第二十四話
presented by えっくん様
ネルフの訓練室
保安部員の腹部に、アスカの持った棍が強打した。
「ぐわっ!!」
「次っ!! どんどん行くわよ! 気を引き締めなさい、アスカ!! 次からは三人がかりよ!」
「はあ、はあ、はあ」
アスカは保安部の猛者相手に、訓練を行っていた。両者ともに、武器として棍を持っている。
ただ、普通の訓練と違うのは、アスカ一人に保安部員二人が攻撃している事だった。
コアを破壊しても再生する使徒に対し、ミサトは有効な作戦を立案出来なかった。使えるのが弐号機一機なので尚更である。
加持が持ち込んだ作戦に一縷の望み(日向経由で、シンジを呼び出して協力させる)を託したが、結局はシンジと連絡がつかず、
加持の作戦は諦める事にした。
だが、二体の使徒はお互いが補完しあっており、二体の使徒を同時に倒さなければ駄目だという事は理解した。
ミサトの手駒は弐号機のみだ。
ならば、弐号機一機で使徒二体を圧倒して、使徒が弱ったところを同時に止めをさせば良いという作戦を採る事にした。
アスカに説明して、本人も納得した。何より、アスカは自分一人で使徒を倒す事を望んでいる。
気配の読み方、複数の敵への対処。訓練する内容は困難であり、短時間で身につく内容では無いが、それは無視した。
何より、やらねばならない。
ミサトはアスカの訓練相手として、保安部の猛者達を召集した。そして現在に至っていた。
目標は保安部の猛者三人を相手に安定して勝利する事。
使徒が二体だから、錬度も考慮して保安部三人に勝てるようなら、大丈夫だという目論見によるものだ。
この訓練が自分の勝利につながると信じて、アスカは訓練に励んでいた。
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北欧連合:山奥の中の別荘
男なら誰でも秘密基地を持ちたいという願望はあるだろう。疲れを癒す為や趣味に没頭する為、動機は様々だろう。
シンジも例外では無かった。ロックフォードの屋敷にいれば、多数の使用人もいる事もあり、不便は一切無かった。
だが、一人きりで思いに耽りたい時もある。そして、シンジは誰にも知られずに、家の一軒程度は用意出来る立場にあった。
シンジが持っている別荘は、ある山の中腹にあった。もちろん、外部からの電気や電話は繋がっていない。
別荘にある自家発電装置で、電気と水は使用出来る環境にある。複数人が寝泊り出来るように、寝室も複数あった。
維持管理は自動ロボットが行っており、何時でも使用出来る状態を維持してある。
人里からは遠く離れており、別荘への道は存在しない。どうしても別荘に行きたい時は、通常なら空路しか無かった。
ガードシステムも完備して、絶対に別荘を知らない人間が近寄る事は無かった。
ミハイルとクリスにも教えていない内緒の場所だ。秘密基地としては文句が出るはずも無い条件を、この別荘は持っていた。
その普段は人気が無い別荘は、久しぶりに四人の滞在者を招き入れていた。
「はい。ミーナ、買ってきたよ。赤飯四人分とオカズだよ」
「シン、ご苦労様。赤飯はレンジで温めれば良いわね。ミーシャはオカズを出してね」
「はい。箸がついているけどスプーンとフォークで良いんでしょう」
「あっ、私が持ってくるわ。ミーシャはオカズを出して」
「じゃあ、レイ御願いね」
ミーナはシンジから受け取った袋から、赤飯のパックを取り出してレンジで温めた。
そしてミーシャとレイも手伝って、食事の準備が整った。
「確か、この温めた赤飯に胡麻塩をかけて食べるのよね」
「ふーーん。これが日本の風習なのか? 知らなかったよ。ミーナは良く知っていたね」
「前にネットの情報を漁っていた時に知ったのよ。ここは北欧連合だけど、たまにはこういうのも良いでしょう」
「おかげで、亜空間移動で日本のコンビニに買い物に行く羽目になったよ。最高機密である亜空間移動技術で、日本の
コンビニに買い物とは、少し情けなくなるけどね。でもまあ、本国には赤飯は置いて無いしね。レイの為だし、仕方ないか」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「こういう事はケジメだからね。さあ、食べましょう」
四人は赤飯をメインディッシュにして食事を始めた。但し、箸では無く、フォークで赤飯を突付いている。
「ふーーん。これはこれで美味しいね。常食にすると飽きてくるだろうけど、たまに食べると美味しく感じる」
「この胡麻塩の味が良いわね。あたしも料理に胡麻塩を使ってみようかしら」
「あれっ、レイは胡麻塩は要らないの? 味気なくない?」
「ううん。あたしは薄味がいいから、これで良いわ」
シンジ、ミーナ、ミーシャ、レイの四人は、和やかな雰囲気の中で食事をしていた。
レイは腹痛を訴えて、治療カプセルの中で診察中に出血した。その時はシンジは大慌てしたのだが、今はそんな気配さえ無い。
レイは顔を微かに赤く染めて、恥ずかしそうな顔をしていた。
ミーナとミーシャは、嬉しいことがあったかのような楽しげな雰囲気である。
具体的な名は避けるが、レイは病気では無く正常な状態である事が証明され、それを三人で祝っている最中だった。
(レイの身体は使徒に近いDNAだったけど、完全な使徒じゃあ無かった。
ボクの力で使徒の部分の動きを止めたから、レイの普通の女の子の部分の機能が動き始めたんだろうな。
でも、あの時は焦ったよな。でも、赤くなって可愛いね)
(ふっ。今まで気がつかなかったけど、レイのアレが来て無かったとはね。あたしも迂闊だったわ。
でもまあ、レイは赤くなっちゃって初々しいわね。これからは、レイは益々女らしくなっていくわ。
シンもレイの誘惑に何時まで耐えられるかしら?)
(はあ、日本に戻ったらレイと一緒に薬局に行かないとね。でも、今までアレが無かったのに、あれだけ成長してたのよね。
もしかして、私はレイに抜かれるの? い、いや、そんな事は無いわ。私も努力しているもの。
でも、こうなったら少しでも早くシン様と一つになって、大人の階段を上らないと)
(ううっ。病気じゃなくて良かったんだけど、お兄ちゃんに知られたのは恥ずかしいの。あの時だって、治療カプセルから出る時、
まともに裸を見られてしまったし。やっぱり、お兄ちゃんに責任を取って貰うしか無いわ!)
