因果応報、その果てには

第九話

presented by えっくん様


 シンジ、ミーシャ、レイ、ユインはマンションから車で移動し、学校の近くで車を降りた。

 マンションは郊外にあり、徒歩で中学まで行くのは時間がかかり過ぎる。だが車で学校まで行くと、目立ってしまう為である。

 五分ほど歩けば学校には着くだろう。帰りも適当なところで車に乗り込むつもりだ。

 三人の周囲には、国連軍の護衛チームが秘かに周囲を警戒している。

 気候が熱帯になったとはいえ、朝の風はそこそこ涼しい。

 三人は風を楽しみながら歩いていた。(ユインは付近に危険が無いか確認している)

 シンジは中学に通う気は無かったが、不知火の勧めで中学に行く事にした。行くからには、骨休めをするつもりだ。

 技術関係はアーシュライト課長に、ネルフに対する牽制はアスール中佐に頼んである。

 シンジは風を感じ、気持ちよさそうな顔をしてレイとミーシャに話しかけた。


「クラスは同じだと、副司令が言っていたからね。席が近いと良いね」

「私の席の周りは誰も座って無いわ。だから、お兄ちゃんとミーシャは多分隣か、前後の席になると思うわ」


 レイは明るい声でシンジに答えた。ネルフの束縛が100%消えたとは言えないが、レイは歳相応の明るさになり、

 シンジを”お兄ちゃん”と呼び、ミーシャとは呼び捨てあう間柄になっていた。(ミーナの事は、お姉ちゃんと呼んでいる)

 レイの知識は元から一般成人以上だ。レイに足らなかったのは、一般常識だった。

 ミーナとミーシャとの特訓(?)の成果で、レイは一般常識を身に付け、普通に話すのに違和感は無いレベルまでになっていた。

 以前の近寄りづらかった雰囲気も無くなり、どちらかと言うと守ってあげたいと思わせるような雰囲気を漂わせていた。

 レイの雰囲気はシンジ達と一緒にいる時と、一人の時は異なっている。

 シンジ達と一緒にいると問題無いのだが、誰もいないと以前のような寡黙な雰囲気になってしまう事が多い。


「私も学校というものに行った事が無いので、楽しみです。同世代の子って周りに居ませんでしたからね」


 ミーシャが答えた。同性で年が近いのはミーナだが、ミーシャにとってミーナは些か敷居が高かった。

 ミーシャは十四歳という年齢では標準以上のスタイルを誇り、十分に美少女と言える。

 だが、ミーナには及ばない。まあ、比較する相手が悪いのだろう。ミーナに勝てる人間など、早々居ない。

 それもあるが、国連軍と北欧連合、ネルフでたまに話す人間も全員が年上である。

 シンジは同世代だが仕える相手であるし、レイはどちらかと言うと妹に近い。

 普通の同世代が、どんな程度か分からないが、ミーシャは楽しみにしていた。


「ボクも、学校に行った経験は無いからね。まあ、興味はあるかな」


 そんな会話をしながら三人は校内に入り、レイは教室へ、シンジとミーシャは職員室に向って行った。

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 二−A:教室

 始業前の教室は騒がしい。仲の良い友人同士が集まって雑談していた。

 特にメガネをかけたクラスメートから、転校生が来るというニュースが伝えられた事も理由の一つだ。


 ガラッ

 ドアを開けてレイが教室に入ってきた。病気による長期休みと聞いていたクラスメートは軽く目を瞠った。

 レイは誰とも親しくは無い。挨拶をしても返事は無い。それが今までだった。

 遠目に見る生徒が殆どだったが、クラス委員長である洞木ヒカリが、レイに声をかけた。


「お早う、綾波さん。病気は治ったのね。良かったわね」


 洞木ヒカリは何も考えずに挨拶した。今まで、話しかけてまともに返事が返ってきた事は無い。

 だが、ヒカリは深くは考えずに挨拶した。ある意味、本人の人柄を表していると言える。


「お早う。体は大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 レイはヒカリに挨拶を返すと、自分の席に座った。

 一瞬、教室が静まり返った。レイの声を聞いた為である。レイの声は透き通っており、良く聞こえる。

 だが、レイの声を今まで聞いた事の無い生徒もいる。

 聞いた事のある生徒でさえ、ここまでレイが長く話すのを聞いた事が無かった。

「関係ないわ」 「いいえ」それぐらいしか聞いた事が無かった。

 話しかけたヒカリも、一瞬誰の声かと疑ったほどだ。静まり返った教室が騒がしくなり始めた時、担任の先生が入って来た。


「転校生が二名います。入ってきなさい」


 ミーシャ、シンジの順番で教室に入ってきた。ミーシャの姿が見えた時は男女共に、教室がどよめいた。

 アラブ系の整った顔立ちで、スタイルも年齢標準以上を誇るミーシャにクラス中の視線が集まった。

 まだミーナには敵わないミーシャだが、同世代では群を抜く美少女だ。ある意味、中学生では普通の反応かもしれない。

 シンジの時はそれほど反応はなかった。中性的な顔立ちというだけで、特に美少年という訳では無い。

 それに少しだが、人を寄せ付けがたい雰囲気がある。それとクラス平均より身長が高い事ぐらいだろうか。

 ミーシャはクラスメートからの羨望の視線を受けて内心では浮かれるが、シンジは苦笑しただけだ。


「ミーシャ・スラードです。中東から来ました。スラードと呼んで下さい。宜しく御願いします」


 黒板に自分の名前を書いて、流暢な日本語で自己紹介して頭を下げた。

 今まで羨望の視線で見られた事があまり無かった事もあり、内心はうきうき気分だ。


「碇シンジです。宜しく」


 シンジも黒板に名前を書いて、続いて自己紹介して頭を下げた。

 一度冬月と話して、中学ではシン・ロックフォードの名は使わないで、碇シンジの名前で通す事にしていた。

 ロックフォードの姓を出して、北欧の三賢者とばれるのはまずい。そういう判断だ。

 素性が発覚したら通学を止めると冬月には伝えてある。


「それだけですか? では、席は綾波さんの側に座って下さい」


 担任の指示に従って、シンジとミーシャはレイの席まで歩いた。ミーシャはレイの隣に、シンジはレイの後ろ側の席に座った。


「宜しくね、レイ」

「宜しく、レイ」

「お兄ちゃん、ミーシャ。宜しくね」


 レイが頬を赤くしながら、挨拶を返した。

 家ではお兄ちゃんと散々言っているが、人前でお兄ちゃんと呼ぶのはちょっと恥ずかしいらしい。

 レイがシンジをお兄ちゃんと呼んで頬を赤く染めるのを見て、教室は一斉にざわめいた。

 レイは今まで、誰ともまともに話した事は無かった。蒼銀の髪、赤い目の容貌も相まって、孤高の美少女と思われていた。

 それが転校生の二人と親しげにしている。挨拶の時はミーシャにだけ注目が集まっていた。

 シンジの挨拶の時は誰も注目していなかったが、レイの反応を見てシンジにも注目が集まった。

 担任が一時間目はホームルームにすると言って教室を出た時、クラスの全員が三人の周りに集まった。


「碇君はどこから来たの?」

「中東からだよ。ミーシャと一緒に来たんだ。ちなみに保護者は一緒で、レイも含めて四人で同居してる」


 シンジがそう言うと、教室の中にどよめきが広がった。一応、ミーナが最年長という事で保護者の扱いだ。

 もっとも保護者が十八歳の美女と此処で言ったら収拾がつかなくなるだろう。だから、保護者とだけ言ったのだ。

 男子生徒の一部はミーシャとレイがシンジと同居と聞き、羨望の念を込めてシンジを睨みつけていた。


「苗字が違うんじゃない?」

「そこら辺は個人的な事情かな。でも四人とも家族だよ」


 シンジが四人とも家族という言葉を聞いて、レイは顔を赤らめた。

 確かに生活パターンは家族そのものだが、口に出して言われると別の嬉しさを感じているレイだった。

 クラスメートとの付き合いは表面だけにする事を、シンジはミーシャとレイに話していた。

 親しくなりすぎて、シンジ達を脅迫する為に誘拐されては敵わない。そういう判断の為であった。


「目の色が違うけど、生れつきなの?」

「ああ、左目の事か。小さい時に失明してね。左目は義眼なんだ」

「……ごめんなさい」

「ああ、気にしなくて良いよ。もう昔の話しだからね」


 その他のクラスメートの質問も、無難な回答で済ませてしまった。

 戸籍上は十四歳のシンジだが、千人分の記憶があるのでこういう対処には慣れている。

(ミス・ローレンツみたいのでなければ、大丈夫さ)

