因果応報、その果てには

第十話

presented by えっくん様


 第334地下避難所


「ちぇっ、まただ!」


 ケンスケが持ち込んだ携帯用TVには、前回と同じ内容のテロップが流れているだけだった。

 外の状況を見る事が出来ない状況にケンスケは不満で、大きく舌打ちしていた。


「また文字だけなんか」


 トウジはケンスケに相槌を打った。

 ケンスケに嘘をついたのかと詰め寄ったが、明日証拠を持ってくると言われ矛を収めていたのだ。


「報道管制って奴だよ。俺達民間人には見せてくれないんだよ。こんなビッグイベントだっていうのにさ」


 シェルターは学校の近くにあり、クラスメート全員がこのシェルターに避難している。周りを見ても見知った顔ばかりだ。

 だがクラスメートに止まらず、他クラスの女子生徒もケンスケを見る視線は冷たかった。

 盗撮の件が中学全体に知れ渡った為である。その為に、ケンスケには居心地がかなり悪い状態だ。

 避難警報が解除されるまでは、このシェルターに避難する事が義務付けられている。

 ケンスケにしてみれば、直ぐにでも逃げ出したい気持ちだった。ふと思いついて、ケンスケはトウジに声を掛けた。


「ねぇ、ちょっと二人で話があるんだけど」

「なんや?」

「ちょっと、なっ」


 ケンスケはトウジに目配せした。トウジが協力してくれれば、この冷たい視線に晒される場所から逃げられる。

 それに興味がある外の戦闘をこの目で見れるかも知れない。一石二鳥だと思っていた。でも、皆の前では話せない内容だ。


「しゃーないな、委員長!」

「何!?」


 ヒカリは女友達とお喋り中だったが、意中の人であるトウジの呼びかけに速攻で返事をした。

 お喋りしていた女友達は、ヒカリの反応の速さに内心で驚いた程だった。


「わしら二人、便所や」

「もう、ちゃんと済ませときなさいよ」


 トウジの言葉がありきたりの言葉なので内心落胆したが、顔には出さずに平然と応対した。

 盗撮をしたケンスケと一緒だと言うのが少し気になったが、口には出さない。


「済まんな」


 トウジとケンスケは立ち上がって、トイレの方に向って歩き出した。トウジもシェルターの中で、ただ待つだけは退屈だった。

 ケンスケが何を企んでいるかは分からないが、こんな退屈なところでじっと待っているだけよりはマシだろうと思っていた。


 シェルターの構造は分からなくても、トイレの標識はあちこちにある。それに従って歩いていった。

 非常ドアがある場所で、ケンスケは立ち止まった。

 周囲に人が居ない事を確認したトウジは、ケンスケに用件を話すよう目配せした。


「で、何や?」

「死ぬまでに一度だけでも見てみたいんだよ!」

「……上のドンパチか?」

「次は、いつ敵が来てくれるかどうかもわかんないしさ」

「ケンスケ、お前な……」


 ケンスケが戦争と兵器に異常なくらいに興味を持っているのは知っているが、上の戦闘を見たいと言い出すとは思っていなかった。

 上に行けば危険だという常識ぐらいはトウジは持っている。トウジは呆れた表情でケンスケを見ていた。


「この時を逃しては、あるいは二度とは ……なっ、頼むよ。ロック外すの手伝ってくれ」

「外に出たら死んでまうで?」

「ここに居たって、分からないよ。どうせ死ぬなら、見てからがいい」


 ケンスケは熱心にトウジに頼み込んだ。だが、トウジは気が乗らない。そこら辺は普通の常識を持っているのだろう。


「阿呆。何の為にネルフがおるんじゃ」

「そのネルフの決戦兵器って何なんだよ。あの転校生が操縦するロボットだよ。この前もあいつが俺たちを守ったんだ。

 俺は嘘を言っていないよ。それを確かめる為にも、行かなくちゃ駄目なんだよ。

 トウジは妹が大怪我して、パイロットのせいだと怒ったんだろう。

 どんな操縦なのか、妹の為にも確認する義務があるんじゃ無いか?」


 トウジを納得させる為に、ケンスケはトウジの妹をダシに使った。妹思いのトウジなら、乗ってくるだろうと確信していた。

 案の定、妹の事を言い出されたトウジは少し考え込んだ。確かに上は危険かも知れないが、それに自分達が巻き込まれる可能性など

 まず無いだろうと思っている。実際の戦場を知らなければ、甘く考えるのも仕方の無い事かも知れない。


「……しゃあないなぁ。お前ホンマに自分の欲望に素直なやっちゃな」


 頭をかきながら、トウジは非常ドアの片方のロックへ手を伸ばした。ケンスケは満足そうに笑って、残るロックへ手をかけた。

 トウジとケンスケは同時にロックを解除して、非常ドアから出て行った。

 二人が出て行った後には、開放された非常ドアがそのままで放置されていた。


 ヒカリは友人とのお喋りを楽しんでいた。どんなところであれ、女にとってお喋りは気持ちのいいものだ。

 話すネタも色々とある。友人の一人は、シンジに蹴られたトウジの介抱にヒカリが駆け寄った事をネタにしていた。


「そう言えば、鈴原って相田と仲が良いわよね。鈴原は見るからに硬派って感じだけど、相田の趣味に染まらないかしら?」

「ちょっ、ちょっと何言うのよ」

「あら心配なの? どうして? ひょっとしてヒカリは、鈴原の事……」

「な、何言ってるのよ。そんな事ある訳無いでしょう」

「そうかしら? 二人はトイレって言ってたわよね。ひょっとして、女子トイレを覗きに行ったんじゃないかしら」

「ま、まさか?」

「相田一人なら、ありえるわね。二人だから、どうかしらね?」

「……わ、私、トイレに行ってくるわ」


 女友達は笑いながら相田と鈴原の事を言ってきた。トイレの事もからかっているだけだ。

 だがひょっとしてとヒカリは不安になって、二人を確認する為に女子トイレに向かった。

 慌ててトイレに向うヒカリを見て、残された女友達はクスクスと笑いあっていた。

***********************************

 対外的にはネルフは使徒の機密情報を持っている為もあって、莫大な予算と特務権限を与えられている。

 シンジとの交渉で、北欧連合と国連軍にEVA二機の所有権と戦闘指揮権限を持っていかれたが、ネルフの持つ使徒情報が

 重要視されている事は間違い無かった。その為にネルフには作戦立案権限が残される事になったのだ。

 ミサトはセカンドインパクトの時に使徒を見ていた事もあり、使徒の存在は当然知っていた。そして使徒という存在を憎んでいた。

 だが、モニタに映る使徒がどんな能力を持っているかは、全然分かっていない。どんな事をすれば使徒を倒せるかは分からない。

 かといって、来襲してきている使徒の能力が分からないから作戦を立案出来ませんなど、言える筈も無かった。

 そんな事を正直に言えば、ネルフから作戦立案権限も無くなるだろう。

 それは使徒を憎み、自らの指揮で使徒を殲滅したいと考えているミサトにとって、許容出来る事では無かった。

 結局、ミサトは様子を見ながらでしか作戦は立てられないと判断していた。

 それを公言出来るはずも無く、どうやって不知火に作戦を立案したかのように伝えたら良いのか? ミサトは悩んでいた。

 そのミサトに、本発令所に居る全員の視線が集まった。


「敵のATフィールド中和後に、パレットライフルをフルオートで一斉掃射よ」

「……私は作戦を聞いたのだが? 単発的な行動指示を聞いたのでは無い」


 画面の不知火の顔に呆れの色が伺えた。ネルフは使徒の情報を持っているからこそ、作戦立案を任せたのだ。

 単発行動の指示しか出せないのでは意味が無い。これなら自分達だけで、対応した方がまだマシかと考え始めた。

 ミサトは不知火の感情を察していたが、自分の立場を貫いた。

 ここで作戦を立てられなかったと言えば、次の作戦に参加出来るかも疑わしい。そんな事態はミサトは認められなかった。


「……次の作戦は、その都度伝えるわ」