四人の様々な思惑が絡んだが、表面上は和やかな雰囲気だった。
昼には亜空間転送を使って、日本に戻る予定だ。使徒戦に備えて、英気を養っているシンジとレイであった。
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第二発令所
ユグドラシルUの予測では、使徒の再侵攻は明日に予定されていた。(MAGIも同じ回答)
ネルフからは明日弐号機で出撃するとの連絡が入っており、シンジにもその旨を連絡している。
シンジからは、明日の朝までには戻るという連絡を受けており、その言葉を不知火は信じている。
(さて、明日が勝負か。少佐から提案された作戦案は三件。二件は準備も無く出来るが、残る一件は準備が必要だから、
その準備をする為に第三新東京を離れると言っていたな。さて、どんな準備をしてくるのか、楽しみだな)
シンジから提案された作戦内容は以下の三つである。
前提:今回の使徒二体は相互に補完状態を維持しており、その補完状態を無効化しないと通常の手段では倒せない。
@ 使徒二体のコアを同時に潰す。
鋭利な武器で二体のコアを一瞬で打ち抜く。両手を使って同時にコアを潰すのも有り。
但し、使徒二体を圧倒する戦闘能力が求められる。戦闘能力が均衡や若干上のレベルでは不可。
基本的には初号機一機だけで遂行が可能。零号機のフォローが得られれば、さらに作戦の難易度は下がる。
A 使徒二体を零号機と初号機が別個に攻略。この場合、同時にコアを潰す必要は無く、一方の使徒のコアを潰した状態が
維持出来れば、残る一体のコアを潰した時に使徒を殲滅出来るはずである。
零号機の近接戦闘能力に多少の不安要素が存在する。だが、サポート戦力を用意する事で不安の解消は可能。
B 二体の使徒は相互の生体情報を補完しあっている。その生体情報は何らかの情報伝達ルートを使用していると推定される。
ATフィールドの応用か、それともまったく別の方式で情報を伝達している可能性もある。
だが、その情報伝達ルート、又は情報伝達部分を無効化、又は破壊出来れば、後の個々の攻略は容易になる。
この情報補完手段の解析が必要と思われる。
上記の内容は、シンジが不知火に語った作戦内容であった。@とAは事前準備は必要無く、即時に実行可能。
Bの内容は分析の時間が必要だと伝えていた。もっとも、情報不足からBは実行出来ない場合もありえるとも言っていた。
(使徒の情報伝達ルートの分析が出来たかは連絡が無かったが、少佐の事だ。まあ大丈夫だろう。
さて今頃は、何処で何をしているのか、特訓でもしているのかもしれんしな)
シンジが息抜きを兼ねて北欧連合に戻って、ミーナ、ミーシャ、レイの四人で観光しながら楽しんでいるなど、
今の不知火には想像さえ出来なかった。
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冬月の執務室
弐号機の出撃を明日に控えて、冬月は自分の執務室で考え事をしていた。
不知火には弐号機の出撃の件は伝えてある。そしてバックアップとして、零号機と初号機が準備出来る事も確認している。
アスカの訓練は順調に進み、保安部の三人の攻撃に何とか対応出来るレベルになっていた。
この短期間で、それを為しえた事はアスカの才能の賜物だろう。そう言って、ミサトが満足そうな表情で冬月に報告していた。
ミサトの作戦上申書で、使徒二体は互いが補完しあっており、同時に二体のコアを潰さないと倒せないという前提は理解出来た。
だからと言って、弐号機のレベルをUPさせるだけで使徒二体に対応出来るか、冬月に不安が過ぎった。
しかし、現在のネルフに用意出来るのは弐号機のみだ。EVA一機で出来る作戦では上等な部類かもしれない。
それに、補完委員会からは弐号機での戦果を求められている。
制約だらけの状況では、使徒の弱点を分析出来ただけでも上出来とすべきだろう。
(葛城君とセカンドに託すしか無いか。だが、弐号機が負けても、零号機と初号機がいるから最悪の事態にはならないのが
救いと言えば救いだろうな。その場合は、後でセカンドと弐号機の戦力UPを考えなくちゃならん。
シンジ君が素直に協力してくれるとも思えない。どうしたものか………)
ゲンドウは本来なら出張から戻ってきているはずだが、関西方面でやる事が出来たと言って出張期間を延ばしていた。
そのしわ寄せは冬月に来ている。ストレスが溜まり、危険レベルに近づいている冬月であった。
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使徒二体の攻撃で、弐号機はかなりの損傷を受けていた。辛うじて四肢はあるが、装甲はボロボロで素体にも損傷があった。
フィードバックによる痛みでパイロットであるアスカの顔色も悪化し、余計に弐号機の動きを鈍らせていた。
援護は無かった。前回は戦自のサポート戦力が用意されたが、請求費用が莫大だった事と通常兵器による効果が得られない事から、
戦自のサポート戦力は無かった。かなり後方に零号機と初号機が控えているが、彼らが出撃するのは弐号機が敗れてからだ。
それは、アスカにとって認められる事では無かった。
最後の力を振り絞って、弐号機は使徒に突っ込んだ。だが、使徒二体の連携は、保安部三人の動きを遥かに上回った。
弐号機は使徒二体の動きに翻弄され、終いにはうつ伏せの体勢で叩きつけられた。
「きゃあああ」
だが、使徒の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
一体が弐号機が起き上がれないように押さえ、残る一体が脊髄部分の装甲を剥がしてエントリープラグが引きずり出された。
そして使徒はエントリープラグを潰しにかかった。
ミシッ ミシッ
エントリープラグの外壁がアスカの目の前で歪み、そして軋む音が聞こえてきた。
「ま、まさか、エントリープラグを潰そうっていうの!? 嫌、止めて!!」
軋む音が段々と大きくなった。終には、エントリープラグが耐え切れなくなり、真っ二つになった。
「いやあああああああああ!!」
ばっ
目を開けると周囲は暗闇だった。時を刻む時計の音が微かに聞こえてきた。
アスカは自分がベットに寝ているのを自覚した。うなされた為か、汗をびっしょりとかいている。
時計を見ると、午前二時半だ。
「夢だったの……もう、汗でベタベタじゃ無い! まったく、ろくでも無い夢だったわね!!」
そのまま二度寝しようかとも思ったが、汗が気持ち悪い。深夜ではあるが、汗を流す為にアスカは浴室に向った。
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駿河湾近辺
今度こそはという決意を込めて、弐号機は仁王立ちで待っていた。
周囲には陸上兵力こそ無いが、戦自の航空戦力は集結していた。中にはN2爆弾搭載機も多数含まれている。
前回は採算度外視(ネルフに採算を取るという考えがあるかは不明だが)で戦自に応援を頼んだが、あまりに高額なのと、
地上戦力では効果がほとんど見込めないという理由から、今回は航空戦力のみの応援を戦自に頼んでいた。
そして、数キロ後方には零号機と初号機が待機していた。弐号機が敗れた場合は、速やかに使徒を迎撃する為だ。
これで迎撃側の布陣は整った。後は使徒が動き出すのを待つだけだ。
アスカは寝不足の為に、目にクマを作っていた。
結局、汗を流す為にシャワーを浴びたが、それからは目が冴えて眠れなかったのだ。
今までの特訓の疲れもあって、身体全体が痩せこけているようにも見える。
だが、気迫は十二分にある。
今のアスカは追い詰められた獣と言うべきか、それとも割れる寸前まで膨らました風船と言うべきだろうか?
(ふん! 夢と違って航空機の援護があるじゃ無い。やっぱり夢は単なる夢よ。今度こそは弐号機で倒してみせるわ!
ファーストとサードは、良く見ておくのね! あんた達の出番は無いわよ!)
