因果応報、その果てには

第四話

presented by えっくん様


 セレナが己の力を自覚したのは、十六歳の時だった。

 美貌を妬んだ同級生が集団でセレナに暴行を加えようとした時、強烈な恐怖がセレナを襲った。

 それをきっかけに、セレナの力が解放された。

 自分から伸びる力が、五人の同級生を侵食していく感覚をはっきり自覚出来た。

 そして、五人の同級生を自分の命令のままに従わせる事が出来てしまった。

 何故そんな力が自分にあるのか、最初は悩んだ。両親にはそんな力は無い。

 そして、変な物を食べたり飲んだりした事も無い。

 ……いや、大祖父のところで怪しげな飲み物を飲んだ事はあるが、あれが原因なのだろうか?

 悩んだセレナは大祖父に相談した。それが、セレナの転機だった。

 直に転校し、それまで受けた事の無い分野の教育を受け、能力の開発に努める事になった。

 大まかに言って、セレナの力の上限は二十〜三十人程度だ。それ以上になると影響が及ばなくなるケースが多かった。

 だが、十人程度の場合には、セレナの力が及ばない事は無かった。

 聖職者、教育者、政治家、プロレスラー等。精神的に強いと思われる人間を集中的に集めて、実験した事もある。

 稀有の美貌と併せて、セレナが立ち会う交渉で失敗した事は無かった。

 そして敵対グループの交渉者を落したのが一ヶ月前の事だった。

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 ゲンドウは霞がかかったような感覚になり、意識朦朧となりつつあった。必死に抵抗するが意識レベルが下がるのを止められない。

 原因は補完委員会の代理のセレナから放たれる力である事は、何となく分かっていた。

 だが、分かってはいても理解は出来なく、又、抗う事も出来なかった。

 そして、冬月、リツコ、ミサト、日本の首相も同じだった。ゲンドウを含めた五人が、セレナの力に呑まれようとしていた。


 ルーテル参謀総長は、立ち上がったセレナに視線を向けていた。

 そして、セレナの言葉が終わったとたんに放たれた力を感じ、必死に抵抗していた。

 確かに滅多に見ない美女である事は認める。その美貌に惹かれるものがあった事も認める。

 だが、ルーテル参謀総長が感じているのは、その美女から放たれる力に呑まれる危機感だった。

 力に呑まれたらどうなるかは分からない。分からないが、彼女に屈する訳にはいかないという思いがあった。

 だが必死の抵抗にも関わらず、意識が朦朧としていくのを止める事は出来なかった。


 ロムウェル大使も同じ状況だった。口にも顔にも出さず、セレナの美貌に少し見とれていた事は認める。

 そのセレナから放たれた力を感じた時、大使は鳥肌が立った。徐々にセレナの力が自分に浸透していくのが分かった。

 そして少しずつ、意識レベルが下がっているのを自覚した。そして意識浸透が一定レベルを超えた時、変化は起きた。


 セレナは微笑みを浮かべていた。解放した力は『魅了の魔眼』と呼んでおり、今までこの力に抗った人間はいない。

 同じ列に座っているゲンドウ以下五名が、自分の影響下に入りつつあるのを知覚していた。

 真向かいのルーテル参謀総長も必死になって抵抗しているが、自分の影響下に入るのを抵抗しきれないのも理解していた。

 ロムウェル大使も同じだ。少しずつ、自分の力が浸透して行っているのが分かる。

 そして今回の標的に目を向けた。


 今回の標的は”シン・ロックフォード”。北欧の三賢者の一人。そして、ネルフのEVAのパイロット予定者だ。

 セレナが受けた命令は、シン・ロックフォードを『魅了の魔眼』で落として、補完委員会側に引き込んで協力させる事である。

 そして、EVAのパイロットになるように仕向ける事だった。

 北欧の三賢者の一人を取り込む事は、現在抱えている北欧連合との軍事不均衡を逆転させられる妙手だった。

 そうなれば目障りな北欧連合を潰す事も可能になる。少人数の会談であれば、セレナの力を揮う事は可能だ。

 そしてこの機会を逃す事無いようにと、セレナは派遣された。派遣を命令した人間も、失敗する事は考えていなかった。

 最初の使徒戦の時に、シンジに強制されてリツコがレイの洗脳を自白した事があった。

 これは魅了の魔眼では無く、シンジの催眠術に相当するものだと分析されていた。

 催眠術程度なら、魅了の魔眼に対抗は出来ないと断定されていた。


 自分の力が確かにシン・ロックフォードと隣に座っている茶髪の少女に届いている事を、セレナは知覚していた。

 だが、届いた力が効いていない事に気がついて愕然とした。まるで、障壁があって力が流されているような感覚だ。

 今まで、この力に抵抗出来た人間は居なかったのだ。


 シンジはセレナから放たれている力を正確に理解していた。そしてそれが自分に効かない事も理解していた。

 二人とも、この程度の力では破れないレベルの障壁は常時展開している。


<まさか、補完委員会の代理が、魔眼を使ってくるとはね。まあ、力自体はミーシャより劣るけど、予想外だったね>

<……そうですね。力の方向性は私と同じですね。ただ、私よりは広範囲性があるとは思いますけど。

 どうせ、シン様と私には効きませんが、どうします? 反撃しますか? 私の力でも彼女だけに向ければ、落とせますが?>

<ロムウェル大使に施した心理障壁の効果も確認出来たしね。ただ、こちらの手の内を全部見せる事は無い。

 彼女を落とす必要性は無いよ。彼女の力の無効化だけで良い。頼める?>

<構いませんが、シン様で無くて、私がやって良いんですか?>

<ミーシャには悪いけど、ボクだけ注目されても困るからね。少し彼等の目を分散させたい。だからミーシャに頼むよ>

<分かりました>


 ミーシャはくすりと笑って、シンジに命じられるまま己の力の一部を制限付きで解放した。


 ゲンドウは、はっとして顔を上げた。今まで自分を襲っていた力が急に消滅したのが感じられた。

 意識もはっきりしてきた。隣を見ると、冬月とリツコがセレナの方を見つめていた。

 そう、セレナから放たれる力が急に無くなった。どういう事かも理解出来ず、状況を見守る事にした。


 ルーテル参謀総長も、不意に自分に浸透していた力が消え去ったのを自覚した。

 意識も急速にはっきりしてきた。何があったかは分からないが、向かいの席にいるセレナの力が消えた事だけは理解出来た。


 ロムウェル大使は少し違っていた。

 自分を侵食していた力が一定レベルを超えた時に、自分の精神の外壁になんらかの壁が出来たのを自覚していた。

 これこそが、シンジに秘密を打ち明けられた時に施された心理障壁なのかと実感した。

 自白薬、催眠術等の精神への働きかけを無効にする処置を受けている。

 セレナの力がどういう物なのかは、分かっていない。だが、自分の精神の侵食が防がれたというのは、大使に満足感を抱かせた。


 自分の力が標的たるシン・ロックフォードと隣の少女に効かない事に、セレナは驚いていた。

 そしてロムウェル大使を侵食していた力も、急に遮断された事にも驚いていた。

 それだけでも十分な驚きなのだが、そのセレナをさらなる驚きが襲った。

 自分が解放した魅了の魔眼の力。それが全て無効化されたのが分かったのだ。

 厳密に言うなら、同じ力で相殺されていた。ルーテル参謀総長やゲンドウ以下五名への力も無効化されていた。

 相殺している力の源は、標的の隣に座っているメイド服を着た茶髪の少女だ。微笑みながら自分を見ていた。


(まさか、あの子が私の力を無効化しているというの!? 北欧連合に私と同じ力を持った人間が居るなんて聞いて無いわよ!

 ……作戦は失敗か。帰ったら、急ぎ報告しないといけないわね)


 セレナは作戦の失敗を認めた。シン・ロックフォードを自分の管理下に置き、北欧連合の力を削げると期待した作戦だったが、

 相手の陣営に自分と同じ魅了の魔眼を使える人間が居るとは、想定外の出来事だった。

 あの少女の事は、必ず報告する必要があるだろう。何せ、あの少女が居る限り、自分は役には立たない。

 これで会談の行く末は定まらなくなると、セレナは判断していた。だが、自分の力が通じない現在、打てる手は無かった。

 それどころか、自分の力を糾弾されては、まずい事になる。

 まあ、相手にも同じ力の持ち主が居る以上、公にはしないと思うが油断は出来ない。

 そして、自分と同じ能力者を抱えている北欧連合に、強い危機感も覚えていた。

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「さて、ミス・ローレンツは座って下さい。あなたから補完委員会の釈明を受けても意味は無い。

 我が国では補完委員会のメンバーの信用は地に落ちている。何せ六年前に、我が国への侵攻を指示したのですからね。

 釈明は本人達でなければ無意味です。そして、我が国が補完委員会を信用する事はありえないと言っておきます」

「し、しかし「座って下さい!!」……はい」


 シンジの強い口調に、渋々だがセレナは着席した。自分の力が効かない今、自分に出来る事は無かった。

 それどころか、力を使った事を追及されては委員会そのものが槍玉にあげられてしまう。


「補完委員会が、あなたを使って小細工した事は分かりました。これでどう信用しろと?

