新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

第四話

presented by 地球中心!様


 この日、緊急会議と言う名の碇ゲンドウへの糾弾は、これまでに無くヒートアップしていた。
「碇よ……此度の件、如何にして責任を取るつもりだ?」
「さよう、これは金銭のみの問題ではない。使徒がドグマまで侵入するなど、あまりにも早すぎる!」
「ともすれば、全ての計画が頓挫するところだったのだぞ。最奥まで到達する前に使徒は殲滅したと言うことだが、この報告、虚偽は無いだろうな?」
 口早に捲くし立てる委員会の面々。何時もは悠然と相手を見下すような態度を崩さないのだが、今日はそんな余裕も何処吹く風。薄暗い明かりの元でも判別できるほど、高潮した顔色は怒りの赤で埋め尽くされている。
 そんな老人達に問い詰められているゲンドウなわけだが、やはりというか、この後に及んでというか、その振る舞いは何時もと全く変わらず、お得意のファイティングポーズで淡々と答えを返していた。
「はい、間違いありません。使徒はドグマ侵入途中に、初号機によって殲滅されております。よしんば、最奥まで到達されたとしてもサードインパクトは起こらない事はここに居る皆様方はご承知のはず……何も問題ありません。」
 事も無げに言ってのける。毎度のこととはいえ、今回もゲンドウの表情には翳りも焦りも見受けられない。
 その態度自体は何時ものことと言えばそうなのだが、さすがに今回は彼らも腹に据えかねたようだ。
 大きく机を叩く音と共に、爆発音のような怒声が返ってきた。
「問題はあるだろうがっ! セントラルドグマまで開けられた穴。これを塞ぐのにどれ程の費用がかかるか貴様には分からんのか?!」
「そうだ! 仮に資金を調達できたとしてもそれで直ぐに穴を塞げるわけではない。工事着工の間、セキュリティは確実に粗雑となろう。その間、敵対組織からの潜入を完全に阻止できると言うのかね? あれが表沙汰になれば、幾ら我らが抑えたとて抑えきれるものではないよ。」
 厳しい設問が矢継ぎ早に繰り出される。予め打ち合わせしていたわけでもないはずなのに、何故か各々の質問は全く被らない……無駄に見事だ。
 だが、彼らの懸念は実にもっともでもある。
 元々守秘義務を盾に好き勝手やりまくっているネルフには敵が多い。しかも最近は有り得ないと思われていた使徒の侵攻が現実のものとなってしまったため、ネルフを無駄呼ばわりしていた組織・政府・軍隊などが慌ててネルフの内情を探ろうとしている。
 そんな連中にしてみれば、この混乱は絶好の機会と言えるだろう。まず間違いなく、各組織ごとにスパイが送り込まれてくるはずだ。
 そして、もし仮にその内の一人でもあの部屋にたどり着けば、ネルフに待ち受けるは良くて一組織からの脅迫、悪ければ敵対組織が手を組んでの大バッシングも有り得る。つまりどう転んでも問題ありまくりなのだ。
 そうなってしまうと、例え委員会の後ろ盾があってもどうしようもない。数という、ある意味最も単純かつ確実な暴力に飲まれてしまうことだろう。
 結果、今まで委員会によって止められていたネルフの内定調査が正式に行われ……計画は破綻する。
 それはレール上を走る列車と同じ程に確実な未来だ。分岐点は無し、査察がドグマにまで及べば間違いなくこの運命線を辿る。
 これを回避するには今しかない。これは老人達の一致した見解だ。
 故にゲンドウの傲慢とも言うべき(実際に傲慢だが)態度は感情を抜きにしても見過ごせない。それなりの納得のいく答えを出さぬことには、事態の収拾はまず無理だろう。
(くだらねえ事言いやがったら、即刻処刑してやるっ!)
