第十八話 あやなみれい(後編)
presented by ながちゃん
「……」
一人の女が腕を組み、街の外れに建つ一軒の切り妻屋根の建物の中で、能面のような顔で佇んでいた。
そのすぐ横には、終始おどおどした様子の少年。
そんな二人が今いるのは、端的に言えば、どくだみ荘。風呂なし、駐車場なし、台所・洗濯場・トイレ(汲み取り)共同の、誰が見ても呆れるほどのオンボロアパート、その中だ。
部屋の白壁は煙草のヤニで一面が茶色、床や畳も所々が腐ってプワプワ、ガムテープ(クラフトテープ)で補修したヒビ割れた窓ガラス、そして破れたカーテン、漂うツーンとした年季の入った焦げたような腐ったような何とも言えぬ複雑な発酵臭──それは今どき珍しすぎるほどにレトロな建築物だった。恐らく昭和中期あたりに建ったものだろう。
六畳一間の部屋の中央に、何故かポツンと木製のミカン箱。はてとその真上に視線を移せば、天井の梁から垂れた一本のロープ……何気に先が輪っかなのは無性に気になる。ちょうど人の首がピッタリと入る大きさ(汗)。
何とも曰くつきの物件のようである(笑)。
「…で、こんなのしかなかったわけ?」
赤いジャケットの女は、首を動かさず、視線だけをギロリと横に向ける。明らかに責めるようなイライラした目。
言葉少なげ故に、より効果的に相手の心を震え上がらせ、そして抉(えぐ)った。
「す、すみません」
「ホント、使えないわねアンタ」
「すみません」
「アンタ、謝ればそれで済むと思ってるでしょ?」
「すみません」
図星だった。辛いから、考えたくないから、条件反射的にその言葉が出る。ひたすら俯き、目は合わせない……怖いのだ。人付き合いが。銀髪の少年は、以前と何一つ変わってはいなかった。
そんな態度に女は苛立つが、グッと言葉を呑み込む。
「…もういいわ。 当分はこれで我慢するから」
「すみません」
「電話」
「すみま……え?」
ハッと顔を上げる。
「電話、使えるわよね?」
「あ、はい使えます。 ネルフの名前を出したら、すぐに使えるようにしてくれました。 …黒電話ですけど。 すみません」
「まあいいわ。 電気は?」
「だ、大丈夫です。 すぐに使えます。 無理言って何とか開設してもらいました。 …照明はアレですけど。 すみません」
促されて天井を見れば、ぶら下がったコードの先、黒の二又ソケットの片方に、むきだしの白熱電球が一つだけ付いていた。どうやら今どき蛍光灯じゃないらしい。
「チッ、まあいいわ……もうアンタには何も期待してないから」
「す、すみません」
屈辱にグッと唇を噛んだ。
「じゃあ、これおカネ。 さっさと不動産屋に行って払ってきて」
プイと視線を合わせないまま、銀行で引き出してきたとはとても思えない、しわくちゃのお札の束と小銭を無愛想に渡す。
「わ、わかりました……すみません」
そして少年は、またトボトボと歩き出した。
〜第三新東京市・郊外、シンジ邸〜
で、時は今に至る。
あれからシンジたちは彼の自宅へと戻っていた。
だが、そこにレイの姿だけがなかった。
ネルフ組はソファーに座って放心している。ときたま思い出したように明るく振舞おうとするが、上手くいかない。
同級生組は赤ん坊に構っていた。特にすることがないようである。
和服美人はお茶を淹れた後、再びダイニングのほうへ戻って何かの片付けを始めており、仔猫二匹は毛繕いをしていた。
皆、神妙な面持ちだった。何とも間が持たない。理由は明快。そう……この邸宅の主、シンジの落ち込み様だった。
リビングの隅、一人悶えるシンジがいたのだ。
頭を抱え、たまにゴロゴロと床を転がって、ときたま柱に頭をガンガンとぶつけて……楽しみにしていたテレビ番組なんか、とっくに見逃していたし。
『大丈夫ぅ、シンジぃ?』
見かねたクロが、慰めようと愛する息子のホッペをペロペロ舐める…が、
じょりじょり──
さすがに猫舌はザラザラしていた(汗)。だが息子はされるまま返事もない。
てゆーかクロよ、シンジの顔をペロペロする直前、何気に己が股間をペロペロしていなかったかね?(汗)
無論、そのことを突っ込む気力など、今のシンジにはなかったわけで。
「きゃう〜〜♪」
『うう、うみゃあ〜〜〜っ!!』
無用心に赤ん坊に近づいてしまった白猫が、尻尾を掴まれて右へ左へ振り回されている以外は、とくに何事もない時間が過ぎていった。
「──で、どうするの?」
「え?」
何時になく真面目な同僚の声に、マヤは横を向く。
「これからのことよ」
「これから?」
「うん……いっそ辞めちゃう?」
辞める……つまりネルフをだ。
その言葉にマヤは俯き、黙り込む。
「…あら? 怒らないのね?」
意外そうなカエデの表情。だってそんな無責任なことを言えば、それがたとえ冗談でも直ぐに怒ると思っていたし、元々そのつもりで鎌を掛けた言葉だったのだ。
「…確かにそれも手よね」
ポツリとマヤの口から漏れた。
「もう汚いことをしなくてもいい…」
「そうね」
「嫌な思いもしなくていい…」
「かもね」
「……」
「じゃあ、辞める?」
「──辞めない」
顔を上げ、迷いなくキッパリと言い切るマヤ。
「すべてを投げ出して逃げるだなんて、そんなの無責任すぎるわ。 卑怯よ」
「…同感ね」
親友の凛とした物言いに、カエデは目を閉じたままウンウンと相槌を打つ。
「騙されて知らなかったとはいえ──私たちネルフが犯した罪だもの。 加害責任からは逃れられないわ。 何より仲間を、皆を見捨てるなんて、絶対に嫌」
「そうね…」
故に舞台からは降りない。二人はそう確認し合っていた。
尤も、今の二人は知らないことだが、彼女らの退職をネルフという組織がスンナリと許すわけがなかったのではあるが……特にマヤは。この辺はまた別な話。
「さて、問題はどうするかだけど……国連がグルとなると、迂闊に行動は起こせないわね」
国連に直訴するなんて論外。マスコミに情報をリークしても、きっと握り潰されるだろう。いやそれだけでは済まない。最悪いや間違いなく殺される。
「表立っての反抗は無謀ね。 やっぱりその辺の仕置きはシンジ君に任せたほうが良いのかも」
「え…!? じゃあ、私たちは何もしないって言うの!?」
途端に気色ばむマヤ。
何もしない──それでは今までと同じなのだ。いや真実を知った今、それは無間地獄に等しい。
「そうは言ってないわ」
「でも!」
「落ち着いてマヤちゃん! ゴメンなさい、勿体つけちゃったわね。 私に少し考えがあるの」
「か、考え? どういうこと?」
マヤが不思議そうに訊き返す。
「うん、あの司令には野望はあるけど──人望がないの」
「あ、まぁ……それは確かに」
えらい言われようだ。だが納得(笑)。
「だから私、その辺から皆を説得してみようと思うのよ」
「皆? それに説得って?」
「えーとね、前の部署で特に仲の良かった子たちがいるの。 彼女たちならきっと力になってくれると思う。 ううん、間違いなく頼りになる。 そしてネルフの中で反ネルフの仲間を作るの。 ここぞというときのためにね」
「き、危険だわ! 万一司令寄りの職員に紛れ込まれでもしたら──」
それこそ一巻の終わり。
しかしカエデはチッチッチッと人差し指を横に振った。
「身元はしっかりと確認するわ。 それに、私はともかくその子たちは人を見る目があるから、大丈夫」
「そ、そう」
「うん、大丈夫」
カエデは自信満々に言い切った。
「…ねぇ、もしかしてその子たちって、MAGIの?」
「ええ、サツキちゃんとアオイちゃんよ」
「あ、やっぱり」
パァっと笑顔で得心するマヤ。
名前が挙がったその二人は、彼女も良く知る人物だった。
本名は大井サツキ、そして最上アオイ。共にMAGIの主任オペレーターである。
なるほどこの二人ならとマヤは思った。
「シンジ君はシンジ君、私たちは私たち、そして出来ることと出来ないこと──それを考えましょう」
「…そうね。 うん、わかったわ」
その直後、言い難そうにカエデが続けた。
「──でさ、赤木博士のことなんだけど……どうするの?」
その言葉にビクッと身を竦ませるマヤ。
そして無言でかぶりを振った。何とも悲しそうだ。
(はぁ…無理もないわね)
頭をポリポリしながらカエデは思う。
赤木リツコ──人類屈指の、紛れもなき天才。仕事の鬼。自分とは上司と部下の関係。
無論、尊敬はしている。ただ出身大学も違うことから、マヤほどの薫陶は受けてはいなかった。
しかし彼女は、敵か味方かといえば、現時点では間違いなく敵なのだ。しかもその中枢にいる人物である。
故に、手放しでは仲間には引き込めないし、第一それは自殺行為に等しかった。
そのことであの少年と反目しあうのも、絶対に得策ではない。
だけどあの子の、マヤの気持ちも痛いほどわかる。
彼女にとっては、尊敬する先輩・上司であり、学生時代からの憧れなのだから。
今は時間が必要なのだ。
〜ネルフ本部・ターミナルドグマ〜
そこは赤く薄暗い世界だった。
その中央に鎮座する巨大水槽、いや正確には調整槽と言うべきか。
コポコポとLCLを循環させる生命維持装置の音と、水面を照らした有機ELの淡い光…。
だが主たち亡き今、もはやそれは何ら意味を成さない物と化していた。
ここはダミープラント。死の世界。
少女は、綾波レイは、一人そこに佇んでいた。
水槽の強化ガラスに手を重ね、LCLの底に沈む同胞たちの亡骸を、ただ力なく見つめていた。
その小さな胸を痛め、その思いを馳せた。
シンジらの許を去ったあの後、レイは一人泣きじゃくり、当てもなくフラフラとドグマの中を彷徨い、そして気がつけばここにいた。その間の記憶はない。
ここは自分が生まれた場所……そして終わりと始まりの御座……。
あれから如何ほどの時間が経ち、そして何故ここにいるのだろう。
帰巣本能というものか、それとも彼女たちが呼び寄せたのか……それはわからない。
ふと気づけば、流れる涙はいつしか枯れていた。
「──わたしは、ひとりなの?」
ポツリと独白。その瞳は悲しみに彩られて。
「──あなたたちは、ほんとうに、これでよかったの?」
当然返事などはなく。
「──ゴメンなさい」
こつんとガラスに額を着け、LCLの中に横たわる既に物言わぬ己が分身たちに詫びた。
「──ほんとうに、ゴメンなさい」
繰り返しの謝罪……それは素直な心情の吐露だった。
自分は生き残って、彼女たちは死んだ……それが事実。そのことに罪悪感がないと言えば嘘になる。
「──いかりクン……わたし……わたし……」
頭の中でいろんな思いが交錯していた。どうしようもないほどに感情が昂っていた。
LCL越しに虚空を見つめると、少女はギュッとその胸元を握り締める。
視界が滲み、そしてツゥと一筋の雫が頬を流れた。
〜同・司令室〜
ここは悪の巣窟、客観的に見ても悪の巣窟、つまりはネルフ本部の総司令官公務室、通称司令室、俗称サティアン(笑)。
先の使徒戦役で辛うじて破壊を免れたこの一室に二つの影あり。言わずもがな部屋の主とその補佐役である。
つい先刻、地上と地下でとんでもない事件が起きていたことなど、双方露知らず。
ビリッ!
ゲンドウは、目の前に束ねられた封書の一つを手に取るや、何の躊躇もなく開封した。
ハサミやペーパーナイフの類は使わず、大雑把に手破りだ。カミソリが仕込んでないのが実に残念(笑)。
そして中身に目を通す。
なるほど自分宛の手紙かと思いきや──それはレイ宛の手紙だった。つまりは他人の信書。
この男、それを勝手に開封し、読んでいたりする。
その後も一通一通を破り開け、当然のように内容をチェック。これが男の日課であった。
幾つか親展の朱印が押された郵便物もあったが、そんなモンは無視だ。この男、少女の人権など端から認めてはいなかった。
籠の中の鳥の生活、そのすべてをチェックしないと気が済まなかったようだ。
中には、ラブレターの類も今までに何通かあったようである。この少女、学校では意外とモテるらしい。当然、男は読むなりそれを握り潰していたが…。
余談だが、チェックされた郵便物(ほとんどはDM)は、この後すぐ部下がキレイに補修し、少女の部屋のドアに元通り押し込めに行くという。まったく税金の無駄遣いである。
横に立つ(車椅子だが)冬月は、横目で嫌悪の顔をするが、諌めない。どうやらいつものことらしい。
「──おい碇」
「何だ?」
「地上から苦情が殺到しているぞ?」
見た目某カルト教団特製っぽい白いヘッドギアを装着した冬月が、イヤホン型の内線電話に耳を当て、半ば呆れ気味に報告した。
因みにこのヘッドギアは、徹夜続きの某金髪黒眉博士にさらに徹夜をさせて(笑)作らせた特注品であり、エヴァのシンクロ技術を無駄にフィードバックした、脳波一つで車椅子に装備されたコントローラを自由自在に操作、内線電話やMAGIの検索さえもお茶の子さいさいの優れものであった(外見はイマイチだが)。この技術を民間医療や介護の分野に解放すればと思うが、そんな殊勝な考えなど、端から彼らの頭にはなかったようである。
「…どういうことだ?」
「葛城君がいろいろと勝手しているらしいな」
「くだらん……放っておけ」
「は? 本気か貴様!? ネルフの評判はガタ落ちなんだぞ!?」
「任せる」
「くっ…」
いつものことながら、老人は軽い殺意を覚えたようだ。
ビービービー!