 普段は冷静なミーシャの方が、女子から羨望の視線を受けて気分は高揚していた。

 普段はミーナと比べられ注目されないが、同世代だけの場ではかなり目立ってしまう。

 学校って良いかもと、ミーシャは感じていた。

 だが、男子生徒からの視線が胸と腰に集中するのを感じて、一瞬身震いしたのもミーシャだった。

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 授業はそれなりだったと言っておこう。シンジ、ミーシャ、レイにしても、一般知識は大学生レベルを上回る。

 シンジなどは世界レベルであり、こういう場では逆に教える立場だ。(日本の歴史や地理には弱いが)

 授業内容は面白くなくても、授業風景はそれなりに面白く感じていた。同世代の友人がいない為もある。

 先生から名指しされ、あたふたとして回答する生徒。授業中でありながら、何やら回覧を回している女子。

 普段は見たことの無い光景に、授業に注意を払わずに授業を受ける生徒の方を熱心に見ていた。


 授業が終わって、昼休みになった。

 予めレイから聞いていた事もあり、三人は弁当を準備していた。ミーナ製である。

 日本の学校の昼食は弁当箱で食べるものと聞いて、前日に街に出て弁当箱を買い求めたミーナだったが、

 いざ買うときになって困ってしまった。そう、弁当箱は御飯(米)をメインに考えられている。

 ミーナが得意なのは北欧と中東の料理であり、和食はまだ作っていなかった。

 泣きべそをかくミーナに、サンドイッチという提案をしたのはミーシャだった。それで、ミーナの機嫌は直ってしまった。

 その為、今の三人が食べているのはサンドイッチだった。


 慣れない学校であちこち移動するのも問題かと思い、教室の席でサンドイッチを食べ始めた。

 他のクラスメートは外で食べる者、購買に買いに行く者、色々といるが、数人は教室で食べている。

 シンジ達三人が話しているのを、聞き耳を立てているのが分かる。

 シンジ達に興味深々だが、食事の邪魔をしてまでも話しかけてくるクラスメートはいなかった。


 だが、カメラをシンジ達に向けたクラスメートがいた。

 メガネをかけた少年だ。名を相田ケンスケと言う。離れた場所から、カメラを望遠にしてこちらに向けている。

 遠いから、こちらが分からないと考えたのだろうか? シンジにしてみれば、邪な感情がある視線を感じる事など造作もない事だ。

 レイがサンドイッチを口に入れようとした時、シャッターの音が聞こえてきた。


 その音が聞こえた途端に、シンジは席を立った。

 女の子が口を開けているシーンは、あまり見られたくない恥ずかしいシーンになるだろう。

 親しい間柄で了解を得ているのなら問題は無いが、ただのクラスメートが無断で撮っていいものでは無い。

 シンジは席を立つと、素早くカメラを構えているケンスケに近づいた。

 ケンスケは慌ててカメラを隠そうとしたが、シンジはそれを許さない。ケンスケのカメラを持つ手を押さえて、問い質した。


「君は無断でレイの食事風景を撮ったね。女の子の食事シーンを無断で撮るなんて、失礼だとは思わないのかい?」


 他に教室に残っている数人の女子にも聞こえるように、シンジは大きい声で詰問した。

 写真を撮った事がばれて一瞬慌てたが、ケンスケは開き直って反論した。


「な、何だよ。俺が何を撮っても自由だろう。手を離せよ!」

「風景とかは自由だろうが、世の中には肖像権という言葉がある。

 しかも食事風景を無断で撮影するなんて、マナー違反だろう。レイを撮った写真は消させてもらう」

「写真ぐらいでケチケチするなよ。転校生のくせに生意気だぞ!」


 ケンスケは今までもレイの写真を何枚か撮っていた。

 どれも望遠で撮ったもので無表情の顔だったが、レイの隠れた人気もあり、ケンスケが個人販売している写真の中では

 抜群の売れ行きだった。今日の頬を赤く染めたレイの顔にピンときた。あれは売れる。

 あの赤くなったレイを撮れば、写真の売り上げは倍増する。そう考えて昼食時にカメラを構えていたのだ。

 そして、レイが口を開けてサンドイッチを食べる瞬間にシャッターを押した。

 笑顔も売れるだろうが、レイが口を開けているシーンも売れるだろうという考えだ。

 望遠で撮ったのに、何故気が付いた? シャッター音か? ここはうまく逃げなければ。

 そうケンスケは考えて、腕を掴まれたまま立ち上がろうとした。だが、シンジの力が強く立ち上がれない。

 まずい。既に教室に残っている数人の女子が、ケンスケの周りに集まりつつある。

 クラスの女子は、ケンスケが無断で写真を撮って販売しているという噂を知っている。

 興味を引かれたのだろう。シンジのケンスケの周りに集まってきた。

 頃合かと判断したシンジはケンスケの腕を捻り上げ、カメラを奪ってミーシャに渡した。


「いてててて、や、やめろ! カメラを返せよ。俺のカメラだぞ!」

「ミーシャ、映っている写真を確認して。レイの画像を消したらカメラは返すさ。上書きしてからな」

「はい」


 ミーシャはシンジからカメラを受け取って、撮ってある画像の確認を始めた。

 だが、ケンスケのカメラには、ミーシャの予想を超えた映像が入っていた。


「えっ!? 何これ? 女子の着替えシーンじゃ無い。こんなものも撮ってたの?」


 ミーシャは驚いて、カメラを周りにいる女子が見えるように位置を変えた。女として、こんなものを撮る男を許す訳にはいかない。

 周囲の女子が見ている中でカメラを操作して、撮影された写真を次々に映し出していった。それを見た女子から悲鳴が上がった。


「えっ? これって体育の授業の時の着替えじゃない。相田、こんなの撮ってたの!!」

「やだ、これあたしじゃない。相田、これは盗撮よ!! 犯罪よ!!」

「やだ、水着も撮ってるの? この変態!!」

「うわー、あたしの下着が丸見えじゃない。相田、こんな写真を撮って売ってたの。犯罪よ!!」

「何、こいつは盗撮写真を売っているの?」


 ミーシャが嫌悪感を込めた目でケンスケを見ていた。盗撮も罪だが、それを販売するなどは、さらに始末が悪いだろう。

 そんな男にレイの写真を撮らせたままにはしておけない。


「ええ、噂はあるわ。あたしは見た事も買った事も無いけど、男子連中が写真を買ってるって話しを聞いたわ」

「成る程ね。こんな写真を撮って売っていた訳か。恥ずかしくないのか、これは犯罪だぞ!」


 シンジはケンスケの腕をさらに捻った。盗撮もそうだが、さらにそれを販売しているのか?

 事実なら、同じ男としても許せはしない。これから学校生活を送るなら、こういう輩は排除した方が良いのかと考え出した。


「いててて、腕を放せよ! 俺が何を撮ろうが自由だろう、報道の自由って言葉を知らないのかよ!!」

「……呆れた奴だな。盗撮した写真を売って、報道の自由って言うのか?」

「そうよ、警察に訴えるわよ」


 クラスの騒ぎを聞いて担任が駆けつけてきた。


「何の騒ぎだね。隣のクラスまで聞こえているぞ。碇君、何故相田君を押さえているのかね、直ぐに離しなさい!」

「先生、待って下さい。碇君は相田の盗撮の証拠を押さえたので、相田を押さえているんです。証拠はこのカメラです」


 そう言って、女子生徒は担任の先生にケンスケが撮った盗撮写真を次々に見せた。


「相田は撮った写真を売っていると男子が言ってました。これは犯罪ですよ。どうするんですか先生?」


 担任はケンスケのカメラに、水着写真や更衣室の着替えシーンが映っているのを見た。

 これを撮って販売したと言うのか? 確かに普通なら警察を呼ぶべきだろうが…………


「相田君。この映像を消して、もう二度と写真は撮らないと謝りなさい!」


 警察を呼んで騒ぎが大きくなる事を懸念して、担任はそれだけでこの場を収めようとした。

 だが、納得しない人間もいる。その一人がシンジだった。


「待って下さい。盗撮してそれを販売した嫌疑の容疑者を、謝罪だけで解放ですか。警察を呼ばない理由は?

