因果応報、その果てには

第六話

presented by えっくん様


 エントリープラグにLCLが満たされると同時に、シンジは目を瞑っていた。

 何かを操作する訳では無い。目を瞑っていても支障は無かった。

 それより、この初号機とシンクロ? 何とシンクロするのだろうか? シンジは精神集中を始めていた。


『パイロット接合に入ります』


 伊吹マヤという女性オペレータの声が聞こえてきた。

 同時に、自分の精神に干渉してくる何かを感じた。何だ? 敵意は無さそうだ。何か纏わりつく感じだ。

 ……………

 纏わりつく気配との接触面が広がっているのを感じた。そう、接触面が点から面に広がっている。

 同時に、自分の中へ入りこもうとしているのも分かる。だが、この程度なら遮断する事は容易い。

 纏わりつく気配の接触面を表層部分のみにし、奥には入らないようガードをかけた。

 その時、纏わりつく気から言葉が伝わってきた。−−−−−−シンジと−−−−−−−


 シンジに衝撃が走った。そして、かつて感じた事がある母親の記憶を思い出した。

 次の瞬間、何故自分がパイロットに選ばれたか理解した。

 【碇ユイ】がこの中にいるのだ。その為に息子である自分がパイロットに選ばれたのだと理解した。

 産みの親だが、記憶はほとんど無い。育てられた記憶は無く、当然情も湧く訳がない。

 その女性が、このEVAの中に居る。十年前の実験でEVAの中に身体ごと溶け込んだ。それは見ていた。

 だが、EVAの中で生きていた。これがシンクロの秘密なのかと理解した。

 師匠からは、”破滅の原因に、お前の実の母親が関係している”と言われていた。

 具体的にどういう事かと問い質したが、師匠も影が見えるだけで細かい所は分からないと聞いている。

 自分の実の母親は死んだのだ。その前提に立てば、ユイは計画の立案に関わったのかと推測していた。

 潰れた碇の実家を捜索したのも、生き残った碇の分家から情報を聞き出したのも、ユイの性格と考え方を知りたかった為だ。

 だが、ユイはEVAの中で生きていた。そうなると前提が変わる。根本から再検討する必要がある。


 ユイは幼少の頃から永久とか不朽とかに拘っていたと、実家を捜索して見つけた日記から判断していた。

 残った縁戚の話しを聞いても同じだ。そして、このEVAの中に魂として存在している。

 ある意味、このEVAが永久に存在するものだとしたら彼女も永遠に存在するだろう。

 シンジが追ったユイの経緯に『形而上生物学』というものがあった。まさに、これでは無いか。

 今のシンジから見ても、残された僅かな資料から判断したユイの科学者としての実力は、驚嘆するレベルであった。

 自分を含めて兄、姉ともに北欧の三賢者と呼ばれているが、実際は借りた力に過ぎない。

 本来の実力だけなら、ユイはおろかリツコにさえ及ばないだろう。

 そんな人が、こんな事を求めたのか? 十年前の実験失敗は故意だったのか?

 母親の微かな記憶の中で、一つだけ覚えている言葉がある。


『どんなところでも生きてさえいれば、そこが天国になる』


 以前、師匠に救われていなかった場合の事を考えた事がある。重傷を負ったまま野垂れ死にか、まあ幸せとは言えない生活だったろう。

 そんな状況でも生きていれば、そこが天国になったのだろうか?

 悲惨な場面は、中東で幾度と無く見てきた。それこそ、死んだ方が救いになると思った場面も数多くある。

 そして、シンジと融合した約一千人の魂の記憶もあった。

 肉体が朽ちて精神体だけになっても、生まれ故郷に帰る事を望んで数万年も待ち続けた存在。

 子孫である現人類の滅びを看過出来ないと、力を与える為に一千人の魂が生まれ故郷に帰る事を諦めて、シンジに融合した。

 その中には、楽しい経験、悲しい経験、悲惨な記憶もあった。

 彼らの魂はシンジに同化し、二度と分離は出来ない。そして、シンジもある意味人間の範疇を越えてしまっている。

 若干十四歳の少年が一千人分の人生経験、そして知識と霊力を所有したのだ。

 一千人の魂は転生も出来ずにシンジの力となった。無論、無償では無い。

 シンジは彼らと約束を交わしていた。自分を含めた彼らの末裔たる人類の滅亡を絶対に阻止するという約束だ。

 約束した当時は人類全体など頭には無く、幼心に師匠を含む周りの皆を守るとしか考えていなかった。

 だが、後悔はしていない。そこまで考えて、はっとした。


 時間にして数秒だろうが、シンクロ試験中に別の事に没頭するとは何たる失態かと反省した。

 そして、実の母親に意識を向けた。ユイの意識はシンジのガードが乗り越えられず、周囲を徘徊しているだけだ。

 一千人もの魂を吸収したシンジは相乗効果もあって、たかが一人の力で対抗出来るようなレベルでは無くなっている。

 そして、シンジは古の記憶にあった魂を封印する術も習得していた。

 ユイの魂を放置しておくと面倒になると判断したので、その封印の術を使用した。

 数秒後、管制室のモニタには映らないが、シンジの左手の中に新しい魂玉が握られていた。


 ユイの纏わりつく気が無くなって、知覚空間が一気に拡大した。四方八方に知覚範囲を広げ、ある気配を感知した。

 何時でも逃げれるように準備して、慎重に接触した。如何に大きな力を得たとしても万能では無いのだ。こういう注意は怠らない。


(ボクは”シン・ロックフォード”と言う。君は誰なのかな?)

(我に名は無い。あるとすれば、汝らが言う初号機であろう)


 シンジの問い合わせに、性別不詳の虚無感を漂わせた気配から返事があった。話しが出来そうだと判断したシンジは会話を続けた。


(……この機体の魂なのか……でも自分の事を初号機と言うからには、知識はあるんだね)

(汝があの女を分離するのを見ていた。我はあの女と長い年月の間、同調していた。

 その為、あの女の記憶の一部を我は持っている。その記憶に我が初号機という記憶があった。

 あの女は息子が来たと言って、汝に意識を向けた。汝があの女の息子なのか?)


 初号機がユイの記憶を持っていると聞いて、少し驚いていた。ユイの魂を自由にさせては問題になると判断して魂玉に封じたが

 魂玉からは記憶は取り出せない。後でユイの記憶の詳細を確認しようと思ったが、今は初号機の魂と話すのが優先だ。


(そういう事。彼女の魂をここから出して封印したけど、嫌だったかな?)

(……いや、あの女が我と同調していた時、我は自由な思考が出来なかった。

 あの女の記憶と考え方は分かるが、自分の事を考えた事が無かった。

 その時間が得られたのだ。……そう、お前達の言葉で感謝していると言えるな)


 初号機が今まで自由な思考を許されず、自我がまだ発達していないとシンジは理解した。

 さらに状況を見極める為にシンジは会話を続けた。


(……君はこの機体を動かせるのかな?)

(勿論。今までは、あの女が同調していた為に自由に動かせなかったが、今は出来るだろう。

 もっとも、エネルギーがあればの話しだ。今の我に動く力は無い)

(あれ? 最初の時は腕を動かしたと思ったけど。あの時はエネルギーはあったの?)

(あれは、あの女が強く望んだから一時的に我の体内の欠損機関が動いたのだ。今の我一人では駄目だ)


(お願いがある。ボクは君の力を借りて、使徒と呼ばれる生命体と戦いたいと考えている。協力してはくれないか?)

(……あの女の記憶によると、我はその使徒の同類と言う事だ。同族と戦えと言うのか?)

(君は使徒と同族だと言うのか!?)