 彼らはホログラフ映像ながら、リアルな死の予感を目に込め、目前の髭眼鏡を睨みつける。
 そんな彼らの心の底を知ってか知らずか、ゲンドウは自信満々に見解を示す。
「その点は問題ありません。本来最奥に行くには、エレベーターやモノレール等の交通手段を使わねば行き来できません。ですが、現在その手の手段は物理的にケーブルが寸断されており、使うことが出来ません。また、徒歩で最奥に到達する可能性ですが、これもまず有り得ません。元より最奥へ行くには直径100mを超える縦穴が幾つも点在しております。しかも空調により絶えず秒速20m以上の暴風が常に吹き上げている状態、これは人間には超えられません。可能だとすれば、それはエヴァを使う他有り得ないでしょう。既に計画が実行に移された今、約束の日までドグマに用は有りません。道が閉ざされたのは寧ろ好都合です。」
 臆面も無く言い切った。
 実際はシンジを除いて2人超えているモノがいるのだが、そんな事は夢にも思わないし、知っていたとしても、ここで言うわけにはいかない。
「それよりも今後のシナリオの為に、早急に手を打っておかねばならないことが……」
 ゲンドウは半分以上意図的に深刻な表情で、議長を見詰める。他のメンバーも釣られて議長を見やった。
「テキストデータは届いておるよ……葛城ミサトの即刻排除、もしくは降格を提案しておるようだが、本気かね?」
 疑心有り有りな様子でゲンドウを見詰め返した。同席者達は、まるでバネ仕掛けの如く一斉に振り返る。
 そして、再度響く怒号。 
「なっ、馬鹿な! あの女は計画には決して欠かすことの出来んパーツだ。あれを外すことなど有りえん!」
「碇君、君は何を言っているのか理解しているのかね? 計画上、葛城ミサトの代えは存在せんのだ……君と違ってね。」
 実体ならば唾が飛んできそうな勢いで、老人達はゲンドウを罵る。「気でも違えたか」「君は我々の言うままに動けばそれで良いのだ」等、言いたい放題だ。
 だが、これはゲンドウからしてみても予想通りの反応。正にシナリオ通り。
 落ち着き払った装いを見せつつ、口答を返した。
「計画において彼女が重要なのは重々承知しています。ですが、それとて使徒を倒してこその計画でしょう。皆様もご周知の通り、今使徒戦において、彼女の愚行ぶりは目に余るものがあります。正直利敵行為と言っても過言ではありません。このままでは遠からず、シナリオは瓦解します。他ならぬ葛城ミサトの暴走によってです。」
「それをコントロールするのも貴様の役目だろうが!」
「それは、ごもっとも。もし、その時その場に私が居れば、あるいはストップをかけることも可能かもしれません。ですが、私も役割上常にネルフに居座るわけには行きません。長期出張の一度や二度は必ず有ります。その間、彼女は野放しです……議長、あの女は権限を背負い込んでいる限り、けして暴走は止まりません。此度の使徒戦では、その片鱗を十分垣間見ることが出来ました。これ以上、彼女を置いておくわけにはいきません。私はあの女をこのままの状態で、シナリオを推し進めるのは不可能と判断します。」
 ゲンドウの言に老人達がざわつく。
 この自信満々が服着ているような碇ゲンドウが、この会議の最中で「出来ない」と口走ったのだ。能力重視、使えぬものは躊躇無く切り捨てる委員会面々の目前にしてだ。
 これには委員会の面々をかなり驚かせた。
 今までにも数々の失態を見せた部下を散々罵り、そして処罰を下してきた老人達は、久しく「出来ない」というセリフを聞いたことが無かったからだ。
 さも有りなん。彼らは支配者なのだ。「出来ない=用済み」の方程式が暗黙のうちに成り立っているこの組織において、「出来ません」という部下など居るはずが無い。