 さらに言えば、あなたのした事は、この会談を中断する口実にもなりえますよ」

「そ、それは……」


 セレナは失敗した時の事など考えていなかった。返事に窮してしまった。

 自分が原因で、会談が失敗したなどとは報告出来ない。とは言っても、今のセレナに状況を打開出来る手段は無い。


「答えられないなら、黙っていて下さい! 二度と口を出さないように、良いですね。

 次に邪魔をしたら、その時点でこの会談は打ち切ります。信用出来ない補完委員会の代理など、やはり信用出来ませんからね!」

「……分かりました」


 シンジの侮蔑を含んだ視線を感じて、セレナの顔が屈辱に歪んだ。だが、能力を封じられたセレナはシンジに従うしか手段は無かった。


「さて、質疑応答を続けますが、良いですか? 冬月副司令?」

「あ、ああ。大丈夫だ」


 既に、冬月にはセレナの力の影響は無い。無いが、今までの二人の会話に付いていけなかった。

 だが、シンジがネルフの上位組織の補完委員会を、まったく信用していない事は実感していた。

 どうやったらシンジを納得させ、ネルフのEVAに乗せられるか、冬月は頭痛を強く感じていたのだ。


「ネルフの目的は、サードインパクトを防ぐ為では無く、ネルフが使徒を殲滅する事では無いですか?」

「使徒を殲滅する事は、即ちサードインパクトを防ぐ事になる。同じ事だと思うが」


 シンジの疑問に、首相は当然そうな顔をして答えた。


「違います。サードインパクトを防ぐ事が目的なら、今回の使徒を殲滅した我々に、何故感謝の一言も無いんですか?

 目的がサードインパクトの阻止だけなら、感謝の一言ぐらいあって然るべきじゃあ無いですかね。

 感謝が無いのは、使徒の殲滅をネルフが行いたい為でしょう。

 本当にサードインパクトを防ぐ事だけが目的なら、使徒を倒した実績の天武を使いたいとか言ってくるべきでしょう。

 でも、それをせずに、天武のパイロット兼開発者のボクをEVAとやらに乗せようとしている。

 他組織の使徒の殲滅を嫌がっているのが分かりますよ。監査無しで、国連の莫大な予算をネルフは自由に使っていますよね。

 自分達の給与を含めて、予算は好き勝手に使用出来る。羨ましい環境ですよね。その環境を失いたく無いだけじゃ無いですか?」


 ネルフの目的は世界を守る事では無く、自己権益の保全にあるのでは無いかと、シンジは辛辣に指摘した。

 そうでは無い事は分かっていたが、それでも態とネルフを貶めるのに有効だと考えたからだ。

 これに有効に反論出来ないだろうとも想定している。


「そ、そんな事は無い。君達に感謝はしているよ」


 予算の為では無いが、ネルフが使徒戦を独占したいと考えている事は間違い無い。そこを突かれた冬月の脈拍数が上がっていた。

 確かに使徒殲滅だけを目的とするなら、シンジの言ったように感謝すべきだろうが、実際は違った。

 冬月は慌てて言い繕ったが、それで誤魔化されるシンジでは無かった。


「感謝の言葉を聞いたのは今が初めてです。前回会った時は、そんな素振りさえ無かった。これでは感謝しているとは思えませんね」

「だ、だがネルフは使徒迎撃の為の組織で、各自が努力している。それは分かってくれ」

「努力? それがどうしましたか? 努力なんて誰でもしています。要は結果を出せるかどうかです。学校とは違うんですよ!

 そして、ネルフはあれだけの資金と人材を投入しても満足な結果を出していない。

 あの初号機とやらは、十年前には出来ていたのでしょう? まったく十年間何をして来たのですか?

 対して、今回の使徒を倒した『天武』は、ロックフォード財団の私財で開発したものです。

 国連や国の資金は、一切使っていませんよ。それに約三年で試作が完成していますよ」


 シンジの言葉には容赦が無かった。徹底的にネルフの追及を行うつもりだ。それがネルフから譲歩を引き出す事になる。

 最終的にはEVAに乗るつもりだが、弱みは見せられない。それにネルフの秘密を暴く良い機会だ。


「使徒の殲滅は、ネルフの仕事だ」


 ゲンドウが低い声で反論した。他の意思を拒絶し、己の意思のみ貫き通すという信念に導かれた声だ。

 だが、そんな声もシンジに何の感銘を与える事は無かった。逆にシンジの反論を呼び込んだだけだった。


「ネルフが自己資金だけで、使徒殲滅をやるのなら賞賛しますよ。だけど国連予算を使っている以上、無能は許されない。

 仮にあなた達が使徒の殲滅をしたいと思っても、国連予算を使うのであれば、あなた達の適正を確認するのは当然でしょう。

 そのネルフスタッフの能力に疑問を持っているから、確認しているんですよ。考え方もね。

 サードインパクトを阻止するだけを目標にするなら、使徒殲滅の実績がある我々に、資金は豊富なネルフが協力すれば良い。

 そうすれば、天武を今のボク専用タイプから、誰でも乗れる汎用タイプに短期間で開発する事も可能でしょう。

 セカンドインパクトで身内を無くした人は多い。パイロットに不足はしないでしょう。

 それが、一番効率の良い遣り方だと思いますよ」


 ある素質が無いと、天武は起動すら出来ない。

 現在、ある事情により後天的に素質を得たシンジを含めた三人にしか、天武は起動出来ない。

 地球上、どこを探しても同じ素質の人間はいない。故に、天武は絶対に汎用タイプの開発は出来ない。

 だが、この会議では敢えて汎用機への設計が可能であると示唆していた。ネルフに弱みを見せる訳にはいかない。


 天武が誰でも乗れるように開発出来ると聞いて、ミサトの顔色が変わった。

 自分が天武のパイロットになれれば、使徒を自分の手で殲滅出来るではないか。そんな甘美な誘惑だった。

 思わず問い掛けようとする直前にリツコに制止されたが、シンジの言葉が頭の奥にこびり付いていた。


「ロックフォード君。今回の会談の主目的は、君にネルフのEVAに乗って貰いたいと事だ。少々話しが脱線していないかね」


 シンジに押されている雰囲気を変えようと、日本の首相が反論した。

 機嫌を損ねて核融合プラントの設置が遅れても困るが、他の常任理事国との関係も損ねたくは無い。複雑な立場の首相だった。


「ああ、話しが少しずれましたかね。まあ、ネルフの体質の調査とでも思って下さい。

 何しろ、信用出来ない補完委員会推薦の非公開の特務機関ですからね。目的と能力が不明確なので、確認させてもらいました」

「くっ」


 冬月が低く呻いた。シンジの質問で、自分達を覆っていた壁が崩されているような感覚を受けていた。

 今までは特務機関の権限に守られていて、ここまでの詳細を外部に洩らした事は無かった。受け側に回ると弱い良い例であろう。


「次は資格に関してです。戦闘の指揮権限は誰が有しているのですか?」


 これは、シンジがネルフに来た時には明らかになる内容だ。問題あるまいと思って、冬月が回答した。


「碇と私、葛城作戦課長が指揮権限を持っている。緊急時には、赤木博士も指揮を取る事がある」

「……こちらが調べた内容では、司令と副司令、赤木博士は戦闘に関しては、軍事知識を持っていませんが?」


 シンジは呆れたような表情を浮かべていた。ロムウェル大使とルーテル参謀総長も同様だ。

 如何に使徒の情報を知っていても、支援兵器の性能や戦術などを知らない人間に戦闘を指揮出来るはずが無いからだ。


「使徒の情報を持っている。その為に指揮権限がある。それに葛城君は有能な指揮官だ。大丈夫だよ」

「使徒の知識を持っているだけで戦闘指揮が出来るとでも? そこの葛城一尉を有能と言った時点で、あなたの程度が知れますよ」

「何ですって!?」

「落ち着きなさいミサト。彼女は二十代で一尉になりました。この年齢で一尉というのは功績が無いと成れません」


 リツコがミサトを宥めて、シンジに暗にミサトの有能さを年齢と階級で説明した。

(ミサトを二十代と説明するのには内心の葛藤があったが、辛うじて抑えた)

 確かに一般的に考えて、二十代で一尉(大尉)というのは余程実績を上げなければ、為る事は出来ない。


「そこの葛城一尉には、二年前に会った事がありますけどね」

「えっ、あなたと二年前に? 覚えが無いわよ」


 シンジの発言にミサトは驚いた。二年前は欧羅巴に派遣されて仕事をしていたが、シンジを見た記憶は無かった。


 シンジは苦笑をしながら、二年前の話しを始めた。

 二年前に南欧の国連軍が中東エリアのある国に侵攻した。現在は中東連合に併合されているが、当時は中東連合の隣国だった国だ。

 南欧の二つの村がその国の軍隊から攻撃を受けたので、報復を行うという理由の為である。

 国連軍は、その国の国軍を撃破した後も侵攻を続けた。そして首都を含む全領土を占領しようとした。

 本当の目的は、その国が保有している油田だった。そして、中東連合に睨みを利かせる為の前進基地の設営の為もあった。


 その一部隊にいたのが、派遣されていた葛城一尉。(当時は二尉)

