因果応報、その果てには

第二十三話

presented by えっくん様


 第壱中学

「おい見たか、あの転校生。すげえよな!」

「ああ、見た見た。ドイツから来た子だろ。日独クォーターか、良いよな」

「顔が良くて、スタイルも良いんだぜ。こりゃ、頑張るしかないよ!」

「ばあか! あんな良い子じゃ相手が居るに決まっているだろう!」

「分かんねえだろ。ドイツで辛い別れがあったかもしれないし、慣れない土地で不安になってるかも知れないだろ」

「はあああ。倍率高いな。でも顔やスタイルなら他にも良い子が二人はいるだろう」

「ああ、二−Aに固まってるよな。でも、あの二人はいつも碇と一緒だしな。それに雰囲気が近づき難いんだよ」

「そうなんだよな。この前、スラードさんに声をかけたけど、あっさり断られたよ」

「やっぱり、あの転校生が良いよな」


 第壱中学に入ったアスカは、全校の男子生徒の注目の的になっていた。

 容姿ならミーシャとレイに引けを取っていない。スタイルはミーシャには微かに負けるが、レイには競り勝っている。

 まあ数値上の微妙な比較であり、男子生徒から見れば三人は同レベルの美少女という認識だった。

 だが、ミーシャとレイは何時もシンジと一緒に居た。

 そしてシンジには得体のしれないところもあり、一般生徒としてみれば二人には手を出しづらいところがあった。

(シンジが国連軍に関与している事や、上級生を強制退学させた等の噂は飛び交っていた)


 だが、アスカは違った。態度からして、はっきりとフリーだと思えたのだ。

 その為に、シンジに近すぎるミーシャとレイを攻められない男子生徒は、一斉にアスカに向った。

 休み時間等を問わず、男子生徒が集まるとアスカの話題で盛り上った。

 結果、アスカの下駄箱には、毎朝溢れ出すほどのラブレターが詰め込まれるようになっていた。

 もっとも、アスカにしてみれば単なる中学の男子など眼中に無かった。ラブレターなど読む気もしない。

 何時の間にか、毎朝下駄箱に詰まったラブレターをゴミ箱に捨てるのは、アスカの日課になっていた。

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 二−A:教室

「もう、男なんて馬鹿ばっかりね! 毎朝下駄箱を片付けるのも一苦労よ!」

「あははは。でも、手紙をゴミ箱に捨てるのは、やり過ぎじゃあ………」

「何でよ! どうせ読む気も無いし邪魔なだけだわ。あんだけの量を持って帰れって言うの?」

「い、いや、そうは言わないけどさ……」

「ヒカリは優し過ぎるのよ。あんな奴らは、一度は痛い目をみないと駄目なのよ!」


 ヒカリとアスカは、お互いファーストネームで呼び合う仲になっていた。

 切っ掛けは、アスカが転校生として来た時に、クラス委員長としてヒカリが学校を案内した事だ。

 アスカは同世代の同性の友人など居なかった事もあり、ヒカリの腰の低さもマッチして瞬く間に、仲が良くなっていった。

 ちなみに、ヒカリ以外の女子生徒に関しては、アスカの受けはあまり良くない。

 男子生徒の注目を集めている事へのやっかみもあるが、その態度が大きいと見られる事も理由だ。

 仲間外れとまではいかないが、ヒカリ以外の女子生徒はアスカと少し距離をとっていた。


「委員長は、やたらとあの転校生と仲がええの」

「性格が合うんじゃないかな。でも、ドイツの女の子は、みんなあんなに美人なのかね? トウジだって、良いと思わないか?」

「ワシか? あまり興味は無いな。でもケンスケの好みなんやろ」

「俺だけじゃ無いさ。三年生だって、あの転校生にアタックしてるんだぜ。興味を示さないのは、トウジと碇ぐらいだろ」

「碇か。あいつも変わっとるしな。それにあいつは両手に花の状態やろ。満足しとるんやろな」


 トウジは冬月の頼み(シンジと友人になってくれという依頼)を律儀に守って、シンジに積極的に話し掛けていた。

 もっとも軽くあしらわれており、トウジとシンジの間には友人という絆は作られてはいない。


 ケンスケは下校途中に襲われて長期入院(犯人は不明)していたが、退院していた。

 盗撮の件やシェルター事故の為に、トウジを除く生徒のケンスケを見る視線には、いまだに冷たいものが含まれていた。

 だが、ケンスケも用心をするようになって、トウジと一緒に行動をするように心がけているので、二度目の襲撃は今のところは

 無かった。そんな状況の中、ケンスケはシンジと仲良くするような素振りは見せなかった。

 だが、シンジ達を注意深く観察はしていた。未だにケンスケの心の中には、シンジに対する疑念が残っていたのだ。

(ネルフの二佐への話し方から考えて、絶対に碇には大きな秘密があるはずだ。

 それさえ分かれば、俺にだってチャンスはあるかも知れない。今は動けないけど、そのうちに尻尾をつかんでやるぞ!)


 アスカはヒカリと雑談をしていたが、周囲を見渡してシンジ達が目に入った。

 リツコの警告があってからは、アスカはシンジ達に近づいていない。中学に転入してからも知らないふりをしている。

 だが、シンジ達を中学で観察していた。良い機会だと考え、アスカはヒカリに質問した。


「ヒカリ。あの三人はいつも固まって他の人と話さないけど、何かあるの?」

「ああ。碇君とスラードさんと綾波さんの事ね。綾波さんは前から居たけど、碇君とスラードさんは転校してきたのよ。

 三人は家族関係とか言ってたわね。あまり話さないから、詳しい事は知らないわ。

 でもね、碇君は国連軍と関係あるらしいのよ。それも結構な力を持っているみたい。 (お父さんより立場が上って言ったしね)

 この前なんか、上級生を強制退学させたらしいとかの噂があったのよ。あまり近づかない方が良いわよ」

「ふーーん」


(スラードってのがアラブの女よね。それで髪が蒼いのがファーストで綾波って言ってたわね。

 ネルフの資料では、碇レイになっていたけど、学校では前の名前で通している訳か。まあ、あたしの敵じゃないから、どうでもいいわ。

 問題は男の方ね。リツコには近づくなと言われたけど、情報は集めておかなくちゃね)


「あっ、信じて無いわね」

「えっ? 違うわよ。ヒカリが嘘を言わないのは分かっているわよ。

 でもね、あいつが今までどんな事をしてきたのかと思っただけよ」

「今まで? うーーん。相田が盗撮した時に、相田のお父さんを学校に呼び出したり、碇君をネルフのパイロットだと間違えて、

 鈴原が殴りかかったら、返り討ちにしたぐらいしか見ていないわ。後は噂だけね。話しかければ普通に会話は出来るけど。

 でも、皆は怖がってあまり近づかないわよ。それと勉強はかなり出来るみたい。先生の質問にもスラスラと答えてるしね」

「えっ!? 相田って盗撮したの?」

「そうよ。自宅のパソコンやらカメラは強制処分されたみたい。それ以降は、カメラの所持は禁止されているって。

 でも、目が嫌らしいのよね。アスカも気をつけた方が良いわよ」

「変な事をしたら、ぶっ飛ばしてやるわよ!」

「ふふふ。アスカなら大丈夫よね」

「あたしにかかれば、あんな奴は一撃よ! それより話しを戻すけど、あの碇って奴の左目は、右目と色が違うでしょ?

 それと、何時も左手にリストバンドをしてるじゃない。ヒカリは何か知ってる?」


(あいつの左目は義眼だけど何かを仕込んでいるから注意しろって、リツコは言ってたわね。

 まあ、学校じゃあ何か仕込んであっても使う事は無いと思うけど。でも左手首のリストバンドも要注意ね。

 絶対に何かを隠しているに違いないわ!)


「碇君? 転校初日で義眼とか言ってたわね。リストバンドの事は、言われてみればずっとしているわね。

 何かのおまじないかしら?」

「リストバンドを外したところを見た事ある?」

「ううん、無いわよ。でもアスカ、碇君をやたらと気にするわね。ひょっとして?」

「なっ! 何を言うのよ。そんな事は絶対無いわよ! どんな奴かと思っただけよ!」

「はいはい、分かりました。でも、スラードさんと綾波さんのガードを突破するのは難しいわよ」

「だから、違うって!」

(あいつはあたしの邪魔者に過ぎないのよ! まったくヒカリは勝手に勘違いしてくれちゃって!