そして、多数の視線が使徒に集中する中、修復が終わった使徒はゆっくりと動き出した。
周囲を見渡して弐号機の姿を確認すると、二体は二手に分かれて弐号機を挟撃した。
弐号機は使徒の攻撃をうまく捌いていた。特訓の成果と言うべきだろう。そして、弐号機は攻撃に出る余裕も持っていた。
二体に同時に致命傷は与えられないが、一体にならかなりの傷を負わせていた。
もっとも、使徒はあっと言う間に修復してしまうので、使徒にダメージを与えているとは言い難い。
戦っているアスカは気づいているだろうか? アスカはATフィールドはまだ張れない。
その弐号機の攻撃が当たるという事は、今の使徒はATフィールドを張っていないと言う事だ。
ネルフのメンバーではリツコだけが気がついている。もっとも、口出ししてもどうにかなる問題では無く、沈黙を守っていた。
そして、シンジとレイの冷徹な視線が、弐号機と使徒二体に注がれていた。
弐号機はかなりの頻度で使徒の攻撃を避けて反撃した。だが、損傷を受けた使徒は、瞬く間に受けた傷を修復してしまう。
使徒に致命傷を与えられぬまま時間が経過して、弐号機のダメージとアスカの疲労が段々と増していた。
弐号機を挟み込んで攻撃していた使徒だったが、いきなり弐号機と距離をとって二体が合体した。
「何ですって! 一体になるなんて、どういうつもりよ!?」
『チャンスよ、アスカ。今のあなたなら、一体の攻撃は楽に対応出来るわよ!』
「言われなくたって!」
アスカはソニック・グレイブを、使徒のコア目掛けて突き出した。
だが……ソニック・グレイブは使徒のATフィールドに阻まれた。
「くっ!」
『アスカ、敵のATフィールドを中和して攻撃するのよ!』
アスカがまだATフィールドを張れないとする報告書は、リツコからゲンドウ、冬月をはじめ、ミサトにも回っていた。
前回、弐号機の攻撃で使徒が真っ二つになった事で、アスカがATフィールドを張れない事は、問題視はされなかった。
今まで弐号機の攻撃がヒットしていた事もあって、ミサトもその事を失念していた。そしてそのツケが、今出ていた。
使徒は二体に分離した時はATフィールドを身に纏わなかったが、一体に戻った事でATフィールドを常時展開している。
そして一体になった使徒はスピードとパワーを増しており、弐号機を圧倒していた。
弐号機が攻撃してもATフィールドで阻まれ、スピードとパワーを増した使徒の攻撃は確実に弐号機にダメージを与えていた。
アスカも疲労が蓄積している。徐々に動きが鈍くなり、誰の目から見ても弐号機の敗北は時間の問題だった。
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ネルフ:戦闘指揮車両
弐号機の劣勢を見て、ミサトは焦っていた。最初、弐号機が使徒の攻撃を避けるのを見て、訓練の成果だと喜んでいたのだが、
使徒が一体に戻ってから弐号機は押されっ放しだ。このままでは、弐号機が敗北するのは時間の問題だろう。
戦場の後方には、零号機と初号機が控えている。この二機を投入する以外、弐号機の劣勢を覆せないだろうとミサトは判断した。
ミサトの目には暗い光が篭っていた。冬月から注意されていた事も忘れて、指示を出し始めた。
「日向君。零号機と初号機の通信を開いて!」
「駄目です。冬月副司令の命令で、この戦闘指揮車両からは零号機と初号機に通信出来ないように、ロックされています」
「くっ。じゃあ、上の戦自の航空機にN2爆弾攻撃を命令して!」
「ここからは戦自にも通信は出来ません。通信出来るのは、本発令所と弐号機だけです」
「じゃあ、早く冬月副司令に繋いで!!」
「分かりました……音声だけですが、繋ぎます」
『冬月だ』
「冬月副司令ですか、葛城です。弐号機の劣勢は見ての通りです。これを覆すのは、零号機と初号機の投入以外はありません。
至急、副司令から零号機と初号機の出撃を命令して下さい!」
『弐号機の状態は、こちらでも見ている。では、弐号機が敗退したとして、零号機と初号機の出撃を依頼して良いのかね?』
「なっ! 待って下さい。今、零号機と初号機を投入すれば、弐号機が勝ちます。至急、彼らに出撃を命令して下さい!」
『君は何を聞いていたのかね? 彼らが出撃するのは、弐号機が敗退してからとお互いが合意してあるのだ。
弐号機の敗退前に出撃を頼む訳にはいかん。それに私が彼らに命令出来るはずが無かろう。何を考えているのかね?』
「では、副司令は弐号機を見殺しにするつもりですか!?」
『弐号機だけで使徒を倒せると豪語したのは、君だと記憶しているが?』
「しかしっ!!」
『君は准尉に過ぎん。過分な言葉は控えたまえ。弐号機が敗れたら零号機と初号機の出撃を依頼する。これは変えられない』
冬月は通信を強制カットさせた。
ミサトは呆然としていた。ミサトの脳裏にあったのは自分の指揮で使徒を倒す事だった。それが出来ない。
目に篭っている暗い光はそのままだが、現状の打開策がまったく見当たらない。
モニタに目を向けると、既に弐号機はかなりボロボロになっていた。
多くの視線が見守る中、弐号機はアンビリカルケーブルを切断され、地面に叩きつけられた。
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「きゃああああ!」
弐号機はうつ伏せ状態で地面に叩きつけられた。そして弐号機の上に使徒が乗って、首周りを攻撃し始めた。
「ま、まさか!?」
アスカの脳裏に今朝見た悪夢が蘇った。エントリープラグを引きずり出され、真っ二つにされた夢だ。
使徒の攻撃でエントリープラグに強い衝撃が走った。
既に弐号機のアンビリカルケーブルは切られており、内蔵電源だけで動いている。残る稼働時間は三分を下回っている。
そして、戦おうにも弐号機の上に使徒が乗っているので、うつ伏せ状態から体勢を変えられない。
使徒の攻撃は首周りに集中していた。絶え間ない衝撃がエントリープラグを襲った。
……アスカに絶望の色が見え始めた時、使徒の弐号機への攻撃が止んでいた。
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零号機が持っているスナイパー・ライフルによる攻撃は、弐号機を攻撃している使徒に命中すると見えたが、
ATフィールドによって阻まれた。使徒は弐号機への攻撃を中止し、こちらに向きを変えた。
元々、遠距離からの射撃である。仕留めるつもりは無く、弐号機への攻撃を中止させれば良かったのだ。
あまり弐号機の被害が大きくなると、修理費で多額の国連予算を使われてしまう。そんな懸念から行った事だった。
「レイ、お見事。この距離でよく命中させたね」
『お兄ちゃんとの訓練の成果よ。あたしは近接戦闘は苦手だから、これぐらいは出来ないとお兄ちゃんの邪魔になるもの』
「レイの射撃の腕は、ボク以上だよ。さて、使徒の生体情報の伝達機構は、やっぱり分からなかった。
作戦1か作戦2で行くよ。今のところは使徒は一体だから作戦1だ。ボクが相手をする。レイは援護を宜しくね」
『分かってるわ。任せて!』
「戦っている最中に使徒が二体に分離した場合は、一体はボクが押える。残り一体はレイに頼むよ。大丈夫だよね」
『はい』
零号機と初号機は、弐号機が戦っていた地点から数キロ離れたところに待機していた。
電源車とケーブルで繋がれており、バッテリィはフル充電状態で三十分の稼動が可能だ。
もっとも、初号機はS2機関を取り込んでいるので無制限稼動が可能だが、まだ知られる訳にはいかない。
そしてS2機関が稼動した事により、バッテリィの時より初号機のスペックは数段のレベルUPが為されていた。
零号機と初号機は、アンビリカルケーブルを外して身軽な状態になってから走り出した。
初号機が先行して、零号機が後に続いた。
使徒も接近してきた。距離が近づくと初号機は止まって迎撃体勢をとった。零号機もスナイパー・ライフルを構えた。
バンッ
使徒の攻撃は初号機のATフィールドで阻まれた。
初号機は二重のATフィールドを張る事が出来る。同じ強度なら使徒のATフィールドを中和しても、一つは残る計算だ。
そして初号機の棍での攻撃は、確実に使徒にヒットした。だが、一体であっても使徒の修復速度は凄まじい。
あっと言う間に直り、初号機といえども使徒に致命傷を与えられない。
使徒のコアを狙っているのだが、動きが速く、なかなかチャンスが回ってこない。
バーーン
零号機がスナイパー・ライフルで初号機を援護した。シンジが開発した粒子砲を組み込んだ大型ライフルだ。
威力に関しては、シンジの保証付きである。そして命中した使徒の肩が爆発した。
動きが鈍った使徒のコアを目掛けて、シンジは棍を突き出した。だが、棍がコアに当たる直前に、使徒の身体は二つに分離した。
「レイは左の奴を相手してくれ。ボクは右の奴を相手にする。それと、止めはボクがレイに合わせる。
好きなように、使徒のコアを潰してくれて構わないから!」
『了解!』
使徒が一体の時でも、初号機はスピードとパワーで使徒を上回っていた。
分離した使徒は、再生能力こそ凄まじいが、スピードとパワーは低下している。
初号機は使徒を楽に押さえ込んで、コアに手をかけた。
