ストレーガ Scarlet Strega

第四回 The Origin

presented by ぶるー・べる様


(1)


 夕方の会議までアスカがフリーであることを知ったリョウジはドライブと称してアスカを連れ出すのに成功した。アスカのガードが堅いので、思い切って正攻法を試すつもりなのだ。
「姫様、デートの誘いに応じていただいて光栄に存じます。」
「まあ、よきに計らえだけど、どこへ行くの?」
「単なるドライブさ、まあお昼は新横須賀のシーフードレストラン予約してあるよ。」
「ラッキー! でも高くつきそうね。」
「とんでもございません。失礼のない様にと……」
車は芦ノ湖畔から旧街道に入った。
「さて、ここから監視装置は疎だわ。」
「さすが、お見通しか。聞きたいことがあるんだ。」
「スリーサイズは秘密よ。」
「いや、まあ、そうだろうけどさ……」
やれやれ、だめかなあ。俺の魅力はアスカには通じないのか、リョウジは心の中でぼやきながらも、諦めず食い下がった。
「なあ、じゃあ俺の話を聞くだけでもいい。」
「聞きたいって極秘事項なんでしょう?」
「ああ」
「わかった。でも条件が3つある。最初に加持さんの質問事項を、次に加持さんの知っていることを全部話すこと、私の説明に満足したら1つ私の願いを聞いてくれること。付け加えとくけど、私は事実を知っているわけでもスパイしたわけでもない。手に入った情報から推測しているだけよ。」
「それじゃあ、この取引は俺に不利じゃないか?」
「私はこのまま戻っても、かまわない。」
やれやれ、俺が遊ばれてるじゃないか。
「…… よし、わかった。俺が知りたいのは……」
「短くまとめてね。」
「おいおい…… わかったよ。
第1に、セカンドインパクトの事実。
第2は、エヴァンゲリオンとは何か。
第3は、碇司令が何を企んでるのか。
これだけは、少なくとも知りたいな。」
「それで、どこまで加持さんは知ってるのかな?」
 リョウジは腹をくくって、知っているほぼすべてを話すことにした。アスカがゼーレや碇ゲンドウとかかわりがないのが確実な以上、ここはためらうべきではないと思ったのだ。
「俺はある理由からセカンドインパクトの原因を知りたかった。結構危険な思いをしたけどわかったのは……」
 南極にアダムと呼ばれるようになった使徒がいたこと、葛城調査隊がそれを調査していたこと、ミサトがその生き残りであること、碇ゲンドウが運良く(?)セカンドインパクトの1日前に帰国したことを話した。
 そしてネルフの上位機関である人類補完委員会を牛耳っているのがゼーレと言う秘密組織であるが、そのゼーレに碇ゲンドウが従順とは考え難いと話す。
「……このくらいしか俺は知らないんだ。これでいいかな?」
「ねえ来日の時、少し話したけど、弐号機と私がドイツを離れたということは、それまで私たちをドイツに必要とした条件が……」
「わかった、わかった降参だ。よく分からんが、再生アダムというベークライトで固めた胎児様の物を運んだ。容器は見たろう?」
「うん。『裏死海文書』は聞いたことがある?」
まさか、そこまで知ってるのか?
「ああ、詳しい内容は知らんが、ゼーレがもっているらしい。」