 あたしがあんな奴に気がある訳が無いわよ!)


 顔を真っ赤にしてアスカはヒカリに抗議した。だが、ヒカリは軽く受け流していた。

 この分ではヒカリに納得してもらうには、かなり時間がかかりそうだ。

 それに、抗議すればするほど誤解が深まっていく。その事に気がついたアスカは、強引に話題を変えた。


 アスカにしてみれば、今まで同世代の友人は居なかった。ヒカリとの会話はアスカにとって新鮮であり、楽しいものだ。

 ネルフで溜まっていたストレスを、学校で発散させる。アスカにとって学校は楽しい場所という認識になっていた。


 同じ教室にいて大きな声で話していれば、嫌でも声は聞こえてくる。

 アスカがシンジを気にしているという話しは、クラスの男子生徒の耳に入っていた。


(まったく、スラードさんと綾波さんを独り占めしてるくせに、惣流さんにも手を出そうってのか)

(こりゃあ、闇討ちすべきだな。さっそく同志を集めねば)

(碇、覚悟しとけよ。絶対に入院騒ぎにしてやるからな!)

(碇と惣流さんが話しているのは見た事が無いんだけどな。何でそんなに気にするんだ? 一目惚れなのか?)

(碇! 惣流さんに手を出してもいいから、スラードさんを解放しろ! 後のスラードさんは俺が面倒を見る!)

(俺は綾波さんが良い! あの大人しい雰囲気が良いな)

(馬鹿だな。碇に手を出したらどうなるか分かんないだろ。上級生を強制退学させた噂を知らないのか?)


 色々な思惑が絡んで、男子生徒の好意的とは言えない視線がシンジに集中した。中には凍りつきそうな冷たい視線もあった。

 そんな視線を感じていたが、シンジは無視して窓の外を見ていた。


<まったく、彼女からは敵視されているのに、クラス中から誤解で冷たい視線を浴びるとはね。まったく理不尽だね>

<シン様。彼らの事は無視すれば良いかと。どう思われようが、構わないと思いますが>

<お兄ちゃん。あたしは何時でもお兄ちゃんの味方だから>

<ミーシャ、レイ、ありがとう。別に冷たい目で見られても、どうという事は無いんだけどね。実害は無いしさ。

 でも、こうなると学校に来る意味が無くなった。変に注目を浴びて非難されると、少しだけどストレスが溜まるんだ。

 本来この学校に来たのは気晴らしの意味があったけど、この状態じゃあね。ミーシャとレイは学校生活を続けたい?>

<最初は新鮮で楽しみもありましたが、最近は慣れが出ました。知らない男の子から声を掛けられるのも煩わしいですしね。

 普通の学校生活というのも味わえましたから、未練は無いです。頃合かもしれませんね>

<あたしはお兄ちゃんとミーシャが居れば、どこでも良いわ。特に親しいクラスメートもいないし。お兄ちゃんについていくわ>


<分かった。理由無く通学を止めると、不知火准将や冬月副司令あたりが煩く言ってきそうだから、もう少し様子を見るよ>

<分かりました。でも、あの弐号機パイロットはシン様の事を気にしている割には、突っ掛かってきませんね。

 太平洋艦隊の時の事を考えると、喧嘩を売ってくると思ってましたが?>

<大方、ネルフの赤木博士あたりが、ボクの事を吹き込んだんだろうね。確かに彼女の暴言を二度三度と我慢する気は無いし。

 ボクが怒ったら彼女の身が危ないと思って、ボクに近づかないように言ったんじゃないかな>

<あの女は嫌い。この前、あたしやお兄ちゃんの悪口を、いっぱい言ってたわ>

<そうよね。何を考えてあんな事を言ったんだか分からないけど。それはそうと、EVAのエースパイロットだと散々自慢して

 いたけど、さすがに学校じゃ言わなかったわね。言ったら面白い事になりそうだけど>

<ミーシャ。その場合にはボクにも影響が出てくるんだよ。面倒はゴメンだよ>

<それと姉さんが、あの子と葛城准尉のズレ疑惑の事を言ってましたが、かなりネルフ内に広まったみたいですよ>

<ズレ疑惑って何?>

<ああ。レイは知らないのね。家に帰ったら教えるからね。噂では、伊吹三尉が熱心に聞き込んでたとか>

<まったく、女性は噂話が好きだね>


 シンジ、ミーシャ、レイの三人は、込み入った話しは全て念話で会話をしていた。

 もっとも、全部が念話では周囲から怪しまれる為、聞かれても支障が無い事は普通に話していた。

 だが、周囲に聞こえる会話数自体が少ない事には変わりは無い。三人はあまり喋らないとクラスメートからは思われていた。

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 シンジの執務室

 急遽、シンジ達四人と話しがしたいと、セレナから連絡が入ってきた。

 シンジがセレナに最後に会ったのは、ローグ提督の接待の時だ。

 そして、ミーナとミーシャは分かるが、レイまで話しがしたいと言う事は、あの時の事を突っ込むつもりかと

 シンジは気がついて断ろうとした。だが運悪く、執務室にはミーナが居た。

 ミーナはシンジの電話内容に聞き耳を立てていたので、電話の相手がセレナである事は分かっていた。

 そして何故か焦るシンジを不審に思って、シンジの電話機を奪い取った。


「あたしよ、久しぶりね。シンがやたらと動揺してたけど、何かあったの?」

『あら、久しぶりね。あなたとミーシャとレイって子が少佐と同居しているのよね?』

「そうだけど?」

『あなた達三人に話しがしたいって頼んだのよ。断られたけどね』

「あなたがシンじゃ無くて、あたし達と話したいってどういう事?」

『この前、太平洋艦隊のローグ司令の接待を少佐に強要されたのよ。おかげで、あたしはメイド服を着る羽目になったわ。

 そして、その席で電話では言えない事をされたの。やっと心が落ち着いて、こうして電話をしている訳よ』

「何ですって!? こら、シンは逃げるんじゃ無いわよ! 分かったわ。それで何時来るの?」


 逃げ出そうとしているシンジの首を、ミーナが強引に押えていた。


『あなた達三人の都合が良ければ、今からでも良いわ』

「ミーシャとレイは休憩所に居るわね。今から呼ぶわ。直ぐに来て」

『じゃあ、五分後ぐらいに、そちらに行くわ』


 それだけ話すとミーナは電話機を置いた。そして、シンジを睨みつけた。


「シン! 彼女に何をしたの!? まさか襲ったんじゃ無いでしょうね!?」

「そんな事する訳ないじゃ無いか! 誤解だ! 被害者はボクの方なんだからね」

「そんな言い訳が通用すると思ってるの!? 良いわ、彼女から直接説明して貰うから!」


 ミーナは怒った顔のまま、ミーシャとレイの召集をかけた。


<ミーシャ、レイ。これから特別監察官のセレナが、シンの執務室に来るわ。

 何でもシンに電話では言えない事をされて、それをあたし達に言いたいみたいね。二人とも直ぐに来れるかしら>

<電話で言えない事? シン様! 彼女に何をしたんですか!? 欲求不満なら私に一言言ってくれれば良いのに!>

<お兄ちゃん、電話で言えない事って何なの?>

<それを彼女から直接聞くの。レイも聞きたいでしょ>

<うん。直ぐに行くわ>

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 セレナがシンジの執務室に着いた時、シンジはミーナとミーシャの冷たい視線に耐えていた。

 レイは事情が分からず、きょとんとした顔をして、シンジを見ていた。

 セレナは部屋に入ると状況を察して、微かな笑みを浮かべた。(まあ、あたしにあれだけの事をしたから当然よね)

 シンジは一人用の椅子に座って、ミーナ達は三人用のソファに座っていた。セレナはその対面のソファに座った。


「さあ、話しを聞かせて貰いましょうか。あの時、ローグ提督と不知火准将が一緒に居た事は聞いているわ。

 その時に何があったのかしら?」

「まずは、ローグ提督が来るから接待をしたいって少佐から言われたのよ。それに来ないかと言われたわ。

 最初は断ったけど、接待に来ないと使徒のサンプルは渡さないと言われては、あたしは行くしか無かったわ。

 そして少佐のリクエストに答えて、メイド服を着る羽目になったのよ。しかも胸元が大きく開いたやつよ」

「シン! それは公私混同じゃ無いの! しかもメイド服をリクエストするなんて、何を考えているのよ!?」

「そうです! この人にメイド服なんか着せたら、どうなるか分かるものでしょう!?」

「お兄ちゃんはメイド服が好きなの? ミーシャも結構着ているし、あたしも着てみようかな」


「い、いや、普段とは違う服を希望しただけで、メイド服だなんて一言も言って無いんだけど」

「確かにメイド服とは言って無いけど、接待で何時もと違う服だなんて、何を着ていけばいいのよ!?

