新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

第三話(B−PART)

presented by 地球中心!様


『目標、光学で捕捉。領海内に侵入しました。』
「総員第一種戦闘配置!」
『了解! 対空迎撃戦、用意!』
『第三新東京市、戦闘形態に移行します。』
『中央ブロック収容開始。』
 無人と化した地上の街に、けたたましいサイレンが響き渡り、次々と高層ビルが地面に沈み込んでいく。
 都市を機能させるのに最低限必要な設備を避難させる為だ。
『中央ブロック及び第一から第七管区まで収容完了。』
 これで、建造された高層ビルの約半分が収容された事になる。ちなみに残り半分は未だ収容システムが確立していない。使徒戦に間に合わなかったのだ。
『政府及び関係各省への通達終了。』
『現在、対空迎撃システム稼働率48パーセント。』
「非戦闘員、及び民間人は?」
 ミサトが横目でロンゲのオペレーター、青葉シゲル二尉に確認する。
「すでに退避完了との報告が入っています。」
 その報告に一つ頷くと、ミサトはモニターを見上げた。
 画面いっぱいに映る、黒光りする巨大なコケシの様な物体を、射殺さんばかりに睨みつけながら、一人呟く。
「碇司令の居ぬ間に、第四の使徒襲来。意外と早かったわね。」
 言って、口元に凄惨な笑みを浮かべる。
 言葉とは裏腹に、その態度は使徒を待ち侘びていたとしか思えない。
 それもそのはず、前回は殆ど何も出来ずに終わってしまったので、今回雪辱に燃えているのだ。
 しかも今回は、最も口出ししてきそうな司令が留守ときている。
(誰にも邪魔されずに指揮が執れる!)
 正直言って、それはかなり楽観的過ぎる思考ではあったが、ミサトのボルテージはこれ以上無いほどに上がりまくっていた。
「前は15年のブランク、今回はたったの三週間ですからねぇ。」
「こっちの都合はお構いなしか……女性に嫌われるタイプね。」
 直属部下の日向二尉と軽口を交わしながらも、彼女の視線はモニターに注がれたままだ。

 森林の真上を泳ぐように颯爽と滑空する使徒。間も入れぬほどに戦自の対空砲撃が火を噴いているが、これと言った効果は見られない。
「税金の無駄遣いだな。」
 後に、ネルフ内で『使徒の歓迎用花火』と揶揄する事になる、モニター上の爆撃を眺めながら、冬月は一人苦笑いを浮かべる。
 もっとも戦自からすれば、『金食い虫』のネルフにだけは言われたくないセリフであっただろう。
 後日、このセリフが職員〜資材搬入社員経由で戦自の元まで行き届き、次の使徒からは戦自の迎撃が極端に減少する事になるのだから、発言の重さというものは侮れない。
「委員会から再び、エヴァンゲリオンの出動要請が来ています。」
「煩い奴らねぇ……言われなくても出撃させるわよ。」
 そんな悪態を付きつつ、ミサトはシンジへの通信回路を開く。
「シンジ君、出撃……良いわね?」
 確認の名を借りた命令を受けたシンジは、何も言わずただ黙って頷くのみだ。前回ほどでは無いが、やはり顔色が悪い。
 シンクロ率も、計ったように前回と同じ、起動値ギリギリだ。
 そんなシンジの状況を知ってか知らずか、満足そうに頷いたミサトは作戦の指示にかかる。
「良くって? 使徒のATフィールドを中和しつつ、パレットの一斉射。とにかく私の指示に従って、勝手な行動は取らないように……」
「ちょ、ちょっとミサト?!」
 ミサトの指示に面食らったリツコは、慌てて割って入った。
 だが、そんな親友にミサトは殺気を満々に込めた視線を飛ばす。
「何?! リツコッ! 今は緊急時なんだから話なら後にして!」
 邪魔するなと言わんばかりに、苛立ち紛れにリツコを強引に押しのけると、彼女は間髪入れずに戦闘開始を宣言した。
「エヴァンゲリオン、発進!」
 号令と共に、猛スピードで射出される初号機。
 ミサトに反論の機会すら封じられたリツコはそれを呆気に取られた顔で見上げている。目の前には仁王立ちしたミサトが背中を見せている。リツコのことなど気にも留めていないようだ。
(ミサト……貴女本当に分かってないの?)
 心の中でそう訴えかける。もう頭を抱えたい気分だった。
 作戦失敗の文字がリツコの頭の中を駆け巡る。
 随分なマイナス思考ではあるが、リツコには無論そう確信するだけの根拠はあった。
 それは、ミサトの作戦内容が、パレットの一斉射という単純極まりない内容で完結しているからに他ならない。
 いや、確かにシンジが来る前までの戦略シミュレーションでは、有効的な策の一つとして挙げられていた。
 攻撃にしても様子見にしても、接近戦より遥かに安全度に優れ、何よりミサトにすれば、自分の指揮で使徒を倒す実感を得られやすいというのが高評価の一因になっていたのだろう。
 だが、この作戦が挙げられた最も大きい原因は、サードチルドレンが何の訓練も受けていない、ど素人であることが、ネックになっていたからに他ならない。
 しっかり訓練を受けた者ならともかく、いや、訓練を受けた者でも初陣ではパニックに陥る事が珍しくないのに、未成年、それも報告によればかなり気弱な少年に、いっぱしの能力を求めるのは無理と判断したからこそ、単純明快な作戦こそが有効と目されたのだ。
 だが、実際ネルフに来訪したサードチルドレンは、ネルフ職員の不安を打ち払うかのように、そしてゲンドウ達の思惑を嘲笑うかのように、卓越した才能と、常識はずれな能力を以って、ほぼ単独で使徒を撃破して見せた。
 つまり、兵士の心構えとしてはプロと見比べても何ら遜色は無いのだ。実際、ここ3週間の訓練でも、複雑で高度な課題を次々とクリアしている。
 むしろ、彼の場合は初号機との相性の悪さの方が問題だ。
 前回の戦闘を参考に、様々な微調整を行った結果、シンジの精神状態は幾分マシなレベルにまで引き上げられているが、それでも未だ危険レベルに留まっている事に変わりない。
 言わば初号機は未だ、カラータイマー付きのヒーローと同じ状態だ。3分とは言わないが、そう長くは戦えない。
 故に、今後の使徒戦では、短期決戦こそが必須事項のはずなのだ。少なくとも前回使徒戦後の会議では、そう結論が出ていた。
 それを踏まえると今回のような距離を開けての射撃というのは、些か疑問の残る判断と見ざるを得ない。無論これで使徒を倒せれば何ら問題は無いが、今回の使徒が前回よりも柔らかいとは限らない。
 いや、むしろ防御力は高くなっていると考えた方が良さそうだ。少なくとも、前回の使徒は、弾道ミサイル直撃で身を反らせる位はしていたが、今回の使徒は対空砲撃にもビクともしない。
 それは、使徒の表皮の硬さ、質量の重さ、そして何よりATフィールドの堅固さを如実に証明していた。
 今急いでMAGIに試算させているが、恐らくリツコの予想を覆す事は無いだろう。
 その事を是非にでもミサトに伝えておきたいところだが、先程の態度を見る限り、何を言っても聞いてはくれなさそうだ。
 リツコの目の前では、ミサトが先程からずっと微動だにせず、ただひたすらモニターを見上げている。
 完全に己の世界へのめり込んでいる友人の背中にそっと溜息を付くリツコ。
(全てがズレてきている……)
 その事を今更ながらにリツコは実感していた。
 正直言えば今回のようなミサトの暴走自体は予想の範疇だった。使徒戦も続けばその内ミサトも己の復讐心を優先させる色気も見せてくるだろう。と、彼女は予測をたてていた。ミサトの直情的な性格からしてそれは十二分に考えうることだ。
 だが、それはもう少し先の話だ。まだ使徒戦そのものがおぼつかない現状ではミサトもそうそう無茶はしないと思っていた。
 今後の状況に応じて折を見て対策を――リツコはそう目論んでいたのだが、どうやら今の時点での状況を把握しきれていなかったようだ。まあ、無理も無いとも言えるが……
(もうこれは、シンジ君に何とかしてもらうしかないわね……)
 彼なら、そして恐らく近くに潜んでいるだろう、あの老人の助力があれば、こと使徒にも勝利するかもしれない。
 相変わらず、市街地の警備システムでは、かの老人の影すら捕らえられていないが、弟子一人に戦わせはしないと大見得きった以上、間違いなく居る筈だ。
 楽観的かつ彼女にしては有るまじき程の他力本願ではあったが、ミサトを止められない(というか、もう既に止める時間すら無い状況に追い込まれている)以上、もう当てに出来る人材は彼しかいない。
 全ての歪みの根源ともいえる彼に全てを預けなければならないとは……
(皮肉な話ね)
 リツコは自嘲的な笑みを漏らし、顔を上げた。
 モニターには、地上へと送り出されたエヴァが、ちょうどパレットを構える所が映し出されている。
「ってぇ!」
 芯に響くかのようなミサトの号令を合図に、パレットから大轟音が鳴り響いた。



