因果応報、その果てには

第二十六話

presented by えっくん様


『朝のニュースをお知らせします。本日、日本時間午前零時に、国連から特務機関【HC】が設立されたと発表がありました。

 特務機関【HC】の設立の目的は、二度とセカンドインパクトのような災害を起こさせないようにする為とされています。

 国連報道官の話しでは、非公開の特務機関は今までもありましたが、今回は北欧連合の強い要望もあって、第二の特務機関を

 設立したとの事です。尚、司令官には日本の国連軍の不知火少将が任命されており、副司令官には北欧連合のライアーン准将が

 就任する事になっています。

 それと北欧の三賢者の一人であるシン・ロックフォード博士が、この特務機関【HC】に参加する事が報じられています。

 シン・ロックフォード博士は、核融合炉技術の開発者でもあります。

 現在日本に居るとの情報ですが、どういう経緯で特務機関【HC】に参加したかは、発表されておりません。

 詳しい情報が入り次第、お知らせします。次に、不知火司令官の記者会見の様子をご覧下さい』


 画面は切り替わって、多くのフラッシュが焚かれる中、記者会見を行う不知火の姿が映し出された。

 不知火の隣には、副司令官のライアーン准将が座っていた。定刻になり、不知火の発表が始まった。


『特務機関【HC】の司令官に任じられました不知火です。

 我々の組織の目的は、二度とセカンドインパクトのような災害が発生しないように未然に防止する事です。

 その為に北欧連合の強いバックアップを受けて、【HC】は設立されました。

 特務機関という組織の関係もあって、全てを公開は出来ませんが、許容出来る範囲の情報は伝えていくつもりです』

『具体的には、どういう事をされるのですか?』

『私としては発表したいのですが、もう一つの特務機関の関係もあって、公表する事が出来ないのです。

 国連のある委員会の圧力もありますからね。ただ言えるのは、我々はセカンドインパクトの再来は断固として拒むという事です』

『確かにある方面の事柄について、報道への圧力がある事は承知しています。

 不知火司令官は、非公開の特務機関【ネルフ】との確執も噂されていますが?』

『事実です。まあ、我々がネルフの事に言及するのは礼儀に反するでしょうから、私からは何も言いません。

 ネルフの事はネルフに聞いて頂きたい』


『特務機関【HC】には、あの北欧の三賢者のシン・ロックフォード博士が参加されると聞いています。

 博士は記者会見に、何故出席していないのですか? 博士は特務機関【HC】でどんな事をする予定なのですか?

 博士は富士核融合炉発電施設だけでは無く、日本各地の核融合炉発電施設の総責任者でもありますが、今まで博士の事は、

 一般に公開されていません。是非、博士のプロフィールを含めた今後の活動内容について、伺いたいのですが?』

『博士のプロフィール等については、機密に関わる内容がありますから、ここでは明かせません。

 ですが、運用場所を聞けば、ある程度は参加理由が納得されると思いますよ』

『運用場所ですか? まだ聞いていませんが、特務機関【HC】はどこを拠点として活動するのですか?』

『富士核融合炉発電施設です。そこが我々の運用基地になります』


 大勢の記者がどよめいた。

 富士核融合炉発電施設。

 北欧連合とロックフォード財団、そして日本の独立法人の核融合開発機構の共同出資で造られた巨大な核融合炉発電施設。

 関東、東海、信越、北陸エリアの総ての電力を賄う事が可能な巨大発電施設だ。もっとも、リスク管理の面から、

 各地にある火力発電所は廃棄では無く、定期的なメンテナンスを行って何時でも再開可能な体制をとっている。

 (水力、風力、太陽光発電等の自然エネルギーを活用した発電施設は当然稼動状態にある)

 まさに日本の生命線を握っている施設と言える。日本政府としても、建設前から最重要施設と位置づけていた。

 本来なら日本政府の管轄になるところだが、出資者である北欧連合と核融合開発機構が手を回して施設の管理権は北欧連合が

 所有していた。日本政府は強く抗議したが、以前の外国人技術者の技術漏洩を持ち出されると、口を閉ざすしか無かった。

 売電価格を低く設定して、その差額を日本政府の収入に当てるという利権に目が眩んだ事も影響していた。

 そんな経緯から、発電施設の敷地内は北欧連合が治安を管理し、治外法権エリアとなっていた。

 当然、一般には非公開である。マスコミと言えど、敷地内に入った事は無かった。

 まさに、秘密のベールに包まれた場所であった。


『あそこは北欧連合とロックフォード財団、そして独立法人の核融合開発機構の出資で造られた巨大発電施設じゃないですか?

