鬚のほうだけど──世界人類のためのネルフってのは、勿論、嘘。 てゆーか、あの顔で信じるほうがどーかしてる」
「「う゛っ」」

バッサリと切り捨てるシンジに、ネルフ組二人は言葉もない。結構グサッときたらしい。

「インパクトを起こすのは……まぁ、死んだ妻に会うため、かな」
「え?」

少し後ろで、赤ん坊を抱いていたヒカリが、さも意外そうな声を漏らす。

「あれ? もしかして感動した? 妻想いの素敵なご主人かな〜って?」
「そ、それはその…」

図星だった。
第一、碇ゲンドウなる人物を、ヒカリは知らないし、顔すら見たことがなかった。故に、余計な先入観がなかったのだ。
結果、性善説的な想像を彼女がするのも、無理からぬことであった。

「ま、ラヴロマンスも良いけどさ──そのために人類は一度死滅するんだよね。 生贄として」
「!?」

そりゃそうだ。それがインパクトってものだから。

「でもね、アイツの本当の目的は別にあるんだよ。 だって、そのために妻に近づき、老人たちとのコネを得たんだからね。 死んだ妻に会うのが最終目的だというのは、矛盾なんだよ」
「本当の目的、それは一体…」

カンナの声が震えた。
次に少年が発する言葉を待って、周囲もゴクリと息を呑む。

「──人類史上、誰一人として成し得なかった……………………世界征服」
「「「「「!!!!」」」」」

これには誰もが度肝を抜かれた。
嘘のような話だったからだ。

「これはね、老人たちは勿論、協力者である冬月副司令や赤木博士さえも知らないことさ。 バレたら、さすがにマズイだろうからねぇ、ククク」

説明しよう。
ゲンドウという男の真の願いは、世界の専制君主、絶対君主となり、人々を虐げ、この世にハーレムを作ることであった。
絶対君主制とは、君主制の一形態であり、君主が国家と国民を、法律で制限されることなく自由に統治(絶対王政)する政体のことである。
ぶっちゃけ、何をやってもお咎めなし、王様のやりたい放題、ということだ。
同じ王様であっても、立憲君主や議会制君主、あるいは同じ絶対君主でも他の権威(宗教等)に制限を受けるようなものとは一線を画す絶対的な地位、それが男の望む姿であったのだ。
世界征服──古くは、アレクサンドロス大王やチンギスハン、織田信長、アドルフヒトラーなど、夢見た者は多いが、成し遂げた者はいなかった。少なくとも世界史の教科書には載っていない。
男は、不敵にも、この前近代的な王政を己が手で復古させようと、画策していたのである。
マジか?
マジである。
それが、男にとっての本懐だったのだ。
しかし、動機が不純だった…。

自らは、唯一無二の不老不死の若々しい神となり、未来永劫この星を支配する。

因みに、不老不死となるのは自分と妻だけで十分、その他のゴミ共(人間)におこぼれを与えてなるものかという卑しい根性の丸出し。
しかもこの男には、昔からいろいろと考えていた野望があったりする。

一例として挙げれば──俗に言う「処女権」の復活である。

ぶっちゃけ、新郎に先駆けて新婦と新婚初夜を迎える(=マクを破る)権利だ。
歴史を紐解けば、過去、ヨーロッパの王侯貴族や高僧、土地の有力者たちが行ってきた悪習である。無論、似たような風習は世界中に、この日本にさえあった。
男は、ゲンドウは──まさに、それを夢見ていたのだ!
この大願こそが、ここまで男を突き動かしてきたエネルギーの本元、源であった。早い話が煩悩パワーである。

この世の(いい)女は、すべて俺様のもの。

一人の漏れすら見逃さない。
だって、その一人がすんごい美人だったら、悔やんでも悔やみきれないから。
な、なんちゅー我侭(汗)。
無論、幾ら神と雖も、その体には限界があるだろうから、選り好みの美人限定でいく気らしい。
皮算用では、一夜で数百人を相手にする予定だ。
なお、ブスは端から相手にしない。そんなのは部下に払い下げ。てゆーか、タンパク質の無駄。
因みに、初夜のときに非処女が判明した場合は、新郎新婦は無論のこと、見せしめに一族郎党、向こう三軒両隣の無関係な住民まで、徹底的に皆殺しにする気らしい。そうまでしないと怒りが収まらないようである。
男の計画が成就すれば、きっと手に入る世界…。
ゲンドウの、ゲンドウによる、ゲンドウのための世界…。
だがこの男、それさえ待ちきれず、気を揉ませていた。無性に焦っていた。
今現在も、どこの馬の骨ともわからぬ他の男の毒牙に掛かり、散花させられている見知らぬ乙女たちのことを想像し、寝ても覚めても、気が気ではなかったのだ。
狂いそうになるほどの嫉妬と独占欲…。
だから一日も早く神となって世界を征服し、この世のすべての(いい)女たちを救い上げてやらねばならない……無論、己が「聖棒」によってだ。それが自分に課せられた務めなのだから。
──男は、本気でそう思い込んでいたのだ。

 〜碇ゲンドウのプロフィール〜
  年齢:四十八歳
  技能:四十八手
  才能:ハッタリ
  職業:悪の秘密結社の首領、レイピスト
  趣味:処女破り(中田氏)
  好きな動物:オットセイ(♂)
  子供のときからの夢:神聖ゲンドウ王朝の樹立

