第十一話
presented by えっくん様
マンション:談話室(宴会)
シンジ達の入居しているマンションの一階に、二十人以上を収容出来る部屋があった。
建設時に談話室として設置されていた部屋で、そこに十五人程が集まって酒盛りをしている。
出席メンバーは皇宮警察から派遣された人間と、国連軍から派遣されたメンバーである。
部署としては保安部が一番多いが、その他の部署のメンバーも居る。たまに、北欧連合の技術部メンバーも加わる事がある。
もちろん全員が非番である。保安部の当番は警備任務に就いている。
非番で恋人がいる訳でも無く、ただ部屋に戻って寂しく過ごすよりはと、親睦を兼ねて定期的に酒宴を開いていたのだ。
皇宮警察からの派遣メンバーと国連軍からの派遣メンバーの双方に、数は少ないながらも女性メンバーが混じっている。
護衛の対象に女性メンバーが含まれている為だ。
そして、派遣者が気を利かせたのか既婚者は含まれておらず、独身で相手のいない女性メンバーだけが派遣されていた。
「第三新東京に来る前は、どんなところかと心配したけど、来て見れば案外良い所だよな」
「そうね。部屋も結構良いし、食事も美味しい。仕事も楽な方かしら」
「来る前は、あの悪評高いネルフのお膝元に行くのかって身構えてたんだけどな」
「初期トラブルも、何とか収まったしね。ネルフも聞いてたほど高圧的な態度じゃないな」
「それは圧力を加えて権限を縮小した為よ。それが無かったら、あいつ等は威張り散らしているわよ」
最初は皇宮警察と国連軍の間は打ち解けてなかったが、今や殆ど垣根が無い。
愚痴を言い合える仲になっていた。カップルも数組出来上がっているほどだ。
「でも、ネルフの後始末で、これから仕事が増えそうだよ。シェルターの件は聞いたか?」
「ああ、聞いた。何でも中学生にシェルターから出られて戦闘妨害を受けた件だろう。
不知火准将が”中学生に破られる程度の機能しか無いのか!!”って、ネルフに怒鳴り込んでいたぜ」
「それ、あたしも聞いたわ。セキュリティ機構の改良に、あたし達も立ち会うんでしょ」
「面倒だけど必要な事だからな。俺のローテーションでは、明日の午後からだぞ」
「それを言えば、あたしは明日の朝からよ。三人を学校に送っていかなくちゃね。その後は護衛勤務ね」
「……何であの子達を俺達が送迎しなくちゃならないんだ? 命令とはいえ、子供の送迎とは情けなくなるよ。
学校まで歩かせるか、自転車にでも乗らせた方が良いんだろうにな」
アルコールが回り、顔が赤くなった皇宮警察から派遣されてきた男が愚痴った。
「あ、あなた知らないの!?」 「まさか皇宮警察は、教えていないのか!?」 「嘘でしょう!!」
国連軍から派遣されていたメンバーが、驚きの顔で聞き返した。
派遣前のミーティングで、シンジを含む護衛対象の事は説明を受けていた。
EVAのパイロットである事は当然含め、シンジが北欧の三賢者の魔術師であるという事も説明された。
(本来は隠すべき内容ではあるが、重要性を周知させる為とネルフから聞かされて衝撃を受けるよりは良い。という考えである)
参加者の反応は凄まじいものがあった。今まで噂でしか聞いた事が無かった魔術師が、若干十四歳という事だけで無く、
EVAと天武のパイロットである事が公表されたのだ。しかも、日本における核融合施設の最高責任者でもあり、
シンジの身に何かあれば増設予定の核融合炉発電施設の日程にも影響があるとの説明付きだ。
核融合炉発電によってエネルギー不足の危機から解消されつつあるのに、日程を遅らせる訳にはいかない日本の事情もある。
レイに関しても、以前はネルフの洗脳を受けていたが、EVAのパイロットの素質があると言う事も説明された。
ミーナとミーシャはシンジの家族であり、秘書役も務める重要人物である事もだ。
シンジ達が使徒戦の要と言う事は理解している。当然、護衛するにも気合は入っている。
護衛人物の重要度を認識せずに、護衛任務に就いていたと言うのか? 他の参加者の酔いは一斉に醒めてしまった。
「ど、どういう事だよ。あの子供達に何かあるのか?」
「……北欧の三賢者の魔術師って知ってる?」
「ああ知っている。北欧連合の科学者だろう。それと、日本の核融合炉施設の責任者だったかな。
もっとも、VIPだからプロフィールは非公開だろう」
「あの男の子の名前は日本名『碇シンジ』、北欧連合では、”シン・ロックフォード”という名前よ。
北欧の三賢者の魔術師で、EVAと天武のパイロットなの。階級は技術少佐。日本の核融合炉発電施設に関する責任者でもあるわ。
あの子に万が一の事があれば、北欧連合との政治関係は一気に悪化。当然、日本政府と皇室も責任を追及されるわね。
そうなれば核融合炉施設は凍結され、エネルギー不足問題が再燃するわよ。最悪の場合は、北欧連合と戦争になるわよ」
国連軍の女性の一人が呆れた顔で説明した。そもそも護衛の重要性を知らないで任務に就くなどありえない。
「あの子がか!! あんな子供が!! 何で、そんな超VIPが普通の中学に通ってるんだよ!!」
聞かされた話しの重要度を理解して、男の酔いも一気に醒めてしまった。
「今の話しは、部長から重要機密情報として派遣前に説明があったぞ。聞いていないはずは無い」
「そうよ、機密保持の誓約書にサインしたはずよ」
「……俺は、急遽山崎の替わりで派遣されたんだ。今の話しは聞いてないよ」
「急病になった山崎の替わりか! 分かった。上に話しておく。明日にでも誓約書にサインして貰うが、他言無用だぞ」
「内容を聞けば当然だろうな。当然誓約書にもサインはするさ。だけど、何でそんなVIPが中学に通ってるんだよ?」
確かに、VIPが普通の中学に通う事は、普通は有り得ない。VIPなら厳重な警護の中に居るのが普通だ。
男の疑問も、もっともなものだった。
「何でも最初はネルフからの要請だったみたいね。最初は行くつもりは無かったって言ってたわ。
仕事も忙しいし、警備も煩雑になるから周囲に迷惑をかけるからってね。でも、不知火准将も中学への通学を賛成したのよ」
「何で?」
「技術関係の仕事は一段落したみたいなのよ。ちょっと前に、関西に増設予定の核融合炉施設の監査に日帰りで行ったでしょう。
他にも技術者は居るし、監査程度で済むようになったみたいね。それに、EVAのパイロット任務の方の重要度が高いでしょう。
仕事でストレスを溜めるのは良くないし、息抜きを含めて中学に通った方がいいって事みたいね」
「あの歳で、そんな責任を負わされてはストレスも溜まるだろうしな。でも女の子の方は?」
「蒼い髪の女の子の名前は、”綾波レイ”よ。彼女も、EVAのパイロット候補よ。
あのEVAを動かすには、何でも特殊な才能がある子供じゃなきゃ駄目なんだって。
起動実験で失敗があったらしいんだけど、パイロットの素質はあるんだって。
アラブの女の子の名前は、”ミーシャ・スラード”。ロックフォード少佐の秘書も勤めているわよ」
「納得したか?」
「ああ。まだ信じられない部分もあるが、護衛の必要性は実感したよ。俺達じゃあ、あのロボットは動かせないんだろう。
あの子達に任せるしか無いんだろうな。こりゃ気合を入れなきゃな」
「他の人の気合は入っているわよ。今頃気合を入れるのは、あなただけよ」
「まったくだ。と言うか、今まで知らずに護衛任務に就いていたのかよ」
「そう言うなよ。事情は説明しただろう。まったく酔いが醒めちまったよ」
「こんな話を、酒を飲みながら出来るかよ。だが、もう良いだろう」
シンジ達の話しを聞いていなかった男は、頭を振り立ち上がった。
事情を知った今なら、今まで不満に思っていた護衛の仕事の重要性も認識出来る。
知らないまま仕事をしてきた事に恥ずかしいという気持ちもあった。
そして皆に謝罪してから、気持ちを切り替えて仕事に臨むのであった。
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二−A:教室
トウジとケンスケは顔に痣をつけたまま登校していた。二人とも親から体罰を受けていた。
それはそうだろう。一つ間違えば、自分の息子のせいで人類が滅亡したかもしれない。
それにシェルターの被害の件もある。損害請求されても、個人で支払える額では無い。
二度と悪さをしないように徹底的に説教をして、体に覚えこませる為に殴りつけたのだ。
二人とも、もう二度と避難警報発令中にシェルターから出ようなどとは、思わないだろう。
痣がある状態で学校に来たのだが、クラス、いや学校全体の雰囲気は暗く、活気が無かった。
出席している生徒の数が一気に減り、出席している生徒は、ほとんど例外無く身体のどこかに包帯を巻いていた。
それを見て、トウジ、ケンスケ、ヒカリの三人は罪悪感を感じていた。
シェルターから外に出る時に、非常ドアを開けっ放しにした事で被害が出た事を教えられた為である。(ヒカリは親から説明を受けた)
トウジとケンスケは教室に入ってシンジ達を探したが、姿が見当たらない。
冬月から”シンジの友人になって欲しい”と頼まれている。トウジは勘違いして殴りかかった事を謝ろうと思っていた。
ケンスケにしても盗撮をばらされた事で恨みはあるが、シンジと友人になる事自体は構わないと思っていた。
うまくやって、シンジ経由でネルフと関係を持つ事が出来るかもしれない。そう考えていた。
ちょっと考えれば学校中の女子生徒から冷たい視線を浴びるケンスケを、シンジが友人にするとは思えないのだが、
ケンスケ本人は、その事に思い至らず大丈夫だろうと思っていた。
何せ、ネルフの二佐の頼みだ。シンジも断るはずが無いという甘い考えであった。
だが、シンジは使徒の解析の為に学校には来ていない。
ミーシャとレイは、シンジが行かないのであれば、学校に来る気は無かった。
「ケンスケ。転校生の家の場所は分からんか?」
「駄目だね。異常にプロテクトが硬いんだ。学校の端末からじゃ無理だよ」
シェルターでの出来事は、事故によるものとして学校から通達されていた。冬月の言った通りだ。
それで済んだ事に、トウジとケンスケは内心では安堵している。ヒカリもそうだ。同時に罪悪感もあった。
学校中が沈んだ雰囲気の中、一日が過ぎ去っていった。
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シンジは一人で訓練ルームに居た。やっと使徒の解析が一段落したのだ。
不完全だが動力機関の解析も終了し、使徒の細胞サンプルを本国に送っている。
そして協力関係維持の為に、国連軍と戦自にも使徒の細胞サンプルを提供していた。(ネルフには渡していない)
長いデスクワークだったので、身体が運動を欲していた。まあ、パイロットとして肉体を維持する必要もある。
簡単な準備運動、そして演舞を行った。
そこに、日向、青葉、マヤの三人が訓練室に入って来た。三人の目的はシンジと話し合って協力体制を築く為だった。
シンジの運動が終わってタオルで汗を拭っていると、マヤがスポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出してきた。
「はい、お疲れ様。これは冷えているわ。どうぞ」
「折角ですが結構です。飲み物は用意してありますから」
そう言って、スポーツバックからペットボトルを取り出して飲みだした。
結構温い。冷たい飲み物が欲しくなったが我慢した。”武士は食わねど高楊枝”という言葉を思い出していた。
シンジに拒絶されて、マヤは泣きそうな顔になった。(拒絶されたくらいで泣くのは、何歳ぐらいまでなら許容範囲だろうか?)
