因果応報、その果てには

第二十五話

presented by えっくん様


 ネルフ:司令室

 ゲンドウの執務机のインターフォンが鳴って、机の横に立っていた冬月がそれに対応した。


「司令室だ。何かね?」

『こちらは保安部です。第壱中学に派遣している部員から緊急連絡があったのですが、現在学校は多数の武装兵に囲まれています。

 既に体育館が爆破され、武装兵が言うには校舎にも爆薬をしかけてあるとの事です。

 相手の数は不明ですが、二十人以上は居ると推定されます。そして彼らはロックフォード少佐を名指しで呼んでいます。

 どうやら彼らの目的はロックフォード少佐の命と思われます』

「何だと!? 二十名以上の武装兵が何故第三新東京に入って来れるのだ? 保安部は何をしていたのかね!」

『申し訳ありません。ですが、彼らは特殊部隊クラスの訓練を受けていると思われます。

 学校に近づこうとした国連軍の護衛の車を遠距離から撃ち抜いています。射撃の腕も一流です』

「分かった。直ぐに保安部の増援を学校に向かわせたまえ!」

『はい。既に増援は向かっています』

「分かった。何かあったら直ぐに連絡を入れるように!」

『はっ。了解しました』


 冬月はインターフォンを切ると、ゲンドウを睨みつけた。


「六文儀。これはお前の仕業なのか?」

「そんな訳は無かろう。シンジには、まだまだ働いて貰わねばならない。この時期に私がシンジを殺す意味が無い」

「それはそうだが、お前は諜報部のかなりの部員と保安部員を秘密裏に動かしたろう。何をやったのだ?」

「今は言えん。だが、今回の出来事とはまったく関係無い」

「そう言うが、保安部員を動かした事で、この第三新東京の警備が手薄になった可能性はあるぞ」

「ここはMAGIが全てを管理している」

「だが、今回はそのMAGIが出し抜かれた訳だな」

「赤木博士に確認させる」

「そうだな。後はシンジ君がどう出るかだな。事が拗れて校舎が爆破されると、パイロット候補生に多数の死者が出るぞ」

「その辺はシンジがうまく対応するだろう。学校を取り囲んだ兵士がどの程度か知らんが、シンジに敵う訳が無い。

 あれはまだ実力を隠しているはずだ」

「お前もそう思うか。つくづく思うが、シンジ君は規格外れだな。彼のお手並みを拝見させて貰うとするか」


 意外と思われるかも知れないが、シンジから散々痛い目に遭わされたゲンドウと冬月は、ある意味シンジの実力を十分に

 評価していた。シンジに関する調査は秘密裏に続行しているが、まだシンジの底は全然見えていない。

 最悪でも、シンジ本人とレイの身柄は大丈夫だろう。そう思えるだけの教訓を、ゲンドウと冬月は得ていたのである。

***********************************

(校庭の南側に十人。校舎の北側に八人。東側にも八人。西側にも八人の総勢三十四名か。完全に包囲されたか。

 そうか、放送室から線を引っ張って、外から放送した訳か。そして校舎の爆弾は4箇所か。リモート起爆装置付きだ。

 これは無効化したけど、バズーカ砲はやっかいだな。……仕方が無い。あれを使うか)


<ユイン、聞こえる?>

<はい。大丈夫です>

<衛星軌道からの粒子砲の攻撃で、校舎の三方向の兵士を同時に始末する。被害を抑える為に粒子砲の出力を絞るから、

 仕留め切れない兵士がいるかもしれない。取りこぼした兵士の対応を頼めるかな?>

<それくらいは大丈夫です。では、屋上で待機しています>

<宜しく。ボクは校庭の南側の兵士を相手にするから>

<我も手伝おう>

<【ウル】……まだ新しい身体に慣れて無いだろう。無理はしなくて良いよ>

<我はお主の使い魔の身だ。主の危機に協力するのは当然だろう。手助けさせて貰うぞ>

<ボクとしては【ウル】を縛るつもりは無いけど……まあ、手助けしてくれるなら助かるかな>

<任せておけ。我はお主の上に居る。いつでも介入出来るようにしておく>


<シン様、大丈夫ですか?>

<ミーシャか? まあ、この程度なら大丈夫だよ。ボクの事は心配しなくても良いから。

 まだ魔術や奥の手を人目に晒す時期じゃ無いから打てる手も限られてくるけど、ユインと【ウル】がいるから大丈夫だよ。

 でも、最悪はバズーカ砲の処理漏れが出る可能性もある。二人とも窓際には居ないようにしてね>

<お兄ちゃん、頑張って!>

<ありがとう、レイ>


 シンジは上空の軍事衛星を使って周囲を囲んでいる武装兵の位置と人数を割り出し、魔術を使って爆弾を見つけていた。

 既に爆弾のリモート起爆装置は魔術を使って、無効化してある。だが、バズーカ砲を持っている兵士は散らばっている。

 最悪、校舎にバズーカ砲が打ち込まれれば、死者が出る可能性もあった。

 どうにかして、魔術や奥の手を知られずに複数のバズーカ砲を同時に無効化しなければならなかった。

 これらの事を教室から出て歩きながら行っていた。歩いている途中で放送を聞いたので、今は校庭に向かって歩いている。


 バンッ


 シンジが校庭の中央まで歩いたところで、一メートル前方に威嚇射撃の弾が当たって土煙をあげた。

 シンジは止まった。そうすると、隠れていた兵士が姿を現した。

 全員が迷彩服を着て小銃をシンジに向けて構えていた。それと、迷彩服のある部分には国連軍のマークが入っているのが見えた。

 ほとんどが白人だが、アジア系も二人ほど居る。そしてアジア系の顔立ちをした人間が進み出た。


「お前がシン・ロックフォードか?」

「ボクの顔を知らないで、こんな事をしたの?」

「お前の顔写真は入手出来なかった。だが、北欧の三賢者の一人であるお前がこの学校に居る事は突き止めた。死んで貰うぞ!」

「その前に、少し聞きたい。何故ボクの命を狙う?」

「我々全員が六年前の北欧連合の報復攻撃によって家族を失った。我々に失う物はもう無い。

 六年前から北欧連合に復讐する為だけに生きてきた。復讐の機会はなかなか巡って来なかったが、日本で国連軍が北欧連合と

 共闘していると聞いて、網を張っていた。それにお前が引っ掛かったと言う訳だ。

 北欧連合の幹部連中なら誰でも良かったのだが、三賢者のお前が捕まるとはな。六年間待った甲斐があった訳だ。

 お前が開発した粒子砲で死んだ妻と子供の恨みを晴らさせて貰おう。我々全員の銃弾を受けて貰う。楽には死なせん!」


 シンジは溜息をついた。これだけの人数を揃えたのだから、何か理由があるとは思っていたが、ただの私怨とは。

 確かに、あの時の北欧連合の報復で彼らの家族が亡くなったのだろうが、一つ間違えば北欧連合の一般市民に大きな被害が

 出ていた。これは立場の違いによるもので、仕方の無い事とシンジは割り切った。

 彼らの立場に立てば同感出来るかも知れないが、立場が変われば見方も変わる。

 シンジの立場では、彼らの私怨など我侭に過ぎない。一応、彼らの真意を確認する為に質問した。


「ボクは結構重要な仕事をしている。ここでボクが死ねば、北欧連合と日本は戦争状態になるかもしれない。

 それと使徒と呼ばれる不明な敵とも戦っている。ボクが死ねば戦いに負けてサードインパクトが起きるかもしれない。

 それでもボクを殺そうと言うの? 後に残る人の迷惑は考えないと言うのか?」

「後の事など考えてはいない。どの道、お前を殺して無事にここを逃げ切れるとは思っていない」

「へえ。ただ自分達の恨みを晴らしたいだけだと?」

「そうだ。この為だけに我々は六年間を生きてきたのだ。この恨みを晴らさせてもらう」

「はいそうですかと、素直に殺されるつもりは無いけど」

「抵抗したくば抵抗しろ。その方が我々も楽しめるからな。言っておくが、我々全員が欧羅巴方面軍の特殊部隊に在籍していた。

 お前が我々に抵抗出来るのなら、やってみるのだな」


 そう言って、男はバーストモードにセットしてある小銃をシンジに向けた。

 フルオートにセットしていない事には理由がある。

 フルオートの銃撃を喰らえば、人間は一瞬で死亡する。それでは一人だけが怨みを晴らせても、残る人間は何も出来ない。

 故に、シンジを撃つのはバーストモードで一人一射撃と予め決めてあった。

 しかも最初の人間は急所に当ててはいけないという取り決めをしてある。手足、腹部の順で当てていき、最後は頭部という事だ。


<【ウル】頼める?>

<任せろ!!>


 男が小銃のトリガーを引く寸前、男の視界からシンジが一瞬にして消えて、黒い影が男の周囲を通り抜けた。


「何っ!?」


 次の瞬間、男は視界が回って側頭部が地面に叩きつけられた感覚を受けていた。

 男の視界には、首が無く、首のあるべき部分から血を真上に吹き上げている人間の身体が見えた。どこか見覚えのある身体だ。

(あれは、俺の身体か)

