因果応報、その果てには

第十七話

presented by えっくん様


 ネルフ:司令室

「また君に借りが出来たな」


 ゲンドウが珍しく電話をしていた。

 何時もは、インターフォンか冬月への口頭指示なので、基本的には電話は使わない。


『返すつもりも無いんでしょう。彼らが情報公開法を盾に迫っていた資料ですが、ダミーを混ぜてあしらっときました。

 政府は裏で法的整備を進めていますが、近日中には頓挫の予定です』


 電話機から聞こえるのは、馴れ馴れしさを感じさせる若い男の声だった。

 それとも物怖じしない口調と言い換えた方が良いだろうか?


『で、例の計画の方も、こっちで手を打ちましょうか?』


 机の上には何やらロボットらしき物の資料があった。ゲンドウは今まで、これを見ていたのだ。


「いや。……手は打ってある」

『相手もガードが固くなっていますから、気を付けて下さい』

「問題無い」


 それだけ話すと受話器を置いて、デスクワークを再開した。机の上には、結構な量の未処理の書類が溜まっている。

 特務機関の司令官職というのは、結構忙しい。そこに冬月が険しい顔をして、司令室に入って来た。


「六分儀、まずい状況だ。こちらの息が掛かっている政治家の排除が進んでいる。

 マスコミに汚職や犯罪歴を報道されて、政治生命を絶たれる者が増えてきている。どうやら大和会が中心になっているらしい」

「大和会だと?」


 二年前には宮家だった冬宮は、事故に遭って下半身不随の身になった。

 その為に皇室から外れて一般人になった訳だが、とある理由から核融合開発機構(NFDO)の理事長に就任した。

 その冬宮が設立したのが、大和会だ。

 設立当初は十人程度のメンバーしか居なかったが、二年間の間にメンバーは急増した。現在は数百人のメンバーが居る。

 大和会のメンバーは、各中央官庁の中堅職員や、若手の政治家、中堅財閥、戦自の中堅将校で構成されている。

 マスコミ数社を管理下に置き、政治力と経済力に関しても無視出来ない勢力だ。

 【日本の再生】を目標に掲げて、日本に悪影響を与える勢力を、マスコミを使い、政財界に手を回して立ち回ってきた。

 だが、ネルフには手を出してこなかった。


 理事長の冬宮は元は宮家で皇室に繋がりがある。しかも核融合開発機構の理事長だ。

 そちらの関係から、北欧連合いや、シンジから手を回したのだろうという事は容易に推測出来た。


「そうだ。今までは大和会はネルフには手を出して来なかったがな。ここに来てネルフに噛み付いてきた訳だ。

 理事長の経歴を考えると、シンジ君の関係で間違いなかろう」


 既に排除された政治家は二桁になっている。戦自でもゼーレ側と目されている将官追放の動きがある。

 放置しておく事は出来ない。ゼーレも動くだろうが、ネルフも遅れを取る事は出来ない。


「そうか。……では、特殊監査部に大和会を掣肘するように指示を出しておく」

「だが気をつけろ。大和会が相手だと、ネルフの仕業とばれたら事だ。報復があるかも知れんぞ」

「問題無い」


 ゲンドウは大和会全部を排除する気は無かった。それでは問題が大きくなり過ぎる。

 一部の跳ね返りだけを排除すれば事足りる。そう考えていた。


「それと、日本重工業から招待状が来ていたな。どうするつもりだ?」


 冬月が雰囲気を変えようと話しを変えた。日本重工業を放置しては、後々ネルフに好ましく無い事態になる可能性がある。

 こちらも早めに手を打つ必要があると冬月は考えていた。


「赤木博士と葛城准尉に行かせる」


 既にリツコにはある命令を出してある。その確認の為には、リツコを式典に行かせる必要があった。


「手はずはつけたのか?」


 ネルフにとって、使徒殲滅に関わる組織が増える事は不利益になる。

 今でさえ国連軍と北欧連合には頭が痛いのに、これ以上使徒戦に関係する組織を増やしたくはなかった。

 それに敵対組織を潰して取り込めば、ネルフはより強化される。


「ああ」

「分かった」


 冬月との会話中、ゲンドウは手を口の前で組み、視線を冬月に向ける事は無かった。

 だが、冬月はいつもの事と割り切って、その事で何かを言う事は無かった。

 冬月にしてみれば、ネルフの目的に状況が沿っていれば、それで良かった。上司たるゲンドウの態度など、とうの昔に諦めていた。

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 不知火の執務室

 不知火とシンジは応接セットに向き合って座っていた。不知火の方が用事があって、シンジを呼び出したのだ。

 申し訳なさそうな表情を浮かべながら、不知火はシンジに話し出した。


「済まんな。本来なら忙しい少佐を、こんな内容で呼び出したくは無かったんだが……」

「いえ。業務移管が進んでいますからね。そんなに忙しい訳ではありませんよ。

 そもそも忙しければ、学校なんかに行ってませんから。でも、准将にしては歯切れが悪いですね?」

「……うむ。ちょっと昔に恩義がある人から頼まれてな。こういう公私混同は好きでは無いんだが………

 昔の事を考えると、断る事も出来ん」

「その昔の恩義がある人の頼みが、ボクに関係する事ですか? 内容次第ですね。まずは、その人の頼みを聞かせて下さい」


 不知火が悩んでいるのを見て、シンジが説明を催促した。実害が無くて、程度の低い頼みなら、受けるつもりだ。

 本来なら仕事に関係無い依頼など無視したいのだが、こういう人間関係を軽視すると後でしっぺ返しが来る事を知っている。

 何はともあれ、話しを聞かないと判断は出来ない。


「うむ。日本重工業という企業がJAという巨大ロボットを開発したのだが、近く完成披露式典が開かれる。

 それに北欧連合の誰かを出席させて欲しいという頼みでな。それも技術関係の人間という制約付きだ。

 アーシュライト課長に直接頼むのも問題かと思って、少佐に頼みたい。少佐から課長に頼んで貰えないか?」

「ボクを指名では無く、北欧連合の技術関係の人間なら良いというのですか?」

「そうだ。対外的には、北欧の三賢者の魔術師の君が、ここに居る事は知られていない。

 あくまでJAというロボットを、北欧連合の技術関係の人間に見て欲しいと言われた。

 私がここの司令をやっていて、北欧連合と共闘しているのを知って頼み込んできたのだ」

「目的は我々の技術ですかね?」