 ローグ提督や不知火准将の視線も胸に感じたのよ。あたしは耐えるだけだったわ」


 セレナの目は真剣にシンジを見つめていた。その普段とは違う態度に、ミーナとミーシャはやっぱり何かあったと確信した。

 そして、セレナの話しを促した。


「少佐……いえシンと呼ばせて貰うわね。シンの話しを聞いているうちに、ローグ提督と不知火准将はいなくなったわ。

 あたしとシンの二人きりになったの。そしてあたしとシンは……」


(何て事なの! ローグ提督と不知火准将が共謀したと言うの? ローグ提督は知らないけど、不知火准将はそんな人だとは

 思わなかったわ。幻滅ね。それ以上に許せないのは、二人きりになるのを画策したシンね! これはお仕置きが必要だわ!!)

(シン様。そんなに用意周到に準備して、この人と二人きりになりたかったんですか? うう、酷いです。

 私に声をかけてくれずに、この女に手を出すなんて最低です!!)

(お兄ちゃんは、この人と二人きりになった訳ね。それからどうなったのかしら?)


「ちょっと待った!! ボクが話しているうちに、お酒をガブ呑みしたのは誰? ボクは止めたのに、酒を飲むのは自由だって

 開き直ったのは誰? ローグ提督と不知火准将は、酒乱のセレナに恐れをなして逃げ出したんだよ!」

「そんな言い方は酷いわ! そもそもシンの話しを聞いて、あたしのストレスが限界を超えたのが原因なのよ。

 その原因をつくったシンが言い訳するなんて……」


(まさか、セレナがストレスを溜めてお酒を飲むように誘導したと言うの。そこまでしてセレナとしたかったの?)

(策士でもあるシン様だから、この人がお酒を飲むように仕組んだのはありえるかも……)

(お酒……まだ飲んだ事が無いから分からないわ。でも大人になったら良いのよね)


「いや、ネルフのやった事を正直に教えただけでしょう。それでストレスを溜めさせられたって文句を言われても困るよ!」

「何よ、その後で押し倒して、あたしとキスしたくせに!」


(何ですって! やっぱりシンは……)

(シン様……うう)

(この人もお兄ちゃんとキスしたのね。あたしと同じか)


「ちょっと待って! 押し倒したってセレナがボクを押し倒したんでしょう。その言い方は非常に誤解されるから止めて!」

「ちょっと言い方を変えたぐらいは良いじゃない。問題はその後よ。あたしはシンとのキスで気を失ってしまったのよ」


(キスでいかされたの? そうか、シンはあの技を使ったのね。あれを初めてやられれば耐性なんてある訳無いから一撃よね。

 という事は舌は使ったのね。問題はこの後ね。何回ぐらいしたのかしら?

 あの頃はレイと寝てばっかりいたから、シンはかなり溜まっていたはずだわ)

(うう、シン様。この後の話しは聞きたいような、聞きたくないような、微妙なところだわ)

(キスで気を失った? どうして気を失ったのかしら? 後でミーシャに聞きましょう)


「ちょっと、待って! セレナがボクに圧し掛かってきたから、やむなく……その…

 してしまったけど、あれは不可抗力だよ。決して、最初から、やましい気持ちがあった訳じゃないからね!」

「という事は、途中からはやましい気持ちがあったのよね。このあたしの身体を弄んでおいて、逃げるつもりなの!?」

「シンは黙ってなさい! それで、その後はどうしたの? 無理矢理されたの?」

「ええ。シンはあたしが気を失うまで、あたしの口を蹂躙したの。あんな経験は初めてだったわ」

「だから、酒乱になって抱きついてキスしてくるセレナを止めるには、それしか無かったんだって!」

「シンは黙ってなさいと言ったでしょ! それで気を失ってからはどうしたの?」

「気が付いたらソファに横になっていたわ。シンは冷たいオシボリをあたしの額に当ててくれたけど。

 今までいかせた事はあっても、いかされた事は無かったわ。あたしのプライドはボロボロよ。責任は取って貰いますからね」


「「はあ!?」」


 ミーナとミーシャは身を乗り出した体勢で聞いていたが、セレナの予想外の発言にソファから滑り落ちた。


「きゃっ! お姉ちゃんとミーシャはどうしたの? いきなりソファから落ちるなんて?」

「い、いえ、何でも無いわよ」 「そ、そうよ、何でも無いわよ」


 ミーナとミーシャはレイに慌てて答えて、急いで立ち上がってソファに座り直した。

 二人の顔には戸惑いの色が伺えた。それを確かめようと、ミーナがセレナに質問を再開した。


「確認するけど、セレナがお酒を飲んでシンに抱きついて、そしてキスをしたと。それでシンはセレナを気絶させた後は

 ソファに寝かせて看病していたと。それでもって、いかされた事でプライドがボロボロになったから責任を取れと?

 こういう事なの?」

「そうよ!」

「じゃあ、胸を触られたり、服を脱がされたりは無かったのね?」

「当たり前よ! 将来を誓った相手にしか許さないわよ! あたしは清い乙女なのよ!」


 セレナの言葉にミーナとミーシャは肩を落した。シンジがセレナとキス止まりというのは良かったという気持ちなのだが、

 心のどこかではセレナの体験談を聞きたかったと思っている部分もあった。期待外れもいいところだ。


(……あたしはセレナを見誤っていた訳ね。こんな身体をしているくせに未経験で、キスでいかされたくらいでプライドが

 ボロボロとは……相当なお嬢様だった訳ね。……でも、お嬢様のくせにシンを誘惑しようとしていたのよね?

 どういうお嬢様よ!? そもそもお嬢様がそんなに手軽にキスして良いもの? どこか、ずれてるわね)


(……つまり、キスでいかされただけで、それ以外は無しなのね。ふふっ。シン様、信じていました。

 やっぱりシン様はシン様ですよね。回数ならあたしの方が上だもの。心配して損しちゃったわ。

 でもキスだけで気絶させるなんて、シン様はテクニシャンなのね。今度して貰おうかしら)


(えっと、お兄ちゃんとこの人はキスだけしたという事ね。やっぱり気持ち良かったのかな?)


 セレナに真相を確認した事で、ミーナとミーシャに余裕が戻ってきた。

 レイは細かい話しの内容は理解していないが、興味津々で聞き入っている。

 セレナは部屋の雰囲気を変わったのを目敏く感じ取って、訝しげな表情で問い掛けて来た。


「どうしたの? いきなり和やかな雰囲気になったんだけど、何を考えているのよ?」

「何を考えているかを聞きたいのは、こっちよ! このご時世にキスして責任を取れって言って通用すると思ってんの!?

 今時の小学生だって、そんな事は言わないわよ。しかも、最初はあなたからしたんでしょう!

 どこまでお嬢様なのよ! 浮世離れしているにも程度ってものがあるのよ!」

「そうです。しかもお酒に酔ってシン様を押し倒したんですよね。それで責任を取れは無いんじゃないですか!?」

「だって、今まで言い寄ってくる男達は、あたしが微笑むだけでほとんどが一発で撃沈出来たのよ!

 それでも落ちない男には、頬にキスするだけで落ちたのに。ある意味、あたしのファーストキスだったのよ!

