第十二話
presented by えっくん様
ネルフからマンションまでは、それなりの距離があり、国連軍と北欧連合のメンバーは全員が車を利用している。
シンジは仕事が立て続けに入って、帰りが遅くなってしまった。既にミーナ達三人は帰宅していた。
護衛の一人が車を取りに行っており、待合場所にはシンジと護衛一人の姿があった。
そこにミサトが通りかかった。ミサトも仕事を終えて帰宅しようと、愛車の置いてある駐車場に行こうとしていた。
普段は帰宅時間帯が異なる為、ミサトがシンジとすれ違う事は無い。本当に偶然の出来事だった。
ミサトは一瞬躊躇したが、意を決してシンジに話しかけた。
「遅いのね。誰かを待っているの?」
「……葛城さんでしたか。車を待っているんですよ」
ミサトが近づいた時、護衛スタッフはシンジの前面に出た。いざという時は、身を盾にしてもシンジを守るつもりだった。
だが、シンジは柔らかく護衛を制止してミサトに相対した。本気を出せば、ミサトぐらいなら問題は無い。
シンジはミサトに良い印象を持ってはいなかった。
上層部同士が結んだ契約を無視して、やたらとこちらに干渉してくるし、この前の戦闘では作戦妨害も受けている。
罰として重営倉に入ったが、それでシンジのミサトへの印象が好転するはずも無い。
中東の捕虜収容所で会った事もあって、何かの因縁めいたものを感じていたが、少なくともミサトに好印象を持つ理由は無かった。
だが、ネルフ施設を出て仕事終了後のプライベートという考えもあって、ミサトに挨拶を返していた。
「マンションね。あたしが送って行ってあげましょうか」
ミサトは護衛を無視して、シンジに話しかけた。
この前はどうしてもシンジと話しがしたいと考えて、無理やり押しかけたが、結局は失神させられて拘束された。
今日は意外なほどすんなりと会話出来た事に軽い驚きを覚えて、ミサトはシンジへの文句を言う事を忘れていた。
文句を言うより、シンジに聞きたい事や確認したい事があった。
ミサトとしては、シンジに複雑な気持ちを抱いていた。
本来ならネルフのサードチルドレンになり、自分の指揮下に入るはずだった少年。
だが蓋を開ければ、シンジは北欧連合の所属でネルフの管轄外だ。階級は技術少佐であり、自分より上の階級だった。
さらに中東では捕虜収容所で屈辱的な姿を見られて、ハンカチを貰った事もあった。
現在の状況では唯一使徒を倒せる力を持っており、自分の命令に従わない存在。
この前の使徒の時には、湧き上がってくる暗い感情を抑えられずに初号機の射出命令を出して、作戦に介入してしまった。
罰として重営倉に入って、そこで自分の行いを振り返った。そして反省した。確かに、あの時の行動は拙かったと思う。
自分の半分しか生きていない子供だが、自分より三階級も上で実力もある。だが、子供に過ぎないという思いも強くあった。
何より、ネルフのサードチルドレンだったら、自分の指揮下に入っていたという思いが強かった。
何れにせよシンジとの関係改善を行わなければ、自分の思惑通りに行かないとは分かっている。
(関係改善を行っても、ミサトの思惑通りになるかは別にして)
ここにはシンジと護衛一人だけだ。護衛は気に入らないが、シンジと話す良い機会だと判断していた。
「いえ、お構いなく。車を待っていますから」
「あなた一人だけなんて言わないわ。護衛の人と一緒に送っていくわよ」
シンジの腕を掴んで車まで連れて行こうとしたが、シンジに逃げられてしまった。
「結構ですよ。葛城さんに送ってもらうと、誘惑されるかもしれませんからね。遠慮しますよ」
「あら、あたしが魅力的だってやっと分かったの?」
「軍人としては、どうかと思いますがね。葛城さんが容姿ともに標準以上である事は認めますよ。
捕虜収容所では形が崩れていない、良いものを見せて頂きましたからね。その下の傷が少々気になりましたが」
シンジの言葉で、過去の事を思い出したミサトは顔を赤く染めていた。捕虜収容所ではレイプされる寸前に助けられた。
その時は服を剥ぎ取られていて、その姿をシンジに見られているのだ。生娘では無いが、どうしても赤面してしまう。
血を拭うようにとハンカチを貰ったが、裸を見られた対価にしては安過ぎるかも知れない。
まずい! シンジに話しが誘導されていると感じたミサトは、首を強く振って気持ちを切り替えた。
「……あなたはどういうつもりで戦っているの?」
ミサトはシンジに聞きたい事が数多くあった。
何故、父親にあれほど辛辣に対応するのか?
何故、ネルフを目の仇にするのか?
何故、北欧連合に所属しているのか?
何時、リツコを凌ぐほどの技術力を身に付けたのか?
どうやって天武を開発したのか? 天武はどうやって使徒を倒せたのか? 自分は天武に乗れるのか?
レイをどうするつもりなのか? 葛城南極探査隊の事をどこまで知っているのか?
聞きたい事は山ほどあった。だがネルフに関係する事を聞けば、シンジが反発する事は分かっていた。
頭に血が登っている時はともかく、冷静に考えればシンジの対応も予測がついた。だから、無難な事しか聞けなかった。
「……サードインパクトを防ぐ為に戦っていますが、それが何か?」
目の前のプライベートのミサトは普通の対応だ。これなら少々お節介だが、気の良い近所のお姉さんぐらいな対応が出来る。
だが、使徒戦になるとミサトの性格が変わるようにシンジには見えた。
ミサトに関してある程度の事情は知っているが、それが本当の理由ならミサトの私怨という事になる。
どんな事情あっても公務より私怨を優先させるなら、ミサトと話し合う価値があるかも疑わしい。
「でも、ネルフに非協力的じゃない!」
「ネルフはサードインパクトを防ぐ為の、一つの手段に過ぎません。ネルフを主役で考える必要は無いのですよ。
言い換えると、サードインパクトをネルフ以外の手段で防げれば、ネルフはお役無用という事です。それが分かってます?」
「でも、職員全員が頑張っているのよ! あなただってネルフが造った初号機に乗って戦っているでしょう。
ネルフを無用だなんて良く言えるわね!」
「頑張っているから? 子供みたいな事を言わないで下さい。頑張っても結果を出さなければ意味は無い。
繰り返し言っている事ですよね。そして、ネルフは使徒の機密を隠して非効率的な組織で運営されている。
貴重な国連予算を無駄使いしている訳です。まさか頑張っているから、無駄使いでゴチャゴチャ言うなとは思ってはいませんよね」
「世界の為に働いているのよ!」
「世界の為だからこそ、結果が求められると思いませんか。大義名分があれば、無駄使いも許されると考える事が甘えですよ。
ネルフは使徒の情報を隠して他の組織の効率を落している。そしてネルフ自体も効率的に運用されているとは言い難い。
世界の為と言うなら、情報を開示し幅広く人材を募集して効率よく運営されなければ、ネルフは存続させる意味は無いですね」
「そんな事「少佐、その辺にしておいたらどうですか? 車が来ました」……」
護衛の一人が声をかけてきた。取りに行った車が、そこまで来ていた。
「さて、車も来た事だし、失礼しますよ」
「ま、待って。もう少し話しがしたいの!」
「……明日の午前10時までに、ボクの執務室に来て下さい。一時間程度なら時間を作っておきます」
シンジはそう言って車に乗込み、マンションへ帰って行った。
残されたミサトは、明日どんな話しを聞こうかと思案するのだった。
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シンジの執務室(AM9:59)
コンコン
「開いています。どうぞ」
「失礼します。ネルフの葛城三尉をお連れしました」
そう言って、保安部のメンバーがミサトを部屋に案内してきた。
予め、ミサトが訪ねて来た時は部屋に通してくれと、シンジは保安部に連絡していた。
(但し、AM10:00まで。一分でも過ぎたら、遅刻を理由に通さないようにと言ってある)
執務室の入り口には検査装置が埋め込んである。武器や盗聴器の類を所持していない事は分かっていた。
もっとも、録音機を持ち込んだ事は分かっていたが、機密を話すつもりは無いので不問にしていた。
「ソファにどうぞ。今回は遅れなかったんですね」
