第十三話
presented by えっくん様
ネルフ:第2実験場 22日前
ゲンドウの指揮の下で、零号機の起動実験が始まった。
レイがエントリープラグに乗り込み、零号機に接続された。
そして……
「パルス逆流!!」
「第三ステージに異常発生!」
「中枢神経素子にも拒絶が始まっています!」
「コンタクト停止! 六番までの回路を開いて」
「駄目です! 信号が届きません!!」
管制室の職員は、リツコも含めて異常事態に必死になって対応した。
だが、努力も虚しく零号機が暴走を始めた。拘束具を引き千切ったのだ。
「零号機制御不能!」
「実験中止! 電源を落とせ!!」
ゲンドウの冷静な声が響いた。
リツコが非常用スイッチのガラスを叩き割り、レバーを引いた。
「零号機、予備電源に切り替わりました!」
「完全停止まで三十五秒」
零号機は自らの頭を押さえ、そして目標を見つけたかのようにゲンドウの前の強化ガラスを殴打し始めた。
強化ガラスとその周囲の壁が徐々に破壊されていった。そして強化ガラスの破片が管制室の中に散乱していく。
「危険です! 下がって下さい!」
零号機はゲンドウを目標にした攻撃をいきなり中止し、再び両手で自らの頭部を抱えた。
「オートイジェクション、作動します!!」
「いかん!!」
零号機の背中からレイが乗るエントリープラグが排出された。そしてジェット燃料の噴射により天井に叩き付けられた。
これにより搭乗者であるレイに、かなりの負荷が掛かってしまった。
「特殊ベークライト、急いでっ!」
燃料が尽きたのか、天井に押し付けられていたエントリープラグが床に落ちた。
「レイ!?」
特殊ベークライトが零号機に吹き付けられた。もっとも、固まる前に零号機は電源が切れて停止した。
ゲンドウは管制室を飛び出し、エントリープラグに向って走っていた。そして駆け寄り、ハッチを開けようとした。
「ぐおっ!」
ゲンドウはプラグのあまりの熱さに手を離し、同時にサングラスが床に落ちた。
だが、諦める事無く、再びハッチをこじ開けた。手が焼け爛れて、激痛が走った。
「レイ! 大丈夫か!?」
ゲンドウはプラグの中のシートに横たわるレイを呼んだ。
レイは目を開けてゲンドウを見て、ゆっくりと頷いた。
「そうか……」
この件によって、レイは以前よりゲンドウを信頼するようになっていた。人間と違う事を何度も教えられ、疎外感に悩まされる
レイにとって、自分の身を案じてくれるゲンドウは得がたい存在だったろう。
ゲンドウの最終目標の為には、意のままにレイを動かす必要があった。
実際、レイはゲンドウの命令に従順に従った。最初の使徒の迎撃の時に、シンジが来るまでだったが。
そして、シンジが来てレイを拉致された。次にレイを見た時、レイは見違える程変わっていた。
外見は同じだ。だが、雰囲気に以前の面影は一切無かった。
この前の第四使徒の残骸置き場では、レイの強い拒絶に遭ってしまった。
この零号機の起動実験の失敗には疑念が残る。
何故、室内の起動実験なのにエントリープラグの緊急脱出用の燃料が入っていたのか?
それなりに高い技術を持つネルフのスタッフの怠慢とは考え難い。
何故、管制室にいたゲンドウが真っ先にレイの乗るエントリープラグに辿り着けたのか?
管制室から実験場までは距離がある。レスキューを事前に準備しなかったのだろうか?
それも考え難い。残されるのは意図的に起こされたという事である。だが、その真相を知るのはただ一人ゲンドウのみだった。
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マンション:レイの部屋
シンジ達と一緒に生活するようになり、レイはこのマンションに引っ越してきた。
前の古ぼけたマンションから持ってきたのは、学校関係の物と制服と下着のみだった。
私物は殆ど無く、不要な物は全て置いて来た。壊れたサングラスも置いてきた。
今のレイの部屋には小物が多い。ミーナとミーシャと一緒に買い物して揃えたものだ。
壁紙も明るい色にして、縫いぐるみなどの小物が所狭しと部屋に溢れかえっている。
以前は学校の制服しか持っていなかったが、いまやレイの持っている私服は五十着を超える。
かつての安物の下着は処分し、新しい下着を多数揃えていた。
ミーシャの意見もあり、レイの趣味もそうだったので、派手な下着は無く可愛い系の下着が多い。
掃除も毎日行い、清潔さを保っている。ミーナとミーシャの教育の賜物だろう。
以前の部屋を知っている人間からすれば、信じられない変化だ。
そして机には二枚の写真が飾ってある。一枚はシンジと腕を組んだ写真で、もう一枚は四人全員で映っている写真だ。
写真はこれから増えていく一方だろう。だが、レイを家族と言って迎えてくれた日に撮った写真だ。忘れられるものでは無い。
あの日がレイにとっての転機だった。
朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。その朝日を浴びながら、レイは目を覚ました。
「うーーーん」
レイはユインを抱きながら上半身を起こして、背伸びをした。可愛いパジャマ姿だ。
通常レイはミーナかミーシャと一緒に寝るか、ユインを抱きながら寝るかの三択だ。
まだ一人で寝ると不安な気持ちになる事がある。昨日はユインと一緒にベッドに入った。
低血圧なので、まだ頭がボンヤリしているが、ユインの抱き心地を楽しみながら今日の予定を思い出した。
今日は学校だが、明日は休みなので四人でお出掛けだ。
