第十六話
presented by えっくん様
超音速旅客機内で、一人の東洋風の顔立ちをした男が通路を歩いていた。
そして、ファーストクラスの座席に座っていた、サングラスをした男に話し掛けた。
「失礼。便乗ついでにここ、宜しいですか?」
少し訛った日本語だ。サングラスをかけた男は話しかけられても反応もしない。
話しかけてきた男は見知った人間であるのにだ。
返事が来ないのは何時もの事と割り切って、話しかけた男は隣の席に座ろうとした。
だが、ゲンドウの顔を見て目を見張った。
サングラスをしているので目の奥は見えないが、ゲンドウの頬は窪んで顔全体が痩せこけていた。
一見した限りでは、かなりの重病人に見えた。以前のゲンドウの顔を知っているので尚更だ。
(まさか、この男が病気なのか? この男でも病気をするのか? 病気の方が逃げると思っていたがな)
どうせ病気かどうかを聞いても、答えが返って来ないのは分かりきっていた。
無駄な事はせず、そのままゲンドウの横に座った。この旅客機の乗客は二名のみ。密談するには良い環境だ。
「参号機と肆号機、それと本部の修正予算。アメリカと北欧連合が騒ぎましたが、通りましたね」
「誰もが自分が生き残ることだけを考えている、その為の金は惜しむまい」
「使徒はもう現れない、というのがアメリカの論拠でしたからね。北欧連合はEVAなど二体あれば十分と言っていましたしね。
もう一つ、朗報です。アメリカと北欧連合を除いた全ての常任理事国がEVA六号機の予算を承認しました。
アメリカも時間の問題でしょう。あの国は失業者アレルギーですからね。北欧連合は拠出金の増額が無ければ承認する方向です」
「君の国は?」
「八号機から建造に参加します。正直、北欧連合の報復の被害が甚大で、復興が遅れていますから辛いですけどね。
第二次整備計画はまだ生きていますから。ただパイロットが見つかっていない、という問題はありますが」
「使徒は再び現れた。我々の生き残る道は彼等を倒すしかあるまい」
「私もセカンドインパクトの二の舞は、もう御免ですからね」
サングラスをかけた男の組織が、使徒戦の邪魔をしたと聞いたら何と思った事だろうか?
だが、使徒戦の状況を知る者は一部の人間に制限されている。
本当の情報を知らない人間からして見れば、ネルフは使徒に対抗出来るEVAを製造出来る特務機関だ。
そして、北欧連合の主張する”EVAが二体で十分”で納得は出来はしない。
それ程、セカンドインパクトの惨劇は酷かった。そういう人間から見たらネルフは希望の光であった。
ネルフの失態は続いているが、一部の国を除いた世界の期待はネルフに集まっていた。
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マンション:談話室
そこでは既に恒例……と言うか毎晩行われている宴会が催されていた。
出席者は、いつもの国連軍と宮内庁からの出向メンバー(独身)だった。
「今回の使徒の後始末は、大変だったな」
「今回は爆発したからな。前回みたく爆発しなければ、後始末は楽なんだがな」
「シェルターに被害が出なかったのは幸いだな。だけどネルフの奴らは、命令が無いと動かないから困るな。
爆発地点周辺にそれなりの被害が出ているが、まだ修復作業が終わっていないんだぞ」
「ネルフの司令と副司令を三日間も重営倉に入れたからな。ネルフの奴等もあたふたして、何も動きはしないからな」
ゲンドウと冬月を拘束されたネルフは指示する人間が居ないので、迅速な復旧作業に入れなかった。
これも権限をトップに集約した事による弊害だ。一般組織なら中間管理職に少しは権限を任せて、中間管理職が動くのだろうが、
ネルフの権限はトップに集約している。その為に、動きが鈍くなっていた。
「そうそう。ネルフの司令を拘束しようとしたら抵抗したんだぜ。見苦しい真似だよ。思わず、打ん殴っちまったぜ」
「げっ! あのネルフ司令を殴ったのか。ああいうタイプは根に持つから、注意した方が良いぞ」
「お、おい、脅かすなよなよ。俺は肝が小さいんだからな」
「でも、あの陰険そうな顔だぜ。絶対陰で、ネチコクやってると思うね」
「俺もそう思うぜ」
「や、止めろよな。そんな事言われると、夜に寝れなくなるよ」
「まあ、俺達下っ端なんて顔は覚えられないだろうけどな」
「しかし、特務機関の司令と副司令が重営倉か。まったく馬鹿だよな」
「ああ。俺達は交代で重営倉の見張りをやったけど、ネルフの保安部が、頻繁に司令と副司令の様子を見に来るんだぜ。
武装はしていなかったけど、思わず身構えたぜ」
「三日間の重営倉から二人が出てきた時、死にそうな顔をしていたな」
「ふん。何時も偉そうな顔している割には、情けなかったな」
ゲンドウと冬月は重営倉の三日間の拘束の後、会議とゼーレへの根回しに忙殺されて休みを取れていなかった。
重営倉で疲労しているところに、使徒戦のネルフとしての後始末の仕事が加わって、過労で倒れてしまったのだ。
今は退院しているが、二人とも病院のベットで点滴を受けていた。
「重営倉と言えば、この前の葛城って女と、日向って准尉も入ったんだろう」
「ああ。あの葛城って女は重営倉は二回目だぜ。よく入るよな」
普通、重営倉に入った人間は、その待遇の悪さの為に二度と重営倉には入りたく無いと思うものだ。
間を置かずに重営倉に入れられる人間など、早々居ない。
「一応は静かに考え込んでいたから、二人とも反省はしたんだろうな」
「九日間の拘束から出てきた時は、すごかったな」
「ああ。二人ともストレッチャーで病院に直行だろう。かなり痩せこけてたな。あれじゃあ、当分は入院生活だな」
「でも、葛城って女は三日で退院したみたいだぞ。日向って青瓢箪はまだ入院しているみたいだけど」
「げっ! あの女は化け物か? 九日間も重営倉に入ったら、一週間程度は入院するんじゃ無いのか?」
「まったく体力も異常だな」
「……本当に人間じゃ無いかもな」
「えっ? どういう事だよ。何か知ってるのか?」
「い、いや、大した事じゃ無いけどさ。不知火准将とロックフォード少佐が、あの葛城って女が改造されているかもって
言ってたのを聞いてさ。まさかとは思うけどさ」
「ま、まさかね」
酒宴の出席者に薄ら寒いものが漂った。その日の酒宴は、早々に切り上げられた。
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マンション:ミーナの部屋:早朝
ミーナは静かに目覚めた。ミーナの体内時計は正確で、目覚まし時計など使わずとも朝は自然と目が覚める。
ミーナが寝ていたのはダブルベットだ。隣にはシンジが、まだ寝息をたてている。
今更、恥かしがる事でも無い。何時もの光景だ。昨晩の事を思い出し、シンジに微笑みを向けた。
周囲を見渡すと、自分とシンジの脱ぎ捨てられた下着が目に入った。
ベットを出て自分の下着を拾った。洗濯機に入れなくちゃと考えていると、自分がかなり汗ばんでいる事に気が付いた。
シャワーを浴びてから朝食の支度をしようと、歩き出したところでシンジから声がかかった。
「お早う、ミーナ」
「お早う、シン。起きたの」
「ああ。ミーナがベットを出る時に目が覚めたよ。体調はどう?」
「シンの気を貰ったから、今は調子が良いわ。でも、最近は発作が起きる頻度が少し上がってるわ。
満月の頃になると症状が酷くなるわね。シンの気で押さえるのも何時まで持つかしら?」
ミーナは自分の下腹部を優しく撫でた。既にシンジの気は全身に行き渡っているが、ミーナの体内に残っている
シンジの残滓からは、今も気が染み出しているのが感じられた。シンジの気は自分の中から湧いてくる力を抑えてくれる。
「……この前の診察の結果だと、二〜三年は大丈夫だよ。それに力を抑えきれなくなっても、死ぬ訳じゃ無いでしょう。
まだ、自分の力を受け入れるか遺伝子治療をするかを、ミーナは決めかねているんでしょう?」
「……そうね。力を受け入れれば、今までと同じような生活が出来るかどうかは分からないわ。
でも、遺伝子治療をすれば、父さんと母さんの残してくれた、この身体を否定する事になるわ。
もう、あたしの同族はこの世に居ないかも知れないし、まだ決められないわ」
「まだ時間はあるから焦らなくても大丈夫だよ。状況を見てから判断すればいいさ。
ボクの気は身体の異常な状態を正常な状態に戻す事には適しているけど、ミーナの場合は違うからね。
元々ミーナの持っている正常な力を抑えるには、ちょっと気に細工をしないといけないからね」
シンジの言葉を聞いて、ミーナはからかうような笑みを向けた。
「だからって、接触しないと治療用の気が注ぎ込めないなんて、嘘っぽいわよ。口実じゃ無いの?
レイの時もキスしてたわよね。ミーシャとレイは構わないけど、他の女に手を出していないでしょうね?
