第十八話
presented by えっくん様
シンジの執務室
シンジは携帯電話で普段は聞きなれぬ声の相手と話していた。
もちろん、通常の設備では傍受出来ない防諜対策済みの携帯電話を使用していた。
「では、日本重工業はそちらで買収出来たのですね」
『ああ。こちらの金を使う事は無かった。シンジから回してくれた資金だけで買い取れたよ。
ネルフの妨害があっての失敗だといえ、あのJAは使い物にならないと判断されたようだな。
連絡があって直ぐに大量の空売りを仕掛けた。株価がガタ落ちして底値の時に買い取れた。おかげで、まだ余剰資金がある状態だ』
「良い状態ですね。では余剰資金は日重の武器弾薬の生産に回して下さい。戦自も武器弾薬のストックが少なくなっています。
他の企業も増産体制を敷いていますが、不足気味です。買い取りは保証しますよ。
弾薬不足で偵察が出来ないなんて困りますからね。それと無人偵察機の設計図を渡しますから、量産体制を取って下さい」
『……余剰資金は返却しなくて良いのか? 半分以上は残っているが?』
「構いません。遠戚とはいえ、碇の家につながる不知火財閥に資金を運用して貰えれば、それで構いませんよ。
碇の名を正式に使うつもりはありません。今更、碇の財産を受け継いでもね。それなら有効に使って貰った方がすっきりしますよ」
EVAに乗る時の条件として、ゲンドウの資産の80%を賠償金として返却させていた。
その資金の大部分を不知火財閥に渡していた。
富士山麓の基地(名目は大規模核融合炉発電所)の建設資金は、北欧連合とロックフォード財団、
そして独立法人の核融合開発機構から出ている。
不知火財閥が自由に使える資金として、ゲンドウの賠償金をシンジが渡していたのだ。
『碇の本家との親戚付き合いは、年始に挨拶するぐらいだったのだがな。
しかし、跡取りのはずだったシンジが北欧の三賢者とはな。不思議なものだな』
「ええ、師匠に保護されていなかったら、どうなったか分かりませんね。
しかし、不知火准将があなたの弟で、ボクと遠戚とは不思議な縁ですね」
『マモルは元気でやっているか。最近は連絡も寄越さん』
「ええ、不知火准将には世話になりっ放しですよ。たまには実家に電話するように伝えておきます」
『頼む。ところで、あのJAというロボットだが、あの基地に運び込む手筈は付けたが使えるのか?』
「戦闘用には使えませんね、原子炉を小型核融合炉に変更して、サポート用と土木用として使えば大丈夫ですかね。
核融合炉に換装するのは後になりますけど。それまでは、外部電源供給型にして基地建設用ロボットとして使って下さい。
その方が基地建設の効率は上がるでしょう。うちの技術の人間に言っておきますよ」
公式には発電施設だが、プラン『K』の拠点として富士山麓に基地建設が進められている。
状況次第では使わない事もありえるが、今の状態では使う可能性が高いと考えられている。基地の早急な立ち上げが望まれていた。
『分かった。こちらに来るのは来週だったな。美味い酒も用意しておく。楽しみにしているぞ』
「一応、未成年なんですけどね。飲めないとは言いませんが、量は少なめにしておいて下さい」
『……そうだったな、まだ未成年だったな。まあ少し飲めるのなら大丈夫だろう。歓迎するぞ』
「家族を三人連れて行きます。ちょっとした慰安旅行のつもりもありますからね。
そちらのプライベートビーチを使わせて貰いますから、宜しく御願いしますね」
零号機の起動が無事終了し、ATフィールドの展開も出来たレイは戦力になると判断された。
そしてシンジの厳しい特訓にも、レイは根を上げなかった。
レイは元々体力のある方では無い。性格もあり近接戦闘には向かなく、遠距離支援がレイに適応していると判断されていた。
従って、狙撃(元々の才能はあった)の訓練を重点的に行った。もちろん、護身術等の体術訓練も平行して行っている。
正直、シンジの本音としては、レイが訓練を止めると言い出さないかと少々厳しい訓練を行った。
だが、レイは訓練に耐え、シンジの目から見ても初陣に耐え得る能力を持つに至った。
一次訓練が終了したとして、四人だけの内輪のパーティが催された。その時に、レイからおねだりがあった。
”遠くに泊りがけで遊びに行きたい。海が見たい”と言われたのだ。
以前に北欧連合でのシンジのビデオを見た為もあるだろう。
レイのお祝いである。シンジもストレスが溜まっている。四人で息抜きしようと旅行を計画した。
旅行先に日重の買収を依頼した不知火家を選んだのは、仕事と遊びを両立させようと考えたからである。
だが、外見からしてシンジ達四人は目立つ。繁華街などに繰り出せば、ゼーレやネルフの探査網に引っ掛かる可能性は高い。
その為に、人気が無い不知火家のプライベートビーチを借りて、寛ぐ事にしたのだった。
『ああ。プライベートビーチは小島にあるから、関係者だけしか居ない。ゆっくり休めるように準備はしておく。
では来週を楽しみにしているぞ』
不知火財閥は碇の家から分家した財閥である。西日本を勢力範囲としている。
現在は、シンジの経済面での支援を行っている。ちなみに、政治と軍事関係の支援組織が大和会である。
シンジがネルフに行く前の、2013年の事だ。
だが、遠戚と言う理由だけで支援組織に選ぶなど、公私混同は出来るはずも無い。徹底した財閥の調査を行った。
経営面ではネルフやゼーレの影響は一切無し。そして財閥要人の性格調査も行った。金に目が眩み、簡単に裏切られても困る為だ。
総帥は剛毅な性格で不正行為は無かった。腹心数名の性格も問題無し。
クリスの協力による本国のユグドラシルを使っての調査、そしてシンジ自身の調査の結果である。
だが、接触には困難を伴った。ただの子供が行っても、財閥当主が面会する訳が無い。
忍び込む事は可能だが、不法侵入では騒がれて、話しを聞いて貰えない可能性が高い。
今更、碇の名を名乗っても碇家は潰れていて無意味。北欧の三賢者と名乗る訳にもいかない。
北欧連合の大使を動かせば目立つので、ゼーレに気づかれる可能性もある。
だから大和会に仲介して貰った。
大和会の理事長(冬宮)は、シンジからゼーレの最終目的を聞いている協力者である。
冬宮から面会を求められた不知火財閥の総帥は、その打ち合わせの中でシンジと対面した。
そして、人払いした上でシンジからゼーレとネルフの最終目的の説明を受けた。だが、最初は信じない。
それが普通の反応だ。いきなり世界を支配する秘密結社が、世界滅亡を企んでいるなど言われても信じられるものでは無い。
だが証拠を突き付けられ、冬宮も説得に加わった。総帥が納得したのは、日付けが変わる時間になってしまった。
これで日本に有力な経済支援組織を得る事が出来た。それまでの日本の支援組織は大和会のみだった。
大和会は官僚関係がメインだった事もあり、動ける範囲に制限がある。
参加メンバーには関東エリアの中堅財閥関係者もいたが、大規模経済能力に関しては遅れをとっていた。
だが、不知火財閥は西日本に勢力を張り、大規模と言えるレベルの経済能力を持っている。
今回はゲンドウから返却された資金を不知火財閥に回し、日重の買収を頼んだ。