お出掛けの時は最初はデパートに行く事は決まっているが、その後の予定は、その時の気分や状況で決める事になっている。
中学に行くのはシンジとミーシャが一緒なのでそれなりに楽しいが、休日は色々な遊びも出来るので平日より休日の方が好きだ。
レイは明日が待ち遠しくなっていた。
朝から楽しい気分になったレイは、ふと昔の事を思い出した。
寂しく汚れた部屋に寝ている自分。会話も無く、ただ時間が過ぎ行くのを待っていた自分。
食事は栄養剤のみで、体調異常も頻繁にあった自分。中学の制服しか持っておらず、下着もバーゲン品しか持っていなかった自分。
ゲンドウの事を信じ、ゲンドウ以外とは、ほとんど会話もしなかった生活をしていた自分。
今の生活とは雲泥の差だ。シンジが言っていた”洗脳されていた”という言葉がレイの心に浮かび上がってきた。
以前の生活を振り返って見て、レイは洗脳されていた事を深く悔やんでいた。
もっともレイに責任は無い。何も知らなかったレイに洗脳した人間が悪いのだ。
”過去を悔いるより、未来を見なさい” ミーナがレイに言った言葉だ。
過去を悔やんでも失われた時間は戻って来ない。ならば、楽しい未来に向けて時間を費やした方が絶対に良い。
今のレイには、シンジ、ミーナ、ミーシャという家族が居る。
美味しい食事をし、家族と楽しく過ごす。今のレイは普通の女の子としての生活を満喫していた。
思いに耽っていたレイだったが、ふと目に入った時計を見て慌てた。
まだ遅刻する時間では無いが、ゆっくりしているとシャワーを浴びる時間が無くなる。
レイは慌てて浴室に向かって行った。
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第壱中学
四時限目の授業は体育の時間だった。男子は校庭でバスケ、女子はプールで水泳である。
ミーシャとレイは学校指定のスクール水着を着て、二人並んで座っていた。
ここ最近の改善された食事事情の為に、レイは徐々に体型が変わりつつあった。
ウエスト周りは、あまり変化が無い。だが、胸と腰のあたりのボリュームが微妙に増していた。
以前は痩せ過ぎ気味の体型だったが、歳相応を超えて平均以上のスタイルになりつつあった。
シンジはプールサイドに並んで座っているミーシャとレイを見つめた。
シンジの視線に気がついたミーシャとレイは、二人してシンジの方を振り返った。
そしてミーシャとレイは、シンジに小さく手を振った。シンジも小さく手をあげた。
それを見て、プールサイドの他の女の子達は、三人の事で話し始めた。
「いいわよねえ、スラードさんに綾波さん。綾波さんなんて、ここ最近で急にスタイルが良くなったし」
「はあ、サイズじゃ敵わないわよねーー」
「ふん、あたしだって負けちゃいないわよ」
シンジは騒ぎ出した女の子に気がついて、苦笑をして視線を外した。
ミーシャとレイは小言で話し合い、二人して笑いあった。何を笑ったのだろうか?
本当にレイは変わった。シンジ達がくるまで、レイの笑った顔などクラスの誰も見た事が無かった。
普段話すのはシンジとミーシャだが、クラスメートから話しかけられれば普通に会話はするようになった。
ミーシャとレイ。二人とも平均以上の容姿で、全校の男子生徒からは注目されている。
ミーシャは今まで同世代の女の子と話した事自体が少なかった。ある意味、ミーシャも学生生活を謳歌していた。
レイもそうだ。ミーナとミーシャの会話で急速にコミュニケーション能力を身に付け、身の回りの世界が広がった。
殻に閉じ篭ったままでは分からなかったが、他の人と話す事で、今まで気がつかなかった事もたくさんあると分かった。
レイにとって、シンジ、ミーナ、ミーシャは自分の殻を破ってくれた恩人だった。そして家族でもある。
女の子が騒がしいので、シンジ以外の男子生徒もプールに視線が向いた。
その中には、トウジとケンスケも入っていた。
ヒカリは周りの女の子と一緒に、ミーシャとレイの話しをしていた。
ヒカリから見ても、二人の美貌とスタイルは羨ましいものだった。それは他の女の子も一緒だ。
その時、ヒカリはトウジがこちらを見ている事に気が付いた。
一瞬で顔が赤くなり、慌てて自分をチェックした。女心というやつだろう。
トウジはヒカリを見た後に、視線を別方向に向けた。特にヒカリだけで無く、他の女の子も見ているようだ。
他の女子を見たトウジの鼻の下が、微かに伸びているのを見たヒカリは、機嫌が悪くなっていた。
だが、トウジの隣にいるケンスケが此方を見ていると感じると寒気を覚えた。思わず手で胸を隠してしまった。
ケンスケはバスケ中という事もあり、カメラなど持ってはいない。
だが、女子の着替えや水着姿を盗撮して販売していたのだ。許せるものでは無い。
しかも、相田はトウジ以上に鼻の下を伸ばして、こちらを見ている。
「相田君、何をじっと見ているのよ!!」
ヒカリの言葉に、プールサイドの女の子が先程とは違った意味で騒ぎ出した。
「キャー! 相田に水着を見られた。写真に撮られちゃう!」
「相田、何見てるのよ。嫌らしいわよ」
「また、盗撮する気なの?」
「あっちに行きなさいよ!」
プールサイドの女の子から、罵声がケンスケに飛んだ。
慌ててケンスケは視線を反らして、その場から立ち去ろうとしたが、体育の先生に見つかった。
体育の先生はケンスケが盗撮をした事を耳に挟んでおり、女子の水泳の授業を見た罰としてグランド十周を命じたのだった。
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ネルフ:休憩室