少年の一連の話が終わるや、凍りついたような静寂。

「ま──」

声が掠れる。

「──まさかホントにぃ!? じょ、冗談よね? ね? ね?(汗)」
「そ、そうよ! 幾らなんでも……だってこんな……三流官能小説じゃあるまいし(汗)」

ネルフ組の一人が反応し、もう一方がそれに同調する。
無論、彼の言葉が信じられないわけではなかったが、己が精神衛生上、無性に否定したかったらしい。お願いだからジョークと言って欲しいと。…気持ちはわかる。だが──

シーーン

少年は無言のまま、キョトンと小首を傾げる。何でそんなこと訊くのって顔で。

「えーと……まさか、ホントにホントなワケぇ〜!?(汗)」
「うん♪」

ガーーン!

にこやかに返す少年の笑顔に、更なるパニックを起こす面々。
が、その中で黒猫だけは、コクコクと激しく頷いていた。さもありなんと。
そう、彼女だけは、嫌というくらい男の実態を知らされていたのだ……つい先ほどのイベントでだ(汗)。





「さ〜て、そろそろ帰るとしますか」

質問も粗方出尽くしたことで、少年が話を切り出す。

「……もしかして、また歩くのかしら?(汗)」

往路=復路という最悪のパターンが頭をよぎったのか、思わずウンザリ顔のマヤ。
日頃の運動不足が祟ったのか、それとも歳なのか、今になって足全体が筋肉痛に襲われていたのである。特に脹脛(ふくらはぎ)なんか、こむら返りをしそうなくらいピクピクしていた。
それにココは地の底……下ると上るじゃ大違いなのだ。

「いや、それやると時間がないから、ここは一つパパッと瞬間移動で♪」

そう、天下の副将軍様がブラウン管の前で首を長くして待っておられるのだ(笑)。
だったら初めからそうしてくれ──と、某童顔少女が思ったかどうかは、永遠の謎だ。

「──これからどうするのカンナさん?」
「え、私?」

帰り支度(?)の中、唐突な親友からの問い掛けにカンナは驚くが、何とも不安そうな相手の表情に、言葉に込められた意味を察した。
だから、ゆっくりと答えてあげる。彼女の不安を解いてあげるために…。

「そうね……暫くは、まだこの星にいると思うわ。 いろいろなことを整理したいし、ことの成り行きも見てみたいしね。 それに、下手に出て行くと、警備隊の奴らに見つかる可能性だってあるみたいだし」
「そ、そうなんだ」

カンナの回答に、ホッと胸を撫で下ろすヒカリ。
父親の復活の道が閉ざされた今、カンナがこの星にいる理由はないのだ。
せっかく友だちになれたのに、もしかしたらこれが今生の別れとなるかも知れない──少女はそう心配したのだ。
故に、喜びも一入(ひとしお)だった。

「アリガト、洞木さん。 何か迷惑掛けたね」
「え?」

余韻に耽っていたら、いきなり少年が話し掛けてきて、ちょっと吃驚。
第一感謝される理由がわからない。

「赤ん坊、看てもらってさ」
「あ…ううん、そんなことないわ! だって、私も楽しかったから…(////)」

嘘じゃなかった。
今では情が移り、母性本能が疼き、自分も早く産みたいとさえ思ったほどに、至福の時間だったのだ。
腕の中の宝物を見つめニッコリと微笑むと、赤ん坊もまた嬉しそうに甘えた声を返す。まさに母子の関係だ。
だが、少女と赤ん坊は、赤の他人……いずれ夢は覚め、避けられぬ現実が待っていた。
別れは……正直辛い。
しかし、少年の家に遊びに行けば、いつでも会える!
その思いだけが、今の少女の心を和らげた。それに──

「……あの、ちょっと訊いていいかな?」

思い切って言ってみる。
良い機会だし、女は度胸だ。

「ん、何?」
「その……前のときって、私と碇君って、ど、ど、ど、どうだったのっ?(きゃっ)」

言ってから、茹蛸のように真っ赤になる。いやんいやんと首を振った。
思わず少し力が入ったのか、抱きしめられた赤ん坊が吃驚したり(汗)。
よくよく考えれば、愛の告白にも等しいセリフだ。
だが、悲しいかな、我らが鈍感王は気づかない(笑)。

「前史での、僕と洞木さん? そりゃ、仲の良い友達だったよ」
「そ、そうだったんだ……良かった(////)」

お互い、言葉のニュアンスを微妙に食い違わせているのは、たぶん間違いないところだ(笑)。

「ん〜とね、僕とトウジとケンスケの三人で、三馬鹿トリオって呼ばれていてね、キミとアスカに、毎日のようにどやされていたよ。 そーいえば、ホウキ持って追い回されたこともあったかな」
「ど、どやされ──!?」

それにホウキ持って追い回したぁ!?
な、何よそれぇ〜〜!?
甘い想いから一気に覚めた。覚めちゃった。
彼の前ではお淑やかでいる自分像が、ガラガラと崩れていく。
なな、何てことしやがるですかぁあああ〜〜!!知らないアタシぃいいい〜〜!!(泣)