 日本の最重要拠点の一つに指定されています。そこが【HC】の拠点なのですか!?』

『その通りです』

『ですが、日本の最重要拠点に国連の特務機関の行動拠点があると言うのは、法規上で問題に為りませんか?

 一部には、日本の最重要拠点なのに治外法権エリアになっている事で異論が出ていますが?』

『それは大丈夫です。富士核融合炉発電施設は北欧連合とロックフォード財団、独立法人の核融合開発機構の出資で造られており、

 三者の合意は取ってあります。法的にも問題はありません』

『しかし、核融合炉発電施設内に特務機関の拠点を設けるというのは、安全性の点から見てどうなりますか?』


 記者の疑問に対し、今まで口を開かなかったライアーンが答えた。


『特務機関【HC】の性質上、攻め込まれる危険性はありませんから、安全性の意味からも大丈夫です。

 それに、核融合炉の開発者であるシン・ロックフォード博士が参加して、基地エリア内に住む予定です。

 安全性に関しては太鼓判を押します。それと補足させて頂きますが、【HC】の活動拠点は確かに富士発電施設エリア内ですが、

 発電施設の建物とは分離します。発電施設エリアの余っているスペースを使います』

『余剰スペースなのですか? 発電施設の中を使用するのでは無いのですか?』

『さすがに発電施設の中には、そんな予備スペースはありません。

 隣接地域に余剰スペースがありますから、そこに施設を建設して特務機関【HC】の活動拠点にする予定です』

『特務機関【HC】は、何時から正式に活動を行うのですか?』

『現在は施設の準備を急ピッチで進めています。本日から一週間後には、本格稼動に入る予定です』


 普通の市民の反応としては、特務機関【HC】設立にあまり興味を示さなかった。

 補完委員会からの強い要請もあり、使徒の存在を一般市民に明らかに出来なかった事もある。

 迫り来る危機が強調された訳でも無い。一般市民の生活が不安定になった訳でも無い。

 セカンドインパクトの再来を防ぐというのは、当たり前の事であり、さほど市民の興味を引く内容では無かった。

 それより、日本政府が特務機関【HC】を支持した事による諸外国の反発の方が市民の注意を引いていた。

 食料や原材料の輸入が減少するとの噂が駆け巡り、不安に駆られた市民によるデモが発生したほどだ。

 実際には、食料や原材料の輸入の減少は無く、市民の生活に影響は無かった。

 デマと分かってからは、市民の不安は一斉に治まった。まずは自分の安定した生活が保障されていれば、騒ぐ必要は無い。

 だが、一部の目敏い者達や、ある程度の裏の情報に接する人間は、時流に遅れまいと北欧連合に接触しようと動き出していた。

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 ミサトのマンション

 ミサトとアスカは、台所で朝食を食べている最中だった。

 ちなみに二人が食べているのは、トーストにジャムを塗った簡単なものだ。

 それと、レトルト食品をレンジで温めたものをオカズとして食べている。

 女二人だが結局は自炊はせずに、簡単な食事で済ませる生活になっていた。


 朝のニュースを見ていたら、いきなり見覚えがある不知火の顔が映し出され、それからは二人はTVに見入っていた。


「ふんっ! 偉そうにしちゃって。しかも少将ですって。何時の間に昇進したのよ』

「あいつらが出て行けば清々するわ。使徒は弐号機と参号機があれば、大丈夫よ」

「そう言えば、昨日リツコに聞いたけど、シンジ君からATフィールドの張り方を教えて貰う事になったんだってね。

 アスカは何か聞いてる?」

「えっ、そうなの。あたしは何も聞いてないわよ」

「そっか。それにしてもATフィールドの張り方を直ぐに教えないなんて、了見が狭いわよね」

「あたしがATフィールドを張れるようになれば、使徒なんて簡単に仕留めて見せるわよ。

 それよりミサトは参号機の件は聞いてないの?」

「リツコからは二週間以内には配備されるって聞いてるわ。でも、まだパイロットが見つかって無いみたい。

 マルドゥック機関からの連絡待ちね」


 以前にシンジは”マルドゥック機関はネルフの自作自演だ”と指摘した事がある。

 だが、ミサトはネルフへの中傷と思って、シンジの言葉を信じていなかった。

 アスカに至っては、シンジの言葉を聞いてすらいない。よって、二人はマルドゥック機関が実在する機関だと信じていた。