 まるで地鳴りのような爆音を響かせながら、パレットから何十何百という銃弾が、使徒に吸い込まれていった。
 その黒い身体を彩るかのように、使徒の周りに爆煙の花が咲く。
(やっぱり効いて無いわね。)
 あれ程大量の爆煙が立ち昇るのは、弾が貫通することなく表皮で爆散してしまった証拠だ。もはやMAGIの試算結果を待つまでも無い。誰の目にも明らかだ。
 リツコは悔しさ半分、達観半分な表情でサブモニターに映るシンジを見つめる。
 彼は使徒への効果が見られないにも関わらず、馬鹿正直に弾を出し続けていた。
 最も本人も利いていないのは分かっているのだろう。
『いつまでこんな阿呆な消耗戦を続けるつもりだ?』
 横目でカメラを睨むその目が、彼の心情を如実に物語っていた。
 その視線の意味を正確に汲み取った職員たちは、揃って気まずい表情を浮かべる。
 だが、残念な事に最も気付かなければいけない約一名が、その事に全く気付いていなかった。否、シンジの視線には気付いたのだが、その意図するものを汲み取れなかったのだ。
「馬鹿! 爆煙で敵が見えない! だいたい戦いの最中に余所見なんかしてんじゃないわよ!」
 冷静さの欠片も無いミサトの苛立たしい喚き声が、発令所中に響く。
 その声に反応した作戦部員の面々が、不思議そうな顔で一斉にミサトに注目した。
 さもありなん。今回使用している弾は劣化ウラン弾だ。高い貫通性と自発火性を持つ、破壊力の高い弾丸ではあるが、反面、貫通できなければ砕け散って辺りに微量な放射性物質を撒き散らすとういう、あんまりな欠点も併せ持っている。
 一応、前回の使徒の硬度を基準に、貫通性が証明されたのと、価格が圧倒的に安いので、正式採用に至ったが、爆煙共々大気を汚染する問題点も無視できるものではなく、最後の最後まで物議を醸し出していたシロモノだ。
 にもかかわらず、ミサトは弾の特性を無視した発言をし、更に命令に忠実な行動を取った結果にもかかわらず、まるでパイロットの失態のように攻め立てる。挙句に分かり易いほどのシンジの視線の意図に全く気付いていない。
 周りが呆れるのも無理なかった。
 だが当のシンジは、そんな罵声にも我関せずとばかり一斉射をしつつ、大きくバックステップを取る。
 その一瞬後、エヴァが元居た位置を何か湾曲した光が交差した。
――何、今の?――
 そうリツコが口に出す間も無く――
――ドグワァァァァァン――
 まるでキュウリや大根の如く、ビル郡の輪切りという、特撮でもお目にかかれないような非常識な破壊シーンが、リツコ達の疑問に答えた。
 晴れた煙からゆっくりと姿を現す使徒。その手(?)には鞭とも触手ともとれそうな、紐状のものがウネウネと光っている。
 どうやら、あれが今回の使徒の攻撃手段(その1以下不明)らしい。
 使徒は左右の鞭を生き物のようにうねらせながら、悠々と初号機に近付いていく。
 それを見た初号機は更にバックステップで距離を取った。
 さすがにあの攻撃力を目の前にして、突っ込む自信は無いらしい。地上に緊迫した空気が張り詰める。
「何してんの! 攻撃しなさい!」
 地上の状況が分かってないのか、理解するつもりもないのか、一人ミサトは声を張り上げる。
 思うように行かない戦いぶりにキレかかっているのか、声のトーンが命令口調から恫喝口調に変わっていた。
「弾切れです。」
 そういって、シンジは使徒に向かってノーモーションでライフルを投げつけた。

