因果応報、その果てには

第十九話

presented by えっくん様


 ネルフ:司令室

 ゲンドウと冬月は密談をしていた。まあ、何時もの風景だが、今の二人の目には活気が戻っていた。


「間も無く弐号機が到着か。これから仕切り直しだな」

「そうだ。弐号機が戦果をあげれば、奴等にも焦りが出るだろう。そこに付け込む」


 机の上には弐号機を運んでいる国連の太平洋艦隊の資料があった。

 やっとネルフの管理下の弐号機が参戦するのだ。これでシンジ達に揺さぶりをかけられる。そうゲンドウは考えていた。


「例の物を運んでいるのだな」

「そうだ。あの男が運んでくる」


 今回の国連艦隊には、弐号機以上に大切な物を輸送させている。もちろん、国連艦隊はその事は知らされてはいない。

 ゲンドウの端末が音を立てた。ゲンドウはモニタに表示された本文を見て顔を顰めた。


「今、連絡が入ったのだが、電源ソケットを積んでいないらしい」

「何だと、そんな馬鹿な!?」

「ドイツ支部の嫌がらせだろう」

「電源ソケットが無ければ、EVAは動かないぞ。何を考えているんだ!」


 ドイツ支部の嫌がらせかは、担当者を問い詰めないと分からない。

 だが重要なのは、電源ソケットが無いと海上で使徒を迎撃する予定の弐号機が動かせない事だ。


「支部長クラスには、来襲スケジュールは知らされていない」

「まったく、太平洋艦隊に届けなくちゃならんか。誰に届けさせる? 葛城君か?」

「当然だ。万が一でもゼロチルドレンに惹かれて、ここに使徒が来られてもまずい。それと不知火とシンジを付ける。念の為だ」


 ゲンドウはミサトの指揮能力に期待していなかった。だが、記述通りに事を運ばなければならない。

 不知火とシンジの派遣を決めたのは、状況が不利になれば否が応でも協力せざるを得なくさせる為だ。


「……弐号機は初陣だしな。確かに保険は必要だな。二人には伝えたのか?」

「……冬月、後を頼む」


 まったくこの男は……冬月は溜息をつき、本発令所にいる青葉を呼び出した。


「……青葉君か、私だ。不知火准将とロックフォード少佐に至急司令室に来るように、伝えてくれ」

『……不知火准将とロックフォード少佐を司令室にですか? ……分かりました』


 青葉は一瞬戸惑ったが、直ぐに了解した。不知火とシンジは苦手なのだが、上司の冬月の命令だ。実行しない訳にはいかない。

 一分も経たないうちに、青葉から連絡が入った。


『冬月副司令。連絡を取ったのですが、不知火准将に断られました』

「何だと!?」

”ネルフの司令に呼び出される筋合いは無い。用があれば、こちらに来い”と言われて通信が切られました』


 青葉は連絡をする前に、こうなる事を予測していた。それでも連絡をしなければならないのが、宮仕えの辛いところである。


「……分かった。私が不知火准将の執務室に行く。その事を伝えておいてくれ」

『了解しました』


 冬月は溜息をついた。やっとシナリオの仕切り直しという事で、浮かれていたかもしれない。

 以前と同じような対応を取ってしまった。第五使徒の迎撃以来、まともに不知火と話していなかった事もあるだろう。

 シンジが来る前なら国連軍の准将ぐらいは呼び出しても問題無かったが、今の落ち目のネルフには許されない事だ。

 どうせ、ゲンドウは動かないだろう。自分が出向いて説明する必要があった。


「六分儀。不知火准将とシンジ君へは、私が連絡してくる。葛城君には、お前から連絡しておけよ」

「良いだろう」


 ミサトへの説明をゲンドウに頼むと、冬月は不知火の執務室へ向かって行った。

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 ネルフと国連軍・北欧連合の使用エリアの境界には、国連軍の保安部が常時詰めていた。不法侵入を監視する為である。

 冬月とSPはそこで足止めされ、身体検査を受けなければ通す事は出来ないと通告された。

 当然、冬月は抗議した。自分はネルフの副司令であり、不審人物では無いと言い張った。SPも冬月を擁護した。

 だが、ネルフ司令であっても身体検査をしない人間は一切通すなという通達が出ていると、国連軍の保安部員の返答が返ってきた。

(セレナの場合、不知火とシンジからフリーパスの許可を得ている)

 冬月は不知火に電話をかけて抗議したが、返ってきたのは、”嫌なら帰れ”という言葉だった。


 コンコン

「開いている。入れ!」


 冬月は身体検査を受けた屈辱感を無理矢理隠し、SPと一緒に不知火の執務室に入っていった。

 執務室では不知火とシンジが打ち合わせをしていた。二人を太平洋艦隊に行って貰う為の交渉なので、好都合だ。


「失礼する。先程は呼び出そうとしてしまい、申し訳無い。以後は注意します」


 さっきの身体検査は、不知火をネルフの司令室に呼び出そうとした事の意趣返しだと分かっていた。

 ここで自分が怒れば口論になり、まともな話しは出来ないだろう。冬月は怒りの感情を抑えて、最初に謝罪した。

 謝罪しても嫌味を言われるだろうが、謝らなければ依頼するどころか話しを聞いて貰えない可能性もある。


「まったくだ。ネルフが我々を呼び付けられる立場か? 良く考えたまえ!」

「司令室に応接セットは無いですよね。ネルフの司令は座って、准将を立たせたままにさせるつもりだったんですか?」

「い、いや、申し訳無い。今後は無いように注意するから、今回は収めて欲しい」


 シンジの言葉に冬月は少し焦った。確かに、司令室には応接セットは無かった。

 司令室を訪れる人は、今までは全員が立ったままゲンドウと応対していた。

 もし不知火が司令室に来ていたら、”こちらを立ったままにさせるのか!”と怒鳴られていたろう。


「まあ、良いだろう。それで用件は? 今は忙しい。手短にな」


 不知火は素っ気無く冬月に対応した。実際、忙しいのだ。ネルフに構って貴重な時間を浪費したくは無かった。


(くっ。シンジ君が来る前なら国連軍の准将ごときに、こんな言われ方などされないのに!)

 冬月は屈辱を感じたが、それを顔に出す事は無かった。


「EVA弐号機が国連の太平洋艦隊に護衛されて、明日には日本に着く予定なんだ。

 不知火准将とロックフォード少佐には、太平洋艦隊に出向いて貰いたいのだが」


 内心の不満を隠して、冬月は本題を二人に伝えた。

 もちろん使徒が来るとは言えないので、何とか誤魔化して二人を太平洋艦隊に行かせなければならない。


「何の為にだ? 弐号機はネルフの管理だと散々言っていたのに、今更弐号機に関われとはどういう事だ?

 それに明日だと。子供の使いとは違うんだぞ。予定が既に入っている」

「電源ソケットを積んでないので、輸送ヘリで葛城君に持って行かせるんだが、一緒にどうかと思ってね。

 弐号機のパイロットも居るし、顔会わせでもどうかなと」

「顔会わせ? 弐号機のパイロットはネルフ管理で、我々とは関係無いはず。顔会わせなら後でも良いだろう。

 それに電源ソケットを持って行くだと? 我々を宅配便代わりにするつもりなのか!」

「い、いや、電源ソケットは葛城君が持って行くんだ。早いうちに弐号機パイロットと顔会わせと思ってね」


 冬月は顔会わせに拘った。それ以外に、不知火とシンジに太平洋艦隊に行って貰う口実が無かった為もある。

 太平洋艦隊に行くように執拗に勧める冬月は、不知火とシンジに不審なものを感じさせた。


「顔会わせを早くしたいのであれば、弐号機パイロットを先行してここに呼べば良い。違いますか、冬月二佐?

