因果応報、その果てには

第十五話

presented by えっくん様


 ネルフが作戦を立案したとの連絡が入って、不知火とシンジは保安部員と一緒に本発令所に向かった。

 ゲンドウは身の安全を考えてネルフの保安部を呼んだが、セレナの特別監査官権限で保安部は帰されてしまっていた。

 ゲンドウと冬月は何時もの高所では無く、皆と同じフロアに居る。これもセレナの指示である。

 万が一、国連軍の保安部とネルフの保安部が戦闘を行えば、国連軍・北欧連合とネルフの関係は絶望的なものになる。

 これ以上の国連軍・北欧連合とネルフの間の摩擦を回避する為の処理だった。


 不知火とシンジ、国連軍の保安部員八名が本発令所に入ってきた。

 シンジの姿が見えた時、本発令所の全員に緊張が走った。マヤは震え出している。さっきのシンジの異様さを思い出したのだ。

 今のシンジには、さっきの異様な雰囲気は無い。無いが、あのシンジのプレッシャーを忘れる事は出来なかった。

 本発令所の全員が、セレナでさえも、シンジと視線を合わす事は無かった。


 中央モニタには国連事務総長の顔が映っていた。ネルフの作戦を確認する為に通信してきたのだ。

 もしネルフの作戦が採用されなければ事務総長は財産を没収され、自分が任命した職員と一緒に懲戒免職処分になる運命だ。

 気にするのも当然だろう。余談だが、事務総長の件は国連事務局には伝えられ、

 北欧連合の息の掛かった職員の方で財産没収と懲戒免職の手続きの準備に入っていた。


「さて、作戦を聞かせて貰おうか。使徒のドリル効率を落として時間を稼いでいるが、時間が有限である事には変わりが無い。

 その猶予時間内で実現可能な作戦だろうな」


 不知火が話しを切り出した。正直なところ、ネルフの作戦には期待してはいない。

 だが、ネルフの作戦が満足出来る内容で無ければ、ゼーレ側の国連事務総長を失脚させる事が出来る。

 さらにはネルフの首脳部を拘束するつもりだった。


 今のミサトの目には黒い輝きが戻っていた。ミサトは自信満々の様子で、作戦の説明を始め出した。


「……では説明します。まず、敵は遠距離攻撃が可能な粒子砲と、強固なATフィールドを持っています。

 そして粒子砲の射撃は正確で、隙を狙って近づく事は非常に困難です。

 ATフィールドの出力も、今までの使徒を上回っています。EVAでは近づく前に、敵の粒子砲の標的になるだけです。

 従って、目標のレンジ外の超長距離からの狙撃を行います。

 戦自の自走陽電子砲を使用し、日本中から電力をかき集めれば、作戦は可能です」

「ほう? 零号機をいきなり使徒の前に射出した葛城三尉は、今度は長距離射撃を提案してきた訳か。

 それもネルフの物を使うのでは無く、戦自の兵器と日本中の電力を集めるという力攻めを選択した訳だ。

 これが使徒の情報を有効に使った作戦なのかね? 冬月二佐?」


 不知火の皮肉が本発令所に静かに響いた。

 作戦の程度は予定したレベルであったが、これで国連事務総長を排除出来るので不知火としては構わない。

 だが軍人としては、ネルフの作戦に皮肉の一つでも言わなければ気が済まなかった。


「…………」

「ネルフには武器の徴発権限は無いでしょう。この件に関しては、こちらから戦自に口利きは出来ますが、作戦成功率は?

 MAGIで試算したはずですよね」


 冬月が答えられなかったのを見て、シンジが話しを進めた。

 シンジが出した条件は、作戦成功率が80%以上か、国連軍・北欧連合の作戦成功率より高い事だ。

 ミサトの作戦説明を聞く限り、無理だろうと思っていた。

 使徒の推定射程距離や狙撃ポイントなどの細かい内容の確認は、作戦成功率を聞いてからだ。


「勝算は8.7%よ!」

「ボクは80%以上の作戦成功率を要求しましたが?」

「これが一番高い数値よ。これ以上の作戦は無いわ! あなた達にこれ以上の作戦が立案出来るの!?」


 ミサトは自信を込めて断言した。制限時間があって偵察などは少ししか出来なかったが、悩んだ末に立案した作戦だ。

 国連軍と北欧連合の作戦がどれほどのものか知らないが、自分の作戦より高いなど、ありえないと思っていた。


「念の為に確認します。これがネルフの立てる事の出来る最高の作戦ですね? 後で言い訳は聞きません。

 これ以上の作戦はネルフには無いのですね?」


 シンジは無表情のまま、ネルフのメンバーに確認した。

 この時点で、ネルフの知っている使徒情報に使徒の単体性能は含まれていないと断定していた。

 ならば、こちらに必要な情報は使徒の来襲スケジュールとサードインパクトの所以、使徒が何故第三新東京に来るのかの理由、

 そのぐらいであった。

 それが確認出来ればネルフに用は無いとも思っていた。

(もっとも、”ゼーレの弱体化のきっかけを作って貰う役”というメリットは残っているが)


