ストレーガ Scarlet Strega

第六回 The Class

presented by ぶるー・べる様


(1)


 使徒戦後、シンジは通学する日が増えた。彼の基礎訓練は放課後でも十分できるので、初号機の実験やエヴァを使用した訓練を行う日以外は時間に余裕があるためだ。それに比べレイとアスカの出席状態はお世辞にも優等生とはいい難い。それでもアスカが登校する日はリツコの配慮もあり3人そろっての登校になることが多いので、レイの出席はクラスメイトによればずいぶん増えたということだ。
 前日エヴァを用いた戦闘訓練をしてその後の検討会で夜遅くなったので、今日は本部宿舎から3人そろって登校している。いつもレイとシンジは並んで、アスカは少し先を歩く。
「それでミサトさんの家、片付いたの?」
ぼやきっぱなしのシンジにアスカが声をかけた。
「まあ、僕の借りた部屋とリビング、キッチンは使えるよ。」
「ふーん。私の家の部屋使う? 空いてるわよ。」
「えー、アスカ。そういうわけには……。」
「そんなにあせらなくても。本部ではいつも3人だったでしょう。1人じゃ静かすぎるの。それに私の家ってさぁ、改造してあって広いのよ。」
「ご両親が改装したんだっけ。」
「うん、収納入れれば3軒分の広さだから部屋は余裕よ。」
「でもさあ。」
「じゃあ、3人そろったときだけでも。他の人の噂が気になるなら加持さんも呼ぶわよ。」
「私は良い。アスカ、碇君。」
「うん、判ったよ、綾波。でもミサトさんには、なんて言えば。」
本部以外ではシンジはレイと呼ぶのがなぜか恥ずかしく苗字を呼んでいる。レイは全く気にしていない。
「残念だけど3人そろって地上で泊まる日はそれほどないでしょう? 良いんじゃないかな、そのたびにミサトさんに断れば。同じマンションなんだしね。」
「わかった、そうさせてもらう。地上に来るたび掃除ばかりじゃ気が滅入るよ。」
「ずっと一緒に住めば、掃除は楽かも。」
「それはちょっと。」

 使徒戦後、レイは極秘の実験に参加する機会が増えた。リツコを含めたトップスリーとレイしか…… いや、今は伊吹二尉も知っている、ダミープラグ用のデータを取る実験だ。パーソナルパターンのコピーはMAGIの助けを得て格段に進歩している。たとえば万一3人目のレイが誕生した時には今のレイの記憶もかなり移行可能だ。それは3人目にとって福音なのか呪縛になるのか、レイには判らない。判っているのは、今の自分が以前と違い3人目に交代することに強い抵抗を覚えることだ。
 今日は久しぶりの登校になる。3人での登校は賑やかだ。この生活が……。

 アスカはリツコとミサトの許可を得て千代田三尉と阿賀野三尉を加えた3人で前回の使徒戦の分析を独自で始めていた。自分の反省点もあるが、本部に相談したい事案も多い。
 ドイツでの防衛体制は弐号機を中心に空陸の通常兵器を加えたものだった。当然アスカの訓練は混成部隊の指揮を取り使徒と戦うのを目的に計画されていた。しかし本部では最終防衛線内に使徒を入れ、兵装ビルとエヴァで使徒と戦う方針を今のところ変えるつもりはないらしい。しかし今の迎撃システムの稼働率を見ても方針を変えないのはなぜ? 国連軍や戦自との共闘に何か問題があるのだろうか。ドイツでは軍との連携で支部は比較的安価に作戦遂行可能だった。なぜ軍と共に戦わないのか理由を知っておきたいところだ。リョウジと相談しようかな。
 今日は3人で第壱中学へ向かっている。アスカにとって周りの同級生が同じ年齢なのは基礎学校の最初でしか経験がない。妙な感じだ。しかも日本人ばかりなのでみな幼く見える。ギムナジウムだったら違和感少なかったのかなあ。