 ミサトの言葉に本発令所の中に落胆の雰囲気が広がった。ミサトはその事を自覚したが、抗議しなかった。いや出来なかった。

 自分が伝えた事が作戦とは呼べない事は、言った自分が一番良く分かっている。

 しかし使徒を倒す手段が不明な状態で、EVAを指揮して使徒を殲滅出来るチャンスを逃す事はミサトには出来なかった。

 そんなミサトの状態を察した冬月とリツコは、秘かに冷や汗を流していた。

 以前の交渉の時に、シンジに使徒情報を持っているから指揮権限があるのは当然だと言った事を思い出していた。

 持っている使徒情報に、各使徒の詳細情報は含まれてはいないが、それでも他の機関などに優位に立てる根拠になっていた。

 だが、実際の戦闘に使徒情報を有効に使える訳では無いのだ。事実、ミサトには使徒に関する裏情報は一切伝えていない。

 ネルフで唯一まともな軍事知識を持つミサトにも情報封鎖をしているのだ。

 ある意味、手足を縛って使徒に勝てと強要しているようなものだ。

 かといって、ネルフの持つ使徒情報に役立つものが無いと言えるはずも無い。それはネルフの優位を崩す事になってしまう。

 計画自体を崩壊させる危険性がある。その為に冬月とリツコは沈黙を守る事しか出来なかった。

 一方、不知火の立場はシンプルだ。使徒の情報を持ち、弱点を突けるという事からネルフの作戦立案を聞いてきた。

 ネルフが作戦を立案出来なかったら、こちらが作戦を立てるだけだ。

 そんなネルフの複雑な事情を不知火は知らないし、知ったとしてもそれはネルフ内部の問題だと切って捨てるだけだ。


『……分かった。ネルフは作戦を立てられなかったと判断する。これ以降は、こちらの判断で戦闘を行う。

 兵装ビルはこちらの指示があるまで動かすな。それと市民の避難はネルフの管轄だ。大丈夫だろうな』

「待ちなさい! 作戦立案はネルフの権利よ!」

『そのネルフが作戦立案を出来なかったと判断している。口の利き方に注意したまえ。市民の避難はどうなっている?』

「は、はい。市民の避難は全員終了しています」


 ミサトが屈辱に顔を染めて黙ってしまったのを受けて、日向が市民の避難状況を伝えていた。

 日向は内心ではミサトの事を心配していた。

 内々ではあるが、セカンドチルドレン赴任後は、体制を元に戻すと冬月から言われている事もある。


『こちらは、エヴァンゲリオン初号機。ロックフォードです。出撃準備完了。敵情報と作戦の提示を御願いします』


 本発令所の中央モニタの左下に、初号機に搭乗して出撃準備を済ませたシンジが映し出されていた。

 シンジによる改造で、本発令所からは初号機の内部はモニタ出来ないようになっている。第二発令所からの中継映像だった。

 シンジは赤いLCLでは無く透明の液体に包まれて、ヘルメットと酸素マスク、ゴーグルを装着していた。

 初号機の改造後、初めてエントリープラグの中を見た本発令所の職員から、ざわめきが聞こえてきた。

 LCLを使わない構造にされた事とシンクロ機構までもが変更されている事に気が付いて、リツコは目を瞠っていた。


『ああ、分かった』


 不知火はシンジの要請に従って、使徒の侵攻方向と戦自の攻撃内容などの説明を始めた。

 これにより不知火は、本発令所よりシンジの方に気が向いてしまった。

 そこに青葉からの報告が入ってきた。


「委員会から、エヴァンゲリオンの出撃要請が来ています」

「煩いわね! 言われなくても出すわよ!!」


 不知火にやり込められたミサトは冷静さを失っていた。それにモニタには憎い使徒が映し出されていた。

 ミサトは作戦立案の権限を持っている事で、指示を小出しにして、済し崩し的に指揮を執るつもりだった。

(そんな事が普通は認められる訳が無く、ましてや不知火相手にそれが通用すると思っていたところにミサトの甘さがある)

 だが、不知火に作戦と認められない事で、ミサトは使徒戦に関われなくなってしまった。

 あの使徒を自分の指揮で倒せないのか? そう考えたミサトの目に暗い光が強く輝いて、心の何処かのスイッチが入ってしまった。


「日向君、EVA初号機発進!!」

「は、はい!」


 指揮権限が無いにも関わらず、ミサトは初号機の発進命令を出してしまった。

 日向は条件反射で頷いて、初号機を射出してしまった。咄嗟の事なので、他の職員が制止する暇も無かった。

 本発令所からは初号機の制御が出来ないように、システムは変更されている。

 だが、第三新東京の制御を始めとして、EVAの射出制御システムは本発令所がまだ管理している。

 中学に通ってネルフ内部の確認にかけられる時間が減ったという理由もあるが、シンジの確認不足が招いた結果だった。


『ぐうう』

『何をするか!!』


 不知火と話しをしていたが、不意を突かれて射出の加速度に耐えるシンジの呻き声がスピーカから聞こえてきた。

 そして不知火の怒声もだ。それはそうだろう。戦闘指揮権限の無いミサトが初号機の発進命令を出したのだ。

 パイロットに射出に耐えるように、注意もしていない。


「ミサト! 何をしたのか分かってるの!?」 (まさかミサトが暴走!?)

「葛城君! 何をするんだね!?」  (まずい。精神誘導された事が影響しているのか!?)


 リツコと冬月の怒声が響いた。これは明確な越権行為だ。二人の背中に冷や汗が流れた。

 セレナは目を顰めたが、まだ何も言わない。この時点で自分が介入しても、混乱を増すだけだと判断した。

 心の何処かのスイッチが入ったミサトの勢いは止まらなかった。さっきまでとは態度を変えて、堂々とし始めていた。


「使徒が目の前に居るのよ。ぐずぐずなんか出来ないわ!」

『くっ! 射出位置はどこだ?』


 第二発令所は初号機のモニタは出来るのだが、EVAの射出機構は本発令所の管理だ。

 どこに射出するかは、日向に確認しなくてはならない。


「しょ、初号機の射出位置は、使徒の正面300mの位置です」


 日向が焦りながら回答した。ミサトの命令に反射的に従ってしまったので、射出位置を確定せずに射出したのだ。

 それが、よりにも使徒の正面300mだ。あの巨体では、目と鼻の先に等しい距離だ。日向の背中に冷や汗が流れ始めた。

 だが、ミサトの目の暗い光の輝きは増していた。これなら使徒と直ぐに戦闘になる。自分が指揮出来ると考えていた。


「よくやったわ。日向君」

『黙れ!! 射出前に初号機の拘束具を解除しろ! ロックフォード少佐、射出位置は使徒の正面300mだ。

 地上に出る寸前に、拘束を解除する。空中に逃げるんだ。良いな!』


 ミサトの処分を後回しにして、不知火は初号機の対応の方を優先させた。

 射出終了後に拘束具を解除したら、動き出すまで時間がかかる。使徒の良い目標になる可能性があるのだ。

 目標の持つ武器の射程が不明の為、こういう用心は怠らない不知火だった。


『り、了解』

「初号機の拘束を解除します」


 日向は初号機の拘束具を解除する操作を行った。

 次の瞬間、拘束を解かれて空中に飛び上がる初号機と、初号機が居た位置を使徒の鞭が切り裂く光景が映し出された。


「なっ!」


 ミサトは驚きの声を上げていた。前回の使徒の動きは遅かった。今回の使徒がここまで敏速に攻撃してくるとは考えてはいなかった。

 飛び上がった初号機は、空中で回転し後方に見事な着地をした。

 すかさずパレットライフルを取り出して、使徒に向けてバーストモードで射撃を開始した。

 バーストモードなので三発単位の発射だが、全弾使徒に命中し、そして弾が砕け散った。

 砕けた弾は煙となり、使徒の姿を一瞬とはいえ隠してしまった。初号機は移動しながら、バースト射撃を繰り返した。


「馬鹿!! 爆煙で敵が見えない!!」


『馬鹿はお前だ、葛城三尉!! いいから黙っていろ!! パイロットの注意を逸らさせるな!

