因果応報、その果てには

第八話

presented by えっくん様


 ミサトの部屋

 ミサトは一人暮らしだが、その日は珍しくリツコと一緒に飲んでいた。

 何時も二人で飲む時は外の店だが、たまにはゆっくり飲みたいと思ってミサトがリツコを誘ったのだ。

 リツコには、ミサトに関して思惑があった。

 自分の研究室で話そうと考えたのだが、ミサトの誘いをチャンスと思い、ミサトのマンションに来ていた。

 だが、ミサトの部屋に入って、リツコは直に後悔した。


「まったく嫁入り前の女の部屋じゃ無いわね。仮にもお客を招こうと言うのなら、部屋を綺麗にしておきなさいよ」


 リツコは溜息まじりでミサトに注意した。ゴミ屋敷という程では無いが、所々にゴミが散らかり、汚れも目立っている。

 本来、清潔さを保つべき女性の一人暮らしの部屋としてはどうかと思う。まるで一人暮らしの男の部屋のように感じられた。

 当然リツコはこんな環境で飲むつもりは無かった。


「良いじゃない、リツコを客と思って無いから。ビールで良い?」


 ミサトは冷蔵庫を開けると、ビールを三本取り出した。一本はリツコの前に置き、二本は自分の所に置いた。

 そして缶を開け、一気に飲み干した。


「ぷはーー。この一本が美味しいのよね。この為に生きているようなもんだわ」

「まったく今のミサトを日向君が見たら、何て思うかしら。可哀相に」


 リツコは覚悟を決めて、ビールの缶を開け飲み出した。但し、一気飲みでは無く少しづつだ。


「何で、日向君が出てくるのよ?」

「あら、気がついて無いの? 彼のミサトを見る目は熱いわよ」

「やめてよーー。趣味じゃ無いわ」

「やっぱり、加持君の事が忘れられないのね」

「加持ーーー! 違うわよ。何であいつの事が出てくるのよ!! あんなの、こっちからお断りよ!!」


 ミサトは断固たる口調で宣言した。酔いは少しは回っているが、まだ序の口だ。

 ミサトがヒートアップするのを見て、リツコも調子が乗ってきた。アルコールが少し回ってきたのだろう。


「へー! じゃあ、どういうのが好みなの? まさか年下?」

「何よ、リツコこそどうなのよ。最近、マヤちゃんと怪しいって噂になってるわよ」


 ミサトはリツコに反撃した。やられっ放しは性に合わない。からかうような笑みを浮かべてリツコを見つめた。


「なっ! マヤとだなんて、そんな趣味は無いわよ!」

「でもマヤちゃんと一緒にいる時が多いし、マヤちゃんは熱い目でリツコを見てるわよ」

「マヤは部下だもの。一緒にいる時間が多いのは当然だわ。誰が言ってるのよ!?」


 リツコは憤慨ものの口調でミサトを追及した。確かにマヤと一緒の時に、変な視線を感じていた。

 あれが噂を真に受けた人達の視線だと思うと、恥かしさで顔が赤くなってくる。


「へへーー。あ……た……し」

「ミサト!! 変な噂を流すんじゃないわよ。本気にする人がいたら困るのよ!!」

「えー! 本気にされて、リツコが困る人って誰? 技術部にいるの? まさか保安部? あのマッチョが趣味なの?」

「……まったく、その手には乗らないわよ。学生時代から変わっていないわよね。相手を熱くさせて聞き出すその手法」


 リツコはミサトと話しながら、昔の学生時代を思い出していた。あの時は今ほど責任は無く、ミサトと馬鹿話を良くしていた。


「……バレてた? ふー、リツコも手強いわね。普通ならこれで、白状しちゃうもんよ」

「そんな手が通用するのは最初だけよ。それより、そんな口の利き方はあたしぐらいにしておきなさい。

 間違っても、国連軍や北欧連合のスタッフ相手にそんな口の利き方をしないでね」


 リツコは真顔になって、ミサトに忠告した。少しアルコールは入ったが、まだ正常な思考は出来る。


「ふん! 確かにこの前の使徒は北欧連合の『天武』で倒したけど、次からはEVAを使うんでしょ。

 ネルフの協力が必要なはずなのに、こっちに協力しようとしてないわ! 何様のつもりよ!

