第二十一話
presented by えっくん様
EVA:弐号機
弐号機は電源切れで動作を停止したが、それは駆動系動力部分であって、エントリープラグの電子制御系はまだ動作していた。
エントリープラグの中のアスカは落ち込んでいた。
初陣を成功で飾る為に弐号機を起動させたのだが、電源ソケットが無いので電源切れで動けない。
この時のアスカの頭にあったのは、レイとシンジの事だった。
あの二人に自分の実力を見せ付ける事が出来なかった。その事が頭の大半を占めていた。
まさか電源ソケットを持ってくるような大切な任務に、ミサトが遅刻するとは思ってもいなかった。
ミサトの事を悪し様に罵り、レイとシンジの事を心の中で罵倒し続けていた。
その時、天武からの通信が聞こえてきた。シンジの声だ。
『目標を確認!! 次の攻撃で仕留める!! マーメイドは再度攻撃! ワルキューレは使徒の爆発の可能性があるので退避!!』
アスカは慌てて外部モニタを入れた。あの天武とやらが使徒を倒すのであれば、見逃す訳にはいかなかった。
弐号機は仰向けに横たえているので、カメラを動かせれば外の状況を確認出来る。アスカは急いで外部カメラ操作を行った。
見えた! 槍と盾を構えている見慣れない人型の機体があった。あれが最初の使徒を倒した天武だろう。
『よし!! ミッションスタート!!』
アスカは動けない弐号機を悔しく思いながらも、画面に見入った。
画面の隅に使徒の巨体が現れた。天武と比較すると、圧倒的な質量差がある事が分かる。
あんなに質量差があると、天武の攻撃など使徒には通用しないように感じた。
そして天武が動いた。使徒に接近していった。アスカは見逃さないようにと、目を凝らして画面を見ていた。
天武の肩から何かが発射された。
次の瞬間、目を開けていられない程の閃光が走った。まるで太陽が近くにあるような感じだ。
「きゃああああ」
天武から放たれたのは閃光弾だった。あまりの眩しさにアスカが悲鳴を上げて、咄嗟に手で目を隠した。
やがて閃光は収まった。まだ目はチカチカするが、それを堪えてアスカはモニタに目を戻した。
「なっ!」
画面に使徒が映っていた。弐号機に近づいてくるのがはっきり分かった。
「ま、まさか!?」
使徒は上から落ちてきている。しかも弐号機目掛けてだ。
アスカは慌てて弐号機を動かそうとしたが、動かなかった。バッテリィ切れだから当然である。
だが、押し潰される恐怖に、逃げ出したいと思う気持ちは抑えきれない。
『オーバー・ザ・レインボーへ緊急連絡! 使徒が落ちていく。全員対ショック体勢を取れ!!』
シンジの声がエントリープラグに響いた。
対ショック体勢と言われても、エントリープラグの中で固定されていては、出来る事は限られている。
アスカに出来る事は、身体を固くして身構える事だけだった。
ドッカーーーーーーーーン
「きゃあああああああ」
激しい衝撃が弐号機を襲い、アスカは甲高い悲鳴をあげた。
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『オーバー・ザ・レインボーへ緊急連絡! 使徒が落ちていく。全員対ショック体勢を取れ!!』
<ミーシャ、レイ、ごめん!! 使徒がオーバー・ザ・レインボーに落ちる。強い衝撃が来るから何かに掴まって!
ユイン、二人にシールドをかけて! 使徒は甲板目掛けて落ちてるから、空母の艦橋には当たらない>
シンジの通信と一緒に、ミーシャとレイにシンジから念話で連絡が入った。
<シン様! 分かりました!> <お兄ちゃん、分かったわ!> <マスター、了解しました>
シンジからの念話で、ミーシャとレイは天武が使徒を倒した事を知った。だが、使徒がこの空母に落ちてくると言う。
艦橋への直撃が無いとはいえ、かなりの衝撃が来ると予想される。
ミーシャとレイは慌てて付近の柱にしがみついた。そして、ユインが二人の周囲にシールドを張る。
ドッシャーーーーーーーーーン ガガガガガガ
激しい揺れがブリッジを、いやオーバー・ザ・レインボーを襲った。使徒が甲板に落ちた衝撃だ。
「「きゃあああああああ」」
ミーシャとレイの悲鳴がブリッジに響いた。だが、ブリッジにいる他の人間も自分を守るのに精一杯だった。
シンジの通信があって、誰もが近くにある柱などの固定物にしがみついた。
それでも衝撃で、天井や壁に身体をぶつけた負傷者が続出した。
使徒が落ちた衝撃は止んだが、横揺れはまだ続いている。だが幸いにも、オーバー・ザ・レインボーが沈む気配は無かった。
ローグは頭を振りながら立ち上がった。咄嗟に床に伏せて、自分の固定椅子にしがみついていたので怪我はしていない。
そのローグの目に、白い巨体が身動ぎもせず甲板に横たわっている光景が入ってきた。
「なっ! あれが使徒か! 倒したのか!?」
使徒に天武が向かっていたのは見ていたが、その直後の閃光でブリッジの全員が目を一時的に潰されており、
どうやって使徒を倒したかは誰も見ていなかった。
そして、使徒が大きな衝撃と共にオーバー・ザ・レインボーに落ちてきた。
ブリッジから見える甲板に、使徒が横たわっていた。しかも全然動いていない。
間違い無く使徒を倒したのだろうと思うと、ローグに安堵の表情が浮かび上がってきた。
<ミーシャ、レイ、大丈夫>
<はい。頭が少しふらふらしますが、怪我はありません。大丈夫です>
<あたしも大丈夫よ。お兄ちゃん>
