ヴァンパイアロンド

第六話

presented by 綾様


熱せられたフライパンに、丸くこねられた肉が投じられる。じゅわりと音を立てて油がはねる。その間に熱せられたポテトをボールでつぶし、輪切りに切ったキュウリを加え、塩と胡椒で味付けをする。
頃合いを見計らって楕円状のこねた肉をフライ返しで返し、反対側を焼く。これで肉汁がしみ出てきたら頃合いだ。できあがったポテトサラダを皿に盛りつける。
「おい」
キッチンのすぐ側、ダイニングの椅子の上で不機嫌な声が上がった。
「もうちょっと待ってて。すぐ焼けるから」
食事をせかす言葉だと思ったのか、親が子供に言い聞かせるように穏やかに言い聞かせた。
「そうじゃない。何故私を連れてきた」
ギアスでも欲しかったか、と皮肉げに言い放ちながら黄色い瞳を細める。
それに答えず焼き上がったハンバーグを皿にのせ、焼いている間に作っていたデミグラスソースをかけた。
「さ、食べよう。久しぶりだけどうまくいってると思うから」
フォークとナイフで切り分けられたハンバーグから蓄えられた肉汁がしみだし、C・Cシーツーは思わず唾を飲み込んだ。
「うん、まずまずかな」
その声にハッと我に返ったC・Cは、シンジを睨み付ける。
「答えろ、何故私を連れ出した」
低い尋問するかのような声だった。さりげなく手に持ったフォークとナイフをいつでも突き刺せるように構える。
「別に意味はないよ」
「ほう、意味も持たず、警戒が厳重な施設に忍び込んだと? 忍び込んだからには知っているだろう? あの施設はブリタニア皇子直属の機関だ。その危険性が解らないほどバカではあるまい」
切り分けていたハンバーグを突き刺すと、微笑みながらC・Cを見る。
「君はまるで猫みたいだね。借りた猫のようにと言うけど、本当の猫は大人しくするどころか、周りを警戒する」
「何が言いたい」
「とりあえずご飯でも食べないかって事」
厳しい視線を真っ向から見つめ、苦笑いしながら言い放った。釈然としない表情のC・Cは話が進まない事を理解したのか、ハンバーグを一切れ口に入れる。
おいしさに軽く目を見開いたが、すぐ表情を戻した。
「食べたぞ。それで白状して貰おうか。危険なリスクを犯してまで何故私を助けた。答えろ」
傍目には年端かもいかない少年を威圧する不良少女とも見えたかもしれない。だがC・Cは目の前の少年が姿通りの存在ではないと見抜いていた。
「料理の感想を言って貰いたかったんだけど、無理だったかな。そうだね、君が知りたいと思うのも無理はないと思う」
ハンバーグを口に入れ味を堪能した後、再び口を開く。
「C・C、僕はブリタニアを壊さなきゃいけないんだ」
「ブリタニアを…壊すだと」
目を見開き、唖然と声を漏らしたC・Cに当たり前の反応だと思わず笑う。
「不可能だと思うだろうね。でも僕はしなきゃいけないんだ」
話が大きすぎたのか反応が返ってこない事に苦笑して、ポテトを口に運んだ。
「お前の妄想は解った。勝手にして、勝手に死ぬが良い。だがブリタニアを壊すことと私を救うこと。一体何の関係がある」
我に返り詰問する。それに我が意を得たとばかりに破顔し何処か遠くを見つめながら声を潜め語り出す。
「C・C。ブリタニアを壊すにはどうしたらいいと思う?」
「それとこれと何の関係が…」
「最低限皇帝の首は取るだけなら、極論首都ペンドラゴンを破壊するだけで良いんだ」
C・Cの言葉を遮り語り出す。
「でもブリタニアは潰れない。ペンドラゴンには皇子皇女が大勢いるけど、それは跡継ぎ争いに敗れた者達ばかりだ。能力のある皇子皇女達は、植民地と化したエリアの総督として配置されるか、EUや中華連邦等国家のネゴにまわる。首都を滅ぼしてもそれらの中から新しい皇帝が選ばれるだけだ。首都も新しく建造するか、移せばいい。ブリタニアは滅ばない」
冷めない内にどうぞ、ともう一度ハンバーグを勧め語りを再開する。
「テロではダメだ。日本は余力のある内に負けを認めたからその土壌があるけど、他のエリアはそうもいかない。だからおびき寄せることにしたんだ」