 あの弾頭は劣化ウラン弾だ。硬い目標に当たったら砕けるのが当然だろう。そんな事も知らないのか!?』



 リツコは画面に映る初号機を見ていた。フルオートでは無くて、バーストで射撃をしながら移動している。

 明らかに、劣化ウランの粉煙を利用して使徒に接近している。

 最初から劣化ウラン弾の特性を理解し、それを利用しているのだとリツコは悟った。

 だが、劣化ウラン弾が砕け散るという事は、相手にダメージを与えていないと言う事だ。

 苦労して開発した武器が役に立っていないと分かり、少し落胆してしまった。


『敵の正面と側面に射撃を加えるも効果無し。パレットライフルは効果無しと判断する。准将、棍を出して下さい!』

『分かった。すぐに出す!』

「何を勝手な事を言っているのよ。あたしの指示に従いなさい!」


 自分抜きでやり取りしているシンジと不知火の会話に、目に暗い光を宿しているミサトが割り込んだ。

 ここで引き下がっては、次からは使徒戦に関われなくなるかも知れない。ネルフに入ったのは憎い使徒を倒す為だ。

 ミサトは自分の指揮で使徒を倒せる機会を見逃すつもりはまったく無かった。

 ミサトを止めるべきか、冬月は迷っていた。

 ミサトの様子がいきなり変わったのは、ゼーレの施した精神誘導が発動したのだろうと推測していた。

 確かにミサトのしている事は越権行為で、パイロットであるシンジの注意を逸らす行為だ。

 だが、ここで初号機が危機に陥れば、初号機に眠る彼女が覚醒するかもしれない。

 そう考えて、冬月がミサトを制止する事は無かった。それが、後々後悔の種になる事も予想がつかなかった。


 不知火とシンジはミサトを無視する事にした。目の前に敵がいるのだ。敵を前にして内輪揉めなど出来るはずが無い。

 そうしている間にも、初号機はパレットライフルを捨てて棍を構えた。

 既に劣化ウラン弾の粉煙は収まり、使徒は初号機と正対している。使徒は二本の光の鞭を自在に操り、初号機に攻撃を加えた。

 光の鞭の速度は速い。見てから動くのでは遅い。勘と予測からくる回避行動で何とか避けている。

 回避が間に合わない鞭は、ATフィールドでコーティングした棍で撥ね返した。

 棍が敵の光の鞭に有効だと判断したシンジは、次の行動に移ろうとしていた。


『これより、使徒殲滅行動に移ります』

「待ちなさい!! あたしの命令を聞きなさい!!」


 初号機が棍を持って使徒に突っ込んで行くのを見て、ミサトはマイクを口に近づけて思い切り怒鳴りつけていた。

 ミサトのあまりの声量にシンジは耳が麻痺して、一瞬動きを止めてしまった。

 その時、使徒の光の鞭が足首に絡まり、初号機は空中に投げ飛ばされた。

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 使徒に投げ飛ばされたが、受身を取った事と衝撃緩衝液の為にシンジにダメージには無い。少々耳鳴りが残っているくらいだ。


(【ウル】は大丈夫? あの程度の怒鳴り声で隙を作るとは、ボクも修行が足りないな)

(我は大丈夫だ。ダメージは無い。まだまだ戦える)

(了解。やられっ放しは趣味じゃないから、きっちりとお返しをしないとね)


 シンジは【ウル】と短い会話を済まして立ち上がろうとしたが、その時アラーム音がエントリープラグ内で鳴った。

 小さな画面が開いて、初号機の指の中に居る第壱中学の制服を着た三人の姿が映し出された。

 鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリの三人の名前がモニタの下に表示されていた。

 三人は怯えた表情で震えながら、初号機を見上げていた。


(シェルターから出てきたのか? 馬鹿な!?)


 追加攻撃だろう、使徒から光の鞭が初号機に向かった。初号機は棍に鞭を巻きつかせて防御した。

 ここで初号機が急激な動きをすれば、土砂に巻き込まれて三人の命は無いだろう。

 使徒の鞭は二本。一本は棍で巻き取ったが、後一本の鞭はフリーの状態だ。次の使徒の攻撃をどうするかが問題だ。

 三人を守れば初号機は負ける。初号機が負ければサードインパクトだ。(ネルフが言った事が本当だったらだが)

 普通の人はどちらを選ぶだろうか? シンジは瞬時に判断を下して、次の行動に移った。

***********************************

「す、凄い! 凄すぎるよ!!」


 トウジと一緒に非常出口から地上に出たケンスケは、目の前の状況に大きな歓声を上げた。

 エヴァンゲリオンと敵の怪物が、遠いとはいえ肉眼で見える。前から見たいと思っていた光景が眼前にあるのだ。

 ケンスケは興奮状態になっていた。戦場は危険だと知ってはいたが、興奮した為に冷静な判断は出来なかったらしい。


「トウジ、ここじゃあ見えにくい。あっちに行こう」

「お、おお」


 ケンスケは戦闘が良く見えるようにと、トウジを誘って高台に移動した。この時のトウジの反応は鈍かった。

 初号機と使徒との戦闘にトウジは圧倒されていた。いや、本物の戦場に恐怖を抱いたのだ。

 ケンスケの思惑に乗ってシェルターから出てきた事を後悔したが、見栄もあって怖いから戻るとは言えなかった。

 高台に移動すると、周囲に障害物が無い為に戦闘がよく見えた。

 ケンスケは父親のデジカメを取り出し、戦闘の撮影を始めた。

 本来は所持禁止なのだが、父親の使っていないカメラをこっそり学校に持ち込んでいたのだ。


「すげえよな。トウジもそう思うだろう」

「あ、ああ」


 ケンスケは戦闘に熱中して、トウジの異常に気がつかなかった。トウジは足の震えを抑えるので、精一杯だ。

 そこに聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。声には苛立ちと怒りが込められているのがはっきり分かる。


「鈴原、相田君。何をしているの!?」

「「委員長!?」」

「非常ドアが開いていたから、まさかと思って来たけど、何を考えているのよ! 早くシェルターに戻るわよ!!」


 ヒカリは二人を睨みつけていた。二人が女子トイレで覗きをしていないか、心配で探しに行ったら非常ドアが開いていた。

 まさかと思いながらも、慌てて追いかけてきたのだ。戦闘の見物など暢気にしている場合では無いだろう。

 直ぐに二人を連れてシェルターに戻ろうとした時、初号機が三人目掛けて投げ飛ばされてきた。


「「うわあああああーーーー」」 「きゃああああああああ」


 強烈な風圧が三人にかかって、土砂が空中に巻き上げられた。地面が大きく振動し、三人は立っていられずに地面に倒れ込んだ。

 そして土砂煙が落ち着き、目を開くと巨大ロボットの指の間が見えていた。

 幸運だったのだろう。初号機の落下ポイントが、一mもずれていれば三人は生きてはいない。

 敵の怪物の光る鞭のようなものが、巨大ロボットの右腕が握っている長い棒のようなものに巻きついた。

 だが、巨大ロボットは直ぐには動かない。


「ど、どうなっているのよ?」

「何で戦わんのや?」

「俺らが邪魔で戦えないんだよ」


 三人ともパニック寸前だった。辛うじて理性を保っている状態だった。

 これが三人では無く一人だったら、既に収拾はつかなくなっていたろう。

 次の瞬間、三人の周囲を白っぽい膜のようなものが覆うと、巨大ロボットは動き出した。

***********************************

 本発令所のモニタにも、初号機の指の間で蹲っている三人の姿が映し出されていた。


「な、何で民間人がこんなところに!?」


 リツコがヒステリックな悲鳴を上げた。避難警報が出ているから、民間人全員はシェルターに避難しているはずだ。

 シェルターから態々出て来たと言うのか? 他のネルフの職員も一瞬唖然とした表情になっている。それはミサトも同じだった。


「シンジ君のクラスメート ………?」

「何故、こんなところに?」


 既に一般市民の避難は終了しているはずだった。戦場に中学生がいるはずが無かった。なのに居る。

 本発令所の職員は一瞬狼狽した。


 本発令所で一番早く復帰したのはミサトだった。目に暗い光を宿したままだが、その光が僅かに減った。

 そして表情を改めて、シンジに命令を出した。


「EVAは現行状態でホールド。日向君、エントリープラグ排出。急いで! その子達をエントリープラグに入れるのよ!」

「駄目です。初号機の制御は第二発令所からしか出来ません。ここからは操作出来ません」


 自爆装置などの件もあって、本発令所からは初号機に接続出来ないように設定が変更されていた。

 だが、本発令所に機能があったら、日向はエントリープラグの排出を行っただろうか?

 ネルフ側からでは初号機への強制アクセスは出来ないが、それでもリツコにはミサトの命令は見過ごす事は出来なかった。


「許可の無い民間人を、エントリープラグに乗せられると思っているの!?」

私が許可します!