 男の意識は急速に消えていった。


 シンジは彼らに手加減する必要を感じていなかった。

 ゼーレの真意を彼らが納得するまで根気良く説明すれば、仲間になったかもしれない。

 だが、現在はそんな余裕は無く、彼らにそこまで譲歩する必要は無かった。

 それに、自分の立場さえ満足出来れば良いと考えている彼らを、仲間に取り込むメリットは無い。

 取り込んだら、それはそれでトラブルの種を抱える事になる。

 シンジは【ウルドの弓】に攻撃命令を発すると、縮地を使って移動した。

 その直後、最初の男に襲いかかったのは、見事な色彩をした鷹だった。


 お分かりだろう。鷹の正体は初号機の魂である【ウル】だった。

 シンジの使い魔として鷹の姿をしている。さすがにATフィールドは張れないが、ユインと同じく簡単なシールド程度は張れる。

 そして、そのシールドを自分の身体に纏って翼を鋭利な刃と化し、男の首を切り飛ばしたのだ。


 シンジは縮地を使って移動した後、左手のリストバンドを外して準備を整えた。


 首を切り落とされた男の後方には、シンジを撃つ順番を待った男達が控えていた。

 シンジは半袖のシャツとズボンだけ服装で、武器を持っているようには見えなかった。

 だが、実際には一人が首を切り落とされている。控えている男達は瞬時にシンジが危険だと判断し、総力戦を仕掛ける事にした。


「順番待ちは無しだ。全員攻撃開始。バズーカは校舎に向けて撃て! それと校舎を爆破しろ!」


 残った男達のリーダー格の男が命令した直後、周囲に強い衝撃が走った。


 ドカーーーーン  ドカーーーーン  ドカーーーーン


 衝撃は三方向からやってきた。同時に土煙が周囲に巻き上がった。これでは標的の姿が見えないでは無いか。

 それにさっきの衝撃は何だ? 校舎が爆破されれば衝撃はこんなものでは無いとは分かっている。何か別なものが爆発したのだ。


「おい、どうした? 早く校舎を爆破しろ!」


 次の瞬間、多数の青白い光が連続して土煙の中を走った。


「ぐっ」

「がっ」

「ぎゃあああ」

「ひでぶっ」

「あだりっ」

「さみー」


 仲間の悲鳴が土煙の中に響いた。リーダー格の男は危険を感じて、咄嗟に身を伏せた。

(何が起きている? 校舎は爆破されていないのに、さっきの爆発は何なのだ? それにさっきの青白い光は?)


 男が身を伏せた後も青白い光は続けて走り、仲間の悲鳴や絶叫は続いていた。

 自分達は特殊部隊の隊員だ。そして標的は、頭は優秀だろうが身体は十四歳の少年だ。獲物を狩るのは自分達だったはずだ。

 ましてや、武器も所持していないのに。それが何故こんな事に?

 事前調査でも学校の周囲の警護はほどんど無い事を確認していた。特殊部隊の自分達を迎撃出来る戦力は無かったはずだ。


 ようやく土煙が薄れてきた。周囲には仲間だった死体が多数横たわり、血の匂いが漂ってきた。

 男は周囲の気配を伺いながら、小銃を構えて用心深く後ずさりを始めた。

 だがその直後、首にチクリとした痛みを感じて身体が動かなくなった。

 誰かが自分の身体を支えながら、地面に降ろしているのが分かった。視界にその男が入った。

 自分の身体を支えているのは、標的であるシンジだった。シンジの肩に最初の男の首を切り落とした鷹がとまっている。


「な、何故貴様にこんな事が出来る。何をした!?」

「ボクです。もちろん無事ですよ。校舎の周囲三方の兵士は、【ウルドの弓】からの粒子砲の砲撃で吹き飛ばしました。

 もちろん手加減しての攻撃ですから、周囲にはそんなに被害は出ていません。

 それとボクを直接狙ってきた兵士は、一人を残してボクが処分しました。一人は生かしてあります。

 准将も尋問がしたいでしょうから引渡しますよ。

 ええ。国連軍のマークがついた迷彩服を着ています。何でも、欧羅巴方面の国連軍の特殊部隊に居たとか言ってましたからね。

 こちらの保安部の誰かから情報洩れがあったと思いますよ。ええ。大丈夫です。

 そうそう、校舎に仕掛けられている爆弾は、電波遮断を行ってリモート爆破が出来ないようにしてありますから。

 保安部員の人に、至急校庭に来るように伝えて下さい」


 シンジは倒れている男の質問には答えずに、まずは不知火に状況を連絡した。

 そして連絡を終えた携帯をしまうと、暗い笑みを浮かべた。


「聞いた通りさ。それとあんたの身体には針を刺してある。針を抜かない限り、身体は一切動かない。口だけは動くけどね。

 そうそう、舌を噛み切るほど力は込められないように加減はしてあるからね。諦めて不知火准将の尋問を受けるんだね」

「お、お前にこんな力があったとは……あの青白い光は何だ?」

「あれは、……ん?」


 シンジは校舎の西側にある気配を感じて、左手を向けた。

 左手首には銀色に輝いている円盤がついていた。そして、その銀色の円盤から青白い光が飛び出した。


 パシッ


 【ウルドの弓】からの粒子砲を受けても即死しなかったのだろう。一人の兵士が傷ついた身体を引きずりながら、小銃をシンジに

 向けようとしていた。その男の額を青白い光が打ち抜いた。男はスローモーションのように、その場に倒れこんだ。


「見ての通りさ。お迎えが来たようだね」


 国連軍の制服を着た兵士達とネルフの黒服達が、学校内に慌てて入ってくるのがシンジの目に入っていた。

 駆けつけてきた国連軍の保安部員に倒れている男を連行するように頼むと、左手首にリストバンドを着けて校内に向かった。

***********************************

 二−A:教室


 ドカーーーーン  ドカーーーーン  ドカーーーーン


 二−Aの教室にも、【ウルドの弓】の粒子砲による攻撃の衝撃は届いていた。

 もっとも、何による攻撃かは分からず、多数の生徒は慌てて頭を抱えて床にしゃがみ込んでいた。

 続いて、校庭の方からは大人の悲鳴と絶叫が絶え間なく聞こえてきた。

 校庭からの悲鳴を聞いた生徒の大部分が泣き出しそうな顔をしていたが、必死に我慢していた。

 悲鳴も怖いが、兵士が校舎の爆破を命じた声も聞こえていた。いつ校舎が爆発するか不安で仕方が無いのだ。


 そんな中、アスカとミーシャとレイの三人は平然として椅子に座っていた。


 悲鳴が聞こえなくなり、土煙も収まってきた。


<ミーシャとレイは大丈夫だった?>

<ええ。大丈夫です> <あたしも大丈夫よ>

<侵入してきた兵士達は、一人を尋問用で確保した以外は全て始末した。安心していいからね>

<さすがですね>


 ミーシャとレイは窓際に移動した。シンジが一人の兵士を押さえているのが見えた。


<この男を保安部に引き渡したら、教室に戻るよ。帰る用意をしていて>

<分かりました> <分かったわ、お兄ちゃん>


 ミーシャとレイが窓際で大丈夫なのを確認すると、アスカも窓際に移動して外に視線を向けた。

 教室の窓から校庭を見ると、迷彩服を着た数人の兵士が倒れて血を地面に染み込ませている様子が目に入った。


「なっ! 一人で本当にあれだけの人数を倒したの!?」


 校庭で立っているのはシンジだけだ。肩に鷹がとまっており、仰向けに倒れている男と話している様子が見えた。

 見ているとシンジは顔を横に向けて、その方向に左手を突き出した。

 そして、シンジの左手から青白い光が発射されるのをアスカは見た。その青白い光を額に受けて、倒れ伏す男も目に入った。


(なっ! あれは粒子砲なの!? 携帯タイプをいつも左手につけていたのね。そしていつもはリストバンドで隠していた訳か。

 あれがあいつの奥の手なのね。まったく粒子砲の開発者だからって、何てものを作るのよっ! 物騒過ぎるわ!)