シンジは疲れた体を休める為に、一人で休憩室のベンチに座っていた。
自分の執務室に居たミーシャとレイの二人と、今まで激しい言い争いをしていたのだ。
発端はレイが先の使徒戦を見た事だった。
シンジが戦っている姿を見て、自分が零号機に乗ればシンジが楽になれると考えたのだ。
最初、レイはミーシャに相談した。ミーシャも最初は反対したが、最後はレイの気持ちに納得した。
それから二人はシンジの部屋に押しかけ、問答が始まった。
「お兄ちゃん! あたしはお兄ちゃんの力に為りたいの。だから零号機に乗るわ!」
「シン様、私もレイの意見に賛成です。どうか、準備を御願いします」
「ちょっ、ちょっと待って。いきなりどういう事? 零号機は試作機で、今はベークライトで固定されている。
それをレイが動かすだって? レイは女の子なんだよ、危ない事をしたら心配じゃあないか」
シンジの反論にもレイは引かなかった。
シンジが自分を心配してくれるのは嬉しい。だが、自分が零号機に乗ってシンジの負担が軽くなる事は、レイの望みでもある。
それに家族と言ってくれたが、シンジ達に何も返せてはいない。
零号機に乗る事で自分の居場所を確たるものにしたかった。
賛同したミーシャもレイと共同戦線を張って、シンジを納得させようと試みた。
レイとミーシャの怒涛の勢いに、シンジは劣勢になった。
数分間の言い争いの後、ミーシャはシンジの後ろに回って、シンジの頭を自分の胸で包み込んだ。
ミーナには及ばないが、ミーシャも年齢標準以上のサイズを誇っている。その柔らかい胸にシンジの頭は包まれた。
レイは膝立ちになり、椅子に座るシンジに上目遣いで懇願した。
目に涙を湛え、両手を口元で合わせるという高等テクニックも使っている。
ミーシャの色仕掛けとレイの可愛さに、思わず頷きそうになるシンジは必死に堪え、猶予を願い出た。
「わ、分かった。レイの気持ちは分かった。だけど、少し時間をくれないか。明日には結論を出すから」
そんな訳で、少々頭を冷やそうとシンジは一人でベンチに座っていた。
部屋からペットボトルを持ち出し、少しづつ飲みながら考えていた。(ネルフの販売機は、一切使用しない)
シンジの考え込む姿をネルフの職員が多数見たが、誰も話しかけなかった。
そこに、タイミング良く冬月が現れた。
監視カメラで見ていて、シンジが一人なので来たのであろう。シンジの姿を見ると、すぐに話しかけてきた。
「疲れている顔をしているが、どうしたのかね? 悩み事なら相談に乗るが?」
「……いえ、お構いなく。確かに悩んでいますが、冬月二佐に話す訳には行きませんね」
「……どうしてかね?」
「ネルフ首脳部にどう制裁を加えるか悩んでいるのに、当事者に相談する訳にはいかないじゃ無いですか」
レイの事で悩んでいるのだが、ネルフ首脳部の制裁という適当な事で誤魔化していた。
からかう意味もあるが、ネルフがレイの拉致や暗殺を目論んだ事は忘れてはいない。
「わ、我々を制裁とは、どういう事かね? 君達に何かをした記憶は無いんだがな」
警察等を使った干渉やレイの拉致や暗殺指示を、冬月は思い出した。ゲンドウから聞かされた内容だ。
そして、この前の寝室での出来事を思い出すと、今でも鳥肌が立ってくる。
あの時は、本当に心臓が止まるかと思ったのだ。
それは冬月だけでは無く、ゲンドウとリツコにも同様の事が行われていた。
犯人は間違い無く目の前の少年だろう。だが、それを口に出しては言えない。まず証拠が無い。
三人の寝所はネルフのガードが付いている。それを掻い潜って、動物を放つなど本来はありえない。
だが、目の前の少年はいつも我々の想像の上を行く。あの件もレイの拉致や暗殺指示への報復だろう。
寝ている時に襲われたという事は、簡単に命を奪う事が出来ると言う事だ。
だが、先日の件は暗殺では無く、ただ単に動物が放たれただけだ。それも毒をもっていないタイプだ。
これは警告だと即座に判断した。
ただ分からなかったのは、シンジが何故自分達の命を奪わず、警告で済ませたかだ。
”絶望を味あわせた方が気が晴れる。”と言ったシンジの台詞が甦ってきた。
と言う事は、シンジは直ぐには我々を殺すつもりは無いと判断していた。
だが、これ以上レイへの暗殺を試みれば、警告だけでは済まない事も理解していた。
これまでの付き合いで、シンジが甘く無い事は承知していた。
次の警告があるとすれば、前回のレベルでは無く、それこそ片手や片足程度を失うかもしれない。
半身不随どころか、命を奪われる可能性も高い。実際、シンジはそれを容易に出来ると思っていた。
だが、その事をシンジに面と向かって聞く訳にもいかない。
黙ったままでは何も改善しない。この機会にシンジと話し合うつもりで、冬月は休憩室に来ていたのだ。
気分を落ち着かせ、冬月はシンジに話し始めた。
「君とはゆっくり話したくてね。六分儀の奴は最近は大人しくてな。そこで、たまには二人で食事でもどうかと思ってね。
場所はこちらで用意する。六分儀と君で二人で食事でもしたらどうかね。積もる話しもあるだろう。
それに組織は違うが縁はあるのだ。話し合えば相互理解も進むだろう。どうかね」
険悪な親子の仲を取り持つ老人という顔で、冬月はシンジに話しを持ち掛けた。
だが、シンジは冬月の魂胆など見通していた。そもそも冬月の善意など信じるに値しないと思っている。
「お断りします。食事に薬が入っている可能性も高いですし、それ以前にあの男と同じ席で食事など、考えたくも無いですよ。