 こいつが再犯したら、先生が責任を取ってくれるのですか?」

「な、なんだよ。再犯って、犯罪者扱いするなよ。それより手を離せよ。俺のパパはネルフの幹部だぞ。後で泣きを見るぞ!」

「クラスメートから犯罪者を出したいのですか? ここは穏便に事を済ませた方が良いのですよ。相田君、直ぐに謝りなさい!!」


 担任はシンジを諭して、ケンスケに直ぐに謝るよう指示をした。

 このクラスの生徒は特別扱いするようにネルフから言われているので、早めに騒ぎを収めたいと考えている。

 だが、シンジは納得しなかった。レイの写真を無断で撮られた事もあるが、ケンスケの最後の言葉にカチンときた。


「これが日本の”事なかれ主義”ですか? ボクは生憎とそんなものには興味がありませんし、従う気もありません。

 犯罪者には断固対応する主義です。それとネルフの幹部とやらの権力を見せて貰おうか」


 シンジは担任に冷淡に告げて、ケンスケの脅迫を気にもせずに行動を開始した。

 ケンスケを押さえたまま、空いた手で携帯を出して電話を掛け始めた。


「ボクです。第壱中学に保安部員を至急寄越して下さい。最低三名ほど。それと警察も呼んで下さい。

 広報部の相田二尉に、彼の息子にボクが被害を受けたと伝えて同行させて下さい。……そうです大至急です。

 勤務中でも構いません。拒否したら、強制拘束してでも連れて来て下さい。広報部の木下部長には、ボクが後で話しをします」


 シンジは予めクラスメートの名簿を入手して、家族構成を確認していた。

 クラスメート全員の親がネルフ勤務なのは知っていた。所属部署と階級程度は暗記してある。

 一方、シンジの電話の内容を聞いていた担任とケンスケは、顔色を変えていた。

 周囲の女子も少し身を引いていた。ネルフを歯牙にもかけないシンジの行動は、彼女らから見れば有り得ない行動だ。


「碇君、君はいったい……」


 担任は呟いていた。広報部の二尉を呼び出すなんて、普通の中学生に出来る事では無い。

 ましてや、強制連行などと言える訳が無い。しかもネルフの部長の名前まで知っているとは、どういう事か?


「お、お前はパパを呼び出したのか? お前っていったい……」


 ケンスケもあっけにとられた顔をしていた。それはそうだろう。ただの中学生が、幹部と思っている親を呼び出したのだから。


 保安部は学校の付近に待機していたので、数分で教室に入ってきた。

 シンジはようやくケンスケの腕を放し、保安部の要員にケンスケの拘束を指示し、経緯を保安部員に説明した。


 既に昼休みの終了間際になり、クラスメート全員が教室に戻って来ていた。

 教室に入るとケンスケが国連軍の腕章を付けた大人に拘束されているのを見て、内心では驚きながらも遠巻きにして見守っていた。

 騒ぎを聞きつけた隣のクラスの生徒も、窓越しに覗き込んでいた。

 そんな中、警察と相田二尉がやって来た。


 シンジは警察と相田二尉に、全クラスメートが見ている中で証拠品のカメラの映像と経緯を説明した。

 話しを聞いたケンスケの父親は、段々と顔が青くなっていた。

 彼は二尉(降格前は一尉)という事もあり、広報部ではそれなりの職階だ。部長からシンジの事は全部では無いにせよ聞いていた。

 シンジがネルフ首脳部に、容赦無い制裁を加えている事は知っている。

 ケンスケの父親は、自分の子供がしてしまった犯罪でどのような処罰が下るか、予想がつかなかった。


「彼がした事は軽犯罪の部類ですが、事が事ですので徹底的に解明します。今後の安全の為にもね。

 相田二尉。あなたの自宅の子供の部屋を家捜ししても良いですかね? 断る自由もあります。

 ありますが、その場合は無罪放免になるとは思わないで下さい。最低でもネルフの何人かの首が飛びます。

 それと彼は”自分の父親はネルフで幹部だ。後でボクが泣きを見る”と言ってきました。

 ネルフの権限でボクを脅してきた訳です。何なら、ボクにネルフの幹部とやらの権限を見せて頂けませんか?」


 シンジはケンスケの父親に、必要以上の凄みを込めて問い詰めた。

 呆れの感はあるが、この件には少々頭にきていたのも事実だ。こんな人間を放置しておく訳にはいかない。

 正直、虎の威を借りる狐は大嫌いだ。そして、相田二尉が息子を庇うなら、冬月を含む処分を考えていた。


 相田二尉は自宅の家捜しを直ぐに了解した。確かに子供は可愛いが、やった事は立派な犯罪だ。

 まだ盗撮だけなら庇いようがあるが、盗撮した写真を販売までしていたのでは、庇いようが無い。

 庇いようが無いが、子供でもあるし、ケンスケの処罰はそう重くは無いだろうという計算も働いていた。


「良いでしょう、では警察の方も一緒に同行して貰って、家捜しを御願いします。ボクも同行します。

 保安部の人は二名だけ同行して貰って、後の人は学校の付近で待機して頂けますか」

「待ちなさい、君は同級生だろう。来なくていい。家捜しは我々だけでやる」


 老齢の警官がシンジに伝えた。シンジを普通の子供と見た為だ。

 だが、保安部の一人が小声で警官に話し出すと、警官を驚愕の表情を浮かべた。


「し、失礼しました!!」

「いえ、分かって頂ければ結構です。ミーシャ、レイ、ボクが行ってくるから後は宜しく。放課後まで戻らなかったら、先に帰って」


 そう言って、シンジは保安部と警官、ケンスケ本人と父親と一緒に、ケンスケの家に向かった。

 残された生徒は、シンジの態度に畏怖を感じていた。普通の十四歳の取れる行動では無い。

 ネルフのお膝元の第三新東京で、ネルフに物怖じしない行動は異常に見られて当然だ。

 当然、関わりたく無いという気持ちにもなる。


(あーあ。シン様も地が出たから、皆は引きまくっているわね。まあ、そんな深く付き合うつもりも無いから良いけど)

(お兄ちゃん。私の為に怒ってくれたのね。………ぽっ)


 ミーシャは大きな溜息をついて、レイは頬を染めた。

 二人のリアクションを見たクラスの女子は、不思議なものを見るような目でミーシャとレイを見つめていた。

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 シンジはケンスケの部屋に入っていた。保安部員と警官、相田二尉と一緒だ。