 ミーシャはアスカの顔色が、コロコロと変わっていくのを面白げに見ていた。

 アスカは自分を見ているミーシャに気がつき、話しかけた。


「校庭の方は終わったみたいね。でも、校舎の爆弾は分からないわよ。それと三つの爆発の理由もね」

「さっきの大きな三つの爆発は、上空の軍事衛星からの出力を絞った粒子砲の攻撃よ。

 それと校舎の爆弾は、電波遮断を行って無効にしてあるわ。もう大丈夫よ」

「軍事衛星からの攻撃!? そんな事があいつに出来るの!?」

「シン様の正体は知ってるでしょう。開発者なんだから、軍事衛星の管理権限は持っているわよ。当然でしょ」

「ねえ、本当に大丈夫なの?」


 他の女子生徒が心配そうに聞いてきた。


「ええ。襲撃してきた兵士は一人を残して全滅したわ。最後の一人はシン様が尋問用に押さえているわ」

「まったく、携帯用の粒子砲なんて初めて聞くわよ。いつも左手のリストバンドをしていたのは、あれを隠す為だったのね」

「護身用の武器としては良いでしょう。態々護身用の武器を常時携帯していると知らせる事も無いしね」


(もっとも、あれは粒子砲じゃないんだけどね。でも、これで誤認してくれたわ。シン様の悪い癖の出番は何時のことやら)


 廊下の方が騒がしくなって、教室に国連軍の制服を着た兵士二名とネルフの黒服五名が、慌てた様子で教室に入ってきた。

 厳つい顔をした巨漢がいきなり目の前に現れたのだ。思わず近くの女子生徒が悲鳴をあげた。


「きゃあああああああ」

「落ち着いてくれ! 我々は不知火准将所属の国連軍だ。襲撃者じゃ無い。怪我は無いか?」

「えっ。違うの? 助けにきてくれたの? ごめんなさい!」


 最初、襲撃者が来たと思って悲鳴をあげた女子生徒に、保安部員は慌てて説明し始めた。

 確かに小銃は持っていないし、丁寧な態度だ。自分の間違いに恥ずかしくなった女子生徒は顔を真っ赤にした。

 これと似通った風景は各クラスで見受けられた。(もっとも、ネルフの黒服が駆けつけたのは二−Aだけだったが)

 ようやく安全になったと思われたので、全校中に安堵の空気が流れていた。


 ピンポンパンポン


 全校一斉放送を告げるチャイムが鳴り出した。何事かと、クラスの全員が一瞬身構えた。


『こちらは放送室だ。一連の騒動が収拾した事を連絡する。襲撃者は全て殲滅した。そして校舎に仕掛けられていた爆弾は、

 ボクが分解処理をした。もう危険は無いはずだ。各教室には国連軍の保安部の人達が向かっただろう。

 外の片付けが終わるまでは、保安部の人の指示に従って教室から出ないように。完全に安全が確認されるまでは我慢して欲しい』


 シンジの声だった。聞き慣れた声を聞いて、身構えた人間は身体の力を抜いた。


『それとこの放送を聞いている全員にお願いがある。生徒だけでは無く、学校職員もだ。

 襲撃者の放送でボクの正体がバレてしまった訳だが、この事を口外しないで欲しい。

 ボクはパイロットとしての仕事もあるが、日本の電力事情を改善する為の核融合炉の維持管理の仕事もある。

 ボクの事が広まってマスコミ関係が騒ぐと、本来の仕事に支障が出る可能性もある。

 第三者機関からの不当な行動を誘発する原因にも成りえる。だから、ボクの事は誰にも言わないで欲しい。

 正体を知られた訳だから、今日限りでボクは学校を去る。短い期間だったが、普通の学校生活を味わえた事に感謝する』

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 シンジの放送が終わった後、教室はざわめいた。そして教室中の視線は関係者であるミーシャとレイに向いた。


「碇君は学校をやめちゃうの?」

「正体を知られたしね。元々、息抜きが目的だったのに、正体がばれちゃ息抜きが出来ないでしょう。

 それと、今回と同じ様な事が再発しないとも限らないわ。その方がお互いの為よ」

「スラードさんと綾波さんも?」

「ええ。あたし達も関係者だしね」


 ミーシャと近くの女子生徒の会話に、驚いたアスカが会話に割り込んできた。


「ちょっと待ちなさいよ! あたしはあいつがこの学校に居るから来たのよ。

 それなのに、あいつだけ先に居なくなるとは、どういう事よ。約束違反よ! これからどうなるのよ!?」

「別にあなたの為に、あたし達が学校に来る義務は無いわよ」

「あたしの弐号機の事はどうなるのよ!? それにATフィールドの事も……あっ!?」


 先の会議で弐号機をどうするかが会議の焦点になった。リツコやミサトに聞いても分からないという。

 アスカは不安になっていた。自分は弐号機を降ろされるのか? 弐号機は改造されて誰か他のパイロットが選ばれてしまうのか?

 それらを決めるのは上層部だが、シンジは深く関わっている。そのシンジが学校から居なくなる。

 思わず不安に思っている事が口から出てしまった。


「あたしの弐号機って、惣流さんはパイロットなの?」

「惣流さんて、やっぱり……」

「噂は正しかったんだ」


 クラス中の視線がアスカに集まった。アスカはまずったという顔をして、右手を額に当てた。

 ミーシャとレイは呆れた顔でアスカを見ていた。


「まったく、学校で話す事じゃないでしょうに。ネルフの守秘義務契約の内容は知らないけど、まあ頑張って耐えるのね」


 ガラッ

 シンジが教室に入ってきた。普段とは違う雰囲気を湛えている。クラス中の視線がシンジに集まった。

 シンジは机には向かわずに、教壇に立った。


「まずは皆に迷惑をかけた事をお詫びする。今後はこういう事が無いように、本日限りでボクとミーシャ、レイは学校を去る。

 それと一斉放送で言ったように、ボクの事は口外しないで貰いたい。理由は説明した通りだ。

 短い間だったが、普通の学校生活という物を体験出来た。皆には感謝する。ありがとう」


 普段とは違う大人びた雰囲気を漂わせながら、シンジが教壇でクラスメートに話し出した。

 いきなり学校をやめるというシンジの言葉にクラスメートは戸惑いを感じたが、さっきの恐怖感は忘れられない。

 シンジを引き止めるべきか、そのままにするべきか?

 どう対応するか迷った者が大部分だったが、シンジに声をかける者もいた。


「ちょっと待ってくれ。碇は北欧の三賢者の一人なんだろう。何故教えてくれなかったんだよ!?」

「相田か。お前は馬鹿か! ただのクラスメートに、こんな機密に関する事を教えられるはずが無いだろう。

 万が一、お前から機密が洩れたら、ただの中学生に責任を取れるのか? そこを良く考えろ!」

「じゃあ、碇は嘘をついとったんやな。ワシの妹が怪我した時にパイロットじゃ無いと聞いたが、その時に嘘をついたんやな」

「日本には”嘘も方便”という諺もあるだろう。子供と違って、大人の世界では良くある事だ。

 そしてボクは大人の世界に身を置いている。そういう事だ」

「……分かった。ワシは碇が嘘つきだったと言う事を覚えておく」

「好きにするが良い。ミーシャ、レイ、帰るよ」


 そう言って、トウジの睨み付ける視線を感じながら、シンジとミーシャ、レイの三人は教室を出て行った。

 そして二度と教室のドアを開ける事は無かった。

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 シンジの執務室

 珍しく、シンジの執務室に不知火が来ていた。

 普通はシンジが不知火の執務室に行くのだが、今日に限っては不知火が来ていた。

 第壱学校の襲撃事件から二日が経過していた。シンジはあれから学校には行かずに、仕事三昧の生活をしている。

 ミーシャとレイは、マンションで勉強か買い物に行く毎日だった。


「少佐、この前の第壱中学襲撃事件の全貌がほぼ分かった。今日来たのは、その説明と謝罪の為だ」

「謝罪はともかく、全貌は聞かせて下さい」


 不知火はシンジに説明を始めた。


「襲撃者は全部で三十四人。全員が欧羅巴方面軍の特殊部隊に所属していた。そして六年前の北欧連合の報復攻撃で妻子を

 失った事が動機だ。彼らは北欧連合への入国を試みたが許可されずにいて、復讐の機会を伺っていたという訳だ」

「ちょっと良いですか。当時の報復攻撃の時には、事前にフランツ首相から避難勧告が出されています。

 彼らの妻子は避難しなかったんですか?」

「そこら辺は分からない。彼らはどこかに派遣中だったらしいな。そして北欧連合の避難勧告だが、まともに受け取る人間は

 少なかったと聞いている。当時の情勢を考えれば、納得出来るだろう」

「そうですね。済みません。話しを続けてください」


 当時の軍事衛星からの攻撃を行ったのはシンジだ。知っているのはナルセス、ミハイル、クリスの三人のみ。

(北欧連合の軍部には、【ウルドの弓】はまだ試作段階の為に、ロックフォード財団の技術者が制御するとだけ伝えた)