 そういう意味で、今回のゲンドウのセリフは、ある意味自殺行為である。
 もし、老人達が「ならば彼女を抑制できるものを司令に据えよう。君はもう用済みだ。」と言ってしまえば、ゲンドウは人事上も身体上も文字通り首が飛ぶことになる。
 それが分からぬ男では無いはずなのだが……
 委員会の面々は怒りと当惑が絡み合ったかのような表情でゲンドウを注視する。
「いや、やはり排除は駄目だ。それでは逆に使徒を倒せたとしても、その後のシナリオが続かん。」
 案の定、委員会の一人がミサトの排除を否定する。
「排除できなければ、降格でも構いません。とにかく彼女に実権を持たせなければ宜しい。それだけで今後予想されうる被害の大半を封じることが出来ます。それならばシナリオの方も必要最低限は遵守出来るでしょう? それに、ネルフ内において彼女の評価は目に見えて沈んでおります。ここで罰則無しでは他の職員の反感をも招きかねません。」
 ゲンドウの妥協案に、しばし考え込む委員会の面々。少なからず迷いが見える。
 だが、うち一人が思い出したように異を唱えた。
「駄目だ。そんなことは出来ん。あの女には使徒への恨みを晴らす事に執着させてある。今更権限を剥奪させれば、彼女自身にどんな影響が出るか分からん。望みを断たれた人間が生きる意欲も無くして行く様を私は幾人となく見て来ている。」
 尤もらしいことを言う。どうやらこの男、人が望みを失うプロセスについては随分と造詣が深いようだ。
 ……まあ、ここに居るメンバーは皆似たような者だが……
「なるほど……権限を剥奪してしまえば、彼女自身がネルフから遠ざかる可能性も出てくる……と?」
「その通りだ。」
「しかし……権限を持たせれば使徒への復讐に目が眩み、権限を剥奪すれば、強すぎる復讐心が彼女の希望をも失わさせる……厄介ですな。少し、使徒への敵対心を刷り込み過ぎたのではありませんか?」
 ゲンドウは少し皮肉げに、そう言いやった。
「貴様っ! 我らに責任を擦り付けようと言うのか?!」
 少なからずそういった懸念があったのか、過剰反応した一人がいきり立つ。
「ちょっと待ちたまえ。彼女のマインドコントロールは独仏英の三支部で独占的に行われたものだ。我々まで巻き込んで貰っては困るよ。」
 その対面の男が、ニヤニヤ笑いながら茶々を入れた。アメリカ代表の男だ。
 その後、暫らくの間ゲンドウそっちのけで委員会メンバー同士の大論争大会が開かれる。
 議題も何も関係無し、ネルフ間のナワバリ争いや各国の愚行な歴史、風習、はては各個人の人間性に至るまで、罵りあう内容は様々だ。
 傍から見てると、いい歳こいた老人が唾を吐きつけんばかりに悪口を言い合うその姿は、教育番組ドラマで見る小学生と同じくらいみっともないのだが、実は、およそ一枚岩とは言えない委員会では良く見られる光景だったりする。
「なんだとっ! き「やめたまえ。」……はっ。」
 キール議長の一声に不承不承ながら男達は席に座る。険悪さは些かも薄れていないが……
「話は分かった。確かに葛城ミサトをこのままにしておくのは得策とは言えん。」
 キール議長は厳かに語る。
「が、シナリオ遂行のためには、やはり彼女には今の地位に留まって貰う方が得策……」
 そこで言葉を切り、しばし黙する。
 皆の目が議長に集まるのを見計らったかのように、結論を下した。
「次の使徒の襲来まで、まだ幾分かの猶予が有る。碇よ、葛城ミサトをドイツへと引き渡せ。名目は指揮官の再研修とでもしておけば良かろう。そこで、彼女へのマインドコントロールを今一度調整する。これは貴様の現状を考慮しての最大限の譲歩だ。今回の貴様の処遇については不問としよう……碇、次は無いぞ。」
「承知しております。」