 絶対に責任を取って貰うわよ!」

「ファーストキスだから責任を取れって言うなら、ここに居る全員がそうよ。あなたの主張は認められないわね。

 それに、あたしから言わせて貰うと、キス程度で騒ぐんじゃ無いって言いたいわ!」

「何ですって、ここに居る全員となの!?」


 セレナはミーナを見つめた。自分に匹敵するスタイルを持ち、シンジの腕を抱きかかえている光景は何度も見た。

 報告書でもシンジと一番親しそうだとある。恐らくは深い関係にあるのだろうと推測されている。

 確かに関係の深さならセレナでは到底及ばない。


 セレナはミーシャを見つめた。アラブ系で可愛い顔立ちをしている。スタイルもそこそこ良い。

 自分には及ばないが、年齢標準のかなり上をいってるだろう。年齢はシンジと同じ。

 シンジに命を救われたと言っていた。確かに深い絆だ。キスぐらいはしている可能性はあるだろう。


 セレナはレイを見つめた。蒼い髪と赤い目をしているが、顔立ちそのものはアジア系だ。可愛い顔立ちでスタイルも良い。

 ネルフの司令に洗脳されていたが、シンジは引き取って義妹にしている。

 シンジが大事にしているだろう事は、今までの経緯を見れば明らかだ。

 確かに、一番最初の使徒の時、初号機の格納庫でキスをしていたのは映像で見ている。(本当はレイの治療の為だが)