「おびき寄せる?」
「此処エリア十一の総督がもし次々と死んでいったら? もしそれがテロに見せかけられていたら?」
笑うシンジに背筋が冷たいものが通った。それを我慢し目線で先を促す。
「此処が難所として認識される代わりに、収めた時の業績を思って貪欲な皇子皇女が我先にと動き出す。仮に動かなかったとしても皇帝が此処を手放すはずがない。エリア十一、日本は次世代エネルギー資源、サクラダイト保有量世界一の場所だ。ナイトメアフレームみたいに高エネルギー必須の兵器で世界を押さえているブリタニアにとって手放せるはずがない。必ず皇子皇女、あるいはそれに匹敵する重臣を派遣する」
それを聞き漸く納得がいった。つまり、
「クロヴィス、いや今動いている皇族を調べ上げたな。そしてその中に私の情報が入っていた」
違うか? その問いかけに頷くとパンをちぎり口に入れる。
「では最初の質問だ。何故私を助けた。クロヴィス失脚の材料に十分な情報だ。それをわざわざ潰すような行動。貴様には必要が無かったはずだ」
「そうだね」
軽く頷いたシンジにナイフとフォークを握る力が強くなる。
「確かに僕にはしなくても良かった」
料理が無くなった食器を見て、ワインを一口口に入れ、誰とはなしに言葉を続ける。
「ただ、嫌だったんだ」
思い出すかのように目を細め嘆いた。
「人を人とも思わない人間はもうたくさんだ」
それを聞きC・Cは自嘲げな笑みを浮かべる。
「私は人か? 資料は読んだのだろう。同情は嫌いだ」
憐憫の情もな。そう呟いて冷めたハンバーグを刻む。
「それは、ごめん」
呟かれた言葉もすでに意味はなく、ただ味も感じずに食べ進める。
「同情かもしれない、可愛そうにも思った。でも君は人だ」
「言い忘れていたな。私は心にもないことを吐く奴が一番嫌いだ」
ナイフが更にこすりつけられる不快音が鳴り、顔をしかめた。
「額を貫かれて尚生きている人間などいない。いたらそれはただの化…」
「C・C!」
怒号に肩を揺らす。正面を向くとシンジの目が燃えていた。
「それから先は言ったらダメだ。君は長い時を生きて、何度も傷を負ってきたんだろう。今も傷は癒えていない。むしろ悪化してる」
「バカを言うな。知っているんだろう私はどれだけ深い傷を負っても、生死に関わる傷であっても修復することが」
馬鹿馬鹿しいと顔を背けようとして、背けられなかった。シンジの瞳が紅蓮に輝いたからだ。
「お前、その目は…」
「体の傷は、君の言うとおり治るんだろうね。でも心の傷は?」
C・Cの言葉を遮り、染み込むような声音を発すると、左手を伸ばしライトグリーンの髪の毛に触れた。
「心などとうに枯れた。残っているのはただの空洞だ」
それを遮ることもしないで、皮肉げに笑い宣言する。
恐らくそれは事実なのだろう。だがそれは過去の自分と同じだった。だからどうすればいいのかも自ずと解る。そしてそれがどれだけ暖かいことかも。
「そう、なのかもしれない。でもそれを感じ取る心はまだあるんだ。大丈夫」
髪を撫でていた手が白い、陶磁器のような頬に触れた。
「それに何故助けたって言う事は、助けて欲しかったって事の証拠だと思う。ねえC・C」
絹よりもきめ細かい頬を撫で、甘く囁く。
「死徒にならない?」
それはかつて告げられた言葉。首をかしげる少女に笑いかけ、説明を始めた。それが救いになることを祈って。

シャワーを浴び、寝間着に着替えたシンジとC・Cシーツーは何故か同じ部屋にいた。C・Cが客室の模様が気に入らないと言ったためだ。
もしかしたらあり得るかもしれないゼルレッチ襲来。それに備え用意していた客室は、千年城に用意されたゼルレッチの部屋に似ていて、一見質素でありながら、使われている家具は高価なものばかりで、配置にも気を配り、広さこそ及ばないが高級ホテルの一室を思わせるものがある。それを蹴った理由。C・Cは未だ死徒に関する話が本当かどうか計りかねていたからだ。
