ヴァンパイアロンド

第五話

presented by 綾様


室内は暗かった。まるで闇が辺り一面を覆ったように包み込む。石畳のその部屋から不規則な金属音が響く。足音はない。息の音さえも。その部屋はリィゾがシンジを指導する際使う訓練室だった。
威力を決めるのは、力の伝わり具合だ。何時かリィゾに教えられた言葉が蘇る。
使徒や真祖の力は絶大だ。だが斬るにしろ、突くにしろその力の伝達が悪ければ威力は落ちる。それでも威力が大きいが、わざわざ剣を取る意味がなくなる。
左手に持った剣で鋭い突きを払う。
視界は悪い。それは人にとってのことだ。元来死徒は夜の生き物と言っていい。それを作り出した真祖はなおのこと。それは光一つ無い暗闇の中でさえ、少し暗い程度にしか感じられない。シンジには見えていた。暗闇の中対峙する黒騎士の姿が。
二人の距離は約五十メートル。銃器等の飛び道具でない限り攻撃は難しい。死徒に遠距離攻撃を仕掛けるな。教会に存在する対吸血鬼組織、埋葬機関の初歩的な教えは正しい。彼らにとって五十メートルと言う距離は障害にすらならなかった。
たたずんでいたリィゾが消える。シンジは足のバネだけを使いその場で頭をしたに宙で逆さになる。瞬間先程までシンジがいたところに一瞬だけ何かが止まった。それを目掛け体勢を立て直しながら上段からの振り下ろしを決行し、大剣に阻まれる。消えたと思ったリィゾがそこにいた。
足の着かない不安定な体勢を剣で弾かれ吹き飛ばされる。無様に地に伏せることは許されない。その瞬間をリィゾが見逃さないはずがないからだ。だから異常とも言える身体バランスで足を滑らせるだけで終わらせる。瞬間衝撃が左手に走った。吹き飛ばしたと同時に距離を詰めていたからだ。恐るべき速度を認識しながら停止したその瞬間に突き出された大剣を払った音が鳴る。僅かにそらされた軌道は体のすぐ脇を通り、突き抜けていった。その瞬間を逃さず返す刀で逆袈裟に斬りつける。バックステップでかわされるそれに、左半身を前に出し、一見乱雑なマシンガンのような乱れ突きを浴びせる。刀身が伸びたように見えるその突きは、正確だった。それはその全てを無理矢理引き戻した大剣が僅かにしか動かなかったことから伺えるだろう。
それ以上の攻撃は無意味と見て、大きく後ろに飛びながら剣を投げつける。回転しながらリィゾへ向かった剣は、当然ごとく振り払われた。甲高い音が鳴り、連続して鳴り続ける。リィゾに向かった剣が攻撃を続けているのだ。剣はまるで意志を持ったかのようにリィゾの周りを飛び回り、どれだけ払われてもタールのごとく粘り着いた。
剣が手に戻る。それを待っていたかの様にリィゾの斬撃が襲った。攻守が逆転し、振り下ろされる刃を防ぐ。様々な角度から打ち込まれる斬撃を全て防ぎ、上段から振り下ろされた剣を絡め取った。瞬時に斬り上げる。だがそれは大剣の防御でリィゾの体が僅かに浮いただけだった。振り下ろし切り上げる。それらは一瞬で行われ、リィゾに防がれた。一瞬膠着する動き。それをリィゾが見逃すはずがなく、瞬時に大剣を振り下ろし、シンジの頭上数ミリで止めた。
「腕を上げたな」
表情のないリィゾにしては珍しく口の端が上がった。
「僕の負けですよ」
リィゾの首筋に切っ先を突きつけ嘯く。それはリィゾが剣を僅かに上げたとき、構えたまま僅かに止まった体から刺突が放たれたのだ。そう、体を止めたのはフェイク。全ては一瞬の隙を生み出すためだ。
事実上は引き分け。だがシンジは負けたと思っていた。隙を引き出し放った攻撃が相打ちだからだ。本当は攻撃に移らせるつもりはなかったのだから。
大剣を鞘に収めるリィゾは、育て上げたライバルに微笑み、時計を見て舌打ちした。
「私の時間は終わりだ」
大剣を鞘に収め言い放つ。時の針は規定の時を僅かに過ぎ、まるで急かす様に秒針が進んでいた。
「あ、ホントだ」
シンジの顔が青くなる。
「リィゾさん、ありがとう御座いましたッ」
それでも礼を忘れずに剣を空間に突き刺し、まるで光の屈折で刀身が見えなくなっただけの様に沈み込んでいき、最後には柄までもがかき消えた。ディラックの海第一形態「蔵」。それは何で飲み込み、消滅させる暗い虚の空間の平行世界。飲み込みはするが消滅はさせないこの世界の隠し部屋。それはシンジにしか使えない魔術の一つだった。