時田への情けでは無い。日重が持つ武器弾薬の生産ラインと兵器の生産工場が主目的であった。
使徒の迎撃はまだ続くだろう。その状態で戦自の弾薬不足は困るからと、弾薬の生産を増やし、戦自へ納入させる事が目的だった。
それに、日本で兵器の生産工場が手に入れば、何かとやり易くなる。無駄な開発を中止すれば、利益も出るだろう。
技術流出の危険があるので最新兵器は生産出来ないが、偵察用の使い捨て兵器が生産出来れば運用に幅が出てくる。
JAはある意味おまけだ。だが、重機としては使えると判断して使うつもりだった。
ユグドラシルUに接続させれば、十分に使えるだろうという思惑がある。
徹底した秘密主義の為、まだ不知火財閥とシンジが繋がっている事はゼーレとネルフに知られていない。
関係が知られれば、不知火財閥にゼーレとネルフの集中的な経済攻撃があるだろう事は予測していた。
だが、何時までもばれない事はありえない。建設中の基地が完成する頃には、不知火財閥との関係が知られると想定している。
そしてその時期までに、不知火財閥を経済攻撃を受けても大丈夫なような体制に変更する予定である。
それは実現しつつある。対ゼーレプロジェクトの一つが実ろうとしていた。
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ネルフ:司令室
「六分儀、日重への予算は阻止出来たが、日重自体の取り込みは出来なかったぞ」
JAが使えると判断されれば、日本政府から資金が日本重工業に流れ込む。
それはネルフにとって好ましい事では無い。だから、JAのプログラムを書き換えて暴走するように仕向けたのだ。
ネルフの介入があった事は知れ渡ってしまったが、シンジの発言もありJAは使えないと判断されて、日重の株価は暴落した。
そしてゲンドウのシナリオでは、暴落した日重を買い取ってネルフの資産にしようと考えていた。
「何だと!?」
「広島の不知火財閥に持っていかれた。まあ、JAの開発は中止出来たから目的は半分ほど達成だな」
「不知火財閥だと?」
不知火財閥は西日本を勢力範囲としている。数年前から急速に伸びている財閥だ。ゲンドウも聞いた記憶がある。
「ああ、不知火准将の実家だそうだ」
「裏を調べる」
不知火の実家が不知火財閥だと聞き、ゲンドウは眉を動かした。
出来過ぎている。もしかしたら、奴らのシナリオだったのかと思ったのだ。
「それが良いだろう。JAの件は不知火准将が動いた形跡は無いが、確かに怪しい。調べる価値はあるだろう。
それと、シンジ君達が旅行に行くそうだな、聞いているか?」
「旅行だと? こんな時期にか?」
「不知火准将から連絡があってな、二泊三日だと言っていた。万が一、使徒が来た時はVTOLで戻ると言っている。
ネルフの為にストレスが溜まったから休暇だと、嫌味雑じりに言われたぞ。元々、彼らへの指揮権は無いしな、頷くしか出来ん」
「何処に行くかを特殊監査部に調査させる。旅行先でレイが事故に会っても、怪しまれないだろう」
もしかしたら、シンジの尻尾が掴めるかもしれない。ゲンドウのサングラスの奥の目が光った。
シンジに干渉をしたら、しっぺ返しが来る事を分かってはいるが、干渉する事を止めないゲンドウであった。
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マンションの屋上に、不知火が用意してくれた輸送用VTOLが着陸してきた。
そのVTOLに、シンジ、ミーナ、ミーシャ、レイの四人が乗り込んだ。操縦はシンジが行う予定だ。
一応、北欧連合では航空機の特別ライセンスを持っている。日本では認められていないが、ばれなければ問題は無いだろう。
既に、ミーナ、ミーシャ、レイの三人は余所行きの服装で、お喋りに夢中になっていた。
話す内容も瀬戸内海の海の幸が美味しいだとか、水着の時には日焼け止めクリームを塗らなければ、とかだ。
完全に観光モードに入っていた。初めての泊りがけの旅行なので、特にレイは浮ついていた。
手には観光ガイドを握り締め、気持ちは既に瀬戸内海に向かっていた。
シンジは行った先で仕事まがいの事があるが、それが終わればフリーである。
不知火財閥のプライベートビーチでゆっくり過ごすつもりだ。
名所巡りが出来ないのは残念だが、ミーナ達三人と一緒だと目立ち過ぎるので仕方の無い事だと諦めた。
もっとも、もう少し落ち着いたら北欧連合本国に帰って、そこの観光名所を案内する事を約束させられている。
着替えを入れたバッグをVTOLに積み込んで、シンジの操縦でVTOLはマンションの屋上から離陸した。
第一の目的地は太平洋洋上の潜水空母だ。そこで機を乗り換える予定だ。
垂直離陸後、水平飛行に移って高度を取った。進路を誤魔化す為に、本来の進路では無く北東に向けて飛行していた。
案の定、海上に出ると追尾機が確認出来た。
「レーダー反応ありか。懲りないね」
「付いて来てるの?」
「距離を取っているけどね。こっちを追跡しているのがはっきり分かるよ。じゃあ、始めようか」
そう言うと、微かな笑みを浮かべたシンジの左目が赤く輝き始めた。
その数秒後、シンジ達が乗ったVTOLの後を付いて来るネルフの偵察機に、上空から粒子砲が降り注いだ。
別に殲滅する気は無いので、出力を絞って翼だけを狙った攻撃だ。翼に損傷を受けた偵察機は海上に不時着した。
ゼーレとネルフの監視衛星は無く、周囲に民間航空機を除いて飛行中の機体は無い。
それを確認したシンジはコースを変更して、太平洋洋上で待機している潜水空母に向かっていった。
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潜水空母に着艦したシンジ達四人は、手荷物を持ってVTOLを降りた。
その四人を艦長以下の主要スタッフが出迎えた。
「お帰りなさい、博士。それに三人のお嬢さん方も、サラベリアにようこそ。歓迎します。私がこの潜水空母の艦長のディアンです」
「お久しぶりです。艦長」 「お世話になります」 「初めまして。碇レイです」
「では、艦長。夕方までは、ゆっくりさせて貰いますから」
目的地へは夕刻に入る予定だ。出発した時間が早い事もあって、その時間差を潜水空母内の案内で過ごすつもりだった。
潜水空母で時間をやり過すのは、ネルフの目を誤魔化す為でもある。
「了解しています。士官室A−0をお使い下さい。荷物はそこに置かれた方が良いでしょう。艦内案内は不要ですよね」
「ええ。ボクが案内しますから」
「既に艦の進路は変更してあります。ごゆっくりして下さい」
シンジ達四人は手荷物を置く為に、士官室A−0に向かった。
ミーナとミーシャは何度か乗っているので慣れているが、レイは初めてという事もあり周囲をキョロキョロと見ていた。
「お兄ちゃん、これが潜水艦の中なのね」
「初号機の格納庫からレイを連れてきたのが、この潜水空母だよ。後で案内するからね」
「うん!」
「この潜水空母も久しぶりね。シン、今は移動中だろうけど停止は出来るの?」
「停止? 何で?」
「ほら、以前に小型潜水艇を出して貰って、魚群とかの海中見学をさせて貰ったでしょう。あれは出来ないの?