それにあの男が大人しい? 結構な事じゃないですか。おかげで最近は変な干渉も無く、穏やかに生活出来ましたよ」
既にシンジはネルフの首脳部を見離している。最終決定はしていないが、仲良くなるという選択肢は無いと考えている。
それに、シンジはゲンドウを酷く怨んでいると公言している。
本音では興味は無いが、冬月の言葉だけでノコノコと食事をする訳にはいかない。
「そ、それは酷い誤解だよ。食事に薬を入れるだなんて、する訳が無いじゃないか。
それに六分儀をあの男呼ばわりは無いだろう。君が父親として認めていないのは知っているが、血縁上は親子だろう」
「血縁? それがどうしました? 血のつながりが全てじゃ無いでしょう。歴史上には親殺しや子殺しの実例は多数あります。
それらが意味している事は、血縁関係であっても関係は悪化すると言う事です。
血縁関係は確かに人間関係の重要な項目かもしれませんが、絶対的な物ではありません。
日本の諺で”生みの親より、育ての親”と言いますよね。
ましてや、三歳の時に暴行を受けた事や、実家を滅ぼした事を考慮すれば、怨んで当然でしょう。
まったく、母さんは何を考えて結婚したんだか。人を見る目がまったく無い。”東方の三賢者”の名が泣いていますよ」
「き、君はユイ君を嫌いなのかね? 君の母親だろう?」
「好きか嫌いかと聞かれれば、嫌いですかね。犯罪者と結婚して、実家を滅ぼす原因を作ったのですからね」
ユイの魂を封じている魂玉を、自分専用の亜空間に管理している事を思い出した。
まだ、どうするかは決めていない。【ウル】(初号機)に残されていたユイの知識は断片的なものだ。
どうやってユイの魂玉から記憶を吸い出そうかと、暇な時に思案しているところなのだ。
「……君は初号機に乗った時に、どう感じたのかね」
シンジがユイを嫌いだと言った事で、やはり直接シンクロしていると冬月は判断した。
だが、シンジが乗ればユイは必ず接触するはずだ。それなのに直接シンクロしている。
ユイはどうなったのか? 冬月には疑問が残っていた。まさかユイの魂を分離したなど、冬月には想像さえ出来ていない。
「そもそも感覚的なものですからね、何となくシンクロしているだけですよ」
シンジが曖昧に答えた。ネルフ相手に馬鹿正直に答える気は無い。
内心では、ネルフに関わってからどんどんと腹黒さが増しているなと、若干の自己嫌悪がある。
「初号機はユイ君が作ったのだ。君がユイ君を嫌っていても、ユイ君は君達の未来の為に初号機を作ったのだ。
それだけは覚えていて欲しい」
冬月は”ユイは未来を守る為に初号機を造り、そして結果的に初号機に溶け込んだ”と思っている。
だから、ユイの事を語る冬月は真剣だった。
冬月はゲンドウとの食事の予約を取る事は出来なかったが、ユイの思いをシンジに伝えられた事に満足し、席を立った。
シンジに何の感銘を与えられなかった事は、冬月は知る事は無かった。
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マンション:レイの部屋
レイは風呂から出て、バスタオルを身体に巻いて自室に戻っていた。
風呂には一人づつ入浴している。部屋は大家族用の間取りだが、風呂はそうは大きく無い。
普通、レイは最初か二番目に入るが、今日は考え事もあって三番目にお風呂に入っていた。
最後はシンジと決まっている。三番目の人は風呂が空いた事をシンジに連絡する約束になっている。
風呂あがりに、パックの牛乳を飲みながらレイは考えていた。
マンションに来てから、牛乳は毎日飲んでいる。ミーナの薦めだ。
(あたしが零号機に乗れれば、お兄ちゃんと一緒に戦える。あたしだけが出来る事だわ。
あたしを心配してくれるのは嬉しいけど、お兄ちゃんの助けがしたいの。
お兄ちゃんは危ないから反対だって言ってたけど、賛成してくれるかな。お兄ちゃんと一緒………ぽっ)
少々筋がずれた妄想も入っていたが、レイが考えた事は零号機の事だった。
純粋にシンジの助けがしたい。そう考えていた。
(お姉ちゃんの言っていたように、牛乳を毎日飲んだら胸が大きくなったわ。お兄ちゃんは喜んでくれるかしら。
それはそうと、零号機に乗りたいけど、あのプラグスーツは嫌! 他の人には見られたくはないもん。
お兄ちゃんにお願いして、お兄ちゃんと同じパイロットスーツを作って貰えば良いわ。他に何かあるかしら?
……いけない、お風呂が空いたのを言って無かったわ!)
レイはまだ念話を使えなかった。シンジとミーナ、ミーシャが念話を出来る事は知っている。
その内、レイにも念話が出来るようにするとシンジは言っていたが、まだ実行していない。ある儀式が必要なのだ。
レイは慌ててシンジの部屋に向かった。
コンコン
ドアをノックをしたが反応は無い。部屋も静かだ。
カチャ
レイはノブを回し、シンジの部屋に入った。そして室内を見渡した。
シンジは六畳の和室を使っている。畳の上でシンジは下着だけを身に付け、座禅を組んでいた。
シンジの下着姿を珍しく思い、レイはシンジに近づいていった。
「お兄ちゃん、お風呂が空いたよ。きゃあああ」
レイはシンジに近づきながら言ったのだが、小物に躓きシンジの方に倒れていった。
シンジは心を落ち着かせて零号機とレイの事を考えていた。
(零号機か……確かに零号機が動いてATフィールドが張れれば戦力になる。戦術の幅も広がる。
だけど、レイを巻き込んでいいのか? レイはネルフに洗脳され、幸せとは程遠い生活をしてきた。
女の子らしい生活を送る権利がある。本人の希望とはいえ、レイを零号機に乗せて良いんだろうか?