「ハハハ、あの頃の僕って、すんごく馬鹿だったからねぇ〜」

ひょい──

「この猫みたいに♪」
『に、にゃあ?』

いきなり引き合いに出されたシロは吃驚だ(笑)。

「は、はあ…(でもアスカって誰?)」
「あの頃は、とても楽しかったよ…………何も、何も知らなかったからね」

最後にそう呟く少年の表情は、どこか懐かしく、悲しげであった…。

「あ、そうだ!」
「え?」

何かを思いついたのか、少年がポンと手を叩く。そして、

「ちょっと待っててね〜」

そう言うと、一人スタコラサッサと何処かへと消えた……と思ったら、一分もしないうちに戻ってきた。

「今日は、特に機嫌が良いからね〜、奮発だよ〜」
「???」

なおも状況が呑み込めない少女をよそに、右手をスッと差し出すシンジ。何かを握っているようだ。

「ハイ♪ 今日一日良い子にしてた洞木さんに、ちょっと早い誕生日プレゼント♪」
「は!? 誕生日ぃ!?」

ヒカリが驚くのも無理はない。
だって彼女の誕生日は二月十八日。
因みに今は八月。
……ちょっと早いどころじゃなかった(汗)。半年早い。いや遅すぎたともいう(汗)。

「あ、ありがとう…(////)」

それでも年頃の女の子。異性の、しかも想い人からの贈り物なのだ。嬉しくないハズはなかった。むしろ飛び上がるほどに喜んでいた。しかし──

「な、何これ?」

差し出されたのは、先刻見たのと同じような小さな赤い珠。

「キミのお母さんだよぅ♪」
「お、お母さんっ!?」

今度こそ目を白黒させて驚いた。
いきなりの重大告知だ。
てゆーか、そりゃ驚くだろう。信じられるわけがない。
第一、自分の母親は、とっくの昔に事故死していたのだから。

「あ、あれ? もしかして説明してなかったっけ?」

説明していない(汗)。
そのことに思い立って、以前仔猫らに話した同じことを、今一度簡単に説明してやった。

「──そんな、うちのクラスが……」

ヒカリは真っ青だ。ガクガクと足が震えた。
だが、次第に血が頭に昇るや、みるみる真っ赤となる。そして、

「ネルフは何をやってるのよーーッ!!」

思わず怒鳴り散らした。
ここまで彼女がキレるのも珍しいことだ。
だが無理もない。いや、怒らないほうがどうかしているのだ。

「「うう、面目ないですぅ」」
「え? …あ、そんなつもりじゃ!」

ハモッて恥じ入ったネルフ組の反応に、逆にヒカリが慌てた。彼女らを責めているわけじゃなかったのだ。

「ううん、いいの! 知らなかったこととはいえ、本当のことだから…」
「そうね……組織の一員としての、私たちの責任でもあるわ」

そしてゴメンなさいと、涙を流しながら、二人は深く頭を下げた。真摯な謝罪だった。
ヒカリはひどく恐縮した。逆にペコペコ謝り返すほどに。

「あれ? じゃあ、お墓の中の遺骨って──」

素朴な疑問だった。
斎場で、父親にしがみつき、わんわんと泣きながら母親と最期の別れをしたのを、今も憶えている。
幼いながらも、骨つぼに納められた真っ白な骨のことは、未だに忘れられない。

「ああ、アレ? まったくの赤の他人♪」
「……は?」

我が耳を疑った。

「見るに堪えない酷い傷だからって、全身が包帯でグルグル巻きのミイラ人間だったでしょ? ダメだよ? ネルフ(当時はゲヒルン)病院の言うことなんか、簡単に信じちゃ?」
「……」

何も言えなかった。
因みに、身代わりに火葬されたのは、某鬚男による拉致被害者の一人で、散々弄ばれ、壊れて衰弱死した女性らしい。とんでもない話だ。

「…ホントのホントにお母さんが生き返るの!?」
「うん、状態がすごく良いからね。 特例中の特例。 心も体もそして記憶さえも間違いなく純度100%で復活出来ると思うよ」
「……」

ぽたっ、ぽたっ

不意に上から何かが落ちてきた。不思議そうに赤ん坊が見上げると、それはヒカリの涙だった。
ギュッと胸元を強く握り、必死に感情を堪えるも、溢れ出る感涙を抑えきれない。
さもありなん。死んだ母親が生き返ると言われたのだ。平静でいられるほうがおかしい。
見た目はしっかりしていても、彼女は十三歳……まだ母恋しい年頃なのだ。

「大丈夫?」
「ぐすっ……ゴ、ゴメンなさい」

ゴシゴシと恥ずかしそうに涙を拭い、照れ笑いを作る。

「あ、そうだ。 クラスの皆のお母さんたちってどうなの? 元に戻せるの?」

自分の母親が生き返れるのだ。ならばクラスメートの母親たちも──ヒカリはそう期待した。
がしかし、

「う〜ん、それは少し難しいねぇ」
「え…」

予想外の返事に呆然、そして戸惑い始める。
自分の母親が生き返るという喜びの反面、自分だけが幸せになることへの罪悪感だった。
本当に優しい娘だった。

「ざっと見てきたけど、かなり弄くられているね、実験とかでさ。 ネルフって、その辺の倫理観が見事に欠落しちゃってたからね。 【】に損傷が少なければ何とかなったんだけど……駄目だね。 キミのお母さんのは、奇跡に近いよ」
「……」
「無論、やってやれないことはないんだけど、不純物が混ざるから、お勧めは出来ない。 転生にも影響しかねないからね。 ちょっと前にも言ったけど、こと【】に関しては……僕は万能じゃない」