 我々が出向くとは、筋が違うんじゃ無いですか。准将を呼びつけようとしたネルフのやりそうな事ですね」

「い、いや、弐号機パイロットは少佐と同じ歳の女の子なんだよ。可愛い子だよ。どうかと思ってね」


 冬月は理由を納得して貰えず焦って、話しをまずい方向に持って行ってしまった。

 シンジを色仕掛けで釣る事は出来ない(セレナでさえ落としていない)と承知はしていたのだが、ついうっかり言ってしまった。


「ボクを馬鹿にしてるんですか? ……まさか、そのパイロットも洗脳しているんじゃ無いでしょうね」

「そんな事はしていないよ。会えば分かるが活発な子だ」

「ふーーん。ヘリで電源ソケットを持っていくか…………正直に言ったらどうです? 使徒が太平洋艦隊に来ると

「なっ!」(ドキッ)

「何だと!?」


 冬月と不知火が驚きの声をあげた。特に冬月は内心を見抜かれたかと思って、心臓に負担がかかった。

 シンジは思いつきでカマを掛けただけだったが、冬月の脈拍が上がった事を左目のセンサで確認していた。

 余談になるが、嘘発見器は汗と脈拍の変化を判定する事で嘘か真実かを判定する。

 脈拍の変化だけでも、嘘を言っているかの判断材料になりえる。脈拍検知機能は、ちょっと前に左目に追加した機能だ。


「ヘリを使って電源ソケットを太平洋艦隊に持って行くという事は、港に着く前にEVAを動かしたいという事。

 そして、ネルフは使徒の性能は知らないが、来襲スケジュールは知っている。

 准将とボクを行かせるのは使徒戦の経験があるから。使徒が来れば弐号機に協力せざるを得ない。

 それに空路では無く時間のかかる海路を選んだのは、何か理由があっての事でしょう。その理由は使徒の来襲。

 どうですか、この推理は?」


 シンジが淡々と推測内容を告げた。

 そもそも顔合わせ程度の理由で、あの嫌味の身体検査を我慢してまで、冬月が不知火の執務室に来る事自体が怪しい。

 何か目論見があると容易に想像出来た。不知火とシンジを太平洋艦隊に行かせる別の理由が必ずあるはずだ。

 それに使徒絡みの事では必ずネルフが小細工すると思っているシンジにとっては、逆にネルフの意図を読み易くなっている。

 その為に、使徒が太平洋艦隊を襲うという事を思いついた。


「そ、そんな使徒が来るだなんて、ある訳無いだろう」

「じゃあ、賭けをしませんか? ボク個人とネルフで。掛け金は100億円。ボクは使徒が太平洋艦隊に来る方にかけます。

 冬月二佐は使徒は来ないと言いましたよね。これで冬月二佐が同意すれば、賭けは成立しますよ」


 シンジは念の為に賭けを申し出た。冬月の言葉が真実なら、必ずネルフの勝ちになる。

 逆に賭けを断るようなら、使徒が来ると言う事だ。

 シンジの勘違いなら100億円を払わなくてはならないが、冬月の態度から間違い無いと断定していた。


「そ、そんな、賭け事など出来る訳無いだろう。不謹慎だよ」


 冬月は冷や汗を流しながらも、普段の声で返事をした。内心では、ばれていると分かっていても認める事は出来ない。


「どうしてですか? ネルフの予算不足は知っていますよ。勝てると分かっているなら、賭けは出来るでしょう。

 ボクが負ければ個人資産から100億出します。ネルフにとっては割りの良い賭けでしょう。断る理由は無いですよね」

「い、いや、遠慮しておく」


 冬月は賭けを拒否した。まあ、負けると分かっている賭けをする馬鹿はいないだろう。しかも額は100億だ。


「なら、使徒の来襲スケジュールを知っているから賭けは出来ないと判断しますが、良いですね」

「そ、それは……」

「少佐、もう良い。冬月二佐の態度を見れば、真実がどこにあるかは一目瞭然だ」


 冬月の態度を見て、太平洋艦隊に使徒が来襲すると不知火は判断を下した。

 そして使徒の来襲が分かっていれば、迎撃体制を取る事も出来る。


「それで、どうします? 弐号機が使徒を倒せれば、それで良しですが、負けた場合が問題ですね。太平洋艦隊は全滅します。

 弐号機パイロットの実力があれば生き残って、実力が無ければ死ぬだけです。我々は行かずに、放置しておきますか?

 ボクとしてはネルフ管轄の弐号機がどうなっても構いませんしね」


 シンジは淡々と進言した。見た事も無い弐号機パイロットの事まで責任は取れない。

 ましてやネルフ管理の弐号機だ。苦労してまで助ける義務は無かった。

 国連の太平洋艦隊の将兵も、見た事も無い人間達だ。国籍もアメリカだ。シンジが行けばトラブルが起こる可能性があった。

 だが、国連軍所属の不知火の立場はシンジとは異なった。


「太平洋艦隊は、我々と同じ国連軍だ。見殺しには出来ない」


 太平洋艦隊には不知火の知り合いも居る。知らぬ振りは出来なかった。


「……旧アメリカ太平洋艦隊なんですよね。六年前に国連軍の大西洋艦隊を殲滅した事と、アメリカの政府と軍施設に

 報復攻撃した事で、北欧連合は怨まれています。ボクとしては、あまり行きたく無いですね」


 ”旧常任理事国の国民感情は北欧連合に対して、かなり悪い状態にある” そう書かれた諜報部のレポートをシンジは読んでいた。

 六年前の北欧連合の報復は政府と軍施設に限定されたものだったが、身内を殺された人間も多くいるだろう。

 遺族には怨まれても当然だと思っていた。だからこそ、シンジが太平洋艦隊に行って身元が知れれば面倒な事になると思っていた。

 別に正義の味方でも無く、国連軍に責任を持たないシンジとしてみれば、無理してまで太平洋艦隊を助ける意思は無かった。

 最終目的はサードインパクトを防いで、人類絶滅を回避する事である。余分なトラブルは抱えたくは無かった。

 不知火はシンジの立場は知っている。だが、不知火の立場では太平洋艦隊将兵を見殺しには出来なかった。


「ロックフォード少佐、頼む。太平洋艦隊を見殺しには出来ない。協力して欲しい」

「……EVAのキャリア(輸送航空機)は納入されましたが、問題があって現在は改造中です。

 今回は初号機と零号機は出せません。……仕方ありませんね。支援戦力と天武を準備します。

 それと弐号機パイロットの管轄はネルフです。パイロットはこちらの言う事を聞きますか?

 まあ、弐号機が出撃する前に天武で使徒を倒せば、それで終わりでしょうけど」


 あまり気は進まなかったが、不知火の要請を断るほどの拘りも持っていないシンジは、太平洋艦隊に行く事を了承した。

 行くと決めれば、準備態勢を整える必要があった。天武を出す事には問題は無い。問題があるとすれば弐号機だろう。

 弐号機パイロットのデータは知らないが、使徒との実戦は未経験だ。過度の期待は出来ないだろうと考えた。

 それに弐号機以降はネルフの管轄だ。こちらの命令を素直に聞くとは思えない。


「そうだな、あの葛城准尉が行くのであれば、我々の命令など聞きはしないだろうな。

 ……その辺は太平洋艦隊司令と話してみる。司令のローグ少将とは知り合いでな。

 弐号機の指揮が出来そうかは、それとなく確認しておく。少佐は天武の準備を頼む」

「……分かりました。葛城准尉とは別便で行きましょう。どうせ同行しても揉め事が起きるだけです。

 それと疑問なんですが、何で今回は第三新東京に来ないで、太平洋艦隊の方に使徒が行くんですかね?」


 冬月を見ながら、シンジはふとした疑問を口にした。

 シンジは使徒特有の気配を察知出来るようになっていた。使徒を三体殲滅し、初号機に乗っている為でもある。

 地下に使徒らしきものが十字架に磔にされているのは知っており、それが特有な気配を漂わせている事も知っている。

 それに引き寄せられて、使徒が第三新東京に来るのだろうと推測していた。ならば今回は何故太平洋艦隊を使徒が襲うのだろうか?


「……使徒が太平洋艦隊を襲うと、決まった訳では無い」


 冷や汗を流しつつも、冬月は使徒が来襲する事を認めなかった。立場上はそうせざるを得ない。

 地下の使徒の事を自分達が知っている事を隠しながら、シンジは冬月の反応を確かめる為にカマをかけた。


「EVAに引き寄せられる? でも、それなら二機ある此処か。それとも弐号機は違うのか?