使徒が初号機の拘束を外そうと蠢いているが、初号機のパワーに押さえ込まれている。
その状態で、零号機はスナイパー・ライフルを投げ捨てて、残る使徒に接近した。
零号機の援護として、国連軍のマークをつけたワルキューレが援護射撃を行った。
使徒の腹部がワルキューレの粒子砲を受けて爆発した。
使徒が動きを一瞬止めたところに零号機が突っ込んだ。そして、右手に握っているナイフを使徒のコアに突き刺した。
それを見た初号機は、残る一体のコアを握り潰した。二体の使徒の動きは止まったが、微かに動いている。
「レイ、使徒を海岸方面に投げるんだ! 早く!」
『は、はい!』
零号機と初号機は、それぞれ使徒を投げ飛ばした。期せずして使徒二体は同じ場所に落下した。
「レイ、ATフィールドを全開に!」
『はい! ATフィールド全開!』
その直後
ドカーーーーーーン
十字架の形の閃光が走って、使徒が爆発した。爆風が零号機と初号機を襲ったが、ATフィールドの為に被害は無い。
そして使徒の爆発地点と弐号機の場所とでは距離が離れており、弐号機が被害を受ける事は無かった。
アスカはモニタで零号機と初号機の戦闘を見ていた。EVA二機が使徒二体のコアを潰すのを、はっきりと見届けた。
そして使徒が爆発する瞬間もだ。自分の力が及ばず、戦果を零号機と初号機に持っていかれた事を悔しがった。
(こっちもEVAが二機あったら、あたしが使徒を倒していたわよ。今に見てらっしゃい。
ミサトにEVAの追加が出来ないか、相談しなくちゃならないわね)
「使徒殲滅完了か。レイ、疲れていないか?」
『ううん、大丈夫よ。援護があって、零号機は被害を受けなかったもの。神田少佐、栗原少佐、風間少佐、ありがとうございます』
『お嬢ちゃんが無事で何よりだ。これが初陣だったんだろう。立派なもんだぜ』
『そうだな、怪我が無くて何よりだ。しかし、初陣で勝利か。大したものだ』
『俺の初陣なんか、惨めなものだったけどな。初勝利おめでとう』
ネルフが戦自に援護を要請したように、不知火は新百里の国連軍にワルキューレの援護を要請していた。
ワルキューレ九機が零号機の援護についた。各編隊長は、神田少佐、栗原少佐、風間少佐という訳だ。
『不知火だ。ワルキューレの援護に感謝する。零号機と初号機は帰還してくれ。御苦労だった』
「じゃあ、レイ戻ろうか」
『うん。それはそうと、弐号機はこのままで良いの?』
「良いんじゃないの? ネルフはボク達に弐号機には近づくなと言ってるんだ。
触ったりしたら賠償金を請求されるかもしれないからね。回収はネルフがするんじゃないの」
『そうよね。じゃあ、お兄ちゃん帰りましょう!』
弐号機の戦闘映像が中継されていたように、零号機と初号機の戦闘映像も中継されていた。
冬月、ミサト、アスカはシンジとレイの話しを聞いていた。
シンジの弐号機の扱いが酷い事に、冬月は深い溜息をついた。
確かにシンジ達に弐号機に干渉するなと言い続けてきたが、こういう扱いをされると後悔に似た感情が湧き上がってきた。
(弐号機を彼らと切り離し過ぎたか。弐号機の強化をしなければならないというのに、彼の協力は無理なのか?)
ミサトはシンジの言葉を聞き、戦闘指揮車両の中でシンジに罵声を浴びせていた。
「何よ、弐号機をそのままにしておくなんて、何を考えてんのよ! アスカが心配じゃ無いの!
まったく血も涙も無いんじゃない。あんな奴がEVAのパイロットだなんて、どこかおかしいわよ!!」
幸いにも戦闘指揮車両の通信はカットされていた。ミサトの暴言は戦闘指揮車両に居る人間以外に聞かれる事は無かった。
アスカはシンジの言葉を聞いて、顔を真っ赤にしてモニターに映る零号機と初号機を睨みつけていた。
(ふん。あいつ等に助けて貰うなんて、こっちからお断りよ! 次を見ていなさい。
このあたしこそが、EVAのエースパイロットに相応しい事を必ず証明して見せるわ!)
結局、重機の手配が遅れて、弐号機の回収は使徒が爆発してから三時間後になった。
その間、アスカはエントリープラグの中で、悪態をつきながら救助を待っていた。
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ネルフ:会議室
零号機・初号機と弐号機の出撃優先順位の協議をする為に、国連軍・北欧連合とネルフの主要メンバーが会議室に集合した。
ゲンドウも出張から戻ってきていた。ネルフの出席メンバーは、ゲンドウ、冬月、リツコ、加持、ミサト、アスカと
発令所勤務の三人のオペレータ達だった。セレナも監査役として出席している。
国連軍・北欧連合としては、不知火とアスール中佐、シンジ、護衛の二人の五人だ。
レイは民間協力者の立場なので、出席はしていない。会議が荒れるのは予想されていて、不毛な時間を過ごす事は無いと
シンジから言われており、レイはミーシャと一緒に薬局に買い物に出掛けていた。
メンバーが集まったのを確認して、不知火が会議を進めた。
「さて、本日は零号機と初号機、弐号機の出撃優先順位に関しての協議を行う。
前回は冬月二佐の要望で弐号機を先に出したが、使徒に敗れた。
今回の戦闘内容を確認しながら、最終的には被害を抑える為に何が最良なのかを考えたい」
「では、弐号機の再出撃から使徒が倒されるまでの映像を流します」
リツコが機械を操作して、会議室の大型スクリーンに映像を出した。
「まずは使徒が修復を完了して、行動を開始しました。それを弐号機が迎撃しました」
使徒二体の攻撃を弐号機が華麗な動きで避けていく。完全にとは言えないが、それでもかなりの頻度で攻撃を回避していた。
そして、合間をみて使徒に攻撃を加えている。
もっとも使徒は受けた損傷は瞬く間に修復してしまうので、結果的にはダメージは与えていない。
「弐号機の動きだけを見れば、操縦はうまいもんだ」
「だが、結果論から言えば弐号機は敗退した。使徒二体にEVA一機で立ち向かうというのが、そもそもの間違いだ」
「あ、あなた達が協力していれば、弐号機で使徒を倒せたのよ! どう責任を取ってくれるのよ!」
「弐号機だけで使徒を倒すと言ったのは、冬月二佐だ。それを我々に責任転嫁するとは、何を考えている?」
シンジと不知火の平然とした会話に、ミサトが割り込んだ。ミサトの顔には弐号機で使徒を倒せなかった悔しさが滲んでいた。
「止めなさい、葛城准尉! 次に行きます。二体の使徒が一体に合体。
ATフィールドを纏う使徒に、弐号機は一切の攻撃を封じられました」
大型スクリーンに、弐号機の攻撃をATフィールドで防ぐ使徒が映し出された。
弐号機の攻撃は全て防がれ、二体の時より速度と力を増した使徒の攻撃に、弐号機が損傷を受ける様子が映し出された。
「この時点でラングレー准尉がATフィールドを張れれば、状況は違ってきたでしょうけどね」
「だが、使徒相手にATフィールドを張れないEVAなど無意味という事だ。
何故、ネルフはATフィールドを張れない弐号機を出撃させたのかね?」
「あなた達がアスカに「止めないか、葛城准尉! これ以上の発言を禁じる。聞かれた事だけ答えたまえ」冬月副司令!?」
「確かに弐号機ではATフィールドが張れないと、赤木君からのレポートは回っていた。それに関しては我々の不手際だ。
だが、君達がATフィールドの張り方を教えてくれれば、こんな事にはならなかったはずだと思うが?」
冬月はミサトの口を強権を使って封じると、矛先をシンジに向けた。うまくいけば弐号機の強化が出来ると考えていた。
だが、シンジは冬月の思惑などお見通しだった。弐号機の損害をある程度は抑える為に、最終的にはATフィールドの張り方を
教えなくてはならないだろうが、その前に出来るだけネルフの譲歩を引き出すつもりだ。シンジはこういう交渉には慣れていた。
「ATフィールドの張り方を教えてくれとは言われてませんよ。それとも、ボク達が態々ネルフに出向いて、ATフィールドの
張り方を教えましょうかと親切丁寧に聞けと言っているんですか?」
「い、いや、そこまでは言わないが……赤木君、ATフィールドの張り方を教えてくれと要請はしていないのかね?」
「はい。ラングレー准尉に確認しましたが、そのうちに張れるようになるから、教えて貰わなくても大丈夫と言われてます」
「ラングレー准尉。君は自分の立場が分かっているのかね? ATフィールドを張れないEVAなど、電気の無い冷蔵庫と同じだ。
意味が無いのだぞ! 分かった、私から正式に依頼する。彼女にATフィールドの張り方を教えてやって欲しい」
「報酬は?」
「なっ!? 金を取ろうって言うの! 人類の未来が掛かってんのよ。秘密にする方がおかしいじゃないの!」
「葛城准尉、黙りたまえ! 発言を禁じたのが分からないのかね! 報酬は払う。希望額を教えて欲しい」
「金は要りませんよ。どの道、ネルフが払うお金は元は国連予算でしょう。それをありがたく受け取れと言われてもね。
それより情報を貰いたいですね。ネルフが秘密にしている使徒の情報をね」
「そ、それは補完委員会からは機密にしろと言われている」
「ならば、ATフィールドの張り方を教える件は無しですね。そこの葛城准尉の言葉を借りるなら、人類の未来が掛かっているのに