「まず間違いは無いだろう。だが、いくら恩人の頼みとはいえ、君らの技術を渡せなどという頼みは聞けない。

 あくまで頼まれたのは、完成披露式典への出席依頼だけだ。そこであちらは接触してくるだろう」


 ネルフにダメージを与える為、最初の使徒戦の映像を国連総会を始め、主要各国の政府と軍に生中継していた。

 一般には出回っていないが、各国の政府高官や軍高官は、北欧連合の天武が最初の使徒を倒した事を知っている。

 日本重工業には戦自から映像が流れた可能性がある。それならば、天武の技術が欲しいであろう事は容易に想像出来た。


「大使館の方に招待状が来ていたと、ロムウェル大使から連絡が入ってました。興味が無いから、無視しようと思っていましたが」

「かなり大掛かりな式典になるらしい。各国の大使館や戦自、経団連にも声をかけているらしい。

 ネルフも二名程、来る予定だと言っていたな」

「ネルフも行くのですか? JAって、そんなにご大層なものなんですか?」

「いや、私は知らないんだ。頼まれただけでな」


 シンジは少し考え込んで、不知火の机の内線電話を使って冬月に電話をかけた。


「冬月副司令ですか。ロックフォードですが、ちょっと聞きたい事があります」

『あ、ああ。ロックフォード君か。何かね?』

「日本重工業のJAというロボットの完成披露式典に、ネルフが出席すると聞きましてね。誰が出席するのですか?」

『何で君がJAを知っているんだ!?』

「大使館の方に招待状が来ましてね。何でもネルフも出席すると小耳に挟んだので、興味が湧いたんですよ」

『ネルフからは赤木君と葛城君が出席する予定だ。君も出席するのかね?』


 冬月の脳裏に浮かんだのは、シンジがJAの式典に出席する事で、ネルフの計画が失敗する事だった。

 今までの経験から、ネルフにとってシンジは鬼門だと理解している。出来るだけシンジの干渉を減らしたいと考えている。

 もっとも、シンジに干渉しなければネルフのシナリオが進まないので、二律背反の状況に陥っているが。


「どうしましょうかね………気分転換がてらに、ボクが行きますよ」

『……なら、赤木君や葛城君と一緒に行くかね。移動手段は、こちらで用意するが?』

「お断りします。あの二人と一緒の飛行機に乗って、無事に目的地に着くとは思えません。何より、ボクが嫌です」

『そ、そうか。分かった。二人には、君が行く事も伝えておく』

「そうして下さい。では」


 電話を切ったシンジは、少し考え込んだ。そのシンジを見た不知火は、少し躊躇った後で声をかけた。


「少佐がわざわざ行かなくても良いだろうに。アーシュライト課長に頼めないのか?」

「……ああ、済みません。ちょっと考えてました。ボクが行くことは構いません。暇潰しにはなるでしょう。

 ただ、ネルフが二人を差し向ける事に、何か意味があるのかと考えていたんですよ」

「意味? まさか使徒が来ると言うのか!?」

「いえ、使徒が来るならボクに声をかけて、EVAを用意するでしょう。使徒は絡まないと思いますよ。

 でも、葛城准尉はともかく赤木博士が行くなら、何かあるでしょう。あの赤木博士がただの見物に行くとは思えません」

「大丈夫か? 何なら私も行くが」

「いえ、准将が行くほどの事は無いでしょう。輸送機の手配は御願いしますが、それ以外はボクが準備しますから」


 そう言って、シンジは不知火の執務室を出て、自分の執務室に戻った。

 机には中学で配られた進路相談の内容が書かれた紙があった。躊躇わずにゴミ箱に捨てた。

 自分の進路を中学の教師などに相談など出来る訳が無い。ミーシャとレイも同じだ。

 煩わしさを避ける為、進路相談の日は中学に行かない事にしている。ミーシャとレイも同意している。


 シンジは少し考えた後で、大和会の冬宮に電話をかけた。


『はい、冬宮です』

「ボクです。今は大丈夫ですか?」

『大丈夫です。あなたの電話は最優先です。ところで何かありましたか?』

「ちょっと御願いがあります。日本重工業のJAというロボットの完成披露式典に招かれているんですが、情報が無いんです。

 大和会経由で日本重工業とJAというロボットの情報は入りませんか? 出来る範疇で構いません」

『日本重工業ですか……式典の事は私も聞いています。うちのメンバーも三人ほど出席する予定になっています。

 確か日本重工業に出資している企業に、うちのメンバーが居ますから情報が入ったら連絡します』


 翌日、冬宮から入った情報を、シンジは興味深く見ていった。

(JAというロボットの情報は無かったけど、日本重工業という企業は使えるかな。

 武器弾薬の生産工場もあるし設備も中々だ。うまく梃入れすれば、こちらの勢力強化になるかも。

 JAが使える場合、少しの技術援助は構わないだろう。ネルフは嫌がるだろうけどね。

 資本参加をすれば口出しも出来るだろうし、技術流出もある程度は防げるだろう。

 だがJAが使えない場合は? 損益書を見たけど赤字続きだな。固定資産はそこそこあるけど、負債が大きい。

 JAが失敗すれば、スポンサーは撤退して企業の存続が危うい。

 設備は魅力だが………叔父さんに頼んでおくか。ひょっとして、ネルフの目的もそれなのか? 可能性はあるな)


 シンジは熟考の末、関西の某企業の総帥に内密の依頼を行った。これがシンジの準備行動だった。

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 リツコとミサトは要人輸送用VTOLに乗って、旧東京に向かっていた。

 ミサトは対使徒戦用に開発されたJAという物に興味は無かった。どうせ役にも立たないガラクタだろうと思っている。

 リツコと一緒に出席するように言われたから行くだけだ。期待はしていなかった。

 だが、リツコは違う。ゲンドウからある事を命じられ、その結末の確認の為に行くのだ。

 窓からは海面から突き出ている建物が見えた。かつてのビル群の残骸だ。


「ここが、かつての花の都と呼ばれていた大都会とはね。それで、シンジ君も出席するんだって?」


 ミサトは冬月から命令を受けた時に、言われた内容を思い出した。


「ミサト。彼の事はロックフォード少佐と呼びなさいって、あれほど言っているでしょう。彼に聞かれると給料減俸処分よ」

「ここには居ないからいいじゃ無い。どうしても子供だって意識があるから、少佐だなんて呼べないわよ!」


 先の使徒戦が終わってから、ミサトはシンジと話していなかった。(通路の時は、別の目的があったので例外)