 こうして会議は終わった。
 一人、また一人と映像が消え、辺りを宙に囲まれたかのような静寂が支配する。
「……ほぅ」
 光明の見えぬ暗闇の中、ゲンドウのついた溜息が、大きく響いた。



「葛城君をドイツへ出向か……良くそれで話が済んだものだ。俺は首の挿げ替えもあり得ると思ってたぞ。」
「ああ……」
 ある意味賞賛とも取れる冬月の言葉にゲンドウは椅子にもたれ掛かりながら生返事を返す。
 さすがに今回の会議は肝を冷やした。この男も少なからず疲れ果てたようだ。
 が、成果はあった。己の地位の存続と葛城ミサトのテコ入れ。
 主だった2条件がほぼ希望通りに進んだのは正に僥倖といえよう。
(ハイリスクハイリターンか……避けられぬと分かってはいても、賭けとは嫌なものだ……)
 ゲンドウは心の中で一人ごちた。
 何とか上手くいった今回の会議だが、そこには大きな賭けの要素が二つあった。
 一つはあの「限界宣言」だ。
 委員会を目の前に、「出来ない」と言ってのけること。
 結果的には、これによって、ミサトが如何に最悪な人物であるかをアピールすると共に、議題の中心人物をゲンドウからミサトへ入れ代えることに成功した。
 だが前述したように、委員会を相手に「できない」と口走ることは大変危険な行為だ。冗談抜きで命が危険に晒される。
 故にここが賭けの第一ステージだった。

 ゲンドウ程の人物がここまで言うのはただ事ではない。と評されるか。
 ゲンドウ程度の人物ではここ止まりと評されるか。

 能力的には自信有りなゲンドウだったが、感情面では良く思われてないのも自覚していた。
 委員会の間では、所詮劣等民族と公然と蔑まれていたこともあり、少なからず不安はあった。
 そういう意味では、非常に大胆な賭けであるが、此度の叱責、そして今後の使徒戦を乗り切るためには、このリスクは避け様が無いと判断したのだ。
 というより、黙っていたら冗談抜きで全ての責任をゲンドウが負うことになるのだから、リスク云々言ってはいられなかった。
 そう、ゲンドウにとって、向こうから責任追及をされるのは拙かったのだ。ミサトの処分が論外な委員会からすれば、まず間違いなく、ゲンドウの処分をどうするか? という話に持っていかれるからだ。
 だが、この窮地を脱するにはミサトを槍玉に挙げるしかない。これもまた事実であった。
 とは言え、どうすれば良いものか? 前述したように元々ミサトの責任追及など頭の片隅にも置いていない連中だ。
 ゲンドウの口から「全てはミサトの責任」等とほざいた所で、ただの言い訳と取られ、無下に扱われる可能性のほうが圧倒的に高い。
 ここでゲンドウは悩んだ。苦悩に苦悩を重ねた末、彼は一つの案に思い当たる。
 そう、自分が駄目なら他の強い人に言って貰えば良いのである。
 その人物、そんな人は一人しかいなかった。すなわち、キール議長だ。
 この男、議長とは言え、特に強い発言権を持っているわけでは無いのだが、その高いカリスマ性によって、委員会の中でも一目おかれる存在となっている。
 そういう意味で、彼こそが適任だった。ミサト排除の発案がゲンドウでも、議長からの設問となれば他のメンバーも無視することは出来ない。それだけの発言力がこの男には確かにある。また、その強烈過ぎる内容は、彼らの動揺を誘う一端にもなりえる。
 そこに付け込めれば……ゲンドウはそう目論んだ。
 無論、委員会がこの案に賛同しないのは分かっていた。だがそれはさして大きい問題ではないのだ。まずは皆の目を解任案に集めることこそ肝要。ゲンドウへの責任追及から目を逸らさせることが切実であった。
 取っ掛かりさえ掴めれば良い。後は口八丁手八丁でどうにでも出来る。
 そこまで考えたゲンドウは、急ぎ書類を作成すると、2度3度誤字脱字が無いか徹底的にチェックした後、わざわざ会議の始まる5分前に、キールの元へとデータ配信した。
 あまりに早く配信すると、会議の前にキールから直で質疑が飛んでくる可能性が有ったからだ。
 後は、会議の最中に頃合を見計らって、キールに話を振るだけである。
 だが、ここで一つ大きな山場を迎えることにもなる。
 つまり、2つ目の賭けだ。

 すなわち、議長がゲンドウの案を議題として挙げてくれるかどうか?

