―人は愛を語らうすべを生まれながらに持っているのさ。
―なに、簡単だよ。抱きしめてやればいい。ぬくもりは人の心を溶かす。
―ああ、でも私には無理だ。何故かって?
―だって、自分を愛していない男に、ぬくもりなんてあるわけ無いだろ?
喜劇作家 リグレット・ファフナーの手記
第一劇 『ようこそ僕の夜へ』
presented by Bonze様
―2015年。本日の第三新東京市の天気は戦闘機のち使徒。
“蝿の王”、“玉虫色の髭魔王”、“無問題(モーマンタイ)のショッカーの首領”などと陰口を叩かれる男、NERV総司令“碇ゲンドウ”はかなり焦っていた。もちろん顔には出さなかったが。
計画では、ロストした息子の変わりに妻のクローン、“ファースト・チルドレン”の“綾波レイ”が乗る“汎用人型決戦兵器EVANGELION”の初号機が暴走し、“碇ユイ”が目覚めるはずであった。
だが結果は散々。わざわざ零号機を暴走させてレイをピンチに追い込んだのに、初号機は指一本の暴走もしなかった。
親子の情愛にとって重要なのは心である。遺伝子はその要素に過ぎない。少女は“綾波レイ”であり、“碇ユイのコピー”ではないのだ。遺伝子の一致により動かすことは出来ても、コアの中の碇ユイが反応することはなかった。
人と触れ合うことに恐怖を抱く臆病者の碇ゲンドウという男にとって、人の心の機微は海の底のように遠い、理解の出来ないことであったのだ。
使徒は結局“戦略自衛隊”、通称“戦自”によってとどめをさされた。
権力闘争しか能のない上層部の愚考により、N2地雷で更地になった第三新東京市の郊外。
作戦部長“葛城ミサト”のとっさの機転でミサイルを時間差で連続してぶつけることで、その体組織の97%を焼き払われて死滅した。
NERV上層部は、ミサイルを撃たせるという戦自への協力要請の難色を示したが、結局認めざるを得なかった。
お決まりのゲンドウによる「問題ない」が発動し、哀れ“第三使徒サキエル”は、こんがりウェルダンに仕上がった。
なお余談ではあるがこのミサイルの雨あられで、使徒が “AT-Field”なるバリアを攻撃と同時には張れないことと、多方向からの同時攻撃には対処しきれないことが判明したことを明記しておく。
ゲンドウは査問会にいた。ホログラムでしか姿を見せない、老醜なじいさま方に愚痴といやみをぶつけられている。
その老人たちは“キール・ローレンツ”を筆頭とする秘密結社『SEELE』。
【人類補完計画】という名の人類集団心中を企むはた迷惑なボケ爺の皆様である。
てか、まじでボケてんじゃねぇか?
『碇君!いくらなんでも現状はまずいのだよ!まずすぎる!』
『まったくだ!何のために君にその地位を与えたと思っているのかね!?』
『失った金は数百兆にもなるのだよ!しかもドルでだ!』
「も、問題ありません。【人類補完計画】には2%の遅れもありません」
ゲンドウは何とか反論を試みるが。
『【人類補完計画】、確かにこれは重要だよ!しかしその前に我々は、使徒との生存競争に生き残らねばならんのだ!』
『まったく持ってその通りだよ、碇君!計画も何も、死んでしまえばそれまでなのだよ!』
正論である。【人類補完計画】の結果がどうなるかはともかく、その前に使徒にやられてしまえば確かにお終いである。
『まあ、今のところはそちらの優秀な作戦部長のおかげでどうにかなったわけだが』
『ああ、確かに彼女は思っていたよりもよっぽど優秀ですなぁ。どこかの総司令と違って』
『確かに、確かに。どこかの髭魔王と違って役に立ちますなぁ』
もはやただのいやみである。
『諸君、静かにしたまえ』
なおもがやがやと罵詈雑言を並べて、ゲンドウの冷や汗を増やすというなんとも気持ちの悪い作業を続ける委員会メンバーを、キールの鶴の一声が静める。