 シンジはミサトと話す気は無かった。だが、ミサトはシンジと使徒戦の事で話し合いをしようと思っていた。

 本発令所でシンジの異様な状態を見てから、ネルフスタッフのシンジを見る目には、恐怖感が込められていた。

 マヤは今は回復したが、一時的に神経症になった程だ。リツコも嫌われているという自覚がある為に、避ける傾向がある。

 ミサトの話し合おうとする態度は、特筆に値するかもしれない。


「……まあ、良いけどね。問題になって、減俸されたり、重営倉に入れられるのはミサトなんだから」

「ちょっ、ちょっと、それは無いんじゃ無い。友達甲斐が無いわよ。で、どうなのよ?」


 ミサトから友達甲斐が無いと言われて、リツコはミサトから友達らしい事をされたか、過去の記憶を探してみた。

 後始末、金を貸した、知恵を貸した、愚痴のはけ口、ミサトから何か有益な事をして貰った記憶は……無かった。

 まあ、リツコの愚痴の聞き役ぐらいだろうか。リツコは不公平さを感じながら、シンジの事を説明した。


「ロックフォード少佐は、北欧連合の技術士官として出席するらしいわ。

 大使館の方に招待状が届いたらしいわね。それで、冬月副司令に確認したみたいよ。

 今朝は学校に行かずに、マンションからVTOLで会場に行くって聞いてるわ」


 シンジが住んでいるマンションの屋上にはヘリポートがあり、VTOLがそのまま離発着出来る。

 北欧連合の駐在武官二人と一緒に、シンジは会場に向う予定だと聞いている。


「まったく、こっちも行くんだから、これに同乗して行けばいいじゃ無いの。燃料の無駄使いだと思わないのかしらね」

「あたし達は嫌われているからね。同じ機に乗りたく無かったんでしょう。仕方無いわ」

「嫌うか。まあ少しはあたしもやり過ぎたと思っているけど、協力する気は無いのかしら」

「……ミサトの行動次第じゃ無いの。あなたの行動でネルフは大ダメージを受けているのよ。それを自覚しなさい。

 もっとも、あたしも最初は少佐を実験体みたいに扱ったから嫌われているけどね」


 第四、第五使徒の時のミサトの暴走で、ネルフはかなり拙い立場になっていた。

 ミサトに掛けられた精神誘導がどれほどのものかはリツコは知らない。

 知らないがあそこまでミサトを暴走させるからには、相当強力なものだろう事は容易に推測出来た。

 精神誘導を行ったのはゼーレであり、リツコの立場では文句を言う事さえ出来ない。世の不公平さを感じたリツコだった。


 二人が話していると、埋め立てられ再開発が進んでいるところに建っている巨大な建物が見えだした。


「見えてきたわよ。あれが式場か。ところで戦自は絡んでいるの?」

「今のところは戦自は無関係よ。どちらかと言うと、戦自は天武の量産型に興味があるみたいね。

 しきりに国連軍を通じて、協議を打診しているみたいね。まあ、少佐の方が断っていると聞いているけど」

「道理で好き勝手にやっている訳ね。でも、戦自は絡んで無くても北欧連合はどうなの?」

「日重と北欧連合の接点は無いわ。今回、招待状を出したのが初めての接点じゃないかしら」

「天武の量産を日重が行えば、どうなるかしらね」

「日重が天武の量産? 絶対に、北欧連合は技術供与はしないわね。核融合炉だって散々と揉めての設置だもの。

 北欧連合が切り札とも言える天武の技術供与をする事は無いわよ」


 ネルフにさえ情報を公開しない彼らが、一民間企業に技術供与するはずが無いとリツコは考えていた。

 そもそもシンジをEVAに乗せているのは、EVAの有用性を示す為もあるが、天武の量産設計をさせない為でもある。

 そんな事態になるようなら、真っ先に日重を潰しているだろう。


「そう。でも天武が量産出来れば、あたしも戦えるのよね」


 ミサトは自分の願望を口にした。自分ではEVAに乗って使徒を倒せないから、せめて指揮をとって使徒を倒したい。

 だが、天武が量産になれば、自分がパイロットになれる可能性も出てくる。

 そうなれば、自分の手で使徒を倒す事が出来る。心の奥底にあった願望が叶えられる。その思いは捨て去れない。


「ミサト……でも、そうなればネルフはお払い箱になるわね。確かに、天武の製造コストはEVAより遥かに下でしょう。

 恐らくEVA一機の予算で、天武は百機以上は製造出来ると思うわ。でも、そうなったらネルフの存在意義は無くなるのよ」


 リツコはミサトの考えは手に取るように分かっていた。だが、それはゼーレのシナリオから外れる事になる。

 だから、その希望自体が実現不可能である事を強調していた。ミサトに変な事を考えられても困るのだ。

 それにシンジが自分と同じく、ミサトを嫌っているのは明らかだ。ミサトが天武のパイロットになりたいと言っても拒否するだろう。

(ミサトに人並み外れたパイロットの才能があれば別だろうが、そうでも無い限りシンジはミサトには関わらないだろう)

 結局、どう足掻いても現状ではミサトの希望が叶う事は無いのだ。


「でも、最初の使徒は天武で倒したのよね。人の造りし物がね」


 リツコから天武の量産の可能性は無いと断言されたが、ミサトの脳裏には天武が量産になればという思いが強く育ち始めていた。

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 日重の実験場の一角には壇上が設けられ、多数のテーブルが用意されていた。

 日重が主催する【JA完成披露記念会】の会場だ。

 リツコとミサトは案内に従って、【ネルフ御一行様】と書かれたテーブルの椅子に座った。一番目立つ、式場の中央である。

 そのテーブルは周囲のテーブルと違っていた。料理が無いのだ。あるのは中央部に並んだビールのみである。

 JAのパンフレットが置いてある。だが披露式典に招待しておいて、この仕打ちとは。

 リツコとミサトはこの待遇に情けなさを感じた。これでは小学生レベルの嫌がらせと変わらない。

 もっとも仕事で来ているので、アルコールなど飲むつもりは無かった。(ミサトは飲みたそうだったが)