「早く参号機のパイロットを見つけ出さないと、今回みたいな使徒が来た時はどうするのよ。

 あたしもリツコに聞いてみようかしら」

「あたしからも、リツコに聞いてみるわよ。

 それはそうと、保安部からの報告書を見たけど、学校でネルフのパイロットである事がばれたのね?」

「うっ。そ、そうね」

「まあ、パイロットに対する守秘義務は無いから良いけど、アスカは学校で変な目で見られてない?」

「変な目と言うか、近づいてくる奴が増えたわね。男はうっとおしいだけだわ」

「まあ、学校で普通の生活が出来ていれば、あたしは干渉はしないわよ。でも、パイロットと言う事で学校での生活が

 不安定になったら、直ぐに言って来なさい。その時は学校に掛け合うから」

「う、うん。今のところは大丈夫よ」

「あたしはアスカの保護者でもあるのよ。困った事があれば、直ぐに言うのよ」


 ミサトのアスカの共同生活は、ある程度はうまくいっていた。

 問題は食事だったが、夜は基本的に外食か弁当と決めており、朝食がお粗末なものになる事は二人とも辛抱していた。

(自炊能力が無い事もあるが、早く起きて朝食の準備をするという概念が二人には無かった)

 口論になる事は度々あるが、逆に二人とも口論をする事でストレスを発散させていた。

 それに現在のネルフの唯一の戦力である弐号機のパイロットであるアスカを、ミサトは気遣う態度を見せている。

 アスカにして見れば、一人ぼっちの部屋で居るよりは、ミサトと口論していた方は何倍もマシと考えていた。

 それにペンペンの存在もある。今やペンペンはアスカと一緒に風呂に入るようになっており、アスカに癒しを与えていた。

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 第壱中学

 朝のニュースで特務機関【HC】が設立されたという事を聞いた生徒達が、噂話に花を咲かせていた。


「おい、朝のニュースを見たか?」

「ああ、見たぞ。第二特務機関か。あの碇が参加しているって言ってたな。ニュースに出るなんて、やっぱり凄いんだな」」

「そりゃそうだろう。あの北欧の三賢者の魔術師なんだからさ。でも同い年でこの差は何なんだと思うよな」

「そんな事は考えるだけ無駄だって。それより、富士核融合炉発電所に行けば、スラードさんや綾波さんと会えるのかな?」

「ばーか。お前が行ったところで、追い返されるに決まっているだろう」

「でも、惣流はネルフ所属なんだろう。碇達とは別れちゃうのか?」

「分かんないな。でも惣流がネルフのロボットのパイロットか。美人でスタイルも良くて、勉強も運動神経も抜群。

 完全無欠な美少女戦士だな」

「ここんとこ、三年生のアタックが増えたみたいだぜ」

「無理無理。あの惣流が普通の男に満足出来る訳が無いだろう」


「クラスの男子と雰囲気が違うと思ってたけど、まさか、碇君が北欧の三賢者の魔術師だったなんてね」

「あーあ。碇君ともっと親しければ、玉の輿に乗れたかも」

「無理無理。スラードさんと綾波さんが居るのよ。あのガードを突破するのは至難の業よ」

「そうかもね。でも、クラスメートだった事は確かだもの。将来、TVで中学の時のクラスメートだって、呼ばれないかしら」

「碇君があなたの事覚えていると思う?」

「……無理か」

「それより問題は惣流さんね。噂はあったけど、まさか本当にロボットのパイロットだなんてね」

「今日は学校に来ていないわね」

「でもまあ、パイロットだからって威張んないから、良いんじゃないの」

「それはそうだけどね。でも、あの子の態度は前から大きいじゃない」

「仕方無いわね。お父さんからも、学校で彼女と問題を起こすなって言われちゃったしね」

「あなたも? あたしもよ。あーあ、手厚く保護されてるか」


 トウジとケンスケはクラスメートが無邪気に騒いでいるのを遠目で見ていて、会話には加わらなかった。


(ほんまにムカつくわ。なんで、あんな碇の事を噂するんや。嘘をつくなんて、漢のするこっちゃ無いで。

 今に見てみぃ。碇なんて大した男じゃ無いと、ワシが証明して見せてやるわ)


(まさか、碇が北欧の三賢者の魔術師だったなんてな。ネルフの二佐に、あんな口の利き方も出来る訳か。

 碇ともうちょっと親しければ、教えてくれたかもな。失敗したか……

 いや、碇が魔術師だって事をマスコミに流せば、何か見返りはあるかな?)


