因果応報、その果てには

第三話

presented by えっくん様


 第二東京:北欧連合大使館

 北欧連合の大使館の前に、ネルフの旗を付けた四台の車が停車した。

 前後の車は護衛が乗っており、中の二台にネルフの首脳部である四人が分乗して乗っていた。

 ヘリでの訪問を大使館に拒絶されたが、謝罪は委員会からの命令の為に行かない訳にはいかない。

 急遽、車を手配して第三新東京から来ていた。


 前から三台目の車には、ゲンドウと冬月が乗っていた。

 一番前の車から護衛が降りて守衛所に向うのを、冬月は車の中から見ていた。

 普通であれば護衛は車に戻って、車を運転して大使館の中に入るのであろう。

 だが予想に反し、護衛と守衛が言い争いを始めた。何事かと見ていると、守衛と交渉していた護衛が冬月の方に向かってきた。

 冬月は窓を開け、護衛と話し始めた。


「どうしたのかね?」

「ここの守衛に、車で敷地内に入るのは認められないと断られました。

 こちらはネルフだと名乗ったのですが、だからこそ認められないと断られました。

 敷地内に入るなら司令以下の四人のみで、身体検査を受けて徒歩で入るようにと言われました」


 護衛が困惑した表情で、冬月に伝えた。彼としても、ネルフの名前を出して、こんな事を言われるのは初めてだ。


「何だと!?」


 冬月は絶句した。ネルフは国連の特務機関として、様々な特権を有している。冬月はそこの副司令だ。

 今までどんな施設に行っても、身体検査を受けろだとか、徒歩で入れなどと言われた事は無かった。

 いくら委員会からの命令で謝罪の為に来たとはいえ、ここまでネルフを蔑ろにされる理由は無い。

 抗議しようと、車から出そうになった冬月をゲンドウが抑えた。


「冬月。抗議しても無駄だ。行くぞ」


 ゲンドウは素直に車を降りた。この程度の嫌味はゲンドウは歯牙にも掛けない。冬月は溜息をついたが、ゲンドウに続いた。

 そして前の車に行き、リツコとミサトに事情を説明した。

 ミサトを説得するには骨が折れたが何とか納得させ、守衛所にある二つの部屋に男女別に入った。


 身体検査は徹底していた。

 ゲンドウと冬月は下着だけになってX線検査を受けさせられ、浴衣に似た服に着替えさせられた。

 二人は厳しい身体検査に抗議をしたが、嫌なら帰ってもらうと言われては渋々指示に従うしかなかった。

(委員会からの命令を無視する訳にはいかない)

 ミサトとリツコは別の部屋で女性の守衛が対応した。

 ゲンドウ達と同じく下着姿になり、X線検査を受けた。ミサトが所持していた銃は、当然認められない。

 ミサトは猛抗議したが、リツコの説得でなんとか事を収めた。

 このまま帰っては、委員会の命令に違反する事になる。その場合、今の地位どころか、生命の安全さえ保障されない。


 四人とも浴衣に似た服を着て、守衛の後を通って大使館に入っていった。


「何なのよ、これが国連の特務機関ネルフに対しての仕打ちなの?」

「止しなさい。ここへ来るのに銃を持ってきたあなたにも非はあるわ」

「でも「私達は、目的があってここに来たの。司令と副司令を御覧なさい」…………分かったわよ」


 確かに、司令と副司令は黙って歩いていた。そう思ったミサトは、それ以上の不平不満を言う事を止めた。


 冬月は表面は毅然としていたが、心の中では不平不満を盛大に感じていた。

(いくら委員会の命令とはいえ、ここまでされても我慢しなければならないとはな。護衛は門の外で待たされたまま。

 不法侵入すれば射殺するだと。ネルフの特務権限が通用しないとはいえ、ここまでする必要があるか?

 まったく、老人への労わりの気持ちは無いのか?)


 ゲンドウも表面は毅然としていた。服は守衛所に置いてきたが、サングラスは認められた。

 ひょっとしてサングラスがあれば、平常心を保てるのだろうか?


 玄関で執事らしき人間が四人を迎え、会議室らしき場所に案内した。

 中央に大きな机があり、両サイドに十人づつ計二十人は座れるであろう机の片側に座るよう、執事は指示した。

 四人が着席すると同時に、メイド姿の女性がワゴンを押しながら別のドアから入ってきた。

 メイド姿の女性は紙コップのコーヒーをゲンドウ達の前に置き、一目でブランド品と分かるカップを

 対面の席に一つ置いて、下がってしまった。紙コップでコーヒーを出すのは完全な嫌がらせと思いながら、

 漂ってくるコーヒーの香りに、豆は最高級品を使っているとリツコは判断した。


(身体検査に紙コップのコーヒーか。ここまで嫌がらせをするなんて、どういうつもりなのかしらね。態と挑発しているのかしら?)