 パソコンを起動して記憶媒体に保存されているファイルを開くと、次々に女の子の着替え写真や水着写真が出てきた。

 ケンスケは止めろと迫るが、誰もシンジを止められない。相田二尉は息子が保存している画像ファイルを見て、頭を抱えていた。

 あまりの写真の多さに辟易したシンジは、やっとパソコンの操作を止めた。そして視線を相田二尉に向けた。


「ここまで盗撮写真が多いとはね。相田二尉は立派な息子さんを、お持ちのようだ」

「…………」


 相田二尉は赤面した顔を俯け、シンジの皮肉に答えられなかった。


「販売リストも見つけた。盗撮した写真を販売していたのは立派な犯罪行為ですよね」

「……そうだな」


 随行してきた警察官が、ケンスケを白い目で睨みつけながらも同意した。

 少年法ではケンスケに重い罪は与えられないが、見逃す事は出来ない。再発防止をする必要があった。それが大人の義務である。


「俺が何をしようと自由だろう。人権侵害だぞ!」

「さて相田二尉。この部屋の全てのパソコン、カメラ、ビデオ関連機器の全てを破棄して下さい。

 記憶媒体も、販売リストを除いて、同じく処分する事」


 ケンスケの抗議を聞き流して、シンジは相田二尉に指示を出した。シンジの指示には強制力は無い。

 法に従えばシンジの指示を実行する必要は無かった。だが、シンジの怒りを感じていた相田二尉は、逆らう事は出来なかった。


「……分かりました」

「パパ、止めてよ!」


 ケンスケは涙を浮かべて、父親に懇願した。父親が処分しようとしているのは、今までの努力の成果であり、金を稼ぐネタだった。

 今までの努力を全て処分されるなど、ケンスケには我慢が出来なかった。だが、それはケンスケの立場の話しである。

 ケンスケから盗撮されていた女子の立場から見れば、当然の処理だ。それはケンスケ以外の人間は分かっていた。


「黙れ、この馬鹿息子!!」


 相田二尉はケンスケの肩を掴み、往復ビンタを三回入れた。父親として教育を間違ったのかという自責の念があった。

 ここで改心させなければ、死んだ母親にも顔向けは出来ない。そう考えた往復ビンタにはかなり力が篭っていた。


「盗撮した写真を売っただと!? それを自由だと? 誰がそんな事を教えた! この馬鹿息子が!!」

「ひぃぃぃ」

「申し訳ありませんでした。息子の所持品は全て破棄します」

「そうして下さい。そして以後は、パソコンやカメラ関係は一切持たせないように。

 そしてボクの詮索をしないように、そこの馬鹿息子とやらに、しっかり教育しておいて下さい」

「了解しました」


 相田二尉はシンジの言葉に頷いて、ケンスケのパソコン、カメラ、DVD関係の機材全部を庭に持ち出した。

 ケンスケは止めてと父親に訴えたが、さらに父親の往復ビンタを繰り返し受ける事になった。

 機材の持ち出しは、相田二尉が全部一人で行った。誰も手伝わない。汗をかきながらも、一人で運んだ。

 機器もそうだがメディア全部もだ。全て合計すると相当な金額になる。ケンスケの小遣いだけで買えるものでは無かった。

 一人息子と思い、甘やかして好きな物を好きなだけ与えた。

 そのせいで、他人の痛みを知らない、我慢を知らない子供に育ってしまった。でも、これで改心してくれればと願っていた。

 電話で呼んだ産廃処理車に機材が押し潰されるのを見届けた後、シンジは学校に戻って行った。

 シンジが学校に戻ったのは六時限目の終わりの頃だった。ミーシャとレイを含めた女子生徒に、ケンスケの家での出来事を伝えた。


「そういう訳で、相田のパソコンは撮った画像ごと全部産廃処理車で破壊処分にしたよ。カメラとパソコンも一緒にね。

 二度とカメラとパソコンを持たせないように言ってきたから、少しは大丈夫じゃないかな」

「少しなの?」


 クラスの女子が聞いてきた。また盗撮され、その写真を販売される可能性があっては、安心出来ないのだろう。

 シンジは二度とレイの写真をケンスケに撮らせる気は無かった。勿論、ミーシャもである。

 ケンスケがカメラを持っているのを見つけたら、それこそ容赦するつもりは無かった。


「ボクは相田の性格を良く知らないからね。これで懲りれば良いし、懲りない場合はまたやるだろう。

 もっとも、見つけたらただじゃ済まさないけどね」

「ちょっと厳しくないか。相田が可哀想だろう。転校生のくせに、デカイ顔するなよ」

「何言ってんのよ。あんたは盗撮魔の相田の肩を持つって言うの?」

「い、いや、そう言う訳じゃ無いけどさ……」


 クラスの女子の突っ込みに、シンジに文句を言った男子生徒が口ごもった。


「君が相田の盗撮写真を買えなくなる事で、ボクに文句を言われても困るけどね」

「い、いや、買ってなんかいないよ。じゃあな」


 クラスの女子の厳しい視線が突き刺さる中、シンジに文句を言った男子生徒は、帰り支度をして教室をさっさと出て行った。


「何にしても、初日から疲れたよ。下らない事で振り回されるのは、もうごめんだね」


 それがシンジの中学初日の感想だった。

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 国連軍と北欧連合がネルフに来て、一週間が過ぎようとしていた。

 小さなトラブルは色々とあったが、それは御互いの了承の下で解消されていた。


 リツコの部屋で、ミサトはコーヒーを飲んでいた。

{リツコのマグカップは、大当たりとも激熱とも書かれていない普通のマグカップだ。

 一度は大当たりと書かれたマグカップを見てみたいものである}


「保安部からは、大きなトラブルは起きていないという報告が上がってきてるわ。これなら何とかなるかしら」

「あいつらはデカイ顔をし過ぎよ。第二発令所や初号機と零号機の格納庫は、立ち入り禁止じゃ無い。元々はネルフの物なのよ」


 ミサトは溜まった不満をぶちまけた。以前は全てがネルフの管轄だった。当然、その時は自由に出入り出来たのだが、

 今は目的を告げて国連軍の保安部のチェックを受けないと、出入りが出来ないようになっている。

 作戦立案に初号機の状態を知りたいという理由から、格納庫に向かった時の煩わしさはミサトをかなり苛々させていた。


「ネルフの元を辿れば、国連予算から出ているわ。それは理解しなさいと言ったはずよ。ミサト」

「そ、それは分かっているけどさー。でも癪に障るじゃない。リツコはどうなの?」

「あたしだって、内心は快くは思って無いわよ。理性で押さえているの。あなたとは違うわ」

「言ってくれるじゃない。リツコだって、あいつらに我慢しているのが見え見えよ」


 リツコは内心で舌打ちしていた。国連軍と北欧連合にMAGIを開放したのに、彼らは機密情報をMAGIに入れていない。

 MAGIを使うのは、ネルフへ送るメールを打ち込む時のみだ。それと一般情報の検索の時ぐらいか。

 技術情報とスケジュール情報は、一切MAGIを使っていなかった。

 電話もそうだ。ネルフとは別回線の電話ネットワークを引いており、電話盗聴も出来ない。

 一度、彼らの電話線から線を引き出して盗聴しようとしたら、作業中に見つかり諦めるはめになった。

 自分が考えた彼らの情報を得る手段が、尽く有効に働かない。ゲンドウと冬月からは、情報はまだかと急かされる。

 リツコのストレスは指数曲線的に増えていた。顔には出していないつもりだったが、ミサトには分かったようだ。


「異なる指揮権を持つ部隊が同一施設に居るのよ。今が異常なの。ある程度は我慢するのは当然だわ」

「そう言えば、天武だっけ。あれの性能とか、使徒のATフィールドを何で破れたのか判ったの?」

「駄目よ。ロックフォード少佐に聞いてみたけど、機密でお終いよ。全然教えてくれなかったわ」

「まったく、世界の命運が掛かっていると言うのに、機密だなんて何を考えているのよ。協力する気が無いのかしら」

「ネルフも機密情報を教えてないけどね」

「……リツコ。どっちの味方なのよ」

「科学者は客観的に物事を見なければいけないわ。それは軍人にも言える事ではなくて?」


 リツコは溜息をつきながら、ミサトに注意した。長年の友人だが、最近は視野狭窄傾向が著しい。

 ミサトにとっては降格や権限剥奪などが重なって不本意な状況続きだが、それで判断力は鈍られても困る。

 使徒に拘るように精神誘導されているのは知ってはいるが、それが大きなトラブルの元になるのではという懸念があった。


「そう言えば、EVAの実働試験は、あれから毎日続けているそうね。大分慣れたとか言っていたわね」

「ふん。一回ぐらいは負ければ良いのよ!」

「ミサト!」


 冗談でも言って良い事では無い。万が一でもシンジ達の耳に入ったら、ネルフは糾弾される事になる。


「分かってるわよ。少しぐらい愚痴を言ってもいいじゃない。面と向っては言わないわよ」

「気をつけてよ。面と向って言わなくても、耳に入ったら同じ事よ。あなたより階級が高く、実績も上げているの。

 年齢は問題じゃあないわよ。……それと知ってるかしら。医局の人間が彼に解剖されそうになった事を


 ミサトがシンジに複雑な感情を持っている事は承知している。だが、ミサトが過度にシンジに干渉すると困るのはネルフだ。

 リツコはミサトに釘を刺そうと、シンジの話しを持ち出した。案の定、ミサトの顔色が変わった。


「か、解剖? 何を考えているのよ!?」

「聞いたらね、医局の人間が初号機の高シンクロの秘密を解明したいって、しつこく彼に診察したいと迫ったの。

 そしたら彼が怒って、逆に医局の人間を拉致して手術台に医局の人間を拘束したのよ。

 私が駆けつけた時は、医局の人間は裸にされて泣き叫んでいたわ。側にはメスを構えた彼がいてね。

 麻酔もかけずに解剖しようとしていたのよ。まあ脅しだと思うけど、する事はかなり辛辣よ」


 その後も、リツコが見たシンジ像がミサトに伝えられた。それは、ミサトを身震いさせるには十分な話しだった。

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 シンジは技術少佐という地位もあって、専用の執務室を与えられていた。

 部屋の中には大型の机があり、ユグドラシルUの端末がある。通常は、その机で仕事をしている。

 そして予備の机が二個(ミーシャとレイ用)と、六人用の応接セットがあった。


 現在、応接セットに三人の人間が座っていた。特別監査官のセレナと護衛の二人である。三人とも金髪碧眼の美女揃いだ。

 まだ護衛の二人は落ち着いた服装なのだが、セレナはやたらと刺激的なドレスを着ていた。

 稀有な美貌を持ち圧倒的なスタイルを誇るセレナが、胸元を大きく開けた扇情的なドレスを着ていると破壊力は圧倒的だ。

 ソファの中央に堂々と座って両隣に護衛を従えている様は、女王様を彷彿させた。


 事実、この部屋に来るまでに会った男性職員全員が、セレナを見て顔色を変えていた。(色香に迷った)

 セレナに近づく人間は護衛の二人に排除されたが、それでもセレナを見たい男性職員の群れが出来るのに時間はかからなかった。

 あらかじめ連絡を受けていたシンジは、騒ぎを聞いて駆けつけた。

 強権を発動して無理矢理解散させた為に、怨嗟の視線がシンジに集中したほどだ。

 まあ、それはともかく、あらかじめ面会を予定していたセレナ達を、自分の執務室に招き入れていた。


「ふう。まさかこんな騒ぎになるとは、思って無かったわ」

「それは自己認識が甘いですね。今のあなたを見て感じない男なんて居ませんよ。あの騒ぎは確かに異常ですけどね。

 それはそうと折角美女三人に来て貰ったのですから、記念に写真を撮らせて貰っていいですかね?」


 シンジはゆっくりとセレナを眺めた。……確かに目の保養になる。

 セレナの胸元でシンジの視線が止まったのは、男の性(さが)と言うやつだろう。まあ、セレナも分かっていたが。


「撮ってどうするのかしら?」(何に使うつもりかしら? 売るとか言い出さないわよね? まさか夜のあれに使うの?)