使徒の情報を隠すのは利敵行為です。そんな組織は信用が出来ませんからね」
「ま、待ってくれ。私の一存では回答出来ない。この件については時間を貰いたい」
「良いでしょう。では、次の映像に行って下さい」
リツコは操作を続けた。アンビリカルケーブルが切られて、うつ伏せ状態の弐号機を攻撃する使徒が映し出された。
そして、その使徒に零号機のスナイパー・ライフルの攻撃が向けられるが、使徒のATフィールドで防がれた。
「ネルフからの応援要請が無いにも関わらず、弐号機を救って頂いた事は感謝します」
「へえ? ネルフの事だから、出撃依頼前に使徒を攻撃した事を責められるかもと思っていましたよ」
「…………」
映像は続いていた。初号機に圧倒された使徒が二体に再分離し、一体が初号機に押さえ込まれ、残る一体に零号機が向っていく。
そして零号機と初号機は使徒のコアを同時に潰し、そして使徒を放り投げた。そして爆発するシーンまでが映し出された。
***********************************
「さて、これで一連の戦闘内容を確認出来た訳だ。まずはネルフの意見を聞きたい。出撃優先順位はどうしたいのかね?」
「間もなく参号機が配備される。それと合わせて、弐号機が優先出撃する。零号機と初号機は弐号機のサポートをする事を要求する」
ゲンドウが何時ものポーズのままで、ネルフの要求を主張した。参号機の件は、つい先程連絡が入った最新情報だ。
ネルフもEVAの二機体制が必要だと、今回の件で痛感していた。それが叶うのだ。ミサトとアスカは目を輝かせた。
だが、新たな戦力が配備されても、それが戦力として機能するには時間がかかる。そこを不知火が指摘した。
「見ての通り、弐号機の戦闘能力では不安だ。参号機が配備出来ると言っても、パイロットはどうなのだ?
これから決めるのであれば、慣熟訓練が必要になるだろう。私案だが、零号機、初号機、弐号機の三機を同時に出したい。
指揮権は従来通りに私が取る。弐号機のパイロットが戦場に慣れて、参号機のパイロットの慣熟訓練が終了した時点で、
再度の出撃優先順位を決める協議を行えば良いだろう」
「却下だ。弐号機の戦闘指揮権限をネルフ以外に渡す訳にはいかん。ネルフは弐号機と参号機を優先して出撃する事を要求する」
「参号機のパイロットの慣熟訓練で時間がかかる上に、弐号機パイロットでは不安が大きい。
次に使徒が来た時、弐号機一機だけを出すつもりか!? 今回の二の舞だぞ!」
「弐号機の優先出撃の件は譲れない。そんなに弐号機が心配なら、零号機と初号機がフォローにつけば済む事だ」
「へえ。ATフィールドも張れない弐号機を前面に出そうって言うの? それで弐号機が被害受けて、国連予算を使って直す訳?
国連予算が有限で、苦しい台所事情の中からネルフの資金を捻出していると言うのに、ネルフはそんな無駄使いをするんだ」
「おまえが弐号機パイロットにATフィールドの張り方を教えれば良い事だ」
「頭を下げて教えて下さいと言ってくれば教えたのに、そういう言い方をするんだ? 馬鹿にしてるんだね」
「あんたなんかに頭は下げないわよ!!」
「止しなさい、アスカ!」
「で、でも!?」
「止しなさい! ATフィールドが張れない事で、どんなデメリットが出るか、分からない訳じゃ無いでしょう。
今回、最初の時に弐号機の攻撃が当たり、二体に分離しても弐号機の攻撃が当たった事で、この問題を先延ばしにした
私達にも問題はあるわ。素直になりなさい!」
「…………」
リツコがアスカを制止した。
アスカとしてはシンジに反発してしまったが、ATフィールドの重要さは今回の使徒戦で再確認していた。
リツコの言った事は正論であると思って、口を閉ざした。
アスカが黙り込んだのを見て、加持が助け舟を出した。
「シン……いやロックフォード少佐。レディをそんなに責めるのは男としてどうかと思うが?
ここは男の度量を示す意味で、ATフィールドの張り方をアスカに教えてやってはどうかな?」
「どうも日本ではレディの意味が違っているようですね。ボクの認識では、レディとは淑女のマナーを備えた女性の事です。
その定義から言えば、葛城准尉とラングレー准尉は外れてますよ。レディを名乗るからには、言葉使いから改めないとね。
生体的に女性というだけで、レディの扱いを要求するのは傲慢という物ですよ。ローレンツ監察官はどう思います?」
こんな話しを自分に振るのかと顔を若干顰めたセレナだったが、シンジの話しには同意出来る点は多い。
渋々ながら、話しに参加した。
「少佐が指摘した二人に関しての定義は置いておいて、欧米においては、ウーマンとレディは明確に分離されています。
確かにレディとは、態度や言葉使い、服装など一定以上のマナーを身に付けた女性のみが呼ばれる呼称です。
レディのみが入る事を許された場所に、乱れた服装の女性や言葉使いの粗雑な女性は入れません。
日本では知りませんが、欧米では単に女だからと言って無条件にレディを名乗る事はありません」
「ローレンツ監察官。レディの定義に関して、後で講義を伺いたいですね。後で時間を取って頂けますか」
加持はセレナの噂だけは知っていたが、実物を見るのは初めてだった。そしてセレナを直に見て、噂以上と判断していた。
確かに容貌は傾国の美女と言うのに相応しい。加持の食指が動いた。
それに姓がローレンツだ。議長の係累かも知れない。セレナから貴重な情報が得られるかも知れないと考えたのだ。
だが、そんな加持をシンジとミサトの冷ややかな視線が貫いていた。そして加持の目論見を知るシンジは加持を制裁する事にした。
「加持三尉。会話の邪魔をしないで貰いたい。先程の男の度量を示せだとか、会議の本質から外れた話しはしないで欲しい。
一回目は回答したが、何度も外れると不愉快になる。それに三尉のあなたが会話に割り込んで良いと思っているのですか」
「い、いや、ATフィールドの張り方をアスカに教えるぐらいは、少佐にとっては大した事じゃ無いだろう。
そんなに畏まる言い方をする程の事じゃ無いと思うんだが」
「加持さん!」
自分をフォローする言葉を聞いて、アスカは加持に笑顔を向けた。だが、シンジの視線は冷たいままだ。
シンジの冷たい視線を感じて、加持は冷や汗を流していた。この前、シンジに感じた恐怖は今も忘れてはいない。
「教えを請う立場のネルフ職員が言って良い言葉じゃ無いですね。それと三尉としての口の利き方を改めないと。
この前の警告も忘れているようですしね。加持三尉は黙って下さい!!」
「ぐうああああああ」
シンジが黙れと言った直後、加持の股間に激痛が走った。今まで感じた事の無い凄まじい痛みが、連続して加持を襲った。
口から泡を吹き出して、加持はその場に倒れ落ちた。慌ててアスカとミサトが加持に駆け寄ったが、既に気絶していた。
「加持さん!?」 「加持!?」
アスカはシンジを睨み付けた。
「あんたは加持さんに何をしたのよ!?」
「何もしていないよ。それは見ていれば分かる事だろう。ボクは黙れと言っただけさ」
嘘である。シンジは加持の体内に埋め込んだ針の一つを起動させたのだ。
但し、爆発する命令では無く、激痛を伴うような動作をするような命令だ。
もっとも、その場所が股間であったのはシンジの意思だったが。
(まあ、再起不能まではいかないだろう。数ヶ月は使い物にならないかも知れないけどね。
まったくセレナまで手を出そうとしなければ、腹痛ぐらいで済ませたものを。馬鹿だね)
加持は担架に乗せられて医務室に運ばれていった。もっとも、診察しても原因は分からないだろう。
不知火は詳細事情は知らないが、シンジが何かをやったとは察していた。苦笑を浮かべながら、会議を再開した。
「加持三尉が退席したが、問題は無かろう。会議を続ける。ネルフとしては、弐号機の優先出撃は譲れないという事だな。
それと弐号機パイロットの管理権限を渡すつもりは無いと言う事か」
「そうだ」
加持の事を忘れたかのように会議を進める不知火をアスカは睨み付けたが、不知火は気にもしていない。平然として話している。
もっとも、加持の事を気にしているのはアスカとミサトぐらいだ。他のメンバーは真剣な表情で、今までの内容を吟味していた。
「スポンサーの立場で言わせて貰うと、弐号機の単独出撃は認められない。被害総額が際限無く増える可能性があるからね」
「国連の拠出金を出している国は、何も北欧連合だけでは無い。そして、北欧連合以外のほとんどの国は、ネルフに賛同している」
「北欧連合に賛同している国は国連加盟国の約二割だ。確かに八割の国は旧常任理事国六ヶ国に追従している。
だけど残り二割とはいえ、国連への拠出金は三割以上を占めている。無視出来る金額では無いよ」
「だから、零号機と初号機の所有権譲渡を認めた。これ以上要求するのは横暴だろう」
「今までの北欧連合の拠出金だけで、EVA二機ぐらいの費用は出しているさ。
そして、これからの修理費とかに国連予算、つまり我が国の拠出金が使用されるのが我慢出来ないと言っている。
ネルフに賛同している国が多数ある事は承知しているけど、我が国がそれに従う道理は無い」
「ネルフは国連の主流に従っている。北欧連合はそれに逆らうつもりか? 世界を敵に回すのか?