可愛い妹だからな。危険な事はして欲しく無いんだけどな)
まだ風呂には時間があると思って考え事に耽った。風呂が空けば念話で連絡してくると思っていたのだ。
レイが部屋に入ってきた事も気が付かなかった。
結界内ではまったく警戒はしていない。故に、ドアがノックされた事も、レイが部屋に入って来た事も気づかなかった。
だが、レイの悲鳴にはさすがに気が付いた。慌てて目を開けて状況を確認した。
風呂あがりなのか、身につけていたバスタオルは外れ、レイは全裸だ。丸見えだ。
そして、慌てた顔をしてシンジの方に倒れてきている。
このままだと二人がぶつかる。レイが怪我をしてしまうではないか。
レイが全裸である事に一瞬動揺したが、すぐに行動に移った。だが、時既に遅く、レイとの距離はほとんど無い。
受け止める体勢を整える間も無く、シンジは慌てて手を出してレイの上半身を押さえにかかった。
だが、レイの両肩を押さえるつもりが間に合わずに、シンジの両手はレイの双胸を押さえてしまった。
両手に感じる感触に、一瞬戸惑ってしまう。
そしてシンジに両胸で支えられているレイは、上半身の倒れこむ勢いは減らせたが、頭の勢いまでは止まらなかった。
上半身は押さえられたが、首を支点にして頭はシンジの方へ向かっていく。
二人のおでこが接触した。だが、シンジはその状態でレイに怪我をさせないように、勢いを削ぐ為に後ろに倒れこんだ。
結果、レイは躓いたが、怪我をする事なくシンジに抱きかかえられた。
だが、身に纏っていたバスタオルは外れ、全裸でシンジに乗っている状態だ。
しかも、レイの双胸にはシンジの両手が宛がわれている。最近ボリュームを増した、レイの密かな自慢の胸だ。
まだ、男の誰にも触られた事が無い胸に、シンジの手が宛がわれている。レイは胸でシンジの手の感触をしっかり感じていた。
そしてレイの唇には、シンジの唇が当っていた。
キスしようとした訳では無い。レイの頭の勢いを押さえようと、おでこが当たりながら後ろに倒れこんだ結果だ。
だが、レイにしてみれば、意識がある状態でのファーストキスだ。(格納庫の時は、意識朦朧状態)
レイの両手はシンジの頭の両脇の畳についている。
(お兄ちゃんに胸を触られ、キスしているのね。お兄ちゃん…………)
レイはパニックになっていた。恥ずかしい気持ちもあれば、嬉しい気持ちもある。
だが、嬉しい気持ちが勝ったようで、シンジを下に組み敷いた状態で、レイは目を閉じていった。
シンジは焦っていた。自室であり、もうじき風呂だという考えだったので、下着しか身に着けていない。
その状態で、シンジの真上には全裸のレイが居た。
シンジの両手はレイの双胸に添えられ、レイの胸の感触を余す事無くシンジの両手に伝えている。
風呂あがりの為か、レイの肌はしっとりしていて手触りが良い。手を不用意に動かさないように、必死に我慢している。
そして、シンジの唇にはレイの唇が当っている。レイの髪がシンジにかかり、シャンプーの匂いが漂ってくる。
シンジは下着だけという事もあり、身体のあちこちからレイの肌の感触を感じている状態だ。
最初、二人は目を開いたままだったが、レイは目を瞑ってしまった。どうやらレイは、退くつもりが無いらしい。
(ど、どうしよう? しかし、レイも発育したよな。こんなに大きいとは、服の上からは分からなかった。
手に余る大きさだし。感触ももち肌だよな。風呂あがりだからか。
でも、どうして目を瞑るの? 普通なら悲鳴をあげて、すぐ退くんじゃないの?)
シンジはレイが目を瞑った事に慌て、レイを退かそうと両手に少し力を込めた。
嬉しい状況ではあるが、これをミーナやミーシャに見られるとまずいと判断していた。
「んんっ」
シンジに胸を揉まれレイは低く呻いた。顔が赤くなっている。だが、退こうとはしない。
シンジとしては、レイに退いて貰う為には、レイの胸に当てた手でレイを押し上げるしか無い。
(そのまま回転し横向きになればいいのだが、慌てていた事もあり、思いつかなかった事とする)
自然とレイの胸に力がかかった。今まで異性に胸を触られた事の無いレイにとっては、未知の感触だ。
しかも相手がシンジなのだ。今まで感じた事の無い感覚に、レイは戸惑いながらも動かない。
「レイ、どうしたの? レイ!!」 「レイ、大丈夫? シン様!?」
レイの悲鳴を聞いたミーナとミーシャが、シンジの部屋に入ってきた。
二人とも入浴済みで、ミーナはネグリジュ姿で、ミーシャは可愛いパジャマ姿だ。
シンジとレイの状態を見た二人は顔色を変えて駆け寄り、慌てて全裸のレイをシンジから引き離した。
レイは顔を薄っすらと赤く染め、ぼんやりしている。
「レイ。どうしたの!? シンに襲われたの!?」
「シン様、不潔です!! 私を襲わないで、レイを襲ったんですか!?」
「ちょっ、ちょっと待って! レイが躓いてバスタオルが外れて、ボクの方に倒れて来たんだ。
それで、レイを受け止めただけだよ。本当だよ! ボクの方が下に居たんだよ!」
このままでは誤解されると思って、シンジは必死に抗弁した。だが、ミーシャの視線は冷たいままだ。
ミーナは落ちていたバスタオルを、直ぐにレイに身に着けさせた。さすがに全裸のままには、しておけない。
レイがまだ帰って来ないので、頬をペチペチと軽く叩いた。刺激を受けたレイの目に意識が戻った。
「あれ、お姉ちゃん!?」
「レイの悲鳴が聞こえたから、来たのよ。どうしたの?」
「お風呂をあがって、お兄ちゃんにお風呂が空いた事を伝えようとしたら、躓いちゃったの」
「ほらね。本当の事でしょう」
「シンは黙って! レイ! 男は狼なのよ。だから、バスタオル姿で入っちゃ駄目なのよ! 襲われちゃうわよ!」
「えっ、お兄ちゃんに襲われちゃうの? ……ポッ」
「こら! まだレイは身体が成長してないから、そういう事をしちゃ駄目よ!」
「何時なら良いの?」
「何時って……もうちょっと大人になるまでは駄目!」
「もうちょっと大人って、あとどれくらい?」
「……そうね。後二年は待ちなさい。二年待てば、レイも十分に大人になるから」
「はーーい」
レイは素直に頷いた。ミーナが姉として自分を心配してくれているのは、分かっている。
一方、シンジはミーシャの猛抗議を受けていた。
「シン様! 転んだレイを抱きかかえたのは分かりましたが、何故避けなかったんですか!?