あんまり浮気が過ぎると、そのうちにミーシャに刺されるわよ」
「口実だなんて酷いな。攻撃や防御用の気なら接触しなくても使えるんだけどね。治療用の気は別物だよ。
それと浮気なんかしてないし、ミーシャにはちゃんとフォローはしてあるよ」
「そう? ミーシャの事を気遣っているなら良いわ。あたしもシンと別れる気は無いしね。
あら、こんな時間? じゃあシャワーを浴びてくるわ」
そう言って、ミーナは下着を手に持ったまま浴室に向かって行った。
残されたシンジはミーナの残り香が強く漂っているベットで考え込んだ。
(ミーナの身体か……力が発現しても、ちょっと変わるだけなのにな。女心は分からないか。
それとミーナの同族か。色々探したけど見つからなかった。簡単に見つかるような事じゃ無いけどね。
本当にミーナは最後の一人なのかな……まあ、そんなに急いで結論を出す事は無いか)
シンジはベッドから起き上がり、朝の支度をしようと自分の部屋に戻っていった。
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六時限目の授業も終了し、シンジ、ミーシャ、レイは三人揃って山道を歩いていた。
ちょっとした散歩である。三番目の使徒(実際は第五使徒)も倒し、一息ついている状態だった。
盗撮をしたケンスケは、下校中を誰かに襲われて入院中だ。その為に、のんびりとした学生生活を送れる。
トウジが変な目で見つめてくるが、実害は無いので放置してある。(友人になるつもりは無かった)
シンジ達三人は、他愛も無い話しをしながら周囲の風景を楽しみながら歩いていた。
その時、前方に人影が立ち塞がった。同時に、今まで歩いていた道の脇に隠れていた人間もシンジ達の後方に姿を現した。
前方に五人、後方に五人だ。前後を塞がれた状態である。だが、シンジとミーシャは平然としていた。
予め、気配で人が潜んでいる事にシンジは気が付いており、ミーシャには念話で話してある。
潜んでいる人間はプロでは無く、学校の同級生か上級生ぐらいだと判断していた。これなら慌てる必要は無い。
レイはシンジの手を握るが慌てていない。シンジの実力を知っている事もあって信頼していた。
前方に立ち塞がっている上級生らしき男が、薄ら笑いながらシンジに話しかけてきた。
「へっへっへっ。お前が碇って奴だな。両手に花で威勢がいいじゃねえか。羨ましいぜ!」
話しかけてきたのは、校内でも評判の不良グループのリーダー格の男だった。
「何か用ですか?」
シンジは無表情で返事をした。この後の展開は予想は出来ているが、筋だけは通すつもりだ。
「用? 何も無いぜ。俺達はここで寛いでいるだけさ。通りたけりゃ勝手に通りな」
「そこに固まって立たれていると通れません。道を空けて貰えますか?」
「何っ! 俺達に退けって言うのか? まあ退いてやっても良いが、代償は貰わねえとな!」
「……道を空けるだけで代償ですか? 屁理屈は止めて本音を言ったらどうですか?」
シンジは上級生と言い合いをしながらも周囲を確認した。
居た! 黒服らしき気配が二人がビデオカメラを、こちらに向けて構えている。
<ユイン、聞こえる?>
<はい、側にいます>
<ボクから北西300mぐらいのところに、ビデオカメラを構えたネルフの人間らしき黒服がいる。両目を潰して>
<了解しました>
「「ぎゃああああ!!」」
ユインに指示してから数秒も経たない内に、二人の男の叫び声が聞こえてきた。
ビデオカメラを構えていた二人の黒服の目が、ユインの爪で潰されたのだ。
「な、何だ?」 「何があったんだよ!?」 「分かんねえよ!」
シンジの行く手を遮っている上級生達が、男達の悲鳴を聞き動揺した。
次の瞬間、上級生の視界からシンジが消えた。そして、シンジ達の前方を塞いでいた五人が崩れ落ちた。
「な、何をした? どこに行ったんだ?」
後方を塞いでいる五人の目に映るのは、ミーシャとレイ、そして地面に横たわっている五人の仲間だけだ。
シンジの姿は見えていない。
次の瞬間、シンジは五人の前に姿を現した。五人からして見れば、シンジがいきなり現れたように感じられた。
「「「「「ひっ!」」」」」
「どうやら、あの五人は立眩みでも起したんですかね。手当ては御願いしますね」
「まったく、立眩みするなんて、軟弱ね!」
「バチが当たったのね」
立ち眩みなどでは無いと分かっているが、ミーシャとレイはシンジに同調した。
そして顔には微かに呆れた表情が浮かんでいる。
シンジの正体を知らないのは当然だが、素人十人ぐらいでシンジに絡んだ無謀さに呆れていたのだ。
ミーシャとレイを連れて、シンジは悠然と去って行った。
残されたのは、呆然と立ち尽くす五人の上級生と、地面に倒れこんだ五人の仲間だけだった。
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コンコン
「入りなさい」
ドアをノックしたシンジは、呼び掛けに応じて校長室に入った。授業中だが校長に呼び出された為であった。
校長室に入るとソファには五人の中年の婦人が座っていた。そして入室したシンジを怖い目で睨んでいる。
「碇君。君は先日、三年生の男子生徒に暴力を振るったのかね? 三年生の五人から、君に暴力を振るわれたと届出があったのだ。
この人達はその三年生の母親達だ。事情を聞きたいというので、ここに居る」
「暴力ですか? 先日、上級生十人に囲まれた事はありますけどね、その時、五人がいきなり倒れました。
立眩みでもしたのでしょう。残りの五人に手当てを御願いして立ち去りましたが。それだけですね」
シンジは淡々と答えた。この後の展開を予想したが、筋は通さねばならないだろうと考えた。
確かに力を揮って五人に当身をして気絶させたが、酷い怪我をさせた訳では無い。
それに多人数でシンジ達三人を囲んで脅したのは、シンジにとって許せない内容である。
「嘘おっしゃい。息子は、あなたにやられたと言っているわ。正直に言いなさい」
「そうよ、息子の肋骨にはヒビが入っているのよ。どうしてくれるの!」
「正直に言いなさい! そうすれば退学だけは許してあげるわよ!」
「家の息子は腕の骨が折れて入院中よ。弁償しなさい!」
「まったく暴力を振るうなんて、とんでも無い子ね。親の顔が見てみたいわ!」
五人の母親達が続けざまにシンジを非難した。シンジは眉を顰めたが、まだ反論はしない。
一方的な非難を受けるつもりは無いが、取り敢えずは相手側の主張を聞く事にしていた。
「まあまあ、冷静に。碇君、君は手当てを手伝わなかったのかね。倒れた五人をそのままにしてきたのかね?」
五人の母親の文句に校長は内心では毒づいたが、表面上は穏やかに対応した。
この五人の母親からのクレームは、これが初めてでは無い。これまで、五人揃って校長室に押しかけてきた事が十回以上ある。
「そうですよ。連れの女の子二人が居ましたし、用事もありましたからね。残りの五人がいれば手当ては出来るでしょう」
まだシンジは冷静に対応した。この母親達に怒りは感じているが、まだ許容範囲だ。
「まあ、女の子二人と! 不純異性交遊をしているのね!」
「家の息子を放置して、女の子と遊びに行ったと言うの。何て子なの!」
「怪我人を放置して遊びに行くなんて、ろくでも無い子ね」
「校長、早くこの子の親を呼んで下さい! 文句を言わなきゃ気が治まらないわ!」
「校長、その時の女の子二人も直ぐに呼んで下さい!」
「静かにして下さい。これでは話しが出来ません。君の用事とは何だったのかね。怪我人を放り出すほどのものなのかね」
「ネルフに行く用事ですよ。その用事を放り出して、見知らぬ人の介抱をする気はありませんでしたね」
段々とシンジの顔が無表情になっていった。まだレッドゾーンには入っていないが、既にイエローゾーンには突入している。
行き着く先を予想して、どうやって五人の母親反撃しようかと考え出した。
「まあ、ネルフの何処に行ったと言うのよ。主人に頼んで調べて貰うわ!」
「そうね、嘘をついているか、直ぐに分かるわ!」
「それで、ネルフの何処に行ったの。正直に言いなさい!」
「主人はネルフの幹部なのよ。嘘は通用しないと思いなさい!」
「怪我人の介抱もしないなんて、どんな教育を受けたのかしら!」
「……さっきから、ボクが悪いと決め付けていますね。息子さん達に非は無いとは思わないんですか?
十人してボク達三人を取り囲んだんですよ。それについては、どう思いますか。こちらには女の子が二人いたんですよ」
夫の権威を振り翳して迫ってくる五人の母親達を、シンジは酷く不愉快に感じていた。
怒りのレベルが一定ラインを越えたシンジは反撃を開始した。最初は偵察からだ。
「家の息子が悪い訳がないでしょう!」
「そうよ。自分の非を認めないで、開き直るつもり!」
「こうなったら教育委員会に訴えるわよ!」
「それと警察にも連絡するわよ。その前に謝りなさい!」
「校長、この子の親は何処に勤務しているの? 勤務先に圧力をかけてやるわ!」
「ちょっ、ちょっと冷静に! 彼は五人の生徒を放置して去っていますが、不当な事をした訳ではありません。
教育委員会とか警察とか穏やかでは無いですよ」
校長が慌てて五人の母親達を制止した。ネルフからシンジの事は丁重に扱うようにと言われている。
だが、五人の母親の夫はネルフの部課長と警察署長だ。粗雑な扱いは出来ない。板挟みになっている校長だった。
「まあ、校長もこの子の味方なの、覚悟しておくのね」
「そうね、この校長も処分して貰いましょう」
「教育委員会に主人からも圧力をかけて貰うわ」
「第三新東京に居られなくしてあげるから、覚悟なさい!」
「警察にも動いて貰うわ。覚悟しなさい!」
「静かにして下さい!!!」
シンジが一喝した。一瞬、校長室に静けさが戻った。偵察は終わった。本格的な反撃はこれからだ。
ネルフと進んで事を構えるつもりは無かったが、降り掛かかる火の粉をそのまま浴びるつもりは無かった。
更には、その火の粉の元を断ち切る必要を感じていた。
「さっきから黙って聞いていれば、好き放題言ってくれますね。最初からこちらが悪いと決め付け、旦那の権力を使って脅しますか?