――ゴインッ!――

 なかなか軽快な音を響かせながら、使徒の体躯が後ろへ仰け反る。今までの砲撃よりよっぽど痛そうだ。
 一方ミサトはそんなシンジの言葉と態度に「チッ」と軽く舌打ちし――
「予備のライフルを出すわ。受け取って!」
「また煙が出ますよ?」
「だったら煙が出ないような撃ち方をしなさい! それくらいの事、臨機応変に出来なくてどうするのっ!」
 今度こそ完全にぶち切れた怒号で応えた。『私の指示に従え』とか言ってたくせに、とんでもない言い草だ。
「僕は煙で見えなくても問題無いんですけどね。気配で辿れますから……まあ良いです。で、その後は如何します? 格闘戦に切り替えてよろしいですか?」
「は? 何わけのわからないこと言って――」
 ミサトは本当に訳が分からないと言った表情をする。
「ミサト、貴方本当に分からないの?」
 会話に割り込む隙を見つけたリツコが、これ幸いと割って入る。
「何がよ!」
「あれ程爆煙が上がるってことは、弾が使徒の身体を貫通できていないと言う事、全くダメージを与えていないってことでしょう? これ以上撃っても意味が無いわ。こっちの状況が悪くなるだけよ。」
「利いていないって、どういうことよ! あの弾なら使徒を倒せる! これはあんたが言った事でしょうがっ!」
「前回の使徒ならば効果有りって言ったのよ! 当然今後の使徒が同じ強度だとは限らない。その辺を踏まえて随時作戦の切り替えを――って、今初めて聞いたような顔してんじゃないわよっ!」
 リツコもついに切れた。
 会話が進むにつれて、徐々に険悪顔から困惑顔に移行するミサトの表情から、彼女も何と無く全てを悟ってしまったのだ。
 怒鳴られたミサトは一瞬怯んだ。数秒固まった後、リツコの説明というより、リツコに怒鳴られたという事実に頭に血を昇らせたミサトは、見る見るうちに顔を真っ赤に豹変させ猛然とリツコに詰め寄った。
 正に一触即発。地上よりも先に地下に被害が出るのか? そう思われた矢先――
「そんなことはどうでもよろしい。」
 冷水を浴びせかけられたような声色に、一瞬発令所の動きが止まる。
 リツコ、そして彼女の胸倉を掴んだミサトも、そのままのポーズで固まった。
 ふと横を見れば、モニター越しのシンジが、極寒の視線を放射している。発令所の様子にどうやら本気でキレたらしい。
 その視線を目の当たりにしたリツコは、心臓そのものに氷を当てられたかのような錯覚を覚えた。
 もっともそれはリツコだけの話ではない。ここ発令所内に居る全ての人員が、リツコと同じく震え上がるような冷気を感じていた。
「理論上の話など意味無いです。現に結果は出たんですから……射撃攻撃の有効性は認められず。ならば次策を立ち上げるのが、あなた方の仕事でしょう? で、どうするのですか? 僕に任せて格闘戦に移行しますか? それとも尻尾巻いて逃げますか? 迷ってる余裕はありませんよ?」
 矢継ぎ早に結論を求められ、口をパクパクさせるミサト。シンジの殺気に当てられたか、少し正気を取り戻したようだ。先程まで両眼に浮かんでいた狂気の色は、すっかり也を潜めている。
 シンジは、そんなミサトを数秒眺めていたが、回答を待つだけ無駄と判断したらしい――やにわ冬月へと視線を移す。
「副指令、格闘戦へ移行します……ご許可を。」
「あ……うむ、そうだな――」
「ちょっ、待ってシンジ君! 貴方あの鞭を避けられるの?」
「無理です。」
「で、では近接戦闘は危険ではないかね?」
「近接戦闘ではなく格闘戦です……副指令、確かにあの使徒に近付くのは自殺行為です。が、お忘れですか? 僕は前回の使徒を近付かずに倒しているんですよ?」
「「……あっ!」」
 冬月・リツコ共々、シンジの言葉の意味に気付いた。
 そう、あまりに非常識な技なので完全に理解の外へと追いやってしまっていたが、彼にはあの技があるのだ。
 『遠当て』
 格闘漫画や小説で、遠くの物に直接手を触れず破壊する技の総称……シンジが前回の使徒を仕留めた技だ。
 まあ、正確にはあの技は『遠当て』とは全くの別物なのだが、特にこれと言った名称が無いので、暫定的にそう呼んでいる。
「ただし、あの技の射程距離もそれほど長くありません。恐らく、この使徒の鞭とほぼ同じ……間合いを詰めて、使徒よりも先に打ち込む。これしかないでしょうね。」
 なるほど、接近させるかするかの違いだけで、前回の使徒と同様の戦法を使うと言うわけだ。
 この使徒、鞭の動きは速いなんてものではないが、本体のスピードはさして速くない。
 ならば、入念に気を練りつつ間合いのギリギリまで近づければ……
――いける!――
 冬月・リツコ両名が今まさにシンジの案を快諾しようとしたその矢先――
「――っと! 待ちなさい!」
 何時の間にか気力回復したミサトが、リツコ達の思考を遮った。
「なんでしょう? 葛城一尉。今はもうこれ以上論議する余裕は無いのですが?」
 言葉だけは丁寧に、シンジはミサトに声をかけた。無論絶対零度の視線を浴びせかける事も忘れない。
 正直、本当に余裕が無いのだ。戦闘に集中すればまだ気も紛れるが、動きを止めると、どうしても中で蠢くユイの存在を意識してしまう。
 だが、ミサトはシンジの視線にも怯まない。先程までとは随分と態度が違う自信ありげな表情でシンジを睨みつける。
「あの使徒が光線撃ってきたらどうするのよ? 前はそれで危なかったでしょうが!」
 そのセリフにリツコも冬月もハッとし表情になる。
 確かにその通りだ。あの時は老師の助力のおかげで事無きを得たが、ともすればあれで全てが終わっていた可能性は高かったのだ。
 ミサトにしては、かなりマシな忠言だ。例えそれがシンジの単独殲滅を無意識に嫌った故の妨害だとしてもだ。リツコは多大な驚きを持ってミサトを見た。
「ええ、そうですね。その可能性は僕も考えました。ただ――おっと!」
 痺れを切らしたのか、ジリジリとにじり寄っていた使徒の気配を敏感に察知したシンジは、エヴァを操り近場の丘の中腹まで登り、使徒との距離を再度開ける。
 一方使徒といえば、相変わらず緩慢な動作でエヴァの移動した丘の方へ向き直り、再度歩みを進める。
「ご覧の通り、目標は距離を取った場合飛び道具を出さず執拗にコチラを追い続けてきます。無論切り札を隠している可能性は否めませんが、その時は――」

――ビーッ、ビーッ、ビーッ――

 シンジの講釈に割ってはいるかのように耳障りな警告音が鳴り響いた。
「しょ、初号機足元にて生体反応感知!」
 オペレーターの報告と同時に、モニターにエヴァの足元がクローズアップされる。
「何であんなところに!?」
 リツコも思わず絶叫した。
 そこには、シンジと同じぐらいの年かさをした少年が2名、お互い抱き合って座り込んでいた。イキナリな事に腰でも抜けたのか、逃げるそぶりも見せない。最悪とは言わないまでもかなり悪い展開であった。
 追って、少年たちのデータも表示される。
『鈴原トウジ』
『相田ケンスケ』
「レイのクラスメイトね……馬鹿な真似してくれるわ。」
 そうモニターを見ながら呟くリツコの声は、この上なく低かった。
「そんな事より攻撃の許可を。」
 シンジは淡々と許可を求めた。足元の少年たちの事など気にも留めていない。
「ちょ、待ちなさいシンジ君。今動いたら足元の二人の命が無いわ!」
「それが何か?」
「なっ! あんた、民間人を見捨てると言うの?」
「ノコノコと戦場に顔出した馬鹿の面倒なんて見きれませんよ。自業自得です。これで2人を庇って負けでもしたら人類滅亡なんでしょう? ならばこの程度の事天秤にかけるまでもありません。」
 体裁など何処吹く風、人情もへったくれも躊躇いも無くシンジは言ってのけた。
 これはシンジの偽らざる感想であった。無論、使徒を倒すためなら何をしても良い等と思っているわけではない。
 敵地で暴れまわるならともかく、自陣での守備戦の場合、戦力保持は鉄則だ。悪戯に被害を増やすような戦いがあってはならない。
 そもそも、シンジが丘へ移動したのも、人的被害を抑えようとした行動だったのだ。
 まあ、馬鹿二人と、大馬鹿一人の所為で、全て台無しとなったが……
 ミサトはシンジの言葉を受け拳をわなわなと震わせながら、モニターを睨みつける。
(このガキ……人の命をなんだと思ってんのよ……所詮は人殺しね。)
 彼女は元々シンジに良い印象は持っていなかった。それはネルフに招いてからの三週間でより悪くなったと言っても良い。そこへきて民間人の命を物ともしないシンジの発言に、ミサトのシンジに対する評価はドン底まで下がっていた。
 この時の彼女の気持ちは、心情的にはまあ同意出来なくもない。
 だが、現状はそんな呑気なこと言っていられるような場面ではない。
 彼女が戦術指揮官であることを踏まえると、大局も己の立場も完全に見失った発言をしているのだ。
 本末転倒も甚だしかった。シンジはこのミサトの発言に、評価を更に下降させることになる。
 指示を出す者と受ける者がお互いに見下し合う……人類の運命を担う組織とは思えぬお粗末さであった。
 ミサトは考えた。あの二人を助ける方法。己の良心の為、あのクソ生意気なガキに何でも大義名分で片付けられない事(これはシンジの方こそミサトに言ってやりたいことだろうが)を教える為、そして何より、このままシンジに勝手に使徒を殲滅されるのを阻止する為に、頭脳をフル回転させた。
 そして、一筋の天啓、もしくは悪魔の囁きが彼女の元に舞い降りる。
 思いついたら即実行、ミサトは己のポリシーに忠実に従い、殆ど吟味することなく命令を下した。
「……! エヴァは現行命令でホールド。その間にエントリープラグ排出。急いで!」
 ギョッとするシンジ、そしてリツコが止める間も有らばこそ、即座に対応するオペレーターの素晴らしい働きぶりによって、彼らの意見は黙殺された。
(なんて事を!)
 そうリツコは憤慨するが、これは致し方の無い事である。
 何せ、使徒はまだ全然片付いていない。それどころか、ミサトとシンジが口論している間にもユックリと迫ってきていたのだ。
 オペレーターにしてみれば、『何でもいいから指示を出せ!』と、心の中で焦りまくっていた事だろう。
 そこへやっとミサトからの指示が出た。
 いい加減焦りもピークに達していた彼らが、深く考察する間も無く、目の前の指示に飛びついたのは無理の無い事だった。