青子は思う。弟子に追いつかれる師匠って何なのだろうと。
千年城に植えられた森の四割を消滅させた魔術は、砂煙を上げ視界を遮っている。だが放たれた威力は魔力量から解っていた。物理消滅魔術。魔術協会が知ったら即封印指定行きの、高レヴェル魔術だ。通常の一、八倍。青子でも一、五倍が限界だ。さすがは真祖と驚嘆たる思いがわく。
土煙のはれた森は、乾いた茶色い土が剥き出しになり、隕石でも衝突したかの様に巨大なクレーターになっていた。その一歩前に立つ小柄な少年が振り向く。心なしか瞳が輝いているのは気のせいだろうか。
自身に頼んできたアルトルージュに余り天狗にさせないようにとの注意を受けていたので、努めておざなりに褒めた。それでも正しい成果を伝え、良かった点と悪かった点を上げていく。
柄にあわないとは思う。だが目の前でゼルレッチに習ったのであろう復元の魔術を行使し、破壊の魔術が放たれる前の状態まで戻す弟子に接する事は悪くないと感じていた。
「教師でもやってみるかな」
何気なく呟かれた言葉は少年の耳に届き、顔が赤くなる。その結果未来のとある眼鏡少年がさらなる女難に襲われる事は些細な事だろう。
思考を切り替え、少年を見ると、困った事に教える事が何もない事に気が付く。この二年の間で少年は自信が築き上げた魔術を全て習得してしまった。まだあらがあるがそれは実戦にて磨かれるたぐいの物で教えられる物ではない。
破壊に司る物で教える事ができるのはもう無い。ただ一つ根源に達した魔法と呼ばれる破壊手段があるが、星の精霊であっても根源に達していない少年には無理だろうと候補から除外する。仮に根源に達したとしても英霊達に狩り尽くされる事は目に見えていた。自身はただそれしか能の無かった結果、偶然辿り着いてしまったに過ぎないのだから。
自身が取った弟子ならダメ元で根源に繋がる魔法を教える事もしただろう。だが少年は正式な弟子ではない。あくまでも育て上げてくれと頼まれたにすぎなく、壊してしまってはいけないのだと、常識はずれだと自他共に認める自身でさえ解る事。
取りあえずは空間跳躍魔術でも教えようと、自身でさえ制限が付いた完全でない魔術に決める。宝石を冠する魔法使いに魔術を習い、今だ潰れていない所か根を上げる事すらしていない少年ならば完璧な物を見せてくれるだろうと期待を胸に抱く。完全なそれは魔法に片足を突っ込んでいるどころか、腰までドップリと浸かったものだと解っていながら。
「でも」
呟いた声に仰ぎ見る少年の視線を感じながら城を振り返る。容赦という言葉を知らない宝石を冠する魔法使いは何処までやる気なのだろうかと。

草木も眠る丑三つ時。紅月のおかげで自家発電が整えられた証明の蛍光灯を見つめ、期間にしては短かったが、濃厚な時間を思いだしうっそりと笑う。此処までもった弟子は初めてだと。
真祖だからかとにかく物覚えが良かったシンジは、すでに全属性の魔術を修めた。理論よりも先に模写される魔術に、思わず解析系統の魔眼を疑ったがそれは見あたらず、後付ではあるが理論もしっかりと吸収する姿に何故か昔の自分が重なった。
宝石と呼ばれる由縁は確かに全ての属性を扱えるからだが、そこに至までの道のりを知るものは皆無だ。出身は特に裕福でもない根源を求める何処にでもある魔術師の家だった。当然己の属性もそれに見合った物だけだと両親はおろか自身でも認めていた。それが覆ったのは魔術協会の前身、まだ魔術師が寄り集まる場所におもむき、改めて精密に属性をはかった時だ。全属性というあり得ない事態に当時の魔術師達は格好の研究材料だと狙ってきた。それらの魔術師が放つ魔術を見よう見まねで再構築し反撃し習得した。習うよりも見る方が先だったのだ。後に魔法使いとなり存在する魔術を片っ端から習得していったときは流石に疲れた。手本となる見るわざがなかったからだ。それらの理論は後に宝石剣の劣化バージョン、宝石魔術として生かされるのだが、数多く取った弟子の中で全てを受け渡せたものはいなかった。だからだろう、全属性を修めたシンジにそれを決めたのは。
「シンジ」
重く威厳のある声が部屋に響き渡る。何事かと真面目な顔をしたシンジの顔が瞳に映った。
「基礎は全て終わった」
目に移る少年の顔が怪訝に形を変えた。それもその筈、全属性の魔術と言うからには、基本となる魔術は元より、応用、果ては封印指定まで様々な魔術を教え込まれたのだ。
だがそれは些細な事。ゼルレッチにとって本番はこれからだ。
「これから宝石魔術を教える」
本番。それは宝石魔術に他ならない。
「儂も多くの弟子を取った。だが宝石魔術を教えるまで持ったものは一限り。その者達にしても全てを教えられたわけではない」
これから、厳しい視線を向け、世界に宣言するかの様に言い放つ。
「儂の全てを教える。古き魔術は新しき魔術の礎のため、新しき魔術もまたさらなる発展のため」
唾を飲み込む音が部屋に大きく響いた。
「始めるぞ。まずは魔力の蓄積からじゃ」
その日から、今までにもまして気合いの入った修行が始まる。