 ……それともこの第三新東京に使徒を引き付けるものがあって、同じようなものを明日の太平洋艦隊が載せているというのか?」

「そ、そんな事は無いよ。まだ使徒が来ると決まった訳では無い。

 葛城君は日本時間の○×時には太平洋艦隊に行くようにする。君達も時間は合わせて欲しい」


 冬月の脈拍がまた上がった。シンジからの視線を感じている冬月は、さすがにまずいと感じていた。

 自分がここに居る事で、自分の態度からシンジ達は真偽の判断を行っていると悟った。

 冬月は慌てた様子で、SPと一緒に不知火の執務室を出て行った。


「……以前に見せられた十字架に磔にされている使徒らしきものと、同等なものを太平洋艦隊が運んでいると言うのか?」

「カマをかけてみましたが、冬月二佐の脈拍が上がりましたからね。可能性はあります。ですが、あくまで推測です。

 ……明日、レイも連れて行きます」


 不知火は意外そうな顔をした。シンジがレイを可愛がっている事は承知している。

 そのレイを危険なところへ連れて行くなど、言い出すとは思わなかった。


「使徒が来るのだ。危険だぞ。少佐が彼女を可愛がっている事は知っている。危険に晒したく無いはずだと思うが?」

「レイは零号機に乗って戦うと言っています。戦場を知らずに戦場に赴く方が危険です。場慣れさせる為の訓練です。

 そして、明日の戦闘で怖いと言えば零号機は封印します。その方が結果的には安全です」

「分かった」


 不知火は納得した。甘さがありありと分かる理由だが、シンジらしいと思う。

 そこまで考えているのであれば、これ以上言うつもりは無い。


「それと太平洋艦隊にボクの素性がばれて、危害を加えられそうになれば容赦無く反撃します。

 たとえ、太平洋艦隊の司令官であってもです。最悪はボクが太平洋艦隊を滅ぼします。それは覚えておいて下さい」


 六年前の北欧連合からの報復で、アメリカは手酷い報復を受けた。太平洋艦隊の乗員で北欧連合を怨んでいる人間も居るだろう。

 そして、シンジの立場では攻撃されれば反撃するしか無い。

 それは不知火にも分かっている。今、シンジを失う訳にはいかない。だが、太平洋艦隊を見捨てる訳にもいかない。


「分かった。少佐の身の安全は出来る限り保障する。だが、万が一の場合は止むを得ないだろう。承知した」

「准将はどうします。ボク等と一緒に行きますか?」

「少佐の方は同行者を含めて、何人になる?」

「ボクとミーシャとレイの三人ですね」

「……君の護衛も含めて、こちらは三人だ。VTOL一機で良いだろう。手配しておく」

「それと葛城准尉が我々の邪魔をしないように細工をしておきます」

「細工?」

「我々が到着して現地の状態を把握するぐらいの時間は欲しいですからね。二時間ぐらいは遅れるように小細工しておきますよ」

「確かに我々と同時に彼女が太平洋艦隊に到着するとなると、トラブルになる可能性が高いな。二時間ぐらいなら問題無いだろう」

「使徒が来るにしても、それぐらいの余裕は考えているでしょうしね」


 普通に考えて、事前に使徒が来るのが分かっていれば、数時間と言わずに半日か一日程度の余裕を考えて手配をするものだろう。

 例えば、敵軍の侵攻ルートと時刻が判明している場合、その数時間前に自軍を布陣させるだろうか?

 不慮の事態を考えて、余裕をもって布陣させるのが軍事上の常識というものである。何事にもギリギリというのは宜しく無い。

 不知火とシンジはその常識を持っていた。そして素人と思っていた冬月も、その程度の常識は持っているだろうと考えていた。

 そしてこの勘違いは、大きな影響になって跳ね返ってくる事になった。

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 自分の執務室に戻る途中、冬月はシンジの事を考えていた。

(これで、不知火准将とシンジ君が明日太平洋艦隊に行く事になったか。保険の意味でも重要だ。

 天武に使徒を倒されるとまずい事になる。それについては葛城君には釘を刺しておかないとな。

 我々が使徒の来襲スケジュールを知っていると、完全に読まれてしまったな。

 それとアダムの事は分かっていないだろうが、弐号機以外の重要なものを太平洋艦隊が積んでいると知られた。

 まさか、あれだけの情報であそこまで推測するとはな。

 さすがは北欧の三賢者か。侮れないな。……まずは葛城君の再確認か。六分儀は、きちんと指示したんだろうな)


 ミサトを呼び出してゲンドウの指示した内容を確認した冬月は、ゲンドウに内心で溜息をついてミサトに補足説明を行った。

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 マンション:屋上のヘリポート

 シンジ、ミーシャ、レイが見守る中、不知火の乗ったVTOLがヘリポートに着陸した。

 シンジは軍服では無く私服である。軍服だと北欧連合の所属だと直ぐに分かってしまう為である。

 国連艦隊との軋轢を避ける為に、シンジはわざと私服にしていた。

 ミーシャとレイも私服である。だが、スカートでは無くショートパンツにしていた。

 この前の瀬戸内海に行った時に、海風が強くてスカートが捲くれあがった。同じ失敗はしたくは無かった。

 軍人三人と子供三人の計六人だ。

 シンジ達がEVAのパイロットと付き添いという事は、不知火は太平洋艦隊に連絡済みである。

 それで無くては私服の子供を軍艦には連れていけない。乗艦拒否をされて終わりだろう。

 シンジ達三人が乗り込むとVTOLは直ぐに離陸し、百里からの戦闘機隊の護衛の下、国連軍の太平洋艦隊に向かった。

 飛行中、不知火は気掛かりだった使徒の迎撃態勢の事をシンジに聞き始めた。


「済まんな。ところで天武の手配はどうなった?」

「太平洋艦隊から数分のところに配置しました。ボクが行けば直ぐに出撃出来ます」

「助かる。それと冬月二佐に言って、弐号機パイロットのデータを用意させた。これだ」


 そう言って、レポート三枚をシンジに渡した。興味があるのか、ミーシャ、レイ、ユインも覗き込んできた。

 プラグスーツを着た全体像とバストアップの写真付きだ。

 確かに可愛い部類だろう。スタイルはレイと同レベル。年齢は十四歳。階級は准尉。

 既に大学は卒業済み。十年に渡る訓練成果なのか、格闘技術も一般軍人を超えるレベルと書かれている。

 性格は豪気で気高いとある。ネルフの作成したレポートだから、全てを信用する事は出来ないと分かっている。

 レポートをざっと読んだだけで、シンジは直ぐにミーシャとレイに渡した。

 写真をじっくり見ていようものなら、ミーシャとレイから冷たい視線を向けられるのは分かっていた。

 狭い機内で、そんな目に遭いたくは無い。

 シンジとは違って、ミーシャとレイはじっくりとレポートを読んだ。時々、ミーシャとレイの声があがる。

 レポートのどの内容に声をあげているのだろう? それを問い質すつもりはシンジには無かった。

 ”君子危うきに近寄らず”である。

 ユインは定位置であるシンジの頭の上で、寛いでいた。


 ミーシャとレイの声を聞きながらも、シンジは目を閉じて精神を集中した。

 上空の監視衛星にアクセスし、太平洋艦隊の周囲に異常が無いかを確認した。今のところは異常は無い。

 太平洋艦隊に着くまでは、やる事が無い。不知火は通信機で艦隊司令部と連絡を取っているようだし、

 ミーシャとレイは、弐号機パイロットのレポートを肴に話しに花を咲かせている。

 ふと、その時シンジは何かを感じた。

 まだ距離があって微弱な反応だが、徐々に近づいているのが分かる。センサとかで分かる類のものでは無い。

 ……使徒と同系統の気配だった。

(この気配が使徒を引き寄せているのか。確かに第三新東京の地下から感じられる気配に似ている。

 やはり冬月二佐の怪しい態度は、この為か? 回収の準備をしてきて正解だったな。さて、段取りをどうつけようか?)