 リツコがそう考えた時、ドアを開けてスーツを着込んだシンジが部屋に入ってきた。

*************************************

 北欧連合とロックフォード財団は、ネルフに巧妙な罠を仕掛けていた。

 ネルフの首脳部が謝罪をすれば、今回のネルフの愚行(シンジの強制召集)は無かった事にすると委員会に通達してあった。

 だが、謝罪をしなかった場合はどうなるか? それこそがネルフに仕掛けた罠である。

 その罠にネルフが掛かり易いようにと、身体検査など本来なら不要な事まで強要していた。

 普通の人間は理不尽な仕打ちを受ければ、感情は高ぶって冷静な判断力は低下する。今のネルフの四人がそうかも知れない。

 そこまでの準備が予定通りに行われたのを確認したシンジは、内心の笑いを抑えて冷静な表情で部屋に入ってきた。


「シンジ!!」 「「「シンジ君!!」」」


 四人はシンジを見て驚いていた。最初は北欧連合の駐日大使が出てくると予想していたのだ。

 大使との面会後にシンジと会わせろと言うつもりだったが、最初からシンジが出てくるとは予想外の事だった。

 シンジは一目でオーダーメイドと思われるスーツを着こなしており、四人の声にも動じずに対面の席に座った。

 堂々とした態度だった。体格は十四歳の平均以上だが、シンジの態度はそれ以上の年齢を感じさせた。


「そんなに親しい間柄でもないし、ファーストネームで呼ぶのは止めて欲しいですね」

「親としては当然だ」


 ゲンドウは椅子に座ると同時に、机に両肘を付いて手を口の前で結んでいた。何時ものポーズだ。

 そのスタイルのまま、顔をシンジに向けて威圧感を込めて対応した。だが、ゲンドウの威圧などシンジは気にしてはいない。

 ゲンドウの親という言葉に苦笑しつつ、予定通りの展開に内心で笑みを浮かべた。

 ネルフが自分を見縊って、謝罪しない事が罠の発動に繋がる。シンジはさらにゲンドウの挑発を続けた。


「そちらが親と思っていても、こちらは認めていません。一方通行であれば、関係は成り立ちません。

 そもそも三歳児を虐待する人間に、親の資格があると思っているのが不思議ですよ。

 どんな精神構造をしているのか、確認したいですね。ボクはある家の養子に入っています。今更、父親顔をされては迷惑です」

「養子だと!? どこの家だ!?」

「それこそ教える義務はありません。あなた方がここへ来たのは謝罪のはずです。そんな個人的な事を言われては困ります」


 シンジは微かに呆れた表情を浮かべていた。ネルフへの挑発行為は十分だろう。

 ネルフは謝罪の為に此処に来ているが、シンジが対応する事で謝罪は行わないだろうと予測されている。予定通りだ。

 事実、ネルフとしてはシンジをパイロットとして取り込みたいと考えているので、シンジを追及していた。

 頭の片隅には謝罪の件はあったが、それは大使に対してするべきものであって、シンジに謝罪など考えもしていなかった。


「司令はあなたのお父さんでしょう! お父さんに何て口の利き方をするのよ!」

「ボクがそこの男を親として認めるかは二人の問題です。赤の他人にとやかく言われる筋合いでは無いでしょう」

「年長者としてのアドバイスと思ってくれないか」

「年上で人生経験がある事が、正しいとは限りません。ボクが三歳の時に暴行を加えて左目を失明させたのは、年長者のそこの男です。

 そこの男をボクが親だと認めた方が、ネルフに好都合だから言っているだけしょう。

 アドバイスだなんて言って、偽善行為は止めて頂きたいですね」


 ミサトと冬月の言葉も気にもせずに、シンジは軽く皮肉った。


「レイをどうしたの? レイは病気なのよ。定期的な治療を受ける必要があるのよ」

「そうよ、レイを攫ったのは、あなたでしょう。返しなさい!」


 リツコは気懸りだったレイの消息を聞いた。ミサトもリツコに追従した。

 シンジの事はともかく、レイまでいなければネルフ本部のパイロットはゼロのままだ。


「洗脳していたパイロットが心配ですか。いや、EVAとやらを動かす道具が無いから心配しているだけか」

「パイロットが居なければ、EVAは動かせないのよ。EVAが動かないと「世界は滅びましたか?」…………」


 ミサトの言葉にシンジが割り込んだ。ミサトは質問に答えられなかった。

 北欧連合の秘密兵器によって、使徒はシンジによって殲滅された。

 ネルフが常々主張していた”EVAでなければ使徒は倒せない”という事が、間違いだと証明されてしまったのだ。


「あなた方はボクを強制的に初号機とやらに乗せようとしましたね。特務機関として長年に渡って莫大な国連予算を自由に使って、

 色々な特権を行使してきたくせに、いざとなると部外者のボクに欠陥兵器に乗れと脅迫してくる。

 特務機関の職員としてのプライドは無いんですか!? 高給取りなんだから、それぐらいの責任は感じて欲しいですね。

 それにパイロットを選ぶような欠陥兵器、それも十年間もの間放置しておいて、人類の切り札とか良く言えるものだ。

 だったらボクが乗って使徒を倒した『天武』の方が、よっぽど切り札として相応しいとは思いませんか?

 それに、ボクが初号機に乗らないからと言って、絶対安静状態のレイに初号機への搭乗を命令しましたね。まさに道具扱いです。

 レイが乗れる状態に無いと分かっていても、ボクの同情心を誘う為に無理やり命令した。恥という言葉を知らないんですか?」

「レイはネルフのものだ」

「洗脳を指示した犯罪者が何を言うんですか? それに”もの”扱いですか?

 確認しましたが”綾波レイ”という戸籍は無かった。DNA異常もある事も分かりました。そして洗脳。

 ここから導かれるのは、幼い子供の頃に攫ってきて洗脳し、人体実験でもしたのでは無いかという疑惑ですよ。

 DNA異常は先天的な原因も考えられますが、戸籍が無いのは納得いかない。

 攫ってきたのが違うというなら、戸籍の無い理由を説明してもらいましょうか?」


 レイの事情は知ってはいたが、知らぬ振りをしていた。そしてゲンドウがこの質問に答えられないのも予想している。

 確かにネルフには特務権限はあるが、人体実験まで許可された訳では無い。それが公にされようものなら、ネルフは大打撃を受ける。

 ゲンドウは内心の怒りを抑えつつ、表面上は冷静にシンジに対応していた。


「機密だ」

「そう、そうなんだよ。レイの事は機密情報になっている。ちょっと話せないんだよ」

「機密で誤魔化そうとするのは、疚しい事があるからでしょう。即ち、攫ってきて洗脳してきた事をね。

 そもそも、機密にする理由が判りませんよ」


 このままではシンジに押されっぱなしだ。何としてもシンジを説得する突破口を開く必要がある。

 この話題はまずいと判断して、シンジに不利な事に冬月は話題を変えた。


「シンジ君。保安部員二十名が倒れ、まだ意識が回復しない人間も居る。レイを運んで来た医者も肋骨を折って入院中だ。

 彼らへの補償は、どう考えているのかね?」

「補償? まあ、レイを運んで来た医者の肋骨を折った事はやり過ぎだったと認めますよ。慰謝料を請求してくれれば支払います。

 ですけど、ボクを拘束しようとした保安部員の補償を求められるとはね。

 ボクとしては正当防衛だと思っていましたが、ネルフはボクの人権など無いと思っているようですね。良く理解しましたよ」

「い、いや、そんなつもりじゃ無かった。失言だ。忘れてくれ」

「いいえ。それがネルフの本心でしょう。忘れる事なんてしませんよ。三歳児だったボクの左目を奪った司令。

 副司令も司令と同じような考えの持ち主だと、これからはしっかりと肝に銘じますよ」

「シ、シンジ君。そんな事を言うもんじゃ無いわよ」

「そうだよ、シンジ君。ちょっと私も言葉が過ぎただけだ。忘れてくれ」


 慌ててリツコと冬月がシンジに弁解した。何とかゲンドウが親という立場でシンジを納得させなければ、シナリオは進まない。

 ここでシンジと険悪な関係になっては困るのだ。何としてもシンジを北欧連合から引き離し、ネルフに取り込まなければならない。

 ネルフの対応が予定通りに進んでいる事に、シンジは内心で安堵していた。このままでネルフが謝罪をしなければ、罠に掛かる。

 冬月の言葉に不愉快になったが、リツコにはモルモットのように見られて初号機に乗れと強く迫られている事から嫌悪感を感じていた。

 シンジはさらにネルフを挑発しようと、態と突き放した言い方を選んだ。


「……一つ聞きますが、赤木さんと冬月さんでしたっけ。馴れ馴れしく、ファーストネームでボクを呼びますね。

 何故ですか? 赤の他人に軽々しくファーストネームを呼ばれたく無いのですが」

「……私は、君の両親が大学にいた時、授業を教えた事があったのだよ。君の事は孫みたいなものだ」

「ここにはネルフ首脳部しか呼んでいません。

 そんな個人的な事を言うという事は、公人では無く私人の資格でここに来ているという事ですか。ならば即刻退去して下さい」

「なっ!?」

「特務機関の副司令をしているからには、公私の区別をつけなければならないはずです。違いますか?

 この場で私人の立場で話しをするのは、公人としての資格に欠けると判断しますよ」


 確かに理屈だ。話しを有利に持っていく為に、昔の事を持ち出したのは失敗だと冬月は判断した。

 さて、どういう方向でシンジを納得させようかと冬月が考えていると、いきなり正面の大型モニタに見知らぬ男が映し出された。

*************************************

『シン。もう十分だ! ネルフは謝罪をしなかったと断定する!!』


 画面に映っていたのは、ブラウン系の髪を短く切り揃えた三十代中頃と思われる男であった。

 険しい顔をネルフの四人に向けている。声にもどこか苛立たしい感情が込められていた。


「あなたは!?」

 リツコはかつて一度だけその男と会った事があった。ある研究発表会で。そして、たまにTVで見る顔でもある。


『私は”ミハイル・ロックフォード”だ。そこにいる”シン・ロックフォード”の兄だ。ミス赤木。久しぶりだな』


 『兄』。その言葉を聞いたリツコに戦慄が走っていた。画面の男が言った”シン・ロックフォード”の名前。

 画面の男は北欧の三賢者の一人で、『騎士』の二つ名を持っている。

 北欧の三賢者は全員がロックフォード財団に養子に入っている。

 そしてシンジが”ある家の養子になっている”と言った言葉を思い出した。それらから連想される答えは………まさか!?


「……シ、シンジ君が、”シン・ロックフォード”だと言うの?

