第二十話
presented by えっくん様
士官食堂に居る職員の冷たい視線を避ける為、加持とアスカは甲板に移動していた。
「どうだ、碇シンジ君は?」
「何よ、すかしちゃって。あんな奴がサードだなんて幻滅!」
「だが、彼のシンクロ率は最初から99.89%だ。微動もしていないそうだ」
「嘘! それって理論限界値じゃない! それも最初から!?」
アスカは驚いて顔色が変わった。十年間、訓練を続けてきた自分のシンクロ率は、まだ60%台だ。
いきなり呼ばれたと聞いているサードのシンクロ率が、自分より上だなどと信じられる内容では無い。
「そうだ。それにATフィールドの展開も出来ている。
あの蒼い髪のレイって子のシンクロ率は70%台だそうだが、同じくATフィールドの展開も出来たそうだ」
「くっ」
アスカはまだATフィールドの展開は出来ていない。シンクロ率に関しても、二人とも自分より上だと言うのか!
顔が屈辱で真っ赤に染まった。だが、このままでは済ませない。自分の実力を見せてやると内心で誓っていた。
アスカの様子を見て、このままだとシンジ達に噛み付いて行くだろうと加持は判断した。それは上司の意向に外れてしまう。
誘導しようと、加持はシンジの事を小声で説明し始めた。
「……アスカは、北欧の三賢者の事は知っているよな」
「知ってるわよ。『東方の三賢者』のパクリでしょ。まあ実績は出しているようだけど、ママの方が上よ!」
「三人の中の最後の一人の『魔術師』の事は知ってるか?」
「……確か、核融合炉と粒子砲の開発をしたって奴の事? 噂だけは知っているわ。
でも実在するかは分からないって聞いているわ。それがどうしたの?」
六年前の北欧連合の報復で、ドイツネルフ(当時はゲヒルンのドイツ支部)も対象になっていた。
その時、アスカの部屋も被害を受けていた。お気に入りの人形が駄目になった恨みは、今でも忘れていない。
「北欧の三賢者の魔術師が、さっき会った碇シンジ君だと言ったらどうする」
加持は周囲には聞こえないような小声で話した。他に人が居ない事は確認してある。
「ま、まさか! 確か、核融合炉が実用化されたのは八年前よ。まだ幼児の頃じゃ無い。そんなはずは無いわ!」
アスカは大声をあげて反論した。当然の反応だろう。
普通、六歳児にそんな物が開発出来る訳が無い。信頼する加持の言葉とはいえ、すぐには信じられないのも当然だ。
「アスカ! 声が大きい!」
「あ、ごめんなさい」
「一応機密なんだからな。他の人間に聞かれると困るぞ」
「わ、分かったわ。でも、本当なの?」
「本当さ。それと最初の使徒はネルフのEVAでは無く、北欧連合の天武というロボットが倒したんだ。
そして天武の開発者兼パイロットが、さっきの碇シンジ君だ。使徒以外にも実戦経験はある。階級は技術少佐だ」
「う、嘘!? EVA以外で使徒が倒せたの? 本当に? それで、あいつが使徒を倒した機体の開発者で技術少佐なの?」
加持の目論見は当って、アスカは狼狽していた。アスカは大学を卒業し、並みの軍人以上の実力を持っている。
十四歳という年齢を考慮すれば、十分過ぎるほど優秀だ。それがアスカの自信の根源にもなっている。
だが、上には上がいた。アスカではシンジに対抗出来ない事は、加持にも分かっていた。
シンジがゲンドウを嫌い、ネルフに様々な制約や罰を加えている事を知っている。
アスカが今の態度のままでシンジに応対すれば、何れはシンジから報復を受けると断定していた。
女だからと言って、容赦する性格では無いと聞いている。
さっきのアスカのやり取りも、加持にしてみれば冷や汗ものだった。最初だから、大目に見てくれたのだと思う。
だが二度、三度と続けば、シンジも容赦はしないだろう。このままではアスカが危険だ。
だからこそ、アスカがシンジにこれ以上関わらないように脅しをかけた。
「そうさ。入ったばかりの最新情報だ。でもアスカ。これは機密だ。誰にも言うんじゃないぞ。たとえ彼本人にもだ」
「……何で、本人に言っちゃ駄目なの?」
「ネルフでも彼の正体を知っているのは、限定されている。不用意に言うと、誰から聞いたか調べられる。
だから言うんじゃない。俺もアスカを信用して言ったんだからな」
「わ、分かったわ」
アスカはまだ疑心暗鬼だ。加持の言葉だが、容易に信じられる内容では無かった。
「彼に不用意に関わるんじゃ無いぞ。ネルフの全員が一律一階級降格したのは、彼が要求したからだ。
しかも、司令と副司令には二階級降格を要求し、要求通りに降格になっている。
アスカと言えど、喧嘩を売れば只じゃ済まない。弐号機のパイロットだと言っても、彼には通用しない」
アスカは唾を飲み込んだ。ネルフ司令の噂は聞いていた。冷徹無情、陰謀家、策士、色々な噂がある。
ドイツ支部でも、ネルフ司令は恐れを抱く存在として周知されていたのだ。
以前にゲンドウと国連の事務総長から、ネルフの全職員に降格処分が行われた時に、説明のメールが送られていた。
その時のメールには北欧連合からの要請という一文があっただけだ。それがシンジの要求だとは今初めて知ったアスカだった。
「それと彼の格闘技術は相当なレベルだと思う。アスカを簡単に投げ飛ばした事でも分かるだろう」
「えっ! 加持さんは見ていたの?」
「ああ。ちょっと離れた場所からな。彼の歩き方とか見ていると、確かに相当出来ると思った方がいい。
それと彼は左手首にリストバンドをしている。少し盛り上っていたし、何らかの武器を隠している可能性もある。
何れにせよ、彼の情報はまだまだ少ない。ある程度は彼の事が分かるまでは、近寄らない方がいい」
「…………」
「俺は野暮用がある。また後でな」
アスカをなるべく国連軍と北欧連合に近づけるなと、加持は命令を受けている。
だからこそ、シンジの情報をアスカに話した。あそこまで話せば、シンジに近づかないだろうと考えたのだ。
だが、果たして加持の考えるような効果があっただろうか?