 この三人相手に、キス程度で騒ぐのは確かに相手にされないだろうと理解し、セレナは肩を落して帰っていった。

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 ネルフ:コントロールルーム

 モニタに映し出された使徒の情報を見て、溜息をつきながらリツコは考え込んでいた。

 そのリツコに、背後から男の腕が回された。


「少し痩せたかな?」

「……そう?」


 リツコに抱きついたのは加持であった。一瞬は硬直したリツコだったが、背後の男が加持と分かって力を抜いた。

 大学の同窓であり、昔からの付き合いがある。加持のこの程度のセクハラには耐性が出来ていた。

 加持はリツコに回した腕の力を微かに強め、リツコに囁いた。


「悲しい恋をしているからだ」

「どうして、あなたにそんなことが分かるの?」

「それはね、涙の通り道にホクロがある人は、一生泣き続ける運命にあるからだよ」


 加持はリツコの頬を指で撫でた。しばらくぶりで会うリツコと、いきなりムードを作っている加持の手腕は侮れないかもしれない。

 だが、リツコは視線を窓に移して、冷静な態度のままで加持に答えた。


「これから口説くつもり? ……でも駄目よ。さっきから怖〜いお姉さんが見ているから」


 ミサトが窓に貼り付いて、加持を睨みつけていた。

 さすがにミサトの前で、これ以上リツコに手を出す気の無い加持は、リツコから離れた。


「お久しぶり、加持君」

「やっ。しばらく」

「しかし、加持君も意外と迂闊ね」


 リツコと加持は、久しぶりの挨拶を交わした。そこに不機嫌そうな顔をしたミサトが割り込んできた。


「こいつのバカは相変わらずなのよ。あんたは弐号機の引渡しが終わったんだから、さっさと帰りなさいよ!」

「今朝、出向の辞令が届いてね。ここに居続けだよ。また三人でつるめるな。昔みたいにさ」

「誰があんたなんかと!」


 ミサトが嫌そうな顔をして叫んだ瞬間、部屋中にアラーム音が鳴り響いた。


「て、敵襲?」


 ミサトは目の前の加持の事など無かったかのような真剣な表情になり、本発令所に向けて走り出した。

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 本発令所

 冬月とオペレータ三人が待機していると、いきなり通信が入ってきた。

『警戒中の巡洋艦【ハルナ】より入電。“我、紀伊半島沖にて巨大潜航物体を発見。データを送る”以上です』


 さっそく、ハルナからの通信データに含まれているデータの解析に入った。そして僅かな時間で解析結果が表示された。


「【ハルナ】からの受信データを照合。パターン青と確認。使徒です!!」

 日向の報告を受けて、冬月が命令を発した。

「総員、第一種戦闘配置」

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 第二発令所

 巡洋艦【ハルナ】からの通信は、第二発令所にも来ていた。元々、国連軍に所属するハルナである。

 ネルフはともかく、不知火のところに連絡が入るのは当然だろう。

 さっそくミーナが解析に入って、瞬時にユグドラシルUが結論を出した。


「不知火司令。【ハルナ】からの受信データを解析。使徒と判定しました」

「分かった。少佐達に緊急召集をかけろ。それとネルフへの通信回線を繋いでくれ」

「了解しました。少々、お待ち下さい」

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 本発令所

「冬月副司令。不知火准将が通信を求めています。どうしますか?」

「不知火准将か……分かった。回線を開いてくれ」

「了解しました」


 オペレータが操作するとメインスクリーンに不知火の顔が映し出された。


『冬月二佐。何故、勝手に第一種戦闘配置を発令した? 使徒が発見されたのは分かるが、弐号機の修理が終わってネルフと

 我々の出撃優先順位の打ち合わせが済むまでは、現状維持のはずだ。何故、私の指示が無い状態で命令を出したのかね?』

「い、いや、つい先程弐号機の修理が終わったと連絡があったので、弐号機を出撃させるつもりだったのだが……」

『この前の話しでは、出撃優先順位の打ち合わせが済むまでは、現状維持と了承しただろう! 覚えていないと言うのか!?』

「……確かにそうだが、ネルフとしては弐号機を出撃させたいのだ」

『ならば、その旨を私に伝えて了解を取るべきだろう。そんな子供でも分かる事が、冬月二佐には分からないのか!?』


 冬月は内心では焦っていた。前回の使徒に押し潰された事で、弐号機は修理が必要な状態だった。

 従って、弐号機の修理が済むまでは、以前と同じく国連軍・北欧連合が戦闘指揮を執る事になっていた。

 弐号機の修理後に、共同戦線を採るか、ネルフと国連軍・北欧連合が個別に戦闘を行うかの協議を行う事になっている。

 その協議を待たずに、冬月は勝手に弐号機を出撃させようとしていた。

 不知火にとって、冬月の行動は合議を無視した行動に見えている。機嫌が悪くなるのも当然の事だろう。

 だが、補完委員会から弐号機での戦果を出せと煽られているネルフにとって、零号機と初号機を先に出す訳にはいかなかった。

 それでも弐号機での勝利が確約出来ているなら、冬月は不知火の文句を強引に突っぱねたろう。

 しかし前回の使徒での弐号機の無様な様子を見ている冬月は、弐号機に万全の自信を持てなかった。

 弐号機が失敗した場合は、零号機と初号機を出す必要がある。それらを考えると、不知火に横柄な態度はとれなかった。


「申し訳無い。つい、うっかりしてしまった。だが、今回は弐号機を出すつもりだ。零号機と初号機は控えて欲しい」

『……まあ良かろう。だが、弐号機は初陣だ。たった一機で出撃させるつもりなのか?』

「弐号機パイロットは、ドイツ支部で十年に渡る訓練を受けている。大丈夫だ」

『戦闘経験の無い新兵を大丈夫か……本人が了承すれば認めよう。それと、こちらは零号機と初号機のパイロットを緊急召集した。

 弐号機が敗れた場合は、速やかに二機を出撃させるぞ。良いな!』

「了解した。弐号機の状況は、そちらにも見れるようにしておく」


 不知火は弐号機にまったく期待していなかった。太平洋艦隊でのアスカの態度は、不知火を落胆させるには十分だった。

 だが、ネルフは弐号機を優先して出撃させると言う。不知火にしてみれば、お手並み拝見という気持ちだった。


 不知火が簡単に引き下がったのを見て、冬月は安堵の溜息をついた。

 弐号機が戦果をあげて万全の信頼が出来るまでは、零号機と初号機を予備として使える体制にしておく必要がある。

 まだまだ不知火に、下手な態度は取れなかった。板挟みの状態になり、どんどんとストレスを溜める冬月だった。

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 ネルフ:戦闘指揮車両


「先の戦闘で迎撃システムの損害が大きく、現在までの復旧率は26%。実戦における稼働率は、ほぼゼロ。

 その為、上陸直後の目標を水際で叩きます。弐号機は目標に対し、近接戦闘でいくわよ」


 迎撃システムの復旧の遅れから、ミサトは使徒の水際殲滅を選択した。

 第三新東京を離れると、ネルフの用意出来る支援戦力は極めて限られてしまう。よって、戦自に大々的に支援を要請した。

 戦自としては使徒殲滅サポートの実績が得られるとして、大規模な航空戦力と陸上戦力を差し向けた。

 重爆撃機、戦闘機、戦車、自走砲、ロケット砲。様々な兵器が群れとなって、使徒の上陸予想地点に進軍した。


 弐号機はキャリアで目標地点の上空に到達。そしてキャリアから切り離された弐号機は、地上に地響きを立てて降り立った。

 間を置かずに、弐号機にアンビリカルケーブルが装着された。これで準備はOKだ。


「これから日本でのデビュー戦ね。あたし一人で使徒なんて倒してみせるわ。誰かさんもちゃんと見ておくのね」


 弐号機の映像が第二発令所にも中継されており、シンジ達が見ているのをアスカは知っていた。

 アスカは敵である使徒より、シンジの方に気が向いていた。敵を軽視するのは、自分自身への自信の表れか。

 太平洋艦隊でバッテリィが切れての弐号機の活動停止は、アスカにとって屈辱物だった。

 今回はアンビリカルケーブルはちゃんと繋がれている。バッテリィ切れは考えなくて良い。雪辱戦に燃えるアスカだった。

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 第二発令所

 不知火以下の戦闘指揮スタッフと、第壱中学から緊急召集されたシンジ、ミーシャ、レイが中央モニタに映っている

 弐号機を見ていた。因みに、第二発令所からの通信は出来ない。あくまで一方通行の映像だ。


『これから日本でのデビュー戦ね。あたし一人で使徒なんて倒してみせるわ。誰かさんもちゃんと見ておくのね』

「デビュー戦ね……芸能界と勘違いしているんじゃ無いですかね。どう思います、准将?」

「覚悟が無いな。しかも独断専行の気が十分にあるだろう。満足に戦えるか疑問だな」

「同感ですね。レイはしっかりと見ておくんだよ。レイはまだ戦場を知らない。彼女もね。

 戦場は奇麗事だけでは済まされない。勝てば問題無いけど、負けた時は何をされても抗議すら出来ない。最悪は死ぬんだ」

「分かったわ。お兄ちゃん。でも、あの女は弐号機の自慢をしていたけど、強いの?」

「さあ? ボクも弐号機の戦闘能力を確認した訳じゃあ無いからね。勝つか、負けるかは彼女次第だよ」


 第壱中学にいたシンジの携帯に、緊急召集の連絡が入った。

 シンジ達三人は国連軍の旗をつけた車に乗り込み、アスカはネルフの旗をつけた車に乗り込んだ。

 そして、車に乗り込むところを多数の生徒に見られていた。

 シンジは国連軍に関係していると公言しているが、アスカは何と言い訳するのだろうかと少し気になった。

 また、EVAのパイロットかを勘ぐる人間が出てくるだろうとも思う。

 まあ、それは彼女が考える事だと思い直して、画面に視線を向けた。

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 使徒を待ち変えているアスカは、少し苛ついて周囲を見渡した。

 周囲には戦自の戦車や自走砲の群れが見えた。上空には多数の航空機が飛行している。これらは全部弐号機の援護戦力だ。

 味方に囲まれている事を確認して、少し気持ちに余裕が出来たアスカは愚痴を零した。


「あ〜あ。使徒なんて、あたし一人で十分なのにな。こんなに大勢で攻撃するなんて、趣味じゃ無いわ」

『アスカ。私たちには選ぶ余裕なんて無いのよ。生き残るための手段をね!』


 弐号機のモニタに指揮車にいるミサトの顔が映し出された。

 ミサトはアスカの才能を信じているが、もうネルフは失敗が許される状況には無い。

 冬月からは必ず弐号機で仕留めるよう念を押されている。零号機と初号機の出番を作る訳にはいかないのだ。

 ミサトとしても久しぶりの戦闘指揮であり、気分は高揚していた。目に暗い光を湛えて、絶対に弐号機で使徒を倒すと心に誓っていた。


 前兆も無く海面に大きな水柱があがった後、奇妙な形をした使徒が現れた。

 メタルのような光沢を持つ身体で、弐号機の方を向いている。


『アスカ、攻撃開始よ!』

「ふん。綺麗に料理してあげるわよっ!!」


 弐号機は右手にソニック・グレイブを、左手にパレットガンを持っていた。

 そして左手のパレットガンが火を噴き、弾が使徒に命中して爆煙があがった。

 アスカはパレットガンを投げ捨てて、両手でソニック・グレイブを握りしめた。そして海上に突き出ているビルの残骸を

 踏み台にして一気に使徒に接近すると、ソニック・グレイブを渾身の力を込めて振り下ろした。

 そして使徒は何の抵抗もせずに、真っ二つに分断された。ミサトは弐号機が使徒を倒したと思って、アスカを賞賛した。


『見事よ、アスカ!!』

「どう? これがあたしの実力よ! 戦いは常に無駄無く、美しくよ! 誰かさんはちゃんと見ているかしら?」


 ミサトの言葉に気を良くしたのか、アスカは使徒に背を向けて気を抜いていた。

 アスカの言葉は、他の誰でも無いシンジに向けられていた。

 さすがに直接名指しは出来ないが、自分の戦闘状況を見ていると聞いている。今の戦いも見ていただろう。

(太平洋艦隊の時はバッテリィ切れで動けなかったけど、ちゃんと動けば使徒なんてこんなもんよ。

 さあ、これからはあたしがEVAのエースパイロットである事を思い知らせてやるわ!)


 使徒は弐号機によって真っ二つになったが、活動を停止した訳では無かった。

 コアらしきものが二つに分かれて、それぞれ分断された身体の再生を行い、二体となって弐号機に背後から襲い掛かった。


「何よ、これは!?」

『何んて、インチキなの!!』


 使徒が分裂して活動を再開した事に驚いて、ミサトは手に持っていたマイクを握り潰した。目の暗い光が心なしか増したように見えた。

 不意をつかれた弐号機は、アスカが冷静さを失っている事もあって満足に動けなかった。

 あっという間に使徒二体の攻撃を受けて、海中に頭から突き刺さった。海面に出ているのは弐号機の足のみだった。

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 ネルフ:戦闘指揮車両

「アスカ、応答しなさい。アスカ!!」

「駄目です。弐号機パイロットは気を失っています。それとアンビリカルケーブルも切られています。

 バッテリィ切れで動きません」

「くっ!」


(零号機と初号機が出せれば良いけど、素直にあたしの言う事は聞かないわね。

 でも弐号機は、あの様か。こうなったら時間稼ぎをして、弐号機で再度出撃するしか無いわ!)


 出撃前、弐号機が敗退したら零号機と初号機を出撃させると冬月から言われていた。

 その場合、ミサトには戦闘指揮権限など無い。

 ミサトにしてみれば、自分の指揮以外で使徒が倒される事に耐えられなかった。目に暗い光を湛えたまま、日向に命令した。


「日向君、戦自にN2爆弾での使徒への攻撃を指示して。使徒が修復中に弐号機を回収して再出撃するわ。早くして!!」

「ま、待って下さい。冬月副司令からは、弐号機が敗退した場合は国連軍・北欧連合に指揮権を移譲すると言われています」

「弐号機は敗退した訳では無いわ。回収して再出撃すれば問題無いわ! そんな事より早く戦自に攻撃を命令しなさい!!」

「葛城准尉は何を考えている? それに弐号機は修理が必要だ。直ぐに出撃出来る訳では無いんだぞ!」

「青葉君は黙りなさい!! 冬月副司令からは弐号機が来たら前の体制に戻すと言われているのよ! 今の私は作戦課長です。

 日向君、ネルフの作戦課長の名で、戦自にN2爆弾攻撃を至急命令しなさい!!