ネルフの権力を私的に使おうと言うのですか? 自分達の非をまったく認めず、謝罪を要求するのですか。
恥ずかしいとは思わないんですか!?」
確かに子供が少しぐらいは負傷をしたかも知れないが、最初は十人でシンジを脅した事が原因だ。
その非を認めずに、母親達がネルフの権力を盾に脅してくるなら、こちらも権力を使うまでだ。
今までシンジが自分の権力を使用したのは、ネルフに対してだけだ。一般人相手に権力を使った事は無い。
自分の持つ権限が強大である事を自覚し、乱用しないように戒めていた。
だが、母親達の言葉を聞いていて、権力を使う事に対する遠慮の気持ちは消え失せていた。『目には目を、歯には歯を』だ。
(この調子だと、ボク以外の人にもネルフの権力を翳して脅迫していただろうしね)
相手を弱者と見縊って、権力を使って強引に迫ってくる。最初のリツコと同じような間違いをしようとしているのだが、
五人の母親達はシンジの正体を知らない。従って、シンジの挑発的な言葉に、一斉に反発していた。
「まあ、なんて子なの! 家の主人はネルフの幹部なのよ。あなたなんて、どうにでも出来るんですからね」
「家の主人もネルフよ。覚悟する事ね。この街でネルフに逆らって、生きていけると思うの?」
「家もそうよ。あなたの親の職場に圧力をかけて、辞めさせる事も出来るのよ。後悔しても遅いわよ」
「主人はネルフの部長なのよ。今になって後悔しても遅いわよ!」
「家はこの街の警察署長よ。これであなたは犯罪者が確定ね。覚悟しなさい」
シンジが怒鳴りつけた事で母親達も態度を硬化させた。今までネルフの権威を翳して責めよって、落ちなかった相手はいない。
校長に五人の母親達の名前を聞いて、シンジは携帯電話を取り出して電話を掛けた。最初の話し相手は冬月だ。
「ボクです。第壱中学に居るんですけどね、総務部のA課長、広報部のB課長、整備部のC課長、経理部のD部長の四人の
奥さんから、言う事を聞かないとボクが犯罪者になるとか、ネルフに逆らってこの街で生きていけるかと脅迫されましてね。
……そうです。何でも息子さんが怪我をしたから、ボクが悪いと言ってますよ。……骨折程度とか言ってましたね。
ボクには心あたりは無いですけどね。逆らえばネルフの権力を使うとか言って、脅迫されていますよ。
ネルフはボクに喧嘩を売るつもりですか? 売られた喧嘩なら喜んで買いますけど…………
そうは言っても、このおばさん達は収まりそうに無いですよ。ボクも我慢の限界を超えましたからね。
……では、三十分以内に来て下さい。それ以上は待ちません。……冬月副司令と四人の部課長ですね。
……ええ、子供も連れて来た方が良いでしょう。校長室に居ますよ。
そうそう、第壱中学で監視をやってて失明した特殊監査部の二人の事も確認しておいて下さい。では。
次はと………
コード0033の碇です。署長ですね。お久しぶりです。最後に会ったのは如月局長と一緒の時でしたかね。
今は第壱中学に居ますが、奥さんから言う事を聞かないとボクを犯罪者にすると脅迫されていましてね。
…………ええ、息子さんの件ですよ。凄い剣幕で怒鳴られましたよ。謝らないと犯罪者にすると脅されています。
で、どうします? 奥さんの言うとおりにボクを犯罪者にしますか? もっとも、やられたままでは済ましませんけど。
…………では、息子さんを連れて三十分以内に第壱中学まで来て下さい。待っていますよ」
シンジは電話をかけて、ここにいる母親達の夫と冬月の召集をかけた。
電話内容を聞いていた母親達が、呆れた顔でシンジを見ていた。
(何処に電話を掛けたのよ!)
(嘘よ! こんな子供が冬月副司令の直通番号なんて、知っているはず無いわ! 主人でさえ知らないのよ!)
(まったく、これで脅しのつもりかしら。とんでもない子供ね)
(退学程度で済ませようかと思ったけど、それだけじゃ気が済まないわね。やっぱり親も処分しないと)
(警察を舐めてるのかしら。こんな見え透いた嘘で、こっちが引くと思っているのかしら)
シンジが電話を切った直後、夫が警察署長だと言った母親の携帯電話が鳴り出した。
「はい、あなた! 今は第壱中学に居るわよ。……で、でもあの子が……で、でも……そ、そんな!
ほ、本当なの! ま、まさか………い、嫌よ、何で謝んなきゃならないのよ! あなたは警察署長でしょう!
め、免職? そんな事ある訳…………嘘でしょう!」
夫からの電話で顔を青ざめた母親が携帯電話を切って、しばらく呆然とした後に、シンジに優しく話し掛けて来た。
「あ、あの、さっきはごめんなさいね。少し言い過ぎたわ。忘れてくれるかしら」
「ちょっとEさん、どうしたのよ。どうせ、さっきの電話も嘘よ。はったりよ」
「そうよ、こんな子供が冬月副司令と知り合いだなんて、ある訳無いわ」
「まったく、嘘の電話をして脅かすなんて、何て子なの。親の顔が見てみたいわね」
「末恐ろしい子ね。この歳で、こんな嘘をつくなんて、将来どんな子になるんだか」
警察署長の妻の顔は青ざめていたが、ネルフ勤務の夫を持つ四人の妻の勢いは止まらなかった。
シンジの電話は聞いていたが、ハッタリだと思い込んでいる。
「主人からの電話でね。この子に失礼をしたのなら謝っとけて言われたの。この子、いえ碇さんの電話した事は本当よ」
警察署長の妻と言った母親の言葉に、先程の威勢は無かった。
夫からの電話で、シンジの怒りが収まらなければ、警察署長を免職になると言われたのだ。
「Eさん、裏切るの!」
「酷いわ、Eさん!」
「所詮は警察。ネルフの権力には及ばないわ!」
「そうよ、この街はネルフの街なのよ。ネルフが一番なのよ!」
ネルフ勤めの夫を持つ四人の母親の勢いは止まらなかった。第三新東京市では、警察の権力よりネルフの権力の方が上だと知っている。
そんな四人の母親達をシンジは冷やかな視線で見つめていた。ここまで来れば、穏便に済ます気は無かった。
徹底的に白黒をつけるつもりだ。それが今後の為になる。どんな結果になっても、それは権力を振り翳した方が受けるべき罰だろう。
「静かに待てないんですか? 三十分以内に、冬月副司令が来なかったらボクは退学しますよ」
母親連合は口を閉ざした。ネルフの権力は身に染みて理解しているが、シンジの言葉に僅かに不穏なものを感じていた。
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誰も喋らずに緊迫した空気が流れていたが、約二十分後に警察署長が息子を連れて校長室に入って来た。
どうやら自宅に寄って、子供を車に乗せてから来たらしい。
「遅れて申し訳ありません。碇さん。馬鹿息子を連れてきました。妻が御迷惑をかけたようで申し訳ありません!」
警察署長はシンジを確認して深々と頭を下げた。同時に連れてきた子供の頭に手を当て、子供の頭も強引に下げさせた。
良くみると子供の顔に痣が出来ている。どうやら父親から殴られたようだ。だが、骨折と言っていたが包帯はしていない。
「あなたが一番ですよ。ネルフの冬月副司令が来てから、話しをしますので待って下さい。
ところで、お子さんは骨折はしていないんですか?」
「……ええ、ただの捻挫で骨折ではありません。馬鹿息子を一発殴ってから連れてきました」
警察署長がシンジに頭を下げて、かなり丁寧な口調で話しているのを見て、母親五人に動揺が広がっていった。
コンコン
「どうぞ」
シンジは気配で冬月だと分かっていた。校長では無く、シンジが入室を促した。
「失礼する」
そう言って、冬月と四人のネルフ勤務の父親。そして四人の子供が校長室に入ってきた。
四人の母親達は驚愕していた。まさか本当に夫が来るとは思ってもいなかった。
それに、冬月の事をネルフの副司令だと知っている母親もいる。
まさか唯の中学生が、ネルフの副司令と勤務中の部課長たる夫を、中学の校長室に呼び出せるとは思っていなかった。
母親達の顔が段々と青ざめていく。それを横目で見ながら、シンジは今までの状況の説明を始めた。
「さて、全員が集まったようですね。まずはこれを聞いて貰いましょうか」
そう言って、校長室に入ってから五人の母親から責められる経緯を録音していたレコーダーを再生させた。
…………………………
…………………………
…………………………
母親達の発言を聞く内に、冬月と五人の父親の顔が真っ青になっていった。
”何て事を言ってくれたんだ!” それが六人に共通する気持ちだった。
呼ばれた六人全員がシンジの立場は知っている。そのシンジにネルフの権力や警察権力を翳したのだ。ただで済むはずが無い。
下手をすれば関係者だけで無く、ネルフも大ダメージを受ける可能性がある。録音された証拠もある。逃げ隠れは出来ない。
「馬鹿!! 何て事を言ったんだ! プライベートにネルフの力が使えると思っているのか!!」
「で、でも、ユウジが……」
「大した怪我じゃ無いだろう! こんな事にネルフの権力が使える訳は無いだろう。馬鹿か、お前は!!」
「おまえもだ。はっきりと原因を確認する前に決め付けて、早く謝れ!」
「この馬鹿が!! ヒロユキの言う事を全面的に信じて、一方的に責めたのか!!」