『そこの二人、早く乗って!』
 イキナリ巨大ロボット(少年達主観)の背中が開くと同時に、緊迫した女性の声が木霊する。
 その唐突な展開に一瞬顔を見合わせる二人であったが、再度浴びせかけられた女性の怒鳴り声に慌ててエヴァの身体をよじ登る……足場も手がかりも無い拘束具でツルツルの身体を。
 多分、もう一度登れと言われても絶対に出来ないだろう。かく火事場のクソ力というものは凄まじい。
「な、なんや? 水? 水やないか!」
「カ、カメラカメラ!」
 嫌でも後ろから聞こえてくる場違いな声に、シンジは額に手を押さえながら盛大に溜息をつく。
 よりにもよってあの女は一番やってはいけない事をやってしまった。
 あの女の短慮さは、3週間の付き合いでそれなりに把握していたつもりだったが、よもやこういう実力行使で来るとは思いもよらなかった。
 後部ハッチが閉まったらしく、プラグ内は元の暗がりを取り戻したが、シンジは顔を上げない。この後、どういう展開になるかなど分かりきっているので、上げる気力も湧かないのだ。
(コイツラと入れ違いに脱出した方が良かったかなぁ?)
 唐突な展開に機を逸したとはいえ、千歳一遇の脱出チャンスをミスミス逃した事を、今になって後悔するシンジであった。

「シンジ君、一時退却よ。出直すわ。」
 ミサトが何か机上の空論を言っているのが聞こえたが、もはや反論する気力も湧かないので、丁重に無視させてもらった。
 黙っててもどうせ、リツコ辺りがキチンと説明してくれるだろう。
 後ろの馬鹿二人が震える声で何か訴えているが、そちらには軽く睨みを利かせて黙らせた。あの女の所業も許せないが、こんな場所にのこのこ出てきた、この二人も同様に許せたものではない。これ以上話しかけられたら、問答無用で殺してしまいそうだ。
 試しに緊急脱出用のレバーを引いてみるが、何の反応も無い。
 今のシンジの立場からして、おいそれと逃げられるようにしてあるとは思っていなかったが、それでも現実を目の当たりにすると、どうにもやるせない気分になる。
 とりあえず、シンジは現状把握とこの苦難を乗り切る活路を見出すため、発令所の様子に耳を傾けた。

「シンジ君! シンジ君何やってるの! 後退よ。早くしなさいっ!」
「無駄よ、ミサト。初号機のシンクロ率が2%をも切ってる。動かすどころか起動も出来ないわ。」
「何ですってぇ! この非常時に動かなかったじゃすまないのよ! 現状分かってるの、リツコ!」
「分かってないのは貴方でしょ! シンジ君のシンクロ率は、起動指数限界ギリギリ。そこへ異物を二つも入れればこうなるのは目に見えているわよ!」
「――っ!」
 正論で反論を封じられたミサトは、音にならない唸り声を上げてリツコを、そして初号機を睨みつける。まるで、この状況が彼らの怠慢だとでも言うように。
 それが今の彼女に出来る精一杯の反抗だ。無論、当然、思いっきり筋違いだが。
 だが、そんなやり取りをしている間も、使徒は待ってくれない。
 緩慢だが確実に初号機との距離は詰まってきている。
 正に絶体絶命。ネルフスタッフ、避難した少年達、シンジですら身じろぎ一つせず息を潜める。
 もはや打つ手は無かった。

 使徒はジリジリと近付きつつ時折触手を伸ばし初号機を牽制する動きを見せている。
(魚に手を出す野良猫みたいな動きね……)
 ちと場違いな感想を抱いたのは、リツコだ。
 言われてみれば、今の使徒の動きは何処と無くおっかなびっくりといった感じだ。
 しばらく様子を見ていた使徒だったが、どうやらエヴァは動かないと判断したらしい。
 無造作に触手をエヴァの足に巻きつけると気合一閃、一本釣りよろしくエヴァの身体は宙高く舞い、都市郊外へ軟着陸を果たした。
 視界一面、黄土色に包まれるほどの土煙がエヴァの姿を隠す。
 呆然とする職員一同。急ぎ状況確認を示唆する技術部長。そして、とにかく喚き散らす作戦部長。
 てんやわんやの発令所内だったが、状況をつぶさに観測していたオペレーターの青葉が、現状況を報告した。
「ア、アンビリカルケーブル切断、非常電源に切り替わります。あ、生命維持モードに切り替わりました。」
 どうやらシンジは無事らしい。オペレーターの声にも少し安堵の情が篭る。
 だがそれも束の間のことだ。依然彼らが窮地に立たされている現実に変わりは無い。
「どうするの? ミサト! このままじゃ戦いにもならないわよ。」
「……エントリープラグ排出。再起動後、接近戦にて使徒の殲滅を敢行するわ。」
「駄目です! エヴァが仰向けに倒れているため、プラグの射出が出来ません!」
「なんですって!」
 確かに、モニターには背を地に付けた初号機の姿が映し出されいてる。
「万事休す……ね。これで終わりかしら……?」
 この期に及んでも冷静な声でリツコは静かに呟いた。

「し、使徒が射出口に接近中!」
 オペレーターの素っ頓狂な声に、皆の目がモニターに集まる。
 そこには、先程と同じく、兵装ビルを輪切りにする使徒の姿。
「しゃ、射出口が……」
「初号機が出撃した位置をチャンと覚えていたのかしらね……」
 こんな状況でも分析は忘れないリツコ。その心意気は見事だ。
 使徒は目の前の穴をソロソロと観察している。随分と用心深いようだが、此処まで来たら侵入されるのは時間の問題だろう。
 しばらく様子を伺っていた使徒だが、ようやく決心したのか穴へ突入する動きを見せた。
 誰かは分からないが、発令所に悲痛な声が漏れる。
(これまでか?)
 誰もがそう思わったその瞬間――
――ドグヮッ!――
 使徒の身体が横殴りに仰け反った!
「な! 何が起こったの?」
 ミサトが素っ頓狂な声を上げる。
 事態についていけずザワザワと困惑の声を上げる職員達を他所に、リツコはホッと息を吐いて呟く。
「やっぱり来たわね。」
 リツコはマギの監視システムを総動員させて、使徒に一撃を食らわせたと思われる方向をサーチし続けた。
(多分もう姿を隠してはいない筈……いたっ!)
 リツコの操作によってモニターに地表に残ったままのビルの一角が映し出される。
 その屋上に一つの人影。
「……南方勝石。」
 呟くリツコのその声には、少量の忌々しさと多量の安堵が入り混じっていた。