「は、はいっ!!」


 日向はミサトの迫力に負けて、ネルフ作戦課長の名で戦自にN2爆弾による使徒への攻撃を依頼してしまった。

 依頼を受けた戦自に異論は無い。直ぐに上空に待機させている爆撃機に命令が下った。

 爆撃機からはN2爆弾が投下され、使徒の付近で爆発。大型のキノコ雲が観測された。

 余談だが、N2爆弾の衝撃波を受けて弐号機の被害も増加していた。

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 ネルフ:試写室

 試写室には、国連軍・北欧連合とネルフの主要メンバーが集まっていた。

 国連軍・北欧連合側は、不知火、シンジ、レイ、それと護衛が二人の計五名。

 ネルフは冬月とマヤ、ミサト、アスカの四名だった。

 弐号機は使徒に敗れたが、使徒はN2爆弾の攻撃を受けて現在は修復作業中だ。

 今後の対応もあり、不知火の要求に従って弐号機の戦闘内容を確認しながら打ち合わせをする事となった。


 弐号機の攻撃開始から、使徒に敗れて海底に刺さるまでの間の映像が流れた。


「本日午前十時五十八分十五秒、二体に分離した目標甲・乙の攻撃を受けた弐号機は、駿河湾沖合二キロの海上に水没。

 活動を停止。この状況に対する、E計画責任者のコメント」

『無様ね』

「まったくネルフは無様だね。赤木博士は人事のように言ってるけど、自覚は無いのかね? どう思います、伊吹三尉?」

「…………」


 リツコは弐号機の修理指揮の為に居なかった。映写機を操作していたマヤは、シンジの皮肉に沈黙するのみだった。

 下手にリツコを庇う発言をしても、シンジに言い負ける事はマヤには分かっていた。

 それにシンジにはまだ恐怖心を持っていたので、言い争う気は無かった。黙って、操作を継続した。


「16時03分をもって、ネルフは戦自にN2爆弾攻撃を指示」

「全く、恥をかかせおって……」


 冬月が愚痴った。大見得をきった弐号機で使徒を倒せなかった事もあるが、ミサトの事で事前に不知火からクレームが来ていた。

 この後の打ち合わせで不知火とシンジから責められる事を予想している冬月は、胃が痛んでくるのを感じていた。


「同05分。N2爆弾により目標を攻撃」

「……また、地図を書き直さねばならんな」


 冬月の表情は暗かった。弐号機が敗退した後、速やかに零号機と初号機を出せれば、こんな事にはならなかった。

 何をどう間違えたのか、冬月に後悔の念が湧いていた。


「構成物質の28%の焼却に成功」

「やったの?」


 N2爆弾の攻撃を受けて、活動を停止した使徒が映った。

 アスカが一縷の望みを持って尋ねたが、冬月の何気ない一言で返された。


「足止めに過ぎん……再度進攻は、時間の問題だ。弐号機パイロット!」

「は、はいっ」


 冬月の怒りが感じられた言葉に、アスカが慌てて返事をした。


「君の仕事は何か、分かるか?」

「……EVAの操縦?」

「違う! 使徒に勝つ事だ! このような醜態を晒す為に、ネルフは存在しているのではない!」


 アスカの顔が歪んだ。ここにはシンジ達も居る。シンジの目の前で叱責されたのは、アスカにとって屈辱だった。

 でも、冬月に抗弁はしない。確かに弐号機で使徒を倒せなかったのは事実なのだから。


「さて、ネルフの方の状況は確認させて貰った。これからの事もある。我々の質問に答えて貰おうか。冬月二佐、良いな」


 ネルフの状況確認が済んだのを見て、不知火が口を挟んできた。

 色々と言いたい事はあったが、ネルフが落ち着くのを待っていたのだ。

 冬月は少し身構えたが、逃げる訳にもいかない。渋々といった様子で頷いた。


「ああ」

「弐号機が敗退したら、零号機と初号機を出すとお互いが了解していたはずだ。

 何故、こちらに連絡もせずに戦自にN2攻撃を依頼した? N2の爆発で、市街地もそうだが弐号機も損傷が増えているぞ」


 不知火は不機嫌さを隠そうともしなかった。

 ミサトの暴走だろうとは思っているが、それを許した冬月にも責任はある。見逃すつもりは無かった。


「弐号機は敗れた訳では無いわ! N2による攻撃で時間を稼いで、弐号機を再出撃させるつもりだったのよ!」

「黙れ!! 私は冬月二佐に聞いている! 准尉ごときが口を挿むな!!」

「くっ」

「葛城准尉の言うように、弐号機は敗れた訳では無い。現在は修理中だが、直り次第、再出撃する」

「ほう? では、まだ弐号機だけで、あの使徒に対応すると言うのか?」

「そうだ。現在は修理中だが、二〜三日中には修理は完了する。ただ、零号機と初号機は、その時はバックアップで控えて欲しい」

「零号機と初号機は、今からでも出撃は可能だが?」

「い、いや、弐号機の修理が終わるまで待って欲しいのだが……」

「成る程……ボクらを良い様に使おうと言うのですね。そして、弐号機がまた負ければ、その時は尻拭いをしろと?」


 シンジが会話に入ってきた。弐号機の戦果を優先させる冬月の考えは、お見通しだ。

 だが、素直に冬月の頼みを聞くつもりは無かった。


「弐号機は負けないわよ! この次を見てらっしゃい!」

「”デビュー”だとか”大勢で攻撃するなんて、趣味じゃ無い”とか言って、何を考えている? 馬鹿じゃ無いのか!

 戦争なんだぞ! スポーツなんかと勘違いしてるんじゃ無いのか?

 いくらEVAの操縦がうまくても、心構えが未熟過ぎる。太平洋艦隊の時もそうだったが、自分の分を自覚しろ!!」

「今回は偶々よ! 次はうまくやってみせるわ!」

「今回は弐号機は負けても損傷軽微で済んだが、使徒が弐号機をあれ以上攻撃したら、どうなっていた?

 エントリープラグとか機能中枢が破壊されたかも知れない。その場合、君は死ぬか、生きていても五体満足じゃ無かったろう。

 それが分かっているのか!? 反省もせずに、次はうまくやるなんて、アマチュアスポーツと勘違いしているとしか思えない」


(やっぱり、拘るように洗脳されているのかな。でも、それでは兵士としての資質に欠けるのは分かっていたはずなのに、何故?

 そうか! ボクが生贄に為らなかった場合は、別の誰かが生贄になったと師匠は言っていたよな。この子がそうなのか!?)


「何よ、偉そうに! あんたに、あたしの何が分かるのよ!!」

「EVA弐号機の専属パイロット。ネルフドイツ支部で十年に渡る訓練を受ける。階級は准尉。年齢は十四歳。

 現在のところ、使徒戦における勝敗は零勝二敗。性格は怒りやすく、すぐに熱くなるタイプ。

 確かに操縦はうまいかもしれないが、軍人としての自覚はゼロと。まあ、こんなところか。それ以上の事は知るつもりも無い。

 レイ、良く見ておくんだよ。直ぐに熱くなるようでは冷静に戦えない。待っているのは敗退のみだ。

 敗退すれば死ぬかもしれない。そんな覚悟も無しに喚くのは、どう見える?」

「無様ね!」


 シンジは呆れた顔で、アスカを見ていた。簡単に兵士の心構えを説いたのだが、アスカには全然通用しない。

 アスカを納得させるのは無理だとシンジは判断した。

 レイにしても、シンジに噛み付いてくるアスカに良い感情は持っていない。自然と言葉は辛辣になった。


「レイ!! 何てことを言うのよ!!」  「ファーストの癖に、偉そうにするんじゃ無いわよ!!」


 レイの言葉にミサトとアスカが切れた。ある程度の自覚症状があったかは不明だが、レイの言葉に強く反応した。

 二人とも顔は真っ赤になって、立ち上がってレイを睨み付けた。レイは二人の視線にも動じずに、睨み返している。

 ミサトとアスカがレイに反応したのを見届けると、シンジはニヤリと笑いを浮かべた。(証拠映像は左目から撮っている)


「はい、罰金確定だね。レイに話しかけたのは二人だから、罰金二十億。プラス番号呼ばわり分で一千万か。

 録画してあるから証拠も十分。ちゃんと補完委員会に払って貰おうか。レイ、後で美味しいところに食事に行こうか」

「うん!」            (臨時ボーナスだわ。これでお兄ちゃんとデートね)

「くっ」             (また減給なの! これ以上減らされると、エビチュが……)

「何で罰金が二十億もするのよ!」 (確かに話しかけるなと言われたけど、罰金が二十億なんて法外よ! 暴利だわ!)