(2)


 午前中の授業の国語・社会(日本史部門)・体育を受講し、特別授業は講師役でドイツの話をしたので、アスカは珍しく全て参加した。ドイツの話はみなが希望しているのだが、ネルフと大学それに家族の話を避けるとアスカはそれほど話題を提供できないので1度きりと断った。

 お昼、アスカはレイと気の合うヒカリを含めた3人で食べることが多い。席は窓際の後方、レイが窓を背にして、向かい側にアスカ、2人の間で教室の後方隅に背を向けてヒカリが座る。

 レイは自分の向かいに座る同年齢の上官のことを考えている。二佐は学校ではリラックスして見える。本部内でのほうがいつも緊張している。考えてみれば本部ならレイかヒカリの席を選ぶはずだ。いつもこの順で座るのには理由がありそう。

 ヒカリはアスカの話に笑ってしまった。ネルフでの実験中に賭けをしてアスカが負け、1ヶ月の食事当番を引き受けた話だ。きっと窓から残骸が見える黒っぽい使徒との戦いで賭けをしたのだ。今では相田以外のクラスメイトは自明のことと誰も追及しないけど、ロボットのパイロットであることは機密で言えないに違いない。相田がシャー中佐とアスカをからかって怒られていたから赤いロボットがアスカなのだろう。それにしても、お弁当食べる時のこの座り方、最初アスカがそれとなく指示してそのまま習慣になったけど何か理由があるのかな。第一、アスカ自慢の左横顔が私にしか見えな…… まさか、アスカってば私を? ふ、不潔よ!
「−−という訳なのよ、ヒカリ。 …… ヒカリ?!」
「  へっ? ああ、アスカ。そうなんだ。でも食事当番って、今までもしていたの3人で?」
「うん。ネルフの食堂も厭きるでしょう。それに被験者3人の協調が大事なのもあるから、合宿を兼ねてね。」
「ふーん。碇君も作れるの?」
「料理上手だわ、碇君は。」
そういったレイの顔には笑みが浮かびヒカリも見とれてしまった。綾波さん、こんな表情できるんだ。教室が静かになっている。あら、みんな綾波さんの笑みに気づいたんだ。アスカは、してやったりの笑いを浮かべて…… なるほどクラスに溶け込めない綾波さんのことを考えてのことか。アスカ、優しいなあ。
「そうなんだぁ。でも残念ね、しばらくの間はアスカの料理が続くわけだ。」
「ちょっと、ヒカリ。私の料理がシンジに負けるって言うの?」
「だって食べたことないしさ。」
「ぐぁー! 明日、夕食招待するわ。シンジ、シンジィー……」
あら、行っちゃった。アスカったら日本人は幼く見えるって言いながら、自分が子供っぽいのには気づかないのかしら。


(3)


 加持は、1日1回はアスカの前を暇そうに通り過ぎるのを日課にしている。今日も今日とて、朝からネルフロビーでアスカの前を……。
「あ、加持さん。約束の洋服、そろそろ買ってくれるかな?」
やっと、お呼びがかかったぜ。しかし、いきなり食いつくわけにはなぁー。
「ん〜、いいけど、学校はいいのか?」
「午後から会議だし、今日は行かない。」
「おいおい、中学は日本では義務教育だぞ。」
「あら、主語は? 子供だましちゃだめですよ。」
「むむ」
「保護者の義務なんでしょう、どうせ。ドイツの両親は日本の教育を認めていません。でも日本語と日本史はなるべく受講してますよ。」
「なるほどね、行こうか。昼飯もおごるわ。」
「へへ、ラッキー!」