 だが、食事すら無いとは想像さえしていなかった。


 周囲を見渡すと、かなり大勢の人間が来ていた。政府関係者、各国の駐在武官、財界幹部、戦自の士官、マスコミ関係者等だ。

 不知火は来ていない。JAの判断はシンジに一任されている。

 リツコは自分達と離れたところにあるテーブルにシンジの姿を確認した。

 北欧連合の軍服を着用しており、見知った駐在武官二名と同席している。

 シンジの身長は高い方だ。サングラスをしている事もあり、一目では中学生とは思われないだろう。

 リツコの視線を感じたのだろうか? シンジがリツコの方を振り向いた。だが一瞬で視線を元に戻した。

 しきりに政財界の要人や戦自の士官達がシンジの居るテーブルに押し掛けたが、護衛の駐在武官が全て対応していた。

 北欧連合の人間が、日本のこのような公式の席に出席する事はほとんど無い。

 この機会に少しでも親睦を深めたいと考えたのであろう。

 だが、対応は全て二名の駐在武官が行って、シンジが口を開く事は無かった。


 招待状に指定された時刻になって、壇上に一人の男が上がった。時田と名乗って、JAの説明を始めた。


「…………後ほど管制室に席を移して実機を御覧頂きますが、御質問のある方は、この場でどうぞ」

「はい」


 パンフレットに書かれている内容の説明を終えた時田が質問を促すと、間髪入れずにリツコは挙手をした。


「これは御高名な赤木リツコ博士。お越しいただいて光栄の至りです」

「……先程の説明ですと、内燃機関内蔵とありますが?」

「はい、本機の大きな特徴です。連続百五十日間の作戦行動が保証されております」

「格闘戦を前提にした陸戦兵器にリアクターを内蔵するとは、安全性の点から見てもリスクが大き過ぎると思いますが?」

「五分しか動けない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ」


 時田の入手した資料は、シンジが来る前の資料だった。現在の稼動時間は三十分になっている。

 もっとも零号機と初号機だけで、弐号機の稼動時間は五分のままだ。その成果はネルフでは無く、シンジによるものだ。


「遠隔操作では、緊急対応に問題があります」

「特定のパイロットしか操縦出来ない決戦兵器。一人は洗脳して、一人は拉致してパイロットにしようとしたネルフ。

 それに比べれば人道的ですよ。北欧連合のパイロットを拉致しようとして失敗。

 その為に旧常任理事国六ヵ国の経済が破綻寸前まで行ったじゃ無いですか。今は持ち直していますけどね」

「よしなさいよ。大人気ない」

「人的制御の問題もあります」


 ミサトの制止も聞かずに、リツコは時田に論陣を張った。時田ごときに嘗められてたまるかという思いがある。

 リツコは頭に血が上ってミサトは冷静だ。いつもとは立場が逆である。

 だが、時田はリツコが冷静さを失った事で満足して矛先を変えた。


「法を守らずに、特務権限に胡坐をかいて暴走するネルフなど、ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えませんね」


 会場中から失笑が湧いた。だが、熱くなったリツコは気にも留めない。


「何と言われようと、ネルフの決戦兵器以外、あの敵性体は倒せません!」

「ATフィールドですか。それも今では時間の問題に過ぎません。それに最初の敵を倒したのは北欧連合の機体でしょう。

 つまり、ネルフの決戦兵器以外でも、あの敵は倒せると実証されたのです。いつまでもネルフの時代ではありませんよ」


 ホールに嘲笑が響いた。リツコの手に持ったパンフレットが震えていた。

 だが、反論は出来ない。熱くなってつい言ってしまったが、第三使徒は北欧連合の天武が倒している。

 時田は事実を言っているのであり、その事を否定は出来ない。


「ネルフは莫大な予算を使いながら、特定のパイロットしか操縦出来ない欠陥兵器しか準備出来なかったんですよね。

 それに、最初の敵は北欧連合の機体が撃破。続く二体目の敵の撃破にはネルフの兵器を使用しましたが、搭乗パイロットは

 最初の敵を撃破したのと同じ北欧連合のパイロットだと聞いています。

 そしてネルフの邪魔を跳ね除け、苦戦はしたが無事に敵を倒したと。ネルフはまともに作戦も立案出来なかったそうですね。

 なんでも、一尉から准尉まで、あっという間に三階級降格になった作戦立案主任が居ると聞いてます」

「あ、あんたね、現場を知らないで良く言えるわね!」


 ミサトは自分の事を揶揄されたので顔を赤くして抗議したが、時田は相手にしなかった。

 そして裏から手を回して、態々招待していた北欧連合のテーブルに目を向けた。


「まあ、ネルフの方はもう良いでしょう。

 本日は珍しいゲストがいらっしゃいます。北欧連合の方が来られています。出来れば御意見を伺いたいですね」


 会場の招待客の視線が【北欧連合 御一行様】と書かれたテーブルに集中した。

 テーブルには三人の軍服を着た男達がいた。二人は引き締まった顔をした軍人だった。

 先程、何人かがテーブルに行った時に対応したのは、その二人だ。中佐と大尉の襟章をしている。

 残る一人は少佐の襟章をしてサングラスをしている。

 会場の視線はサングラスをつけている小柄な男に集まった。だが、何の反応も示さなかった。


「今まで北欧連合の方が、このような場に来られた事は無いと聞いています。

 興味があったから、来られたのでしょう。技術の方の御意見を伺いたいのですがね」


 参加者の視線が集まる中、サングラスをかけた軍服姿のシンジが立ち上がった。

 内心では指名しやがってと毒づいたが、表面上は無表情を装った。


「では質問ですが、百五十日間の連続稼動という事は、内燃機関には原子炉を使用しているのですか?」

「えっ? ……はい、そうです」


 時田の反応が一瞬だが遅れた。サングラスをかけた小柄の男の声が、まだ子供の声なのだ。それも聞き覚えのある声だ。

 会場の招待客の中からも、ざわめきが聞こえてきた。

 何故、子供がこんなところに軍服を着ているのか? それも少佐とはどういう事だ? そんな疑問の為であった。


「では防御能力は? 何らかのシールドを張れるのですか? ワルキューレの粒子砲の直撃ぐらいは耐えられるんですか?」

「……いえ、シールドは無いですが……」

「ほう、防御能力が無い機体に原子炉を搭載ですか、大胆ですね。核アレルギーの日本人の発想とは思えない。

 戦場を放射能汚染する覚悟があるとは思いませんでしたよ」

「い、いえ、JAには安全回路がありますから、直撃を受けても放射能汚染は起きません!」

「安全回路? まあ安全回路は確かに重要ですが、それだけで放射能汚染が起きないと言い切れますか?