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OTR:格納庫
百里から飛んできた『ワルキューレ』五機の周囲には、太平洋艦隊のパイロットや整備員が群がっていた。
『ワルキューレ』はVTOL機で、航空機で初めて粒子砲を搭載した機体だ。
第三使徒(第五使徒:ラミエル)の時の活躍は、太平洋艦隊にも噂が広まっている為もあって見物人が多い。
何より初めて見る機体だ。興味が湧くのは当然だろう。
そんな中、シンジは休憩している百里のパイロットに話しかけていた。
「申し訳ありませんが、『ワルキューレ』を一機、お借りしたいのですが」
「……不知火准将から話しは聞いている。だが、こいつは北欧連合の最新鋭機だぞ。
操縦も結構難しい。子供の君が操縦出来るとは思えんが……第一、パイロットライセンスが無いだろう」
「神田三佐、詳細はここでは言えませんが、信用して貰えませんか」
神田はシンジの目を見て頷いた。釈然としないものはあるが、シンジの目を見て信用する気になったのだ。
「分かった。俺の機体を使え。燃料はまだ十分に残っている。第三新東京ぐらいは行けるだろう。これで良いか?」
「ありがとうございます。後で必ず返却します」
「いいさ、おーーーーーい、『No.01』が出るぞ。退いてくれ」
No.01と書かれた『ワルキューレ』の周囲の人が退いていった。
シンジは私服のまま『ワルキューレ』に乗り込もうとした。だが、その時いきなり声がかかった。
「待ちなさい! サードはあたしに付き合いなさい!」
アスカだった。加持から忠告されたにも関わらず、アスカはシンジに突っ掛かっていった。
加持の話しとはいえ、アスカは疑う気持ちが強かった。自分の目で加持が言った事が本当かを確かめるつもりだった。
シンジはアスカを一瞥したが、すぐに視線を戻して相手にしなかった。
重要な用事が控えているし、話す価値がある相手では無いと判断していた為である。
私服のままでコクピットに乗り込み、酸素マスクを慣れた感じで装着した。
「こらーーーー!! 無視するんじゃ無い!!」
「馬鹿! 危ないから下がっていろ!」
アスカは『ワルキューレ』に近づこうとしたが、整備員に慌てて止められた。
既に『ワルキューレ』はエレベータ上に乗っている。このまま甲板に上がれば、後は離陸するだけだ。
「お嬢ちゃん、危ないから機体には近寄るな。あれが飛ぶ所を見たいんなら、こっちに来な」
神田がアスカに声をかけた。そこには、整備員用のエレベータがあった。
「ふん! 良いわ、行ってやろうじゃない!」
シンジに無視されたアスカは怒りに顔を染めていたが、シンジの操縦する『ワルキューレ』を見ようと甲板に上がった。
この時、アスカの背中の汚れを見て整備員の数人が笑ったが、アスカが気が付く事は無かった。
「こちら『ワルキューレ01』。離陸許可を求む。VTOLだから、カタパルトは不要」
『管制だ。不知火准将から話しは聞いている。OKだ。そのまま離陸しろ』
「了解。感謝する」
シンジは『ワルキューレ』のエンジンを入れた。僅かなアイドリングの後、エンジン出力を上げた。
機体が浮かびだした。ある程度の高度を取ってから脚を収納し、水平飛行に移るのが普通のVTOLの発進方法だ。
「へーー。結構上手いじゃないか。と言うか慣れているな。初めての機体で、あそこまで操作は出来んな」
「神田もそう思うか。確かにバランスの取り方がうまい。風が強い海上で、あそこまでバランスを取れるとはな」
「確かにな。バランスだけ見れば、百里にあれが配備されて訓練を繰り返してきた俺達に匹敵する。子供だろうに何者だ?」
百里から飛んできたパイロット五人が、シンジの操縦する『ワルキューレ』の離陸風景を論評していた。
「さあな、不知火准将から詮索無用と言われているがな」
「あれはかなりの飛行経験があるな。オートバランサ−があるとはいえ、さっきの突風でも安定している」
「まだ子供なのにな」
「何よ、あいつの操縦はそんなに上手いの?」
「ああ、お嬢ちゃんには分からないかもしれんが、あの機体はかなり癖が強いんだ。
北欧連合の最新鋭機だけど、じゃじゃ馬でな。慣れるまでに苦労するんだ。
オートバランサ−が付いているとはいえ、下手な奴じゃあ、あそこまでバランスは取れないさ」
「ボウズの癖に大したもんだ。次に会ったら、じっくり話しを聞かないとな」
「まったくだな」
百里基地のパイロットの話しを聞いて、アスカは考え込んだ。
癖がある最新鋭機を難なく操る。それは加持の言った事が本当である証拠になるだろう。
だが内心では、あの男が自分を上回る実力を持っているなど認められなかった。
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OTR:ブリッジ
「あの突風でもバランスを崩さないとはな、大したもんだ。あれが百里のパイロットの技量か。それとも機体の性能か?」
ローグと不知火は、シンジの操縦する『ワルキューレ』の離陸を見ていた。
ハリアー(VTOL)を積んではいるが、北欧連合の『ワルキューレ』の離陸を見るのは初めてだ。
初めて見る機体とあって興味津々だ。他の艦橋要員も次々に論評を始めていた。
「いえ、今のパイロットは百里のメンバーでは無いですよ。先程の少年ですよ」
「何っ!? あの黒髪の少年が操縦しているのか? あの年齢でパイロットライセンスを持っているのか?」
「……パイロットライセンスですか? さあ、そこまでは知りませんでしたが」
「ふむ。腕試しをしてみたいところだが………」
たまに、太平洋艦隊の戦闘機と百里の戦闘機で、親睦を深める為と訓練の為に模擬戦闘を行っている。
今のところ、戦績は太平洋艦隊が上だ。模擬戦闘は太平洋艦隊要員の楽しみの一つになっている。
「それはまた後で御願いします。それより、準備は大丈夫ですか?」
「ああ、各艦に警戒態勢を取るように通達はしてある。後は敵を待つだけだ」
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輸送艦:オセロー
アスカはオセローに移動していた。加持のいない今、一人寂しく部屋に居る気にはならなかった。
そして太平洋艦隊では、誰もアスカとまともに話そうとする人間はいなかった。
アスカの態度が横柄な事もあるが、艦隊乗務員とは年齢が離れているので会話にならないのだ。
サードはVTOLで飛び去ってしまった。気に食わない二人の女(ミーシャとレイ)がいるが、探す気も無かった。
だから、愛機である弐号機が置かれているオセローに来ていた。
エヴァンゲリオン弐号機。零号機と初号機に引き続いて製造された、最初の制式機。
様々なオプションパーツも開発され、戦闘能力は零号機と初号機を凌駕すると考えられている。
そしてアスカの母親の遺作でもある。アスカはパイロットに選ばれてから十年間という間、この弐号機との訓練に明け暮れてきた。
ある意味、この弐号機と共に十年間を生きてきたのだ。
アスカは手を伸ばし、弐号機に触れた。そして、この弐号機と共に過ごした過去を思い起こしていた。
ドーーーーン