(同族と戦う理由は無い。……だが、戦わない理由も無いな。

 あの女の記憶によれば、我はその同族と戦う為に生み出された訳か。そして戦わなければ、このまま朽ち果てるのみ。

 ……戦った場合は、報奨はあるのか?)

(何が希望かな?)

(あの女と同調していた時に、窮屈な思いをした。思い切り自由に動きたい。出来るか?)

(……この体で自由気ままには行かない。この体は戦闘用で大きすぎる。

 全ての戦いが終わったら、君の魂をここから出して別の体を進呈するのはどうかな?

 ボクの眷属という形になるけど、危険な行動をしない限りは君は自由だよ)

(そんな事が出来るのか?)

(君と同調していた魂をここから出して、封印した。この手の事には慣れてるよ)

(騙して、我も封印する気は無かろうな)


(約束を破る事は無い!! ……ごめん。言い過ぎた。約束は守る。信用して欲しい)


(……良かろう。同族との戦いには協力しよう。報奨の件は忘れるなよ)

(契約成立かな。まだ先だけど、どんな体が良いか考えておいてね。それと、これからは君とは戦友になる。宜しく)

(戦友か。いい響きの言葉だな)

(初号機では呼びづらいから、別の名前で呼びたいけど希望はある?)

(汝の好きな名で呼べ)

(戦友か。……【トチロー】ではどう?)

(ト、トチロー!? ……イメージが違わぬか?)

(知ってるんだ? ……なら、【ウル】でどうかな。決闘の神を意味してる)

(【ウル】か……良い名だ)

(我が戦友【ウル】。ボクと一緒に戦ってくれるか?)

(応!)


 シンジは初号機に宿る魂【ウル】との同調を開始した。

***********************************

「マヤ、シンクロ率は?」

「シンクロ率は−50%から+80%の範囲で変動しています。安定しません」


 マヤも初めての事態という事もあり、困惑顔だ。それを聞いたリツコは思案顔であった。


「リツコ、どうなの? シンクロしているの?」


 ミサトの視線に期待が込められていた。マイナスが出ているのは気になるが、プラスの数値も出ているのだ。

 最初の時にはエントリープラグが挿入されていないのに、初号機は動いている。シンジとの相性は高いと思っている。


「まだ分からないわ。はっきり言える事は、この数字は今だ誰も出していない数値だって事だけよ」


 リツコは油断していない。どんな事が起きるか分からないのだ。

 シンジの様子を見ていると、母親を求めるようには思えない。だが、シンジには得体の知れないところがある。

 ありきたりの結果で終わるとは、思っていなかった。


 リツコの報告を聞きながらも、冬月は静かに初号機を見ていた。確かに変動幅は大きいがプラスの数値も出ている。

 最初はシンジが母親を求めていないのではと思って、シンクロ試験に不安を感じていたが、今の報告を聞く限りは大丈夫だろう。

(アイツがいれば、問題無いとかで済ませたろうがな。其れとも、子は親を求めるものだと、したり顔で言っていたろうな)


 ガオオオオーーーーー!!!  ガシャ。ガシャ  ビリビリ


 ドカァァァァァッ


 初号機が拘束具を引きちぎり、両手を上げて咆哮した。その咆哮は、管制室の耐衝撃ガラスに強烈な振動を与えた。

 引きちぎられた拘束具が壁に当たる音も、遅れて響いてきた。


「ど、どうしたのだ?」 (まさか暴走!?)


 予想していなかった事態に慌てた冬月が叫んだ。


「こ、こんな!? シンクロ率99.89%で安定しました。変動はありません!!」


 有り得ないと言いたげな顔をして、マヤが報告した。

 99.89%は、十年間訓練をしてきたセカンドチルドレンを遥かに超える理論限界数値だ。

 常識で考えて、初めて乗ったシンジが出せる数値では無い。


「そんな! 電源供給は最低限に抑えてあるのよ! シンクロは出来ても動かせるはず無いのに!」


 念の為と思い、リツコは初号機への電源供給を、電子機器が最低限動くレベルにしていた。

 筋肉を動かすレベルの電力は供給していない。

 だが現実には初号機は拘束具を強制排除し、腕を高々と上げて交差させている。どこからエネルギーを得ているのだ!?


「やった!! 初号機が動いたのね!」


 ミサトはシンジの要求した内容も忘れ、ただ使徒を殲滅しえる初号機が動いた事に喜びを感じた。

 既に指揮権を剥奪され、ミサトに残っているのは作戦立案の権限のみだ。だが、この瞬間はその事は忘れて喜んでいた。


(99.89%ですって? 高すぎるわ。彼が母親を過度に求めているならまだ分かるけど、そうでは無い。

 ……まさか、直接シンクロをしているの!?)

(シンクロ率が高すぎるな。シンジ君の様子から見て、ユイ君をそれほど求めているとは思えない。

 何故だ? ……直接シンクロだと言うのか? 彼が適格者だと言うのか? ではユイ君とシンクロしていないのか?)


 シンジの性格をある程度は理解した冬月とリツコは、99.89%のシンクロ率を不審に思い、

 直接シンクロの可能性が高いと推測していた。


 ゲンドウは医務室で、シンジのシンクロ試験を見ていた。

 初号機が拘束具を引きちぎり腕を上げた時は、やっとシナリオが始まると歓喜の表情を浮かべた。

 だが、シンクロ率が99.89%というマヤの報告を聞き、不審そうな顔になり、冬月・リツコと同じ結論に達していた。

(まあいい。取り合えずはシンジを初号機に乗せたのだからな。初号機が危機になればユイも目覚めよう。シナリオは今から開始だ)

 そう考えて、不敵な表情を浮かべていた。


(さすがはシン様ね。予定通りになったわね。姉さんにも報告しなくちゃ)

 管制室で様子をみていたミーシャは、ミーナに念話で連絡した。


(さて、これで当初の予定通りに、彼をパイロットにさせなくてはね。追加条件で無茶を言わなければいいけど ……

 胃が痛くなるわね。ストレスは美容に悪いっていうのに、損な役回りだわ)

 シンジがシンクロに成功したからには、当初の予定通りにシンジをEVAに乗せるようにしなくてはならない。

 セレナは最後に言われるシンジの追加条件の事が気になっていた。

***********************************

 無事に初号機の起動を成功させたシンジは、整備部員の歓声が響くなかエントリープラグから出ていた。

 そこには、ミーシャ、リツコ、ミサトの三人が待っていた。

 シンジはミーシャから受け取ったタオルでLCLを拭き始めた。そこに、興味深そうなリツコが、シンジに話しかけた。


「お疲れ様。無事に起動出来たわ。シャワーでLCLを落として。それから検査をするわ」

「検査?」


 シンジは怪訝な顔をしていた。最初の予定では起動試験を行うだけのはずだ。検査などは聞いていない。


「ええ、そうよ。無事に初号機が起動出来たしね。あなたの体に影響が無いかを確認する為よ」


 シンジは直接シンクロしたのだろう。精密検査をすれば、その秘密の一端が分かるかも知れない。

 リツコは浮かれて、少し冷静さを失っていた。リツコの説明を聞いたシンジは冷たい視線でリツコを見返した。


「拒否します」

「なっ?」


 リツコは一瞬で失敗した事を悟った。シンジはネルフの事を一切信用していない。リツコの検査など受ける訳が無い。

 科学者として被験者をモルモット扱いする事の多かったリツコの悪い癖が出たのだ。だが、口に出した事は戻す事は出来ない。

 シンジもその事を察していたので、リツコへの反撃に容赦は無かった。


「命令で洗脳をする人間に、何でボクが精密検査を受けなくちゃならないんですか? ボクも洗脳する気ですか?