 当時、シンジは中東連合の復興作業をしていた。(中東連合は、北欧連合の同盟国)

 南欧国連軍に国土が占領されつつある中、その国は隣国である中東連合に救援を求めた。

 要請を受けた中東連合は救援部隊を派遣。

 アズライト大佐を司令官とする第四遊撃師団が、その任に就いた。その中には、情報士官としてシンジが含まれていた。

 南欧国連軍の侵攻速度は速く、第四遊撃師団が到着したのは、その国の首都の陥落寸前の事だった。

 アラビア海に展開していた北欧連合所属の派遣艦隊も紅海に入り、援護に加わった。

 そして首都を包囲している南欧国連軍の隙をついて攻撃を加えて、敗走させた。

 その戦いの中、敗走中の葛城二尉(当時)の指揮していた部隊を捕虜にしていた。


「……その時に、あなたは捕虜としてボクと会っていますよ。南欧軍に日本人の女性が居るのは珍しいので、覚えています。

 あの時は体全体をマントで隠して目には眼帯をしていましたけどね。アズライト大佐と一緒に捕虜収容所に行った時の事ですよ。

 あなたの胸の下に大きな傷痕がありましたよね。最初に会った時に気がついていましたが、あの時は言い出す雰囲気じゃ無かったしね」


 【アズライト大佐】、【捕虜収容所】、【眼帯】のキーワードで、ミサトの記憶の底に封印していた記憶が呼び覚まされた。

 当時の事を思い出したミサトは震えながら、シンジを指差して叫んだ。


「ま、まさか、あなたが、あの中東の悪魔の隣にいた奴だと言うの!?」


 第四遊撃師団の司令官であるアズライト大佐は、容赦無い攻撃をする事から『中東の悪魔』として名高かった。

 そして、捕虜収容所で女としての辱めを受ける寸前に、アズライト大佐の部下に助けられた記憶もある。

 確かにその時の自分はレイプされる寸前で、衣服を無理やり剥された状態だった。自分の胸の下の傷痕も見られているだろう。

 それはミサトにとって屈辱の記憶だった。


「そうですよ。南欧国連軍に家族を殺された人間が、女性捕虜に乱暴を加えようとした時に止めさせたのにボクは立会いました。

 確かあなたは、殴られて口から血を流していましたね。ハンカチを渡した事は覚えていませんか?」

「……ハンカチの事は覚えているわ。あの時はありがとう。

 ……後で聞いたけど、片目の男は中東の悪魔の腹心と聞いたわ。あなたがそうなの?」


 最初の攻撃で南欧国連軍の司令部が潰され、命令系統が混乱した。残された部隊は、まともな反撃が出来なかった。

 第四遊撃師団の集中攻撃は凄まじかった。良く五体満足で生き残れたものだと思う。今思い出しても、身体は震える。

 結局、南欧国連軍は敗走した。逃げ切れなかった兵士達は、臨時の捕虜収容所に収容された。その中にミサトも居た。

 捕虜収容所で、自分達を撃破したアズライト大佐の噂を色々と聞いた。

 その中の一つが、片目の小柄な男はアズライト大佐の腹心という話しだった。


「腹心というのは違いますね。技術士官として、大佐に協力しただけですよ」

「で、でも、あなたは当時は十二歳よ。何故、子供が軍に居たのよ?」

「その子供にEVAに乗れと迫ったのは誰ですか? まったく、子供という事を都合よく使わないで欲しいですね。

 知っての通り、北欧連合と中東連合は同盟を結んでいます。その中東の復興をする為に、中東に行っていたのですよ。

 技術系の仕事がメインでしたが、治安維持にも協力していましたからね。

 その関係でアズライト大佐と一緒に出撃したという事です。技術士官の扱いですが、ある程度は修羅場も経験していますよ」

 (まあ、軍事経験を積む為に、わざわざ中東に行ったなんて言えないしね)


「……ワルキューレのデビュー戦だったわね。あれで制空権を確保。いきなり司令部を潰して、アウトレンジからロケット砲の攻撃。

 そしてコンピュータのハッキングによる混乱。満足な抵抗も出来ずに、ただ逃走するだけだったわ。

 でもあの時、中東連合がいきなり介入してくるなんてずるいわよ! 奇襲を受けたからあの時は負けたのよ。

 正々堂々戦えば、あんな無様な姿は晒さなかったわ!」

「当時のあなたは中尉に過ぎず、指揮範囲も狭かったから、あなたが原因で南欧国連軍が敗走した訳ではありません。

 捕虜になった事は、あなたの能力が無い証明にはなりません。ですが、今の『正々堂々』という言葉で十分です。

 小隊や中隊レベルの指揮官ならともかく、それ以上の部隊の指揮をあなたに任せるのは危険と判断します。

 人には器量というものがあります。あなたは戦術指揮官として優秀かも知れませんが、それ以上の器量は無いと判断します。

 それと、本当に優秀な人なら予定の時刻に遅刻なんかしませんよ。

 あなたは駅にボクを迎えに来る予定だったのに遅れましたよね。リニアが途中で止まった事は言い訳にはなりません。

 ヘリを手配するなどの対策はとれたはずです。あなたにその権限はありましたよね。でも、しなかった。

 古代中国では、軍の集合時間に遅れたら死罪ですよ。軍隊の場合は、時間に遅れる事は敗北に繋がりますからね。

 あなたは遅刻した。その一点だけでも、軍人として優秀では無いという証明になります


 ミサトは尚も反論しようとしたが、リツコに諌められて渋々席に座った。

 リツコにとって、シンジが軍に居たという情報は初耳だった。

 兵士では無く技術士官というのは、ある意味当然だろう。まさか、北欧の三賢者ともあろう人間をただの兵士で使える訳は無い。

 だが、シンジの歳で軍隊経験があるというのは異常である。

 高名な科学者であり、機動兵器のパイロットであり、そして今回は軍隊経験まであると言う。

 十四歳にしては、絶対に異常な経歴だ。何か理由が無ければ、説明は付かない。シンジには隠された秘密が絶対にある。

 リツコはシンジに興味を持つ自分を止められなかった。


 ゲンドウと冬月にしても、シンジが勝利者側として、捕虜のミサトと会っている事は想像外の出来事だった。

 その事は物理的に影響する訳では無いが、シンジはミサトに対して精神的に優位な立場にあるという事になる。

 軍隊経験がある事もまずい。ゲンドウのシナリオでは、ミサトの指揮でシンジを戦わせる事になっている。

 だが通常の軍隊を知り、捕虜となったミサトを見ているシンジが、ミサトの指揮に素直に従うとは思えなかった。


 ルーテル参謀総長は、シンジの説明に目を瞠っていた。シンジが名高い北欧の三賢者の一人であり、使徒を倒した天武の開発者、

 兼パイロットという説明を受けた時も驚いたのだが、軍隊経験まである事に驚いていた。

 もっとも技術士官という事なので、シンジの軍隊経験に期待するものでは無い。

 だが十四歳の少年が、これほどまでの経歴を揃えている事には驚きを隠しきれない。

 閑職の立場だが、この前の使徒戦以降は、何かと権限が戻って来ている。北欧連合の後押しもあるだろう。

 そして、この少年を擁する北欧連合か。後で、シンジとじっくり話し合おうとルーテルは考えた。


「マルドゥック機関の報告で、ボクがパイロットに選ばれたと言ってましたが、何時ボクの情報を調べたんですか?」

「分からないわ。私達ネルフはマルドゥック機関の報告を待つだけなの。彼らがどんな事をして調べたかは分からないわ」


 この程度は問題無いだろうと、シンジと視線が合っていたリツコが答えた。

 だが、その程度で納得するシンジでは無かった。ネルフの秘密を探る良いチャンスなのだ。シンジの追及は続いた。


「その機関の情報を下さい」

「……機密になっているわ」

「……また機密ですか?」


 シンジは委員会の代理たるセレナを見た。だがセレナはシンジと視線を合わそうとはしない。ただ、黙って正面を見ていた。

 視線をリツコに戻して、考えられる推測内容を披露した。それも態々ネルフの失態を追及する方向にだ。


「ボクの『碇シンジ』としての情報を調べられるのは、三歳までしか調べられない。

 という事は今になって選ばれた訳では無く、最初からネルフはボクがパイロットの素質を持っていると知っていたと言うのか?