アスカが過去の回想に浸っていると、かなりの衝撃がオスローを襲った。
「きゃっ!」
アスカはLCLの溜まったプールに落ちそうになるのを、何とか堪えた。そして、直ぐに部屋を出た。
オセローの甲板からは、海上に立ち上る黒煙と、沈没していく巡洋艦の姿が確認出来た。
「何なのよ!? 事故なの!?」
次の瞬間、巨大な白い生物が海中から躍り出た。鰭があるから海中に生息する生物だろう。
だが、クジラより遥かに大きく、外観も違っている。
アスカが見ている中、その生物は巨体で駆逐艦を押し潰した。
駆逐艦は真っ二つに割れ、黒煙を上げながら沈没して行った。他の艦からの攻撃が始まったのもその頃だ。
巨大な生物に対して、戦艦・巡洋艦・駆逐艦・護衛艦からの砲撃が開始されたが、一切の効果は無かった。
続いて、空母からは戦闘機と攻撃機が発進し始めた。間違い無い、『敵』なのだ。
それも、あんなに異様なのは使徒ぐらいしか無いだろうと思う。
アスカは今まで来襲した使徒の映像は見た事は無かったが、加持からある程度の情報は聞いていた。
そして、決断した。
「チャ〜ンス!」
自分の実力を示す良い機会だ。思わぬハプニングに、アスカはニヤリと笑った。
そしてプラグスーツに着替えようと、バッグを取りに走り出した。
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OTR:ブリッジ
次々と爆破沈没する僚艦と、襲い掛かる敵への対応でブリッジは混乱していた。
「各艦は距離を取って敵の回避に全力を尽くせ! 機銃は効かないしミサイルは照準が間に合わん。
攻撃は戦艦の砲撃と航空機に任せる。ソナー、敵の位置は捕捉しているか!?」
「はい、また反転してきました。進行方向にテンペストがあります」
「テンペスト、至急回避行動を取れ! 敵の水中移動速度は? 魚雷は準備出来るか?」
「敵の水中移動速度は、約40ノット。魚雷攻撃は可能ですが、敵は生物です。磁気探知付きのフォーミング魚雷は使用出来ません」
「アクティブソナータイプの魚雷で攻撃しろ!」
「了解しました」
「敵、コースを変更。まずい! 敵進路上にフェルミオンがいます!」
「駄目だ! 間に合わない!」
使徒は海中を縦横無尽に移動し、海中から艦に体当たりしたり、時には空中に飛び出て、艦艇を押し潰した。
空中にいる時間は短く、ミサイルの照準は間に合わない。
使徒が空中にいる時の攻撃手段は戦艦の主砲と、航空機からの攻撃だ。
だが、使徒に当たっても一切の効果は無い。全てATフィールドで防がれてしまう。
海中でも同じだった。魚雷が敵に向かって海中を走り、接触して爆発しても一切の効果は無かった。
そもそも敵の移動速度が速すぎて、命中する魚雷も全体の数割に過ぎない。
既に、巡洋艦一隻、駆逐艦五隻、護衛艦六隻、潜水艦四隻が沈んでいた。
早急に海上の生存者の回収をしたいのだが、戦闘中の為に、それも出来ない。
自分達の攻撃は一切効かず、敵の攻撃で次々と僚艦が沈んでいく。
太平洋艦隊は、このままで嬲り殺しになる。太平洋艦隊の将兵達は、恐怖を感じ始めていた。
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太平洋艦隊の騒ぎを知り、加持は自室に戻っていた。
部屋に入ると何か違和感を感じた。表面上は何も変わらないが、何時もと違う雰囲気が感じられたのだ。
調べて見たが、部屋が荒らされた形跡も侵入された形跡も無かった。
一番重要な荷物は、無事である事を確認してある。時間があれば徹底的に調べるところだが、今は時間が無い。
加持は携帯電話を取り出し、電話をかけた。
「私です。こんなところで使徒襲来とは、ちょっと話しが違いませんか?」
加持はこの重要な荷物を届ける相手に連絡を取っていた。
緊急事態である事は確かだが、言葉には余裕が感じられた。
『そのための弐号機だ。それに予備のパイロットもつけている。最悪の場合、君だけでも脱出したまえ』
「分かっています」
私物は持たずにアタッシュケースのみを持って、加持は部屋を出て格納庫に向かった。
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OTR:格納庫
百里から来たパイロット四人も太平洋艦隊と共闘しようと、ワルキューレを出す準備に入っていた。
「児玉、悪いが、おまえの機を借りるぞ」
「はっ。了解しました」
「神田、出るのか?」
「当然だろう。このまま居ても、やられるだけだ。だったら出撃した方が良いだろう」
「そうだな。この前のように三機一体で粒子砲を撃てば、あの敵にもダメージは与えられるだろう」
「タイミングが難しいがな。という事で、向井は俺達の援護だ。三機一体攻撃は、俺と栗原、風間がやる」
「はっ了解しました。”百里の三羽烏”の腕を拝見させて頂きます」
「おーし、良く言った。しっかり見とけよ!」
OTRの格納庫にある『ワルキューレ』は四機だ。四人のパイロットは、戦闘に参加しようと搭乗を開始した。
「おおーーーい。『ワルキューレ』四機が出る。準備してくれ!」
「待ってくれ。司令部からは艦載機を早く出せと言われている。その後にしてくれ!」
「しょうがねえな。分かった。こっちは準備しておく、早くしてくれよ」
「分かった。後、十分程だ。待っててくれ」
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OTR:ブリッジ
太平洋艦隊の首脳部と不知火が、戦況を確認していた。
戦闘が始まってからは、ミーシャとレイは邪魔にならないようにブリッジの隅に居た。
「主砲、爆雷、魚雷、どれも直撃しても効果無しか。これがATフィールドと言うやつなのか?」
「ええ。最初の使徒に戦自がN2地雷を仕掛けましたが、足止めにしかなりませんでした。
直撃すれば多少のダメージは与えられますが、ここでN2の使用は危険です。
水中衝撃波で沈没する艦が出ますし、海上の生存者は全滅します」
不知火の冷静な指摘が入った。だが、通常兵器で敵にダメージを与えられないのなら、太平洋艦隊に打つ手は無い。
次々と増え続ける損害に、艦隊司令部があるブリッジには焦りの念が広がっていた。
「此処ではN2は使えんという事は分かっている。もう少し距離があれば良かったが、今は近過ぎる。
それで君の言った切り札とは、何時来るのかね?」
「この艦隊から数分程度のところに準備すると言っていました。
先程、飛んで行った『ワルキューレ』に乗っていたのがその切り札のパイロットです。もう少々、お待ち下さい」
「提督、格納庫からです。百里のパイロット達が、『ワルキューレ』で出ると言ってきています」
「……分かった。出させろ!」
「了解しました」
この前の使徒に、百里の国連軍が一矢報いたと聞いている。提督の顔に期待感が滲み出た。
「確かこの前の敵に『ワルキューレ』三機一体の粒子砲攻撃で、敵の粒子砲を無効化したと聞いている。
不知火君、今回も通用すると思うかね」
「分かりません。前回の敵と今回の敵で、防御力が同じかは判りませんし、あの攻撃はタイミングが難しいですからね。
ですが、やってみる価値はあるでしょう」