 ヒカリはアスカと親しい事が知れ渡っており、アスカの事を聞きに来るクラスメートも居た。

 だが、ネルフの事をアスカと話した事は一度も無い。

 アスカがパイロットである事を聞かれても、ヒカリは知らないと答えるだけだ。


(もう。碇君は内緒にしてって言ったのに、皆して噂話しをしているのね。碇君が困ったらどうするのよ。

 それとアスカがネルフのロボットのパイロットか。でも、アスカはアスカよ。今まで通りで良いわよね。

 今日は休みだけど、明日来たら放課後はクレープ屋にでも行こうかしら)

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 ネルフ:休憩所

 MAGIがシンジに爆破されてからリツコとマヤは不眠不休の復旧作業を行っており、疲れ果てていた。

 何しろ三台中の二台が爆破されたのである。記憶中枢は無事だったが、制御中枢が爆破された。

 救いは爆破による被害が致命傷にならなかった事だ。時間はかかったが、何とか修理は完了した。

 だが、リツコの気持ちは収まっていない。何しろ母の遺産、そしてライフワークとも言えるMAGIが爆破されたのだ。

 犯人の目星はついているが証拠は無く、ましてやゲンドウが不知火財閥の人間を誘拐した事を聞かされては、

 シンジに抗議さえも出来ない状態だ。マヤはそこまで聞かされていないが、二人のストレスは指数曲線的に上がっていた。


 そこに来て、特務機関【HC】の設立の話しである。彼等が抜けた穴を埋めようと、体制の整備も平行して行っていた。

 さらには、参号機の受け入れ準備を進めろとゲンドウから命令が出ていた。

 まさにリツコとマヤは過負荷の状態にあった。

 シンジ達が出て行かなければ、こんなに仕事が忙しくなる事は無かった。自然と二人の会話の話題は、その方向に向かっていた。


「先輩。国連軍と北欧連合の人達は、本当にここから出て行っちゃうんですよね」

「そうよ。まさか運用基地が用意してあるとは、思わなかったけどね。

 でも、富士核融合炉発電施設の余剰スペースと言ってたけど、本当のところはどうかしらね?」

「えっ。それってどういう意味ですか?」

「あたしも最初は、彼らがこれから基地を用意するつもりだと考えていたのよ。でも彼らは一週間以内に引越しを済ませて、

 本格稼動体制に移行すると発表したのよ。指揮管制システムやEVAの収容施設が無ければ無理な事だわ。

 してやられたわね。あたしとしては、彼らが施設を建設する間はここに居て貰って、協力を要請するつもりだったのよ」

「それって、既に運用基地が建設されていて、準備されてるって事ですか?」

「そう考える方が無理が無いわ。でも、EVAを運用出来るような施設は、短期間では建設が出来ないわ。

 まったく、何時から準備していたんだか。その辺の事情をじっくりと聞きたい気分だわ」

「でも、少佐は答えてくれませんよね」

「……そうね。彼等がネルフに居るのも、あと僅か。複雑な気分だわ」

「あたしの本音ですけど、残されたあたし達だけで使徒が倒せるのか不安になりますけど、ロックフォード少佐が遠くに行く事で

 安心する気持ちもあります。変ですよね」

「あたしもよ。最初は少佐を普通の十四歳だと思ってモルモット扱いした事で、少佐からは恨まれて何度も嫌がらせを受けたわ。

 何度、悔し涙を流した事か。【私】と言っていた時の少佐に感じた恐怖は今でも忘れられないわ。

 でも使徒と戦う時の少佐には、安心感が感じられたわ。十四歳の少年とは思えないし、底が全然見えないわ。

 味方にすれば頼もしいけど、敵に回すと恐ろしいか。その少佐と……まったく、どこで歯車がずれたのかしら」


 そう言ったリツコだが、原因は分かっていた。全ての源を辿っていけば、ゲンドウに辿り着く。

 だが、リツコにはゲンドウを批判する気は無く、マヤに対しては、有耶無耶に話しを誤魔化した。


「第二特務機関を認める代わりに、ネルフに課せられた制約が一部解除されるって聞きましたけど、何が解除されるんですか?」

「あら、マヤは聞いてなかったの? 給与や階級と職階の制限や、命令指揮権等の制約は全て解除されるわ。

 もっとも給与は直ぐに戻るけど、階級や職階は当分はこのままね。さすがに理由が無いと、簡単には上がらないわ」


 マヤには言わなかったが、リツコが内心では喜んだ内容もあった。

 ミサトとリツコのネルフでの制服をプラグスーツにする件である。今までは保留中で、シンジが要請すれば二人はプラグスーツを

 着て仕事をしなければならなかった。この件で何度シンジの嫌味に遭った事か。(自らをオバサンと認めさせられたし)