「碇さん、家の馬鹿家内が失礼な事を言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「何でよ、教育委員会に訴えるわよ。あたしは悪い事はしていないわよ」
「馬鹿!! これは立派な脅迫だ。それもネルフの権力を笠にきた脅迫だ。逆にこっちが訴えられるぞ!」
「何でよ、今までもやった事じゃ無い!!」
「こうなったら、マスコミに訴えるわよ」
「馬鹿!! そんな事したら、こっちが破滅だ! 大人しくしていろ!!」
「何でよ、マスコミなら受け入れるわよ。このまま黙ってられないわ!」
「黙れ!!!」
冬月の一喝で、収拾のつかなかった校長室が静まり返った。全員の視線が冬月に集中した。
この母親達がネルフの権力を笠に、シンジを脅迫した事は理解した。それもネルフの権力を使ったのは、今回だけでは無さそうだ。
ネルフ職員の妻がネルフの権力を使って一般人を脅迫したなどと一般公表されれば、ネルフは大打撃を受ける。
そんな事態は認められない。それ以前に、シンジの報復の方が怖い。
それに切り捨てるなら、この親子達だ。たかが部課長レベル。切り捨てても何も問題は無い。
「私はネルフの副司令を務めている冬月だ。勝手に話すのは止めたまえ」
冬月は苦虫を噛み潰したような表情をして、シンジの方を向いて話し出した。
「ネルフの副司令として、ロッ……碇君に謝罪をさせて貰う。ネルフの権限を使って脅すなど許されない事だ。誠に済まない」
「ボクとしては、このおばさん達の要求通りに退学しても構いませんよ。謝罪は一切しませんけどね。
但し、それに伴う損害の全責任は全てネルフにある事を承知して下さい。
逆に、この親子全員を処罰しても構わない。判断は任せますよ、冬月副司令殿」
シンジの冷淡とも言える言葉に、冬月は背中に冷や汗が出て来た。
この前の本発令所のシンジを思い出すと、未だに震えが出てくる。シンジ個人も怖いが、その背後の組織はさらに拙い。
ネルフが北欧連合の所属のシンジに干渉したと騒がれたら、休戦協定の破棄という事になって、戦争騒ぎになる可能性だってある。
たかが課長職程度の妻達の事でネルフが損害を受けては適わない。
「ま、待ってくれ。謝る。謝るから止めてくれ!」
五人の母親と校長は、冬月を驚きの顔で見ていた。まさか、ネルフの副司令が中学生に頭を下げるとは思っていなかった。
シンジがどういう立場か分かっていないが、ネルフの副司令の頭を下げさせたのだ。
自分達が責められる可能性を考えて、母親五人の身体は震えてきた。
「それで具体的に、どうします? ボクが退学ですか? それともこの五組の親子に罰を与えますか? 決定はあなたがして下さい。
以前に戦闘妨害をした二人の処罰が甘かった事も知っています。あの二人は初回でしたから大目に見ましたが、
ここに居る人達はやたらと脅迫に慣れていましたね。何度もやったと思いますよ。
ここの五組の親子に罰を与えるなら、以前の甘い処分程度で見逃すなど考えない方があなたの為です」
シンジは冬月に決断を迫った。元々は通う気が無かった中学だ。退学したとしてもシンジに未練は無い。
五組の親子は確信犯なので、処罰を与えるなら生半可な処罰で納得するつもりは無かった。どちらでも構わないと考えていた。
冬月としてはシンジが中学に行かなくなっては困った事になる。シンジに枷を付けられなくなる為だ。
それと、どんな報復がシンジから来るか分からない。
以前に寝室に蠍を放たれた事は忘れていないし、公にされた場合もネルフは大きな被害を受ける。最悪は戦争騒ぎになる。
「彼らを二階級降格の上で給与を30%カットして、南米とオーストラリアのネルフの観測所に転勤させる。
職階も四人とも主任に強制降格だ。命令を拒否した場合は懲戒免職処分にする。
同時に子供の方はネルフ権限を使って中学を強制退学させる。そして、妻子共に第三新東京の居住権を剥奪する。
ネルフの権力を笠に脅迫したのだ。二度と起さない為にも、第三新東京に置いてはおけない」
冬月の言葉を聞いたネルフ勤務の四人の父親の顔が真っ青になった。
妻子がした事は理解した。妻子がケンカを売った相手は、ネルフ司令にも真っ向対立している事も知っている。
ネルフの中間管理職でしかない自分達が処分を受ける事も分かる。
だが、南米とオーストラリアと言ったら、セカンドインパクトの被害が一番大きかった地域だ。
ほとんど復興が進んでいないところだ。そんなところに左遷させられるのかと思うと、顔色が悪くなるのも当然だ。
そして母親達と息子達も愕然としていた。今までネルフの権力を翳して脅しをかけて、屈しない相手はいなかった。
まさか、目の前の少年がネルフの副司令の知り合いだとは思わなかった。相手を間違えたかと後悔した。
冬月の結論は出たが、シンジの追及は止まらなかった。
「この五人が立ち眩みを起こして倒れた時、ビデオカメラをこちらに向けていたネルフの特殊監査部の二名が居ました。
その二人は何故カメラを構えてボクに向けていたのですかね?
たまたまカメラを構えていたら、十人の上級生に囲まれたボクが居たなんて、言い訳は聞きませんよ。
その特殊監査部の二人が十人の上級生に指示して、ボクを襲わせようとしたんじゃ無いですか?」
「い、いや。そんな事は無いよ」
「では、その特殊監査部の二人を引き渡して下さい。こちらで尋問します。
何ならボクが尋問しますよ。即座に引き渡して下さい」
「……あの二人は失明して、病院に入院中なんだ。引渡しは出来ない」
「別に命に影響があるわけじゃ無いでしょう。ネルフは瀕死の病人を治療もせずに、脅しに使ったぐらいですからね。
引渡しに問題があるとは思いません。それとも、ここに居る五人の上級生を尋問しましょうか?」
冬月にはリミッタが掛かっていたとはいえ、本気の姿を見せている。多少の気を出す事を見られても構わない。
そう考えて、シンジは少し気を込めて五人の上級生に視線を向けた。
室内の体感気温が一気に下がった。冬月と校長、五組の親子の背筋に悪寒が走った。
特にシンジの視線を向けられた五人の上級生は、震えが止まらなかった。今まで感じた事の無い威圧感を感じていた。
手加減されているとはいえ、シンジの威圧に唯の不良中学生が耐えられるはずも無い。
少し可哀相かとも感じたが、発端の責任は取らせる必要がある。そう考えたシンジは、五人の上級生にプレッシャーを掛け続けた。
そしてシンジに怯えた一人が口を開いた。
「こ、小遣いをやるから、お前達三人を痛めつけろと、二人の黒服から言われたんだ。本当だ!
十人全員が二人の黒服から小遣いを貰ったんだ」
「「「「ば、馬鹿!」」」」
シンジのプレッシャーに耐え切れずに正直に白状した一人を、残った四人が罵倒した。
二人の黒服からは小遣いの事は絶対に内緒にしろと言われていた。それ以前に、自分達の非を認める事になってしまう。
「へえ。小遣いを貰ったから、女の子二人を連れているボクを襲うのか? それで立ち眩みで倒れたのか。情けないな」
「あれは立ち眩みなんかじゃ無い! お前がやったんだろう。腹に衝撃が来たのは覚えているんだ!」
「ボクがやった? 証拠は? 残った五人も見えてなかったろう。証拠も無いのに、犯人呼ばわりか。
それで母親に泣き付いて、ボクを責めようとした訳か。最初に悪いのは誰かを理解もせず、自分の都合だけで判断する。
まあ、実にネルフらしいやり方だな」
「い、いや。これをネルフらしいと言われるのも困るのだが」
冬月は冷や汗をかきながらも、シンジに軽く抗議をした。
内心では、”ネルフがシンジやレイに干渉した”と言い出さないかとビクビクしているのだ。
レイなら賠償金で済むが、シンジの場合は旧常任理事国六ヵ国を巻き込んだ騒動に発展する可能性がある。
その場合、ゼーレはゲンドウと冬月を許しはしない。ゲンドウと冬月に待っているのは”死”だけだ。
失明して入院している特殊監査部の二名だが、ゲンドウの命令で動いていたのは確認している。
帰ったらゲンドウを問い詰めるつもりだ。中学生の不始末でゼーレから抹殺されては、情けない限りである。
「卑怯な事や陰でこそこそと動き回るのは、ネルフ上層部そのものじゃないですか。
親の教育が行き届いているから、子供は親に似るんですね。
それと、このおばさん達は、”今までもやった事”と言いましたね。今回が最初では無いでしょう。
校長にお聞きします。この五人が集団で押し掛けてきて、無理難題を要求した事は以前にもありましたか?」
「……あった。十二回ほどだが」
「では、その内容の把握。そして他に被害者が居た場合は、その被害者に対する賠償も要求します。
彼らの財産を没収して補償に充ててください。彼らの全財産でも不足している場合は、ネルフが補填して下さい。
それと残りの五人の上級生も居ましたね。金を貰ってボク等を襲おうとした訳ですね。
その五組の親子も同じ処分にして下さい。この第三新東京の居住権を剥奪は任せますが、中学の強制退学は必須とします。
それと処分をしたネルフの九組の親子に関して、ボクの事は一切口外しないように情報管理を徹底させて下さい。
九組の親子を一生を監視するか、親子の口を封じるかは、冬月二佐の判断に任せます」
四組の親子が青い顔でシンジの言葉を聞いていた。まさか、口封じで殺される可能性があると言うのか?