『碇君、よく聞いておくことだ』
「は・・・」
『我々はこの戦争のために今まで耐えてきた。分かるね?』
『君が何の目的で死に掛けのファースト・チルドレンを使ったのかは、この際聞かないでおくとしよう』
『それゆえ君が手を回してセカンド・チルドレンと弐号機の本部への輸送を遅らせたらしい、という噂も聞かなかったことにする』
きっちりと釘を刺し、キールの言葉は続く。
『しかしだね碇君、何事も結果が重要なのだよ。分かるね?ん?』
『我々も君が何を企んでいようが、結果さえ出せていればここまで文句は言わんよ』
『だがその肝心の結果はどうかね?零号機は起動もうまくいかず、初号機は大破、本部唯一のチルドレンであるファースト・チルドレンは瀕死の重態、あろうことか使徒を殲滅したのは戦自のミサイルと来ている』
『まあ指揮を執っていたのがNERVの作戦部長だったのは、不幸中の幸いだったが』
『それでもだね碇君、SEELEに属さない国からのNERVの予算削減案は、通さざるを得なくなったよ』
『おかげでいくつかの支部を閉鎖することになったのだ。君のおかげでね』
『碇君。責任者は責任を取るためにいるのだと言うことを、ゆめゆめ忘れないようにしてもらおうか』
その言葉をきっかけに、ホログラムが順番に消えていく。
『碇君、予算の補填などはこちらでやっておこう』
『各所への根回しもな』
『では、後はSEELEの仕事だ』
『次は失敗せんようにな、碇君』
ホログラムが消え行く中、最後のキールが声をかける。
『碇君。二度目はないと思いたまえ。次は文字通り処分することになるやもしれん』
そして後ろを向き、何かを思い出したかのように振り返り付け加えた。
『ああ、そうだ碇君。重要なことを忘れるところだったよ』
「は?何でしょうか?」
『ロストしていた君の息子のサード・チルドレン、碇シンジ君だったかな?』
その名前を聞き、ゲンドウは顔をしかめる。
「はい、そうですが。それが何か?」
『ルーマニアで似たような人物を見たと、先ほど部下から報告があってね』
「なっ!本当ですか!?」
寝耳に水、晴天に霹靂。とんでもないびっくり情報がキールの口から発せられる。
『似たような、だよ。一応監視カメラの映像を送っておこう。有効に活用したまえ碇君』
そしてホログラムが捨て台詞と共に消える。
『碇君、人類やNERVにはともかく君には時間はない。よく覚えておくことだ』
消えるホログラム、明かりのつく室内。そして、机の端末から排出されるメディア。
「冬月、赤木博士を呼べ」
ゲンドウは、かすれた声で指示を出した。
E計画責任者、“赤木リツコ”は後悔のさなかにいた。初号機が破壊され苦しむレイの顔を見たとき、自分の愚かさや醜さを悟ってしまったからだ。
レイの苦しむさまは、普通の14歳の少女と何も変わらなかった。
ゆがむエントリープラグ。きしむ構造材。L.C.Lの中に広がる赤い吐血。
彼女に比べ自分の何と愚かしいことか!ただ辱められただけなのに!
目の前の少女は命の危険にさらされている。
14年、正確には10年ほどの人生しか生きていない彼女を、自分は今まで苦しめてきたのだ。
レイを寝かせている集中治療室のベッドの前でひざを突き、リツコは嗚咽を漏らしていた。
ただ「ごめんなさい」の一言を繰り返しながら。
彼女は自分を振り返っていた。
今思い返せばなぜ自分は彼に従ったのか?無理矢理関係を持たれた身でありながら。
自分の心を思い返して、得意のロジックで分析して愕然とした。
男を愛してなどいないではないか。ただ母を超えたかった。ただ母を見返したかった。
それだけの思いでゲンドウに抱かれ、レイを傷つけた。
なんという喜劇か!自分はただ観客のいない舞台で踊っていただけだった!