シン様なら簡単に出来たはずです。しかも、レイの胸を触っていましたよね。
私の胸はまだ触っていないというのに、あんまりだと思いませんか!?」
「い、いや、部屋で気を抜いてたから、レイが入って来た事が分からなかったんだよ。
それに避けたらレイが畳にぶつかるでしょ。胸を触ったのは偶然だって!」
「そんな言い訳を信用しろと言うのですか!?」
「い、言い訳じゃ無くて、本当の事だって!」
「シン様の実力を知っている私が、そんな事で誤魔化されると思っているんですか!?」
「い、いや、結界内で、そんなに気を配るなんてしてないよ。それに零号機の事を考えてたんだよ。本当だって!」
シンジの言葉にミーナが反応した。ミーナは零号機の事は聞いていない。
「零号機? 確かレイが前に起動試験をした機体よね。それがどうしたの?」
「そうか。姉さんには言って無かったわよね」
「お姉ちゃん、聞いて!」
レイはミーナに自分の気持ちを素直に伝えた。零号機にレイが乗って戦えば、シンジの負荷を減らせる。
シンジの手助けがしたい。そうレイは主張した。
「レイ。戦闘っていうのは、怖いものなのよ。勝てば何も問題は無いわ。でも、負ければ死ぬの。
幸運に恵まれて死なない場合でも、心に深い傷が残るわ。あなたに耐えられるかしら?」
「お兄ちゃんを助ける為なら、出来る事はしたいの!!」
「「「レイ……」」」
シンジ、ミーナ、ミーシャの視線がレイに突き刺さった。だが、レイは三人の視線を正面から受け止めた。
「……本気みたいね。それでシンは考え込んでいたと言うのね」
「そう言う事。レイに危ない事をさせたく無いからね」
「シン様……」 「お兄ちゃん……」
「……シンが一人で戦って、勝てる敵だけなら問題無いわ。でも、シンが一人で敵わない場合は、零号機は手助け出来るわ。
もっとも、レイが戦える事が前提になるけどね。シンはレイに戦闘訓練を積ませられる?」
「ミーナ!! レイは女の子なんだよ。普通の女の子は戦うもんじゃ無いよ!!」
「シン。女を甘く見ない方が良いわよ。覚悟を決めた女は強いのよ。まあ、レイの覚悟が、どれほどのものかは、
これから判断するとして、準備だけはしておいて良いんじゃ無いの」
「お姉ちゃん、ありがとう!」 「さすがは姉さん!」
「…………」
「シン。取りあえずは零号機を動かせるか確認して、その後の戦闘訓練でレイが根を上げたら、この話しを無かった事に
すれば良いでしょう。それなら、レイも納得するでしょう」
「あたし、頑張るわ!」 「レイ、応援しているからね」
「…………」
「シン。それ以上抵抗すると、あたし達三人の攻撃を受ける事になるわよ。覚悟は良いの? 恥ずかしい姿を晒したいの?」
ミーナの言葉にシンジの顔が青ざめていく。ミーシャとレイのダブル攻撃でさえ、十分に効いたのだ。
ミーナを加えたトリプル攻撃に耐えられる自信は無い。
ミーナ一人なら徹底的に反撃するが、ミーシャとレイに反撃など出来る筈が無い。それが分かっていてミーナは脅迫していた。
そしてミーナの前ならともかく、まだミーシャとレイの前で恥ずかしい姿を晒したくは無い。
奥の手を使えば何とかなるが、家族である三人に使うつもりは無い。つまりシンジに逃げ道は無く、詰まれたのだ。
シンジに出来る事は、降参する事だけだった。
「分かった。零号機の起動準備をするよ。不知火准将に確認を取るけどね。でも準備に三日は欲しい。良いね」
「それでいいわ」 「さすがは、シン様」 「お兄ちゃん、ありがとう」
「さすがに今日は休むけど、明日からはネルフに泊り込んで準備をする。
それと、レイの戦闘訓練は零号機の起動が出来てからにする。訓練に根をあげたら、その時点で中止だよ」
「あたし、頑張るわ! それと、お兄ちゃんに御願いがあるの!」
「何?」
「零号機の色を変えて欲しいの。あの黄色は嫌なの。出来れば、お兄ちゃんのパイロットスーツと同じ青が良いの」
「い、色の変更も? レイ、零号機の起動準備するだけでも時間がかかるんだ。色の件は後回しで良いかな」
「お兄ちゃん、御願い!」
レイは目に涙を湛えて、シンジを上目使いで見つめた。
これまで何度となくシンジを撃沈してきた、ミーシャ直伝のレイの奥義である。
「う!! レイ、黄色い零号機はプレミアだよ。出てきたとたんに、喜ぶ人は大勢いるんだよ。変えなきゃ駄目?」
{一度だけ、実機で見た事がありますが}
「お兄ちゃん………」(涙)
「わ、分かった!! 零号機の起動試験がうまくいったら、直ぐに色を変更する。するから、その上目使いは止めて!!