突然、ブザー音が室内に響き渡った。
「あ〜碇、委員会から呼び出しのようだが?」
「わかっている」
何の用だとばかりに舌打ちすると、ゲンドウはその重い腰を上げた。
その先に、地獄が待ち受けているとも知らずに。
〜???〜
「お、お待ちをッ!!」
「この期に及んで見苦しいぞ、碇!!」
暗闇に交錯する嘆願と拒絶の声。それは怒号に近いものだった。
十数分前より始まった突然の委員会は、蓋を開けてみればゼーレ首脳陣による査問会だった。
勿論、査問を受けるは碇ゲンドウその人だ。今現在も、レイの素性のことで激しく弾劾されていた。
ゲンドウにとっては、まさに寝耳に水、想定外の事態。当たり前だが何の心構えもなく、あたふたするばかり。
それでも必死に弁明しようとするが、言葉が続かない。何故かといえば、掛けられた嫌疑すべてに覚えがありまくりだったからだ。
「わ、わたわた、私は……私は……」
目の焦点が定まらず、右へ左へ細動している。緊張で喉は枯れ、言葉は乱れ、全身からは脂汗が流れ落ちた。当然だ。このままでは己が命に係わるのだから。
しびれを切らしたモノリスの一人が、呆れたように諭し始める。
「あのね……そもそもアレが自分の細君の100%クローンだと、そう公式に報告してきたのは、他ならぬキミなのだよ? それ故、我々はエヴァの適格者たり得ると、その存在を許したのだ。 覚えているかね?」
「も、勿論です」
「だがね、100%の人間に、あのような力はない……矛盾だよね?」
「……」
黙り込むゲンドウ。
「ふう……もういい加減に白状したらどうかね? あの少女に、アダムもしくは封印したリリスの細胞を融合させたと、我々に虚偽の報告をしたとね!」
「ち、違いますっ!! 全然違いますっ!! 絶対違いますっ!! この私がそのようなことを──そ、そうだ!! 汚染されたんですっ!! きっと使徒に汚染されたのですよっ!! そうに違いありませんっ!!」
その場の閃きと思いつきでペラペラと喋り捲る鬚男だが、無論ガセ。捏造。その場かぎりの言い逃れ。
レイの素性を認めることは勿論のこと、虚偽報告さえも死罪に当たるのだから、相当に必死であった。
尤も、使徒の侵入と接触を許したという時点で十分解任レベルだということに、男は気づいていない。まぁ、それでも死ぬよりはマシであるが…。
「だがね、そんなイレギュラー、預言書にはないよ?」
「よ、預言書とて完全ではありません。 たまにはそういうことも……あ、あると思います、いやたぶん」
相手の反応を窺いながら、しかし最後は力なく主張する。
だがその回答を待って、真正面のモノリスが難題を吹っ掛けてきた。
「──ほぅ、ではファースト・チルドレンの引渡しにも、当然応じることが出来ような?」
「!!! そ、それは…」
マズイ。それだけはマズイ。死ぬほどマズイ。だってアレをゼーレに引き渡しちゃったりしたらお仕舞いなのだ。そんな事態になったら、きっと股間から出てはいけないものまで出てしまう(笑)。
「…またダンマリかね? いい加減に認めたらどうだね? こちらには動かぬ物証があるのだよ?」
彼が言う物証とは、先ほどゲンドウにも見せた、渦中の少女がATフィールドを使うまさにその瞬間の映像のことである。言わずもがな、衛星軌道上から捉えた例の遊園地の映像である。やはり老人たちはいの一番に男に突き付けていたようだ。
だが被告人は認めない。断じて認められない。
当たり前だ。いわば、さっさと認めて死んじゃいなさい、そう言われているも同然なのだから。
「だから誤解ですっ!! 私はアレが使徒だったと、本当に今の今まで知らなかったのですっ!!」
「嘘だな」
ハイ嘘です♪(ギクリ)
「う、嘘ではありませんっ!! 私は無実なんですっ!! 本当なんですっ!! ちゃんとした『証拠』もあるんですっ!!」
言ってから「あ、しもた」と思ったりしたが、後の祭り。
案の定、老人たちはその言葉に目を細め、飛びついてきた。
「ほう、証拠ねぇ…」
ニヤニヤしていた。動かぬ言質を取ったと。
「フン、性懲りもなく見え透いた嘘を」
「ああ、ガセネタにもほどがあるよ」
「偽造だね」
「捏造だな」
各々鼻息が荒い。同時に苦笑。
「う…」
今さら「間違いました、ゴメンなさい」なーんて出来るような雰囲気じゃなかった。
クッ、こうなったらもう突っ走るしかない。男は自分に言い聞かせた。自分を追い詰めた。自分を奮い立たせた。
虎だ!虎になるんだ俺様っ!
ガオ〜〜〜ッ!!(笑)
深呼吸して落ち着いていつものゲンドウポーズに戻る。赤いサングラス越しに相手への威嚇。始まるは一世一代の大芝居。命を懸けた真剣勝負。
豹変。百八十度開き直った。今までとまったくの別人。そう、これがこの男の才覚だった。所謂ハッタリ。こんなときの男の頭は、回りに回ったよクルクル、クルリンチョと。
「──フッ、嘘ではありませんよ」
嘘も百回言えば真実となる。
ゆっくりとした口調の、落ち着き払った重低音。既に男は、心の平静を取り戻していた。さすがである。なんせこれ一つで四十八年間もオマンマを食ってきたのだ。尻尾など絶対に掴ませない自信に満ち溢れていた。
「なら、その根拠を示せ」
「私の言葉が何よりの証拠です」
「…は?」
誰もがア然とした。思考がついていかない。
「な、何を言っておるのだねキミは!?」
「そうだ! 戯言はいいから、とっとと証拠を出したまえ!」
「…私めを、お信じになれないと?」
さも意外そうな顔でゲンドウは首を捻った。
「当たり前だ! そんなガセを誰が信じられるかっ!」
「詭弁にすぎんよ!」
「左様! 馬鹿も休み休み言いたまえっ!」
一斉砲火が始まる。ことごとくがゲンドウ一人を責め立てた。
無論、図星だった。言われていることは何もかも皆正しい。全部真正だったのだ。
だがしかし、当事者はそれを認めるわけにはいかない。そんなことをすれば、ピンポイントで死が確定してしまうのだ。
「詭弁ではありませんよ。 無論、確度の高い証拠はキチンとあります。 私はそれに基づいて言っておるのです」
「だーかーらー、その確度の高い証拠とやらを出せと言っておるのだよっ!」
いい加減キレてきたようで声が殺気立つ。いつしか立場逆転であった。
「それは出来ません。 先ず、あると言っている私めを信用して下さい」
「キミはさっきから何を言っておるのかねっ!?」
モノリス全員の頭上に「???」マークが浮かび上がっていた。
証拠はあります、でも出せません、でも信じて下さい、それが何か?──男の態度はまさにソレ。
論理がすれ違──否、破綻していた。
その後も議論は平行線のまま動かず、証拠を出せ、出さないの水掛け論に終始した。
結果、老人たちは結構イライラしてきたらしい。頭の血管も切れる寸前だ。
そんな膠着状況に、真正面のモノリスが一喝した。
「いい加減にしろ碇!! これ以上我々を愚弄すると、懲罰動議に掛けるぞっ!!」
しかし男は涼しい顔。
「おや? よもや議長も私めの言葉を信じられないと?」
一歩も引かないゲンドウ。
それに、自分の命>>>懲罰動議なのだ。端から優先次元が違うのだ。まだ議員年金も貰ってないのだ。比較するのさえ馬鹿らしい。それに今の彼は虎なのだ。肝もドンと据わっていた。
だが、この態度に、彼、キール・ローレンツはキレた。
「当たり前だ馬鹿者っ!! そのようなデタラメな話、マトモな神経の持ち主なら受け入れられるハズもなかろうがっ!!」
お怒り至極ご尤もであるが、肝心の男は性懲りもなく。
「では議長、貴方があのたった一つの記録映像を信じて、私の言葉をガセ・嘘・デタラメと信じたその根拠はどこにあるのでしょうか?」
「……………………ほ、本当に大丈夫かねキミは???(汗)」
悲しくなった。あー言えばこー言う。これじゃ子供の屁理屈と同じだ。頭が痛くなった。言葉が通じない。ああ、恐らく小学校の新米教師もこんな思いをしているのかも知れない、キールは無性にそう思っていた。
「ふぅ……いいか? あの映像は、国連籍の最新鋭の偵察衛星から中継されてきた記録データだ。 当然、ゼーレ本部だけでなく、複数の拠点においてもまったく同一のものを受信しておる。 故に改ざん・捏造の余地は皆無、真正と言えるのだよ。 またデータ的にもおかしな点はなかったと、うちの技術部の保証もある。 これは紛うことなき物証だよ! ───片や、貴様は一切証拠を示していない。 あるあると口だけだ。 これではデタラメと論じられても仕方がなかろう。 どうだ? わかったか?」
モノリスbPは、沸々とした怒りを抑えて、子供を諭すようにキチンと答えてやった。だが、
「わかりませんな」
「何っ!?」
「はぁ……どうしてビデオ映像一つを信じて、私めの言葉をお信じになられないのか、まったく理解に苦しみますよ」
「ッ! だーかーらー信じて欲しくば証拠を示せと、さっきから言っておろうがっ!!」
「それは出来ません。 信じてもらうのが先です。 無論、私が逃げたいとか事実がないとか、そういう理由で現物の提示を現在においても躊躇っているわけではないのです。 証拠は──間違いなくあります。 ただワケあって言えないだけです。 ただ、そのワケもワケあって言えませんがね」
そして、クククと笑いを隠した。
「ふざけるなーーッ!!!」
突然、響き渡る怒号。
それはキールではなかった。外野の一人が堪らず口を挟んでいた。
「そんなものガセだっ!! 否、そもそもそんな証拠など、端からあるものかっ!!」
「左様左様!! 我らを馬鹿にするにもほどがあるよっ!!」
「そうだそうだ!! まったく馬鹿らしいっ!!」
激しく同調する一同。
だがゲンドウは慌てない。フンと踏ん反り返る。これくらいは想定内なのだ。だから言ってやった──次の決定的な言葉を。
「──ほぅ、そうまで言われるなら、私にその証拠が『ない』ということを、キチンと証明して頂けますかな?」
「何だとっ!?」
「ッ!?」
「馬鹿な…」
誰もが信じられなかった。そして呆れる。あうあうと口をパクパクさせた。
この男、所謂「悪魔の証明」を求めてきたのだ。いけしゃあしゃあと。
自分は無実潔白という証拠を一つも出さないくせに、相手には「ガセと言うなら証拠を出せ」と迫って憚(はばか)らない。恥知らず、性質が悪いにもほどがあった。
もしこの論理がまかり通れば、今後さらなる不手際が男にあったとしても、如何な根拠を以ってしても、追い詰めることが不可能となるのだ。
追求しても「知りません、私は無実です、その動かぬ証拠は私の心の中にあります、以上」なーんて感じで誤魔化されるのだ。いやマジで。
当たり前だが、周囲はそんなの認められない。
「ふざけるのも大概にしろっ!!」
「いい気になりおって、この飼い犬風情の腐れ外道がっ!!」
「真に以って無礼千万!! 即刻、嬲り殺しにしてくれるわ!! 首を洗って待っておれっ!!」
暗闇の中、今にも集団リンチが始まりそうな険悪な雰囲気が荒れ狂った。
だがゲンドウは無言で椅子から立ち上がると、何をしようというのか、大きくその左右の手を広げた。そして高らかに唱え始めた。
「──フッ、見て下さいキール議長! この一方的な攻撃! この風景を! こんなところに証拠を出したら、白いモノも黒とされるのは当然!」
「「「「「はぁ?」」」」」
突然始まった演説、いや演劇に周りはア然とするも、男は何かに憑依されたかのように勝手にエクスタシー(笑)。
「──そういった環境の中で、どのようにしてその先入観を打ち破ることが出来るのか──本当に悩ましい」
「お、おまおま、お前何を言って──!?(汗)」
「──故に、この証拠は──私としては最大限守ってあげたい」
「お、おーい(汗)」
「──私はこのような激しい攻撃をする人たちに申し上げたい。 これは一種の言論封殺なんです。 最も恥ずべき行為です」
「もしもーし(汗)」
「──どのような条件をクリアしたら、真正なモノと認めることが出来るのか──知恵を貸して下さい」
「…ダ、ダメだこりゃ(汗)」
そして鬚面で強面の男は、言いたいことを言い終えたのか、とても満足そうに着席。
二十一世紀最大のギャグだ。
シーーーン
皆、呆れ果てていた。魂が抜け掛けていた者も若干名いた。
だが、一人だけ違った。
「……ククク」
「!? キ、キール!?」
「フハハハハハハ〜〜〜ッ!!」
笑い声はキールその人であった。普段の彼からは考えられない狂ったような腹の底からの高笑いを飛ばす。
「ハハハ、フフフ……面白い、面白いぞ。 貴様のその腹芸に免じて、今一度だけ猶予をやろう、今一度な」
「なっ!?」
「本気かっ!?」
「お主また勝手に──!!」
ゲンドウ以外の、そこにいる全員が気色ばむ。
「──おのおの方、どうか許されよ」
老人はやんわり事後承諾を求めるが、
「駄目だ駄目だ!! 認められるわけがなかろうっ!!」
「左様!! そもそもお主はコヤツに甘すぎる!! まだ懲りてないのかっ!!」
「これで何度目だと思っておいでか!! これでは貴殿の責任問題にも発展しかねませんぞっ!!」
と、けんもほろろ、とりつく島もなかった。
「──無論、承知はしておるよ。 だがな、我々にも解決しなければならない問題も山積しておるのだ。 例えば──」
「666の件ですかな?」
一人の、割と穏健な男が代わって二の句を告げる。
「うむ、確かにそれも一つだ。 無論、それだけではない。 この場での詳しい言及は避けるが、ネルフに大鉈(おおなた)を振るうにしても、いろいろな物と同期を図る必要がある。 使徒襲来スケジュールの危急のただ中、後任人事の拙さもある」
「そ、それはそうだが…」
「それにだ──この長きに渡る因縁を、このたった一撃で終わらせて満足かね? 待つのも一興とは思わんかね?」
「!!!」
その悪魔の微笑みと誘惑に、一瞬だが全員の心がグラッと動いた。
あの憎らしい鬚男を、今まで何度も煮え湯を飲まされ続けてきた獅子身中の虫を、ここでいとも簡単に殺してしまうのは、確かに抵抗があった。言い換えれば、勿体なかった。出来ればじっくりゆっくりと嬲り殺したかったのだ。それが偽らざる本音。だが、それは私情なのだ……公私混同は厳に慎まなければならなかった。
しかし、それを見透かしたように老人は補足する。
「猶予といってもごく短時間だ。 それによる損害も軽微。 安心めされよ。 なに、我々は十五年も待ったのだ。 今さらどうということもあるまいて」
「いや、だがしかし…」
躊躇いの雰囲気。踏ん切りがつかない。だがそこで、一人の男が告げた。
「──わかった。 貴公に一任しよう」
「ヨ、ヨシュア殿!?」
声を上げた者、それはゼーレbQの男であった。
「だが、これが最後だ。 我らの寛容も限界だ。 このこと、努々(ゆめゆめ)忘れることのなきよう」
「…憶えておこう」
そして11枚のモノリスたちは、渋々ながら次々と部屋から消えていった。
暗闇の中、ポツンと一人だけ残ったモノリス、キール・ローレンツが、クルリと振り返る。
「さて碇、待たせたな──って、お前いったい何をしているっ!?」
見れば鬚男は、話も聞かずに、テーブルの上で熱心に何かをしていた。
「──あ、失礼。 お歴々がお話中で、やることがなかったもので、手持ちの書類で鶴を折っていました」
「……」
この折り紙付きの馬鹿め。
「もう一度念を押しておく。 本当にその身は潔白なのだな?」
「はい。 今の私にやましい点は一つもありません。 明鏡止水の心境ですよ」
と、ふてぶてしくゲンドウは嘯いた。
嘘吐きは悪党の基本なのだ。
「なら一日やる」
「は? 一日やる? ですが証拠は──」
出せない。てゆーか、そんなもの最初から存在しない。そのために打った大芝居なのだ。
「ダメだ。 証拠は出せ。 如何な理由があろうとも出せ。 絶対出せ。 我らがお前の言葉を信じる信じないに拘らず出せ。 いいか? これは絶対命令だ。 拒否は──許さんっ!」
「クッ…」
「だが心せよ。 誤魔化しや証拠隠滅など考えないことだ。 黙ってそれを許すほど我らは甘くないぞ?」
「……」
ゲンドウは、苦々しく舌打ちした。
これでは何のために芝居を打ったかわからない。骨折り損である。
が……まあ良しとすべきか。辛うじて命は繋がったのだから。
しかしとゲンドウは考える。
何とか引き延ばしには成功したが、さすがにこのまま証拠を出さないのはマズイ。
だが証拠など端から存在しない。あれはブラフなのだから。
なら、捏造してでも出すしかない。キールは釘を刺したが構うものか。てゆーか、それしか選択肢がないから仕方がない。
しかしどうする?どうすればいい?