あたしとミーシャは一回は見たけど、レイは見た事無いでしょう」
「ああ、あれには感激しました。あの時はしばらく声が出ませんでした。二人乗りの潜水艇でしたよね。
出来ればレイにも見せてあげたいですね」
中東連合での休暇の時に、この潜水空母の潜水艇を借りて海中巡りをした事をミーナとミーシャは思い出していた。
海中探索など初めての二人は、幻想的な景色に酔いしれた。確かにあの感動をレイにも見せてあげたいと思ったのだ。
「そんなに凄いの?」
「そうよ。綺麗な珊瑚礁が見れて、魚の大群の周りを潜水艇で周回したの。あれには感激したわ」
「お兄ちゃん、あたし見てみたい。お願い!」
レイは両手を合わせて、シンジを見上げながら御願いした。レイも手馴れたもので、傍から見ても様になっている。
「うーーん。まあ、良いか。艦長に魚群が見つかれば教えてって頼んでおくよ」
「やった!!」 「レイ、良かったわね」 「シンもレイには激甘ね」
「取り敢えずは艦内を案内するから。それで適当なところで艦の速度を落として、海中探索といこうか」
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天武の前にシンジ達四人が立っていた。レイは珍しそうに近くに寄って、機体をペタペタと触っている。
ミーナとミーシャは苦笑しながらレイを見ていた。最初に天武を見た時、自分達も同じ行動を取ったのを思い出していたのだ。
「冷たいわ。これが天武なのね」
レイが天武を見たのはビデオだけである。こんな近くで見た事は無かった。確かにEVAに比べれば小さいし、迫力も無い。
だが、シンジの愛機でありユーモラスな外観も重なって、レイは天武に親近感を感じていた。
天武は使徒を倒した戦歴を持つ機体だ。
各国や特定組織の諜報関係者(特にゼーレとネルフ関係)は、この天武の情報を得ようと血眼になっていた。
天武を見上げ、レイのようにペタペタと機体を触っている様子を諜報員が聞いたら、何と思うだろうか? 悔し涙でも流すだろうか。
「この潜水空母自体が、天武を運用する事を前提に設計・製造してある。通常、天武はこの空母に搭載されて運用される。
この上の格納庫には天武専用の輸送機がある。天武を格納して目的地に移動する。それに護衛戦闘機も搭載している」
「……近くで見ると、凄いと思うわ。それに外見も可愛いところがあるし。
でもお兄ちゃん、この天武は飛べるんでしょう? どうして輸送機に積んで移動するの?」
「天武の飛行速度が遅いからね。距離が近いなら良いけど、遠い場所だと天武で移動すると時間がかかるからさ」
「じゃあ、お兄ちゃんが呼べば、天武は飛んでくるの?」
「えっ!? どういう事? まあ自立コンピュータを組み込んであるから、出来なくは無いけど」
「お兄ちゃんが叫んで天武が飛んで来れば、格好良いと思うの」
「レイ……また古いネタを言い出したわね。そうか、シンの研究資料のビデオを見たのね」
「どうせなら、そこから天武に吸い込まれて乗り込むのはどうでしょう? シン様なら格好良いと思いますが」
レイだけで無く、ミーシャも好き勝手な事を言ってシンジをからかい出した。
こういうネタは、シンジが研究材料と言って集めたビデオ集を見れば、いくらでも出てくる。
嘗て、冬月から送られたDVDビデオの中身など、シンジのコレクションに入っていた。
題名だけを聞いて冬月に持っているからと突き返した程だ。その時の冬月の呆気にとられた顔は、未だに忘れる事は出来ない。
冬月曰く”こんなマイナーな作品を持っているとは……侮れないな”との事だった。
レイはシンジに啓発(?)され、研究用ビデオをたまに見るようになっていた。
ミーナとミーシャは最初は興味が無かったが、最近はレイに付き合ってビデオを見るようになって来ている。
さっきの言葉はビデオを見た成果(?)だった。
「別に口に出さなくても、念じるだけで呼べるよ。思念波受信装置もあるからね。
もっとも、ボクの思念パターンでしか動かないようにしてあるから、ミーナ達じゃあ呼べない。
それと亜空間転送を使えば、この状態でも天武の操縦席に移動出来るさ。まあ、人目のあるところじゃあ使いたくは無いけどね」
「本当!? じゃあ、後で見せて欲しいの!」
「シン様。私も見てみたいです」 「あたしも見てみたいわ」
「……分かった。でも後でいいかな。天武が飛んだらネルフや戦自が、何があったのかと問い合わせて来るからね。
こんな事で騒ぎにはしたく無いんだ」
シンジは肩を落として三人に答えた。最近、レイは逞しくなった為、シンジでも翻弄される事がある。
まあ、可愛い妹である。シスコンとは言わないが、レイにはベタ甘のシンジだった。
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「綺麗!!」
二人乗りの小型潜水艇にシンジと一緒に乗ったレイは、周囲を見渡して幻想的な景色に見惚れていた。
天武の見学の後はワルキューレの格納庫に向かうつもりだったが、魚群の群れを探知したと艦長から連絡が入った。
そして、シンジとレイは二人乗りの小型潜水艇に乗り込み、海中観光に出ていた。
小型潜水艇は、前面と上部が強化ガラスで覆われている。
そう深い深度には潜れないが、見晴らしは良く、海中観光には何の問題も無い。
「ここら辺は結構深い海だから、珊瑚礁とかは見れないけどね。でも海流に乗った魚群を見るなら、ここら辺が最適かな。
じゃあ、ちょっとドライブしてみようか」
「うん。ありがとう」
レイは周囲の景色に見惚れながら、シンジの腕を抱いて寄り添っている。傍から見れば、立派なデートだろう。
海の中は青い。その中を優雅に泳ぐ魚の群れ。しかも魚の種類も多く、色調の違いがレイの目を楽しませた。
潜水艇が魚群に近づくと、魚群は咄嗟に散開した。そして、離れたところまた魚群を組み直すのだ。
しばらく海中を周回していると、潜水艇を珍しがったのか、白いイルカが近くに寄ってきた。
「きゃあ、可愛い!!」
イルカは強化ガラスを、口先で何度も突付いた。微かな振動が潜水艇に響いた。
レイは面白がり、イルカの突付いたガラスの内側に手を当て、イルカと同じようにガラスをコツコツと叩いた。
すると、イルカは身を翻して潜水艇の周囲を泳ぎ始めた。
「お兄ちゃん、追い掛けて!」
レイの興奮した口調に、苦笑を浮かべながらシンジは潜水艇を微速で進めた。
イルカを追っていくうちに、他のイルカも集まりだした。全部で八匹はいるだろうか?
八匹のイルカは、まるでダンスを踊っているかのように潜水艇の周囲を優雅に泳いだ。
その光景にレイは酔いしれた。今まで見た事が無かった幻想的な光景だ。
シンジとレイの海中観光は、ミーナから「そろそろ出発しないと遅れるんじゃないの」という通信が入るまで続けられた。
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夕刻になった。潜水空母は浮上して、シンジ達は別の輸送用VTOLで空母から飛び立った。
不知火が用意してくれたVTOLに発信機等の不審な点は無いが、念の為だ。
それにステルス性においては、潜水空母搭載の輸送用VTOLの方が上である。そんな理由からVTOLを乗り換えていた。
VTOLに乗った四人は、瀬戸内海のある小島に向かった。その小島は不知火財閥の所有で別荘がある。
そこで不知火総帥と合流する予定だ。
既に日は落ちて夜になっていた。暗闇に紛れて、超低空でレーダーに引っ掛からないようにして目標の小島に接近した。
その小島のある場所で、四個の光点が点滅していた。そこが着陸地点である。シンジはVTOLをゆっくりと着陸させた。
そこには一人の男が待っていた。不知火財閥の総帥、不知火シンゴだった。
「久しぶりだな。良く来た、歓迎するぞ。VTOLはシートをかけて隠しておく。まずは部屋に入ってくれ」
「お久しぶりです。二泊の予定です。御世話になります」
「「「初めまして!!」」」
「ほー、可愛い子揃いだな。その歳でハーレムか。羨ましいな。あっはっはっ」
「ハーレムじゃ無いですよ。最近じゃ、ボクが苛められるくらいですからね。紹介は食事の時で良いですかね」
「うむ。食事は一時間後の予定だ。疲れているだろうから、部屋で少し休んだ方が良い。準備が出来次第、呼びに行かせる」
そう言って、別荘の部屋に案内された。部屋は二部屋だ。シンジで一部屋、ミーナ、ミーシャ、レイで一部屋だ。男女別である。
ユインは念の為にミーナ達の部屋に居た。最近は、レイもユインを抱き枕代わりにする事が多くなっている。