何か変な気持ちになるよな。何か罪悪感が湧いてくる感じだよ」
「やった!!」
レイが満面の笑みを浮かべて、シンジに抱きついた。それを見つめるミーナとミーシャの目には、笑いが浮かんでいた。
「レイも成長したわね。あれ、ミーシャが教えたんでしょう」
「ええ。レイは飲み込みが早いから。実戦訓練も積んでますからね。既に、レイは自分の技にしてますね」
「じゃあ、あたしは別の技を教えなきゃね」
「姉さん。それ、私にも教えて下さい」
ミーナの見え透いた脅迫と、レイの奥義に屈したシンジは零号機の起動試験を認めた。
釈然としない気持ちをシンジは持ったが、素直に喜ぶレイの顔を見て、気持ちを切り替えた。
その後も、段取りとかで四人の話しは続いた。結局、シンジが風呂に入ったのは翌日になっていた。
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シンジの執務室
三人の女性陣のシンジへの精神攻撃があった三日後、零号機の起動実験準備は整った。
特急で間に合わせる為にシンジはマンションに帰らず、ネルフ本部内で寝泊りしていた。
今日の午前中に起動実験を行う事は、レイに連絡済みだ。シンジは自分の執務室で、零号機の最終チェックを行っていた。
コンコン
「どうぞ」
気配でレイだと判っている。レイにドアを閉ざすつもりは無かった。
ガチャ
ドアを開けてレイが入って来た。レイは執務室に入るなり、いきなりシンジに膝の上に横座りして、シンジの首に手を回した。
レイの甘い体臭がシンジに絡みついた。ミーナともミーシャとも違う香りだった。
この体勢はミーナが度々するのだが、レイにされると慣れていないシンジに新鮮な刺激が走った。
レイがミーナから教わった技の一つだ。これをするとシンジが喜ぶと聞き、さっそく試そうとシンジで実践している。
「レ、レイ! どうしたの?」
「……お兄ちゃん、ありがとう。我が儘を聞いてくれて。でも、お兄ちゃんの力になりたかったの」
レイは上目遣いでシンジを見つめた。
シンジはレイの気持ちに嬉しくなり、頭を撫でだした。レイは頭を撫でられるのが大好きなのだ。
「レイの我が儘じゃないさ。レイの気持ちは嬉しいんだよ。でもね、レイを危険な目に遭わせたく気持ちもあるんだ。
何せ、可愛い妹だからね。兄としては妹を守りたいと考えるのは当然だろう。
今回はレイの気持ちを優先させる。だけど、ボクのレイを守りたいという気持ちも通させて貰う。
大丈夫、今回は前回みたいな事故は絶対に起きないと保障する。だから安心して起動実験を済ませよう」
シンジは微笑みながら、レイに話しかけた。
レイはシンジの言葉に嬉しくなり、強く抱きついた。
シンジの左頬に、レイの右頬の感触が伝わってくる。そして、胸には二つの柔らかい感触が感じられる。
しかも、膝上にはレイのお尻が感じられた。流石にこの体制ではシンジへの刺激は強い。
それと、この前に押し倒されてしまった時に、握り締めてしまったレイの胸の感触を思い出してしまった。
「レ、レイ。胸が当たって気持ち良い、じゃなかった、まずいんだけど」
少々、焦り気味のシンジが、レイに離れるように頼み込んだ。
この状態では、レイの頭を撫でる事は出来ない。両手が空いてしまった。
レイの背中やお尻に手を回しやすい体勢だが、それをすると何かを無くす気がしてしまう。
「良いでしょ。お姉ちゃんやミーシャも、こうすればお兄ちゃんが喜ぶって言っていたもん。
それに、気持ち良いんでしょ。構わないじゃない。あたしも落ち着くわ」
「い、いや、レイが落ち着いても、ボクが落ち着かないと言うか、元気になると言うか」
数分間、この状態でシンジとレイのやり取りが続いた。数分間耐えた(?)シンジを褒めるべきだろうか。
”逃げちゃ駄目だ”と言う念仏を四回、心の中で唱えた。これでシンジは耐え切った。
四回連続で唱えると願いが叶う呪文なのだ。{三回でも確率は高いが}
『ロックフォード少佐。零号機の試験準備が整いました。実験場までお越し下さい』
机のインターフォンから、呼び出しが聞こえてきた。
「分かりました。これから行きます。ほら、レイ準備が出来たよ。行くよ」
レイを膝から降りるように急かして、シンジとレイは実験場に向った。
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格納庫で改造を済ませた零号機は、実験場に移動されていた。念の為に、発射台の拘束具で固定してある状態だ。
実験場はネルフの管理下にある。従って、実験は国連軍と北欧連合のメンバーだけで無く、ネルフも立ち会う事になっていた。
レイはプラグスーツでは無く、白いパイロットスーツを着込んでいた。シンジが着ているパイロットスーツの女性タイプだ。
プラグスーツのように、ボディラインが丸分かりになるような事は無い。
羞恥心を身につけてきたレイは、パイロットスーツを見て安堵の表情を浮かべたほどだ。
食生活が変わった為なのか、レイの体の変化は著しい。その状態でプラグスーツなど着たく無かった。
だが、シンジには気軽に抱きついている。以前は、手を繋ぐだけで赤くなった頃を思うと雲泥の差だ。
おかげで、シンジの悩みが増えてしまった。
レイはエントリープラグに乗り込み、ヘッドインターフェースを被り、酸素マスクとゴーグルを装着した。これで準備OKだ。
乗り込みを手伝った後は、シンジは管制室に移動した。
管制室には不知火准将以下、国連軍と北欧連合の主要メンバーが控えていた。彼らも零号機の起動実験に期待している。
そして、さらに後方にはネルフのメンバーが待機していた。ゲンドウ、冬月、リツコ、ミサトの姿が見えた。
特別監察官と言う事でセレナも立ち会っている。委員会としても零号機の起動実験の成功を望んでいるのだ。
既に零号機の所有権は北欧連合になっているので、ネルフは実験自体には関われない。見学だけだ。
「さて、レイ。準備は良いかな」
モニタにはレイの姿が映し出されていた。酸素マスクをつけているので、可愛い口は見えていない。
レイを安心させるようにと、実験責任者であるシンジがレイの状態を確認した。
『はい』
レイは普段は口数は多いが、こういう緊張する場面では、以前を思い出させるように寡黙になる。
シンジはレイを安心させる為とネルフに釘を刺す為に、ゲンドウの小細工の事を明らかにした。
「そう緊張する事は無い。この前の実験の時は、ネルフ司令の小細工があって失敗したけど、今回は全てボクが確認済みだ。
だから安心してシンクロ試験を行える。無事に試験終了したら、お祝いするからね」
シンジの言葉に、シンジとミーナ、ミーシャを除く全員の視線がゲンドウに突き刺さった。
しかし、ゲンドウは冷たい視線にも何の反応もせずに、冷淡に反論した。
「……言い掛かりはやめろ」