「なっ! リツコ、あれってこの間の侵入者でしょ?」
 そう言って、モニターを指差す。さすがにこれほどの大事件くらいは彼女も覚えていたらしい。
「そうよ、そしてシンジ君の師匠でもあるわ。」
「なんですってっ!」
 こっちの情報は知らなかったらしい。驚愕の声を上げて、再度モニターを睨みつける。
 恐らく彼女の頭の中では、「あの爺がシンジ君をあんな可愛くない子供に仕立て上げたのねっ」等と言いがかり的な文句をぶちまけているのだろう。
 そんなヒートアップするミサトを他所に、戦場は急展開を見せていた。



 不可視の一撃を喰らった使徒は、勝石を敵と認めたらしい。
 ゆらりと方向転換すると、身体を横たわらせ一直線に勝石の元まで飛んできた!
 それを厳しい表情で睨み付けながら、勝石は右拳を固める。
「せっ!」
 気合と共に突き出す正拳、僅かに使徒の体躯が揺らぐ……が、それだけだ。先ほどの不意打ちに比べると、あまりダメージを受けたように見えない。
 どうやら、身体を横たわらせたことで、前面からの衝撃を拡散しているらしい。新幹線の前頭部が流線型なのと同じ理屈だ。
 みるみるうちに使徒と肉薄する勝石。
「ちぃっ!」
 さすがにこんな巨体と張り合うつもりは無いらしい。勝石は寸でのところで飛び退ると、まるで伝説上の妖怪天狗のように、ビルからビルへと渡り走る。
 そこへ使徒は更に光の鞭で追い討ちをかける。縦横無尽に鞭を伸ばし、勝石の姿が射程から遠ざかれば、手近のビルの残骸を持ち上げて、勝石に向かって投げつけるほどの徹底ぶりだ。
 みるみるうちに勝石の姿は小さくなっていく。もうモニターでも捉えられない。
 同じく当面の邪魔者が去ったのを見届けた使徒は、意気揚々と踵を返す。
 向かう先は当然、射出口だ。
 それを観届けたリツコは、深く溜息をつく。
(駄目だったか……)
 最後の望みであった南方勝石を以ってしても、使徒の進行を食い止めることが出来なかった。
 無論、リツコとて生身の人間が使徒を倒せるとは思っていない。
 リツコが望んでいたのは時間稼ぎだ。
 あの状況なら勝石がちょっかい出す可能性は高いとリツコは考えていた。そして、使徒が勝石を敵と認めれば……
 あの老人と戦っている間にコチラで再起を図る事も出来る。
 リツコはそう目論んでいた。そして恐らくは勝石もそのつもりだったはずだ。
 実際勝石が攻撃したときは、使徒も向きを変えたので、「うまくいった」とリツコもほくそえんでいたのだが……
「戦うのでは無く、追い払うとはね……」
 思った以上に、目的に一途な使徒に苛立ちを隠せない。
 モニターには、今まさに射出口へと飛び込む使徒の姿が映し出されていた。
「使徒侵入!」
 ロンゲのオペレーターが、律儀に報告する。
 言われるまでも無い。モニターには写っていないが、使徒は間違い無くここネルフ本部を、しいては最奥のヘブンズドアを目指しまっしぐらな筈だ。
 徐々に近付いてくる使徒。こちらの対抗戦力は皆無。サードインパクト? いや、その前に……死ぬ?
 それは、ネルフ職員全員、使徒戦において初めて己の命の危機を理解した瞬間だった。
「うわああああああああっ!」
「ど、どどどどどどうすんだよっ!」
「に、にげっ逃げっ!」
 狂乱に包まれる発令所。既に半数の人員が出口に殺到していたりする。
 人類滅亡を回避するために集まった者たちとは思えぬ醜態。
 だが、真の目的を知るものにとっては当たり前すぎる粗相。確実すぎる避難行動だった。
 そのことを良く知る冬月は、一段高い位置からそんな職員たちを苦々しく睨みつける他無かった。
 そして、同じく苦々しく睨み付ける者が居た。対象は職員ではなくモニターだが……その人物は無論ミサトだ。
「で、どうするの? 作戦部長さん。」
「使徒が最深部に到達するのを待ってから、ここを自爆させるわ……」
 死なば諸共……覚悟を決めた為か、彼女の声色は憤怒の形相とは裏腹に機械のように平坦になっている。
「そんなこと! あなたの一存で決めて良い事じゃないわよ!」
「じゃあ、どうしろって言うのよ! このままじゃあ、サードインパクトが起こっちゃうでしょ! もう使徒もろとも埋めてしまう他、手は無いわ!」
 一転して逆切れ気味に声を張り上げるミサトに、リツコは一瞬声を詰まらせる。
 実際問題、ここの地下に在るのはアダムではなくリリスだ。接触してもサードインパクトは起こらない。だが、この事実はネルフでは指令・副指令・自分と3人でしか知りえない秘中の秘だ。
 一瞬、ミサトにもその事を教えてしまおうかとも考えたが、すぐにその考えを取り止めた。そんなことで当面を凌いでも、後々になってこの事が大きなシコリとなって現れるのは目に見えている。
 それに、サードインパクトは起こらなくても使徒の脅威が去るわけではないのだ。
 今進入してきている使徒が、この後どういう行動に出るのか、リツコにも予測がつかない。
 どうするべきか……考え喘ぐリツコ。
 だがそこに、横から割って入ってくる声があった。
「もしもし? こちら初号機。状況はどうなってるんです?」
 