冬月は十組の家族を第三新東京に置いてはおけないと考えていたが、始末まではするつもりは無かった。
「わ、分かった。残り五組の親子の処分と事情調査は約束する。それと補償が必要な場合は、彼らの財産を強制没収する。
それと君の事は二度と口外しないように約束させる。だが、この親子の口を封じるとは穏やかでは無いと思うが?」
「ここでボクに言わせますか? 何なら具体的証拠を列挙してあげましょうか? ネルフの汚いやり口を公にしましょうか?
国連総会で発表し、全世界のマスコミを使ってネルフの非道さを報道してあげましょうか?」
「い、いや、それは………」
「なら、黙って下さい! あなたの言い訳は聞き飽きました。偽善者ぶるのも程々にして下さい。
こんな馬鹿な親子の為に、ネルフが潰れても良いと考えるなら構いませんがね。
さて、次は警察署長ですね。管轄が違うからネルフでは罰せられません。どうします? ボクを犯罪者にしますか?
もっとも、その場合は局長経由で報復させて貰いますがね」
「……妻と子供の罪を認めて退職届けを出します。補償が必要な場合は、私の個人財産で補填します」
警察署長は疲れた声で返事をした。目の前の少年の立場は分かっている。ここまで怒らせて只で済むはずが無い。
報復などされては、日本中を巻き込んだ大騒動になる。そして、自分達が負けるのは分かりきっている。
だから、まだ穏便に済む退職を選んだ。下手に反抗すれば懲戒免職になる。まだ退職金が出る方が良い。
「あなた!?」 「親父!?」
「黙れ! お前達は私の立場を利用して脅迫行為を行ったのだ。許される事では無い」
警察署長の顔には諦めの色が浮かんでいた。それに、妻子のした事を知らなかった事も事実だ。
それにこの件がマスコミに洩れれば、非難されるのは自分だ。その前に潔く身を引いた方が良い。
「……潔いですね。分かりました。あなたの息子さんは強制退学ですが、今後も第三新東京で暮らすつもりですか?」
「……いや、家を引き払って田舎に引っ越します。これ以上は迷惑を掛けられません。
あなたの事は二度と口外しない事を約束します」
プライドの高い妻には良い薬かと思う。職は失うが退職金は出るのだ。生活は出来るはずだ。
「あなた方からボクの事が世間に洩れた場合は、ネルフに報復しますからね。
警察署長を含めた十組の親子の情報封鎖は、ネルフに任せます」
「分かった。ネルフの責任において約束する」
「それと、彼らの行為を公表し、二度とネルフの権力を使った横暴な行為が起きないように徹底させて下さい。
次に似たような事があれば、ネルフの司令と副司令に監督不行き届きで責任を取って貰います」
「分かった。この四人と残る五人の処置を公表して、再発防止をする事を約束する」
何とかシンジが納得してくれた事に、冬月は安堵した。
再発防止を約束させられたが、九組の親子の処分を大々的に中学とネルフ内に公示すれば済む事だ。
こんな裏事情から、ネルフの九人の親子に関しては厳しい処置が下された。
セカンドインパクト前なら人権侵害だと騒がれたかも知れないが、今は使徒戦の真っ最中の緊急時である。
事情を知った人達からは、批判の声は出てこないはずだ。
だが、ここで上級生達が騒ぎ出した。このままでは強制退学処分になり、第三新東京で暮らせない。
流石にオーストラリアや南米に行く事は無いだろうが、上級生達は住みづらい地に引っ越す必要がある。
簡単に認められる事では無かった。
「嫌だ! 何で退学になるんだ。俺達は被害者だぞ」
「そうだ、俺達は悪い事なんてしてないぞ。マスコミに訴えてやる」
「馬鹿! 黙っていろ。マスコミだって受け付けないのは分かってるんだ。子供は黙っていろ!!」
騒ぎ出した子供の父親が怒鳴りつけた。これ以上反論すれば、処罰はもっと重くなる可能性があると分かっている。
シンジの正体は流石に言えないが、それでも普通に考えれば一般人相手にネルフの権力を振り翳すなど許される事では無い。
「そいつだって子供じゃ無いか。俺の一つ下だ。何でそこまで気を使うんだよ」
「馬鹿! いいから黙ってろ!」
「あなた、あの子は何なんですか?」
「馬鹿! 彼の事を詮索するより、自分の事を反省しろ! お前はネルフの権力で脅迫したんだぞ。分かっているのか!」
「俺の人権はどうなるんだよ。これは人権侵害だ!」
「そうだ! 俺達も自分の人権を守る権利はあるぞ!」
「黙れ! ネルフ権限を私的に使おうとしたお前の人権など考慮されるものか! これ以上喋るな!!」
五組の親子は壮絶な口論を始めてしまった。しかし、シンジはそれに介入するつもりは無かった。
「校長、これで終わりですかね」
「……ああ」
校長は状況の変化についていけなかった。目の前の少年を丁重に扱うようネルフから依頼されているが、
今の話しから推測すると、少年はネルフに干渉出来る力を持っている事になる。校長の立場では想像さえ出来なかった。
「今まで旦那の権力を使って、一般人を脅迫してきたんだ。当然の報いでしょう。後悔するのですね。
ですが、まだ遣り直す機会はあるのですよ。それを幸せに思った方が良いですよ。
一つの失敗で死ぬなんて、この世にはざらにあります。それを考えたら、まだあなた達は良い方なんですからね」
シンジは五組の家族に冷たい声で通告した。シンジの声と眼光に含まれるものを感じた五組の生徒と母親達は、抵抗を諦めた。
ネルフの権威を振り翳した母親達は後悔したが、遅かった。
三日後には、十家族がほとんどの財産を失って第三新東京から姿を消した。
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セレナの執務室
セレナは不安を押し殺して、来客を待っていた。
シンジから、一対一で話しがしたいと連絡があったのだ。だが、今のセレナに一人でシンジの執務室に行く勇気は無かった。
それに気づいたシンジが、面会場所をセレナの執務室に変更する事を提案してきた。それならばと、セレナは応じた。
セレナにはシンジに対する恐怖が残っており、本来なら輝いている美貌に翳を落としている。
服装も控えめにしてある。今回の面会でシンジに色仕掛けをする気は、セレナには無かった。
(まったく、少佐の執務室で会いたいと言われた時に、身体が震えてくるなんて。まだ怖いと内心では思っているのね。
壁越しに護衛の二人が控えていなければ、この部屋だって二人で会う気は無かったもの。
少佐のあの状態は、本発令所のあの時だけ。会議室では脅しただけでしょうけどね。
普段は何時もの少佐か。大祖父様は現状維持で友好関係を進展させろって言ってるけど無理よ。
この前はネルフの肩を持ってしまったし、信用はもう無いわね。あたしと何を話すつもりかしら?
まあ、あたし相手に力ずくは無いでしょうけど、あの状態の少佐が相手じゃ何も通用はしないわ。抵抗しても無駄ね。
まったく、どうやってあんな力を身につけたのかしら?)
コンコン
「ロックフォード少佐がいらっしゃいました」
「良いわよ。お入れして」
セレナ付きの侍女がドアを開けて、部屋に入ってきた。
メイド服に身を包み、中々可愛らしい美少女だ。年齢もシンジと同じ程度だろう。その後に、シンジが部屋に入ってきた。
シンジはセレナの顔を見た後、侍女の手を握り締めながら、笑顔を侍女に向けながら話し出した。
「ここまで案内して頂いて、ありがとうございます。お礼に後でお茶でもどうですか?
美味しいコーヒーを出してくれる喫茶店を見つけましてね。あなたの時間がある時に、二人して行ってみませんか?」
「こ、困ります! セレナ様の許可無しに、そんな事は出来ませんし。それと手を放して貰えますか」
いきなりシンジから手を握られた侍女は、顔を赤らめてシンジに抗議した。だが、シンジの手を振り払うとはしない。
「では、ミス・ローレンツの許可があれば、良いのですね。後で確認しておきます。それと名前を聞かせて貰えますか?」
「そ、それは……いきなりは、困ります」
いきなり侍女を口説きだしたシンジに、セレナは眉を顰めた。
(まったく、あたしには靡かない癖に、侍女には手を出そうって言うの!? しかも、あたしの目の前で!?