部屋でしばらく休んでいると、食事の準備が出来たと連絡が来たので、四人して食堂に向かった。
食堂には三人が待っていた。
「おー、来たな。まずは紹介しよう。息子の嫁だ」
「不知火アカネです。宜しく。この子はメグミです。ほら、メグミ、挨拶しなさい」
「……メグミです」
二十代前半ぐらいだろうか、如何にも若奥さんという風貌の女性が挨拶して、腕の中の幼児も続いた。
幼児は二〜三歳ぐらいだろうか、恥ずかしそうに挨拶した。
「「「きゃー、可愛い!!」」」
周囲に幼児が居なかった事もあり、ミーナ、ミーシャ、レイが喜びの声をあげた。
「こら、挨拶が先でしょ。ボクは”碇シンジ”です。宜しく御願いします。ほら、皆も挨拶して、メグミちゃんに笑われるよ」
「ミーナ・フェールです。宜しく御願いします」
「ミーシャ・スラードです。宜しく御願いします」
「碇レイです。宜しく御願いします」
「三人のお嬢さんは、わしも初めてだな。わしは不知火シンゴだ。このシンジとは遠いが親戚関係になる。宜しくな」
「「「宜しく御願いします」」」
「はっはっはっ。元気なお嬢さん達だ。シンジが羨ましいな」
「またお義父さん、シンジさんをからかって、困っていますよ。さあ、食事が冷めないうちにどうぞ」
「そうですね。では冷めないうちに頂きますか」
そう言って、七人は食事を始めた。食事は瀬戸内海で獲れた新鮮な海の幸がメインである。
第三新東京には食材は豊富にあるが、新鮮度という意味では獲れたての食材には敵わないだろう。
ミーナとミーシャは久しぶりの、レイに取っては初めての新鮮な食材による食事だ。十分にその味を堪能した。
食事中でも話しは弾んだ。話しの中心はメグミだ。普段、幼児は見慣れていない為もあって、自然と視線が向いてしまうのだ。
段々と話しが進むにつれ、話し相手は男女別に完全に分かれていた。
シンジはシンゴと話し、女性陣はメグミを中心に会話が盛り上がっていた。
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賑やかな食事が済んで、シンゴはシンジを書斎に誘った。内密の話しをする為だ。
「久方ぶりの賑やかな食事で楽しかったよ。少しは飲めるんだよな」
そう言って、シンゴは一升瓶を取り出した。
二つのコップに酒を注ぎ、つまみを用意して飲み始めた。シンジも量は少なめにするが、酒は付き合うつもりだ。
シンゴとシンジはコップを手に取り、軽くお互いのコップに当ててから、酒を口にした。
「ふう、美味い酒だ。どうだ、いけるか?」
「さっぱり味ですね。でも、少なめにしておきますよ。明日が怖いですからね」
「はっはっはっ。まあ、そうだな。自分のペースの方が良い。まずは話しの前に、シンジに礼を言わせて貰う」
「礼ですか? 叔父さんに礼を言われるような事はしていませんが?」
不知火シンゴはシンジの遠戚だ。どう呼ぼうかと考えたのだが、”叔父さん”で呼ぶ事にしていた。
「初めて会ったのは二年前になるか。冬宮理事長と一緒にシンジが来て、その時わしはなかなか話しを信じなかったろう。
だが、理事長とシンジは根気良く、わしを説得してくれた。あの時は一応は納得したが、心の底では疑っていたのだ。
そして、あの使徒と言われる敵が確かにやってきた。世界情勢もネルフも、あの時の説明してくれた状況そのままだ。
今は完全に信じている。そして、ありがたく思っている。なにせ、世界の危機を救う手助けが出来るのだからな。
事業などをやっていると利益を優先せざるを得ないが、一人の男として世界の手助けが出来るのだ。子供の頃の夢が叶ったよ」
シンゴは微笑みを浮かべながら、シンジに正直に内心を告白した。
当時の事を思い出すと、冷や汗ものだ。散々、シンジを嘘吐き呼ばわりして罵ったのだ。
「あの話しを聞いて直ぐに信じる人なんて、いやしませんよ。叔父さんは早い方です。
ボクは日本でのサポート組織が欲しかった。
大和会は政治と官僚レベルでは動けますが、実務レベルになると、どうしても足枷が多くて素早い動きが取れません。
だから民間の協力者が欲しかった。そして探したのが叔父さんだったという訳ですよ。
一応、親戚関係を探した時に、不知火財閥が目について真っ先に確認しましたけどね」
シンジも正直に答えた。技術的内容や機密を全部話す事は無いが、この程度の事に関しては隠し事はするつもりは無かった。
それに、シンゴにもしっかりと防諜対策は施してある。
「うむ。秘密を知って、それを他の人間に言えない事が、こうも辛い事だとは思っていなかったがな。
あの基地、いや発電施設の建設も、最初は社内でも反対意見が多かったのだ。だが、彼等に機密を話す訳にもいかん。
結構辛かったぞ。だが、シンジから貰った最初の使徒との映像を、幹部連中に見せた事がかなり効いた。
あれから社内の反対意見は、まったく無くなった。今では先見の明があると言って、世辞を言われるくらいだ」
最初の使徒との映像は、本来は一般には出回っていない。国連総会と各国の政府と軍の高官ぐらいが知っているだけだ。
だが、シンゴには特別に映像資料を渡していた。もっともコピーは厳禁し、信頼出来る人間だけに見せるように依頼してある。
「基地の建設状況は、逐次連絡が来ています。まもなく完成ですね」
「ああ、基本部分は既に完成している。今は電装関係の最終工事段階だ。数週間以内には引き渡せるだろう」
「予定では、建設に携わった本国の建設部隊(技術部隊)と護衛部隊(保安部隊)が、そのまま基地運営に入ります。
その後は状況次第ですがね」
「うむ。部材等の搬入も順調だ。あの基地が立ち上がれば、プラン『K』の発動準備が整う訳だな」
「そうですね。でも口実が無いと実行出来ません。こればかりは時期を見ますから」
プラン『K』は、北欧連合で考えられた使徒迎撃体制の事である。
だが、計画の発動にはかなり厳しい条件があった。こればかりは力づくと言う訳にはいかない。
「シンジ。あの基地を見て驚くなよ」
今までの真剣な態度と一変して、シンゴが顔に笑みを浮かべていた。悪戯っ子のような笑いだ。
基地の概略仕様はシンジが考案した。それを元に不知火財閥が工事を行っていた。
一部の専門技術的な工事に関しては、本国から技術者を派遣しているが、細かいところは不知火財閥に任せてある。
詳細工事内容については、シンジも把握していないところが多数あった。
初号機と零号機の大きさが分かって、格納庫の寸法変更依頼を出したのが最後の指示である。
「……何か細工をしたんですか?」
「いやな、わしの趣味を入れさせて貰っただけだ」
「……どんな機能を付けました?」
叔父の趣味は知っていた。厳つい顔の割りには茶目っ気があって、昔で言うオタク趣味を持っている。
さて、どんな小細工をしてくれたのかと、シンジは目でシンゴの話しを促した。
「まずは搭乗システムだな。エントリープラグの側まで歩いて乗り込むのは、格好悪いと思ってな。
指揮所から格納庫まで直通の通路というか、トンネルを用意した。
そこに飛び込めば、後は滑り台と同じだ。エントリープラグの側まで行ける。
勢いが付きすぎても困るし、角度調整に苦労したぞ。それと摩擦で服が破れても困るしな、材質にも気を使った」
「……確かに、指揮所から短時間で搭乗出来るのは助かります。ですが、一方通行ですよね」
シンジはそんな搭乗シーンを見た事があった。実録では無く、アニメーションだったが。
「当然だろう。帰りはシャワーを浴びるのだろう。格納庫の側にシャワールームも三人分を用意したぞ。
帰りはエレベータで発令所に戻る事になるな」
「他にも何かしましたよね?」
シンジには確信めいた予感があった。この叔父が、この程度で済ます訳が無いと思っている。
「良く分かったな? 次はEVAの発進だ。EVAは通常は垂直エレベータ上に待機させるようにしてある。
その真上にプールを用意した」
「プールですか?」
シンジは基地建設に関する見積書の工事内訳を思い出した。あまり予算の余裕が無かったような気がする。
建設資金は北欧連合とロックフォード財団、独立法人の核融合開発機構が出しているが、工事の総責任者はシンジである。
シンジはかなりの裁量権を持っているが、勝手に仕様を追加しての予算追加は却下される可能性が高い。
「ああ。EVAは三機駐留出来るようにしてあるが、垂直エレベータは二基だ。プールも二つだ。
まずはプールの底が左右に開き、そこに垂直エレベータが上がってEVAが発進出来るようにしてあるぞ」
「……昔、そんな発進シーンの漫画がありましたね。確かに基地は富士山麓ですから、狙いましたね。