「うっさいわねっ! エヴァを動かせないあんたなんかに用は無いわよ!」
「貴女が動かせなくしたんでしょうに……よく言う。」
「このガキ……」
 そこにリツコが割って入る。今は下らない罵りあいをしている暇など無い。それに、彼なら何か技の一つも隠し持っているかもしれない。
「……射出口を辿って使徒が侵入したわ。シンジ君の師匠が少し手助けもしてくれたんだけど、体よく追い払われちゃってね……」
「全く、弟子に似て使えない師匠だったわ。」
 言わなくても良いことをわざわざ口にする。隣でリツコが、『余計なことを言うな』と言わんばかりの視線を飛ばすが、そんなものは無視だ。
「はっはっはっ、師匠を使おうとは身の程知らずですね葛城さん。で、どうするんです?」
 身勝手なミサトの皮肉を皮肉で被せたシンジは、リツコに先を促した。もうシンジはミサトに微塵の期待も抱いていない。
「正直打つ手無しよ。こう言っちゃなんだけど、貴方の師匠の働きに期待してたのよ。うまく使徒が彼の陽動に引っかかってくれれば、その間に初号機をサルベージ出来るしね。」
「結局初号機で殺るしかないと?」
「ええ、今作戦部長から自律自爆案まで出てるけど、正直それでも使徒を倒せるかどうかは怪しい。やっぱり初号機を動かすのが一番手っ取り早いんだけど……やっぱり動かないかしら?」
 駄目元で聞いてみる。
「まあ、方法は無くも無いんです。」
「そう、やっぱ……えっ?」
 予想外の答えに少しどもるリツコ。
「シ、シンジく「じゃあ、早くシンクロしなさい! グズグズしてる時間なんか無いのよ!」」
 問うリツコに身も声も覆いかぶさるように割って入るミサト。
 そんな作戦部長を微塵も存在しないかのように完璧な無視を決め込んだシンジは、更に言葉を続けた。
「ただ問題があります。」
「何? そのも「いいからシンクロしなさいって言ってんでしょ! ガキは素直に大人の言うこと聞いてりゃいいのよ!」」
 またもリツコの問いを打ち消すような大声でわめき散らすミサト。その姿はおもちゃ売り場で駄々をこねるガキの姿に等しい。
 そんなミサトの姿を一瞬呆れた顔で眺めたシンジ、我関せずとリツコに目を向けた。
「このシンクロほうほ――「シンクロしろっつってんのよ! 状況分かってんの? 時間無いんだからさっさとしなさい! 作戦部長命令よ!」」
 怒鳴るだけ怒鳴って――
 ――パチン――
 一方的にパイロットとの音声を遮断した。
 驚愕の表情で固まるリツコ+周りのオペレーター。
「全く、何も分かって無いくせに。」
 苛ただしげに呟くミサトの声がまるで雑音のように聞こえた。
(今この女何をした? 何を言った? 分かってない? 何を? シンクロの問題点……)
「ちょっ! ミサト!」
「こうすればあのガキも素直にシンクロするでしょ。この非常時に子供の都合なんか聞いてられないのよ。」
「取り返しのつかない問題だったらどうするつもり?! この状況でシンクロするなんて本来有り得ないのよ? 一体どんな――」
「この作戦の責任者はあたしよ! どんな問題があろうと使徒を倒す為にはシンクロしなければいけないの。いいから黙ってて!」
 鬼のような形相でリツコのクレームをシャットアウトする。
 そのまま二人睨み合いが続いた。
 その二人の様子をマヤが心配げに伺っている。見れば、他のオペレーターも同様だ。皆、上からの指示も無いまま使徒だけが迫ってきていて、もはや気が気でないのだ。
 時間にすればほんの数秒のはずだが、発令所内に非常に重く長い時間が流れる。
 そんな中、使徒の進行状況を確認しようとした青葉がふと気づいた。
「え? あ、初号機シンクロスタート!」
 その声に、オペレーターも睨み合っていたリツコとミサトも慌てて初号機のデータを確認する。
 どうやら、内輪もめをしている間にシンジの方でシンクロを開始していたらしい。
 あたふたとしながらも職務に戻るオペレーター達。これが最後の望みなだけに、皆いっそうの気合がこもる。
 幸いというか何故かというか、シンクロは順調に進んでいる。
 その状況をミサトは満足げに眺める。
「全く、問題とか何とか言ってたけど、何も起こらないじゃない。」
「……そうでもないわよ?」
 何よ? と振り向いたミサトの視線をリツコはモニターへと促す。
 それは先程ミサトが音声を切った、プラグ内のモニターだ。目を閉じ精神集中しているのか苦しみに耐えているのか分からないような厳しい表情のシンジが映っている。そしてその後ろには、先程ミサトが避難させた中学生が二人……
「寝てる?」
 確かに、だらしなく弛緩した身体をプカプカ浮かせているその姿は寝ているようにしか見えない。
「いえ、違うわね……死んでる、わ、ね。多分……」
 歯切れ悪く答えながらも内心「そういうことか……」と納得するリツコ。
「しっ!? な、なんでっ?」
 片やミサトは先程のしたり顔も何処へやら、驚愕の表情を浮かべ素っ頓狂な声を飛ばしまくる。
 そんなミサトの様子にリツコは「イチイチ驚くんじゃないわよ……」と思わなくも無かったが、どうせココから先はシンジに任せる他無いし、またほっとくと、この女は何をしでかすか分からないので、渋々ながら説明してやることにした。
 説明するのが面倒臭い……彼女がこの時生まれて初めてそう思ったのは全くの予断である。
「……ミサト、シンクロの妨害、低迷させてしまう条件って知ってる?」
「そんなもの知るわけ無いじゃない。」
 ちゃんと記憶を探ったのか? と問いたくなるほどの即答。
 当然と言わんばかりのミサトの態度に、リツコは軽く溜息をつく。無論、本来なら作戦部長たるもの理解していてしかるべきなのだが……
「まあ、知ってればこんな状況に陥ってはいなかったわね。いい? ミサト、エヴァは乗り手と神経をシンクロ……正確にはパイロットの脳内シナプスによる微弱な電流をエヴァの脳幹と連動させることで起動することが出来る。でも、高シンクロを得るには、エヴァとの精神波長が一致する人物であることが絶対条件。ラジオの周波数と同じ事で、エヴァとチャンネルが合わないと指一本動かすことは出来ないわ。」
 ここで区切って少しミサトの表情を確認する。
 難しい表情でリツコを睨み付けるミサト。
 本当に分かってるかしら? と思いながらもリツコは説明を続けた。
「でも起動しない事とシンクロしない事は別問題。詳しい説明は省くけど低数値でなら誰でもシンクロはするの。それこそ思考能力さえ持っていればどんな生き物でもシンクロはするわ。極論を言えば犬や猫でもね。ただこういったモノは電波と同じでお互い相容れることは無いわ。どうやっても主線となるパイロットのシンクロを著しく低下させる結果にしかならない。よく違法無線でラジオにノイズが入るなんて話聞いたことあるでしょ? あれと同じことよ。」
「だから殺したって言うの?」
「そうね。」
「そんなっ! 他に方法はあったんじゃないの?」
「……シンクロの起源は脳内シナプスって言ったでしょう。これは生物が思考し続ける限り活動し続ける。なら考えないようにすれば良いなんて思うかもしれないけど、無我の窮地って言葉もあるように、人はとかく思考し続ける生き物だから……」
「眠らせれば良いでしょうに!」
「人間寝てても思考は止まらないわ。」
「でも!」
「止めなさい、葛城一尉。今更文句を言ってもあの二人は生き返らない。それに、シンジ君の進言を無視した時点でもう貴方には何も言う資格は無いのよ。」
 ミサトの反論をピシャリと押さえつける。
 あの時シンジの言おうとした問題点とはまさしくこのことだろう。それをあの様に遮っておいて今更文句を言うのは筋違いと言うものだ。
「初号機、射出口に帰還! 使徒を追跡中!」
 呆然とするミサトを尻目にリツコはモニターに目をやる。
「追いつけそう?」
「かなり厳しいですね……あそこまで奥になると隔壁も有りませんから時間稼ぎも出来ませんし……」
「シンジ君に任せるしかないわね。」
 リツコはそう結論付けた。
 このままでは恐らくシンジが追いつく前に使徒はリリスの下まで辿り着くだろうが、前述したようにそれでサードインパクトが起こるわけでもない。
 それにあそこは袋小路だ。どんなに遅くても何れは初号機と鉢合わせになる。後はシンジの力量次第。
(それより、シンジ君にあれを見られてしまうことの方が問題ね……)
 映像の方はコチラで処理してしまえば、職員に見られることは無いが、シンジ本人が目視したことまでは誤魔化しきれない。
(機密を理由に口外しないように頼むしかないわね……)
 リツコは今後のことに頭を痛めながら、目の前の女性を睨み付ける。
 だが当の本人は何時の間に復活したのか、何も写らなくなったモニターに対しあーだこーだイチャモンを付けながら喚き散らしているだけだ。オペレーター達はさぞいい迷惑だろう。
(諸悪の根源である自覚が無いのね……)
 友人としても職場仲間としても今後関係を改めなければならない。その事をリツコはこの時かたく心に誓った。
「初号機、使徒と接触した模様!」
 オペレーターの声に、発令所は俄かに緊迫した。