「越権行為よ、葛城三尉!」


 これ以上のミサトの越権行為を許せば、ネルフ全体に処罰が及ぶとリツコは判断した。最悪は戦闘に負ける可能性もある。

 だが、リツコの制止はミサトに何の影響も与えなかった。ミサトは堂々とした態度で宣言した。

 リツコとミサトは睨み合いになって、本発令所に険悪な雰囲気が漂った。それを察した冬月は慌てながらも介入を始めた。


「葛城君、止めたまえ!」


 これ以上のミサトの介入は、自分でも庇いきれないだろうと判断した為でもある。

 そもそもミサトには作戦立案しか権限が無いのだ。仮に戦闘指揮の権限があったとしても、階級に応じた責任しか取れない。

 それに現状では完全に越権行為をしているのだ。何時までも国連軍が黙ってはいないだろう事は容易に想像出来た。

 迷っていたセレナがようやく決意して介入しようとしたが時は遅く、国連軍の保安部員が銃を構えて本発令所に突入して来た。


「葛城三尉を作戦妨害と利敵行為の罪で拘束する。反論は認めない。抵抗すれば射殺する」

「な、何よ、作戦妨害と利敵行為って!? そんな事はして無いわよ!」

「ま、待ってくれ!」


 ミサトと冬月の声にも保安部員は動きは止めず、銃を向けた状態でミサトに手錠をかけた。

 さすがのミサトも、銃を突きつけられて抵抗すれば射殺すると言われれば、抵抗は出来ない。他の職員も黙って見ているだけだ。


「不知火准将からの伝言です。『葛城三尉を作戦妨害と利敵行為の罪で拘束する。

 邪魔するものあらば、ネルフ司令といえど射殺する。葛城三尉の上官も後で処分を下す』以上です」


 国連軍の保安部員の言葉を聞いて、冬月は顔が青くなっていた。不知火の怒りのレベルが分かったのだ。

 慌てて第二発令所に連絡を取ろうとするが、オペレータからは『戦闘中なので取り次ぎ不可』という答えが返ってくる。

 まあ当然だろう。敵を前にして要らぬ話しをするなど、馬鹿のする事だ。

 その時、画面に映る初号機に動きがあった。

***********************************

 ミサトの拘束命令を出すのが遅れた事を、不知火は後悔していた。

 ミサトの割り込みの為に初号機は投げ飛ばされ、シェルターから出てきたのであろう中学生が側にいる。

 兵装ビルからの攻撃では、使徒への牽制にもならないと分かっている。シンジに任せるしか無い。

 ミーナはオペレータとして、ミーシャとレイは隅の椅子に座って、心配そうにモニタを見つめている。

 救いは、これ以上の邪魔が入らない事だ。画面に映るシンジの目は輝きを失っていない。戦闘意欲は大丈夫だろう。

 モニタからシンジの雄たけびが聞こえてきた。

***********************************

<ユイン、近くに居る?>

<はい、側にいます。状況は理解しています。あの三人の周囲には、私がシールドを張ります>

<ありがとう。頼んだよ>


 自分は人に有らざる能力を持っているが、万能でも正義の味方でも無いと考えている。

 あの三人を守ろうとして、戦闘に負ける事など許される事では無い。

 最終目的はサードインパクトを防ぐ事だ。小事に囚われ大事を失うなど、あってはならない事だ。

 他に手段が無ければ、三人は見捨てる。(寝覚めは悪くなるだろうが)

 ユインがシールドを張ってくれれば、直撃さえ無ければ三人は大丈夫だろうと判断した。


(【ウル】、ATフィールドの二重化を行う。協力して!)

(承知!)


 シンジは棍のATフィールドを二重に張り巡らせて、光の鞭を弾き飛ばした。

 気を初号機全体に張り巡らせて、一瞬で使徒に接近した。『縮地』と呼ばれる技である。

 そして敵の弱点である赤い玉を目標にした。

 光の鞭は速いが敵本体の動きは緩やかだ。敵の懐に入りさえすれば何とかなる。そして懐に入った。

 縮地での移動速度を保ったまま、棍を突き出して使徒の赤い玉を貫いた。

 前回の使徒の赤い玉は不完全破壊だったが、今回は完全に破壊した。

 敵の自爆を用心して距離を取ったが、今回は自爆は無いようだ。使徒は轟音を立てて地面に倒れこんだ。


『目標……完全に沈黙しました!』


 本発令所のオペレータの青葉から連絡が入った。その連絡を聞いて、シンジは深い溜息をついた。


(【ウル】、ありがとう。散々邪魔は入ったけど、【ウル】のおかげで勝ったよ。さすがだね)

(煽てても何も無いぞ。だが我も存分に動く事が出来た。満足だ)


「不知火准将。敵の殲滅を完了しました」

『御苦労。体調はどうだ?』


 エントリープラグ内のモニタに不知火の顔がアップで映し出されて、少々心配げにシンジの体調を聞いてきた。


「精神的疲労はありますが、怪我も無いですし大丈夫ですよ。用件が二つあります。一つは葛城三尉の処分です。

 最低でも重営倉入りでしょうが、話しがありますので格納庫に拘束状態で連れてきて下さい。その後の処分は准将にお任せします。

 もう一つは、この使徒の処理です。ジオフロントの我々の管理エリアに、このまま運びますから受入手配を御願いします」

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「目標……完全に沈黙しました!」


 青葉の報告でミサトを除く他の職員は、EVAを使った始めての使徒殲滅を喜んでいた。

 前回の使徒は北欧連合の天武で倒された。ネルフはEVAを擁しているが、使徒殲滅の実績が無かった。

 やっと自分達の組織が造ったEVAで、使徒を倒せる事が出来たのだ。喜ぶのは当然だろう。

 セレナも同様に安堵の溜息を付いていた。シンジを初号機に乗せ、成果を上げる事が出来た。

 ミサトの暴走が気になったが、結果オーライと言える状況だろう。

 補完委員会への報告書には、ネルフの戦闘妨害行動を書き記すつもりだった。


 ミサトは落胆していた。国連軍の保安部に拘束され、そして自分は何の関与も出来ぬまま使徒が殲滅された。

 まだ本発令所を出ていなかったミサトは、初号機が使徒のコアを貫く光景をしっかりと見ていた。

 肩を落として保安部員に連行されていくミサトを、冬月以下は複雑な表情で見送っていた。


 ミサトの暴走はあったが初号機が無事に使徒を倒した事に、冬月は安堵の表情を浮かべていた。

 初号機が覚醒しなかった事は残念だったが、次のチャンスもあるだろうと思い直していた。

 ミサトは国連軍に連れていかれたが、後でフォローしておけば良いだろう。

 精神誘導されている事でミサトは暴走し易くなっているが、逆にこれを初号機覚醒に利用出来るかもと考えていた。

 一通り状況を確認して、冬月は倒された使徒を眺めた。コアのみが破壊されて、それ以外に損傷は無い。

 S2機関の解析の為の良いサンプルになるだろう。

 リツコが喜びそうだと思っていたが、シンジと不知火の会話を聞いて、慌てて会話に割り込んだ。


「ま、待ってくれ。あの使徒はネルフが処理する。ジオフロントに運び込む必要は無い」

「そ、そうよ。ロックフォード少佐は疲れているでしょう。早く戻った方が良いわ」


 リツコの目の色が変わっていた。冬月が思った通りに、あの使徒を解析出来ると思ったリツコは狂喜した。

 科学者としての性だろう。それが、シンジに横取り(?)されては堪らない。


『いいえ、この使徒はボクが解析します。解析レポートは気が向いたらそちらに渡しても良いですよ』


 シンジは冷ややかな笑いを浮かべていた。

 コアのみが破壊された使徒の残骸だ。調べがいがあるだろう。これをネルフに渡すなど、勿体無い事は出来ない。

 ネルフが機密にしている使徒の秘密の一部が、解明出来るかも知れない。このチャンスを逃がすつもりは無かった。


「委員会から使徒の情報は機密しろと言われているんだ。君達が解析するとまずいんだよ」

『それはネルフの都合であって、我々には関係無い事だ。補完委員会から我々に何も連絡は無い。

 あれはロックフォード少佐が倒したのだ。ネルフは邪魔しかしていないだろう。あれの解析ぐらい当然の権利だ』


 不知火もシンジをフォローした。国連軍としても、使徒の情報は欲しいのだ。

 ネルフが使徒の情報を機密扱いしているから尚更だ。今回は使徒の情報を得る良い機会である。冬月の抗議など聞き流していた。


「だがね『葛城三尉が邪魔をしてくれましたが、副司令は制止もしませんでしたよね。

 あなたも利敵行為をしたのですよ。あなたも処罰の対象になりますよ! それが分かって言ってますか!』
……」

「で、でもね「黙りなさい!!」……ミス・ローレンツ!?」

「特別監察官の立場で言わせて貰いますが、ネルフは彼らの邪魔をしたのですよ。利敵行為をしたのです。

 それを謝罪もせずに自己主張とは何を考えているのですか! 恥を知りなさい!!