 例えば、敵の攻撃が安全装置ごと原子炉を貫いた時は? 安全装置を破壊されても放射能汚染が無いと言い切れますか?」

「い、いや、そんな事態は想定はしていないのですが……」


 時田に冷や汗が流れた。安全装置が壊れる事まで考えていなかった。確かに、そんな事態になれば問題だと気が付いた。

 北欧連合の技術者を式典に呼ぶ様に小細工をしたのだが、逆効果だったかと後悔の念が時田の脳裏を過ぎった。


「戦場ですよ。何が起きるかは分からない。

 完全な安全対策というものは出来ませんが、出来うる限りの安全対策を考えるのが、開発者の義務でしょう。

 以前の地震で原子力発電所が被害を受けた時も、地震がくる前は備えは万全と言っていたんじゃ無いですか?

 それで武装は? ATフィールドは時間の問題だと言ってましたが、貫けるぐらいの強力な武器があるんですか?」

「い、いえ、武器の開発はこれからで……」

「……それなら、防御力は無く、攻撃力も無い訳ですよね。完成披露式典では無く、試作運転披露式典ですね」


 不知火に工作をして北欧連合の技術関係の人間を呼ぼうとした姑息な行為は、シンジにとって不愉快だった。

 既にJAを見るまでも無く、JAの価値を見切ったシンジだったが、日本重工業の価値はあると思っている。

 さっそく左目を通して、関西の某企業の総帥に以前に依頼した事のGOサインを出していた。


「思い出した! その声は「その先は言わないで下さい!」……………」


 時田の顔が悔しさで歪んだが、シンジの声を思い出して驚きの声をあげた。だが、シンジから制止が入った。


「最初の敵の映像を見たのであれば、ボクの声を聞いているでしょうし、名前も聞いているでしょう。

 ですが、言わないで下さい。知っての通り、ボクは三歳の時にネルフの司令から暴行を受けて、左目は失明して今は義眼です。

 そこの赤木博士からモルモットのように扱われ、そして欠陥兵器に座ってさえいれば良いと無理やり乗せられそうになりました。

 作戦中もネルフの妨害工作を何とか凌ぎながら、勝ってきました。こんなところで名前を出されては、戦闘中のネルフに加えて、

 プライベートでも妨害工作に遭いかねません。そんな理由を察して下さい」


 時田は瞬時に理解した。そう、目の前の少年の名前と顔は確かにビデオで見ていた。

 彼が天武のパイロットなのだ。そして、EVAのパイロットでもあるのだろう。

(最初の使徒戦の映像では、シンジが天武のパイロットだと分かっても北欧の三賢者とは分からない)

 ネルフの司令やリツコの信じられない行動を聞いて、会場にざわめきが広がった。


「確かに。君の、いえ、あなたの立場が危険である事は承知しています。後でお時間を頂けますか。

 JA改良の件で、御相談したいのですが」

「……機動性の確認もありますからね。今の返事は試作運転試験を見てから回答させて頂きます」

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 控室

 リツコとミサトは控え室に移動していた。リツコは直にゲンドウに連絡を入れた。

 時田によって、ネルフがレイを洗脳した事が公表されてしまった。

 それとシンジによってゲンドウの暴行と自分の愚行も明らかにされてしまった。

 ここにはマスコミも居る。彼らが帰っても報道しないように圧力をかける為に、ゲンドウに連絡を入れていたのだ。

 ゲンドウへの連絡が終わったリツコは溜息をつき、怒り狂っているミサトを見つめた。


 ミサトが持っていたJAのパンフレットは、既にゴミ箱に入れられている。

 憂さ晴らしに、ミサトはロッカーを蹴り続けて、破壊していた。


「けっ! 俗物どもが! どうせうちの利権にあぶれた連中の腹いせでしょ! 腹が立つわね!」


 時田にコケにされた事もあって、ミサトの感情は収まらない。


「およしなさいよ。大人気ないわよ。それに、ロックフォード少佐の質問でJAの問題点が指摘されたのよ」

「そ、それはそうだろうけど」


 ミサトはまだ納得しない。顔には不満げな表情が浮かんだままだ。『あっという間に三階級降格』は十分に自覚していた。

 自分の中のどす黒い感情が抑え切れないのが原因なのは分かってはいるが、それを他人に指摘されると不愉快だった。


「納得しなさい! この後の試作運転試験を見れば後は終わりだわ。そしたら帰れるわね」

「どうせ、使い物にはならないでしょ」

「少佐が言った通り、完成披露では無く試作運転試験だからね。あの時田って男も高が知れてるし、大した男じゃ無いわ」


 リツコもJAに関して既に興味は無い。最初は多少の興味があったが、防御力も攻撃力も無くては、邪魔なだけだ。

 原子炉を内蔵するリスクを平然と犯す開発者など、兵器技術者の資格は無いと思っている。


「でも、何であいつ等がATフィールドの事を知ってるのよ!」

「あの使徒戦のビデオを見たんでしょ。あれを見れば、ATフィールドの事は知っていて当然よ」

「何で使徒戦のビデオが外部に出回るのよ!」

「ロックフォード少佐の手で、国連総会に使徒戦が生中継されたのよ。それ以外にも、ネルフにダメージを与えられそうな

 ところに中継したって言ってたしね。そこから、ビデオが流れていったんでしょう」

「もう! ネルフ権限でビデオを没収出来なかったの!?」

「誰が持っているか分からないのに? 無茶を言わないで!」

「何の為の特務権限よ!」

「そんな無茶な事に特務権限が使える訳が無いでしょう! もうちょっと、頭を使いなさい!」


 リツコとミサトの不毛な会話は、JAの準備が出来たと連絡が入るまで続いていた。

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 招待客はドーム式の管制室に移動していた。シンジも居るし、リツコとミサトもいた。