 ……ロックフォード家に入っている養子は、あなたを含めて何人いるのかしら?」

「気安くファーストネームを呼ばないで下さい。養子に入っているのは、そこの兄さんと姉さんとボクの三人だけですよ」


 シンジの言葉から導かれる内容にリツコは驚愕の表情を浮かべて、椅子から立ち上がってシンジを指差した。


「あ、あなたが北欧の三賢者の『魔術師』なの!?」


 北欧の三賢者。呼称こそ東方の三賢者のパクリと言われる事があるが、実績は東方の三賢者の追随を許さない。

 東方の三賢者は優秀な割りには実績はあまり無く、唯一公表されているのはMAGIだけだ。(EVAは未公開)

 一方、北欧の三賢者は名前が出始めたのは数年前にも関わらず、その開発実績を表現するには両手では足りない。

 画面の男。北欧の三賢者の一人であり、『騎士』の二つ名を持っている。主に兵器方面での開発実績が多くある。

 数年前だが、北欧連合一国でヨーロッパ方面の国連軍を殲滅した事があった。

 その時にミハイルが開発した新兵器が活躍し、その為にミハイルの名は一気に世界に広まった。

 頻度は低いがマスコミや学会にも顔を出し、北欧の三賢者の広告塔の役割も担っている。


 二人目は『魔女』の二つ名を持っている。ユグドラシルと呼ばれるMAGIと同じ生体コンピュータを開発した。

 汎用コンピュータ分野で、新構造のコンピュータを開発・普及させ、現在のノイマン型コンピュータの抱える

 ウィルス被害を皆無にさせた実績も持っている。

 学会に一度だけ顔を出した事があるだけで、その後は一切表には出てこない。(映像記録も無い)

 二十代中頃で、金髪の美女という噂である。

 開発実績がコンピュータ方面という事もあり、一般には一番恩恵を受けたという事で人気は高い。


 三人目は『魔術師』の二つ名を持っている。

 前述した二人と財団総帥が言及した事があるだけで、今まで表には一切出ずに存在は不明とされてきた。

 但し、開発実績は伝わって来ている。エネルギー関係が主である。

 前述したヨーロッパ方面軍を殲滅させた際に、軍事衛星からの光学兵器が果たした役割は大きい。

 それに、実用レベルの核融合炉を開発していた。これにより、導入出来た国々では一気にエネルギー不足は解消している。

 成果は大きいが存在は不明。それが『魔術師』に対する一般的な認識だった。


 リツコから指を指されたシンジは、視線をリツコに向けた。(人に指を向けるとは、マナー違反だなと思いながら)


「そういう事です。ボクは北欧の三賢者の一人である”シン・ロックフォード”です」


 シンジはここで初めて”ロックフォード”の姓を口に出した。

 この時点でネルフに仕掛けた罠が発動した。それはゼーレに対して大打撃を与える策の一つであった。

 ネルフは策の引き金を引いたのだ。後は、その策の成果を見守るだけだ。


「「「!!」」」


 ゲンドウと冬月、ミサトの顔にも、驚きの色が浮かんでいた。三人とも北欧の三賢者の事は知っている。

 まさかシンジがその一人だとは想像すらしていなかった。それが今後にどう影響していくかを考えて、顔色を悪くしていく。


「北欧の三賢者は何時の間にか広まった通称ですよ。別にこちらから態々広めようとはしていません。まあ、それはともかく、

 ボク達三人はロックフォード財団のVIPであり、北欧連合からも最優先保護指定の対象になっているという事です」


 仕掛けた罠が予想通りに上手くいった事で、シンジはニヤリと笑いを浮かべた。そう、ネルフがこちらの策を知るのはこれからだ。


 ゲンドウは親である立場で、北欧連合からシンジを引き離す事は容易いと考えていた。

 ところが、蓋を開けて見ればシンジは北欧連合のVIPだ。簡単に引き離せるものでは無い。

 ゲンドウが今更立場を主張しても、三歳児に暴行を加えた時点で親権は認められないだろう。

 それが日本の法律である。第一、本人であるシンジが認めていない。

 そして、VIPを拉致されそうになった北欧連合は、その立場を公式に主張が出来る状態にあった。

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 ゲンドウ以下四人が唖然とする中、シンジが入って来たドアが開き、北欧連合を含む全常任理事国の日本駐在大使が入って来た。