 あの時、民間人にも少なくない被害が出ると予想はしていた。だが、退避勧告に従わない人間の被害は想定外だった。

 だが、後悔はしていない。当時の状況では止むを得ない事だった。そうシンジは割り切る事にした。


「彼らの報復対象としては、北欧連合の要人であれば誰でも良かったようだ。

 ただ、北欧連合への入国は難しく、ターゲットを探していたところに君が見つかった訳だ」

「六年間の執念ですか……ボクの情報は保安部から洩れたのですか?」

「……そうだ。同じ国連軍として、襲撃者の一人がこちらの保安部員の一人と知己の間だったらしい。

 守秘義務があったのだが、酒の席で洩らしたらしい。最高責任者は私だ。私の責任になる」

「細かいところを言えば、きりが無いですけどね。ネルフにしても、三十名以上の武装勢力の侵入を許した罪はあります。

 ただ、国連軍は大き過ぎますね。細かいところまで手が回りません。やはり、プラン『K』の時は譲歩して貰いたいですね」

「そうだな。今回の件で痛感した。最初は反対したが今考えれば、メンバーを選抜した方が良いかも知れん」

「第二機関の件はネルフと補完委員会に預けてありますからね。今は連絡待ちです。それはそうと、准将に相談したい事があります」


 シンジは少し表情を変えて、不知火に別の話しを切り出した。


「ほう、君が相談か。珍しいな。聞かせて貰おう」

「以前に、サードインパクトの話しをした時に言った事です。

 ボクの師匠から”ボクが生贄に為らなかった時は、別の誰かが生贄になると教えられている”と言った事は覚えてますか?」

「ああ、覚えている。それがどうしたのかね?」

「その別の誰かですが、今の情勢からするとボクはラングレー准尉では無いかと思っています」

「何だと! あのラングレー准尉が生贄候補だと言うのか!?」

「生贄に求められる素養や条件は分かっていません。ですが、ボクと同じくEVAのパイロットに選ばれた事。

 そしてラングレー准尉はやたらと弐号機に拘り、他者を排斥する傾向があります。

 洗脳か、それに準じた誘導がされているとは思いませんか?

 それらを加味して考えると、ラングレー准尉がゼーレの考えているサードインパクトの生贄候補では無いかと推測されます。

 ただ、あくまで推測です。断定出来る情報はありません」

「ふむ。ありえるかも知れんな。そうか、ラングレー准尉を潰すとネルフに脅しをかけたのは、その確認の意味もあるのか」

「ええ。本当に彼女が生贄なら潰される訳にはいかないでしょう。第二特務機関を承認させる為の圧力になります。

 それで、本当に生贄だと分かった時に、どうしようかと思いまして」

「それで少佐はどうしたいのだ?」

「だから、それを相談したいんですよ」

「そ、そうだったな。済まん」


 最近は作戦立案もそうだが、シンジの手腕に依存する事が多かった。

 知らぬ間に、シンジの意向を確認する癖がついたようだと不知火は反省した。

 シンジは頭脳は優秀で実力はあっても十四歳の少年だ。こういう相談は当然だろうと思って、不知火は頭を掻いた。


「サードインパクトを防ぐだけなら、その直前に彼女を眠らせるかして、行動不能にすれば良いだけです。

 ボクの本音ですが、どうしても積極的に動こうという気持ちになれません。彼女の性格があれですからね。

 彼女が反省して態度を改めればボクの気持ちも変わるでしょうが、今のままでは助ける気はありません。

 それにネルフの善良なスタッフも切り捨てています。

 彼女一人に手を差し伸べるのは不公平かという思いもあります。ですから、准将に相談しようと思いまして」

「……あの娘か……確かに悩むところだな……」

「ボクは正義の味方じゃ無いですからね。関係者全員を幸せになんて事は無理です。

 ボクしては放置プレイ状態にして、対応を准将に御願いしようと思いまして」

「無理難題を持ってきてくれるな。少佐の手に負えないからと言って、私に頼まれても困るのだがな。

 それに第二特務機関が出来たら、今まで以上に接点が無くなる。やりようが無いだろう」

「ボクには荷が重いから、大人の准将の知恵を出して頂こうかと。別に組織と組織で干渉するのでは無くて、

 彼女が一人でいる所……学校経由も一つの手段ですよね。まあ、この場で結論を出す必要はありません。考えておいて下さい」

「そうだな。考えておこう。ん。ちょっと失礼」


 不知火は困ったような表情だったが、ポケットの携帯が振動しているのに気がつき、取り出した。


「はい、不知火です。ああ、兄貴か、久しぶり……何っ! メグミとアカネさんが誘拐されただと!?

 それで何時、何処で? …………ああ、分かった。後で連絡する。何かあったら直ぐに連絡してくれ」

「メグミちゃんとアカネさんが誘拐されたのですか?」

「ああ。保育園にメグミを迎えに行ったアカネさんが車に戻らなかったらしい。保育園の担当者に聞いても分からないと言ってる。

 ただ、保育園付近で不審車が目撃されている。サングラスをかけた黒服が運転しているらしいと目撃情報があったらしい」

「黒服ですか、まさか!?」

「ああ。私もそれを考えていた。だが、君達は離れ小島の別荘に行ったのだろう。家の人間以外の目撃者はいないはずだ。

 君達とメグミとの関係が広まる訳が無いんだが……どこから情報が洩れたのか? まだ犯人からの要求は無いと言っていたが」

「別荘の使用人からで無いとすると、核融合炉の発電施設の受注業者が不知火財閥だからという事もありえます。

 ボクとは関係無しに、そちらの線から誘拐されたかも知れません。今の段階では決め付けは出来ませんよ」


 不知火とシンジの顔色が変わっていた。第二特務機関の設立をネルフに要求しているので、何らかの動きがあると思っていたが、

 まさか広島の不知火財閥が標的になるとは思ってもいなかった。まだネルフの仕業と決まった訳では無いが、可能性は捨て難い。

 広島に行った時は、アカネとメグミの世話になっている。見過ごす事は出来なかった。


 タイミング良く、内線が鳴った。呼び出し先はネルフ司令室の番号が表示されている。シンジが受話器を取り上げた。


「ロックフォードです」

『冬月だ。少佐が以前に言った第二特務機関の件で話しがしたいのだ。こちらの司令室に来て貰いたい』

「ボクを呼びつけようと言うのですか?」

『別にどちらが上か下かとかでは無い。こちらは人数が多いから君が来てくれれば、楽というだけだ。

 それに広島名物の菓子を準備してある。お茶でもどうかね』


 シンジの眉がピクリと動いた。

 目は真剣だが、顔には笑みが浮かんできた。(もっとも、見た人間が逃げ出したくなるような笑みだが)


「広島名物の菓子ですか、美味しそうですね。分かりました。そちらに行きますよ。待っていて下さい」

『ああ。待っているよ』

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 ネルフ:司令室

 シンジはネルフの司令室に入った事は無かったが、場所は知っていた。

 そこに向って歩いていくと、途中で黒服(諜報部員)が待ち構えていた。

 規則だと言って黒服はシンジの身体検査を始めた。シンジは抵抗する事無く、それを受け入れた。(左手首の武装は外してある)