 それとも自爆装置を埋め込むつもりですか? 第一、そんな権利がネルフにあると思っているんですか」


「な!? そ、それは、あなたの体を心配しての事よ」

「そうよ、リツコはあなたの事を心配して言っているのに、そんな言い方は無いんじゃ無いの!」


 リツコとミサトはシンジの皮肉に抗議した。だが、シンジは二人の抗議など聞き流していた。

 ミーシャは予備のタオルで、シンジの体についているLCLを丁寧に拭き取っている。会話に介入する気は無いようだ。


「ボクの体を心配ですか? シンクロ試験の結果が良かったから、その秘密を探りたい為に検査をしたいだけでしょう?

 それをこちらの体を心配すると言ってくる。偽善のネルフらしい言い方ですね。

 そもそも、ボクの事を心配するなら、最初から初号機に乗せなければいい。違いますか?」


 普通であれば、初号機の中に居たユイとのシンクロだろうが、今回は初号機の魂【ウル】とシンクロしたのだ。

 ユイが居ない分、普通で無い結果が出たであろう事は、想像出来た。もっとも、それをネルフに教えるつもりは無かった。


「!!」


 リツコはシンジの言った事に戦慄を感じていた。

 この子はどうして、こちらの考えが分かるのか? どうして、そう本質を突けるのか?

 冷静に考えればリツコの科学者としての欲望が先走っただけなのだが、今のリツコは冷静さを欠いていた。

 リツコが動揺している事を察したシンジは、茶目っ気を出して、さらに突っ込む事にした。


「ボクの左目は三歳の時に潰され、もう普通に物を見る事が出来ません。ですが………」


 シンジはそこで言葉を切ると、振り向いてリツコを直視した。そして左目が赤く輝いた。

 シンジの気が一瞬にして膨れ上がって二人を圧倒した。(演技)


「人の心を見る事が出来ます!!!!」


 シンジの後ろに稲妻が走ったかのような衝撃が、リツコとミサトを襲った。

 そう、今まで自分達の本音を何度見透かされた事か。そして赤く輝く左目。

 そしてシンジが発する圧倒的な気。いやオーラと置き換えても良い。

 リツコとミサトは心を見透かされたように感じて、身震いした。



「ま、まさか……」


 シンジの勢いに呑まれて、冷静さを欠いていたリツコの顔が青くなった。心当たりは十分にある。でも、そんな事が……

 ミサトもシンジの勢いに呑まれていた。ミサトの格闘能力は高い。シンジが一瞬見せた気の大きさに身震いしていた。

 そんな二人の青褪めた顔を見たシンジは、軽く笑っていた。


「冗談ですよ」

「えっ?」

「独眼流の真似事ですよ。本気にしましたか?」


 シンジは会心の笑みを浮かべながら、リツコとミサトを見つめた。何時かはやってみようと考えていたネタだった。

 北欧連合でやっても分かる人はいない。やるなら日本人相手だろうと秘かに考えていた。それが成功したので清々しい思いであった。


「そ、そう、冗談なの。そうよね。あはははは」

(今の迫力は何? 少しびびったわよ)


「そ、そうよね。でも伊達政宗が好きなのね?」

(何なのよ、この子は! さっきの圧迫感は普通じゃ無いわ。でも、左目が赤くなるなんて、どういう構造なのかしら?)


 ミサトが乾いた笑いをし、リツコは毒気を抜かれた顔で言葉を返した。


「嫌いですよ。今まで当たった事は無いですからね」

「……何の事?」

 コホン

 シンジは二人の視線を無視し、話しを変える為に咳払いをした。


「さて、シンクロ試験が無事終了して起動出来た訳ですから、最終結論を出さなくてはいけませんね。

 ネルフの幹部メンバーとミス・ローレンツを集めて下さい。そこで話しをします」


 そう言って、シンジはミーシャを連れて、シャワー室に向かって行った。

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 ネルフ会議室

 そこには、ゲンドウ、冬月、リツコ、ミサト、日向、青葉、マヤ、セレナが待っていた。

 シンジはミーシャと護衛の二人と一緒に部屋に入って、空いた椅子に座った。


 ゲンドウは医務室から戻って来ていた。酸素吸入を行い、何とか通常状態に戻ったのだ。

 威圧感を込めてシンジを睨み付けていたが、シンジはゲンドウなど気にもしていない。早速、話しを切り出した。


「さて最終結論を出しましょうか。まずは、シンクロ試験の詳細結果を教えて下さい」

「あなたのシンクロ率は99.89%。理論限界値よ。まさかここまで高い数値が出るとは思わなかったわ。

 初号機の起動実験は無事に成功したわ」


 シンジの質問にリツコが答えた。先程の検査をすると言った時の事が頭を過ぎり、シンジから距離を置いている。

 それに、シンジには不明点が多い。先程は少し油断してシンジに接してしまったが、痛い目にあった事は忘れていない。


「では、ボクがあれに乗る事は問題無いと言う事ですね。それで乗った時に気が付いたのですが、武器は何があるんですか?

 人型という事から考えて、ある程度の遠距離攻撃が出来る射撃兵器や、手に持つ剣か槍とかの武器や盾はあるんでしょうね?



 シンジは【ウル】と同調した時に、初号機自体には兵器が無い事を知った。

 であれば、先の使徒戦の時にネルフに無理やり初号機に乗せられた場合は、どんな武器があったのだろうか?

 そう言う単純な疑問だった。

 シンジの質問を聞いた瞬間、初号機の起動に喜んでいるネルフのメンバーは、冷水をかけられたような気分になった。

(ゲンドウとミサトは除く)


「……武器はプログレッシブナイフだけよ。パレットライフルの完成までは、まだ時間が掛かるわ」


 シンジと視線を合わせないまま、リツコは答えた。自分の言葉を聞いた後のシンジの反応が容易に想像出来た。

 ここで武器があると嘘をついたら、必ず見せろと言ってくるだろう。正直に答えるしかなかった。


「……乗って分かりましたが、初号機に座っているだけでは敵は倒せません。それなのに武器がナイフだけ?

 そんな状態で無理やり乗せて、武器は間合いが近いナイフだけでただ座っていれば良いと? 何を考えていたんですか?」


 ゲンドウと冬月、リツコは何も答えなかった。

 使徒に攻撃されて危機に陥った初号機が、暴走する事を期待していたなどシンジに言える訳が無い。


「EVAはATフィールドを張れるわ。それで使徒のATフィールドを中和出来るわ」


 ミサトが誇らかにシンジに説明した。もっとも、ATフィールドに関して詳しい訳では無い。


「そのATフィールドとは、どのボタンを押せば張れるんですか? そんなボタンは見当たりませんでしたが?」

「リ、リツコ!?」

「……ATフィールドを張るボタンは無いわ。どうすれば張れるかは、まだ分かっていないの」


 リツコはシンジと視線を合わせないままだ。正直、シンジの質問に答えるのが苦痛だった。シンジの視線を痛いほど感じていた。

 シンジから管理能力不足を指摘されたが、これではリツコ自身の開発能力も疑われるだろう。

 視線に込められている感情もリツコは何となく察していた。


「……腕を交差させた時、衝撃がボク自身に伝わってきました。

 という事は、あの初号機が攻撃を受ければ、その衝撃がボクに返ってくる。痛みとして。

 つまり、ネルフは素手の状態で防具も無しに、ボクを使徒の前に出そうとした訳ですか。大したものですね。

 武器はナイフだけ。しかも機体が破損すればパイロットに痛みを与える欠陥構造。

 十年という時間かけて莫大な費用をかけて、あの程度しか開発出来ないのに、あれだけ自慢出来るのですから」


 シンジの言葉には容赦が無かった。それはそうだろう。まかり間違えば、死ぬかもしれない危険な状態に晒されたのだ。

 これから伝える最後の条件をネルフに呑ませる為にも、徹底的にネルフを追及するつもりだった。


「で、でも初号機が傷ついても、あなたの体じゃ「じゃあ、疑似体験してみますか。準備しますよ。

 腕をもぎ取られる痛みを、脳に与えるような機械は準備出来ます」
…………」


 リツコの言い訳を最後まで聞かずに、シンジはリツコに疑似体験を迫った。


「ここに居るネルフスタッフの全員に体験して貰いましょうか。

 自分の体じゃ無いけど、腕と足を引きちぎられる感覚を受けて大丈夫か、実験して貰いましょう。

 実験後に問題無いと言えたなら、この不備は問わない事にしますよ。

 順番的には、司令、副司令、赤木博士、葛城さんを最優先で準備します。四人分なら二日貰えば準備しますよ。

 後は順番に実験をすれば良い。まだ、最後の条件を言っていませんからね。なんなら、追加しましょうか?」


 シンジの冷たい視線が、ネルフスタッフ全員に注がれた。

 ゲンドウの肩が一瞬揺らぎ、ミサトを除いたネルフスタッフの顔色が変わった。

 催眠術で腕に火傷をしたと暗示をかければ、実際の火傷が無くても腕に火脹れが出来るのを知っているだろうか?