母への想いに踊らされていただけだった!妹のように思っていたはずのレイを傷つけて!
リツコは泣きながら嗤っていた。レイの為に泣き、自分を嗤った。
冷静になってみればなんてくだらない男だろう、碇ゲンドウと言う男は!
死んだ妻にすがることしか出来ず、他者を恐れ、己の息子すらないがしろにし、結果は大切な駒のロスト。
自分は母譲りの美貌を、手入れを欠かさない体を、こんな男に抱かせていたのか!
なんてくだらないのだろう!こんな男に抱かれていた自分は!
リツコは決心をした、レイを守ることを。ただ一人の姉として、彼女を守ることを。
だからこれ以上ないくらいに不快に感じていた。部下の“伊吹マヤ”が思わず息を飲むぐらい不快であった。
(こんな気分のときに呼び出しやがって!あのくそ髭が!)
アーメン♪
―司令室
「何の御用でしょうか?」
なんというか「くだらないことだったらヌっ殺すよ?」的な凄みの有る笑顔をリツコはゲンドウに向ける。
司令室に入ってきたリツコの様子にびくびくしつつ、NERV副司令“冬月コウゾウ”は彼女に声をかけた。
「赤木君、すまないがこれを分析してくれんかね?」
SEELEから送られてきたデータをリツコに手渡す。
「これは?」
「サード・チルドレンが映っているらしい映像だ」
「な!?サードですか!?」
意外な名前を聞かされ、先ほどまでの凄みの有る笑顔を消しリツコは驚きの声を上げた。
「ああ、委員会から送られてきてね、ルーマニアでたまたま映っていたものらしい。急いで解析してくれたまえ」
「は、はい!今すぐに!」
「結果だけ送信してくれるだけでかまわんよ、忙しいだろうしね」
「はい、では」
リツコが部屋を出たことを確認し、冬月はゲンドウに話しかけた。
「碇、赤木博士に何かしたのか?」
「いや、心あたりはないのだが・・・」
「本当にか?」
「・・・・・・」
「碇?おい碇!」
「・・・・・・」
「おいこら!」
「冬月先生、後を頼みます」
席を立つゲンドウに、冬月の中の何かが切れる。
「ふざけるなぁ!」
「がっふう!」
冬月の右フックが逃げようとしたゲンドウの肝臓に決まった。
15分後送られてきた、解析され修正され明晰になった一枚の画像。ゲンドウさんは悶絶中。
短い黒い髪。東洋系の優しい顔立ち。紫と緑のオッドアイ。真っ白なスーツと灰色のシャツに真っ黒な靴。右手をポケットに入れ、左手に黒い細長の鞄を持つ少年。
>解析結果
>
>頭蓋骨骨格の整合率:98.8%
>胸部骨格の整合率:97.4%
>腰部骨格の整合率:99.1%
>手足の骨格の整合率:94.3%
>
>成長シミュレーターによる顔の整合率:97.9%
>成長シミュレーターによる体格の整合率:93.7%
>
>以上解析結果より96.87%の確率で、画像ファイルの人物は『サード・チルドレン』『碇シンジ』である。
「保安諜報部をルーマニアへ送れ」
ゲンドウは、7年ぶりに見る己の息子を権力で呼んだ。
―同刻、ルーマニア
少年、“碇シンジ”はティータイムであった。お気に入りの店でダージリンのストレートを飲む。
サービスでスコーンが出されるくらいの常連。
「ふうっ」
ホットティーを一口飲み、さらにため息を一つ。その気の有る人にはよだれのたれそうなはかない表情。母親譲りのかわいい外見もあいまって、実に色っぽい。
実際周りの女性のほとんどがだらしない笑顔を浮かべる。ああ、父に似なくて良かった・・・っと失礼。
食指を動かされたのか、向かいに女性が座る。
年のころは20台後半か。古い言い回しで言うと『セクシーダイナマイト』、そんなイメージの女性。
黒いイブニングウェアと真っ赤なルージュが妖艶なまでになまめかしい。
「ぼうや、誰かと待ち合わせ?」