「……失礼するわ」
シンジの皮肉でミサトは顔を顰めたが、反論せずにソファに座った。シンジはミサトを観察した。赤いジャケットにスカート姿。
普通の服装だ。以前に赤いジャケットを駄目にしたが、同じものを購入したらしい。
そして、改めてミサトの容姿を見た。年齢による衰えは少しはあるだろうが、黙っていれば十分な美女で通用するだろう。
スタイルに関しても、日本人女性の平均を凌いでいる。だが、それだけだ。
ミーナがいる今のシンジは、ミサトを女性として見るつもりは無い。自分達とは対立している組織の一士官に過ぎない。
歓迎する客とは思っていないので、飲み物を出すつもりは無かった。
シンジは執務机に陣取ったままだ。ミサトの正面のソファに移る気は無い。その状態で話しを進めた。
「この前のように、突然押し掛けられては困りますからね。事前に連絡をしてボクが同意すれば、すんなり通しますよ。
前もって言っておきますが、あなたはネルフの三尉に過ぎません。立場を忘れないように注意して下さい。
それを忘れて、あなたが三尉に相応しくない対応をした時点で、話しは終わりとします」
「……この前は悪かったと思ってるわ。少し頭に血が上っていたみたいね。
あの赤のジャケットを空中で切り裂いた事といい、あたしを一撃で気絶させるなんて、武術か何かをやっていたの?」
「護身術程度は修めてますよ。今日は、そんな事を聞きに来たんですか?」
「……まずは、葛城南極探査隊の事を聞きたいの」
ネルフ関係の事を話題にするとシンジと衝突するのは、今までの経験から分かっていた。
だから、最初はネルフと直接は関係の無い事を聞き出そうとしたのである。
「葛城南極探査隊の事ですか……完全な資料は無く、こちらで調べられた資料だけになりますが、良いですか?」
「それで構わないわ」
シンジはキーボードを操作し、情報を画面に出して読み上げた。
「葛城南極探査隊……当時の国連理事会で派遣が決定されました。隊長はS2機関を提唱した葛城博士。
派遣目的は公開されていません。ただ、派遣人員の規模が通常の南極派遣人員の三倍以上だったと調査報告にあります。
寒冷地仕様の装備は当然として、掘削用の機材と測定用機器を重点的に持って行った事も事後の調査で分かっています。
そして、六分儀司令はセカンドインパクトが起きる前日に日本に帰国。翌日、セカンドインパクトが発生。
凄まじい爆発現象が発生して、葛城南極探査隊は壊滅。同時に地球の地軸をも変え、南半球は壊滅的打撃を受けました。
地軸がずれた事で、北極と南極の氷が溶け海面は上昇。気象変化も相まって北半球にも甚大な被害を与えました。
これが我々の知りえた情報です」
「……あなたはそれを聞いて、どう思ったの?」
「掘削用の機器は、南極の氷の下を調査する為と言えるでしょう。
測定用機器も成分分析装置ぐらいなら納得はいくのですが、心電図測定器やX線測定器もあったとありました。
結果から見ると、南極の下にある何かを掘り出して調査をしていたら、セカンドインパクトが発生したという推測が成り立ちます。
事前に準備した機材から推測すると、葛城南極探査隊は使徒が居ると分かっていた可能性が高いのです」
「あくまで推測なのよね。事実とは限らないわ」
「それはもちろんです。事実を知っているのは、現場に居た人達だけでしょう。今は一人を除いて全員が鬼籍に入っていますがね」
「……それはもう良いわ。次は「その前に、あなたが言う事は無いんですか?」……何を?」
「葛城南極探査隊に関して、あなたからの情報は無いのかと聞いているのですが? この場は話し合いの席ですよ」
シンジの質問にどう答えようか、ミサトは一瞬考え込んだ。
葛城南極調査隊には自分も行っている。今シンジが言ったたった一人の生き残りとは自分の事だ。この事を話して良いのだろうか?
この事を話せばシンジからさらに情報が引き出せるかも知れない。だが、そこまでミサトはシンジを信用出来なかった。
シンジは自分より若いが、地位や権力は自分より上なのは悔しいが分かっている。
使徒を見て冷静さを失えば別だが、今はそれくらいの判断は当然出来た。
だからこそ、手札の少ない自分が持つカードをシンジに出す事が躊躇われた。そしてミサトが選択したのは、隠すという事だった。
そしてミサトの選択は、シンジとの関係改善の機会を奪ってしまったのであった。
「……無いわ」
「ならば、話しはこれで終わりです。こちらが情報を一方的に話すだけなら、メリットはありませんからね」
「なっ! 一時間は時間を取るって言ったじゃない!」
「誰が一方的に、こちらから情報を教えると言いました? 話し合いと言ったのですよ。
あなたが葛城博士の娘であり、南極探査隊に同行した事を、ボクが知らないとでも思っているのですか?」
「!!」
「少し調べれば判る事です。あなたが南極探査隊の唯一の生き残りであり、そのショックで失語症になった事も知っています。
自分の情報を隠して、ボクの情報だけを聞き出すつもりだったんですか? 自分勝手過ぎませんか? あなたには失望しましたよ」
「ちょっと待って!」
ミサトは自分が選択を誤った事を悟った。自分が数少ないカードと考えていた情報は、既にシンジが知っていた事だった。
そしてそれを言わなかった事により、関係改善が出来る機会が失われてしまったのだ。
ミサトは慌てて弁明しようとしたが、既にシンジにその気は無かった。
「あなたはボクの持っている情報だけを聞くつもりで来たんですか? ボクは情報交換するつもりでいたのですがね。
ですが、あなたは自分が南極探査隊に居た事を言わなかった。であるなら、これ以上の話しは出来ません」
「そ、それは……後で話すつもりだったのよ!」
「あなたが駆け引き出来る立場だと思っているんですか。あなたは使徒に対して異常とも言える憎しみを持っているみたいですが、
それは私怨に過ぎません。そして公務より私怨を優先させるような人とは情報交換も出来ません。
ボクの話しは、ここまでです。ミーナ、入ってきて」
カシャ
正面のドアでは無く、横のドアからミーナが入ってきた。胸を強調したメイド服姿であった。
普段、ミーナはメイド服を着る事は無いが、今回はミサトが来ると聞いて用意していた。
「!」
ミサトはミーナと話した事は無かった。通常、ミーシャがシンジに付き添っており、ミーナはレイの相手をしている。
ミーナとは廊下で視線を合わせたぐらいだ。もっとも屈辱の思いもしたのだが。
ミーナは部屋に入るとシンジの隣に座って、ミサトに視線を向けた。
「初めましてと言っておくわ。私は”ミーナ・フェール”よ」
ミーナの視線には厳しいものが含まれており、ミサトもそれは感じていた。
だが、視線を合わせただけで満足に話した事のないミーナに、恨まれる理由に心あたりは無かった。
「あなたに言いたい事があって、機会があれば会わせてって、シンに頼んでおいたのよ」
「な、何よ?」
廊下で視線を合わした時に屈辱を感じた相手だ。しかも、今回はさらに強調した服を着ている。
何を言うつもりなのか? ミサトは思わず身構えた。
「最初にシンを呼び出した時に写真を同封したでしょ。胸を強調してキスマーク付きの十年ぐらい前に撮った写真を。
使徒戦の映像は見たけど、チャイナスーツを着て迎えに来たのね。まったく、恥という言葉を知ってるのかしら。
おばさんの癖にシンを誘惑する気なの?」
「誰がおばさんですって! あたしは二十代よ。それに、あの写真は十年前じゃ無いわ。八年前の写真よ!」
シンジに感じていた苛立たしい感情が、一瞬にして別のベクトルの怒りの感情に変換された。
二十代なのに、おばさんなど言う言葉は絶対に認められない。
「八年前も十年前も変わらないわよ。それにあなたが二十代? 嘘でしょ。顔に小皺が出てるわよ。
まったく相手がいないからって、十五以上も年下に手を出そうとするなんて、恥ずかしいとは思わないの?」
「だ、誰も手を出そうとなんてしてないわよ!」
「じゃあ、何でキスマーク付きの写真を送りつけてきたのかしら。それも八年前の写真に。
それにネルフの制服じゃなくて、何で露出の多いチャイナスーツを着てきたのかしら?」
「そ、それは……」
呼び出す時にはシンジの性格は分からなかった。でも十四歳という事もあり、異性に興味を持っているだろう事は予測出来た。