 不知火准将にロックフォード少佐。その残骸の処理はお任せします。後ほど正式な謝罪をさせて頂きます」


 補完委員会の代理として特別監察官という立場にあるが、セレナは人類補完計画は知らされていなかった。

 いくらゼーレの議長の係累とはいえ、人生で一番輝いている時期の、しかも絶世の美女と万人が認めるような美女に、

 人類全体を巻き込んだ集団自殺など話せる訳は無い。否だと言われるに決まっている。

 補完委員会からは、自己の能力研磨と北欧連合の情報収集、そして北欧連合との摩擦を出来るだけ避けてネルフの有利な

 ように事を運べと言われているセレナにとって、ネルフの態度は我慢出来るものでは無かった。セレナの矜持が許さなかった。

 その為に、ネルフのスタッフとセレナの対応に差が発生していた。

 冬月とリツコはセレナが全部を知らされていないと察したが、この場でセレナに反論する事は無かった。


『ほう、話しがわかるな。そういう事だ、冬月二佐は黙って見ていろ!』

『……場をまとめて頂きましたからね。礼を言わせて頂きますよ。ミス・ローレンツ』

「いえ、当然の事をしただけですわ。後で伺わせて頂きますから」

『うむ』

『……分かりました。では』


 セレナが来ると騒ぎになるなと思いつつ、シンジは本発令所との通信をカットした。

***********************************

 シンジは使徒の残骸をジオフロントの国連軍と北欧連合の管理エリアに持ち込んだ。

 既に不知火の手配の下、技術と保安部の要員が待機していた。彼らに使徒の残骸を渡して、格納庫に戻っていった。

 エントリープラグから出ると、ミーシャとレイが笑顔で待っていた。


「お疲れ様でした」 「お疲れ様、お兄ちゃん」


 レイから渡されたタオルで顔を拭った。

 LCLでは無いので血の臭いは無いが、衝撃緩衝液の為に少々粘っこい。この後はシャワーを浴びる予定だ。


「ありがとう。邪魔が入ったから、少々危ない事になったけど無事に帰ってきたよ。心配かけてごめんね」

「いえ、シン様なら、あの程度の危機では大丈夫と思っておりました」

「うん。お兄ちゃんを信頼してたから大丈夫よ。怪我も無くて良かったわ」


 確かに二人が心配したのは事実だが、シンジは無事に帰ってきたのだ。二人の安心しきった表情だった。


「この後は、シャワーを浴びてから第二発令所に行くから、先に行って待っていて」

「分かりました」 「分かったわ」


 二人が格納庫を出て行くのを見届けてから、保安部に拘束されたミサトに視線を移した。

 ミサトは保安部の二人に両脇を抱えられ、さらには手錠までされて項垂れていた。その態度から見れば、少しは反省しているのだろう。

 だが、満足な作戦を立案出来ずに無断で初号機を射出させ、さらには戦闘中にも割り込んできた事は許せるものでは無かった。

 二年前に中東の捕虜収容所で会ったのが最初だった。次は前回の使徒が来襲した時だ。

 あの時はリツコと一緒になって初号機に乗れと迫ってきた。まるっきり上から目線で命令された。そして今回の暴走だ。

 やたらと自分に干渉してくる。ミサトにはミサトなりの事情があるだろうが、それをシンジが受け入れる道理は無い。

 ミサトは十分な大人だ。大人とは自分を自制出来なければならない。それが出来ない大人は社会の不適切者である。

 シンジはそう考えていた。組織も違うミサトの事情を考慮する必要を、シンジは感じていなかった。自然と口調も荒くなった。


「使徒を迎撃する作戦を立案出来ずに、初号機を無断で射出。さらには戦闘中に強制的に割り込んできての戦闘妨害。

 運が悪ければ初号機は使徒に負けてましたよ。これは立派な利敵行為です。何か申し開きする事はありますか?」

「……ごめんなさい」

「謝れば済む問題じゃ無いでしょう! 三尉のあなたにどんな責任が取れるんですか! はっきり答えて下さい!」

「……次の使徒の時にはちゃんとして見せるわ! それで責任を取るわ!」


 ミサトは顔をあげてシンジを真剣な目で見つめた。その目に暗い光は無かった。

 シンジはミサトに不審なものを感じ取る事は無かった。何故ミサトはあんな事をしたのか、シンジは疑問に感じていた。


「何故、戦闘妨害をしたんですか? その理由は?」

「…………」


 真実はミサトに対して二度も行われた精神誘導の為だが、ミサト本人は自分が感情を抑制出来なかった為だと思っている。

 複雑な感情を抱いているシンジに、自分の未熟な事を正直に伝える事はミサトのプライドが許さなかった。

 その為、シンジの質問に答える事無く、ミサトは目を伏せて沈黙を守っていた。

 そんなミサトを見て、シンジは内心で溜息をついていた。

 ミサトには何らかの事情があるようだが、それはミサト個人で管理するものだ。それが大人というものである。

 組織も違う事もあり、ミサトの事情を細かく聞くような御節介はする気は無かった。

 それにミサトが使徒戦で暴走するなら、それはネルフの失態を呼び込む鍵にもなると考えた。

 ミサトが自分達に悪影響が出ないように注意さえすれば、暴走を逆に利用出来るかも知れない。

 どの道、組織が違うミサトに厳罰を与えたり、追放処理をするには本国経由で申請しなくてはならない。

 その面倒を嫌ったシンジは、ミサト個人には重営倉入りだけで見逃す事を決めていた。


「御手数かけて申し訳ありませんでした。葛城三尉を重営倉に連れて行って下さい」


 シンジの言葉にもミサトは反応しなかった。そしてそのまま大人しく重営倉に連行されて行った。

***********************************

 シャワーを浴びてさっぱりしたシンジは、軍服に着替えて第二発令所に向った。

 第二発令所では、ミーナ、ミーシャ、レイが笑顔で迎えてくれた。冷たい飲み物も用意してあった。

 だが、第二発令所は冬月の抗議の声で騒がしかった。

 セレナが本発令所を退出したとたんに、第二発令所との通信回線を開いたのだ。


『だから、使徒の解析は我々が行わなければ、まずいんだ。使徒をこちらに渡して欲しい』

「聞けんな。どうして葛城三尉の妨害や利敵行為を制止も謝罪もせずに、ネルフの権利ばかりを主張する?