「飾っておきますよ。今のあなたの姿は、目の保養というより芸術ですからね。四、五枚を記念にと思いまして」

「……データのコピーを貰えるかしら。それと他の人にデータは渡さない事。

 それとあなたとのツーショットを撮らせてくれたら良いわ」

(一応、確認しなくちゃね。それと、ツーショット写真を撮る時にやってみましょうか)


「ボクとのツーショットですか? 身長が合わないからバランスが取れませんけど?」

「構わないわよ」(へえ、一応照れてるのかしら? 可愛いところもあるじゃない)


 シンジはカメラを机から取り出して、セレナに向けた。カメラの撮影設定は最高の画質に変更してあるのは確認済みだ。

 撮れる枚数は少なくなるが、今のセレナを画質の劣る設定で撮るのは失礼だと考えていた。


「じゃあ、最初は顔をアップで撮ります」


 セレナはカメラを意識してか、微笑みを浮かべた。稀有の美貌に微笑みが加わった。

 シンジはカメラ越しに見えるセレナの映像に強い衝動を覚えたが、何とか耐えてシャッターを押した。

 パシャ


「次は、上半身を撮ります」


 セレナは腕を胸の下で組んで、胸を強調したポーズに変えた。妖艶な雰囲気を漂わせ、いかにも誘っているような雰囲気だ。

 思わずシンジは唾を飲み込んだ。

 パシャ


「全身を撮ります」


 胸を強調したポーズはそのままで、頭を傾けたポーズに変えた。ドレスの色調とマッチした高貴な雰囲気を感じさせる。

 パシャ


「次は、二人も入って下さい。三人の全体像を撮ります」

「えっ、私もか?」 「本気?」

「二人とも十分な美女じゃないですか。嫌なら諦めますけど?」

「「……分かったわ」」


 美女と言われて、悪い気はしないのだろう。護衛の二人はセレナの両脇に立った。慣れていないのか、笑みが硬い。


 パシャ  パシャ

 三人の写真を二枚ほど撮影した後、カメラを護衛の一人に渡した。


「本当に美女三人の写真は絵になりますね。ところで、ボクとのツーショットは本当に撮るんですか?」

「もちろんよ。私の隣に来て」


 シンジとセレナが並んだ。セレナの方が身長が高い。本来ならバランスが崩れるのだが、セレナは気にしなかった。


「じゃあ、この状態で一枚、撮って」

 パシャ


 セレナの隣にシンジが立っている普通の写真だ。

 もっとも、シンジがセレナの美貌に相応しいかと問われれば、殆どの人間が首を傾げるだろう。


「じゃあ、次ね」


 セレナの身体がシンジの方に向いて、シンジの腕を胸に抱いた。顔はカメラの方を向いたままだ。

 パシャ

 セレナの香水の匂いと胸の感触に気を取られ、顔が緩んだ瞬間を撮られてしまった。セレナの攻撃ターンはまだまだ続いた。


「じゃあ、次はソファに座りましょうか」


 そう言って、セレナはシンジの腕を胸に抱いたまま、ソファに座り込んだ。

 移動の時に、シンジの腕にかかるセレナの胸の圧力が変化した。


(うわー、サイズはミーナと同じぐらいだけど感触が違う。まあ、ドレスの上からだしな。

 それに香水の刺激が強いよな。我慢だ。我慢だ。我慢だ!)

(ふふっ、赤くなって可愛いわね。やっぱり私の魅力にかかれば、こんなものよ。魔眼が効かないのは納得いかないけどね)


 パシャ

 シンジとセレナがソファに座り、二人とも正面を向いている写真だ。(シンジの鼻の下は伸びている)


「じゃあ、これが最後ね」

(こうなれば、こっちのものね。邪魔する女は居ないし、このまま落せば、こっちのものだわ)


 セレナはシンジの腕を抱いている左腕に力を込め、より強く自分の胸に押し付けた。

 ふっと、息をシンジの耳に吹き込むと、シンジの身体が震えたのがセレナには分かった。

 そして右腕をシンジの頭に回し、シンジの顔をこちらに向けた。シンジの唇目掛けて、顔を近づけた。


 パシャ


「なっ!?」


 シンジの唇とセレナの唇の間に、シンジの右手で持った名刺が挟まれていた。

 そして驚いたセレナの左腕が緩んだ瞬間、シンジはセレナから離れていた。

 驚く護衛の手からカメラを取り戻し、右手にはセレナのキスマークが付いた名刺を持っていた。


「いやー、堪能させて貰いました。あなたみたいな絶世の美女に誘惑された事は、ボクに取っては一生ものの出来事ですよ。

 至福の思いをさせて頂きましたが、キスするとお仕置きされてしまいますから、非常に残念ですが辞退させて貰います」

「……演技だったと言うの!? 騙したのね!

「いいえ、あなたを絶世の美女と思った事も、あなたの誘惑に身を任せたかったのも本当ですよ。

 ですが、あなたの魅力より、お仕置きの恐怖の方が強いんですよ。泣く泣く諦めたんですからね」

「くっ!!」


 女のプライドを傷つけられ、セレナは怒りに任せて魅了の魔眼の力をシンジに向けた。……だが、力が相殺されてしまった。

 セレナの知る限り、こんな事が出来るのはミーシャしかいなかった。

***********************************

「なっ!」

「ミーナ、ミーシャ。入ってきて」


 ドアを開けてメイド服を着た二人が部屋に入ってきた。セレナの魔眼の力を相殺したのは、ミーシャだ。

 二人ともコーヒーカップを乗せたお盆を持っていたが、表情は硬いままだ。二人の視線はシンジに向けられていた。


「立ち話も何でしょうから、三人ともお座り下さい。取り合えず、コーヒーでも飲んで落ち着いて下さい」


 そう言って、シンジはカメラと名刺を机の上に置いて、対面のソファの中央に座った。

 セレナと護衛も渋々であったが、ソファに座り直した。シンジ側の女が居る前で、無様な態度は見せられない。


 ミーナとミーシャは全員にコーヒーを配って、シンジの両隣に移動した。

 そして二人で同時にシンジの足を踏み付けた。<浮気者!!>  <シン様、不潔です!!>

 シンジの顔が痛みで一瞬歪んだ。       <誘惑してきたのはあっちだよ。これは酷いんじゃ無いか>

 シンジの念話での抗議も気にせず、二人はシンジの隣に座った。まだまだ二人の怒りは収まらない。


<デレデレしていたのは誰よ!> <そうですよ。鼻の下が伸びていましたよ!>

<だから、一応その気になった風に見せないと、DNAサンプルが入手出来ないでしょう! 怒らないでよ>

<……ちゃんと手に入れたの?> <…………>

<髪の毛を手に入れたよ。大丈夫だよ>

<……なら良いわ>


 シンジの言い訳で怒りを収めたミーナとミーシャはお尻を動かして、シンジに密着するように座り直した。

 ミーナはシンジの腕を胸に抱き、対面に座る三人の美女を睨みつけた。(ミーシャは座り直しただけ)

 セレナ側の三人とミーナの視線が衝突した。

 マンガであれば、火花が飛び散るシーンだろう。それとも竜虎の対決シーンだろうか?