最近は写真を撮っていない事もあり、十四歳の男の子が興味を持つような写真を探したら、それが八年前に撮った写真だった。
キスマークは調子にのって、付けただけだ。
出会いのインパクトを強烈なものにしようと考えて、一張羅の露出の多いチャイナスーツを選んだ。
シンジに手を出すつもりなど無かったが、自分の色仕掛けを意識しなかったというと嘘になる。
この時、シンジの脳裏には二年前に見たミサトの裸体の映像が浮かんでいた。(左目で見てチェックした映像は別領域に保存)
ミーナが言うほどおばさんとは思わなかったが、賢明にもそれを口に出す事は無かった。
シンジの経験上、女性同士の口論に口を挟んで碌な目にあった事が無いからである。”触らぬ神に祟り無し”と言う事だ。
「図星だから、答えられないんでしょう。見苦しいわよ」
「ち、違うわよ!」
「言い訳はいいわよ。そうだ! 確かシンが要求すれば、あなたはプラグスーツを着て仕事をする事になるのよね」
「なっ!!」
シンジは初号機に乗る時の条件として、様々な条件を要求していた。
その一つに、ミサトとリツコのネルフでの制服をプラグスーツにするという項目が保留されていた。
そして、シンジが要求した場合はネルフはそれを実行する義務がある。
ミサトには露出狂の気は無い。当然プラグスーツなど着る気は無いが、シンジが要求すれば強制されて着なければならない。
「……そう言えば、忘れていたな」
「レイに着せていたんだから、その気持ちを分からせてあげるわよ。それとも、垂れた胸を晒すのは嫌かしら?」
「垂れてなんかいないわよ!!」
「じゃあ、構わないわね」
「そ、それは、ちょっと」
「ミーナ。プラグスーツの件は赤木博士も入っているよ。一応、赤木博士にも確認しないとね」
「構わないわよ。あのプラグスーツを作った本人でしょう。レイに着せていたんだから、身をもって味わって貰わないとね」
「ちょっと待って!」
「じゃあ、おばさんだと認めるのね。垂れた胸を晒すのは嫌だと言うのよね。認めたら、プラグスーツの件は無しにしてあげるわ」
「くっ」
ミサトは葛藤の渦中にあった。プラグスーツを着るのは嫌だが、おばさんだと認めるのも嫌である。
(しかも垂れ乳など絶対に認められない)
セクハラだと訴えれば、ネルフはレイにセクハラをしていたと蒸し返されるだろう。
ミサトが打開策を考えていると、シンジが口を開いた。
「さて、葛城三尉は帰って下さい。赤木博士にはプラグスーツの件を伝えておいて下さい。
本日中に赤木博士から納得いく回答が無い場合は、正式に委員会に要求を出しますからね」
「さあ、とっとと帰って! 遠慮を知らないおばさんに居座られると迷惑だわ!」
確かにここに居ても、打開策は見えて来ない。リツコと相談した方が良いだろうという結論を出した。
ミサトは顔を真っ赤にし、シンジの執務室から出ていった。
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「ちょっとリツコ、聞いてよ!」
ミサトはいきなりリツコの部屋に入ってきた。シンジの部屋から、直接来たのだ。
「ミサト! 入る時は、ノックをしなさいって、何度も言ってるでしょう」
「もう、そんなのどうでも良いわよ。聞いてよ。今、シンジ君の部屋に行ったんだけどさ」
「ちょっと、待って! ロックフォード少佐の部屋にまた行ったの!?
副司令に文句が行って、小言を言われるのはあたしなのよ。これ以上、迷惑な事はしないでくれる!」
「違うわよ。ちゃんと約束して行ったわよ」
「……本当? でも良く会ってくれたわね」
シンジがミサトの事を嫌っているのは、リツコにも分かっていた。
あのシンジがミサトを部屋に招き入れるなんて、普通じゃありえないと思ったのだ。
リツコはシンジに嫌われている事を自覚している。自分が行っても必要が無い限りは会ってはくれないだろう。
(一人でシンジと会うのは、リツコは避けている。催眠術にかかるのを防ぐ為だ)
マヤを代理で行かせたのだが、門前払いをくらったくらいである。
そんなシンジがミサトを部屋に招き入れたという。どんな話しなのか興味が湧いた。
「ちょっと聞きたい事があってね。でも、その後が問題なのよ。あのミーナって女が出てきたのよ。
廊下で胸を見せびらかした嫌味な女よ。あの女があたしの事をおばさんって言ったのよ。許せると思う?」
「……彼女は十八でしょ。そう見えたんじゃないの」
リツコのテンションは一気に下がった。
シンジの部屋で何を話したかを聞けると期待したのだが、それがミサトの愚痴では聞く気は失せた。
ましてや、ミサトがおばさん呼ばわりされた事は、内心では当然と思っていた。
リツコが三十歳になった時に、ミサトから散々からかわれた事を覚えているリツコとしては、この件に関して聞く気は無い。
「あたしは、まだ二十代なのよ。おばさん呼ばわりはないでしょう。まったく、昔の写真を同封した事ぐらい、良いじゃない」
「写真を同封? ああ、少佐を呼ぶ時に手紙に同封した写真ね。あたしも見たけど、キスマークつきはやり過ぎじゃないの」
「そのくらい、茶目っ気じゃない」
「八年前の写真にキスマークをつけて、会った事もない十四歳の男の子に送る? 常識を疑われるわよ。
それこそ、誘惑するつもりだったと言われても、反論出来ないわよ」
「……そんな事ないわよ」
「まあ、色気で気を引こうと考えた事ぐらいは分かるわよ。あの時は、少佐の正体を知らなかったしね」
「違うわよ。それよりリツコ、問題はプラグスーツをネルフの制服にする件を言い出したのよ。
あたしがおばさんだって認めなければ、プラグスーツを制服にする件を申請するって。リツコも一緒よ。
リツコからも文句を言ってよ」
「ちょっと待って! プラグスーツを制服って、ミサトとあたしが着る件? 少佐が言い出したの?」
「あのミーナって女が言い出したのよ。あたしとリツコが、おばさんだって認めなければ、委員会に申請するって」
「それを早く言いなさい!!」
通常、シンジにはミーシャが付き添っており、リツコはミーナと話した事は無かった。(廊下の出来事は別だ)
シンジと深い仲だという噂は聞いているが、ミーナの性格は分かっていない。
だが、ミーナがプラグスーツの事を言い出したのは、ミサトと何かあった為だろう事は予測がついた。
リツコは慌ててシンジに電話をかけて、経緯を聞いた。
そして、シンジに向かって、泣く泣く自分がおばさんだと認めた。
リツコが落ちたのを見て、ミサトも屈服した。さすがにプラグスーツを着て仕事をする気は無かった。
その後、リツコとミサトが自分がおばさんだと認めた事が、徐々にネルフに噂として広まっていった。
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シンジは執務机で仕事をしながら来客を待っていた。ミーシャは隣室でコーヒーの準備中だ。
コンコン
「開いてます。入って下さい」
「失礼します。ローレンツ監察官をお連れしました」
そう言って、保安部の女性職員がセレナを部屋に案内した。
セレナは護衛二人と一緒だったが、護衛の二人は室内に居るのがシンジだけなのを確認すると部屋を出て行った。
部屋にはセレナとシンジだけが残された。(ミーシャは隣で、聞き耳を立てている)
前回の使徒戦での残骸の処理に関して、セレナが不知火とシンジの味方をした事により、セレナの印象は改善されていた。
そのセレナがシンジとミーシャに会いたいと連絡して来た。
セレナからの連絡は二〜三日に一回程度の頻度であり、既に恒例化している。
補完委員会に探りを入れたい事もあり、シンジとしては断る理由は無かった。
セレナにしても、シンジから使徒のサンプルを入手した事で委員会から褒められ、多額のボーナスが出ていた。
引き続きシンジとの関係改善と、魔眼の能力向上を命じられているセレナにとって、シンジとミーシャに会う事は仕事の一環であった。
「失礼するわ」
「ミス・ローレンツ。お待ちしてました。ソファにどうぞ」
<ミーシャ、コーヒーを御願い。三人分ね>
<シン様。分かりました>
カチャ
ドアが開いて、メイド服を着たミーシャがコーヒーを持って部屋に入ってきた。