だから代わりに客室に向かおうとするシンジを言いくるめた。知り合って間もない異性と床を共にすることに若干の不快感を感じたが、外見年齢が幼かったためか、はたまた顔立ちから強硬手段に及ばないと判断したのか、床で寝ろとは言えず同衾と相成った。それを告げたときのシンジの慌てように、逆に安堵したことも理由の一つだろう。
そうして気兼ねなく寝入っているC・Cを傍目に、シンジは広い業務机の上に置かれたパーソナルコンピューターを操作していた。
アルファベットが使われている文字配列は変わらず、元の世界に比べ技術が進歩しているのかモニターの厚みが薄く、まるで写真のように鮮明に映る携帯型のそれ。それは最新型でないどころか、店頭に置かれることなく倉庫にしまわれるか、倉庫一斉掃除セールに売り出されるしかない程の物だ。そしてそれはシンジが買ったものではない。
異世界から来たのだ現金を持っているはずもなく、また見た目から職種に就くことすら不可能なシンジに旧型とはいえどパソコンは高級品だった。だから強奪した。幸い誰も怪我はしていない。魅惑の魔眼で店員を操作しただけだからだ。それならば最新型を奪えば良かったのだと思うかもしれないが、それはシンジの最後の良心か、はたまた自信の現われか。
明らかな旧型のコンピューターで行っていること。それは、
「さすが、早さが違うね」
画面が高速で流れ、映る文字や写真を記憶する。機密と書かれたそれはエリア十一の行政区どころか、ブリタニア本国のホストコンピューターの中身だった。
スーパーコンピューターでさえ破ることは出来ないプロテクト。その守りを突破できたのには理由がある。クラッキング能力。かつて生体コンピューターMAGIにクラッキングした使徒の能力、その改良バージョンである。
サードインパクトの時感じ理解した使徒達の能力。イロウル名付けられた使徒の能力は分裂し生体コンピューターへ自身を送る能力だったが、この世界に生体コンピューターは存在しない。そこで雷の魔術とイロウルの能力を複合し、強奪したパソコンに母体となる自分に従属する電気でできた擬似生命体を生み出したのだ。生命体の製造はかろうじて魔術の範囲だ。それはホルムンクルスという存在が生み出されてから現在までまかり通る事実。故に確たる形のない擬似生命体では魔法には至らない。擬似生命体後は電気信号のやり取りで作られている電子世界を駆使し、MAGIと同じようにクラッキングしたというわけだ。
勿論最重要機密など物理的に切り離されているコンピューターもあったが、打ち込む端末というものは必ず存在する。生み出したのは電気で出来たものだ。その範囲は摩擦が発生できる場所、電子が飛び交っている所ならば何処にでも存在できる。要するに病原体のように空気を渡り感染したのだ。
情報の伝達に遅れが生じるものの、死角は存在しない。
情報は世界を制する。会社を経営していたシンジが悟った真理である。事実何も知らなかったシンジにブリタニアや、世界の情勢が解ったのはこのおかげである。
「次世代型ナイトメアフレーム、サザーランドのロールアウト。グロースタープロジェクト試作型開発成功」
軍の情報を読み、情勢を考慮する。
「サザーランドは最前線の中東へだろう。テロが活発な此処にも送られてくるかもしれないけれど少数のはず。カタログスペックはグラスゴーの二倍。中東方面が崩れるか」
EUと中華連邦とは不可侵条約を結んでいる。だけど、
「それも時間の問題か」
EUも中華連邦も国家が集まった集合体にすぎない。理由をでっち上げれば切り崩していくことも出来る。
「まあそれは良い。一番の問題はこれだ」
モニターに映し出された計画書。F計画と銘打たれたそれは、空中要塞建設計画であった。ただそれならばどうと言うことはない。問題はそのオプション。弓と題された内容は未完成だったが、書かれている内容から全容が浮かび上がる。
「大量殺戮兵器。四国ぐらいなら吹き飛ぶ威力か」
未だ完成していないとはいえ、いったい何に使うつもりなのか。それが全く解らない。ブリタニア本国にさえ隠されているプロジェクト、それを提唱した人物の形成された人物像ともギャップがありすぎた。
目を細め、画面に映る文字ごしに相手を見つめる。