 シンジが今後の事を考えていると、まどの外を見ていた不知火から声が掛かった。

「見えてきたぞ。あれが国連の太平洋艦隊だ」

「空母が五隻、戦艦が四隻、その他巡洋艦、駆逐艦、護衛艦、補給艦を含む補助艦艇多数か。壮観ですね」


 シンジは目を開けて、ヘリの窓から外を見た。そこには大艦隊と呼べるものが航行していた。

 中進国程度なら、この艦隊だけで滅ぼせるだろう。海上の覇者と言い換えても良い。その艦隊が威風堂々と航行していた。


「彼らが居なかったら、まだ海賊が跋扈していたろう。彼らは日本の恩人だよ」

「……日本への輸送海路の安全を確保してくれた訳ですよね」


 VTOLの窓から見る太平洋艦隊は、まだ小さい。シンジは昨日の夜に調べた太平洋艦隊の資料を思い出した。

 セカンドインパクト以降の新造艦は無い。全てセカンドインパクト以前に建造された艦ばかりだ。

 老朽艦ばかりで故障も多く、補給が滞る事があったと聞いている。任務とはいえ、さぞ苦労があったろうと思われた。

 北欧連合は国連軍の大西洋艦隊(旧アメリカ:大西洋艦隊)を殲滅し、アメリカ本土にも直接報復攻撃を行った。

 北欧連合の攻撃で身内を亡くした人もいるだろう。自分の身元がばれたら、騒ぎになるだろうと考えていた。


 シンジは弐号機パイロットの事は、あまり考えていなかった。同じ歳の可愛い女の子であるが、女に飢えている訳では無い。

 弐号機以降はネルフ管理だと、冬月から念を押された事もある。北欧連合の管理は零号機と初号機だけだ。

 それもあって、シンジの頭の中では弐号機の重要度は低かった。使徒が来た時に命令に従う可能性が低いと聞いている事もある。

 だから使徒が来たと分かれば、直ぐに天武を出すつもりだった。


「艦隊司令のローグ少将には連絡済みだ。そろそろ着陸する。準備をしてくれ」


 不知火の言葉に現実に戻ったシンジは、ミーシャとレイにこらからの予定を告げた。


<ミーシャ、レイ、そのまま聞いて。あの艦隊は何らかの使徒を引き付ける物を積んでいる。

 漂ってくる気配がネルフの地下の使徒の気配と凄く似ている。あの艦隊に降りたら、ボクはそれを確認する為に別行動を取るから>

<使徒を引き付ける物ですか? 何なのでしょう?>

<お兄ちゃん、あたしも何かを感じるわ>

<まあ、確認しなくちゃ分からないさ。回収の準備はしてあるけど、騒ぎを起こさないようにしないとね。

 ユインはミーシャとレイの護衛に付いていて>

<分かりました、マスター。お気をつけて>


 そう言うと、ユインはシンジの頭からレイの胸目掛けて移動した。

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 EVA弐号機の専属パイロットである”惣流・アスカ・ラングレー”は、割り当てられた個室で考え事をしていた。

 もうすぐ、ミサトと国連軍の准将とサードがやってくる。昨日のうちに、ミサトから連絡が入っていたのだ。

(ミーシャとレイを連れて行くと決めたのは冬月の帰った後だ。当然、冬月から話しを聞いたミサトは知らない事である)


 ネルフ本部では国連軍と北欧連合が幅を利かせているらしい。そして、ファーストとサードは北欧連合側についた。

 いけ好かない奴らとミサトは言っていた。そして、あたしに期待しているとも言っていた。

 どうやら自分を差し置いて、ファーストとサードが偉そうにしているらしい。

 どうしようかとアスカは考えた。最初が肝心だ。一発入れて、上下関係を分からせた方が良いだろう。

 今までサードが三体の使徒を倒したとは聞いた。ファーストはやっと起動が出来た程度だとも聞いた。

 だが、自分が弐号機で参戦すれば、ファーストもサードも敵では無いと考えていた。十年に渡る訓練には自信を持っているのだ。

 自分はドイツネルフの誇る弐号機の専属パイロットだ。EVAのパイロットのエースという自負があった。

 弐号機で実績を出してファーストとサードを圧倒させるのも当然だが、人間関係でも上下関係を分からせてやる。

 そう考えて、気持ちを切り替えようと、お気に入りの黄色いワンピースに着替えだした。


 アスカにとって不幸な事だが、細かいところは何も教えられていなかった。

 最初の使徒がEVAでは無く、天武で倒された事も知らされていない。

 そしてシンジの履歴もそうだ。いきなり召集したサードが使徒を三体倒している、としか聞いていない。

 北欧連合関係の事も聞いてはいない。指揮権が独立している事も知らない。

 そして、ファーストとかサードとかの呼び名を禁止されている事もだ。

 無い無い尽くしだが、下手に情報を与えるとアスカの精神が不安定になるという理由で、ドイツネルフは情報を与えなかった。

 人間、第一印象が悪いと、その後の関係改善は難しくなる。最初にシンジを粗雑に扱ったリツコが良い例だろう。

 アスカの思い込みで、どんなファーストコンタクトになるだろうか?

 これが今後の彼女の状況に、どう影響してくるのであろうか。それは誰にも分からなかった。

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 護衛の戦闘機五機と要人輸送用のVTOLが、空母オーバー・ザ・レインボーに着陸した。

 不知火と護衛の二人が降りて、シンジが続いた。

 その後、シンジはミーシャとレイの手を取って、降りる補助をした。ユインはレイの腕の中だ。


 シンジは甲板を眺めて溜息を付いた。ミーシャとレイは、周囲をキョロキョロと見回していた。


「こうしてみると、空母って大きいんですね。数値では知っていますが、知ると見るとでは全然違いますね」

「何だ、空母は初めてか?」

「ええ、中東では陸上基地でしたからね。空母は初めてですよ」

「少し揺れがあるから、船酔いに注意した方が良い。艦隊司令が来たぞ」


 不知火が見つめている方向を見ると、恰幅の良い将官が数人の随員を従えて、こちらに向かってきた。

 ……その前には、黄色いワンピースを着た女の子が居て、その子もこちらに向かっている。

 VTOLの中で見た弐号機パイロットの写真と同じ顔だ。

 その女の子はこちらに近づくと周囲を見渡して、眉を顰めて甲高い声で叫んだ。


「ミサトは居ないの!? どうしたのよ!」


 連絡してきた到着予定時刻に着艦したVTOLに、当然ミサトが居ると思っていたのだが見当たらない。


(何でミサトが居ないのよ。わざわざ迎えに来てあげたのに! 国連軍の准将とサードが来る事は聞いてたけど、あの二人の女は?)

 最初が肝心。最初にガツンとやれば、後はこっちのペースに巻き込める。そう思って大声をあげていた。

 だが、最初にガツンとやって低姿勢になる人間も居れば、距離を取ったり悪い感情を持つ人間もいる。

 アスカの最初の行動は、どんな影響を与えたのだろうか?


 シンジは珍しい生き物でも見る目付きで、目の前の黄色いワンピースを着た少女を見つめていた。

(この子が弐号機パイロットか、挨拶もせずに、いきなり叫ぶとはね)