 あの特別監察官も言っていだだろう。それに、倒した使徒の残骸をどうするかは取り決めていない。

 だから、我々が解析しても問題は無い。それ以上言うなら実力行使をしたらどうだ? 堂々と受けて立つぞ!」


 冬月と不知火の舌戦はまだ続いていた。だが、辟易した顔で、冬月に最後通牒を告げた。

 こちらとしては、邪魔をしてくれたネルフの立場など考慮する必要は認めない。

 確かに、第三新東京だけに限定すれば、ネルフの方が圧倒的に人数は多い。

 実力行使をしたら、使徒の残骸は入手出来るだろう。だが、力押しをすれば報復が待っている。必ずネルフは潰される。

 そして、旧常任理事国六ヵ国にも累は及ぶ。それが分かっているから、ネルフは実力行使は出来ない。


 諦めきれない顔をした冬月に、シンジは冷笑を浴びせた。


「冬月二佐。あの使徒はボクが解析します。これは決定事項です。文句があるなら補完委員会に報告すれば良いでしょう。

 そして、これ以上文句を言うなら、こちらとしても葛城三尉の行動を正式に問題にします。

 彼女の越権行為で初号機は危機に陥りました。ボクも被害を受けました。つまり、ネルフはボクに干渉をしたのですよ。

 前回は常任理事国六ヵ国の賠償金で済ませましたが、今回はどうしましょうかね。

 特別監察官の口添えがありましたし、あの使徒の事を二度と口に出さないのであれば、葛城三尉の重営倉だけで済ませますが」


 シンジは冷笑を浮かべながら、冬月に最後通告していた。こちらとしても、使徒の情報を得る良い機会でもあるし、

 これほど冬月が粘ると言う事は、ネルフの損失になると言う事だと判断していた。


『…………』


 これ以上文句を言うと、休戦条約の破棄だなどと言われかねないと悟って、冬月は口を閉じた。使徒のサンプルは確かに欲しいが、

 再度、休戦条約の破棄が騒がれたらネルフの司令部は全員が罷免される。それは自分の死を意味していた。


 冬月が押し黙ったのを確認して、シンジは事後処理を進めようとトウジ達三人の状況を聞き出した。


「それはそうと、シェルターを抜け出した三人は、ネルフの保安部が確保してあるんですよね?」

『ああ、そうだ』

「では、取調べをする時はボクも立会います。彼らの親も呼んで下さい。準備が出来たら、第二発令所に連絡を入れて下さい」

『……ああ、分かった』


 敗北感に苛まれながらも、冬月はシンジの要請に頷いたのだった。

 内心では、委員会にどうやって言い訳をしようかと考えていた。

***************************************************************************

 ネルフの取調べ室

 トウジ、ケンスケ、ヒカリの三人は、擦り傷程度の怪我を負った状態で、ネルフの保安部に保護されていた。

 サングラスを掛けた黒服の人に連れられて部屋に案内され、ここで待つように言われたのだ。

 この部屋に来て一時間が経過していた。その間は誰も部屋に来ていない。

 三人とも黙っていたが、緊張に耐え切れずヒカリが話し始めた。


「あ、あたし達はどうなっちゃうのかな?」

「……わからへん」

「だ、大丈夫さ、俺達は子供だよ。どうせ、お説教ぐらいで終わりだよ。心配する事無いって」

「本当?」

「ほんまか?」

「大丈夫だよ。日本には少年法があるのさ、大げさな事にはならないよ」


 ガチャ


「甘いな。ここは第三新東京だ。基本的には日本の国内法が適応されるが、ネルフの判断が優先される。

 これからの取調べ次第だけど、少年法に守られるなど期待しない方が良い」


 ドアが開いて七人の人間が入ってきた。その中の一人がケンスケに警告した。見知った顔だった。


「転校生!?」 「碇!?」 「碇君!?」

「トウジ!」 「ケンスケ!」 「ヒカリ!」


 取調べ室に入ってきたのはトウジ達の父親三人と、冬月、ネルフ保安部の部長、国連軍の保安担当、シンジの計七人だった。

 父親達三人はトウジ側の椅子に座り、シンジ達は反対側の椅子に座った。


「な、何で転校生がここにおるんや?」

「そ、そうだよ。やっぱりパイロットなんだろう?」

「トウジ、黙れ!!」

「ケンスケ、まだ懲りないのか!!」


 トウジとンスケの質問を、それぞれの父親の怒号が遮った。二人の父親は、シンジの立場を十分に理解していた。

 ここでシンジの事で騒ぎだてたら、余計に立場が悪くなる事は自覚していた。


「ボクはネルフでは無く、国連軍に関係している。だからここに居る。

 一応、君達の処分を下せる立場である事は言っておく。君達の父親よりは立場は上だよ」


 シンジの言葉を、三人の親は顔を青ざめて聞いていた。

 ここに来る前に、トウジ達三人がシェルターを抜け出して初号機の戦闘妨害をした事は聞いていた。

 そして、シェルターに被害が出た事も同時に説明されていた。


「君達の行動は監視カメラに入っていた。さて、鈴原君に相田君だったかな。何でシェルターを出たのかね。

 避難警報が出ていたのは当然知っていたね。何故、危険な外に出たのかね?」


 ネルフ保安部の部長が、ある程度優しい声で質問した。

 何時もは怒鳴り声だけなのだが、今回は相手が中学生という事もあって下手に出ていた。


「トウジ答えろ!」 「ケンスケ、お前のせいなのか?」 「ヒカリ!」

「答えたく無ければ、答えなくても良い。そこの洞木さんは、先に出た二人を追って出た事が分かっているから。

 だけど鈴原に相田。特に相田は所持を禁じられたはずのカメラを持っている。

 そして、戦闘状態をカメラに撮った事も分かっている。君達にはスパイ容疑が掛かっているんだ。

 スパイだと判断されれば、最悪は銃殺が待っている。ここでは少年法など通用しない。甘い考えは捨てるんだな」


 シンジが冷たい表情で警告した。そこにはクラスメートに対する思いやりは無い。単に戦闘妨害を行った人間に対する対応だ。

 そして、父親がネルフ職員であっても関係無い。逆に厳しい処置をする必要がある。

 犯罪を犯した身内に甘いなど、許される事では無いのだ。


「彼の言った事は本当だよ。脅しでも無い。君達はシェルターを出ただけで無く、戦闘を妨害する行為も行った。

 そして、君達がシェルターを出たせいで、シェルターに被害が出てしまった。正直に答えるんだ」


 国連軍の保安担当も口を添えた。


「……ケンスケが、外のドンパチが見たいと言って ……」


 トウジが周りの圧力に屈して、顔を青くしながら話し出した。

 同世代の中では威勢が良くても、大人の中に入れば普通の子供と変わらない。背を丸めて、泣き出しそうな顔で答えていた。


「ば、馬鹿!?」


 ケンスケが小声でトウジに抗議した。馬鹿正直に答える事なんて無いと考えていたのだ。

 だが、変に小細工をしてばれた場合どうなるか、考えてはいないのだろう。若さ故の思慮の浅さかも知れない。


「ただの好奇心でシェルターを抜け出したのか? そう言えば、洞木さんは二人を探す為にシェルターから出たのかい?」

「は、はい。探しに行ったら非常ドアが開いていたので、まさかと思って探しに行きました」


 ヒカリはシンジの質問に丁寧に答えた。クラスメートだが、ここではシンジの方が立場が上だと理解していた。


「確かに監視カメラの映像もそうだしね。間違いは無いでしょう。冬月二佐、彼女はもう良いのでは?」

「うむ、そうだな。洞木一尉、娘さんを連れて退席しなさい。ここで見た事は口外しないよう説明するように」

「はっ、分かりました! では失礼します!」


 洞木一尉は冬月達に敬礼し、ヒカリを連れて部屋を出て行った。後でお説教があるのだろうと思い、ヒカリは肩を落としていた。

 部屋に残るのは、鈴原親子と相田親子だ。


「さて好奇心からシェルターを出た訳だ。それが、どんな結果になるかも考えずに。特に相田、何故カメラを持っている?