 と言う点。
 何せ、キールがこちらの思惑に乗ってくれれば良いが、全くの無視をされることとて十二分に有り得た。
 ゲンドウから話をふったは良いが、キールがゲンドウの思惑に乗ってくれるかは彼の気分次第。
 ゲンドウをまだ使えると判断するかどうか?
 結果成功したわけだが、他人に運命を託すことを極度に嫌うこの男には、さぞかし肝の冷える時間であっただろう。

 無論、勝算が無いわけではなかった。
 使徒戦に入ってからイレギュラーが格段に増えているため精彩を欠く結果に甘んじているが、元々ゲンドウの手腕は『極東の魔人』と称されるほど高みにある。
 彼ら老人達は、「ゲンドウの代わりなど幾らでもいる。」と嘯いているが、実際そうそう代えがいるわけが無いのだ。
 そんな温い仕事はしていない。そう言いきれるだけの自負がゲンドウにはあった。
 無論、能力と言う点だけならゲンドウに匹敵するものはいるだろう。
 この波乱に満ちた情勢下に置いては、己の力のみでのし上がってくる者はけして珍しくない。
 実際、ゲンドウにも計画の運営をこなせそうな人材の一人や二人、心当たりは有った。
 だが、彼らがゲンドウに取って代わることはまず無い。
 そう、人類保管計画の存在だ。
 人類を一つに纏め更なる進化へと誘う計画。
 言葉で聞くと一見まともそうな計画に聞こえるが、それは人としての個を無視した酷く傲慢なものだ。
 老い先短い老人達ならともかく、普通の感性を持つ者なら、まず賛同したりはしないだろう。
 委員会の老人達もそのことは重々承知しているはずだ。だからこそ、秘密裏に計画を行っているのだから……
 そういう意味で、ゲンドウの代えに成りえる者は、まず居ない。
 強いて挙げれば冬月なのだが、先の使徒戦でも、何も出来ずに傍観していただけの彼では、如何せん力不足が否めない。
 後、可能性上の話としては、委員会の面子が出張るというのもあるが、使徒戦もまだ序盤のこの段階で表舞台に顔を見せるのは時期早々だ。
 なにより、そんな面倒臭い役など誰もやりたがらない。

 結果、キールは、ゲンドウの思惑に乗った。それが一番損失が少ないという、議長に就く者としての判断だったのだろう。
 もっとも、キールとてただゲンドウの思惑に乗ったわけではない。今回の一件は明らかにゲンドウへの助け舟。
 まず間違いなくキールはゲンドウに貸しを一つ作ったと思っているはずだ。
 当然ゲンドウも、その事は重々承知していた。
 なるべく近い内にこの借りは返さねばならない……義理でも何でも無く、ただ打算勘定のみで、ゲンドウはそう決心していた。

 と、ゲンドウの胸の内を聞いていたわけでは無いだろうが、ゲンドウの考えが纏まったのを見計らったかのように冬月が呟く。
「後はドグマの修繕か……これも頭が痛いな。資金調達までは出来なかったのだろう? どうする?」
「別にどうと言うことは無い。放って置くさ。あそこまで破壊されていれば賊も委員会も進入できん。かえって好都合だ。」
「下に行けないのは我々もだろう? あそこへはまだ用が有るはずだ。今のままでは不都合すぎるのではないか?」
 そう、委員会は兎も角、ゲンドウにはまだ地下のリリスに用が有った。
「まあな……だが別に今すぐ用があるわけではない。まだ時間はある。当てもな。」
 秘密めいた口調で呟く。やっと何時もの調子を取り戻してきたようだ。もたれ掛かっていた椅子から起き上がり、お決まりのファイティングポーズを取る。
「赤木博士は?」
 思い出したかのように、今ここに居ない女史の所在を尋ねた。
「葛城君のところだよ。様子見がてら出向の件を伝えてくるそうだ。」
「そうか……」
 気の無い返事を最後に、2人は申し合わせたかのように職務に戻った。