現時点で太平洋艦隊に打てる手は無い。ならば可能性があるなら、やってみようという気になる。
そこにソナーを監視していたオペレータから報告が入ってきた。
「提督、ソナーに新しい反応です! 個数は二十八。水中約80ノットで散開して本艦隊に急速接近中!」
「何だと、魚雷か!? それにしても速過ぎる!」
「いえ、スクリュー音はありません。定期的にアクティブソナーを発信しています」
ブリッジが騒然とした。アクティブソナーという事は、人の手によるものだろうが、敵か味方か判断出来ない。
続いて、レーダーを監視していたオペレータからも報告が入ってきた。
「提督、レーダーに航空機の反応! 機数は八、高度は九千。マッハ3.5で、本艦隊に急速接近する航空機があります」
「馬鹿な! マッハ3.5を出せる航空機など、世界中を探しても無いだろう! ミサイルか!?」
「いえ、航空機識別信号を出しています。現在確認中……出ました! 北欧連合の所属です。間違いありません!」
「北欧連合だと!? 何で、太平洋に北欧連合が!? ……不知火君、これが君の言っていた切り札かね」
確かに現状はかなり不利で、希望が出るのであれば、藁にも縋りたい気持ちだ。しかし、北欧連合とは因縁があった。
「……いえ、切り札は別ですが、これも支援戦力だと思って大丈夫でしょう」
「まだ、切り札は別にあるのかね?」
ローグは疑うような目で不知火を見たが、通信士から別の報告が入ってきた。
「提督、北欧連合の天武というコードネームで通信が入っています。不知火准将を呼んでいます。どうしますか?」
「繋いでくれ」
『こちらは天武。ブリッジの不知火准将を御願いしたい』
「シン様」 「お兄ちゃん」
『ミーシャとレイか。もうすぐ着くから、待っててくれ』
ミーシャとレイの顔から緊張の色が薄れ、笑顔が浮かんだ。ブリッジの緊張した空気に二人も影響されて、不安だったのだ。
「少佐か、私だ。艦隊に接近する航空機八機と、水中を高速で移動する物体二十八を確認した。これは少佐の手配か?」
『ええ。”ワルキューレV”八機と、マーメイド二十八機を発進させました。これより太平洋艦隊の援護に入ります。
ボクは天武に乗って、そちらに向かっています。移動速度は遅いので、到着は少し遅れますがね』
「分かった。援護に感謝する」
不知火は安堵の表情を浮かべて通信を切った。増援が来たのだ。それも最初の使徒を倒した実績がある機体だ。
油断は禁物だが、現状を打破する事は出来るだろうと思っている。
「ふう。北欧連合に援護されるとはな」
「……提督」
不知火の顔に、軽い非難の色が浮かんだ。ローグの言葉は、救援される側の言っても良い内容では無い。
「分かっている。分かってはいるのだよ。あの戦争はアメリカが先に殴りかかったという事も、北欧連合の攻撃は
謝罪要求を政府が無視した結果だという事もな。悪いのはどちらかは、分かってはいる。
だがな、我が艦隊将兵の家族が大勢死んでいる。わしも息子が死んだ。
怨むのは筋違いとは分かっているが、感情は納得していないのだ!」
「…………」
「だが、ここで北欧連合の援軍を拒否するような馬鹿な真似はせん。援軍はありがたく頂く。
遺恨に囚われて艦隊を全滅させるような馬鹿は、我が艦隊にはいない。共通の敵がいるのだ。共闘するのが当然だろう」
「提督」
不知火の顔に笑みが浮かんだ。どうやら共闘するのに問題無いと判断したのだ。
「あの天武は最初の使徒を倒した機体です。あれならば、今の敵に対抗出来るでしょう」
「最初の使徒を倒したと言うのか!? 成る程、それが切り札という事か」
「ええ。どうやって仕留めたかは私にも秘密と言っていましたが、実績がありますからね。期待は出来ます」
ローグと不知火の話しを聞いて、ブリッジに漂っていた絶望感が薄れ、僅かだが期待感が広がっていく。
最初の使徒を倒した機体が、援軍に来るというのだ。期待するのは当然だろう。
「北欧連合の援軍の状況は?」
「水中のマーメイドは既に敵に攻撃を仕掛けています。敵の進行方向に、僚艦がいる場合に攻撃を仕掛けています。
敵の移動速度は変わっていませんが、進路方向が変わっています。
水中爆発音が聞こえますから、魚雷か爆雷で敵の進路をずらしているようです。
どうやら、マーメイドは敵の殲滅を行わずに、我が艦隊への被害を減らす為に攻撃している模様です」
援軍が来たと聞いて、オペレータにも余裕が戻ってきていた。事実、マーメイドが来てから沈没する僚艦は激減していた。
「六年前にバルト海艦隊と大西洋艦隊を全滅させた海中秘密兵器か。海中移動速度が80ノットとはな。一度は見てみたいな」
「ええ、私も見た事はありません。北欧連合の軍事機密でしょうからね」
「彼らと共闘するか。確かに時代は変わっているのだな」
ローグは複雑そうな表情になっていた。
確かに遺恨に囚われている場合では無いのは承知済みだが、感情を納得させるのに苦労している。
「提督。北欧連合のワルキューレから通信が入っています。どうされますか?」
「繋いでくれ」
『こちらは北欧連合所属の第88飛行隊。コードネーム”サキ”だ。これより太平洋艦隊を援護する』
「私は太平洋艦隊司令のローグだ。援護を感謝する」
『司令閣下でしたか。これは失礼しました。我らはあくまで時間稼ぎです。本命は天武です。
我が飛行隊は一分後には到着しますので、それから作戦行動に入ります』
「分かった。宜しく頼む」
『第88飛行隊と太平洋艦隊の艦載機全機に告げる。私は北欧連合所属、第88飛行隊の指揮官”サキ”だ。
敵はATフィールドと呼ばれる不可思議なフィールドを展開する事が出来る。
見えないフィールドだが、接触するだけで航空機は落とされる。攻撃の時は注意するように!
出来るだけ敵の近くに寄らず、遠距離攻撃に留めるようにしろ。それが被害を抑える事になる。
敵のATフィールドはN2弾でさえ耐えられる。ミサイル程度では敵には通用しない。
本命の天武が到着まで時間を稼ぐ事が我々の任務だ。成功を祈る!』
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太平洋艦隊の上空には、太平洋艦隊の空母艦載機が乱舞していた。
そこに、第88飛行隊の『ワルキューレV』八機が到着した。
『ケンとウォーレンは私に続け。ラウンデルは第二小隊を指揮。グレッグとゲイリーで組め。
ミッキーは第一小隊の援護。フーバーは第二小隊の援護だ。天武が来るまでの時間稼ぎだが、手抜きはするな。
それと、少佐の言っていたATフィールドには注意を怠るな! 接触するだけで落とされるぞ!』
『へへっ。腕がなるぜ』
『ああ、久々の戦闘だな。しかも、今回の相手は化け物ときたか』
『二年前の中東以来の大物だな。最近は訓練が多かったからな』
『ようやくワルキューレからワルキューレVに慣れてきたんだ。じっくりいかせて貰うぜ』
『グレッグ、ゲイリー。油断はするなよ。あくまで我々は時間稼ぎが任務だ。フーバー、援護は頼むぞ』
『分かってるよ。でも血が騒ぐんだよ』
『まったく、戦争大好き全開中年だもんね!!』
『ワルキューレ各機に告げる。敵が空中に出て艦を押しつぶそうとした時は、トリプルクロスアタックをかけろ!