 所持は禁止されていたはずだ」

「そ、それは私のカメラです。最近使っていなかったので、息子が持ち出したのでしょう。申し訳ありません」


 ケンスケの父親が、申し訳なさそうに弁明した。

 以前にシンジから直接警告を受けており、中途半端な言い訳は通用しないと思っている。

 今回は戦闘妨害までしてしまった。半端な処分で済むはずが無いと覚悟している。


「ロック ……碇君、疲れているだろう。休んだ方が良いのでは無いかね」


 冬月はロックフォードと言いそうになったのを、慌てて言い換えた。

 ロックフォードの事がばれたら、中学に行かないと言われている。今、シンジが中学に行かなくなられてはまずいのだ。

 それに目の前の二人の少年がチルドレン候補であるので、冬月は二人がパイロットになるような布石を打つつもりだった。

 その為には、シンジは居ない方が好都合であった。


「……後はネルフが処分を下すと……まあ、良いでしょう、処分はネルフに任せますよ。

 後で二人の処分内容を連絡して下さい。甘い処分で済ました場合、冬月二佐も処罰対象になりますからね」


 シンジは冬月に警告を発して、国連軍の保安担当と一緒に部屋を出て行った。

 確かに疲労が溜まっており、休息が必要な状態だった。

 既にトウジとケンスケに興味は無い。ある程度の処罰が行われ、二度と同じような事が起きなければ良い。

 もっとも、シェルターのセキュリティ機能の見直しを、不知火に申請するつもりだった。

***********************************

 残されたトウジとケンスケは混乱していた。シンジはネルフの所属では無い。国連軍に関係がある。そう確かに聞いた。

 目の前の会話はそれを裏付けるものだ。だが、ネルフの二佐に対して処罰の対象になるなど、普通は言えるものでは無い。

 シンジの立場はどういうものなのか? 特に軍事知識が中途半端にあるケンスケは不思議に感じていた。

 シンジ達が出て行った後は、ネルフのみのメンバー構成になった。


「さて、状況を説明しておこう。まず君達がシェルターを出て戦闘妨害をした訳だが、結果的には戦闘には勝利した。

 だが、君達を庇って戦闘に負けた場合は、人類は滅ぶのだよ。それが分かっているのかね。

 君達は単なる好奇心で、人類を滅亡させるような危険行為をしたのだよ。

 幸い熟練したパイロットだったので事無きを得たが、君達は死ぬ危険性が非常に高かったのだよ。

 ネルフは人類全体を守る為に存在し、敵と戦っているのだ。それを妨害する事の意味を分かっているのかね。

 中学生なら、非常事態宣言の意味を分からない事は無いと思うが」

「「…………」」


 トウジとケンスケは俯いたままだ。今更だが、自分達の行為を反省していた。二人の父親も黙って聞いていた。


「さらに、シェルターのドアを、開けたままにしたのが拙かった。あの戦闘でシェルターの付近で土砂が舞い、突風が発生した。

 それがシェルターの開いていたドアから、シェルターに流れ込んだ。

 機器の損害もあるが、シェルター内に避難していた民間人にも被害は出ている。君達のクラスメートだ。

 不幸中の幸いで死者は出ていないが、シェルター内に避難した人の約半数が骨折等の重軽傷を負っている。

 これも君達の行った事での被害だよ。もし人災だと判断されれば、賠償額は十数億円になるだろう」

「「そ、そんな!?」」


 トウジとケンスケの父親が同時に叫んだ。まさか息子がしでかした事で、そんな被害が出ているとは思っていなかった。

 戦闘妨害は問題だが、結果的には戦闘には勝利している。だが、シェルターの被害は出てしまった。

 言い訳が出来るレベルでは無い。そして、賠償請求が来るとしたら、ネルフでは無く二人の父親にだ。

 個人で賠償出来る額では無い。実行犯のトウジとケンスケは俯いたまま、顔を真っ青にしていた。

 単なる好奇心からシェルターを出た事が、こんな大事になるとは思ってもみなかった。それを後悔していた。


 冬月は二組の親子の状態を見て、頃合だと判断した。

 初号機への戦闘妨害だけであれば、説教だけで済ませて恩にきせて釈放するつもりだった。

 シェルターの被害でも、幸いにも死者はいない。

 人災では無く事故で済ませて二人のパイロット選抜の布石にしようと、ネルフに恩義を感じるように仕向ける事が目的だ。


「まあ費用は掛かるが、ネルフの病院で無償診療する事で、シェルターの被害は事故だと発表する事にする。

 流石に個人で賠償出来る額では無いからね。今回は特別だよ」

「「あ、ありがとうございます」」


 二人の父親は安堵の表情を浮かべた。トウジとケンスケも安堵の溜息をついていた。


「だが処罰はする。まずは鈴原一尉と相田二尉だが、一階級降格。そして減棒30%を六ヶ月とする」

「「分かりました」」


 二人の父親は頷いて了承した。十数億もの賠償を請求されるより、降格と減俸で済めば軽い処分だ。


「次に二人の子供だが、今回は特別に免除して訓戒だけとしよう。それと内密で頼みがある」

「なんでっしゃろ?」 「何でしょうか?」


 トウジ、ケンスケの声に元気が戻ってきていた。しでかした事を無かった事にしてくれるのだ。

 嬉しい事もあり、冬月の頼みを断る事は無いだろう。


「さっきの『碇シンジ』君だが、クラスメートだろう。彼と親しい関係になって欲しい。

 詳しくは言えないが、彼は複雑な環境でね。彼はネルフに所属していないが、我々としても彼をサポートする必要があるのだ。

 転校したばかりだろうから、この街に不慣れだろう。友人になって助けてやってくれないか」

「わかりました」 「はい」


 トウジとケンスケが頷いた。最悪は銃殺と言われたが、それが無くなり無罪放免だ。友人となる事ぐらいは何でも無い。

 二人は簡単に冬月の頼みを承諾していた。


「あのう、碇はパイロットなんですか?」

「ケンスケ、まだ懲りないのか!」


 ケンスケの父親が怒鳴りつけた。

 散々、詮索するなと言われ、脅しも受けたのに同じ事を繰り返す息子に、教育を間違ったかと後悔の念が過ぎった。

 取調室に来る前に、”ボクの事をパイロットじゃ無いのかと、息子さんに聞かれましたよ”と言われて、真っ青になった。

 放置すれば、同じ事をする可能性は極めて高い。

 シンジがパイロットである事を公表されては、機密保持規約に違反する。親として何らかの責任を取る必要があるのだ。


「……君達は、あの戦闘を見たのだったな。彼はパイロットでは無いが、ある意味重要な立場でね。

 これ以上は機密に抵触するので言えないがね。君達も彼の事は詮索しないようにな」


 シンジがパイロットである事を二人に伝えようかと冬月は考えたのだが、結局は止めていた。

 正直に二人に事情を説明してしまえば、シンジは冬月を責めて学校に行かなくなるだろう。

 まずはシンジに友人関係を作らせ、この街への足枷を作る方が急務だった。


 トウジは納得した。パイロットで無ければ、シンジに拘りは無い。殴りかかって返り討ちにあったが、遺恨には思っていない。

 ケンスケは、まだ疑問に思っていた。ネルフに所属せず、パイロットでも無いと言う。

 父親のIDでネルフの情報を見た時は、確かにシンジがパイロットだと表示されていた。

 冬月二佐はシンジがパイロットでは無いと言う。どちらを信じればいいのだろう。

 だが、自分の父親より上の立場で、ネルフの二佐にあんな口の利き方が出来るのだ。何らかの理由があるのだろうと思っている。

 うまく取り入れば、自分もネルフに関われるかもしれない。ケンスケは冬月の頼みを了承した。


 こうして鈴原親子と相田親子は解放された。二人の子供の精神状態は、冬月の望む状態だ。

 これが、パイロットの選抜の布石になるのだった。

***************************************************************************

 ミサトは重営倉に入れられて、二日目になっていた。

 重営倉の食事は、生命活動を最低限維持するだけの量しかない。そして寝具も無い。

 寛ぐ為の部屋では無い。反省を促す為の環境を備えたのが重営倉だ。

 その重営倉に拘束されているミサトの前に、白衣を着たリツコが姿を現した。


「どう、ミサト。少しは反省した?」

「リツコ! お腹が減ったの。何か食べるもの無い!?」

「馬鹿ね、この場でも監視カメラに映っているのよ。食べ物を持ち込んだ事がばれたら、あたしまで処罰の対象になるのよ」

「えーーー!?」

「いい加減にしなさい! あなたの初号機の無断発進。戦闘中の会話に強制介入しての作戦妨害。どれも問題になっているわ。

 本当に分かってるの? 今のあなたは作戦立案だけで、作戦指揮権限は無いの。

 作戦指揮はセカンドチルドレンが来るまで待ちなさいと、あれほど言ったのに!」

「で、でも」

「でもじゃ無いの。あなたの越権行為と妨害行為で、使徒のサンプルは彼らが持って行ってしまったわ。

 コアだけが破壊された理想的なサンプルよ。これが、あなたのせいで、彼らの手に渡ってしまったのよ。どういう事か分かる?」


 リツコとしては、補完計画を知らされていないセレナを責める気は無かった。

 毅然とした態度でネルフを断罪して、不知火とシンジに謝罪したセレナをリツコは密かに感心していたほどだった。

 それにセレナの公式謝罪によって、処罰はミサトだけに抑えられて冬月には及ばない事になった。

 冬月は使徒のサンプルをネルフに移管させようと補完委員会に直訴したのだが、逆にミサトの暴走を止められなかった事を

 深く追及されていた。結果として、セレナは信用を上げた。

 ネルフの被害としては使徒のサンプルの解析が出来ない事と、ミサトが処罰された事くらいで済んでいた。

 故に、サンプルの解析が出来なかったリツコとしては、怒りの矛先をミサトに向けたのだった。

 ミサトには精神誘導が為されており、使徒を見ると冷静さを失う事は分かっていた。

 それに使徒情報をミサトに伝える事が出来なかったにも関わらず、作戦を立案しろと強制しているのだ。

 客観的に考えれば、ミサトも被害者に含まれるだろう。だが、それでもリツコの感情は抑えられなかった。


「……ごめん」

「ごめんで済めば、警察は要らないわよ! 次の使徒戦は絶対に越権行為はしないでよ。

 弐号機が来ればミサトに指揮権が戻ってくるんだから、それまでは我慢しなさい!」

「分かったわ。次こそはちゃんとしてみせるわ!」


 ミサトは使徒戦が始まると自分の感情が抑えきれない事を恥じていた。そして次こそは完璧な作戦を立案してみせると誓っていた。

 だが、ミサトに掛けられた二度に渡る精神誘導の根は深い。それがどんな影響を及ぼすか、リツコには予想がつかなかった。

***************************************************************************

 ジオフロントの一角。

 国連軍と北欧連合の使用許可エリアの一画が、巨大なビニールで覆われていた。

 初号機に倒された使徒の残骸を外部からは見えないように、ビニールで覆っていた。

 ジオフロント内部という事もあって一般市民は当然見えない場所だが、ネルフから隠す意味であった。

 そこに測定機材を持ち込んで、シンジは使徒の解析を行っていた。当然、学校には行ってはいない。

 周囲には歩哨が置かれ、不用意に近づく人間を排除する。まあ、今まで侵入しようとした人間は居なかったが。

 この状況で、ネルフが使徒のサンプルを強奪するとは思えないが、用心は怠らない。


 そこに、シンジの許可を得たリツコと護衛一名が入ってきた。(リツコはシンジの催眠術を警戒し、一人で会う事はしない)