証拠……証拠か。
無論、レイを差し出すなんて論外だ。
あれは、「リリス」・「初号機」・「ユイ」・「レイ」という疑惑の四点セットの一角なのだ。つぶさに調べられたらとんでもないことになる。一巻の終わりなのだ。
さてどうする?どうしたらいい?
(──ん? そうだ! 代わりにダミーの体を渡せば!)
そう、あれも間違いなくレイなのだ。魂がないだけで体の組成はまったく同一だ。
アダムではなくリリスの因子が検出されるのは厄介だが、まあいい、中にはリリス由来の使徒もいると強弁すれば、きっと切り抜けられる。預言書はあくまで預言書なのだからな。白痴なのは、何とか理由をつけて誤魔化せば良い。
…ん、ちょっと待てよ。今のレイが死んだ場合、その魂がそっちに行ってしまう可能性もあるではないか!それはマズイ、マズイぞ!
……いや、大丈夫だ。さすがにそれは杞憂か。どうせ直ぐに解剖されて殺されるハズだしな。殺されなくても、我らの技術なしでは延命など不可能。──うむ、問題ないぞ。よし!これだ!これしかない!これでいこう!
「──フッ、わかりました。 本当は出さないつもりでしたが、それで私めに二心がないことの証としましょう」
「そうか……ま、期待しておるよ」
無論、別な意味で期待はしていた。ゲンドウの言葉など、キールは元から信じてはいなかったのだ。
「ええ、楽しみにしていて下さい」
「ふむ、ご苦労だったな」
恒例の労いの言葉を掛けて、キールは空間からログアウトしようとする。
(ふう…)
深く息を吐くゲンドウ。一気に緊張の糸が切れる。いつのまにやら虎から鼠に戻っていた(笑)。
さて自分も退出しようかと、その腰を上げたとき、不意にキールから呼び止められた。
「──そういえば碇」
「はい?」
「証拠って何だ?」
「いやそれは今から捏造して──」
「何だとっ!?」
本音がポロッと口から出たから、さあ大変♪(笑)
「!!! な、何でもありません〜〜!!」
慌ててピュ〜と退散した。危ない危ない。まったく油断大敵である(汗)。
〜再び司令室〜
「ん? 今回は割と早いな? で、老人たちは何と? ん、どうした? 随分と顔色が悪いぞ?」
老参謀が問い掛けるも、ゲンドウは無視。答える余裕も義理もなかったらしい。
ズカズカと部屋に入るや、無言で椅子にドカッと座る。そしていつものポーズ。かなり不機嫌のようだ。
「──冬月、レイは今どこにいる?」
開口一番、男は憮然たる表情で訊ねた。
今となっては、彼女を下手に地上に出すのはマズかった。万が一にでも老人たちに確保されでもされたら終わりなのだ。
結論──今後はドグマ内で死ぬまで厳重に監禁する。地上での一人暮らしや通学など論外。
男は、少女の人権など端から認めてはいなかった。
「ふう、またかね? まったく怪我人を何だと思って……少し待ってろ」
厭味を言いつつも、目を閉じ、ヘッドギアに意識を集中する冬月。
MAGIの端末にアクセスし、目的の少女の現在地を調べる。結果はすぐに判明した。レイに渡してある携帯電話には、一般職員以上の超強力な発信機が埋め込まれているのだ。
「──ん、何故こんなところに?」
老人はモニター画面を見つめながら、首を傾げていた。
「どうした? さっさと答えろ!」
「ああ、スマンスマン。 レイなら今──」
冬月は少女の所在を教えた。
「──何? ヘブンズゲートの奥だと? …どういうことだ? いったい何をしている?」
「そんなこと、俺に訊かれてもわからんよ」
「…フン、まあいい。 お蔭で手間が省けた」
ニヤリ顔のゲンドウ。
ついでに、人身御供に差し出すダミーでも選んでおくか、そう考えていた。
ただ、無垢のまま渡すというのは、何とも癪で勿体ない話だ。やはり一度くらい味見をしておくべきだと結論。この助平が。
「うひ、うひひひひ〜♪」
「い、碇っ!?」
突然の奇声に横の老人は「ついに壊れたか!?」と驚くも、ゲンドウは喜び勇んで、さっさと司令室を出て行った。その脇にユ○ケル一箱(10本入り)を抱えて。
〜第三新東京市、郊外〜
街の郊外、そのまた外れにある築五十年の安アパートの一階、その一室の玄関前。
ボロボロに剥がれたドア板、前方後円墳を縦にしたような鍵穴から中をコッソリ窺えば、その場に似つかわしくない妙齢の女が、畳にゴロンと寝そべってリラックス、暢気に足をパタパタ動かしていた。
そう彼女こそ、癇癪持ちで凶状持ち、名目上ネルフを追放された女、あの生きた伝説、知る人ぞ知る、知らない人はまったく知らない、政令指定害畜「葛城ミサト」だ(笑)。
しかし、いったい何をしているのだろうか?ここは一つ聞き耳を立ててみよう。
「──あ、お婆ちゃん? アタシよアタシ♪ え、わからないですって? も〜、ほらアタシよ〜♪」
どうやら電話を掛けていたようだ。コードをクルクルと指に巻き、黒電話片手に何とも楽しそう。
しかし彼女に祖母がいたとは……天涯孤独だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「──そう! 当たりよ! お婆ちゃんの孫の、ハ、ナ、コ、よ〜♪」
…前言撤回。何だかすごく胡散臭くなってきたぞ(汗)。
「──うん、お久しぶり〜。 お婆ちゃんも元気そうで何よりだわ〜。 え? あははは、そんなことないわよ〜。 もう、お婆ちゃんったら〜♪」
すごく和気あいあい、でもこれはたぶん……いや、まず間違いなく…(汗)。
「──えーとね、今日はお婆ちゃんに、とーっても大事なお願いがあって電話したのよ〜♪」
きた!
来たっ!
キタ━(゚∀゚)━┥東│東│東│ │ │ │発│発│発│中│中│中│北┝┥北┝━(゚∀゚)━ッ!!!
「──ちょっち困ったことになっちゃってさ〜。 え、何かって? うん、実はさ〜、クルマで事故っちゃって〜。 え? 高校一年生なのに免許を持っていたのかって?(ギクッ) や、や〜ね〜。 今は法律が変わって〜、大丈夫になったのよぉ〜(ドキドキ) でね、事故った相手が怖〜いヤクザな人でさ〜、いますぐおカネを用意しないと、このアタシを東南アジアに売り飛ばすって、そう脅されてるのよ〜」
…確定だ。もはや疑いようもなく(汗)。
「──そう! だから今、すんごく大変なのよ〜。 だ〜か〜ら〜、お婆ちゃんに助けて欲しいのよぉ〜。 え!? 嘘!? 出してくれんの!? いいの!? 本当に!? やったぁ〜♪ ありがとう〜お婆ちゃ〜〜ん♪」
いや、騙されるなお婆ちゃんっ!それは振り込め詐欺だからっ!てゆーかこの女はアンタの孫じゃねーし!
「──んじゃ、シ―クレット・至急扱いで処理して欲しいんだけど〜、おそくても31日、できれば29日朝までに3000万円を振り込んでね♪項目は、選挙コンサルティング費で」
…おいコラ(滝汗)。
「──え? そんなには出せないって? チッ、しょうがないわね〜。 でも貯金とかあるんでしょ? いくらあんの? …手持ちの財布に2万ちょっと? 郵便局の年金口座に50万? あと老後の貯えに農協に1000万の定期預金? それと年金保険も掛けてる? ふむふむ、なんだあるじゃん〜♪ いいわ、それ全部解約して! で、あるだけ送って! OK?」
お、鬼だ…(汗)。こんな最低女見たことない(汗)。
「──じゃ、今から振込み先を言うからメモってね〜。 新箱根銀行……御殿場支店……口座番号は(普)250250……名義人は『カツラギミサト』 え? 名前が違うって?(ギクッ) や、や〜ね〜。 これはアタシの源氏名、そう源氏名よん♪ うん、全然気にしなくていいわ〜。 じゃ、すぐに振り込んで頂戴ね〜。 あと、このことは誰にも言っちゃだめよ? 絶対よ? 約束だからね? 特に警察には! うん、だからお婆ちゃんって大好き〜♪ 長生きしてね〜。 うん、また電話するからね〜。 チュッ♪」
チン──
女は受話器を下ろすと、ほくそ笑む。
「ぷぷぷ……まったくボロいわ♪」
そして、またどこぞへとジーコジーコと適当にダイヤルを回し始める。
「──あ、お爺ちゃん? アタシよアタシ♪──」
このようにして、振り込め詐欺(オレオレ詐欺)に勤しむ女であった。
が、モロ自分名義の真正の銀行口座を教えていたようだが……だ、大丈夫なのか?(汗)
〜ネルフ本部・ターミナルドグマ〜
「──どういうことだっ!? なぜリリスが消えているっ!? なぜダミースペアたちが死んでいるっ!? 何があったっ!? 答えろっ!! 答えるんだレイっ!!」
正面から少女の肩を掴み、ガクガクと揺さぶって大声で問い質していた。
ここはダミープラント。
そこには大男と少女の二人だけがおり、一人がものすごい剣幕でもう一人を問い詰めていた。
ゲンドウとレイ。つい先ほど事実を知った男の顔は真っ赤で、片や少女の顔は真っ青だった。
「何とか言わんかっ!!」
「……」
だがレイは視線を逸らし、無言のまま。
「チッ、ダンマリか? サードといい、お前といい、この私を馬鹿に──む? そういえばサードは、シンジはどうした!?」
「──っ!?」
シンジという言葉に、レイはピクと反応する。
だが、そのたった一瞬の機微を、動揺を、男は見逃さなかった。そして脳が高速回転し、ある結論を導き出した。
「そうかっ!! アレに、シンジに見せたのだなっ!! ここをっ!!」
「──っっ!!」
その怒号に、激しく身を竦ませるレイ。
直ぐにハッとして、ふるふるとかぶりを振るも、既に手遅れ。その咄嗟の反応が男の言葉を肯定していたのだ。
「っっ、やはりかっ!! なんという愚かなことをっ!! 何故命令を無視したっ!? 何故だっ!?」
「──痛ッ!」
ガッチリ鷲掴みにされた華奢な両肩に男の爪が遠慮なくグッと食い込み、少女は思わず悲鳴を上げるが、大男は構わず前後にさらに大きく揺さぶり、唾を飛ばして激しく罵った。
「そもそもお前の真実を知って、あのクズが、あの小心者が普通でいられるものかっ!!」
「!!!」
その言葉にレイはガクガクと震えだした。みるみる顔色も変わる。
「ぬ、その動揺!? そ、そうか!! やはりシンジに拒絶されたのだな!! それ見たことかっ!!」
「──う、うぅ…」
男は容赦なく少女の心を追い詰め、徹底的にその傷口を抉った。
「ククク、馬鹿め!! 当たり前だ!! お前の秘密を知って心を開く者が、受け入れてくれる者が、この世にいるものかっ!! お前はヒトではない!! 醜いバケモノなのだからなっ!! ヴァ〜〜カ!!」
「!!!!!」
いくらなんでもそれは言いすぎだ。
少女の顔色なんてさらに悪くなって、その心はズタズタ、もう見ているのも辛かった。
だが、ゲンドウだけは逆に興奮し舌なめずり、エクスタシーの真っ只中だ。
「いいか!! お前を認めるのは、受け入れてやれるのは、この世でこの私だけ!! 私だけなのだっ!!」
ドン!
「──っ!?」
突然の事態に、その目を大きく見開くしかないレイ。
男に、ゲンドウに、いきなり大内刈り気味に床の上に押し倒されたのだ。
レイは本能的に身を翻そうとするが、気づいたときには頭上で両の手首をクロスに押さえつけられ、体の自由は奪われていた。
「──し、司令?」
怯える彼女の目に映った男はひどく興奮し、鼻息も荒く、目は血走っていた。○ンケル10本一気飲みの効能かも知れない。
間髪入れずに男は圧し掛かる。手馴れていた。そして脂ぎったその顔をゆっくりと少女の顔へと近づけた。
「レ、レイっ!」
「──い、嫌!」
咄嗟に顔を横にして唇を守った。何とか辛うじて直撃は避けた。危機一髪である。
が、気にせずゲンドウは少女の横髪に顔を埋め、左右にグリグリさせ、その五感をフル稼働させる。見れば興奮して我を忘れている様子。
「くんかくんか、はぁはぁはぁ……しかしなんと芳しい雌の香りだ! フェロモンだ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! 想像以上だ! これがレイの、レイのッ!!」
「──や、やめて! やめてくだ──!?」
突然、手で口を塞がれ、その抗議の声は遮られた。男はニヤリと歓喜の笑みを浮かべると、嫌がる少女の首筋にその毒々しい赤い舌を這わせ始める。ツゥと下から上へと執拗にねっぷりと舐め上げ、その極上の甘い味に舌鼓を打つ。
逆にレイは、あまりのおぞましさに鳥肌が立ち、無性に涙がポロポロと零れていた。
「うぬぬ〜、体つきも微妙に女らしくなっておるではないか! いつの間にこんな美味しく発育しちゃったのだ!? イカンイカン、俺様としたことが、ついうっかりしておったぞ〜♪」
「──う〜〜! う〜〜!」
「ぬ! こら暴れるな! じっとしていろっ!」
「──ぷはっ! や、やめて……碇司令、やめて下さい!」
塞がれた手から何とか脱し、少女は涙を浮かべながら、目の前の男に訴えた。
抵抗しようと思えば抵抗できたハズだった。今の彼女は使徒の力、リリスの力を持っているのだから。その気になれば、ATフィールドはおろかアンチ・ATフィールドさえも使いこなせる自信があった。
にも拘らず、使えなかった。
信頼したかつての主人の豹変した姿、そして突き刺さる中傷の言葉に、ヒトとしての心が竦み上がり、思うように体が動かなくなっていたのだ。
「ふん、馬鹿め!! 今さら止められるものかっ!!」
この状況で止められるとしたら、本物のホモかインポだけだろう。
自慢じゃないがこの男、同様のシチュエーションで止めろと言われても止めたことが一切ないのが大の自慢だった。つまりはレイプ成功率100%の自信と自負……どうしようもない下衆である。
「レイ!! 大人しく私を受け入れるのだ!! 女にとって、この俺様に抱かれる以上の幸せはこの世に存在せんのだぞっ!!」
何とも無茶苦茶な言い分である。だがコレ、本気で言っているのだから余計に性質が悪かった。
このように欲望の命ずるまま突っ走っている男であったが、無論、考えるところは別にあった。
今やダミースペアはない。もう替えはないのだ。リリスも失われた今、目の前の少女が死ねば、すべては水泡と帰す。その事実が男の精神を苛めた。
約束した証拠の件もある。もはや悠長に時を待ってはいられなかった。どうすればいいか、弥(いや)が上にも頭が回転する。
そうだ!まだ初号機が残っていた!