 特にシンジ君は酷いんじゃ無いの! 子供は大人に敬意を払うべきよ!!」


 ミサトは二年前に捕虜収容所でシンジと会っていた。

 その時は、レイプ寸前の屈辱的な姿を見られ、血を拭う様にとシンジからハンカチを貰っていた。

 その後にシンジは自分の部下になる予定のサードチルドレンとして、ミサトの前に姿を現した。

 だが蓋を開けてみれば、シンジは北欧連合の所属で自分の部下にはならずに、さらには自分より若いのに技術少佐の階級だ。

 シンジからの要求で二階級も階級を下げられ、この前の打ち合せでは強制的に退出までさせられた。

 こんな経緯から、ミサトはシンジに複雑な感情を持っていた。それは愚痴となって出て来たのである。

 そんなミサトを見ながら、リツコは誘導を始めていった。そもそも、それが今日の主目的である。


「北欧の三賢者の魔術師。彼の立場はあたしより上よ。核融合炉と粒子砲の開発は金字塔ものよ。エネルギー関連の世界的権威ね」

「えーー!! シンジ君が世界的権威!?」

「そうよ、彼を子供呼ばわりしているのはミサトだけよ。それとファーストネームを本人の前で呼ばないように注意しなさい。

 でも彼のパイロットとしての技量はどうかしらね。初号機とはシンクロはしたけど、動かしていないからね。

 天武の動きは凄いと思ったけど、初号機とは制御機構が違うから大丈夫かしら?」


 さり気無く、シンジが初号機で戦えるか心配だと仄めかした。ミサトは必ずシンジの技量を確認するだろうと考えている。

 ミサトは二度に渡る精神誘導をゼーレから受けていた。本当は自分の手で使徒を倒したいのだが、ミサトではEVAは動かせない。

 だからこそ、自分の指揮で使徒を倒したいとミサトは願っている。そのミサトの願望をリツコは知っている。

 そのミサトの願望に沿った形での誘導だった。それにミサトは抗えるはずが無かった。


「リツコ……確かEVAはパイロットの思ったまま動くのよね。

 逆を言えば、パイロットが満足に動けないと、EVAは本来の性能を出せない訳よね」

「……そうよ。パイロットの技量が、EVAの動きに反映されるわ」

「じゃあ、あたしがあの子の指導してやるわ。それが初号機の動きを良くする事になる訳だしね。よし、明日にでも試してみるわ!」


 天武の動きはミサトから見ても目を見張るものがあったが、EVAとは制御方式が違うのだろう。

 だが、これからEVAで使徒を倒すのであれば、パイロットにある程度の体術が要求される。

 それを自分が指導してやれば、シンジも自分の言う事を聞くようになるだろう。

 多少は体格が良い方かもしれないが、たかが十四歳。頭は良くても、体術の程度は低いはずだ。自分に敵う訳が無い。

 軍隊生活時代に、体術で優秀な成績を修めた自分に自信を持っていた。


「ミサト、間違っても酷い怪我なんてさせないでよ。あくまで確認だけよ」

「大丈夫、分かってるわよ。このあたしの力量を見せてやるわよ」


 ミサトをうまく誘導出来たリツコは、内心で笑みを浮かべていた。

 シンジの体術のレベルは分からない。だが、ミサトに敵うはずも無いと考えていた。

 これでシンジの力量が判明する。そしてミサトに負けたシンジは、少しは大人しくなるだろう。

 そうなれば、今後は何かとやり易くなる。リツコにしてみれば、シンジに対する軽い牽制のつもりだった。


「そういえば、温泉ペンギンを飼っていたわよね。どうしているの」


 リツコは気分が良くなった事もあって、昔の事を思い出していた。

 聞かれたミサトの顔色が、どんどん青くなって行く。


「ま、まさか!! ペンペン、生きてるわよね!!」


 ミサトは慌てて冷蔵庫を開けた。そこには、ぐったりとしたペンギンが横たわっていた。

 確認すると、衰弱しているがまだ生きている。ミサトとリツコは慌ててスーパーに食料の買出しに向かった。

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 ネルフ:訓練ルーム

 国連軍と北欧連合のメンバーは、ネルフ本部内の立ち入り制限があったが、訓練ルームは自由に入れる場所になっていた。

 シンジは昨日受けた精神的ダメージを払拭しようと、体を動かす為に訓練ルームに来ていた。

 様々なトレーニング設備があったが、それらを使用せずに畳の上で空手のような演舞を一人で行っていた。

 付き添いはメイド服を着たミーシャのみだ。タオルを持って控えていた。

 ちなみに、ミーナとレイはマンションに居る。今日は服を買いに行くと言っていた。

 朝食の時からレイは嬉しそうにしていた。話しは服の事ばかり。ネルフやシンジの話題は一切出なかった。

 街に出るのは少し心配だが、ユインが護衛につくから大丈夫だろう。


 一抹の寂しさを覚えたシンジだったが、演舞を始めると無心になり身体を動かした。

 演舞はゆっくりと動いた。目的は気分転換と適度な運動の為だ。観客はミーシャ以外にも、ネルフの人間が数人いた。

 シンジは演舞をゆっくりと四十分ほど行った。ゆったりとして動きだが、四十分も動くとかなりの運動量になった。

 そろそろ引き上げようかと思って、ミーシャから受け取ったタオルで汗を拭いていると、

 冬月とリツコとミサトの三人が、訓練ルームに入ってきた。


「ロックフォード君は、何か武術をやっていたのかね? 見事なものだったが」


 冬月が笑顔でシンジに話しかけた。内心では、あまり良い事を考えている訳では無いが、それを顔に出す事は無かった。


「ほんの少し。まあ準備体操レベルですよ。それにしても三人で来るとは何かあったのですか?」

「ああ。この前も話しをしたと思うが、君が中学に通う件だよ。

 文部省の次官が君の話しを聞いて、その年頃なら中学に行かなくて駄目だと通達があったのだよ」


 シンジを中学に通わせて友人関係を築かせる事で、この街との関係を強化する目論見だ。

 さらにシンジの友人を使えば、シンジの弱点を突けると考えていた。発案者はゲンドウで、実行者が冬月という事である。

 以前に一度話題に出したが、その時はセレナの介入で有耶無耶になった。

 そこで日本の文部省の介入という口実で、再度話しをもってきたのだ。だが、そんな程度の理由ではシンジは納得するはずも無い。


「文部省の次官? 何で国連の特務機関が、日本の教育機関の言う事を聞く必要があるんですか?

 無視すればいいじゃないですか。それに、こちらに連絡が無いのに何故ネルフに連絡が行くんですか?」

「い、いや日本の公的機関との軋轢は極力避けたいからね。彼らの言う事も最もだと私も考えるし、どうだろう」


 戦自とか内調とかの機関とは対立状態にあるが、そんな事は顔に出さない。


「日本の地理や歴史は知りませんが、日本に永住するつもりは無いですから勉強する気は無いですね。

 他の分野でボクに教えられる人がいれば考えますが、この前は普通の教師と言いましたよね。お断りしますよ。

 その文部省の次官が文句を言うなら、こちらから圧力をかけますよ。連絡先を教えて下さい」


 シンジは中学通学など興味は無い。元々、同い年とは精神の成熟度が違う事は認識している。

 その中に入っても、得る物があるとは思わなかった。それに職務がある。仕事を放り出して中学に行く気は無かった。


「シ、いえ、あなたは子供なのよ。学校に通う義務があるのよ」


 ミサトはシンジ君と言うところを、慌てて言い方を変えた。

 ファーストネームを呼ばないようにと、リツコに太い釘を刺されている。言い付けに背くと後が怖い。

 それに、補完委員会から一千万円がシンジに支払われる事になり、呼んだ人間は”減俸20%を一年”の罰が待っている。


「赤木博士も同じ考えですか?」

「えっ? ……日本の義務教育は、親が子供を学校に通わせる義務を負うという事で、あなたの場合には当てはまらないわね。

 でも同世代の子と一緒に生活する事は、良い経験になると思うわ」


 ミサトの間違いを、さり気無く指摘しながらも、冬月の意見に沿うように話しをもっていった。


「……良い経験ですか?