「止めないか!!」


 冬月の顔には青筋が浮かんでいた。叱責される立場の准尉二人の暴言には、冬月も我慢しきれなかった。

 しかもレイに話し掛けてしまい、補完委員会の罰金が確定した。また委員会からの嫌味を聞く破目になってしまったのだ。


「ラングレー准尉と葛城准尉は、以後の自由発言を一切禁止する。聞かれた時のみ答えるだけにしたまえ」

「そ、そんな!?」 「冬月副司令!?」

「黙りたまえ!! 君達准尉が責任を取れるはずも無かろう。無責任な発言は止めるんだ!

 以後は、国連軍・北欧連合との対応は佐官以上が行う事にする。分かったな!」

「「くっ」」


 アスカとミサトは顔を真っ赤にしたが、冬月には逆らえない。不承不承だが口を閉ざした。


「それはともかく、作戦は出来たんですか? 作戦も無しに再出撃したのでは、弐号機は再度負けるでしょうね」

「……作戦はこれから考える」

「これから? まあ良いでしょう。ネルフの手腕を見せて貰いましょう。ネルフが失敗したら尻拭いはしてあげますよ。

 それと最後の質問ですが、葛城准尉は作戦課長として戦自にN2攻撃を依頼しましたね?

 何時から葛城准尉は作戦課長に戻ったんですか? 彼女は作戦立案主任のはず。

 勝手に役職を変更したのであれば、ネルフの協定違反と見なしますが?」

「そ、それは……」


 冬月の顔色は極端に悪化していた。ミサトが作戦課長を名乗って戦自に攻撃を命令(実際には依頼)したシーンは

 第二発令所にも中継されていた。当然、冬月も見ていた。

 ミサトを納得させる為に、確かに弐号機が来たら前の体制に戻すと以前に伝えてあったが、当時と状況はまったく違う。

 言った方(冬月)は忘れていたが、言われた方(ミサト)は忘れていなかった。

 ここでシンジにミサトを作戦課長に戻すとは、絶対に言えない。

 弐号機だけで使徒が殲滅出来ると断言出来れば良いのだが、現状はそうでは無い。シンジの協力が絶対に必要だ。

 それに、協定を破棄されてシンジが北欧連合に戻るような事になれば、ゼーレのネルフへの制裁は避けられない。

 冬月はシンジに答えられぬまま、冷や汗を流しながら固まってしまった。


「答えられないなら無回答でも構いませんが、次に葛城准尉が作戦課長を偽称したら、即座にネルフと北欧連合との協定が

 破棄されたと判断します。一回目は大目に見てあげますよ。それと、ボクとレイはしばらく第三新東京を離れます。

 弐号機が出撃する事を連絡して貰えれば、三時間以内には戻りますから」

「ちょっと待ってくれ。こんな時期に君達が第三新東京を離れるのか!? 何かあっても零号機と初号機が動かないでは無いか!」

「ネルフは弐号機で再度戦うつもりで、零号機と初号機は使わないんでしょう。それならボク達が居なくても大丈夫でしょう。

 使徒はゆっくりと修復中で時間的余裕はあります。問題は無いと思いますが?」

「し、しかしだね……」

「既に、ボクは作戦を決めています。その準備作業をすると思って下さい」

「作戦? どんな作戦かね?」

「ネルフはこれから作戦を決めるのでしょう。教えられませんよ。まあ、冬月二佐が優秀と認める葛城准尉が作戦を立てるの

 ですから、ボクより成功率の高い作戦が立てられるのでは無いですか?」

「…………」

「弐号機が出撃すると決まったらメールで連絡して下さい。その時は直ぐに戻りますから。では准将、後は御願いします」

「うむ。分かった」


 不知火とシンジ、レイは護衛と一緒に部屋を出て行った。残されたのはネルフの人間だけだ。

 ネルフはこれから作戦を立てなければならない。

 二〜三日の間に、弐号機だけで使徒を殲滅させられる作戦を立案して、実行する事が要求されている。

 その作戦をミサトが立案するのだ。冬月は胃がチクチクと痛み出した。だが、弐号機の戦果を求めている委員会の意向は無視出来ない。


「葛城君! 君を作戦課長に戻す件は保留だ! まずは弐号機で使徒を倒せる作戦を立案したまえ!

 作戦課長に戻す件は、その作戦が成功してから考慮する。

 それと、弐号機パイロットは訓練を再開したまえ。使徒は必ず弐号機で仕留めるのだ。分かったな!!」

「「はい!」」


 冬月の命令に、ミサトとアスカは元気良く返事を返した。

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 ミサトの執務室

 執務机には抗議書類が山となって連なっており、呆然とした顔でミサトは書類の山を見詰めていた。

 後ろには、リツコが真面目な顔でミサトを見ていた。


「これが関係各省からの抗議文と被害報告書よ。で、これが戦自からの請求書。広報部からの苦情もあるわよ。

 全部に目を通しておいてね」


 リツコの揶揄するかのような言葉に、ミサトは大きな溜息をついた。


「読まなくても分かってるわよ。喧嘩をするなら、ここでやれってんでしょ!」

「ご明察」

「言われ無くったって、上が片づけばここでやるわよ!」

「副司令はカンカンよ。今度、恥をかかせたら左遷ね。間違いなく」

「六分儀司令が留守だったのは、不幸中の幸いだったけどさ」

「いたら即刻クビよ。これを見る事も無くね」


 リツコの言葉は冷たい。ミサトにはクビと言ったが、実際にはゼーレの意向もあって、ミサトは外せない。

 ミサトを外して、シンジ達に任せれば被害は少なくなると分かっているのだが、それも出来ない。

 ジレンマを抱えているリツコだった。自然とストレスは溜まり、言葉使いも荒くなる。


「弐号機の修理は三日で終わるのよね?」

「ええ。N2爆弾の余波による被害が無ければ、二日で終わったけどね」

「……使徒は?」

「現在は自己修復中よ。修復完了は五日後とMAGIは予測しているわ。もっとも、修復途中に攻撃を加えた場合は、

 現在の修復速度が爆発的に上昇する可能性有りとMAGIは言ってるわ」

「五日後がタイムリミットか……それで、私の首が繋がるアイデアを、持ってきてくれたんでしょうね?」

「まぁね」


 リツコは一枚のディスクをミサトに渡した。


「流石は、赤木リツコ博士!」

「これは私のアイデアじゃ無いわ。これを届ける様に頼まれただけよ」

「…………」


 受け取ったディスクには、[マイハニーへ]と書かれていた。

 ミサトに対し、そんな事を言うのは加持ただ一人。ミサトはディスクを見ながら、少し顔を緩ませていた。

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 第二発令所にミーナの姿は無かった。シンジ達と一緒に何処かに行っており、第三新東京にはいない。

 不知火と国連軍から派遣されているオペレータ二人の計三人のみが、第二発令所に詰めていた。

 やはりミーナの不在は大きい。男所帯で潤いが無いなと不知火は感じていたが、口に出す事は無かった。

 そこに、ネルフからの通信が入ってきた。男のオペレータが対応した。


「不知火准将。ネルフの日向准尉が、准将と話したいと言ってきました。どうされますか?」

「ネルフの日向准尉だと? 何用だ?」

「いえ、用件は言っていません。ただ、准将の前にロックフォード少佐との会話を希望していました。

 不在で連絡がつかない事を伝えると、准将と話したいと言ってきました」


 シンジが行き場所も告げずに不在である事に、不知火は不安を感じて居なかった。

 本来なら、使徒が間近に居るのにEVAのパイロットが行方不明であれば、大騒ぎするのが普通だろう。

 だが、シンジが魔術師である事を知り、且つ信頼している不知火は、シンジが何処にいようと使徒の状態を確認していて、

 危急の時は速やかに戻ってくる事を、疑っていなかった。

 実際、不安にかられた冬月やリツコなどが、シンジとの通信を求めてきていた。(不在で連絡がつかないので、諦めたが)

 日向もその口かと思い、不知火は日向との通信をメインスクリーンに出すように指示をした。


『失礼します。私はネルフ作戦課の日向マコト准尉です。ロックフォード少佐に御願いしたい事がありますので、

 御手数ですが不知火准将にロックフォード少佐に連絡を取って頂きたいのです』

「何だ、弐号機の修理がもう終わって出撃するのか? 予定では修理に二〜三日かかると聞いていたが?」

『いえ、弐号機はまだ修理中です。ロックフォード少佐に協力して頂きたい事がありまして、至急連絡を取りたいのです』

「協力? ネルフは弐号機のみで使徒を倒すのだろう? 確かに冬月二佐が言っていたな。

 それなのに、少佐に協力を要請するとは、どういうつもりだ?」

『……作戦は出来たのですが、それにはEVA二機が必要になります。少佐には弐号機と一緒に戦って頂きたいのです』

「ネルフは弐号機だけで使徒を倒すと、冬月二佐が明言したのだぞ。それが、こんな急に前言撤回か?