こぼれる声まで色っぽい。
「いえ、暇なんですよ。ここの紅茶はお気に入りなので夕方まで時間をつぶそうかと」
「そう・・・どうせならあたしと二人で時間をつぶすっていうのはどう?」
「・・・それはなんとも」
息を切る。
「かなり魅力的なご提案ですが、よろしいので?僕は見た目どおりの年齢ですが・・・」
「あら、何か問題でも?」
「・・・無いですね」
笑顔を浮かべ、左手を差し出す。
「では、エスコートいたしましょうか、お嬢様」
「ええ、お願いねベビーフェイス」
手を取って腕を組み、通りを歩き始める。紅茶代をテーブルに置いて。
「サーティ、多すぎる!倍もあるよ!」
「次回の分の先払いということで!」
緩やかにかわし、エスコートへ。
「サーティって言うの?あたしはイザベラ」
「いえ、サーティーン(]V)です。みんなはサーティと呼びますが」
「女の子みたいな名前ねぇ。あっちのほうは期待できるのかしら?」
ゆっくりと唇をなめて挑発。
「大丈夫です。必ず参ったと言わせて見せますよ」
シンジはにっこりと微笑んだ。
―5時間後、イザベラ宅
「はあぁ、っはぁ、は、は、はあ、あ、ぁ」
汗その他もろもろのナイスな液体でぐっしょりとぬれたベッドの上で、イザベラは生まれたままの姿で熱い吐息を漏らす。
シンジは彼女にバスローブを渡し自分も着込むと、よく冷えた水を二杯用意する。
「僕の勝ち、ですねイザベラさん」
「そう、ね。まさかここまで負けちゃうとは思ってなかったけど」
冷水をゆっくりとのどに入れ、体の火照りを冷ます。
「ねえ、サーティ、あのね・・・そのぉ・・・」
「何?」
妙にかわいいイザベラに少しどきどきしつつ、シンジは返事を返す。
「そのぉ、また、会える?」
意外な質問。思わず笑いを漏らしてしまう。
「ふふふっ。ええ、あの喫茶店にいれば声をかけてください。そのときは出来るだけお相手させていただきますよ」
「ほんと!?」
「ええ、こういうことだけでなく、そうですね、食事だけでも行きましょう」
ふふふともう一回軽く笑うと、シンジは服を着込む。
靴を履き、鞄を左手に提げ、玄関で一度振り返る。
「またね、イザベラ」
「ええ、またね。きっとよ?」
「ふふっ、うん、また」
シンジは家を後にした。
―30分後、裏路地
イザベラの家を離れて10分ぐらいで、どこかの機関員に見つかったことを確認する。
右の紫の機械の目がキュゥンと音を立てて情報を収集し始める。
何かの信号を拾い、壁の向こうにいる5人の黒服の姿を映し出す。
吹き出しのように網膜に表示される解析情報。
「武器は全員グロックの三点バースト、他にコンバットナイフを所持、銃の安全装置を外しつつ接近中、銃弾は麻酔弾と暴徒鎮圧弾。加えて軍事衛星らしきものからの監視、か。・・・よし」
すぐさま移動。古くは忍者が使ったらしい特殊な走り方で監視衛星の影へ。足元のマンホールを蹴り開け、一瞬の迷いも無く飛び込んだ。
駆けつける黒服たち。だがそこには影も形も無かった。
―NERV本部
リツコは報告に驚いていた。曰く「サードらしき少年が消えた」と。
ありえないと思い地図を確認すると、消えたポイントに下水への入り口を発見する。
素直にうまいと思う。マンホールは結構入り口が狭く、体格の大きい黒服たちでは入れまい。
すぐに監視衛星にアクセス、検索深度をあげ、下水内の移動物体を確認する。一つだけ、高速で移動する熱源を検知。だが検知と同時に熱量が低下していく。センサーの異常かと思いチェックするも、ネズミなどの動物の熱量を検知、エラーではない。ついにはその移動物体から熱量が消失、衛星はサードらしき少年をロストした。
―同刻、下水道内部
左の緑の目の瞳に『]V』の文字が浮かんでいるシンジがあごに手を置き考える。