一度言葉を区切り、そして言った。

「だから、洞木さんが気に病むことはないんだ」
「……う、うん」





「じゃ、始めるよ?」

コホンと勿体ぶった咳払いをすると、赤い珠に両手を翳し、ビシッとポーズをとるシンジ。
全員の視線が彼一人へと集まる。今からまた神秘的な儀式が始まるのだ。それを見逃すまいとゴクリと固唾を呑む音だけが空間に響く。だが、

「……」

無論、真面目にやるつもりだった。だったのだが、
この少年、大勢に見つめられると、どうしようもなく大阪人のDNAが騒ぐらしかった(おい)。

「かしこみかしこみあーめんそーめんひやそーめん──」
「「「「「……は?」」」」」

誰もが目が点となる。そりゃなるわな(汗)。
だって少年が始めたのは、宙に浮かんだ赤い珠を中心に、突き出したお尻を振り振り、何とも奇妙奇天烈な祝詞と、そして踊りだったのだから…(汗)。
ドジョウすくい系といえば、わかりやすいかも知れない。

「うんこぷりぷりちょんわちょんわクエックエッ──」

で、出鱈目だぁ…(汗)。
団のめんぼく丸つぶれ。

「クエーーーッ!! ハイっ、こんなん出ましたちゃんちゃこりん〜♪」

言うまでもなく、この怪しげな呪文に意味はまったくない。あってたまるか。
だが、こんなにもふざけた少年の態度に相反して、儀式は完璧に遂行されていたようだ。
ふわふわ浮いていた赤い珠だったが、先ず淡い光に包まれ、数回脈動したかと思うと、一瞬のうちに体積が膨張、直径2メートルほどの白い光球となる。
驚く面々をよそに、いつしかそれは人間のカタチへと形而下し、そしてふわりと床に横たわった。
包んでいた光が次第に収まるとそこには、見た目20代後半の女性、ヒカリに良く似た和服美人が現れていた。
それは紛れもなく、ヒカリという少女の記憶にある母親の姿だった。
なお、着ていたのが黒の喪服なのは、ぶっちゃけシンジの趣味、ゲフンゲフン、サービスだ(汗)。

「…う、う〜〜ん」

女性がゆっくりと目を開ける。ようやく覚醒したようである。
何年かぶりに飛び込んできた照明の光量に、幾分眩しそうで眉を顰めた。

「私……いったい?」
「──お、お母さん…」
「ん? あら、どなたかしら?」

女性の瞳いっぱいにおさげの少女の顔が映るも、一見では誰かはわからなかった。
彼女の瞼に残る我が子の姿は、まだ五歳児だったのだ。

「うぅ、おかあ…さぁん…」
「お母さん???」
「っ!! うぅ、お母さんお母さんお母さんっ!!」

感極まって、ヒカリは母親の腰にしがみつく。そして強く抱きしめる。

「!? ……もしかしてヒカリ? ヒカリなのっ!?」

女性は、母親は、その目を瞠った。

「うん! うん! 私、ヒカリだよっ! お母さん、お母さん、お母さーーんっ!!」
「ヒ、ヒカリぃ!? ど、どうしちゃったの!? それにその姿はいったい──!?」
「うわーーーーん!!」

だが、今のヒカリに母親の疑問に答えてやれる余裕などはなく、ただわんわんと泣いた。ひたすら顔を擦りつけ、大声で泣きじゃくっていた。
そして周囲は、そんな二人を温かく見守っていたのである。

「ぐすっ……泣けるわねぇ〜」
「うんうん、感動の再会だわ〜」

マヤとカエデは、しきりにハンカチを濡らしていた。
ひどく感動していた。
今日日1800円払って観る映画でも、これほど泣ける話は、稀有なのだ。

「良かったわね、ヒカリ」
「うん……うん……」

優しく語り掛ける親友の声に、顔を埋めたまま、ヒカリは何度も首を縦に振った。

「あのぅ〜、これは一体???」

愛娘の髪を撫でながらも、まったく状況が呑み込めない母親。
そんな彼女に、シンジはこれまでの経緯(いきさつ)を簡単に説明してやった。

「……そう、そんなことが」
「お母さん?」
「ゴメンね、ヒカリ……いろいろと寂しい思いをさせて…………母親失格ね」
「そんなことない!」
「ヒカリ…」
「お母さん…」

そして再び強く抱き合う二人。
娘は、今まで出来なかった分を取り戻すかのように、母親に甘えた。

「きゃう〜〜♪」

赤ん坊も祝福した。
因みに、いつに間にかカンナが抱いていたようだ。





「──ご母堂は鬼籍に入っておられた身だからね、その点ご注意を。 特にネルフなんかにバレた日には、洞木一家は、謎の一家心中を遂げることになるから」

少年によるこの半ば脅し文句に、母娘はコクコクと大きく頷いた。
だがこれは、脅しでも誇張でもなかった。
マヤとカエデの二人には悪いが、ネルフという組織は、そこまでする外道共の集団なのだ。