基本を押さえてくれれば、後は御任せするとは確かに言いましたが」
シンジは頭痛がしてきた頭に手を当てた。遊ぶのは構わないが、予算は有限なのだ。
追加予算をどうしようか、密かに悩み始めた。申請が却下されれば、自腹を切って予算を確保しなくてはならない。
「ああ、プールの水はEVAに少しかかるが、問題あるまい。排水機構も充実させてある。
プールの水も捨てるのでは無く、地下タンクに溜めて浄化しての再生利用が可能だ。環境に優しい基地を目指したぞ。
実際、プールは飾りでは無く泳げる。福利厚生施設にもなっている」
「確認しますけど、誰かが泳いでいる時にプールの底が開く事は無いですよね」
「それは大丈夫だ。安全装置も付いている。人がいる時はプールは開かないようになっている」
「……プールの件はそれで良いですけどね。それでキャリアまではプールから歩いて移動ですか?」
場所が富士山麓と言う事もあり、EVA二台は航空機での移動を前提としてある。
(EVAのスペックが判明したのは、シンジが初号機に乗った以降だから、時間的余裕は無い。事前準備は出来なかった)
「プールはキャリアの格納庫の近くにしてある。EVAなら歩いて一分もかからん。
だが、念の為にプールから直線で3000mの道路を準備してある。EVAで走っても大丈夫なように頑丈に作ってあるぞ」
「……3000mの道路ですか、何に使うつもりですか?」
EVAが走れる3000mの直線道路と聞き、シンジの脳裏にあるシーンが蘇ってきた。
「EVAが走りながら、飛び立つかも知れんからな。その時になって直線道路が無いと困るだろう。
だから念の為だ。一応、基地航空機用の滑走路は別に造ってある」
「……まあ、叔父さんの考えている事は大体想像がついています。飛行ユニットとの合体をしろと?」
「まあな。合体は男の夢だろう。是非、この機会に見てみたいと思ってな。シンジなら出来るだろう。
やったら世界初の合体だ。ギネスブックに申請出来るぞ」
「……戦闘部分じゃ無く飛行ユニットだけなら、強度不足は考えなくて済みますけどね。その前に予算が…………」
「ロケットエンジンと翼だけの、簡単なユニットでドッキングさせれば良いだろう。それじゃあ、拙いのか?」
「……叔父さんの想像しているのは分かりますけどね。あれじゃあ、燃料スペースが無いんですよ。
現実と漫画を一緒にしないで下さい。苦労するのは技術者なんですからね。
まあ、それは後で考えましょう。それと叔父さんが喜びそうなネタを言いましょうか?」
シンジもアルコールが回り出して、口数が多くなっていた。顔も赤らんでいる。
「おお、何だ!?」
「あの基地には1500万キロワットクラスの核融合炉を五基設置しますから、電力事情には余裕があります。
名目は核融合炉発電設備で、実際の発電量の半分は外部に供給しますからね。
あの基地に本国で製作中の大型粒子砲三門を設置します。小型粒子砲は、三十門だったかな。
特に大型粒子砲三門には、集束モードと拡散モードの二つの切り替え機能を付けています。
射角の都合で水平射撃は出来ませんが、空中への攻撃力は絶大です。拡散モードを使えば、広域殲滅攻撃が可能ですからね。
衛星軌道上の敵が居ても、集束モードで使えば攻撃は可能です。バッテリィシステムも設置しますから、連射も可能ですよ」
「おお、基地の攻撃力は大丈夫と言う訳か。ミサイルは標準装備だしな。後は防御か……」(ニヤリ)
「…………」
シンゴの言葉に反応して、シンジはジト目になった。まあ、思惑が予測出来たのだ。
「なんだ、その目は?」
「……いえ、叔父さんが何を言いたいか、大体は分かっていますしね」
「なら、言うだけなら良いだろう。バリアは無理か?」
「無理です!」
「堅いことを言うな。ここまで来たんだ。何も割れるバリアを造れとは言わん。
だが、バリアがあれば防御力は格段に上がる。そうなれば完璧だろう」
シンゴは若い頃に見たTVアニメに熱中していた頃を思い出し、本音を語った。
酔いが回っているので、素面では恥ずかしくて言えないセリフも今なら堂々と言えた。
確かに、攻撃力と防御力を兼ね備えた基地は男の夢と言えるだろうが、実行者の苦労や技術力、それと予算を一切無視した発言だ。
「費用対効果を考えて下さい。そもそも現代戦で防御側は不利なんです。攻め込まれる前に対処するのがセオリーです。
それに、基地全体を覆う電磁バリアシステムを造ろうとしたら、予算が今の四割増しは必要ですよ」
「……計算していたのか?」
シンゴがニヤリと笑った。技術的に出来ないと言わずに、予算で切り返したシンジの内心が分かったのだ。
シンジはソッポを向いたままだ。僅かに顔が赤くなっている。アルコールの為かどうかは不明だ。
「……一応、考えた事はありましたからね」
「ふっふっふっ、流石はシンジ。それでこそ、北欧の三賢者の魔術師だぞ」
「煽てても何も出ませんよ。叔父さんの趣味を入れたのはそれくらいですか? 他には無いんでしょうね」
「まあ、後数点はあるな。だが、それは見てのお楽しみにしてくれ。いやあ、久々に血が騒いだぞ」
「まあ、趣味と実益を兼ねられたんですから、そうでしょうけど、予算は幾らぐらいオーバーしましたか?」
「建設は予算内でやっている。一部オーバーした部分は、わしの個人資産から出している」
「……ありがとうございます」
「気にする必要は無い。確かに必要な基地だからな。それに、わしの趣味も入れさせて貰ったしな。
ここまで熱くなれたのは久しぶりだ。礼を言うぞ!」
「いえ、ボクから御願いした事ですしね」
「それと、ゼーレとネルフの諜報部らしき人間が、基地と我が財閥を探りに来ている。結構な人数を投入しているな」
「あの基地は核融合発電施設の名目で、北欧連合の支援の下で建設しているのが建前ですからね。
それに叔父さんと准将の関係もあります。彼らが不知火財閥に目を付けるのは予定された事です。
既に、こちらの諜報部と国連軍も動いています」
基地建設要員は基本的には不知火財閥から選出されているが、核融合炉部分などの特殊技術部分の設置の為に、
北欧連合から技術者集団が護衛付きで派遣されていた。そして護衛部隊は防諜方面のスペシャリストで構成されていた。
そして護衛部隊の一部には、シンジの手配した人間も混じっている。
彼等は不法侵入するスパイ達を次々と見つけ出し、葬り去っていた。
名目上は核融合炉発電施設である。実際、発電量の半分は外部に供給する予定だ。
だが、発電施設以外の施設内容を知られる訳にはいかない。出来る限りの防諜体制を敷いていた。
不知火財閥にしても資金供給源の複数の銀行を傘下に置き、株も非公開とする事で資金的な締め付けが極力出来ないように
体制を変更している。財閥全体を守るには力は足りないが、ウィークポイントはしっかりと抑えてあった。
「ああ、それは分かっている。既に始末したゼーレとネルフのスパイは二十人を超える事もな」
「仕方の無い事とは思っていますけどね。まだ、あの基地の詳細を知られる訳にはいきません」
「……そうだな。まったく、こんな話しは女の前では出来んな」
「まったくです。今頃うちの三人は、メグミちゃんに夢中になっていますよ。
周りにあのくらいの子がいないから、珍しいんですよ。実際、可愛いですからね」
「メグミはたった一人の孫だからな。褒められるとわしも嬉しくなる。だが、時間も遅い。メグミは寝る時間だ」
「もう、こんな時間ですか。では、お開きにしますか」
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シンジはシンゴと一緒に、書斎に向かってしまった。
残されたミーナ、ミーシャ、レイは食事の後片付けを手伝った後、メグミとの会話に興じていた。
最初はテレ気味のメグミだったが、物怖じしない性格の為、三人と遊ぶ気になっていた。
ユインを気に入り、じゃれ合っている。大丈夫と判断した母親のアカネはメグミを三人に任せて、台所の片付けを始めた。
既に、遊び始めてから一時間が経過している。
ミーナの事を”金髪のおっきいお姉ちゃん”と呼び、ミーシャの事を”茶色い小さいお姉ちゃん”と呼び、
レイの事は”蒼い小さいお姉ちゃん”と呼んで、お喋りしていた。
髪の色で呼び分けているのは分かる。だけど、そのあとの”おっきい”とは何の事だ? 歳の事なのか?
ふとした疑問にかられたミーナは、メグミに質問した。
十八歳のミーナとしては、ミーシャとレイより年上に見られるのは仕方無いが、そんなに上に見られるのだろうか?