これ以上主張すると、国連軍の予算をカットさせるという常任理事国も出てくるだろう」
「その時はご自由にと言うしか無いね。別に北欧連合は全ての国連軍の維持に責任を持っている訳では無い。
共闘している日本駐在の国連軍の力を必要としているだけだ。
そして、日本駐在の国連軍だけなら、北欧連合だけで費用は賄う事は出来る。何時までもそんな脅しは通用しない」
「何だと!?」
第五使徒の時、ゲンドウと冬月の査問を取り止めさせたのは、国連軍の予算を削減するという常任理事国の圧力があった為だ。
当時は対応の準備が出来ておらず、共闘している国連軍の頼みとあって渋々だが承諾した。だが、そう何度も聞ける事では無い。
協議の結果、北欧連合が必要としているのは日本駐在の国連軍の一部と割り切り、その部隊だけの費用を北欧連合が負担すると
いう案が提出された。ルーテル参謀総長は国連軍全体を見る立場だが、北欧連合にその責は無い。
それでも拗れるようなら、必要なメンバーだけ国連軍を退職して貰い、北欧連合で再雇用するというプランもある。
北欧連合としては何時までも弱点を放置しておく訳にもいかず、補完委員会との対決姿勢を明確にしていった。
「北欧連合はその世界の主流とやらとは距離を置いている。馴れ合うつもりは無いと言っておく。
そして、国連予算を有効に活用するつもりがあるなら、弐号機をこちらの管轄にしてパイロットの再教育を行うか、
弐号機を汎用タイプに改造してパイロットを選び直す事を提案する」
師匠(オルテガ)からは、シンジは生贄候補だが、生贄にならない場合は、他の誰かが生贄になると教えられていた。
そして、他の誰かとはアスカだろうと推測していた。確かに弐号機に拘り、これほどまでに攻撃的(排他的)な性格になったのは
洗脳かそれに準じた誘導があっただろうと思っている。それを確かめる為の提案だ。
アスカを再教育、又は外すことで弐号機の戦力を飛躍的にUPさせる提案をネルフが却下すれば、アスカが生贄だという可能性は高い。
「ちょっと、待って! EVAは専用機なのよ。パイロットの変更は出来ないわ」
「まだEVAの全ては分からないけど、EVAの中枢に直接繋げられるシステムは用意出来る。
今の零号機と初号機は、ボクが開発した特殊タイプの神経接続システムを使っているから他の第三者は操縦出来ないけど、
汎用タイプの神経接続システムを用意すれば、パイロットの変更は可能なはずだ」
「何だと!? 初号機はEVAの中枢部と直接繋がっていると言うのか?」
「そういう事。初号機はどういう訳か、中枢部とボクの間に何かが存在しててシンクロの邪魔をしていたけど、天武に搭載している
神経接続システムを使用してボクとEVA中枢を直接接続する事に成功した。
零号機も同じ事。今のレイのシンクロ率は99.89%さ。ただ、零号機と初号機は今の専用システムに馴染んでしまったから
汎用に変えると弊害が出る可能性が非常に高い。でも、弐号機はまだボクの開発した神経接続システムを使用していないからね。
最初から汎用タイプを使用すれば、パイロットの変更は可能なはずだよ」
沈黙が会議室を支配した。
今まではEVAの中枢に繋げられない為に、コアに近親者をインストールしてEVAをコントロールしていた。
そしてEVAの中枢に直接接続出来るシステムが出来れば、態々近親者をインストールする事は不要になる。
まさにEVAの量産機に求められる機能である。
だが、弐号機の場合は既にパイロットがアスカに決まっている事もあって、今更のシステム変更は困る。
裏の事情を知っている人間達はシンジの提案を呑む事は無いだろう。
だが、それでも量産機の為には、その直接接続するシステムは手に入れたい。
そして、裏の事情を知らない人間にとって、シンジの提案はまさに青天の霹靂という物だった。
弐号機はアスカしか動かせない。その前提があったからこそアスカを訓練し、能力の向上に努めているのだ。
現時点で年齢制限を外して、アスカを上回る戦闘能力を持つ人間を探す事は容易い。良い例がミサトだ。
格闘訓練を行えば、ミサトはアスカに勝利する。それ以外にも国連軍や戦自を探せば、直ぐにリストアップ出来る。
神経接続システムを変更し、パイロットを入れ替えるだけで弐号機の飛躍的な能力向上は見込めるのだ。
自分が弐号機に乗って使徒と戦えるかもしれないと考えて、ミサトは目の色を変えていた。
だが、ミサトがシンジに確認する前に、アスカの怒鳴り声が会議室に響いた。
「待ちなさい!! 勝手に弐号機のシステムを改造してあたしを降ろそうとか話しを進めないで欲しいわね。
弐号機はあたしの愛機よ! 勝手に改造するような話しを聞くだけで不愉快だわ!!」
「愛機? 所有権は違うだろ?」
「弐号機はあたしのママが造ったのよ! 他の誰にも手をつけられたくは無いわ!!」
「雇われ社長が会社を運営していたとして、雇われ社長の子供は会社の所有権を主張出来ると思っているのか?