それに合わせて、シンジも執務机から応接セットに移動した。その時に、セレナを観察した。
ピンクのワンピースの上に薄いジャケットを羽織っている。一番最初のような刺激的な服装では無い。
ミーシャはコーヒーを配り、シンジの隣に座った。ある程度はセレナにも慣れたので、警戒する様子は無かった。
もっとも魔眼の事だけであり、セレナの色仕掛けに関しては、ミーナ共々神経質なほど気を配っている。
「あら。この前の写真ね」
セレナは入り口側の壁に掛けてある写真に気が付いた。一番最初にセレナがこの部屋に来た時に撮った写真である。
全身が写った写真で、着ているドレスも冴えて、独特な雰囲気を醸し出している。芸術品レベルだと言えるだろう。
「二人で撮った写真は飾ってくれないの」
「……あれは流石に飾れませんよ。背はボクの方が低いし、顔も釣り合いません。恥をかきたくは無いですよ」
最初、シンジがセレナの写真を飾ったら、ミーナとミーシャが猛烈な抗議をしたのだ。
シンジはセレナの写真を仕舞いこんだが、セレナが来ると聞いて引っ張り出した。(ミーシャは渋ったが)
ちなみに二人で撮った写真は、隠しファイルとして厳重なプロテクトをかけてユグドラシルUに入れてある。
「あら、男の価値は顔じゃあ無いでしょう。男の価値は力と実績よ。それと性格かしら。あたしなら顔だけの男は遠慮するわ。
あなたなら十分な成果を出しているじゃない。それに、顔も可愛げがあって良いと思うわよ」
「シン様は、十分に美男子です。可愛げなんて言葉は使わないで下さい!!」
「あら、ごめんなさい」
「ミーシャ、ありがとう。御世辞でも嬉しいよ」
「私の本心です! 御世辞じゃありません!!」
「仲が良いわね。あなたは何時もメイド服を着ているけど、少佐とどういう関係なのかしら?
中東の出身でしょう。二人の馴れ初めを聞かせて貰えるかしら」
セレナの目の奥が妖しく光った。ミーシャの能力を知る上で、シンジとの関係も知る必要がある。
何時もはシンジの事を聞いて来るが、今回はミーシャをターゲットにしていた。
<へえ。ミーシャとボクのつながりを聞きにきたか。……ミーシャ、まだ辛いでしょう。話さなくても良いからね>
<……いえ。彼女の所属する組織が、どんな事をしてきたかはっきりさせる意味でも話します>
<……分かった、任せる。でも無理する必要は無いよ>
<はい。ありがとうございます>
ミーシャはセレナを見つめ、静かに話し出した。
「見ての通り、私は中東の出身です。今は中東連合に併合されましたが、二年前まではA王国に居ました」
「A王国に!?」
「はい。二年前、南欧国連軍が難癖をつけて攻め込んできました。村や町は破壊されて、一般市民の男性はほとんどが殺されました。
若い女性達は南欧国連軍将兵に乱暴されてから殺されました。
南欧国連軍の侵攻ルート上にあった都市の住民の生存率は1%未満です。大量虐殺です。
そして南欧国連軍は首都に攻め込んで来ました。首都は包囲され、逃げ道は全て塞がれました」
ミーシャは間を取って、コーヒーを一口飲んだ。
顔は微かに歪んでいた。コーヒーの味の為では無く、忌まわしい記憶を呼び起こした為である。
「私には父と兄が居ましたが、侵攻してきた南欧国連軍との戦闘で死亡しました。
軍は壊滅的被害を受けて、首都防衛は無理だと誰もが考えていました。集められるだけの車両で出来る限りの国民を脱出させました。
ですが全員は無理でした。残された男性は子供と老人までもが武器を手に取りました。そして、女達も戦おうと準備を整えました。
南欧国連軍の虐殺が首都の全員に知れ渡って、降伏という選択肢は無かったのです。
そして南欧国連軍の攻撃が始まりました。被害は凄まじく、首都陥落は時間の問題でした。
その後はあなたも御存知でしょう。中東連合の第四遊撃師団の援軍が間に合って首都の陥落は免れました。
あたしはその時の混乱の時に、瀕死のところをシン様に救われました」
ミーシャはシンジの手を強く握り締めながら、セレナから視線を外さずに一気に話した。
ミーシャは瀕死の状態だった。シンジの到着があと十分も遅れたら、ミーシャの命は無かったろう。
そして重傷のミーシャを助ける為に、シンジは自分の魂の一部を分け与えている。それがミーシャの能力発現のきっかけだった。
セレナの顔には狼狽の色が色濃く滲んでいた。
「ご、ごめんなさい。そこまで深い訳があるとは思わなかったの。
でも、南欧国連軍が一般市民を虐殺したって、ニュースでも流れたけど、本当なの?」
「本当ですよ。もっとも南欧国連軍全員では無くて、一部の兵士ですけどね。
特に刑務所に入っていた囚人を特赦し、傭兵とした部隊の犯罪率が群を抜いていました。
以前に葛城三尉の時に話しましたよね。虐殺から生き残った人達が、国連軍の捕虜に報復をしようとしたのですよ。
流石に止めさせましたが、生き残った人達は収まりません。
だから、虐殺やレイプをやった人間は犯罪者として終身労働の罪を負わしました。
その時は、彼らが虐殺やレイプを自白したシーンごと、ヨーロッパ方面のTVに流したから、あなたも知っているでしょう」
シンジはミーシャの肩に手を伸ばし、抱き寄せていた。ミーシャは首をシンジの方に傾けて身体を委ねている。
「ええ。あたしもその映像は見たわ。虐殺やレイプをするような男が、どうなろうと構わないけどね。
でも南欧国連軍の将兵が、そんな事をしたなんて思ってもみなかったわ。
あの時はヨーロッパ中が大騒ぎになったけど、結局は自業自得の結果という事で終わったわね」
捕虜の自己申告は最初から信用されずに、捕虜全員に自白剤を投与して、犯した罪の判別を行った。
そして虐殺とレイプを行った将兵は、強制終身労働の処罰になった。彼らは識別と脱走防止の為に首輪を取り付けられている。
それ以外の将兵は、高額な賠償金を払う事で捕虜返還が為されている。
強制終身労働が決まった将兵は、今でも中東連合で過酷な強制労働に従事している。
ミサトも自白剤を投与されていた。だが、ミサトの部隊は虐殺に絡んでいなかったので、ミサトは捕虜返還で戻ってきていた。
一部の人権団体からは、強制終身労働を強いるとは人権侵害では無いかという声が上がったが、自白剤を投与されて
虐殺とレイプの事を赤裸々に自白する映像を見ると、抗議の声は消えていった。
「彼らは死ぬまで労働で償ってもらいます。しかし、家族を虐殺された人達の恨みが軽くなる訳でも無い。
結局、首脳部が居なくなったA王国は中東連合に併合されました。復興は進みましたが、まだ傷跡は残っています」
ミーシャにとって、昔の国の事を話すのは辛い事だろう。
肉親を殺されて国が滅びたのだ。出来れば思い出したく無い記憶であろう。シンジは少し後悔した。
シンジが話しをまとめると、場を静寂が支配した。
(まさか、ここまで深刻な話しがあるとは思わなかったわ。国連軍の癖に虐殺やレイプだなんて、何を考えているのよ。
情けなくなるわね。……ミーシャは身寄りが無くて、少佐に命を救われた訳か。引き離すのは無理なレベルね。
ミーナの方は分からないけど、これ以上話しを聞ける雰囲気じゃ無いわね)
(……お父様とお兄様の事を思い出すと今でも辛いわ。でもシン様と出会えた。
国は併合されたけど、国民の生活はお父様が治めていた時より、良くなっているもの。
過去の事よりは未来の事を考えないと。それが、私に出来る事だわ。
……でも、シン様に肩を抱かれるのは久しぶりだわ。シン様の匂いがする……)
(ミーシャには辛い事を思い出させてしまった。だけど、過去を悔いるだけでは救われない。
元王国の地域の復興も順調に進んでいる。生き残った人達が幸せに暮らせる環境を整える事が、供養になるだろう。
一回、ミーシャを連れて中東連合に行った方が良いかな。……ミーシャの髪からシャンプーの匂いがするな……)
しばらくの間、三人とも口を開かなかった。だが、シンジとミーシャは二人で別世界に入っているようで、戻ってこない。
置いてきぼりを食わされたセレナは眉を顰めた。
(まったく、あたしの前で二人の世界に入るなんて、良い度胸をしているわね。
まあ、二人の関係が相当に深いのは分かったけど、無視されるのは気にいらないわ。
親密さだけが、女の戦いを決める決定的要素で無い事を教えてあげるわ!)