「ホント言うと、暫くは第三を離れたほうがベターなんだけど……最近はネルフも彼方此方で人手不足だし(誰のせいだ誰の!)……まぁ、たぶん大丈夫かな?」
「「……」」
「確かに、いろいろと公に出来ない不便さはあるけど、それもずっとってわけじゃない。 それに、悪いことばかりじゃないでしょ? 若い肉体──きっと洞木パパなんて、毎晩ウハウハだよ♪」

オヤジかお前はっ!?(汗)
だがその言葉に、ヒカリの表情が一瞬にして曇った。

「ヒカリ?」
「……あのぅ…」
「どうかした? 何かあったの?」

母親は、顔色の優れない我が子を気遣う。
ヒカリは、口をモゴモゴさせ何かを伝えようとするが、なかなか言い出せないでいた。けだし言い辛いことのようである。
しかし、とうとう観念したのか、ポツリポツリと話し出す。

「その……うちのお父さん……………………今、結婚を前提に付き合ってる女の人がいるの」
「……え?」

……そりゃまたヘヴィな話だ(汗)。ウルウルの雰囲気が一気に凍りつく。

「この前、紹介されたの。 お母さんが死んで、もう何年も経つからって。 コダマお姉ちゃんは賛成みたいだけど、私とノゾミはどうしても踏ん切りがつかなくて…。 そしたらお父さん、私たちの気持ちの整理がつくまで、結婚はしないって…」

一旦区切って、また話す。

「その女の人とは何回か会ったけど、うちのお父さんなんかには勿体ないくらいの、とても良い人。 優しくて温かくて明るくて、それでいて誠実で、マックスも懐いていて…………ただ、雰囲気がすごくお母さんに似てて……その……」

──死んだ母親の代償みたいで、嫌だったと。
そこまで言って、ヒカリは俯いた。
因みにマックスというのは、彼女の家で飼っている老犬の名前である。

「……」

洞木母こと、洞木ツバメは呆然としていた。さすがに精神的ショックが大きすぎた。
無理もない。
周りにしたら10年近くも経ってはいたが、──彼女にしてみれば、まだ昨日のことなのだ。
当たり前だが、夫への愛も冷めてなどいなかった。
だが現実は……過酷だった。
彼女は思う。
何故、自分がこんな目に遭うのか?
理不尽だ。
不条理だ。
救われない。
浦島太郎もいいところだ。だがこには玉手箱などない。
そういえば、聞いたことがある。
昔、シベリア抑留から解放され、命からがら愛しき妻の待つ日本へと帰ってみれば、その妻はとっくに自分の弟と再婚し、子供までもうけて家を継いでいた。泣いて詫びる妻。そしてもうそこに自分の居場所はなかった……そんな悲話。
──ああ、自分も彼のように、すべてを失うのだろうか?

「あ、あらぁ?(汗)」

シンジは、気まずい脂汗を流す。
もしかして、はやまったか?
良かれと思ってやったことだが、こんな結果になってしまった。
家庭の事情というやつだ。
やはり、行き当たりばったりは良くない。キチンと下調べをしてからにすべきだった。今は無性にそう感じていた。
そう。彼女がいない間も、確実に時は流れていたのだ。
死んだと思っていた妻が、実は生きていました。だから愛人は身を引きなさい。そして元の鞘に収まりなさい。それで、めでたしめでたし……って、当たり前だが、そんな簡単には割り切れない。
──過ぎ去った時間は重い。
この点からも、ネルフのしたことは罪作りだ。
無論、安直に生き返らせたシンジにも、責任の一端はあるだろう。
思案した挙句、

「えーと……またコアに戻ってみるぅ?」

この少年、覆水盆に返らせる気だ!(汗)
いくらなんでもそれは無茶だろう!

「ダ、ダメっ!」

やはりというか、ダメ出しを食らった。

「ヒカリ!?」
「そんなのダメ! 認めない! 絶対に嫌っ!」

断固反対のシュプレヒコールだ。

「でも、私の居場所はもう……」

俯き、落ち込むツバメ。
今さら夫に女性と別れてくれとは言えない、言えるわけがなかった。
第一あの人の心はもう、自分から離れているのだから。
自分に帰る場所など……もうなかった。

「お母さんはお母さんじゃないっ!」
「ヒカリ…」
「たった一人のお母さんなんだよっ!! 私たち姉妹にとっては、お母さんが居場所なのっ!! お母さんにとっては、私たちは居場所にならないのっ!? ねぇっ!?」
「!!!」

我が子の叫びにハッとする。

「だから、お願いだから、もうそんな悲しいこと言わないでよっ!」

顔をクシャクシャにして泣きながら少女は訴えた。

「…………ゴメンなさい」

己の浅はかさを思い知る。
ツバメは大きく溜息を吐いた。

「私、愚かだったわ。 馬鹿よね……こんなにも想ってくれる娘がいるのに、そんなこともわからなかったなんて……こんなんじゃ、笑われちゃうわね」

そして、パンパンと己が頬を叩く。

「──わかった。 私、あの人と一度話し合ってみる。 どんな結果になっても、後悔しない。 だって私は一人じゃないもの。 かわいい娘たちがいるんだものね!」
「お、お母さん!」