「しゅっこーーーーーぉ? わざわざドイツまで?!」
「そうよ。ていうか少しは喜びなさい。せっかくクビを免れたって言うのに……」
 喜ばそうと思って訪ねてきたのに、ゲンナリとしたリアクションを返され、リツコは少し目眩を覚えた。
(自分の立場分かってないのかしら?)
 これでは、仕事を急ぎ片付け、そのままミサトの部屋まで直行してきた自分馬鹿みたいではないか。
「や、勿論分かってるわよ。ただ、出向ってチョッチ意外だなぁ……って思っただけで。そ、それにほら、私が居ない間に使徒が来たらマズ……そ、そうよ! ドイツで暢気に研修やってる間に使徒が攻めて来たらどうするのよ! やっぱりドイツへなんて行ってられないわよ! 研修ならココでも受けられるわ。今の内に司令に掛け合って……」
「や・め・な・さい!」
 言い訳が変な方向へヒートアップして行ったミサトに、少しドスの効いた声をかけた。
 同時に右手を白衣のポケットに突っ込む。
 中に常備された自作の薬(効力不明)が注射器ごとセットされていることを確認し、少しニヤリと笑う。
 その笑みの意味するところを知るミサトは、多少口元を引きつらせながら、リツコの言うとおり押し黙った。
「まず、この件は司令と国連のお偉方の会議での決定事項、変更は有り得ない。嫌だなんて言ったら、貴方今度こそ間違いなくクビよ。それと使徒の件だけど、一応使徒確認と同時にドイツからジェット機で飛ぶことになってるから……どうせ、こっちに指揮権下りるまで数時間かかるんだし、十分間に合うでしょ。」
 そこまで聞いて、ようやく納得したのか、ミサトは肩の力を抜いた。
「そっかぁ……じゃあ問題ないか。」
 そう言って安堵の息を漏らす。
 実際、それ以外の面でネルフは問題ありまくりな状況なのだが、彼女にとってはさして気に留めるような事では無いらしい。
 リツコにはその気楽さが少し羨ましく感じた。

「で、彼は?」
「彼? ああ、シンジ君? 何時もどおり独房ライフ満喫中よ……」
「……そう。」
 一言だけ呟き、ミサトはそのまま押し黙った。
 彼に罰則が下りてない事に苛立ちを覚えているのか、ああも簡単に人を殺して何も変化がないことに怒りを覚えているのか……
 リツコには何とも判断し難かったが、ミサトのシンジに対する心情は更に悪くなっていることだけは、何となく理解できた。
(困ったものね……この辺の折り合いもドイツで決着つけて来てくれると有り難いんだけど……)
 あまりにシンジと向かい合わないミサトに、リツコがそう思うのも、無理無いことかもしれなかった。



 それから2週間後

 ミサトの居ない間もネルフは変わらずに多忙の最中にあった。
 前回の使徒戦の後片付けもまだ終わっていないのに、上層部がエヴァ零号機の起動実験スケジュールを前倒しにしてきたからだ。
 おかげで、職員は皆殆ど泊まりこみで作業に没頭していた。かなりこき使われている感があるが、不思議と文句を言う者は少なかった。
 なにしろ、皆、前回の使徒戦で使徒がドグマ内に進入してきた恐怖が、未だ脳裏にこびり付いているのだ。死の予感は全ての不満すら吹き飛ばすものなのか。
 己の恐怖感を和らげる為、エヴァ零号機の実験準備は、かなりの急ピッチで進められていた。
「明日の実験、どうやら間に合いそうね。」
「はい、なにしろ待ちに待った零号機の起動実験ですからね。使徒への戦力が単純計算で2倍になるんですから、皆も真剣ですよ……何時までも彼に任せるのもなんですからね。」
 リツコの呟きに相槌を打ったのは、直属オペレーターの伊吹マヤだ。
 清潔感のあるショートカットに見合う非常に幼い顔立ちは、その元気な返事とあいまって、女子高生を名乗ってもばれないであろう若さがある。
「……あの2人を殺してしまったこと、まだ納得できてない?」
 マヤの言葉の端に現れた不信を何となく感じ取ったリツコは、そう尋ねた。
「え? それは……はい、そうですね。他に方法が無かったのは理解できるんですが……あんな簡単に殺せるなんて……」
 マヤはポツリと本音を漏らす。もっともこれは彼女だけに限らず、同意見の職員はけして少なくない。
 ちなみにこの事に対するネルフの処置は皆無だ。シンジが嫌われようが不審がられようが、別にどうでも良いのだろう……あの男は。
「別に納得しなくても良いけどね。でも私達は彼に世界の命運を託す他に無いの。例えレイが復帰してもね。その事だけは覚えておいて。」
「はい、すいません。大丈夫、仕事はしっかりしますから。」
 その言葉にリツコは小さく頷く。
 彼女とて、別にシンジの肩を持つつもりは無いが、あまりに大きな不信感は実務に支障をきたす。
 上が対処しないなら、その少し下の自分がやるほか無かった。
「じゃ、私はシンジ君に会ってくるから。後お願いね。」
 正直、今この場を離れたくは無いが、直接伝えなければならない連絡事項もあるため、少し席を外すことにした。
「はい、分かりました。」
 マヤの返事を背に受け、リツコはシンジの独房へと向った。