それを見た日向がシンジに抗議した。
「そんな態度は無いんじゃないか。折角マヤちゃんが冷えた飲み物を用意しているのに断るなんて!」
「折角用意した? そのペットボトルの中に、睡眠薬とかの薬が混入していないと誰が保障をしてくれるんですか?
前にも言いましたが、信用出来ないTOPが居る組織のメンバーは一切信用しません。
国連軍と北欧連合の全員が、ネルフの食堂を使わない事を知っていますか? 自動販売機でさえ使っていません。
食料と飲み物は全部持ち込みですよ。少女を攫って洗脳を指示する犯罪者がネルフのTOPですからね。用心はしますよ」
主要メンバーの会合で、ネルフ内での飲食物の購入は控える事になっていた。
食堂での注文の際に食事に薬品等を混入させられては困る為だ。自動販売機にしても、特定人物の認識機能が付いていて
例えばシンジが購入した時に、自動的に睡眠薬などを混入させられる可能性もある。
不特定多数を狙った薬物混入なら最初の犠牲者だけで防げるが、要人を狙った薬物混入なら最初の一回目で致命傷に為り得てしまう。
従って、国連軍と北欧連合の全職員は、飲食物をネルフの外から持ち込んでいた。
飲料関係は第二東京の業者からコンテナ単位で購入し、大型の業務用冷蔵庫に入れてある。
冷凍食品とインスタント食品も含まれており、常時ストックされている。味は落ちるだろうが、安全には代えられない。
資金は全てシンジが出した。(十話で得たゲンドウの違約金を使ってだ)
従って飲料関係は全て無料。冷凍食品とインスタント食品だけで良ければ、飲食費は全て無料の体制になっている。
もっとも、味気ない冷凍食品よりはという事で、大部分の人は食事を作って持参していた。
冬月から抗議が上がったが、不知火は取り合わなかった。そこまでネルフを信用していないと言い切っていた。
「だ、だけどね、君達とネルフ。もう少し協力し合わないと使徒と戦えないじゃ無いか?」
日向はシンジの冷たい返事に驚きつつも、説得を始めた。
三人で話し合ってシンジ達との関係改善をしようと思って、ここに来たのだ。この程度で諦める訳にはいかない。
だが日向の話しにシンジは冷笑で答えた。信頼関係が築けていないのに協力とは笑わせてくれる。それに力関係ではこちらが上だ。
ネルフが何を企んでいるかは分からないが、こちらの指揮下で命令違反をしなければ問題無いと考えていた。
シンジはこの三人を軽んじている訳では無い。能力はあるだろうが、少し方向がずれたところに発揮されていると考えていた。
もう少し考えて行動してくれれば良いのだが、組織の違う三人にそこまで干渉する事も期待する事も無かった。
「協力し合う? 何を寝ぼけた事を。葛城三尉のように、足を引っ張るのがネルフじゃ無いですか。
我々はネルフを一切信用していない。ネルフは我々の命令を実行するだけにして下さい。
あなたは確か葛城三尉の命令で初号機を射出してくれた日向三尉ですよね。おかげで、しばらくは首が痛かったんですよ」
シンジはわざとらしく首をさすった。射出してしばらくは、本当に首が痛かったのだ。
日向を見るシンジの視線には冷たいものが含まれていた。
「あ、あの時の事は謝る。ボクも葛城さんの命令に、咄嗟に反応してしまったんだ。
君に負担をかけてしまった事は謝罪する。だけど、悪気は無かったんだ。信じて欲しい」
「悪気は無い? その後も葛城三尉は、命令権が無いのに戦闘に介入してこちらの邪魔をしてくれましたよね。
その時、あなた達は葛城三尉を止めましたか? 同じ階級でしょう。止められたのに止めなかった。それで悪気が無いと?」
現在、ミサトと日向は同じ三尉である。だが、降格前はミサトは日向より一階級上だった。
日向は階級が同じとなった今もミサトを上司として見ている。だが、シンジから見れば同じ三尉である。
一番の責任は冬月だろうが、ミサトを止めなかった三人は同罪だと考えていた。
「あの時は、葛城さんの剣幕に驚いてしまったけど、これからは注意するわ。だから話しだけでも聞いて欲しいの」
「……まあ、話し程度なら構いませんよ」
シンジの了解を得て、ほっとしたマヤは話し始めた。
「あたしを含めたネルフの職員はセカンドインパクトを経験して、二度と同じような事を起こさせない為にネルフに入ったの。
確かに上の一部の人が暴走する事はあるわ。でも一般職の人はそうじゃ無い。
本気でサードインパクトを防ぐ為に頑張っているの。先輩、いえ赤木博士もそうだわ。これからは御互いの協力体制を作りたいの。
だから使徒のサンプルも分けて貰えないかしら。使徒の解析も同時進行で行えば効率的だわ」
マヤはダミープラグの製作に関わっており、ネルフの暗部の一部を見ていた。
だが、ネルフの最終目標がサードインパクトを防ぐ事だと信じていた。だからこそダミープラグの開発にも協力した。
現在、ネルフ全体が苦境に立たされていた。特にリツコはサンプルが入手出来ず、国連軍と北欧連合の情報も入手出来ないので、
ゲンドウと冬月から急かされている状態だ。
リツコの苦境を見かねて、日向と青葉とも相談し、シンジを説得しようとやってきたのだ。
「この前は、いきなり射出してごめん。でも、マヤちゃんの言ったように、協力し合わなければ駄目だと思うんだ。
葛城さんはがさつな面はあるけど、本当は優しい人なんだよ。重営倉に入って反省もしている。
これから越権行為なんかしないように注意する。だから、協力してやっていこうじゃないか」
日向は作戦課に所属しているが、組織図上で作戦課に明確な上司はいない。
作戦課長だったミサトが、作戦立案主任に降格された以外に組織変更が無かった為である。
強いて言えば、同階級のミサトを上司扱いしている。
ミサトは現在は重営倉に入っている。日向は入った事は無いが、重営倉は扱いが酷くて女性が入るような部屋では無いと聞いている。
ミサトを重営倉に入れるよう進言したのはシンジだ。
これからの事もあり、何としてでもシンジのミサトへの偏見を修正して、協力体制を築きたいと思っていた。
それが、日向が密かに思っているミサトの為になると信じている。
「確かに、葛城三尉は罰を受けるような事をしたさ。でも、重営倉に入って罰を受けてるじゃ無いか。
何時までも反目していると、それこそ大切な時に足を掬われかねない。
上層部はともかく、一般職員とは協調体制を取っても良いんじゃないのか?」
青葉は冬月の直属であるが、特に上司への思い入れは無い。無いが、この険悪な関係のままで良い訳が無いとも思っていた。
批判すべき内容は受け入れ、変えるべき点は変える。
青葉の根本にあるのは、単純にサードインパクトを防ぐ事だ。
別にネルフに思い入れがある訳でも無く、ネルフがサードインパクトを防ぐ組織だと聞いたから、此処にいる。
赴任してみれば、組織は杜撰。上司もどこかずれている。そして国連軍と北欧連合との反目だ。
正直、ネルフを辞めて国連軍に移籍する事も考えていた。だが、現状の反目は絶対にまずい。
何とかして、関係改善を行いたいと思っていた。
三人の言い分を聞いた後、シンジは疲れた表情だった。今まで自分が言ってきた事を三人は理解していない。それを指摘した。
「一般の人がいくら真面目で能力があっても、上層部があれでは信用出来ないと言っているんです。
伊吹三尉。あなたは六分儀司令の命令に逆らえるかのボクの質問に答えられませんでしたよね。
あなたが庇っている赤木博士は司令の命令で、レイを洗脳していたんですよ。それでも信用しろと言うのですか?