そして抱き合う二人。感動再来。

「えーと……結局、どうするのかな? これからのこととか…さ?」

少年が恐縮気味に訊ねた。
自分にも少しは責任があると感じており、さすがに「あっそうさよならごきげんよう頑張ってね〜」などとは言えない(汗)。

「──そうですね。 夫と話し合うにしても、どの道、暫く家には帰れないと思います。 ただ…」

身を寄せるあてが自分にはない。
暫くホテル住まいをするにも、先立つものがなかった。夫や田舎の年老いた両親に頼るのも手だが、それは忍びなかった。娘たちを頼るのなんて論外だ。
自分は過去の人間、死んだ身であるのだから、行政に保護を求めたり、無闇に就労することさえも難しい。
第一そんなことをすれば、少年が言ったネルフという悪の組織に見つかる心配が現実のものとなるのだ。
聡明な彼女は、そこまで考え、そして表情を曇らせた。
周囲にも彼女の考えていることが伝わったらしく、皆どうしたものかと一緒に思案する。
そんな中、誰かの声が上がった。

『──だったら、私の家に来ればいいわ!』

黒猫だった。だが誰にも聞き取れない。だって猫語だから(笑)。

「我が家に来い……その猫、そう言ってるわ」

カンナの通訳に一部の聴衆がざわめく。曰く、猫が喋った!?──と。しかし話が進まないので今は無視(笑)。

「…ふむ、ペットの分際でその物言いは些かアレだが、クロにしてはナイスな意見だ」
『ちょ、ペットって何よペットって!』

飼い猫(笑)がブーたれるも、家主は軽くスルー。

「──で、どうです? うちに来ませんか?」

シンジが女性に提案した。

「え!? で、ですが、それではあまりにも──」

申し訳なかった。
無論、その申し出は、喉から手が出るほどに有難かったのだが…。

「いえいえ、全然構わないですよ? これも乗り掛かった船ですし、それに僕にも責任の一端がありますからね」
「……そう言って頂けるのは本当に有難いです。 ですがやはり──」

迷惑を掛けるわけにはいかない。
そう、相手には相手の家庭があるのだ。そこに他人が土足で入って良いものではない。
ましてやその相手は、娘の同級生だという。なら尚更だ。
固辞──それが大人の分別だった。
だが、言葉は不意に遮られた。

「それでお願いしますっ!」
「!?」

ヒカリだった。

「ねぇ、お母さんもそうして! 迷惑を掛けたくないっていう気持ちはわかるけど、碇君なら悪いようにはしないと思うの! きっと力になってくれるから!」
「ヒカリ…」

真摯に訴える娘の言葉に、また深く考えさせられる。
少しの沈黙の後、ツバメは恭しく申し出た。

「あの……本当に甘えちゃってもよろしいんでしょうか?」
「勿論ですよ。 うちには空き部屋なんて腐るほどありますし、貴女の安全面からも暫くはそのほうが良いです。 遠慮は要りませんよ。 それに、賑やかになるのは大歓迎ですからね」
「……わかりました。 謹んでご厚意に甘えさせて頂きます。 このご恩は……ご恩は、一生忘れません!」

そして、涙を堪えながら深く頭を下げた。
一緒にヒカリも右に倣う。

「!? それはちょっと大袈裟ですって!(汗)」

今度はシンジが恐縮する。

「とんでもありませんっ!」
「は、はい?」
「死んだも同然の私を助けて頂きました! 娘と再び会わせてくれました! その上斯様なご配慮まで賜りました! いくら感謝しても足りません!」
「あぅ…その…」

女性の剣幕(?)に少年はタジタジだ。
なるほど、考えようによってはその通りなのだが……まさか気まぐれでやったこととは言えない(汗)。
──うん、黙っておこう(笑)。

「えーとえーと、そうだ! 準備や用意に必要なものもあるでしょうから、うちから幾らか支度金を出しますよ、いや出させて下さい!」

思いつきのまま喋る。
ここまできたら、あくまで良い人で突っ走ろう。いや突っ走るしかない!(笑)

「そんな! そこまでして頂く理由がありませんっ!」
「理由はあります。 娘さんにお世話になりました」
「ヒカリに!?」
「はい」

そして二人の視線が一人に注目する。

「え!? えーと…………まぁ、そうかも(汗)」

逆に世話になったのは自分のほうだとは思ったが、あえて母のためにヒカリは相槌を打った。だいぶ目が泳いではいたが。

「そうですか…」
「そうなんです」

一歩も譲らない。譲ったほうが負けなのだ。

「……わかりました。 それもお願いします。 ですが、ただ甘えるわけには参りません。 ですので、お世話になる間、是非そちらで働かせて貰えませんか?」
「働く? …住み込みの家政婦ってことですか?」
「ええ」

コクリと頷く。
それはツバメにとっても譲れない一線だったのだ。

「そりゃ願ってもないことですけど……いいんですか?」
「はい、そうして頂ければ、こちらも助かります」

目を閉じ、暫くシンジは思案する。

「ふぅ、敵いませんね。 わかりました……存分になさると良いです。 えーと──」
「ツバメで結構です」
「了解です、ツバメさん。 あ、僕のことはシンジで構いませんよ。 これからお世話になりますね」
「いえ、こちらこそお世話になります、シンジさん。 不束者ですが、何卒よろしくお願いします」

ツバメは喪服姿でキチンと正座すると、三つ指をついて品良く頭を下げた。
襟から覗く白いうなじがすごく色っぽい。

ドキーーン!