 シンジのアスカに対する第一印象は、良い内容にはならなかった。リツコとミサトと同じである。

 第一印象が悪いと、対応が自然と悪くなるのは誰でもあるだろう。それは相手が美少女であっても変わりは無い。

 それに北欧連合に所属する自分が、ネルフに所属するパイロットと親睦を深める必要性は無かった。


<ミーシャ、レイ。あの子は相手にしないで。それより、艦隊司令に挨拶する方が先だよ>

<分かったわ、お兄ちゃん>

 シンジと一緒に初号機に乗ってからは、レイは念話は出来るようになっている。内密の話しは念話で話す事にしている。

<分かりました、シン様。でも、挨拶もしないでいきなり叫ぶとは、これがレポートにあった気高い気質ですか?>

<ボクが書いた訳じゃ無いから分からないよ>


「どうしたの、答えなさいよ!!」


 無視された事に怒って、アスカの顔が赤く染まっていた。ドイツネルフでは、自分の事を無視する人間は居なかった。

 最初から上下関係を分からせる為に大声を出したが、無視されては滑稽なだけだ。


 不知火も目の前にいる女の子が弐号機パイロットである事は知っていた。知ってはいたが、相手にはしなかった。

 規律に煩い准将の目には、まともに応対すべき相手として映ってはいなかった。

 准尉が准将に応対する態度とは、到底思えなかった。ただの民間人なら、こんな事は言わない。

 だが、アスカは軍籍を持っている。まず礼儀を弁えない人間は、容易に命令違反を犯す傾向がある。

 それは軍隊組織においては致命的な欠陥になる。若いからとかの言い訳は通用しない。

 昨日、ローグ提督に確認したが、弐号機は当てにしない方が良いだろう。そう不知火は考えていた。

 そしてシンジも同様に考えていた。

 年齢を考慮すると厳しい判定だろうが、軍籍を持っているなら最低限の教育は受けているはずだ。

 第一、艦隊司令に挨拶するのが先だ。


「ローグ提督、お久しぶりです」


 不知火と護衛の二人、シンジが艦隊司令に敬礼した。

 ミーシャとレイはお辞儀をした。女の子だから敬礼はしなくて良いと言ってある為だ。

 ローグ提督は返礼して顔を緩めた。


「うむ、久しぶりだな。歓迎する。と、その子らがパイロットかね」

「ええ、「ちょっと待ちなさい! 無視するんじゃ無いわよ。こっちの質問に答えなさい!」………」


 艦隊司令と不知火の会話に、アスカが強制的に割り込んだ。二度も無視されて、顔が真っ赤になっている。

 将官の会話に准尉(当初は少尉だったが、ネルフ全員が一階級降格処分になった為)が割り込んだのだ。

 いかに指揮系統が違うとはいえ、許される事では無かった。


「ラングレー准尉。立場を弁えたまえ! 君は客人ではあるが、守るべき規律は守ってもらう。

 規律が守れないなら部屋に入っていたまえ! ネルフのパイロットであろうと、ここではその立場は通用しない!」


 ローグは今までアスカと話した事は無かった。だが、アスカの無遠慮な行動は何度も耳に入って来ていた。

 今回は将官の会話に無理やり割り込んできた。子供という事を考慮しても、流石に見逃せない。


「なっ!」


 アスカは驚きの声をあげた。今まで誰からも、こんな叱責を受けた事は無かった。

 ドイツでは誰もが自分に遠慮し、叱りつけた人間など居なかった。全員の視線がアスカに集まる中、突風が甲板を通り抜けた。


 ふわり


 黄色いワンピースのスカートが捲れあがって、アスカの下着が全員の視線に晒された。

 一瞬、場が静けさに包まれたが、直ぐにアスカは行動に移った。右手を振り上げ、一番近くにいたシンジに殴りかかっていった。


 ひゅっ


 アスカの右手が唸りをあげて、シンジの顔めがけて伸びていった。だが、シンジは黙って打たれるつもりは無かった。

 素早くアスカの右手首を掴んで、身体の方向を変えながらアスカの内側に入り込んだ。一本背負いの体勢だ。

 そしてアスカの態勢を崩して、勢いを殺さないまま投げ飛ばした。もちろん怪我をしないように手加減してある。

(一瞬、背中に感じた感触に、レイと同じくらいかなと思ったのは内緒である)


 ザザーーー


 投げ飛ばされたアスカは直ぐに立ち上がった。受身をとったのでダメージは無かった。

(お気に入りの黄色いワンピースが汚れた事で、後で怒り狂う事になるが、それはまた後)