 はしゃぐアスカについ予算オーバーの買い物をしてしまってから、加持は郊外のレストランに車を向け、話を切り出した。
「忙しいところ悪いなぁ、アスカ。続きをあと少しだけ聞いておきたい。それと特にネルフの目的にあげられている、サードインパクトを防ぐってやつだ。」
「一部繰り返しになるわよ、加持さん。
 まず例えばそのサードインパクトって言葉だけど、セカンドインパクトに対して作られた言葉でしょう。でもセカンドインパクトは隕石が原因と発表した際、ジャイアントインパクトに対して作られた言葉よね。でも実際は異なる現象だった。ネルフのにある資料をいくら読んでも、サードインパクトは人類に危険な現象としかわからない。聞きなれた言葉だと判ったつもりになっちゃうのよね。私の言葉が曖昧だったら聞いてね。」
「了解だ、アスカ。」
「前回の続きだとエヴァについての追加、それに碇司令の企みとサードインパクトの関係という感じかな。その辺は推測ばかりだから自信ないけど?」
「かまわない、アスカの意見で結構だ。」
「うん。じゃあまず、エヴァの操縦方法とエヴァの内面の問題ね。リツコさんから聞くことのできる説明ではエヴァには魂がないのでコアと呼ばれるものが封入されており、そのI/O部分のパーソナルパターンをパイロットに合わせることでシンクロしやすくなり操縦可能になると言われた。」
「俺の知識でもそんな感じだ。」
「では『魂』という言葉が問題になる。それに『魂』と『コア』の関係、そうそう使徒の光球を副司令がコアと呼んだことにも留意してね。では、ここだけの定義だけど、人間は『肉体』と『魂』からなるとする。人間の『魂』は、もちろん分割はできないけど次の4つに分けて考える。生きていれば他の生物(使徒でも動物でも植物でもミドリムシでも全ての生物)にもある部分『マナ』(元の意味とは違うけど)、無意識の本能的衝動部分『イド(エス)』(視床下部やA10神経に関連してるわ)、人間が自分を自分と感じている『自我』(哲学的や精神分析には立ち入らない。"das Ich"ね)、そして集団としての人間社会を成立させている『超自我』の4つね。近いと思う言葉を借りたけど、フロイトやメラネシア信仰とは関係ないのは忘れないで。
 使徒の魂については、エヴァとパイロットの話を詰めてからね。
 さてそこでリツコさんの言うエヴァには魂がないという発言だけど、エヴァが一種の人工生物であることから『マナ』に当たる部分はあるとします。いいかな、加持さん。」
「あ、ああ。しかし分割できないんだろう? 魂は。」
「分割したんじゃなく元々無いのよ。」
加持は迷っていた。この話には碇ユイの情報が必要だが、それを言えばアスカの母親に触れないわけにはいかない。アスカには辛い話だ。しかし……。
「なあ、アスカ。」
「なに?」
「辛いかもしれないが。」
「加持さん、優しいのね。接触実験のこと?」
「どうして知ってる? 表には記録は残ってないはず。いくらアスカが優秀でも残った記録から内容は判らないだろう。」
「どうして一介のパイロットがこんなことを調べて考え、そして加持さんに話すのか? どう思う?」
「俺に話すのは、近い将来俺がアスカのお役に立てるからじゃないのか?」
「餅は餅屋、お見通しね。」
「アスカがなぜ調べてるのかは判らない。非合法なことはしてないだろうな。危険だぞ。」
「え?」
「いや、俺は前回の約束守ってるって。それで?」
「いま全ての秘密にもっとも近いのはゼーレとネルフの幹部でしょう?」
「ああ。」
「でも過去には他にも秘密に近い人が3人いた。専門分野が違うので知識に差はあったけど碇ユイさん、私のママ惣流キョウコと赤木ナオコさん。もうみなこの世にはいない。実はママから私宛の極秘の書簡があったの。」
「……」
「だめだめ加持さん、探そうとしても無駄よ。もう処分した。説明続けていいかな。」
「たのむ。」
「セカンドインパクトの真の原因はわからない。なぜって? ゼーレは知っているつもりだけど情報は前日までのものしかもっていないもの。でも運命の日、接触実験が予定されていたのは確かなの。実行されたのだとしたらこれが初回の実験ね。