(何よ、この女は! スタイルはセレナ様に匹敵するじゃない!? まさかこんな女がいたなんて予想外だわ)

(ほう、標的との関係は普通じゃなさそうだな。今まで隠してきた訳か。それにしても羨ましいスタイルだな。

 それと、あのゲームのキャラクターに似た人物は居なかったな。何れにせよ、セレナ様も苦戦しそうだ)

(……成る程。お手つきなのはアラブ人の女の子じゃなくて、こっちだったと言う事ね。まんまと騙されたわ。

 でも、やられっぱなしは性に合わないわ。プライドを傷つけられた恨みは忘れないわよ


「さて、度々連絡を頂いていましたが、初号機の改造で忙しくて時間が取れず、申し訳ありませんでした」


 荒立った雰囲気を落ち着かせようと、まずは公的な話題に振った。流石に仕事の話しで感情的にはなる訳にはいかない。

 仕事の話しにもなれば、セレナも怒ってばかりはいられない。瞬時に態度を変えたのは流石と言うべきだろう。


「……いえ、お仕事なら仕方ありませんわ。なにせ世界の危機を救う為ですから、当然の事ですわ。気になさらないよう。

 両脇のお二方を紹介しては貰えませんか? 私はセレナ・ローレンツと申します」


 セレナはゆっくりと立ち上がって、優雅さを感じさせる仕草で挨拶をした。

 (どうせ田舎者でしょう。恥をかかせてあげるわよ)


「これは、気が付きませんで申し訳ありません。左がミーシャ・スラードで、右がミーナ・フェールです」

「御丁寧な挨拶、痛み入ります。私がミーシャ・スラードです。今後とも、宜しく御願いします」


 ミーシャもゆっくりと立ち上がり、セレナに劣らない優雅さで挨拶を返した。

 堂々とした風格を感じさせる態度だ。二年前までは王族だった為に、自然と身についている風格だ。

 次にミーナが立ち上がった。シンジの世話をする傍らで、一時期は礼儀作法の講習は受けていた。

 ミーシャほどでは無いが、それでも作法に沿った挨拶をした。


「ミーナ・フェールと申します。宜しく御願いします」


 挨拶を済ますと、三人は再びソファに座った。ミーナはシンジの腕を抱きかかえた。

 それはシンジを自分のものだと暗に主張しているのだが、それを突っ込む人間は誰もいなかった。


(……下手な挨拶をすれば、笑ってあげようと思っていたのに……ミーシャ・スラードに、ミーナ・フェールか)

(……懲りない人なのかしら? 確かに美人だけど、シン様と私達を切り離せると本気で思っているのかしら?)

(……あたしとほぼ同じスタイルという訳ね。でも、いきなり割り込んでこれると思っているのかしら。甘いわね)

(……これが修羅場というやつなのかな………まあ、実戦経験を積んでいると思わなきゃな)


「さて、早速ですが御用件を伺いましょう。度々連絡を受けていたのは、それなりの用事があったのでしょう?」


 セレナは一瞬、言葉に詰まった。セレナの受けた命令は、魅了の魔眼の力を伸ばす事、ミーシャの魔眼の力を見極める事、

 そして上手く行くならシンジを篭絡する事だった。表だっては言えない内容だ。


「……ネルフに着任後、正式な挨拶をしていませんでしたからね。これからは、それなりのお付き合いになると思いましたので、

 こうやって伺わせて頂きましたわ。御迷惑でしたでしょうか?」

「いえ、あなたみたいな美人の来訪は、うれしい限りですよ。昨日まで仕事が詰まっていた事が悔やまれてなりません」


 ミーナとミーシャは、同じタイミングでシンジの足を強く踏んでいた。思わずシンジは叫びそうになったが、必死に堪えた。

 対面のセレナ達三人には分かっていたが、それを突っ込むと収拾がつかなくなると感じて、見ない振りをして話しを続けた。


「今日は挨拶に伺っただけですから。こうやってロックフォード少佐と話して、信頼関係を少しづつでも築く事も私の仕事ですから。

 これからも、頻繁に伺って宜しいでしょうか?」

(今回はこちらの負けね。認めてあげるわ。でも、次は勝ってみせるわよ)


「構いませんよ。流石にあなたと一人で会うと、ボクの理性が持ちませんから、次からはミーナかミーシャに同席して貰いますが」

<シン、覚悟しなさい。今日はとことん搾り取ってあげるわよ>  <私は後、二年は待たないと駄目なんですよね……>


「ええ、それで結構です。次は国の土産を持って伺います」

(チャンスかしら、それとも罠かしら。あのミーシャって娘が居なくても、私と会うと言うの?)

「ああ、カメラのデータは次に来られた時に渡しますよ。それと第三者に渡しませんが、ボクが飾る分には良いですよね」

「ええ」

「では、引き伸ばしてパネルに入れて飾っておきますよ。良い芸術作品に匹敵しますからね。

 それと、次に来られる時は、もう少し露出を控えた服装で御願いしますよ。通路で他の職員と揉めるのは、こりごりですからね」

「くすっ。分かりました。次は控えめな服装で来ます。では」


 セレナと護衛の二人は、シンジに挨拶して出て行った。セレナ達が出て行った後、シンジはそれまでの雰囲気をがらりと変えた。


「さて、彼女の髪の毛を入手出来た。キスマークに付いている唾液も分析出来れば、十分だよ」

「シン様。あの人は、本当に人体改造を受けているのでしょうか?」

「考え過ぎじゃ無いの?」

「普通の人間が自力であの力に目覚める確率は限りなく低い。ミーシャのように、原因がはっきりしていれば良いんだけどね。

 という事は、ゼーレは彼女になんらかの働きかけをしたんだよ。さっき、彼女達三人をスキャンしたけど、体の内部に異物を

 埋め込められた様子は無かった。他に考えられるのは、何らかの精神負荷をかけたか、体に何らかの薬物を与えられたかだ。

 唾液と髪の毛のDNA分析を行って、問題無ければ精神負荷の可能性だろうね。解析結果待ちだよ」


 セレナが自室に来るのを幸いと思い、セレナに抱いていた疑問を解消する事にしていた。

 色香に迷っていると思わせて(本心では堪能したが)、こっそりとセレナの髪の毛を一本だけだが拝借していた。

 最初はシンジ一人で対応すると言われて危機感を感じたミーナとミーシャだったのだが、説得されて別室で待機していた。

 当然、シンジ達のやり取りは聞いていた。

 まだ感情が収まらないミーナは、シンジへの追及の手を緩めなかった。


「シン、彼女達をスキャンしていたとか言ってたわよね。どこを見たの? 正直に言いなさい!」


 ギクリ


「……身体の中だけだよ」

「答えるまでに間が空いたわね。という事は嘘ね。あなたの左目なら、服だけ透過して見る事も出来ると言ってたわよね。

 このスケベ! 今日という今日は、二度と他の女に目が行かないように絞りとってあげるから覚悟しなさい!!

「……今晩レイと一緒に寝るのは私か。姉さん、二年後に枯れない程度にしておいて下さいね」

「……昨日に続いて、今日も? いいよ、返り討ちにしてみせるさ」


 数日後、引き伸ばされたセレナの写真が、パネルに入れられてシンジの執務室に飾られた。(流石にツーショット写真は飾れない)

 セレナが次にこの部屋を訪れたときは、十分に満足した出来栄えだ。

 だが、休憩室に飾って良いかというシンジの言葉に、自分に群がる男性職員を連想し、その申し出は辞退したのであった。

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 二−A:教室

 シンジとミーシャとレイは、既に席に座っていて、他愛ない会話を楽しんでいた。


 ガラッ


 ドアを開けて、青アザをつけたケンスケが教室に入ってきた。

 クラスの女子の厳しい視線がケンスケに集中した。

 シンジからケンスケのパソコンとカメラ等が破棄されたとは聞いているが、盗撮された事実に変わりは無い。

 しかも盗撮写真が販売されていたのだ。許せるものでは無い。近寄るのも嫌だとみえて、女子の誰もケンスケに近づかない。

 男子もとばっちりは避けたいと見えて、クラスの女子に習って遠巻きで見ているだけだ。


 ガラッ


 その時、黒いジャージを着た少年が入ってきた。名は鈴原トウジ。関西出身である。


「おっす。なんや、随分人が減ったなあ。見慣れんやつもおるな」

「疎開だよ。疎開。みんな転校しちゃったよ。街中であれだけ派手に戦争されちゃあね」


 誰もケンスケに話しかけない中、トウジはケンスケに話しかけた。

 もっとも昨日の盗撮の件を知っていたら、どんな反応をしたのだろうか。


「喜んでいるのはおまえだけや。ナマのドンパチが見れるよってな」

「まあね……トウジはどうしてたんだ?……こんなに休んじゃってさ。この間の騒ぎで巻き添えでもくったの?」

「妹のやつがな」

「え?」

「妹のやつが瓦礫の下敷きになってもうてな……」

「…………」

「命は助かったんやけど、ずっと入院しとんのや。うち、お父んもおじんも研究所勤めやろう。職場を離れる訳にもいかんしな。

 俺がおらへんと、あいつは病院で一人になってしまうよってな。

 しっかし、あのロボットのパイロットは、ほんまにヘボやな。むっちゃくちゃ腹立つわ!