 ……何か隠している気がしなくも無いですけど、そうですね。初号機の改造は三日後には終わる予定です。

 念の為に不知火准将に相談しますよ。准将が駄目と言えば、この話しは終わりです。

 それと、中学に行っても得るものが無いと判断した時点で、行くのは止めますよ」


 シンジは態々冬月が中学に通うように言ってきた事に、違和感を感じていた。ネルフの副司令がする事では無い。

 しかも何故文部省に自分の事が伝わった? 作為的なものを感じた。

 中学に通う事で被害があるとも思えない。だが、仕事は山ほどある。行っている暇があるとは思えない。

 自分が断っても、しつこく通学を進めてくるだろう。不知火をだしにして断れば、良いだろうとの判断だ。


「そ、そうかね。レイも通っている中学だ。出来ればレイも登校させて欲しいのだがね」


 冬月の言葉を聞き、シンジの目が光った。なる程それが目的か。レイを無防備状態に近い学校で拉致するつもりなのかと推察した。

 シンジの顔が険しくなって行くのを見て、慌ててリツコが説明した。


「待って! ネルフはレイに介入する気は無いわ。レイが学校でどうしていたかは知らないけど、このままレイが学校に

 行かなくなって心配しているクラスメートがいるかもしれないわ。そういう意味よ。他意は無いわ」


 レイが目的でシンジを中学に通わせようとしたと思われると、今までの関係も全て御破算になる。

 リツコはそう思っていた。だがリツコでさえ、ゲンドウがレイの拉致命令を出した事は知らされていない。


「……レイの意見も確認しますけどね。レイが行くならミーシャも一緒かな」

「では二人の編入手続きは、こちらでやっておくよ。四日後からで良いかな」

「構いません。ですが、准将が駄目と言ったらそれで終わりです。それと仕事が優先です。追加の仕事が入れば行きませんからね」


 シンジは話しは終わったと思い三人に背を向けたが、ミサトから声がかかった。


「待って! パイロットの実力を知らないと、作戦立案は出来ないわ。あなたの実力が知りたいのよ」

「実力?」

「そうよ。EVAは思考制御で動くわ。逆に言えばパイロットが思った以上は動かせないの。

 だから、あなたの体の動きのレベルを知らないと作戦立案は出来ないわ」


 ミサトは自分が降格して作戦指揮権が剥奪されると知って、それを告げた冬月に猛抗議した。

 冬月はセカンドチルドレンが来たら、ミサトに作戦指揮を任せると説得した。

 それまではミサトは作戦立案のみを行い、指揮は北欧連合と国連軍に任せると。

 だが彼らの指揮で被害が大きい場合は、彼らの責任を追及し権限を縮小させるつもりだと言った。

 国連軍と北欧連合にまともにEVAを使える訳が無いと思っているミサトは、冬月の言葉を承諾した。

 だが、シンジを力で屈服させれば、自分の言う事を聞くようになるだろう。

 そうなれば、アスカが来る前でも自分が指揮を取れるかも知れない。自分の実力を見せ付ける良い機会だとミサトは考えていた。


「だから、あたしが相手よ。かかって来なさい!」


 そう言ってミサトは構えを取った。冬月とリツコは黙って見ている。了解済みのようだ。

 だが、ミサトの挑発にシンジは乗らなかった。不用意な力の行使は、極力抑えたいと考えていた。


「結構ですよ。三日後にEVAの実働試験を行います。その動きを見て、作戦立案をすれば良いでしょう」

「待ちなさい!!」 「待って!!」 「待ってくれ!!」


 訓練ルームを出て行こうとしたシンジを、冬月ら三人が慌てて止めた。

 ここでシンジの能力の一部の確認と掣肘を行うつもりだ。帰られては困ってしまう。

 このままでは何時まで経っても、煩いだけだと判断したシンジは、考えを変えて実力の一部を見せ付ける事にした。


「しつこいですね。……葛城三尉はいつもその赤のジャケットを着ていますね。結構、生地は丈夫なんですか?」

「……勿論よ。あたしのお気に入りよ。それがどうしたの?」

「一つ質問ですが、葛城三尉はそのジャケットを空中に放り投げて、素手で切り裂けますか?」

「このジャケットを空中で素手で切り裂く!? そんなの無理よ!」

「ならばボクがやって見ましょうか? ボクの実力が見たいというなら、そのジャケットをボクに投げて下さい」


 何時の間にかシンジ達の周囲には人が集まって輪をつくっていた。そして興味深い視線でシンジとミサトを交互に見ていた。

 こうなるとミサトも後には引けない。それに空中のジャケットを切り裂くなどミサトにも無理だ。

 シンジに出来るはずが無いと思い、鼻っ柱を折る良い機会かもと考えた。

 ミサトはジャケットを脱いで、シンジに向けて放り投げた。


 シンジは全力をネルフに見せるつもりは無かった。しかし、ある程度の力は見せておいた方が何かとやり易くなるだろう。

 そう考えて『気』を両手に集中させた。そして目の前にミサトのジャケットが飛んで来た。


 シュッ    シュッ


 『気』を集中させた両手は鋭利な刃物と同じだ。それが空中にあるジャケットを横に、そして縦に切り裂いた。

 ミサトは微かにシンジの両手が動いたのは見えたが、他の人間にシンジの動きは見えなかった。それ程の早業だった。

 そして四分割されたミサトのジャケットはそのまま床に落ちた。

 それを見た観客は静まり返ってしまった。冬月とリツコも同じだ。全員が顔を強張らせていた。

 そしてミサトは青褪めた顔だったが、やっと声を出した。


「……ま、まさか! あのジャケットを易々と切り裂くなんて!? それに腕の動きが殆ど見えなかった!?」

「こういう訳ですから、あなたと組み手は出来ません。これに懲りたら大人しくして下さい。

 あまり横槍が多いと、ボクも我慢出来なくなります。ネルフはネルフなりの努力をすれば良い。こちらを巻き込まないで下さい」


 固定されていない空中でジャケットを素手で切り裂く事など、普通の人間には出来はしない。

 シンジの技量を見た冬月とリツコ、それに周囲の観客はシンジの言葉を聞いて唾を飲み込んだ。

 だが、ミサトにも意地と拘りがある。シンジの技量を見たと言って諦める事は出来なかった。


「あなたは何処でそれだけの腕を身につけたの!? あなたは一体何者なの!?」

「くどいですね。葛城三尉はやたらとボクに突っかかってきますけど、何か恨みでもあるんですか?

 まったく捕虜収容所でハンカチを渡した時は涙を流して可愛げがあったのに、今じゃあ痛々しいだけですよ。

 恨みと覚悟があるなら、組み手をしても良いですよ。もっとも五体満足に終わる事は保証はしませんが」

「……良いわよ! 速さだけであたしを倒せるとは思わないで!」

「ま、待ちたまえ! ここで試合をする事は認められない! 止めるんだ!」


 二人の険悪な雰囲気に冬月が割り込んだ。

 シンジの実力を試すだけのつもりだったが、今の技を見るとミサトでも対抗出来るか冬月は不安になった。

 ここでミサトが長期入院や倒れてしまうと計画に支障が出る可能性がある。

 その為に最初は二人の組み手を望んだ冬月だったが、慌てて止めに入ったのだ。


 シンジはミサトが自分に何故絡んでくるのかの理由は分かっていない。だが、ミサトの言うなりに動くつもりも無かった。


「……まあ良いですけどね。でもこれだけは言っておきます。ネルフにはネルフなりの都合や思惑があるように、

 こちらもネルフとは別の都合と思惑がある。ネルフの都合と思惑を、こちらに押し付ける事など認められません」

「今はあなた達の都合と思惑を、ネルフに押し付けているじゃない!」

「だからこの前に協議したのでしょう。ネルフの上層部は納得した。納得していないのはあなただけ。

 嫌ならネルフを辞めたらどうですか?」

「そんな事を、あなたに言われる筋合いは無いわ!」

「上層部の決定に従えないなら、組織を辞めるべきでしょう。ボクとしてもあなたの都合を押し付けられる事は迷惑です。

 あなたがどんな考えを持っているかは知りませんが、それを無理やり通そうとするのは認められません。

 こちらの協力が欲しくば、対価を示すべきですね。使徒の情報とかね。それを出さずにこちらがネルフの都合を聞く事はありません」


 ミサトにはミサトの事情があり、シンジにはシンジの事情がある。

 シンジはミサトの事情を知る気も無く、その価値があるとも思ってはいない。

 冬月の介入もあって気が削がれたシンジは、言いたい事だけ言うとミーシャを連れて訓練ルームを出て行った。


 冬月とリツコは安堵の溜息をついていた。まさかシンジがここまでの技量を持っているとは予想はしていなかった。

 あのままシンジとミサトが激突したら、どちらかが致命傷を負った可能性は極めて高い。

 ミサトの顔は屈辱に歪んでいた。確かにシンジを十四歳と侮って、体術の技量など無いだろうと見縊っていた。

 逃げる訳にはいかないと強気で出たが、実際の組み手をやった場合、ミサトは勝てるとは思えなかった。

 本来は部下に入る予定だった、かなり年下のシンジに手も足も出ないというのは、ミサトにとって認められる事では無かった。

 どうすべきなのか? ミサトは四分割に切り裂かれたジャケットを見ながら考えていた。

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 ネルフ:初号機の格納庫

 初号機は三日間に渡る改造を終えていた。外観はほとんど変わっていない。

 元々、外観が変わるような大改造が三日で終わるはずが無い。

 改造したのは、以下の五項目だ。

 @ A10神経経由という曖昧なシンクロシステムを、天武に搭載されている思考制御システムに変更。

 A LCLを無くし、衝撃緩衝用の液体に変更。但し、酸素マスクの着用は必須になる。

  (オーバーテクノロジーに属する慣性中和装置は、ネルフに見つかるとまずいので搭載は見送られた)

 B バッテリィを交換。五分から三十分の稼動が可能な高性能タイプに交換。

 C 自爆装置の撤去。

 D 本発令所から制御が出来ないように、制御システムの変更。


 改造部材は基本的には天武の予備部材だ。でなければ、こんな短期間で揃えられはしない。

 バッテリィに関しても、天武のプロトタイプの時に使用した物の使い回しだ。暫定版であり、後で再製作したものに変える予定だ。

 もっとも出力電圧が違うので、変圧器の設定変更を行っていた。


 改造を終えた初号機には、シンジが搭乗していた。新しく搭載した思考制御システムは順調だ。【ウル】の声が聞こえてきた。


(汝か。前より汝をはっきりと感じられる。何かしたのか?)

(うん。【ウル】とボクを繋ぐパイプを太くしたと思ってくれれば良いよ。その他にも改造したけどね)

(目覚めてから、あまり身体を動かしていない。この前は腕を動かしただけだ。かなり不満だ)

(分かってる。今日は思いっきりこの身体を動かすから、それで不満は解消してよ)

(……どの程度かによるな。期待しているぞ)


 第二発令所からの指示で、初号機はジオフロントの外れに射出された。周囲に大きな障害物は無い。

 バッテリィもフル充電されている。三十分の稼動が可能だ。

 初号機の内部モニタは、第二発令所と繋がっている。

 本発令所では初号機の内部は見えず、ジオフロントの各所に備え付けられているカメラで初号機を見ているのみだ。


(じゃあ始めようか。まずは準備運動からかな)