 だが、第二特務機関の設立に伴い、リツコはセレナに内緒で嘆願した。同性の頼みで、気持ちも分かる。

 セレナは承諾してシンジに掛け合った結果、無事にこの件も解除された。この事を聞いたリツコは、歓喜の表情を浮かべたという。


 リツコとマヤが話していると、疲れた顔をした日向と青葉が休憩室に入ってきた。

 この二人が揃って休憩とは珍しいとリツコは思ったが、口には出さずに、労いの言葉をかけた。


「二人とも疲れた顔をしているわね。大丈夫?」

「ええ。北欧連合と国連軍の人達が出て行く穴を埋めなくちゃなりませんからね。

 防衛体制の見直しとか、やる事は腐る程ありますよ。もっとも、今まで何をやってきたんだって、副司令から怒られてますけど」

「赤木博士もマヤちゃんも大丈夫ですか? MAGIの修理で満足に休んでいないでしょう。

 俺達は男だから良いけど、二人とも女性なんだから、少し身体を労わらないと」

「青葉君、ありがとうね。でも、今がネルフの正念場なのよ。参号機の受入準備もしなくちゃならないし、弐号機の戦力UPも

 考えなくちゃならないの。これでうまく行けば、ネルフは軌道に乗るわ。もう少しの辛抱よ」


 日向と青葉は自販機の缶コーヒーを買って、飲みだした。疲れた身体に冷たいコーヒーが沁みこんでいく。

 青葉は気分転換の意味も込めて、リツコに話しかけた。


「弐号機と言えば、ロックフォード少佐にATフィールドの張り方を教えて貰うんですよね。何時の事なんですか?」

「引越しの最終日よ。その前日に打ち合わせをする予定よ」

「……それからは俺達ネルフだけで、使徒を倒さなくちゃならないんですね」

「そうね。でも、作戦部の体制をどうするか、副司令が悩んでいたわね」

「作戦部の体制って言うと、葛城准尉は作戦課長に戻るんですか? 階級は准尉なのに、作戦課長ですか?」

「お、おい、シゲル。葛城さんの指揮じゃ不満なのか?」

「大いに不満だ。第一、今まで満足に作戦を立てられた事が無いだろう。それで作戦課長と言われても、納得は出来ない」

「葛城さんにだって、事情はあるさ。次こそ大丈夫さ」

「マコトは大丈夫だって言うが、その保障はどこにも無い。俺としては、その根拠が知りたいがな」

「お止めなさい! 二人がミサトの事で喧嘩する事は無いわ!」

「「済みません」」


 リツコの叱責を受けて、日向と青葉の二人は同時にリツコに謝った。もっとも、青葉の顔にある暗い翳は消えていない。


「はっきり言うけど、今の状態でミサトが作戦課長に戻る事は無いわ。でも、指揮権限はミサトが持つ事になるから、

 職階も主任から少しぐらいは上がる程度かしら。係長クラスが精々でしょうね」

「准尉が係長クラスですか………」

「青葉君もその辺にしておきなさい。あまり言葉が過ぎると、副司令に目を付けられるわよ。それに後で辛くなるわ。

 ミサトが指揮権限を持つ事は、司令の意向なのよ。宮仕えだと思って、辛抱しなさい」

「分かりました。ご忠告ありがとうございます」


 青葉は残ったコーヒーを一気に飲み干すと、仕事に戻って行った。

 そんな青葉を残った三人が、困惑気味の表情で見つめていた。

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 セレナとの会談

 第二特務機関を認める代わりに、ゼーレは補完委員会を通じて、いくつもの条件を北欧連合に要求していた。


 1.弐号機パイロットにATフィールドの張り方を教える事。

   これはシンジの意向もあり、すんなりと了承された。

   さすがにATフィールドを張れないままでは、使徒の偵察役も務まらないからだ。


 2.補完委員会と第二特務機関との連絡役として、セレナ・ローレンツを第二特務機関の基地に常駐させる事。

   セレナは監察官という身分では無く、調整官というあやふやな名称の身分となった。

   元々連絡がメインの業務である。名称などはどうでも良かった。

   重要なのは、第二特務機関と補完委員会がスムーズに連絡を取り合う事にあった。


 3.EVAの中枢と接続出来るシンクロシステムの技術を公開する事。

   弐号機に搭載するつもりは無いが、EVA量産機には搭載したい機能である。

   補完委員会は北欧連合に強く要求したが、弐号機への搭載を拒否した事で技術公開は見送られた。


 そんな経緯から、引越し最終日を明後日に控えて、シンジの執務室をセレナと護衛の二人が訪れていた。


「あたしの引越し準備も、そろそろ終わるわ。今日来たのは、あたしの部屋の事を聞きたかったのだけど、教えてくれるかしら」


 セレナは結構刺激的な服装をしていた。最近は大人しい服装が多かったのだが、ここに来てどういう心境の変化か、シンジを挑発