「大分先に行かれたな……」
 シンジは破壊された壁を潜りながら全速力(と言っても早歩き程度だが)で使徒を追い続けた。
 使徒は目的地をハッキリ認識できているからだろうか、壁も天井も関係無しに一直線に突き進んでいる。本部内は侵入者を惑わせるために迷路のようになっているのだが、使徒には何の意味も成さなかったようだ。
「まあ、追う方向は丸分かりだからコッチも楽と言えば楽だけど……おっと。」
 シンジは慌てて初号機の足を引っ込めた。壁を潜った先が縦穴になっていた為だ。向こう壁を見やればそこにも大穴が……どうやらこの縦穴を渡って向こうの壁を突破したらしい。
「全く、向こうは空飛べるからなぁ……」
 苦い口調で呟きながら縦穴を見下ろす。
 シンジの視力を以ってしても見通せないほどの深遠。
「さすがに落ちたら只じゃ済まないな……」
 そう呟きつつシンジは初号機を数歩後退させる。この縦穴、深さだけで無く直径も大きいのだ。恐らく野球場の2つ3つはスッポリ入ってしまうだろう。仮にエヴァの身長を成人男性平均としても、穴の直径はゆうに12m以上はある計算だ。本来なら助走つけようがジャンピングシューズを履こうがとても届く距離ではないのだが……
 そして思い切り助走をつけて、頭からダイブ!
「しょっ!」
 向こう壁の穴に上手く飛び込んだシンジは、そのまま前回り受身を綺麗に決めてスックと立ち上がる。
「老師なら空も飛べるかもしれないけど……僕にはコレが精一杯だな。」
 まだまだ修行が足らない。
 一流スタントマンが見れば真っ青になるような離れ業を成したくせにシンジはそんな事を考えていた。

「いた!」
 何枚潜ったか分からない幾数枚目の壁を抜けたシンジの目の前に、例の使徒は居た。というか突っ込んできた!
「待ち伏せ?!」
 少々意外ではあったが、これはシンジにとっても望むところだ。
 すぐに呼吸を整え使徒を迎え撃つべく気を練り始める。
 使徒は体当たりするつもりなのかムチは出さない。身体を横たえたまま滑るように初号機に突進してくる使徒に対し、シンジは左手を振るった。
――ゴゥッ!――
 尋常ではない音と共に通路内に爆風が吹き荒れる。とても手で仰いだとは思えぬほどの風量、しかも風は上昇気流の様に下から上へと昇っていく。
「さすがに真正面からじゃ弾かれるかもしれないしね。」
 その言葉を具現するかのように、使徒はその体躯を徐々に仰け反らせていく。正にウイリー状態だ。そしてシンジの狙うべきところもその姿を現す。
「見えたっ!」
 その視線の先には、使徒の胸部に輝く赤い玉。
 シンジは渾身の力を込め、引き絞った右拳を打ち放つ。
――キィィン――
 まるでガラスの様な高く軽い音を響かせながら、呆気無く、実に呆気無く使徒のコア、そう呼ばれる部分は砕け散った。
――ズゥゥゥン……
 そして、先程まで重力など無いかのように地から離れていたその体躯を地面に横たえらせる。
 その姿はまるで浜に打ち上げられたクジラのように重々しかった。
 しばらく残心を決めていたシンジだったが、その巨体から急激に威圧感が薄れていくのを見て取り、ようやく息をついた。
「老師の戦いを前もって見れたのは幸いだったな……」
 そう、あの老師の戦いぶりで、使徒に攻撃を弾かれていたのを観れたのは実にラッキーだった。
 あれが無ければ、シンジもここで同様の失敗を繰り広げていたかもしれない。
 無論、初号機で繰り出す攻撃は、破壊力だけなら老師の数段上だ。もしかしたらそのまま撃っても有効だったかもしれないが、わざわざそれを試す気にもなれない。
「それよりも……だ。」
 呟いて、真正面を見据える。
 シンジはこの通路の先が非常に気にかかっていた。
 この先に何があるのか? 使徒は何を目指していたのか? そして……
 何故使徒は戻ってきたのか?
 使徒がサードンインパクトを起こす為にここへ攻めてくると言うのなら、わざわざ初号機を待ち伏せする必要など無い。さっさとインパクトを起こしてしまえばいいのだ。
 無論それを起こすのに時間がかかるため、邪魔者を先に排除したかったという可能性も有るには有るのだが……
「それだったら老師も僕も追い払ったりせずに最後まで止めを刺しに来るモンだよな……」
 そう、あの時の使徒の動きは些細な時間さえ稼げればそれで良しというようなニュアンスを受けた。
 多分使徒はここへ来ればインパクトを起こせる。そう思っていたのだろう。
 無論これはネルフの言うとおり、使徒がインパクトを起こす為に此処へ攻めて来ていると言う口上を信じればの話である。
 実際はただここまで着てみたかっただけと言う可能性だって有るのだ。そんなものは使徒に聞いてみないと分からないことだが……
「でも、何にしても、使徒は何かを目指していた。それは間違いない。」
 そしてその目指す物は、この通路(更に何枚か壁が破られている)の先にあるはずなのだ。
 シンジはプラグを射出させエヴァから降りると、迷わずに奥へと向った。

「何だ? これは……」
 広い、野球場が5,6個は入りそうな程だだっ広い空間にシンジの声が響く。どうやらここが終着地点らしい。シンジはその広大な空間の一点に目が釘付けになっていた。
 シンジが最奥で見たもの。それは十字架に貼り付けにされた白い巨体だった。その異様さにさしものシンジも上擦った声を上げる。
 見た目は人型。だが下半身は無い。千切れたのか生来のモノなのかは最初シンジにも判別できなかったが、その事で欠損しているというイメージはシンジに湧かなかった。
「生きている……のか?」
 口に出して己自信に問いかける。傍から見ると少し間抜けっぽいが、口答は心を落ち着けて冷静に思考するには意外に有効だ。無意識に声に出すとは、どうやら本人が思っている以上に混乱しているらしい。
 仮に五体満足であればエヴァと同じ程度の大きさを有しているだろうソレは、ざっと見たところ呼吸も心臓の鼓動も見受けられない。まあ、人型だからといって生の定義が人間と同じなわけではないが……
 しばらくその得体の知れない物体をつぶさに観察していたシンジだったが、一つ溜息をつくとクルリと踵を返した。
 これ以上見ていても進展しそうには無い。外観だけなら脳裏にしっかりと焼き付けておいたし後は地上に上がってから落ち着いてゆっくり検分すれば良いのだ。
「それにあんまり長居すると上が騒ぎそうだしね……」
 呟きつつシンジはプラグに潜り込み通信スイッチを入れた。