 初号機は、屈伸と背伸びなどの準備運動を始めた。

 望遠で見ると違和感は無いが、近くで見るとその巨体の振動に恐怖感を感じる。まるで近くで大地震が起きているような感覚だ。

 数度、小さなジャンプをした後に思いっきりジャンプし、空中で回転して着地した。

 着地の瞬間は、ネルフ本部にも地響きが微かに轟いた。

 その後は軽く走り回り、次は少し本気を出して走った。

 その巨体の走る圧力は凄まじい。出来るだけ周りに被害を出さないようにしているが、風圧で倒れる木が続出した。

 ここまでは準備体操だ。本番はこれからだ。


 ATフィールドの発生テスト。

 ATフィールドが、どうすれば発生出来るか分からなかったが、【ウル】からの意見を元に試してみた。

 見事成功。

 初号機が六角形のシールドを発生させた時は、本発令所と第二発令所に歓声が響き渡った。

 ATフィールドの試験はそれだけで終わらない。

 シンジは【ウル】と話した結果、二人が協力すれば二つのATフィールドを張れるのでは無いかという結論に達していた。

 シンジと【ウル】。二人が同調して初号機を動かしている。意識をうまく分ければ、出来るかも知れない。

 だが、出来たのはATフィールドの二重化だけだった。

 シンクロしている為なのか、左右に張るとか、まったく別の事は出来なかった。精々が多少張る位置をずらす事だけだった。


 次はATフィールドの応用だ。

 霊子シールドと同じく、身を覆うだけでは無く武器とか盾とかの強化に使えないかと思って実験した。

 結果は成功。武器はただの棒だけだったが、その棒にATフィールドを纏わせる事に成功した。これで武器の強度は格段に上がる。

 材質的に強度が不足していても、ATフィールドを纏う事により最高硬度の武器になる。


 後は訓練ルームで行った演舞の再演だ。

 正拳の連続突き、足刀、回し蹴り、そして体捌き。EVAの巨体が動く影響は凄まじい。

 初号機の周辺の樹木は、粗方吹き飛ばされてしまっていた。

 稼動時間ぎりぎりまで、初号機のテストは続いた。短い時間だったが、思いっきり動いた事に【ウル】は満足した。


 第二発令所は、初号機の動きとATフィールドの展開と応用を見て、満足した。

 本発令所も、初号機の動きとATフィールドを展開するのを見て、満足した。

 だが、五分を過ぎても初号機が動いているのを確認した時、日向と青葉は驚いて第二発令所に問い合わせをした。

 そしてATフィールドの二重化。棒へ纏わせたATフィールドを確認したリツコは、シンジの力量に恐れを抱いた。

 EVAでATフィールドが張れるとは言ったが、張り方をシンジに教えていない。(リツコも知らないのだが)

 そのシンジが簡単にATフィールドを張り、ましてやATフィールドの二重化を初回からやってのけた。

 リツコにはシンジの底が全然見えなかった。

 ミサトは初号機の動きを鋭い目で見つめていた。自分のジャケットを空中で切り裂いたように、シンジの底は見えなかった。

 あれなら、次の使徒が来た時も何とかなるかも知れない。だが、自分の命令で動かせない事に焦燥感を感じていた。

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 マンション:不知火の部屋

 そこには不知火とシンジが、二人だけで向き合って座っていた。

 不知火とシンジの最初の顔会わせは、ネルフの会議室だった。

 場所が場所なので細かい話しは出来ず、後でじっくり話そうと約束していた。

 御互いのプロフィールは、ある程度は知っている。だが内密の話しをする為に、不知火の部屋にシンジが招かれた。

 ちなみに、不知火はまだ独身だ。不知火が飲み物を台所から持って来た。

 酒を飲みながら話すような内容では無いと双方が自覚しているので、二人ともノンアルコールだった。


「良く来てくれた。今日は時間はあるのだろう」

「ええ、日が変わるぐらいまでは大丈夫です」

「十分だ。少佐とは、じっくり話したかったのでな」


 不知火は参謀総長と実兄から、シンジの事は聞いていた。


 シン・ロックフォード。日本名は碇シンジ。北欧の三賢者の魔術師である。

 核融合炉の開発者であり、日本での核融合炉関係の最高責任者。(日本側の最高責任者は大和会の冬宮)