 人間の精神は肉体に影響を与える。その機械を準備されて、自分がそれに接続される事を想像する。……嫌だ!


「ごめんなさい!」


 この件に関して、リツコは全面降伏する事にした。武器の事は十年前にEVAが完成した事から、言い逃れは出来ない。

 十年間、何をやって来たのかを責められるのは分かり切っていた。

 フィードバック機構に関しても、暴走させる為には必須の機能であるが、それを言う訳にはいかない。

 ここで大丈夫と言い張るものなら、シンジは疑似フィードバックが出来る装置で試してみろと迫ってくるだろう。

 シンジなら絶対にやる。嬉々として装置を準備するだろう。

 リツコはシンジの性格をある程度は把握し、能力の過小評価はしていなかった。


 セレナのネルフスタッフを見る視線には、呆れが混じっていた。ここまで御粗末だとは思っていなかった。

 ネルフの目的は、サードインパクトから人類を守る事である。これが世間一般へ流されている認識だ。

 セレナはネルフの目的を額面通りには受け取っていないが、裏事情も知らなかった。

 委員会からの命令で、シンジとの交渉役になっているだけだ。次々と明らかにされるネルフの問題点に、セレナは頭痛を感じていた。

***********************************

「……ネルフの事は分かっているつもりでしたが、ここまで酷いとはボクも思ってもいませんでした。

 ボクも甘かったのかな。では、追加の最終条件ですが、ここで言わせて貰います」


 何気なくネルフを扱き下ろし、最後の条件の説明を始めた。相手の非を強調し要望を通りやすくする。交渉術の技術の一つである。

 シンジの言葉でネルフメンバーの顔に緊張が走り、シンジに視線を向けた。


「まずは、ボクのファーストネームは呼ばない事。必ずファミリーネームか、階級で呼ぶようにして下さい。

 以前にサードチルドレンとか言われましたが、そんな呼び方は絶対しない事。不愉快ですからね。

 ネルフのスタッフがボクの事をファーストネームか番号で呼んだ場合は、一回につき一千万円の罰金を支払う事。

 支払いは補完委員会です。証拠提出の義務有りで、補完委員会が払わなかった場合の罰則は他の罰則に準じます」


 セレナが引き攣った笑いを浮かべた。

 ネルフのスタッフが、シンジの事をファーストネームや番号で呼んだりする可能性は非常に高いと考えていた。

 一回あたりの罰金が一千万円とはいえ、積もれば結構な額になる。自分に許された予算内で収まるか、冷や汗をかいていた。


「わ、分かりました。了承します」 (予算がオーバーすると、ボーナスに影響するんだけど)


「赤木博士と葛城さんの、ネルフでの制服をプラグスーツにする件は保留です。あくまで保留です。復活する可能性はあります。

 ちなみに、プラグスーツ版だけで無く、メイド服版とか水着版とかナース服版もありですよ。(心の中だけ)

 今後、ボクが希望したら、ネルフは要求を受け入れる事」


 ミサトとリツコの頬がピクピク動いていた。シンジの嫌がらせと分かっているが、嫌だとは言えない立場だった。

 日向と青葉は少し顔が緩んだが、マヤの冷たい目を見て顔を引き締めた。

 シンジとしては牽制の意味で言っただけだ。本気で要求する気は無いが、嫌がらせには使えるだろうという認識だ。


「次に、あの初号機と零号機の所有権を貰います」


 これこそがシンジが一番押し通したかった条件だ。その為に、必要以上にネルフの不備を追及したのだ。

 だが、ネルフに取っては虎の子と言えるEVAの所有権をあっさり認めるはずも無かった。

 ゲンドウの肩が一瞬動いた。冬月の眉が動いた。だが、二人はまだ何も言わない。

 条件反射で反論しては、手酷いしっぺ返しが待っているのは学んでいる。だが、他のスタッフは戸惑っていた。


「何ですって!?」

「あのEVA二機の所有権を貰うと言ったんですよ。そのままでは使えませんので、改造をしなくちゃならない。

 あのまま乗るのが危険と分かった為です。零号機はレイの意見次第で無用になるかもしれませんがね」

「ま、待って!」

「ちょっと、あれはネルフのものなのよ。何であなた達に渡さなくちゃならないの!?」


 リツコとミサトの顔色が変わっていた。

 追加条件と聞いてある程度は覚悟はしていたが、EVAを貰うと言い出すとは想像もしていなかった。

 EVAの製造には、長期に渡る時間と莫大な費用がかかっている。

 機密そのものであり、ネルフとしては他の組織に渡せるものでは無かった。シンジの出した条件をネルフが呑めるはずも無い。

 EVA二機の所有権を得る事が、シンジの次のプランの前提になる。それにこのチャンスを逃せば、次の機会があるかは疑わしい。

 シンジはここで妥協するつもりは無かった。何としても自分の主張を押し通すつもりだった。


「あれは、ボクしか動かせないんでしょう。そしてネルフは実績を上げる為に、ボクにあれに乗って欲しいんでしょう。

 ボクが乗らなければ、ただの粗大ゴミなんですよね。 (【ウル】ごめんね。本心じゃあ無いからね)

 それに信用がおけないネルフの造ったものに、そのまま乗る気は無いですよ。

 外部からのリモート操作で、自爆や酸欠状態にする機能もありますからね。このままでは危険過ぎます。

 その為にこちらで改造するので、所有権を移動すると言っているんですよ」


 当初の予定では、北欧連合の拠出金が多い事と専用機である事を理由に、プラン『K』の発動直前に所有権を移すつもりだったが、

 ここまで欠陥が多いと改造しないと使えないと判断した。

 いずれ所有権を移すつもりだったので、時期が早まる分には問題無い。だが、ネルフもそう簡単に所有権を渡せるはずも無かった。


「改造するのは構わないわ。でも所有権の移動は無理よ」

「ネルフに所有権があると、改造を無効にするとか、別の危険な機能を組み込まれそうだからですよ。

 それを避ける為に、所有権の移動を要求します」

「あ、あなたね。ネルフが苦労して開発したものを、金も払わず持って行こうって言うの?」


 ミサトは顔を怒りで赤くしていた。確かにシンジは初号機を理論限界値で動かせた。その実績は認めよう。

 だが、ミサトは戦闘指揮権限を剥奪され、残っているのは作戦立案権限だけだ。

 使徒に異常に憎しみを抱き、自分の手で使徒を倒したいと願っているミサトにとって、承服出来ない内容だ。

 そこに来てEVA二機の所有権をネルフから持っていくと言う。そんな事はミサトには耐えられなかった。

 中東の捕虜収容所での恩義がシンジにはあるが、それはプライベートの事だ。ミサトはシンジに強く抗議した。

 ミサトの抗議を聞いて、シンジは内心で引っ掛かったと笑みを浮かべていた。

 ミサトの主張は個人の立場からすれば、理がある事かも知れないが、今のシンジは北欧連合を代表してネルフと交渉している。

 自然と組織対組織の交渉には建前と本音がある。その組織同士の交渉に個人の事情を持ち出せばどうなるだろうか?