 大勢の招待客が見守る中、巨大な建物がスライドして、巨大ロボットが姿を現した。

 招待客のどよめきが管制室内に響いた。


 大きさはEVAに匹敵する。この大きさのロボットを製造したのは、確かに賞賛に値するだろう。

 だが、それは科学的見地の面でだ。軍事的見地から言えば、使徒戦の役に立たない試作品に過ぎない。

 リツコとミサトは不機嫌なまま、JAを見つめていた。


「これよりJAの起動テストを始めます。危険はありません。そちらの窓から安心して御覧ください」


 時田はまだ諦めていなかった。シンジにやり込められたが、まだ使えないと判断された訳では無い。

 シールドや武器などの問題点はあるが、最初の使徒を倒した天武の技術を回して貰えれば、使える物に仕上がると思っていた。

 だからこそ、無事に起動試験が済めばシンジと話し合おうと思っていた。

 招待客は双眼鏡でJAを見つめ、賛辞の声を上げていた。

 確かに、このサイズのロボットを製造したという事は、ある種の記念すべき出来事だ。


「テスト開始」


 時田が宣言するとオペレータが操作を開始して、JAは二足歩行を始めた。少々ぎこちなさはあるが、許容範囲だろう。


「「「「「「おおおおぉぉ」」」」」」


 招待客から感嘆の声があがった。実戦投入が出来るレベルでは無いが、見る者にここまで来たのかと感動を与えた。

 招待客の反応を見て、時田にも自信が戻ってきた。

 この後、シンジと相談して協力を得られれば、JAは物になるだろうと考えたのだ。


「へ〜ぇ。ちゃんと歩いているじゃない。自慢するだけの事は、あるようね」


 ミサトとリツコのJAを見る視線は冷たかった。EVAと比較すると、どうしても見劣りしてしまうのは仕方無いだろう。


 招待客の賛辞が相次ぐ中、時田はJAの披露が成功したと確信した。

 その時、いきなり管制室内に警報音が鳴り響いた。


「何だ。どうした!?」

「変です。リアクターの内圧が上昇しています!」

「一次冷却水の温度も上昇中!」


 オペレータが時田に報告した。晴れの舞台に起こった異常事態に、時田の顔色が一気に悪くなった。


「減速材は!?」

「駄目です。ポンプ出力低下!」

「そんなバカな!?」


 内蔵する原子炉の暴走だ。時田の顔が真っ青になった。

 しかも、JAはこの管制室に向かってきていた。こんな事は、時田の予定には無かった。


「いかん! リアクター閉鎖。緊急停止!」

「停止信号、発信しました」

「受信されません」

「無線回線も不通です。制御不能!」


 時田の指示に従って、オペレータが次々とJAを停止させようと操作を試みたが、まったく効果は出なかった。

 その間にもJAは管制室に近づいてきた。招待客も騒ぎ出して、パニック寸前の状況だった。


「逃げろ!!」

「駄目だ、間に合わん!!」

「ぎゃあああああ」


 JAは管制室のドームの一部を踏み潰した。ドームの端の方だったが、数人は踏み潰されて即死した。

 そして、ドームの天井部の瓦礫が、その中にいる人間に降り注いだ。


 管制室は半壊で済んだ。ドームの一部が踏み潰されただけで、それ以外の天井は残っている。機器も無事だ。

 シンジ達、リツコ、ミサトは怪我は無い。埃を吸ったせいか、しばらく咳き込んだが、その程度の被害で済んでいた。


「造った人と同じくらい礼儀知らずね」


 ミサトは時田を見ながら皮肉を言った。そのミサトの皮肉に、シンジが冷笑を浮かべながら反論した。


「いきなり見た事も無い欠陥兵器に乗って使徒と戦えと、十四歳の子供を脅すよりかはましじゃ無いですかね。

 子供を道具扱いして、使徒戦の妨害も散々してくれるネルフよりは良心的だと思いますよ」

「何ですって!」

「止めなさい、ミサト!」


 既にシンジはミサトを相手にしていない。JAの方を向いて、左目のセンサでJAの動きを確認している。

 時田はミサトとシンジの話しなど聞いておらず、生き残ったオペレータと必死になって、JAの暴走を止めようと試みている。


「加熱器に異常発生!」

「制御棒、作動しません!」

「このままでは、炉心が融解します!」


 生き残った制御盤をオペレータが操作して、現状を報告した。だが、その報告内容は時田を絶望させる内容だった。

 周囲の人間も炉心融解と聞いて、血相を変えている。そんな事になったら、この周囲一帯は放射能汚染されて、自分達も死ぬしか無い。


「そんなバカな!