 何時もながら殺風景な独房の中、少年は一人黙々と腕立て伏せをしている真っ最中だった。

「久しぶりねシンジ君。」
「にせんろっぴゃ……ああ、どうもリツコさん。今日は生憎の雨模様のようで。」
 会って早々の軽口。こんな穴倉の中で、雨も何も無いだろうに……
「生憎冗談を聞いてあげられるほど暇じゃ無いのよ?」
「あれ? イヤだなあ……この空気の感じからすると、絶対地上は土砂降りだと思ってたのに……」
 意外そうな声で首をかしげる。どうやらマジだったらしい。
「そう……最近外に出てないから、天気なんて気にもしていなかったわ。」
「随分とお忙しいようで。」
「前の使徒戦の片付けと次の使徒戦の対策を同時進行してるから、まあ忙しくもなるわね。と言うわけだから、例の実験、明日行いますので、体の調子を出来るだけ整えておいて頂戴。」
「!……分かりました。しかし赤木さん、随分早かったですね。確かこの間聞いた感じだと、準備が整うまでもう1週間は掛かるような口ぶりでしたが?」
 そう、前回のインダクションモードとか言う実験の時には、確かにそんなことを言っていた。
「その1週間の間に次の使徒が来たら最悪でしょ? ドグマの防壁は地上の穴を塞ぐだけで手一杯。なら、新たなエヴァを実戦段階へ持っていって、少しでも戦いに備えないとね。」
「なるほど、ネルフの方々も、ちょっと危機感出てきましたか? 結構なことです。で、僕の実験はそのついでに行う……と?」
「別に問題は無いでしょ。」
「素っ気無いですね……まあ別に無いですけど。」
「仕事がまだ残ってるのよ。早く戻らないと……じゃあ、また明日。迎えを寄越すから。」
 それだけ伝えてリツコは、その場を去った。まだ明日の実験に向けてやらなければならないことは山ほど有るのだ。



 予断だが、この後リツコは残りの仕事そっちのけで地上へ上がり……
 土砂降りの雨に、滲み出るような苦笑いを見せるのだった。



To be continued...


(あとがき)

 何とか間に合いました。
 「なにが?」って、規定の半年以内の更新ですよ、奥さん。ヘタレなりの意地で御座います。
 てなわけで、第4話です。
 本編ですと、シンジが逃げ出すわけですが、このSSではそんな人いないので、順当に各要キャラの第四使徒戦その後の話と相成りました。
 正直、第4話は盛り上がりに欠けるので、第5話と併せて更新したかったのですが、どうにも間に合わないので断念しました。今年中には何とか……(予定は未定)
 今回、会議でゲンドウがどう切り抜けるかは、私も悩みました。
 いや、大まかなプランは有ったのですが、それを文章にしようとすると、これが難しいこと難しいこと……皆さんに上手く伝わるか、いや、それ以前に文章として成り立っているのか? 成り立っていれば幸い(をぃ)

 さて、次回第5話はついに来ます。あのラミエルが。日本かドイツのDOTCHに来るかはまだ内緒♪
 まあ、ドイツですけど(笑)
 そんなわけで、ストーリが本編からかなりズレまくるターニングポイントの第5話!
 期待せずにお待ちください……ああ、レイちゃんが出ますよ( ´∀`)

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