 最初の使徒を倒した天武の開発者、兼パイロット。そして、初号機と呼ばれるEVAのパイロット。

 そして、実家である不知火家の遠戚である碇家の跡取りだった。

 現在、実家の不知火財閥には、ロックフォード財団より密かな援助が行われている。

 核融合炉の設置業者に不知火財閥が選ばれているのも、目の前の少年の手配だと言う。おかげで不知火財閥は急成長をしている。

 これらは付属事項だ。本日のメインは、北欧連合とネルフの最終目的の確認だ。


「ボクもです。それでルーテル参謀総長と不知火総帥からは、どこまで聞いています?」

「……聞いているのは、ネルフの上部機関である人類補完委員会の後ろに、ゼーレと言う世界規模の秘密結社がある事。

 ゼーレは北欧連合を除く常任理事国を勢力下に置いている事。ネルフはゼーレの命令でサードインパクトを計画していると言う事。

 君は全てを知っていて、君の言う事を信用しろと言う事。それぐらいか。電話でも言えないと言われて、直接会って聞いた内容だ」


 不知火は困惑した表情だ。それもそうだろう。話しが大きすぎて、直ぐに信じられる内容では無い。

 だが、参謀総長も兄も、嘘を言う性格で無い事も承知している。


「それで不知火准将は話し聞いて、どう思いました?」

「正直、信じられなかった。セカンドインパクトの惨禍を知っている我々としては、同じ惨禍を繰り返すなど考えもしなかった事だ。

 ましてや事故ならともかく、故意に起そうとするなんてな」


 不知火は憮然とした表情だ。サードインパクトを起すなんて自殺願望者しかいないと思っている。

 狂っている個人ならともかく、組織で自殺を試みるなど、有り得ないと思っていた。


「……セカンドインパクトは、規模は大きいですが単なる爆発現象です。

 ところが、ゼーレとネルフの考えているサードインパクトは、単なる爆発現象を発生させるものではありません」

「……では、どういう事になる?」


 不知火の眉が動いた。サードインパクトとセカンドインパクトでは、発生現象が異なる事に興味を持った。


「彼らが考えているのは、全人類、いや地球上の全生命体を一つにする事です」

「何だと!? そんな馬鹿な事が出来るはずが無い! そもそも意味が無いだろう! 何の為にそんな事をする?」

「普通の人は、そう思うでしょうね。准将の反応は至極当然の反応だと思いますよ。では、これを見て貰いますよ」


 そう言って、シンジは不知火の額に右手の人差し指をあてた。

 気を集中し、師匠から貰った映像を不知火に送り込んだ。同時に防諜対策も施した。


「こ、これは!?」


 不知火が見たのは、紫色のEVAに乗って戦うシンジの映像、特殊なフィールドに覆われて人間が液化していく映像、

 海が真っ赤に染まり地球全体が廃墟と化した映像、そして廃墟に座り込むシンジの映像だった。

 映像のシンジの方は、目の前のシンジより頼りなさげに見えるが、本人に間違い無いだろう。


「准将が見たのは、未来の映像です」

「未来だと!?」


 不知火は思わず立ち上がった。そして信じられないものを見るかの表情でシンジを見つめた。


「そうです。直ぐには信じられないかもしれませんが、ボクの師匠にあたる人が未来見で見た映像です。

 数十回見たと言っていましたが、結末は変わらないと言っていました。もっとも、ボクを引き取る前の予知ですが」

「未来見だと……そんな事が出来るのか……いや、その前に私の脳裏に浮かんだ映像、あれはどうやったのだ!?」


 確かに指を当てただけで、映像を人の脳裏に送り込むなど聞いた事が無い。


「ボクの精神を集中させて、師匠から貰った映像を准将に転送しただけですよ。

 言い忘れましたが、師匠とボクは【魔術師】です。昔から【魔術】と言われている力を使う事が出来ます。

 そして准将が見た映像は、師匠が【魔術】を使って未来見で見た映像です」


 シンジは真顔で話した。二つ名の魔術師の事では無い。本当の意味でシンジは【魔術師】なのだ。

 そう言ってシンジは指先から力を放出し、不知火のコップの中の飲み物を凍らせた。


「【魔術師】だと!? 今の世に魔術師が……いるのか。この科学万能の時代に魔術か。

 確かに君の記憶にある映像を他人に伝えるなど、今の科学では出来ないだろう。

 それに、このコップの中身を凍らせた力か。なるほど、それが君の奥の手と言う事か」


 直ぐには信じられない。だが、指先を触れただけで、映像を送り込むなど普通では出来ない事も確かだ。

 不知火はコップを触り温度を確認した。冷たさを感じた。確かに幻覚では無い。

 シンジが十四歳という年齢で、要職にあってパイロットを務めている事に疑念を持っていたが、ある意味納得した。

 魔術師などと言う不思議な力を持つのであれば、大概の事は出来るだろう。


「ええ。それと申し訳ありませんが、准将にも防諜対策をさせて貰いました。ボクがいるところでは構いませんが、

 ボクの居ないところで、今の話しを他者にしようとすると准将は言葉を出せないようになります。

 機密を知っている他の人にも同じ処理がしてあります。准将が不知火総帥と二人きりで、今の事を話そうとしても話せません」


 ルーテル参謀総長と不知火総帥には、不知火に伝える為に一時的に制約は解いたが、今は元に戻っている。


「……確かに、不用意に他者に聞かれては困る内容だな。防諜対策としては納得出来る。

 同時に君が魔術師である事の証明になるだろう。では北欧連合は、この事を知って動いてきたという訳か?」


 シンジが魔術師であると信じきった訳では無いが、それを知った今は北欧連合の動きが気になった。

 軍事力だけ見れば、世界を破滅させられる力を持っている。何を目指しているのか興味が湧いてくる。


「そうです。未来見でサードインパクトが起きる事を知った師匠は、捨てられたボクを保護しました。

 さっきの映像にあったように、サードインパクトには生贄が必要です。師匠の見た映像では、ボクが生贄になっていました。

 ボクが居ない未来では、別の誰かが生贄になったと言っていました。

 つまり誰かが生贄になってサードインパクトが起きる未来を師匠は見たんです。だからこそ師匠はボクを保護したんです。

 生贄たるボクを強化し、ゼーレとネルフに対抗出来るように教育したんです。十年前の事ですけどね。

 それからロックフォード財団の養子に入って、サードインパクトを企むゼーレに対抗する為に、色々と準備してきた訳です」

「君が北欧の三賢者の一人だと言う事は、他の二人も魔術師なのか?」


 魔術師の力で、あの実績を上げられたと言われれば、納得する内容だ。


「いえ、兄と姉は魔術師ではありませんよ。別の力を持ってはいますがね。

 基本的に魔術で科学的成果は上げられませんよ。もっとも、手助けにはなりますけどね」

「では君が北欧の三賢者になったのは、魔術師としての力では無くて自分の実力だと言うのか?」


 それこそ不知火は驚いた。魔術師の力で北欧の三賢者の実績を上げられたと言われた方が納得出来る。

 だが、シンジは苦笑いで不知火の疑問を否定した。


「まさか! ボクは十四歳ですよ。素の実力で北欧の三賢者などと呼ばれる力はありませんよ。

 魔術は師匠から受け継いで、兄姉と同種のある特殊な能力を後天的に身につけたと思って下さい。それにより今があります」

「……確かに、君の歳であれだけの実績をあげるのは異常だと思っていた。それが理由だったのか」


 シンジの答えは不知火を納得させた。魔術師とは別の力も持っていると言う。

 ”ある特殊な能力”とは機密だろうが、それをシンジ達が持っていると知っただけでも十分だ。


「そういう事です。サードインパクトを防ぐ為には、非力な子供では何も出来ませんからね。

 後天的に得た力もありますが、北欧連合では軍事教育も受けました。中東派遣もその一環です。

 師匠の未来見では、ボクがEVAのパイロットに選ばれるとあり、事実そうなりました。

 今の世は、師匠の見た未来見の内容に向かって進んでいます。そして、ボクらはサードインパクトを防ぐ為に行動しています」

「……何故、奴らはサードインパクトを企む? 動機が分からない。それと実行方法だ。

 あのフィールドに包まれて、人間が液化してしまった。あの赤い海は人類の変わり果てた姿だと言うのか?」


 シンジ達が魔術師だとか不可思議な力を持っている事は半信半疑だが、実績から納得は出来るだろう。

 だが、ゼーレとネルフがサードインパクトを企んでいるなど、早々信じる事は出来ない。


「南極の赤い海は御存知ですよね」

「ああ」


 機密情報だが、セカンドインパクト後の南極の映像は、不知火も目にしていた。


「あれは南極にいた全生命体、人間を含むペンギンとかいった動物も、あの赤い液体に還元されてしまいました。

 細かい方法論はボクも分かりませんが、あの使徒と呼ばれる存在を使う事により、それが出来ると推測しています。

 そして、彼らは南極で起きた事を全世界規模で実行しようとしています」

「何故だ? 動機は?」

「まだゼーレの幹部を自白させた訳ではありませんから、推測になりますけどね」

「それで構わない」


 まず動機が掴めないと、対応が出来ない。動機が掴めれば、計画自体の無効化を検討する事も可能だ。


「終末思想。それにつきると思います。ゼーレのTOPは全員が老人で、この先の人生は短い。

 そして、資源枯渇、食料不足、水不足、人口増加、エネルギー不足、国境紛争、人種差別、経済格差、色々と問題があります。

 まあ、人類全体が赤い液体になっても生きていると言えるかどうかは分かりませんが、それらの問題は一挙に解決出来ます」

「そんな馬鹿げた事が理由だと言うのか!」

「彼らは世界規模の秘密結社で、中世の頃から世界を導いてきました。世界の主導者としての自負はあるでしょう」

「だからと言って、人類全体を巻き込んだ集団自殺をしようと言うのか!」


 不知火には、納得出来なかった。

 現実主義者である不知火は、問題があると言って問題を避け、自殺を選ぶ思考など理解出来なかった。


「あの赤い液体は体の構成物質を分解されてなったものです。精神体としては、一つになるみたいですね」

「何故、それが分かる?」


 不知火の顔に不審な色が浮かんだ。現実主義者の不知火には、魂だの精神体だのという内容は理解出来ない。


「南極に行って確認しましたから。ボクは人間の精神に影響を与える事が出来ます。魔術師の力と思って下さい」