「これが、ネルフの作戦だ」


 ゲンドウがいつもと同じ声で発言した。サングラスの為に目の色は分からない。自信があるのかどうかは不明だ。

 耳に包帯を当てたゲンドウの目はサングラスの奥に隠され、感情を伺う事は出来なかった。


「分かりました。赤木博士、MAGIの作業エリアに”第三使徒の迎撃作戦”というファイルを置いておきました。

 MAGIで作戦成功率を算出して下さい」

「第三使徒? 分かりました。MAGIで作戦成功率を計算します」


 第五使徒の事を第三使徒とシンジは言ったが、リツコは訂正しなかった。

 国連軍と北欧連合には、その辺の情報を一切渡していない。

 今年になってからの使徒来襲はこれで三体目だ。シンジが第三使徒と呼ぶのも、間違いでは無い。

 リツコは余分な事は言わず、”第三使徒の迎撃作戦”のファイルをMAGIに転送していった。

 ご丁寧な事に、そのファイルフォーマットは、MAGIの専用フォーマットになっていた。

 余分な変換作業もせずにMAGIの読み込みが終了し、作戦内容と作戦成功率がリツコの前のモニタに表示された。


「えっ、これって!?」


 リツコの驚きの声があがった。モニタにはリツコが想像もしていなかった数値が表示されていた。


「赤木博士、作戦成功率は出たのかね? ユグドラシルUの計算結果では、成功率は82.7%だったが」


 不知火が自信に満ちた口調でリツコに問い掛けた。入念な検討の末に練り上げた、不知火も自信を持つ作戦だ。


「……はい。MAGIで計算させたところ、作戦成功率は86.2%でした」

「なんですって!」 「「何だと!?」」 『本当か?』


 ミサト、ゲンドウ、冬月、事務総長の顔色が変わった。それはそうだろう、ネルフの作戦成功率の約十倍だ。


「まず、敵使徒の周囲に無人自走砲を配置。自走砲の時間差攻撃を行います。

 使徒が自走砲を攻撃中に、強酸を入れたミサイルで攻撃。敵の粒子砲の発射システムを破壊します。

 粒子砲を発射している時は、使徒が防御用のATフィールドを張れない事は確認してあります。

 同時に、【ウルドの弓】と『ワルキューレ』からの粒子砲の砲撃。これも使徒の粒子砲の発射システムを破壊する事が目的です。

 粒子砲が使えなくなった使徒は敵ではありません。初号機を緊急射出。使徒に接近してATフィールドを中和して倒します。

 使徒が攻撃中にはATフィールドを張れない事。強酸が少しですが使徒の構成組織に有効だという事も分かっています。

 強酸の方は前回と前々回の使徒のサンプルで確認してあります」


 シンジが作戦内容を淡々と説明した。


「そ、そんな! 使徒が攻撃中にATフィールドを張れないって、何で分かったのよ!?」

「使徒が零号機を攻撃中に、【ウルドの弓】の攻撃が当たったろう。それに、その後のこちらの偵察でも確認してある。

 もっとも使徒に直撃はさせずに、ATフィールドの有無だけを確認した偵察だがな」


 不知火は補足で説明した。確かに、零号機が攻撃を受けた時の状況を分析すれば判る事だ。


「そんな!?」


 ミサトは愕然として聞いていた。せっかく偵察までしたのに、そんな基礎的な事を思い当たらなかったのだ。

 リツコは悔しそうな顔をしていた。シンジに感じた恐怖がまだ残っていて普通の状態では無かったとはいえ、

 ネルフの技術責任者として、そんな事に気が回らなかった事は痛恨の極みだ。


「さて。MAGIの計算で86.2%と8.7%か。どちらの作戦を使うか決まったな。

 事務総長の財産は没収。そして事務総長とその取り巻きは懲戒免職という事で、国連事務局と補完委員会には連絡しておく。

 それと前回指示した六分儀司令、冬月副司令、葛城三尉、日向三尉を拘束して重営倉に入れておけ。後で軍法会議を行う!」


 不知火が作戦を決定し、ネルフのメンバーの拘束を命令した。

 それを聞いたネルフの職員の間に緊張が走った。それにモニタに映っている事務総長の顔色も変わった。


『待ってくれ! 私の退職は約束した事だ。認めよう。だが、ネルフのメンバーの拘束は駄目だ。約束が違うだろう』


 事務総長の制止がかかった。顔には諦めの色が浮かんでいるが、自分の財産と退職を引換にネルフのメンバーの拘束を

 止めさせなければ、補完委員会からは見放されるだろう。財産と職を失い、委員会の援助が無くなるのは避けたかった。


「約束? 元事務総長の依頼は、ネルフの持つ使徒の知識を元に作戦立案をさせる事だ。

 ネルフに作戦立案させて、作戦がこの程度なので事務総長が処分されるのは約束通りだろう。

 別に事務総長の首の代わりにネルフの処分を止めた訳では無い。勘違いされては困るな」


 確かにネルフの作戦が満足のいくもので無ければ職を辞すると言った。財産の没収を認めた。

 だがこのまま引き下がれない。反論しようとした元事務総長に止めを刺そうと、シンジも口を開いた。


「これ以上ごたごた言うなら、ボクが相手になりますよ。

 あなたが作戦妨害をしたと見なし、旧常任理事国六ヵ国とあなたの出身国を、敵として殲滅してあげましょうか?」

『なっ!』

「実権を持たない、調整役に過ぎない事務総長ごときの話しを、ここまで聞いてあげたんですよ。ありがたいと思いなさい。

 作戦妨害したと認定されるのが嫌なら、黙って処分を受けなさい!」


 シンジの言葉を聞いて、元事務総長は抗議しようとした止めた。

 これ以上抗議すると、本当に作戦妨害と判断されるかも知れない。保身の為に口を閉ざした。

 そして元事務総長は敗北を認め、失意の中で通信を切った。

 元事務総長の通信が切れたのを確認して、国連軍の保安部員がネルフの四人を拘束しようと動き出した。


「待ってくれ! 我々の拘束は、あの使徒が倒されてからにしてくれ」


 冬月が不知火に懇願した。使徒が倒される瞬間を見たかったのだ。

 だが、為すべき事を為さず、己の希望を貫き通す事が出来るはずも無かった。


「断る! 戦闘中に邪魔する可能性が高い。実際に邪魔の実績があるからな。

 作戦成功率を下げない為にも、お前達の拘束は必要だ。さっさと連れて行け!!」


 不知火は冬月の頼みを即座に却下した。ネルフの頼みを聞いて良い結果が出た例が無い。

 それに危険要素は排除するに限る。ネルフのメンバーを拘束しないで使徒戦に望むという事は、妨害工作もありえるのだ。


「「「「「はっ!」」」」」

「待て!」 「待ってくれ!」 「触らないでよ!」 「…………」


 次々に手錠がかけられ、四人が重営倉に連行されて行った。ゲンドウとミサトは抵抗したが、保安部員に殴られて抵抗を止めた。

 今度ばかりはセレナも介入出来なかった。


「重営倉には必ず見張りもつけろ! ネルフの職員がこいつ等を開放しようとしたら、四人を射殺しろ。

 それと残りの保安部員はここで待機だ。ここの職員が我々の戦闘の妨害をしようとしたら、即座に射殺しろ!!」


 不知火の指示は徹底していた。ネルフを信用していない事を、はっきりと示したのだ。

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 使徒への攻撃兵器の手配をする為に、不知火は第二発令所に戻った。