大人の女性の艶姿に、不覚にも心臓がドキンチョしてしまった。

「…いい」
「は?」
「あ……いや何でもゴザイマセヌ(汗)」

なんか新婚初夜みたいでドキドキした──なんてこと口が裂けても言えない(汗)。

「あ、でも大変だと思いますよ? うちって結構広いですし、わがままな住人だっていますし」
「ふふふ、大丈夫です。 これでも結構慣れているんですよ? まぁそれに、私がお世話になっていたほうが、娘も気軽に遊びに来れる口実が出来るでしょうから、ね」
「は?」
「お、お母さんっ!!(////)」
「おーほっほっほ〜」

娘の取り乱しようをよそに、口許を手の甲で隠して上品に笑うツバメ。

「(な、何てこと言うのよお母さんっ!)」

母親を物陰に引っ張っていくや、娘は猛烈に抗議。

「(ヒカリ)」
「(な、何よ?)」
「(シンジさんのこと……好きなんでしょう?)」
「な、なななな、何を──!?」

いきなり何ちゅーこと言うのだこの母親はっ!?

「ふふ、隠さなくていいわ。 お母さんにはわかるもの」
「ち、違う! 違うもん!」

真っ赤になって必死に否定する娘。だがバレバレである。
それにもはや内緒声レベルじゃなかった。

「そっか〜、もうそんな歳になっちゃったのね〜。 嬉しいやら悲しいやら……あんなに小さかったヒカリがねぇ……うんうん」

聞いちゃいねぇ…(汗)。

「うう〜〜」
「でも、ライバルも多いみたいね。 少しは素直にならないと……負けちゃうわよ?」
「だ、だから違うって──」

あくまでヒカリは否定した。

「ヒカリ」
「何よぅ?」
「──女の子はね、好きな殿方の子供を生むのが一番の幸せなの。 だから、後悔しないように頑張りなさい。 お母さん応援してるから」
「!!」
「ね?」
「…………う、うん(////)」





「そういや、紹介がまだだったね」

少年は、ひょいと黒猫を抱え上げた。

「えー、コイツは僕の不肖の母親で、名前はクロ、源氏名は碇ユイ」
『ちょ、源氏名って何よ源氏名ってっ!』

猛烈にブーたれるクロ。

「ふぇ? い、碇ユイって……もしかしてあのっ!?」
「どの碇ユイか知りませんけど、たぶんマヤさんが思っている碇ユイだと思いますよ」

この話の盛り上がりに、下ろされた足許で今度は鼻高々なクロ。現金なやつである。

「う、嘘……でも何で猫に!?」

マヤは呆然として猫を見つめる。

「まぁ、その辺はいろいろと事情がありまして……でも間違いなく正真正銘、外道らぶりーな妻、セカンド&サード両インパクトの影の立役者、喉元過ぎれば熱さを忘れる女、碇ユイです♪」
「ほぇ?」
『ちょ、おま──』

クロ慌てる。

「で、こっちが──」

軽く無視(笑)。
今度は白猫の脇を抱え上げ、

「ドジでノロマな亀ことシロ、もう一人の碇シンジでーす♪」
『ひ、ひどいよぅ…(泣)』

白猫は、さめざめと泣いた(笑)。

「あ、このことはご内密に。 万一ネルフの外道に知られたら、拉致監禁は確実、その上何をされるかわかりませんので。 猫好きなマッドでも解剖は必至でしょうからね」
「は、はぁ…(汗)」

ついでに、もう一人のシンジであるダッシュのことも簡単に説明した。ネルフ組や同じクラスであるヒカリなどは、やはりというか、ひどく驚いていたようだが。





私には肉親がいない…。
故に、肉親の情というものがワカラナイ。
だけど、洞木さん母娘の姿を見ていて、不意に心が温かくなった。
何故?
それは不思議な感覚だった。より心が豊かに、そして繊細になっているのがわかる。
碇クンがくれたこの体…。
目を閉じ、遺伝子レベルで走査してみる。これは使徒の力だ。
アポトーシスとアポビオーシスのバランスも絶妙なほどに改善されていた。
トランジスタシスとホメオスタシスの関係も言わずもがな。
あれほど精神を支配していた心の闇タナトスも、今では鳴りを潜めていた。
血圧・視力・聴力共に問題なし。血液の生化学データも異常なし。ホルモンのバランスさえ申し分ない。
S2器官は相変わらず休眠してはいるが、心臓の鼓動は至って正常。内臓疾患も皆無。排卵性月経の兆候を確認。
心身ともに安定していた。
完璧だ。唸るような出来だ。舌を巻くほかない。
自分が自分であるにも拘らず、もはやこの体は完全に別物と言える。
改めて彼の凄さを思い知った。
思わず「良い仕事してますねぇ」と、鑑定団的な感想の一つでも言いたくなる。
ネルフ本部内は空調の故障によりかなり蒸し暑くなっていたが、ここターミナルドグマではその熱は遮断され、ひんやりとした空気が漂っている。
夏服では些か肌寒さを感じるが、それさえも心地良く、今は新鮮だった。