「老い先短い老人が、ただ死ぬより人類全体を巻き込んだ生命の一体化に走ったと言うのか。それを延命処置とでも考えているのか」

「彼らの資料の一部ですが、”人類の存在のステージを上げる”という一文がありました。

 推測に過ぎませんが、人類、いや全生命体の存在を一体化する事により、進化すると考えている事もありえます。

 まあ、その方が部下を納得させやすいでしょう。

 ゼーレのTOPが本音は隠していたとしても、実行部隊を納得させる必要がありますからね」

「それが動機か……」


 単なる自殺では納得が行かなかったが、進化とかであれば、まだ理解出来る。

 だが理解だけだ。納得した訳では無い。そもそも、そんな事を他者から強制されるなど、許される事では無いだろう。


「ゼーレは確かに強大です。ですが、全てを支配している訳ではありません。

 そして全てを支配出来ていないからこそ、サードインパクトを企んでいる事を公表しないで、影で動いています。

 そこに付け込む隙があります。それと、師匠の未来見ではEVAが十体以上出てきました。

 現存するEVAは三体。二体は製造中です。まだまだ、これから製造されるEVAがあると言う事です」

「……正直、話しが大きすぎると言うか馬鹿げていると言うか、半信半疑の状態だ」


 不知火は半分は怒り、半分は呆れたような表情を浮かべた。

 軍隊で実戦部隊を率いてきた不知火は、こんな絵空事と思えるようなスケールの話を聞いた事が無かった。


「まあ、そうでしょうね。常識ある人間なら、こんな有り得なさそうな話しを直ぐには信じられませんよ」

「……正直だな。他の人達もそうだったのか」

「ええ。一番酷い人は反論に継ぐ反論で、納得させるのに丸二日間も時間がかかりましたけどね」


 まだ不知火は信じられなかった。しつこいほどシンジに質問をした。


「くどい質問だと思うが、その未来見の信頼性はあるんだろうな?」

「未来見が正しいというのが、計画の大前提ですからね。師匠の未来見の確実性は保証します。

 セカンドインパクトの事さえ、師匠は見ていたそうですからね」

「セカンドインパクトの事が分かっていたと言うのか!? 何故、事前に公表……そうだな。

 セカンドインパクト以前に公表しても信じる人間はいないか……」

「そういう事です。確たる証拠は無く、魔術で見た未来など世間に公表しても誰も信じなかったでしょう。

 ゼーレに揉み消され、ゼーレの暗殺部隊の標的になるだけです。

 師匠の未来見を信じたロックフォード財団がした事は、災害に備えた体制作りと、非常用物資の備蓄と買占めです。

 だからこそ、セカンドインパクト後の復興で北欧連合が、あれだけ迅速に立ち上がったのです」

「成る程。北欧連合の成功の裏には、そんな事情もあったのか」


 不知火はある意味納得した。セカンドインパクトを未来見したのであれば、確かに信用出来るだろう。

 現在の北欧連合の成功の影に魔術師が居たのであれば、北欧連合の成功にも納得がいくし、魔術師の能力の証明になる。


「師匠の未来見は、ボクを引き取るまで定期的に行われました。それが、さっきの映像です。

 ですが、ボクを引き取ってからの未来は分かりません」

「何故だ?」

「ボクを引き取る前までは、多少の違いはありますが、あの赤い海の結果は変わらなかったと聞いています。

 ですが、ボクを引き取った後に師匠は未来見を行いましたが、そこであまりの結末の種類の多さに師匠は両目を使えない

 ようになってしまいました。両目が過負荷状態になったのです。それ以後は、師匠は未来見を使えなくなりました」

「どういう事だ?」

「つまり、ボクを引き取る前は、赤い海の結末は確定していました。ですが、ボクを引き取る事で、未来分岐が増えたのです。

 サードインパクトが起こる未来だけでは無く、サードインパクトが起きない未来も見えたと言ってました。

 その結末の種類が多すぎるがために、過負荷で師匠は目を潰してしまったのです」


 師匠であるオルテガは、使い魔の介護を受けながら生活している。

 シンジは北欧にいる師匠の事を思い出し、顔を伏せた。


「変な事を聞いて、済まなかった」

「いえ、大丈夫です。今のボクがあるのは、師匠のおかげです。その師匠は、最後の望みをボクに託したのです。

 サードインパクトを防ぐという望みをね。ですから、負ける訳にはいきません。

 それに師匠の最後の未来見で、サードインパクトが起きない未来も見えたと言うのは、確かな希望です」

「……そうだな」


 不知火はここで一息ついた。全て納得した訳では無いが、ゼーレの意図と目的、北欧連合の意図と目的は理解した。

 だが、まだ全部では無い。気を取り直して不知火は質問を再開した。


「……それで、ネルフはゼーレに従って、サードインパクトの準備をしている訳か」


 まだ全てを納得するには時間がかかると判断して、話しの内容をネルフに変えた。


「ええ、ネルフがサードインパクトの実行機関です。

 ですが、ゼーレとはちょっと違ったサードインパクトを企んでいるようなのです」

「ちょっと違ったサードインパクトだと?」

「そうです。師匠の未来見ですけどね。最終段階でゼーレとネルフが決裂すると言ってました」


 シンジが、少し困惑の篭った顔で答えた。

 ユイの記憶をコピーした【ウル】から得られた情報は欠損が多く、ネルフの全貌が分かるものでは無かった。

 ユイの魂は魂玉に封じてしまったので、記憶は取り出せない。どうしようか思案しているところだ。

 師匠からの情報も、先入観を持たないように制限されている。

 最初の格納庫の時にもう少し時間があれば、リツコからネルフの機密を吸い出せたろうと思うと悔しさが湧いてくる。

 あの時はレイの情報を優先していた。その事に関しては後悔は無い。それに次の機会もあるだろう。


「君の言い方だと、まだ確定情報は入手していないように聞こえる。

 魔術師の力でゼーレやネルフから情報を引き出せないのか? それと、君は未来見を使えないのか?」

「魔術には相性という物がありましてね。師匠から魔術の力を受け継ぎましたが、ボクは未来見とは相性が悪くて使えません。

 どちらかと言うと、物理と精神干渉系の方が使えます。さっきのコップの中を凍らせたようにね。

 最初の使徒の時、格納庫で赤木博士がレイの洗脳を自白した事は知っていますよね」

「ああ」


 リツコの様子は確かに異常だった。あれはシンジの催眠術かと思っていた。


「あれが精神操作です。催眠術に似ていますけどね。一定時間の間は、相手の目を見つめる事が必要になります。

 精神操作をかけて、知っている事を正直に言うように操作をしただけです。

 記憶の吸出しには、かなりの労力と時間が必要になります。あの短い時間では無理ですね。

(少し程度なら記憶の読み出しは可能だけど、准将を警戒させても良い事は無いからね)

 魔術は便利な能力ですが、万能ではありません。

 さっきのコップの水を凍らせた力ですが、あれだけでも相当な体力を消費します。それに有効距離も短い。

 無制限に使えるものではありません。そもそも万能な能力なら、一人でゼーレをさっさと殲滅していますよ」

「……そうか、便利だが万能では無いか。それも当然か」


 不知火は少し安心した表情になった。レイが以前に言った”人は自分達と違う存在を受け入れない”と言う言葉がある。

 不知火も例外では無かった。魔術師という通常の人間とは異なるシンジに、内心では恐怖を抱いたのだ。

 だが、便利なだけで万能では無いと聞いて、少し安心した。そもそも魔術を無制限に使われては、一般人には対処のしようが無い。


「今のところの確たる証拠は、さっきの未来見だけなのか?」

「ネルフが裏で行ってきた事を御覧になりますか?」

「裏?」

「端末を借ります」


 シンジは部屋に備え付けられている端末を操作し、パスワードを入力して、ある画像をモニタに出した。

 このマンションに設置されているユグドラシルJrのデータだ。


「ぐっ、何だこれは!?」


 そこには、十字架に磔になった白い巨人が映し出されていた。両手に杭らしきものを打たれている。

 しかも下半身は無いが、下の部分には人間の下半身らしき物が幾つかある。

 そして血液とも思われるものが、十字架を伝わって落ちているのが分かる。生きているのだ。


「ジオフロントの最深部にあるターミナルドグマの映像です。どうやら、この巨人が使徒らしいのです。

 まだ生きています。あの赤い液体がありますよね、ネルフがLCLと言っているやつです。使徒の血液です。

 胴体部のところにある人の下半身らしき物は、あの使徒の餌でしょう。生きた人間を与えたのか、死体かは不明です。

 そしてネルフのEVAは、この使徒の細胞を増殖させて造ったらしいのです」


 【ウル】が覚えていたユイの記憶を元に、今の状態を撮った映像だ。

 亜空間移動をすれば、エレベータを使わずとも地下への移動は可能だ。とは言っても映像だけだ。

 不用意に動き回って、ネルフに自分が動き回っていると思われても困る。何かと気遣うシンジだった。


「何だと! ネルフのEVAは、あの使徒から造られたものだと言うのか! と言うか、ネルフは使徒を隠し持っているのか!?」

「最初の使徒の細胞とネルフのLCLのDNA比較を行いましたが、100%一致しました。間違い無いでしょう。

 こんな秘密を持っているから、ネルフは使徒の情報を公開していないんですよ。他にも秘密はあるでしょうけどね」

「何という事だ……」

「直ぐには信じられないでしょう。二〜三日じっくり考えて下さい。そして、結論を出して下さい。

 最悪、信じられない場合は、今の記憶を消させて頂きます。そうなれば二度と准将にこの話しはしませんから」

「……そうか、魔術師だから記憶を消す事も可能と言う事か」


 不知火の常識では、ここまで秘密を知られたからには、味方にするか殺すかの二つの手段しか無かった。

 だが、記憶を消せるのであれば、三つ目の手段となり得るだろう。

 現在の科学技術では、特定の記憶を消す事は出来ない。だが魔術師だとすれば、そんな事ぐらいは出来るのだろう。

 シンジの冷静な態度を見ていると、嘘では無いだろうと思う。


「まあ、手荒な事は避けたいですからね。それに信用して貰えない人に、機密を知られたままにはしておけない。そう言う事です」

「教えてくれ。北欧連合は旧常任理事国六ヵ国を殲滅出来たはずだ。何故殲滅しなかった?