 シンジは初号機の点検をしようと格納庫に向かうが、ミーシャから念話が入った。


<シン様。レイが目を覚ましました。幸い落ち着いていますが、一度来て頂けますか>

<わかった。直ぐ行く>

<御免なさい。あたしはオペレート業務があるから、まだ行けないわ>

<ミーナも心配していたって言っておくよ>

<宜しくね>


 二人との念話を済ませたシンジは、格納庫からレイが休んでいる部屋に目的地を変更した。


 シンジはオートロックが外されるのを待って部屋に入った。

 レイはベットに上半身を起した状態でいた。側にはミーシャが椅子に座っている。


「レイ、大丈夫? レイに付いてられなくて、ごめんね」

「ううん。お兄ちゃんは、お仕事があるのは分かってるわ。それに、ここまで運んでくれたし」


 元気は無さそうだが、レイは笑顔をシンジに向けた。


「レイの様子を見て安心したよ。これから戦いが始まる。ボクは出撃するけど、レイはまだ安静にして」

「……あたしも出撃しちゃ駄目?」

「レイ! あれだけ怖い思いをしたのよ。レイが出る必要は無いわ!」

「レイの気持ちは嬉しいけどね。零号機はまだ戦闘が出来る状態じゃ無い。起動試験が精々なんだ。

 それに作戦は決まった。作戦成功率は八割以上だ。大丈夫だよ。ここで待っていて」


 ミーシャとシンジはレイを止めた。レイのショックはまだ抜け切っていないだろう。ここで無理はさせられない。

 そもそも、シンジはレイが零号機に乗る事自体に反対だったのだ。

 だが、レイは心残りがありそうな顔で再度シンジに御願いをする。


「どうしても駄目?」

「まだショックが抜けきっていないよ。今回はここで休んでいて。大丈夫、勝つよ。だから安心して」


 シンジはレイの頭を撫でた。頭を撫でられて気持ちが落ち着いたレイは、自分の意見を引っ込めた。


「第二発令所で、見学してて良い?」

「……分かった。ミーシャ、頼める?」


 レイの気持ちは正直嬉しかった。だが、レイに無理はさせたくは無い。

 まあ、第二発令所で見るくらいは大丈夫だろうと判断した。


「分かりました。でも、まだ安静なんだから車椅子よ。探してくるから待っていて」

「じゃあ、ミーシャが戻ってくるまで、ボクが居るよ」


 ミーシャが出て行った後、レイとシンジの二人きりになった。


「お兄ちゃん、ありがとう。そしてごめんなさい。零号機でお兄ちゃんの手助けをしたかったの」


 ミーシャが座っていた椅子に座ったシンジに、レイが俯きながらも話しかけた。


「レイは可愛い妹だからね。それに今回はネルフの暴走が原因だよ。レイは被害者側。レイが悪い事なんて無いさ」

「…………でも…………」

「レイは無事に零号機の起動に成功したんだ。これは良い事なんだよ。落ち着いたら、お祝いだよ。

 今は身体を休めて次に備えれば良い。深刻に考えずに、もっと気楽に行こう。

 レイが落ち込んでいると可愛い顔が台無しだよ。レイは笑っている方が可愛いんだから

「お兄ちゃん!」


 レイは手をシンジの背に回し、頭をシンジの胸の中に埋めた。

 そんなレイの頭をシンジは優しく撫でた。レイの甘い体臭に包まれ、その刺激に反応しないように我慢するシンジであった。

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 第二発令所

 不知火は国連軍と戦自に、無人兵器の提供と協力を要請した。

 国連軍は不知火の所属組織なので要請自体に問題は無い。すんなりと了承された。

 戦自は指揮系統は異なるが、使徒殲滅のサポートという事で了承した。

 まあ、元の同僚が戦自にいた事も、素直に了承してくれた要因になるだろう。

 それと宮内庁から内密に戦自に要請があった。大和会に属している戦自の将官の裏工作もあった。

 国連軍には新型の航空兵器は配備されていたが、陸上兵器は第三新東京との距離の関係で配備が遅れていた。

 従って、陸上兵器は戦自から出して貰う必要があったのだ。


 準備は完了した。

 既に無人兵器は全てユグドラシルUに接続され、第二発令所からの命令で攻撃を行う状態になっている。


「自走砲。ワルキューレ。強酸装着のミサイル車両。全て配置が終了しました。何時でも攻撃可能です」


 ミーナの報告が入ってきた。


『【ウルドの弓】の発射命令はユグドラシルUから出せるようにしてありますので、第二発令所から指示して下さい。

 それに初号機の起動完了。いつでも発進可能です』


 シンジの報告が入ってきた。一時的にだが、日本上空の軍事衛星【ウルドの弓】の制御権限をユグドラシルUに与えていた。


 第二発令所にはネルフの人間は誰もいない。

 ネルフのメンバーは重営倉に隔離されているか、本発令所でモニタしているだけだ。

 何時もの邪魔をする人間は重営倉に拘束している。今回は邪魔も入らず、作戦行動が出来ると内心で安堵していた。

 第二発令所の片隅には、車椅子に乗ったレイとミーシャが居る。作戦成功率は聞いているので、ある程度は安心して見ている。


「よし、作戦を開始する。自走砲による時間差攻撃を開始せよ!」


 不知火の作戦開始命令が発令された。

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 ネルフ:重営倉

 ゲンドウ、冬月、ミサト、日向の四人は重営倉に入っていた。勿論、一人一部屋である。

 それぞれ離れた部屋に隔離されており国連軍の監視もあるので、四人は話しをする事も出来ない状態だった。


 ゲンドウは重営倉に入ったのは初めてだった。専ら、重営倉に入れるのを命令する方だった。

 初めて重営倉に入り、その部屋の有様に落胆した後に考え始めた。

 既に使徒戦は始まっているだろう。だが自分は、いやネルフは使徒戦に関われない。

 ネルフの設立当時の事情を考えると、ネルフが使徒戦に関われないなど有り得ない事だった。

 だが現実に起きている。原因は北欧連合とロックフォード財団だ。いや、シンジが原因だ。

 ロックフォード財団がシンジを保護したのは八年前と聞いている。シンジを捨てた二年後だ。

 そして、シンジは北欧の三賢者の一人として、あの年齢で実績を上げて不動の地位を築いていた。

 シンジは三歳の時から才能を開花させていたと言うが、本当なのだろうか?

 そして、発令所で見たシンジを思い出して身震いした。あれは絶対に普通の人間では無い。

 だがDNA判定では、確かにシンジであると結果が出ていた。つまり、身体は普通の人間のはずだ。

 何か特殊な理由があるのだろう。そこにシンジの秘密が隠されているように思えた。

 シンジが自分を憎んでいるのは分かる。だが、何時でも自分を殺せるはずが殺していない。嫌味紛いの仕返しを受けただけだ。

 今となってはゲンドウにもシンジの実力は実感出来た。魔術師の異名に相応しい実力だろう。

 だが出来すぎているとも考えていた。シンジがあそこまで準備をしていたのは、本当に自分への私怨だけなのか?

 重営倉は反省を促す場所で、考える時間は十分ある。ゲンドウは誰とも話す事無く、深く考え込んでいった。


 冬月は重営倉の床に横たわっていた。ゲンドウと同じく、重営倉に入るなど初めての事だった。

 だが、重営倉の中で騒ぎ立てても益は無いと判断して考え始めた。

 計画が始まった事もあり、最近はじっくりと考える時間が無かったのだが、いい機会と思い直したのだ。

 冬月の頭に浮かんだのはシンジの事だった。

 計画が始まる前、つまりはシンジが来るまでは、計画は順調で支障無く実行出来ると思っていた。

 問題があっても、ネルフの特務権限で押し切れると予想していた。

 だが、蓋を開ければイレギュラーばかり発生した。

 召集したシンジの反抗、そして北欧連合の天武による第三使徒”サキエル”の殲滅。

 そして明らかになったシンジの正体……北欧の三賢者の魔術師と呼ばれる世界権威レベルの科学者だ。

 ネルフの権限が及ばないその立場。おかげでネルフとゼーレは相当な譲歩をせざるを得なくなった。

 ユイの実子であり才能を持っているのは当然だが、あの歳であの実績は異常だ。

 レイの洗脳も解け、ネルフの権限は次々に縮小され、ネルフの打てる手段はどんどん少なくなってきている。

 そして、対使徒迎撃組織として設立されたネルフが、使徒戦に関われないという笑う事も出来ない状況だ。

 その全てにシンジが関連している。シンジは何処まで知っていて、何を目指しているのか?

 シンジは一人でもネルフを殲滅出来ると言っていた。本発令所でシンジが怒っていた時を思い出すと、嘘では無いと思う。

 シンジはサードインパクトを防ぐ為だけに動いているのだろうか? 他にも目的があるのでは無いだろうか?

 居心地は悪いが、考える時間はたっぷりとある。冬月は深く考え込んでいった。


 ミサトが重営倉に入るのは二度目だった。一回目の重営倉では空腹と疲労でへとへとになった。

(リツコには、良いダイエットになったわねと嫌味を言われて、喧嘩の寸前まで行ったが)

 その時は、次の使徒こそ実績を上げると誓ったのに、この様だ。

 何が悪かったのだろうかと考えた。いや考えるまでも無い。

 使徒を前にした自分に湧き上がる、熱く暗い思いを抑えきれずに暴走してしまった事が原因だ。

 冷静に考えるとそれが分かる。だが、使徒を目にすると、どうしても湧き上がる気持ちを抑えきれない。

 失語症から立ち直った時から、使徒に対する復讐心は変わっていない。

 それどころか使徒に対する憎しみは増す一方だ。どうして、こうも使徒を憎むのだろうか?

 使徒に肉親を殺された為だとは分かっている。だが、それだけでこうも憎めるものなのだろうか?

 それと国連軍と北欧連合の立てた作戦の事が気になった。自分が立案したヤシマ作戦の十倍以上の成功率だ。

 ヨーロッパに出向していた時は、自分が立てた作戦は成功を収め続けてきた。

 唯一の敗北は中東エリアに侵攻した時の事だ。捕虜になってシンジに惨めな自分を見られた時だ。あれは屈辱の思いだ。

 もっとも当時の上官からは”敗戦は君の責任では無く、君が指揮官だったらあんな事にはならなかっただろう”と言われていた。

 自分には軍事の才能があると自負している。それは昔の上官からも常々言われてきた。だが、ネルフに来てからは失敗続きだ。

 自分の才能はどうしたのだろうか? 何故、国連軍と北欧連合はあれほどの作戦を立てられたのだろうか?

 使徒を目の前にして自分は冷静さを失っていたのか?