「そう。私も現物を見たわけじゃない。ただその一部と思われる文言は流出している。そこで使われてる用語には中近東の神話、聖書やその派生思想と同じ単語が多いけど、『裏死海文書』の方が古いらしいからユダヤ教、キリスト教、イスラム教での意味と完全に一致するわけじゃないわ。
 質問は全部が複雑に絡んでるから一問一答とはいかないけど、まず答えやすいのは、エヴァね。公式どおり大体はアダムから人類が作った人造人間よ。アダムから作ったからイブなのかなあ。」
「ちょっと待ってくれアスカ。俺がドイツから運んできたのが、本当にアダムなら、あれはまだ胎児だった。エヴァの材料は? 弐号機の部品はもともと日本から来たんだぞ。」
「セカンドインパクトは世間には隕石の衝突と説明された。でもそんな大きな隕石(アマチュア天文学者でも見つけられるよね)が、存在しなかったのはちょっとでも知識のある人間には自明だったわ。それでその人達用の答えが、光の巨人=アダム説だと思う。衛星からの画像と調査隊の生き残りの証言とも一致するから、皆納得するしね。」
「生き残り? 葛城か……。じゃあ、真実は他に?」
「じゃあ、疑問点を挙げるわ。
 私はアダムはエヴァや使徒とは別の一つ上位のものと思ってるんだけど、アダムを第一使徒と仮定してもシンジが戦ったのは第3使徒だった。じゃあ、第2使徒は? 第3使徒戦を徹底的に調べていた時、15年ぶりの使徒襲来って囁いてた人がいた記録が残っていた。私は2001年の旧東京でのN2爆弾使用が第2使徒かと疑った時もあったけど、15年前だとやはり南極でしょう? とまあ、このくらいまで気づく人用の説明が、アダムと第2使徒との接触がセカンドインパクトの原因というわけね。
 ゲヒルン時代、特に初号機の事故までのセキュリティは比較的甘かったので調べやすいんだ。2003年の時点で研究所を案内する碇夫妻は建造中の零号機を『アダムより人の造りしもの』とか『E計画のひな型たる、エヴァ零号機だよ。』などと言っていたそうよ。副司令がゲヒルンに入所したのもこの頃だったはず。そして翌2004年に事故で碇ユイ死亡でしょう。私のママも続いて事故に……。初号機も弐号機もこの時点でほぼ完成していた。私がセカンドチルドレンになったのが2005年。零号機の起動実験の試みがあったかどうかはわからない。そして3号機、4号機は、今年やっと完成ね。5号機は、あと半年はかかるかなあ。」
「アスカ、プロトタイプ、テストタイプとプロダクションモデルがほぼ同時に完成ってことか?」
「らしいわね。しかも次は10年後、予算不足?」
「いやいや、それはない。言われてみて初めて気付いたよ。エヴァの組織増殖プラントは、確かドイツ支部の計画にあった。完成したのは最近だ。10年前ゲヒルン(人工進化研究所)で3機のエヴァンゲリオンの部品すべてを作ったのか?」
「現在の本部でもゼロから造れば、2年で3機は全力じゃないと無理なはず。しかも当時は零号機建造のめどが立つまで、かなり失敗を繰り返している。変でしょう?」
「んー。」
「加持さん、ナビじゃ目的地もうすぐよ。」
「ああ」
いつの間にか、旧小田原市街か……。このまま話をしたいところだが尾行もいるから無理か、まあ昼飯を楽しもう。アスカは話し相手としても楽しいしな。