粒子砲は敵のATフィールドに阻まれるだろうが、粒子砲の圧力で敵の進路は変えられるはずだ』
『奴が空中にいる時に、粒子砲を撃てばいいんだろう?』
『今までの戦闘データでは、一機の粒子砲では通用しない。三機のトリプルクロスアタックで、辛うじて通用するレベルだ。
単機での攻撃は通用しないと思え! それと、敵の身体のどこかに赤い珠があれば報告しろ。それが敵の弱点だ』
『『『『『『『了解』』』』』』』
『では行くぞ! 第88飛行隊、攻撃開始!!』
第88飛行隊は二チームに別れて、編隊を組んだ。そして、使徒が暴れ狂う太平洋艦隊の上空に突入して行った。
太平洋艦隊の艦載機の攻撃は、使徒にはまったく効いていなかった。
辛うじて、空中にいる時の使徒に集中攻撃を加えて、使徒の方向が少し変わる程度だった。
僅かばかりの進路変更では、撃沈から大破に変える程度しか出来ない。
マーメイドによる援護で海中衝突で沈む艦は減ったが、空中から押し潰される艦はあまり減らなかった。
だが、ワルキューレV八機が攻撃に加わってから、状況に少し変化が出てきた。
トリプルクロスアタックによる螺旋を描く粒子砲は使徒のATフィールドに阻まれるが、確実に使徒を押し返している。
それを見た空母艦載機のパイロットにも希望が湧いてきた。まったく攻撃が通用しない訳では無いのだ。
そこに、百里のワルキューレ四機も戦線に参加した。
『栗原、風間、俺たちも攻撃に加わるぞ。向井は援護を頼む』
『了解です。援護は任せて下さい』
『神田、粒子砲の出力は最大にセットだ。それとエネルギー残量に注意しろ』
『分かってるって。それにしても北欧連合はワルキューレVか。北欧連合は最新鋭機を回してくれたんじゃ無かったのかよ。
俺たちのワルキューレが旧式タイプとはな』
『神田、ぼやくな。旧式とはいえ、今までの戦闘機より遥かに性能は上がっているんだぞ』
『風間か、まあそうだがな』
『こちら天武です。神田三佐。本国でもワルキューレが正式配備機です。
ワルキューレUはやっと生産体制に入ったばかりです。まだ配備機はありません。
そして、ワルキューレVはロックフォード財団が改良中の試作機です。意地悪して旧式の機体を回した訳ではありませんよ』
『その声! さっきの坊主か!?』
『ええ。先程はどうも。天武の到着まで約三分かかります。それまでの時間稼ぎを御願いします』
『……分かった。後で話しを聞かせて貰うぜ』
『ええ。生き残って下さいね。グッドラック!』
『言ってくれるな』
『ああ。天武とやらがどんな機体かは知らんが、期待させて貰おうか』
『風間、神田、無駄口はそれくらいにしておけ。編隊を組むぞ』
『ああ、分かった。無駄弾は撃てないからな』
『よし。フォーメーションTCAを組むぞ』
『『了解!!』』
百里のワルキューレ四機は編隊を組み直した。そして、空中に躍り出た使徒を攻撃する態勢を整えていた。
『俺たちには出来る事は無いのか?』
『こっちの機体には粒子砲は積んでないからな。ミサイルが通用しないのは確認済みだろう』
太平洋艦隊の艦載機のパイロットは無力感に囚われていた。
使徒の動きは早く、空対地ミサイルなら直撃を与えられるが直撃しても効果は無い。
爆弾搭載機は爆弾を命中させようとするが、敵の動きが早すぎて照準が合わせられない。
元々、機銃レベルでは効かないと分かっている。つまり、現状の武装レベルでは打つ手が無いのだ。
『貴様らは負け犬か! それでも太平洋艦隊の士官か! 情けない事を言うな!』
『しかし、隊長。俺たちの機体の武装では、奴にダメージを与えられない事は分かっているでしょう』
『そうです。打つ手はあるんですか?』
『集中攻撃すれば、多少の進路変更は出来ただろう。援軍の攻撃に同調出来れば、敵にダメージを与えられるかもしれない。
海軍魂を忘れたのか! 決して死ぬまでは諦めるな! 最後の最後まで足掻き続けるんだ!』
『はっはい。申し訳ありませんでした!』
『申し訳ありませんでした!』
『分かれば良い。武装を使い切った機は、順次補給を行え。急げ! 気を抜くなよ!』
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人気の無いところでプラグスーツに着替えたアスカは、弐号機のエントリープラグに乗り込んだ。
「動力接続。LCL注入開始」
赤いプラグスーツを身にまとったアスカは、弐号機を起動させようと操作を開始した。
そしてLCLが満ちるまでの間に、素早く弐号機の状態をチェックした。
(システム系の異常は無し。バッテリィがほとんど無いわね。武装はプログナイフだけか。
太平洋艦隊でEVAに動力を供給出来るのはオーバー・ザ・レインボー(OTR)だけ。
確か電源ソケットを用意するとかミサトが言ってたし。となると、OTRまでどうやって移動するかか。
一度のジャンプで届く距離には無いわ。だったら、途中の艦を足場にしてジャンプしながら移動すればいいか)
アスカが事前に聞いていたのは、OTRの原子炉なら専用の電源ソケットを使ってEVAへの電源を供給出来る事だけだった。
昨日ミサトから連絡があって、ミサトが電源ソケットを準備すると聞いていた。
だが、ミサトが電源ソケットを持って来るとは聞いていなかった。
つまり、ミサトの手配で別の誰かが電源ソケットを準備しているものとばかり思っていた。
どうやらミサトは遅刻して太平洋艦隊にまだ来ていないらしいが、電源ソケットがまだ届いていないなど想像もしていなかった。
アスカは画面に映る使徒を見つめた。使徒は海中から空中に躍り出て、太平洋艦隊の艦船を押し潰そうとするが、
三条の螺旋を描く粒子砲で方向を強引に変えられ、海中に戻っている。
あの敵と戦うのだ。この弐号機で。そう考えたアスカは、自分の手が震えているのに気がついた。
(このあたしが震えている!? 嘘よ! 武者震いってやつよ。このあたしが敵を怖がるなんて、有り得ないわ!
そうよ、ファーストとサードにエースパイロットである、このあたしの力を見せ付けてやるのよ!)