君の場合は、単に母親が弐号機の製造に関わっただけだろう。それで弐号機を個人所有のように発言するのはどうかと思うけどね」
「何ですって!! このあたしを誰だと思ってんの!?」
「止めなさい、アスカ!!」
「で、でも!!」
「確かに国連の約八割の国がネルフを行動を承認している。だけど、全部じゃ無いんだ。
こうなってくると、ネルフに反対する国々で第二国連機関的なものを造って、零号機と初号機の管理を移動させるか、
国連はこのままで、ネルフとはまったく別な特務機関を立ち上げる事が必要になるかな」
「ま、待ってくれ! 零号機と初号機の所有権は確かに北欧連合に渡したが、ネルフで運営する事を前提にしていたはずだ。
ネルフとは別の特務機関を立ち上げるなどとは、認められない」
「当時はEVAの修理にはネルフの施設でしか出来ないと言ったのと、使徒が来るのはこの第三新東京だから、
ここでしか運用しないと言いましたが、ネルフの施設でしか運営しないとは一言も言ってませんよ。
何なら、当時の会議の録画映像を見てみますか?」
プラン『K』はネルフとは関係が無い場所で、EVAを運用するプランである。言質を取られるような迂闊な事は言っていない。
それに今回はプラン『K』を実行に移す良い機会である。シンジとしてはこの機会を逃がすつもりは無かった。
運用基地は既に完成している。後は第二の特務機関の承認が必要なだけだ。
そして、第二特務機関を承認させる為の条件はある程度は揃っている。
本国のフォローもある。ネルフの意見など必要は無かった。残るは補完委員会、いやゼーレが承認するように誘導するだけだ。
「い、いや、そこまでは言わないが……
だが、ネルフとは別の特務機関を立ち上げて、そこで零号機と初号機を運用するなど認められない」
「別にネルフに認められる必要は無いでしょう。国連総会で可決されれば済む話しです。
国連総会で否決されれば、国連を脱会して第二国連を立ち上げると言えば、どうなるでしょうね?」
「そ、それは……」
シンジの発言内容は冬月の予想を遥かに超えていた。
国連の特務機関という事は国連の下部組織である。その上の機関である国連が分離するなど、冬月の制御出来る範疇では無い。
ゼーレは手を回すだろうが、北欧連合と友好国が国連を脱会すると言ったら止められるとも思えない。
出来ても、第二国連に移る友好国の数を減らすぐらいだろう。そうなったら最後、シンジとの関係も完全に切れる。
いや、切れるどころか敵対関係になる可能性が非常に高い。
冬月は自分が知らぬ間に汗をかいている事に気が付いた。
ゲンドウにしても、シンジが第二国連設立を仄めかすとまでは予想はしていなかった。
確かにそういう動きになれば、ネルフに出来る事は限られてくる。
「第二国連の件は本国でも検討されていた内容ですが、実行には時間がかかるでしょう。
現実的なのは第二特務機関の設立ですね。現在の国連軍と北欧連合のスタッフと零号機、初号機が移動すれば済む話しです。
ネルフのメンバーは我々を快く思っていない人間が多い。お互いが離れれば軋轢も減るんじゃ無いですかね。
それとネルフが第二特務機関設立の邪魔をするなら、報復として弐号機とラングレー准尉を完全に敵として認識します。
今後、使徒との戦闘があって弐号機が危機に陥ったとしても完全に見捨てます。
ラングレー准尉をこのまま放置しておくと、やはり被害拡大の原因になる。再教育が出来ないならラングレー准尉を潰します。
まあ、殺しはしませんが、パイロットとして使えなくなるぐらいにはしてあげますよ」
「何ですって! やって見なさいよ!!」
「アスカは女の子なのよ! あなたは男でしょ! 男には女を守る義務があるのよ! 何を考えているのよ!」
「女の子? 戦闘に性別は関係ないでしょう。民間人ならともかく、軍属においては性別は無意味です。
そこまで言うなら、弐号機のパイロットは女の子だと使徒に言ってみたらどうですか?
それで使徒が弐号機を丁寧に扱うのであれば、ボクも考えを変えますよ。
あなたが男と女の定義を持つのは別に構いませんが、それをこちらに押し付けないで欲しいですね。
ボクとしては敵に性別の差別はしません。徹底的に潰します。それとも【私】に同じ事を言ってみますか?」
シンジから膨大な気が放出され、周囲の人間を金縛りにした。第五使徒の時の本発令所で見たシンジと同じだ。
一度味わった事のあるネルフのスタッフは、全員が恐怖に囚われた。ゲンドウでさえ、身体が動かなかった。
前回の時より至近距離なので、圧迫感は遥かに増している。そして初めて見たアスカは、恐怖を感じて身体が震えていた。
「ま、待ってくれ。落ち着いてくれ! それと葛城准尉とラングレー准尉は退席したまえ! 発言を禁じたのに、何故発言する?
准尉という立場を弁えたまえ!!」
冬月の言葉を聞いて、シンジは気を静めた。圧迫感が無くなった事に、会議の出席者は安堵の溜息をついた。
シンジの気が静まったのを見て、ミサトとアスカは慌てて部屋を出て行った。
シンジのあの気を体験したのは、ミサトは二回目だがアスカは初めてだ。
アスカは自分が突っ掛かっていったシンジの本質を知って、顔が真っ青になっていた。
確かにあれだけの気を発せられるのだから、本気で反撃されれば、自分など一瞬で終わりだろう。それを悟った。
憎い相手には違い無いが、自分の遥か上の実力者に喧嘩を売るほどアスカは無謀では無かった。
不知火はシンジのあの状態を初めて体感した。自分に向けられた気では無いとはいえ、尋常なレベルの気では無い事は分かる。
冷や汗を自覚しながら、場をまとめ出した。
「少佐。この前はモニター越しだったから分からなかったが、君の本気がここまでとは思っていなかった。流石だな。
それと彼女らには良い薬になったろう。もっとも、行いが改まるとは思えないがね」
「同じ事を繰り返すようなら潰すまでです。次に葛城准尉が割り込んできたら、ネルフ全体に責任を取ってもらいましょうか。
それとラングレー准尉を潰すというのは脅しではありませんよ。彼女の再教育が出来ないなら、被害を拡大させるだけです。
それなら彼女を潰した方が、被害は彼女一人で済みますからね。
弐号機の修理で数百万以上の人の食料費が消える事を考えたら、安いものです。
それが嫌なら、ネルフから補完委員会に第二特務機関分離の提案をしておいて下さい。
この件は、本国には前々から提案してあって承認を受けています。ボクの判断一つで実行に移せる段階です」
「分かった。補完委員会には提案しておく」
ゲンドウはシンジの提案を表面上は了承した。
ここで反論しても意味が無いし、何よりシンジの行動を制限出来なければ、ネルフに対抗する手段は無い。
そしてシンジの行動を掣肘出来るかも知れない情報を得ているゲンドウは、心の中でニヤリと笑いを浮かべた。
**********************************************************************
第壱中学
授業中だったが、シンジは教師の講義をまったく聞かずに窓の外を見ていた。
ミーシャとレイも似たようなものであった。もっとも二人は窓の外では無く、授業とは関係の無い本を読んでいた。
(ミーシャは料理の本を、レイは恋愛小説を読んでいた)
教師から見てもシンジ達三人が授業に集中していない事は分かっていたが、注意する事は無かった。
校長からは、シンジ達三人の扱いに注意しろと念を押されている。下手に関わると免職だと。
教師も自分の身が大事だ。故に、シンジ達の行動は見て見ぬふりをしていた。
そのシンジ達三人をアスカは憎らしげに睨んでいた。もっとも行動に移す事は無い。
この前感じたシンジの気には、今でも気後れしている。アスカはシンジ達を観察しているだけだった。
ピクッ
シンジの肩が一瞬揺れた。そして、シンジの顔が引き締まった。
(殺気!? これは……三十四人か。学校を囲まれてしまったか。これじゃあ、護衛の人達も無理だろうな)
シンジの左目が赤く輝いて、上空の軍事衛星から学校周囲の情報を確認した。
(全員が小銃を装備。中にはバズーカ砲まで持っている人間もいるのか。装備は特殊部隊クラスだな。
ネルフかゼーレの手配か? いや、この時期にこんな馬鹿な事をするはずが無いんだけどな。
でも、これだけの人間と装備を用意したんだ。目的はボクか……ここまで近くに接近を許したのはボクも気が緩んでいたかな)
<ユイン、聞こえる?>
<はい。たった今、学校周囲の武装兵を確認しました。気が付くのが遅れて申し訳ありません>
<えっ、武装兵?> <どういう事なの、お兄ちゃん?>
<この学校の周囲に三十四人の兵士を確認した。武装レベルは特殊部隊クラス。これだけの準備をしたんだ。標的はボクだろうね>
<そんな! いったい誰が?>
<それはまだ分からない。ネルフかゼーレの可能性は高いけど、この時期にボクを襲うメリットは無いはずなんだけどね>
<お兄ちゃん、大丈夫?>
<ああ。ミーシャとレイには被害は及ばないようにするから安心して。ユインはまだ待機して。バズーカ砲まで持っているんだ。
迂闊に攻撃すると、校舎にバズーカ砲を打ち込みかねない。少し様子を見るんだ>
<了解しました>
シンジは突然席を立った。授業中なので、クラス中の視線がシンジに集まった。
「先生、済みません。気分が悪いので席を外させて下さい」
「ああ。分かった」
シンジは教師の許可を取ると、教室を出て行った。
(碇が具合が悪いなんて、珍しいわな。後で保健室でも行ってみよか)
(碇が気分が悪い? 何かあるのかな。後で確認しよう。事によっては、碇の秘密が分かるかも)
(ふん。どうせ、サボリでしょう。何よ偉そうにしちゃって。今に見ていなさいよ)
シンジが教室を出た後は、静かに授業が続けられていた。だが…………
***********************************
ドカァーーーーーン
静かな教室に、いきなり大きな爆発音が響き渡った。同時に窓ガラスもビリビリと震えた。
爆発地点は近くだろうと窓際の生徒は窓の外に目を向けた。
「何あれ!? 体育館の一部が吹き飛んでるわ!」
「本当だ。しかも煙も出ているぞ。燃えてるんじゃ無いのか!」
二−Aだけでは無い。全校生徒が爆発した体育館を見ようと窓の近くに群がった。教師は制止したが、大人しく席に
戻る生徒は誰もいない。生徒達の混乱が収拾がつかなくなると思われた時、いきなり全館放送が開始された。
『北欧連合のシン・ロックフォード。お前がこの学校に在籍している事は分かっている。速やかに校庭に出て来い。
我々は昨夜中に校舎と体育館に爆発物を仕掛けた。先程の体育館の爆発は、我々の仕掛けたものだ。
お前が逃げ隠れした場合は校舎を爆破する。同じ学校の生徒を殺されたく無ければ、速やかに校庭に出て来い!!