 彼らは別室で、ゲンドウ達とシンジの会談を聞いていたのだ。入ってくるなり、各国の駐日大使はゲンドウに詰め寄った。


「碇君。君達は謝罪をする為に、此処に来たのでは無いのかね。委員会の命令を無視するつもりなのか!!」

「ネルフが謝罪すれば、今回の事は無かった事にしてくれると言っているのに、厚意を無にするのか!!」

「碇君、君は自分の立場を理解しているのかね!!」

「い、いや、それは「まったく、謝罪も出来ないのかね。我々が君らの後始末をしなければならないんだぞ!!」


 北欧連合を除いた他の国の大使は、次々とネルフの首脳部を責め始めた。

 彼らにはこれから北欧連合がどういう動きをするのかをある程度は予測している。

 ネルフが謝罪しておけば何事も起こらず済んだはずだが、謝罪をしなかった為に破滅が降り掛かる可能性があるのだ。

 冬月は反論しようとしたが、各国の大使達はネルフの弁明を聞く気は無かった。


「コホン!」

 咳が聞こえたので、全員がシンジの方に視線を戻した。


「ネルフが謝罪すれば今回の件は大目に見ようと温情を出しましたが、御覧のようにネルフは謝罪をしませんでした」

「まって『今回の件は、ネルフが権限の及ばない弟を無理やりパイロットにしようとした事を発端にしている。

 そこの赤木博士と作戦課長が弟に出撃しろと強制した事。保安部員二十名が弟を拘束しようとした事。

 これらは明確な協定違反だ。しかもネルフ司令には、弟を洗脳するかのような発言もあった』


 リツコの声を遮って、画面のミハイル・ロックフォードは声に怒りを込めて、ネルフの罪状を告発した。


『この件に関して、国王陛下より我がロックフォード財団は全権を委任されている。当然、休戦協約の破棄判断も含まれている。

 そして”ネルフは謝罪をせず、休戦協約が破棄された”と私が判断した事を宣言する


 聞いていた北欧連合を除く国の大使達の顔色が、一気に悪化した。予想していた北欧連合の報復処理の中でも最悪のケースだった。

 これにより祖国にどんな災難が降り掛かるのか? 各国大使が思い浮かべたのは、2009年の北欧連合の報復攻撃の事だった。


「休戦協定って何なの? 破棄っていったい?」


 リツコは聞き覚えの無い休戦協定という言葉に、訝しげな顔をしてシンジに問いかけた。

 補完委員会は敢えて弱点をネルフに教える必要は無いと考えて、北欧連合に手出しをするなと命令しただけだった。

 リツコが知らないのは当然である。司令であるゲンドウさえも知らない内容だった。


「知らなかったの?」

 笑い出したいのを必死に押さえ、意外という表情をしてシンジは説明を始めた。それこそが、対ゼーレの『策』の要だった。


 ネルフの設立前の2009年に、欧羅巴方面の国連軍が北欧連合に侵攻した事があった。

 国連軍の侵攻の目的は、北欧連合の所有する高い技術と資産の奪取だった。黒幕は人類補完委員会である。

 戦力比は圧倒的に国連軍に有利だったが、北欧連合は秘密兵器を投入して侵攻してきた国連軍を殲滅。

 そして、当時の国連常任理事国への報復も行った。北欧連合は一ヵ国で、当時の常任理事国六ヵ国に勝利したのだ。

 もっとも、報復攻撃は軍や政府の施設に限定されており、民間への被害はかなり少なかったが。

 講和の条件として補完委員会のメンバーの引渡しを要求したが、常任理事国六ヵ国はこれを拒否。

 元凶である補完委員会の排除が出来なかった為、講和で無く休戦協定を結ぶ事になった。

 この時の結果で、北欧連合は国連の常任理事国になり、侵攻を決めた他の常任理事国は休戦保証金として、

 莫大な金額(賠償金の代わり)を定期的に北欧連合に支払う事になっていた。

 その人類補完委員会が、ある研究組織を『ネルフ』という特務機関に格上げする事を提案してきた。

 北欧連合としては、恨みがある補完委員会の提案ではあるが一応は検討し、首脳部の能力審査をする事を条件にしたが、

 この能力審査を補完委員会は拒否した。北欧連合は常任理事国会議で特務機関『ネルフ』の設立に対し、拒否権を発動。

 だが、その後の紆余曲折の折衝の結果、ネルフの設立は承認された。

 予算も権限も承認する代わりに、補完委員会とネルフは北欧連合と中東連合には一切の干渉をしない協定を結んでいた。

 これが破られた場合、北欧連合と旧常任理事国とで結ばれた休戦協定も自動的に破棄されるという罰則規定付きだ。

 北欧連合は経済力ではゼ−レの足元にも及ばない。だが、優れた科学力を背景に、兵器の質ではゼーレを上回っていた。

 科学力、そして兵器の質。それこそが、ゼーレが北欧連合に気を使う理由だった。


「ま、待ってくれ。確かに北欧連合に干渉するなと言われたが、干渉して戦争状態になるなど聞いていない!」


 シンジの説明を聞いて、顔を青ざめた冬月が慌てながら言い訳した。

 ネルフの不始末で旧常任理事国六ヵ国と北欧連合(新常任理事国)が再び戦争状態になったら、ゼーレは大打撃を受ける。

 ゼーレのメンバー全員が生きられる保証など無い。当然、補完計画が実行出来る状態では無くなる。

 そうなれば、ゼーレはネルフを許しはしない。ゲンドウでさえ、冷や汗が出てきた。

 まさかシンジ一人をめぐる騒動が、旧常任理事国と北欧連合の戦争騒ぎまで拡大するとは、想像さえしていなかった。


『それは旧常任理事国・補完委員会とネルフの間の問題であり、我が国は関知しない。ネルフが協定違反をしたのは事実だ。

 しかも謝罪をすれば今回だけは見逃すとした弟の温情にも関わらず、ネルフは謝罪しようとしない。

 今までの会話を聞いていると、礼儀も知らないようだしな。我らが応対するに相応しい相手とは思えない。

 よって、”我が国は、ネルフを一切相手にせず”と言っておく』


 ミハイルはそう言って手元を少し操作した。

 すると、机の中央部に仕切りが上から降りてきた。机の下は予め仕切ってある。


『防音壁だ。こちらの言う事はネルフの人間にも聞こえるが、ネルフの人間の言った事は、こちらには聞こえない仕組みだ。

 これ以上、ネルフの戯言を聞く気は無いのでな』


 ネルフの四人はシンジの話しを聞いて唖然としていたが、防音壁が降りてきたのに驚いて中止を叫んだ。


「ま、待て!」

「待ってくれ!」

「待って!」

「待ちなさい!」


 ゲンドウ以下四人の声が部屋の中で響くが、防音壁の向こう側に届く事は無い。この瞬間、ネルフは交渉の席から強制排除された。

 モニターに映っているミハイルは、視線を各国の大使に向けた。


『本来なら、この時点で貴国に宣戦を布告して全面攻撃しても良いのですが、最後の猶予を与えます。

 今から四十八時間以内に、人類補完委員会のメンバー全員の財産を没収。

 その財産と補完委員会のメンバーの身柄を我が国に引き渡せば、今回のネルフの協定違反は見逃します。

 若しくは、賠償金総額三百億ユーロ(約六十兆円)一ヵ国当たり五十億ユーロ(約十兆円)を払えば良しとします。

 どちらかの条件が四十八時間以内に実行されない限り、北欧連合はここに居る各常任理事国に対し全面攻撃を開始します。

 以前は手加減をしましたが、今回は国そのものを殲滅させる事を目的とします。攻撃対象には民間施設も含みます。

 我が国が所有する全ての衛星兵器に対して、命令を発動しました。

 今より一時間後以降は、旧常任理事国の領空の高度一千m以上の飛行を一切禁止します。

 一時間以内に全ての航空機を最寄の空港に着陸させなさい。これは警告です。

 【ウルドの弓】には高度一千m以上の飛行物体に対し、自動的に攻撃するようにプログラムがされています。

 そのプログラムを一時間後に起動するようにしました。これは、先の二つの条件のどちらかが履行されるまで継続。

 一時間経過後、高度一千m以上に飛行物体があった場合は、先の二つの条件の実行を待たずに我が国は全面攻撃を開始します。

 この会談の内容は各国の政府と軍に転送されています。各大使は急ぎ戻る必要はありません』


 ここで言葉を切り、ミハイルは視線をシンジに向けて話しを続けた。


『シン。『天武』が使えると分かったので、汎用兵器への改良設計の仕事が急がれる。

 『量産型天武』で部隊が構成出来れば、使徒など敵では無い。早く帰ってこい。待っているぞ』


 そう言って、ミハイルの映像は消えた。残されたのは、愉快そうな顔をしたシンジと北欧連合の大使。

 絶望の色を浮かべた他の常任理事国の大使。それと唖然とした表情をしたネルフの首脳四人であった。

 北欧連合の大使は、他の大使達に退席を促した。

 他の大使達はシンジとロムウェル大使に翻意を求めたが、相手にされない。渋々といった顔で、部屋を出て行った。


 シンジは防音壁の向こう側にいるネルフの四人に視線を移した。

 そして軽く笑い、ロムウェル大使に一言言って、ドアから出て行った。

 『策』は発動した。後は成果だ。シンジは、いや北欧連合は、ゼーレの出方を予測していた。

 戦争にはならないが、ゼーレに大打撃を与える事になるだろう。それも発端はネルフの不始末でだ。

 まずは第一段階が無事終了した事に、内心で安堵しているシンジであった。


 ゲンドウは唇を噛み、手を握り締めて怒りに耐えていた。

 冬月は俯いて暗い顔をしながら、今後どうするか思案中だ。

 リツコはシンジが出て行ったドアを黙って見つめていた。

 ミサトは防音壁をたたき、開けろと叫んでいた。

 シンジが退出後、警備員五名が銃を持って部屋に入って来た。同時に防音壁も自動的に解除された。

 警備員五名は銃をゲンドウ達に向け、大使館からの退出を指示するのであった。

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 薄暗い部屋に番号がついたモノリスが十二個並んでおり、中央部分にネルフの司令と副司令が立っていた。

 この状態で、何分ぐらい経過したであろうか? しばらくは、どのモノリスも声を出す事はなかった。


 唐突に01の番号が書かれたモノリスから、怒りが込められた声が響いてきた。


『碇よ。お前には謝罪に行けと命じたはずだ。聞いていなかったのか?』

「…………」


 ゲンドウは濃いサングラスをかけており、ゲンドウの精神状態を伺う事は出来なかった。


『答えよ! それとも我らの言葉が分からなかったのか!? 東洋のサルは言葉も理解出来ぬのか!?』


 別のモノリスが叱責した。

 だが、ゲンドウと冬月は前を見たまま立っているのみだ。口を開く気配は無かった。


『お前の対応のせいで、北欧連合の矛先が常任理事国六ヵ国に向いてしまったでは無いか!』

『ネルフが謝罪を済ませていれば、こんな事態にはならなかったのだ!』

『今更ネルフの首脳部を入れ替えても、納得はしないと言ってきておる。

 こんな事なら、さっさとネルフ司令を罷免しておけば良かったな』

『後悔先に立たずか。真理だな』

『お前のプライドに三百億ユーロの価値があるのか? 答えて見ろ!』

『お前の息子が北欧の三賢者の魔術師とはな。鳶が鷹を産んだか。しかし、忌々しい!』


 モノリスから次々とゲンドウへの非難の言葉が続いた。だが、ゲンドウは顔色を変える事無く、思いに耽っていた。


 ゲンドウは今までの出来事を検討し、自分達が北欧連合のシナリオに乗せられた事を自覚していた。

 確かに使徒を倒せる兵器を開発出来ていたとは予想外だったが、それ以外の事はある程度の人間なら計画を立てる事は出来る。

 使徒戦を中継された時の手際の良さから、シンジを呼び出した時から北欧連合の術中に嵌っていたと推測していた。

 問題は、北欧連合が何時からネルフと補完委員会を意識したシナリオを作成したかだ。

 シンジがロックフォードの養子になったのは、ゲンドウがシンジを捨ててから二年後だ。(今から八年前)

 養子にしたのは偶然か? いや、それはありえない。だが、八年前にはシンジには何も価値は無かった。

 北欧連合は八年前からシンジの価値を認めていたというのか? それもありえない。

 そこで、ゲンドウの思考はループに入ってしまった。

 北欧連合の思惑を見極める事も重要だが、現状への対応の方が緊急性は高かった。

 現在の状況を呼び込んだ原因を作った為、ゼーレ全員からゲンドウが糾弾されていた。

 だがネルフの特務権限はそのままで、自分は司令の座にある。まだ挽回するチャンスはあると思っていた。


「シンジを説得します。ゼーレは北欧連合を抑えて頂きたい」

『無理だ!! 既に奴らはネルフを相手にしないと言っている。魔術師も幼児虐待者の言う事など聞くはずも無い!』


 既に猶予時間は三十時間を切っている。ゲンドウを当てにして、失敗すれば目もあてられない。そんなリスクを冒す気は無かった。

 万が一でも北欧連合の全面攻撃が行われれば、ここに居るメンバーの何人かは確実に命を落す。それは計画の破綻を意味していた。


『我らの手の者が各国の大使館経由で北欧連合に連絡をしているが、ネルフの名前を出すだけで電話を切られる始末だ。

 連絡の取り様がない! 猶予時間も無い!』

『我らと北欧連合の関係は、お前が関知するところでは無い。控えろ!』

『止さぬか!!』


 01の番号が書かれたモノリスからの声に、他のモノリスの発言が止んだ。


『北欧連合との戦争が始まったら、勝っても負けても被害は大きくなり、補完計画は実行出来なくなる。

 今回は各国から賠償金を支払うしか無い。三百億ユーロの賠償は痛いが、各常任理事国から出させるしかあるまい。

 それと、おまえの息子を放置する訳にはいかない。

 天武という機動兵器の量産設計をさせれば、いずれは大量の天武が我らの前に立ち塞がろう。それは補完計画の大いなる壁になる。

 ファーストと魔術師が居ない今、ネルフ本部のEVAは起動すら出来ないでは無いか!