 そして碇ユイさんの実験になる。エヴァとの接触は最初上手く行かなかった。そのままでは直接接触は無理と考えたユイさんはナオコさんと相談して自分の『自我』のコピー、自分のパーソナルパターンを通訳としてエヴァ内部におこうとした。ただMAGIのない時点での作業だったのでかなり雑な仕上がりだったらしい。そして実験、シンクロには成功したけどユイさんは魂と肉体を取り込まれてしまった。
 ママは初号機と弐号機は似たものと思っていたので、取り込まれるのを防ごうとパーソナルパターンのコピーに一部制限をかけて実験することにした。このあたりでママの手紙はおしまい。結果は取り込まれなかったけど、その関係ある部分は大きな歪みを受け精神に障害を受けてしまった。特に母親や女性としての部分にね。その部分だけエヴァと入れ替わった可能性もあると思う。後はご存知の通り。」
「魂が?」
「『魂』は不変でも、転写、上書き、あるいは歪んだ補完が起きた可能性がある。」
「アスカ……」
「大丈夫、少し前に乗り越えたから。ユイさんの事例にはいくつか疑問があるけど、今回の話とは関連が薄いので触れない。ママの事例は悲劇だったけどナオコさんは大きなヒントをつかみ、MAGIと初めて全てを人類が作った零号機に応用された。」
「MAGIの微妙に違う3つの人格移植OSのことだな。」
「そうそう、完全じゃないけど『イド』の一部を含めコピーできるようになった。3つの異なる性向をもったAIを統合したのがMAGIなの。しかもMAGIが完成してからは、作業はもっと楽になった。」
「そうすると零号機の(赤木の言う意味での)コアは?」
「考えはあるけどもう少し待って、まだ絞れていないんだ。パイロットとも関係するから。」
「ふむ。これは俺も調べていいのかな。」
「前回の条件には触れない。彼らも知りたいでしょう。私ももっと知りたい。
 そしてユイさんの事故とママの悲劇の後、おそらくユイさんが事前に計画してあったエヴァに母性を持たせ子供をパイロットとする案が実行されることになった。幼かったので記憶は曖昧だけど、きっとそのころ私は実験対象になったはず。そしてシンジが有力なパイロット候補であることは当然推測されていた。」
「じゃあ、ファーストチルドレンの…… なるほど調査対象だな、これからの。よし、任せろ。」
「司令と敵対することになるわ。」
「覚悟の上だ。アスカの忠告を守れば何とか生き残れるさ。」
「おそらくミサトさんとも。」
「そいつぁ、ちょっとおっかないな。」
「じゃあ、まかせる。後は情報が集まるのを待つことにして、次はサードインパクトね。これがまた曖昧な表現で騙されやすいんだ。
 判っているのは、(どこまでネルフを信じていいのか難しいけど)ネルフが使徒に負けると起こるらしいことと15年前に南極で起こったことより決定的な損害を受け人類は滅びるということ。」
「南極では、葛城調査隊が被害の増大をある程度防いだってことかい。」
「気をつけなければいけないのはセカンドインパクトでの人類への被害は2次的な自然災害がほとんどだってこと。セカンドインパクトの真実は南極にある。」
「塩分濃度の高い赤い死の海だろう。隕石で説明されているけど。」
「そうそう、異物が落ちたのなら、そういうこともあるかも。でも実際は違う。なにが起こればあんな死の世界になるのか? ネルフが防ごうとしているのは、表向きは、地球全体が南極化して赤い死の海になるのを防ぐためかな。」
「うーん、どういう意味があるのかなあ。赤い海か。」
「ねえ加持さん、リリスのこととか調べた?」
「まだ本部の深部地下侵入は果たしていない。もう少し待って欲しい。ただゼーレの文書からの引用だと思うけど、アダムに対するリリスの存在の記載があるのをみつけた。リリスから生まれたリリンというのが、」
「リリン? リリスの娘ね、キリスト教ではサキュバス(Succubus)と呼ばれた。」
「ああ、そのリリンが、文書ではどうやら人類をさすらしい。」
「それは面白い、少し調べたいわ。……加持さん、お店も見えてきたし、食事にしない?」
「ああ。」