「何を考えているシュナイゼル」
金髪の好青年が嗤ったような気がした。

雀の囀りが聞こえ、暖かな光が降り注ぐ。ライトグリーンの髪が動く。まるで窓から漏れる朝日から逃れるかのようにシーツの中へ潜り込んだ。落ち着いたのか規則正しくシーツが揺れた。
規則正しい何かを叩く音が部屋まで聞こえてくる。それと時を同じくして、香ばしい香りも漂ってきた。
シーツが揺れ、眠たげに黄色の目を瞬く少女の頭がシーツから出てきた。
しばらく夢心地のままぼんやりしていたC・Cは二つに並んだ枕の片方を見てはっきりと目を覚ました。
「寝てないのか」
シーツをめくり少しばかり開けられた皺一つ無いスペースを見て確信する。
ではどうしたのだろうと考え、執務机とは別のガラスの机とソファーが目に入った。
下着のまま起きあがり黒い革張りのソファーに触れた。
「冷えているが微かに暖かい。やはり此処で」
鋭い奴かとの評価が崩れ、改められる。
「まあ、そっちの方がかわいげがあって良いか」
ウブな子供と。

ウブな子供ことシンジは、久しぶりの日本食をテーブルに並べている最中だった。
真っ白な米は勿論のこと、若布のみそ汁や、塩鮭の焼き魚に、なんとタクワンまであった。
長く生きていると見えたC・Cだから日本食も食べたことがあったに違いないと思ったが、久しぶりに食べるそれならば意味合いも違ってくるだろうと趣向用にとっておいたそれを出したのだ。
日本がブリタニアに敗れて早二年。現在シンジが生活する建物は租界と呼ばれる、ブリタニア側が活動するために整えられた都市に存在する。
学校や、ビルディング、娯楽施設も整っており、敗戦国の姿とは思えない光景が広がっているが、それは表だけだった。街から一歩外に出るとそこは廃墟同然の街。窓に硝子はなく、倒壊したビルの数々、路上にはコンクリートの破片が散らばっていた。
ゲットーと呼ばれるそこに住む住民は皆日本人であり、ブリタニア人は一人たりとも存在しない。
彼らはナンバーズ、エリア十一にちなんでイレヴンと呼ばれ、一つの手段をのぞいて環境の整った租界に入る事はできない。その手段。名誉ブリタニア人制度である。
貴族が存在するブリタニアには階級社会がまかり通っていた。その最下級層。職業は軍以外では名誉ブリタニア人とかした行政区の下位に置かれるエリア自治に携わる会社のみのただ存在する事が許されるだけの階級。それは巨大化しすぎたブリタニアが抱えるガンの様な物だった。
行政区には総督となった者を支える優秀な人材が数多く派遣されるが、それでも何十と存在するエリアを正しくはそこで生きるナンバーズを収める事はできなかった。そこでエリアの管理は嘗て国であったエリアに国籍をおいていたナンバーズに任せると言う方針が決定された。
そこには行政区が租界の建設を優先的に進める事ができる意味があったが、それ以上にナンバーズを立たせ、何世代か後に敬虔なブリタニア人に帰化させる目的があった。更には力があると錯覚させる事でテロ行為へと走らせ、危険分子を一掃する事も。
その情勢下、シンジが現在住まいとしているマンションの一室は、ナンバーズ出身の者には決して貸し出されない筈の物件だった。
碇シンジ。その名前は明らかにエリア十一独特の名前であり、決してブリタニア人ではない。更にこの世界にも存在しない紅い目を隠すため黒いカラーコンタクトを入れている現状では、名前を明かす前にブリタニア人でない事が解る。更には重要な金もない。
ではどうやってマンションを手に入れたのか。答えは簡単である。魅惑の魔眼を使い、マンションのオーナーを騙したのだ。魔眼様々であった。
漆で揺られた箸を置き、自室へと向かう。丸いドアノブに手をかけようとして、ドアが内側から開いた。
もう起きていたのかと、昨日から新たに増えた同居人に頬をほころばせ、今の時間帯ならば先に朝食を取るはずだと日頃おろそかにしている浴室のことを頭の隅に追いやった。寝起きが良いのか悪いのか、それを知らないので取りあえず作った笑みは、ドアから現れたC・Cの姿に崩れ去った。