「ふーー。暑いわね」
セレナの言葉にシンジとミーシャは二人の世界から戻ってきた。
シンジはミーシャの肩の手を外し、ミーシャはシンジと少し距離を取る。
「こ、これは失礼しました」 「申し訳ありませんでした」
「いえ、良いのよ。ただ、暑いから上着を脱がせて貰うわね」
セレナはジャケットの前のボタンを外した。ジャケットの下はピンクのワンピースだが、胸元を極端に開けている。
その胸元をシンジとミーシャに見せつけるかのように、胸を突き出しながらジャケットを脱いで、自分の横に置いた。
今のセレナは薄地のピンクのワンピースだけだ。それも胸元が極端に開いたタイプで、セレナの双丘を誇示している。
それと、セレナが少し動いたせいか、香水の匂いが漂ってきた。
セレナの嗅覚と視覚による刺激は、シンジに強く影響した。
隣にはミーシャが居るとはいえ、目の前にセレナの双丘があった。セレナの目より、胸元にシンジの視線が吸い付けられる。
シンジの様子に気が付いたミーシャは尻を抓った。ミーシャの動きを知ったセレナは、微笑を浮かべていた。
(ふふっ。どんなに親密だって、あたしの魅力にかかればこんなものよ。あなたみたいな発育途上の子に遅れを取るなんて
ありえないわ。でも、お尻を抓るだなんて可愛い反応ね。ミーナじゃ無くて、あなたならこんな程度よ。
魔眼さえ無ければ、あたしの敵じゃ無いわ!)
(まったく、シン様と良い雰囲気だったのに! この人は邪魔しかしないのかしら。それにしても、厭味な程の胸よね。
姉さんと同レベルのスタイルだなんて悪夢だわ。シン様もシン様よね。隣に私が居るのに、他の女に目が行くなんて!)
(このスタイルは反則レベルだよな。まあ、ミーナも同じだけど。二人とも人に在らざる遺伝子が影響しているのか?
さて、髪の毛を分析して遺伝子異常があるって事は、まだ内緒の方が良いかな)
ミーシャの反応に微笑みを浮かべたセレナは、追加攻撃をしようと話しを進めた。
「テーブル越しに話しをするのも飽きたし、そちらのソファに行って良いかしら?」
「駄目です!! それ以上、シン様に近づかないで下さい!!」
「ミス・ローレンツ。それ以上、からかわないで下さい。ボクの身体が持ちません。
ところで、この前に渡した使徒のサンプルの解析状況はどうですか? それと、資料はネルフに渡していませんよね」
シンジは雰囲気を変えようと、仕事の話しを切り出した。シンジにとっては、こっちがメインだ。
セレナも真面目な表情に切り替えた。
「解析結果の催促はしているけど、まだ未回答ね。もっとも、解析結果を見ても、あたしじゃ分からないわ。
でも、解析結果とサンプルはネルフに渡さない事は約束するわ。委員会の了解も得ているもの」
「ええ。ネルフには渡さないように注意して下さい。それはそうと、あなたは使徒の解析結果を、まったく知らないのですね。
簡単に説明しましょうか?」
「えっ、良いの? それと、あたしは専門的な事は分からないわよ」
「簡単に説明しますよ。素人さんにも分かりやすく説明出来なければ、その道のプロとは言えませんからね。
最初の使徒と、この前の使徒の細胞サンプルを持っていますが、二つのDNAサンプルは100%一致しました。
それと、初号機の素材のDNAとも比較しましたが、これとも100%一致しました」
「えっ!? それって?」
「最初の使徒が来る前に、ネルフは別の使徒のサンプルを手に入れていたんでしょうね。
初号機と零号機は、使徒の細胞サンプルを増殖させて造ったという事です。
そして、使徒のDNAは人間と99.89%が同じなのです。これは類人猿より遥かに似通っています。
これだけDNAが近いと、使徒の細胞サンプルを使って人体実験をする可能性がネルフなら極めて高いと思います。
そうなれば、異能力に目覚める可能性が高いのですよ」
「……異能力って、どういう能力かしら?」
人体実験で異能力が目覚めると聞き、セレナの顔が僅かに青ざめたが、口調には変わりは無い。
セレナが動揺している事に気がついているが、シンジは知らぬ振りをして話しを進めた。
「あなたやミーシャが持っている能力ですよ。ミーシャは死に掛けたのが、能力発現のきっかけです。
個人毎の資質の差はあるでしょうが、ある程度の異能力の素養は誰しも持っています。ですが、それが発現するなど、
普通の生活をしていたのでは、ありえません。あなたの能力発現のきっかけは、何だったのですか?」
「あたしは同級生の虐めにあって、恐怖を感じた時よ」
「恐怖ですか……それぐらいで目覚める事があるんですかね。
普通は死ぬくらいの衝撃を受けても、能力が目覚めない事が圧倒的に多いのですよ。
ミーシャの例は、偶然の可能性が大きいと思います。
恐怖を感じただけで能力の発現か……変なものを食べたり飲んだりした事は無いのですか?」
「……変なもの? な、無いわよ」
セレナの顔が少しづつ悪くなっていった。昔、大祖父に呼ばれて、変な飲み物を飲んだ記憶が蘇ってくる。
まさか、あれが関係しているのかという疑惑が、セレナの胸中に広がっていく。
「使徒の細胞サンプルを人体に投与したら、どうなるか分かりません。拒否反応を起こして死亡するか、
拒否反応を起こさないでも、何らかの身体の変化が起きるでしょう。それこそ、異能力に目覚める事もあるかもしれません」
「そ、そんな事になれば、大変な事ね。……今日は、このあたりで帰らせて貰うわ」
「あら、今日は勝負はしないんですか?」
ミーシャと会う時、セレナは何時も魔眼の力比べをしている。
もっとも、ミーシャはセレナの力を相殺するだけで、積極的には攻撃していない。
何時もは、セレナの方が先に根負けして終わるのが通常だ。
ミーシャにメリットは無いが、シンジからセレナの力の成長度を見たいと言われたので、仕方なく付き合っているだけだ。
ちなみに、セレナと話すのがミーナとシンジの組み合わせという場合もあるが、その時はセレナは魔眼を使わない。
一度、ミーシャが居ないのでミーナに魔眼を使ってみようとしたのだが、いきなり悪寒に襲われた。
(もし、ミーナに魔眼を使えば、シンジが報復するつもりだった)
それ以降、二度とミーナに魔眼を使おうと思った事は無い。
「き、今日は体調が悪いから、無しにさせて貰うわ。じゃあ、失礼させて貰うわね」
「顔色が優れませんからね。あなたみたいな美女の顔が曇るなんて、世の損失ですからね。ゆっくり休んで下さい」
「お大事に」
「ありがとう。じゃあね」
そう言って、セレナは顔を青ざめたまま帰っていった。
セレナが動揺していたのは、ミーシャにも分かっていた。そしてセレナの髪の毛のDNA分析結果も知っている。