<良かった。ボクは後始末があるから、帰るのは遅れる。悪いけど准将と一緒に帰ってくれる>
<はい。分かりました。遅くなるって、どれくらいですか>
<下手すると、今日は泊まりになる可能性もあるからね>
<でも、お兄ちゃん。出来るだけ早く帰ってきてね>
<分かった。夜には連絡するよ。ユイン、二人を頼むね>
<了解しました。マスター>
ミーシャとレイの無事を確認したシンジは、オーバー・ザ・レインボーとの通信回線を開いた。
『こちら天武です。ブリッジは応答願います』
「私は艦隊司令のローグだ。使徒は倒したのかね?」
『はい。急所を突いて倒しましたが、まさか落下点がオーバー・ザ・レインボーの甲板になるとは思いませんでした。
そちらの被害状況はどうでしょうか? 使徒の質量が大きいので天武では方向修正が出来ず、御迷惑をおかけしました』
「いや、使徒を倒してくれたのだ。礼を言う。君が使徒を倒さなかったら、太平洋艦隊は全滅させられていたろう。
それに君の緊急通信で身構える余裕が取れた。あれが無かったら怪我人続出だったろう。これで海上の救援活動も出来る。
ありがとう」
『こちらの救援活動は要りますか?』
太平洋艦隊からの要請があれば、シンジは潜水空母を救助活動に支援させようと考えていた。
一応は軍事機密になるが、ここまで来れば太平洋艦隊に恩を売っておいた方が今後はやり易くなる。
「いや、我が艦隊の半数以上が生き残っている。君たちの救援活動は無くても大丈夫だ。ちょっと待ってくれ。
艦隊司令のローグだ。全艦隊に告げる。敵は倒された。まだ機能が生きてる艦は海上の要救助者を収容しろ。
それと被害状況を確認して報告しろ。負傷者がいれば治療を優先しろ。
上空の各機は空いている空母を確認して着艦せよ。オーバー・ザ・レインボーは見た通り、着艦は出来ない。
繰り返すが、敵は倒された。安心して迅速に救援活動を行え。取り合えずは以上だ。待たせて済まなかったな」
ローグは艦隊の乗員全員に、救援活動を開始するようにと命令を出した。
使徒が倒されて安全が確保出来たからには、一刻も早く救援活動を行う必要がある。
それが、犠牲者の数をもっとも効果的に減らせる手段だ。
『救援活動を優先させるのは当然の事です。それと司令、甲板の使徒の残骸の処理はお任せしていいですかね』
「……我々が処理して良いのかね? 君にとっても良いサンプルでは無いのかね?」
『敵の弱点を攻撃した時に、最低限のサンプルは取ってあります。
ですから、この使徒の残骸をネルフに渡さない事を約束して頂ければ、処理はお任せしたいのですが』
「……分かった。ネルフに渡さない事を約束しよう。助かる」
使徒のサンプルは、どの組織も入手したがっていた。ネルフが情報を独占していたので尚更だ。
そしてアメリカ政府も使徒のサンプルを入手したがっている事を、ローグは知っていた。
太平洋艦隊として使徒のサンプルを持ち帰れば、それは功績となる。(国連軍ではあっても母国の意向が重要視される為)
本来は使徒を倒した者の管理下に入るので、ローグはサンプルを提供してくれたシンジに感謝していた。
実は使徒のコアを潰した時、その周辺の重要機関と思われる部分を丸ごと亜空間転送で転移させてあるのだ。
その為に、使徒の重量もかなり減っていた。
使徒の内部の大部分を亜空間転送していなければ、被害はこんなものでは済まなかっただろう。
『ちょっと待ちなさい! 使徒のサンプルをネルフに渡さないってどういうつもりよ!』
弐号機にいるアスカからの通信だった。使徒が落下した衝撃から、やっと復帰したのだ。
ネルフ所属のアスカとしては、使徒のサンプルをネルフに渡すなという会話を見過ごす事は出来なかった。
『提督、この子は誰ですか?』
『なっ!?』
「ああ、ネルフのパイロットだよ。ラングレー准尉だ。最初に会った時に、君に殴りかかった子だよ」
『……ああ、実戦経験が無いのに、エースパイロットだとか言ってた子ですね。忘れてましたよ』
『このあたしを忘れるですって!? あんたが使徒をここに落としてくれたせいで、弐号機が潰されちゃったじゃないの!
どう責任を取ってくれるのよ! このヘボパイロット!』
アスカの罵声に、シンジは眉を顰めた。
使徒がオーバー・ザ・レインボーに落ちたのは偶然だが、ヘボパイロット呼ばわりされるとは思っていなかった。
当然、シンジの口調も荒くなった。
『……ヘボパイロット? 使徒が落ちてくるのを避けられなかったパイロットは、ヘボじゃ無いのか?』
『弐号機はバッテリィが切れて動けないのよ! あたしのせいじゃ無いわよ!』
『自分の機体の残エネルギーを把握出来ないのは、どうかと思うけどね。
しかし煩いね。何の役にも立たなかったパイロットが言う言葉じゃ無いよ』
『なんで「ブチ」………』
アスカの罵声を聞く気が無いローグは、素早く弐号機との通信をカットした。
それより重要な事は幾らでもある。それに使徒を倒したシンジに感謝こそすれ、罵倒するなどありえない事だと思っていた。
「EVA弐号機との通信をカットした。騒がせて済まなかったな」
『いえ、ローグ司令が謝る事じゃあないでしょう。あの子はネルフのパイロットですからね』
「そう言って貰えると助かるよ」
『さて、救援活動も始まったようですし、我々が撤収しても大丈夫ですよね』
「ああ、君たちの支援には感謝している」