「な、な、な、な」
慌てるシンジに微笑みかけながら、両の手を膝に置き腕で胸を挟む形で目線をあわせる。
瞬間、シンジの顔から火が噴いた。やはりウブだと微笑みをからかいの笑みに変え、サービスで首を傾げてみた。さらりとストレートの髪が流れる様に揺れる。
「な、何て格好してるんですか!」
絶叫が響いた。幸い部屋全体に認識阻害の魔術がかけられているので近所迷惑にはならない。
「坊やには刺激が強すぎたか」
妖艶に笑うC・Cに目を背けようする。
「と、とにかく、服を、服を着て!」
目に映っていたのは飾りっ気のない純白のショーツとブラ。飾り気がない事が素体の魅力を引き出し、現実以上に魅力的に見せていた。
いくら長年蓄積した年月があろうとも、精神の一部、特に異性に対するものはまだまだ未成熟であり、慌てる事は不思議ではない。
「服がない。お前の服はサイズが合わないし、拘束具は服じゃない。第一好きになれん。こうしてるのが一番だと思わないか」
「思いません! 早く服を!」
「だからその服がない」
「じゃ、じゃあバスタオルでも何でも巻き付けて」
「かえって扇情的じゃないか。だいいち」
楽しげに笑っていた口元が弧を描く。
「内心は嬉しいんだろう? 先程からちらちらと此方を見ているからには」
「そ、そんな事ッ」
顔が更に赤く染まる。事実かがんだ状態になり谷間が見える胸に目線が彷徨っていたからだ。
胸を張り勝ち誇る居候と、そそくさとダイニングに撤退する家主の戦いは、圧倒的破壊力を持った兵器の前に幕を閉じた。だがそれは戦いの幕開けに過ぎない事を、シンジは悟る事になる。何故ならシンジの言に従いバスタオルを巻いたC・Cが朝食の席に姿を現したからだ。
嘗て家族ごっこに過ぎない、それでも初めて暖かな生活を送れた時期に、同居人達が同じような格好で出てきた事もあるのである程度の防御に成功するシンジだったが、癖一つ無いライトグリーンの髪と、金に近い黄色の瞳はあまりに人間離れしすぎており、静かなる事を好んだ蒼の妖精とはまた違った幻想さに結局は翻弄され貴重品である米の味もわからず朝食の時は過ぎ去った。それが世に言うセカンドインパクトの事実だった。

エリア十一。そこには他エリアに比べ圧倒的多数のテロリスト達が活動していた。
そのうちの一つ、嘗て人でにぎわった首都東京にある新宿。そのなれの果て、俗に新宿ゲットーと呼ばれる地区を活動拠点にするチームに、一通の手紙が届いていた。
解放活動と銘打ったテロ行為とは別に、まったくの私室の机にさしたる存在感もなく置かれていた封筒の内容は、その部屋の主であるリーダー、紅月ナオトの視線を釘付けにした。
まるであらを探すかの様に、便せんに書かれた文字を何度も読み返し、異常がない事を知り溜息を吐く。乱雑な机の上に自分の名前が書かれた差出人の名前がない封筒と一緒に放った。
あり得ないと思う。それがナオトの正直な気持ちだった。
手紙には率いている組織の行動が逐一書かれていたのだ。それは何の危険もない備品の買い出しから始まり、爆弾の材料や、ブリタニア正規軍が使う武器の横流しまで、それだけで軽く三回は絞首台へと連れて行く事ができる情報が一つの漏れも無しに記入されていた。
外部の者ではない。情報を知りすぎているからだ。横流し業者の可能性が脳裏に過ぎるがすぐさま否定した。
内部の者という事もまたない。と言うよりあり得ない。手紙に強請る様な兆候は一切感じ取れなかった事も理由の一つだが、仮に強請ったとしてもブリタニアに組織の事を話せるわけがない。ブリタニアはナンバーズに嫌悪感に似た感情を持っているからだ。話したら司法取引など無しにそのまま拘留という事になるのは目に見えている。
残るは外部の者しかあり得ないのだが、横流し業者を否定したのと同じ理由であり得ないと判断するしかなかった。
一体誰が。その疑問が無限の回路の様に巡る。
テーブルに飾られた写真立てをみてナオトは決心した。指示通りにしようと。
手紙に書かれた内容は、G−1ベースと呼ばれる総督が使用する前線基地とも、お役所とも言える移動要塞が近々新宿区に侵攻する事が書かれ、その際一つの選択肢を示す内容だった。