「シン様。彼女のDNAは、普通の人とは違うんですよね」
「ああ。彼女の子供の頃のDNAがどうだったかは分からないけど、今のDNAは普通の人とは少し違っている。
ほんの僅かな数値だけどね。それが、何に起因するかは分からないけど、さっきの話しを聞いて慌てたところを見ると、
知らず知らずのうちに、使徒の細胞を摂取したんだろう。普通に摂取すれば、単なる栄養になるだけだろうけど、
回数を増やしたのか、特殊な摂取方法を採ったのかは分からない」
「姉さんもだけど、あの人も人に在らざる遺伝子を持っているんですよね。だから、あんなにスタイルが良いんですよね?」
「ミーシャ?」
「シン様、私も使徒の細胞サンプルを摂取すれば、姉さんみたいなスタイルになれるのでしょうか!?」
「それは人毎の特性があるから保証は出来ないよ。それ以前に、拒否反応が起きる可能性の方が高いよ。
ミーナの場合は元々からだけど、彼女の場合はかなりのリスクがあったはずだよ。
ミーシャは十分綺麗じゃ無い。無理する必要は無いと思うよ」
「本当ですか! シン様は本当にそう思っているんですよね!」
「ミーシャが綺麗なのは事実だしね。本心から、そう思ってるけど」
「シン様……」
ミーシャは静かにシンジの側に歩み寄って、シンジの胸に顔を埋めた。
シンジはミーシャの肩に手を回して、優しく抱きこんだ。
(シン様の匂いだわ…………)
(シャンプーの匂いに、ミーシャの香りが混じっているよな。ミーシャは小柄だけどグラマーだからな。うーーん、我慢我慢)
シンジとミーシャは軽く抱き合いながら、お互いの体温を感じていた。
シンジの脳裏に思い出されているのは、二年前の出来事だ。
既に心臓は停止し、脳死寸前のミーシャに駆け寄り治療を開始するシンジ。
気を注ぎ込むだけでは足らずに、咄嗟に自分の魂を分け与えていた。
その時から、ミーシャはシンジの眷属になった。ミーシャに後悔の念は無い。
自分の命を救ってくれたばかりか、国民も救ってくれた。そして、ミーシャはシンジに仕える事を誓った。
二年間の間には、色々な事があった。今まで経験した事の無い事も多々あった。ミーシャも色々な経験を積んだ。
その間に、ミーシャのシンジへの気持ちは変化した。
ミーシャは頬を少し赤らめ、潤んだ目でシンジを見上げる。そして目を瞑った。
そして、シンジの唇とミーシャの唇が重なった。
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マンションの一室
白く染まった山々と、そこでスキーを楽しんでいる風景が、居間にある大型TVに映し出されていた。
ミハイルとクリス、シンジがスキーで滑っているのだが、帽子とゴーグルの為に、すぐには他の客と区別がつかない。
辛うじてシンジのスキーウエアが青だと言われて、区別がつくぐらいだ。
「これが、ストルマン郊外の山の光景だよ。昔は寒冷地だったけど今は温暖な気候になったんだ。雪が降るのは冬だけだよ。
それで、雪の上をああやって滑るのさ。結構、スピードが出るからスリルがあるけどね」
TVの前には、シンジ、ミーシャ、レイの三人が座っていた。(中央にシンジ。左右にミーシャとレイだ)
ミーシャは二回ほど北欧連合に行っているが、その時は夏だった。レイは日本から出た事は無かった。
二人とも雪を見た事が無かった。
シンジが北欧連合での話しをしていた時にスキーの話しになり、二人が聞きたがったのだ。それで昔のビデオを再生していた。
「中東は地軸変動で赤道に近くなったから、熱帯気候ですからね。
雪なんてTVで少し見ただけでしたが、ここまで積もると壮観ですね」
「お兄ちゃん。みんなが厚着をしているけど、そんなに寒いの?」
「ああ、雪は寒くならないと降らないんだ。だから、あんな厚着をしているのさ。
夏はそれなりに暑いけど、冬は寒いんだ。季節毎に気温が変化するのさ。
日本は一年中熱帯気候になったから、今は絶対に雪は降らないけど、昔は四季があって冬には雪が降ったんだよ」
「行ってみたいわ」 「私も」
「そのうちにね。今はドタバタ続きだから無理だけど、少し落ち着いたら冬の北欧連合に行ってみようか」
「「本当に!?」」
「嘘は言わないよ。何時かと確約は出来ないけどね。じゃあ、次に移るよ」
そう言って、シンジは次のビデオを画面に出した。
そこには北欧連合の夏の海の光景が映し出されていた。
「昔は夏でも涼しい程度だったんだけど、地軸変動の為に今の夏は暑くなるんだ。だから夏は薄着で海水浴が人気になる。
まあ、今の日本よりは少し涼しい程度かな」
そこはロックフォード財団のプライベートビーチだった。ほとんど人は無く閑散としていたが、ふいに画面に人影が映った。
シンジ、ミーナ、ミハイル、クリスだった。そこには、十歳のシンジと十四歳のミーナが画面に映っていた。
シンジは短パン姿だが、ミーナはピンクのビキニ姿だ。十四歳とはいえ、今のミーシャを上回るスタイルを誇っている。
「きゃあああ。お兄ちゃんが、可愛い!!」 「姉さんが若いわ!!」
レイは十歳のシンジに頬を染めて、ミーシャは四年前のミーナを見て感嘆の声を上げた。
ゴン
小さめの果物が台所からミーシャの頭目掛けて飛んできて、見事に命中した。
「いたーーーーーーい!」
ミーシャの悲鳴と同時に、台所からミーナが居間に入ってきた。エプロン姿もなかなか似合っている。
「ミーシャ、あたしは今でも若いわよ!!」
「ね、姉さん、聞こえてたの!?」
「あんなに大きな声を出せば、聞こえるわよ。……あら、また懐かしいのを見てるわね」
「今の日本には、四季が無いからね。ミーシャとレイに冬のスキーのビデオを見せてたんだよ。これは、その後の映像だよ」
「確か四年前のビデオよね。皆で出かけた時のやつね」
「姉さんて四年前からスタイルが良かったのね」 「うん。羨ましいわ」
「四年前はまだまだよ。ミーシャもレイもこれから成長期だから、そんなに気にする事は無いわよ」
ミーシャがシンジと会ったのは二年前。それ以前のミーナの事は知らなかった。
十四歳のミーナのスタイルは、現在のミーシャを上回っている。四年後に追いつけるのかと少し不安になってしまった。
雑談している間もビデオは進み、シンジとミーナ以外の顔も映し出された。中には白髪の老人も含まれている。
「ロックフォード家全員で、バカンスに出かけた時だよ。養父さんも一緒に行ったのさ。
家族全員がバカンスに行ったなんて、これが最初で最後だよ」
画面では、ミハイルがシンジ相手に遊び、クリスがミーナと話していた。
そこに、義兄のハンスとその子供のヒルダ(当時六歳)が現れた。ヒルダはいきなりシンジに駆け寄り、抱きついた。
