ストレーガ Scarlet Strega

第七回 A Match for A Thousand

presented by ぶるー・べる様


(1)


 平和な時間が続いている。町の中にまだそびえている第5使徒の残骸がなければシンジには全てが夢に思えるくらいだ。もっとも使徒との戦闘はないが、小さなトラブルはあった。例えば第2新東京市にいたときのシンジは良くも悪くも全く目立たなかったが、レイやアスカと一緒にいるだけで、ここ第壱中学では注目の的だ。そしてセカンドインパクト直後の殺伐とした世情はまだ4−5年前に収まったばかりであり、以前の暴力的気風はまだ中学や高校には残っている。シンジたち3人は不良グループの目に留まってしまうのだ。
 もちろんパイロットには護衛がついている。しかも最近アスカの提案で強化された。監視と保護を兼ねた保安諜報部のやり方では距離をおきすぎるので警護の役に立たないとアスカが碇司令に掛け合ったのだ。誘拐ならともかく、世界の希望であるエヴァパイロットの命を直接狙わないと嘯く司令に、アスカは『そうとも言い切れないと思います。それに例えそうでも、隣に立つクラスメートが狙われれば、パイロットは精神的に参ってしまいます。』と主張し要求を通した。新規の護衛中隊はエヴァ部隊に所属しており、8人構成の小隊が4つの32名、指揮官は村雨二尉、パイロットにあわせて女性隊員が多い。村雨二尉も評判の美人だ。しかし学内で護衛隊を使えばシンジたちは普通の学生生活を送れなくなるだろうから、よほどの事がない限り自分達で対処する必要がある。学内に護衛は入れないだろうって? 学校が警備を委託している会社からの派遣要員は、いまやパイロットの護衛隊員で占められている。
 シンジはアスカに不良について何度か注意をしたがアスカには現実味がなく、ピンとこなかったようだ。もっともシンジも不意打ちでもされない限り1対1なら3人とも簡単に負けることはないと思っていた。そのための訓練を続けているのだから。

 シンジの懸念はまもなく現実のものになる。その日、講師の都合で午後の日本語個人授業が休講になったので、アスカは(クラスの数学の授業を受けるため)教室に戻るレイとシンジと別れ、読むつもりの日本の中世史の本を持ち木陰に移動した。
「あのぉ、惣流さん。」
少しおどおどした様子で話しかけてきたのはアスカの知らない少女だった。
「何かしら? あなたは?」
「あ、ごめんなさい。私はB組の(アズマ)ミチコといいます。惣流さんに私の友達が会いたいって言うので。」
「授業いいの? ここへ来てくれれば会うよ。私は休講だから。」
「ここだと教室の窓から見えちゃうから、あっちで待ってるんですけど。」
「そうなの? 別にいいけど。」
少女はアスカを体育館の裏手のほうに案内していた。
 あまりにもお約束の展開じゃないかと後でシンジに指摘されたが、その時のアスカには判らなかった。それでもアスカの好みから程遠い5人の少年の姿を見てシンジの忠告を思い出した。素早く状況を確認する。警備員(護衛隊員)の1人が体育館の角まで来ている。5分以内にもう1人もくるはずだ。監視カメラは残念ながらない。相手の5人に武器はなさそう、いや1人だけナイフかな。少女も仲間なら逃げよう。偶然見回りの警備員に出会って、おしまい。
「来てもらったわよ。もういいでしょう。 ごめんね、惣流さん。
彼女が逃げれれば、同じ作戦で良いわね。
「冷たいこというなよ、東ぁ。お前も楽しんでいきな。」
「……そんな。」
1人で逃げて偶然警備員を見つける作戦でも間に合うのは判っていたが、少女の気持ちを考えると…… アスカは少女に近づいてきたデブの前に割り込んだ。
「逃げて、東さん」
警備員のいる方向に少女を押しやり
「え?」
「おいおい、勇ましぃ  ぐぇ。」
「あら、さすが武士の時代の本、強いわ。」
相手の頭が硬そうだったので、アスカは本が破れなかったか確認した。
「ほー、1人で5人の面倒を見てくれるのか?」
「ふん。」
ばーか、馬鹿を相手にしてるひまな……。
「惣流さん!」
「逃げなかったの?」
「おいていけないわ。」
あちゃー、いまさら何を。
東さん、悲鳴あげて! 是非もなし、お相手いたす。」
「え?」
2人を悶絶させ、ナイフ男にハイキックを決めたところで、デブが少女を人質にと近づき、やっと少女の悲鳴がでた。デブは本の投擲で撃沈、今度は本が破れたのでアスカは悲しくなる。どじな残党は、切歯扼腕していた警備員の豊満な胸に跳びこみ思い切りぶん殴られた。彼が一番の重傷だった。