彼らは何者であるか?銃の型番より浮かぶ組織はどれにも心当たりが無い。
そこまで考えて、シンジはもう一つの可能性を見つける。ここルーマニアにも有るグロックを正式採用する諜報機関。
「NERVか?」
シンジは行動を開始する。
―翌日、裏通り
NERV本部所属諜報員、橘コズエは息を整えていた。
朝から走り続けてしんどいどころではない。
現れては消え、また現れては消える。サードのあまりの神出鬼没っぷりに辟易し、こうしてサボっているのだ。
これは正当な権利だ!と自分をごまかし壁に手をつく。
ちなみに本部が動いている理由は『支部にチルドレンを取られたくないから』である。
「あのう、大丈夫ですかぁ?」
いきなり聞こえたかわいい声に飛び上がった。
「だだだだだだ誰!?」
振り返るとそこには、白いワンピースを着、同じく白の帽子をかぶった少女がいた。
ふううううう!っと大きすぎるため息をついてしまう。
「だだ、大丈夫なんですかぁ?」
「えええ、ええ、大丈夫よ、大丈夫」
その姿に安心し、もう一度向き直り壁の向こうの通りを見ようとしてふと気づく。
今の少女は誰だ?なぜこんなところにあんな少女が?このスラムに近い無法地帯に?鈍っているとはいえ仮にも諜報員の自分が気づかなかった?ていうか何か見たこと有る顔してない?
あわてて振り返ったコズエの頚動脈に電流が流れる。
「あがっ」
薄れ行く意識の中、コズエは思い出した。
ああ、誰かに似てると思ったら、サード・チルドレンじゃないか。畜生、かわいいなぁ。
―1時間後、????
目が覚める。どこだここは?暗く湿っぽい空気とコルク特有の香り。
どこかのワインセラーであるとあたりをつけ、現状の確認を開始する。
武器どころか服まで取られ、下着で縛られている。
親指を別にテグスで縛る念の入り方。髪の中にあったはずの暗器もメガネのブリッジに仕込んでいたピッキングツールも無い。
直腸と膣に隠してある道具は無事だが、この状況ではどうにもならない。
進退行き詰ったそのとき、正面の戸が開いた。
サード!写真の少年!
「気分はいかがです?たぶん悪いと思いますが」
「ひょうひょうと聞くのね。こういうのが趣味なのかしら?だとしたら止めるべきね。彼女が出来ないわよ?」
「いえ、それはそれで需要がありますから」
微妙に問題な発言をしつつ、ポケットからコズエのパスケースを取り出す。
「NERVの方がいったいどういうご用件でしょう?うらまれる覚えは無いのですが」
「話すと思う?」
軽いジャブ。
「いえ、思っていません。ですので体に聞こうかと」
「体に?訓練なら受けているわ。意味は無いと思うけど」
それには答えず、シンジは箱から何かを取り出す。
「これ、なんだか分かりますか?」
「いいえ?分からないわね」
「腸内洗浄液です」
とんでもない一言を放った。
「え゛?」
「ですから腸内洗浄液です。3分ぐらいで効いてくるそうですが」
「え゛?」
「ああ、ご安心を。そっちの奥にトイレに風呂まであるんです。ここの持ち主はよっぽどのワイン好きだったらしく、 この倉庫で一週間は生きていけるほどの設備があるんです」
まあもっともいまは廃屋ですが、と準備をしながら続ける。どこから持ってきたのか、アヒルのおまるがミスマッチだ。
「え゛?」
「加えてここは別荘地でして、今別荘客は誰もいないんですよ。だからどれだけ声を上げても僕以外には聞こえません」
「え゛?」
「まあ、安心してきれいにされちゃってください。食料も缶詰が大量にあるんでご安心を」
「え゛?」
「それじゃあ、いきますねー」
にこやかな笑顔のまま、800ccぐらいあるんじゃねーの?って感じの注射器と、大きな水槽になみなみと注がれた緑がかった液体。