 最初の対応が拙かった事等があって、シンジが自分を嫌っている事をリツコは察していた。

 それでも使徒のサンプルに興味があったので、シンジを訪ねてきたのだ。ここら辺は科学者としての性であろう。


 作業現場には数人の作業員が散らばっていたが、シンジの側に居るのはレイだけだった。

 リツコは、レイを見て動揺した。リツコにとって、レイと会うのは第三使徒の時の初号機の格納庫以来であった。

 レイを洗脳していた事を、シンジの催眠術らしきものにかかって自白してしまった。その事がリツコの脳裏に蘇ってきていた。


 リツコが入ってくると、レイはシンジの左腕を胸に抱きかかえてリツコを見つめた。その瞳に憎しみの感情は無かった。

 レイの赤い目に見つめられて落ち着かなくなったが、顔には出さずにシンジに解析状況を訊き始めた。


「解析状況はどうかしら?」

「まあ、ボチボチというところですかね。こちらにどうぞ」


 嫌っているリツコの見学を許可したのは、リツコの反応を見る為である。善意からでは無かった。

 用心しながらもレイと一緒に、ユグドラシルUにつながれた測定機器のところへリツコを案内した。

 目の前には、使徒の巨大な残骸が横たわっていた。


「まずは使徒の構成物質のDNA解析を行いました。人間との遺伝子相違は0.11%だけ。

 逆に言うと、人間とは99.89%が同じという訳です。チンパンジーでもここまで似ていません。

 そして、初号機と目の前の使徒の遺伝子相違は0%。まったく同じものという結果が出てきました」


 シンジは視線を画面からリツコに向けた。だが、リツコに動揺した様子は無かった。

 この程度の事がシンジに知られてしまうのは想定内だ。それより、レイの遺伝子と使徒の遺伝子を比較される方を恐れていた。

 比較されれば、使徒の細胞を移植した人体実験をレイに対して行っただろうと責められるのは、分かりきっていた。

 そうなれば、ゲンドウとリツコは懲戒免職処分になり、身柄を北欧連合に引き渡される事になる。

 実際には、その前にゼーレに暗殺されるだろう。どの道、レイのDNA調査がされた時点でゲンドウとリツコの未来は無い。

 だが、シンジはそんな素振りは見せなかった。


「DNA解析はそんな結果で、構成物質は『粒子』と『波』の両方の性質を備える『光』のようなモノで構成されてますね。

 実に興味深いですね」

「動力源は分かったの?」


 今回の使徒はコアだけが壊された理想的なサンプルだ。本来なら自分が解析したかった。

 解明が進んでいないS2機関の解析のチャンスだったはずなのに。リツコの恨みは重営倉に入っているミサトに向けられていた。


「いえ、さっぱりですよ。これからの解析次第ですね。しかし、これほどDNAが人間と酷似しているとは思いませんでした。

 これだけDNAが近いのなら、同族と言っても良いでしょうね」

「同族? こんなに大きさが違うのに?」


 リツコは内心の動揺を隠して、レイを一瞬見てからシンジに質問した。

 レイは信頼を篭った目でシンジを見つめていた。リツコの視線に気が付いたが、レイに動揺は無い。

 シンジはレイの素性を知っているし、レイもシンジの秘密を全部では無いが聞かせてもらった。家族なのだ。


「大きさは構成物質の差でしょう。後はあの赤い玉が形状に影響しているみたいですね。

 この前の使徒の細胞も少しはあったので比較をして見ましたが、同じDNAパターンでしたよ」

「この前の使徒の細胞も持っているの?」

「ええ、少しだけですけどね。槍の穂先に使徒の細胞がこびり付いていましたからね。それを分析しました」

「……細胞サンプルを、分けて貰えないかしら?」

「ネルフは使徒の情報を持っているんでしょう。EVAが使徒ですからね。今更細胞サンプルなんて不要でしょう」


 リツコが話しを続けようとしたら、歩哨がいる方向から騒ぎ声が聞こえ、歩哨の一人がシンジのところにやって来た。


「少佐。ネルフの六分儀司令と冬月副司令が、護衛と一緒に来ています。中に入れろと騒いでおりますが、どうしましょうか?」

「……分かりました。二人だけ入れて下さい。護衛は駄目です。否なら帰れと言って下さい」

「了解しました」


 ゲンドウが来ると聞いて、レイはさらに強くシンジの腕を抱きこんだ。

 シンジはレイに微笑んで「大丈夫だよ」と話しかけ、レイの頭を撫でた。

 シンジに頭を撫でられてレイが微笑む様子を、リツコは不思議なものを見るような目で眺めていた。


 ゲンドウと冬月が使徒を見上げながら、シンジの方に近づいてきた。


「や、やあ。ロックフォード君。解析結果はどうかね」


 冬月が話しかけてきた。目の前のサンプルをネルフに移管させる為に補完委員会に訴えて、

 逆にミサトの暴走を抑えられなかった事を叱責されたが、顔には出さない。

 ゲンドウはシンジに抱きついているレイの方を注視していた。

 レイはゲンドウに視線は向けていない。シンジの腕を胸に抱いた状態で、シンジを見ている。


「赤木博士には言いましたけどね、人間とのDNA相違は0.11%だけ。

 そして、初号機とまったく同じDNA構成という事が分かりました。

 さすがにネルフですね。まさか使徒を使ってEVAを造るとはね。使徒の情報を機密指定にしているだけの事はありますね」

「そ、それは!?」


 冬月は返事に困った。DNA解析結果は出ている。適当な言い訳でシンジが納得する訳は無い。

 不用意な発言が、自分達の秘密をばらしてしまう結果になりかねない。自然と冬月は黙り込む事になった。


「この使徒のサンプルを渡せ!」


 ゲンドウはいきなりシンジに命令した。ゲンドウにはシンジに対する命令権は無い。

 それどころか、シンジはゲンドウを敵として認識していると公言している。

 そんな相手に命令するとは、何を考えているのだろうか? レイがシンジにべったりなのを見て冷静さを失ったのだろうか?

 だが、シンジは冷ややかな視線をゲンドウに向けた。


「お断りします。御願いでしたらこちらの解析終了後にネルフに渡しても良かったのですが、命令とあっては逆に引渡しを拒否します。

 こちらがネルフの命令を聞く義務も義理も無いと分かっているのに命令する。馬鹿ですか?

 力ずくというなら結構。今すぐやって下さい。その場合、結果がどうなっても全てネルフの責任ですからね」


 本音ではゲンドウには無関心なのだが、謀略の一環でゲンドウを憎んでいると言った手前、手荒な対応をする必要がある。

 心の中では面倒だとぼやきつつも、シンジが手を抜く事は無かった。


「六分儀、抑えろ! ロックフォード君、失礼した」

「まったくです。もうここへは来ないで下さい。この使徒は、こちらの解析後は焼却処分にします」

「待って! 御願い、サンプルを分けて欲しいの!」


 リツコが懇願した。S2機関は無理だとしても、使徒のサンプルがあれば、やってみたい実験項目は多いのだ。


「お断りします。ボクをモルモット扱いしたした上に、欠陥兵器しか開発出来ない癖に偉そうにしている赤木博士の依頼を聞く事など

 ありえません。上からの命令があれば、平気でパイロットを洗脳するんでしょう。だったら上の決定には従って下さい。

 どうしてもサンプルが欲しければ、使徒に関する機密情報を渡して下さい。それなら等価交換ですよ。

 そうですね、ネルフの司令が土下座でもしたら考えても良いですよ」


 シンジはリツコの頼みを速攻で拒否した。最初の時のリツコの態度が強く影響している為に、シンジはリツコを嫌っていた。

 そのシンジが対価も示さないまま、リツコの頼みを聞くなどありえなかった。おまけにゲンドウを揶揄する事も忘れてはいない。


「シンジ! 貴様!」


 以前に交わした契約の事も忘れて、ゲンドウはシンジを怒鳴りつけた。

 ゲンドウの常識では、子供が親を批判するなどあってはならない事なのだ。だが、シンジは冷笑で対応した。


「今までの会話は録音されています。六分儀ゲンドウは、ボクをファーストネームで呼んではいけない。

 最初の契約に入っていますよね。これで罰金十億が確定です」

「くっ! レイ、こっちに来るんだ!」

「嫌!! お兄ちゃん!!」


 ゲンドウはレイに手を伸ばしたが、シンジの後ろに隠れてしまった。そしてそれを見逃すシンジでは無かった。


「ぐっ!」


 シンジの右ストレートが、ゲンドウの顔面に炸裂してゲンドウは吹っ飛んだ。

 もっとも、かなり手加減して殴ったのだが。


「司令!」 「六分儀、大丈夫か?」


 リツコと冬月が慌ててゲンドウに駆け寄った。サングラスが割れて口から血が出ているが、手の甲で拭って立ち上がった。

 そんなゲンドウを見ているレイの瞳には、嫌悪感があった。シンジは呆れた顔でゲンドウの行為を指摘した。


「洗脳を命令した本人が何をしているんだか。ネルフはレイに一切干渉出来ないと最初に契約しましたよね。

 これで罰金十億が追加ですよ」


 騒ぎを知り、歩哨が駆けつけてきた。


「四人が帰ります。送っていって下さい。それと、以降はネルフの一切の立ち入りをボクの名前で禁止します。

 警戒態勢の強化を御願いします。不知火准将にはボクから話しておきます」


 今の経緯を録画したファイルを、補完委員会の公式受付アドレスに送付した。

 一緒にミサトの越権行為と利敵行為の事も同時に指摘しておいた。

 違約金二十五億円(五億はミサトの不始末分)が、シンジ指定の口座に振り込まれたのは、メールを送って四時間後の事だった。

(これが使徒戦のボーナスと思っていいかな)

 シンジは十億円をレイの新設した口座に振り込んで、五億円を国連軍と北欧連合のメンバーの生活環境改善費にしようと、

 不知火の執務室に向かって行った。






To be continued...
(2009.03.07 初版)
(2009.03.21 改訂一版)
(2011.02.26 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)


(あとがき)

 第四使徒:シャムシエルを殲滅しました。やっと原作の三話です。

 ですが、シンジ君の周囲環境も整いましたので、これからはペースは上がります。(多分ですが)

 セレナの見せ場も設けました。うーん、もうちょっと格好良い表現をしたいのですが、文才が無いからこの程度です。



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