 JAはあらゆるミスを想定して、全てに対処出来るプログラムが組まれているのに、このような事態はありえないはずだ!」


 時田は絶望の色を浮かべて叫んだ。その時田をミサトは怒鳴りつけた。


「だけど、現に原子炉の炉心融解の危機が迫っているのよ。理屈は良いから、現状を認識しなさい!」

「こうなっては、自然停止するのを待つしか方法は……」

「自然停止の確率は?」

「炉心融解前だと0.00002%。奇跡を待つようなものです!」


 時田の言葉に周囲から呻き声があがった。炉心融解が起きれば、この場にいる全員が放射能汚染されて死亡するだろう。

 その回避策が無いという事は、自分達は死ぬしか無いのか!? そんな思いが周囲の人達に染み渡っていった。


「……EVAの起動確率よりは高いわね」

「……奇跡を待つより、捨て身の努力よ!」

「方法は全て試した」


 リツコとミサトの言葉に、気落ちした時田が返事をした。時田にしてみれば、これ以上の手は打てなかった。


「いいえ、全てを白紙に戻す、最後の手段が残っているはずよ。そのパスワードを教えなさい!」

「全プログラムのデリートは最高機密、わたしの管轄外だ。口外の権限はない」

「だったら命令を貰いなさい! 今すぐ!」


 ミサトが時田に命令した。流石にこんなところで放射能に汚染されて死ぬ気は無かった。

 権限どうのこうの言う前に、生き延びる事が優先だろう。


「時田さん、パスワードはここから打ち込めるんですか?」


 今まで時田に話しかけなかったシンジが、口を挟んできた。

 本当に炉心融解したら亜空間転移で逃げるつもりだが、それは奥の手だ。人目があるところで使うつもりは無かった。

 それより、左目のセンサでJAの炉心の状態を確認したが、疑問が湧いたのだ。


「い、いや、JAに乗り込んで、中の制御盤から打ち込まないと駄目だ。だが、JAに乗り込む手段が無い」

「EVAを用意するわ。それであたしが中に乗り込むわよ」

「越権行為よ、葛城准尉。まだ分かっていないの!?」

「今は緊急事態よ。そんな事を言っている場合じゃ無いわ!」


 リツコがミサトに強く注意した。ミサトの越権行為が無駄だと分かっている為もあるが、とばっちりが来るのは困るのだ。

 それに、この暴走の結末は分かっている。無駄な事はしたく無かった。

 だが、ミサトは緊急事態という事で、リツコの意見を聞く気は無かった。


「まったく、ネルフの准尉が仕切るとはね。さて時田さん、あれはプログラムのミスだと思いますか?」

「そ、それは無いはずだ。今までも散々起動試験は行って来たんだ!」

「そうでしょうね。幾らなんでも、ぶっつけ本番で招待客を招くはずはない。今まで起動試験は行っていたのでしょうから。

 それに炉心融解の速度が遅い。まるで制御されたかのような速度です。暴走なら既に炉心融解を起こしていますよ。

 これから推測されるのは、プログラムが書き換えられている可能性があるという事じゃないですか」


 シンジが淡々と告げた。冷静にJAの状況を観察して、導き出した推論だ。

 それにネルフの思惑をある程度推察していた事もある。シンジはリツコを、こっそりと注視していた。


「何だと! プログラムが書き換えられているだと!?」


 リツコは顔を動かさずに、視線だけをシンジから外した。シンジはそれを感じて、言葉を続けた。


「可能性ですがね」

「そんな事より、早くEVAを呼びなさい! あたしが中に乗り込むから! そんな議論は後回しよ!」

「ミサト、止めなさい!」

「葛城准尉、君は馬鹿か? プログラムが書き換えられていれば、パスワードを打ち込んでも止まりはしない」

「じゃあ、どうするって言うのよ!」


 ミサトは大声で叫ぶがシンジは相手にしなかった。

 多分、間違っていないだろう。それに何かと目障りなリツコの牽制にもなる。そう考えて、シンジはリツコを詰問した。


「赤木博士、やけに冷静ですね。あれが本当に炉心融解したら、ここに居る人間は被爆して致死量の放射能を浴びて全員が死にます。

 それを知らないあなたじゃ無いでしょう。それを知った上では、冷静過ぎると思いますよ」


 いきなりシンジから矛先を向けられたリツコは、どきりとしたが、表面上は落ち着いて答えた。


「そうかしら? あなたと一緒で打開策を考えていたんだけど」

「そうであれば、葛城准尉の意見に同調しそうなもんですがね。さて、JAがこうなって喜ぶのはどこの組織ですか?

 他の組織が使徒戦に関わるのを好まないネルフの赤木博士。さっき、ボクから視線を反らしたのは分かっています」


 シンジの言葉に管制室内の人間の視線がリツコに突き刺さった。まさかネルフが? という疑念が視線に込められていた。


「それって、ネルフがJAのプログラムを書き換えたという事か?」

「そんな事する訳無いじゃない!」

「濡れ衣ね。証拠はあるのかしら?」

「証拠? ありませんよ。怪しいとは思っていますがね。あなたの口から無実である事を聞ければ謝罪しますよ」


 シンジのサングラスの奥の左目が赤く輝くのを見て、リツコは心臓を掴まれたかのようなショックを受けていた。

 格納庫でレイの洗脳の事を、無理やり自白させられた事を思い出したのだ。この場であの催眠術にかかる訳にはいかない。

 もし、リツコの口から真実が語られれば、ネルフの評判はさらに悪くなるのは確定だろう。ゲンドウにも見捨てられるかも知れない。

 リツコはシンジから視線を外した。怪しまれるが、シンジの催眠術に掛かるよりは良い。


「どうしました、赤木博士。こちらを見て言って下さい。視線を反らすなど、怪しんでくれと言っているようなものですよ」

「いいえ、今は気分が悪いから、遠慮させて貰うわ」

「ここに居る人達の生命が関わっていますから、赤木博士の体調ごときは関係ありませんよ。彼女を拘束して下さい。

 あなたの口から何もしていないと聞けば、そのまま解放します。戦自の方、そこの葛城准尉が邪魔をしないように協力して下さい」


 シンジの護衛の駐在武官二人がリツコを拘束する為に動き出した。

 そして、戦自の士官もミサトの動きを止めようと、ミサトとリツコの間に割り込んだ。

 戦自の士官も疑いの目をリツコに向けていたのだ。行動に躊躇いは無かった。


「リツコに何をするのよ!」

「黙れ! 静かにしていろ!」


 ミサトはリツコを助けようとしたが、戦自の士官に阻まれていた。


「い、いや、触らないで!」

「静かにしていろ!!」


 護衛の駐在武官はリツコの肩と頭を掴み、顔をシンジの方に向けた。だが、リツコは必死に目を瞑ったままだ。

 周囲の人間はシンジとリツコに注目している。だが、リツコの頑なな態度を見たシンジは、意外な行動をとった。


「もう良いです。彼女を放して下さい」

「「えっ?」」 「何で解放するんだ?」


 リツコとミサトは驚いて、時田は不審がった。リツコを尋問するかと思っていたのだ。だが、冷笑を浮かべたシンジは説明し始めた。


「嫌がる女性を無理やりというのは、ボクの趣味に合いませんからね。この辺にしておきましょう。

 赤木博士が無関係なら、そのまま解放すると言ったのに、頑なに目を瞑って拒否している。結論は出ましたよね。

 プログラムを書き換えて暴走させても、自分がいる場所で炉心融解まではさせないでしょう。自殺をするとは思えません。

 恐らく炉心融解寸前で安全回路が働くでしょう。今の状況からすれば、もう間もなくです」


 半壊した管制室から、多数の視線がJAに向かった。

 視線が集中する中、JAは厚木方面に向かおうとしていたが急に停止した。それを確認した視線が、オペレータに向かった。


「JAの安全装置が働きました。原子炉は停止し、JAも動作停止しました」


 オペレータの報告に、大勢の招待客が安堵の溜息をついていた。

 日重のスタッフを含んだ招待客の大部分の視線がリツコとミサトに向かう中、シンジの冷たい声が聞こえてきた。


「予定通りですか、赤木博士。良くも、こんな事が出来ますね」

「な、何の事かしら?」


 リツコはシンジと視線を合わせないままだった。多数の厳しい視線が自分に向いている事は承知している。

 だが、今のリツコに出来るのは白を切り通す事だけだった。シンジの追及はさらに続いた。


「決定的な証拠は、あなたを自白させれば出ると思いますがね」

「そ、それは人権侵害よ」

「人権侵害? パイロットを洗脳していたあなたの人権に、尊重する価値があると思っているんですか?