 いや、それなら手放さないはず。ならば、ネルフは指定の相手をパイロットにする事が出来るのか。それなら納得出来る。

 確かに、呼ばれた当日に使徒が来る。しかも、パイロットはネルフの司令と関係があったなんて、出来過ぎだ。

 臭い芝居の好きなネルフのやりそうな事だ。レイを使った芝居もあったしね。

 となると、マルドゥック機関自体が自作自演か。まったく、どこまで信用出来ないんだか……」


 シンジは自分の推論を展開した。話している間は揶揄を含んだ視線で、ネルフの四人を見つめていた。

 リツコと冬月は内心では狼狽し、顔に出ないよう労力を強いられた。ゲンドウはこの程度では、表面上はびくともしない。

 こんな僅かなデータで、自分達が延々と築き上げてきたシステムの一端が暴露されたのだ。

 内心では、シンジ、いや北欧連合がどこまで自分達の事を調べ上げているのか、恐れを抱いていた。

 当然、シンジに”マルドゥック機関が、ネルフの自作自演だ”などと認める訳にはいかない。


 そう考えた時、シンジが自分を見ている事に気が付き、リツコは少し動揺した。

 シンジの自分に対する対応には悪意を感じる事があった。最初の対応が拙かった所為だろうが、リツコは少し身構えていた。


「さて赤木博士。あなたは無くなった母親の後を継いで、MAGIのセットアップとEVAの改良等を行ってきた。

 これは間違い無いですね」

「ええ、そうよ」


 そうだ、MAGIを作ったのは母さんだが、立ち上げたのは自分だ。そこには、己の技術に対する自負があった。

 そんなリツコをシンジは冷たい視線で見つめていた。何と言ってもモルモットを見るような視線で見られた事は忘れてはいない。

 それに初号機の格納庫でEVAに乗れと強引に迫った事もだ。何かと目下に見てくれた事もあって、意趣返しをするつもりだった。


「MAGIのセットアップに時間がかかり過ぎの気がしますが、まあ良いでしょう。

 でもEVAに関しては、改良と言っても微々たるものでは無いですか?

 何せ特定のパイロットしか乗れないという致命的は欠陥を抱えている。十年全部をあなたが指揮した訳では無いでしょうが、

 それでも莫大な資金と各地から強引に引き抜いた研究者の数を考えると、怠慢と言えませんか?」


 怠慢だと? この子は私の能力監査をするつもりなの? リツコはシンジの言葉を侮辱と感じて声を荒げた。


「MAGIは生体コンピュータよ。前例が無い次世代のコンピュータなのよ。時間がかかるのは当然だわ。

 EVAの改良の他にも兵装関係とか、色々と仕事はしているのよ。怠慢とは心外だわね」


 自分の半分程度しか生きていない子供に、自分の才能にケチを付けられる。

 自分自身の才能に自負を抱いていたリツコに取って、屈辱であった。当然、声にも力が入っていた。


「抱え過ぎは認めますがね。その場合は、仕事を分担すれば良い。何と言ってもあなたは管理職にあるんですからね。

 経歴を調べると、コンピュータ工学や生体工学系が専門なのは分かりますが、専門外の開発責任も持っている。

 ボクが問題にしているのは赤木博士個人の技術能力では無く、組織の責任者としての管理運営能力です。

 ネルフが引き抜いた有能な研究者は百人を超えます。彼らを適切に指導し、管理しているのですか?

 あなたは専門職では無く、管理職務もありますよね。部下の指導や管理が適切であると言えるんですか?」


 リツコはシンジの言った内容に大きな衝撃を受けていた。

 ネルフは機密が多く、引き抜いた研究者といえども早々仕事を任せる事は出来ない。機密漏洩を防ぐ為だった。

 彼らはネルフに競合する事の無いように、ネルフの特務権限で強引に移籍させた者達である。

 ネルフに競合する兵器の開発を防ぐ為に移籍させたので、ある意味飼い殺し状態だった。

 確かに一般論から言って、リツコは管理職としては責任を果たしているとは言えない。

 ダミープラグなどの機密に関する開発は、リツコとマヤの二人だけでやっている。人数がいても、彼らには頼れない。

 だがシンジにそれを言う事は出来ない。それもあるが、リツコが衝撃を受けたのはシンジの視野の広さだ。

 シンジは開発者としてでは無く、管理者としての責任の面で自分を責めている。

 確かに蔑ろにしてきた分野だが、組織の管理者としては許される事では無かった。

 それをシンジが指摘した。ただの十四歳の少年が気がつく内容では無いだろう。

 才能があっても、幅広い経験がなければ、指摘出来る事では無いのだ。


「ネルフには機密情報が多い。だから、赤木君も不用意に作業分担出来ないんだよ」


 リツコが返答に困っているのを見て、冬月は助け舟を出した。だが、シンジは速攻で反論した。


「では機密という理由で、非効率な体制である事を認めるんですね? 膨大な国連予算を無駄に使っていると?」

「…………」


 そうだと回答すれば、北欧連合は非効率な組織に金を出す気は無いとか言い出すだろう。

 当然、協力も拒否される。冬月は沈黙するしかなかった。


「そもそも特定のパイロットしか起動出来ないという問題を、十年間放置しておいて機密を盾にするつもりですか?

 十年あれば汎用タイプへの設計変更も十分出来たでしょうに、問題を放置して起動が出来るレイを攫って来て洗脳する。

 そして、ボクを強制徴兵しようとする。ネルフの無能を隠す為の特務権限なんですか? 答えて下さい!!」


 シンジの強い口調の質問に、冬月もリツコも答えない。いや、答えられない。

 予めパイロットは決まっており、汎用タイプの設計はゼーレが行う予定になっていた。

 委員会からの指示でもあり、リツコに問題は無い。だが、その事はシンジには言えない。

 レイの事を攫って来て、洗脳したと勘違いしている。ああ、洗脳は間違っていない。

 レイの素性を怪しんでいないのは不幸中の幸いか。そう考えながら、冬月はシンジをどうやって宥めるかを考えていた。


「赤木君は良くやってくれている。彼女の才能は間違い無いよ」

「……姉は三年でユグドラシルをハード、ソフト共に立ち上げていますよ。MAGIと同じ生体コンピュータです。

 それにいくら頑張っても、結果を出せなければ無意味。学校とは違うんですよ。分かってます?

 それに、そこの赤木博士に才能があると仮定しても、それをうまく指導しなければ、無意味です。

 つまりは赤木博士の上司の監督責任を問われるという事ですよ。赤木博士の上司の冬月副司令殿」


 民間企業の場合、一般的には如何に個人の能力が高くても、部下の管理能力が無ければ管理職には為れないものだ。

 その場合は部下を持たない専門職が用意されるのが一般的だ。だが、リツコの場合は部下を大勢抱える管理職であった。

 そして、さらに上級の管理者は部下の管理者の能力指導をする事が必要になる。

 それは一般的には専門分野では無く、部下の管理方法などがメインになる事が多い。この場合の冬月はどうだろうか?


「…………」


 冬月は何も言い返せなかった。シンジの指摘内容は盲点だったところが多いので、返答に窮する事が多かった。

 事実、冬月は元大学教授という事もあって、表面的な人との対応は何とかなるが、部下の教育などは眼中には無かった。


「部下をフォローするのは良いですが、次は冬月副司令の番ですよ」

「わ、私もかね!?」


 冬月が少し狼狽した。まさか、自分まで槍玉に上がるとは思っていなかった。

 だが、シンジは容赦はしない。レポートだけで無く、実際に本人から聞きだした内容の方が信憑性はある。

 それに実態を暴いた方が後々の交渉に有利に働く事は間違い無い。シンジの追及が止まる事は無かった。


「ボクがネルフのEVAに乗るとしたら、関係する人間の人柄と能力の確認は当然でしょう。

 京都大学において『形而上生物学』の教授。碇ユイの恩師にあたる。セカンドインパクト以後、ゲヒルンの副所長に就任。

 ネルフへの昇格時に、ネルフ副司令に就任。大まかに、これで良いですか?」


 シンジは書類を読み上げるでも無く、記憶にある情報を口にした。

 それを見て、リツコは微かに眉を顰めた。シンジが冬月の個人情報をある程度記憶している事を警戒したのだ。

 それは、ネルフ首脳部の個人情報をシンジが詳細に把握している事を意味する。事前調査が無ければ不可能な事だろう。


「ああ、間違いは無い」


 冬月は大きく頷いた。昔の事を思い出しているのだろうか、少し遠い目をしていた。


「京都大学で教鞭を取っていた時には、軍事関係に一切関係していない。

 使徒に関する知識は、セカンドインパクト以降に得た内容と判断します。

 それで使徒に関する情報を持っているだけで、使徒戦の指揮が取れると思っているんですか?

 軍事関連知識と経験が無いあなたに戦闘指揮が取れると? 使徒に関する知識を持っているが、機密の為に公表出来ない?

 そうなら、アドバイザーに徹した方が良いですよ。

 軍事関係の知識と経験が無くて、副司令ですか? 任命した方もそうですが、軍を甘く見てませんか?

 素人が作戦を指揮して失敗した場合、責任はどうするんですか? まさか補填で国連予算を使う事は無いでしょうね。

 そんな事をしたら、我が国は国連への拠出金の納付を停止し、今までの納付金を返還して貰いますよ。

 嫌なら休戦協定の破棄と認定しますよ。何せ、ネルフの失敗が北欧連合の拠出金に関係しますからね」

「…………」


 冬月はシンジの言い方に怒りを感じたが、失敗した場合には国連拠出金の返還要求を出すと言われ、何も言えなくなった。

 しかも休戦協定の破棄に繋がると明言した事は、セレナの顔色まで変えた。

 ネルフの失敗の度に、補完委員会が表に立たされるという事か?