使徒の情報を公開しないくせに、サンプルは欲しい? ちょっと図々しいと思いませんか?
あなた方と協力体制をとったとしても、ネルフは情報を出さず、我々の情報だけを取り込む算段でしょう。
繰り返し言いますが、ネルフは我々の命令だけを実行して下さい。あなた方の自主行動に期待する事はありません。
日向三尉。葛城三尉が反省していると言われましたが、何をもって反省していると言うのですか?
口先だけでボクを丸め込めると思っているんですか? 優しい人が戦闘中に邪魔をするんですか? 下手すれば、ボクは死ぬんですよ。
あなたが信用されたいと思うなら、実績を示して下さい。最低でも、葛城三尉の越権命令を拒否するとかね。
そんな実績も無しに、ただ信用して欲しいなど傲慢とは思いませんか?
それだけの事をネルフがしてきた事を忘れないで下さい」
シンジは、マヤと日向に対して批判したが、青葉には反論しなかった。青葉の言葉に上司批判が入っていた為である。
だが、青葉の態度を鵜呑みには出来ない。真意を隠している可能性もある。
シンジの反論を聞いて暗い顔をしている三人を尻目に、シンジは訓練ルームを出て行った。
残された三人は、シンジの態度に関係改善の困難さに頭を悩ませていた。
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不知火の執務室
コンコン
「開いている。入れ」
「失礼します。特別監査官をお連れしました」
そう言って、保安部の女性職員がセレナと護衛二名を部屋に案内した。
前回、シンジの執務室をセレナが訪問した時に騒ぎになったので、歩哨詰め所に女性保安員を待機させ、
セレナを案内するように、指示していた。
執務室の入り口には、検査装置が埋め込んである。武器や盗聴器の類を所持していない事は分かっていた。
不知火は執務机で仕事をしており、シンジは応接セットに座って待っていた。セレナが入って来たので、立ち上がって出迎えた。
「ソファにどうぞ」
「失礼します」
不知火も執務机から応接セットに移動し、シンジの隣に座った。そして、正面に座っているセレナを観察した。
セレナは地味なスーツ姿だったが、スタイルまでは隠せない。
胸の隆起と引き締まったウエストは、セレナのスタイルを隠す事無くアピールしていた。
そして美貌は、地味なスーツなど関係無い輝きを誇っている。
軍人であり禁欲的な不知火も、セレナには惹かれるものを感じていた。
三人用のソファの中央にセレナが座り、両サイドに護衛の二人が座った。
三人とも金髪碧眼の美女であり、十分な目の保養になる。というか、妙な迫力を感じている不知火であった。
シンジは最近はセレナに慣れたせいか、不知火が感じているほどの迫力は感じていない。
もっとも、セレナの美貌に惹かれるものはシンジも同じだ。
「本日は不知火准将とロックフォード少佐に時間を取って頂きまして、ありがとうございます。
改めて前回のネルフの行動に対し、特別監察官として謝罪させて頂きます」
セレナは畏まった態度で、不知火とシンジに正式に謝罪した。
シンジには演技が下手だと言われており、シンジと一対一で話す時は、ざっくばらんな口調になる。
だが、不知火も居ると、そういう訳にもいかない。自然と余所行きの口調になった。
「うむ。だが君は本来はネルフ所属では無い。補完委員会の直轄だろう。君がネルフの事で謝罪するのも少し変だと思うが」
「補完委員会はネルフの上位機関ですから、まったく関係が無い訳ではありません。
それにネルフの対応は、私も憤慨した方ですから。お二人の立場で立腹されたのは理解出来ます」
「あなたの介入が無かったら、葛城三尉と冬月副司令は今頃はネルフに居なかったかも知れません。
本音を言わせて貰うと、補完委員会から派遣されたあなたがネルフを糾弾するとは意外でした。
だからこそ、ボクとしてみれば結構な驚きでしたね。良い意味での驚きですよ」
シンジと不知火は担当方面を別けていた。不知火は国連軍という事もあって、補完委員会への強圧的な事は立場上は出来ない。
故に、不知火は戦自とネルフ方面の折衝をする事になっていた。
一方、補完委員会へも強圧的に出られるシンジは、補完委員会を担当する分担になっている。
(直接的な交渉は出来ないが、旧常任理事国六ヵ国を経由しての圧力がかけられる為である)
こうした作業分担から言えば、セレナはシンジの担当範囲だった。
「私の役目は、補完委員会の不利益にならないようにする事です。ですが、我慢出来る事と出来ない事もあります。
そしてネルフの対応は、私の我慢出来るレベルを超えていたという事です」
「あなたの態度には敬意を表します。今後とも、良き関係でありたいですね」
「私としても、不知火准将とロックフォード少佐とは良好な関係を維持していきたいと考えております。
正直、ネルフの対応が直ぐに改まるとは思えませんが、私も出来るだけフォローさせて頂きます」
「期待しています」
シンジの言葉に、セレナは微笑みを浮かべた。だが、間を取るように俯いた後、シンジを見つめた。
「ネルフが、あのような振る舞いをして言い難いのですが、御願いがあります」
「何でしょう?」
「使徒の細胞サンプルですが、分けて頂けないでしょうか?」
ゲンドウが使徒のサンプルを渡せとシンジに言って、拒絶された事は知っている。
そして、ゲンドウがシンジに殴られた事も知っている。シンジがゲンドウを憎み、ネルフに非協力的な事も知っている。
だが、大祖父から使徒の細胞サンプルを手に入れろと、強く言われていたのだ。
「……使徒の細胞サンプルですか……」
「駄目でしょうか?」
セレナはシンジを正面から見つめた。正直、この場で魅惑の魔眼を使う誘惑が、まったく無かったとは言えない。
ミーシャが居ないので不知火には有効だろう。シンジに効かなかったのは納得がいかないが、ミーシャの為の可能性もある。
ここで魔眼を使って不知火とシンジを落とせれば、北欧連合の立場は一気に不利になり、ゼーレが有利になる。
だが、セレナは魔眼を使用しなかった。
この会談はセレナが希望したものだ。この前のネルフの不始末の件で、不知火とシンジに詫びたいと伝えた結果である。
普通なら、魔眼を使う自分に対抗してミーシャが同席するはずだ。だが、ミーシャは同席して居ない。
ミーシャがマンションに居る事は確認済みだ。
無用心なのか、自分を信用したのか、それともミーシャ以外に自分の魔眼を無効化出来るのか。
セレナは不知火とシンジを甘く見るつもりは無かった。だが、ミーシャ以外に自分の魔眼を無効化出来るとは思えない。
だから、話しがしたいと伝えた自分の言葉を、不知火とシンジが正直に信じてくれたと判断した。(本当の事情は違うが)
セレナはその信頼を裏切るつもりは無かった。その為に、セレナは魔眼を使う事なくシンジと交渉していた。
「細胞サンプルの入手は、ネルフからの依頼では無く、補完委員会からの指示ですよね」
「そうです」
シンジはセレナの事を考えた。セレナの考え方が好ましい方向である事は確認出来た。
もちろん全面信用は時期尚早だが、少しは便宜を図った方が良いだろう。
セレナが使徒の細胞サンプルの入手を命じられたのであれば、細胞サンプルを渡した方がセレナの立場を強化出来るだろう。
重要機関の解析は目処がついた。皮膚等の細胞サンプルぐらいなら、渡しても問題は無いだろうと考えた。
「条件が二つあります。一つは、ネルフに絶対に細胞サンプルを渡さない事が条件です。
補完委員会が細胞サンプルを解析するのは構いませんが、細胞サンプルも解析結果も絶対にネルフに渡さない事を条件にします」
「……分かりました。私の権限において、約束させて頂きます。それで、もう一つは何ですか?」
「後で御願いする事で良いですか?」
「困ります! 後から難題を言われては困りますから、今、はっきり言って下さい」
「別に難題を言うつもりは無いのですがね。親睦を深める為に我々のパーティに三人を御招待しますから、来て欲しいだけですよ」
「パーティに? 何時頃の話しですか?」
「今はドタバタしていますからね。少し落ち着かないと無理です。ですから先の話しですよ。
出来れば、以前に着たドレス姿を、もう一度拝見させて貰いたいですね。
護衛の方も美人なんですから、御一緒に御願いします。ああ、准将も御願いします」
「……少佐、公私混同していないか?」
「いえ。良好な関係を維持するには、お互いを良く知る事が必要です。そういう事なら、喜んで出席させて頂きます」
(良かった。使徒の細胞サンプルが入手出来るわ。大祖父様の命令も済ませられたわ。
それに、パーティに呼ばれるなら、この子の事も情報が入るわね。あのミーシャって子の能力も確認しないとね)
(うっ。この子がドレス着るのか。少佐の部屋で写真を見たが、あれを至近で見ると刺激が強いな。うーーーむ、問題だな)
(まあ、一筋縄では行かないだろうけど、この席で魔眼を使わなかった事は評価すべきだよね。
思いつきで言ったパーティだけど、計画しなくちゃな。場所とメンバーはどうしよう?