リィゾはライバルへと成長した事より、修行の内容を自身を含めた実戦形式の鍛錬へ変えた。
青子は結局教える物が無くなり、ゼルレッチにその時間を明け渡す。
ゼルレッチは予想外の時間が増えた事に喜び、究極の宝石剣以外の宝石魔術を教え込む。
そして一年後その時はやって来た。
「シンジ君はやってしまったのですね」
窓辺からいつかの様に青い満月を見上げ、問いかけた。
「左様。後は経験のみ」
経験。その言葉にアルトルージュは溜息を吐いた。経験の場所がないのだ。現在対立勢力は穏やか、仮に活発だったとしても真祖であるシンジの前に敵はいないだろう。果たして経験になるかは疑問だった。
「全てを教え込んだというのには正直驚愕いたしました。ですが現状に置いてさらなる成長の場がない事は解っていらっしゃると思いましたが?」
振り返り、ゼルレッチを見つめる。正直たった二年という短い歳月で全てを詰め込めたのは驚くしかない。星のバックアップがあったとしても魔術というのは一筋縄ではいかないものだと知っていたからに余計その思いが強かった。
だが習得できたのならばそれに超した事はない。永遠とも言える時がある事をまだ実感していないだろうシンジにとって、暇つぶしにもなる魔術の習得があっけなく終わった事は後の落胆を防げるからだ。
「場所なら用意すれば良いまで。姫もあの者のさらなる跳躍をお望みでしょう」
確かにそうだ。何となくシンジには自分よりも強くいて欲しかった。それが何故なのか解らないがどのみち強いことはよいことだと結論付けていた。
「ですが現実にその様な所は…」
無いと言いかけて目を見開いた。口がまさかと動く。
「ご察しいただけた様。儂は死徒にて魔法使い。専門の魔法は」
「平行世界」
唖然と呟く言葉にゼルレッチは微笑んだ。
「まずは殺す事の重大さを解らせましょう。あの者は今だその力が人のそれとは何十にも隔てられていると言う事を理解していない様子。世界から排除される力は秘めておりますが、心根はその正反対に位置している事は姫も承知しておられるはず」
「ですが」
「さよう万が一世界から排除される可能性も無き事はない。ですから魔術に酷似した力のある世界を選定し送る。これで心配はごありません」
平行世界では真祖特有の星のバックアップが存在しない。それ故魔力は血をすするか、栄養をとるかでしか回復はせず、再生能力も死徒のそれに準ずる。尤もシンジの場合使徒の再生能力があるので再生能力だけは落ちないだろうが。
平行世界にはあり得ないほどの力の持ち主が存在する事もあり、以前行われていたドッキリ擬きの異世界修行も、実は選定に選定を重ねた結果だという事をアルトルージュは知っていた。
それを修行のため、それも実戦を体験させるために送り込むのだというのだから、以前とは比較にならないくらい凶悪な世界になることは必然だ。
頷くに頷けないアルトルージュに囁く。シンジの目的のためにも経験させておいた方がよいと。
逡巡したアルトルージュはその一言に首を縦に振った。それがセカンドインパクトが迫ったシンジにとって、とてつもなく濃い時間の連続と、休む暇のない幾重もの平行世界行きの始まりだった。