 ネルフ側の人間の顔色など知った事では無いと、シンジは追及を続けた。


「最後に碇司令です。京都大学在籍中に碇ユイと知り合って結婚。大学在籍中は、冬月教授と面識有り。

 葛城南極探査隊に参加するも、セカンドインパクト前日に南極から日本に戻る。

 以降はゲヒルンの所長に就任。碇ユイと共にEVAの開発を行う。碇ユイはEVAの起動実験に失敗して死亡。

 ネルフへの昇格に伴い、ネルフの司令官に就任。間違い無いですね」

「ああ、そうだ」


 ユイは死んではいないと叫びそうになるのを、ゲンドウは必死で堪えていた。

 ここでユイは死んで無いと言ってしまえば、シンジは不審に思い確認するだろう。ここは耐えるしかなかった。

 ゲンドウが南極探査隊に参加していたと聞き、ミサトは顔色を変えるが声は出さなかった。


「では、我が国のネルフの認識内容を説明します。これはボクの認識では無く、政府上層部の認識です。誤解の無いように」


 そう言ってシンジは淡々と説明を始めた。

 特務機関ネルフは人類補完委員会のバックアップの元、元の研究機関ゲヒルンを昇格させたものである。

 そのトップは『碇ゲンドウ』。強権をもって組織の維持や権限の拡大を行う手腕は脅威に値する。

 だが、その性格は国連の特務機関のトップとして、適正かどうかに関しては大いに疑義があるという内容だった。


 三歳の実の息子への暴行。妻の実家の財産の処分。拉致や洗脳を臆す事無く発言するその性格。

 特務機関の司令職として、適正な性格とはいえない。寧ろ、裏方などの業務が相応しいと判断されている。

 さらに使徒の情報を持っているとはいえ、軍事知識が無いのに特務機関の司令職というのは、非常識極まる。

 サードインパクトを防ぐのが最終目的なのは理解出来るが、その手段として非効率的な手法が取られる懸念が大いにある。

 つまり、非効率的な手法を取る事により被害が増大。国連予算を圧迫させる危険性が十分にある。

 よって、現ネルフ司令の碇ゲンドウに、使徒戦の全権を委ねるのは極めて危険。

 可能ならば、彼をアドバイザー的な地位に留めて、指揮官は豊富な軍事知識持った経験豊かな軍人をあてる事が望まれる。

 だが、現実には碇ゲンドウは補完委員会が全面的に支持しており、降格処分等は下せる状況には無い。

 ネルフが非効率的な手法を取って被害を拡大させ、追加拠出金を際限無く要求してきた場合には、ネルフの幹部を拘束し自白剤に

 よる強制尋問や、そのネルフを支持する補完委員会と他の常任理事国各国への武力殲滅を検討する必要がある。

 シンジが淡々と語った内容に、冬月は強く反応した。


「わ、我々を強制尋問するとは、人権侵害では無いかね? それと委員会を支持する国を武力殲滅とは聞き捨てならない!」


 ここまで北欧連合が詳細に、そして冷酷にネルフや委員会を見ていたとは冬月は予想していなかった。

 ゲンドウでさえ眉を顰めた。リツコとミサトは叫びたいのを必死に堪えた。

 セレナも眉を顰めていた。ネルフの被害が増大し、際限なく予算を追加請求すれば、国を滅ぼすと言っているのだ。看過出来ない。

 確かに北欧連合は経済力ではゼーレには遥かに及ばないが、科学力と軍事力は突出している。

 あのレポートは絵空事では無い。実現可能なのだ。それを理解していたのだろう、他の出席者にも緊張が走った。


「現時点で国連拠出金を出した為に、社会福祉関係の予算が制限されて、貧困に窮している人が増えています。

 我々はネルフの組織運営能力と戦闘指揮能力を疑っています。この状態で事が進めば、被害が増大し、

 ネルフは国連の拠出金を際限無く使い、各国の貧窮が際限なく拡大します。その内に餓死者が出る可能性もあります。

 こんな状態を数年も続けたら、サートインパクトを防げても、世界全体が衰退してしまう。

 いや、その前に作戦に失敗し、サードインパクトが起きる可能性の方が高い。

 それを防ぐ為には、ネルフ首脳部四人の人権など無視して当然だと思いませんか?

 何せサードインパクトを防ぐ為と言って、誘拐や洗脳を当然と思ってますよね。ボクを強制拘束しようとしましたしね。

 同じ事をこちらが言っただけですよ。サードインパクトを防ぐ為には、ネルフ首脳部四人の人権など考慮する必要は無いと。

 そして拡大解釈して、世界全体を救う為なら、補完委員会を選んだ旧常任理事国六ヵ国を滅ぼしても構わないと。

 嫌なら、ネルフ首脳部の実力が余人に替え難い事を証明してくれれば、前言を訂正します。その証明も無しに信用は出来ません」


 シンジから見て、一番左側に座っているのがゲンドウだ。

 ゲンドウは今までの経緯を思い出し、自分なりの分析を行っていた。

 シンジ、いや北欧連合はこちらの情報をかなり有しており、こちらの性格、能力判断を済ませている。

 先の自分のレポートも、その証拠だろう。だが…………

 自分の子供に、お前はこの程度だと言われ、心の中の怒りを必死に抑えていた。

 ここまでネルフの内情を調べたシンジを、どうやってコントロールするか? シンジの弱点は?

 何とかこの交渉をまとめ、シンジを初号機に乗せないとシナリオは始まらないし、ネルフ崩壊の切っ掛けになる。

 形勢を挽回させる為の妙手を、必死に考えていた。


 ネルフの実状が予想以上に細かく調査されていると冬月も理解していた。

 シンジが来た時からでは無く、数年前から周到に準備していたのだろう。

 それに引き換え、我々は彼らの事をまったく知らない。不利な状況だと判断していた。

 しかも、あのレポートだ。北欧連合は、補完委員会、いやゼーレとの全面戦争も考えていると言う。

 もし、戦争が起これば補完計画など実行出来ないでは無いか。その前にネルフは消滅か……


 リツコは反省していた。

 ゲンドウの命じるまま技術課長としてやってきたが、一研究者としてはともかく管理者としては失格に等しい。

 恐らく、数年前からネルフは調査対象になっていたのだろう。それは、シンジの発言を聞いていれば分かる。

 リツコが驚いたのは、シンジの切り替えしの速さと視野の広さだ。十四歳の少年とは到底思えない。

 シンジの行動や発言は、それなりの経験が無いと出来ないものだ。

 何故、シンジがこれほどの経験を持っているのか? たった十年でこれほどの事が出来る経験を習得出来るものなのか?

 そこにシンジの秘密があるのだろうと感じていた。

 それと最初に会った時の事を思い出していた。あの時は適当な実験体ぐらいの気持ちでシンジに接していた。

 実際、初号機に乗れと強くシンジに命令している。北欧の三賢者だと知らなかったとはいえ、今から考えれば完全な失敗だ。

 今のシンジの辛辣な態度は、その時の事が影響しているのだろう。どう関係改善をすれば良いだろうか?


 ミサトは中東で捕虜になった当時を思い出し、愕然としていた。

 奇襲を受けて負けた事は認めざるをえないが、捕虜として味わった屈辱は今思い出しても身体が震えてくる。

 しかも、シンジに無様な姿を見られていた。シンジ達が来なければ、自分はレイプされ嬲り殺しになっていたかも知れない。

 だが、自分の半分程度しか生きていないシンジを認める事など、ミサトには出来なかった。

 ましてや、自分の事を優秀では無いと言い切ってくれた。自分の指揮下に入る予定だったシンジがだ!