 不審な所持品は見当たらず、黒服の案内に従ってネルフの司令室にシンジは入っていった。


 司令室に入ると、ゲンドウが執務机に何時ものポーズで陣取っており、冬月はその側に立っていた。

 そして周囲には銃を装備した黒服五十人以上が、直立姿勢で待ち構えていた。


「良く来たな」

「歓迎するよ。ロックフォード少佐」

「座る場所が無いじゃないですか。こちらを立たせたままで、歓迎しているとは言い難いと思いますが?」


 ゲンドウと冬月の言葉に、シンジが皮肉を返した。もっとも、この程度でこの二人に効くとは思っていない。


「まあ、我慢してくれ。ここに椅子は無いのでな。ところで、君はJAの披露式典の後に、二泊三日で旅行に行ったそうじゃ無いか。

 何処に行ったか知らないが、土産話を聞かせてくれないかね」

「それはプライベートですからね、話す事は無いですよ。

 それより、広島名物の菓子はどうしたんですか? 楽しみにしてきたんですが?」

「君はせっかちだな。ちょっと話しがあってな。その話しの後にしよう」

「ほう? で、話しとは?」

「第二特務機関の件を白紙に戻して欲しい。そして、ネルフの戦力強化に協力して欲しいのだ。天武の設計資料を含めてな。

 その話しを承諾してくれれば、広島名物の菓子は君のマンションに直送させよう」

「広島名物の菓子は、ここには無いんですか?」

「ああ、まだ離れたところにあってな。どうかね?」

「話しになりませんね。たかが菓子ぐらいでボクが動かせると思っているんですか?」

「受けて貰わないと、君に御馳走する予定の広島名物の菓子が潰れてしまうかも知れないんだ」


 シンジは溜息をついた。ゲンドウと冬月の目論見は分かったが、こんな程度で自分をコントロール出来ると思っているとは。

 まあ、ネルフの支配下になれと言わないだけマシかと思い直した。


「じれったいですね。素直に”人質を取ったから、ネルフの要求を聞け”と言ったらどうですか?」

「人質? 何の事かね。ネルフは国連の特務機関なのだよ。人質とか不穏な事は言わないで欲しいな。

 だが、特務機関というのは、あちこちと関係がある。裏の世界にもそれなりに通じている。

 何か君が困った事があれば、裏の社会に口利きも出来るのだよ。何か困った事でもあるのかね?」

「ほう? ネルフは人質など知らないと言うのですね?」

「そういう事だ。第一、証拠はあるのかね? 証拠も無しに疑うのは君らしく無いと思うがね」


 冬月の腹芸も様になっていた。確かにこの時点で、誘拐犯がネルフだという証拠は無い。

 その時、ユインからシンジに念話で連絡が入った。その連絡を聞いて、シンジは不気味な笑いを浮かべた。

 ゲンドウと冬月はシンジが笑ったのを見て警戒したが、まだ動かない。

 周囲の黒服には、シンジの左目が赤くなったら攻撃(致命傷は与えるなと言ってある)しろと命じてある。

 ユインからの連絡を受けてシンジは左目経由では無く、思念波である命令を実行するように指示を出した。


 微かな振動が司令室に伝わった。一つ、二つ、………………


 シンジの回答を待って静まり返っていたが、さすがに振動が続くのは異常だと思い始めた時、執務机のインターフォンが鳴りだした。


「司令室だ。何かね?」

『保安部です。司令の隠し部屋が次々と爆破されています。冬月副司令の執務室も爆破されました。

 諜報部の控え室も同じです。
テロリストが潜入していると思われます。

 今は諜報部と共同して犯人を探しているところです。司令と副司令は部屋から出られないように御願いします』

「何だと! 分かった。犯人は必ず捕まえるように!」

『はっ。了解しました』


 冬月はインターフォンを切るとシンジを睨み付けた。このタイミングでは、犯人はシンジ以外には考えられない。


「君はどういうつもりかね? これでは……」


 冬月の言葉が終わらないうちに、再度インターフォンが鳴った。冬月は内心で舌打ちしたが、態度には出さずに電話に出た。


「司令室だ。何だね?」

『赤木です。いきなりMAGI・メルキオールとMAGI・バルタザールが爆破されました。

 記憶中枢は無事ですが、制御中枢が機能していません。これから復旧作業に入りますが、かなりの時間がかかると思われます』

「何だと!? MAGIの二つが爆破されたと言うのか!?」

『はい。残るMAGI・カスパーを爆破されれば、ネルフの機能は完全に麻痺します。

 現在は保安部に命じてカスパーを死守させていますが、犯人が分かっていません。

 ところで、ロックフォード少佐に連絡を取ろうとしたのですが、不在で連絡がつきません。

 副司令は少佐の居場所をご存知ありませんか?』

「ロックフォード少佐は、私の目の前に居る」

『何ですって!? あ、失礼しました。では替わって……ちょっと待って下さい…………!!!

 今、入った情報ですが、アメリカ第一支部と第二支部が粒子砲と思われる攻撃を受けました。

 幸いにも参号機と肆号機に被害は出ていませんが、地上施設は半壊状態です。

 ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、中国の各支部も同様の被害を受けたとの報告が入りました』

「何だと!? 各支部がいきなり粒子砲の攻撃を受けたというのか!?」

『はい。警告も無くて攻撃を受けたそうです。被害集計がまとまり次第、連絡します』

「分かった。早急に被害集計をまとめてくれ」

『分かりました』


 冬月はインターフォンを切ると、血走った目でシンジを睨み付けた。ここに至っては、ゲンドウもシンジを睨みつけていた。


「君はどういうつもりかね。このネルフ本部と各国のネルフ支部を攻撃するとは、何を考えているのかね。

 ここまで横暴な事をすれば、世論は黙っていないぞ! 君は、いや北欧連合は袋叩きになるぞ。分かっているのかね!?」

「ボクや本国が攻撃したって証拠はあるんですか?」

「証拠も何も、粒子砲を搭載した軍事衛星は北欧連合しか配備していないだろう!」

「ボクや本国に知られずに、どこかの国か組織が粒子砲搭載タイプの軍事衛星を所有している可能性もありますよ。

 北欧連合所属の軍事衛星が攻撃したという具体的証拠をあげて下さい。証拠も無いのに疑われるのは心外ですね」

「そ、それは……」


 冬月はシンジの質問に答えられず、以前のリツコとの会話を思い出していた。


『……待て!! その論理だと彼等が宣言して攻撃したもの以外は、彼等の攻撃だと証明出来ないと言うのか!?

 仮に、この第三新東京が軍事衛星からの攻撃を受けても、彼等が知らないと言えば、抗議も出来ないと言うのか!?』


 以前に冬月がリツコに言った言葉だ。(十八話)

 かつてリツコが危惧していた状況が現実になってしまった。実際に、北欧連合の軍事衛星による攻撃だと証明する物は何も無い。

 限りなく黒に近い灰色だが、黒では無い。ゲンドウと冬月に冷や汗が流れ出した。

 このままネルフが知らぬ振りをして我を張り続ければ、シンジの報復がエスカレートする事は火を見るより明らかだ。

 これ以上の被害、万が一、参号機や肆号機に被害が及べば、ゼーレはゲンドウと冬月の抹殺に動く可能性が高くなる。

 今までの被害でさえ、ゼーレに言い繕うのに苦労するのは目に見えているのだ。シンジの矛を収めさせるしか無い。

 だが、事ここに到っては、人質の安全を盾にとってもシンジが引くとは思えなかった。

 かと言って、誘拐した人質をそのまま返す事は出来ない。


 何とかしてシンジと交渉をと考えていると、再再度インターフォンが鳴った。

 冬月はまさかという気持ちを抑えながら、対応した。


「司令室だ。今度は何だ!?」

『諜報部です。広島に派遣していた部隊からの連絡が途絶えました。

 最後の通信では、正体不明の敵から攻撃を受けていると連絡がありました。現在、予備部隊を現地に急行させています』

「何だと!! …………分かった。連絡は後で良い。善処してくれ」

『はっ。了解しました』


 冬月は俯いたままだった。今度ばかりはシンジの方をまともに見る事は出来なかった。

 ゲンドウも同じだ。ポーズは崩さないが、目は横を向いている。二人とも冷や汗をかいている事を自覚していた。


 まさかと言う気持ちだった。ゲンドウの指示で、広島へは極秘裏にメンバーを派遣していた。

 派遣部隊にシンジ達のマークがついていない事は、くどい程確認させた。

 それに、第壱中学の襲撃事件があったから、シンジ達の注意が広島に向けられるはずが無いとも思っていた。

 何故、人質の居場所が分かったのか、二人には見当もつかなかった。(冬月は誘拐行動の直前に説明を受けた)

 しかも誘拐して間もない。こんな短時間でアジトが見付けられるとは思えなかった。

 だが、現実には拉致部隊が壊滅したらしい。ネルフの職員(諜報部員)が誘拐した証拠も押えられている可能性が高い。

 計画では、シンジの言質を取ったら、直ぐに人質を無傷で返す予定だった。

(シンジとの真正面からの力比べや折衝は無意味と理解していた)

 さすがに人質程度でシンジをネルフに取り込む事は出来ないが、シンジの言質があれば協力を強制する事は可能だ。

 それに、これが成功すれば別の人質を使った手段が使えると考えていた。だが、見事なくらいに失敗した。

 人質を奪回したシンジが、どれほどの報復を行うのかを考えた時、二人の胃が痛み出した。


 シンジはメグミとアカネの誘拐の連絡を受けて、ユインを亜空間転送で広島に派遣していた。

 ユインはシンジの使い魔で、シンジと深く繋がっている。

 遠距離だがシンジの力をユインに送り込み、保育園の周囲を魔術を使って捜索させたのだ。

(効率が悪くてシンジはかなり疲れたが)