 だが、顔は屈辱に歪んでいた。ここに居る全員に下着を見られた上に、同じ世代の男に投げ飛ばされたのだ。

 十年間の訓練で、アスカの格闘技術は一般軍人の平均を越えている。あっさりと同じ歳くらいの男に投げ飛ばされたのは屈辱だった。

 立ち上がってシンジに駆け寄り、左右のストレート、蹴りを交えた攻撃をシンジに行ったが、完璧に避けられてしまった。


「このー! 黙って殴られなさい!!」

「いきなり殴りかかってくるなんて、何を考えている!?」

「あたしの下着を見たでしょう。見物料代わりよ!」


 蹴りの時にも下着は見せているのだが、頭に血の上ったアスカは気が付かない。


「君の下着に、それだけの価値があるのか? 見たくも無い下着を見せられて、見物料を取ろうなんて押し売りと一緒だな」


 第一印象が悪かった上に、いきなり殴りかかってきたのだ。自然とシンジの口調も荒くなった。

 もっとも、本気でアスカを相手にするつもりは無かった。反撃しないで、攻撃をかわすだけに止めていた。


「何ですって!!」

「船の上は風が強いのは分かりきっていたはず。だから、私達はスカートを履いてこなかったのよ。あなたの不注意でしょ」

「下着を見せたかったの?」


 自分の下着に価値が無いと言われてアスカは怒ったが、同性であるミーシャとレイの突っ込みに少々動揺していた。


「くっ! ミサトはどうしたのよ!」


 周囲にアスカの味方はいなかった。ミサトが居ればフォローしてくれただろうという思いが口から出ていた。


「それが人に尋ねる態度かい。これだからネルフは嫌いだ。ネルフの准尉の行動など、ボクらには関係無い」

「えっ?」


 アスカは改めてシンジを見た。初号機のパイロットのサードは男の子だと加持から聞いていた。

 VTOLから降り立った中で男の子と呼べるのはシンジだけだ。こいつがサードなのか。

 騒ぎが一時的に収まったのを見て、この場を収めようとローグがアスカを注意した。


「止め給え。先に殴りかかったのはラングレー准尉の方だ。規律を守れないなら独房に入ってもらうぞ!」

「くっ!」


 これ以上の抗議をアスカは諦めた。流石に艦隊司令の言に逆らうほど馬鹿では無い。


「さて不知火将。ボク達は待機しています。打ち合わせが済んだら連絡を御願いします」

「分かった。では士官食堂にでも居てくれ。提督、子供達の案内を誰かに御願い出来ますか?」

「分かった。案内を付けよう」


 ローグ司令は今来た三人の子供のうち、二人が北欧連合所属のEVAのパイロットであると聞いていた。

 正直、北欧連合には良い感情を持っていないが、今まで三体の使徒を倒してきたパイロットだ。

 先程の敬礼(ミーシャとレイはお辞儀)もそうだが礼儀は身につけている。丁重に扱おうと思っていた。


「士官食堂なら、あたしが案内してあげるわよ!」


 まだ会話の主導権を握ろうとしたアスカが口を挟んできた。

 艦隊司令に逆らってまで騒ぎを起こす気は無いが、このままで引き下がるつもりも無かった。

 自分の優秀さを目の前の三人に教えて、上下関係をはっきりさせるつもりだった。

 だが、そのアスカの目論見は不知火に一喝された。


「准尉ごときが、将官の話しに口を挟むな! 黙っていろ!」

「くっ」

「では提督、士官食堂へ案内を御願い出来ますか? 准将、後で合流しましょう」


 ローグは随行の一人にシンジ達を士官食堂に案内するように伝え、不知火と一緒にブリッジに向かった。

 護衛の二人は不知火に一人とシンジ達に一人に分かれて、付いていった。


「済みませんが、士官食堂への案内を御願いします」

「畏まらなくてもいいさ。さ、こっちだよ」


 ローグに指名された中尉は気さくにシンジに答え、シンジ達を士官食堂に案内し始めた。

 無視され続け、叱責されたアスカは爆発寸前であった。このままで済ます気は無い。

 だが、今はまずいだろう。機を伺うつもりで、シンジ達の後をついて行った。

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「済みません、トイレは何処ですか?」

「ああ、そこの角を曲がったところにあるよ。待っているよ」

「いえ、士官食堂なら場所は分かりました。後から行きますから、先に二人を案内して頂けませんか?」

「そうか? 分かった、先に行ってるよ」

「ミーシャ、レイ、先に行ったら、何か飲んでて」

「分かりました」 「分かったわ」


<さっき話した、使徒の気配を探してくる。先に行っていて>

<気をつけて下さい>

<お兄ちゃん、大丈夫よね>

<大丈夫さ>


 シンジはトイレに入ると周囲を確認した。そして、精神を集中して使徒の気配を出している元の位置を探し始めた。

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 OTR:ブリッジ

 不知火は護衛一人と一緒に、ローグ提督に案内されてブリッジに来ていた。


「あの子らがネルフの兵器のパイロットなのか。まだ子供だろうに」

「ラングレー准尉はそうですけどね。今来た三人の子供のうちの一人は付き添いで、二人がパイロットですよ。

 ですが、彼らの乗る兵器の管轄はネルフからは移管されています。ネルフのパイロットでは無いですよ」


 シンジが北欧の三賢者の一人だと不知火は言うつもりは無かった。軋轢を避ける為である。

 だから、単純にネルフから管轄を移されたEVAのパイロットだとのみ言った。

 北欧連合もそうだが、ネルフも太平洋艦隊の乗員には嫌われている事は知っていた。


「……EVA二体の管轄が、北欧連合に移管されたとは聞いている」


 ローグ提督の言葉にブリッジにざわめきが広がった。北欧連合の名は太平洋艦隊にとって軽いものでは無い。

 2009年に北欧連合に侵攻作戦を行い、その反撃の時に同僚や家族を殺された人間は数多い。


「彼らはまだ子供です。過去の遺恨があるのは承知していますが、彼らにそれを向けるのは間違いでしょう」

「分かっておる。いかに北欧連合に遺恨があるとはいえ、それを子供にぶつけるほど血迷ってはいない。

 それにネルフの権限を縮小して、こちらに予算を回してくれたのも北欧連合だと分かっている」


 ローグ提督本人はパイロットの所属が北欧連合であっても、丁重に扱うつもりだった。だが、隠し事はいつかはばれる。

 ここで三人の子供の所属を明かにして、他の艦隊要員の牽制を行おうと自分の考えを公開したのだ。


「ありがとうございます。ところで、ネルフの副司令から太平洋艦隊に行ってくれと言われたのですが、

 ここに使徒が来る可能性があります」

「何だと!?」


 不知火の言葉にブリッジが急に騒がしくなった。

 今まで日本にしか行かなかった使徒が、何故うちの艦隊を襲う? そんな疑問がブリッジのスタッフの脳裏を過ぎった。


「ネルフの葛城准尉が別便で電源ソケットを運んできます。恐らく、この空母でEVAを動かすつもりでしょう。

 こちらも切り札を準備しましたが、ネルフの出方が読めません。一応、戦闘準備をしておいて下さい」

「……分かった。まったく、我々にも秘密にして戦うつもりとはな。ネルフらしいといえば、ネルフらしいな」

「今の弐号機の指揮権は何処に?」


 それが重要なところだ。弐号機が勝手に動くと味方の損害が増える可能性がある。

 ここは海上だ。下手をすれば艦が沈み、大勢の死者が出る可能性がある。

 あのパイロットの性格だと、こちらの命令を聞かない可能性が高いと不知火は考えていた。


「我々が預かっているのだ。新横須賀に陸揚げして渡すまでは我々の管轄だ。勝手な真似はさせん!」

「ネルフの葛城准尉が来たら艦隊の指揮権を要求するかもしれませんが、今のネルフに国連軍への命令権限はありません。

 我々が使徒を迎撃します。ただ、使徒には通常兵器は通用しません。N2ですら足止め程度です。注意された方が宜しいかと」

「何だと! N2でも効かないと言うのか!」


 その時、ブリッジに一人の男が入ってきた。服をだらしなく着込み、とぼけた顔をしている。


「第三新東京を最初に襲った使徒に対して、N2地雷が使用されましたが、僅かな時間稼ぎしか出来なかったそうですよ」

「加持君、君をブリッジに招待した覚えはないぞ」

「それは失礼。……不知火准将、お久しぶりです」

「加持か。久しぶりだな」

「何だ、二人は知り合いか?」

「ええ。何度かやりあった間柄ですよ。勿論、ここでは問題は起こしませんから。

 提督、私は士官食堂に居ます。緊急の時は直ぐに呼んで下さい。加持は一緒に来るんだ」

「はいはい」


 不知火と加持は何度か衝突した事があった。だが、太平洋艦隊の中でトラブルを起こす気は二人には無かった。

 加持は不敵な態度を崩さぬまま、不知火と護衛の後に続いて、士官食堂に向かっていった。


「ふん……ネルフ、いや我々もか。本当に子供を戦わせているようだな」

「時代が変わったのでしょう。議会もあのロボットに期待していると聞いています」


 不知火が出て行った後、不満げな提督を副長が宥めた。


「気に喰わん、気に喰わん……まったく気に喰わんぞ!

 軍人は女子供を戦争から護る為に存在しているのであって、子供に戦争をさせるのは軍人の仕事ではない!」


 副長の慰めで提督の機嫌が直ったのは、不知火がブリッジを出て、十分経ってからの事だった。

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 加持の部屋

 シンジはトイレと言って、ミーシャ達とは別行動を取っていた。そしてこの空母の中にある気配を辿って、ある部屋の前に来た。

 部屋のネームプレートには”KAJI”と書かれている。だが、シンジは部屋の主の名前に興味は無い。

 魔術を使って電子ロックを解除して、部屋に入ってから鍵をかけた。この間、他の人には見つかっていない。


 気配の発生元は、アタッシュケースだった。そこから使徒の気配が滲み出ていた。

 シンジの左目が赤く輝きだした。そしてアタッシュケースの中の状況が、シンジの脳裏に映し出された。

 それは胎児のような姿だった。微動しており、それが生きている事がはっきり分かる。


(使徒の子供? 生きているのか。でも、この気配は今までの使徒とは何かが違う。成長したらどれほどのレベルになるんだ?

 しかしまいったな。回収の準備をしたけど、こんな小さいものだとは思わなかった。

 てっきりネルフの地下の使徒と同じくらい大きいと思っていたから、輸送船を沈めて海中で回収しようと思ったのに……。

 流石に放置はしておけないけど、時間も少ない。このアタッシュケースごと持ち出すのもまずいか。

 なら……封印しか無いか。でも、ここまで大きい魂を封印出来るのか。……このチャンスを逃すと次は無い可能性もある。

 やるしか無いか)


 シンジは部屋全体を、最大強度の五重の結界で覆った。

 そして、最大規模の術を使う準備をした。本来は万を越える人間の魂を同時封印する為の術である。

 シンジの左目が赤く輝いたまま、両手にある紋章が浮かび上がり光を放ち始めた。

 そして両手から放たれる光は、アタッシュケースの周囲に陣を描き始めた。


 シンジの額に汗が滲んだ。両手の紋章を使った封印術は強力過ぎるので、今まで使った事は無い。

 強力過ぎるが故に、シンジへの負担も膨大になる。

 アタッシュケースの周囲の陣を構成している光の量が、一定量を越えた時、変化は起きた。

 アタッシュケースから、人の頭程度の大きさの赤い玉が浮かんできた。

 普通、一人の魂を魂玉にした場合、小さいビー玉程度だ。だが、今浮かんで来た魂玉は、普通より遥かに大きい。

 そして密度も桁違いだった。だが、魂の分離には成功した。

 封印対象が胎児で抵抗が無かったから出来たのだろう。これが成体だったら絶対に無理だった。

 そう思わせるほど、目の前の魂玉から感じられる力は大きい。

 魂玉は薄く光って、振動している。そして波動が増えてきている。このままだと、元に戻られる可能性もある。

 普通の人間の魂玉に封印などした事は無い。通常は魂玉にした時点で抵抗力は無くなる。

 だが、目の前の魂玉は違った。魂を魂玉にされても、尚も抵抗している。

 すかさず両手の紋章に力を込め、十二重の封印を施した。

 流石に十二重の封印が効いたのか、魂玉からは使徒の気配の流出は収まっていた。

 アタッシュケースの中には、使徒の胎児の肉体はあるが、魂は無い状態だ。これで生ける屍になった訳だ。

 この使徒がどう成長しようが、魂の無い体では害は無いはずだ。

 そして、魂玉を自分専用の亜空間に移送していた。万が一、封印が破られた時の被害は考えたくも無い。

 だが亜空間ならば、亜空間移動の術を持たない限り、この空間への被害は無い。

 両手の紋章を使った大規模な封印術を行使して、個人で亜空間制御までしたシンジは疲れきっていた。

 だが、ユインが付いているとはいえ、ミーシャとレイも心配だ。

 額の汗を拭ってシンジは部屋を出た。電子ロックもかけた。これで、この部屋に入った痕跡は無くなった。

 霊的素養のある人間なら痕跡を見つけられるだろうが、そこまで気は使わない。いや使えなかった。疲れ果てていたのだ。

 溜息をついたシンジは、急いで士官食堂に向かっていった。

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 士官食堂

 案内の中尉に連れられて、ミーシャとレイと護衛の一人は士官食堂に入っていった。

 アスカも少し遅れて、入ってきた。

 艦隊の交代勤務の為か、食事時間を外した時間でも、士官食堂にはランチを取っている人影が見える。数人程度だ。


「ここが士官食堂だよ。ここに座って待っていて」


 ミーシャとレイは椅子に座った。護衛も一つ席を開けて、椅子に座った。

 案内してくれた中尉は、トレイにコーヒーを乗せて持ってきてくれた。


「コーヒーで良いかな。私は仕事があるからこれで失礼する。ここで待っててくれ」

「はい、ありがとうございます」


 ミーシャが礼を言って、レイも頭を下げた。ユインはレイの腕の中で欠伸をしている。護衛は笑顔で軽く敬礼した。


「大した事はしてないさ。じゃあね」


 可愛い女の子から礼を言われると、嬉しくなるものだ。ミーシャ達の対応に気を良くした中尉は、上機嫌で士官食堂を出て行った。

 コーヒーを飲みながらミーシャとレイが雑談を始めると、アスカがゆっくりと近寄って来た。

 そして、ミーシャとレイをじっくり見ながら分析した。


(この茶髪は顔からしてアラブ系か。顔はまあまあだけど、あたしの方が美人よ。……スタイルはどうでもいいわよ。

 それともう一人は蒼い髪に赤い目ですって。どういう子なのよ? 顔はまあまあだけど、あたしの方がスタイルは良いわね。

 あのサードの彼女? まあ良いわ。あたしの方が上だって分からせてあげるわ)