水槽に注射器をいれ中の溶液をきっちり吸い上げると、呆然としたままのコズエに近寄り縛ったままうつぶせにし、腰を高く上げさせる。
コズエもさすがに正気に戻った。
「ちょちょちょ、ちょっとタンマ!待って待って待ってお願い!」
「じゃあ、しゃべります?」
「そそそ、その前に確認して良い?」
手に持っていた注射器を水槽に戻し、彼女の体制を座った状態に戻す。
「うい、なんでしょ?」
「あなたは、その〜、碇シンジ君よね?」
瞬間、シンジの雰囲気が変わった。
にこやかな顔から表情が消え、完全な無表情、否、無感情に変わる。
首に回っている縄でコズエを引き寄せ、その下あごにリボルバー、コルトパイソンを突きつける。
「どこで僕の本名を?場合によっては死ぬことになるので、丁寧に良く考えて返答してください」
殺気ですらない、それは冷気。そのあまりの雰囲気に、コズエは失禁していることにも気づかずにがたがた震えだす。
「どこです?次が最後ですが・・・」
「わわわ、私は!碇ゲンドウ氏に言われてあなたを探してたんです!私は!碇氏が司令をしているNERVの職員です!」
「碇ゲンドウ?どなたです、それは?記憶にありませんが・・・」
「あああああ、あなたの実の父親ですぅ!」
少しの間時間が止まる。数秒、コズエにとっては数時間にも数日にも感じられる時間の後、
「ああ、そういえばそんな名前だったような・・・」
あまりに気の抜けた返答に、コズエの涙腺は決壊した。
「すいません、怖がらせてしまったようで」
ぐすぐすとべそをかくコズエの頭をなでながら、シンジは苦笑する。
あのあと大声でなくコズエをなだめ、泣き止んだと思ったら自分が失禁している事実でまた泣き、仕方が無いので裸にして洗ってやり、頭と体をしっかり拭いた後バスローブを着せた。
ちなみにコズエがべそをかいているのは別に怖さが残っているからではない。体を洗われて拭かれたときの繊細な指使いで気をやってしまい、恥ずかしくて顔を上げられないだけである。
それはさておき→
「父がねえ。何のようなんです?」
「その、それ以上は機密でその・・・」
「ふううん・・・」
彼女の脱がせた服を横に置き、買ってきた下着を渡す。
「まあ、気が向けば行きますよ。自分で来ないような父親では微妙ですがね」
「その、お父、司令のこと嫌いなの?」
「嫌い?あいにくと嫌えるほど知りませんから。ありていに言えばどうでもいい、ですね」
結構辛らつなことを言い捨て、シンジは戸を開ける。
「今の通り、親父殿に伝えてください。会いたいならそっちから来いと」
そして扉を閉める間際、振り返り告げる。
「公的な用があるのならば、させたい内容を先に言うのが筋だ、とも伝えておいてください」
でわ、と一言つぶやき、シンジは消えた。
30分後、駆けつけた黒服に見つかるまで、彼女はただ呆然としていた。
To be continued...
(2006.08.12 初版)
(2006.08.20 改訂一版)
(後に書くから後書き)
シンジ君は必要です。
個人的には大嫌いですが。
もう少し自分の考えで動くべきだったでしょう、彼は。
逃げちゃダメだ?逃げるのは恥ずべきことではないと思われ。
一番ダメなのは現実から目を背けることです。
だから逆行してハーレムとかするのは自分的にマジNG。
ちゃんと整理してるならともかく戻った先の人は過去の綾波とかアスカとかの変わりなわけで。
それってゲンドウとおんなじじゃん?
場所がルーマニアなのに意味はありません。
単にアーカード氏が好きなだけです。
『悲鳴を上げろ!豚のように!』
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