画面からは、かなり親密な様子が伺えた。
「お兄ちゃん、あの子は誰なの?」
「ヒルダ・ロックフォード。義理の姪だよ。養父の孫。ハンス義兄さんの子供さ。今は十歳か。
おてんばな女の子だよ。懐かれるのは嬉しいけど、遊び相手になると疲れるんだ」
画面のヒルダは、レイには天使のように見えた。それに、シンジの周りには親しい人は大勢いる。
シンジの過去を知るのは嬉しい事だが、知らない人がシンジと仲良くしているのを見ると、少し悲しくなってきた。
レイが沈んだ様子を目敏く感じたシンジは、レイの頭に左手を伸ばし撫で回した。
「レイとは、これから思い出を作っていけば良いんじゃない。これからはミーナもミーシャも、ずっと一緒なんだからさ」
シンジの一言でレイははっと顔を上げ、笑顔でシンジに抱きついた。
「お兄ちゃん、大好き!!」
レイは腕をシンジの背中に回して、顔をシンジの胸に摺り寄せている。
ついでに言うと、レイの胸はシンジにお腹に押し付けられている状態だった。
レイの甘い体臭に加えて、擦り摺り攻撃はシンジにかなりの刺激を与えている。
ここで反応しては拙いと必死に我慢したシンジだったが、追加攻撃が入ってきた。
「あっ、レイ、ずるいわよ。あたしも!」
そう言って、ミーシャも抱きついてきた。正面はレイが占領しているので、ミーシャは背中からだ。
ミーシャは胸をシンジの背中に押し付けて、シンジのもみあげに息を吹き掛けている。
二人のダブル攻撃に、シンジはあっさりと降参した。
「ちょっと、待って! レイ、ミーシャ。不意打ちは駄目だって」
「えっ? お兄ちゃん、何で駄目なの?」
「そうですよ、何で駄目なんですか? 家族のスキンシップじゃ無いですか」
レイは分からないで抱きついているが、ミーシャは確信犯だ。シンジが何に慌てているかは、分かっている。
そして、それをシンジから聞きたいのだ。聞けば女のプライドは満足する。
「ミーシャ、レイ、止めなさい! シンが暴走すると、後が大変なのよ。スキンシップも良いけど、二人がかりは駄目よ」
「「はーーい!」」
ミーシャとレイは、ミーナの言葉に素直に従ってシンジから離れた。ミーナに逆らうと後が怖い。
後には、ぐったりとしたシンジが残されていた。
「二人とも成長したんだから、急に抱きつくなんて駄目よ。女の子なんだから、恥じらいを持たなくちゃね」
「姉さんから、恥じらいなんて言葉を聞くなんて」
「ミーシャ!! 何か言った!?」
「い、いえ、何でもありません」
「レイもいきなり男に抱きついちゃ駄目よ。男は狼なんだから、可愛いレイは食べられちゃうわよ」
「あたしはお兄ちゃん以外には、抱きつかないもん!」
「ま、まあ、シンに抱きつくぐらいなら良いけど、外じゃ止めなさい。他の人に見られると、変な噂になるから注意するのよ」
「はーーい」
「さて、シン、起きて!! シャワーでも浴びてきた方が良いわよ」
「……そうする」
そう言って、シンジは浴室に移動した。残されたのは、女性三人だ。
これからの事も考えて、ミーナは二人に男に関しての講義を始めたのだった。
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第壱中学
シンジはミーシャとレイと一緒に、昼食を取っていた。
メニューはサンドイッチだ。ミーナは日本食に挑戦しているが、中々うまくいっていない。
もっともサンドイッチの味付けには拘っており、三人からクレームが出た事は無い。
クラスメートとは少し話す程度だった。そもそも緊密になりすぎて、足枷になっても困る。
それに明らかに違う雰囲気を放つシンジ達から、クラスメートは距離を置いていた。
目的に適う事もあり、シンジ達はクラスメートと仲良くなれない事に落胆はしていない。
トウジはよく話しかけてくるが、シンジに適当にあしらわれていた。
屋上は人がいないとレイから聞いていた事もあり、今日は屋上で食事していた。
ユインはシンジの頭の上だ。
授業中にユインを教室に入れる訳にはいかず、屋上に出たとたんに、シンジの頭の上に飛んできた。
周りに人がいない事を確認し、シンジは話し始めた。
余談だが、屋上に着いたとたんに、仕掛けられていた盗聴器は破壊してある。教室の盗聴器もそうだ。発見次第、破壊している。
「ミーナが言ってたけど、昼間に第三新東京の警察が、マンションに入ろうとしたのは聞いた?」
「ええ。何でも、不審者がいないかの確認で来たとか。
あのマンションが皇宮警察の管理下と分かって、慌てて帰ったと聞いています」
「それだけじゃ無い。電気が止まって電気会社の人が大勢でマンションに入り込もうとしたり、水が断水して水道局の人が
同じくマンションに入ろうとしたり、この前は税務署の人が来たよ。ネルフの得意な小細工だね」
「でも、対応策は打ってありますよね。自家発電設備と大型の給水タンクの設置。
そして不用意にマンションに入りこもうとした会社に圧力をかけて、担当者を懲戒免職処分。当分はマンションは大丈夫でしょう」
「マンションはね。でも、最近はレイが標的になっている。注意しないとね」
「……お兄ちゃん」
レイが不安そうな表情をして、上目遣いでシンジを見上げた。内心、ぐっときた事を堪えて、レイの頭を優しく撫でた。
「大丈夫さ。レイは守るよ。但し、レイが外出する時は、必ずボクかユインと一緒にいる事。良いね」
「うん。分かったわ」
レイはシンジの言葉で安心感に包まれて、笑顔になった。
実際、レイを狙った襲撃は今まで四件あった。
デパートの人ごみに紛れての誘拐未遂。デパートの着替え室の床が抜けて、誘拐されそうになった事。
(因みに、そのデパートは今は閉鎖している)
歩行中、走っている車から無理やり手を掴まれ、誘拐されそうになった事。
(車から出した手は、ユインの爪で切断された)
歩行中、レイの頭を狙った狙撃。
(ユインが弾を銜えて防いだ。狙撃者はユインが始末)
どれも、シンジが使徒解析に関わっていた時に発生したものだ。犯人はネルフ以外には考えられない。
司令か副司令あたりの命令だろうと推測した。間違っていても構わない。
”あなたは作る人、ぼくは食べる人”みたいな一方通行のつもりらしいが、ネルフも受身に為り得るのだと教育するつもりだ。
そして、ある調査をしてから行動を開始した。
ゲンドウは地上のマンション、ジオフロント内、ネルフ本部内と、あちこちに寝所を用意している。
テロ対策の為である。何時、何処に寝るかは、本人と直属の護衛しか知らない。
シンジはゲンドウがどんな寝姿をしているかは興味が無い。だが、ふと想像してしまった。
パジャマか? それともガウン? それとも甚平? それとも下着? まさかネグリジュ?