あんまり度々だと、ミーナに怒られるからな。程々に、しとかなきゃな)
(ちょっと待て! 私は護衛だぞ。ドレスなんか持っていないぞ。でも、出ない訳にはいかないだろうな。困ったな)
(ドレスか。護衛任務だから使わないと思っていたが、一着だけ持ってきておいて、良かったな。
しかし、セレナ様のドレス姿か。又、騒ぎになるんだろうな)
五人の思惑が交差した。だが、会談自体は穏和な雰囲気のままで終了した。
そして、セレナのシンジへの接触の頻度が、この日を境に急激に増えていったのであった。
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ゼーレの会合
『魔眼使いの件だが、やはり計画を教えないでネルフに行かせたのは失敗だったな』
『そうだな。ネルフを非難して魔術師の味方をしたのはまずい。議長の係累とはいえ、捨て置けない。
おかげで、S2機関解析の絶好のサンプルが奴らに渡ってしまった』
『待て。ならば、あの状況で魔術師の行動を阻止して、使徒のサンプルをネルフが解析出来たと思っているのか?』
セレナの部下が、本発令所の状況を撮影して委員会に提出していた。
つまり、ミサトの使徒戦の妨害の状況はゼーレも認識していた。常識的に考えて、使徒戦を邪魔したネルフの要望が通るはずも無い。
『……無理だろうな。ネルフが使徒戦の邪魔をした上に、サンプルを解析するなど、奴らが認めるはずも無い』
『そうだな。ネルフの処罰を葛城の娘だけに留め、冬月に被害が及ばぬようにした事は逆に評価すべきだろう』
『ならば、魔眼使いの行動を咎める事は出来ぬ。あの結果、奴らの魔眼使いの扱いが良くなったと言う。
奴らの信用を少しでも得れたと考えれば、結果的には我らの益につながる』
『少しづつだが魔術師の情報も報告されている。今後の展開を考えれば、確かに良い傾向だ』
『……魔眼使いが使徒の細胞サンプルを入手したと、連絡が入った』
01のモノリスが発言した。今までは自分の係累が議題となっていたので、一切口を挟まなかった。
だが、形勢がセレナに有利になったとみて、状況を後押ししようと情報を出した。
『なんと! 奴等はネルフには絶対に渡さないと言っていたはず?』
『魔術師から入手したそうだ。もっとも重要機関部分では無く、使徒の一部の細胞サンプルのみだ。
絶対にネルフに渡さない事を条件に、入手したと報告が入った』
『ほう。六分儀への私怨は本当のようだな。では、我らの配下に分析させよう』
『魔術師から使徒のサンプルを入手したという事は、魔眼使いは魔術師を落としたのか?』
『いや、別の交換条件を提示された。それを受ける事で使徒のサンプルを入手した。魔術師を落した訳ではない』
『それでも、使徒のサンプルを渡すのを渋っていた魔術師から、サンプルを入手出来たのだ。見事な交渉だな』
『うむ。サンプルは多いほど良い。何かの発見があるやも知れぬしな』
『しかし、魔眼使いの美貌に落ちないとはな。若いが魔術師は不能なのか?』
ここに居る十二人は、全員が現役では無い。だが、セレナの美貌は全員が認めていた。
自分があと三十年は若かったらと考える者も居た。セレナの誘惑にシンジが落ちていないのは不思議だった。
『いや、魔眼使いに反応している。だが、魔術師の周囲には関係を持った女がいる。割り込むのに苦労している』
『今は焦って動く時では無い。少しでも奴等の情報を集められれば良い。魔眼使いは現状維持で問題無かろう』
『うむ。S2機関の解析は別口でも実行中だ。
今回の件が致命傷になった訳でも無く、奴等との関係改善が出来たと思えば良かろう』
『では魔眼使いには、現在の任務を続行しろと連絡しておく』
『葛城の娘に施した二度に渡る精神誘導の効果が出過ぎていると判断するが』
『うむ。あそこまで暴走するとはな。使徒戦に拘りを持たせた為に、排除されるとなると拒否反応が出るか』
『次の使徒戦さえ終われば、その次からはセカンドが参入して指揮権もネルフに戻る。問題あるまい』
『一回ぐらいなら六分儀も抑える事が出来るだろう。この件は放置とするか』
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ネルフ:司令室
ゲンドウ、冬月、リツコが密談をしていた。
部屋の雰囲気は元々が暗いのだが、ネルフに良い事は皆無だったので、さらに暗い雰囲気になっていた。
ゲンドウはシンジから殴られた傷が治りきっていない為に、頬に包帯を当てていた。
「レイの処置を拉致から暗殺に変更する。三人目にして地下のターミナルドグマに時が来るまで隔離しておく」
第四使徒の残骸置き場でのレイの拒絶に、ゲンドウは内心で驚いていた。
レイの洗脳は解けたらしい。だが、レイの正体はシンジには知られていないらしい。
知っていたら、早速ゲンドウとリツコの解任要請を出すだろう。まだチャンスが残されていると、ゲンドウは考えていた。
「拉致は失敗したのかね?」
「はい。デパートで拉致をしようとしましたが、ペットらしい小動物に邪魔をされたと諜報部から報告が来ています。
その時の小動物の攻撃で、諜報員五人が全員失明です」
「たまに、シンジ君の頭の上に座っているやつかね」
「そうです。無事だった他の工作員の証言もあります。あの小動物は、ただのペットではありません。
運動能力を検討しますと、何らかの改造処理とかされている可能性があります」
リツコは、以前のシンジの台詞を思い出していた。”ペットじゃ無く、相棒だと”
確かに単なるペットでは無いだろう。切り口が鋭利過ぎた。
ましてや、訓練を受けた諜報員五人を全員失明させるなど、普通のペットに出来はしない。
リツコの本心としては、あの小動物を生きたまま捕獲して解剖する事を望んでいた。
あの小動物にシンジの秘密の一端が隠されている。そう判断していた。
「成る程、レイの護衛か」
「別の日にあの小動物を狙撃したのですが、全て失敗したと報告があります。銃弾すらかわせる運動能力を持っています」
「だが、レイの狙撃なら問題はあるまい。狙うところはいくらでもある」
「だと良いがな」
冬月はゲンドウの説得を諦めていた。下手にシンジとレイに手を出せば、ゲンドウとリツコの首が飛ぶ。
比喩では無い。レイに手を出した事がばれれば免職処分になり、北欧連合に身柄を渡さなくてならない。
それはゼーレが認めない。北欧連合に身柄を渡すぐらいなら、二人を暗殺するだろう。
そんな危険があると知っているのに、ゲンドウはレイへの干渉を止めなかった。
干渉を止めて静観したら、シナリオが進まないのは分かる。分かるが、最近は拙速すぎると冬月は感じていた。
「弐号機パイロットの状況は?」
話題を変えようと、冬月は弐号機パイロットの状況を質問した。弐号機パイロットは、ゼーレとネルフの期待する戦力だ。
「ドイツ支部からの報告ですが、シンクロ率は60%以上。戦闘能力は十年の訓練で、並みの軍人以上には仕上がっています。
まずまずの状況かと」
「弐号機パイロットで、シンジに対抗させる」
「出来ると思っているのか? シンジ君はある意味異常だぞ。あの年齢で北欧の三賢者の異名を持ち、パイロットの才能もある。
彼の体術も並み程度じゃ無い。全力を出しているのを見た訳では無いが、恐らくは相当のレベルだと判断した方が良い」
シンジの底が見えていない事に、冬月は恐れを抱いていた。北欧の三賢者としての技術力。
そして天武と初号機のパイロットとしての才能。保安部員二十名を一瞬で倒した事は、まだ原因が特定されていない。
最初の使徒の時、どうやったのか地下の格納庫から地上まで、監視網に引っかからずに脱出している。
それにミサトのジャケットを空中で四つに切り裂いたのを見ていた。
十四歳に少年に出来る事では無い。弐号機パイロットはシンジと同じ年齢だ。
大学を卒業して並みの軍人以上に仕上がっている事は、年齢を考えれば上出来だ。
だが、対抗させる相手が悪過ぎた。現在のネルフの立場は苦しい。その苦境にネルフを誘導したのがシンジだった。
もちろん、北欧連合という後ろ盾が無ければ無理だったろう。
だが、それでもシンジの力量を無視は出来ない。冬月の不安は治まらなかった。
「不完全ですが、ロックフォード少佐の調査レポートが出来ましたので報告します。
まずは、司令が少佐を捨てた直後は行方不明の状態です。どこに居たかは、まったくの不明です。
その二年後に、北欧の三賢者の他の二人と一緒に、ロックフォード財団総帥の養子になっています。
その後の活動内容の詳細は不明ですが、ロックフォード財団が核融合炉と粒子砲を出してきた時期を考慮しますと、
少佐が六歳の時に核融合炉を開発。そして八歳の時には粒子砲システムを開発した事になります。
軍事衛星システムは粒子砲と同じ時期の八歳です。
それと中東連合での調査を行いました。今から三年程前に北欧連合の同盟国である中東連合に渡って、
第四遊撃師団のアズライト大佐の下で、技術士官として勤務した事が確認出来ました。
インフラ整備と治安維持がメインの仕事でしたが、それなりの軍事作戦に参加した実績もあったと報告書にはあります。
葛城三尉の捕虜の時の話しも確認が取れました。ネルフに来る前の情報は、こんなものです。
そしてネルフに来てからですが、シンクロシステムの変更を含めて、初号機を短期間で大幅に改造しています。
その改造を行ったのが少佐である事を考慮すると、彼の実力は北欧の三賢者の名に恥じないものです。
DNA解析でも、少佐が”碇シンジ”である事は証明されています。
彼の身体に関してですが、かなり良い発育状態です。十四歳の標準を超えて高校生並みの体格をしています。
左目は義眼で催眠術らしきものが使用出来ます。他に有する機能は不明です。
そして彼の左手首のリストバンドですが、何時もつけています。学校でも外していません。
何かを隠す為にリストバンドをしていると推測されますが、何を隠しているかは不明です。大まかには以上です」
シンジは北欧連合のVIPであり、行動履歴は公開されていない。
北欧連合の役所などで戸籍抄本を要求しても却下される。あくまで表面の履歴しか分からなかった。
「六歳で核融合炉の開発、八歳で粒子砲の開発か。普通に考えれば、一笑に付すだけだがな。
ロックフォード財団の資金援助があったとはいえ、異常だ。異常過ぎる。
だが、ネルフでのシンジ君の動きを見ていると、納得いくと言う訳か。
彼をこちらに取り込んでいれば、こんな状況にはならかったという事だな」
「過ぎた事だ」
「そうだな。後悔しても始まらない。それはそうと、お前は警察や税務署に何か指示を出したのか?