ちょっと気になったのだ。複雑な女心である。
「メグミちゃん。あたしの事を”金髪のおっきいお姉ちゃん”と呼んでるけど、何が”おっきい”のかな」
「”おっぱい”だよ。ママより大きいもん」
メグミの言葉にミーシャとレイが固まった。二人とも年齢標準よりは大きいのだ。それを小さいと言われては……立場が無い。
だが、メグミの基準はあくまで母親のアカネだ。幼児の言葉とはいえ、小さいと言われると傷ついてしまった。
そりゃ、二十代の母親よりは小さいだろうが……だが、メグミに抗議する訳にもいかない。
ミーシャとレイが固まったのを見て、ミーナは小さく噴出した。そして安心した。そんなに年上に見られた訳では無いのだ。
「メグミちゃんは可愛いわね。ほっぺもプクプクしてるし、今日は一緒に寝ようか?」
「お姉ちゃんと? うん、一緒に寝る!」
ミーナはメグミに頬ずりして、優しく抱きしめた。
「ちょっと、姉さんは寝相が悪いでしょう。メグミちゃんが潰されたらどうするのよ。
メグミちゃん、そのお姉さんは寝相が悪いの。あたしと一緒に寝ようか?」
ミーシャが戦線復帰を果たした。可愛いメグミと一緒に寝てみたいのだ。
「ちょっとミーシャ、何て事を言うのよ。メグミちゃんが本気にするじゃない!」
「姉さんが寝相が悪いのは、本当の事でしょ。何時もベッドのシーツが乱れてるじゃない!」
「駄目ーーーーー! お姉ちゃん達はケンカしちゃ駄目ーーーー!!」
メグミはミーナの膝から降り、二人の間に仁王立ちになって叫んだ。
「「ご、ごめんね」」
メグミの大きな声に、ミーナとミーシャが直ぐに言い合いを止め、メグミに謝った。
「じゃあ、あたしと寝る?」
ミーナとミーシャが、どう出直そうかと思案している隙に、レイが参戦してきた。
メグミを抱き上げて、自分の膝の上に置いて、頬をつんつんと突付いた。
「蒼いお姉ちゃんと? お姉ちゃん達の皆が好きだし。うーん、迷っちゃうな。どうしようかな」
メグミはレイに笑顔を見せながら、考え込んだ。そのメグミの可愛さに、思わず頬擦りするレイであった。
「あっ、レイ、ずるいわよ」
「もう、アカネさんの許可を取らないとまずいじゃ無い」
「いえいえ、大丈夫ですよ。メグミ、今日はお姉さん達と一緒に寝るの?」
「うん、メグミはお姉ちゃん達と一緒に寝る!」
「じゃあ、メグミのお風呂を御願い出来ますか。四人まとめて入れますから」
「ありがとうございます。じゃあ、メグミちゃん、お風呂に入ろうか?」
「うん。お風呂はこっちだよ!」
そう言って四人まとめてお風呂に入り、そのまま布団に潜り込んだ。
シンジが覗いた時は、メグミを中心にして四人とも寝入っていた。
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翌日、不知火家のクルーザーを出してもらって、瀬戸内海の沿岸を回った。
念の為に、レイは鬘を被ってサングラスをかけている。レイは髪の色さえ変えれば、そんなに目立つ事は無い。
因みに、シンジ、ミーナ、ミーシャはサングラスだけを付けている。
強い日差しを遮る為もあるが、万が一、写真に撮られるとシンジ達が広島に来た事がばれてしまう。
まだ、不知火財閥との関係を疑われてはまずい。機密保持には神経を使うシンジだった。
クルーザーは海上を豪快に走った。水飛沫を浴びて、ミーシャとレイは歓声をあげている。
海上から見る瀬戸内海の景色は美しい。四人とも、その光景に目を奪われていた。
ふと、その時に強い海風が吹いた。
「「きゃっ!」」
ミーシャとレイのスカートが、海風で捲れあがってしまった。二人は慌ててスカートを押さえ、座り込んだ。
「シン様、見ました?」 「お兄ちゃん、見えた?」
二人は座り込んだ状態で、羞恥に頬を染めて、上目つかいで聞いてきた。
「み、見て無かったよ。大丈夫だよ。それより二人とも着替えてくれば?」
ミーシャは白色、レイは白地にクマさんの絵が入っていたのを、シンジはしっかりと見ていた。
だが、それを言えば、二人から責められるのは分かりきっている。見ていないふりをするしか無い。
座り込んだ二人に、ショートパンツを履いたミーナが注意した。
「だから海上じゃあスカートは止めなさいって言ったでしょ。海風は強いのよ、覚えておきなさい」
「「はーーい」」
クルーザーで涼しい海風と景色を楽しんだ後、昨日泊まった小島に戻った。
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昼食は別荘に戻って、バーベキューだった。別荘の庭に専用の場所がある。バーベキューセットを出して、準備する。
シンゴは仕事もあって帰ってしまったが、接待役としてアカネとメグミは残っていた。
総勢六人でのパーティである。コンロを出して、その上に鉄板を置いて準備した。
鉄板が熱くなった頃を見計らって、油を垂らして次々と食材を鉄板の上に置いた。
肉は広島からの持ち込みだが、野菜はこの小島で取れた新鮮な野菜だ。あたりに香ばしい匂いが立ち込める。
「美味しそう。早く食べたいな」
「もう良いかな。はい、メグミちゃんが一番だよ」
そう言ってシンジは程好く焼けた肉をメグミの小皿に取ってあげた。メグミは焼肉にタレを付けて食べ始めた。
それを見て他の四人も食べ始めた。
「うーん。美味しい。あれ? レイお姉ちゃんは、お肉を食べないの?」
「えっ? ええ、あたしは肉は駄目なのよ」
メグミのミーナ達三人に対する呼び名はアカネによって矯正させられていた。
よって、蒼い小さいお姉ちゃんからレイお姉ちゃんに呼び方が変わっていたのだ。
まあ、それはともかく、メグミにしてみれば美味しい焼肉を食べないレイを不思議がった。
そして、今まではレイに肉を食べる事を強制しなかったミーナとミーシャはチャンスと思って、レイに肉を勧めてみた。
「レイ。騙されたと思って、少しでいいから食べてみれば」
「そうよ。肉を食べれば、もうちょっとグラマーになるわよ」
「ううっ。お姉ちゃんとミーシャが虐める……」
ミーナとミーシャに肉を勧められ、レイは泣き顔になった。シンジは苦笑しながらも、介入はしない。
レイがアレルギー体質などでは無く、食わず嫌いなのは分かっており、改善する好い機会だと思ったのだ。
だが、メグミは何を勘違いしたか、突然レイを擁護し始めた。
「だめーー。レイお姉ちゃんを虐めないで! レイお姉ちゃん泣かないで。
あたしが食べさせてあげるから。はい、あーーんして!」
「えっ!?」
メグミはタレのついた焼肉を、フォークに刺したままレイの口元に持って来た。
想像外の出来事に、一瞬シンジ達は反応出来なかった。それはレイも同じだ。いや、さらに動転している。
だが、メグミが天使のような微笑を浮かべながら、レイに食べてと焼肉を持って構えているのだ。
これを断る事が出来る人間が居るだろうか? レイにはメグミの好意を断る事は出来なかった。
意を決して、口を開けた。そしてメグミが差し出している焼肉を口に入れた。
清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、口の中の焼肉を食べだした。そしてレイは目を瞠った。
「えっ!? ……美味しいわ。これ、本当に肉なの!?」
「わーーい。レイお姉ちゃんがメグミの焼肉を食べてくれたの」
「良かったわね、メグミ」
レイが呆気に取られた顔をしているのを見て、シンジ達は笑い出した。
「だから、レイの場合は食わず嫌いだって言ってたでしょう。ほら、自分で取って食べてみなさい。
ああ、あまり焼けて無いのは駄目よ。ちゃんと焼けた肉を取ってね。それでタレを付けて食べるのよ。やってみなさい」
「……うん、食べてみるわ」
それからはレイの手の動きが早くなった。負けじとミーナとミーシャも焼肉争奪戦に参加した。
あっという間に、用意してあった大皿三枚分の肉は無くなってしまった。
レイは今までは食卓に肉が出ても食べなかった。何度もシンジやミーナが勧めても、断固として食べなかった。
今回、メグミに強制させられて肉を食べて、初めて美味しいと思ったのだ。
以後、レイの好物に肉料理が追加される事になる。
そして焼肉を食べる度にメグミの事を思い出し、レイは微笑みを浮かべる事になった。
それを勘違いして、食卓に出す肉料理の回数を増やすミーナであった。
余談になるが、メグミから、あーーんしてと肉を食べさせられたレイは、嬉しい反面で恥ずかしさも感じた。
そして、自分があーーんしてと料理を持っている事を想像して、顔が赤くなっていた。