リリスの眷属たるエヴァ初号機と、リリスの魂を宿した少女がいれば、まだ何とかなる!
だが──そのためには、この少女の身も心も支配下におく必要がある。今すぐにもだ。
悠長に精神誘導を施している暇はない。しかも我が愚息めに良からぬ感情を抱いているようだ。由々しき事態だ。今すぐ荒療治が必要だった。
そして女を屈服・服従させる方法など──この男にはたった一つしか思い浮かばなかった。
強姦もしくは準強姦。無理矢理もしくは心神喪失。
ゲンドウという男にとっては聖なる儀式にして、女に至上の幸せと喜びを与えてやる慈悲の行為。無論、身勝手な言い分ではあるが。
故に──この少女は犯す。力ずくで女にする。些か強硬手段とは思うが、これを機に少女の心はきっと自分から離れられなくなるだろう。確信があった。
そして犯した後は一歩も外へは出さず、約束の刻までずっとこの穴倉に軟禁するつもりだ。そしてじっくりと調教を加え、従順な肉奴隷へと仕上げる。
老人共には調整槽に沈んでいるダミーの死体を一つ見繕って差し出せば良いだろう。抵抗したから使徒として殲滅したと……理由(口実)など幾らでも作れるのだ。その辺の偽装は赤木博士とMAGIに任せれば良い。ボディー自体は同一、バレることはないハズ。万一疑われても、私も騙されていたのだと、被害者面してシラを切り通せば大丈夫だ。いや、きっと大丈夫。問題ない。
そんなことを考えながらも、今は目の前の快楽に集中、少女の耳たぶを甘噛みしながらその反応をねっぷりと愉しんでいた。
「──嫌、嫌!」
「言うことを聞けっ!! これは命令だぞっ!!」
「──!? い、いや……いやですっ!!」
「フン、嫌よ嫌よも好きのうちと言うではないか!! はぁはぁ……もっ、もう辛抱堪らんわいっ!!」
カチャカチャカチャ──
「くそっ!! どうなってるっ!?」
組み伏した無理な体勢でベルトのバックルを外そうとするが、興奮して震えた手ではなかなか上手くいかず、一度立ち上がってからやっとのことで外すと、黄ばんだ白のブリーフごとズボンを膝下まで一気に下ろした。
実にここまで興奮・発情するのも珍しく、当の本人も吃驚だった。それほど今回の獲物が上物ということであろうか。
男の下半身は剥き出しの状態、仏教語でマーラとも魔羅とも或いは因果骨とも呼ばれる男性のアレ、つまりは黒光りした北の将軍様がヒンヤリとした外気に晒され、ムクムクと鎌首を持ち上げ、ついにはビンビンに勃起していた。延べ数千人の処女を散華させてきたこの男自慢の逸物、ちょっとばかり先走りの男汁が出てたのは若気の至りだ(汗)。
「!!!?」
お、犯されるっ!?
この期に及んで、ようやくレイは思い及ぶ。絶体絶命の危険信号が全身を駆け巡った。
男は涎を垂らし、その両手をワキワキと揉み手しながらにじり寄ってきた。
「レイっ!! 俺様だけのレイっ!!」
ビリーーーッ!!
思いきりブラウスを左右に引き千切った。
「──!!! いやーーーッ!!!」
「うひょひょひょひょ〜〜ッ♪」
「──いや、こないで……こないで……」
少女は涙を流し、本気で怯えていた。
「よしよし♪ 今からタップリと可愛が──」
「──こないでぇーーッ!!!」
ドンっ!!
「ぬおっ!?」
その本能で危機を察したのか、少女は禁断のATフィールドを纏わせて男の醜い顔を突き飛ばしていた。
尤も、無意識的にかなり威力をセーブしたらしく、男へのダメージは実質ゼロ、強いて言えば鼻の頭が少し赤くなった程度である。
尻餅ついたゲンドウはポカンとし、次いで赤くなった鼻を押さえてワナワナと震え始めた。
「レイっ!! 俺様を拒絶する気かっ!? しかも禁じていた使徒の力を使って!! ──そうか!! なるほどな!! 自ら認めるのだなっ!! 自分は醜いバケモノであるというその事実をっ!!!」
「!!!!」
意識的か無意識的かはわからないが、男のそれは効果的な楔の言葉となり、少女の気力を奪った。
それでも何とかその細腕を突っ張らせ、男の醜い顔を、ゴツイ胸板を必死に押しのけようとする。無論、か弱い少女の力でだ。使徒の力は……完全に萎縮してしまっていたのである。
「こ、こら暴れるなっ!! 人間だというのなら大人しくしろっ!!」
「──いや! いや!」
「クッ、このっ!!」
バチーン!!バチーン!!
なかなか屈服しない少女の態度に焦れたこの男は、あろうことかマウントポジションのまま往復ビンタを炸裂させていた。
この少女に手を上げるのは初めてだったが、躊躇はなかった。何故なら、生まれてこの方、他の女性になら何千何万発とお見舞いしてきた、この男にとっては得意技中の得意技、十八番であったからだ。
「──っ!? いかり、しれい???」
仮にも今まで心から信じてきた男の豹変に、仕打ちに、そして裏切りに、もはや愕然とするしかなかった。じわっと泣けてきて涙が止まらなかった。
ここに至って、やはり自分はこの人にとっては都合のいい道具、人形だったのだと、そう改めて思い知ったのだ。
途端にグッタリとする。全身が弛緩し、目は虚ろ、手足からフッと力が抜けた。
「クックックッ、よし、それで良いんだ! いいか? これ以上痛い目に遭いたくなければ、じっとしてろ! なに、すぐに済む! 痛いのはチクッと最初だけだ! じきに良くなる!」
「──いや……だめ……だれかたすけて!」
「フフフ、諦めろ! 誰も助けには来ない! わかっているだろう? ここは地の底、完全な密室なのだ。 誰もこんよ。 さあカラダを開け! そして俺様を喜ばせろ!! キシャシャシャシャシャーーーッ!!」
そして改めてルパンダイブ。
「──だれか、だれか───────いかり、ク〜〜ン!!!」
〜時は少し戻り、ここは再びシンジ邸〜
リビングの隅で、一人膝小僧を抱えていたシンジの両目が、くわっと見開く。そして、
「あ? ああ!? あああ、あんチクショーーーッ!!?」
バッと立ち上がり天に向かって絶叫したから、さあ大変!
当然、周りの皆さんはもう吃驚。赤ん坊のマイちゃんすら驚き、泣きぐずった。
だがこの慌てよう、少年の身にいったい何が起こったのか?
そう、彼がネルフ内にバラ撒いておいた目と耳が、大事なヒトの危急を伝えてきたのだ。
「ぬぬぬ、ヌっ殺してやる〜〜っ!!!」
怒髪天を衝く形相、ぶち切れて、靴も履かずにテラスから庭へと飛び出した。
『ちょ、シンジ!?』
『ま、待ってよー!』
慌てて仔猫二匹が肩に飛び乗るも、我を忘れた少年はそれさえも気づかない。うお〜〜と叫びながら配慮ゼロで庭の立木と塀とを軽々と飛び越え(猫たち絶叫)、街のほうへと疾走、あっという間に見えなくなった。
ポカンとするは、その場に取り残された面々。
「っ!? 碇君!!」
ようやく現世回帰したヒカリが勢いよく立ち上がり、そして矢も盾もたまらずに少年を追おうとする。想い人のただごとではない様子に、彼女も気が気ではなかったのだ。無性に嫌な予感がしていた。しかし、
「あ、待って! 洞木さんはここに残って!」
マヤが呼び止める。
「で、でもっ!」
「大丈夫。 私たちに任せて」
「だったら、だったら私も行きますっ! 連れて行って下さいっ!!」
少女は強く請願した。
「それはダメ! すごく危険なの! たぶんだけど、シンジ君の行き先は──ネルフよ!」
「!?」
「だからわかって! お願い!」
「で、でも──」
それでも引けない少女の肩に、誰かの手がそっと触れた。
「ヒカリ……ここは伊吹さんたちにお任せしましょう?」
「同感ね、私もそう思うわ」
「お母さん? カンナさん?」
「それに、信じて帰りを待つのも乙女の嗜み、そうは思わない?」
「そうそう」
「……」
「「ね?」」
「…うん」
ヒカリは小さくコクリと頷いた。
「ありがと──じゃ、私たちはすぐに彼の後を追うわ──カエデちゃんクルマっ!!」
「了解よマヤちゃん!!」
阿吽の呼吸で大急ぎでガレージに回るカエデ。そして、
「お待たせ!!」
僅か三十秒足らずで玄関先にクルマを着ける早技。ちなみにこのクルマ、ネルフの公用車ではあったが、お偉方や黒服たちが乗る豪華絢爛なタイプのものではなく、一般職員用の所謂「軽バン」であった。この日の正午過ぎに自分たちが乗ってきたクルマである。白いボディーの前後左右にイチジクの葉っぱのロゴがデカデカと描かれており、結構目立っていたりする。かなり恥ずかしいかも知れないが、日本語で「特務機関ネルフ」とゴシック体で大きく書かれた公用車も別にあるらしく、それに比べれば幾分マシか。
「あの…」
「大丈夫! 心配しないで洞木さん。 必ず無事に連れて帰るから。 じゃ、行ってくるわね──カエデちゃんお願い!」
「OK! 飛ばすわよっ!」
ブロロロロ〜!
軽バンは今どき珍しいガソリンエンジン音を轟かせながら、軽快に走り出した。
目指すは、今も遠くで土煙が上がっている方角、恐らくはネルフ本部だ。少年はそこに向かったのだ。
メインゲートは先の使徒戦で破壊され、今も封鎖されているが、あの少年には無意味だろう。
車内の二人にはそんな確信があった。
そして自分たちは、そこからやや西よりの地点、唯一の進入口であるカートレインのターミナルを目指し、今は目一杯アクセルを踏み込んだ。
「うおおお〜〜〜っ!!!」
唸りを上げ、シンジは我武者羅に国道を疾走していた。周りの景色が流れる。F1並のスピードだ。とても人間技じゃない。まるで重戦車か、はたまた巨大耕運機の爆走か。どちらにしろ地球環境に甚だ悪影響な走りっぷりだ。
踏みつけたアスファルトが粉々に砕け、巻き上がり、そして辺りに飛び散った。途中、何台ものクルマを撥ねた(注:撥ねられたではない)気もするが、その辺の記憶はあやふやだ(汗)。
少年はひどく焦っていた。己を責めていた。そして後悔すらしていた。
もっともっと速度を上げたかったのだが、如何せん地盤が軟弱で思うようにいかず、さらに苛立つ。
とにかく今は急いでいた。あまりに急いでいて──自分が瞬間移動出来ることなど、その頭からスッポリと抜け落ちていたほどに、だ(汗)。
『うにゃああ〜〜!?』
『お、落としてぇ!! スピード!! スピード落としてぇ〜〜!!』
猫二匹は今、少年についてきたことを猛烈に後悔していた最中、涙と鼻水がちょちょ切れていた。出来れば今すぐにでも降りたい、降りたいのだが、爪が引っ掛かって離れるに離れられないよぉ〜〜!(泣)
まさに、風に靡(なび)くスカーフか鯉のぼり状態……合掌(チーン)。
〜第三新東京市・駅前繁華街の一角〜
夕日はなぜ赤いの?
それはね、太陽の光が昼間に比べて斜めに大気の中を通るから、より長い経路を進むことで、波長の短い青い光のほとんどが散乱して、残った波長の長い赤い光が目に届くからよ。
──って、そんなどうでも良いうん蓄はさておき、山の端から覗く斜陽が、第三新東京市の街並みすべてを赤く染めていた。
「ふぅ、やっと終わった〜」
不動産屋から外に出て、伸びをして一息吐くダッシュ。コキコキと首を回す。
今回のアパート探しの件で、だいぶ無理を言ったようで、今の今まで不動産屋のオヤジからネチネチ言われていたらしい。
「さすがに疲れたなー。 陽も暮れてきたし、さっさと帰るか」
そしてトボトボと来た道をまた歩き始める。バスや電車に乗るカネなんて持っていなかったし。
「しっかし今日のミサトさん、キツかったな……ま、きっと僕が悪いんだろうけどさ」
負け犬根性丸出しの論理で帰結(汗)。
「──でも、ここまで頑張ったんだ。 きっとご褒美で今晩またその……別な意味でキツキツに♪ …あ、また膨張してしまった(汗)」
懲りないガキだ。まるで自慰を覚えたばかりのチンパンジーである。
しかしそのとき、
ドゴゴゴゴゴ──
「ん?」
突然の地響きにふと顔を上げると、夕暮れの中、前方に土煙が上がっていた。距離にして数百メートル。何かが自分のほうに近づいてきているのが視認出来た。
「な、何だ?」
見れば、土煙の中、ダンプカーやら路線バスやら、四方八方に弾き飛ばされていた。
街路樹なんかも宙に舞っている。信号機や道路標識も吹き飛んでいる。
よくよく目を凝らせば、気のせいなのか人型のものも多数空を舞っていたりするから、さあ大変!(爆)
「何だ何だっ!?」
どどどどどどどどどどどどどどどど〜〜!!!