 味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ!!」

「それなんだけど……転校生がな」

「……転校生?」

「ほら……あいつ。トウジが休んでいる間に転校して来たやつなんだけど……あの事件の後だよ。変だと思わない?」


 ケンスケは部屋のパソコンとカメラの類を壊され、所持を父親から禁止された。

 だが、家には父親のパソコンがある。父親はパスワードをかけているが、ケンスケは盗み見して覚えていた。

 そして自宅で篭っている時に父親のパソコンを起動して、父親のIDでネルフのMAGIにアクセスしていた。

 二尉程度では、重要度の高い機密はアクセスは出来ない。

 だが、普段は見ることの出来ない情報にケンスケは狂喜した。そして、その情報の中にEVAのパイロット情報もあった。


「あいつがネルフのパイロットらしいんだよ。碇シンジって奴だよ」


 シンジのせいで盗撮がばれて、自分のパソコンとカメラが壊された。

 そして盗撮した写真を売っていた事がばれてしまい、居心地の悪い事甚だしい。女子の視線など、凍りつきそうだ。

 自分の父親が勤務中であるにも関わらず、電話一本で呼びつける事が出来た。シンジはパイロットに間違いないと見ていた。

 目の前の友人は、ネルフのパイロットを恨んでいる。そして腕っ節は強い。

 だから、自分の恨みを目の前の友人で晴らそうと、トウジを唆したのだ。


「なんやて!?」


 トウジはケンスケの思惑に乗ってしまった。”らしい”という事は噂程度だ。確定情報では無い。

 シンジに事の真偽を確認しようとしたが、先生が教室に入ってきて授業が始まってしまった。


「……私はその当時、深川に住んでいましてね……」


 クラスの生徒たちは、ウンザリした表情で聞いていた。この話しを聞いたのは、両手だけでは数え切れない。

 その時、シンジの端末に通信が入ってきた。

 『碇君が、あのロボットのパイロットというのは本当? Y/N』

 メールの送り主はクラスの女の子だ。シンジはメールを読んで、内心で溜息をついた。

 EVAのパイロット情報は機密情報のはずだ。本来、中学生レベルが知り得る情報では無い。

 だが、このクラスの親は全員がネルフ職員だ。そこからの情報洩れは否定出来ない。シンジはネルフの甘さに内心で毒づいていた。


 『ロボットって何?』

 学校で素直にパイロットだと認める気は無い。たとえ、どんな噂が流れてもだ。

 発信元の女子生徒の名前は控えてある。ネルフに行ったら、副司令の立会いの下、親を呼び出して問い質すつもりだ。


 『アタシは知ってるんだからー。本当の事を言っちゃいなさいよー Y/N』

 周囲を見渡すと、後ろの席の二人の女子生徒が、シンジを見ながら小声で話していた。


 『本当の事って何?』

 その後も、何度も質問メールが送られてきたが、相手がYESの返事しか受け付けないと判断して無視していた。

***********************************

 黒いジャージを着込んだ少年が、シンジに近づいてきた。後ろには、この前に盗撮騒ぎを起したケンスケがいる。

 ジャージの少年はシンジに近づくと、険しい表情でいきなり尋ねた。


「お前が碇っていう、転校生か?」

「……そうだけど、何?」


 盗撮をしたケンスケと一緒に来たと言う事は、碌な事じゃ無いと判断して素っ気無く返した。

 そもそも最初から喧嘩腰な人間を、まともに相手にするつもりは無かった。人間、誰しも第一印象というのは大事にすべきだ。


「お前が、あのロボットのパイロットっちゅーのはホンマか?」


 トウジはクラス中に聞こえる大声で怒鳴った。顔には青筋が浮かんで、今にも殴りかかりそうな勢いだ。

 だが、シンジはパイロットである事を認めるつもりは無かった。認めた時は通学を止めると決めている。

 そもそも機密情報を、ただの中学生に馬鹿正直に教えるつもりも無かった。


「メールでも散々聞かれたけど、ロボットって何? 心当たりは無いんだけど」

「嘘つくな、このドアホが!!」


 トウジは頭に血が上って、いきなり椅子に座っているシンジに殴りかかってきた。

 トウジの右ストレートがシンジの顔に入ると誰もが思った瞬間……


 バコッ


 トウジの拳はシンジの寸前で止まっており、シンジの上履きがトウジの顔面にあった。

 次の瞬間、トウジは蹴り飛ばされていた。幾つかの席と椅子を巻き込んで、ゴロゴロと転がっていった。


「ぐううう。何さらすんじゃあ」


 トウジの顔には上履きの跡がついていた。顔を怒りで真っ赤にして直ぐに起き上がり、再度シンジに殴りかかった。

 だが、少し腕っ節が強いぐらいの普通の中学生が、シンジに通用するはずも無かった。


「げほっ」

「鈴原!」


 シンジの手加減した蹴りがトウジの腹に入った。トウジは腹に手を当てて、そのまま蹲ってしまった。

 ヒカリがトウジに慌てて駆け寄った。シンジはトウジに追加攻撃をするつもりだったが、さすがに女の子のヒカリは巻き込めない。

 呆れた表情を浮かべながら、いきなり殴りかかってきたトウジの非難を始めた。


「授業中もだけど、ロボットだとかパイロットだとか、身に覚えが無い事を何度も質問され、最後には問答無用で殴りかかってくる。

 これが日本の有名な”いじめ”なのかい? そうだとしても、ボクは君達の習慣に従うつもりはないよ」


 メールを送ってきた女の子二人を一瞥した後、シンジは蹲っているトウジに視線を移した。

 トウジはまだ腹部のダメージが残っているらしく、苦しい表情をしているが、シンジを睨んでいる目の光は失ってはいない。


「くううう。ワシはお前のこと、どつかなアカン! どつかな、気ィすまへんのや!!」

「別に君がどう思うと自由だけどね。だけど君が殴りかかってきて、素直に殴られる気は無いよ。これは正当防衛だ」


 ヒカリはシンジに文句を言うつもりだったが、正当防衛のセリフに文句を言えなくなっていた。

 確かに、先に殴りかかったのはトウジなのだ。


「喧しい!! お前のせいで、ワシの妹は重傷なんやど!! お前をどつかん事には気が済まんのや!!」

「ボクのせい? 何で? ボクがここに引っ越してきたのは一週間前だけど、君の妹なんて会った事が無いよ」

「なっ、一週間前!? ……ケンスケ!!」


 トウジは一週間前というシンジの言葉に一瞬呆けた顔になり、慌ててケンスケの方を振り向いた。

 妹が怪我をしたのは三週間前だ。そして目の前の転校生は、一週間前に引っ越してきたと言う。計算が合わない。

 トウジの怒りがこちらに向くとまずいと判断したケンスケは、トウジの矛先をシンジに向けようとした。


「ま、待てよ! お前があのロボットのパイロットなんだろ? 俺は知ってるんだぞ!」

「はあ? 何を証拠にそんな事を言うんだ? ははあ成る程、盗撮がボクのせいでばらされたた逆恨みか。

 それで、このジャージ君に嘘を言ってボクに殴りかからせたのか? 自分でやらずに人を使って仕返しか。最低だな」

「ち、違う! 俺は見たんだ! ネルフの機密情報にパイロット情報があって、それを見たんだ!!」

「君のパソコンとカメラは破棄されて、使えないはずだ。君はネットに接続する環境は無いはずだろう。

 それにネットに接続出来たとしても、ネルフの機密を普通の中学生が見れるのかい? ネルフはそこまで甘くは無いだろう」


 シンジの言葉を聞いて、周囲のクラスメートは納得した。

 確かにシンジが来たのは昨日で、避難警報が発令されたのは三週間前だ。時間が空き過ぎている。

 また、ロボットのパイロットが中学生だなんて、マンガならともかく、現実にはありえないだろうと考えた。

 ネルフは優秀な人間の集まりだと思っている。中学生程度にセキュリティが破られるほど甘くは無いだろう。

 それより盗撮の件でシンジを逆恨みし、嘘の情報をトウジに伝え、仕返しを企んだと言う方が真実味はある。

 クラスメートの厳しい視線がケンスケに突き刺さった。トウジも同じだ。


「ケンスケ! どういう事や。お前嘘を言うたんか? はっきりせいや!」


 ケンスケは言葉に詰まった。確かにネルフの機密情報の中に、シンジがEVAのパイロットだという内容があった。

 だが、その情報の証拠を出す訳にはいかない。不正侵入の証拠になる。


「だ、だけど、この前はネルフの保安部やパパを呼び出したんだろう。ネルフに関係あるのは間違い無いだろう」

「この前の人はネルフの保安部では無いよ。国連軍の人さ。そして、ボクは国連軍とつながりがあるという事さ。

 君にはボクの事は詮索しないようにと釘をさしたよね。そして二度目も無いと伝えた。覚悟は出来てるね」