 しかも冬月二佐本人では無くて准尉の君がか? 君は私を侮辱しているのかね!?」

『い、いえ、そんなつもりはありません』

「准尉の君が私に頼み事をする時点で間違っているのだ! こういう内容は、本来は上を通じてするものだ!

 立場を自覚したまえ! 冬月二佐の頼みなら検討ぐらいはしても構わんが、准尉の君の依頼など考慮するに値しない!」


 不知火はオペレータに命じて、日向との通信をカットさせた。そして考え込んだ。


(弐号機の攻撃で、一体のコアを破壊したが再生された。今までの使徒ならコアを破壊されれば終わりだが、今回は違う。

 やはり少佐の言った通り、二体の使徒は生体情報を共有して補完しているのだろう。

 それにネルフも気がついたのか? EVA二機で二体の使徒のコアを同時に潰す方法を考えたのか?

 ……いや、あの葛城准尉の事だ。単に力押しで、二機なら二体に対抗出来ると考えたかもしれない。

 まあ良い。少佐から提示された作戦案は三件。二件は直ぐに実行可能だが、残り一件は準備が必要だと言っていたしな。

 後は、弐号機出撃の連絡を待つだけだな)

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 第壱中学

 人気の無い屋上で昼飯を済ませたトウジとケンスケは、満腹感を感じながら話しをしていた。


「ここんとこ、碇の姿を見とらんの」

「ああ、三人揃って休校だよ。しかも、あのドイツから来た惣流もだぜ。こりゃ、何かあるな」

「何かって、何や?」

「ネットカフェで調べたんだけど、駿河湾の方で何かがあったらしいんだ。規制が入っていて、具体的な事は分からないけどさ。

 でも、その何かは今も続いているらしいんだよ」

「それが、あいつらと何の関係があるんや?」

「鈍いな。この前、非常事態宣言は無かったけど、碇達三人が国連軍の旗をつけた車に乗って早退したろう。

 そして惣流はネルフの旗をつけた車に乗って早退したんだぜ。あれから四人は学校に来ていないんだ。

 ひょっとして、惣流はネルフのEVAのパイロットじゃ無いのかな? 駿河湾の方で戦っているんじゃ無いかな?」

「お前は、まだそんな事を勘ぐっとんのか?」

「いや、碇は国連軍に関係があるとか聞いたけどさ、惣流がネルフの車に乗って早退なんて、絶対に普通じゃ無いだろ。

 俺やトウジだって、ネルフの旗をつけた車なんて、乗った事は無いだろ」

「まあ、そうやが……」

「惣流の親がネルフの高官という可能性もあるけどさ。碇と違って惣流は運動神経は抜群に良いだろう。ひょっとしたらと思ってさ」


 シンジは体育の授業などは手を抜き、わざと目立たないようにしていた。ミーシャも同様である。

 アスカは本気を出す事は無かったが、わざと手を抜く事も無く、クラス女子の平均を大きく上回る運動能力を披露していた。

 アスカの人気がある理由には、容姿が優れている事は含まれているが、標準を上回る身体能力も人気の理由の一つだった。


 そして、第壱中学のほとんどの男子生徒の注目を集めるアスカが、ネルフの旗をつけた車に乗り込んで早退するのが目撃された。

 目撃者は多数に上る。そしてケンスケの言ったように、駿河湾方面の異常も噂の端に上っていた。

 確かに、中学生がネルフのロボットのパイロットなどという絵空事に近い噂は、容易には信じられない。

 だが、標準を上回る容姿と身体能力。そしてドイツから来て、学力も優れている。(日本語能力は低かったが)

 ひょっとしてという考えを持つ男子生徒が増え、数日後には学校中をアスカの噂が駆け巡っていた。

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 北欧連合:バルト海海底の某所


 バルト海の海底に、遥かな昔から存在している物体があった。

 存在のほとんどが海底の土に埋没して、海中に出ている部分は極一部に過ぎない。

 その海中に出ている部分は堆積物で覆われており、一見では人工物と判断する事は出来ないだろう。

 よって、その物体の大きさは、外からは分からなかった。

 内部を見てみよう。

 遥かな昔から存在していたが、その中には清浄な空気が満ちていた。

 動力部は稼動しており、換気機構も正常に動作して、酸素濃度も大気と同じレベルを保っている。空気は濁ってはいない。

 何百もの階層があり、移動用の通路も多数ある。だが、大部分の部屋や通路に照明は灯っておらず、暗闇のままだった。

 だが、限られた一部の部屋には、照明が点灯していた。そして、その一つの部屋にシンジとレイが居た。


<レイ、調子はどうかな?>

<この中に居ると、大分楽になるわ。お腹の痛みも薄れてきたわ>

<その液体は身体の回復を促進する成分が、結構多めに含まれているんだ。それが効いたのかな。

 それと、この船のコンピュータ……マスターユグドラシルにレイの身体の解析をして貰った。もうすぐ結果が出るよ。

 今度こそは完全な治療が出来るはずだ。安心して良いからね>


 使徒が来る前日にレイは体調不良を感じて、シンジに相談していた。相談を受けたシンジはレイの身体を診察した。

 だが、異常は見つからなかった。シンジの持つ知識の中には、医学関係も含まれている。

 気での探査とはいえ、早々異常を見逃す事などは今までは無かった。

 専用の医療機器を使っての診察をした方が良いだろうと考えた。

 それに、弐号機が負けると分かっているので、零号機と初号機の出撃が迫っている。

 零号機の出撃中にレイの体調が悪化しては大問題になるだろう。その為に強引に時間を作って、シンジは久しぶりにここに来ていた。

 レイは医療カプセルに裸で入っており、つい先程、マスターユグドラシルの診察が終わったところだ。現在はデータの解析中だった。


<お兄ちゃんに裸を見られたのは、これで二回目ね。お嫁にいけない身体になってしまったわ。責任はとってね>

<レイ……服を抜いてカプセルに入る時は、ボクは後ろを向いていたろう。それでお嫁にいけない身体になったは無いだろう>

<気分の問題だわ。お兄ちゃんの前で裸になったのは事実だもの。お兄ちゃんは責任を取るのは嫌なの?>


 治療カプセルは上部だけが透明な素材で出来ており、中に入っている治療対象の顔を見る事は出来た。

 だが、それ以外は金属で覆われている。つまり、シンジからはレイの首から上しか見れない状態であった。

 レイは目を瞑った状態だが、微かな笑みを浮かべながらシンジと念話をしている。シンジは肩を落し、疲れたような顔になった。


<レイ。ボクをからかって楽しい?>

<うん! お兄ちゃんとこういう話しをするだけでも楽しいわ>

<まったく、ミーナの悪いところを真似しなくても良いのに>

<ふふっ。お姉ちゃんは、あたしの目標だもの。うっ!!>

<レイ、どうした!? 血が!!?>


 レイはいきなりの苦痛に顔を歪めて、腹部を手で押さえた。そして、カプセルの中の透明な液体の一部が、赤く染まりだした。

 レイが出血したのだ。シンジは慌てて治療カプセルに近寄り、レイをカプセルから出そうと操作を開始した。






To be continued...
(2009.10.03 初版)
(2011.11.20 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)


(あとがき)

 当初、二十三話で第二機関分離に持ち込めるかと思っていましたが、ずれ込みます。

 次は二十四話と外伝一話を投稿する予定です。(外伝の方は既に出来ています)



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