諜報部から報告が上がってきたが、こちらの手の者が次々と懲戒免職されているとあったぞ」
ゲンドウはシンジに揺さぶりをかける為に、警察・税務署などのネルフの子飼いの人間にシンジの周囲に圧力をかけるよう
命令を出していた。
「何だと?」
「それだけではありません。日本政府内でも、こちらの息がかかった人間が次々と失脚しているという情報です」
「分かった。特殊監査部に調べさせる」
「それが良いだろう。国連軍と北欧連合が動き出している可能性が高い。それと特別監察官の事だが、委員会は何と言ってきた?」
冬月は使徒の残骸を得ようと委員会に直訴し、そしてミサトの暴走を押さえなかった事を逆に責められた。(ゲンドウが戻る前)
ゲンドウが出張から戻った時、状況をゲンドウに説明し、委員会との折衝を任せていた。
「委員会は現状を維持しろと言ってきている。冬月が罪に問われなかったのは特別監察官のおかげだから、感謝しろと言われたぞ」
「くっ。では、次の使徒のサンプルも駄目と言う事か。まあ、使徒が爆発しなければの話しだがな」
「セカンドが来れば、使徒のサンプルが手に入るチャンスはある」
「……それまで待つしか手は無いか」
「…………」
契約でネルフの行動はガチガチに固められており、下手な手は打てない。下手を打てば、報復があるだけだ。
とは言っても、このままで済ます気も無いが、その手段が見当たらない状況だ。
しばらくは現状を維持する事を決めて、密談は暗い雰囲気のまま、終了した。
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コンコン
「鈴原です」
「入って下さい」
トウジの父親である鈴原二尉が、シンジの執務室に入ってきた。(シェルター被害の為、一尉から二尉に降格)
上司経由でシンジに呼ばれたのだ。用件は子供の事と聞いている。
シンジは応接セットのソファに座っており、鈴原二尉に座るよう指示をした。
盗聴器の類を持っていない事は、入り口に仕掛けられている検査装置で確認済みだ。
「さて、来て貰ったのは、お子さんの件で聞きたい事があったからです。ネルフには内緒の話しですけどね」
「……家の馬鹿息子が、何かやらかしたんですか?」
鈴原二尉の顔は暗い。この前のシェルターでの件で、トウジが馬鹿な事をしでかしたのだ。
呼び出されたと言う事は、またトウジが問題を起したのかと危惧していた。
「いえ、聞きたいのは、娘さんの話しです」
「チアキの事? 何で少佐がチアキの事を知っとるんですか?」
シンジの用件がトウジでは無くチアキの事だと知って、少しは安堵したが直ぐに顔色を悪くした。
チアキは最初の使徒戦での怪我が元で入院して、まだ意識が戻らない状態だ。親としては当然心配していた。
「あなたの息子さんに殴り掛かられた事がありましてね。その時に”パイロットがへぼだから、妹が重傷を負った”と言われました。
最初の使徒との戦闘の時には、周囲には人体反応は無かった。どういう事かと思いましてね。
急ぎの仕事も終わりましてね、ふと思い出した訳です」
シンジは別に完璧主義者では無いが、ちょっと気になっていたのだ。
それとほんの僅かだが、謀略の匂いが無いかと危惧している事もあった。
「えらいすんません。娘の事ですが、シェルターに行こうとしたらトウジとはぐれたらしいんですわ。
そして瓦礫の下敷きになって、今は意識不明の重傷です……」
「……頭を打ったのですか?」
「いえ細かいところは ……瓦礫の下敷きになったとかで、意識が戻っていません」
鈴原二尉としては、心痛に苛まれていると言ったところだろう。
息子は馬鹿をやって周囲に迷惑をかけて、娘は意識不明の重傷なのだ。
「……どうでしょう、娘さんに一度面会させて貰えませんか? もちろん、あなたには同席してもらいますが」
「どういう事です?」
自分も同席するのであれば、シンジを娘に面会させる事自体には、異論は無かった。
だが、シンジが何故娘に面会を希望するのか、その理由に思い至らなかった。
「ちょっと気になりましてね。容態を見たいだけです。どうですか?」
シンジの脳裏にあったのは、鈴原二尉の娘の容態が仕組まれたものでは無いかという疑念だった。
”パイロットのために、一般市民に被害が出た”
つまりは事故では無く、シンジに非難の目を向けさせる為に狙った事件では無いかと疑ったのだ。
近くに寄れば、本当の重傷なのか、仕組まれた重傷なのかははっきりする。
疑り過ぎかとも思うが、最近はレイを拉致しようとしたり、マンションを目標にしたネルフの小細工が目に付いている。
一度確認すれば済むと思い、鈴原二尉を呼び出したのだ。
「……分かりました。案内します」
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「この部屋です」
シンジと鈴原二尉は、”鈴原チアキ”とネームプレートが書かれた部屋の前に立っていた。
ドアには面会謝絶の札がかかっている。
「あなたは面会しているんですか?」
「いえ。面会謝絶という事で、私も会ってはいませんが ……」
「では、入ります」
シンジはゆっくりとドアを開けて、部屋に入った。後に鈴原二尉が続いた。
ベットには、小学校の高学年ぐらいと思われる少女が静かに眠っている。
腕、顔、足に包帯が巻かれ、見る者に痛々しさを感じさせた。
「チアキ……」
鈴原二尉が悲しそうな視線で、娘を見つめた。
シンジは後ろめたい気持ちになりながらも、左目のセンサを起動させて、ベッドの少女の状態を確認した。
骨格 …………異常無し。
内臓 …………異常無し。
脳波 …………睡眠中。だが自然睡眠では無い。薬による睡眠だ。
包帯は巻かれているが、擦り傷程度だ。
シンジは不審さを感じた。症状だけ見れば、意識が戻らないような重傷では無い。単に麻酔薬で眠らせているだけだ。
まさか…………
シンジは右手をベッドに寝ている少女に向けた。
「な、何をすんですか?」
シンジは答えずに、ベッドの少女に向けて掌から気を放出した。放たれた気は、少女の麻酔効果を無効にした。
「……う、うん」
「チアキ!!」
ベッドの少女が身じろぎをした。そして、それを見た鈴原二尉が駆け寄った。
父親の見守る中、ベッドの少女は目を覚ました。
「ここ、どこや? 知らない天井や。……お父ちゃん!」
「チアキ、良かった。無事で良かった」
鈴原二尉は目を覚ましたチアキを、二度と放さないかのように強く抱きしめた。
「お父ちゃん、ちょっと痛い。緩めて!」
「お、おうすまん。つい、嬉しくってな。少佐、これはどういう事ですか?」
鈴原二尉はチアキが目を覚ました事は当然嬉しいのだが、シンジが手を向けた事も気になった。
シンジのおかげで、娘が目を覚ましたように見えていたのだ。
「チアキちゃんだっけ。ボクは『碇シンジ』と言うんだ。気分はどう? 痛いところはあるかな?」
「……うん。頭が少し痛いけど大丈夫やわ。腕が少しズキズキする程度かいな」
「頭が少し痛いのは睡眠薬が効いているからかな。しばらく経つと治まるよ。
それはそうと、シェルターに行く途中ではぐれたんだって? そこら辺の話しを聞かせてくれるかな」
シンジは鈴原二尉の疑問には答えずに、ベッドに寝ているチアキに状況確認を行った。
心の中にあった疑念を解消させる為だ。
「……うん。兄いとシェルターに行こうとしたんやけど、誰かに手を引かれて、口をハンカチみたいなもので塞がれて、それっきりや。
気が付いたら、ここのベットやもん。わからへん」
「口をハンカチのようなもので? それは確かかな?」
「間違いないわ。そこはよう覚えてる」
「ありがとう。じゃあ、退院出来るかな。ゆっくり起き上がって」
「少佐?」
「少し待って下さい」