『だぁ〜〜ずぅ〜〜げぇ〜〜でぇ〜〜!!!』 ×2
「おわーーっ!!?」
見事なドップラー効果と黒白のスカーフ(?)を靡かせた黒髪の少年がすぐ横を掠めていき、その余波で銀髪の少年は独楽(こま)のようにクルクル回らされた挙句に、歩道にドスンと尻餅をついた。暫くポカンとしていたが、
「──い、今のは俺のニセモノっ!! 何だってアイツが!? それに、血相変えて一体どこへ!?」
無性に気になったのか、ダッシュはその腰を上げると、シンジの後を全力疾走で追い始めた。ただ、ついていくので精一杯だったようだが。
〜ネルフ本部〜
今は破壊され、放置状態にあるジオ・フロントのメインゲート前に、ようやくシンジは辿り着いた。
かつては、ここからロープウェイが地下へと連絡していたのであるが、過日の使徒戦でサブ・ターミナルビルごと完膚なきまでに破壊され、そのときから人の往来は完全に寸断されていた。
だがこの少年、端からそんなものには頼る気はなかったようである。
シュバッ!!
時をおかずにゲートの残骸を切り裂き、足下に大穴を開けた。ポッカリとキレイに切り取られた穴から覗くジオ・フロントの地表は、何というか目も眩まんばかりの高さだった。
『た、高〜〜い!』
『う〜目がまわるよ〜』
猫二匹は足を竦ませた。それは生物的本能。
そんな中、こんな所から落ちたらきっと死んじゃうわよね〜(黒いほう)とか、石を落としたらどうなるのかな〜(これは白いほう)とか、あくまで他人事のような感想を抱いていた。抱いていたら──
ダンッ!
『ほへ!?』×2
いきなり少年がその穴の中へ飛び込んだのだから、さあ大変!
喩えるなら、東京タワーのテッペンからの命綱なしのダイビング。当然、スカーフたちも引っ張られるわけで(笑)。
『きゃーきゃーきゃーきゃーきゃー!!!』
『うきゃあああああああああ〜〜〜!!!』
二匹は激しく我が身の不幸を呪いながら、自由落下していった。爪を離したいけど、離れない、いや離しちゃダメだっ!
スタッ!
静かにジオ・フロントに降り立つ。背中の二匹は泡を吹いてとうに気絶していた。
そんなことは気にせず、少年はそこからすぐさま地を駆けた。一直線にピラミッドに向かうと、
ズガンッ!!
壁を一撃で粉砕、そして内部へと侵入する。この間、僅か数秒。
因みに、反対側の壁に開いていた大穴(注:第四使徒が開けた)からメインシャフト内部に飛び込めば、ターミナルドグマまでは一直線&最短距離であったのだが、頭に血が昇って、そのことには思い至らず(汗)。
少年は少年で、侵入したは良いが、隠形など一切考えておらず、只管(ひたすら)突っ走った。云わば、行き当たりばったりの殴り込み……当然、否が応にも人目に触れるわけで…。
「な、何者だっ!?」
「どけッ!!」
「ぷぎゃっ!!?」
「なっ!? 止まれっ!! 止まらねば撃つぞっ!!」
「うるさいッ!!」
「あべしっ!!?」
「テ、テメェー!! 何様のつもりだーっ!!」
「俺様だッ!!」
「ひでぶーっ!!?」
次々に立ちはだかるネルフ職員を容赦なく機械的に薙ぎ払う。
知らない人が見たら、「うわ〜人間って空を飛ぶんだぁ〜」とか「人間ってコンクリートに突き刺さるんだぁ〜」とか、暢気な感想を漏らすかも知れない光景だ。
だが、少年の通り過ぎた後は、ペンペン草一本も生えない惨状となっていた。喩えるなら、サルバドール・ダリの絵に赤い絵の具をぶちまけた世界。ぶっちゃけ地獄だ。
それでもMAGI自体が少年の手に落ちていたことから、彼女(?)の判断でこの事実は永遠に伏せられ、不審者侵入の警報も鳴ることはなかった。ま、運悪く彼に出遭った黒服たちには、甚だご愁傷様なことではあるが。
ズバババッ!!
鋼鉄のドアを手刀で縦横無尽に切り裂く。高温で熱したナイフでバターの塊を削ぎ落とすように、それは融けるように切れ落ち──いや、吹っ飛ばされた。
なおも邪魔する黒服共は、有無を言わさず原子分解、【魂魄】ごと消し去る。これではもはや輪廻も出来ない。今日、彼に出くわした不運を呪うべきか。
後をつける何者かの存在などまったく気にせず、シンジはただ一心に最短距離でターミナルドグマへと突き進んだ。一刻を、いや一秒を争う事態だったのだ。
〜そして、ターミナルドグマ〜
「──ふぐっ!? うぐぐ〜!!」
「ぐふふふ、これで良し♪ 待ってろ、直ぐに目標をセンターに挿れてスイッチしてやるからな♪」
なおも声を上げて暴れようとする少女の口に、雑巾のように絞られたブラウスの切れ端を押し込んで黙らせると、鬚面の男は厭らしく舌なめずりした。
本当は剥ぎ取った下着(ショーツ)で口を塞ぐつもりだったが、それに手を伸ばそうとした途端、大人しかった少女が狂ったように暴れ出したため、仕方なく手近な布切れで代用したらしい。
それにつけても、これほどまでの少女の抵抗……ゲンドウにとっては些か予想外だったようだ。
レイという少女に貞操観念が生まれつつあるのか、まさか己が純潔をここまで頑なに守ろうとするとは、正直思わなかったのだ。
ま、これはこれで萌えるからグッド、男はそう思っていたようだが。
「ひひ、うひひひ♪」
「──うう〜!! うう〜!!」
そして、今も泣きじゃくって暴れる少女の肩を強引に冷たい床に押さえつけると、この変態的シチュエーションに酔いながら、男は最後の白の薄布へと手を掛けた。
そして、一気に引き下ろそうとした、まさにそのとき──
ドンガラガラガッシャーーンっっ!!!
突然、背後のゲートが大音量と共に破壊された。
「ぬおっっ!!? な、何だっ!? 何ごとだっ!?」
そのけたたましい轟音に小動物は心底驚き、少女の下着に手を掛けたまま上半身だけ振り返った。
そして振り向いた先には──鬼がいた。
人工進化研究所3号分室の分厚い扉をぶち破って、最初にその目に飛び込んできたのは──今まさに半裸の少女に圧し掛かろうとしている醜い下半身を晒した男の姿だった。
正しく危機一髪のギリギリセーフ。少女は猿轡を咬まされ、着衣も乱れていたが、辛うじて未遂のようだ。
だが強かに殴られたのか、その頬は赤く腫れ、唇からは血が少し流れていた。如何にリリスと雖も、防御なしでは普通の人間と何ら変わりはないのである。
そして何より──少女はひどく泣いていた。
ブチーーッ!!!
この瞬間、少年の中で何かが切れた。
顔がみるみる歪み始める。50数億年生きた中で、恐らくこんな顔をしたのは初めてだ。薄く笑っているようにも見えるが、そうではない。全身がうち震えた。心の奥底、その闇の部分から凶暴な何かが這い出てきた。抑えきれない憎悪の炎がメラメラと燃え上がる。もはや消火は──不可能っぽい。
最後の理性の壁は、完全に突き破られていた。
『ひどい……なんてことを……』
『う、嘘……だろ?……』
猫二匹も揃って青ざめていた。
「だ、誰だっ!? 誰なんだっ!?」
レイに圧し掛かったまま、汚いケツを晒しながら首だけ回して、ゲンドウは喚き散らした。
どうやら男のほうからは逆光で相手の顔が見えづらいらしく、そして見えないということは、この小動物の心を激しく不安にさせていた。
相手は、無言でツカツカと静かに歩み寄る。見えなかった顔に次第に光が射していった。
「何っ!? シ、シンジだとっ!?」
驚くゲンドウ。次いで烈火のごとく怒り出した。相手の正体が自分より弱いもの(?)とわかれば、途端に容赦がないのだ。
「き、貴様っ!! いったい誰の許しを得てここまで来たっ!? 見ての通り、今俺様は忙しいのだっ!! わかったかっ!! わかったら、さっさと出ていけっ!!」
ゲンドウは、唾を飛ばして声を荒げ、激しく罵った。
グロテスクに勃起した北の将軍様(別名、暗黒大将軍様)を挿入寸前の一番良いところで、また型のよい乳房すらまだモミモミしていない、その一番の楽しみタイムを邪魔されたのだから、男の苛立ちは相当なものだった。
だが、快楽で頭に血が上っているのか、今のこの状況をイマイチ正確に呑み込めていないようである。
そう……ごく限られた人間しか入れないこの場所に、何故この少年がいるのか、その意味をだ。
シンジは無言で近づき、横に立つ。その顔は般若のようだった。そして、
ドゴッ!!
「げぼぉーーッ!!?」
ゲンドウの横っ腹を思いっきり蹴り上げた。
「ぐ、お、お…」
男はもんどり打って壁に激突。暫く息が出来ず、目を見開き、腹を押さえながら蹲った。
ただ見た目派手な割には、それほどダメージはない。手加減されたのだ。理由は言わずもがな。
しかし男にとっては、これほど痛い目に遭ったのは久しぶりで、かつて孤児院にいた子供の頃、誤って包丁で指の皮を5ミリほど切ったとき以来であったらしい(おいおい)。
そして、次第に呼吸が回復してくると、みるみるうちに赤くなった。
「貴様──キサマ!! きさま〜〜ッ!!」
声を振り絞り、烈火のごとく怒鳴り捲くった。
が、肝心のシンジは背中を向けたまま聞いておらず、完全無視。
無言で麻のサマージャケットを脱ぐと、まず猿轡を外してやってから、そっと半裸の少女の肩に羽織らせた。
「……」
「──い、碇……クン?」
「……」
だが少年は、黙って悲しそうな顔をするばかり。
そこに無粋な声が飛んだ。
「おいっ!! 俺様を無視するなっ!! こっちを向けっ!!」
蛆虫だった。しかしフルチン(笑)で凄んでも怖くない。せめてパンツぐらい穿(は)け。
「このクソがっ!! 従属物風情がっ!! 父親である俺様に何ということをしてくれたっ!! 子が親を足蹴にするなど──ゆ、許されると、許されると思っておるのかぁーーッ!!」
と絶叫するや、懐に手を入れ、そして、
「お前には失望した──あの世とやらで悔い改めろっ!!」
パンパンパンパンっ!
ありゃりゃ、いきなり銃を発砲したよコイツ。子が親を蹴るのはダメでも、親なら子を撃ち殺してもOKらしい。
弾は漏れなく命中。心臓へ二発、肝臓へ二発──至近で炸裂した計四発の銃弾はすべて、まだあどけなさが残る少年の体へと吸い込まれた。
「やったぞ!! フハハハ、死にやがった!! フン、思い知ったか、この出来損ないめがっ!!」
ゲンドウの顔が愉悦に染まる。
だが、肝心の少年はいつまで経っても倒れない。むしろ全然平気そう。ま、当たり前だがね。
「何だとっ!?」
鬚は鼻水出して驚愕するが、
「そ、そうか!! 防弾チョッキだな!! そうなんだな!! クッ、なんて卑怯なヤツだっ!!」
と勝手にほざく。
卑怯なのは、いきなり銃をぶっ放したお前のほうだと思うが?
そもそもシンジは、薄手のTシャツを一枚しか着てはいない。どこに防弾チョッキを仕込める余裕があるというのだ?
「よし、今度は顔を狙ってやる♪」
外さないよう、念入りに四、五歩近づいてからピタと照準を合わせ、
「死ねぇっ!!」
トリガーに指を掛けた。
だがね、そうは問屋が卸さないのだよ明智クン♪
「あた!」
「ぬおっ!!?」
一瞬のうちに右手の拳銃が弾き飛ばされた。そして、
「あた!!! あたたたたたたたーーーッ!!!」
「痛っ!!? 痛たたたたたたたーーーッ!!?」
目にも留まらぬ少年の連撃がゲンドウの顔面に襲い掛かった。
高速で交互に突き出される左右の腕が、拳が、残像となってブレた。殴り上げる勢いで男の足の先が地を離れ、その巨躯が宙に浮かび上がる。正しくボコ殴り。見れば、空気の抜けたゴム鞠のように男の顔はたわみ、変形していた。そう、これぞまさしく北斗百○拳!(おい)
「たたたたたたたっ!!!」
「ぼげぶげぺぷちゃべはぶらばらびィえかぴぶあぶたびぎょへっ!!?」
そしてトドメの、
「ほわたーーッ!!!」
「ひでぶーーっ!!?」
しゃがんだ状態からジャンプしつつ体を捻りながらアッパーカットを食らわせた。喩えるなら、レバー前、下、斜め前下、そしてPボタン(爆)。
しかし、ただの打撃なので、本当にひでぶとはならなかったのだけが、チト残念。
それでも、男の顔がアンパン○ンのようにパンパンに晴れ上がっていたのには、溜飲が下がった。
で、クソ虫沈黙。
壁にもたれ、暫くピクリともしなかったので、死んだのかと思ったら、
「──貴様……よくも」
ぬ、まだ生きておったわい。
サナダ虫はうな垂れポツリと呟く。底冷えのする重低音、それは怨嗟の声だった。
「……123発だ」
はい?何だって?
「今、お前が俺様を殴った数だ〜〜っ!!」
か、数えてたんかい!?(笑)
「お、覚えてろっ!! あとで必ず倍にして返すからなーーっ!!」
今返すとは言わないのがこの男の真骨頂、いや愚の骨頂、何とも粘着質な野郎であった。
「──黙れこの歩くインモラルがっっ!!!」
突然のシンジの一喝。
ここにきて初めて言葉らしい言葉を彼は発した。
「ななっ!? き、貴様ーッ、父親に向かって何という暴言──」
「黙れっっ!!!」
「うひゃっ!!?」
そのあまりの剣幕に小動物は頭を抱えて竦み上がる。
「また性懲りもなくお前は綾波に……綾波に……」
少年はワナワナと震えた。
「な、何を言っておるのだ!?」
「テメェは──やっちゃいけねぇことをやったんだよっっ!!!」
「ぶひっ!!?」
切れた切れた。ブチッと切れた。完全に切れちゃった。感情が理性を凌駕していた。もはやどうしようもない。てゆーか、もう完全に手遅れ。
殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!ヌッ殺すっ!!
「何だっ!? 何だ何だ何だ何だぁぁぁっっ!?!?」
目の前の少年の双眸が紅い危険色に染まっていた。髪も逆立つ。
危険!きけん!とってもキケンだよ〜!