 ミーシャとレイの分析を終えたアスカは、会話の主導権を握ろうと大声で二人に怒鳴りつけた。


「あんた達は何者なのよ! あたしを投げ飛ばした奴がサードなの?」


 気の小さい人間ならば、大声で詰問されれば萎縮する。アスカはそこまで考えた訳では無いが、経験で知っていた。


「サード? 何の事? それに初対面の人に、物事を聞く態度とは思えないわね」


 アスカにはミーシャが対応した。レイは口数が少なく、口論では負けると分かっている事もある。

 それとミーシャはアスカの無礼さを不愉快に感じていた。自然と口調も冷たくなった。


「あたしはEVA弐号機のパイロット、セカンドチルドレンよ!」

「だから何? 単なるパイロットじゃない」

「EVAのパイロットよ! あの使徒を倒して、人類を救う選ばれたパイロットなのよ!」


 ドイツでは”君が世界を救うのだ。”とか”全世界の中から選ばれたパイロットだ”とか散々褒められ、身に染み込んでいた。

 そして、それがアスカの自信の源になっている。たかがパイロットなどと言う言葉は、絶対に認められない。

 ちなみにアスカの大声のせいで、士官食堂にいる人の目は三人に集中していた。三人とも美少女の為に尚更であった。


「実戦経験も無くて単なるパイロットというだけで、その態度なの? 何を考えているんだか……」

「選ばれたパイロットなのよ! 努力してもなれるもんじゃ無いのよ!」

「だから、それが何? 選ばれたと言うならシン様もそうだし、レイもそうだわ」


 アスカと話していると、ミーシャは頭痛がしてきた。根本的に性格が合わないと感じていた。

 冬月の用意したレポートは見たので名前は知っているが、アスカはまだ自己紹介もしていない。

 そして自分達の名前を聞こうともしない。いきなり怒鳴りつけてきた。

 ミーシャがさり気無く”レイ”もと言ったが、誰の事か分かっていないだろう。


「弐号機は制式機なのよ! 零号機や初号機とは性能が違うわ!」

「机上のスペックだけで自慢するの? 実戦結果を出してから言えば?」

「結果ぐらい、直ぐに出してやるわよ!!」


 アスカの顔は既に真っ赤だ。EVAのパイロットに選ばれてから、こんなに馬鹿にされた事は無い。

(皆が、あたしを見て、あたしを褒めた。この女は何を考えているのよ! あたしの実力を直ぐに見せてやるわ!)


「じゃあ、結果を出してからにして。あなたと話すと疲れるから」


 ミーシャはコーヒーを一口飲んで、苛々した心を落ちつけた。ここまで攻撃的に話してくる相手は始めてだった。

 対応に慣れないせいもあって、ミーシャのストレスはかなり溜まっていた。


 食堂に居た太平洋艦隊の士官の中で、日本語が分かる人間はアスカに非難の視線を向けていた。

 今までアスカの態度が悪かった事もある。子供と思って寛大に見ていたが、今の会話を聞いて落胆していた。

 ”実戦経験の無い新兵の取る態度では無い” それに尽きた。

 海賊等との実戦を経験している太平洋艦隊の乗員は、いかに机上と実戦が違うかを骨の髄まで分かっている。

 いかに訓練をしたとはいえ、実戦で結果を出せるとは限らない。

 訓練で優秀な成績を出した者が、実戦ではあっと言う間に死ぬ。それが戦場である。


「くっ。ミサトはどうしたのよ!?」


 アスカは態勢が不利な事を悟っていた。加持がいれば良いのだが、今日は見ていない。

 ミサトがいれば味方になってくれるだろうと思っている。四面楚歌は結構辛い。

 周囲からの視線が、自分に集中している事も察していた。


「知らないわよ。あたし達はネルフじゃ無いから、聞かないでちょうだい」

「あたしが来たからには、零号機と初号機なんてお払い箱よ。覚悟しなさいよ!」

「あたしの事は良いけど、お兄ちゃんに向かってお払い箱って、何か勘違いしてない?」


 ミーシャとアスカの論戦にレイが参戦した。

 ミーシャが疲れた様子だと言うのもあるが、シンジを馬鹿にされて黙っている訳にはいかない。


「あなたの実力は知らないけど、シン様をお払い箱って言える実力があるとは思えないわね」

「あんたがファーストなの! お兄ちゃんてどういう事よ」


 アスカがドイツネルフで聞いていたのは、ファーストは本部の司令の人形だと言う事だ。

 目の前の女がサードを兄と呼んでいる。これはどういう事なのか? 疑問が過ぎったが、その回答は無かった。


「あなたに説明する必要は無いわ。一つ言えるのは、あなたがシン様以上の実力を持っているとは思えないという事よ」

「あたしは制式採用機である弐号機のパイロットよ。大学まで出ているのよ。あたしがあいつより劣っていると言うの?」


 必死に頑張って大学を卒業し、EVAのパイロットとして十年間訓練を積んできた。同世代の男に劣る事があるとは思えなかった。

 だが、アスカの言葉をミーシャとレイは鼻で笑い飛ばした。ここでシンジの素性を言う訳にはいかないが、

 たかが大学を出たぐらいでシンジに勝っていると考えるアスカが滑稽に見えていた。


「シン様の事を知らないで、自分の方が優れているなんて良く言えるわね。後で赤っ恥をかくわよ」

「あんな冴えない奴が、あたしより上ですって? 有り得ないわ! ファーストも偉そうにして」


 アスカが立ち上がり、レイを指差して叫んだ。


「ファースト?」

「あんたの事よ。ファーストチルドレンでしょ!」

「違うわ。あたしはネルフのパイロットじゃ無い。だからファーストなんて知らないわ。あなたはセカンドなのね」


 レイの顔には怒りが浮かんでいた。ネルフのパイロットだった頃には、良い思い出がまったく無かった。

 洗脳されていたのだ。それを思い出して不愉快な思いになる。自然とアスカに対する口も乱暴になってきた。


「番号で言うな! あたしには”惣流・アスカ・ラングレー”って名前があるわ。失礼な事を言わないで!」

「最初に番号で呼んだのはあなた。自分が言うのは良いけど、言われるのは我慢出来ないの?

 そもそも、お兄ちゃんとあたしはネルフに所属してないわ。番号で呼ばれる筋合いは無いわ」


 その時、疲れた顔をしたシンジが士官食堂に入ってきた。すぐにミーシャとレイを見つけて、近づいてきた。


「廊下にも聞こえてたよ。最初に番号でレイを呼んだのは君だ。レイは君の言い方を真似て番号で呼んだだけ。

 何でレイが失礼と言われなくちゃならないんだ?」


 シンジはレイの隣に座って、レイの頭を撫でだした。レイは顔を薄っすらと赤く染めて、シンジを見つめている。


「そもそも、ボク等はネルフとは関係無い。君とは組織が違うんだよ。

 違う組織の人間に喧嘩口調で話すとは、ネルフは礼儀知らずが多いね。まったく司令がそうだから、下も同じく振舞うか。

 ネルフの全員が一階級降格された理由は知ってるのかい、ラングレー准尉」


 いきなり怒鳴った事といい、殴りかかってきた事といい、可愛いレイを責めるアスカに、シンジは遠慮する気は無かった。

 世の中には美人は正義だとか真顔で言う人間が居る。それは各自の自由であるが、シンジはそんな考えは持っていない。

 顔と性格は別物だと考えている。そしてシンジがアスカを気遣う必然性は何処にも無かった。


「な、何よ、偉そうにして何様のつもりよ! あんたなんか、あたしが来たからにはお払い箱よ!」


 三対一になり、ますます劣勢になった事をアスカは自覚した。だが、勢いは止まらない。

 目の前の男がサードだろうが、一瞥しただけでは少し自分より年上ぐらいの普通の男に過ぎないようにアスカには見えた。

 外見で人を判断すると痛い目を見る。人生経験の浅いアスカは、その格言を知らなかったようだ。


「実戦未経験の准尉がエースを自称か。弐号機以降はネルフの管轄だから、ボク達には関係無い事だ。

 君に使徒が倒せるか分からないけど、精々頑張れば。ボク等も忙しい。ネルフが使徒を倒せれば、それに越した事は無い」


 シンジには既にアスカとまともに話す気は無かった。使徒の魂を強制的に分離した事で、かなり疲れている事も理由の一つだ。


(この子のEVAに対する拘りは普通じゃ無いね。追い詰められた為か? それとも拘る方向で洗脳されているのか?