「言い掛かりね。零号機はこちらの所有権になっているんだ。
改造中に零号機を調べていたら、シンクロ試験が失敗するように、シンクロ機構に変な改造がされた痕跡を見つけてね。
それにログを見たら、試験の数時間前にエントリープラグに燃料が注入されている。
それに当時のレスキュー隊員を締め上げてね、司令の命令でレスキューが待機しないように命令があった事も確認した。
これでも言い掛かりかな。この管制室からエントリープラグまで走った六分儀司令殿?」
シンジは冷笑をもってゲンドウを告発した。
この場でゲンドウの罪を告発したのは、ネルフがさらに干渉しないようにする為の布石であった。
わざと零号機の起動実験を失敗させ、危険に陥ったレイをゲンドウが自ら救助するという計画だったのろうが、処理が杜撰すぎた。
シンジが零号機の改造を行わなかったら発覚しない内容であったが、それは仮定の話だ。
それに室内実験のはずなのに燃料を注入し、レスキューを遠ざけた理由はゲンドウにも言い訳は出来ない。
『お兄ちゃん。今更いいわ』
「レイには二日前に説明したけど、他の人が知らないままじゃ可哀相かと思ってね。まあいい、実験を始めるよ」
シンジは零号機の起動実験の責任者でもある。視線を画面のレイに戻した。
ゲンドウの過去の罪は問えないが、それを公に出来れば今後ともやり易くなるだろう。今は零号機の起動実験の方が優先だ。
「六分儀、お前はそんな事をしていたのか。あの事故でレイが死んだら、三人目が間に合わなくなる可能性もあったのだぞ」
「…………」
冬月の小声での詰問にゲンドウは答えずに、黙って零号機を見ていた。
周囲の視線が痛いほどゲンドウに突き刺さっているが、ゲンドウは気にも留めない。
シンジの指揮の下、ミーナがオペレートを開始した。
「エントリープラグ挿入」
「プラグ固定終了」
「衝撃緩衝液、注入」
「主電源接続開始」
「全回路動力伝達」
「思考制御回路正常、初期コンタクト正常」
「双方向回線開きます」
「パイロット接合に入ります」
「絶対境界線まで、あと0.7……0.1……シンクロ率――52.7%です。零号機、起動しました」
ミーナの報告に、管制室に歓声が湧き上がった。だが、一部の人間は鋭い視線をゲンドウに向けたままだ。
「引き続き、連動試験を行う。レイ、大丈夫か?」
『はい。大丈夫です』
レイの口元は酸素マスクに覆われて表情全体を見る事は出来ないが、赤い目には強い意志が見えた。
苦痛を受けている様子も無い。この後は細かい試験を此処で行って、最後はジオフロントに射出して、実機動作をする予定だ。
シンジは大丈夫と判断して次の実験に移ろうとした時、管制室の電話が鳴った。
不知火が電話を取った。
「不知火だ。……分かった」
電話を置いて、全員に聞こえるような大声で、電話の内容を伝えた。
「未確認飛行物体がここに接近中という連絡があった。使徒の可能性が高い。各員は部署に戻れ!」
不知火の言葉に管制室に緊張が走った。全員が表情を引き締めて、直ぐに対応しようと各自が動き出した。
ネルフのスタッフも真剣な表情になった。特にミサトの目の色が変わっていた。
前回と前々回はミサトは使徒殲滅に関わっていない。寧ろ邪魔する方向で動いて罰も受けている。
そんなミサトは憎い使徒が現われた事と、理想と現実のギャップに挟まれて、ドス黒い感情が湧き上がっていた。
「まだ出撃までには時間がありますよね。ボクはここで零号機のテストを続行しています。偵察は御願いします」
「分かった。初号機は準備させておく。偵察が済み次第、連絡を入れる」
「ちょっと待ちなさい! 使徒が来ているのよ! EVAを発進させなさいよ! 零号機は起動したんでしょ!」
バン
「ひっ!」
不知火准将が銃を抜いて、ミサトの顔を掠めるように撃った。
もちろん、周囲に被害を与えない事、ミサト本人にも当たらないように狙ってだ。あくまで威嚇射撃だ。
「三尉のセリフとは思えんな。この前の重営倉に懲りて無いようだし、偵察もせずにEVAを射出するつもりとはな。
これ以上、越権行為をするなら、作戦妨害をしたとして射殺するぞ。さっさと出て行け!!」
「なっ!」
「し、不知火准将、いきなり撃つとは危険では無いかね。葛城三尉も悪かったと思うが、警告も無しに撃つ事はなかろう」
冬月が慌てて不知火に抗議した。だが、不知火は冬月の抗議を聞く素振りも見せず、第二発令所に向かった。
ネルフと話す時間があったら、使徒に対応する方が先だと思っている。
「レイ、零号機はまだ出撃出来る状態じゃ無いが、ぎりぎりまで調整を行う。大丈夫かい」
『はい。お兄ちゃんは準備しなくて大丈夫なの?』
「敵を偵察して作戦を立ててから出撃だよ。少しの余裕はあるさ。これから零号機の状態を確認するから、少しこのままで居てね」
既に、国連軍と北欧連合の主要メンバーは、第二発令所に向かって走っている。
残っているのは、零号機の調整要員とネルフのメンバーだけだった。
シンジは零号機を出撃させないつもりだったが、万が一を考えてぎりぎりまで調整を行うつもりでいた。
「ネルフの方は、退出して下さい」
管制室に残った保安担当が、ネルフのメンバーに退去を指示した。
ゲンドウは目を光らせ、本発令所に向かうよう指示を出した。
ミサトは先程の射撃のショックから復帰して騒ぎ出すが、ここに居ても何も出来ないと言われ、本発令所に向かった。
タイムリミットまで零号機の調整を続けるつもりで、シンジは作業を継続した。
***********************************
不知火は第二発令所に向かいながらも、状況把握に努めていた。
「何だと、戦自は攻撃していないのか?」
『はい。二度の使徒戦で被害が大きく、弾薬の在庫も乏しいとかで、迎撃を行っていません』
不知火は歩きながらも、携帯電話で第二発令所と連絡を取っていた。
幾ら戦自が事情があって使徒を攻撃出来ないとしても、偵察無しでEVAを出撃させるつもりは無かった。
「分かった。新百里(国連軍)に出動を依頼する。私の名前で威力偵察を依頼しろ。無人機を優先して出せと。
くれぐれも気をつけろと伝えてくれ」
『了解しました。直ちに出動を依頼します』
「頼む」
威力偵察指示の終わった不知火は、第二発令所に向けて走り出した。
To be continued...
(2009.03.14 初版)
(2009.03.21
改訂一版)
(2011.03.05 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)
(あとがき)
今回は零号機の起動試験ですので、レイに重点を置きました。レイの変わりようを上手く書けた自信は無いですが。
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