『いえ、お気遣い無く。使徒の残骸の処分は、先の話しの通りに御願いします。それと不知火准将を出して下さい』
不知火はローグの隣にいた。使徒落下の衝撃にも怪我はしていなかった。
太平洋艦隊を攻撃していた使徒は倒され、空母の甲板に横たわっている。不知火は安堵の表情を浮かべてシンジとの通信に出た。
「私はここだ。少佐、お疲れだったな。ありがとう」
『准将にお願いがあります。ミーシャとレイを連れて帰って貰えますか。ボクはこのまま天武で戻りますから。
それと百里のワルキューレは、後で返すと伝えておいて下さい』
「輸送用VTOLは艦尾格納庫にあるからな。さっきの衝撃で壊れて無ければ、帰るのは問題無いだろう」
『空母の中央部分から前方は、使徒が塞いでいますからね。
それと通信を傍受していて分かったのですが、加持三尉が敵前逃亡しようとしたのですか?』
シンジは戦場に着く前から、通信を傍受して太平洋艦隊の状況を把握していた。
その中に加持が、VTOLで脱出しようという情報があったのを覚えていた。
加持の部屋にあった”使徒の胎児”のような物の事は忘れてはいない。
あの時は時間が無くて魂を分離するのが精々だったが、あのアタッシュケースを手に入れれば細かな解析が可能になる。
「ああ。厳密に言うと、不正書類を所持してVTOLを一機使っての敵前逃亡だ。それがどうしたのか?」
『ええ。加持三尉の所持品を調べたいので、准将が帰る時に持ち帰って頂きたいのですが』
「ちょっと待ってくれ! ローグ提督?」
「……加持三尉の身柄は我々が預かるが、所持品は別だ。これからの使徒との戦いに使えるものがあるかもしれない。
君たちの好きにしたまえ。墜落のドサクサに紛れて行方不明だと彼には言っておく」
「ありがとうございます」
『ローグ司令。ありがとうございます』
「なに、君からの好意も受け取っておる。これくらいは何ともない。それと後で会えるかな。酒でも飲み交わしたいのだが」
『一応、未成年ですからね。あまり量は飲めませんが、それで宜しければ』
「……未成年か、そうだったな。構わん。待っているぞ」
『後で連絡をさせて頂きます。では戻ります』
「うむ。ご苦労だった。ありがとう」
既にワルキューレVとマーメイドは潜水空母に戻っていた。この海域に残っているのは天武だけだ。
シンジは念の為に周囲を見渡した。
残存艦から多数の救命ボートが降ろされ、海上を漂っている人間を拾い上げているのが見えた。
そしてヘリの残骸が目に入った。ヘリ? …………太平洋艦隊のヘリだろうか? あの戦闘でヘリなんか出したのか?
まあいいやと思い、オーバー・ザ・レインボーのブリッジにゆっくり近づいた。
太平洋艦隊の司令部だ。ローグ提督と不知火の顔が見えた。ミーシャとレイは手を振っている。
素早くブリッジに敬礼をして、潜水空母に帰還しようと加速を開始した。
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OTR:ブリッジ
ブリッジからはゆっくりと遠ざかっていく天武が見えていた。
「……大したものだな。あの大きさで空中に静止出来るホバリング機能を持って、マッハ0.8で飛行可能か。
そして、あの使徒を倒したのか。目くらましの閃光があって、具体的に何をしたかは分からないがな。
確かに君の言う『切り札』に相応しい機体だな」
「ええ。最初の使徒を倒した時は、煙幕を張ってました。今回は閃光です。
少佐は使徒を倒す瞬間を見られたくは無いと言ってました。私にも内緒だと。
恐らく北欧連合の軍事機密なんでしょう。切り札である事には間違いありません」
「ふふっ。彼からの連絡が楽しみだな。酒でも飲みながら、じっくりと話しを聞かせてもらおうか」
「提督。弐号機を降ろした後は、太平洋艦隊はどうされるのですか?」
「傷ついた艦もある。ドッグで応急修理も必要だろう。補給もあるから、四〜五日は休業だな」
「では、私達が住んでいるマンションに御招待しますよ。彼も住んでいるマンションです。
私の部屋は余っていますから、泊りがけでどうですか?」
「おお、良いのかね!?」
「構いませんよ。私の連絡先は御存知ですね。時間が取れたら連絡を下さい。お迎えに参ります」
「助かる!」
既に使徒の脅威は排除されていた。救援活動は開始されて、各艦の負傷者の手当ても進んでいる。
ブリッジには弛緩した雰囲気が漂っていた。そこに通信士からの報告が入ってきた。
「司令。レスキュー隊からです。
ネルフのヘリが海上に墜落しており、パイロットと葛城という士官の二名を救助したとの連絡が入りました。
なんでも、葛城という士官が司令に会わせろと騒いでいる様子です。
もっとも葛城という士官のIDカードはかなり塗り潰されており、偽造カードの可能性も高いという報告ですが?」
「何だと、ワシに会わせろと騒いでいるのか? しかも偽造カードの可能性があるだと!?」
「……提督、そのIDカードは偽造では無いでしょう。しかし、葛城という士官は准尉に過ぎません。
提督が会われる必要は無いと思います」
「ふむ。……准尉程度なら、確かに会う必要は無いな。
ヘリのパイロットと葛城という士官は、軟禁しておけ。勝手にうろつかないように監視をつけてな。
それと技術班に連絡して、甲板の使徒のサンプルを採取しろ。採取後は海中に投棄する。
弐号機パイロットの収容はその後だ。あの使徒に押し潰されているだろうが、さっきの通信ではあれだけ元気があったのだ。