 レストランは評判どおりの味で申し分なかった。アスカにも喜んでもらえたようだ。話題は俺が車内で買うと約束した靴とドレス(?)って……。
「おいおい、アスカ。そんな約束したっけ?」
尾行へのカモフラージュにしては、これは高くつきそうだ。
「えーー、ひっどーい。ちゃんと言ってたわ。買ってくれないなら、保安部のおじさんと帰る。」
やれやれ、咳き込む声が聞こえる。その程度の技量じゃ、アスカには、ばれてるさ。
「よし、わかった。約束するよ。」
「プレゼントなんだから、経費で落すのは嫌よ。」
うー、急に腹痛が……。

 加持の懐以外は、みな満腹した食事の帰り道、市街地を抜けるとアスカから切り出した。
「じゃあ、15年前の話からまとめてみる。南極には『アダム』と少なくとももう一体何かがいた。アダムの子供なのか、しもべなのかは知らないけど、アダム系の生物ね。だから人間に悪さをすれば使徒と呼んでもいいでしょう。一応これを第2使徒とする。それとアダムと第2使徒との接触がセカンドインパクトの原因というのはゼーレの説明らしいから信用せずに推理を続ける。
 南極のデータは、まったく手に入らなかった。でも、参加者はわかっているので、それまでの研究内容は調べることが出来たの。中心は葛城博士が提唱したスーパーソルノイド(S2)理論、それに人工進化の遺伝子実験をしていたグループも参加していた。碇ゲンドウ氏が前日に退散しているんだから、9月13日には危険で大規模な実験があったんでしょう。さすがに内容は不明だけど、S2機関のエネルギーなんじゃないかな、あの大災害はね。 で、あとは光の巨人の出現とその2対の羽の目撃。
 そして2年後、南極へ向かう国連の調査船の乗船名簿には、まだ言葉を話せない葛城ミサトの名前があって……」
「おいアスカ、確かか!」
「記録に残ってる。」
「ふむー」
「裏死海文書の内容が宗教や伝説の一部に反映しているなら、2対の羽の持ち主は、ユダヤ教やキリスト教で言う智天使(ケルブ、ケルビム)が近いかな(まあ顔も4つらしいけど)。もともとアッシリアの頃からの神で門番じゃなかったかなあ。」
「エデンの園の生命の樹の番人だな。」
「そうそう、人間が知恵の実を食べたあとのね。」
「なるほど、S2機関が使徒のエネルギー源ではないかと言うのは本部で話題になっていた。アダムにも在ったのなら、S2=生命の実を守るためにケルブが出たわけか……」
「光の巨人をアダムと定義するのは勝手だけど、光の巨人って形が初号機や弐号機に似すぎよ。加持さんの持ってきた胎児がアダムなら光の巨人(ゼーレの言うアダム)とアダムは別じゃないのかなあ。まあ真実は碇司令に聞かないとわからない。」
「ふーん、話せない子供、葛城を連れて行ったのは、何かを探すためかなあ。そうか、エヴァの材料になるものが残ってたんだ! 葛城に案内させて何かを見つけたんだ。どうだ、この推理は、アスカ!」
「その推理には弱点が……」
「なんだ?」
「ミサトさんの方向音痴。」
「むむ」

「南極での実験内容などはさっき言ったように判らなかったけど、現場の建築に関わった人の手記の様な物は公開されていたの。構造はジオフロントに似ていたらしい。」
「ああ、それは俺が調べた中にもあった。」
「さっきの話には無かったわ。」
「アスカァ、悪気は無いって、手短に話せって言うから。」
「……と言うわけで、ジオフロントにもアダムの兄弟か姉妹がいるわ。」
「おいおい、大胆な仮説だなあ。」
「じゃあ、第3使徒は何を目指してきたの? 弐号機とセカンドチルドレンとアダム胎児はドイツに、零号機、初号機とファーストチルドレンだけが日本にいた。それなら、ドイツに使徒が来ても良さそうね。」
「なるほど、それは考えなかったな。それじゃあジオフロントにいるのはルシファーかな?」
「さあ、裏死海文書ではどうなってるか知らない。でも対になる言葉が神かミカエルならルシファーだけど、『アダム』なら当然『リリス』ね。」
「アダムの最初の妻だな。」
「そうそう。さて、もうあまり時間が無い。えーと、失敗続きの零号機建造だったのにそんなに早く初号機建造と弐号機の部品製造が終わったとは加持さんも気づいたように信じ難いわ。人が全て作ったのは零号機と参号機以降ってわけ。零号機はかなり遅く完成した疑いもある。初号機は、リリスのケルブに手を加えたものよ、たぶんね。ゼーレも碇司令も、自分達の宗教観に応じた計画を立ててると思う。」
「弐号機は?」
「南極のケルブの再生品かな、やっぱり。加持さん、そろそろ。」
「芦ノ湖だ。もう少し走ってていいか? まだ聞きたいことあるんだが……」
「目立たない方がいい、帰ろうよ。それより、このくらいの話でも言うこと聞いてくれる?」
「また誘っていいなら。」
「加持さんから誘うのは変かも、私が誘うわ。好きになったふりをして。」
「おいおい、ふりだけかい? よし、条件は飲んだ。」
「では、私のお願い。本当に真実を知りたければ、魂に忠実でいてほしい。」
「…… なるほど。そういうことか……」