良い度胸をしてるわね。それにナターシャも赤くなって脈ありなの? 冗談じゃ無いわよ!)
「ロックフォード少佐。私の侍女を口説くのは、止めて貰えるかしら。私と話がしたいと言ってきたのは、あなたの方ではなくて?」
「これは失礼しました。では残念ですが、これで。またの機会を伺いますから」
そう言って、シンジは侍女の手を放した。侍女は顔を赤くしたまま、逃げるように部屋を出てしまった。
シンジはドアの方を見て苦笑してから、セレナの正面の席に座った。セレナは少し怒った顔で、シンジを睨み付けている。
「まったく、あたしの目の前で侍女を口説くなんて、良い度胸をしているわね。失礼とは思わないの!?」
「お茶に誘っただけじゃないですか。口説くなんて、とんでもない。それと、少しは元気が出たようですね」
シンジの言葉にセレナは僅かに眉を動かした。確かにシンジが部屋に入る前よりは、少し気力が回復している。
(あたしをわざと怒らせたというの? ………やってくれるわね。
そうね、今の少佐なら力ずくは無いでしょうし、隣室には二人が控えているもの。大丈夫だわ)
「……気を使って貰ったわね。取りあえずは礼を言うわ。でも貴方から話しがしたいって珍しいわね。何を考えているのかしら?」
「この前の使徒戦から日が経ちましたが、以前は週に二〜三回はボクの部屋に来ていたあなたの訪問が途絶えましたからね。
どうしたのかと、心配して様子を見に来ました。後はボクの目の保養をする為ですね」
「……正直言って、ネルフの味方をしたあたしの信用は、もう無いと思っていたわ」
「ボクは余程の事が無い限り、一回目の失敗は深く問わない事にしています。人間は元々、間違いを起こし易いですからね。
あの時のあなたはボクの力を知らなかった。それに、あなたの職務からすればネルフの味方をする事は当然です。
あなたの状況は知ってますから、あの時の事は問題視していませんよ。実害もありませんでしたしね。
もっとも二度目は容赦はしません。その時は徹底的に潰しますよ」
「……確かに、あの時の貴方を知って突っ掛かるほど無謀じゃ無いわ。でも、あれは異常よ。
あなたの力は「ところで、委員会の方から何か言ってきましたか?」……上からは現状を維持しろと言われているわ」
シンジはセレナの言葉を遮って、強引に話題を変えた。自分の力の事で、正直にセレナの疑問に答える気は無い。
セレナは自分の話しを遮られて鼻白んだが、シンジが正直に答えるとも思えなかったので、話しを合わせた。
「現状維持か……つまり、ボクはまだ目の保養をする機会があると言う事ですね」
「ふっ。あたしの事を褒めてくれるのは嬉しいけど、何か虚しい気分だわ」
「別に魔眼だけが、あなたの自慢じゃ無いでしょう。あなたの容姿はそのままです。十分だと思いますけどね。
それはそうと、あれからネルフのメンバーと会いましたか?」
「ネルフのメンバーと? 一般職員と廊下で擦れ違うぐらいね。幹部職員とは会ってはいないわ。
もっとも、色々と噂話しは聞こえてくるけど」
セレナに少し自信が戻ってきた。確かに魔眼が通用しないのは悔しいが、自分の容姿は変わっていない。
男なら誰しも注目する美貌とスタイルは健在だ。シンジが落ちていないのは納得いかないが、まったく効かない訳では無い。
「へえ。興味がありますね。どんな話しですか?」
「あなたに関してだけどね。あたしを含めてだけど、あの時に本発令所に居た全員が、あなたを怖がっているという話よ」
「別に怖がられるのは構いません。侮られるより遥かに良いですよ。しかし、ここ最近はネルフの士官の越権行為や妨害行為が多い。
ネルフは使徒を迎撃する特務機関ですよ。一応、軍事組織のはずなんですが、杜撰過ぎます」
「あたしは軍事には素人だけど、ネルフの杜撰さは分かるわ。よくこんな人員でやってこれたと思うわ」
「ボクは理由があると思っていますけどね」
「あら、どんな理由かしら? 教えてくれる?」
セレナの目が少し光った。シンジがネルフの情報を教えてくれるなら、願っても無い事だ。聞き逃すつもりは無い。
完全復活はしていないとはいえ、自分の職務に忠実なセレナだった。
***********************************
「ネルフの首脳部の無能さは、あなたも分かりましたよね。(まあ、そこまで無能とは思わないけど、脚色させて貰おうか)
何故、無能であるにも関わらず、ネルフという特務機関の首脳で居られるのか?
何故、補完委員会は無能な人間をネルフの首脳部に配置しているのか? 何故、罷免しないのか?
ボクの推論ですが、ネルフが何らかの機密を握り、補完委員会を脅迫しているのでは無いかと思っています」
「ネルフが補完委員会を脅迫ですって!?」
セレナが驚きの声をあげた。補完委員会はネルフの上位組織であり、大祖父が率いている。
あの大祖父が脅迫されるなど、考えた事も無かった。
隣室で控えている護衛の二人も、スピーカから流れてくるシンジの言葉に眉を顰めた。
二人はセレナの護衛であるが、同時にお目付け役でもある。派遣元はセレナの大祖父たるキール・ローレンツだ。
補完計画の事も知っているが、セレナには知らせるなと命令を受けている。
つまり、護衛の二人はセレナの知らない裏事情を知っている。
ゆえに、ネルフが補完委員会を脅迫していると言ったシンジの言葉に驚いていた。シンジの真意を理解する好い機会だ。
護衛の二人はシンジとセレナの会話に介入せず、二人の会話に聞き入った。
「補完委員会のメンバーは非公開で、我々はメンバーの名前さえ分かっていません。
ですが、我が国を除く常任理事国六ヶ国が任命したのですから、無能では無いと思っています。
そのメンバーが、無能な人間をネルフの首脳に何故選んだのか?
ネルフは十年以上前から使徒の細胞サンプルを所有して、EVAを造っています。
どの程度の情報を持っているかは分かっていませんが、その使徒絡みで補完委員会を脅しているんじゃ無いかと思っています」
「で、でも、ネルフは補完委員会の命令で動いているのよ! あなたが要求した時だって、補完委員会が認可したのよ!」
「それが擬態だとしたら、どうします? ネルフが前面に立てば、相当な反発があるでしょう。
表面上は補完委員会の命令に従って、裏では補完委員会を脅迫していないと言い切れますか?
ネルフが補完委員会の弱みを握っていないのであれば、何故無能なネルフの首脳部を罷免しないのですか?」
「そ、それは……でも、まさか!?」
セレナはシンジの疑問に答えられなかった。それはセレナも感じていた疑問だった。
シンジはセレナの様子を見て、内心では会心の笑みを浮かべていた。(顔は真剣は表情のままだ)
シンジはゼーレとネルフの力関係を把握しているし、その目的も知っている。
だが、今までのセレナの対応を分析して、セレナは裏事情を知らされていないと結論を出していた。
そして、隣室に二人が聞き耳を立てている事も知っている。ここでシンジ達が、あくまでネルフを敵視し、補完委員会に
あまり注目していないと判断させるように仕向ける為に、偽の情報を伝えたのだ。
「あくまで推測ですけどね。ちょっと話しは変わりますが、あなたに姉妹や従兄弟はいますか?」
「兄が一人いたけど、十二の時に原因不明の病気で死んでしまったわ。
従兄弟も十人以上はいたけど、病死とかの早死にした従兄弟は多いわ。でも、それがどうしたの?」
「以前に、能力に目覚める条件の話しをしましたよね。そして、あなたが能力に目覚めるきっかけは非常に弱いものでした。
不思議に思ったので、床に落ちていたあなたの髪の毛をDNA分析させて貰いました。結果を知りたいですか?」
セレナの顔が真っ青になった。身体は小刻みに揺れている。以前(十二話)にシンジから聞いた時の事を思い出していた。
知り合いに、DNA解析を出来る人間はいない。見知らぬ人に自分のDNA解析を頼む訳にもいかず、人知れず悩んでいた内容だ。
勝手に自分の髪の毛を解析した事に文句を言おうと思ったが、知りたかった内容が聞けるので気持ちを抑えた。
「……教えて」
「あなたは普通の人間のDNAとは、若干の違いがあります。0.05%程度ですけどね。
ちなみに人間と使徒のDNA相違は0.11%です。もっとも、あなたが生まれた時の細胞サンプルがありませんので、
あなたが産まれつきのDNA相違であった可能性もありますけどね」
「あたしは人間じゃ無いというの!?」
「いえ、人間ですよ」
「えっ?」
「産まれつきDNAが少し常人と異なる人は、世界中にいますよ。あなたよりDNA相違率が高い人もいます。
彼らも立派な人間ですよ。多少、DNAが違うぐらいで動揺しないで下さい。折角の美貌が台無しですよ」
「そ、そうなの。DNAが少しぐらい違っても問題無いのね」
「そうですね。ただ気になったのは、あなたのDNAパターンが普通の人と使徒のDNAパターンの中間位置にあるという事です。
産まれつきDNA相違の人のパターンとは違います!」
「!!」
一度はシンジの言葉で落ち着きを取り戻したセレナだったが、使徒と人間の中間位置という言葉で激しく動揺した。
隣室に居る護衛の二人はシンジとセレナの会話に介入するか迷ったが、まだ静観する事にした。
一応、上司からはセレナの秘密も聞かされている。セレナには教えるなと言われているが、シンジが言ったのでは仕方ないだろう。
「ここで、ネルフが十年以上前に使徒の細胞サンプルを持っていたという事が重要になります。EVAの元は使徒ですからね。
これを人間に投与した実験をしているのではないかという疑惑です。
ネルフ司令の非道さは、ボクが身をもって知っていますからね。
使徒の細胞を投与されて、普通の人間がどうなるかは分かりません。あなたの兄や従兄弟みたいに病死するかも知れません」
「!!」
「ボクが言ったのは、あくまで推測に過ぎません。
ネルフが使徒の細胞サンプルを普通の人に投与しろと、補完委員会のメンバーに迫ったかなどは、推測に過ぎません。
ですが、あなたのDNAパターンを知ると、その可能性も少しはあるのではと思いますよ」
「あ、あたしが、あの使徒に近いDNAパターンだと言うの?」
「詳細データを示せと言うのなら、お見せしますけど。それと使徒のDNAパターンは人類と酷似しています。
それこそ同族と言って良いほどにね。ショックだと思いますが、自分を卑下する事はしないで下さい。
それに、使徒と同じDNAだからと言って、巨大化する訳じゃ無いですよ。あなたは今のままです」
「そ、そう。本当の事を教えてくれて、ありがとう。感謝するわ」
セレナは両親の顔を思い浮かべた。子供の頃からセレナを溺愛してくれていた両親だ。
自分のDNAが普通の人間と違って、あの使徒に近いと知ったらどう思うだろうか?