 殲滅すれば、ゼーレの力を削ぐ事も出来ただろう」


 不知火の脳裏には、かつての北欧戦争の出来事が思い出されていた。

 北欧連合の反撃は、政府と軍施設に限定されていた。確かに軍施設を叩くのは有効だろう。

 だが、民間施設も攻撃すれば、ゼーレ自体にも大打撃になるであろう事は推測出来た。


「ゼーレ、イコール旧常任理事国ではありません。ゼーレが旧常任理事国を操っているだけです。

 旧常任理事国を殲滅しても、ゼーレを殲滅出来る訳では無いのです。まあ、ゼーレの力は確実に落ちるでしょうけどね。

 実際、あの時に民間も含めて殲滅すべきだと言う意見もありました。

 ですが、まだ最後の時まで時間があった事から旧常任理事国の殲滅は見送りました。民間人の被害を嫌った事もあります。

 反ゼーレ勢力を取り込もうとする意見もありましたしね。甘いと言われても仕方無いと思いますけどね」

「……そうか」


 不知火にとって、シンジの甘さは好ましい事だ。

 民間人を守る為に軍人になった不知火にとって、敵国人であろうと民間人の死傷者が出る事を望まなかった。


「ですが、旧常任理事国を殲滅する事でサードインパクトが防げるなら、その汚名を被る覚悟はありますよ。

 民間人を含む虐殺は、最終手段として覚悟しています」

「ネルフも、暫くは放置しておくのか?」

「ええ。使徒の情報が不明なので、ネルフを直ぐには潰せません。それに利用価値があるかもしれません。

 司令か副司令が一人でボクの前にくれば、さっさと使徒の情報を白状させるんですけどね。

 しばらくは現状維持です。ですが、使徒の情報を得られて、我々だけでサードインパクトが防ぐ事が出来ると確信した時が、

 ネルフの潰れる時と思って下さい」

「それまでは、耐え忍ぶと言う事か」


 不知火の常識から言えば、ネルフのような組織は即時殲滅するのが普通だ。

 だが、バックに補完委員会(ゼーレ)と旧常任理事国六ヵ国が控えている。容易に出来る事では無かった。

 旧常任理事国六ヵ国の国連拠出金が、国連軍の資金の一部になっている。不知火の給与もそうなのだ。

 決定的な場面になるまで耐え忍ぶという事は納得した。


「そうです。我々は正義の味方ではありませんし、万能でもありません。確かに、ゼーレやネルフの非道で命を失う人がいます。

 ですが、その人達を救う為に、最終目標たるサードインパクトの阻止が出来なくなると困ります。

 非情と言われるのは覚悟の上ですが、彼らは見殺しにします」


 シンジの言葉に不知火は同情した。この年齢で、割り切るとは辛いだろうと思ったのだ。


「辛い決断だな。君のような年齢で、そこまで割り切りが出来るとは驚きだ」

「まあ、修羅場はそこそこ経験していますからね。

 正義の味方を気取って、犠牲者を一人も出さずにゼーレに対抗出来るとは思っていませんよ」


 シンジの本音としては、人類全体を救う義務など負ったつもりは無かった。身の回りの親しい人達を守りたいだけだ。

 結局はそれがサードインパクトを防ぐ事になる。自己犠牲をしてまで、見知らぬ人を救う気は無かった。


「……最後の質問だが、何故、天武だけで事を進めようとしなかった? この前の使徒戦の映像は見ている。

 押されてはいたが、最後は使徒を倒した。煙幕で詳細は分からなかったが、何らかの奥の手を使ったのだろう。

 あれを量産すれば、君達だけで戦えるだろう。態々、ネルフのEVAを使わずとも使徒を倒せるだろう?

 何故、面倒があるネルフのEVAを使おうとしているんだ?」


 不知火はシンジの話しを聞いて、ある程度納得がいった顔になっていた。だが、まだ残った疑問をシンジにぶつけた。

 これから共に戦う間柄である。情報は多いほど良い。


「天武を動かすには、ある特殊な素質がいるんですよ。現在、天武を動かせるのは、兄姉とボクの三人だけです。

 100%の性能を出せるのはボクだけです。

 ネルフと委員会には、時間をかければ天武を量産設計出来ると仄めかしてありますが、はったりです。

 それに天武の武器で使徒に有効なのは奥の手だけです。天武が使えない訳ではありませんが、何かと運用には苦労が多いんですよ。

 そういう事で、ネルフのEVAを試して、使えるようならこちらに取り込もうと画策しました。

 そして、ネルフのEVAが使徒だと分かりましたからね。同じ使徒同士なら、十分対抗は出来ますよ」

「……そういう事か、委員会とネルフを騙して圧力をかけたのか。

 確かに、彼らとしても天武の量産部隊を相手にはしたくないだろうからな。

 そして君をEVAに乗せれば、天武の量産を防ぐ事が出来ると考えるように誘導した訳か。

 天武は奥の手として取っておき、通常はネルフ、いや我々のEVAで戦うという事を選んだという事か」

「ええ。天武の最大出力でも、この前の使徒のエネルギーには及びません。それに、天武にはかなり機密が入ってますからね。

 あまり人目に晒したく無い思惑もあります。飛行能力がありますから、EVAより機動性はありますよ」

「我々もレーダーで追跡していたが、太平洋上でロストした。潜水空母を待機させていたのか?」

「そういう事です。水中機動部隊を含めて、太平洋の海中に待機させています。天武を使うつもりなら、すぐ使えますよ」


 シンジは不知火にサードインパクトに関する機密事項を打ち明けた。だが、伝えたのは機密全部では無い。

 亜空間制御機構などの、特殊過ぎる機密は不知火にも教えられない。味方といっても、使徒戦に限定される。

 今後の情勢の変化で北欧連合と国連軍が何時まで共闘出来るか、誰にも保証は出来ない。そんな用心は怠らない。


「……分かった。今のところの疑問点はそれくらいだ。話しが大き過ぎるので、納得するまで少し時間を貰おう」

「ええ、明日に響かない程度にして下さい」


 そう言って、シンジは不知火の部屋を出て行こうとした。だが、不知火から声がかかった。


「ちょっと待ってくれ」

「まだ不明な内容がありますか?」

「いや、そうじゃ無い。冬月二佐から連絡があった、君が中学へ行く件だが」

「……ああ、忘れてました。准将をダシにして断ろうと思ってましたが、それが何か?」

「君は中学へ行くべきだ。勉強しに行くのでは無くて、ストレス解消の為にも行った方が良い!

 少なくとも中学に行っている時は仕事をしなくて済むはずだろう」

「今更、普通の中学生の中に入って、ストレスが解消されるとは思えませんが? 逆にストレスが増える気もします。

 それに、初号機の改造は無事に終わりましたが、他にもやる事はありますよ」


 シンジは立場もあり、指揮監督以外にも実務を抱えている。学校に行っている暇など無いと思っている。

 だが、不知火は常識を持った大人である。その不知火の判断はシンジとは異なった。


「君は仕事を抱え過ぎだ。北欧の三賢者として技術部隊をまとめているのは分かるが、君はパイロットでもある。

 仕事の抱え過ぎはストレスを溜め、戦闘の時の支障になる。北欧連合から来たアーシュライト課長もいるだろう。

 彼らに仕事は任せて、君はパイロット任務に専念した方が良い。君しか出来ない緊急の仕事は無いだろう」

「……初号機の改造は終わりましたからね。ですが、ネルフの監視とか武器の開発とかありますけど」

「それはアーシュライト課長でも出来るだろう。さっきの話しを聞いて、君が抱えている負荷が大き過ぎるのは理解した。

 だったら君の仕事を減らし、ストレス解消をさせるのも上司の役目だ。

 中学に行って逆にストレスが溜まるなら止めても良い。試しに行ってみるのも良いだろう」

「……中学ですか……分かりました。行ってみましょうかね」

「君は十四歳だ。いや、君が負っている責任が重大なものである事は理解したが、君だけが負うべきものでは無い。

 私も出来るだけ手助けする。君はもっと大人を頼るべきだ。一人で抱えすぎては、ネルフの赤木博士みたくなるぞ」


 以前にリツコに仕事の抱え過ぎで、効率的な仕事をしていないと指摘した事がある。

 成る程、自分もそう見られているのかと気が付き、シンジは中学に行く事を了承した。

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 リツコとマヤは、コーヒーを飲みながら談笑していた。忙しい仕事の間の息抜きだ。