 使徒の事と国連軍・北欧連合の作戦を考えながら、ミサトは深く考え込んでいった。


 日向は重営倉は初めてだ。寝具も無く、ただ反省する場所だと聞いていただけだった。独房より酷いという程度の認識だ。

 今頃は使徒に対する攻撃が行われている頃だろう。そして自分は何も関与出来ない。

 原因は? 自分だ! 最初は反対したのに結局はミサトの命令に従ってしまい、零号機を射出してしまった事が原因だ。

 そして、危うく零号機は無防備で敵の攻撃を受けるところだった。

 ”理不尽な命令を拒否出来ますか?” シンジの言葉が頭に浮かび上がってきた。

 零号機に乗って死の恐怖を味わったレイの事を思うと、日向は申し訳なく思ってしまう。

 そしてシンジが怒った時の事を思い出すと、今でも震えが出てくる。次にシンジの前に立って、まともに喋れる自信は無い。

 シンジの自分に対する信頼は、地に落ちているだろう。だけど、ミサトの為には改善しなければという思いがあった。

 そして今後はどうすれば良いのか、深く考え込んでいった。

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 本発令所

 いつものメンバーが居ない本発令所は、リツコの指示の元で使徒の情報をモニタしていた。

 国連軍の保安部員が銃を構えたまま、リツコ達を監視している。従って不用意な事は出来ないし、する気も無かった。

 彼らがネルフの行動を使徒戦の妨害と判断すれば射殺される。リツコはそれを脅しとは取らなかった。

 今まで散々と彼らの邪魔をしてきた。結果、ゲンドウでさえ重営倉に入れられる始末だ。

 リツコはモニタに視線を向けた。モニタにはドリルを用いてジオフロントに入ろうとしている使徒の映像が映っていた。

 使徒迎撃組織として設立されたネルフだが、使徒戦に関わる事が出来ない。こうして見ているだけだ。


「無様ね」


 自分達の組織に対して、リツコは自虐の言葉を呟いていた。

 次の使徒戦からはシンジとレイは補助になり、セカンドチルドレンが主役になる予定だ。

 その事に焦って色々な介入をしてきたが、尽く無駄な結果に終わった。

 彼らは作戦成功率が八割を超える作戦案を提示してきた。使徒の情報を知っていると言ったネルフの十倍以上の作戦成功率だ。


 不知火とシンジが推測したように、ネルフは使徒の個別性能は分かっていない。それを彼らに知られてしまった。

 使徒の情報を持っている事がネルフの有利な点だったが、どんどん化けの皮が剥されていった。

 まだ明かにしていない機密はあるが、これではネルフの価値は下がる一方では無いか。


 それにシンジの能力を垣間見た今、セカンドチルドレンではシンジに対抗出来ないとも考えていた。

 技術者とパイロットとしての力量。そして【私】と言っていた時の異様な雰囲気。あれは絶対に普通では無い。

 セカンドチルドレンがシンジに牙を向け、反撃を受ければ一撃で粉砕されるだろう。

 そして彼らは独自戦力の天武を擁している。

 第三使徒を倒した実績もあり、彼らが天武を主軸に行動した場合はどうなるだろう。

 リツコは暗い思考に陥っていた。

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 第二発令所

「よし、作戦を開始する。自走砲による時間差攻撃を開始せよ!」


 不知火の命令で第一グループの自走砲四門が、四方から時間差をつけて攻撃を開始した。

 砲弾が使徒のATフィールドに接触して爆発する。この後は第四グループの自走砲まで、時間差攻撃を継続する予定だ。

 使徒はATフィールドで防御した後に、自走砲への攻撃を開始した。


「目標に高エネルギー反応!」


 ミーナの報告が第二発令所に響き渡った。

 その直後、使徒から発射された粒子砲が自走砲の第一グループを直撃し、自走砲が爆発した。

 同時に、ミサイル車両から強酸を入れたタンクを装填したミサイルが発射された。

 それと天空から降り注ぐ粒子砲の光が使徒に突き刺さった。軍事衛星【ウルドの弓】からの攻撃だ。

 また、ユグドラシルUに制御された『ワルキューレ』が垂直に上昇し、三機一体で粒子砲の攻撃を使徒に向けた。

 三機の『ワルキューレ』から放たれた光が螺旋を描きながら、一つの光になって使徒に突き刺さった。

 それが四方向から行われていた。『ワルキューレ』の粒子砲も使徒を直撃し、爆発が連続して発生した。

 そして強酸のタンクが破裂し、強酸が使徒に降り注いだ。

 自走砲の第三グループまでは使徒に破壊されたが、粒子砲と強酸の攻撃で使徒は損傷した。

 既に第四グループの自走砲は攻撃を受けていない。使徒の粒子砲の発射システムを損傷させる事には成功した。


「エヴァンゲリオン初号機、緊急発進!!」

「了解しました。エヴァンゲリオン初号機、緊急発進します」


 不知火の命令をミーナが復唱し、初号機が射出された。射出位置は使徒の五百mほど離れた地点だ。

 既に棍は装備している。

 射出後、直ぐに拘束具は外され、初号機は使徒へ向かった。その間にも自走砲や『ワルキューレ』からの粒子砲が

 攻撃を続行しているが、使徒のATフィールドに阻まれて使徒に届いていない。

 だが、使徒からの攻撃は無い。使徒は粒子砲の発射システムの自己修復中だ。


 そこに初号機がATフィールドを中和して襲い掛かった。

(同士討ちを避ける為、【ウルドの弓】とワルキューレの攻撃は止んでいる)

 エネルギー分析で判明した使徒のコア目掛けて、棍に捻りを加えて突き出した。撚糸棍の要領だ。


 「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 シンジの気合の下で、棍は使徒を突き抜けて反対側まで貫通した。


「目標に高エネルギー反応! 今までのエネルギー反応の三倍以上あります! シン、逃げて!」

『直撃しなかったのか!? ATフィールド全開!!』


 シンジの緊迫した声がスピーカから流れてきた。その直後、使徒が爆発した。

 十字の形をした爆発光が、第二発令所のモニタに映し出され、爆煙が初号機を包み込んだ。


「シン様!!」 「お兄ちゃん!!」


 ミーシャとレイの叫び声が第二発令所に響いた。

 だが、その直後にミーナの報告が入った。


「パターンブルー消滅を確認。初号機との通信は回復しました。初号機に損傷はありません。パイロットの負傷もありません」


 爆煙の中からゆっくりと歩いてくる初号機の姿が、大型モニタに映し出された。

 第二発令所に歓声が湧き上がった。ミーシャとレイも安堵の表情を浮かべていた。


『使徒殲滅完了。初号機に損傷はありません』

「御苦労だった。帰還ルートを指示する。戻ったら、ゆっくりと休憩してくれ。

 オペレータは国連軍と戦自に使徒を殲滅した事を連絡してくれ。協力に感謝すると付け加えてな」


 不知火はシンジを労った後、通信オペレータに指示を出した。

 かくして国連軍と北欧連合の立てた作戦は成功し、使徒は殲滅された。不知火は穏やかな笑みを浮かべていた。

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 ネルフ:会議室

 長方形の大型の机の左サイドには、ゲンドウ、冬月、リツコ、各部長が座っていた。一番端は特別監査官のセレナだ。

 ゲンドウと冬月は昨日の夜にやっと重営倉を出たばかりで、かなり憔悴している様子だった。

 三日間に渡る重営倉の生活は、二人にかなりの負担を与えた。本来なら数日間は入院すべきという診断が出ている。

 だが、ゲンドウと冬月の体調などは考慮されずに会議は開かれた。二人の体調の回復を待つ余裕は、今のネルフには無い。

 そして他の出席者の顔色も悪い。何せ、ネルフは使徒迎撃組織であるにも関わらず、成果を上げる事も出来ず、

 国連軍の邪魔をしているのを知らされたからだ。そしてミサトと日向の処分がこれから協議される。

 ネルフの立場がどんどん悪くなっているのを肌身で感じていた。職員の大部分が先行き不安になっているのだ。


 大型の机の右サイドには、不知火と各部署の責任者とシンジが座っていた。

 三体目の使徒戦は無事終了したのだが、後始末が大変だった。

 国連への報告書の提出、国連軍と戦自への報告と作戦協力への御礼、初号機と零号機の整備という事で休む暇が無かった。

 因みに都市復興はネルフに任せてある。(使徒は爆発したので、残骸回収は無し)


 当初はゲンドウと冬月もミサトの監督不行き届きという事で、処分をする予定だった。

 だが、ネルフの司令と副司令の軍法会議を行うという事で、色々なところから圧力が掛かってきた。

 日本政府を初めとする、旧常任理事国各国六ヵ国からの圧力だ。

 中には、ゲンドウと冬月を軍法会議で裁けば、国連拠出金を出さないと脅してきた国もあった。

 そして人類補完委員会の裏からの圧力もあった。北欧連合だけならまだしも国連軍がいる。

 国連軍にしてみれば予算削減はかなり痛い。現実に不知火の給与は、国連予算から出ている。

 折衝の結果、四人の重営倉への拘束はそのままとした。罪を犯したのに不問という訳には行かなかったのだ。

 だが、上司たるゲンドウと冬月は補完委員会の訓戒処分とし、国連軍からの処分は免れる事になった。

(もっとも交換条件で、補完委員会から賠償金五十億円がレイに支払われる事になった。

 ゲンドウが名前を呼び捨てにした事で、別枠でシンジにも十億円が支払われていた。

 それと、国連軍の大幅な予算追加が認められた。ゲンドウと冬月の処罰を諦めさせる為の飴である)