 賠償金を渡した後、何としても北欧連合とコンタクトを取り、ファーストと魔術師を取り込まねばならぬ。

 何としてもEVAに乗せるのだ。最低でも、天武とやらの量産開発を止めさせる為に北欧連合に帰してはならぬ。

 最悪の場合は、魔術師の暗殺も検討する。

 北欧連合とのコンタクトはこちらで取る。だが、魔術師を取り込む為にはかなりの譲歩を迫られよう。

 いざという時は、譲歩の為に片腕や片目ぐらいは覚悟しておけ。冬月もだ。

 今後、北欧連合に隙を見せて奴らに付け込まれるような事があれば、即座にお前達を罷免する。忘れるな!』


 ゲンドウと冬月は顔を青くした。罷免は即ち死という事は理解している。

 秘密情報を持った人間をそのまま世間に解き放つなど、甘い事をする世界では無い。死人に口無しが常識の世界だ。

 強制徴集権限を使えないシンジを、どうにか納得させてEVAに乗せなければならない。

 本人の同意を得るまで、何処までの譲歩を迫られるのか!?

 その譲歩の内容に、自分の身体の一部が含まれるかも知れないというのは冬月を滅入らせた。


『まずは賠償金の手配だ。各国に直ぐに手配させる。北欧連合とのコンタクトは我らが行う。お前達は使徒戦の後始末をしておけ!』


 そう言い残すと、全てのモノリスの光りが消えていった。

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 北欧連合:フランツ首相の執務室

 部屋の主であるフランツは、応接セットに座ってグレバート元帥と打ち合わせをしていた。

 打ち合わせの内容は、旧常任理事国六ヶ国の賠償金の事に関してである。

 既に支払われていたが、全てが現金という訳でも無く、鉱物資源や離島などの不動産も時価換算で含まれていた。

 現金の大部分は、国内の整備や同盟国と友好国の復興資金に割り当てる予定だ。

 だが、軍を強化する必要もあり、賠償金の一部は軍に回される予定だった。

 それと離島などは領海権に絡む問題もあり、防衛計画にも関わってくる。その方面の打ち合わせだった。


「しかし、思ったより素直に賠償金を支払ったな。もうちょっと、騒ぐと思ったのだが?」

「ミハイル君とシン君の脅しが、かなり効いたようですね。ですが、賠償金に資源や不動産が含まれるとは思っていませんでした。

 彼らも意外と余裕が無いんですかね。おかげで領海権の問題が発生してしまう。頭の痛いところですよ」

「そう言うな。総額三百億ユーロの賠償金だ。全て現金など無理だろう。事実、彼らの経済活動は大打撃を受けている。

 各国の企業群が私財を投入して、必死になって経済恐慌になるのを食い止めている状態だ。

 資源や不動産を含めたのは、彼らの苦肉の策だろう。我が国への経済への影響は無いし、まずは満足すべき状態だ」

「……使徒との戦いが始まる前に、ミハイル君から説明を受けていましたが、正直言って驚いています。

 まさか、賠償金を支払う事まで読んでいたとは。彼らの先読みについては、脱帽ものです」

「まったくだ。シン君は予知能力が無いとか言っていたが、ここまで的中すると、本当は予知能力があるのではと思いたくなる。

 だが、彼らの努力が導いた結果だろう。まだまだ先は長いが、やっと計画が動き出したのだ。これからが正念場だ」

「そうですね。……一昨日の秘密会議でミハイル君が”ネルフから会談の要求がある”と言ってましたが、どうなりますか?」

「国連軍のルーテル参謀総長には打診があったそうだが、予定通り断った。残されているルートは一つだけだ」


 ピピピピ

 執務机の電話が鳴り、フランツが受話器を取った。

 電話の話し相手は、北欧連合の国王陛下だ。これを予期していたフランツは平静に電話に対応した。


「……はい。分かりました。では、日本の皇室からの要請に従って、ネルフとの会談をするように財団に連絡します。

 ……そうですね。はい。賠償金の一部は財団にも回します。……はい。分かりました。それでは失礼します」


 ガチャ

 電話を置いた後、フランツはグレバート元帥に微笑んだ。


「予定通りだ。彼らは日本の皇室から我が国の王室を経由して、シン君とネルフとの会談を求めてきた。

 さっそく、ミハイル君に連絡するとしようか。後はシン君の交渉テクニック次第だな」

「シン君は用意周到ですからね。朗報を期待して大丈夫でしょう。プラン『F』の発動の準備をしておきます」

「そうだな。宜しく頼む」


 フランツとグレバートは苦笑いで、打ち合わせを締め括った。

 まだ子供だが、シンジの底は二人には見えていない。シンジに大いに期待している二人だった。

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 北欧連合:ロックフォード家

 ヨーロッパ風の家具が並んでいる部屋のソファーに座っている男が居た。

 男の名はミハイル・ロックフォード。

 それなりに名前と顔が世間に知れ渡っており、迂闊に外を歩くと、拉致や暗殺があるやも知れぬ身だ。

 その男が携帯電話で話していた。


『それじゃね。兄さん。体に気をつけてね』

「ああ、シン。お前もな」


 電話が終わった直後、ドアを開けて三人の人間が部屋に入ってきた。

 一人はナルセス・ロックフォード。ロックフォード財団の総帥である。七十歳を過ぎたが、総帥の座にあった。

 そろそろ副総帥(息子)に総帥の座を譲るという噂もあるが、まだ十分に総帥の任に耐えるという噂もある。

 頭部は白髪で覆われているが、メガネの奥から見える青い目の眼光は衰えてはいない。

 今は左手に十歳の孫の手を繋いでいるせいか、眼光の迫力が仕事の時ほどは感じられないが。

 老人と手を繋いでいるのが、老人の孫になるヒルダ・ロックフォード。

 金髪碧眼、髪はショートカットで肩で揃えている。人形のような整った顔立ちの子だ。

 最後に入ってきたのが、クリス・ロックフォード。老人の養子であり、北欧の三賢者の『魔女』の二つ名を持っている。

 金髪碧眼、髪はロングで、背中まである。年齢は二十代中頃だ。

 スタイルは……日本の男が抱く、理想の金髪美人の条件を十分に体現していると言っておこう。


「電話をしていたのか? 邪魔したか?」

「いえ、電話がちょうど終わったところでしたよ。シンと話していました」


 ”シン”という固有名詞に三人が反応した。

 ナルセスは自分の膝に孫のヒルダを乗せ、頭を撫でていたが手を止めた。

 クリスはワゴンにあった紅茶セットをテーブルに移している最中だったが、一瞬その手を止めた。


「報告書を読んだが、電話は掛かってこんな。元気でやっているか?」

「お兄ちゃんからの電話だったの。話したかったな」

「シンか。中東から日本に直接行ったから、しばらく顔を見てないわね」


 老人の養子である”シン・ロックフォード”は、年が近いヒルダに兄として懐かれていた。

 シンジは北欧連合に居る時はこの館で生活していたが、三年前から中東に行っていた。

 年に三度ほど北欧に帰ってきていたが、滞在は数日程度だ。

 ヒルダは学校に通っており友人もいるが、一人っ子という事もあり、家に帰ってからはシンジを相手で遊んでいた。

 数日程度の滞在では、遊び盛りのヒルダには物足りない。

 偶に電話がかかってくるとはいえ、寂しい事にはかわりが無い。


 クリスは最終計画の為にシンジが日本に行った事は了解している。

 世話の焼ける弟。セカンドインパクトで弟を亡くしたクリスは、シンジに弟の面影を感じる事があって可愛がっていた。

(可愛がる方法については、各論色々とあるだろうが……)