「先輩。クリスさんて凄いですね。本当に一週間で、第二発令所周辺の制御システムをMAGIから、

 ユグドラシルUに組み替えてしまうなんて」

「そうね。流石は北欧の三賢者の魔女ね。私も一週間で終わるとは思っていなかったわ。

 前もって、MAGIへの接続を考慮した設定にしておいたと言ってたけどね。

 でもマヤ、油断は禁物よ。MAGIとユグドラシルU。

 御互いプロテクトはあるけど、あちらはハードウエアのプロテクト。実際に情報戦争をやったら、MAGIが不利だわ。

 まあ、その場合は回線を強制切断すれば良いのだけど、注意は怠らないでね」


 クリスがユグドラシルUの操作をしている時、リツコは常にMAGIの状態をトレースしていた。

 MAGIへの侵入が無いかを確認する為だ。北欧の三賢者の名はリツコにも重かった。

 自分の能力を疑う訳では無いが、ハードウエアでの差はどうしようも無い。勝負をしたら不利だと分かっていた。


「分かってます。でも、本発令所からは、初号機の制御が出来なくなっちゃいましたね。モニタすら出来ません。

 少し、寂しいと思ってます。零号機はレイちゃんの意見次第で改造するとか言ってましたし、私たちの役割って

 あんまり無いんですよね」

「マヤ。EVAはネルフでしか製造とメンテナンスが出来ないの。彼らがEVAを壊したら、直すのは私達なの。

 それに弐号機以降はネルフの管轄よ。セカンドチルドレンが来れば、ミサトが指揮を取るようになるわ」

「そうですよね。それとEVAの改造資料は貰えるんですか? バッテリィの強化とかあったじゃ無いですか。

 弐号機以降にも取り付けたいですよね」

「頼んでみたのよ。そうしたら、設計情報は機密だって断られたわ。

 どうしても欲しい場合は、彼らが弐号機を改造するって言ってるのよ」


 最初の実働試験の時に、五分を越えても動く初号機にリツコは目を瞠った。

 結局、実働試験は二十分に及んだ。二十分に及ぶ稼動時間の実現を、三日の改造で行ったシンジに心底驚愕していた。

 だが、思考制御回路の変更とLCLの未使用の改造はリツコもまだ知ってはいない。


「……ネルフも機密を教えていませんしね。御互い様ってやつですか?」


 ダミープラグ以外にもネルフには機密があると、マヤは秘かに思っていた。だが、それをリツコに聞く事は無かった。

 ダミープラグでさえ、マヤは関わるのを止めたかった。これ以上、深みに入り込みたく無い気持ちがある。


「そうね。でも、ネルフは国連予算で運営されていて、あちらはスポンサーでもある。

 そして彼らの技術は、国連予算では無くロックフォード財団の私財で開発されている。この違いは大きいわ」

「財団と言えば、クリスさんはさっさと帰っちゃいましたね。本当はもっと話しをしたかったんですけど」

「私もそうよ。ユグドラシルの立ち上げの話しを聞きたかったわ。でもね、シンジ君への対応で私達は信用されて無いわ。

 だから、打ち解けるのはかなりハードルが高いわよ」


 ネルフの独身男の何人かが、クリスに声をかけようとしたが、護衛(女性)に簀巻きにされたという話しも聞いている。

 もし、ネルフの種馬と異名を持つ、あの男が今のネルフ本部にいたら、どうなっていた事だろう。


「……そうですよね。シンジ君は、私達を信用していませんしね。レイちゃんの事もあるし」


 マヤにはダミープラグの開発中止は伝えてある。マヤはその事に喜んだが、どうしてもレイに対する引け目を感じていた。

 だが、それをマヤが口に出す事は無かった。


「明日から、シンジ君と何時も側にいる子の二人が中学に行く予定よ。まあ、体験入学みたいなものね。レイも一緒に行くかしら?」

「どうですかね。レイちゃんの考え方次第でしょう」


 尊敬するリツコが、司令の命令でレイを洗脳していたと告白した瞬間を、マヤは見ている。

 その時はショックだった。だが、ある意味納得した。そうでなければ、ダミープラグの開発など行う訳が無い。

 マヤは最初にダミープラグを見た時は、あまりの悲惨さに嘔吐した程だ。

 マヤは洗脳の事で、リツコに質問した事は一度として無い。

 司令の命令に逆らえるのかとシンジに聞かれた時、自分は命令に逆らえないと思った為だ。

 二人を包む雰囲気は自然と暗くなり、コーヒーは冷めてしまっていた。

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 ネルフ:通路

 シンジはミーシャと一緒に通路を歩いていた。そこに、反対側からミサトが歩いてきた。

 ミサトは二人を見ると、少し考えてから笑みを浮かべた。悪巧みを思いついたような感じだ。

 ミサトは足を止め、ミーシャの全身を舐めるよう見つめた。それに気が付いた二人も足を止めた。

 ミサトはミーシャの胸を二秒ほど凝視した後、ミーシャと視線を合わせた。


「ふっ」

 優越感に浸った顔で、ミサトはミーシャを笑った。何に優越感を感じたのだろうか? シンジには分からない。

 だが、ミーシャには分かったのだろう。顔に悔しさが滲んでいた。

 そこに、ミーナが通りかかった。


「立ち止まって、何をしてるの?」


 ミーナは北欧連合の軍服を着用していた。美女の軍服姿は意外とインパクトが強い。

 ミーナは悔しさが顔に出ているミーシャを見つめ、顔に笑みを浮かべた。ミーシャが何に悔しがったのか、分かったのだ。

 そして少し考えてから、ミーナはミサトの身体に視線を向けた。


「な、何よ」


 スタイルの比較において、ミサトはミーシャには勝るが、ミーナには及ばない。

 そしてミーナの視線がミサトの胸でしばらく止まった後、ミサトと視線を合わせた。

「ふっ」

 ミーナが優越感を浮かべた表情でミサトを笑った。


「くっ」

 ミサトの顔に悔しさが滲んだ。ミーシャには勝ったが、ミーナには勝てない事を悟っていた。

 ミサトは方向を変え、反対方向に走り去った。この時、ミサトがどんな顔をしていたかは、誰も見た人間は居なかった。


「仇はとったわよ。ミーシャ」

「…………」

「……何なの?」


 最初にミサトがミーシャを笑って、次にミーナがミサトを笑った。何を笑ったのだろうか?

 男であるシンジには何が起きていたのか、分からなかった。


「良いんです、シン様。遅れますよ。行きましょう」


 ミーシャはぽかんとしているシンジの背を押し、歩き出した。

 ミーシャの頬は赤く染まっているが、シンジには理由が分かっていない。

 残されたのはミーナだけだ。


「お年頃か。ミーシャは成長途中なんだから、そんなに気にしなくていいのに」


 そう呟いて、第二発令所に向かって行った。ミーナには持てる者だけが持つ余裕という雰囲気が漂っていた。






To be continued...
(2009.02.28 初版)
(2009.03.21 改訂一版)
(2011.02.26 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)


(あとがき)

 今回は不知火の説得に約半分を費やしました。普通の人がいきなり人類は滅亡するなんて言われて、素直に納得はしないと思います。

 であれば、どこまで説明すれば納得するか自分なりに考えて、表現をしてみました。

 それと最後は遊んでみました。もっとも、懲りない人だから無理だと思いますが。


 次話からシンジが中学に登校します。本来なら、中学に行ってる暇など無いのでしょうが、無理矢理こじつけました。

 トウジとケンスケが登場。そして、第四使徒シャムシエルのご来場です。



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