 だが、零号機を無断で射出し、使徒の攻撃に晒した実行犯のミサトと日向の処分は行われる事になった。

 処分内容はネルフと協議する事になっている。これからその処分内容の協議を行うのだ。

 因みに被告たる二人の姿は会議室には無い。どうせ居ても無意味だと言って、不知火が欠席裁判にする事にした。

 今も二人は重営倉に居た。


「さて、本日の議題は、二度と越権行為はしないと誓約書を出していたにも関わらず、零号機を無断射出して

 使徒の攻撃に晒した葛城三尉と日向三尉の処分内容についてだ。

 横槍が入ったので司令と副司令の二人は委員会の訓告で済ますが、葛城三尉と日向三尉は実行犯だから無罪という事は無い」


 国連軍の予算追加という飴に釣られ、ゲンドウと冬月の処罰を見送るようにルーテル参謀総長から命令があった。

 その為、少々機嫌が悪い不知火であった。


「補足で説明します。まず、レイは軽度のPTSD(ストレス障害)になっています。

 使徒の粒子砲攻撃で死ぬ覚悟を決めたと言ってます。拘束具が解除されていなかったので、零号機は動けなかったんですよ。

 まだパイロット登録もしていないレイを無断で射出し、死の恐怖を味わせてくれた訳ですね。

 それと、レイは某特務機関の司令に攫われてきたので戸籍がありません。今回、正式に戸籍を作ってボクの義妹としました。

 レイはまだ軍人として登録していませんから、ボクが義兄として代弁させて貰います」


 レイはまだ精神的に安定していないので、マンションでミーシャと一緒に休んでいた。

 ここまでで、ネルフからの発言は無い。異論が無い訳では無いだろう。まだ静観しているというところだ。


「こちらとしては、葛城三尉と日向三尉を懲戒免職処分にし、国外追放処分にする事を要求する」

「「なっ!?」」


 冬月とリツコは不知火の厳しい要求に驚きの声を上げた。まさかここまで要求されるとは思っていなかった。

 精々が降格処分ぐらいと予測していた。


「待って下さい。確かに葛城三尉は零号機を無断射出し、レイを「レイの名を呼び捨てしないで下さい。不愉快です」

 ……綾波さんを「碇レイで戸籍を作りました」……碇さんを危険な状態にさせてしまいましたが、反省しています。

 酌量の余地はあると思いますが」


 シンジの二度のクレームでリツコはレイの呼び名を変えたが、ミサトの酌量を願い出た。

 委員会からの命令もあり、ミサトを使徒戦から外す事は出来ない。ネルフを解雇する事や国外退去は呑めない条件だ。


「反省? 前回の誓約書にも反省したと書かれていましたよね。それでも同じ事を繰り返した。二度ある事は三度ある。

 もう信用出来ませんが」

「まったくだ。ネルフの良識を信じたばかりに、こちらが損をする。二度と同じ過ちは繰り返さないつもりだ」


 シンジと不知火はリツコの嘆願を即座に却下した。後顧の憂いを絶つ為にも、ここで断固たる処理をしたいところだ。

 ネルフはネルフなりの事情があるだろうが、それを理由に二人の免責をする事など認められない。


「ですが、委員会から賠償金五十億円が支払われています。精神的な慰謝料としては、十分な対価でしょう。

 その分も考慮すると、懲戒免職は厳し過ぎます」

「へえ。お金を払えばレイへの仕打ちの免責になると思っているんですか。それなら五十億は返却します。

 その代わりにネルフはこの場で消滅しますが、構いませんね?」


 シンジの左目は赤く輝き始め、異様な気を放ち始めた。そう、以前に【私】と言っていた状態になりつつあった。

 ネルフのスタッフは、シンジからのプレッシャーを感じて顔を青褪めた。あの時の恐怖を、思い出したのだ。


「!! 私の失言でした。申し訳ありません!!」


 リツコは立ち上がって慌てて謝罪した。レイの価値を五十億を言った事に、シンジが怒ったのが分かったのだ。

 内心では十分な対価だと思っているが、シンジにそんな事は言えはしない。


「口先だけの謝罪など聞き飽きました。赤木博士は欠陥兵器しか開発出来ない癖に、態度がやたらと大きいですね。

 ボクをモルモット扱いしようとした事や、命令があったからと言ってレイを洗脳する。下種な人ですね。

 同じ科学者として恥かしいですよ。モラル無き科学者など、人類に対しての害にしか為りません。博士号を返上したらどうですか?

 もう良いです。あなたは黙って下さい。これ以上、あなたの声を聞くのは不愉快です!」


 言葉とは裏腹にシンジはリツコの技術開発能力は認めていた。だが、簡単に上の命令に従って、倫理に反するような事を平然と行う

 リツコに危険性を感じていた。モラル無き科学者。しかもリツコぐらいの能力と権限があるなら、放置しておくとゲンドウの

 命令のまま、とんでも無い事をする可能性がある。組織が違うからあまり干渉は出来ないが、それをはっきり指摘した。

 自分達に関わらなければ良いだろうと考えて、はっきりと自分がリツコを否定していると明言したのだ。


 リツコは俯いて耐えるだけだった。水槽の中のスペアの事もあって、人間では無いレイを軽視し、嫌っていた。

 それにゲンドウがレイを気にかけている事も気に入らなかった。それがあの発言につながった。

 人間では無いのにシンジに大切にされ、五十億円もの賠償金を受け取ったレイを、リツコは認める気に為れなかったのだ。

 その気持ちをシンジに突かれた。

 それに最初の時にシンジに横柄に接した事が今でも影響している。あの時はシンジの正体を知らなかった。

 今から考えても、シンジが非力な普通の中学生だったら、リツコの対応は問題は無かった。実験体として扱おうが、権限の範囲だ。

 だが、実際には自分を上回る能力と権限を持つシンジに、あの対応をしたのは致命的なミスだった。

 そしてシンジの技術的な詰問に、リツコは有効な反論さえ出来てはいない。シンジが自分を蔑視するのも当然かもしれない。

 最初の対応を間違えたとリツコは悔やんだが、時を取り戻す事など出来はしない。リツコに出来たのは黙る事だけだった。


 しばらくの間、会議室を沈黙が支配したが、何時までもそうしている訳にもいかない。不知火が会議を再開した。


「レイ君への謝罪はいいだろう。だが、越権行為をして零号機を損失させるような危険に晒したのだ。これは捨て置けない。

 ネルフはどう考えている?」

「では、葛城三尉と日向三尉は一階級降格。二人の給与の30%カットを一年。

 それに葛城三尉、いや准尉は、今後は君達の作戦を立案しない事を約束する。それでどうだろう」


 次の使徒からはセカンドが主役になる予定だ。従って、ミサトがシンジ達の作戦を立てる事が無いのは予定通りの事だ。

 だが、冬月はそれを交渉の条件に入れた。相手が知らないという事は、こんな事でも交渉を有利に運ぶ条件になる。


「ほう? 作戦立案主任が作戦を立案しないと言うのか? 何故そこまでして庇う?」

「庇っているのでは無い。葛城准尉は弐号機以降のEVAの作戦は立案するが、零号機と初号機の作戦は立案させないと言っている。

 弐号機は間もなく本部に到着する。そうすれば君達の負担になる事は無いだろう」


 冬月がしたり顔で提案した。委員会からの圧力が効いたのだ。少しはネルフの有利なように持ち込めると考えている。


「弐号機以降の作戦立案か……ロックフォード少佐、どうだ?」

「……そうですね、追加で重営倉の拘束を六日追加すれば認めます」


 シンジが辛辣な条件を追加した。ミサトにはミサトなりの事情があるかも知れないが、それで被害を受けているのはこちらだ。

 ミサトと日向には厳罰を下さなければ気は済まないが、どうしてもネルフはミサトを庇うようだ。

 それならばと、身体的ダメージが多い罰を言い出した。

 まだネルフと完全決別するには時が満ちていない。(もっとも、脅しならネルフを壊滅させると言っているが)

 それと弐号機に関しての作戦を立てると聞いて、弐号機のパイロットに僅かな同情心を感じたがそれだけだ。

 見た事も無い人間の事を心配する程、シンジは優しくは無かった。


「あれを六日追加すると言うのかね?」


 冬月は三日間の重営倉での生活を思い出していた。あれをさらに六日間続ける事を想像して、ミサトと日向に憐憫の情を抱いた。

 重営倉は健康状態を損ねるのを避ける為に、拘束期間は三日間を上限としている。

 だが、シンジはあえて追加拘束を条件に出した。

 下手をすればミサトと日向は身体を壊して入院騒ぎになるが、それはシンジの知った事では無い。寧ろ望んでいた。


「そうです。越権行為もそうですが、レイを道具扱いしたのですから相応の処分は受けて貰います。

 それで身体を壊すようなら、それまでです。寧ろ、それが罰になります。

 命令する権限も無いのにレイに無理な行動を強制したのですから、無理な命令を受けるのも有りでしょう。

 重営倉の拘束上限を超えますが、あの二人には計九日間の重営倉拘束を受けて貰います。

 それと一階級の降格と、こちらの作戦立案の放棄があれば、認めます」


 シンジの提案に冬月が頷いた。まあ、この辺が妥協点だろうと判断した。誰もミサトと日向の身体の事は心配はしていない。


「分かった。六分儀も良いな」

「問題無い」


 冬月とゲンドウが了承して、これで二人の処分は確定した。この結果、ミサトと日向はさらに六日間拘束される事になった。


 セレナは青い顔のまま、会議では一言も口を開かなかった。会議で発言する機会が無かった事もある。

 だがそれ以前に、シンジに感じた恐怖が消えていなかったのだ。

 会議中にシンジの気を感じた時に、以前に感じた恐怖感が甦ってきた。

 シンジの圧倒的な気に精神を犯されかかった恐怖は、未だに思い出す度に震えがくる。

 このままでは駄目だ。シンジに感じた恐怖感を払拭する必要性を感じたが、今のセレナに打開策は思いつかなかった。


 六日後、九日間の重営倉の拘束から開放されたミサトと日向は病院に直行した。二人とも即入院だ。

 ミサトは三日後に退院し、日向が退院したのは一週間後の事だった。

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 某所(ゼーレの会合)