収容が多少は遅れても、問題は無いだろう」
「では、私は加持三尉の荷物を取ってきます。それから帰ります。時間が取れましたら、忘れずに連絡をして下さい」
「おお、分かった。ご苦労だったな。ありがとう」
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加持は墜落したショックで脳震盪を起こして、ベッドに横になっていた。
不知火は軍医に確認したが、加持は特に外傷も無く脳波もしっかりしている。
軍医にはローグ司令の許可を取ってあると伝えた上で、寝ている加持を調べだした。
…………
…………
結果、加持の胸ポケットに入っていた手帳と、側にあったアタッシュケースを不知火は持ち去った。
発覚を遅らせる為に軍医に口止めを依頼し、加持に睡眠薬を投与する念の入れようだ。
その後はミーシャとレイを連れて、艦尾の格納庫に移動した。幸いにもVTOL機に被害は無かった。
不知火達は百里のワルキューレと共に、無事にマンションの屋上ヘリポートまで帰っていった。
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シンジは潜水空母に戻って、天武から百里のワルキューレに乗り換えて、マンションに戻っていた。
百里のワルキューレは返却するつもりだが、それは後の話しだ。マンションに戻ったシンジを不知火が出迎えた。
「少佐、御苦労だった。これが加持が持っていた手帳とアタッシュケースだ」
シンジは不知火から手帳とアタッシュケースを受け取った。
「ありがとうございます。准将は、この中身を見ましたか?」
「手帳はコピーを取った。中々興味深い内容だったがな。アタッシュケースは、鍵がかかっている。
開けられない事も無いが、無理は控えた」
「分かりました。ボクはこれの解析に入りますので、ネルフ本部に行ってきます。それと御願いがあるのですが」
「何かね」
「このアタッシュケースと手帳を、加持三尉に明日返す段取りをつけて下さい。良いですか?」
「……明日だな、分かった。加持には連絡をしておこう」
「ありがとうございます。では」
そう言って、シンジはネルフ本部に向かった。
マンションにもある程度の設備はあるが、ネルフ本部の方が設備は充実している。
アタッシュケースにどんな仕掛けをしようかと、シンジは楽しそうに考え出した。
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新横須賀港
ネルフの保安部のメンバーと一緒に、リツコは太平洋艦隊が入港するのを見守っていた。
太平洋艦隊司令部から、ネルフに強い脅しを込めた連絡が入っていた為であった。
まずは、電源ソケットを届けると前日に連絡があったにも関わらず、指定の時間になっても来なかった事。
使徒が太平洋艦隊を攻撃した時、ラングレー准尉がEVA弐号機を勝手に起動し、太平洋艦隊の艦船を踏み潰した事。
踏み潰された艦船の半数が沈没。沈没しなかった艦船も、踏み潰された衝撃で多数の死傷者が出た事。
命令を無視して起動したEVA弐号機が、オーバー・ザ・レインボーでバッテリィ切れを起こし、戦闘の邪魔をした事。
ラングレー准尉が、頭ごなしに太平洋艦隊司令官に命令した事。
ネルフのヘリが墜落し、パイロットと葛城准尉を保護してある事。(あえて、加持を拘束してある事は言ってはいない)
特に、
勝手にEVA弐号機を起動し、太平洋艦隊の艦船を踏み潰して被害を拡大させた事は看過出来ない。
ネルフとしての謝罪と補償をしなければ、EVA弐号機の引渡しを拒否すると連絡があったのだ。
その内容を冬月から聞いたリツコは頭を抱えていた。
使徒はEVA弐号機で無く、天武が倒したとも聞いている。
ミサトの遅刻とアスカの独断専行で太平洋艦隊に被害を与え、EVA弐号機での戦果が出せなかった。
予定が大幅に狂ったのも問題だが、まずは怒り狂っている太平洋艦隊を宥めるのが最優先だ。
EVA弐号機の受け入れを手配して、リツコは新横須賀港に駆け付けた。
冬月は補完委員会経由でアメリカ政府から太平洋艦隊に連絡をつけさせ、ネルフへの対応を和らげようと動いていた。
空母の甲板に横たわっている弐号機を見て、リツコは溜息をついた。
何か強い圧力がかかったのだろう、弐号機の装甲板が凹んでおり、一部は剥離している。
リツコの溜息は弐号機の修理費を考えてのものだった。
戦果をあげたなら構わない。元々、EVAの損傷はある程度は予定している。
だが、戦果をあげずに電池切れを起こして損傷されたのでは、修理責任者としては、やるせない気持ちになる。
冬月の交渉が効いたのだろう。ミサトとアスカは解放されていた。
そして、ミサトとアスカがお互いを罵る声が、リツコに聞こえてきた。
「だから何度も言ってるでしょう。ミサトが来るのが遅いのよ! 電源ソケットがあれば、弐号機が使徒を倒せたのよ!」
「仕方無いじゃ無い! 車とヘリのトラブルで遅れちゃったんだから。ヘリのパイロットもちゃんと謝っていたでしょ。
それに、電源ソケットを確認しないで、弐号機を起動させたのはアスカでしょう。
終いには電源切れで停止なんて情けないわよ。もうちょっと冷静に状況を判断しなさい!」
「ミサトに冷静になれって言われてもね。遅刻した理由は分かったけど、別の方法で電源ソケットを持って来れなかったの?