 シンジの側には、あのミーナとミーシャ、そしてユインがついている。

 物理的にシンジを害する事が可能な人間は限られている。ユインが居れば、まずは大丈夫だろう。

 変な女の誘惑もミーナが居れば大丈夫だろう。自分を上回る容姿を誇るミーナの事を思い出した。


「ええ。当初の計画通り、天武で使徒を倒してネルフの立場を弱体化させる、プラン『A−3』で進んでいます。

 そしてネルフにわざとシンに手を出させて、協定違反を盾に旧常任理事国の弱体化を進める。計画通りです。

 ですが、使徒のパワーには天武も苦戦を強いられたそうです。天武の最大出力の三倍以上のパワーだと言っていました。

 辛うじて、奥の手を使う事で倒せたと言ってましたよ。

 ネルフのEVAを利用するプラン『F』を発動させると言ってきましたので、了承したと言っておきました。

 それと、ネルフが話しをしたいので会って欲しいと打診が、日本の皇室から国王陛下を通じてありました。

 恐らくはシンを引き込もうと画策するのでしょうが逆手に取り、ネルフの権限を縮小してEVAをこちらに取り込みます」


 ナルセスとクリスは、ミハイルの言葉を聞いて緊張した表情を浮かべた。

 最終計画が発動された今、一つのミスが計画の破綻に繋がる可能性もある。

 最終計画の舞台は日本だが、この地でしなければならない事も多々ある。ミハイル等はこの地を離れる訳にはいかない。


「今、こちらで出来る事は?」


 ナルセスがミハイルに尋ねた。舞台は日本であり、ここからは距離がある。だが、支援は出来る。

 計画に沿った支援が実行されているのは知っているが、苛立ちさが消える事は無い。

 何と言っても、計画の要のシンジを捨て置く訳にはいかない理由もある。

 ナルセスは財団総帥という立場で財団全体を統括している。ミハイルは裏のプロジェクトリーダーを務めている。

 従って、政府や軍関係の折衝はナルセスでは無くミハイルが行っている。


「軍からの派遣はありませんが、我が財団から傭兵部隊と潜水空母一隻、護衛潜水艦二隻を派遣していますからね。

 シンなら何時でも【ウルドの弓】が使えますし、在日大使館の保安体制を強化した事で十分でしょう。

 プライベートのサポートもミーナとミーシャが居ます。シンの方は大丈夫でしょう。気になるのは、ゼーレの方です。

 今の情勢で此方に手を出すとは思えませんが、意表をついて中東方面で画策する可能性もあります。

 警戒は惰らないようにしておきます」


 ミハイルはクリスが淹れてくれた紅茶を一口飲むと、話しを続けた。


「日本の富士山麓の樹海に建設中の基地も、大規模核融合炉発電施設という名目で建設は順調です。

 シンの遠戚にあたる西日本の財閥への援助も、順調に進んでいます」

「ネットワーク関係ですが、北欧本国と中東連合のコンピュータシステムへの侵入件数は減っています。

 構造上、プロテクトの突破が出来ないと周知された為もあるでしょう。

 ネルフのMAGIの解析は済んでおり、落とそうとした場合は半日もあれば可能です。最も、直ぐにばれてしまうでしょうが」


 クリスも紅茶を飲みながら、会話に参加した。


「良かろう。ネルフとの会談が済むまではゼーレが何か仕掛けてくるとは思えんが、ここと中東エリアの警戒を惰るなと、

 保安部には伝えておくように」


 一先ずは安心かとナルセスは緊張を緩め、それでも油断しないようにと指示を出した。


「食料生産状況、工業用品生産状況、こちらの経済状況は全般的に良好です。

 ゼーレ側は先の賠償金の件もあり、経済状況は悪化傾向を示しています。

 日本経済全体も上昇傾向を示しています。我が方の勢力下は好調で、敵方の勢力は悪化しています。

 まだ勢力は圧倒的にゼーレ側が有利ですが、まずは満足すべき状況かと」

「治安に関しても、我が国と中東連合の治安は安定していますが、ゼーレ側の国の犯罪発生率は上昇傾向を示しています」


 十歳のヒルダが、分からない話しをしないでと拗ねた顔で抗議したので、三人は重要案件の話しを中止し、

 ヒルダの機嫌を戻そうと、会話の中心をヒルダに移したのだった。

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 補完委員会から、北欧連合、いやシン・ロックフォードとの会談の合意が取れたとの連絡が入った。

 ゲンドウも独自のルートで何とかコンタクトを取ろうとしたのだが、ネルフの名前を出すだけで話しは打ち切られ、

 どうにも連絡が付かなかったのだ。補完委員会からは、前回と同じメンバー四人の出席が命じられていた。


 今回は北欧連合の差し向けた車だったので、大使館の玄関までは車で入る事が出来た。

 もっとも、車の後部座席にある検査装置で所持品検査は済ませてある。従って、服を着替える事無く大使館に入った。

 そして前回と同じ会議室の、前回と同じ席に座っていた。

 何かあれば即座に防音壁で遮断するという警告だろうと、リツコは推測していた。

 シンジをEVAに乗せる為にどう説得するのか? 説得のシナリオは司令と副司令が練ったと聞いているが、効果はあるのだろうか?

 今までのシンジの応対を見て、人格的に未熟さは感じられない。

 いや、年齢を考えれば成熟しすぎている気がする。そんな相手に通用するだろうか?