何だかわからないが、男の本能が、とっとと尻尾巻いて逃げろとしきりに訴えた。頭の中でもコンディションレッドが発令されている。でも足が竦んで動けない(笑)。
「…もう少し遊ぶつもりだったが、もういい。 お前は今ここで──殺すっ!!」
「っ!? こ、殺すだとっ!? 父親であるこの俺様をかっ!? …ききき、貴様ーーっ!! ふざけるなーーっ!! いったい誰のお蔭で生まれてこれたと思っておるっ!! こんのバチ当たりの親不孝も──ぷぎゃッ!!?」
ゲンドウの猫の尻尾を踏みつけたような無様な悲鳴が、その長たらしい口上を途切れさせた。
いったい何が起こったのか?
そう、少年がうるさいとばかりに男の顔面にワンパンチを叩き込み、その鼻っ柱を容赦なく圧し折ったのだ。
シンジにしてみれば、これから屠殺する畜生一匹の口上、都合に付き合う義理はまったくなかったのだ。
嬲りたいときに嬲り、そして殺したいときに殺す。
──そして先ずは、大切なヒトを辱めたその「鼻」を潰したのだ。
「ぐおおおおお〜!!? こここ、この野郎ぉーっ!! 殺してやるっ!! 殺してやるぞーーっっ!!!!」
ボタボタと鼻血の止まらない拉げた鼻(注:鼻骨および鼻中隔骨折)を手で押さえ、男は逆上して怨み節を喚き立てた。怒りで理性が完全に飛んでいた。
しかし先ほどもそうだが、親を殺すのはダメだと言ったその口で、子を殺す殺すと喚き散らすのはどうかと思うが…。
「覚悟しろーーっ!!!」
そう叫ぶなり、何故か横っ飛び。
なんで?
てっきり正々堂々と素手で息子に立ち向かうのかと思いきや──先ほど弾き飛ばされた自己所有のフルオート拳銃めがけて猛ダッシュ。何とも父親の面目丸つぶれ(汗)。
でも納得。何とも情けないが、すぐに得物に頼るのは、この男らしいといえばこの男らしかった。
そして銃に手が届くなり、
「今度こそ死ぬがいいっ!!」
パンパンパンパンパンパンパンパンっ!
息子の顔面を狙って、明確な殺意を乗せて、容赦なく凶弾を撃ち込んだ。撃ちながら徐々に距離を詰めていくが、あまり近づくとまた反撃されるかもと思い、数歩戻る。正しく小心者(笑)。
パンパンパンパンっ、カチカチカチ──
弾切れだ。あっという間に全弾を撃ち尽くす。
「はぁはぁはぁ──や、やったか!?」
興奮冷めやまぬ中、期待に染まった濁った目で息子の亡骸を確認する。
もはや即死は確実で、疑いようもない。
あれだけの銃弾を顔面に食らわせたからには、血と肉、骨、歯、眼球、それに脳味噌や脳漿など、いろんな物をぶちまけ、きっと潰れたザクロのようになって無様に床に転がっちゃっているに違いない。
そして、それを考えると無性に胸が躍って仕方がなかった。早く見せてくれ。もう今にも射精しそうだ。
しかし、男の目に飛び込んできたものは──
「ばっ──馬鹿なっ!!?」
何ごともなくその場に立っている己が息子の姿だった。
「何故だっ!? なんで生きているっ!? どうして死んでくれないのだっ!?」
あ〜、そんなの相手の勝手だし、お前の都合など知ったことじゃない。
ゲンドウとしては、目の前の事象をトリックか何かだと信じたいようだが、息子の足元に落ちている潰れた弾丸の数々がその可能性を瞬時に否定していた。
シンジは、不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいて来る。
──バーサーカー。
今の彼の状態を一言で言えばまさにソレ。擬態が解けていないのが不思議なくらい。いや、それさえも忘れるほど、今の彼は怒り狂っていたということか。
少年は、シュッと無造作に片腕を伸ばした。
「おガッ!!?」
避ける間もなく男は首周りを鷲掴みにされると、そそのまま高々と吊り上げられた。足下が数センチ浮く。所謂、ネックハンギングツリー、両者の身長差を考えると、あり得ない技である。しかも片手。
「あが、あが、あが〜〜!!?」
ゲンドウは慌てて外そうともがくが、少年の細い指は鉄のように肉に食い込み、渾身の力でもビクともしない。気道と頚動脈が圧迫され、苦しさで目は血走り、口はパクパク、足はジタバタ、何とも見苦しさのオンパレードだった。
シンジはクスリと笑う。
「…もしかして、さっき何かしたか? クックックッ、残念だったな、ご期待に副えなくて? …さて時間だ。 存分に──嬲り殺してやるよ」
薄く冷たい目だった。狂気が混じっていた。
パッと右手を開くや、唐突に男の首を解放する。前のめりに倒れ込むその体。だが──
ドゴッ!!
「えろばっ!!?」
先ず、鳩尾(みぞおち)に一発めり込ませた。
「ぐおおおおお〜〜〜っ!!!」
内圧で眼球が飛び出るかと思うくらいの、かつてない衝撃と痛みに息が止まり、ゲンドウは腹を押さえて床に蹲る。胃液が逆流したのか、黄色い粘液が口から漏れていた。
「キ、キサ──」
何とか顔を上げ、ギンッと睨み付けるも、
ボキッ!!
「ぐがっ!!?」
怨み節を言う前に、今度は足で横腹を蹴り上げられた。音からして肋骨が何本か逝ったようである。
「あだだだだ、痛い痛い痛い痛い痛い痛〜〜いっ!!!」
芋虫のようにゴロゴロと床を無様に這いずり回る。正しく七転八倒……七転八起と字は似ているが、意味は全然違うので注意(おい)。
なおも一撃を食らわせようとシンジが近づくと、
「ひ、ひぃ〜〜〜ッ!!?」
この小動物、腰を抜かしたまま、五メートルほど後ずさった。
「た、助けてくれっ!! 命だけはぁ〜〜!!!」
先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、いきなりの豹変。
ナンマイダ〜ナンマイダ〜と、実の息子に必死に手を摺り合わせて拝むその姿は、恥も外聞もプライドもとっくに吹き飛んで、何とも情けないかぎり。涙と鼻水(鼻血)を垂らし、顔をクシャクシャにしながら、心底怯えきっていた。もはやこの男に威厳などなかったわけで。
「──嫌だね」
「そんな〜〜!? こ、このとおりだぁ〜〜!! もう痛いのだけは嫌だぁ〜〜!! 勘弁してくれ〜〜!! 欲しい物は何でもっ、何でもやるから〜〜!!」
頭の上で火が着くほど手をこすり合わせて、己が助命を一心不乱に嘆願した。
「カ、カネはどうだっ!? カネだったら幾らでも払うぞっ!! 一億いや二億、いやいや五億出そうっ!! どうだ!? それだけあればどんな贅沢な生活だって思いのままだぞっ!! …ま、まさか足りないのか!? クッ、わかった!! 十億──いや、お前の言い値を払おうっ!!」
だがシンジは、無言でポキポキと腕を鳴らして近づいて来る。
てゆーかゲンドウよ、お前、自分基準でモノを考えすぎ(笑)。
「──カ、カネじゃない!? そんな、なんで!? ──ハッ!! そうか女かっ!! 女なんだなっ!! なんだそ〜ゆ〜ことかぁ〜♪ わかった!! だったら、とびきりの女をやろう!! 小学生、中学生、高校生、どれでもござれだ!! ん?? 一人だけじゃ足りないのか?? ぶはははは〜、そうかそうか〜♪ 何だったらダース単位で譲ってやってもいいぞ!! 安心しろ!! ちゃーんとクスリ漬けにしてあるから、どんな体位だって、どんな無茶な要求だって、お前の望みのままに気持ち良いセック──」
ズガッ!!
「はぷしっ!!?」
いきなり下顎を蹴り上げられ、舌を噛んだ。
「…クズが。 お前と一緒にするな」
「あば、あばばばばば〜〜っ!!?」
わたわたと尻込み、後ずさりするも、
バキッ!!ゴスッ!!ベキッ!!ドガッ!!ガキッ!!グシャッ!!ボキッ!!ズドッ!!メキョッ!!ビキッ!!ズゴッ!!
まさにボコボコのめった打ち、俗に言うタコ殴り(笑)。
無論、ちゃんと加減してある。楽には死なせないのだ。
『えいえいッ!』
『このこのッ!』
頼まれもしないのに、いつの間にやらシロとクロの二匹も勝手に助勢(笑)。男が十分に弱ったところを見計らって、にっくきその顔にポカポカと猫パンチ&キックをお見舞いすると、すぐにまたピューッと物陰に隠れる。俗に言うヒットアンドアウェー。そして身を屈めて次のチャンスをじぃーっと窺った。コイツら、なかなかにイイ性格をしているようだ。…惜しむらくは、所詮は仔猫、その身では蚊ほどのダメージも与えることが出来なかったことか。
「んがぁ〜〜ッ!!! ぎ〜〜ざ〜〜ま゛〜〜ッ!!!」
お、殴られすぎたのか、今度は逆にキレたぞ。ガバッと飛び上がるや、青筋浮かべて非人語で吼え捲くった。…しっかし謝ったり怒ったりと、何とも忙しい男だ。
「タダで済むと思ってんのかーーッ!! ああン!? ぶち殺すぞこのガキぃッ!! 本当は何の取り柄も能力もないクズのくせにッ!! ゴミのくせにッ!! わかっておるのかーッ!? お前はエヴァに乗れるだけの、降りたら何も出来ない、何の価値もないヘッポコ劣等種なんだぞッ!! なのに俺様の、優等種いや超越種である俺様の高貴な顔を足蹴にしおってぇーッ!! その罪、万死に値するぞッ!! いいか覚悟しておけッ!! 後で仕返ししてやるからなッ!! きっと仕返ししてやるからなッ!! ネルフ総掛かりでやってやるからなッ!! 大勢でやってやるからなッ!! 徹底的にやってやるからなッ!! 本当だぞッ!! もう今さら泣いて謝ったって絶対の絶対に許してやんないからなッ!! 覚えてろーーッ!!」
コノウラミハラサデオクベキカ!
唾やら血やら飛ばして、男は怒り狂って怒鳴った。
だが、自分一人でそれをやろうとしないのが実に情けなく、あくまで他力本願、しかしこれがゲンドウのゲンドウたる所以なわけで…。
「…それがどうした? やれるもんならやってみろ。 どのみち、お前は今ここで殺されるんだから、なっ!」
ゴンッ!!
「うわらばっ!!?」
頭を鷲掴みにされ、後ろの壁に貼り付けられた。後頭部を強かに打ったのか、男は苦痛に呻く。
「──う、嘘ですぅ〜!! 今言ったのは全部嘘!! 嘘なんですぅ〜!! だから助けて? ね? ね? お願い!! もう痛いのは嫌ぁーー!!」
はいはいワロスワロス。
どの口が言うのか、舌の根も乾かないうちに、また節操なく豹変しやがった。ガクガクブルブル、涙を流して息子の顔色を窺いながらの懇願、フルチンでその姿は何とも情けない。哀れなるかな、人格が木っ端微塵に破綻していた。否、これが素か?
断罪者は浅慮を省みていた。
何故このようなゴミを今まで放っておいたのか?
どうしてすぐに処分しなかったのか?
思い出せ、あの未来でこの下衆が何をしたかを──
忘れるな、あの惨劇を──
八つ裂きにしてもなお飽き足らない。だが、一気に殺しても興醒めだ。故にジワリジワリと嬲り殺してくれよう。
ククク、そう──これからが本当の地獄なのだから。
(──な、何をする気だ!?)
ゲンドウは痛みで意識が遠くなりながらも、虎に捕まった小鹿のようにビクビクと恐怖に慄き、少年の一挙手一投足に注目した。
シンジは、その人差し指をゲンドウの眼前に掲げると、ピタと止め、そして徐に近づけてきた。
(──ま、まさかっ!?)
とーってもバッドな予感が、未来図が、ゲンドウを襲った。襲ってやまなかった。
事実、その予想は見事に的中したから、さあ大変!
「えぎ〜!? そっそんな!! やめてとめてやめてとめてやめてぇ〜〜っ!! ──とめったっ!!」
じたばたした挙句、何とかギリギリのところで少年の腕をむんずと掴まえてホッと一安心、も束の間、
ズボッ!!
「ほげぇーーっ!!?」
シンジは気にせず、その指をゲンドウの右眼球に容赦なく突き入れたのだ。さらに指の腹で眼底をクネクネと捏ね繰り回し始める。結果、生きている視神経がブチブチとねじ切られた。
こうして少女を辱めた「目」、その片方は無残に潰され、永遠にその機能を失ったのだ。
「ぼげぶげ ぺぷちゃべ はぶらばら びィえ かぴぷ あぶた びぎょへっっ!!!」
想像すらしたこともない激痛にゲンドウが解読不能な悲鳴を上げた。実に情けない。だったら最初から粋がるなと言いたい。
クソ男は火事場の馬鹿力で狂ったように暴れるが、それを上回る力で押さえ付けるシンジの細腕は鉄のように硬く、ビクとも動かなかった。
恐怖が連鎖し、男の箍(たが)はとっくに外れていた。
「し、死ぬーーッ!!? 死んでまうーーッ!!?」
「うるせぇ!!」
グシャッ!!
「ぶべらっ!!?」
顔面を正拳で殴りつける。無論手加減はした。一思いに殺したい衝動を必死に押さえつけての一撃。それでも男の顔は無様に陥没し、鼻はさらにグチャグチャ、歯と上下の顎は見事に砕かれていた。
「あばあばあば〜〜っ!!?」
血を垂れ流して、絶叫する中年鬚男。総入れ歯が必要な風貌、見た目くしゃおじさん。
股間に生温かいものがじわっと広がる。齢四十八にして、出しちゃいけないものを出したようだ。
「ひ、ひくひょーーっ!!!」
あまりの痛さに破れかぶれの反撃を試みる。男は眼前の少年に殴り掛かった。必殺(?)の畜生パンチだ。因みに本人は「チクショー!!!」と叫んでいるらしい。
パシ!
「んが!?」
だが、所詮はヤケクソ、あっさりと掌で受け止められた。しかも、
ポキッ!
「うぴょ!!?」
人さし指と中指と薬指が変な方向に曲がった。少なくとも解剖学的に人間の指はそんなふうには曲がらないのだが、曲がってしまったのだから、さあ大変!
「にょ、にょ〜〜〜〜っ!!?」
大声で泣き叫ぶも、
「黙れ!!」
「へぶらっ!!?」
ビンタ一発であえなく轟沈。哀れすぎる。が、勿論これで終わりではない。
次いで、男の顎をグイと掴み上げれたまま、
ズドンっ!!