 シンジは怒りを感じていた。こんな小細工が好きな奴に、これ以上かき回されたくは無い。

 シンジの宣告を聞いて、ケンスケは顔を青ざめた。確かに詮索するなと言われた。

 だが、好奇心旺盛なケンスケは、ネルフの機密情報を確かめる為にトウジを使ったのだ。

 警告を破ったらどうなるか。この前は自分のパソコンとカメラを壊された。今回はと考えると、顔が青くなった。


「ケンスケ、はっきり言わんかい!! お前は嘘を言うたのか?」


 トウジがケンスケを追い詰めようとしていると、いきなりシンジの携帯電話が鳴り出した。

 学校に来ている時に携帯電話に連絡があるのは、余程の緊急事態しか無い。シンジは素早く電話に出ていた。


「もしもし。……はい、分かりました。ミーシャ、レイ、直ぐに帰る。準備をして。

 委員長、これから避難警報が出るから皆をシェルターに誘導して」

「えっ、避難警報!? 何で碇君がそれを知っているの?」


 ヒカリが慌てた様子でシンジに訊ねた。避難警報の発令前に、その情報を知っているなんて普通じゃ無い。

 疑惑の篭った視線を感じたが、シンジは慌てていなかった。咄嗟に皆が納得出来るように話しを作った。


「そこのメガネがばらしてくれたけど、ボクは国連軍につながりがあるからさ。

 一段落したら、そこのメガネには父親と一緒に処分をさせてもらう。甘い処分で済むと思わない方が良いぞ」


 さすがに避難警報の度に居なくなると、周りが怪しむだろう。だから国連軍からみという事で説明した。

 パイロットだと疑われるよりは数倍ましだ。

 ミーシャとレイの準備が済むと、三人揃って教室を出た。次の瞬間、校内に避難警報のサイレンが響き渡った。

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 第二発令所

『目標を光学で補足。領海エリアに侵入しました』

「総員、第一種戦闘配置!」

『了解。対空迎撃戦用意』

『第三新東京市。戦闘形態に移行します』

『中央ブロック、収容開始』

 第二発令所の不知火准将が、対使徒戦の総指揮を担う。そして戦闘配置の命令を出した。

 だが、第二発令所の制御範囲は初号機と零号機周辺に限定されており、第三新東京全体の制御はネルフの管理下にあった。

 もちろん、兵装ビルもネルフの管理である。

 制御システムの移行をネルフが拒否した事もあるが、管理工数が増える事を嫌った国連軍の事情もあった。

 国連軍が派遣出来る人員にも制限があり、これ以上増員する事を躊躇った為もある。

 その為に第二発令所からの連絡により、本発令所に陣取るネルフ副司令の冬月が、第三新東京の戦闘配置を命令する事になる。

(ネルフ司令の六分儀ゲンドウは、国際会議出席の為に不在である)


 冬月の命令で第三新東京は戦闘形態に移行し、使徒迎撃要塞都市の姿を現していった。

 非常事態を示すサイレンが鳴り響き、第三新東京の多数のビルが地下に姿を消した。

 地上から見えなくなったビルは、ジオフロントの天井部に固定された。そう、天井からビルが下に向けて存在している。


『中央ブロック、及び、第一から第七管区までの収容完了!』

『政府、及び関係各省への通達終了』

『目標は依然進行中。対空迎撃システムの稼働率は48%』


 第二発令所の指揮シートに座る不知火は、メインモニタの左半分に映る第三新東京の変貌を見ていた。

(無駄使いだな。態々こんなシステムを造るくらいなら、民間施設など無い方が余程費用を節約出来たろうに)


 既にあるのだから、それを指摘しても無意味だ。ならば、精々有効に使わせてもらおう。

 兵装ビルはネルフの管理下だが、第二発令所の命令に従う事になっている。

 そして不知火は、メインモニタの右半分に映っている使徒に注意を向けた。

 前回は曲がりなりにも人型をしていたが、今回は甲殻類を模している。前の使徒にもあった赤い球体は同じだ。

 超低空で飛行しながら、第三新東京に近づいていた。そして、その使徒に戦自が攻撃をかけていた。

 使徒はまだ第三新東京に入っていないので、日本政府から依頼があるまでは国連軍とネルフは使徒に攻撃は出来ない。

 当然、自国の領土に侵入されたのだ。日本の国軍たる戦自が迎撃するのは当然の事だ。

 使徒への攻撃は、前回と同様に一切の効果が無かった。

 ATフィールドを張らずとも、ミサイル、砲弾は使徒の皮膚表面で爆発するが、使徒には何の影響も無い。

 第二発令所のオペレータは、使徒のデータ解析に専念していた。


「ロックフォード少佐は?」

「現在、初号機への搭乗するところです」

「さて、ネルフの作戦はどうだかな。本発令所への回線を開いてくれ」

***********************************

『中央ブロック、及び、第一から第七管区までの収容完了!』

『政府、及び関係各省への通達終了』

『目標は依然進行中。対空迎撃システムの稼働率は48%』


 本発令所では第三新東京の使徒迎撃要塞都市への移行が実行されていた。不知火の指示を受けた冬月の命令によってだ。

 既にネルフの主要メンバーは発令所に全員が集まっている。(ゲンドウは出張中の為に不在)

 ミサトは待ち人来たりとばかりに、顔に笑みを浮かべて目に暗い光を宿していた。前回の使徒は『天武』で倒されてしまったが、

 今度はEVAで迎撃するのだ。やっと使徒殲滅に関与出来ると、ミサトは歓喜していた。


「六分儀司令の居ぬ間に第四の使徒襲来か。意外と早かったわね」

「前は十五年のブランク、今回はたったの三週間ですからね」

「こっちの都合はお構い無しか。女性に嫌われるタイプね」


 ミサトとマコトの会話の合間にも、使徒の侵攻は止まらなかった。

 戦自のミサイル等の着弾を示す爆発煙が立ち昇ったが、使徒に掠り傷ほどの損傷も与えられない。


 そんな本発令所の片隅で、セレナはネルフの状況を確認していた。

 特別監察官という立場だが、専門知識を有している訳では無い。故に戦闘には口出しは出来ない。

 ただ、ネルフと北欧連合が拗れるようになれば、委員会にも影響は及んでくる。それだけは回避しようと考えていた。


「税金の無駄遣いだな」


 冬月が呟いた。前回の使徒の時に、通常兵器が使徒に効かないのは分かっていたはずだ。

 攻撃しているミサイルや砲弾、さらには航空機の燃料には莫大な経費が掛かる。

 効きもしない攻撃をして予算を無駄に使うなら、EVAへの予算に回して欲しいと冬月は考えていた。

 その冬月の台詞は第二発令所の不知火に聞こえていた。所変われば、考え方も変わる。

 不知火は冬月の言葉に潜んでいる矛盾を指摘した。


『税金の無駄遣いと言うなら、使徒の情報を公開したらどうかね、冬月二佐。彼らは日本を守る為に必死に戦っているのだ。

 それに使徒の防御力の確認をしてくれているのだ。それを軽々しく批判するなど、特務機関の副司令のする事なのかね?

 ネルフは無駄遣いを一切していないと、言い切れるのかね?』


 中央モニタが二分割され、左側に第二発令所にいる不知火准将の顔が映し出され、冬月に強烈な皮肉を返していた。

 予算不足の国連軍(旧自衛隊)から、戦自に移籍した戦友もいる。

 彼らとはその後の音信は無いが、戦自が国を守る為に必死になっている事はわかる。

 それを税金の無駄遣いなどとほざく冬月に、不快感を感じていた。


「し、不知火准将! 申し訳無い。今のは失言でした」


 冬月は慌てて謝罪した。戦闘のプロである不知火准将と口論になっても、得る物は無い。逆に恥を晒すだけだろう。

 それにネルフが機密を公開していない事で他の組織の効率を落させていると責められれば、反論さえ出来はしない。


『分かって貰えれば結構だ。それで作戦は決まったのかね。先程聞いたところでは、まだと言われたが?

 使徒の情報を知っているからには、予め作戦は立てられるのだろう。初号機は数分で発進可能状態になる。

 戦自から指揮権が委譲されたら、速やかに迎撃を行う必要がある。早く作戦内容を言いたまえ』


 戦闘指揮権は剥奪されたが、作戦立案はネルフの担当範囲である。

 そしてミサトは作戦を立案する職務にある。どんな作戦を立案したのか、職員の注目が視線がミサトに集中した。






To be continued...
(2009.02.28 初版)
(2009.03.21 改訂一版)
(2011.02.26 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)


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