忌避するだろうか? 笑い飛ばすだろうか? 大祖父は、この事を知っているのだろうか?
シンジはセレナが少し落ち着いたのを確認して、少し安心した。
裏事情を知らずに使徒のDNAを注入されたセレナは、ある意味被害者である。だが、補完委員会の命令を受ける身でもある。
委員会、いやゼーレを惑わす為に、偽情報をセレナのDNAの説明に含めて話した事は、少々申し訳なく思っていた。
だが、これが駆け引きだ。ゼーレはこの話しを聞いて笑い転げるだろう。北欧連合を軽視するだろう。それこそが目的だった。
(ボクも腹黒くなったよな。彼女には悪いけど、逆スパイで使わせて貰おう。
それと、DNA分析すれば、直ぐに普通じゃ無いと分かるような人を前面に出すかな?
ボクとミーシャはDNA分析しても普通のパターンだけど、ミーナの分析をネルフにされちゃ問題だからな。
だから裏方でやって貰ってるというのにさ)
「長居をしましたが、最後に一つ。本発令所で自分の精神が侵食されかかった時、何を感じましたか?」
「……おぞましさと恐怖ね。あんな経験は初めてだったわ。二度と味わいたくは無いわね」
「あなたが今まで落として来た相手は、全員が同じ思いをしていますよ。知ってました?」
「!!」
「今までは精神を侵食された人が、どんな思いをするか知らなかったんでしょう。
まあ、あなたが今までに、誰に力を使ったかは知りませんがね。
ボクとミーシャは自衛の時しか、あの力を使わない事にしています。自覚したのなら、今後は注意した方がいいですよ」
「そ、そうね。注意するわ」
「確かに、他者を意のままに操るなんて、誘惑に駆られやすいですけどね。
ボクもそうですよ。あなたを落とせばボクの自由に出来る。その誘惑は確かにあります」
シンジは視線をセレナの目から胸元に移した。派手な服では無いが、セレナの胸の起伏ははっきりと分かる。
自分の胸元を見られている事に気づいたセレナは、咄嗟に両手で胸を隠した。今までに無い反応だ。顔が赤く染まっている。
「ちょっ、ちょっと、冗談よね?」
(少佐に本気になられたら、抵抗なんて出来ないじゃ無い! ああ、目をつけられる私の美貌が罪なのね!?)
「四分の三は冗談ですけどね。ちょっとは考えた事はありますよ。あなたを知っている男なら、一度は妄想ぐらいはしますよ。
もっとも、それをやったらボクは後で折檻を受ける事になりますけどね」
「そ、そう。助かったわ」
「そう思ったら、これからは色仕掛けは少し遠慮して下さい。
あなたの誘惑は嬉しい事は嬉しいんですが、ボクが我慢出来なくなっても困りますからね」
「わ、分かったわ」
シンジは言いたい事を言うと、セレナの執務室を出ていった。
残されたセレナは考え込んだ。委員会がネルフに脅迫されている可能性があるとシンジは言ったが、本当だろうか?
自分のDNAは使徒に近いと言われたが、今後はどうなるだろうか?
取りあえずは、大祖父様に相談してみよう。いや、そもそも大祖父のところで飲んだ変な飲み物が原因では無いだろうか?
であるなら、大祖父様は知っていた、いや命令したのか?
結局、シンジと会話した内容は、セレナは委員会に報告はしなかった。大祖父に正面きって問い質す勇気が無かった事もある。
もっとも護衛の二人から、委員会では無くキールに直接報告はされており、シンジの言った内容はゼーレに伝わっている。
セレナは悩んだ末に、大祖父への詰問を先延ばしにした。現在の生活に障害が出ていない事が理由だ。
そして、自分の事に関しての情報を得ようと、シンジの執務室への定期訪問を再開したのだった。
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珍しく休憩時間が重なった日向と青葉は、二人して休憩所でコーヒーを飲んでいた。
だが休憩時間中にも関わらず、二人の表情は暗い。
「「はあ……」」
二人してコーヒーを飲んだ後、溜息をついた。
「俺達ネルフって何だろうな? この前の使徒戦で考えちまったよ」
「……シゲルはまだ良いさ。俺なんか重営倉に入れられたんだぜ。その後は一週間の入院さ。おまけに降格処分だしな」
「それは仕方の無い事だろう。権限の無い葛城准尉の命令で、零号機を射出したのはマコトだろう?」
「そ、それはそうなんだけど、何か葛城さんの命令に身体が勝手に動いてしまったんだ。面目無い」
「お前の面目ぐらいで済むなら良いんだけどな。今のネルフを見たら、そんな個人的な事は言えないだろう」
「きついな。確かにそうなんだけどさ。でもシンジ君、いやロックフォード少佐か。
彼の信頼を失ってしまったかと思うと、辛いものがあるよな。何とか葛城さんの為にも、信頼関係を回復しないと」
「今はマコトと彼女は同格なんだぞ。さんつけ呼ばわりはおかしく無いか?」
「葛城さんは今まで上司だったし、弐号機が来れば元の体制に戻すと副司令からも言われてるしな。呼び捨てなんか出来ないよ」
「弐号機が来れば、か。けど、それでうまく行くと思うか? 作戦成功率8.7%の作戦しか立てられなかったんだぞ」
「あ、あれは俺のサポートも悪かったんだ。それは反省している。同じ間違いは、もうしないさ」
日向と青葉が暗い顔して話していると、リツコが側にやってきた。
「あら、二人とも休憩?」
「ええ。一息入れてます。ところで、マヤちゃんの様子は、どうですか?」
日向が心配そうな顔をして、リツコにマヤの容態を聞いた。
マヤは神経症になっており、さっきも身体の不調を訴えてリツコの診断を受けに行っていた。
「今はベッドで横になっているわ。一時間ぐらい休憩すれば、大丈夫よ」
「やっぱり、この前の使徒戦の影響ですか?」
「……そうね。ロックフォード少佐の気に、あてられたんでしょうね。ショックな事もあったしね」
「もう一週間経つけど、まだ駄目か。赤木博士、マヤちゃんは復活するんでしょうか?」
「あの娘は線が細いからね。でも、マヤはあたしの片腕よ。あたしはマヤを信じているわ」
リツコの言葉に、日向と青葉は力の抜けた笑みを浮かべただけだった。
(ふう。司令も副司令も元気が無くて、マヤや日向君、青葉君も同じか。
まあ、少佐のあの状態を見てショックを受けたのは、みんな同じだけどね。唯一元気なのは、ミサトだけか。
でも、あの少佐を見てもう一度会いたいと思うなんて、ミサトも何を考えているのかしら?
委員会からは少佐には手出しをするなと命令が来てるけど、司令からは少佐の調査を続行しろと言われてる。
まったく、あの少佐を見ても手出しをしようと考える司令は、さすがと言うべきかしら?)
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ミサトの部屋
ミサトは居間でビールを飲んでいた。周囲にはビールの空き缶が二十個以上はあるだろう。
だが、片付けもせずに黙々とビールを飲んでいる。
重営倉に九日間も拘束された後は、さすがに身体は辛かったが、今では体調も戻っている。
(使徒が来てから、感情に歯止めが掛からなくなっているわ。本当に、どうしちゃったのかな。
確かに使徒は憎い仇だけど、以前はここまで感情が高ぶる事は無かったわ。どうしてなの?