 リョウジは芦ノ湖畔をゆっくり流してからジオフロントへ向かう。第三新東京市の監視カメラシステムは要注意だ。俺とアスカは、まちがってもインパクトの話などはしない。MAGIをなめると、とんでもないことになる。今日はナイトとしてアスカ姫を最後まで送るためカートレインを使うことにした。俺はあまり好きではないけど、姫にモノレールは似合わないだろう。それにしても姫には仕事で近づいたんだが、以前の印象より随分魅力的だ。ドイツでは平日は訓練と大学、週末は自宅へ帰るので、その間の護衛が主な仕事だった。それにアスカもそれほど自主性を発揮できる立場にいなかったので、単に早熟の可愛い娘としか思っていなかった。それが日本へ来てからどうだ。さすがに14才は俺の守備範囲外だが、もう子ども扱いする気はない。それにその発想力もすごい。事実はまだ五里霧中だがその推理は俺の情報を網羅していて、とりあえず矛盾はなさそうだ。さてと……。
 本部内に入った後、俺は紅茶とケーキをアスカに提案し、2人で第2カフェテリアに向かうことにした。
「到着いたしました。」
「ご苦労様でした って、もうお芝居はいいわよ、加持さん。」
「そうか? 結構楽しんでたんだけど。」
「じゃあ、女王様にしてもらおうかなあ。」
「うーん、それも面白いかな。」
「ちょっと、加持! アスカ相手になに言ってんのよ!」
「よぉう、葛城。女中頭くらいで参加しないか?」
「ほんとにもう、後始末と使徒の分析で本部は大変だっちゅうのに。」
「ごめんなさい、ミサトさん。今日は私が加持さんを連れ出したようなものなんだ。」
「まあアスカはフリーだったし、居場所もはっきりしてた。良いのよ。」
「やれやれ、俺の責任かい。」
「とーぜん。」
「ミサトさん、今日ドライブの途中で食べたお店美味しかったから今度加持さんにおごってもらったら?」
「ナイスアイデア!」
「えーと、拒否権は?」
「「なし」」
「とほほ」


(2)


 リョウジの部門は本来今日の会議には無関係なのだが、興味があったので強引に参加した。その結果、総務部と医学部以外の全部門と新参のエヴァ部隊が参加している。司令は海外出張中のため冬月が総責任者だ。
「各部門とも忙しい時期の会議だが、全体で検討できるのはこの場だけなのでよろしくお願いする。専門的な小会議の予定は手元の端末に出ていると思う。では……。」

 さてさて俺のことはさておき、初参加のアスカへの周りの反応はどうかな? 対等と認めて支持は、技術開発部、保安諜報部、それに忘れちゃいけない俺のところ。支持するけど子供扱いは作戦部に管理部か。支持してないのは調査部と副司令。まあ司令と副司令は道具が欲しいだけだからアスカの頭が邪魔なんだろう。調査部は司令たちに近いな、要注意だ。
 しかし、唯一の全体会議にしては権限が小さいな。まあ要するにネルフの本質は軍だから仕方ないのか。一見軍じゃない様にした方が、司令・副司令が戦闘時に口を挟みやすいということかな。司令が将(中将)副司令が将補(少将)待遇、確か赤木は二佐待遇。人類の危機に文民統制なのか、それはまあいい。アスカと話していて気づいたが、使徒と戦うための組織にしては、指揮官の葛城は経験不足だし地位が低い。エヴァを実戦に使うのは誰にも経験無いから有能な若手でという理由なんだろうが。おまけに、つい最近までドイツにいた葛城は戦自にも極東国連軍にも有力な人脈はない。ないないづくしか、理由はなにかアスカに聞いてみたい。おや、会議は終わりかけたのにアスカいじめですかい、副司令?

「惣流二佐、非公式にだが、使徒の調査に来日しているドイツ第2支部動力分析班から、戦闘時コア(光球のことだ)の損傷を避けるようと要請がきている。」
副司令の発言に、赤木は怒った顔、葛城は不審顔、俺はきっと呆れ顔のはずだ。アスカはなんとご機嫌だ。予想が当たったというところだな。
「なるほど、コアが動力源なんですね、副司令。それではどこを攻撃すればよいのでしょうか?」
「ん? 赤木君と相談しなさい。」
げ、赤木の青筋、今日はもう技術部には行けないな。



To be continued...

(2005.08.20 初版)
(2005.09.10 改訂一版)


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