戦場での戦友の存在は、非常に貴重なものになる。
これから戦闘を行おうとする時、大抵の人間は恐怖に襲われる。それが新兵なら尚更だ。
だが、一人ならパニックになる事はあっても、戦友がいれば恐怖を和らげる事が出来る。それにお互い励ます事もあるだろう。
今のアスカの隣に戦友がいれば、アスカの恐怖も和らいだろう。励ましあえたかも知れない。
だが、現実には誰も隣にいない。たった一人で初陣に挑むしか無いのだ。
アスカは自分の手の震えを強引に押さえ、弐号機の操作を開始した。
「エヴァンゲリオン弐号機起動! 見てらっしゃい。あたしの実力を見せてあげるわ!!」
弐号機はオスローを踏み台にして、OTRへのジャンプを開始した。
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OTR:ブリッジ
戦況は膠着状態になっていた。海中での使徒の体当たり攻撃はマーメイドによって阻まれ、空中からの体当たり攻撃は
ワルキューレの粒子砲と太平洋艦隊艦載機のミサイル同時着弾攻撃によって阻止されていた。
だが、粒子砲もミサイルも有限である。何時までも使徒の攻撃を逸らし続ける事は出来ない。
そんな状況ではあるが、ブリッジに悲壮感は漂ってはいなかった。あともう少しで天武が来るのだ。
既にレーダーに捕捉されている。移動速度はマッハ0.8程度なのでワルキューレVより到着が遅れたが、
最初の使徒を倒した機体だ。ブリッジの期待感は高まっていた。
そのブリッジに、水を注すような報告が上がってきた。
「提督。ネルフの加持三尉が、国連事務総長のサインが入った命令書を持っており、偵察機を一機出したと連絡がありました」
「国連事務総長のサインだと?」
「はい。何でも、”この命令書を持参している者には、如何なる便宜も払う事”とあったそうです。
加持三尉はVTOLを一機要望しましたので、パイロットをつけて偵察機を出しました」
そう言っている間に、偵察機がエレベータに乗って甲板に出てきた。そして素早く垂直上昇を開始した。
「そのサインは新事務総長のサインかね? それとも前事務総長のサインかね?」
国連事務総長のサインと聞いて、気になった不知火がサインの内容について質問した。
この前の使徒の時の不始末で、事務総長が辞職した(辞職させた)のは記憶に新しい。
「新? 事務総長が変わったなど聞いていないが? そうなのか?」
「前の使徒の時の不始末で、以前のアジアの半島出身の事務総長は辞職しましたが」
正確には辞職させたのだが、この場合は構わないだろう。不知火の言葉を聞いたローグの顔が、怒りに染まった。
「我々に連絡は来ていないぞ! その命令書は無効だ。おい、あのVTOLを止めろ!」
ローグは加持の乗るVTOLの離陸を中止させようとしたが、離陸中の機体は止まらない。
そこに、ソナーを見ていたオペレータから緊急報告が入ってきた。
「使徒がいきなり方向転換しました。本艦に向かっています」
「何っ!」
意表をつかれた使徒の方向転換は、マーメイドも反応しきれなかった。
そしてブリッジが騒然としている中、使徒が水しぶきを上げながら空中に躍り出た。
ワルキューレは粒子砲を撃って使徒の方向を変えようと試みたが、OTRが至近の為に攻撃出来なかった。
外した場合は粒子砲がOTRを直撃する。それもあるが、位置的に使徒の方向をずらせば、OTRの艦橋に使徒が激突する。
だが、使徒はOTRの甲板を潰そうとせず、甲板の上を通り過ぎようとした。
いや、離陸中のVTOL目掛けて飛び上がったと言い換えよう。VTOLは上昇中だったので、使徒との接触は無かった。
使徒はVTOLの下を通り過ぎただけだった。
だが、使徒と共にあがった水しぶきをVTOLは浴びせられ、バランスを崩して機首から甲板に落下した。
ガシャーーーーン
幸いにも、垂直上昇中だった事もあり落下速度は抑えられた。そして火災も起きなかった。
パイロットと搭乗者はかなりの衝撃を受けたはずだが、あれでは命の危険は無いはずだ。
「甲板要員は急ぎ偵察機の搭乗員を救出しろ。それとネルフの加持三尉は不正書類所持の疑いがある。拘束して独房に入れておけ!」
「はっ」
「提督。加持三尉は私に取り調べさせて頂けませんか。使徒戦の最中に敵前逃亡するなど、何か理由があるはずです」
「不知火君がか……良かろう。君に任せよう」
「ありがとうございます」
「さっきの使徒の攻撃は何だったんだろうな。甲板を押し潰そうともせず、ただ甲板の上を通り過ぎただけだ」
「……VTOLの下を通り過ぎましたね。上昇が無ければ、VTOLを直撃していたコースでした」
「……まさか!? では、加持三尉が使徒を引き寄せる物を持っていると言うのか?」
「偶然の可能性もありますがね。ですが、使徒を引き付ける物を持っているなら危険です。私に任せて下さい」
「……分かった」
使徒を引き付ける物。それにはローグも興味を引かれたが、物騒過ぎる。
今回の使徒でもこれだけ苦労している。奪い取ったは良いが、また使徒に襲われる事を考慮すれば、関わらない方が良いだろう。
そう判断した。そこにオペレータから緊急報告が入った。
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「輸送船オセローより入電です。EVA弐号機が起動しました!」
「何だと!」
ローグは双眼鏡を取り出し、オセローの方向を見つめた。確かにオセローの甲板上に立ち上がろうとしている弐号機を確認した。
「いかん! 起動中止だ。元に戻せ!」
「駄目です。通信がつながりません」
「何のつもりだ!? 確かEVA弐号機は陸戦装備のはずだぞ。それに電源供給をしなければ動かないと聞いている。
どこから電源を取るつもりだ!?」
「提督、EVA弐号機と通信が繋がりました」
「よし、回線をこっちに回せ。ラングレー准尉。私は艦隊司令のローグだ。至急『ごちゃごちゃと煩いわよ。!