 それに発言権というものがある。組織対組織の交渉の場合、階級が低い人間に普通は交渉権は無いのだ。

 シンジをそこを徹底的に追及する事にした。それが自分の主張を押し通す事になる。


「ネルフの物? あれは国連予算から造られた物と認識しています。つまりは国連の物。それに金を払えと?

 国連予算も一旦はネルフの予算になれば、世界の為に使うと言っても金を取る訳ですか?

 ボクはただ欲しいから寄越せと言っている訳では無く、EVAを使って使徒と戦うから寄越せと言っているんですよ。

 使徒を倒す事が最終目的なら、EVAを死蔵するより使えるボク達に協力すべきじゃ無いですかね。

 それともネルフは営利団体なんですか? ネルフは世界の為より自分達の利権を優先に考えていると判断して良いんですか?」


 最後の手として”所有権が無いなら、もうEVAには乗らない”と言うつもりだ。

 ミサトは組織の建前を無視して、個人の主張をしてくる。それは組織対組織の交渉では致命傷に為り得る。

 シンジはミサトの失言を徹底的に責める事にした。


「なっ!?」

「待って!! 葛城三尉、控えなさい!!

 ロックフォード少佐。葛城三尉の言った事は個人的な意見であり、ネルフ全体の総意ではありません。誤解はしないで下さい」

「リ、リツコ!?」


 リツコはミサトを押さえて、シンジに個人的な意見である事を強調した。ミサトの意見がネルフの総意だと吹聴されれば、

 ネルフの為に国連の拠出金を出す国が激減する可能性もあると悟ったのだ。だが、シンジの追及が止む事は無かった。


「ボクはこの件に対して北欧連合の全権を委任されています。そして交渉相手として、ネルフの幹部と交渉しているんです。

 だからネルフの幹部を集めて欲しいと依頼したんですよ。この席は北欧連合とネルフの公式交渉の席なんですよ。

 それを理解しているんですか? 個人的意見なんて公式交渉の席で発言しても良いと思っているんですか?」


 シンジの公式交渉の席だという発言を聞いて、冬月は失敗を悟った。

 確かに事前の連絡でシンジが北欧連合の全権を委任されているとの連絡は受けていた。シンジが当事者である為に当然の事だ。

 だが、シンジが十代という事もあり、冬月は心の何処かでネルフという組織対シンジ個人の交渉だと思っていた。

 だからこそ、シンジがパイロットになったら接点が多くなるだろう発令所のスタッフを此処に集めていたのだ。

 だが、組織対組織の公式交渉という建前では、この人選は致命的だった。

 組織の建前を全面に出す交渉で、個人の都合を持ち出されては、纏まる予定の交渉も纏まらない。

 今のミサトが良い例だ。力関係と建前が横行する公式交渉に、個人の都合を言い出されては付け入られるだけである。

 委員会の命令で、この交渉は絶対に成立させなくてはならないが、ミサトの横槍でこのままでは交渉は決裂するだけである。

 冬月は内心で溜息をつきながら、ミサト達に席を外すように命令した。


「分かった。葛城君、日向君、青葉君、伊吹君は退席したまえ」

「なっ! 副司令!」

「いいから退席したまえ! 確かに公式交渉の席に出席出来るレベルで無い職員を集めてしまったのは、私の落ち度だ。失礼した」


 冬月はミサトの抗議を退けて、シンジに謝罪した。日向、青葉、マヤは冬月の命令に素直に従った。

 ミサトは渋ったが、リツコの怖い視線を感じて、慌てて部屋を出たのだった。


「分かってくれれば良いですよ。それで、所有権を移籍する件はどうですか?」

「所有権を移籍しても、ここで運用する訳ですよね。そして修理はネルフが担当すると言う事ですか?」


 今まで黙っていたセレナが確認してきた。ネルフでは荷が重い内容だと判断した為である。

 ネルフの職員の拘りもあって、自分達の口から認めるとは言い難いだろう。それはセレナも察していた。


「理由はわかりませんが、使徒はこの第三新東京に来るんですよね。と言う事は、ここ以外では運用は出来ないでしょう。

 それと簡単な修理はこちらで行いますが、大掛かりな修理はネルフでなくては無理でしょう。

 そうそう、世界の為に戦うのですから修理費はネルフ負担ですよ。修理時は、こちらも立会いますけどね。

 こちらは、ネルフに命綱を握られたく無いだけです」

「分かりました。委員会の代理として、EVA二機の所有権の移動を含めて全ての追加要求を承認します」


 セレナは、はっきりと宣言した。所有権が変わろうが、目的に適うなら問題は無いだろう。

 セレナが受けた命令は、シンジを初号機に乗せる事。そして初号機で使徒戦を行うように仕向ける事だ。

 万が一、シンジが初号機に乗れない場合は、シンジを第三新東京に留め置く事。それだけだった。

***********************************

 セレナの言葉にネルフ側は誰も口を挿まなかった。(ゲンドウは唇を噛み締めていたが)


「では、零号機と初号機の格納庫と、予備の戦闘指揮所、最低百五十人は勤務可能な執務ブロック、それと倉庫とかは

 こちらに引き渡せるように準備しておいて下さい。その他に、勤務に必要な設備一式を含めて下さい」

「分かった。戦闘指揮所は第二発令所を使えるように準備しておく。執務ブロックと倉庫の準備も行わせよう」

「問題無い」


 シンジの要求を冬月とゲンドウが了承した。

 初号機の起動が確認され、ネルフでの運用が決まった。シナリオの修正は十分に可能だ。そう判断した為である。


「では、話しは終わりですね。これで帰ります」


 そう言ってシンジは席を立とうとしたが、冬月が制止した。方針は決まったが、シンジと話す良い機会だ。

 この機会を逃す事無く、シンジの情報を少しでも得ようと冬月は考えていた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれないか。少し話しをしたいのだが、良いかね?」

「話し?」

「ああ、君の事も良く知らないし、少しは理解を深めたいのだ」

「……まあ、いいでしょう。こちらは、ネルフの事はそれなりに理解しているつもりです。

 こちらから情報を出すだけの一方通行は、言い方を変えると尋問になりますからね」


 シンジは座り直し、ミーシャに目配りした。ミーシャはバッグからペットボトルを取り出し、シンジと護衛の二人に渡した。

 飲み物を出さないネルフへの嫌味の意味もある。もっとも、飲み物を出されても警戒して飲まなかっただろうが。


「い、いや、そんなつもりは無いよ。あの天武だったかな。あの姿を見て懐かしく思ったのでな」

「ヘー!? 冬月さんはそこまでの御歳だったんですか? まさか大正時代のあれを見ているとは思いませんでしたよ


 シンジは意外そうな顔をして冬月を見つめた。内心では、やっと突っ込んでくれたと喜んでいる。

 ゲンドウ、リツコ、セレナは、シンジから出た【大正時代のあれ】という言葉に反応して、聞き耳を立てていた。


「……私は昭和生れだよ。それも戦後だ。そんな歳では無い。聞きたいのは、何であれを元に造ったのかと言う事だ」


 天武のモデルになった物を知っているのは、この場では冬月とシンジだけだ。それ以外のメンバーは黙って聞き役に回っていた。

 シンジはこういう話しは嫌いでは無い。それにネルフを誘導するには良い機会だろうと考えながら話し出した。


「元って、大正時代の日本帝國陸軍の秘密兵器の事ですか?」

「そうだ。いや、それは設定だろう。実在していた訳じゃ無い。なんであれを元にしたかと聞いているんだが

「えっ。あれって実在していなかったんですか?」(笑)