何時かは、シンジに対してやってみようと決意するレイであった。
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プライベートビーチ
予め、シンジ達が使う事を連絡していた事もあって、別荘に居る使用人の手で、パラソルとか椅子とかは砂浜に用意されていた。
男の着替えは素早いものである。シンジはさっさと着替えて、椅子に座って女性陣の到来を待っていた。
最初にビーチに来たのはミーナだ。
青いビキニを身に纏い、胸とお尻を揺らしながら(フェロモンを撒き散らしながら)ゆっくりと歩いてきた。
普通の海水浴場に行ったとなれば、ナンパ男の群れに囲まれることは400%確定しているだろう。
普段は水着姿など見ていない(他の姿は頻繁に見ているが)だけに、シンジにも新鮮な衝撃を与えている。
だが、目が血走る事は無い。それぐらいの忍耐力は【ボク】の時でも身に付けている。
「どう、シン? あたしの水着姿も捨てたもんじゃ無いでしょう!」
ミーナは少し屈みながら、シンジの顔を覗き込んだ。胸元を見せ付ける体勢だ。ミーナの顔には笑いが浮かんでいる。
(まったく、ミーナもそこまで見せ付けなくても良いだろうに。ボクの自制心を試すつもり? 帰ったらしっかり返さないとね)
「ああ、似合っているよ。まったく、他の男には見せたく無いね」
「大丈夫よ。シン以外の男には見せないわよ。それよりミーシャも大分成長したわよ。驚かないでね」
ミーナの言葉に釣られたのか、続いてミーシャがビーチに姿を現した。ちょっと気後れがちに、ゆっくりと歩いて来た。
セパレーツタイプのピンクの水着を着ている。ミーナほど過剰では無いが、それでも十分に魅力的なスタイルだ。
シンジの近くまで寄ると、少し顔を赤くしながら前屈みになってシンジに話しかけた。
「シン様、どうですか?」
「その水着は似合っているね。でも、ミーシャの水着姿を見たのは半年ぐらい前だけど、大分大人っぽくなったよね」
「やだ! シン様はどこを見てるんですか!」
ミーシャは慌てて胸元を手で隠した。顔は赤みを増している。
(屈んで胸を見せ付けて、どこを見ているかは無いんじゃない。でも、ミーシャも成長したよな。
ここまで大きいとは思わなかった。着痩せするタイプか)
「ミーシャはスタイルが良いからね。男なら視線が向くのは仕方ないよ」
「済みません。姉さんから、このかっこをしろと言われたんですが……やっぱり恥ずかしいですね。
いえ、シン様に水着姿を見て貰いたいと思う気持ちはあるんですが、この屈むのはちょっと……」
「ちょっと、ミーシャ。それってあたしが恥知らずって事!?」
「あたしは清純な乙女ですから。経験豊富な姉さんと同じ事は出来ません」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。こうして見ると二人のスタイルは本当に抜群だよね。ほんと、目の保養になるよ」
三人して話していると、レイがビーチに姿を現した。
セパレーツタイプの白色の水着を着ている。顔を赤くしてモジモジしながら歩いて来た。
何せ、シンジに水着姿を見せるのは初めてだ。それにミーナに”シンジを屈んで覗き込め”と言われた事もある。
どうすれば良いか、悩んでいるのだ。
(レイの恥ずかしがる姿って、ぐっと来るね。ボクはシスコンじゃ無いと思うけど……この前の時より成長したのかな)
「レイの水着姿は初めて見たけど、似合ってるよね。綺麗だよ」
「本当! 嬉しい!」
レイはパッと笑顔を浮かべて、シンジの首に手を回して抱きついた。
自然と、レイの顔はシンジの肩にあたり、レイの胸はシンジの胸に押し付けられる。
「ちょっと、レイ。水着で抱きついては駄目よ。シンに襲われちゃうわよ!」
「そうよ。女の子なんだから、気をつけないと」
「はーーい」
レイはミーナとミーシャの言葉に頷いて、シンジと距離を取った。シンジに褒められた事で、少しテンションが高い。
「そんな言い方は無いんじゃない。まったく、ボクを何だと思っているの?」
「あら、それをあたしに言う? あの事を話しても良いかしら?」
「い、いや、それは……」
「姉さん、そんな話しは止めて遊びましょう。久々のバカンスなんだから、遊ばなきゃ損でしょう」
「そうね。たまには思いっきり泳ぎましょうか」
「泳ぐ前に写真を撮ろうか?」
「あっ、それ良いわね」
四人はそれから色々な写真を撮って、それから泳ぎだした。
一番泳ぎが上手なのはレイだった。ミーシャが二番手に続いた。ミーナは三番手になる。
(ミーナは水の抵抗が一番大きいのよと言い訳したが、誰にも相手にされなかった)
そして一番下手なのがシンジだった。泳げなくは無いが、どちらかと言うと泳ぐのは苦手だ。
それで、シンジに対してレイの水泳教室が行われる事になった。
教わるシンジは情けなさそうな顔をして受けたが、教えるレイは何故か嬉しそうな表情をしていた。
こうして不知火財閥のプライベードビーチでのバカンスは過ぎていった。
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翌日、アカネとメグミに見送られながら、四人はVTOLに乗り込んだ。
来た時より荷物は増えている。シンゴとアカネから沢山の土産を貰っていたのだ。
新鮮な食料や広島の工芸品。そして不知火准将に渡すようにと日本酒の箱も預かってある。
メグミが元気よく手をふる中、VTOLは飛び立って帰宅の途についた。
潜水空母に戻り、VTOLを乗り換えてマンションに戻って来たのは夕刻になっていた。
四人とも疲れてはいたが、満足な表情を浮かべていた。精神面ではかなり、リフレッシュが出来た。
特にレイは良い思い出が幾つも出来た事もあり、忘れられない出来事となっていた。
翌日、レイの机の上に、浜辺でシンジの腕を抱いて笑っているレイの水着姿の写真が飾られていた。
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ネルフ:司令室
暗い顔をしたゲンドウ、冬月、リツコの三人が密談を行っていた。
「それでシンジの調査は進んだのか?」
「はい。北欧連合と中東連合での調査は先方が妨害してきましたので、余計なトラブルを出さない内に中止しました。
トラブルを起こして、ネルフの干渉だと正面きって言われれば、最初の時の二の舞になりますから。
現在は大和会と不知火財閥の方面から調査を進めています」
「大和会か……確かに核融合炉の件でシンジ君と繋がりはあるだろうな。だが、彼らはネルフ子飼いの政治家を排斥している。
言わば敵対組織だ。情報が入るのかね? 下手に手を出せば、シンジ君達が騒ぎ出すぞ」
「ネルフの特務権限はかなり制限されましたが、大和会ぐらいには影響力を行使出来ます。
正面きっては騒ぎになりますので、裏の手段を使って情報を集めました。そこで分かったのは、現在国連軍と北欧連合の
メンバーが住居に使っているマンションは三ヶ月前に完成しながら、誰も入居せずに放置されていたという事です。
彼らが入居する前は、マンションとその周辺一帯の土地が大和会に連なる人物が所有していたという事が分かりました。
国連軍と北欧連合が何故あんなに速やかに、そして警護の都合が好い住居の準備が出来たのかを考えると、
大和会はマンションを建設開始した二年前から下準備を行っていた事になります」
今まではシンジの調査を北欧連合と中東連合に絞って行っていた。そこにシンジの秘密の一端があると思われていた為だ。
だが、ネルフの特務権限が通用する訳でも無く、中々新しい情報は入らなかった。
そこで視点を変えて、シンジを支援していると思われる組織から調査を開始していた。
そして今まで判明していなかった事実が、リツコの元に報告されたのだ。
「二年前から下準備か……他に大和会関係の情報は、あるのかね?」
「実は大和会の末端メンバーをこちらに引き入れました。それにより、大和会の内部情報が少し判明しています。
大和会は冬宮理事長をトップに据え、その周囲を十二人の側近が仕切っている体制のようです。
定期的に集会を開いて意識統一を図っているようですが、集会には北欧連合の人間は一切顔を出していないという事です。
つまり、北欧連合と直接関係しているのは、冬宮理事長とその側近あたりかと推測されます」
「という事は大和会と北欧連合を切り離すのは、大和会のトップを潰さねば駄目だという事か?