鈴原二尉の再度の質問も後回しにした。今はチアキの状態を確認するのが先だ。
「立ち上がればいいん? はい」
パジャマ姿のまま、チアキは立ち上がった。少しフラフラしているが、それは麻酔薬の残留分の為である。
「大丈夫だね。じゃあ退院しよう。鈴原二尉、私物をまとめて下さい。直ぐに退院します。詳しい説明は後でします。
今は直ぐに、この病院を出る事です」
「……分かりました。すぐ準備します」
鈴原二尉としては考える事は色々とあったが、まずはシンジの指示に従う事にした。
チアキに酷い怪我が無く、目を覚まさせてくれたのはシンジだ。
シンジが来なかったら、チアキはまだ目を覚まさずに寝たきりだったろう。詳細は後で聞ける。そう判断していた。
私物は少なく、直ぐに手提げ袋に入れた。手提げ袋はシンジが持ち、チアキは鈴原二尉がおんぶしていた。
三人が部屋を出ようとした時、医師の集団が慌てた様子で、病室に入ってきた。
「何をしている。その患者は面会謝絶なんだぞ。何処に連れて行くつもりだ。早く降ろしなさい!」
老齢の白衣を着た医師が、シンジ達三人に命令をした。
付き従って入ってきた医師の数人が、シンジを見て顔色を変えていた。
「私はこの子の父親です。この子は意識が戻らない重傷と聞いとりましたが、怪我なんてあらへんやないか。
嘘を言いおったんは、そっちやないか」
「う、嘘は言ってはいない。まだ精密検査が必要なんだ。素人には分からないがな。早く降ろしなさい!」
老齢の医師は、父親である鈴原二尉の言葉にも取り合わなかった。若干、慌てた様子はシンジの疑念を確信に変えていた。
「骨と内臓に異常は無く、怪我は腕の擦り傷程度。脳波も正常。いや、来た時は薬による睡眠波形だっだけどね。
これで、どこに精密検査が必要なのか、教えて貰えませんか?」
「君は誰だ! そもそも、ここはネルフ管理の病院だぞ。勝手な真似は許さん。早く患者を降ろすんだ!」
「説明もせずに命令ですか? ネルフの病院だと何か権限でもあるんですか? 患者の父親の意向を優先すべきじゃ無いんですか?」
シンジの顔に笑みが浮かんできた。
爽やかな笑みでは無く、どちらかと言うと見た人間が逃げ出したくなるような笑みであった。
「君達に説明する必要は無い。早く患者を降ろしなさい。さもないと、ネルフの保安部を呼ぶぞ!」
「お父ちゃん、どういう事?」
「しっ、黙って聞いてなさい」
鈴原二尉はシンジと老齢の医師のやり取りを黙って聞いていた。理はシンジの方にあると見ている。
そして、シンジにはネルフの特務権限は一切効かない。結末の予想はついていた。
「では、ネルフの保安部を呼んで下さい。こちらも対抗して、国連軍の保安部を呼ばせて貰います」
「なっ、何だと!?」
「院長、まずいです。その子はEVAのパイロットです。そう、北欧連合所属の。ネルフの特務権限は通用しません」
院長に従って部屋に入ってきた医師の一人が、小声で院長に告げた。シンジの見知った顔だった。
ネルフ権限が通用しないと言われ、院長の顔が青褪めていった。
「……ああ。あなたは、ネルフ司令の命令でレイを格納庫まで運んできた、偽医者じゃないですか」
「…………」
シンジに肋骨を折られて、ちょっと前まで入院中だったのだ。シンジを見る目に恐怖の色が見えた。
「まだ、医局にいたんですか。ネルフ司令の命令とあらば、医師のモラルも守らない外道ですよね。
それに隣にいるのは、ボクを診察したいとしつこく迫った人じゃあ無いですか。
あの時は赤木博士の介入があったから止めましたけど、今度近寄ったら、只じゃ済まさないと警告したはずですよね」
「き、君がEVAのパイロットなのか ……」
院長と呼ばれた老齢の医師に、さっきまでの勢いは無い。院長も国連軍と北欧連合の入ってきた経緯は聞いている。
そして、ネルフがどのような仕打ちを受けているかも知っている。
実際、シンジに肋骨を折られた人間も居れば、シンジに強制的に手術台に乗せられ解剖されかかった人間も居るのだ。
「さあ、説明して貰いましょうか、何でこの子の退院を拒むのか?
睡眠薬の影響で多少は頭痛がする程度で、外傷は腕の軽い打撲程度。これのどこが、面会謝絶の患者なんですか?
答えて下さい。ボクは一応医学関係の知識があります。誤魔化せると思わない方が良いですよ。
それともネルフの保安部を呼びますか? どうぞご自由に」
「…………」
「ならば、そこを退いて下さい。通れないでしょう。あなた方全員が、三日以内に病院を退職すれば良し。
さもなければ、ネルフの首脳部を巻き込んだ大スキャンダルになりますよ。嘘と思うなら何もしないで下さい」
院長、いや医師団は屈した。道を素直に開けた。誰もシンジと目線を合わそうとはしない。
「じゃあ、鈴原二尉、退院させて貰いましょうか」
シンジ達が帰って行った後、院長は血相を変えて自室に戻って、電話をかけていた。
電話先の番号は、ネルフの司令執務室の電話番号だった。
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第三新東京:郊外の私営病院
シンジは鈴原親子を連れて、郊外の私立病院に向かった。
ここは大和会(シンジの協力者)が裏で手を回しており、病院の経営権を取得している。ネルフの息はかかっていない。
鈴原二尉の立会いの下で、チアキの診察が行われた。レントゲン、脳波測定、CTスキャン、MRI検査などである。
結果は全て異常無し。まあ、腕の包帯の巻き方が下手だと看護婦が気づき、包帯を巻き直してくれた程度である。
全ての診察を終えて、シンジと鈴原親子は病院の談話室にいた。
「えろう、ありがとうございます。おかげでチアキは無事に退院できました」
「ありがとうございます」
「いいえ、ボクは何もしていませんよ。ただ、問題は解決していません」
「……ほんまですな」
「お父ちゃん、どういう事?」
「チアキちゃんは口にハンカチみたいな物を押し付けられて、気を失ったと言ったよね。
即効性の睡眠薬で誘拐されたんだよ。でも、それだけでは君を狙ったのか誰でも良かったかは不明。
だけどネルフの病院の対応を見ていると、君をずっと睡眠薬で眠らせて家族には意識不明の重態と言っている。
さっきの診察で分かったように、チアキちゃんの怪我は大した事は無い。だけど、ネルフの病院では重症と言っている。
つまりは、誘拐自体がチアキちゃんを狙い、ネルフの病院も共犯だって可能性が高いって事さ。
さらに、ネルフの保安部を呼ぶと言って脅かしてきた。
という事は、ネルフもその事を知っているか、ネルフの指示で君を誘拐したかもしれないんだ。
まったく、これだからネルフは信用出来ないんだ。おっと失礼、鈴原二尉の勤め先でしたね」
シンジは自分の推論を二人に伝えた。チアキ個人を狙ったと言う事は、これからも襲われる危険性があるのだ。
「少佐の言う事も、もっともです。ワシはネルフより娘を取ります。チアキをこのままにしておけまへん」
シンジの言葉にチアキが怯えだした。父親はそれを敏感に感じ取って、チアキを優しく抱きしめた。
「ネルフを辞めて、どこかに引越しますか? 関西方面なら就職先も斡旋しますよ」
「……契約がありましてな。後一年は辞められません。でも親父は別です。親父にチアキを連れて行って貰います」
「お父ちゃん、うちとじいちゃんで、関西に行くの?」
「それがチアキのためや。ワシは契約であと一年はネルフを辞められんからな」
「乗りかかった船ですからね。少しは手伝いますよ。四人が住める住宅とお祖父さんの仕事先は準備します。
ですが、交換条件として、こちらも要求があります」
「何ですか?」
鈴原二尉は少し身構えた。もちろん、シンジに恩返しをするつもりはある。
だが、程度を超えた謝礼を要求されても困るのだ。