変な方向に行った考えを、頭を振って消した。嫌な光景を想像した為だ。
肝心なのは、ゲンドウが何処で寝たかだ。ゲンドウの寝姿など気にしてはいけない。
既に、ネルフの首脳部全員に、位置を発信するトレーサーを取り付けてある。
そのトレーサーを使ってゲンドウの居場所を特定して、寝室へ亜空間転送で『大きめの蛇』を数十匹送り込んだ。
時間は午前三時。普通なら熟睡している時間だろう。送り込んだ蛇は、ゲンドウの体温に引かれて周囲に集まる。
いくら熟睡していても、蛇数十匹が自分の周りをうろつき、そして肌に巻きつけば絶対に目が覚めるだろう。
その状況は想像に任せよう。シンジが重視したのは結果だ。
ネルフはちょっかいをかけるだけでは無く、ちょっかいをかけられる立場でもある事を認識させる為だ。
だから、ゲンドウがどんなリアクションを取ったかなど、見る気は無かった。(後で、ほんの少し後悔したが)
良いチャンスだから、ゲンドウを拉致するか、シンジがゲンドウの寝室に出向いて、使徒に関する情報を得ようかとも
考えたが中止した。
亜空間転送を使えば、ゲンドウを容易に拉致は出来る。だが、ゲンドウには常に発信機が備え付けられている。
亜空間転送の秘密がばれる可能性もある。
シンジが亜空間転送しても同じだ。護衛に気づかれれば、まずい事になる。故に、今回は使徒の情報は諦めた。
何故蛇が寝室に居たのかは悩むだろうが、事前準備とかで誤判断させる事は出来るだろう。
そして冬月には『毒が無い蠍』を数十匹、同じく亜空間転送で寝室に送り込んだ。
一応、蛇より蠍の方がショックは弱いかと判断してだ。老人にショック死されると予定が狂ってしまう。
そしてリツコには『大きめの蝦蟇蛙』を数十匹、ネルフ本部の仮眠室に送り込んだ。
一応、女性という事で手加減して蛙にした。リツコが蛙をどう考えるかは知らない。良い食材が入ったと喜ぶだろうか?
まあ、明日の顔色で判断すれば良い。
三人の命をここで絶つのは簡単だ。再起不能でも良い。
そうすれば邪魔を入る事は少なくなり、これからの戦いはずっと楽になるだろう。
だが、使徒の情報の件もある。完全にネルフが不要と判断されていない。
それに、北欧連合の国力(経済力)は、ゼーレと比較するとまだまだ弱い。
ゼーレの弱体化を計る為の引き金として、三人にはまだ健在でいて貰わねば困るという理由もある。
翌日、シンジはゲンドウと冬月に面会を申し込んだが、本日は休みだと秘書課から連絡があった。
リツコを画面で呼び出すと、リツコは悲鳴を上げて通信を切ってしまった。
効果はあったのだろうと判断した。そしてレイが襲撃に遭う事は、当分は無かった。
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北欧連合:ロックフォード財団本社ビル:会議室
ロックフォード財団の首脳部が集まって会議を開いていた。総勢三十人ほどだ。
総帥と副総帥は当然の事、ミハイルとクリスも席にいた。北欧の三賢者は、財団内でもVIP待遇である。
「ふむ。本国と中東は順調か。南米とアフリカへの予定が若干遅れているな。大丈夫か?」
「はい。先の我が国への賠償で他の常任理事国の経済が傾きましたが、各国の財団が私財を投入して景気回復に努めています。
その為、彼らの投資額が増加している状態です。我が財団の投資額では限度があり、中々予定通りには行きません」
旧常任理事国六ヵ国から、300億ユーロの賠償金は北欧連合に秘密裏に支払われた。
だが、土地の譲渡もあり隠せるものでは無い。
一般に知られて市場は大混乱した。だが、欧米の各財団の積極的な投資が行われ、景気は持ち直していた。
「先の賠償の一部が、政府から我が財団に支給されました。これでかなり余裕が出ました。
ミハイル様とシン様の功績ですな。兵器関連の開発、生産ライン整備に約三割を割り当てる予定です」
北欧連合の国会で、国連軍に限定した兵器輸出が許可された。
特に日本の国連軍の増強を支援しようと、北欧連合の最新鋭機『ワルキューレ』の輸出が認められていた。
粒子砲搭載機とあって輸出に慎重だったが、状況の変化に対応しようと議決されていた。
「それと海上食料プラントを増設する予定です。既に我が国は食料輸出国ですが、世界的には慢性的な食料不足です。
援助物資としても使えますし、この方針は維持します」
セカンドインパクトと、それ以降の混乱で世界人口は1/3になっている。
地軸変動により食料生産量が増えた国もあるが、減った国の方が圧倒的に多い。
現在、食料は有効な戦略物資になっている。増産が可能な北欧連合としては、見逃せないチャンスである。
「エネルギー関係ですが、一度シン様にお戻り願えませんか。各国からの核融合炉の輸出依頼が山になっています」
「南米とアフリカが遅れている以外は順調か。だが、シンは当分は日本に居る。最低でも数ヶ月は帰ってこれまい。
書類の方は日本に送っておけ。もっとも、輸出規制の無い国からの依頼分だけにしてな」
「はっ。承知しました」
「主要国の各財団からの接触が、最近は多くなっています。技術提携や資本提携の話しが多く、結構魅力的な条件です」
ゼーレがサードインパクトを画策しているという事実を知っているのは、一部の人間だけだ。
国王と王族周辺、首相と各大臣クラス。軍で言えば将官以上だ。
財団で言えば、総帥と副総帥だ。ミハイルとクリスは当然含まれる。
あまりに多くの人間に真相を話すと、絶対にどこからか秘密は洩れるものだ。
サードインパクトの機密を聞いた人間は、最初は誰も信じない。
だが、シンジから直接映像を見せられ、魔術師という事を理解して初めて信じたのだ。
そして、話しを聞いた人間には、必ず防諜対策が施されている。
最悪、ゼーレに捕まって自白させられそうになった時は、記憶を封印するようになっている。
北欧連合がゼーレの最終目的(サードインパクトを起す事)を知っているとゼーレに知られた場合、
ゼーレは全面攻撃を北欧連合に仕掛けて来るだろう。今のような中途半端な関係では居られない。
その時は当然反撃を行うが、細菌兵器や核のテロが行われる可能性も十分ある。そんな事態は望んではいない。
そういう理由もあり、ゼーレの秘密を知っている人間は、北欧連合でも一部の人間に限られている。
だから北欧連合の一般の市民は、それほど旧常任理事国を敵視していない。
その為、ゼーレの企業から条件の良い提携話しがあると、すぐそれに乗りたがる。
今まで、提携を隠して進めようとした役員を二名ほど追放した事もある。
秘密を知る者と知らない者、その情報ギャップによる悲劇だ。だが、財団の方針に変わりは無い。
ある程度の悲劇があるとはいえ、機密漏洩のリスクを回避する為には仕方の無い事と割り切っている。
「駄目だ。他の常任理事国の企業との提携は行わない。我々は北欧連合の企業であり、今は足場を固める方が先だ。
食料と工業用品の増産は、国内と中東連合だけで進めていく。
二〜三年後には状況は変わるだろうが、最低一年はこの方針で行く。それと産業スパイに注意するように。
この前追放した役員だが、役員会にも隠して提携話を進め、我が財団の技術資料の一部を外部に流出させた。
二度と同じ事が起きないように注意するのだ」
ナルセスの立場としては辛い言い方だ。だが、ゼーレに対する機密漏洩を防ぐ為にも、提携を認める訳にはいかない。
「……分かりました」
提携の話しを持ち出した役員は、残念そうな顔で総帥の言葉に頷いた。
彼の立場からすれば、企業は営利を追求する事が目的だ。間違ってはいない。
それも、役員も知らされていない政治的状況で、提携が却下されたのだ。残念がるのも無理は無い。
このように、情報を知る者と知らない者との情報ギャップで、このような軋轢を産む。
総帥であるナルセスは、役員だけでも情報公開をすべきか真剣に悩んでいた。
ロックフォード財団の結束を優先し、情報漏洩のリスクを背負っても役員に機密を教えるか、
情報漏洩防止を優先し、役員に機密を教えないまま進むか、ナルレスは決断を迫られていた。
ロックフォード財団が内部分裂をするなど、ゼーレにしてみれば手をたたいて喜ぶ事だろう。
そんな事はさせないと誓うナルセスであった。
To be continued...
(2009.03.14 初版)
(2009.03.21
改訂一版)
(2011.03.05 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)
(あとがき)
今回は人間関係や、状況の説明に終始してしまいました。原作に対しての進展はありません。
もっとも、次回は零号機の起動試験が入りますから、レイの前準備が多く含まれます。
レイの精神状態がどう変わったのかを、書いてみました。
十三話はラミエル君の登場の予定です。
作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、まで