既に周囲は我々の仲間が封鎖した。国連軍やネルフが介入してきた場合は、即座に校舎を爆破する。
応援は無意味だ。北欧の三賢者の一人。そしてネルフの造った初号機のパイロットであるシン・ロックフォード。
我々の目標はお前の命だけだ。五分の猶予を与える。五分以内に校庭に出てこない場合は校舎を爆破する』
「校舎を爆破するですって!?」
「シン・ロックフォードって誰だよ? そんな奴がうちの学校に居たか?」
「知らないよ! でも北欧の三賢者って言ってたよな。最後の一人の事か!? 何でそんな奴がうちの学校に居るんだよ」
「ネルフの造った初号機のパイロットって言ってたぜ。誰なんだよ?」
「そんな事より、早く逃げないと」
どのクラスも同じようにパニック寸前の状態になっていた。実際に体育館が爆発したのだ。
校舎に爆弾が仕掛けられているのが脅しだとは、誰も思わなかった。
不安がピークに達しようとした時、校庭の方に動きがあった。
「あっ! あれ教頭先生じゃない?」
「そうだよ。あれ? 校庭に出て何を……一人だけで逃げるつもりか!?」
バン
焦った顔で校庭を駆け抜けて、学校から遠ざかろうとしていた教頭の頭を銃弾が貫いた。
教頭はその場に倒れて、頭から出血して周囲の土を赤く染めていった。
「きゃあああああ。教頭先生は殺されちゃったの!?」
「やっぱり放送は悪戯じゃ無いんだ。本当に殺されちゃうんだ!」
「早く逃げなきゃ!」
「馬鹿! 逃げたら教頭先生みたく殺されちゃうぞ」
「だからって、このままじゃ校舎が爆破されちゃうよ! そしたら皆が死ぬんだぞ!」
「静かにしなさい!!」
アスカが一喝した。とたんに二−Aのクラスは静まり返った。隣のクラスの喧騒が聞こえてきた。
周囲を見渡して、アスカは皆を落ち着かせようと話し出した。
「多分、放送で呼ばれた本人は校庭に向かっているわよ。どうやったか分からないけど、あの放送の前に分かったんでしょう?」
アスカの視線はミーシャとレイに向けられていた。
ここまで事態が進めば、隠していても意味は無いだろう。そう考えたミーシャは溜息をついた。
「そうよ。シン様はあの放送の前に周囲の兵士を確認したわ。だから、さっき教室を出て行ったのよ。
まさか校舎に爆薬が仕掛けられているとは思わなかったけど、事態の収拾に向けて動いているわ。
ここで騒いでも意味は無いわ。疲れるだけよ。静かに結果を待った方が利口よ」
「さっき出て行ったって、碇がシン・ロックフォードだって言うのか!? あの三賢者の一人の!?」
「そうよ」
二−Aの教室が大きくどよめいた。中学生でも北欧の三賢者の噂話程度は知っている。
まさか三賢者の一人がクラスメートだとは夢にも思っていなかった。ケンスケは目を剥いていた。
「で、でも、碇がシン・ロックフォードだとしても、一人で先に逃げたんじゃ無いのか!?」
「あたしとレイを置いて、シン様が一人で逃げる? 天地がひっくり返っても、そんな事は無いわね」
「そんな事が分かるの?」
「まあ見ていなさい。ここまでばらされたら開き直るしか無いけど、あなた達の安全は保証するわ」
「ちょっと待ちや。碇がシン・ロックフォードって言っとったけど、前にはパイロットじゃ無いって聞いとるが?」
「馬鹿ね。シン様がEVAのパイロットである事は機密よ。ただの中学生に教えられる訳が無いじゃない」
「じゃあ、碇はワシを騙しとったんか!?」
「騙すも何も、機密情報を普通の中学生に正直に教える馬鹿が何処にいるのよ」
トウジがミーシャと言い争いをしていると、動きがあった。
「あっ。碇だ。碇が校庭に出て行ったぞ!」
窓際にいる生徒の言葉に、クラス中の生徒は窓際に群がって、視線を校庭に向けた。
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「こちらは第壱中学の護衛班です。至急、不知火准将を呼んで下さい。多数の武装兵が学校を取り囲んでいます。
先程は体育館が爆破されました。こちらの班だけでは対応は無理です。至急増援を送って下さい!」
『武装兵が第壱中学を!? 待って下さい。不知火准将と繋ぎます』
『不知火だ。こちらの手が空いている人間はそちらに至急向かわせた。詳しい状況を教えてくれ!』
「は、はい。我々は学校からちょっと離れた車で待機していたのですが、いきなり体育館が爆発しました。
その後、車を学校に向けて走らせたのですが、狙撃されました。学校の周囲を多数の兵士が取り囲んでいます。
近づく人間や車は狙撃されますから注意が必要です。
そして学校の放送が微かに聞こえたのですが、彼らはロックフォード少佐を名指しで呼び出しています。
彼らの目標はロックフォード少佐です。逃げ隠れしたら校舎ごと爆破すると警告しています」
『何だと! 少佐が目標だと言うのか!? 分かった私もそちらに行く。何かあったら直ぐに連絡してくれ!』
「はい。了解しました」
不知火への連絡を終えた保安部員は、安堵の溜息をつくと気が遠くなるのを感じていた。
二人で一組だが、同僚は額を打ち抜かれて即死していた。電話をした保安部員は肩を撃たれていた。
止血はしたが出血は多い。増援が来るまで生きられるかなと思いつつ、意識を手放していた。
To be continued...
(2009.10.10 初版)
(2011.11.20 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)
(あとがき)
使徒戦の事前状況や準備に関して細かく書きましたが、実際の戦闘はあっさりと済ませています。
(なんせ、緊迫感溢れる戦闘描写が出来るスキルがありませんので)(泣)
それと襲撃シーンを書いていたらテキストベースで80KBを超えましたので、ファイルを分割しました。
第二特務機関成立はもう少し延びそうです。では。
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