あれさえあれば、弐号機で初デビューが飾れたのに!」
「無理言わないでよ! 使徒が来るって分かっていれば、別の輸送方法も考えたけど、あれじゃあ仕方無いわよ!」
「ふん、そんな事で誤魔化されると思ってるの。まあ良いわ。そう言えば、加持さん知らない?」
ミサトとの口論に疲れたアスカは、加持の行方を尋ねた。使徒が襲ってくる前に会ったのが最後だ。
聞かれたミサトの顔色が変わった。加持との縁は切れているが、まだ心情的に整理はついていない。
その加持が日本に来るなど聞いていなかった。
「加持? あの空母に乗ってたの!?」
「あたしの護衛よ。当然でしょう。太平洋艦隊の人間に聞いても教えてくれないし、ミサトは知らない?」
「し、知らないわよ。あいつが日本に来る事さえ、知らなかったんだからね!」
「加持三尉は不正書類を使用して、我が艦隊の航空機を使って敵前逃亡しようとしたので拘束してある。
もっとも、今は脳震盪を起こしてベッドに寝てるがな」
ミサトとアスカが言い争っているところへ、ローグ艦隊司令がやってきた。
ローグはミサトとアスカに会いに来た訳では無い。ネルフの受け入れ担当者と話し合おうと来ただけだ。
「誰よ、あんたは?」
「馬鹿っ! 太平洋艦隊のローグ提督よ!」
ミサトの言葉を聞き、アスカが咎めた。オーバー・ザ・レインボーでは何度も見かけたし、襟章は少将である事を示している。
弐号機に乗っていた時は戦闘の興奮でローグ司令に命令をしてしまったが、冷静な今は少しは反省していた。
「わしがローグだ。もっとも、ネルフの新米パイロットに命令され、ネルフの准尉にあんた呼ばわりされる程度だがな」
ローグは侮蔑が篭った視線でアスカとミサトを見つめ、嫌味を込めた言葉を吐いた。
使徒戦のさなかのアスカの態度には、未だに腹を立てていた。
子供とはいえ准尉の階級を持つ軍人だ。特別扱いするつもりは無かった。
それに加えてミサトの態度だ。”誰よあんたは?”だと。襟章を見れば少将である事は分かるはずだ。
まあ、これがネルフの士官かと納得するしか無いのだろう。
「ミサト、あなたは黙ってなさい! ローグ提督、葛城准尉の無礼は私から謝罪させて頂きます。
申し遅れましたが、私はネルフ技術部の赤木リツコと申します」
ミサトと太平洋艦隊のローグ司令との間に険悪な空気が漂うのを察知したリツコは、直ぐにローグに謝罪をした。
これ以上、太平洋艦隊司令の機嫌を損ねては、ネルフのメリットになる事はまったく無い。
リツコはローグと応対しながら、ミサトとアスカに手振りでネルフのスタッフが居る方向に行くよう指示した。
二人が居てはローグとの話しも満足に進まない可能性がある。二人は不承ながら、ネルフの車が駐車している方向に歩いていった。
「太平洋艦隊司令のローグだ。本国から命令があったので、あの二人とEVA弐号機は引き渡そう。
まあ弐号機は、あの准尉が勝手に起動して、あの様だがな。勝手に持って行き給え。修理費はそちらで出すんだな。
ドイツで積み込んだ備品は、弐号機に踏み潰されて輸送艦オスローと共に海底にある」
「……はい。さっそく弐号機の積み下ろし作業に入ります。それと、加持三尉を拘束しているというのは本当ですか?」
リツコの目的は弐号機とアスカの引き取りだが、加持が拘束されてると知っては見過ごせなかった。
加持はゲンドウから機密行動を指示されて、行動している場合が多いのを知っていた。
「ああ。前国連事務総長のサインが入った命令書を示して、我が艦隊の航空機を徴発して敵前逃亡しようとした。
まあ敵前逃亡自体は、ネルフ所属の三尉に我々がどうこう言える筋合いでは無いがな。
だが、前国連事務総長のサインが入った命令書で、我々の航空機を徴発しようとした事は捨て置けん。
今は墜落のショックで脳震盪を起こして、ベッドに寝込んでいる。目を覚ましたら取調べをする予定だ」
「前国連事務総長のサイン入りの命令書!?」
前回の使徒の時のやり取りで前事務総長が辞めた経緯を思い出して、リツコは頭を抱えていた。
あの時の事が、こんな形で影響があるとは思わなかった。
「……提督。加持三尉はネルフの諜報部の所属です。確かに、国連事務総長が変わっていた事を知らなかったのでしょうが、
故意に騙そうとした訳ではありません。釈放を御願いします」
「……君が保証すると言うのかね?」
「はい」
「……良かろう。今はベッドに寝ているからな。ストレッチャーごと連れて来させる」
不知火とシンジは既に帰還している。時間稼ぎは十分だとローグは判断した。
「ありがとうございます。それと確認したいのですが、使徒の残骸はどうしたのですか?」
「我々がサンプルを取って、残りは海中に投棄した。
弐号機が下敷きになっていたからな。パイロットを回収するには、使徒が邪魔だったのでな」
「海中に!? では、太平洋艦隊の取ったサンプルを少し分けて頂けませんか?」
「駄目だ。天武のパイロットとの約束でな。ネルフにサンプルを渡さない事を条件に、我々がサンプルを譲り受けたのだ。
約束を破る訳にはいかん」
ローグは義理堅い男だった。シンジと交わした約束を破る気は無かった。
それに、以前からネルフに煮え湯を散々飲まされた記憶がある。ネルフの依頼を素直に聞く気は無かった。
ミサトとアスカの態度に腹を立てている事も、強く影響していた。
またしてもシンジの手配で、使徒のサンプルを入手出来なかった事にリツコは悔しがった。
「……では、使徒戦の記録映像のコピーを頂けないでしょうか」
「それも断る。最初の使徒が来た時は、ネルフに指揮権が渡ってから、ネルフは使徒戦の状況を教えなかったと聞いている。
そんな組織に協力する気は無い」
「……分かりました」
ローグがネルフを嫌っている事は分かった。ミサトとアスカの態度もあるが、弐号機に踏み潰された艦船が多数ある事もあり、
これ以上のネルフへの協力は見込めないと、リツコは判断した。
もしかしたら、弐号機のレコーダーで使徒戦の映像が見れるかも知れないと考えた為、リツコは素直に引き下がった。
「後で担当者を来させる。弐号機の積み下ろしは、その担当者と打ち合わせしたまえ」
そう言って、ローグは空母に戻って行った。
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弐号機に録画されていた映像を確認して、リツコは落胆していた。