 ミサトは屈折した感情をシンジに抱いた。だが、今はそれを口には出せない。そんな事をすれば会談は終了だ。

 ネルフは解散させられるかも知れないとリツコから聞いている。必死に我慢するミサトであった。


 首相はネルフの実態がここまで酷いものだとは思わなかった。

 確かに特務権限を有しており大きな発言力はあるが、これでは安心して任せる事が出来ないでは無いか。

 だが、補完委員会の指示もある。何としても、シンジにEVAに乗ってもらう必要がある。どうしたものかと考えていた。


 委員会代理のセレナ・ローレンツは、ネルフの実態がここまで酷いとは知らなかった。

 既にシンジから口を出すなと釘を刺されており、口を挟む事は出来ない。

 だが、補完委員会に有利に事を進めなければならない。それが職務でもある。

 補完委員会の目的に沿うようには、どうすれば良いか考えていた。


 しばらくの間、沈黙が会議室を支配した。シンジがネルフをいかに信用していないかを、実感した為である。

 ここまで酷い状況では、シンジを納得させる手段が思いつかない。それ故の沈黙だった。

 その沈黙をシンジが破った。

 最終的にはEVAに乗るつもりだが、出来るだけネルフの譲歩を引き出す必要がある。そろそろ頃合かと考えていた。


「さて、ボクにネルフのEVAに乗って欲しい。そして、ボクが希望する条件を言って欲しいとの事でしたよね」

「……ああ、そうだ」


 首相が答えた。ネルフの詳細を知ったが為に、今後の対応を考えていたのだ。少し対応が遅れてしまった。


「今までの質疑応答で、ネルフは信用に値する相手では無いと再認識しました。

 その上でEVAに乗るからには、ネルフの影響を出来るだけ排除しなければ安心出来ません。

 それにボク個人とロックフォード財団、北欧連合の本国にもメリットが無ければ、EVAに乗る必要は無いと言う事です。

 一応家族会議を開いて、家族の意見を聞いてから回答します。三十分程待って下さい」

「いや、ここで君の希望を言ってくれて良いんだが」


 家族会議などされると条件が厳しくなりそうだと冬月は判断して、シンジの希望だけで済ませようと誘導した。

 だが、ネルフの譲歩を出来るだけ引き出すには、ネルフが如何に信用出来ないかを強調する必要があった。

 それに成功した今は、ネルフから引き出す譲歩の条件を詰める必要がある。実際には決まっているが、形を整える必要があった。


「そうも行きません。何せ敵地と認識しているネルフの中に入ろうとしているからには、家族の許可は必要です。

 それに、こちらにメリットが無ければ、EVAに乗る必要は無いという事です」


 そう言って、シンジは席を立った。後にミーシャ、ロムウェル大使、ルーテル参謀総長が続いた。

 事前にネルフに要求する内容は決めてあったが、形式としては家族会議を行ったように見せる為である。

 三十分間の休憩時間中、シンジはシャワーを浴び、ゆっくり寛いだのだった。


 ネルフの四人と首相、セレナは、そのまま席に座っており、今後の対応を各自が考えていた。

***********************************

 三十分後、シンジとミーシャ、ロムウェル大使、ルーテル参謀総長が部屋に戻ってきた。


「家族会議でボクがEVAに乗る条件を決めてきました。画面に出します」


 そう言って手元のキーボードを操作し、モニタに大きな文字で条件が映し出された。


《第一条件。今回のネルフの不始末で、ネルフそのものは罪を償っていない。

 よってここに居る四人、ネルフ司令、副司令、技術課長、作戦課長の二階級降格を要求する。

 連帯責任として、その他のネルフ全職員の一階級降格も含まれる。

 補足:四人の降格は完全なる懲戒行為であり、その他一律の一階級降格はネルフ司令部の不始末を周知させる為である》



 モニタには日本語で文章が表示されていた。それを読んだネルフの四人の顔色が直ぐに変わった。


「ま、待ってくれ!!」


 こんな事を受けたら、ネルフ全体の規律が崩れてしまう。ゲンドウは二将から准将、自分は准将から二佐に降格?

 そんな事は認められない。冬月はシンジに待ったをかけた。


「冬月君、待ちたまえ。話しはロックフォード君の条件を、最後まで聞いてからだ」


 首相は冬月を制止した。こんなところでシンジに反論しようものなら、会談は流れてしまう。

 話を最後まで聞いてから判断すべきと考えていた。


「まあ、こちらから見た階級と能力差の是正処理も入っています。では第二条件。少し個人的な条件が入っています」

 シンジは次の条件をモニタに出した。


《第二条件:司令と副司令の給与を降格後50%カットを要求する。

 但し、国連予算からでは無く、補完委員会からの給与不足の補助は禁止するものでは無い。

 さらに、人類の為の犠牲を強要したからには、自己資産の提供を要求する。二人の資産の80%を没収。

 司令の資産からは、潰した碇の家の資産分に利子を付けて、『碇シンジ』に返却する事。

 残りは、綾波レイを攫って洗脳した事に対する賠償金に当てる。

 洗脳を命令したのは司令だが、副司令は連帯責任を持つものとして、司令と同じく80%の資産を没収する事とする。

 尚、資産評価は本人の自己申告では無く、補完委員会の方で査定して申告する事。

 万が一、隠し資産があった場合、申告漏れした百倍の額の違約金を補完委員会が払う事。

 払わない場合は休戦協定の破棄と判断する。

 技術課長と作戦課長に関しては、給与カットは20%とする。資産没収は無し。

 給与カットは無期限であり、常任理事国会議の承認が無い限り、ネルフ全員の昇格と昇給は禁止する。

 これは零号機パイロットを洗脳した事と、『碇シンジ』を脅迫した事に対する罰である。

 前述の司令と副司令同様に、補完委員会からの給与不足の補助は禁止するものでは無い。

 その他の職員も、降格後一律10%のカットとする》



 まったくの報酬無しでEVAに乗る事を承諾すると、怪しまれる可能性があった。その為に個人的に報酬を貰う事にしていた。

 報酬が国連予算では無く、ゲンドウと冬月の個人資産を指定したのは、嫌味を込めた為だ。

 幾ら溜め込んでいるかは知らないが、結構な金額になるだろうと予想していた。

 その他の職員一律の給与カットも、ネルフ職員に警告を与える為もあった。

 北欧連合の結論としては、ネルフスタッフの救済を一切考慮していなかった。

 個々には善良な人もいるだろう。本当に、人類の為に働きたいと考えている人も多いだろう。

 だが、そんな彼らを取り込もうとすると軋轢が生じ、スパイを呼び込む切っ掛けにも成り得てしまう。

 優秀な人間、善良な人間、勇気ある人間は確かに欲しいが、自分達は万能では無い。

 だから、こちらの計画が失敗する危険は極力、回避したいと考えていた。

 切捨て。そう、切捨てだ。強いて言えば、ネルフを自主退職するように仕向けるのが精々だ。

 だが温情をかけて計画が失敗するよりは、汚名を被ってでも計画を成功させた方が良い。それが結論だった。

 ネルフと同じ事をしているという指摘もある。だが、敢えて目を瞑る。非難を受ける覚悟は出来ていた。


 ゲンドウと冬月の顔に怒りの色が浮かんでいた。だが抗議は出来ない。

 リツコとミサトにしても、給与が20%カットという要求がくるとは予想もしていなかったので、思わず抗議しそうになった。


 シンジは操作を続けて、次の条件をモニタに出した。


《第三条件:補完委員会の権限の縮小。信用出来ないネルフ首脳を選任した事に対し、任命責任を負ってもらう。

 ネルフに対しての権限はそのままだが、国連予算と国連軍に関しては、一切の命令権限を剥奪する。

 但し、勧告等のアドバイス権限は残す。

 補足:補完委員会の情報公開を要求に含めようとしたが、聞き入れないと判断し、要求には含めない》



「戦争に勝てる人間なら、良識など無くても良い。緊急事態の時はそれもありでしょう。

 ですが、能力が無く良識も無い人間を要職につけた任命責任を、とって貰いましょうか」


 シンジはセレナの方を含み笑いしながら一瞥して、手元の操作を行った。


《第四条件:ネルフの権限の縮小。日本国を含む、他国の主権侵害の権限は全て剥奪。人材の強制徴集権限も剥奪。

 子供に対する徴兵権限の剥奪。他の組織に対する徴発権限の剥奪。国連の会計監査を受ける事》



 日本の首相の表情に笑みが浮かんだ。国を預かる者としては、ネルフの主権侵害権限は苦々しく思っていたのだ。


「ネルフの特務権限が大きい割りには、それを運営する人間の能力が不足していると考えています。

 良い例が、赤木博士ですね。その是正処理と思って下さい」


 リツコの顔が屈辱で歪んだ。シンジの皮肉は自分の管理責任の欠如を突いている。

 実際に部下の管理と指導を疎かにしてきた事は事実なので、リツコは反論出来なかった。


《第五条件:シン・ロックフォードは中東での功績で、技術少佐の地位にある。ネルフの考える中尉の階級は不要。

 ネルフはEVAの維持管理のみとし、戦闘指揮に関しては国連軍と北欧連合軍より選抜された人間が担当する。

 ネルフの現作戦部は使徒の情報を知っている為に、作戦立案のみを行い戦闘指揮権限は剥奪する。

 異議がある場合は、北欧連合が実施する試験を受けて戦闘指揮能力を証明する事。

 試験に合格しなければ、戦闘指揮権限は自動的に剥奪される。これには司令と副司令も含まれる。

 経理部(部長と要員数名)、総務部(部長と要員数名)、保安部(課長と要員数十名)ともに要員を派遣する。

 尚、派遣要員の給与は現在の所属組織から支給される。ネルフは派遣要員の給与を考慮しなくても良い。

 又、国連と北欧連合より派遣された人間に、ネルフは一切の命令権を持たない。(勧告権はある)