選択肢。それはブリタニアが勢力を伸ばした立役者とも言える、汎用人型兵器、ナイトメアフレームの譲渡だった。

どんよりと今にも泣き出しそうな黒雲が空を覆い、湿り気を帯びた風が吹く。
ライトグリーンの髪の毛がたなびき、とっさに手でなで下ろす。半壊したビルの屋上、そこに二人は立っていた。
眼下から聞こえる轟音。それは戦車砲並の弾丸が高速で吐き出される音や、それによって爆発炎上するナイトメアフレームの断末魔が複雑に入り交じった交響曲だった。
C・Cシーツーはどう思う」
かけられた声に振り向き、いつか見た赤いコート姿の少年を認める。
「この状況、どちらに勝利が訪れるのか」
「バカにしているのか」
試されているとも感じない。ただ当たり前の事を確認されただけだと認識した。
シンジが尋ねた事、それはテロ組織が勝つか、ブリタニア軍が勝つかの問いかけ。だが眼下で行われている事の結末は誰が見ても解る物だった。
「シンジが用意した玩具で、漸く奴らが舞台に上がれたのは認める」
思い出すのはいつの間にか強奪していたナイトメアフレーム、グラスゴー。全てマシンガンの初期装備だけだったが、渡されたテロリスト達が驚喜していた。だがそれは今まで歩兵としてただ駆逐される側だったのを、同じ土俵に上がらせただけでしかないと冷静に考えれば解る事だった。
「だがそれは所詮盤上の空白にポーンが現れただけに過ぎない。聞けば操縦経験は無いと言うじゃないか」
バカバカしいと先日奪った純白のコートを翻しシンジに近づく。
「相手はブリタニアの正規軍。訓練された犬とそうでない犬の差はそう簡単に埋められる物じゃない。優秀な軍師がいれば話は別だろうが、お前はそうする気配すらない」
負けるのは当たり前だろう? と腕を組み見下ろす。
「土台はできた、後は事実があればいい。C・C」
それを気にした風でもなく、淡々と言葉を告げた。
「一緒に来る?」

そう言えば紅かったなと初めて見た目の色を思い出す。
カラーコンタクトを外し、廃ビルの階段を下りるシンジは、戦場のど真ん中だというのに顔色一つ変えず、むしろ自信にあふれた絶対強者の雰囲気を醸しだしていた。
その二つに以前聞かされた死徒という生命体が頭に浮かぶ。本来ならばその様な話し戯言だと一笑に付すのだが、自分という例が存在する事にあり得るかも知れないと思った。コードという忌々しい能力。
だがそれと同時にあり得ないとも思う。どれだけの月日を重ねたのかはもう覚えていなかったが、死徒という言葉はついぞ聞いた事がない。裏の裏の世界では死徒は有名だと言う言葉が本当だとしたら、それを知り尽くしている自分が知らぬはずはなかった。
だから判断が付かない。コートを奪ったときに初めて見た、カラーコンタクトの上からでもはっきりと解るほど光り輝いた金色の瞳。特殊能力があり、尚かつギアスでない事はギアスが効かない筈の自分に効果を及ぼした事からはっきりと解った。信じる気持ちを起こさせたが、旅の途中何度か見た超能力と呼ばれる類の可能性もあった。
避難通路だったのだろう行き着いた先の重い扉を開け放ち、命のやりとりが行われている外界へと出て行く。
シンジは迷いという物がないのか、屋上から見たコの字型したG−1ベースへの最短ルートを歩んでいる。
戦闘地区は今いる位置からだいぶ離れた北の警戒網ぎりぎりの所だが、G−1ベースは総督、つまり現総督クロヴィス・ラ・ブリタニア皇子が乗っているのは必然で、当然警戒網も強くなる。
そう思っていた所に、轟音と共にアスファルトの道路が爆ぜた。
「貴様ら何をしている。此処は立ち入り禁止区域だ」
起動音を鳴らして、灰色のグラスゴーがマシンガンを持ち現れた。軽い舌打ち。生身とナイトメア、戦闘力の差は歴然としている。研究所に送られるのは懲り懲りだと暗澹たる溜息を吐いたが、あろう事かシンジはナイトメアの警告を無視して歩みを止めていなかった。
「止まれ! これ以上の侵入は…」
尚も叫び続ける搭乗者は、毛の先程の注意も向けていない事を感じ取ると、再び発砲し、