 する事が多かった。しかもミニスカートのくせに、堂々と足を組んでいる。まあ、シンジに見せ付ける為にやっているのだろう。

 それに、今回は左右の護衛二人も、結構大胆な服装をしていた。セレナには及ばないが、結構な美女である。

 美女三人の獲物を狩るような視線がシンジに注がれていた。

 もっとも、セレナが乙女だと知ってからのシンジの対応は、以前と変わったものになっていた。


「あなたを調整官として基地に常駐させる件ですよね。準備は出来ています。2LDKの部屋を用意しました。

 荷物は最終日に我々の手配した業者が引き取りに行きますから、準備しておいて下さい。

 その後に、ボクが基地にあなたを案内しますから」

「ちょっと待って!! 2LDK? あたし一人じゃ無いのよ。侍女も居るし、護衛のこの二人も一緒なのよ。

 もっと広い部屋を用意して!」

「補完委員会からは、あなただけと聞いています。侍女と護衛の人の話しは聞いてませんが? 一人なら2LDKで十分でしょう」

「そんな!?」


 度々言うが、セレナはお嬢様である。侍女と護衛が必須の身分だ。だが、シンジにとっては、そこまで気を使う必要は無かった。

 それに、護衛の二人についての疑惑があった。それを確かめようと、話しを切り出した。


「ミス・ローレンツも大人なんですから、一人で生活してみればどうですか? まさか、料理が出来ない訳じゃ無いでしょう」

「も、もちろん料理ぐらいは出来るわよ」


 嘘である。

 様々な高級料理を制覇してきたセレナは、料理批評家としては一人前であったが、製作者となると駆け出しもいいところだ。

 だが、セレナにも女のプライドがある。シンジの前で料理が出来ないとは言えなかった。


「補完委員会の手前がありますからね。あなたの身の安全はこちらが保障します。護衛の方と侍女の方はご遠慮願いたいですね」

「ちょっと待って下さい。我らの仕事はセレナ様を守る事。それが切り離されては、仕事が出来なくなる。再考願いたい」

「あたしもヴァネッサと同意見です。ロックフォード少佐、我ら二人のあなた方の基地への駐在を認めて頂けないかしら」

「ミレーヌ、ヴァネッサ、ありがとう」

「困りましたね。基地は急ピッチで整備を進めていますが、住宅関係には余裕が無い状態です。(嘘です。余裕はあります)

 いっその事、基地外部に一戸建て住宅を用意しますから、そこから通って貰えますか」

「そうした方が良いかしら」

「い、いや、通勤途中も危険があるかもしれないし、安全を考えれば基地内に住む場所を用意して貰った方が良いでしょう」

「そ、そうね。私もそう思います」


 セレナは基地の外に住む事を前向きに考えたが、護衛の二人は基地内に拘る様子を見せた。

(基地の外に住むのは避けたいか。やっぱり黒かな)


「贅沢ですね。じゃあ、広ければ文句は無いんですね。手空きの人たちに、丸太で家を造って貰いますから、そこにして下さい」

「ちょっと、空調も無い部屋に住めって言うの!? しかも丸太ですって!? どういうつもりなの!?」

「じゃあ、単刀直入に言いましょうか。ボクはその護衛の二人を少し疑っています。

 ミレーヌさんは保安部の二人と技術課の一人と、ヴァネッサさんは総務の一人と整備の一人と深い関係にありますね。

 証拠も押さえてあります。さすがに一人で複数の男を相手にしている訳ですから、自由恋愛という言い訳は通用しませんから」

「まさか、ミレーヌとヴァネッサが!?」

「…………」 (ま、まさかばれているのか? 迂闊だったか)

「…………」 (えーーと、どう言い繕ろうかしら)

「ボクとしては、護衛のお二人がスパイだと考えています。そういう人達を安易に基地内に入れたくは無いですね。

 それにミス・ローレンツに対しても、何かしていませんか?」

「あたしにもですって!?」


 ミレーヌとヴァネッサの眉が僅かに動いた。それを目敏く確認したシンジは、今まで考えていた憶測を口に出した。


「ミス・ローレンツは清い乙女で……この前のがファーストキスだったんですよね。それにしては、最初にボクと会った時は、

 積極的に動いてましたよね。将来を誓った相手にしか身体を許さないと言った割りには、誘惑も堂に入ってました。

 その時は、この二人も居ましたよね。冷静に考えると、護衛の二人が一緒の時はかなり積極的に誘惑して、

 一人の時は、さほど積極的で無い傾向があります。

 だから、護衛の二人からミス・ローレンツが暗示でも掛けられているのでは無いかと思いました」


「!!」 (ま、まさか、ミレーヌとヴァネッサがあたしに暗示をかけたですって!?)