弐号機が起動した直後の映像はあったのだが、使徒を倒した瞬間は閃光があって、
どうやって天武が使徒を倒したのか、まったく分からなかったのだ。
「まったく、前回は煙幕。今回は閃光か。情報の秘匿は徹底しているわね。さすがと言うべきかしら」
既に、ミサトとアスカは保安部員と一緒にネルフ本部へ向かっている。
加持はストレッチャーに乗せられたまま、同じく保安部員と一緒にネルフ本部へ向かっている。(別の車)
リツコは弐号機の積み下ろしと、弐号機に録画されているデータの確認をしていた。
あのシンジが相手なのだ。そうそう簡単には手口を見せてくれないだろう。
だが、弐号機の起動時から電源が切れる前までのアスカの言葉を聞いて頭を抱えた。
これでは、シンジと容易に衝突する事が予想出来る。
ゲンドウにはアスカとシンジを極力接触させないよう進言しようと、リツコは内心で考えていた。
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加持は鈍い頭痛を感じながら、目を覚ました。
目を開けると、ネルフの制服を着込んだ職員が加持を覗き込んでいた。おそらく保安部員だろう。
「ここはどこだ?」
確か、偵察用VTOLに乗って離陸中に、使徒の攻撃に遭った。
直撃は避けたが、水しぶきが機体に掛かって機体はバランスを崩して墜落した。墜落の瞬間までは覚えていた。
「ネルフ本部に向かう車の中ですよ。加持三尉」
「ネルフ本部に……俺の持ち物は、どこだ!?」
「持ち物ですか? いえ、預かっていませんが」
保安部員の話しを聞いて、加持の顔は青ざめた。あのアタッシュケースが行方不明になるなど、許される事では無い。
そんな事になったら、ゼーレとネルフの進めている計画が致命傷を受ける事になる。
そうなれば自分の命は狙われるのは確実だ。ゼーレもネルフも、任務を失敗した人間に優しく無いのは分かりきっていた。
「大至急、太平洋艦隊に戻ってくれ! あそこに大切な物があるんだ。早くしてくれ!」
「は、はい。分かりました」
加持を乗せた車は、Uターンして新横須賀港に戻った。加持はオーバー・ザ・レインボーに再び乗り込みんだ。
だが、アタッシュケースは、どこにも見当たらない。
墜落した機体から加持を救出したレスキューに聞いても、見ていないと言う。(ローグ司令の手配で、緘口令が敷かれている)
医務室に行っても、記憶に無いと言われただけだ。
あの使徒戦のさなか、アタッシュケース一つの事など覚えていないと言われ、途方にくれた。
まさか、あの墜落のさなかに海中に沈んだのではという事は無いだろうか。不安が加持の心に拡がっていった。
そこに、加持の携帯に電話がかかってきた。
『私だ。例の物は、まだ届かないのか?』
「……申し訳ありません。少々遅れますが、後で必ず持ち込みます」
『何故、遅れる?』
「少々、事情がありまして」
『まさか、奪われたのではあるまいな』
『い、いえ、それはありません。大丈夫です』
『万が一、あれが届かなかったら、どうなるか、分かっているのか?』
「も、もちろんです」
『私を失望させないようにな』
それから加持は、オーバー・ザ・レインボーの中をアタッシュケースを捜し求めて走り回った。
不知火からアタッシュケースを預かっていると電話があったのは、加持が疲れ果てて床に座り込んだ直後の事だった。
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ネルフ本部に向かう車中でも言い争いをしていたミサトとアスカだったが、ネルフ本部が近づくとミサトは話しの内容を変えた。
「アスカ。ネルフ本部に着いたら、司令に着任の挨拶をするわよ。
アスカが本部に着いたら連れて来るように、副司令から言われてるの。あたしも一緒に行くからね」
「まあ、着任の挨拶は仕方ないわね。
でも、司令ってドイツでは冷徹無情・陰謀家・策士とか色々と言われてたけど、本当はどうなの?」
ミサトの話しが仕事の内容に変わったので、アスカも渋々と話しを合わせた。
着任の挨拶は自分の事だ。その前にミサトに確認したい事があった為でもある。
「まあ、冷酷無情を地で行く人なのは間違い無いわね。アスカも注意するのね。失敗すれば、独房行きになるかもよ」
「独房!? EVAのパイロットを独房に入れるの?」
アスカには信じられなかった。世界でも数少ないEVAのパイロットを独房に入れると言うのか?
ドイツ支部での待遇を考えると、失敗で独房に入れられるなど想像出来る事では無い。
だが、そこにネルフ司令の怖さを見たような気がした。
「まあ、手酷い失敗とかしなければ大丈夫よ。でも、司令の機嫌を損ねると、どうなるかは分からないわよ」
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ネルフ:司令室
ゲンドウが執務机に何時ものポーズで陣取っており、その隣には冬月が立っていた。
その前に、ミサトとアスカが直立していた。
「エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー准尉です。
本日、日本ネルフ本部に着任致しました!」
アスカは敬礼をしながら、ゲンドウと冬月に向かって着任の挨拶をした。
ゲンドウと冬月のアスカを見つめる視線には、複雑な物が含まれていた。
アスカはゼーレのシナリオの主役だ。
そして、現在のシンジを中心とする国連軍と北欧連合の勢力に対抗する、ネルフの期待の戦力でもある。
だが、太平洋艦隊でのアスカの行動詳細は、ローグから映像付きでネルフに送られていた。
それを見たゲンドウと冬月には、失望に似た感情が浮かび上がっていた。
これからの使徒との戦闘をこなせるのか、不安になっていた。
「私は副司令の冬月だ。君のこれからの働きに期待している」
「はい。ありがとうございます」
「弐号機パイロット」
ゲンドウの言葉を聞いて、アスカに緊張が走った。ミサトに脅かされた事もあり、ゲンドウを必要以上に警戒していた。
「はっ、はい!」
「何故、電源ソケットが無いのに、弐号機を起動させた!?」
この質問が来る事は予想していた。既にアスカの頭には、この質問に対する回答は組みあがっていた。