初号機と零号機の射出命令は確かに越権行為よ。それは認めるわ。でも、どうしても感情が抑えきれない。
シンジ君とレイに悪い事をしたと思っているわ。子供と言う事もあるけど、何かが引っかかっているわ。
中東での遺恨? でもレイには関係無いわ。それにシンジ君のあの力は…………
まあ、アスカが来ればあたしが指揮を取れるから、あの二人はどうでも良いんだけど、何か引っかかるわ)
ミサトが思考に没頭していると、浴槽から出てきたペンペンがテーブルをパタパタと叩く。食料を要求しているのだ。
重営倉の拘束の間はリツコが面倒を見てくれたが、今はミサトが世話をしなくてはならない。
ミサトは溜息をついて、ペンペンの食料を探そうと冷蔵庫の扉を開けた。
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零号機用格納庫
レイはトラウマが残る事無く全快した。零号機の起動も、数回実験して問題無い事は確認してある。
だが、EVAの最大の武器であるATフィールドの展開は出来ていなかった。
シンジもレイに説明するが、口だけでは説明しきれない。だから、レイの希望で実地訓練を行う事にした。
初号機のエントリープラグにシンジが座って、シンジの膝上にレイが横乗りしている。
元々、一人乗りが前提のエントリープラグに二人を乗せる余裕は無い。
ゴーグルと酸素マスクの為にレイの表情は分からないが、レイは内心ではこの状況に満足していた。
シンジと密着する事で、シンジの体温が感じられて安心するのだ。
ミーナからのアドバイスに従って、手をシンジの首に回し、胸をシンジに押し付ける。
シンジが身体を捻ってレイとの距離を取ろうとしたが、レイはそれを許さずに身体全体をシンジに押し付けた。
「ぴったり密着していないと、身体が安定しないから危険よ」というミーナのアドバイスに素直に従っただけである。
お尻の下で何か動いているようだが、レイは気にしなかった。シンジと密着している事に満足していた。
『レ、レイ。これからシンクロを開始するよ。準備は良いかな?』
少し焦り気味のシンジの声が、ゴーグルに付けられたスピーカから流れてきた。
『大丈夫よ。お兄ちゃん』
どことなく気だるそうな声でレイは答えた。
この状態に満足して、実験などはどうでも良いのだが、それは口には出さない。
『じゃあ、始めるよ。思考制御システム起動開始』
レイは零号機の時とは違った感覚に戸惑いを感じた。シンジと一緒にシンクロしている事も影響しているだろう。
初号機の存在を知覚し、シンジの存在を知覚した。そして、まずはシンジとゆっくりとシンクロを開始する。
レイはシンジに包まれるような感覚になり、シンジのレイに対する感情が伝わってきた。
嘘偽り無いシンジの本心だ。本当に家族として思い、守ってくれると感じ、レイの精神が歓喜に包まれた。
(レイを感じるよ)
(お兄ちゃん?)
スピーカからでは無く、頭の中にシンジの言葉が浮かんできた。
(そうだよ、レイとシンクロしているからね。こうやって考えた事がレイに伝わるんだ。口にする必要は無いよ)
(考えた事が伝わるの?)
(そうだよ。ボクも人間相手のシンクロは始めてだから、今回は同調レベルを落してあるけどね)
(うん。お兄ちゃんの考えている事が分かるわ。ありがとう)
(? 礼を言われる覚えは無いけど?)
(お兄ちゃんの気持ちが分かったから嬉しいの)
(何時も言っているだろう。レイは大切な家族だよ。ボクが守るべき対象だ。さて【ウル】とシンクロを始めるよ)
(【ウル】って?)
(我の事だ)
いきなり知らない存在から接触があったので、レイは戸惑ってしまった。
(えっ、これって?)
(これ呼ばわりは酷いな。我はお主らが”初号機”と呼ぶ存在だ。汝が別の人間を連れてくるとはな。どうしたのだ?)
(この子は”綾波レイ”。ボクの家族さ。でもレイは初号機から出てきたんだよね。それって【ウル】がレイのお父さん?)
(………我に常識は通じぬ。だが、そのレイと我の間に絆がある事も確かだ。レイを歓迎しよう)
(さっきはごめんなさい。これから宜しく御願いします)
(うむ。良かろう)
(【ウル】。今日は、レイにATフィールドの張り方を実地研修する。協力して)
(良いだろう)
零号機とのシンクロはレイ自身が零号機になるような感覚だが、どこか曖昧な部分があった。
だが、初号機とのシンクロには曖昧な部分が無い。はっきりと、初号機の存在を感じられる。
レイはシンジを経由して初号機にシンクロしているのだが、この分ではレイ一人でのシンクロも可能だろう。
少々の雑談の後、シンジはATフィールドを張る為に集中した。
レイはシンジとシンクロしているので、シンジのやり方は細かいところまで良く分かる。
初号機の前面に、肉視可能な六角形のATフィールドが展開された。
(これがATフィールドだよ。この張る感覚は分かった?)
(……分かったわ)
(じゃあ、ボクのATフィールドは消すよ。次はレイがやってみて)
(うん。やってみるわ)
ATフィールドを張る感覚を覚えたレイは、自分だけでATフィールドを展開するように集中した。
そして初号機の前面にATフィールドが形成された。レイだけでATフィールドが張れたのだ。
引き続き、零号機のATフィールドの展開試験も無事に終了した。これで、零号機も戦力として認められた。
補足だが、シンジとレイがシンクロした時に、シンジは自分の魂の一部をレイに分け与えていた。
これにより、レイが望んでいた念話が出来るようになった。もちろん、ミーナやミーシャとも念話が可能である。
この結果、四人の結束はさらに強固なものとなっていくのだった。
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ネルフ:通路
シンジはレイと連れ添って歩いていた。そこにミサトとリツコが通りかかった。いや、待ち構えていた。
ミサトとリツコは、わざわざ胸元が開いている服を着込んでいた。まあ、リツコはミサトに強引に連れてこられたのだが。
二人ではミーナには敵わない。だが、ミーシャとレイには余裕で勝てる。だから、ミーシャかレイを待ち構えていたのだ。
負けたままでは、女のプライドが許しはしない。
ネルフはレイを洗脳した事もあり、レイには一切の干渉が禁じられている。話す事さえ出来ないのだ。
だが、見る事まで禁じられた訳では無い。
ミサトとリツコは立ち止まり、レイの身体を上から下までじっくり見つめた。そして、レイの胸で視線を固定する。
(ふん、あたしの足元にも及ばないわね)
(何時の間にこんなに成長したの? …………クローンとの差がありすぎるわ)
「ふっ」
ミサトは優越感に満ちた顔で、レイと視線を合わせた。話しかけてはいけないと言われているが、見るだけは大丈夫だ。
「??」
レイは首を傾げた。ミサトの笑い顔の意味が分からない。
「二人とも、そこに立たれていると通行の邪魔です。退いて下さい。まったく、何を笑っているんだか?」
「ちょっ、ちょっと、あたしを見ても何も感じないの!?」
ミサトとリツコは胸元がかなり見える服装だ。リツコの頬は少々赤い。恥ずかしいのだろう。
「何時もと違って胸元を強調した服を着ていますね。それが何か?」
「だから、何も感じないの!?」
「感じる? 何をですか。ははあ、色仕掛けのつもりですか?」
「ち、違うわよ。そんなつもりじゃ無いわ」
ミサトの顔に焦りの色が浮かんだ。標的はレイであってシンジでは無い。変な勘違いをされても困る。
「まあ、良いですけどね。でも三十代なんですから、そろそろ落ち着いた服を着た方が良いんじゃないですか。
お肌の峠も越えているでしょう。ああ、そうか! それでレイを見ていたのか!」
シンジは合点がいったと、納得した顔を浮かべた。
「どういう事、お兄ちゃん?」
「この二人は三十代で、お肌の峠は越えて下がる一方。だから若いレイを見て、自分の若かりし頃を思い出して、
笑っていたんじゃないの。二人はレイが羨ましかったんだと思うよ」
「そう、二人は、わたしが羨ましかったのね。お兄ちゃん、行きましょ」
そう言って、レイはシンジと腕を組んで歩き始めた。レイの顔は薄っすらと赤い。照れているのだろう。
後に残されたミサトとリツコの周囲に木枯らしが吹いていた。
まだ心が幼いレイには、高度過ぎる技だったのだろう。全然、レイには通用しなかった。
相手を間違えたと後悔して、二人とも肩を落していた。
To be continued...
(2009.04.11 初版)
(2011.03.13 改訂一版)
(2012.06.23 改訂二版)
(あとがき)
使徒戦後の後始末と、中学での”モンスターペアレント”を書いてみました。まあ、ネルフの体質を側面から見る意味を含めています。
それと、ミーナの秘密の一部公開。そしてセレナへDNAの件を話しました。さて、セレナは、どう出るでしょうか?
当然、敵の陣営ですから駆け引きがあります。今回は逆スパイになって貰いました。
書き始めた頃は、ここまでセレナの描写が多くなるとは、思ってもいませんでした。(サブキャラからメインキャラに昇格です)
次回はJAが登場です。(一度で良いから、実機で見たいです)
作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、まで