黒いズボンと、白い線でライン取りされた黒のタートルネック、その上にハーフマントが付いた真紅のコートを着てシンジは肉が焼ける臭いが激しい、軍のトラックが大量に見受けられるその土地で着くまであけるなと厳命された封筒を開いていた。
白い便せんが握りつぶされる。顔は引きつり瞳が逃避の色を見せていた。
力無く開かれた手のひらから手紙が風に乗り飛ばされ、剥き出しの地面に文字を見せながら落ちた。
目標は世界最大の軍事国家。方法は任せるが皇帝の首は絶対に取る事。エヴァンゲリオンではないが機械仕掛けの人形が世界を席巻し始めている事から、遭遇するたび駆逐していく事、それがどれだけ大規模であっても変わらない。尚最低限百機は討ち取る事。最後に魔術も思う存分使え。尤も使いすぎると世界からの修正がある可能性がある事を忘れる無かれ。Byゼルレッチ。
ブリタニアはぶっ壊す。何処かで聞こえた少年の声に代われるなら代わってあげたいと、心の底から思った。
「何故だろう、夕日がこんなに悲しいのは」
姿は少年、心は大人な真祖が何十年ぶりに逃げ出したいなどと考えた。

二〇一〇年八月十日。神聖ブリタニア帝国は日本に宣戦布告した。
ナイトメアフレームという人型兵器を実戦で初めて投入したブリタニア軍との戦いは当初の予想を覆し、日本を蹂躙した。
敗戦国日本はエリア十一と名前を改められ、自由と、誇りを奪われた。
これはそれから七年、とたたないうちにブリタニア帝国が崩壊する物語である。

照明が薄暗いコンクリート製の通路に組み上げブーツの堅い足音が反響した。
紅いコートを翻し右手に持った報告書と思わしき書類を捲っていく。
「コードR、皇帝にも隠された秘密の実験」
いつになく鋭い眼光は、人権を無視した事への非難か、はたまた昔の自分を投影したのか険しく睨み付けられ、書類を製作したグループは元より、指示を出したクロヴィスへ怒りの感情が向いていた。
更に読み進めページを進める。我知らず視線が細まり、書類に皺が寄った。
「拘束具。人を何だと」
書類に載せられた被験者の写真。脳波を調べるためかコードの付いたヘルメット状の物を被せられ椅子に縛り付けられている者の服は、凶悪犯に着せるために開発された身体の自由を奪う白い生地に、黒の革を腕と足につけた姿だった。
遠目で撮ったのだろう顔の判別は着かないが、背丈と、この世界ではあり得ないライトグリーンの長い髪から女、それもまだ十代の少女だろう事が解った。
報告書には何十年も前から目撃例があり、確保した当時負っていた傷が人間ではあり得ない速度で治っていった事が書かれており、人間でない事をうかがわせていた。
だがそんな事は関係なかった。人間でなくとも心さえあればそれは立派な人だ。人の形をしている者なら尚更そう思う。それに、
「一人か…」
アルトルージュ達死徒が言っていた事を思い出す。永遠にも近い時は容易く心を干からびさせると。
写真に写る少女は永遠といえるほどの時を生きたのかは知り得ないが、少なくとも五十年は生きていると報告には書いていた。その間できた友は老いない事を不審に思わなかったか。思わないはずがない。そして長く生きた彼女ならそれを察し疑われる前に姿を消す事など日常茶飯事だっただろう。それがどれだけ心を痛めるか、生きる時の違いを経験していない自分には解らないが、心の泉を干からびさせるには十分すぎるほどだろう。
一人は恐いと、思い返す。サードインパクトが成されたとき、紅い海になった人々、誰もいない街。幾日も幾日も歩き人を捜した記憶が蘇る。たった一人誰も存在しない世界。自分はそれが恐ろしくて命を再生させたのだから。
もしかしたら彼女はすでに諦めているかも知れない。何となくそう思った。自分も再生させる方法が解らなければ何もかも、生きる事さえ諦めていただろうと思うからだ。
助けにはならないかも知れない。
ロックされたドアをATフィールドの応用で解除し開かせる。
迷惑かも知れない。
詰めていた白衣姿の研究員が騒ぎ出すが、瞳を金色に輝かせ魅惑の魔眼で言いなりにさせる。
ほの暗い地獄に突き落とす事になるのかも知れない。
治療用のカプセルにも似た検査台を開けさせる。透明な扉が開き、風でライトグリーンの髪が揺れた。ゆっくりと黄色い瞳が開かれる。
それでも、
「誰だお前は」
「僕はシンジ、碇シンジ。C・Cシーツー
険しく怪訝な表情が少女、C・Cの顔に浮かんだ。
「束の間の遊戯を捧げましょう」
微笑みを顔に乗せ、自分でも怪しいと思いながらも誘う様に告げた。
永遠の一時。いつか自ら命を絶つ事になったとしても笑いながら思い出せる、楽しかった日々を経験して欲しかったから。



To be continued...
(2009.04.25 初版)
(2009.05.02 改訂一版)


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