 そう考えているとドアが開いて、二名の人間が入ってきた。

 一人は日本の首相だ。もう一人は……後から入ってきた人間を見て、ゲンドウ以下四人は目を見張った。

 歳の頃は二十代前半だろうか? 金髪碧眼の典型的なヨーロッパ系だ。髪は長髪で腰にまで届いている。

 身長は170センチ程度か、だがそのスタイルが目を引いた。着ているスーツもスタイルを強調していた。

 某作戦課長が内心で”負けた”と思ったかは分からないが、そのスタイルは日本人では実現出来ないであろう体型だ。

 魅惑的な表情をしている。そして何故か吸いつけられる目。リツコは”傾国の美女”という言葉を思い出した。

 ゲンドウと冬月は、自分の中の本能を揺さぶる何かを感じていた。


 補完委員会からは、日本の首相と委員会の代理の計二名を同席させると連絡があった。

 ネルフだけに任して、会談を失敗させる訳にはいかない理由がある。

 若いが彼女が委員会の代理なのか? ネルフ四人の視線が、最後に入ってきた美女に向けられた。

 執事に席を勧められ、一番端に座っているミサトの席から一つ席を空けて、二人は着席した。


「委員会から出席を命じられました”セレナ・ローレンツ”です。宜しく」


 着席する前に、金髪の美女が流暢な日本語で挨拶をした。

 セレナ・ローレンツ!! ローレンツの名にゲンドウ、冬月、リツコに緊張が走った。

 議長の身内なのか? 確かに、議長の身内なら委員会の代理には十分だろう。

 そう考えていると、日本の首相から声が掛けられた。


「碇君。今回の席は、私が皇室経由で申し入れて実現したものだ。最初に君達に話しを任せて、破談させたくは無い。

 君達は勝手に話さないようにしてくれ」


 今回の件はゼーレ(実際は旧常任理事国の在日大使)から首相に依頼があり、皇室経由で北欧連合の王室に働きかけたものだった。

 使徒戦のネルフの対応は、首相もビデオで見ていた。ゲンドウの倣岸不遜な対応は承知している。

 自分が実現させた会談を最初から破談させるつもりは無かった。それはゲンドウと冬月も同じ気持ちだった。


「分かっています。碇、いいな! それと、顔の前で手を組んでいるのは止めろ。突っ込まれるぞ」

「問題無い」


「ミサト、良いわね。勝手に話し出さないでよ。もし、そうしたらあたしの実験室に招待してあげるわ」

「わ、分かってるわよ」


 嘘か本当かは分からないが、リツコの実験室で危ない実験が行われているという噂がある。

 ミサトとしては、そんな事に関わりたくは無かった。リツコの忠告に素直に頷いていた。

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 反対側のドアがノックされ、そして開いた。

 最初に国連軍のルーテル参謀総長が入って来た。使徒戦では北欧連合に出動を依頼した本人である。

 軍服を着用しており、襟には元帥の階級章が付いていた。


 次に北欧連合のロムウェル大使が入って来た。スーツを着用してネクタイを締めていた。ある意味妥当な服装だろう。

 シンジは北欧連合の軍服姿で入って来た。本来は年齢的に似合わないはずだが、妙に着こなしている感じである。

 襟に階級章は付いていない。

 三人はネルフ等六人が座っている反対側の席に着席した。そして出席者を見渡した。

 やはり委員会の代理の女性の存在感が際立っていた。絶世の美女という形容詞に相応しい美貌だが、あの委員会の代理だ。

 委員会の代理を、年齢や外見だけで軽視する愚を犯すつもりは無かった。彼女以外は一応は知っているメンバーだ。


 シンジが軍服を着用している事に違和感を抱いたが、ゲンドウら四人は口に出す事は無かった。

 少し遅れて、メイド服を着た茶髪の少女(ミーシャ)がワゴンを押しながら入室した。

 ワゴンにはコーヒーが淹れられたカップが人数分あり、ミーシャは全員にコーヒーを配った後にシンジの隣に着席した。

 ちなみに、ネルフの四人のは安物と分かるカップ(前回は紙コップ)であったが、その他のカップはブランド品だった。

 全員が揃ったので、ロムウェル大使が司会役になって会議を進めだした。


「こちらとしては、ネルフは対応するに相応しい相手では無いと思っています。

 ですが、日本の皇族から本国の陛下経由で依頼があった為、話し合いに応じました。

 あなた方が相応しくない言動をした場合、その時点で会談を中断させて頂きます」

「了解しています。我が国としても北欧連合とのパイプは維持、拡大していきたいと考えております。

 その為にも、今回の話しを通して頂いた陛下の面子を潰すような事は、するつもりはありません」


 日本の首相が当然と言ったように返事をした。ここで関係悪化になれば、日本の経済界にも大きな悪影響が出る。

 貿易を考えると、他の常任理事国との関係も続けたいが、北欧連合との関係も維持したいと考えているのだ。


「では、そちらの話しを聞かせて頂きましょうか」

「碇君。………失礼の無いようにな


 首相がゲンドウを指名した。同時に小声で注意を促した。

 ゲンドウの倣岸ぶりは承知していた。最初から、そんな態度で会談をぶち壊されては堪らない。


「冬月……頼む」


 最初から交渉は冬月にやらせるつもりだった。冬月との打ち合わせも済んでいる。

 何で私が……? 冬月は内心では溜息をつきながらも、微笑みを浮かべながら話を切り出した。


「シンジ君「ネルフの人間にファーストネームを呼ばれる筋合いは無いですよ。馴れ馴れしく名前を呼ばないで頂きたい。

 礼儀を守れないなら、ここで話し合いは終了です!」
………」


 冬月の最初の言葉を、シンジは強い口調で遮って痛烈に批判した。今までの鬱憤を晴らす目論みもある。容赦する気は無かった。


「冬月君!! し、失礼した! 彼の失言は私がお詫びする。許して頂きたい。それと、どう呼べばいいのかな?」


 首相が慌てて介入した。初っ端からネルフに任せて会談が終わっては、結果が出せないでは無いか。

 それにシンジを怒らせては、現在計画が進んでいる核融合炉の建設に支障が出るかもしれない。当然、慎重になっていた。


「ロックフォードと呼んで下さい。それとネルフの司令は飾りですか? 副司令が交渉ですか?」


 ネルフの主要メンバーの調査報告書にシンジは目を通しており、ゲンドウが性格的に交渉に不向きである事は知っていた。

 この会談でネルフからかなりの譲歩を引き出す予定だ。その為にはネルフの非を徹底的に追及する必要がある。

 ネルフを不愉快に感じていた事もあり、こういう嫌味な台詞も自然と出てきた。内心ではイケイケ気分のシンジであった。


「い、いや、交渉事は、私の方が良いとの判断の為だよ」

「それで良く司令職が勤まりますね? では、続きをどうぞ。副司令殿」


 シンジの皮肉にゲンドウは唇を噛み締めた。だが、何も言わない。いや、言えない。

 ここではネルフの強権は通用しない。そして、ゲンドウの威圧も通用はしない。

 何とかシンジを口先で丸め込み、初号機に乗せなければならないのだ。交渉役は冬月が適任だ。そう思って耐えるだけだ。


「了解した。冬月君、続けたまえ」


 首相の了解の下、冬月はシンジの説得を始めた。


「は、はい。ロックフォード君。

 君に対して色々と失礼な事をしてしまったが、使徒の脅威を知っているからこそと理解して欲しい。緊急事態だったのだ。

 あの時は君達の秘密兵器の事など知らず、EVAが起動出来なければ人類は滅ぶと思っていた。

 ネルフとしては君とレイにEVAに乗って欲しい。使徒はあれだけでは無い。まだ来襲して来る。

 君の母のユイ君が設計したのがEVAだ。ユイ君も君がEVAに乗る事を希望していよう。

 レイにEVAに乗るよう強要したのも人類を守る為なのだ。分かって欲しい。

 北欧連合が使徒を倒した事は認めるが、ネルフのEVAでも起動さえすれば使徒を倒せる。

 ネルフのEVAに乗って使徒を倒して欲しい。それがサードインパクトを防ぐ道でもある」


 緊急事態だった事で、冬月はシンジにした事を有耶無耶にしたいらしい。ネルフの立場を強調した自己弁護を展開していた。


「実際には北欧連合の天武が使徒を倒した訳だ。それも、ロックフォード君が乗ってだ。

 ネルフのEVAに乗らなくてもサードインパクトは防げた訳だ。ネルフのEVAに乗るメリットはあるのかね?

 それに洗脳していた女の子まで、EVAに乗せようとするのか? 人類の為と言うが、他に方法を考えないのかね?」


 今まで煮え湯を飲まされ続けてきたネルフの弱みを突けるとあって、ルーテル参謀総長は嬉しそうな顔だった。

 国連軍としては、使徒を倒すという目的さえ実現出来れば良いのだ。別にネルフに拘る必要は無かった。


「ですが、ネルフのEVAでも使徒を倒せます。ネルフであれば、兵装ビルもあり援護が出来ます。地の利を生かす事が出来ます」


 冬月はネルフのEVAを使う事の優位性を説いた。それでシンジを納得させなくては為らないが、他にどこまで譲歩しなくて

 ならないのか? 冬月は話しながらも考え続けていた。こういう交渉の席では相手の出方を見ながら、条件を詰める必要がある。

 何と言ってもこの前の使徒を倒したのは北欧連合の天武であり、ネルフのEVAは起動すらしていない。

 客観的に考えて、実績が無いEVAに乗るようにシンジを仕向けなければならないのだ。

 冬月は胃が痛くなるのを感じながらも、必死になってシンジを納得させる突破口の糸口を探っていた。


「まだ動いていないのに、使徒を倒せると断言するのはどうかと思いますが? それに兵装ビルはまだ未完成と聞いていますが」


 ロムウェル大使も、冬月の説明の抜けを指摘した。何と言っても実績が無い兵器を進んで使う兵士はいない。

 実績がある兵器を所有しているなら、尚更である。持つ者の立場のロムウェルが、持たない立場の冬月を見る視線は厳しかった。


「問題無い」

「そうです。EVAならば可能です。兵装ビルも稼動を開始します」

「そうよ。大丈夫よ」


 ここで言い負ける訳にはいかないと、ゲンドウ、リツコ、ミサトも援護射撃を始めた。

 もっとも何の実績も無い机上の空論だ。シンジが納得する理由になるはずも無かった。


「起動もテストもしていないのに敵を倒せる? しかも十年前に完成していて、放置状態ですよ。その自信の根拠が知りたいですね?

 援護であれば、戦自か国連軍に依頼すれば済む話しです。

 そもそも、使徒を倒した天武のパイロットはボクです。ネルフの言うサードインパクトを防いだ訳ですよね。

 そのボクがネルフのEVAに乗る事で、ボクに、いや北欧連合に何のメリットがあるんですか?

 実績がある天武の方が信頼性は上だと思いますしね。その天武を改良や量産するのでは無く、そちらの兵器に乗る理由は?