「ゲームの設定に過ぎないだろう。何故、あれを選んだのかね? どうせ作るなら、他にも色々あったろうに」

「ゲーム?」


 リツコとセレナが首を傾げた。二人は冬月の言ったゲームなどは当然知らない。

 だが、天武を製作する元になったゲームと聞いては、興味を示した。後で確認しようと、今は聞き手に回る事にした。


「……冬月」


 冬月の趣味を少しは知っており、話がずれそうなのでゲンドウが注意したが、二人の会話は止まらなかった。


「……まあ、洒落ですかね」

「……洒落かね?」

「そうですよ。シールドと攻撃武器の目処がついたから、人型の方が目立つと思って、あれを元にしました。

 最初は合体物の方が目立つと思って検討はしたのですが、合体部分の強度が確保出来ませんでしたからね。

 それに空中での合体は、機体バランス調整の難易度が桁外れに高くなりました。

 理想(?)と現実は違うと、つくづく思い知らされました。いい勉強になりましたよ。

 まあ、あれを元にした理由は、気に入ったキャラクターが居たのも理由の一つですね」


 シンジは笑いたいのを無理やり抑えた。設計当時から、何時かは誰かから突っ込みが入ると想定していた。

 その相手がネルフであれば、これをネタにして、からかおうと秘かに思っていた。

 もっとも、あれを元にした理由は霊力を動力源にしている事にも由来している。選んだ理由も、そうずれたものでは無い。


「目立つ? 気に入ったキャラクター? ……たったそれだけの理由で、あれ(天武)を造ったのかね?」


 冬月は呆気にとられた顔から唖然とした顔に変わった。そんな理由で使徒を殲滅した兵器を造られたのではネルフの立場が無い。

 ゲンドウは眉を顰めて、リツコは困惑した表情だ。それはそうだろう。ネルフはEVAを多大な予算と時間を掛けて製造した。

 それがシンジの独善的な理由で造った兵器に、先に戦果をあげられては立つ瀬が無かった。


「そうですよ」


 シンジは爽やかな笑みを浮かべていた。内心では、やっと言えたと喜んでいる。

 そこら辺の事情を知っているミーシャは、シンジの悪い癖が出たと思って内心で溜息をついていた。

 リツコとセレナは、後で冬月に元となったゲームの資料を貰おうと決めていた。


「では、他に気に入ったキャラクターがあれば、それを元にしたロボットを製作するのかね?」

「副司令!? ちょっと話しがずれていませんか!」

「ああ、すまん。ちょっと熱くなってしまったな。君がこちらに着たら、秘蔵の映像をコピーしたDVDを進呈する。

 気に入ったら、製作する事を考えてくれないか」

「……内容を見てからですね」

「期待してくれ」


 冬月が目に力を込めて力強く約束した。

 シンジは予算の事は言わなかった。だが、シンジが冬月に制作費の要求をしたら、冬月は許可するだろうか?