「まずは、転居先の住所はネルフには絶対に秘密にする事。
もちろん、あなたと息子さんは例外ですが、第三者には絶対分からないようにする事です。
チアキちゃんの友達にも住所は言っちゃ駄目だよ。次は、チアキちゃんの口止めかな」
「うちの口止め?」
「そう、ボクがこの手配をした事は誰にも言わない事。それこそ、お祖父ちゃんや君の兄貴にもね。
それと、さっき聞いていたボクがEVAのパイロットである事を誰にも口外しない事。この二つかな」
「そ、そんな事で良いんですか? 住宅の手配や親父の就職先まで手配して貰って?」
鈴原家が受けた恩は大きく、シンジには何も得は無い。
だが、世の中には、ただより高いものは無いという諺もある。鈴原二尉としては、気が済まない。
「偶然が重なった事での気まぐれと思って貰って結構です。基本的には、ボクは善人じゃ無いし、万能でも無い。
まあ、ボクの手が届く範囲での善行をしようと思っているだけですよ」
「碇さんは、うちの兄貴を知ってるんですか?」
「クラスメートさ。以前に、妹が重傷になったのはお前のせいだって言われて、殴りかかられたけどね」
「なんやて、あの馬鹿兄貴が!」
「大丈夫、返り討ちにしておいたから」
「なら、良いですけど」
「チアキちゃんの口から、この事が君の兄貴に伝わると情報全体が洩れる危険性がある。君の兄貴の性格では隠し事は苦手だろう。
それに、ボクはあのタイプの性格は苦手でね。正直言って、君の兄貴とは深い付き合いは出来ないんだ」
シンジはトウジの性格を把握していた。
直情径行タイプの人間は、ふとした事から情報を洩らす事が多いから注意が必要になるのだ。
「分かりました。内緒にします」
「ごめんね。悪い人間じゃ無いだろうけど、秘密保持には向かない性格だからね」
「いや、少佐の見立ては合ってます。トウジじゃ、うっかりして秘密を洩らします」
トウジは肉親からも秘密保持には向かないと判断された。
ある意味妥当な判断だが、なぜか憐憫の情を感じてしまったシンジだった。
「取り合えずは、自宅に帰って話し合いをして下さい。チアキちゃんのお祖父さんも、いきなり引っ越すじゃあ納得しないでしょう。
決まったらボクに連絡して下さい。家と職は用意して、最低限必要なものだけで引越しが済むよう手配します」
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二−A:教室
避難警報の直後は欠席者が多かったが、中学全体の出席率は元のレベルに戻りつつあった。
そして以前と変わらぬ教室の喧騒が戻っていた。トウジとケンスケの顔の痣も消えている。
シェルターを抜け出し、クラスの皆が負傷した事で、トウジは自責の念を持っていた。
と同時に、妹が無事退院したので機嫌がすこぶる良い。
療養の為にと祖父と関西方面に引っ越して行ったが、電話連絡は毎日入ってくる。
ケンスケは相変わらずだ。さすがにカメラは持ち込んではいないが、クラスの女子からは白眼視されていた。
ケンスケと話すのはトウジのみだ。
ガラッ
「「「おはよう」」」
シンジとミーシャ、レイの三人が、久しぶりに登校してきた。使徒の解析が終了して、その他の雑用もほぼ終わった為だった。
使徒の解析は動力源と思われる機関を重点的に行い、後は使徒の構成組織等の解析だ。それはアーシュライト課長に任せてある。
サンプルは、北欧連合、国連軍、戦自、セレナに渡してある。残りは焼却処分にして、ネルフにはサンプルは渡していない。
そんな状況の中、作業が一段落したので登校してきたのであった。
覚悟を決めたトウジがシンジに近寄ってきた。
「何か用かな?」
シンジは胡散臭げに、近寄ってきたトウジに視線を移した。この前は、いきなり殴りかかってきた。
トウジぐらいなら不意をつかれて攻撃されても対応には問題無いが、用心にこした事は無い。
「転校生、ワシを殴れ!」
覚悟を決めたトウジはシンジに頼み込んだ。小学生レベルであるが、これが彼なりの謝罪の意思なのであろう。
だが、そんなトウジをシンジは冷たく見つめていた。
「断る! 何で君の言う事を聞かなくちゃならないんだ。この前はいきなり殴りかかってきて、今度は殴れか。
勝手過ぎるとは思わないのか?」
「くっ。そやけど、ワシはこれしか思いつかなかったんや」
「ボクは君の趣味に付き合うつもりは無い」
「そないな事言われても、ネルフの冬月っておっさんから、転校生の事を宜しく頼むと言われているんや」
シェルター事故を揉み消してくれた冬月の頼みをトウジは果したかった事もある。
不器用なトウジは親しくなるきっかけを作りたかったのだが、それはシンジには通用しなかった。
「冬月二佐から?」
「そうや。ワシとケンスケは、お前の力になってやれと言われとる」
「ああ、俺も言われた。友達になってやってくれってな」
「……それは無視して良いよ。後で、ボクから冬月二佐に言っとくから」
「何でや?」 「どういう事だよ」
「強制された友人なんて要らないと言ったんだ。それに相田と友達に? 盗撮魔と友達になりたく無いよ。頼まれたって嫌だね!」
シンジの顔が僅かに歪んだ。度々言うが、シンジはネルフの事を一切信用していない。
つまり、冬月が善意で言った訳では無く、思惑があって言ったと推察していた。シンジは冬月の思惑に乗るつもりは無い。
ケンスケに関しては、本音が出ただけである。
「くっ」
「ケンスケが盗撮魔って、どういう事や?」
「そうか、君はあの時には居なかったんだね。……クラスの女子の誰かに聞いてみれば。
そういう訳だから、ボクから断らせてもらう。じゃあね」
「ま、待てよ。碇は何でネルフのあの部屋に居たんだよ。国連軍がらみと言っていたけど、どういう事だよ?」
詮索無用と言われていたが、ケンスケは我慢しきれずにシンジに質問してしまった。
ここ数日、シンジの立場を悶々と考えていたのだが、どうしても分からなかった。
ネルフの二佐相手に、あんな口を利けるなんて普通じゃ無い。うまくすれば俺も、という考えだった。
「君は馬鹿か? ボクの事は詮索無用とあれほど言われたろうに。
……鈴原は考えが普通じゃ無いが、一応は反省していると判断出来る。だけど、君はまったく反省が無いようだね。
君達がシェルターを出る時に非常ドアを開けっ放しにしたせいで、クラスの、いや学校中の生徒が怪我をしたんだ。
その事を全然反省していないようだね!」
ケンスケが言い付けを守らず、自分の事を詮索してきた事に怒りを覚えて、シンジは報復をする事に決めた。
全校生徒の怪我が事故では無く、ケンスケとトウジが原因だと公表したのだ。
トウジ、ケンスケ、シンジのやり取りを興味深げに聞いていたクラスメートは、シンジの言葉を聞いて騒ぎ出した。
学校からは今回の件は事故だと言われていた。人災だなんて聞いていない。
「お、おい、碇、それは……」
ケンスケが青ざめた顔で抗議をした。ネルフの温情(実はパイロット選抜の準備)でシェルター抜け出しの件は
有耶無耶になったのだが、シンジの言葉で真相が分かってしまったではないか。この後にどうなるか、想像するだけでも怖くなる。
「お、おい、それは本当か?」
「碇君、そうなの?」
「相田、答えなさい!」
クラスメートが次々とシンジの周囲に集まってきた。皆がそれなりの怪我をした。事故ならともかく、人災なら見過ごせない。
「本当さ。相田が主犯で鈴原が従犯。鈴原は反省しているようだけど、相田は反省している様子は無いね。
相田の顔を見れば、本当かどうか分かるだろう。ネルフが馬鹿な相田を庇う為に、嘘の発表をしたのさ」
クラスメートの視線がケンスケに集中した。ケンスケは真っ青な顔で震えだしている。
そのまま時間があれば、どうなったろう? ケンスケを吊し上げただろうか?