 後は、ボクが乗った時の体制とか、処遇とかはどう考えているんですか?」


 自己の実績を前面に出して、ネルフの思惑に乗る事で何のメリットがあるのか問い掛けた。

 内心では天武の力不足を認め、ネルフのEVAを取り込みたいと考えているのだが、口に出す事は無い。


「あ、ああ。ネルフのパイロット、サードチルドレンとして登録して欲しい。

 この葛城一尉が統括する作戦課に所属する形となる。階級は二尉を準備する。年棒は……一千万を用意する。住居も準備する」

「二尉? ああ、中尉の事ですね。年棒一千万ユーロか。大分奮発しましたね」


 階級の件では顔を顰めたシンジも、年棒を聞いて驚きの表情を浮かべた。そこまでネルフが気前が良いとは思わなかったのだ。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。ユーロじゃ無い!!」

「円だ」


 冬月の慌てた声とゲンドウの無愛想な声が届いた。ネルフとしてはパイロットに年棒一千万ユーロなど、出せる額では無かった。

 その返事を聞いたシンジに怒気が湧き上がってきた。年棒一千万円で自分を雇えると考えているとは!?

 別に報酬だけを求めている訳では無いが、危険を強要する癖に報いる内容が乏しい事は自分を軽視していると感じられた。


「……しょぼいんだね。そこの大尉の指揮下に入って階級は中尉。年棒はたったの5万ユーロ。

 それがネルフの出せる条件ですか? こちらには何のメリットも無いじゃないですか」


 怒気を含んだ声がシンジから発せられた。ここまで、自分を軽く見てくれるとは思わなかったのだ。

 ネルフを貶める事が、譲歩を引き出す鍵になるとはいえ、ここまで馬鹿にされては本気でネルフを攻撃しようかとも考えた。


「い、いや、君の要望があれば、それを取り入れる事も可能だが」

「何が望みだ?」


 冬月に続いて、ゲンドウも口を挿んできた。まずはシンジを、その気にさせなければならない。シンジの要望を見極める事は重要だ。

 だが、少々怒っているシンジにその口調は逆効果になっていた。辛辣な言葉がゲンドウと冬月に跳ね返ってきた。


「何が望み? 話し方には気をつけた方が良いと思いますよ。

 ネルフは国連の予算で運営されている。言わば、ネルフ全体が国連の雇われに過ぎないんですよ。

 そして我が国は国連に多額の資金を提供している、言わばオーナーの立場ですよ。

 雇われに過ぎないネルフが、資金を提供しているオーナー側に向かって”何が望みだ”ですか?

 何様のつもりですか? そんな見下した言い方をすると、今まで出した拠出金の返還を要求して会談を打ち切りますよ」

「ぐっ」


 さすがにゲンドウの独断で、この会談を終わらせる訳にはいかない。委員会の代理の人間も居るのだ。

 会談が不首尾に終われば、ゲンドウには楽しくない未来が待っている事になる。


「碇君、君は黙っていたまえ! ではロックフォード君はどんな条件ならEVAに乗ってくれるのかね?」


 首相が慌てて介入した。ゲンドウの言葉使いには呆れているが、顔には出さない。首相の立場ではシンジをEVAに納得して

 乗って貰う事が最終目標だ。北欧連合とその他の常任理事国各国にも気を使う首相であった。


「ほう? 言っていいのですか?」

「ああ、双方の接点を見つける為の話し合いだ。こちらの都合だけを押し付ける訳にはいかないだろう」

「では、まず疑問を解消させて貰いましょうか。ネルフには疑わしい内容が多すぎますからね。

 それを解消しない事にはネルフは信用出来ませんからね」


 冷ややかな笑いを浮かべて、シンジはネルフの秘密のベールを剥ぎ取る為に質問を始めた。

*************************************

「何故、使徒が来襲すると分かっていたのですか? 葛城南極探査隊が南極で、使徒と接触した事は知っています。

 その葛城探査隊が使徒に何かをして、セカンドインパクトが起こった事もね。

 その場合は葛城南極探査隊のメンバーが、セカンドインパクトの実行犯という事になるんですかね?

 まあ、それは置いといて、天文学的な費用をネルフに投資している。使徒の来襲を示す確証が無いと出来ない事でしょう。

 それに、先ほど地の利と言いましたね。その使徒とやらが第三新東京に来ると、何故分かっているんですか?

 葛城南極探査隊が使徒の来襲を示す具体的資料を入手したのでは? 違うと言うなら具体的な証拠を見せて下さい」


 葛城探査隊がセカンドインパクトの実行犯かもしれないと言われ、ミサトは声を上げそうになったがリツコに抑えられた。

 状況証拠だけで良く読んでいると考えたが、シンジ一人の判断では無かろうとリツコは推測した。

 恐らくは、北欧連合の頭脳集団が関係しているはず。という事は、北欧連合自体がネルフに疑惑を抱いていると考えた。


「そ、それは機密なんだ」


 彼、いや彼らはどこまで知っているのだろうかという不安を抱えた状態で、冬月は冷や汗を流していた。

 使徒関係の情報をゼーレとネルフが独占しているからこそ、他の組織に対して優位に立っている。

 それを全て開示する事は身の破滅に繋がる。機密で誤魔化すしか冬月には答えられなかった。


「何故、機密なんですか? 機密にする理由は? 不安を一般市民に与えない為?

 ならば、我が国の上層部を含む特定の人間には、教えても不都合は無いはずですよね。

 ところが、我が国には使徒関係の情報は一切来ていない。先の葛城南極探査隊の情報もそうですね。

 我が国が信用出来ないのか、でなければ使徒の情報を隠して自分達の都合の良いように利用していると判断しますが?」


 シンジの辛辣な追及は続いた。ロムウェル大使もルーテル参謀総長も、ネルフに厳しい視線を向けていた。


「そ、それは補完委員会の命令なんだ。命令により、使徒に関する情報は全て機密扱いになっている。

 だが、使徒を倒さないとサードインパクトが起こるのは確かだ」


 冬月の背中に汗が滲んだ。頭ごなしに命令するのでは無く、シンジを納得させなければならないのだ。

 苦し紛れに補完委員会の命令という逃げを打ったが、それでシンジが納得するはずも無かった。シンジの追及は続いた。


「使徒に関する情報が機密という時点で、”使徒を倒さないとサードインパクトになる”というのは胡散臭いですね。

 肝心な情報を隠してサードインパクトという危機だけ強調するのは、怪しんでくれと言わんばかりですよ。

 補完委員会の代理としての意見は無いですか?」


 シンジは冬月の回答を頭から信じず、委員会の代理というセレナに視線を向けた。

 セレナは最初の自己紹介をした後は、一言も発言は無い。冬月とシンジのやり取りを、黙って聞いているだけだった。


「申し訳ございません。その件に付きましては、私も何も聞かされておりません」


 セレナは頭を素直に下げ、シンジに謝意を示した。だが、セレナの言葉など気にせずに、シンジは補完委員会の追及を続けた。


「我々はその補完委員会を査問したいのですがね。構成員の氏名、その他一切が不明。そのくせ権限だけはある。

 一応は公開された受付窓口はあるものの、我が国からの問い合わせは一切無視。

 我が国としては補完委員会のメンバーに質疑を行って、責任を取って貰いたいが、その質疑さえ出来ない。

 まあ補完委員会を選出したのは、我が国を除く他の常任理事国六ヵ国です。

 ネルフが問題を起こしたら、補完委員会を選任した国に責任を負って貰いますよ」


 その言葉を聞き、セレナは耳をピクリと動かした。

 委員会の代理というだけあって、委員会が槍玉に上がるのは避けたいのだろう。立ち上がって、シンジを見つめた。


「私は補完委員会の代理としてここに来ましたが、直接補完委員会から命令された訳では無いのです。

 ドイツの外交部にいたのですが、日本語堪能という事で上司から命令を受けました。

 今の言葉で、あなたが補完委員会を信用していないのは分かりました。私から補完委員会の釈明をさせて頂きましょう」


 そう言うと、セレナは身体の一部に力を込め、秘められた力を解放した。






To be continued...
(2009.02.07 初版)
(2009.02.21 改訂一版)
(2009.03.21 改訂二版)
(2011.02.26 改訂三版)
(2012.06.23 改訂四版)


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