「なっ!」
銃弾が突如現れた紅い壁に激突し、止まった。
それに唖然としたのはC・Cも同じだった。あり得ない事態に脳が現実の受け入れを拒絶する。慣性が無くなったのか、紅い壁から地面に落ちる弾。その音にC・Cは漸くシンジの自信の源を理解した。
「シン…」
声をかけようとした言葉は轟音によりかき消された。目の前の事実が受け止められなかったのだろう、マシンガンが火を噴き、連続した音を鳴らす。
巨大な薬莢が地面に転がり、マシンガンが止まった。
「そんな、バカな…」
驚く事はないと冷静に判断する。距離も縮めずただ数で押しただけ。そんな攻撃が広範囲に渡り展開された壁を砕ける筈がない。壁は厚さなど微塵も感じさせていなかったのだから。
「シンジどうする、このままだと連絡が行くぞ」
「構わないよ。有象無象が群がったって意味なんて無いから」
振り向きまるで朝食の献立を話すように告げる。
「だが、与えたナイトメアは」
「それはまた別。それにこうなるのは予想の範囲内だから」
ただ、と自分を越した視線が細まりシンジの姿がかき消えた。
またもや脳が現実を拒絶する。周りに壊れかけたビルがあるものの、ビルの影までザッと五メートルは存在する。更にシンジがいた所は二車線道路のど真ん中だ。そこまで走ったのならどれだけ早く動いたとしても姿が見えなくなるはずがない。
そこまで考えたとき、鈍い音と共に地面が揺れた。何事かと肩越しに振り返り絶句する。ナイトメアが落ちていたのだ。両手両足、更にはカメラや通信機をかねた頭部を切り取られて。
まるでホラー映画のワンシーンだと背筋に冷たい物が走った。どの部分も切り口は綺麗で、金属製なので輝いているくらいだ。あり得ない事態。ナイトメアの甲層は戦車砲で漸く穴を開けられるレベルだ。それを貫いたのならともかく、切り裂いたなど人間業ではなかった。
シンジは何処かと体ごと振り返り探すと、解体されたナイトメアのすぐ脇で伸ばした手のひらほどの長さもある白い爪を縮めていた。
「爪?」
何かの見間違いだ。そうに違いないと現実を否定する。死徒の話は聞いていたが爪を伸ばせるなど聞いてもいない。現場から見てその爪で解体したらしい予想は先程よりも非現実的だった。
だが、その後訪れたナイトメアの群れに、納得せざるおえなかった。シンジが爪で切り裂いたのだと。それがよほどインパクトが強かったのか、どうやって移動したのかを聞く事はなかった。聞いてしまえば冷静ではいられなかっただろう。ただ走って移動しただけと言われて。

「押しているな」
豪奢な作りの椅子に腰掛け、拡大した状況図を見て判断する。
「ナイトメアが現れたときはもしやと思ったが、所詮その程度の敵であったか」
クロヴィスは、肘を付き軍を総括しているバトレー将軍を見つめた。そして目を細める。明らかに優位なはずだというのに、部下を叱りつけ忙しなく指揮を執っていたからだ。
「どうした。何があった」
些か大きな声で詰問する様に問うと、目線で指示を出し、バトレーが駆け寄る。
「単機で突破された? それも警戒網の内側まで侵入しただと!」
北の勢力は陽動かと険しくなる視線にバトレーが小さく囁いた。盗まれたあれが行動を共にしているらしいと。
確証を問うクロヴィスにバトレーは送られてきた映像で自然界には存在しないライトグリーンの長髪を見たと。
確定だった。少なくともクロヴィスには。問題はそれを多くの兵士が見てしまった事だった。本国に照会する者も中にはいるだろう。その時兄妹にばれたら大事だった。総督の地位を失うかも知れないからだ。だがそれよりも実の父に知られる事だけは避けなければならない。ばれたら廃嫡は免れない。それほどの存在だった。故に命を下したのも無理はないだろう。北の勢力を無視して抹殺せよと。死体になればいかに単機で突破できても興味は薄れると読んだからだ。そして、
「鬱陶しいなぁ」
腕が振られ空気が振動する。軌道上に存在したナイトメアは堅い甲層をまるで紙を裂くが如く切り裂かれ、機動力を奪われ一機、また一機と戦線を離脱していった。