 薄暗い部屋で、01から12の番号がついたモノリスが会議を行っていた。


『まったく、葛城の娘の暴走でイレギュラーばかり発生するな』

『当初はネルフだけが使徒迎撃を行う予定だったから、二度に渡る精神誘導はかなり強力に施してある。その為だ』

『だが、葛城の娘は第三新東京から出す訳にはいかない。記述通りに、使徒戦に絡める必要がある』


 モノリスの声に苛立ちが含まれているのがはっきり分かる。ミサトの為に余分な仕事と出費が増えたのだ。

 ネルフの不始末の為に多額の賠償金を北欧連合に支払った今は、ゼーレでさえ余裕が少なくなっている。


『記述に無い事も起きたがな』


 08のナンバーが付いたモノリスが発言した。声には苛立ちを超え、怒りを感じているのが感じられる。


『預言書を疑うのか?』

『現実を言っている。事実、記述に無い事が発生している。第三使徒が天武とやらに倒されると記載されていたか?』

『そ、それはそうだが』

『だが、あの記述の根本は間違っておらぬ。ずれが発生しても、最終目標に従って修正処置を取れば良いだろう』

『そうだな』


 ”記述”に批判的な発言をしていた08ナンバーのモノリスも同意した。

 今更”記述”を疑ったら、今までの努力が全て徒労に終わる。認められるものでは無かった。


『しかし、魔術師を初号機に乗せてからネルフは失態続きだな。第四、第五使徒の時に、奴等の邪魔をして失敗している。

 特に第四使徒のサンプルを奴らに解析させたのは拙かった。DNA解析をされて、EVAが使徒だとばれてしまったではないか。

 魔術師を初号機に乗せるまでの譲歩は認めるが、それ以降はネルフの失態で情勢が悪化している』

『初号機の暴走が起きなかったから焦っているのだろう』


 預言書では第三使徒の時に初号機が暴走する事となっていた。

 初号機が暴走すると言う事は、初号機の中のユイが目覚めるという事だ。ゲンドウはそれを望んでいた。


『だが、下手に手を出して休戦協定の破棄と言い出さないか、不安だったのだぞ』

『ファーストと魔術師に賠償金を支払ったのだ。大丈夫だろう』

『幸い、魔術師の目は六分儀や葛城の娘に向いている。何かあっても、休戦協定の破棄の前に二人に牙を向けるだろう』


 ゲンドウが不用意にシンジ達に干渉し、休戦協定の破棄を言い出さないかをゼーレは気にしていた。

 シンジ達の目がゲンドウ達に向けられる事は、ゼーレにしても好都合だった。


『魔術師も不審な点がある。零号機の射出の時の状態は異常だ。魔眼の力がまったく通用しないなど今まで無かった。

 それどころか、魔眼使いが圧倒されたとレポートにある』


 セレナの報告レポートの内容だ。ある意味、交渉の切り札だった能力がシンジにはまったく効かないのだ。

 もっとも、第四使徒の時は本発令所の様子を録画映像で委員会に提出したのだが、今回は書面で委員会に提出した。

 (国連軍の保安部が本司令所に来た時に、セレナの部下の隠しカメラを取り上げられた為である)