これからOTRに行くから、電源ソケットを準備しときなさい! あたしの華麗な操縦を見せてあげるわ!』
ラングレー准尉待て……ちっ回線が切られたか」
「……まさか!? 提督。至急、OTRとオスローの間に位置している艦船に警報を出して下さい。
弐号機は途中の護衛艦や駆逐艦を足場にして、OTRまで来るつもりでしょう」
「何だと!? あの巨体で足場にされては、護衛艦など沈んでしまうぞ! そんな事も准尉には分からないのか!」
「ラングレー准尉は初陣でしょう。恐怖で判断力が鈍っている事もありえます。とにかく、急ぎ警報を!」
「分かった。オスローと我がOTRの間の艦に、EVA弐号機が艦を踏み潰す恐れ有りと伝えろ。急げ!」
「は、はいっ!」
「提督! EVA弐号機がジャンプしました。あの方向では……護衛艦ロックウェルが着地地点です!」
双眼鏡で弐号機を監視していた副長から報告が入った。
「くっ。護衛艦ロックウェルに緊急通信。総員対ショック体勢を取らせろ!!」
通信士が大慌てで緊急連絡しているのを確認して、ローグは双眼鏡でEVA弐号機を見つめた。
オスローは弐号機がジャンプした衝撃を受けて、中央部に亀裂が入っていた。あれでは浸水が激しく沈没は時間の問題だろう。
そして太平洋艦隊の視線が集まる中、弐号機は護衛艦ロックウェルの甲板に着地した。
膝を屈め着地の勢いを殺いでの着地だ。だが、次の瞬間には弐号機は膝を伸ばしジャンプした。
その時の衝撃で、護衛艦ロックウェルの甲板が破壊され、艦の側面に亀裂が入って浸水した。
やはりEVAの巨体の荷重には、護衛艦レベルでは耐えられなかった。
それ以前に、弐号機の着地の衝撃で、護衛艦内部では死傷者が多数発生していた。
「くっ。間に合わなかったか」
「次の標的は巡洋艦コールドウィンです! このままでは、弐号機が我が艦に来るまで僚艦が多数踏み潰されてしまいます!」
「各艦載機に命令! EVA弐号機を空中で攻撃して海中へ叩き落せ! ワルキューレは使徒への牽制を継続だ!」
「はっ」
ブリッジのメンバーが見守る中、弐号機が巡洋艦コールドウィンに着地した。そしてまたジャンプをした。
巡洋艦だけあって側面の亀裂は無かった。だが、着地の衝撃で巡洋艦内部では死傷者が多数発生していた。
「提督。上空の艦載機は武装を使い果たしています。ミサイル、爆弾ともにありません。
今、補給を済ませた攻撃機がこれから発艦しますが……」
「くっ、打つ手が無いのか!? ワルキューレは使徒への牽制の為に外せない。
我が太平洋艦隊は、ネルフのロボットの足場になって沈められるというのか!?」
OTRのブリッジが対応を模索している中、EVA弐号機は次々と護衛艦、駆逐艦、巡洋艦を足場にしてOTRに近づいていった。
ジャンプ移動は、それほど時間がかかるものでは無い。瞬時に効果ある対応をしなければ意味が無い。
そして気がついた時には、EVA弐号機はOTRの至近にいた。その後方には煙を上げて沈没中の艦船の姿が見える。
その被害は如何ほどのものになるのだろうか。それは戦闘が終わらないと分からない内容だが、
たった一人の新兵によって齎された被害としては、空前絶後の被害になるであろう事は容易に想像がついた。
「提督、EVA弐号機の次の目標は、このオーバー・ザ・レインボーです!」
「くっ。総員対ショック防御!!」
ドカーーーーン
大きな衝撃と共に、EVA弐号機はオーバー・ザ・レインボーに着地した。
「デタラメだ!」
ローグの長い海軍生活の中でも、【巨大ロボット】が空母に着艦するなどというのは、初めての経験だった。
辛うじて甲板は陥没していないが、かなり凹んでいる。これでは甲板を交換しない限り、艦載機の離発着は出来ない。
この時点で、オーバー・ザ・レインボーの空母としての機能は無効化された。
EVA弐号機は、着地すると通信を入れてきた。
『こちらはEVA弐号機よ。さっさと電源ソケットを出しなさい! あたしが使徒を倒してあげるから、ちゃんと見とくのよ!』
「電源ソケットなど無い!」
『えっ!?』
「ネルフの士官が持って来るという話しは聞いているが、まだ来ていない。従って電源ソケットは無い!」
ローグは胸の怒りを抑えて、アスカに必要最低限の事だけ伝えた。
そうでもしなければ、弐号機に踏み潰された犠牲者の怨みを延々と言う羽目になる。
『そ、そんな! じゃあ、どうするのよ! もうすぐ弐号機の電源は切れるのよ! 使徒を倒せないじゃ無い!』
「こちらの制止も聞かず、勝手に弐号機を起動したのは誰だ!? しかも我が艦隊の艦船を踏み台にしてな!」
『そ、そんな事言っても、使徒はEVAじゃ無いと倒せないじゃ無い。あああー、電源が後十秒で切れるわ!』
「くっ。そのまま電源が切られては迷惑だ。甲板に横になって待機していろ!!」
アスカは黙って弐号機をOTRの甲板に横たえた。
さすがに立ったまま電源が切られては、ちょっとした衝撃で海に落ちてしまう可能性がある。
弐号機を横たえる操作をするアスカは、無念そうな表情を浮かべていた。
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EVA弐号機の対応に時間が取られたが、その間にも使徒の攻撃は止む事は無かった。
だが、ワルキューレとマーメイドの活躍により、使徒の攻撃による太平洋艦隊の被害は少なく抑えられた。
『くっ。あと粒子砲を撃てるのも一発だけか』
『神田もか。俺の機体も同じだ』
『栗原も同じか。俺の機体もそうだ。それと燃料も少なくなってきている。注意が必要だぞ』
『風間の言う通りだ。燃料は太平洋艦隊で補充出来るから良いが、粒子砲のエネルギーは百里に戻らないと補充は出来んな』
『ラウンデル。私だ。第二小隊の残エネルギーはどれくらいだ』
『サキ様ですか。第二小隊は後三回の粒子砲発射が可能です』
『ラウンデル……幾ら設定とはいえ、戦闘中に”様”は要らんぞ。まあいい。そろそろ少佐が来る』
『ええ。レーダーで確認してあります。もうすぐですな』
『真打は最後に登場とか言われるかな』
『少佐はそんな事は言わないでしょう。くっ、左方向に使徒が出たぞ。第二小隊は攻撃に入る!』
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天武に乗っているシンジは、戦場への到着が遅れている事に少し焦っていた。
天武の移動速度が遅いのは、最初から分かっていた。それを踏まえて、潜水空母を現在の位置に配置したのだが、
使徒の攻撃による被害が予想より大きい。幸いにも、ワルキューレVの移動速度は速いので、最大戦速で向かわせた。
マーメイドはシンジが潜水空母に戻る前から出撃指示を出してあった為に、速やかに太平洋艦隊の援護に入れた。
(マーメイドの出撃が早かったのは、使徒を引き付けるものの回収準備の為。結局、対象が小さ過ぎて使わなかったが)
ワルキューレVとマーメイドは、表向きは軍所属だが、内実はロックフォード財団の傭兵部隊で構成されている。
シンジは北欧連合の軍人ではあるが、まだ少佐の地位でしか無い。その為に支援戦力は財団の傭兵部隊を使用している。