 帰り道、警備員から事情を聞いたシンジは、何も言わないアスカに文句たらたらだ。
「ねえ、アスカ。なぜ誰も呼ばなかったのさ。警備い……護衛の大島さん、少し怒ってた気がする。」
「……」
「ちょっと、アスカァ!」
「碇君、アスカが考えなくやったとは思えない。それに大島さんは、あのぉ。あのね、相手の子がぶつかって来たのを怒ってたみたいよ。」
「そうなの? そうなんだ。」
シンジもそんな気はしていた。
「何か言った?」
「「アスカ!」」

「あはは、ごめんごめん。私を呼び出した子に心理的負担かけたくなかったし、それに。」
「なに?」
「あの手の人間はしつこいの?」
「どうかなあ、いろいろだろうね。僕もこの学校のことあまり知らないや。でも、相手は2年生だったでしょう? 3年生とかの知り合いはいるかも。綾波は知らない?」
「あの人たちもよく休むから、以前は学校で会ったことない。」
「そ、そうだったね。」
「相撲の星取表みたいね。」
「なに暢気(のんき)なことを、アスカ。」
「だって組み合わせの相手の一方が☆ならもう一方は★でしょう?」
「意味も違うし、普通星は○と●を使うよ。」
「珍しく勉強になった、シンジの言うことで。」
「本気で心配してるんだぞ。僕も綾波も。」
「ごめんごめん、しかし中学生の不良の生態は文献にもなさそうね。」
「文献!? ドラマか漫画でも参考になるんじゃない。アスカ、日本のアニメ気に入ってたでしょう? アニメでも見ないよりましじゃないかな。」
「ん〜〜。まあ、探してみる。」
「それにしても、3人とも目立ってたと思うんだけど、たまたまアスカが1人でいたから狙われたのかなあ。」
「シンジ、何言ってんの?」
「そのー、一応僕は男だけど、綾波とアスカじゃさ、言っちゃ悪いけど。」
「私もそう思うわ。」
「やれやれ、シンジさあ。不良のこと気づいてから以前にもましてレイと一緒じゃない。男の行けない所は私に頼むでしょう?」
「あははは、そうかなあ。」
「……」
「まあ良いんだけどね。」
「アスカはもてるしさあ。僕じゃなくても。」
ばぁーか。いいのよ、私は1人で。 強いしね。」
「アスカ、助けた子?」
「ん? B組の東さんよ。」
「そこ、居るわ。」
「え?」
「覚えていてくださったんですかぁ! アスカ様ぁ!」
「うぎゃ!」

 そのあと数日間、アスカは会議、レイは実験、シンジは訓練が多忙で会う機会も登校する機会もないまますぎた。アスカの会議とレイの実験は深夜に及ぶことが多い。

 そしてそれぞれの日程も一段落して3人そろって登校している。シンジはアスカの新しいファン、東ミチコのことを聞きたいが、反撃が恐いので無難な不良対策から聞くことにした。
「どうする? 僕もいろいろ考えたけど、刺激するよりしばらく放っておいたほうが良いんじゃないかな。」
「どうかな、ヒカリに電話で聞いたら、学内にある大きなグループの一員らしいわ。」
「そうなのか。」
「あのこ、東さんが危険かも。」
「うぎゃ。レイ、その話題は勘弁してよ。でもまあ、そーなんだよね。」
「じゃあアスカ、対策が?」
「うん。加持さんと村雨さんにも相談したんだけど。」
「それで?」
「どうすんのさ。」
「不良どもを殲滅して、私が団長? 会長? 番長? とにかくリーダーになる!」
「え!」
「ちょっとアスカ、危ないよ。」
「シンジの推理じゃ3人とも目を付けられたんでしょう? 待ってたら多勢に無勢、いつか護衛隊の助けを借りることになる。それも嫌だしさ。まあこの前みたいにナイフもってるのがいると危険だけど。それでも不意を突かれるより良い。」
「確かにレイの言うように東さんのことも。」
「それはいいから。それで、不良と戦うならニックネームとかあだ名とか(あざな)をつけるんだ。」
「まんが?」
シンジはいまさらながら後悔した。
「うん、もうつけた。私は伯符、レイは子明、シンジは公瑾よ。中国の強い武将らしい。」
「そうなの?」
「うへぇ、アニメかぁ。」
「強そうでしょう?」
得意げなアスカだったが……。
「アスカ様。」
「うぎゃ。」