「ねぇ、綾波」
「──何?」

彼の問い掛けに、私が応じる。
些か無愛想なのは、自分でもどうかと思うが、こればかりは直ぐには直らない。

「体のほうは、大丈夫?」
「──平気」

我ながら素っ気ない返事に辟易するほかない。

「そ、そう……良かった」
「……」

そこで言葉のキャッチボールが途切れる。
もっともっと彼と話したい──そう心は渇望しているのに、上手く言葉が出ない。
口下手なのだ。改めて自分のコミュニケーション能力の未熟さを痛感する。

「あ、あのさ」

碇クンが思いつめたように、そして恥ずかしそうに語り出す。

「今の綾波ならさ、人並みに恋をして……結婚をして……そして子宝に恵まれて……きっときっと幸せになれると思う」
「……」

心が熱くなった。
今の私の体なら、それも十分可能だろう。
何より、私もそうなりたいと願っていた。今ならわかる。彼の傍にいたいのだと。
──だが、彼は意外な言葉を続けた。

「そんな相手がさ、きっと現れる……きっと見つかるよ」

そして薄く微笑んだ。

「──え?」

呆然とした。
愕然とした。
どういうこと?
話が噛み合わない。
脂汗が流れ始めた。
体が小刻みに震える。
脳髄が危険信号を送っていた。
彼は今何と言った?
相手?
違う相手!?
嫌!
そんなの嫌!
私は……私は碇クンじゃなきゃ駄目!
言わなきゃ。
言って伝えなきゃ!
大丈夫。
大丈夫だから。
彼ならきっと私を見ていてくれる。
きっと想いは叶う。

「──い、碇クン!(////)」
「ん?」

そして一歩踏み出す。

「──私は……私は碇クンのことが、好き」
「え?」
「──碇クンと一緒にいたいっ!」

なけなしの勇気を振り絞った。
もう彼のことしか目に入らない。
周りはいきなりの告白に驚いていたが、気にならなかった。
だが、心臓がドキドキ言い始める。
頬が熱くなる。
今になって恥ずかしさが込み上げてきた。
俯き、それに耐える。ジッと時を待つ。
しかし、いつまで経っても返事はなかった。
恐る恐る見上げる。

「──!?」

碇クンは、顔を真っ青にして茫然としていた。
目の焦点さえ合っていない。

「──え」

思わず声が漏れた。
どういうこと!?
ガタガタと体が震えた。視界がグニャリと歪む。
もしかして拒絶された!?
捨てられたの私!?
何故!?
どうして!?

「……」

私が母親のクローンだから?
私が使徒だから?
私がバケモノだから?
私が人の母ならぬ者から生まれたから?
私が、私が人のカタチをした人形だから?
私が…
私が…私が…

「──っ!」

言わなければ良かった。
こんな思いをするんだったら、告白なんかするんじゃなかった。
こんなに苦しむんだったら、あのまま無に還ったほうが良かった!
心の中をデストルドーが踊り狂う。
そして、耐えられなくなった私は、その場から逃げ出した。

「綾波さんっ!?」

誰かの呼び止める声も、もう届かない。

「何してるの碇君っ!! 早く追いかけてっ!!」





「何してるの碇君っ!! 早く追いかけてっ!!」

洞木さんに怒鳴られた。
だけど、僕は一歩も動けないでいた。
愕然とした。
大団円の一歩手前で、運命の女神がせせら笑った。
想定外の事態。
いい気になっていた。
僕は綾波を通して──あの綾波を見てたのか?
それが贖罪だから?

「……」

ブンブンとかぶりを振る。
いずれにしたって、この身は罪深すぎだ。
何より僕は彼女を裏切った。
…最低だ。
僕は父親と同じで最低だっ!

ズガーーン!

無性に苛立ち、手近な壁を殴って陥没させた。
その轟音に驚いた赤ん坊がわっと泣き出し、洞木さんがよしよしと宥める。
情けない。
実に情けない。
50億年生きてこのザマだ。

いったい何をしているんだ僕は──



To be continued...


(あとがき)

SS執筆二年目にして、漸く「端折る」のスキルを覚えました。
……嘘です。覚えてません(汗)。
いつもにも増して冗長な内容でゴメンなさい〜。馬鹿なので進歩がないんですぅ〜。
今回の話ですが、つい数日前までは一話予定だったのですが、気が変わって前編(起承)と後編(転結)に分割しちゃいました〜(笑)。
今回は、なんちゃってR指定なので、キツイ方は読み飛ばして下さい。…てゆーか、手遅れかも知れませんけど(汗)。
後編(一転して痛快です!)は、量も少ないですし、そのうち出します……たぶん(汗)。
ただし、残酷シーンの描写が多いので、特に注意が必要です。スプラッタが駄目な方はご遠慮下さい。
なお、当面は執筆に集中したいので、今回頂いた感想等については、後編の公開後にまとめてお返事したいと思います。
以上、ご承知おき下さいませ〜。m(_ _)m
次回もサービスサービスぅ〜♪
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