「それは言いがかりです。我らにとってセレナ様は護衛の対象です。暗示にかけるだなんて、とんでも無い!」

「そうですわ。あたし達がスパイだなんて、そんな事はありません」


 シンジは左目のセンサで、二人の脈拍が若干だが上がった事を確認していた。確証が得られれば、後は実力行使するのみだ。


「スパイが簡単に自分がスパイだなんて、言う訳はありませんからね。でも、ボクにはこういう手もあります」


 そう言って、シンジの左目が赤く輝きだした。それを見て、護衛の二人は驚いた表情になり、目を瞑ってしまった。

 シンジの左目が赤く光ったら要注意と、ミレーヌとヴァネッサは熟知している。

 シンジの催眠術らしき術にかかる訳にもいかず、かと言ってセレナを放り出して逃げ帰る訳にもいかない。

 ミレーヌとヴァネッサに残された手段は、怪しまれるのを承知で目を瞑り、シンジの力をやり過ごす事だけだった。

 だが、そんな二人の態度を見てシンジは笑ってしまった。


「目を瞑るなんて、怪しんでくれと言っているのと同じです。それに目を瞑ったぐらいで、ボクの力が効かないと本気で考えてます?

 ミス・ローレンツの力だって、目を開けても瞑っていても関係無いでしょう。それと同じ事ですよ」


 そう言って、シンジは左目の力を少し上げた。

 ミレーヌとヴァネッサは頭を抱えて少し呻いたが、やがて無表情で立ち上がった。


「さて、二人にお聞きします。あなた達はスパイですね?」

「そうです」

「本当に二人はスパイなの!?」

「ミス・ローレンツ、静かに。それで目的は?」

「北欧連合の情報を仕入れる事。そして、技術情報や重要情報が入手出来た時は、速やかに報告する事」

「ミス・ローレンツに暗示をかけていますか?」

「はい。あなたを落す為に、ハニートラップを仕掛けるように誘導しています」

「!!」

「ミス・ローレンツに他にしている事はありますか?」

「使徒の細胞摂取による経過観察も任務の一つです」

「!!」

「それらの事を、誰が命令しましたか?」

「人類補完委員会のキール・ローレンツ議長です」

「!! 大祖父様が命令ですって!?」


 ミレーヌとヴァネッサの口から語られた内容は、セレナを唖然とさせていた。

 まさか幼少の頃から屋敷に居た二人が、自分の護衛をしながらスパイ活動をしているとは思わなかった。

 まさかハニートラップをさせるような暗示を、ミレーヌとヴァネッサが自分にかけているなど、想像さえしていなかった。

 まさか大祖父が自分に使徒の細胞を故意に投与して、経過を二人に観察させているなど思いもよらなかった。

 今まで信じていた物が否定されたのだ。セレナはよろめき、頭痛がしてきた頭を手で押さえた。


「ミス・ローレンツ、大丈夫ですか?」

「大丈夫な訳が無いでしょう!! 結局、あたしは大祖父様の道具だったのよ!! ピエロじゃない!!

 散々、美人とか持て囃されたけど、身体を使った誘惑をしろだなんて、あたしを何だと思っているのよ!!