「ごわっ!!?」
ゲンドウの股間に、今まで生きて経験したことのない強烈な痛みが走った。
見たら、少年の膝が自分の大事な部分にめり込んでいたわけで。
ぶっちゃけ、おいなりさんが一つ潰れた(笑)。
少女を辱めようとした「元凶」の一つ、その片方が遺伝子の生産を永遠に停止したのである。
「おごっЩぎぃ☆Ωぬぴょーーッ!!!?」
昔、包丁で指の皮を数ミリ切ったのとは比べ物にならないほどのウルトラスーパーでデンジャラスかつヘヴィーな痛みに、神経の閾値(いきち)は振り切れ、発音不可能な男の絶叫が辺り一面に轟いた。残った眼球が飛び出そうになり、赤い涎を垂らして堪らず蹲ろうとするが、相手はそれさえも許してくれない。再び壁に押さえつけられた。
「あわ、あわわわわ、わわ、わ……ガクッ」
白目剥いてブクブクと血の混じったピンクの泡を噴くや、ストンと気を失った男。だが、安易な失神など彼には許されてはいなかった。
ザシュッ!!
「ぐわっ!!? あぎゃほぎゃ〜〜っ!!?」
いきなり襲った猛烈な痛覚が、切れ掛かった男の意識を強引に呼び戻させた。
何が起こったのかとカッと目を見開けば、血に染まって薄く微笑む少年の左手に、何か見覚えのある黒い塊が握られていたわけで。
少年はそれをポイと床に放り捨てた。血溜まりの中でトカゲの尻尾のようにビチャビチャと激しく痙攣を繰り返すその物体──それは紛れもなく人間の腕であった。
そう、男の右腕が肩口から捻じ切られていたのだ。
少女を辱めた「腕」、その一つが潰された瞬間だった。
「うべばっ!!? うべばっ!!! おべばばろうべばぁ〜〜っ!!!!」
それを正しく発狂という──
長年馴染み親しんできた右腕の喪失、その事実がゲンドウという男に与えた衝撃は計り知れないものだった。
第一、これじゃオナニーも出来ない!(笑)
因みに、本人は「腕が、腕が、俺様の腕がー」と叫んでいるらしいが。
「あ…ぐ…ぐ…」
右肩の切断面からは、今も大量の血飛沫が噴き出しており、元々の赤い空間をさらに赤く染めていた。既に全血量の半分近くを失っており、このままでは失血によるショック死も時間の問題と思われた。
もはやゲンドウの声は続かず、息も絶え絶え、体温も次第に低下し、ガクガクと全身に痙攣が伝播していた。フルチンの下半身も、その前と後ろは惨めに汚れ、ひどい悪臭を放つ。そしてやはりというか、すぐに男はガクリと気絶してしまった。もしこのまま目を覚まさなければ、ご臨終となるのは間違いないことだろう。
だが、シンジは気にもせず、次なる標的に耽々と狙いを定めていた。それに相手が気を失っているというのなら、次の一撃で快適(?)な目覚めをプレゼントするまでだ。無論、親切心からではない。雪山遭難で「ダメだ寝るな、寝たら死ぬ!」のパターンで発生するような友情ビンタとは違うのだ。第一、彼はそんな殊勝な人間にあらず。早い話が、失神したらそれ以上の苦痛で覚醒させるまで、ショック死したら蘇生させるまで、そしてまた甚振り続けると……まさにそのつもりであったのだから。
ズブリッ!!
「おごわっ!!? うっびゃあ〜〜っ!!!!」
シンジは右手刀をゲンドウの腹に深々と突き刺した。すぐさまゲンドウは目を覚まし、その激痛に泣き狂うも、さらに腹の中をグニグニと掻き回され、次の瞬間には、ピンク色の腸の一部を引っ張り出されたから、さあ大変!
言うまでもなく麻酔なんてしてはいない。勿論、特撮でもインチキ心霊手術でもなかった。すべては現実の出来事である。男にとっては堪らない。
仮にテーマを付けるなら──人体の不思議スペシャル、人は何処まで苦痛に耐えれるか?──であろうか。
激痛に耐えかねたゲンドウは、陸に揚がった魚のように猛烈に抵抗して暴れ捲くった。全身の筋肉が本能的にその限界を超えて爆発し、あらん限りの力を振り絞って拘束を解こうともがく。だが、押さえつけるシンジの力はそれを遥かに凌駕しており、ビクともしなかった。喩えるなら、ライオンに踏みつけられた野ネズミの図。
そしてシンジは、
──死に物狂いで暴れるゲンドウを力で押さえつけ、内臓という内臓を生きたまま腹から引きずり出した!
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」
天を劈(つんざ)くばかりの大絶叫が轟くも、少年の手はなおも休むことはなかった。何かヌメヌメしてホカホカと湯気を上げる物体を、内から外へと次々に引っ張り出し、床に放り出す。正しく解体。
胃、肝臓、膵臓、脾臓、胆のう、十二指腸、小腸、盲腸、大腸──さすがに心臓や肺などは構造上引っ張り出せなかったが、ほとんどの消化器官が芋づる式に外気に晒された。延べ10メートルを優に超えているだろうか。
ショッキングな光景だった。かの731部隊も真っ青な、である。
「あああああ…ああ…あ……ガクッ」
そして男はまたもや失神。段々とその間隔も短くなっていた。もう限界が近かった。いや普通ならとっくにショック死していてもおかしくはないだろう。
しかし、シンジは一向に気にしない。というか逆に呆れていたり。
「…おいおい、まだ死ぬんじゃないぞ?」
そもそも、こんなクソみたいな痛みレベルで失神するとは何ごとであるか、と。死後に待ち受ける苦しみは、最低でもこの4096兆倍、しかもエンドレスなのだ、と。先が思い遣られた。
「…おい、聞いているのか?」
聞いてないっぽい。舌を出して、泡を噴いて、しかも白目を剥いているもの。
仕方なく、気付け薬代わりにワンパンを食らわせることにした。つまりは正拳突き。
バキッ!!
「ふ、ふばっ!!?」
ほうら目が覚めた♪
片やゲンドウのほうは激しく戸惑いの色を隠せない。つい先ほどまで、どこかの河原で見知らぬ子供が積み上げていた小石を何度も蹴り崩して意地悪していたと思ったら(おい)、いきなりまた現世に呼び戻されたのだ。しかもそこは真の地獄、今度はまた自分が虐められるシチュエーション(笑)。
「さぁて、始めるとするか♪」
言うなり、シンジは鬚の口の中に手を突っ込んだ。そして、
ぶちっ!!
「がふべらっ!!?」
少女をねぶり辱めた「舌」を引っこ抜いたのだ。
ぶしゅーーーっ!!
夥しい血が噴き出る。男は目ん玉ひん剥いて絶叫。痛みにもんどり打ちそうになる。いや、痛いってもんじゃなかった。
「あばべろばろぴれぱれ〜〜っ!!?」
「うるさいっ!!」
ゴキンッ!!
「きゅ〜〜」
そして、またしてもノックダウン。
しかし加害者側にしても、些か想定外だったようである。
あまりにも打たれ弱いのだ。ゲンドウが。
まさかこんなにもチキン野郎だとは思わなかった。買い被りすぎていた。想像以下だった。組織のトップたる資格なんてない。他人の激痛には耐えられても自分のには微塵も耐えられない、そんな下衆の典型。呆れ果てた。
さて、床にぶちまけられたカラフルな臓物だが、引きずり出されただけで目立った損傷はなく、動脈・静脈・門脈共に健在、外気に触れてビクンビクンと蠢いている。まだ辛うじて生きているのだ。だが、何とも言えぬムアッとした臭気が周囲に立ち込めていた。男の腹に巣食う微生物が醸し出す悪臭である。贅沢な食生活をしているのか、内臓脂肪も苔のようにビッシリと付着し、何ともグロかった。
遊び心で、胃をグニャッと踏ん付けてみた。途端に内容物が逆流し、食道・咽頭を昇って口と鼻からオエと出る……ゲロが(笑)。なかなか面白い理科の実験だった。
さて、ここで少し話は転じるが、かの猫二匹はどうしていたかというと、互いに抱き合ってガクガクブルブル震え上がっていた。隙あらば再び鬚男に制裁を加えてやろうと虎視眈々と機会を窺っていたのではあるが、次第にエスカレートしていったシンジの凶行に、そしてそのあまりものショッキングな光景に、腰を抜かしていたのだ。多少オシッコを漏らしていたのかも知れない。さもあらん。所詮は一般人(猫)なのだから。そして結局は、二匹はそのまま気を失ってしまうのだった。…閑話休題。
「──生臭いな。 日頃何を食ってやがるんだ? さぁて、そろそろトドメを刺すか……まだ転生後の愉しみも残っていることだしな、クックックッ」
そう怪しく呟くと、シンジは血に染まった右手刀を掲げ、ゲンドウの左肩に狙いを定める。
先ずは両手両足を全部毟(むし)って達磨にし、次いで内臓すべてを生きたまま摘出する。心臓や肺も言わずもがな。首はちょん切り、頭蓋はカチ割って脳ミソを取り出してから、丹念に踏み潰す。最後に股間のグロテスクな中央突起物を引っこ抜いて、微塵に刻んでやろう。後でうちの飼い猫共に内緒で食わせるというのも良いアイデアだ(おい)。そして殺した後は、速やかに【魂魄】を回収し、次のステージに乗せる。
少年は、そんなスンバラシイ段取りを頭の中で思い描いていた。
シュッ!!
そして手刀が空を切り裂いたその瞬間──
「──や、やめろーーっ!!!」
「──や、やめろーーっ!!!」
外野から突然の怒号が飛んだ。
その声にシンジの手刀が寸前でピタと止まる。徐にギロリと視線を向ければ、壊れたゲート向こうに一つの人影、ようやく追いついた銀髪の少年、ダッシュがいたわけで。
「とっ、父さんッ!!? ──え? あ、綾波ぃ〜!!? …き、ききき、貴様ぁ〜〜っ!!! 何て酷いことをーーっ!!!」
父親の惨状と、それ以上に想いを寄せる少女のあられもない姿(半裸)に、ダッシュは直情的にぶちキレた。てゆーか、後者は完全に勘違いだ(汗)。
きっとコイツの可哀相な頭の中では、シンジがレイに襲い掛かり、それを制止したゲンドウを半殺しにした、そんなお得な「真実」が描かれているに違いない。…馬鹿である。
「…お前か」
ゲンドウの首根っこを鷲掴みにしたまま、ゆっくりと冷たい一瞥をくれるシンジ。ぞっとするほどの凍った瞳だった。
「…邪魔をするな」
弁明する気など端からない。誤解を解く気もなかった。ただ邪魔するものは全力で排除する、それだけだった。
「だ、黙れこの変態性犯罪者の恥さらしめっ!! 父さんを放せっ!! そして綾波に謝れっ!! 謝れぇーーっ!!!」
「…そうか、死にたいのだな」
ポイ──
シンジは興味をなくしたように生ゴミ(注:ゲンドウ)をその辺に捨て、銀髪の少年に向き直る。新たなターゲット・ロックオンだ。そしてすぐさま、
カチャリ──
「な!?」
ダッシュの心の奥底で何かの鍵が開く。それは自滅コードの解除だった。そう、シンジは本気で彼を殺すつもりだったのだ。それは禁断の──自分殺し。
「殺してやるよ」
「こ、殺すだと!? おう、やってみろよっ!! お前なんか、お前なんか反対にやっつけてやるっ!!」
「なら……………………死ね」
「っっ!!?」
シンジの雰囲気が一変するや、ダッシュの全身に悪寒と戦慄が走り抜けた。
それは魂が萎縮するほどの恐怖。かつてエヴァを駆り使徒と戦ったときでもここまでの恐怖を感じたことはなかった。
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖いっっ!?
「うわあああ〜〜っ!!!」
恐怖が体を動かしていた。追い詰められたネズミのように、いつの間にかダッシュはその拳を思いきり振り下ろしていた。が、しかし、
バチィーーッ!!
「っっ!!?」
拳は弾かれた。先手必勝、勝てば官軍、そもそもATフィールドまでをも纏わせた絶対無敵の拳が、寸前で何かに弾かれたのだ。ええ、そりゃもうアッサリと。予定ではカエルのように潰れるハズだったのが、目の前の少年には全然効いていなかったわけで。
「な、何でだよっ!!? お前は、お前っていったい──!!?」
まさか人間ではないのか!?
夢にも思わぬ事態に、己が絶対優位性をも脅かしかねない現実に、銀髪の少年は動揺を隠せない。具体的にどれくらいかというと、あまりにワンパターンで食傷気味すぎて思わず割愛したくなるくらいの、だ(おい)。
そして今度はシンジのターン。右手をゆっくり掲げると、素早くそれを振り下ろした。
「!!!」
空間を引き裂き、襲い来る無言の衝撃波!
咄嗟に少年は全力の、つまりはアダムパワー全開の分厚いATフィールドを展開する。それは本能的行動だった。このことでネルフの探知に引っ掛かるかも、そういった心配は頭にはなかった。いや、考える余裕すらなかったのだ。生存本能がすべてに優先した結果であった。
同時に両手を額の前でクロスさせて、なおかつ横っ飛びで直撃を避けた。この間、僅か千分の一秒。が、しかし、
ズバッ!!!
「!!!?」
見れば、ダッシュの左半身が丸ごと吹き飛ばされていた。避け切れなかったのだ。あの分厚いオレンジ色の壁に至っては何の役目も果たさず、シャボン玉のように弾け、今はその残滓もない。
「あぎゃあああああ〜〜っ!!!!」
ダッシュは床の上をのた打ち回る。七転八倒の苦しみを味わっていた。
左肩から股間にかけて袈裟懸けに切り落とされ、まさに体の半分が消失していたのだ。胸部のコアも損傷を受け、半分近くが赤く露出していた。無傷なのは頭と右腕くらいだろう。これで即死してないほうが不思議なくらいだった。
鋭利な切断面から覗くピンクの肉塊は苦痛に蠢き、必死に再生しようとするが、何故かそれが出来ないでいた。何か得体の知れない力が使徒の無限の細胞分裂を阻害していたのだ。結果、血はどんどん失われ、意識レベルは著しく低下していった。それはつまり──死。
愕然としたのは、少年である。
(あぐがああああ…ああ……そんな、このままじゃ俺は、僕は、死ぬ!? …い、いやだ、死ぬのはいやだっ!! 死ぬのは怖いっ!! 違うっ!! 違うんだっ!! こんなハズじゃ、こんなハズじゃなかったんだっ!! 助けて!! ねぇ、誰か!! ──誰か僕を助けてよっ!!!)
だが無情なるかな、心の絶叫は誰にも届かない。
一歩一歩滅びの足音を響かせて殺戮者が近づいて来る。その顔には苛立ちを隠さず、裸足のまま血溜まりの中を歩いていても、その足は少しも汚れてはいなかった。
そして、碇シンジが碇シンジを不敵に見下ろし、碇シンジも碇シンジを恐々と見上げた。
流れる無言の時間。だが、
ドガッ!!