 故に、ゼーレはシンジの怒った時の姿は映像では見ていない。セレナのレポートの内容だけで判断している。


『魔術師の前歴を考えれば、不審な点など幾らでもあるだろう。あの年齢で北欧の三賢者の異名を持っているのだ。

 だが、天武の量産設計を防いでEVAの有用性を確認させる事には成功している。こちらの思惑通りだ。

 奴らの思惑もあるだろうが、こちらの邪魔に為らなければ構わんだろう。

 六分儀や葛城の娘の横槍が無ければ、ここまで拗れる事は無かっただろう事を考慮すると支障は無かろう。

 下手に魔術師の周辺を調査したりすると、それこそ問題が大きくなる』


 つまりは、シンジの異常性は承知しているが害が無ければ干渉しないという事であった。

 下手にシンジに干渉すると問題が大きくなり、ゼーレにまで被害が及ぶ可能性が高い。

 シンジの目がネルフを向いていると思われる今、シンジの目を委員会に向けさせる訳にはいかない。


『まったく、第五使徒までは奴等に任せ、第六使徒からセカンドを中心にして仕切り直せと言ったのを忘れているようだな』

『奴等の作戦で被害が大きければ、奴等の権限を奪えたものを』

『次の使徒からはセカンドが中心になり、ファーストと魔術師は控えに回る。

 失態続きではあったが致命傷では無い。まだ挽回出来るだろう』


 そう、弐号機パイロットのセカンドチルドレンこそが、ゼーレの計画の主役になる予定だ。

 セカンドチルドレンの教育成果は順調だ。必ず戦果を上げられるだろう。そう、ゼーレは確信していた。


『そうだな。次の使徒から仕切り直しだ。六分儀の手腕を見せて貰おう』

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 ロックフォード家:居間

 暖炉の中で薪が炎を上げていた。温暖な気候になったとはいえ、習慣とは簡単に変えられるものでは無い。

 セカンドインパクト前は北欧連合は寒冷地域に位置していたので、暖炉は必須品だ。

 温暖な気候になった今では使う頻度は激減したが、ほとんどの家には暖炉は置かれている。

 特に年配のナルセスにとって、暖炉の火を見ながら思考に耽る習慣は止められなかった。

 ナルセスは暖炉に薪を入れながら、側に居る三人に話しかけた。


「今までのところは順調という事か」

「はい。第二の使徒に続き、第三の使徒も倒しました。

 使徒が何体来るのか、何時までくるのかは分かっていませんが、今のところは順調です。

 ですが、使徒の機能は単体ではかなり違います。個体差があります。

 突拍子も無い機能を持つ使徒が現れた場合、倒せる保障はありません」


 ミハイルが状況を説明した。現在のところは当初の予定通りに進んでいる。

 だが、何時までも予定通りに進むとは思ってはいない。何時かは想定外の事が起きると覚悟はしていた。


「義母に使徒の単体性能を視て貰うように頼めないか?」


 シンジの師匠はナルセスの義母だ。三人の養子を引き受けたのも、義母の頼みがあったからだ。

 最初はここまでの能力があるとは思っていなかったが、嬉しい誤算に義母には感謝している。

 そしてゼーレの目的を教えてくれたのも義母だ。もう一度力を借りれれば状況はさらに楽になる。

 セカンドインパクトの前にその情報を教えてくれた事は、財団拡大のきっかけになった。今でも感謝している。


「オルテガ様にですか? 視力を失い【あの】力もだいぶ衰えています。この状態で【視て】頂くのは無理かと思いますが」


 クリスは心配そうにオルテガの事を報告した。唯一、この四人の中でクリスだけがオルテガを定期的に見舞っていた。

 オルテガの体調もクリスが一番良く知っている。引退して使い魔の看護を受けながら暮らしているのだ。

 既にオルテガには十分に恩を受けた。これ以上、オルテガを煩わせたく無いという気持ちがあった。


「そうか、済まなかった。忘れてくれ」


 ナルセスも義母の状態は、ある程度は知っている。義母に無理な頼みをする気は無い。


「ゼーレ方面からの使徒情報の入手はかなり困難です。接点がありませんから。

 ですが、ネルフに関しては情報入手の見込みがあります。使徒単体性能の情報は持っていないと報告が来ていますが、

 ネルフが来襲スケジュールや、使徒の生い立ち等に関する情報は持っていると推測されています。

 MAGIは直ぐに落せますが、ネルフも落された事には気が付くでしょう。

 ですから、ネルフ・ゼーレと決定的な決裂になれば力技も良いのですが、それまでは隙を伺うしか手はありません」


 オルテガにこれ以上の負担を掛けずに済んだ事にほっとして、クリスは使徒の情報入手に関しての状況を説明した。


「ネルフの誰かを拉致して、自白させるか?」


 ネルフの要人を拉致をして自白をさせ、記憶を消して戻せばばれる事は無い。ハンスが以前に提案した内容だ。

 副総帥は普段は温和だが、いざという時はこのような冷酷な面も見せる。


「最悪の場合ですけどね。ネルフの首脳部を重営倉に入れる事は出来ましたが、その間でもネルフの監視は

 ついていたと報告にあります。みすみすネルフ首脳部の身柄を、ゼーレも我々に渡そうとはしないでしょう。

 我々がネルフ首脳部を拉致したと分かれば、サードインパクトを企んでいると知られたと判断して、

 今までの態度を変えて、攻撃してくる可能性は非常に高いと思います。

 その場合はゼーレとの全面戦争です。本国ならともかく、日本では万全な体制が取れません。

 シンの事を考慮すると、時期を待った方が良いかと」


 表舞台である日本での足掛かりは弱い。下手を打って、シンジに悪影響が出ても困る。

 攻撃側でならシンジ一人で十分だろうが、受け側に回ると戦力不足は否めない。

 場合によってはゼーレと北欧連合が共倒れになり、使徒の来襲に対応出来なくなる可能性が高い。

 正面からの戦争ならゼーレを圧倒出来る自信はあるが、テロ戦争となると分が悪い戦いになる。


「そうだな。確かに使徒の情報は欲しいが、無理をして全面戦争になっては困る。しばらくは様子見だな」


 現状は北欧連合有利に傾きつつある。今、焦る必要は無い。時間は北欧連合の味方だ。時間が立つほど北欧連合が有利になる。

 ナルセスの結論に他の三人も頷いた。


「ええ。天武は切り札の扱いで、EVAを使用した使徒迎撃が実行出来れば、当面は大丈夫でしょう。

 プラン『K』の準備も着々と進んでいます。

 話は変わりますが、EVAが使徒と同じ存在だった事は、軍部と国連軍でも衝撃だったみたいですね」


 第二使徒(第四使徒:シャムシエル)のシンジの解析レポートは、国連軍と北欧連合に提出されていた。

 その解析レポートには、”使徒とEVAのDNAは100%一致した”と書かれていた。

 シンジからは最初の使徒と初号機に使われたLCLのDNAが同じと聞いていたが、軍部と国連軍には報告していなかった。

 それに、ジオフロントの地下にある使徒の映像も、ミハイル達は軍部と国連軍に報告はしていない。

 どうやって映像を撮ったのか追及されても困るからだ。だが、倒した使徒の解析結果なら問題は無い。

 そして今回初めて、使徒とEVAが同一の素材という事が公になった。(一般には未公開だが)

 これで、ゼーレとネルフの隠している使徒情報の重要性が増した事も事実だ。


「ゼーレとネルフが使徒の情報を独占しているから、詳細情報は分からない。

 だが、ネルフが地下に隠している使徒は、セカンドインパクトの時に手にいれたんだろうな。

 そうで無ければ、十年前に使徒を元にしてEVAは造れまい」


 葛城南極探査隊がセカンドインパクトの時に使徒と接触して、使徒のサンプルを入手したのだろうと推測していた。

 現在のネルフ司令がセカンドインパクトの前日に帰国したと分かっているので、その時に持ち帰った可能性が高いと見ている。

 だが、あくまで推測だ。ここで断定すると、後々で誤った判断をしかねない。

 シンジは【ウル】に残っていたユイの記憶の断片から、ある程度の情報を得ているが、ユイに関しての情報は

 一切ミハイル達には報告していない。ユイと【ウル】に関しては、最後まで隠すつもりである。


「今回のネルフの不始末で、ネルフの司令と副司令に厳罰を下すつもりがゼーレから横槍が入ったとシンの報告書にあります。

 ルーテル参謀総長には抗議しておきましたが、今後も同じようなゼーレからの介入が予想されます。少々、問題かと」

「確かにな。だが、北欧連合一国だけで国連軍の全ての予算を賄う事は出来ない。難しい問題だ」

「国連軍を当てにしていましたが、意外なところで足を引っ張られました」

「まあ、そう言うな。国連軍の事情も、ある程度は分かるからな」

「そうですね。それと使徒の動力源に関してですが、第二使徒(第四使徒:シャムシエル)の解析が進んだとありました。

 もう一体の比較サンプルがあれば、結論を出せるレベルまで来ているそうです。

 それと【ウルドの弓】に関してですが、日本上空にあるNo6をメンテナンスで外して、太平洋上にあるNo5を日本上空に

 シフトさせるとシンから連絡がありました。今回の使徒迎撃で無理をさせたのが原因だと言ってます。

 粒子砲の緊急砲撃を行ったので、発射システムの一部がかなり劣化しているので、交換をすると言ってました。

 まあ、シンがやるのでこちらは関係ありません。

 低軌道タイプの監視衛星の飛行ルートを変えますので、監視網の抜けは出ません」


 【ウルドの弓】に関しては、シンジが全てを取り仕切っていた。ミハイルでさえ、ブラックBOXの内容は知らない。

 搭載センサ等のアクセス権限は一部の人間に開放されているが、マスター権限を持っているのはシンジだけだ。


「【ウルドの弓】は大活躍だったな。ビデオを見たが、粒子砲の攻撃で使徒に損傷を与えた時は嬉しかったぞ」

「シンが義妹にしたレイという子を守る為に、慌てて発射命令を出したようです。

 あれで、シンが直接【ウルドの弓】を制御出来るのがゼーレとネルフにばれてしまいましたが、影響は少ないでしょう」


 ミハイルが当時の状況を説明した。ある程度のシンジの情報洩れは仕方の無い事だと割り切っている。


「しかし、日本国籍の方に入れたのか。ロックフォード家の養子でも構わなかったがな」

「シンの方で気を回したのでしょう。さすがにロックフォードを名乗ると後が面倒ですよ。ですが、なかなか可愛い子ですね」

「その内に、こっちにも来るとか言っていたから、その時は歓迎会を開きましょうか」

「そうだな、エキゾチックな可愛い顔していたしな。ミーナとミーシャと並べば良い絵になるな」


 この後、何時かは来るレイの歓迎会の準備に、話しの内容は移っていった。

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 マンションの屋上

 白いワンピースを着込んだレイは、屋上のヘリポートで一人で思いに耽っていた。


 今まで、シンジ、ミーナ、ミーシャの四人で、零号機の起動成功とレイの戸籍変更の祝いをやっていた。

 お祝いが終わり、レイは気分を変えるつもりで屋上に来た。

 頭上の満月を見ながら、レイの顔には微かな憂いが浮かび上がってきた。


(あたしが戸籍上でも、お兄ちゃんの妹になった事は嬉しいわ。零号機も無事に起動が出来て褒められたし。

 でも、あたしは何にも返していないわ。お姉ちゃん、お兄ちゃん、ミーシャから受け取るだけ。

 このままじゃ駄目よね。ちゃんと受けた恩は返さないと)