 まあ良い、少し様子を見ないと分からないだろうし。それにネルフの管轄だから、あまり接触も出来ないか)


 アスカが仮に洗脳されていても、こちらの計画の障害にならない限りは放置しようとシンジは思った。

 レイの時は何かを感じて保護したいと思った。まあ、実際の血縁だった訳だが。

 だが、アスカにそんな感情は全然湧いて来なかった。第一印象が悪い事もあるかも知れない。それに自分は万能では無い。

 自分の能力を過信して、全員の不幸を救えると思った時が、自分の破滅の第一歩と自戒していた。


「ふん! あたしが来たからには、使徒なんて簡単に倒してみせるわよ!!」


 アスカが宣言した時、士官食堂に不知火と護衛の一人、そして加持が入ってきた。

 加持の姿を確認したアスカが、歓喜の表情を浮かべた。四面楚歌の中で、やっと味方と言える加持が来たのだ。


「加持さーーーん、何処に行ってたのよ。護衛のあたしを放り出して!」


 アスカは席を立って、加持の側に近寄って腕に抱きついた。


「い、いや、済まん。ヤボ用でね」

「まあ、良いわ。許したげるわ」


 アスカは加持が来たので、機嫌が直ってしまった。アスカの顔に笑顔が浮かんだ。


「「ふふっ」」

「あんた達、何が可笑しいのよ!」


 ミーシャとレイの笑いに気が付いて、アスカが怒鳴りだした。加持の事を馬鹿にされたと思ったのだ。


「あなたのワンピースの背中が、汚れているわよ。さっきの甲板で投げられた時の汚れね。気が付かなかったの?」

「えっ、背中? 本当!?」

「ありゃ、本当だ。真っ黒だぞ」

「加持さん、本当なの!? お気に入りのワンピースなのに! こら、サード、弁償しなさい!」


 アスカは顔を真っ赤にして、シンジを指差して叫んだ。加持の前で馬鹿にされて、怒りは倍増していた。


「弁償? 何で?」

「あんたのせいで汚れたのよ! 弁償するのは当然でしょ!」

「いきなり殴りかかってきたのは誰だ? 女の子だから手加減したけど、こうも自分勝手な振る舞いをすると、

 こっちも我慢しきれなくなるよ。良いのかい、自称エースさん」


 シンジの苛立ちを含んだ視線がアスカを貫いた。声には若干の怒りが含まれている。

 実際のところ、シンジは加持の部屋で大規模な封印を行った事もあり、かなり疲労していた。

 その状態で、目の前の我が儘少女の相手をするのは、かなりストレスが溜まる。

 溜まったストレスは怒りになって、微かに漏れ出した。危険な兆候だ。不知火と加持は敏感にも、それを察知した。


「何ですって!」

「止めろ、アスカ!」


 加持は慌ててアスカを制止した。シンジに危険な兆候を感じたのだ。

 アスカをこのままにしておくと、大きなしっぺ返しを貰う事になる。それは、アスカの護衛役である加持の望むところでは無い。


「でも、加持さん!」

「いいから、止めろ!」


 渋々ながらも、アスカは加持の言う通りにシンジへの抗議を止めた。

 その様子を見て、シンジは不知火に声をかけた。既に、アスカの事など気にしていない。


「准将、話しは終わったんですね。では、ミーシャとレイにブリッジを見せてあげたいのですが、案内を御願い出来ますか?

 ボクは格納庫に行って、百里の人達と話してますよ」


 不知火の目が光った。シンジが格納庫に行くという事は、天武の準備をするという事だろう。そう理解した。

 ミーシャとレイには念話で連絡済みだ。


「わかった。二人は私が預かろう。ブリッジに案内する。良いかな?」

「「御願いします」」


 ミーシャとレイの言葉に、不知火の顔が綻んだ。不知火も礼儀を弁えた美少女には弱いらしい。

 不知火がミーシャとレイを連れて行き、シンジも士官食堂を出ようとした時、声がかけられた。


「ちょっと待ってくれ。少し話しがしたいんだがね。碇シンジ君」


 加持がシンジに話しかけてきた。

 先程の話しを聞いていて、声をかけてきた男の名が”KAJI”という事は分かっている。

 あの使徒の気配がしたアタッシュケースが置いてあった部屋のネームプレートと同じ名前だ。


「……ボクの名前を知っているんですか?」

「そりゃあ当然だろう。エヴァンゲリオン初号機パイロットであり、北欧連合の秘密兵器である天武のパイロットでもある。

 世界中が君に注目しているんだ。知っていて当然だろう」


 加持がシンジを褒めるのを聞いていて、アスカの機嫌が悪くなっていった。

 そして、周囲で聞いていた太平洋艦隊の士官達の顔色も変わってきた。北欧連合の名前の為である。

 六年前の報復で家族や知人を亡くした人間は多い。

 さすがに子供であるシンジに殴りかかる人間はいないが、雰囲気はさっきより悪くなっている。

 シンジは太平洋艦隊の士官の変化を敏感に察した。心の中で加持に毒づいたが、顔には出さずに冷静に対応した。


「ボクはあなたを知らない。そして、ボクの顔写真は容易に出回る訳が無い。なのに、あなたは知っている。

 そこのラングレー准尉と知り合いと言う事は、ネルフの人ですか?」

「ああ、自己紹介がまだだったな。ネルフに所属している”加持”と言う。宜しくな」

「ボクの事を知って、そんな口の利き方をするとは、階級は佐官ですか? まさか将官という事は無いでしょうね?

 尉官ごときに、こんな口の利き方をされる覚えはありませんしね」

「……三尉だ」


 一瞬、遅れて回答があった。加持は別に階級に拘るつもりは無いが、それでも三尉というのは少し恥ずかしい。

 目の前の少年が少佐であると知っていたから尚更だ。


「ネルフ全員が一律降格する前は二尉という事ですか。で、その三尉がボクに何の用ですか?

 まさか単なる挨拶程度で、ネルフの三尉ごときが、ボクにあんな口の利き方をするとは思えませんが


 シンジは少佐だ。三つの階級差が存在する。組織が違うとはいえ、ある程度の礼儀は必要になる。


「い、いや、単なる挨拶だよ。また後で話したいんだが……」

「結構ですよ。ネルフの三尉に、そんな口の利かれ方をされたくは無い。

 ネルフの人間が礼儀知らずというのは知っていますからね。二度と声をかけてくれなくても結構ですよ」

「ちょっと、あんた、加持さんに向かって、何て事を言うのよ!」

「アスカ、待て!」

「でも、加持さん」

「良いから、待て!」


 加持とアスカが言い合いをしているうちに、シンジは士官食堂を出てしまった。

 弐号機パイロットの性格は粗方分かった。あれでは、こちらの命令など聞きはしない。ならば、天武で倒すまでだ。






To be continued...
(2009.04.25 初版)
(2011.03.13 改訂一版)
(2012.06.23 改訂二版)


(あとがき)

 まあ、今まで容赦の無いシンジ君を書いてきましたので、ある程度は予想出来たと思います。

 ぶっちゃけて、アスカは同世代で自分の上の実力を持った人間を知りません。

 そして自分より実力がある人間に突っ掛かった結果は、甘んじて受けて貰います。

 もっとも、最後には救済をする予定ですが、それまでは良い目を見る事は少ししかありません。

 やっぱり、第一印象って大事ですよね。



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