 帰り道でのアスカとリョウジの話は、これからの具体的な情報収集方法から始まった。さすがにリョウジの専門でありアスカが聞き役のことが多い。
「へー、そんなことができるんだ。」
「アスカが言ったように、餅は餅屋さ。ところで、俺としてはマルドゥック機関が気になるんだけどなあ。さすがにこれはネルフに居るだけでは判らないだろう。」
「どうしても知りたければ、MAGIの中にあるよ。でも、私の話を少しでも信じてくれるのなら……」
「信じてますよ、俺は。」
「ネルフ設立後にできた直属機関でしょう? シンジがパイロットの適性あることがは以前から分かっていたとすれば、今までちゃんとチルドレンを選出した実績は無い。無駄無駄、ほうっておけば良い。枝葉よ、きっと。」
「どうせ、有名無実ってわけか。」
「そうそう。それより、なぜ国連軍や戦自との共闘態勢が取れないのかが気になるわ。支部じゃできたのにね。機密保持目的? 本部と軍が結ぶのを誰かが嫌がっているか、誰かに嫌がられないように司令が妨害しているのか。」
「ネルフだけで倒さないと予算がきついんじゃないのか?」
「来年度予算は秋には決まるでしょう? 実績なら今までの戦闘で十分だし、大型予算はこれからのエヴァシリーズを造る国に取られているわ。」
「ふむ、なにが知りたい?」
「とりあえず、戦自と日本政府の動向ね。」
「考えておこう。ところで、ネルフが実行している計画についてだが、使徒を防ぐためにE計画が必要なのはわかる。アダム計画と人類補完計画の目的はなんだ。」
「正確には判らない。2つの計画は初号機事故の後に成立したのは確か。それと使徒を倒す以外の目的があるなら、人類の進化に関してと思う。ネルフの前身は通称ゲヒルン、人工進化研究所なんだから、行き詰まった人類の進化を進めるのでしょう。」
「なるほど。」
「アダムやリリスの名は表に出て無かったけれど、以前はその情報を用いた人工進化の研究をしていたはず。例えばMAGIの生体部品も正式記録には無いけれどアダムかリリスのものと思う。赤木ナオコ博士が基礎研究の段階からこの地下に閉じこもったのは、たぶんそのため。」
「これも調査必要だな。」
「慎重にね。私も調べてみる。」
「気をつけろよ。」