 レイは満月を見上げ、自分の決意を心に刻んだ。


 ふと、セントラルドグマの水槽の事を思い出した。これだけはシンジ達にも話していない。いや、話せなかった。

 自分が初号機から出てきて、純粋な人間では無い事はシンジ達は知っている。

 だが、水槽の中の分身達の事は話していない。意識は無く、ただ水槽の中を漂って生きているだけの自分の分身。

 シンジ、ミーナ、ミーシャの三人が、普通の人間では無いとレイは知っている。だが、三人には分身は居ない。

 自分だけが分身、いやスペアボディを持っている事は、三人には知られたく無かった。知られるのが嫌だった。


「レイ」


 物思いに耽っていたレイに声がかかった。不意をつかれたレイは、慌てて声の方向を振り向いた。


「お兄ちゃん! どうしてここに!?」

「ちょっと、レイの様子が気になったからね。お祝いの時も、どこか暗かったろう」


 屋上のヘリポートは見晴らしは良いが、逆を言うと狙撃しやすい。ある意味危険な場所だ。

 センサとカメラがついており、屋上に誰かが居れば、即座にユグドラシルU経由でシンジに連絡が行くようになっている。

 屋上にレイが居るとユグドラシルUから連絡が入り、急いでやってきたのだ。


 非常階段を上っているシンジの目に、白いワンピース姿のレイと、その後ろに満月が輝いている映像が入ってきた。


「……こめんなさい。正式に妹になった事は嬉しいの。零号機の起動成功を、お祝いしてくれた事も嬉しいの。

 でも、あたしはお兄ちゃん達から受け取るだけ。何にも返していないもの!」


 レイは俯きながらシンジに答えた。嬉しいと思う反面、申し訳ないと思う気持ちがある。その事が、レイに翳を落としていた。

 そんなレイの様子を察したシンジは、僅かに微笑みながらレイに質問した。


「レイ。家族って何だと思う?」

「家族……強い絆で結ばれた間柄……かしら」

「それは間違いじゃ無いけどね。家族の間では見返りなんか求めないよ。困った時は助け合い、嬉しい時は一緒に喜ぶ。

 それで良いじゃない。返すとか、返さないとかで悩む事なんて無いのさ。無理せず、自分の出来る事をやればいいのさ。

 レイが、そんな事を気にする必要は無いよ」

「で、でも、あたしはお兄ちゃん達に恩返しがしたいの。

 ……お兄ちゃん達には話して無かったけど、あたしが死んでも代わりは「レイの代わりなんて居ないよ」……えっ?」


 自分の代わりは居ないと言ったシンジの言葉に、レイが僅かに動揺した。


「今のレイの代わりなんて、どこにも居ないさ。ボク達と一緒に過ごしたのは、ボクの目の前に居るレイだけだよ。

 ……ボクが霊力を使える事は話したよね。ボクは魂を見る事が出来る。そして魂同士の繋がりを見る事が出来る。

 レイの魂から伸びている細い線が、セントラルドグマに伸びている事も見えているよ」

「えっ!? ……じゃあ水槽「その先は言わなくて良い!」……お兄ちゃん。あたしが隠していた事を怒らないの?」


 レイが驚きの表情を浮かべた。確かに、ジンジやミーナ、ミーシャにも知られたく無かった事だ。

 シンジに知られた事はショックだが、秘密を隠していた自分を責めないのは意外だった。

 秘密を隠していた事で、シンジに怒られると思っていた。そんなレイの様子を見て、微笑みをシンジは浮かべた。


「レイはボクの大事な妹さ。これは間違い無い。だけど、家族と言っても隠し事が全然無い訳じゃ無いよ。

 家族だからこそ、隠したい事もある。ボクだって恥かしい事や嫌な事をレイには知られたくは無いさ。

 でも、レイの隠したかった秘密をボクは知ってしまった。

 レイの魂から伸びた細い線が、どこに繋がっているか知りたくて、セントラルドグマを調査したんだ。

 謝るのはボクだよ。許して欲しい」


 レイに関する記憶をリツコから読み出したが、時間が無かったので全部は読み出せなかった。

 ネルフに不用意な介入をさせぬように、シンジは色々な手段を打ってきた。不安要素は出来るだけ排除して来た。

 そして、レイの魂が何と繋がっているかを確認した。レイの魂にもネルフが何らかの小細工をしたと疑ったのだ。

 セントラルドグマの水槽を見た時、シンジに湧いてきたのは怒りの感情だった。

 そして、レイに対して申し訳ないという気持ちだった。レイとしてみれば、誰にも知られたく無い秘密だろうと推察していた。


「違うわ! お兄ちゃんは悪く無いわ!」

「……ありがとう、レイ。この事はミーナとミーシャにも話してはいない。家族だからって、無条件に知って良い内容じゃ無い。

 知ったからって、二人の対応は今と変わらないけどね。あれを見て、ネルフは許せないと思ったよ。そして手を打った。

 あの娘達はボクの管理している場所に移動させた。今のセントラルドグマに、あの娘達は居ない。

 もっとも監視機器を誤魔化して、居るように見せかけてあるけどね」


 既に水槽と周辺の管理システムごと、亜空間転送でシンジの管理している場所に移動してあった。

 ただ、監視システムに手を加え、今でも水槽があるかのように見えるように細工はしてある。

 そして、特殊な結界を展開して、結界内に入った人間は水槽の事を一時的に忘れて立ち去るようにしてあった。

 さらに、その結界を突破して入り口のドアに手をかけた時点で、室内に仕掛けられた特殊爆弾が爆発する仕掛けをしてある。

 つまり、部屋に入る者は水槽の事を知っている人間であり、そんな人間は罰を受けるべきだという思いがシンジにはある。

 特殊爆弾が爆発すれば、部屋の周囲一帯が消失する。証拠隠滅も兼ねている処置だ。

 その被害者は誰になるのだろうか? 何時になる事だろうか?

 その被害者は死ぬ事は無い。致命傷を与えないように仕掛けはしてある。

 死にはしないが、身体障害者になる事だけは確定している。果たして誰に罰が下るのだろうか?


「お兄ちゃん……」

「あの娘達の魂は希薄で、辛うじてその身体を維持出来るだけ。そして、今の状態を望んではいない。

 無に帰るか、レイに還る事を望んでいる。レイはどうしたい?

 あの娘達を無に帰す? それともあの娘達の魂をレイに戻そうか? ボクになら、どちらも出来るよ」


 シンジに秘密を知られたショックもあるが、それを知ったシンジに普段と変わらぬ対応をされて、レイの心は落ち着かない。

 (お兄ちゃん……あれを見ても、受け入れてくれるの……)


「お兄ちゃん……もうちょっと待って」

「そうだね。急ぐ内容でも無い。ゆっくり考えて。これ以上は、あの娘達を他の人の目に晒す事は無い。それだけは安心して」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 水槽の中のレイの分身達の事を、シンジは公にする気は無かった。

 公にすれば、ゲンドウとリツコを懲戒免職処分に出来て、二人の身柄を北欧連合に引き渡すように正式に要求出来る。

 だが、ゼーレが二人の身柄を、すんなり北欧連合に渡すはずが無いとも予測している。どうせ二人を暗殺して終わりだ。

 それに、レイが隠したがった秘密を公開する気など、まったく無かった。レイのプライベートを優先させた。


 シンジは、ゆっくりと歩きながら会話をしていた。そして、レイの目の前に着いた。

 そして、心が揺れるレイを優しく抱きしめた。


「お兄ちゃん!?」

「同じ事を言うけど、レイは可愛い妹だよ。レイが今のレイで居る限り、ボクが全力で守るから。だから、安心して」


 シンジに肩と頭を抱かれ、レイの耳にシンジの心臓の鼓動が聞こえてきた。

(お兄ちゃんの脈が聞こえる……お兄ちゃんの匂いがする……お兄ちゃん)

 シンジの匂いを感じて心臓の鼓動を聞くと、レイの心の揺れが治まってきた。


「……あたしは、ここに居ていいの?」

「家族だろう。居てくれなきゃ困るよ。たまには喧嘩もするさ。でも家族だろう。助け合いながら、やっていけば良いのさ。

 それに、レイの笑顔でボクが癒される事もあるしね。逆にレイの沈んだ顔を見てると悲しくなる。

 レイは笑った時が、一番可愛いからね」


 シンジはレイの肩と頭に回した手を外し、少し離れてレイの顔を見つめた。

 シンジとレイの視線が重なった。


「お兄ちゃん」


 レイが綺麗に微笑んだ。後ろには満月が淡く輝き、レイの白いワンピースとマッチし、シンジに幻想的な感覚を与えた。

 思わずレイに見惚れてしまった程だ。

 この映像は左目を経由して録画されている。後で、この映像を印刷して飾っておこうと考えるシンジだった。






To be continued...
(2009.03.28 初版)
(2011.03.05 改訂一版)
(2012.06.23 改訂二版)


(あとがき)

 使徒の殲滅の前準備は詳細に書きましたが、殲滅自体はあっさりと済ませました。

 何せ、描写が下手と自覚していますので、臨場感に溢れた書き方は出来ません。(泣)

 ゲンドウと冬月は三日の重営倉だけで済ませました。まあ、現時点は物語の前半です。

 前半で重い処分を行うと、後半のバランスが崩れますので、調整しています。


 最後のレイのシーンは、うまく書けません。(泣) 後で、もっと良い書き方を思いつけば、修正したいと考えています。



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