「は、はい。ここに居る、葛城作戦課長から「葛城作戦立案主任だ」……は、はあ、葛城作戦立案主任から、電源ソケットを
届ける時刻を聞いていました。使徒が来たのは、その時刻以降です。従って電源ソケットはあるものとして認識していました」
ミサトが作戦立案主任などどは聞いていない。ドイツ支部で作戦課長に選ばれたと大喜びしていたミサトが記憶にある。
だが、ゲンドウにその事は聞けない。後でミサトに確認しようとアスカは思った。
アスカから責任を転化され、顔を青ざめたミサトを冬月が追及した。
「葛城君。君が遅れた理由は? 時間厳守は伝えてあったはずだが」
「申し訳ありません。車とヘリが故障してしまい、結局二時間ほど遅れてしまいました。
まさか使徒が来るとは思わず、二時間程度の遅れなら大丈夫と考えていました」
ミサトの車が故障した為に迎えを呼んだ事と、ヘリの故障で出発が遅れたとの報告は冬月に届いていた。
知っていてミサトを責めたのは、二度とこんな事が起きないようにする為である。
確かに事前に使徒が太平洋艦隊に来るとミサトに伝えていれば、ミサトは万難を排してでも電源ソケットを届けたろう。
使徒来襲の情報はミサトには伝えられなかった。理由を示さないままの命令は、こんな結果を引き起こすケースになる事がある。
シンジの「あなたは遅刻した。その一点だけでも、優秀では無いという証明になります」の言葉が冬月に思い出された。
今回は冬月の方が情報を出し惜しみした為に発生した事だ。冬月はそれ以上の問責を諦めて、ミサトに発破を掛ける事にした。
「トラブルで遅れたのは分かった。だが、命令は時間厳守と言ってあったのだ。トラブルを想定した行動を考えたまえ。
結局、弐号機は電源切れで動けなくなり、使徒の下敷きになって損傷もある始末だ。
今回の使徒は北欧連合の天武で殲滅された。零号機と初号機は北欧連合の管轄だが、弐号機以降はネルフの管轄になる。
葛城君の指揮で弐号機が使徒を倒すのだ。そこのところ分かっているのかね」
「はっ、はい。了解しています」
自分の指揮というところで、ミサトは顔を綻ばした。
「彼らに負ける訳にはいかない。ネルフの存在意義を示す為にも、次の使徒は必ず弐号機で倒すのだ。期待している。
それと参号機の完成を急がせているので、そろそろ稼動体制にもっていけよう。
ラングレー准尉。ネルフは使徒を倒す組織だ。結果が求められている。分かるな。
後は、葛城作戦立案主任の指示に従いたまえ。下がってよろしい」
「はっ。失礼します」 「失礼します」
ミサトとアスカは退出した。残ったのはゲンドウと冬月だ。
冬月の胸中には不安が渦巻いていた。
当初の予定通り、セカンドチルドレンが弐号機と共に戦線に参加した。ここまでは良い。
だが、初陣を飾るはずの第六使徒は、北欧連合の天武で殲滅された。最初からけちがついてしまった。
そしてアスカの性格だ。弐号機の操縦には自信があるようだが、本当に使徒を倒せるのか不安になっていた。
だが、ここまで来ては容易に軌道修正など出来はしない。覚悟を決める冬月であった。
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司令室を退出したミサトとアスカは、総務部に向かっていた。これからアスカの着任の事務手続きを行う予定だ。
「じゃあ、これから総務部に行って手続きね。そういえば、アスカの荷物はどうなってんの?」
「ん。あたしの荷物は、太平洋艦隊からネルフ本部に届くように最初から手配してあるわよ」
「へーー。準備が良いわね。そうはそうと、荷物を積んだ船が沈まなくて良かったわね。
結構、太平洋艦隊の船は沈んだんでしょう。運が良いわよ」
ギクリ
ミサトの何気ない言葉は、アスカに嫌な、そして非常に重要な事を思い出させた。
アスカは日本に呼ばれた時に、ドイツ支部の部屋は引き払ってきた。
ドイツに戻るつもりが無いとは言わないが、日本にいる期間はかなり長期に渡るはずだ。
そういう理由で荷物は一切残してこなかった。全部梱包して荷物にした。結構な量になった。
話しは逸れるが、空母とは戦闘艦である。戦闘する事を第一条件に設計され、建造されて運用される。
倉庫などのスペースはあるが、主目的は継戦能力の維持の為だ。交換部品や弾薬等、食料、医薬品等が入っている。
その空母にアスカが梱包した大荷物を搭載する余裕など無かった。空母に持ち込めたのはスーツケース一個のみだ。
従って、残りの大部分の荷物は、輸送艦オスローに他のEVAの備品と一緒に積んでいた。
そう、自分が沈めた輸送艦オスローに、自分の荷物は積まれていたのだ。
今頃、自分の荷物は海底に沈んでいる。それに気が付いたアスカは、顔が青くなった。
「アスカ、どうしたの? 顔が青いわよ?」
「……忘れてた。あたしの荷物は、今頃は海底だわ」
「えっ!?」
アスカの言葉にミサトの方が盛大に慌てた。だが、ミサトの慌てぶりを見たアスカは逆に冷静になった。
ここら辺の気持ちの切り替えの早さは、特筆すべきだろう。
自分の行動で自分の財産が失われた。悲しみ嘆いて財産が戻ってくるのなら、いくらでも嘆くだろう。
だが、現実は甘く無い。荷物の中にはお気に入りや高価な物はあったが、対価さえ払えば入手は出来る。
そして、EVAパイロットとして貯めた貯金はかなりの額になっている。
失われた荷物を一式揃えるぐらいの貯金はあるのだと思い直した。
どの道、家財道具は新規に購入する予定だ。それと一緒に洋服などは買えば済む事だ。
「ミサト。明日は買い物に付き合って。良いわよね!」
「……良いけど、アスカは部屋はどうするのよ」
「一日ぐらいは、ネルフの購買で買い物を済ませるわよ。それと何処に住むかを、これから総務と交渉しに行くんでしょう」
「………アスカ、私と一緒に住まない? 部屋は空いてるわよ」
「ミサトと?」
「そうよ。日本で不慣れな事もあるでしょ。あたしが色々を教えてあげるわよ」
「…………」
「良いわよね!」
「わ、わかったわよ」
「じゃあ、そうと決まれば、さっそく総務に手続きに行くわよ。それと明日は買い物ね」
確かに、不慣れな日本の生活という事への不安はある。そして荷物を無くした事による不便さも感じていた。