そう言えば、特殊監査部に大和会に関しての指示を出していたな。何か報告はあったのか?」
「まだ無い」
「……そうか。ではまだ様子見だな」
「不知火財閥の方はどうだ?」
ゲンドウのシナリオでは、日重はネルフの末端組織が買収する予定だった。それを不知火財閥に横取りされた。
タイミングが良過ぎる事もあって、ゲンドウは不知火財閥に目を付けていた。
「正直言って、不知火財閥と北欧連合の間には、直接の接点は確認は出来ませんでした。
ですが、不知火准将の実兄が不知火財閥の総帥である事。それに、核融合開発機構経由で富士山麓に建設中の、
大規模核融合発電施設の受注業者である事を考えると、限りなく黒に近いと判断します。
建設中の発電施設には、北欧連合から技術者と護衛のチームが派遣されています。そこに接点がある可能性もあります。
そして発電施設に潜入調査をしたネルフの諜報員全員の消息が途絶えています。発見され、始末されたと思われます」
「その施設に対し、情報公開をネルフ権限で命令しろ」
「その発電施設は独立法人である核融合開発機構の管轄で、日本政府からは最重要施設の一つに指定されています。
ネルフの特務権限が制約を受けた現在では、通常の民間施設程度ならともかく、日本政府の最重要施設には命令は出来ません」
「くっ! シンジの所為か!!」
「まったく、手回しが良過ぎるな。その不知火財閥には圧力は掛けられるのかね。何か問題はあるのかね?」
「……いえ、既に不知火財閥の情報は入っています。まったく妨害も無く、あっさりと情報は入手出来ました。
情報によると、発電施設の建設に関しては核融合開発機構の指示があった人員と資材を提供したに過ぎないとあります。
財務情報も確認しましたが、企業会計に関しての不明点はありませんでした。利益率も適正値の範囲内です。
唯一気になったのは、日重の買収資金が不知火グループから出たものでは無く、総帥の個人資産だと言う事です」
「何!? あの日重を個人資産で買収したと言うのか?」
「日重の株が暴落する前に、大量の空売りを仕掛けています。時間的に見て、JAの説明が終わった直後です。
そして株が暴落した後に、売りに出された株を購入して日重の経営権を取得したのです。
空売りした時の利益金額と、暴落した後の買取金額を計算しましたが、差額はあまり多くはありません。
つまり少ない投資で日重を買収出来たのです」
「タイミングが良過ぎるな」
「その不知火財閥の総帥に対して、調査を行え」
「承知致しました。それと少佐に関して、別口の調査報告が二件あります」
「別口? どんな内容だ?」
ゲンドウのサングラスの奥の目が微かに光った。シンジ絡みでネルフはダメージを負い続けている。
何としても現状を打破しなければ、先の展開は見えてこない。ゲンドウはシンジの情報に過敏になっていた。
「この前に休暇と言ってVTOLで出掛けた件ですが、ネルフの偵察機は粒子砲で打ち落とされてしまい、追跡出来ませんでした。
そしてマンションを発進してから約四時間の間、日本中のレーダーに一切探知されていません。
太平洋上で見失って、それ以後の彼等の動向は判明しませんでした」
「ネルフのVTOLを粒子砲で打ち落とした事は、明確な違反行為だろう。抗議するか?」
「証拠も無いのにですか?」
「だが、粒子砲を実用化しているのは、北欧連合だけだろう?」
「落とされた偵察機は彼等の乗っているVTOLと交戦したのでは無く、上空の軍事衛星からの攻撃を受けたのです。
旧常任理事国六ヵ国は人工衛星を打ち上げる事を禁止されており、宇宙は北欧連合が独占管理をしている状態です。
粒子砲を持っているのは北欧連合だけですが、それだけでは偵察機を打ち落としたのが彼等の攻撃だとは証明出来ないのです」
「……待て!! その論理だと彼等が宣言して攻撃したもの以外は、彼等の攻撃だと証明出来ないと言うのか!?
仮に、この第三新東京が軍事衛星からの攻撃を受けても、彼等が知らないと言えば、抗議も出来ないと言うのか!?」
「仰る通りです。少佐は今までは使徒戦を除いて軍事衛星を使っていませんでした。今回が初めてです。
対応を誤ると、先程副司令が仰ったような事態になりかねません」
冬月の顔が一気に青ざめた。
衛星軌道上からの攻撃があり、その攻撃を行った軍事衛星が北欧連合のものであるという証拠を揃える事など出来はしない。
つまり、いくら殴られて被害を受けても、泣き寝入りするしか無いというのか?
その事に今頃気が付いた冬月に、内心では溜息をつきながらリツコは報告を続けた。
「この前の使徒戦の時の事ですが、発令所の映像は残っていませんが、我々は彼の異常さを目にしています。
そこで武術の専門家に口頭で状況を伝え、判断して貰いました」
「ほう、武術の専門家か。……それで結果は?」
「彼は圧倒的とも言える威圧感を出していました。彼の周囲には風が渦巻いて、睨まれるだけで背筋が寒くなる程でした。
以前に葛城准尉の赤のジャケットを、空中で四つに切り裂いた事もあります。それは副司令も御存知ですよね。
人間技とは思えませんでしたが武術の専門家に伝えたところ、伝説級の武術の使い手なら可能な事だと言われました。
余談ですが、是非とも会ってみたいとも言われました」
「伝説級の武術の使い手か……たった十四歳の少年が身に付けられるものでは無いだろうな」
「はい。天賜の才能を持った人間が血を吐くような修行を三十年以上積めば、出来るかも知れないレベルだと言われました。
正直言って、ネルフの保安部や諜報部の手出しが出来るレベルでは無いと思われます」
「まったく、北欧の三賢者だけでも異常だと思っていたが、体術までも伝説級の使い手だとはな。異常だ! 異常過ぎる!
絶対に何か理由があるはずだ!」
「彼が捨てられてロックフォード財団の養子になる二年間の間に、何かがあったと思います。
ですが、それらは北欧連合の中での事でしょう。それを調べる手段は、今の我々にはありません。
今は、対処療法ですが日本での北欧連合の勢力を抑える事に注力した方が良いと思いますが」
「確かにな。現状では北欧連合に諜報員を派遣する訳にはいかない。そんなリスクを犯す事は出来ないからな。
当面は大和会と不知火財閥の調査を優先させたまえ」
冬月の心に寒風が吹いていた。ネルフのシナリオを遂行するには、何としても初号機を覚醒させる必要があるのだが、
現在ではその見込みはまったく無い。シンジの秘密を見極めれば打つ手も考えられるだろうが、それすらも出来ない。
結局、根本対策は出来ずに対処療法しか無いのかと思うと、冬月に徒労感が蓄積されていった。
「承知しました。それと特別監察官と葛城准尉の事で報告があります」
「特別監察官か……彼女がどうしたのかね?」
「前回の使徒戦では、かなりショックを受けて塞ぎ込んでいましたが、現在はかなり回復しています。
かなり頻繁に少佐の執務室に通っています。それとネルフに対する非難の言葉が増えていると報告にあります。
少し注意した方が宜しいかと思いますが」
「彼女は議長の係累だ。計画を知らされて無いのは分かっている。職務に忠実なのは認めるが、大した影響は無いだろう。
それに次の使徒戦からは弐号機が主役になる。第四使徒の時のように、彼女が我々の邪魔をする事は無いだろう」
冬月の返事はリツコの望んだものでは無かった。男と女の違いだろうが、冬月はセレナが離反する事など考えていない。
議長の係累であり、ある意味特権階級に属するセレナである。特権階級の人間が、その地位を捨て去る事は無いと考えている。
だが、女であるリツコはセレナに離反の可能性を感じた。男は利害関係で動き、女は情で動く事が一般的に多い。
セレナの情の面で考えた場合、万が一の可能性もある。だが、まだ可能性に過ぎない事も確かだ。
大騒ぎする内容では無く、注意深く見守れば良いだけの事だと判断した。
「分かりました。特別監察官に関しては、今まで通りに観察だけに留めます。
それと葛城准尉ですが、視野狭窄の傾向と感情の不安定化が最近は目立ちます。
以前からの精神誘導も関与していると思われますが、今までの使徒戦での失敗が影響している可能性も十分ありえます」
「今までの状況は葛城君にしてみれば不本意な結果だろうがな。だが、次からは葛城君の指揮で弐号機が戦うのだ。
それで元に戻るだろう。気の回し過ぎでは無いかね」
「分かりました」
「それより、シンジに関する調査を優先して進めろ!」
ゲンドウの僅かな苛立ちを込めた声が、司令室に響き渡った。
To be continued...
(2009.04.18 初版)
(2011.03.13 改訂一版)
(2012.06.23 改訂二版)
(あとがき)
今回の話しは、原作に対しての進捗はありません。まあ、旅行を通じてシンジ達の一般生活の一部を書いてみました。
結構、長々と書いてしまいました。苦労して書いた割りには、読み返してみると締まりが無い………。
それに基地の事では、古いネタで遊んでしまいました。
十九話は、”アスカ来日”になります。いよいよ、新たなメインキャラの登場です。
結構細かく書きましたので、二十一話までは太平洋艦隊が舞台になります。
作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、まで