まるで幼子と戯れるが如く腕を振るシンジを横目に、思わず曇った空を仰ぎ見てしまった。
「私の常識が崩れていく」
嘆く声に答えるかの様にまた一つ四肢を奪われたナイトメアが転がる音がした。
厄日だ。そう思うのも無理はない。それほどまでにシンジの行動は常識外だった。瞬間移動の様に姿を消し、あっという間に接近するわ、邪魔な胴体部分を何の苦もなく持ち上げ放り捨てるわ。人間のスペックを越えている。
信じるしかない。夢物語の様な死徒の話。それと同等以上の現象が目の前で起こっているのだ。現状は受け入れられなくとも、それより程度の低い死徒の話は受け入れようと心に決めた。
「C・C行くよー」
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。幻聴だと自分を騙してもいつの間にか肩に置かれた手のひらの感触が事実だと伝えている。
「解った。行こう」
その時、常識を捨てた。それがそのつもりになっただけだとも知らずに。

「クロヴィス殿下」
自分を呼ぶ声に、単機で侵入した敵に全滅させられた事を叱責していたのも忘れ振り返る。
「誰だ」
顔をしかめ怪訝な口調になったのも無理はなかった。そこにいたのはまだ十代前半、恐らく小学生ほどの少年だったからだ。何故此処にいるのかという以前にそれが実年齢だという事はない筈だと思い当たる。少年の顔つきは西洋系ではあり得ないモンゴロイド系統の顔つき。いつかエリア十一を収める前の準備段階として資料で見ただけの日本人つまりイレヴン。名誉ブリタニア人の兵とも思ったが、G−1ベースに入れるのは階級が高い者か、選りすぐられた警護要員だけだ。その中にナンバーズは入っていない。
さらに自分を過剰に認識させる趣味でもあるのか、ハーフマントの着いた危険色でもある紅いコートを着ていた。明らかに軍人ではない。
高い足音が聞こえ振り向く。
「貴様は!」
顔を歪め、あり得ないと叫び出しそうな自分を押さえ込んだ。
長いライトグリーンの髪、特徴的な黄色い瞳。自然界ではあり得ない色のそれらは適度な光沢を放ち染料やカラーコンタクトで無い事をうかがわせた。
単機で乗り込んできた側に付き従っていたはずだと、味方の存在しないレッドで表された敵のマーカーが視界に入る。
背後から軽い機械音が鳴り無意識に背筋が震える。クロヴィスにも覚えがあるそれは、第二皇女であるコーネリア・リ・ブリタニアに付き合い、何度も聞かされた軽く、そして重い音。オートマチック型の自動拳銃に初弾を装填する音に似ていた。
まさかと思い振り向くとブリタニア軍で採用されているポインター付きの自動拳銃が突きつけられていた。
我知らず唾を飲み込む。あり得ない事態だが認めるしかなかった。皇子であるはずの自分は命の危機にさらされているという事を。
だが、己は名誉あるブリタニアの皇子。イレヴンごときに殺されて良いはずがない。
矜持を礎にイレヴンの少年を睨み付ける。
「何が…」
要求だと続く言葉は呟かれる事はなかった。少年が指に力を込め爆発音と共に音速を超え銃弾が飛び出したからだ。
「殿下、確認させたところ敵の姿は見あたりません。恐らく撤退した…殿下?」
返事のない事を不審に思ったバトレーが振り返るのと、額から血を流したクロヴィスが崩れ落ちたのは同時だった。
異常事態に思考が追いつかずクロヴィスの元に歩み寄る。甲高い何かが壊れる音に漸く己を取り戻し、脈を取る。
何も反応しない事に、ただ唖然と時を過ごし、囁かれる声に戦慄した。大衆の前での暗殺。犯人を逃がしたときの責は誰が負うのかと。
「敵はまだ施設内にいるはずだ! 出入り口を固めろっ、あり一匹通すなと伝えるんだ!」
それらの行動は査察のために録画されている監視カメラが覗いていた。床に落ち機能しなくなった同胞を記録に収めながら。



To be continued...
(2009.05.02 初版)


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