 まあ、冬月のDVDを見てからにしようと思ったのだ。

 副司令ってこんなキャラだったかと脱力感を感じつつ、話題を変えようとリツコが話しに参加した。


「魔術師の実績としては、粒子砲と核融合炉の開発が有名よね。あなたが開発したものでしょう。

 他には、どんなものがあるのかしら。私も科学者の端くれ、参考にしたいわ」

「機密が多いですからね。ネルフに開発内容は言えませんよ。系統としては、武器系とエネルギー系で間違っていませんけどね」

「でも、その歳でエネルギー系の分野では権威と言っていい実績を上げているわ。大したものね」

「権威ですか? 学会に出席した事なんてありませんから、世の中でどんな評価を受けているかは知りません。

 興味も無いですしね。もっともボク一人だけでは無く、兄姉や同僚との共同開発が多いですからね。

 ボク一人だけの成果じゃ無いですよ」

「……そう、一人だけじゃ無いのね。噂では一人で何でも出来て、非常に優秀で非常識レベルだって聞いているわ」

「噂に過ぎないでしょう。ある程度の自負はありますが、ボクは一人だけで何でも出来るとは思っていませんよ。

 本国では研究者だけで無くて、管理職も兼ねていますからね。人材の教育育成は怠れません。

 どこかの組織みたいに、優秀な人材を飼い殺しするなんて勿体無い事はしませんよ。

 ましてや、公金を使って欠陥兵器を造って、それを自分達の成果と自慢するような恥知らずな事は出来ません」

「…………」


 リツコはシンジから視線を逸らした。シンジがネルフを皮肉っているのは十分に分かっていた。

 自分の管理者としての責任やEVAの欠点を指摘された事もあり、どうしてもシンジに強く出れない。

 最初にシンジを実験体のように雑に扱った事がここまで影響している事を考えると、悔し涙が湧き出てきた。

 シンジを褒めて情報を聞き出そうとしたが、返り討ちにあったリツコだった。


「でも、あなたの実績は十分尊敬の対象になります。核融合炉なんて、六歳の時に完成させた訳ですよね。

 普通なら六歳児にそんな事が出来るなんて、考えられません。何歳ぐらいから才能が出てきたんですか?」


 リツコが言葉が詰まったのを見て、セレナが会話に参加してきた。

 これからも交渉する機会は増えるだろう。交渉相手としてのシンジの情報が少しでも欲しかった。


「三歳ぐらいですかね。当時の母の研究資料とかを理解出来ましたからね。資料の中に、EVAの資料もありましたよ。

 もっとも普通じゃ無いと自覚してましたから、当時は誰にも言ってませんけどね」

「三歳の時から!?」


 これにはゲンドウ、冬月、リツコも驚いた。三歳の時に碇ユイの研究資料を理解出来たのであれば、確かに異常だ。


「親には、その事を言わなかったの?」

「当時は、ほとんど放任されてましたからね。当時の両親ともに、ボクに殆ど無関心でしたよ。

 そこの司令は、ほとんど家に居ませんでしたしね。母親の方は自宅でも研究に没頭していました。

 自宅で一人で時間を潰しているうちに、研究資料には一通り目は通しました。

 それを当時の親に言っても意味は無く、むしろ良い様に使われると思いましたからね。だから普通の子供を装いました


 ゲンドウは密かに拳を握り締めた。

 確かに当時は研究を最優先にし、自宅にはほとんど帰らなかった。シンジの面倒は、全てユイに任せていた。

 だが、三歳の時に才能が発現していたのであれば、子供の時からシンジを取り込む方法を取ったかもしれないという思いがある。

 北欧連合にかなり翻弄されている状態を考えれば、シンジを取り込んでおけば、こんな状況にならなかったという後悔である。


 ネルフ側のメンバーの顔色を見て、シンジは心の中で舌を出していた。

 三歳の時にユイの研究資料を理解出来たなんて、真っ赤な嘘である。

 シンジが現在の力を得たのは、ゲンドウに捨てられ師匠に拾われてからだ。三歳の時の事なんて、記憶の断片しか無い。

 だが、ネルフが自分の情報を得ようと考えているのは分かっていたので、あえて偽情報を出したのだ。

 ネルフを混乱させるつもりである。ゲンドウが家にほとんど居なかったなどと、正確な情報を交えた偽情報だ。

 これが嘘であるという事は、ネルフの誰にも立証は出来ない。


「どういう経緯で、ロックフォード財団の総帥の養子になったの?」


 それはゼーレもネルフも優先事項として、確認を急いでいる内容であった。

 当時、シンジと北欧連合、いやロックフォード財団を結ぶラインは無い。

 どんな経緯で繋がったのか分かれば、現状打破のきっかけになるかも知れない。


「そこの六分儀司令に暴行を受けて、左目を潰され全身打撲で苦しんでいた時に、親切な人が通りかかったんですよ。

 ロックフォード財団の人です。ボクを自宅に連れ帰ってくれて、治療をしてくれました。

 後で確認しましたが、応急処理を行わなかったら二度と左腕が使えなくところでした。もしくは野垂れ死にしていたかも知れない。

 それで親に暴行を受け捨てられたと、財団の人に説明したんですよ。後は分かりますよね」

「警察とかに行かなかったの?」

「当時は、ネルフでは無くゲヒルンという研究機関の所長を六分儀司令はしていた訳ですが、かなりの権力を持っていた事は、

 当時の母の資料の一部から分かっていましたからね。下手に警察に訴えても、揉み消される可能性が高いと考えました。

 ボクを保護してくれた人にも迷惑がかかるかも知れないと思いましたからね。だから北欧連合に連れて行って貰いました」


 冬月を含め同席している人間の視線がゲンドウに向いていた。

 視線には厳しい物が含まれていたが、ゲンドウに応えた様子は無い。それどころか、反論してきた。


「それが本当だと証明出来るのか? 証拠はあるのか?」

「証明? 聞かれたから答えたまでで、何故それを証明する必要がある?

 あんたが三歳のボクに暴行を加えたのは、あんたと暴行を受けたボクが一番良く知っている。

 あの時警察に訴えれば、揉み消されるどころか、逆に始末されかねない。

 まったく引き取って貰ってから、情報を集めて報復をしようと準備していて良かったですよ。

 そうでもしなければ、ゲヒルンからネルフに昇格する時に制約を付けられなかったろうし、

 使徒戦の中継なんて出来ませんでしたからね



「ちょっと待って! ネルフに昇格させる時に、北欧連合と中東連合に手を出すなと言い出したのは、あなたなの!?

 しかも使徒戦の中継も前もって準備していたと言うの!?」



 シンジの言葉に聞き捨てならない内容を聞いて、血相を変えたリツコが問い詰めてきた。他のメンバーも顔色が変わった。

 食いついて来たなと思いつつ、シンジは普段通りに話しを続けた。内心では笑いを抑えるのに、苦労していた。


「もちろんですよ。そこの六分儀司令に報復する準備をしつつ、情報を集めていましたからね。

 ネルフの司令になるのも当然知ってましたよ。

 北欧の三賢者として国政にも一定の発言権がありましたから、ネルフへの昇格の時にあの条件を入れるよう進言しました。

 手紙の呼び出しがあった時は、報復する相手をもう一度確認しようと思っただけでしたが、

 いきなりEVAに乗れと命令されるだなんて、思ってもいませんでしたよ。でも良い機会でしたから、

 拉致された時に周囲の情報をいち早く連絡するようにと準備していた放送設備を使って、使徒戦を中継しました。

 確か、国連総会にも中継されたんですよね。あの時は、姉(三賢者の魔女)にネルフにダメージを与えられそうなところに

 適当に中継してくれと頼みましたけど、まさか国連総会にまで中継されたとは思いませんでした。

 ネルフの面子を潰そうと開発していた天武を、あんなタイミングで使う事になるとはね。

 まあ結果が出せて幸いでしたよ。備えあれば憂いなしというやつですね」


 シンジの発言を聞いて、ゲンドウを含むネルフの全員が寒気を感じていた。

 今までネルフが失態を演じ続けてきた真の理由が、シンジの私怨だと言うのだ。

 原因はゲンドウだ。全身打撲の暴行を受け、左目を潰され、死に掛けて、家を潰されたのだ。怨む理由は分かる。

 分かるが、シンジを捨てさえしなければ現在の状況には為り得なかったと思うと、思わずゲンドウを糾弾したくなった。

 今になって分かるが、敵に回してはいけない人間を敵に回したのだろうという思いが、ネルフ全員の胸を過ぎった。


 シンジはネルフ側の顔色を見て、誘導がある程度はうまく行った事に安堵していた。

 北欧連合とシンジが対ネルフで行ってきた事は、客観的に見て準備が良過ぎるのだ。

 北欧連合がゼーレとネルフの最終目的であるサードインパクトを知っていると疑われない為にも、ある程度の整合性を

 持った理由を提示する必要があった。(財団の人間がシンジを偶然拾ったなどとは、信じ難いだろうが)

 何故、いきなりの呼び出しで使徒戦を中継出来たのか、何故、天武が日本に居たのか?

 それらの理由をシンジの私怨としたでっち上げの話をする事で、ゼーレとネルフが納得するよう仕向けたのだ。


 そうすればゼーレに過度の疑惑を持たれる事無く、注意の目をシンジとゲンドウに向けられる。そう判断した。

 武力ではゼーレを上回る力を持ってはいるが、テロ戦争になれば北欧連合も大きな被害を受ける。最悪は共倒れになる。

 それに、セカンドインパクトで被害を受けた途上国の復興も遅れてしまう。

 まだゼーレとの全面衝突は、時期尚早だと判断していた。


 シンジがゲンドウを怨んでいると公言する事で、ゲンドウが排斥される可能性も高いという内部指摘もあった。

 だが、シンジはそれを選んだ。

 正直なところ、今のシンジはゲンドウに特別な感情を持っていない。憎しみも無い代わりに愛情も無い。

 結果、ゲンドウが排斥されても構わないという結論になった。

 もっともゲンドウが排斥された場合、ゲンドウが構築したネルフを嫌うという次の筋書きも用意してある。


「ならば、何故初号機に乗った? 私に報復するだけなら、私を暗殺すれば良い。おまえなら出来るだろう」

「雇われのネルフ司令に、おまえと呼ばれる筋合いは無いけどね。確かに、暗殺なら簡単に済む。この場でも出来る。

 力ずくで第三新東京ごと葬る事も出来るさ。だけど、その場合はボクは犯罪者になってしまう。

 それより、合法的にあんたの社会地位を剥奪して、絶望を味あわせた方がボクの気が晴れる。

 嘘か真か分からないけど、あの使徒と呼ばれる存在を倒さないとサードインパクトが発生すると言う。

 その危機の放置は出来ない。流石に、世界に影響する危機より私怨を優先させるほど馬鹿じゃ無い。

 あんたの見極めにも、近くに居た方が都合が良いし、苦しむ様も観察出来るからね。

 ネルフの利用価値を見極めて、利用価値が無いと判断してから行動に移るよ。その時を覚悟しておくようにね」


 シンジはニヤリと笑って、ゲンドウを見つめた。普段と変わらない態度なのだが、ネルフ側全員の背筋に悪寒が走った。

 (シンジの演技)


 冬月とリツコに戦慄が走った。ここまでの悪感情をシンジが抱いているとは、想像していなかった。

(ここまで六分儀を憎んでいるというのか? 我々の足元を掬ったのは、彼の憎しみだというのか?

 EVAに乗る時に、やたらと条件を提示したのはこの為か!?)



(ここまで用意周到に準備しているなんて、普通じゃ無いわ。最初の時の態度も演技だった訳ね。

 それにしても、ここまで司令を憎んでるなんて。原因は司令の暴行か……私はどうすれば良いの?)