(2)


 アスカと加持の『デート』は、1−2週に1度の割合で続いている。特に新しい情報がなくても、定期的に会っていた方が自然だというのが2人の一致した意見だった。
「加っ持さーん! いま暇?」」
「よっ、アスカ。どうした?」
で、始まる2人の会話はネルフ名物になっている。その時のアスカの様子は、普段生意気な小娘とアスカをけなす人が見ても思わず微笑みが浮かぶものである
「へへ。たまには、おごってあげようかなぁって思ったりしたんだけど?」
「ん? さては、かばん持ちか?」
「わかる? 今日は服をたくさん買うの。」
「って、先週買ったじゃないか。」
「あれはネルフ宿舎の分、今日はマンションの分だよ。」
「うへっ。」

 買い物の後は郊外で食事をするのがいつものコースだ。

「……。 そうか、やはり地下にもぐらないと先に進めないな。」
「深度5000mより深くね。でも、混乱時以外は無理よ。それにMAGIの記録は隠せても消せないから、いつかリツコさんに見つかる危険はある。」
「おいおい、赤木まで敵にまわすのか。」
「あら、ミサトさんのときより真剣ね。」
「まあね。俺が一番おっかないのは、  」
「リツコさんってわけか……」
「  惣流アスカだよ。」
「ちょっと!!」
「あはは、怒るなって。そういえば、この前言っていた不良どもはどうした?」
「大体掃討したわ。」
「掃討って、アスカァ。いったい何を。」
「え? 力で抑えておいたほうが楽って言ったのは加持さんよ。」
「まあな。村雨さんもそう言ったろう?」
「うん。でも最初に加持さんに聞いて、元助番(スケバン)の村雨さんに聞いたのよ。」
「げ。あの美女が?」
「ちょっと、加持さん。目移りしてると、ミサトさんに言うわよ。このデートだって機嫌悪いの知ってる?」
「人生には知らない方が幸せなこともあるのさ。まあ冗談はともかく、村雨さんのアドバイスは的確だったわけだ。」
「そうね、もう学内は統一したわ。」
「統一?」
「うん。それにシンジのアドバイスで……」
アスカは漫画やアニメで得た知識を披露した。
「なあ、アスカ。」
「なに?」
「シンジ君に不良のこと聞いたのは失敗だな。」
「あら。」


(3)


 シンジとレイはジオフロントの無人ゲートから出て、通学路を少しだけ大回りしアスカとの待ち合わせ場所に向かった。珍しく昨日暇だったアスカは加持とのデートの後、そのままコンフォート17に帰ったのだ。よくため息の出るシンジをレイは不思議そうに見ている。
「どうしたの?」
「ほら2日前買い物行ったじゃない。」
「ええ。」
「その時さあ、他の中学の生徒が、『あれが子明と公瑾だ。』って言ってたよね。」
「ええ。」
「それが嫌で気になってさ。」
「不良の危険を減らすのに必要って聞いてる。」
「でも、そんな名前いらないでしょう。アニメ見たらってアスカに言わなきゃ良かった。」
「村雨さんは自分で名乗ったのは良かったって言ってた。他人がつけると変ったのが多いらしい。例えば『赤目のレイ』なんかより良いわ。」
「村雨さん?」
「もと第三新東京市の高校を束ねていた女番長だわ。」
「ええ! あの美人の村雨さんが?」
「関係ないと思う。」
レイはそのまま黙ってしまい、足早になった。シンジは失言したらしいことに気づいたが、アスカと会うまでレイの口が開くことはなかった。

 待ち合わせ場所には、ヒカリと鈴原もいた。アスカは元気がない。さっきのシンジより大きいため息をついている。
「どうしたの、アスカ?」
「なんでもない。ちょっと、あなた。そこに居るんでしょう。行くわよ!」
「ご一緒して良いんですか?」
 シンジは東ミチコを見て驚いた。どうやら本気らしい、アスカの困惑もわかる。
 レイには今になってアスカが同行を許した理由が分かる。アスカたちの勇名が知れ渡った以上、東は知り合いと思われた方が安全なのだろう。
「だから行くって言ってるでしょう!」
「あ、はい。惣流伯符様ぁ。」
「うぎゃ。」



To be continued...


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