だが、担任が入ってきた事で、その事態は回避された。
そして、一日と経たないうちに、シェルター事故は実はケンスケの起した人災だと、学校中に広まってしまった。
当然、怪我をした人間はケンスケに良い感情を持つ事は無い。学校中の生徒の冷たい視線が、ケンスケに突き刺さった。
今までは盗撮の件で女子生徒の冷たい視線に晒されていたが、男子生徒もケンスケを睨むようになってしまった。
後日談だが、ケンスケは下校中に、いきなり後ろから頭を殴られ昏倒した。そして、その状態で複数の人間から暴行を受けた。
倒れているのを見つけたのは用務員だ。直ぐに救急車が呼ばれ、そのまま入院である。
全治一ヶ月程度の負傷だった。入院中に見舞いに来たのはトウジだけだった。
そして、ケンスケに暴行を加えた犯人は見つかる事は無かった。
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マンション:談話室(宴会)
常連と化した何時ものメンバーが酒宴を開いていた。だが、一部の出席者の顔には疲労の色が滲み出ていた。
顔にバンドエイドを貼っているのが三人ほどいる。鬱憤を晴らすように、勢い良くグラスを傾けていた。
「今日は、疲れたな」
「ああ。あの女の暴走を止めるのに、四人がかりだぜ。俺なんか顔に一撃くらったよ」
「あの女は昨日まで重営倉に入っていたんだろう。元気あるよな」
「物凄い形相で、少佐の執務室目掛けて走って来たんだろう。何をしに来たんだ?」
「ああ、この前の使徒戦で少佐の作戦妨害をしたから重営倉に入れられたんだ。その件じゃ無いのか」
「でも少佐も凄いよな。俺達が抑えていたとはいえ、棍の一突きで気絶させたんだぜ。ありゃ素人じゃ無いぜ」
「ああ。部屋から出てきて、あっという間に鳩尾を一撃だからな。俺なんか棍の動きはみえなかったぞ」
ミサトは昨日の夜遅くに重営倉から解放された。シンジが帰宅後の事だ。
そして今日になって、ミサトはシンジに会おうと国連軍保安部の制止を振り切って、シンジの執務室目掛けて突進してきた。
当然、保安部はミサトを制止しようとした。許可無き者をシンジに会わせる事など認められない。
だがミサトの白兵戦能力は極めて高い。国連軍の保安部も猛者揃いだが、四人かかりでやっと止められたのだ。
シンジの執務室の前で、何とかミサトを捕捉して拘束しようと騒ぎになった。
騒ぎに気がついたシンジは、棍を持って部屋から出てきた。そして有無を言わさず、ミサトを気絶させてしまったのだ。
「あの後で、ネルフの赤木博士が慌てて引き取りに来てたな。少佐にペコペコしていたぜ」
「見てて可哀相になるよな。でも、担架に載せて帰る時に、気絶した女を小突いていたぜ。相当鬱憤が溜まってるみたいだぞ」
「そう言えば、この前に伊吹って子が少佐のところに来てたな。門前払いになったけどな」
「あの娘ね。大人しいって言えば大人しいんだろうけど、あの娘は赤木博士に気があるって噂よ。無理じゃ無いの」
「げっ。そっち系かよ。見た目は可愛いのにな」
「ああ、最初は高校生ぐらいかと思ってたのにな」
「彼女はあれでも三尉よ。でもネルフってバランスが悪いのよね。保安部や整備部は階級が低い年配の人が多いけど、
技術部や作戦立案部なんて、若いメンバーだけじゃない。経験も無さそうだしね。何を考えているのかしら?」
「まあ、若くても才能があれば良いんだけどね。知ってる? 作戦課の頼りなさそうなメガネ、確か日向だっけ。
あいつも降格前は二尉だっんだぜ」
「嘘! あんな青瓢箪が二尉だったの? 口調もなんか、おどおどしてるのよね。部下が可哀相よね……居るのかしら?」
「さあ? 仮に能力があったとしても経験が無くちゃあ、上手くはいかないわな」
「……こんなスタッフで、人類の為に戦っていると言ってるのか………なんか世も末だな」
アルコールが回ってきたのだろう、しばらくは愚痴の言い合いが続いた。
だが、何時までも愚痴ばかりじゃ飽きるらしく、場を盛り上げるようにと、一人の男が別の話題を持ち出した。
「でも、発令所勤務のやつらは良いよな。ミーナさんと毎日会えるんだろう。羨ましいよ」
「あの金髪の爆乳美女か! 確かに彼女を毎日見れるのは羨ましいな。見るだけでも目の保養になるよ」
「散々誘ってるけど、何時も断られてばかりだからな」
「あの少佐と一緒に住んでるんだろう。出来てるのかな?」
「本当か!? 二人で一緒に住んでるのか!? 許せん!!」
「護衛対象の二人の女の子も一緒に、四人で住んでるのよ。二人きりじゃ無いわよ。そんな事も知らないの?」
「そうなの? 良いなあ、ハーレムじゃん」
酒宴なのだ。堅い話しならともかく、こういう下世話な話しには花が咲く。対象がミーナとあれば尚更だ。
ミーシャとレイは、確かに美少女であるが若過ぎる。この席にいる男達からしてみれば、対象外だろう。
だが、ミーナは年齢的に十分範囲内であり、容姿に至っては過十分なスペックだ。
男達の誰もが、一度は狙おうかと考えた事がある。
「何を馬鹿な事を言ってるのよ。同居はしているけど寝室は別よ。まったく、スケベな事を考えるんだから」
「……何で知ってるんだ?」
「本人に聞いたもの。この宴会に料理の差し入れをしてくれるしね。たまには話すのよ」
「男一人と女三人で同居生活か、あのミーシャって子だっけ、たまにメイド服を着ているよな。うらやましい」
「やっぱり、男って馬鹿よね。あの子は中東で命を助けられたみたいね。それで、一緒にいるみたいなのよ。
それに、蒼い髪の子は妹だって言ってたわよ」
女性メンバーもアルコールが回って顔が赤くなっている。素面なら言わないが、シンジのプライベートに言及してしまう。
「交代で勤務しているけど、こうも酒を飲んで良いのか? 酒代も馬鹿にはならないぞ。何処から金が出ているんだ?」
部屋の片隅には、日本酒、ビール、ワイン、焼酎とかなりの種類と量のアルコールが積まれている。
ご丁寧に業務用冷蔵庫まで設置してある。今まで相当量の酒を結構飲んでいるが、全部が無料だと言われていた。
「あら、知らないの? お酒はロックフォード少佐の差し入れよ。何でも、ネルフから臨時収入があったからと言って、
ポンと五千万円を寄付してくれたのよ。足らなくなったら、追加すると言ってたしね」
「へーえ、それは豪気だな。五千万円を寄付か。中々出来ないよな」
「知っているか、35ブロックにある休憩所があるだろう。飲み物全部が無料で、冷凍食品もストックされているやつ」
「あの大型の業務用冷蔵庫のある休憩所だろう。全員が利用しているよ」
「あの業務用冷蔵庫と飲料の費用全部が、少佐持ちだよ。福利厚生の充実とか言ってたな。確か予算は五億」
「げっ。少佐が五億円も出したのか。もしかして、すっげえ金持ちなのか?」
「北欧の三賢者でしょう。特許とかで、お金はあるんでしょうね」
「俺は知ってるぞ。何でも賠償金十五億を貰ったとか聞いたな。多分、その金じゃ無いのか」
「あー、聞いた事ある。何でもネルフ司令が馬鹿やって、違約金を払ったやつだな」
「十五億の賠償金て、ネルフの司令は何をやらかしたんだ?」
「さあ、詳しい事は分からないわ。でも、私達にもメリットがあったんだから、良いんじゃないの」
「まったくだ。さあ、今夜はこの辺にしようか。明日の仕事もある。酒が残ったらまずいぞ」
「そうね。片付けしましょうか」
メンバー全員が、酒宴の後片付けを行った。そして解散したが、女性メンバーの数人は自室に戻らず、朝を迎える事になる。
相手がいない男は、一人寂しく自室に戻るのであった。
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ネルフ:通路
リツコとマヤが通路を歩いていた。その時、反対方向からシンジとミーナが歩いてきた。
リツコはシンジと話そうと思って、足を止めた。サンプルの件で話しがあったのだ。
それにシンジとミーナが気が付いた。
リツコが命令とはいえ、レイを洗脳していた事は知っていた。今のミーナにとって、レイは可愛い妹だ。
ミーナの顔に笑いが浮かんだ。(爽やかな笑いでは無い。見た人間が逃げ出したくなるような笑いだ)
「ミ、ミーナ!?」
ミーナの巨大な胸がシンジの腕に押し付けられ、その形を変えた。そしてシンジの腕に心地よい圧力を加えた。
人目が無いなら堪能するところだが、ここは通路だ。しかもリツコとマヤが居る。
ミーナはシンジを視線で黙らせると、視線をリツコとマヤに移し、二人の全身に視線を這わした。
可愛い妹であるレイの洗脳を行っていたリツコに、ミーナは良い感情は持っていなかったので容赦は無い。マヤは巻き添えだ。
「な、何よ?」 「何ですか?」
ミーナの視線がリツコとマヤの胸にしばらく固定された後、ミーナはリツコとマヤに視線を合わせた。
「ふっ」
ミーナの優越感の篭った視線が、リツコとマヤに届いた。
「「!!」」
二人はミーナの視線の意味を瞬時に理解した。ここら辺は女の性(さが)だろう。
「「くっ」」
ミーナから笑われたという愚痴を、リツコはミサトから聞いた事がある。
その時は相手にしなかったが、自分がされて初めて分かった。”悔しい” それに尽きた。
自分の本分は科学者だと思っているが、女を捨てた訳では無い。女として負けたと思うと悔しさが滲んできた。
マヤも今までは誰かと見比べるなど無かったのだが、年下に負けて笑われていると思うと屈辱に顔が歪んだ。
シンジはリツコとマヤが何で悔しがっているのか分からない。首を傾げて見ているだけだ。
ミーナはシンジと腕を組んだまま、悠然とした態度で第二発令所に向かって行った。
後に残されたリツコは気持ちが収まらない。だが、ネルフの職員にミーナに勝てる者はいない。
元々、日本人では体型的に対抗するには難しい。……いや、職員では無いが対抗出来る人間がいた。
正直に話すのは女のプライドがあるから出来ない。だが、何とかセレナを言い包めて、ミーナに反撃しようと考えていた。
To be continued...
(2009.03.07 初版)
(2009.03.21
改訂一版)
(2011.03.05 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)
(あとがき)
なかなか、自分の思うように文章が書けません。つくづく、自分の文才の無さに溜息が止まりません。
使徒戦の後始末で次話も少し引っ張りますが、次話ぐらいからレイの登場回数が増える予定です。
十三話では、第五使徒の登場です。
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