(確かに、彼の言う事は筋道が立っている。本当であれば、今までの行動にある程度の納得がいく内容ね。

 さて、報告書に書く内容が増えたわね。美容に悪いから、夜更かしはしたく無いんだけど)


「くっ!」


 己の不始末から自分の子供を巨大な敵として招いてしまった事に気が付き、ゲンドウは呻き声をあげた。

 子供とはいえ、シンジの影響力は補完委員会にも及ぶレベルだ。そして、自分を失脚させると明言している。

 事実、今までのネルフの失態の要因は、全てシンジによるものだ。

 不幸中の幸いか、私怨より使徒戦を優先させると言っているが、気を抜ける訳では無い。

 今までは、北欧連合がシナリオを練ってネルフを罠にかけたのかと推測していたのだが、それが間違いで、

 シンジの私怨が総ての原因だと理解した。


 ネルフ側のメンバーは、しばらくは誰も口を開けなかった。

 頃合と見たミーシャが、口を挟んできた。そろそろ飽きてきたので、帰りたい気持ちだった。


「シン様、その辺で良いのではないでしょうか? 標的たるネルフの司令に宣戦布告は出来たのですから」

「そうだね」


 そう言って、シンジは普通の態度に戻った。さっきまでの悪寒を感じさせるような雰囲気は微塵も無い。


「さて、ネルフの尋問に付き合って言いたい事も言ったし、話しはこの辺で終わりにしようか。

 ボクの話しを信じる信じないは、お任せしますよ」

「じ、尋問だなんて、そんなつもりは無いわ」


 セレナは僅かに動揺した。尋問という意識は無かったが、シンジの情報を得たいと思っていたのも確かだ。

 ネルフ側としては、まだシンジに聞きたい情報はいくらでもある。

 どうやって、天武が使徒を倒したのか、レイをどうしたのか? だが、それを言えば尋問の再開となってしまう。

 室内に白けた空気が漂った。

***********************************

 冬月はシンジに圧倒されていたが気を取り直し、尋問とは言えない内容に話題を変えた。この辺は、冬月の老獪さだろう。


「こちらに来たら中学に行く気はないかね?」

「中学? ボクに教師をしろと? 講師料は高いですよ? それに中学生にボクの講義が理解出来ると思えませんが?」

「……いや、生徒としてだよ」


 一瞬、冬月は返答に詰まった。確かに、シンジは特定分野では世界権威と言っていいだろう。講師の資格は十分にある。

 だが、講師になられては冬月の思惑から外れてしまう。慌てて言い直した。


「へー。凄いですね。日本の中学には、ボクに教えられる人がいるなんて、想像もしませんでしたよ。どんな人ですか?」

「普通の教師だよ。日本は中学は義務教育なんだ。そこで、本来は中学生である君が中学に行かないのは、まずいと思うのだが」

「自分で言うのも何ですが、ある分野では世界トップグループの中に入っていると思ってます。

 そのボクに普通の中学生に混じって授業を受けろと? ……馬鹿にしてます?」


 シンジは眉間に皺を寄せた。シンジは学校に行った事も無いし、行く気も無い。

 第一、話しが合う同世代の人間など、いる訳が無い。知識、経験、体力、全てが同世代と比較すると違い過ぎる。

 居心地が良いとは思えない。なら、仕事をしている方がましだ。ミーシャも同意見らしい。冬月を睨んでいた。


「そんなつもりは無いよ。ただ、同世代に混じって生活するのも、情緒教育の一環になるだろうと考えてな」


 シンジの眉間の皺が次第に増えていった。

 ”よりにもネルフから情緒教育なんて言葉を聞くとは”と皮肉を言う前に、意外な人物が話し始めた。


「それじゃあ、あたしも日本の高校に編入しようかしら」


 セレナが思いついたように呟いた。

 その呟きはシンジの耳に届き、”高校に編入”という言葉に対し、セレナへの突っ込みを開始した。


「?? 大学じゃあ無くて高校? 病気でもしたんですか、それとも留年?

 あなたが普通の学校に行くと、混乱の元になるから止めて下さい。……それとも年下が趣味なんですか?」


 シンジの眉間の皺の数は、そのままだ。

 セレナの美貌は傾国の美女というレベルだ。普通の男なら誘惑に耐えられるはずも無い。

 それ以上に、見た目が二十歳以上のセレナが高校に通うなど、混乱の原因になるのは分かりきっている。


「失礼ね。留年なんてしていないわよ。こう見えても十八歳よ。日本で言えば高校三年よ


 その言葉を聞いて、セレナ以外の人間は一瞬だが固まってしまった。(ミーシャも一瞬、動きが止まった)

 シンジは首をゆっくり回し、セレナを見た。他の人間もそれに倣った。

 腰にまで届いている金髪。男を魅惑する碧眼。男の本能を揺さぶる微笑み。

 美人コンテストに出れば、優勝間違い無しの美貌。

 何故か視線が引き付けられる唇。細い首。服の上からでもはっきり分かる胸の起伏。

 その下はテーブルに隠れて見る事は出来ない。漂ってくる甘い匂い。フェロモンが出まくりの状態だ。

 もう一度顔を見る。十八歳……いや、老け顔というのでは無い、咲き過ぎなのだ。

 化粧もばっちり。服装のセンスもモデル並みだ。そして大人の美女の風格というものが、漂ってくる。


 ミーナも十八歳だ。ミーナもフェロモン美女だが、目の前の美女と比べると雰囲気がまだ幼いというか年相応だ。

 ミーナを八分咲きと表現するなら、彼女は十分咲きか。(ミーシャは六分咲き?)

 白人の年齢は分かりづらいと思っていたシンジだったが、それもで詐欺じゃ無いかと思う。

 十八歳にしては、色気が有り過ぎ。しかも、魔眼を持っている。

 彼女が女子高では無く、普通高に通った時の事を想像する。……彼女に群がる男が想像出来た。逆ハーレムだ。


「……女子高ならともかく、あなたが普通高に行ったら学校が滅茶苦茶になります。止めて下さい。

 それと、外交部に居たと言っていましたよね。働いていたんじゃ無いんですか?」

「バイトよ」


 何故か動揺した口調のシンジの質問に、セレナはあっさりと返事をした。

 しかし外交部でバイトって……事務仕事じゃあ無いだろう、交渉役にバイトを使う委員会って……

 シンジを脱力感が襲った。セレナの演出された交渉より地を出した交渉の方が、シンジの揺さぶりは期待出来るようだ。

 その時、ミーシャがシンジの左腕に抱きついた。

 左腕に感じる柔らかい感触に、シンジは冷静さを取り戻した。このあたりは、男の性(さが)だろう。


(不味い。どうも、このタイプの女性は苦手だ。まだ澄ました顔で言われた方がましだな。

 まあ、これも人生経験と思って我慢するしか無いな)


「ありがとう。ミーシャ。大丈夫だよ」

 シンジは、自分の左腕を抱いているミーシャを見て、礼を言った。ミーシャは微笑むと、シンジの左腕を離した。


「学校の件は、後で考えます。今日はこの辺で終わりましょう」


 セレナの年齢に皆驚いていたのか、意見も出ずに会談は終了した。






To be continued...
(2009.02.21 初版)
(2009.03.21 改訂一版)
(2011.02.26 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)


(あとがき)

 シンジ君の強さの秘密を公開しました。突拍子も無い設定ですが、こうでもしないと強くなれませんので。

 秘密はあと二つありますが、それは別のところで公開します。

 ネルフの問題点を指摘してみました。

 他に頼る物が無ければ顕在化しない問題ですが、天武がある状態では露骨に責められる内容だと思います。

 態度を変えれば(謙虚になれば)良いのでしょうが、あの面子では、それも無いでしょう。


 天武の元は、お分かりだと思います。好きな台だったので、取り上げました。キャラクターは出しません。

 あくまで設定だけです。もっとも、おちょくるネタにしてしまいましたが。


 セレナの事を少し、脚色しました。ゼーレ議長の係累ですが、計画の事は知らされていません。

 あくまで能力(魔眼)を重要視されていると言う設定です。

 書いてて、気に入ったキャラクターになりました。美女は人類の宝ですよね。……どうしましょうかね。



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