(4)


 アスカの来日と共に設立されたエヴァ部隊は、ドイツ支部との約束は果されぬ状態でパイロット3名が所属しているだけだ。アスカの再三の支援部隊配備の要請は、検討中のままとなっている。それでも今回作戦部から千代田ハルナ三尉、技術開発部から阿賀野レン三尉の助力とバルダザール使用許可を得られたのは一つの進歩だろう。リツコとミサトには、使徒戦で経験不足を露呈した2人に経験を積ませたいという目論見もあったのだが。
 2人は国連軍陸軍士官学校と京都大学と出身校こそ違うが、情報系の講座を第2東京大学で一緒にとった親友同士、午後の会議の準備をしながら会話もはずむ。
「ねえ、うちでも赤木博士とマヤ先輩がやってるけど、作戦部でも使徒戦の分析とかはしているんでしょう?」
「まあね。」
「アスカちゃんは優秀だし、シンジ君やレイちゃんも一生懸命だけどさ、エヴァ部隊でも分析・検討する必要あるのかなあ。」
「作戦部は、今のところ前回の使徒戦の事後処理にかなりの労力を割かれてるわ。しかも、肝心の日向二尉がかかりきりなので、少し停滞気味なの。
 それに随分見方が違うから有益なんじゃないかな。例えば第5使徒、技術部なら加粒子砲の構造とか飛行方法、コアの働きや構成を探ってるんでしょう? うちなら、使徒ATF中和時の通常兵器での攻撃効果やエヴァの連携攻撃の分析ね。
 でもパイロット達の話はもっと切実だったでしょう。」
「そうね、前回なんか予備知識なしで使徒の前に出されちゃったものね、アスカちゃん。」
「そうそう。私なら恐怖で失神しちゃうわ。」
「えー、それ言いすぎ。ハルナなら、撃たれても下がらずに突っ込んでいくんじゃない。『こんちくしょう!』ってさ。」
「それも言いすぎじゃない!」
「だって格闘技訓練では葛城さんに勝つんでしょう。」
「素手ならね。ウエイトもリーチもあるんだから、私が有利よ。」
レンは長身でスタイルの良いハルナを少しうらやましげに見た。
「ひぇー、牛殺しって呼ぼうかな。」
「なにそれ。」
「ほら、牛を素手で殺した空手家の伝説って無かったっけ?」
「びっくりした。葛城さんを牛って呼んだのかと思ったわ。」
「め、滅相もございません。恐ろしさはマヤ先輩から聞いてますから。」
「そうなの? 赤木博士が最強でしょう。」
「それはどうかなあ。今度聞いてみるわ。ハルナが……」
「それこそ、『ひぇー』よ。やめてちょうだい。まだ死にたく無いわ。」
「わかった、わかった。準備これでいいかな?」
「そうね、予定作業は終わったわね。ところでレン、今日どうする?」
「夕食会でしょう? 行くわよ。楽しそうじゃない。」
「そりゃ行きたいけどさあ、私たちの上司も来る可能性高いわよ。」
「そうだけど、私たちエヴァ部隊に出向する可能性もあるしさ。」
「アスカちゃん、じゃなくて惣流二佐が上司ってわけ?」
「彼女たちパイロットは、そんなこと考えてないと思うなあ。私たちを仲間だって何度も言ってるでしょう?」
「うん。」
「それって、仕事だけの関係を指してないよ、きっと。」
「私たちが一番年齢近いか、あの子達と。」
「行こうよ、ハルナ。」
「そうしよう。」

 
(5)