 当然、使徒殲滅の実績は、国連軍と北欧連合が持つ事になる》



 自分の戦闘指揮権限が剥奪されるとの項目を読んで、ミサトは立ち上がって抗議しようとした。

 だが、リツコから決定では無く交渉の余地があると聞き、何とか我慢した。

 リツコは降格処分は仕方の無い事だと受け止めていた。だが、ネルフ本部に他組織の人員を受け入れる事は問題になる。

 これは再交渉が必要だと感じていた。


《第六条件:ネルフ司令は碇家を追放された事を受け入れ、旧姓の六分儀に戻る事。

 改名後、碇の姓を名乗った場合は、即座にネルフの司令職を解任し、身柄を北欧連合に引き渡す事とする。

 尚、ネルフ司令はシン・ロックフォード(碇シンジ)に対し、親として接してはならない。

 違反した場合、一回につき十億円をネルフでは無く補完委員会が支払う事。

 罰金の支払いの要求を無視した場合、休戦協定の破棄とみなす。

 尚、証拠は音声付の映像ファイルで提出する事を義務づける。名前を呼び捨てにした場合も含まれる》



 ゲンドウの顔が大きく歪んだ。ここまで辛辣な条件を突きつけられるとは予想はしていなかった。

 だが、まだ反論すべき時では無い。取り敢えずは最後まで条件を聞こうとゲンドウは内心の怒りを堪えていた。


《第七条件:シン・ロックフォードがEVAに乗る前に、ネルフはEVAの安全性を検証する事とする。

 具体的には、ネルフ司令、副司令、赤木博士、葛城三尉の四人がEVAに乗り、碇ユイが取り込まれたような事が

 再発しない事と、EVAの安全性を証明する事を要求する。代理は認めない。必ず前述の四人が証明を行う事。

 四人がEVAに乗って安全が証明された後に、シン・ロックフォードはEVAに試験搭乗する事とする》



 四人は自分達がEVAに乗りシンクロ試験を受けろと要求されて驚いていた。

 パイロットが予め決まっていたので、他の人間がシンクロしない事は分かりきっていた為だ。

 特にリツコはLCLを肺に入れる必要があり、さらにはあの女とシンクロを試さなければならないのかと顔を歪めた。

 リツコにとって、無意味で苦痛でしか無い試験だ。


《第八条件:綾波レイは現在洗脳の解除中である。EVAに乗るかは、洗脳が解けた後の本人の判断による。

 ネルフ司令が洗脳を指示した事もあり、綾波レイに対してネルフの全職員は会話と接触を一切禁じる。

 公務中は当然含むが、プライベート中であっても適用される。

 違反した場合、第六条件と同じく一回にあたり十億円をネルフでは無く委員会が支払う事。罰則規定も同じ。

 又、綾波レイに対しての人権侵害や人体実験の証拠が出てきた場合、ネルフ司令と赤木博士はネルフを懲戒免職処分とし、

 我が国に身柄を引き渡す事とする》



 レイの洗脳がそう簡単に解除出来るはずが無いと、ゲンドウは考えていた。

 レイを洗脳する為に、手に火傷まで負ったのだ。レイは必ず戻ってくると思っていた。

 だが、このモニタに表示されている条件では、レイとの会話と接触を禁止されている。流石にこの項目を認める訳にはいかない。


「認められん!!」


 ゲンドウはシンジを睨みながら、提示された条件を拒否した。

 シンジとしても、ゲンドウが一度でこの条件を承諾するとは思っていなかった。

 さらにゲンドウに揺さぶりをかける為に突き放した。


「認められないなら結構。交渉決裂だね。これ以降は一切ネルフと交渉はしないから、そのつもりでね。

 勿論、日本の皇室からの仲介も、ネルフ関係は一切拒否させて貰います。

 兄さんからは帰国を急かされているから、明日にでも帰国します。もう会う事も無いでしょう。御帰り下さい」


 シンジは立ち上がって、これ以上の交渉は不要と会談決裂を宣言した。

(どうせ、こっちが拒絶しても、ネルフが頼み込んで来るのは分かっているからね)


「ま、待ってくれ。いや待って下さい! これは持ち帰りとさせて下さい。これだけの条件は即答は出来ない。時間を頂きたい」


 慌てた冬月が、後日の回答にしたいと希望した。確かにここまでの条件をこの場でOKする訳にはいかない。

 補完委員会の承諾を得る必要がある項目もある。交渉の余地があるなら、条件緩和を要求したい事もある。即決は出来なかった。


「そ、そうだな。持ち帰り、三日後に回答でどうだろう」


 首相もここまで来て交渉決裂では、これまでの努力が無駄になると思って、冬月に同意した。

 だが、ここで折れては今まで提示した条件が緩和される可能性が高くなる。

 なるべく条件を押し通したいシンジは強硬な態度を崩す事は無かった。ネルフの足元を見切っていた。


「ネルフ司令は認められないと、はっきり言いましたが?

 今回の席はネルフからの要望で行い、そのネルフの司令が拒否したからには、これで終了でしょう?

 それともネルフは、司令の命令を副司令が撤回出来るんですか?

 忙しい中、日本の皇室経由で依頼があったから会っただけで、時間を無駄にしたくはありません。帰って下さい!」


 天武の量産設計を防ぎたいという思惑と、ここでシンジが帰ってはネルフのEVAが動かなくなるという思惑から、

 絶対にネルフからは交渉を打ち切れないと見切っていたからこその厳しい言葉だ。

 今までネルフの非を散々指摘した事も効いているだろう。その為にネルフ側はシンジの交渉決裂宣言を真剣に受け取るはずだ。

 さっきのゲンドウの言葉は思わず出た本音だろうが、冷静になればそのままで良いと思うはずも無い。

 交渉時に足元を見られると、このような一方的な交渉になるという良い見本かも知れない。


「碇!! 訂正しろ!!」


 冬月の叱責が飛んだ。ここでシンジに立ち去られては、二度と交渉は出来ないだろう。それに委員会に言い訳も出来ない。

 シンジが出した条件は確かに無理も多く、全部が呑める訳では無いが、交渉自体を打ち切られてはそれも無意味になってしまう。


「碇君!! 全部ぶち壊すつもりか!!」


 首相も追随した。会談をセットアップした事は委員会に認めて貰えるだろうが、交渉決裂では効果は薄い。

 実際にシンジが出した条件には日本の国としてメリットになる条件もある。出来れば成立させたいと首相は考えていた。


「…………済まなかった」


 さっきはシンジを睨みながら言ったが、今度は下を向いたまま口を開いた。ゲンドウの表情は誰にも見えなかった。

 本心ではゲンドウに特に憎しみも興味も無かったが、流石に今までのやり取りでシンジが少々頭にきていたのも事実だ。

 表向きはゲンドウを憎んでいる事を演じる必要がある事もあり、シンジの辛辣な追及は続いた。


「何が済まなかったんですか? 名詞が無く、何に対して言っているのか意味不明です。やはり交渉能力は無いみたいですね。

 そもそも、格納庫でボクを無理やりEVAに乗せようとしたように、強引に進めるのがネルフ流でしょう。

 今回はそのネルフ流に従い、こちらが強引に進めただけですよ。

 まさか、自分達が強引に進めるのは良いが、逆は嫌だとは言いませんよね?

「…………」


 ゲンドウは下を向いたまま何も言わない。微かに肩を震わせているだけだ。


「そもそも、打ち合わせの席にサングラスをしたまま出席するという事が信じられないですね。

 室内では外すのが礼儀でしょう。サングラスを外して、こちらの目を見て、はっきり言って下さい。

 格納庫では”乗るなら早くしろ!! でなければ、帰れ!!”と言い切ったでしょう。

 それとも、演出が無いとまともに喋れないんですか?