天武は人型という形状の制約もあり、最高速度はマッハ0.8程度だ。(キャリアはマッハ1程度)
飛行能力を持っているので機動性は格段に上がったのだが、速度不足は仕方が無いと諦めていた。
それが今回は裏目に出た。使徒による被害が予想以上に大きいので早めに参戦したいのだが、戦場到着時間が遅れている。
そもそも、冬月が最初に指定した時刻が遅過ぎた。あれではろくに準備する事も出来ない。
内心では冬月に毒づいたが、何とか間に合った。シンジは通信回線を開いた。
「こちら天武。これから戦闘に入ります。それと確認ですが、敵の身体のどこかに赤い珠を確認出来ましたか?」
『不知火だ。こちらは艦載機パイロットの情報を含めて、赤い珠は確認出来ていない』
『百里の神田だ。敵が口を開けた時、一瞬だが赤い物があった。珠かは分からないがな。これで大丈夫か?』
「神田三佐、ありがとうございます。では、天武で使徒のエネルギー分布を確認します。
口の中に赤い珠が確認出来れば、天武が攻撃を仕掛けます。まずは、マーメイドの攻撃で敵を空中に誘き出して下さい」
『ボーマンです。了解しました。マーメイドの一斉攻撃で使徒を空中に誘い出すようにします』
「御願いします!」
しばらくすると、大きな水柱と一緒に使徒が空中に躍り出てきた。
天武は肩の粒子砲を三連射すると、使徒に向かって空中を移動した。粒子砲は使徒のATフィールドによって防がれた。
肩の粒子砲は速射型であり、威力は一機のワルキューレの粒子砲の威力を下回る。あくまで使徒の注意を引く為の攻撃だ。
天武は空中を移動し、使徒の進行方向に出た。そして、使徒は天武を飲み込もうとして口を開けた。
見えた!! 確かに赤い珠が見えた。
確認が済んだ天武は、急いで離脱コースに移動した。
ガガガガッ
回避が遅れた為に、使徒のATフィールドに足が触れたようだ。天武に強い振動が走った。だが、戦闘に問題は無い。
「目標を確認!! 次の攻撃で仕留める!! マーメイドは再度攻撃! ワルキューレは使徒の爆発の可能性があるので退避!!」
『了解しました』 『了解です』
シンジは気合を入れ直した。敵の弱点の位置は確認した。後は、ATフィールドを破って使徒を倒すだけだ。
「よし!! ミッションスタート!!」
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ネルフのヘリ
電源ソケットを積んだヘリには、パイロットとミサトの二人が搭乗していた。
ちなみに、ネルフを出たのは出発予定時刻の二時間後だった。理由はミサトの車の故障と、ヘリの故障が重なった為である。
ミサトがマンションを出る際に車のエンジンが掛からずに、修理を試みたが原因不明で修理は不可。
慌てて迎えに来て貰って、出発予定時刻を一時間経過していたが急いで出発しようとしたところ、今度はヘリが故障した。
修理に一時間掛かってしまい、結局ネルフからヘリが飛び立ったのは、出発予定時刻を二時間以上過ぎていた。
ヘリの整備不良でパイロットから何度も謝られたがミサトはそれを受け入れ、今は一人で考えていた。
(副司令からは時間厳守だと言われていたけど、二時間遅れぐらいは何とかなるかしらね。
どうせ電源ソケットは弐号機を降ろす時に使えれば良いんだろうし、焦る事は無いか。
しかし、昨日までは車に異常なんて全然無かったのに、いきなりエンジンが掛からないなんてどういう事よ!
帰ったら整備工場に文句を言わなくちゃ! でも二時間も遅れたら、アスカが騒ぐかしらね)
ミサトはネルフドイツ支部に居た時に、アスカと面識があった。
だが、これからアスカはミサトの指揮下に入る予定だ。
冬月からも、次の使徒からは弐号機をメインにして、ミサトの指揮で使徒戦を行うと命令を受けていた。
(アスカは生意気なところはあるけど、天才だわ。アスカなら使徒を倒せるわ。あたしの指揮でね。
そうなれば、北欧連合や国連軍に頼らずに済むわ。あいつらの悔しがる顔を見てみたいわね。
それはそうと、あいつらは先にオーバー・ザ・レインボーに行ったのよね。
アスカに変な事を吹き込まなきゃいいけど。アスカはネルフの管轄よ。あいつらの勝手にはさせないわ!)
ミサトは考え事をしていたが、急にヘリのパイロットから報告が入ってきた。
「葛城准尉。太平洋艦隊は使徒と交戦している様子です」
「何ですって!」
「現在、無線を傍受していますが、まず間違い無いでしょう。EVA弐号機を起動させた模様です」
パイロットの報告を聞いて、ミサトの顔は青くなっていった。
電源ソケットは、このヘリに積んでいる。弐号機を起動しても、電源ソケットが無ければバッテリィ分しか動けない。
まさか二時間の遅刻の結果が、こんな形で跳ね返ってくるとはミサトは想像もしていなかった。
「は、早く太平洋艦隊に向かって! もっとスピードは出ないの!?」
「これが最大速度です。少しでも遅れを取り戻すように最大速度です!」
「とにかく急いで!」
ミサトは焦っていた。電源ソケットが無い以上、弐号機はバッテリィを使い果たしたら停止する。
このヘリが到着するまで、太平洋艦隊は使徒の攻撃に耐えられるのだろうか。弐号機を載せた輸送船が沈んだら終わりだ。
そしてヘリが到着したら、電源ソケットを繋げて弐号機を再起動出来るだろうか。
電源が切れている間に弐号機は致命傷は負わないだろうか。アスカに酷い怪我が無いだろうか。
そんなミサトの考え事は、再度パイロットの報告で中断された。
「弐号機は輸送艦からオーバー・ザ・レインボーに行くまでに、太平洋艦隊の艦船を踏み台にしたようです。
その為に、太平洋艦隊に大きな被害が出ています」
「弐号機はどうなったの!?」
「バッテリィ切れで停止しました」
「くっ! まだ太平洋艦隊に着かないの!?」
「まもなく見えてきます」
ミサトの視界に太平洋艦隊が入ってきた。煙を上げている艦や、浸水して半分沈没している艦が目に入った。
その時、巨大なエイのような生物が海中から躍り出てきた。
「使徒!?」
その使徒の前に、小さい人型の機体が立ち塞がった。見覚えがある。あれは北欧連合の天武だと思い出した。
シンジが操縦しているのだろう。
使徒との戦闘を見逃すまいと、ミサトは天武と使徒を凝視した。その時、目も開けられないほどの閃光が走った。
「きゃああああああ」 「くううううううう」
戦闘を見ようと凝視していたのが、あだになった。一時的に視力を失い、ミサトとパイロットは悲鳴を上げた。
To be continued...
(2009.05.02 初版)
(2011.03.13 改訂一版)
(2011.11.20 改訂二版)
(2012.06.23 改訂三版)
(あとがき)
さて、戦場の臨場感を出そうと思ったのですが、読み返しても駄目ですね。自己嫌悪に陥ります。
まあ、作者の能力はこの程度だと割り切ってお読み下さい。
第88飛行隊の元は、知っている人はそれなりにいらっしゃると思います。台詞もそこから拝借しているものもあります。
ですが、あくまでモドキです。名前は全てコードネームですので、ご了承下さい。
作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、まで