 アスカとの料理勝負はシンジのあずかり知らぬ所で決まってしまっていた。負けず嫌いのアスカとの勝負は気が重い。といってシンジは逃げるわけでもなく、コンフォートのアスカの家でメモの指示通り食事の準備を始めている。律儀な男である。アスカはレイとヒカリをお供に加持を運転手代わりにして買い物に行っている。
(うわー。いったい何人来るんだろう。全員に料理作って食べ比べてもらうのかな。それにしては今準備しているのは変だよ。大体料理の分担に委員長も入っているものなあ。)
文句言いながらもシンジは、材料を切ったり、冷凍してあったスープベースを出して解凍したり、手際よくこなしていく。アスカたちも帰ってきたようだ。
「お帰りアスカ。」
「どう。進んでる?」
「うん。この後の手順は?」
「私とシンジは、ここでメイン料理を進める。レイとヒカリはサブキッチンでデザートの準備をしてから私たちに合流してくれるわ。」
アスカの家は三軒分をつなげ改装してあり、DKとバスは大小2つある。
「了解! 加持さんは?」
「リツコさん達を迎えに行ってもらった。」
「なるほど。そういえば料理勝負って言うのは?」
「うん、今日のパーティーの出し物の一つとしてやる。一応たまご料理でどうかな? オムレツと玉子焼きを作って見た目と味で勝負というの。」
「なるほど、それなら公平かな。同じもので比較しないとわかりにくいものね。」
「うん。全部、別々に作ると思った?」
「アスカの置いていった料理の準備メモ見るまではね。レイと委員長は、あっちで作ってるんだね。」
「そうよ、終わり次第こっち手伝ってくれるから。」
話しながら荷物を分けていたアスカもエプロンをつけて、シンジと並んだ。アスカやレイとの作業は、料理でも何でもお互い細かく言い合わなくてもうまく進んでいく。アスカが言うところの『合宿』の成果だろう。手は動かしながらも余裕があるので会話も進む。シンジは疑問になっていることを聞いてみた。
「ねえ使徒って、報告の英文抄録じゃあ『天使(Angel)』ってあるでしょう?」
「そうね。」
「使徒って言うのも何か抵抗あるけど、天使はもっと変な気がするんだけど。」
「ああ、それはシンジが聖書を読まない日本人だからじゃないかな。(だから天使って訳さないのかなあ、それも変ね。)」
「というと?」
「シンジの言う天使って、羽の生えた美人や子供なんじゃない?」
「うん。」
「あれは後世の作り事なの。たとえば天使の位階で上位のケルビムとセラフィムの聖書での姿はまるで怪獣なのよ。それに人の形をした御使いと呼ばれる神のしもべも初期は男の姿だったの。付け加えると羽の生えた子供はギリシャ・ローマ神話のキューピット(天使と無関係よ)とよく混同されてる。それにプット(Putto)はイタリア語だから、本来のケルビムとは違うと思うわ。
 えーと、話を戻すと、英語のエンジェル(angel)は、ギリシア語のアンゲロス(angelos)から来てるんだけど、それは新約聖書を訳すときヘブライ語のマラク(malakh:「使者」「伝令」)の訳語として使ったのよ。そしてユダヤでは女性は神権を持つことができないから、女性の天使は本来いないの、ガブリエルもね。まあ精神的な存在だから性別なしとか両性具有って解釈もあるわ。」
「なるほど。でもそうすると天使と呼ばれる巨大生物に攻撃されてる僕達って。」
「そうね、ネルフ本部は神の敵ってことかな。」
「神に逆らうようなことをしたってこと?」
「少なくとも、あれらをAngelと名づけた人か組織はそう思ってるんでしょうね。」
「うへ。使徒以外にも敵が、しかも敵は人間ってこと?」
「さあ? それにまあ、Angelを使徒って訳した時点で怪しい。」
「え?」
「日本のネルフ本部がね。」
「うーん、自分の悪を隠そうとしてるわけ? でも使徒って、キリストの弟子とか神聖な目的に従事する人のことでしょう?」
「日本人はキリストを教祖様とか救世主とか、要するに何となく人間って思ってるでしょう、無宗教だから。その弟子なら、倒しても天使より随分気楽じゃない。」
「そうか、日本人の天使のイメージに合わないから使徒と名づけたといっても、相手は三位一体を信じて、キリストを神と定義しているから、使徒をもっと神聖ととらえているから許すってわけだね。」
「敵をサタンかデーモンって、改名してくれと言った記録は無いわ。ごまかしたのよ。」
「でもさあ、Angelくらいみな判るよ、英語。」
「本部で誰も天使って呼ばないじゃない。言い換え成功してるんじゃない。」
「うーん。」
「あ、レイとヒカリが来るようよ。さて仕上げちゃいましょう。」
「あ、うん。」

 料理が出来る頃には、招待したゲストも到着した。レンとハルナ、リツコと加持、マヤと日向、ヒカリと鈴原がペアで到着した。少し遅れて、やってきたのはミサトである。
「ちょっと、私は呼ばないつもり! 加持! なんで、あんたが居るの。」
「いや、ネルフへ迎えに行ったけど休みだって聞いたからさ。」
「えー、ミサトさん病気?」
「あはは、アスカ。ちょっちゅね。」
「どうしよう、エビチュいっぱい買っちゃったわ。」
忘れられたわけではないことにミサトは安心したのか、大量のビールを消費していった。病気はどうしたのか、誰も聞けない勢いであったとさ。



To be continued...


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