 誘拐してから時間が経っていない。近くに拠点があると見込んでの事だった。

 そして、ネルフの拠点を見つけたユインはシンジに連絡し、シンジは子飼いの隠密部隊を投入した。

 不意をつかれたネルフの拉致部隊は全滅。メグミとアカネを無事救出した。

 もっとも、二人はかなり怯えており、記憶操作が必要とユインから連絡が入っていた。


(アジトが保育園の近くで良かった。メグミちゃんを見捨てる訳にもいかないし、ネルフに言質を取られる訳にもいかないしね。

 でも、報復はここら辺が引き際か。あまり【ウルドの弓】の個人使用が多すぎると、本国の軍から警戒されるからな。

 後は被害の理由づけと、賠償金の請求。それと第二特務機関の事を急がせるぐらいが精々か)


「さて、広島名物のお菓子は何時までたっても届きそうに無いですね。製造元に送り返して下さい。

 そうそう、キャンセルしたんだから、キャンセル料も十二分に払った方が良いですね」

「……そうだな。そうしよう」


 冬月は賠償金を要求されていると理解した。不知火財閥に多額の賠償金を渡す必要があるだろう。

 それもネルフから直接では無く、こっそりと渡さなければならない。使途不明金が増えるのかと冬月は頭を痛めた。


「それはそうと、ネルフの本部と各支部が被害を受けたそうですが、原因は何だと思いますか?」

「テロリストの仕業だろうな。そう報告する事にする」

「それが良いとボクも思いますよ。今の世の中は物騒ですからね。被害にあった人達にネルフが手厚い補償をすれば、

 テロリストもネルフをターゲットにする事を控えるかも知れませんよ。第二特務機関設立の件ですが、どうなっています?」

「補完委員会には報告している」

「では、結論を急がせて下さい。悠長にしていると、ボク等もテロリストの被害に遭いそうですから、早めに分離したいですね。

 第二特務機関に割り振られる予算の増額は期待していますよ」


 第二特務機関の件を先延ばしすると、再度の被害があると言う事かと理解して、冬月は頷く事しか出来なかった。

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 不知火の執務室

 執務室の応接セットに不知火とシンジは座って、誘拐事件の後始末に関して話していた。


「メグミとアカネさんは無事戻ってきたと、兄から連絡があった。少佐に迷惑をかけてしまって、申し訳無い」

「別に准将が謝る事は無いですよ。ネルフの拉致部隊を尋問したところ、情報漏洩ルートはメグミちゃんでした」

「メグミがか?」

「何でも、保育園の友達に蒼い髪のお姉ちゃんと遊んだと言ったらしいですね。

 それが、廻りまわってネルフの網に掛かったみたいです。二人はかなり怯えていました。

 このままでは後遺症にも為りかねませんから、二人から拉致された間の記憶と、ボク達の記憶は消しておきました」

「ちょっと、待ってくれ! 拉致された記憶は消しても構わないだろうが、君達に関する記憶を消す必要は無いだろう」

「ですが、二度と同じような事件を起こさないようにと思いましてね。少々寂しい気はしますが」

「そうか。もう消してしまったのだな」

「ええ。二度と戻りません」

「分かった。君が決断したのだ。文句は言うまい」


 シンジの寂しそうな顔を見て、不知火はこれ以上の話しを断念した。

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 ゼーレの会合

 12個のモノリスは、ネルフからあがってきた第二特務機関の設立に関しての討議を行っていた。


『まったく問題ばかり発生するな。本来なら我等がこのように頻繁に討議するなど、考えられん事だったはずだ』

『問題の重要度を考えれば、仕方あるまい。補完委員会だけで決めては、後々不平が出るのは分かりきっている』

『セカンドをもう少しマシな状態に出来れば、展開も少しは変わったのだろうがな』

『今更言っても始まらぬ。今は第二特務機関をどうするかだ。認めるか、認めないかだ』

『結論を言えば、認めざるをえまい。第二特務機関であれば、国連の影響下だ。

 第二国連を設立されては不安定要素が増え過ぎて、補完計画にも影響が出る可能性が大きくなる』

『それにセカンドの件もある。せっかく用意したパイロットを潰されては困る』

『だが、第二特務機関を許せば、ネルフの資金が不足する。これは問題だ』

『それはそうだが、第二国連を設立されるよりはマシだろう。それとセカンドが潰されるのを、見過ごすつもりか?』

『い、いや。そうは言わんが』

『第二特務機関をネルフの保険と思えば良い。ある程度の権限と予算を渡す代わりに、ネルフから一切の手を引かすのだ。

 さすればネルフは我等の手に戻る。補完計画は遅れ気味だ。遅れを取り戻す必要がある』

『だが、セカンドで大丈夫なのか。セカンドが尽く失敗し、戦果を第二特務機関に持っていかれては、ネルフが糾弾される』

『そうならないようにするのが六分儀の仕事だ。仮に第二特務機関が戦果をあげても、EVAを製造出来るのはネルフだけだ。

 EVAの製造元としての、最低限の立場は確保出来る』

『第二特務機関に天武の使用制限を設けられぬか』

『さすがに、それは無理だろう。それはそうと、奴等はEVAをどこで運用するのだ?』

『分からぬ。今から基地を建設するつもりか? ならば、現状と変わらんではないか』

『これから基地を造るのでは、基地が出来る前に事は終わっているな』

『奴等にはEVA二機だけで十分であろう。猟犬代わりに使えば良い』

『第二特務機関にも鈴をつける必要があるだろう』

『鈴? 奴等に簡単に鈴が付けられると思うのか? 下手に鈴を付ければ、我等の仕業と気づかれるぞ』

『………』

『鈴は無理でも、繋ぎは必要だろう。誰にやらせるかだ』

『我等の手の者で、奴等と良好な関係を維持しているのは魔眼使いだけだ。良い案かも知れぬな。

 魔眼使いの護衛は我等の手の者だ。うまく行けば、鈴の代わりぐらいにはなる』

『それと、出来るだけ第二特務機関の権限と予算を抑える事だな』


 第二特務機関の設立など本来の計画には無く、叶うものなら阻止したかったのが本音だ。

 だが、現在はそれを許す状況には無かった。北欧連合と完全に対立状態になるには、まだ時期が熟していない。

 それにネルフ側の唯一のパイロットであるセカンドの安全を確保して、人類補完計画を進めなくてはならないのだ。


『予算と言えば、各支部の被害が軽微で済んで幸いだったな』

『六分儀の奴が下手な実力行使に失敗したらしいな。製造中のEVAに被害が出なかったのは、不幸中の幸いだ』

『ロクな手駒も居ないくせに、あんな事をするからだ。まったく余計な支出をさせてくれる。そろそろ処分するか?』

『いや。魔術師の注意を引いているのだ。今はまずいだろう。六分儀を始末すれば、絶対に補完委員会に目が付けられる』

『ならば、六分儀の減棒処分は確定だな』

『当然だ。冬月もな』

『同感だ』


『セカンドの件はどうだ?』

『戦闘能力不足は明らかだ。第二特務機関の設立を認める代わりに、魔術師にセカンドの戦闘能力を強化をさせる。

 それと参号機を早急に立ち上げる。フォースの選別を急がせよう』

『ネルフも二機体制か。本来、フォースは中盤までは選ばない予定だったのだがな』

『仕方あるまい。零号機と初号機が持っていかれたからな。ネルフの戦力強化は必要だ。弐号機一機では、心許ない』

『では、第十三使徒の時は、フィフスの出番という訳か』

『フォースは犠牲者では無く戦力として望まれる。その方向で選定を命じよう』


『話しを戻すが、第二特務機関は許可する方向とする。但し、極力第二特務機関の予算を減らし、奴等から譲歩を引きずり

 出す事を平行して進める事とする。以上の内容を常任理事国会議で可決させよう』

『『『『『『『『『『『異議無し』』』』』』』』』』』

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 国連の常任理事国会議で第二特務機関の設立が決定された事を受け、提案国である北欧連合の国連大使が国連総会で