 命令があれば平気で人権侵害を行っても、されるのは嫌だという訳ですか。さすが、独善的な赤木博士ですね」

「なっ!」


 リツコはシンジの辛辣さに驚いていた。だが、すぐに納得した。

 ネルフは人類を守る為と言って、人々に犠牲を強いている。

 規模を縮小すれば、この場の多数の招待客を守る為には、自分の人権など考慮する価値は無いと言っている。

 特にレイを洗脳していた自分に手加減する必要性は無いだろう。それに最初にシンジを手荒く扱った事も影響しているだろう。

 それを自覚した。


「下手をすれば、ここの招待客全員が死んでいたかもしれないんですよ。ボクを含めてね。

 それ以上抗弁するなら強制的に自白して貰いますよ。何ならボクの改造手術を受けますか? 今より頭が良くなりますよ。

 赤木博士も改造する方だけじゃ無く、改造される方の立場を味わった方が良いんじゃないですか?

 それとも、あなたの身柄を戦自に渡して確認して貰いましょうか? 女性と言って手加減されると思わない方が良いですよ。

 その場合、ネルフの抗議は全てボクが受けて立ちます。これを機会にネルフを潰すのもありかな」


 リツコはサングラスの奥から見えるシンジの目を見て、身体が竦んだ。

 シンジがマッドだとは思っていないが、敵には容赦無い性格をしている事は知っている。本当に改造されてしまうのか?

 それに戦自に連行されたら、確実に自白剤を投与されるだろう。女だからと言って、戦自が手加減するとは思わなかった。


「そ、それは……」

「ならば黙って帰って下さい。どうせ命令されてやっただけでしょう。命令したのは、六分儀司令という事は分かっています。

 そして書き換えられたプログラムは、どうせ自己消去されているでしょうからね。

 決定的な証拠は無く、あっても特務権限で有耶無耶にするだけしょう。まあ、戦自の方が拷問するつもりなら止めませんがね」

「待て! その女を帰すのか? あれの暴走で死傷者が出ているんだぞ!」


 左腕を負傷した経団連の一人が抗議した。連れの人間は瓦礫に押し潰され、死んでしまったのだ。

 その原因を作ったリツコを、そのまま帰す訳にはいかない。

 シンジとしてはモラル無き科学者であるリツコの危険性を再確認した。ここでリツコを拉致して全ての記憶を吸い出せば、

 使徒の機密情報を得られるかもという誘惑に駆られたが、ネルフが黙っていないだろうと考えた末の結論だった。

 人知れずにリツコと二人きりになる機会があれば、容赦無く記憶を吸い出すつもりだが、今は体面を優先させる時だと考えていた。


「ボクの立場ではその二人には用が無いと言っただけです。別にボクはこの場の責任者でもなんでも無い。

 あなたがその二人に話しがあるのなら、どうぞ御自由に。ボクは関知しませんから」


 経団連のメンバーの抗議をシンジは流して、時田に話しかけた。


「これからの事は時田さんに御任せして良いですよね」

「……ああ、助かりました」

「ボクは何もしていませんよ。推測して口を出しただけです。ですが忠告しておきます。

 ネルフは特務権限を有しています。たとえ証拠を掴んでも、有耶無耶にされるのが落ちでしょう。

 かなりネルフの特務権限に制約をかけましたが、民間企業に働きかけぐらいは出来ます。

 今回の件ではあなたは被害者側ですが、おそらくは泣き寝入りするしか無いでしょうね」

「ああ。だが君の指摘が無かったら、単なるJAの暴走で終わっただろう。まだ再開の見込みはある。

 損害賠償出来ないのは我慢するしか無いが、まだ芽を摘まれた訳では無いのが望みだ。しかし、ネルフはここまでするのか?」


 時田の目は、経団連のメンバーの抗議に対応しているリツコに向けられていた。時田の視線には怒りが含まれている。

 再開の見込みか……。実はシンジが手配した事で、日本重工業のオーナーは変わって、JAの開発は凍結される予定だ。

 それは時田の望む事では無いだろうが、これも弱肉強食の世の摂理でもある。

 実際にJAの開発を続けても使徒戦には絶対に関わる事は出来ない。ならば、他の従業員の為にも無駄な開発は中止した方が良い。

 シンジはそう考えていたが、それを時田に伝える事は無かった。


「ネルフは使徒の情報を独占していますからね。我々にも公開しようとはしない。

 そして、使徒戦に極力他の組織を介入させまいとしていますからね。

 ボクは帰ります。起動試験前に言ったように、ボクの事は報道されないようにして下さい」

「分かった。約束させてもらう。そして礼を言わせて頂く。あなたのおかげで我々は窮地に陥らずに済んだ。ありがとう」

「礼を言われるような事はしていませんよ。では」


 そう言って、シンジは護衛の駐在武官と一緒にVTOLで帰っていった。

 ちなみに、残された招待客から糾弾されていたリツコとミサトが実験場を出たのは、シンジが帰ってから八時間後だった。

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 ネルフ:司令室

 司令室にはJAの式典から帰ったリツコが報告に来ていた。


「申し訳ありません。JAの暴走まではシナリオ通りだったのですが、ネルフに嫌疑の目が向けられました」


 すでに、ゲンドウ宛に政府関連と財界関連から損害賠償請求が来ている。

 シンジからも暇潰しを邪魔されたとして、補填請求が来ている。時間単価1000万円の請求だ。

 ゲンドウは日本国内からの請求は、特務権限を使って全て無視する事にした。

 だが、シンジからの補填請求は、拳を震わせながらも処理するように経理に指示した。

(注意書きで『払わなければ、ネルフのおかげでJAに踏み潰されそうになった事を委員会に抗議する』と書かれていた)


 国内勢力はネルフの特務権限で、全て黙らせた。だが、やり辛くなったのも確かだ。


「……良い。下がれ」

「……失礼します」


 リツコは失意の中、司令室を出て行った。見放されたのかと考えたのだ。

 だが、ゲンドウにはまだリツコにやって貰う事がかなり残っている。リツコが失敗したからと言って、切れる訳では無い。

 ネルフに嫌疑の目が向けられたのは、シンジの為だと報告が来ている。ゲンドウはシンジの事を深く考え始めた。






To be continued...
(2009.04.11 初版)
(2011.03.13 改訂一版)
(2012.06.23 改訂二版)


(あとがき)

 JA自体は、あっさりと済ませました。実機で見たいのは確かですが、一度もありません。

 十八話は、原作と関係無い観光旅行を予定しています。



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