「…………」


 ゲンドウの口元で組んでいる両手が小刻みに動いているが、話す気配は無かった。


「Mrロックフォード。ネルフ司令の無礼は、委員会を代表して私が謝罪させて頂きます。

 そして、三日を猶予を頂けませんか。御願いします」


 セレナは席を立ち、シンジに向って深く頭を下げた。

 口を挟むなと言われたが、ここで介入しなければ会談自体が無意味になる。それは避けたかった。


「碇の言った事は私が訂正し、碇の無礼も謝罪させてもらう。三日後に回答するという事で、猶予を頂きたい」


 委員会の代理が頭を下げたのだ。ネルフも頭を下げなければ、後で何と言われるか分かったものでは無い。

 そんな打算も働いて、冬月も立ち上がって頭を下げた。

 冬月の横に座っているリツコ、そしてミサトも立ち上がって、慌てて頭を下げた。


「御願いします。!!」 「御願い!!」

「ロックフォード君。私からも御願いする。この通りだ」


 首相も立ち上がって、頭を下げた。それでもゲンドウは動かない。

 シンジの対面に居る六人の内、五人が立ち上がり頭を下げていた。


「……取り合えず、五人とも席に座って下さい」


 シンジは右肘を机に乗せ、人差し指を自分の右頬にこつこつと当てながら、考え込んだ。

 演技とはいえ、ここら辺が妥協する頃合かと考えていた。だが、ゲンドウの態度に気分を害したのも事実だ。

 最初からこの条件が通るとは思ってはおらず、再交渉の時に切り出そうとした案件について言及する事にした。


「……良いでしょう。三日待ちましょう。但し、三日後の回答であれば、さらに条件を追加しますよ」

「ど、どんな条件かね?」


 恐る恐る冬月はシンジに尋ねた。これだけでも無理が多いのに、さらにこれ以上の条件を追加されるのは避けたいと考えていた。

 ネルフの予算関係にはあまり影響していないが、かなり権限関係に踏み込んだ内容になっている。それに自己資産の没収もある。

 今まで提示された条件だけでも、当初予定していたシナリオを修正する必要があるのだ。


「これから考えますよ。不愉快にしてもらった意趣返しを含めてね。

 次の会談の時に伝えますが、その時は二度と日を伸ばす猶予など無いと思って下さい。

 さすがにネルフに遠慮する気持ちは、失せましたのでね。

 もうこの場は良いでしょう? お帰り下さい。気分が優れないので、早々に休みたいのでね」

「シンジ!!」


 辛辣な言葉を聞いて、ゲンドウはシンジを睨んだ。ゲンドウからしてみれば、子供が親に言って良い言葉では無かった。

 だが、シンジはゲンドウを鼻で笑って、相手にしなかった。

 ここでネルフを冷たく突き放す事が、自分が提示した条件を承諾させる事に繋がる。手加減するつもりは無かった。


「碇、抑えろ!! で、ではロックフォード君。回答は三日後にさせて頂く。この場は失礼する」


 冬月がゲンドウを抑えて席を立った。リツコとミサトも後に続いた。セレナから何か言われた首相も、続いて退出した。

 対面に座っているセレナは、シンジを静かに見つめた。

 その視線に感じたものがあり、ルーテル参謀総長、ロムウェル大使、ミーシャに席を外して欲しいと告げた。


<シン様……浮気は駄目ですよ。姉さんに言いつけますよ>

<確かに彼女は美人だし、ミーナに匹敵するスタイルだけどね。そんなつもりは無いよ。第一、お仕置きが怖いよ。

 ちょっと、補完委員会に探りを入れるのと、警告をと思ってね>

<……分かりました。お気をつけて下さい>

<ありがとう、ミーシャ>


 三人は了承し、部屋を退出していった。残ったのはシンジとセレナの二人だけだ。


「人払いして頂いて、まずは御礼を言わせて頂きますわ」


 セレナはシンジに微笑んだ。魅了の魔眼を使わずとも、その美貌に浮かぶ微笑の威力は凄まじいものがある。

 ミーナ(美女)とミーシャ(美少女)と一緒に生活しているシンジにも、その効果は衰える事は無かった。


「まずは謝罪をさせて頂きます。命令とはいえ、あなたを籠絡しようとして失敗した事は、あなたを甘く見た結果です。

 失礼な事をした事をお詫びします」

「あなたの力でボクを取り込みネルフに従わせると同時に、本国との切り離しを画策したんでしょうが、

 些か性急過ぎる行動でしたね」

「……そうですね、この会談を無事終了させ、あわよくばと考えたんでしょうね。

 ですが、何としてもあなたにネルフのEVAに乗って貰わないと困るのです。

 私の権限では先程の条件全てが承認されるとは言えませんが、それでも御願いするしかないのです」


 セレナは物憂げな表情を浮かべ、シンジを見つめた。並みの男なら、それだけで落ちてしまうだろう。

 シンジも感じるものがあったが、顔に出す事は無かった。それよりセレナを冷たく突き放す事で、委員会の承諾が得易くなる。

 それを意識して、セレナに感じている衝動を押し殺して言葉を続けた。


「ボクを操り人形にしようとした組織を信用すると思いますか? それに、委員会とネルフの要請に従う義務も無い。

 まあ、さっきの条件はかなり嫌味な内容を入れてあるのは認めますよ。それを委員会が断れば、それまでです」

「……あなたが出した条件は極力通るよう努力します。ですが、一部の内容は却下される可能性もあります。

 その時は折衝させて貰えませんか?」

「こちらとしては、信用の無い、いや嫌いな委員会とネルフに譲歩する必要性は無いのですがね」

「そこを、何とか御願いします」


 セレナは両手を顔の前で合わせ、涙目でシンジを見つめた。そのあまりにもわざとらしい仕草にシンジは溜息をついた。

 委員会への脅しはこれくらいで十分だろう。そう考えて少し本音の話しをする事にした。シンジも美女には少し甘い。


「……芝居はその辺にしておいて下さい。あなたに可愛い子のふりは似合いませんよ。

 この場は二人きりです。何なら、地を出してもらっても構いませんが?」

「……ふう、やっぱり可愛い子系統は駄目だったかしら。やっぱり誘惑系の方が効果があったかしら」


 セレナは溜息をついて口調を変えた。僅かだが、落胆の色が見えた。ここまで見透かされては、演技をする気も失せてしまった。

 シンジは顔に笑みを浮かべながらも話しを続けた。やはりシンジも男である。美女とこういう話しをするのは気持ちが良い。


「その言葉から察するに、今まであの力で失敗した事は無かったんですよね。

 それで、少しでも失地回復しようと、可愛い子のまねをしたと?」

「そういう事ね。慣れない事はするもんじゃ無いわね」

「あなたの美貌が稀有であり、スタイルも群を抜いたものである事は認めます。ボクも一瞬見とれましたからね。

 でも、言い換えれば完成し過ぎていますからね。可愛い子のふりは似合いませんよ。やるなら誘惑系ですよね」


 シンジはセレナの顔を見つめ、その視線を胸に変えた。そこは服では隠し切れないボリュームを誇示していた。

 やはり、男の性(さが)としては視線を向けずにはいられなかった。

 視線を感じて、セレナに少し余裕が戻った。身体に視線を感じるのは何時もの事だ。手で胸を隠すような、初心な演技はしない。


「やっぱり、あなたも男の子よね。じゃあ、この後は二人きりで何処かに行きましょうか?」

「その気も無いのに誘わないで下さい。それに浮気をすると後が怖いですからね。遠慮しておきますよ」

「あら、さっきの女の子に手を出してるの? でも、あの子じゃ出来ない事も、私なら出来るわよ」


 そう言って、シンジに向かってウィンクし、両腕で胸を強調するポーズを取った。

 確かに、この美貌で誘惑されると刺激がかなり大きい。だが、シンジはそれに屈する事も無く言葉を続けた。

 セレナの能力は初めて知ったが、放置して良いものでは無い。出来るなら目の届く範囲に居てくれた方が対処がし易い。

 その美貌に惹かれるものはあったが、実利を忘れるほど呆けてはいない。セレナを誘導しようと言葉を選んだ。


「これ以上はプライベートになるので言いませんがね。ところで、あなたはこれからどうするんですか? ドイツに戻るんですか?」

「それは、上からの命令次第だわ。今の時点では何とも言えないわね」

「今まで、あなたの名前を今まで聞いた事はありませんでした。

 ボクの目の届かないところであなたに活躍されると、こちらとしても些か困る事になります。

 まあ、あなたがドイツに戻るのなら、ネルフ相手にさっきのミーシャの力を遠慮なく使わせて貰いますがね」


 セレナの顔色が変わった。今まで、自分以外にこの力を持っている人間に会った事は無かった。

 ドイツに戻れば、対抗する人間が居ないのは分かっている。だが逆に、ネルフでこの力を揮われては収支決算は赤になるだろう。

 という事は、あの少女に対抗する為に、自分はネルフに居続けなければならないという事かと結論つけた。


「……私の動きを制限しようと言うの?」

「今までミーシャは、あの力を敵対勢力に使った事はありませんよ。でも、そちらは使った。

 ならば、こちらも遠慮する必要は無い。それが嫌なら、御互い身近で監視すべきかなと思っただけですよ」

「……確かにそうね。分かったわ、上に報告しておくわ。でも、そうなると私はネルフに常駐になるわ」

「もっとも、委員会とネルフが、さっきの条件と追加の条件を呑んだ場合ですけどね。

 まあ、その場合は御互いを監視する事になりますね。あなたを見るだけでも目の保養になりますから、ボクとしてもいい事かな」

「……ほんとに分からない子ね。褒められているのか、からかわれているのか、分からなくなるわ。

 でも分かったわ。上の決定が出次第、連絡を入れさせて貰います。今日はありがとう」


 そう言って、セレナは席を立った。ドアを閉める前にウィンクをして、微笑んだ。

 肉食獣が獲物を見つけたような顔だと、シンジは感じていた。






To be continued...
(2009.02.14 初版)
(2009.02.21 改訂一版)
(2009.03.21 改訂二版)
(2011.02.26 改訂三版)
(2012.06.23 改訂四版)


(あとがき)

 オリキャラである、セレナの特徴(稀有の容姿:傾国の美女レベル)と特殊能力を出してみました。

 シンジ君側の女性(この場合はミーナですが)が居なかったら、そのセレナの美貌だけでシンジ君を落とせたでしょうね。

 セレナについては、書きやすいという事もあり、これからは出演回数はそれなりに増やす予定です。

 それと、シンジ側のオリキャラのミーナとミーシャも特殊能力は備えています。今回はミーシャについて一部を書きました。

 能力説明に関しては、後の話しで少しずつ説明させて貰います。

 書いてて思ったのですが、陰謀家って本当に腹黒くなければ、務まりませんね。

 どんどんと腹黒くなっていく、シンジ君でした。



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