だから、アスカはミサトの勢いに押されて同居に同意した。いや、してしまった。
でも、内心ではアスカは少しは嬉しかった。一人寂しく過ごすよりは、ミサトと口喧嘩でもしていた方がましだ。
そのアスカを後悔の念で満たしたのは、夕食に出されたコンビニ弁当を見た時だった。
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ネルフ:司令室
「彼女は太平洋艦隊の損害を気にしていないようだな。だが、ここまで被害が出ているとはな」
冬月は持っているFAXを、ゲンドウの机の上に放り出した。
そこには、太平洋艦隊から送られてきた弐号機の損害レポートだった。
ネルフ:EVA弐号機の損害レポート
パイロット:惣流・アスカ・ラングレー准尉
EVA弐号機を輸送中に、日本近海にて使徒と呼ばれる敵生体の襲撃を受ける。
この時、EVA弐号機の管轄は太平洋艦隊にあったが、ラングレー准尉は艦隊司令の命令を無視して、EVA弐号機を起動。
EVA弐号機は太平洋艦隊の艦船を踏み台にして、オーバー・ザ・レインボーまで辿り着いた。
その後、EVA弐号機は電源切れの為に、オーバー・ザ・レインボーの甲板で動作を停止させる。
EVA弐号機による損害は以下の通り。
護衛艦 三隻沈没
駆逐艦 二隻沈没、二隻は大破。
巡洋艦 二隻大破。
死者 327名(艦と共に沈没した者を含む)
重軽傷者 524名
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シンジの研究室
シンジは加持の持っていた荷物を調査していた。調査対象は手帳とアタッシュケースの二つだ。
手帳の方はスキャナーで全部読み取ってある。
女性の名前と住所。それに誕生日とスリーサイズ。血液型、身体的特徴とウィークポイントが記載されている。
そして、手帳に記載されている人数は百人を超えていた。
手帳の名簿に葛城ミサトがあったので少しは興味が引かれたが、分析は後回しにする事にした。
今、一番優先されるのは、アタッシュケースの中身をどうするかだ。
アタッシュケースを前に熟考を重ね、対応策を施した後に内線が鳴った。
電話機には内線1101が表示されている。不知火の内線番号だ。
「もしもし、ロックフォードです」
『不知火だ。夜遅くまで大変だな。お疲れ様』
「既にアタッシュケースの処置は終わりました。今日は、ここに泊り込みます。明日、准将に荷物は届けますよ」
『加持の荷物の事だな。すんなり返して良いのか?』
「……返す荷物の小細工は終わりましたけど、そうですね。加持三尉を少し脅かしましょうか。任せてもらえますか?」
『少佐が脅かすのか……良いだろう。任せる。それはそうと、聞きたい事があってな』
「何でしょう?」
{以下は遊びです。分からなかったらごめんなさい}
『今日の第88飛行隊の事だ。いや、名前が気になってな』
シンジの顔に笑顔が浮かんだ。純粋な笑顔では無い。悪戯が成功した時の笑顔に近かった。
「名前と言いますと?」
『い、いやな。サキとかグレッグとか言ってただろう。どこかで聞いたような名前だと思ってな。どうしても気になったんだ』
「へーーーー。准将って隠れオタクだったんですか。不知火総帥と同類だったんですね」
『ど、どういう意味だ。それは? 兄貴と同じ趣味だなんて、勘違いも甚だしいぞ!』
「第88飛行隊のメンバーは、全員が中東で戦ってきた傭兵ですよ。しかも全員が戦闘機パイロットです」
『なっ、何だと!』
不知火の声が上がった。驚いているのが、はっきり分かる。
「ボクがスカウトしてきました。ちなみに、全員がコードネームで呼び合っています。本当の名前は違いますよ。
ちなみにサキ中佐は長髪のハンサムで、額にクロスの傷のシールを貼ってます」
『額にクロスの傷のシールだと!? 狙ってやったのか!?』
「ノリが良い人達でしてね。ボク以上に悪ノリしてくれましたよ。
表向きは北欧連合軍になっていますけど、内実はロックフォード財団の傭兵さん達ですよ」
『やっぱりそうか。無線で”設定とはいえ”なんてセリフが聞こえたからな。まさかと思っていたんだ』
「分かる准将も”通”ですね。そういう話しなら、ボクも准将に質問があります」
『……何だ?』
「百里基地の神田、栗原って、何か設定そのままじゃ無いですか。風間さんはボクの方の設定だと思いますけど?」
『い、いや。あれは偶然なんだ。本当だぞ!』
「神田少佐と栗原少佐を他の部隊から引き抜いて、徹底的に訓練させて、二人を揃えたなんて事は無いですか?」
『……そ、それは無い』
「准将。少し声が上ずっていませんか?」
『そ、そんな事は無いぞ!』
「それともう一つ。太平洋艦隊と百里のパイロットが腕比べをしているんですって? 准将が言い出した事じゃあ無いですか?」
『…………』
「認めましたね。それなら一つ御願いがあります」
『……何だ?』
「中東で日本人の傭兵パイロットなんて、どこを探しても居なかったんですよ。
風間さんがうちに来れば設定上は完璧になるんですけど、移籍は駄目ですかね?」
『待て! 風間は本当の名前だ。百里から引き抜かれたら困る! あれは偶然だ!』
「……はあ、分かりました。残念ですが諦めます」
『ときに少佐、他にも隠している設定とかは無いだろうな』
「いえ、まだまだありますよ。でも、今は言えません。その時のお楽しみにして下さい。准将の驚く顔が楽しみですよ」
『どっちかと言うと、呆れるとか唖然とする方だと思うが』
「それが楽しみなんですよ。御心配無く。全てボクのポケットマネーですから。
それに、これくらいの楽しみが無いと、やってられませんからね」
『…………』
To be continued...
(2009.05.09 初版)
(2011.11.20 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)
(あとがき)
これで第六使徒に関しての話しは終了になります。
当初から言っていましたように、クロスオーバーは書くつもりはありません。
あくまで登場人物がその話しを知っていて、それを承知でいるという設定です。
作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、まで