その静寂を破って、いきなり黒髪少年の踵が振り下ろされた。
ドガッ!!バキッ!!メキッ!!
「うぎゃあああああああああああ〜〜っ!!!」
一切の躊躇なく次々に繰り出されるシンジの右足。容赦など微塵もなくそれはダッシュの胸板にめり込んだ。傷ついたコアが軋み、激しく点滅し、惨めったらしい悲鳴を上げるダッシュ。長州○も真っ青な執拗なるストンピングに合わせて少年の断末魔が地下空間に木霊していた。
「…あぅ…あ……ごめんなさい……ゆるして……ゆるして……もうゆるちて……」
「──トドメだ」
白旗を揚げるもシンジは完全無視。既にぐったりとしたパターン青消滅寸前の銀髪を鷲掴みにして持ち上げると、右の手刀を剥き出しの、蜘蛛の巣のように無数にヒビ割れた赤いコアに狙いをつけた。これで終わりにするつもりらしい。口の端は不気味に歪み、今の彼は狂気一色に染まっていた。
「死ね、死ね、死ね!! 死ねっ!! 死んでしまえぇぇっ!!!」
そして情け容赦なく胸に一気に突き刺し──
「──碇クン、駄目っ!!!」
「っ!!?」
突然少女が、レイが、シンジの背中に抱きつき制止してきたのだ。
これには、さすがのシンジも予想外だった。
「──落ち着いて!! 私は、私は大丈夫だから!!」
背中から少年の胸へと手を回し、必死に説得を続けた。
しかしそれを無言で振り払い、なおも執拗にダッシュにトドメを刺そうとするシンジ。簡単に止めれない因縁が両者にはあるのだ。
だがレイも食い下がった。その手を、腕を、必死に離さない。
「──だ、駄目!! その人は、自分は、殺してはいけない!!」
「っ!!?」
自分ではなくアイツの肩を持つのかと、少なからずショックを隠せないシンジ。しかし、
「──いえ、正直その人がどうなっても、それはそれで私は構わない」
お、おいおい……そりゃあんまりだ…………ダッシュが(汗)。
「──でも、貴方が傷つく。 貴方が遠くへ行ってしまう。 何故だかはわからないけど、そんな気が無性にする。 今の碇クンはとても危うい。 だから──駄目」
「……」
「──お願い、碇クン」
「…あや……なみ……」
少年の瞳から、スーッと危険色が失われていった。
「ゴメン、綾波…」
「──碇クン…」
熱くジッと見詰め合う二人。そして果てしなく高まる想い。今のこの二人には垣根は何もないと思われた。
ごく自然な形でそっとレイに触れようとするシンジ。が、しかし──
「──っ!? い、嫌!」
何故かレイはその手をパンと振り払った。振り払った彼女自身が一番驚いている。そしてその顔は青白かった。
「あ、綾波?」
「──あ……こ、こないで」
思わず一歩後ずさる。今のレイは明らかにシンジを恐れていた。
そう、思い出してしまったのだ。
…あのときの別離を。
…あのときの絶望を。
…あのときのせつなさを。
自分は彼に捨てられたのだという、その現実を。
「あやな、み…」
少年もそれがわかって、沈痛な面持ちで黙り込む。自責の念に苛まれていた。
二人の間に気まずい雰囲気が漂った。
「…綾波、少し聞いて欲しい」
唇を噛み、意を決して切り出すも、だが少女は黙ってふるふると首を振った。
「…どうしても聞いて欲しいんだ」
「──嫌、聞きたくない! 聞きたくないっ!」
自ら耳を塞いでイヤンイヤンする。
「た、頼む! もう一度だけ話を──」
「──いや、いや、もう嫌ぁーーっ!!」
あんな辛い目に遭うのは!
ブンブンとかぶりを振って拒絶した。まだ生まれたばかりで、その感情を持て余していた。
「いいから聞いてくれっ!!」
「──っ!!?」
その大声にレイはビクッと竦み、大きく目を見開いた。
「あ、あ、ゴメン、大きな声出して──」
言ってまたショボンとなる少年。
「お願いだよ……少しだけ、少しだけ僕の話を聞いて欲しいんだ…」
「(…コクリ)」
とても辛そうに懇願する少年。その態度に少女は折れ、無言で小さく頷いた。
少年は少しだけホッとし、そして目線を落としたまま静かにポツリポツリと語り出した。
「…僕は、キミを通して、また別のキミを見てたんだ。 無論、自分だけはそうじゃないと思ってた……でも、結局はあの外道鬚と何も変わらなかった」
(──別の、私? 司令と碇クンが…同じ?)
少年の懺悔は続く。
「…僕が知ってるあの綾波はもういない、いないんだよ。 それはさ、わかってたんだ。 …でも、わかってたのに、わかろうとしなかった。 考えるのが、認めるのが怖かったんだ。 そして……キミを傷つけた」
(──どうして)
貴方はそんなに悲しそうな目をしているの?
レイは、自分の境遇よりも先に、そのことが気になった。
「…僕の傲慢がキミを傷つけてしまった。 すべては……僕が悪いんだ」
(──なぜ)
そんなことを言うの?
どうして謝るの?
もしかして私は……嫌われていなかったの?
不安と期待、少女の中で、いろんな想いが錯綜していた。
「…キミが苦しむ姿を見るのはすごく辛かった、耐えられなかった。 だから……いっそ僕に関する記憶の一切を消してしまおうか……そんな恐ろしいことすら考えた」
「──っ!?」
「…時を巻き戻し、すべてをリセットする──新たな歴史では、僕と綾波は出会わない。 …傲慢だけど、それがキミの幸せのためだって、そう思ったんだ…………でも」
そこで少年は大きくふるふると首を振った。
「…出来なかった。 だって──できるわけないじゃないかっ!!! そんな残酷なことっ!!!」
「──っっ!!?」
いきなりの悲痛な叫びに少女がビクッと震えた。
「わかっていたんだよ!! キミはあの綾波じゃない!! 体は同じでも、【魂魄】が同じでも、心が同じでも、流れた時間が違うんだ!! 記憶が違えば、それはもう──別人なんだ!! わかっていたんだ、わかっていたんだよっ!!」
ここまで少年が感情的になるのも珍しかった。
少女は、ただ黙って聞いている。
「──いかり、クン…」
「…僕は、彼女に申し訳がなかった。 償っても償いきれない。 謝っても謝りきれない。 負い目と自責、罪悪と後悔。 僕の、僕なんかの命と引き換えに彼女は逝ってしまった! なんで死んだんだ! なんで消えちゃったんだよ! なんで、なんで──」
ポタッ、ポタッ
床に黒いシミが広がる。
うな垂れたまま、いつの間にかシンジは涙を流していた。
言っていることは、激しく支離滅裂だった。…だがそれは、激しい感情の発露でもあった。
そして暫くの静寂…。
「…ゴメン、何言ってんだろ、オレ…」
手の甲でゴシゴシと目を拭った。
そもそも、こんなことまで言うつもりはなかったのだ。無性に自分が情けなくなった。ここまで心が未熟だとは思わなかった。だがそのとき、
なでなで──
「っ!!?」
突然の頭を撫でる感触に顔を上げた。
「あ、綾波!?」
「──泣かないで、碇クン…」
なでなで──
それは、慈しみの手だった。いつの間にか少女の温かく優しい手が、彼の黒く艶やかな髪を撫でていたのだ。
心が癒されていった。これじゃどっちが慰めようとしたのかわからない。
「──泣かないで…」
「う…」
不覚にも熱いものがこみ上げてきたシンジであった。
そして舞台は、最終局面へ…。
「…あのとき、綾波に好きだって言われて、本当はすごく嬉しかったんだ」
「──え?」
「…でもそれと同時に、僕はキミのことを裏切ってるって……そうも思ったんだ」
「……」
何となく、何となく彼の言いたいことが私にはわかった。
私を通して別の私の姿を見ていたから、私が告白したとき、私の心を弄んだと、裏切ったと……恐らくそう感じてしまったのだろう…。
そしてたぶん、彼は……私ではないその別の私に、心惹かれていた。
その思いが、胸の奥を急にざわめかせる。それは自分への、嫉妬──同じ自分なのに、彼にそこまで想われている彼女が、私にはとても妬ましくて…………浅ましい女だと思う、私は。
「でも──ようやくわかったんだ」
「──!?」
思念の海に沈んでいたレイを、シンジの声が掬い上げる。
「…さっきさ、綾波があの外道に組み伏されているのを目の当たりにしたとき……頭の中が真っ白になった。 そしたら、ああそうか、そうだったんだなって……ようやくわかったんだ。 …自分の本当の気持ちに、さ」
「──本当の、気持ち?」
不安そうに小さくオウム返しをするレイ。
シンジは、すーっと深呼吸して、その思いの丈を吐き出した。
「僕は──もう綾波が好きじゃない」
「──っ!!?」
この彼の言葉に私はグッと唇を噛んだ。
覚悟はしていたとはいえ、こうもハッキリ告げられると、やはりそれはそれで残酷なものだった。ショックだった。
結局……自分一人で舞い上がっていただけなのかも知れない。急に自分が可笑しくなる。
…だけど、彼も、碇クンも、確かに苦しんでいたのだ。たぶん、私以上に。…それがわかった。
だから、逃げては駄目。乗り越えなくては駄目。
私が理解しなければ、私がもっと強くならなければ、彼の悲しみを取り除いてはあげられない。
でも、それでもやはり……今はただ無性に泣きたかった。
……
…
だが、少女のそんな想いを知ってか知らずか、肝心の少年は、恥ずかしそうに笑って言葉を続けた。
「ううん、だって今の僕は、もう綾波のことが大好きなんだから」
「──え!?」
レイは我が耳を疑った。
(──今、何を言ったの!? た、確か…)
「あ、あ、ゴメン、な、何か勿体ぶった言い方しちゃったね(汗)」
あたふたと慌てまくるシンジ。やっぱ慣れないことはやるもんじゃないと(汗)。
コホンと咳払いして、
「えーと、僕は綾波が大好き、だよ?」
…何故に疑問系?(汗)
「……」
「あの、綾波?」
「──それ…本当?」
「あ、うん、勿論」
「──嘘…」
「嘘じゃないよ!」
「……」
「綾波?」
「──う、うう…」
少女の目から大粒の涙がポロポロと零れていた。
「おわ!? あ、あぅ、大丈夫!?」
女心に疎い少年は慌てる。
「……」
「あ、あの…」
「──グスっ、碇クン」
「な、何?」
「──ほ、本当に私で……いいの? だって私は皆と違──!?」
人さし指がそっと少女の唇に当てられた。
「…僕は、綾波レイが好き」
「──!」
「他の誰でもない、キミが好きなんだ」
少女の目を見てハッキリと告げた。
「──い、いかり…クン」
「綾波が何者かなんて関係ない。 今ここにいるキミだけを──僕は、愛している」
「──あ、う…うぅ…」
ポロとまた感涙が少女の頬に零れた。
嗚咽の漏れる口を手で押さえるも、熱いものがとめどなく胸に染み込んだ。
(じわっ…)
「──い、かり……くぅん」
(ぽろ、ぽろっ)
感情が際限なく昂ぶる。そして、
「!? あやな──」
レイはシンジの胸に飛び込んだ。そしてギュッと抱きつく。
「──碇クン、碇クン、碇クン碇クン碇クンっ!!」
「…綾波」
シンジはそっと背中を抱きしめ、蒼銀の髪を優しく撫でてやった。
(えぐっ、えぐっ…)
胸の中、激しく嗚咽を漏らすレイ。それをあやすシンジ。二人の間には、ゆっくりとした時間が流れていた。
いつしか少年の首筋に鼻先を埋め、擦りつけてクンクンしている少女。ピスピスと鼻を鳴らして、その姿はまるで仔犬のよう…。
(碇クン…)
恍惚とした表情。その顔はとても幸せそうで、微笑ましかった。
「…ねぇ、綾波」
「……」
「もうこんなところにキミを置いてはおけない……だから」
ホンの少しの間を置いて、
「一緒に暮らそう」
「──!」
それは真摯な告白。
レイは暫く考えて、
(…コクン)
シンジの胸の中、黙って頷いた。
それは、まさに至福の瞬間…。
余談ではあるが、そんな熱い二人のラヴラヴな時間の最中も、別な約二名は、つまりはゲンドウとダッシュだが、その辺にポイとうち捨てられたまま蚊帳の外、悶絶していたわけで…。既に意識はない。共に重篤、というか虫の息、正しく死の寸前(笑)。
糞尿を垂れ流し、腸をはみ出させて、白目を剥いてピクピク痙攣している瀕死の重傷のゲンドウに、その傍らで体が半分になっても何とかギリギリで生きている(っぽい)ダッシュ…。
あと三十分、いや二十分発見が遅れれば、間違いなく死ぬだろう。てゆーか、もう既にお迎えが来ているっぽいし(笑)。ま、どうでもいいことだが。
「──はぁはぁ、やっと追いついた……あれ?」
「ん? あらあら、まあまあ♪」
ようやくマヤとカエデの二人が駆けつけたとき(ターミナルドグマまでのゲートはすべて開いていたし、目を覆う惨状を辿れば自然とこの場所へと行き着いたらしい)、そこには壁にもたれ腰を下ろしたまま、仲睦まじげに寄り添う二人の姿があった。
すぅー、すぅー
少女は少年の胸に顔を埋め、安心したようにとても静かな寝息を立てていた。今日一日、本当に色んなことがあって疲れたのだろう。
少年は、優しくそしてゆっくりと少女の髪を撫でていた。
To be continued...
(あとがき)
や〜、遅くなりましたね。レイ編はこれで終わりです。…でも、すっごく痒かったです(汗)。私の柄じゃありませんね、やっぱ……はは、ははは(汗)。
早く使徒戦にならないかな〜(笑)。でないと調子が今一つなんですよね〜(笑)。
しっかし相変わらず話が無駄に長いですな。この分だといつ終わるのやら…(汗)。
あと今回のは、残酷・残虐シーンが満載のため、注意が必要です。…てゆーか、ここで書いても手遅れ?(汗)
話は変わりますが、先日、最新のエヴァの情報収集のため、果敢にも突撃して参りました……近所のパチンコ屋に(笑)。惨敗でした。ルフランが、魂のルフランが……うわーん!(意味不明)
預金しすぎちゃって、もう立ち直れません(泣)。だから暫く旅に出ます。捜さないで下さい。
──嘘です(おい)。
次はいつでしょうかね。ま、あまり期待せずにお待ち下さい。m(_ _)m
なお、このSSはフィクションです。実際の団体名・個人名とは一切関係がありません(笑)。
次回もサービスサービスぅ〜♪
作者(ながちゃん@管理人)へのご意見、ご感想は、または
まで