 第二特務機関設立の理由と内容の説明を行っていた。

 今までの使徒殲滅の様子がスライドで映し出され、大使はその内容についての説明を行っていた。


「以上のように、我が国の提案した第二特務機関の設立が認められた。

 特務権限はネルフと同じだが、予算は今のネルフの予算を分割して、二割が第二特務機関に割り当てられる事になった。

 本年度の予算は既に可決されているから、これ以上の国連予算からの出費は無い。

 問題は追加予算請求だ。戦いはまだまだ続き、修理費等の追加予算が必要なのは分かり切った事である。

 この追加予算請求に関してだが、ネルフを支持する国はネルフの予算請求分を負担し、

 第二特務機関を支持する国は第二特務機関の予算請求分を負担する事が常任理事国会議で決定された。

 我が国は第二特務機関を支持する事を表明する。三日後の投票で各国の立場を明確にして頂きたい」


 使徒はネルフ本部のある第三新東京に攻めてくる。理由は明確にされなかったが、補完委員会とネルフが主張していた事だ。

 その為に迎撃優先権はネルフが持つ事になり、迎撃機能維持の為に全予算の八割がネルフに割り振られる事となった。

 現在のEVAは一機だが、これから製造、配備されるEVAは全てネルフの配属となる予定だ。

 直近では、参号機が配属されると発表があったばかりだ。肆号機の製造もかなり進んでいるという噂もある。


 第二特務機関は根拠地を第三新東京から移す事になり、遠隔地という理由で使徒迎撃優先権はネルフに譲る事となった。

 あくまで迎撃出来るのは、ネルフが敗退してからという制約もついていた。

 もっとも、第二特務機関の本拠施設が使徒の攻撃を受けた場合は、例外的に使徒の優先迎撃権が与えられる事になっている。

 特務権限はネルフと同じだが、第三新東京での損害補償義務は無い。(第三新東京での被害は全てネルフが負担)