「初号機との通信回線開きました。」
「こちら初号機。使徒のコアを破壊しました。パターン青の有無の確認をお願いします。」
「大丈夫、パターン青は消えているわ。ご苦労様シンジ君。バッテリーは……残ってなさそうね。」
「ええ、とりあえず徒歩で帰還しま――」
「駄目よ! そこは最高機密エリアなの。私が迎えに行くからそこ動かないで。」
「了解です……ところで一つお聞きしたいのですが。」
「奥で白い巨人が磔に「シンジ君! それは機密事項よ!」……分かりました。赤木博士が知っていると言うことは、使徒が仕掛けたものでは無いと言うことですね?」
「ええ、だからそのことは口外しないように。良いわね。」
 してやられた……リツコは心の奥底で憤りを抑えながら、穏便に事を収めた。
 使徒の仕掛けなどと白々しい事甚だしいが、その事にシンジを責めるわけにもいかない。真意がどうであれシンジはただ心配で指示を仰いだだけなのだ。
「分かりました。ではお迎えお待ちしております。」
 通信を切ったリツコは発令所内を見渡し、彼女にしては珍しく大声で宣言した。
「今から過去5分間の会話は厳秘にあたります。無闇に口外した場合厳重な処罰を課せられるのでそのつもりで。」
「ちょっと待ちなさい! リツコ!」
 真っ先に異論の声を上げたのはミサトだ。リツコに釘を刺されていたのでシンジとの会話には割り込んでこなかったが、さすがにその会話内容は見過ごせなかったらしい。
 ツカツカとリツコに詰め寄り襟元を掴む。
「白い巨人って何なのかしら?」
「厳秘にあたる……そう言った筈だけど?」
「ざけんじゃないわよっ!」
 つっけんどんなリツコの物言いに、更にヒートアップするミサト。正に一触即発だ。
「やめたまえ! 葛城一尉。」
 そこへ割って入ったのは、誰であろう冬月だ。
 戦場のことは素人なので口を出せなかったが、さすがにこの件に関しては傍観するわけにいかない。
「君にはこのことに関して知る権限が無い。これは他の者に対しても同様だ。これ以上この件に固執することは許されん。」
「しかしっ!」
「葛城君、これ以上話を続けるようなら君の解雇も考えねばならんが?」
 最終通告そのものの冬月の言葉にミサトも押し黙る。ミサトにはココを辞めると言う選択肢は無いのだ。無論冬月もそれを知った上で言っているのだが……
「では赤木博士、サードチルドレンの件は任せる。」
「了解しました……マヤ、事後処理お願い。」
「あ、はい。分かりました。」
 マヤの返事を後頭部で受け止めながらリツコは出て行った。
 上を見れば冬月の姿は既に無い。
 釈然としないながらも一先ず使徒の脅威が去ったことに安堵する職員達の中、只一人ミサトは憤然とした表情で俯いていた。



「巨人ですか? ネルフの地下に?」
 珍しく動揺を含む裕也の問いかけに、勝石は「うむ」と神妙に頷く。
 此処はいつもの第三新東京近隣の森の中、最近はここの獣道を歩きがてら情報交換し合うのが二人の習慣となっていた。
 ヒタリ、ヒタリと歩みを進めながら言葉を交わす。
「下半身が無かったが、それでもかなりの大きさじゃったよ。気配も使徒のそれに酷似しとる。」
「なるほど……となれば使徒が目指すものと考えればそれが一番怪しいですね。でも、何故使徒は引き返したのか……?」
「さてなぁ……まだ時期相応じゃったのか使徒違いか……サードインパクト自体が机上の空論、という可能性もあるにはあるがの?」
「最後の可能性は老師自身信じて無いでしょう?」
 そういって裕也は苦笑い。勝石も「まあな」と返す。
 地守が消える前に最後に残した言葉。それを思い返せば、決して楽観的な予想など出来ない。
 裕也は口元を引き締め話を戻した。
「その地下の巨人……生きてるんですか? 磔にされてるんでしょう?」
「生きとるかどうかは分からん。じゃが、圧倒的な存在感はそこに在った。」
「下半身は別の場所にあるんですかねぇ?」
「さて……あそこ以外に大きな気配は感じなんだが……あれはどちらかと言えば、元々上半身だけで成り立っておるのか、もしくは……」
 勝石は思わせぶりに裕也の方に顔を向け――
「これから成長して下半身が生えてくる。そう考えた方がシックリ来よるよ。」
 裕也はやにわ表情を険しくさせる。
「……ネルフが地下で使徒を育てていると?」
「可能性としてはな。まだ目的も知れんしの……まあ、良い具合に穴も開いとるし、もう少し探れるとは思うがな。」
「お願いします。」
 これで打ち合わせは終わりだ。裕也は職務に戻り、勝石はこの森を拠点にネルフ潜入の算段をする……はずなのだが、今夜の裕也は一向に帰る気配が無い。少し思いつめた表情で勝石と並んだまま歩みを共にする。
 最初いぶかしんだ勝石だったが、少し思い当たる節があったらしく、静かに問いかけた。
「……シンジのことかの?」
「……ええ。」
 勝石は「やはりか」と思いつつ、そっと溜息を付く。
「あれは状況的に如何しようも無かろう。例えワシでも、ああなっとるよ。裕也、シンジはまだまだヒヨッコじゃが、もう力に溺れる事も無い。杞憂じゃよ。」
「そうなんですが……ただ、ここへきて精神的にもかなり追い詰められた感がありますし……」
「他者への暴力で鬱憤を晴らす……かの? あの2人を殺めたのはその兆しじゃと?」
「心配しすぎ……だとは俺も思ってるんですがね。」
 そう言ってポリポリと頬をかく裕也を、勝石は横目で伺う。
(そうやってシンジにのめり込んどる御主の方がワシとしては心配じゃがな……)
 そう思わなくも無い勝石だったが、口には出さない。裕也は一人前の闘士であり、れっきとした大人なのだ。
「で、心配じゃからといって、主はどうするつもりじゃ? 何か案でも有るのかの?」
「その事なんですがね……」
 「無い」という返事が来るものとばかり思っていた勝石は、裕也の言に少々驚いた顔を見せる。
「彼女を呼べないかと……」
「彼女? ……まさかっ、紺碧の嬢ちゃんか?」
 今度は本当に驚いた顔を見せた。
「ええ、彼女ならシンジのメンタル面も任せられますし……」
「うむ……じゃが、来れるかの? 国連が渋るじゃろう? 上層の方では嬢ちゃんを外に出すのをかなり警戒しとるとも聞いとるが?」
「まあ、そうなんですがね……一応、秘密裏に接触はしておこうかと思います。いつ何時チャンスがあるか分かりませんしね。」
「そうか……まあ反対はせんよ。主に任せる。じゃがな、裕也……本分を忘れてはならんぞ。我らが目的はサードインパクトの阻止じゃ。」
「……はい。」
 勝石の言葉にしっかりと頷いた裕也。
 今度こそ二人は左右別の方向へと歩みを進めた。



To be continued...


(あとがき)

 前回から約5ヶ月ぶりの投稿と相成りました。待っていてくれた最低限一人の読者の方お待たせしました。(11月に出すと前回書いておいてこの体たらくですよ……orz)
 さて、今回はアンチ物では毎度お馴染み、使徒がネルフ内へ進入するお話でした。
 で、これまたお馴染みのメガネ&ジャージ登場……そして死(笑)
 セリフも無く、かろうじて名前だけ出して死にました。勿論二度と出ません。
 さようなら変態メガネとバカジャージ。
 そんなわけで次回のお話は、まあ飛行石出てくるまでの繋ぎのお話ですかね……これから書くので、どうなるか分かりませんが(をぃ)
 それでは次回にまたお会いしましょう。

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