 EVAも零号機と初号機の二機のみであり損害補償義務も無いので、予算枠も二割という低い数字に抑えられた。

 つまり、使徒迎撃の主役はネルフと位置付けされ、第二特務機関は補助機関に過ぎないという事が決定された訳だ。


 だが、位置付けでは無く、使徒迎撃の実績では、これが逆転する。

 今までの使徒は全て第二特務機関に配属される人間と兵器が倒しており、ネルフの実績はまったく無い。

 追加予算の負担を考えれば、実績のある第二特務機関を支持した方が出費は少ないだろう。

 だが、ネルフが実績をあげた場合は、使徒戦に関する発言権はかなり低下する。国際的な発言権が低下すると言う事である。

 そして、旧常任理事国六ヶ国をはじめとする世界の主要国は全てネルフを支持している。

 第二特務機関を強く支持しているのは、北欧連合と中東連合だけだ。その二ヶ国の友好国の数はそれなりにあるが、

 余分な出費は出来るだけ抑えたいという気持ちと発言権の低下を天秤にかけようとしていた。


 三日後の投票で、大勢は決定した。

 国連加盟国の約九割の国がネルフ支持の立場を表明した。第二特務機関を支持したのは、残りの一割の国に過ぎなかった。

 投票前には、北欧連合の友好国は国連加盟国の二割程度あったのだが、ゼーレの切り崩しにあっていた。

 ゼーレ支配下の国からの援助に目が眩み、北欧連合の友好国から鞍替えして行った。

 ネルフの追加予算の確保の為には、第二特務機関を支持する国は少ない方が良い。

 ゼーレの工作は分かりきっていた事だったが、不思議と北欧連合は何も手を打たなかった。

 第二特務機関を支持する国が少ない事は予想されていたが、予想外の事もあった。

 日本が第二特務機関の支持を表明したのだ。今までは日本政府はネルフを公式に支持していた。

 投票直前に政権の一部入れ替えがあったとはいえ、日本が第二特務機関を支持した事は、各国に驚きをもって迎えられた。


 かくして、二つの特務機関による使徒迎撃体制が確立される事となった。


 後日談になるが、使徒戦の終盤になると、ネルフの被害が増えて追加予算請求はかなりの額に上った。

 その負担に耐えられなくなったかつての北欧連合の友好国は、北欧連合に支援を要請した。だが、一言で却下された。

 大使館も封鎖され、そのかつての友好国は朽ち落ちていくだけの存在となった。

 ネルフを支持する前に支援を約束した国も疲弊し、その国へ支援する国や組織は存在しなかった。

 うまい話しに騙されて、大局を見誤って身を滅ぼす。個人であっても、組織であっても、国であっても同じ事だった。

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 ネルフ:司令室

 第二特務機関の設立が決定された事で、ゲンドウは冬月とリツコを呼んで、今後の対応に関する協議を行っていた。


「第二特務機関か。彼等の行動予定はどうなっているのかね?」

「明日発表される事になっています。まだ詳細は分かっていません」

「予算が二割も持っていかれたが、これでネルフの独自性は維持出来る。本音では、彼らの予算は一割を予定していたのだがな」

「実績を主張されては、あまり反論は出来ません。それと、誘拐事件の事を仄めかされましたから」

「そうだったな」


 当初、第二特務機関に割り当てられる予算は、ネルフは一割を主張し、不知火は三割を主張した。

 どちらも予算は多い方が良いのだ。結局はシンジが脅しをかけて、間をとった二割で落ち着いたという経緯がある。


「まあ、セカンドにATフィールドの張り方を教えるという譲歩を取り付けたのは、幸いだったな」

「ふん。勿体をつけおって」

「彼等はここを出て行くと言っていますが、EVAを運用出来る施設など、直ぐに用意出来るはずがありません。

 恐らくは、屋外に簡単な施設を突貫工事で造るつもりだと思われます」

「EVAを野晒しにするつもりなのか?」

「そこまでは分かりませんが、彼等の施設が完了するまではここに居させて、彼等から譲歩を取り付けるのも良いかと」

「あのロックフォード少佐の譲歩をか?」

「彼一人なら譲歩はしないでしょうが、他のスタッフの生活もあります。

 どこに移動するかは分かりませんが、住居などは直ぐには準備出来ないでしょう。

 彼等の準備が出来るまでの間、ネルフの施設を使わせて譲歩を取り付ける事は可能だと思っています」

「ふむ。取り敢えずは明日の発表待ちだな。それと問題は初号機だ。この前、初号機の中枢とダイレクトに接続していると

 言っていたからな。それに初号機の戦闘回数が減ると、覚醒が覚束なくなる。問題だぞ!」

「心配いらん。これから来る全ての使徒が弐号機と参号機で倒せる訳では無い。

 中には今の初号機でさえ歯が立たない使徒もいる。必ず初号機は覚醒する」


 ゲンドウにとって、初号機が自分の所有権を離れる事は認め難い事だった。

 そして、今回は第三新東京から離れた場所に配置される事が決定していた。ゲンドウにとって耐え難い事だった。

 だが、この決定はゲンドウの上のレベルで決定された事だ。ゲンドウに抗う事は許されていない。

 だからと言って、計画を諦めた訳では無い。自分の能力と権限の限りを尽くして、計画を実行するつもりだ。


「強力と思われる使徒は、これからも来るだろう。それに期待するしか無いな」


 明日になれば第二特務機関の設立スケジュールが発表される。

 それを待って、シンジ達の隙を狙い、自分達の計画に有利なように事を運ぼうと考える三人だった。

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 ロックフォード家の会議

 ナルセスの書斎に、ハンス、ミハイル、クリスが集まっていた。

 国連で第二特務機関の設立が決定されたのを受け、その準備に追われていたが、やっと一段落ついたのだ。

 軍と政府との折衝はミハイルが受け持っている。昨夜の最高会議に出たミハイルに、ナルセスは進捗状況を確認した。


「それで軍から追加派遣する要員と機材の目処はついたのか?」

「はい。運用する基地は既に発電施設として稼動しており、最低限の技術要員と保安要員は駐在していますが、

 第二特務機関の基地として運用するには、現在のネルフ本部のメンバーを全員移動させても、人員は不足しています。

 日本の国連軍の派遣メンバーは、正式に第二特務機関に出向する形になりました。増員も要請してあります。

 第二特務機関の司令官には、国連軍から出向する不知火准将になって貰う予定になっています。本人は承諾済みです」

「メインスポンサーは我が国だ。国連軍の将官とはいえ、司令官が日本人で問題は無いのか?」

「日本の国連軍にサポートを依頼する関係で、司令官には日本人の不知火准将を置いておいた方が都合は良いですね。

 それと、こちらの意向を直接伝える為に、副司令官としてライアーン大佐を軍から派遣します。

 我が国から派遣したメンバーの総括と、シンのフォローをして貰う予定です。本人の了承は得ています。

 シンの元教官ですからね。気心は知れてるでしょう」


「運用基地の戦力はどうなった?」

「基地防衛戦力としては、ユグドラシルUに直接制御される自動兵器類は、何時でも稼動出来る状態になっています。

 直接戦力としては、我が国から航空部隊の三個中隊(三十六機)を二〜三日中には派遣します。

 それに北極海には、我が国の機動艦隊がいますから、危急の時は増援も可能です。

 国連軍のサポートを考えると、この程度の増援で大丈夫でしょう。

 何しろ主役はEVAと天武です。通常戦力が多くても、維持費が増えるだけで無意味ですから」

「我が財団からの追加派遣はどうなった?」


 今度は息子のハンスに質問した。対外的な事を仕切っているのはミハイルだが、財団内を仕切っているのはハンスだ。


「技術者と整備関係者を追加派遣します。メンバーは六十人を予定しており、既に日本向けの研修は終わっています。

 こちらについては、五日後に派遣します」


 だいたいの状況は出尽くした。まあ、今のところは大丈夫だろうと判断して、クリスが感慨深げな口調で話し出した。


「やっとここまで来たのね。プラン『K』が日の目を見るとは、計画当時は思ってもいなかったわ」

「まあ、不確定要素があり過ぎたから、かなりアバウトな計画だったしな。シンも使う事になるか、疑問視していたろう」

「天武だけで使徒が倒せれば不要なプランだったが、現実にはネルフの造ったEVAの力が必要だったのだろう」

「何はともあれ、第二特務機関が正式に成立しました。これからが本番です」


 ナルセスは思案顔になり、念の為にミハイルに確認した。


「ネルフに迎撃優先権をあっさりと譲ったが、本当に大丈夫なのか?」

「今までのデータを解析した結果、ネルフの弐号機では使徒を倒すのは困難だという予測が出ています。

 もっとも戦いは相対的なものであり、弐号機が弱くても使徒がそれ以上に弱ければ、弐号機が勝ちます。

 ですが使徒の能力は一体毎に違います。その使徒の能力毎に、柔軟な作戦がネルフに採れるとは思えません。

 ネルフには使徒の能力の偵察役を受け持って貰うつもりですからね。迎撃優先権は、当然ネルフですよ」

「ふっ。弐号機はまだ使徒に勝利はしていないしな。焦って自滅する可能性が高いか。

 仮に勝利しても、戦果でシンを上回るまでは強迫観念に付き纏われるな。

 それに我々はネルフと競争をしている訳では無いからな。ネルフが使徒を倒しても、別に動揺する事は無い」

「そう言う事です。それに使徒は第三新東京に来ます。

 我々の基地とは距離がありますから、ネルフに先んじる事は無理があります」


「我々がネルフを偵察役として見込んで迎撃優先権をあっさり渡したとは、ゼーレでも気がついていないだろうな」

「そのうちに気がつくでしょうが、気がついた時はネルフの損害は大きく、追加予算請求額は大きく膨らんでいるでしょうね」

「ネルフを支持した国が、それを負担する訳だ。

 そして第二特務機関を支持した国は、ネルフがいくら追加予算請求を出しても、予算を用意する必要は無い」

「無理を言えば本年度の三割の予算を取り込む事も出来ましたが、わざと二割に抑えました。

 まあ、ネルフとの人員規模を比べた場合、二割でも莫大な額の予算と言えます。偵察委託料を十分に払える余裕はあります。

 シンとしては、早めに戦略自衛隊に資金をばら撒いて、取り込みたいと言ってました。

 何しろ、ネルフは戦略自衛隊の請求した金額の十分の一以下しか払わなかったと聞いていますから」

「あら、確か日本重工業という会社を傘下にして、無人偵察機を生産しているって聞いているけど?」

「ああ。日本の不知火財閥に頼んで、日本重工業を見て貰っている。

 だが、威力偵察の場合には無人偵察機では火力が不足している。その場合はやはり軍に頼む必要がある」

「そうね」

「かくして、ネルフは我々の盾となり、目となり、耳となる訳か」

「後で罠にかけたと言って、怒りそうな気がしますね」

「自己の戦力を客観的に評価していれば、分かる事だ。自業自得というものだ」


 ハンスが嘲笑まじりの顔で呟いた。

 ナルセスはハンスの言葉に苦笑を浮かべたが、直ぐに真剣な表情に戻って愚痴をこぼした。


「それはそうと、第二特務機関を支持する国が、国連加盟国の一割とはな。残念だ」

「我が国の友好国への切り崩しの圧力は、凄まじいものがありました。

 ゼーレ支配下の国からの援助の額を知って、各国の大使が驚いて報告してきましたしね。

 ですが、最高会議で予め決めてあったように、切り崩しの妨害はしませんでした。

 我が国の援助を延々と受けていながら、一時の利益に目が眩むようなら、この先何時裏切られるか分かりません。

 良い踏み絵になったと思います。これからは残ってくれた国に重点的に援助する予定です」

「仕方が無いでしょう。彼らが自ら選んだ道です。我々がどうのこうの言える筋合いではありません。

 もっとも、その国の国民は悲惨な目に遭うでしょうけど」

「我々と一緒に歩むか、ネルフを信任するかは彼等が判断したのだ。我々は神では無く、英雄でも無く、

 限界がある普通の人間である事を肝に銘じるべきだろう。全てに手が届く訳では無いのだ」


 ナルセスの言葉に、ハンス、ミハイル、クリスが大きく肯いた。

 世界中が平和になり皆が平和に生活出来るようになる事は理想である。

 だが、体格、性格、能力、財産などの違いを無視して平等に扱うなど、ある意味では効率が悪く、不平等な扱いと言える。

 持たざる人間にとっては良い環境だろう。だが、有能な人間にしてみれば、不平等な扱いと感じる事になる。

 格差があるからこそ、その格差を解消したいという願望が原動力となり、社会の活力となっている。

 まあ、その行き着いた先が世界の黒幕ゼーレと言えるだろうが、各個人の努力を認めない社会になど未来は無いだろう。

 それに、有限な資源の分配の問題もある。食料、エネルギー、水、鉱物資源など、どれも有限であり、人口が減った現在でさえ、

 全人類に満足に行き渡る量は無い。我慢が出来なければ、行き着く先は資源の争奪戦。即ち戦争だ。

 個人レベルでは、お互いが融通し合う事もあるが、国家レベルで友愛などと言う美徳は通用しない。食うか、食われるかだ。

 そしてナルセスの考える責任を持つ範囲は、北欧連合とその友好国の安全と繁栄に限定されていた。

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 第二東京:核融合開発機構(NFDO):理事長室

 車椅子に座った冬宮の前の応接セットにシンジが座っていた。


「ようやく、ここまで来ましたね。

 使徒戦が何時まで続くかは分かりませんが、第二特務機関を立ち上げる事で、区切りが出来ます」

「ええ。首相を説得して日本が第二特務機関の支持に回った事は、大きな区切りになるでしょう。

 こちらの分析でも、ネルフの損害額は膨大になると推計されています。その負担を日本がしなくて済むのです。

 日本にとって、大いなる福音です。もっとも、第二特務機関の支持に回った事で、各国から責められていますけどね」

「その件に対する対応は大丈夫ですか?」

「ええ。もっとも各国は口先だけの非難で、具体的行動に移っていません。

 私としては、日本のウィークポントである食料や原材料の輸入の制限や停止を予想していたのですが、意外でした。

 それでも裏でどう動くか分かりませんので、首相の警護は大幅に増員しています」


 出されたコーヒーを味わいつつ、シンジは苦笑を浮かべながら説明した。


「食料や原材料の輸出なら、我が国が出せますからね。彼等が日本への輸出を止めても、日本のダメージにならないと

 読んだんでしょうね。それに日本の輸入を締め付けると、ネルフも物資不足に陥ります。

 予断は許しませんが、当面は大丈夫だと思いますよ」

「なるほど。ネルフの事を考えて、各国は日本の締め付けをしないと言う事ですか」

「ええ。第三新東京は完全な自給自足が可能な都市と謳っていますが、それは第二次産業と第三次産業だけの事。

 第三新東京には、農地はあまり無く食料は外部に頼っています。飲料水や工場用水に関しても、地下からの汲み上げでは

 足りずに、一部を外部から引き入れていますよね。工場の原材料にしても、全て外部から仕入れています。

 発電所はありますが、第三新東京の需要の全部を賄いきれません。不足分を外部から引き入れています。

 これらを全て遮断すれば、第三新東京は一瞬で麻痺します。

 ネルフはある程度は持つでしょうが、一般市民生活が維持出来ません。

 一般市民生活が維持出来なければ、ネルフに批判の矛先が向きますからね。

 最終段階ならともかく、今はそういう事態は避けたいと考えているはずです」

「そういう事ですか。分かりました。ただ、各国が実際に貿易の締め付けを行った時は、速やかに支援を御願いします」

「ええ。既に本国も了解済みですから大丈夫です」


 冬宮はシンジの断固とした口調に安心感を抱き、顔を和ませた。

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 翌日、第二特務機関の発足の正式なニュースが全世界に流れた。






To be continued...
(2009.11.28 初版)
(2011.11.20 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)


(あとがき)

 原作の流れに対しての修正なら筆も進むのですが、まったく新しい話しを作り上げるとなると、かなり悩みます。

 おかげで、25話は書き始めてから完成するまで、予想外の時間がかかってしまいました。



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