 もう、何を信用していいのよ!? 分かんないわよ!!」



 シンジの言葉が癇に障って、セレナは涙を流しながらヒステリックな大声でシンジに喚いた。

 セレナの罵詈雑言はしばらく続いた。ターゲットは大祖父、ミレーヌとヴァネッサ、そしてシンジだった。

 だが、大声でしゃべり続けるのはかなりの体力を使用する。しばらくすると、セレナは疲れ果ててぐったりとしてしまった。


 シンジはセレナが疲れ果てたのを確認すると、冷蔵庫から冷えたワインを取り出して二つのグラスに注ぎ、

 その一つをセレナの前に置いた。そして、シンジもワインを口にした。


「あなたから貰ったワインですよ。但し、以前のようになっては困りますから、一杯だけですからね」

「……ありがとう。頂くわ」

「あなたから貰ったワインですからね。お礼は結構ですよ。それを飲んでから、少し話しましょうか」


 セレナはグラスのワインを少し口にし、味を確かめると残りを一気に飲み干した。

 アルコールに強い訳では無いが、ワイン程度では悪酔いはしない。セレナの顔色が少し回復していた。


「ドイツワインか、懐かしい味だわ。ここ最近は飲んでなかったから、美味しく頂けたわ、ありがとう」

「落ち着いたようですね。あなたは同情すべき境遇かもしれませんが、ボクはあなたを助ける義務は無い。

 まずはそれを言っておきます」

「分かっているわ。敵対関係とはいかないまでも、対立していたあなたの助けを求めるほど、恥知らずじゃ無いわ」

「その上での提案です。【HC】の基地へ常駐するのは、あなたと侍女一人のみにして下さい。

 こちらも補完委員会と直接交渉したのでは無く、その下の人間と交渉をしたのですが、議事録には基地に常駐させるのは、

 あなた一人とあります。これにより護衛とあなたを切り離せます。暗示や監視を解くチャンスです。

 あなたもいきなり仕事を放り出して、帰国する訳にもいかないでしょう。

 見返りとして、あなたが補完委員会に報告する内容は目を通させて貰い、場合によっては報告する情報も制限させて貰います。

 それと行動の制限ですね。基地内での行動の自由は認めますが、あなたが基地の外に行く時は同行者を付けて貰います。

 これらの制限は、使徒との戦いが終了した時点で解消とする。この内容でどうですか?」

「裏切って、自分達の味方になれとは言わないの?」


 セレナにしてみれば、大祖父に裏切られた自分をシンジが取り込まない事に疑念を抱いた。

 確かにシンジの提案は相互恩恵を基本としている。その考え方は理解出来るが、自分を欲しがらないシンジを不思議に感じた。


「あなたを道具として見ていたのは、あなたの大祖父でしょう。その人以外の家族との縁は、切れるんですか?

 故郷の友人とかは居ないんですか?」

「……お父様やお母様は、あたしを大事にしてくれたわ。それは確かよ。お父様やお母様を裏切る事は出来ないわ」

「ですから、交換条件で少しこちらに協力を御願いしただけですよ。それも使徒戦が終わるまでです。

 もっとも、あなたの行動の制限はつけさせて貰いますけどね」

「当然の事でしょうね。でも、もうちょっと考えさせて……それと、ワインをもう一杯良いかしら?」

「……一杯だけですよ」


 そう言って、シンジはセレナの前にある空のグラスにワインを注いだ。

 今度は一気飲みでは無く、味わうように少しづつセレナは口にした。

 そして、グラスに残った最後の一滴を飲み干すと、セレナはシンジの目を真正面から見つめた。


「その提案、乗せて貰うわ。侍女はナターシャを連れていくわ。あの子なら絶対に安心だしね。

 それはそうと、ミレーヌとヴァネッサはどうするの? このまま帰すつもり?」


 セレナは自分の両脇でずっと立っているミレーヌとヴァネッサの事を指摘した。

 自分が二人の暗示や監視を受けていると知ったと大祖父に知られれば、何らかのリアクションが予想される。


「二人の記憶は消しておきます。この部屋では、ボクとあなたしか居なかった事にしておきますよ」

「分かったわ。確認するけど、あたしは大祖父様から自由の身となる代わりに、あなた達の情報報告を誤魔化すのよね。

 あなた達の基地での行動は自由だけど、外出には監視者が付くと。そしてこの契約は、使徒戦が終わるまで有効という事ね」


 今までとは少し違うセレナの目を見て、シンジは大丈夫と判断した。


 シンジはセレナが荒れている間に、ミレーヌとヴァネッサからゼーレや補完計画に関係する情報を吸い上げていた。

 ただの諜報員に重要な情報を教えているはずも無く、欲しかった情報は無かったが。

 だが、セレナの大祖父が補完委員会の議長だとは初耳だった。それまでは補完委員会のメンバーの名前さえ不明だったのだ。

 ゼーレの全貌解明の一端になる可能性もある。ドイツのローレンツ財閥か。

 ドイツのローレンツ財閥を探るように、シンジはミハイルに頼もうと考えていた。


 そして二人から吸い上げたゼーレや補完計画に関する情報はセレナには伝えなかった。

 使徒の細胞投与。ハニートラップの強要だけでもショックが大きいだろうに、補完計画の事まで言っては、

 セレナはパンクするだろう。まずは、セレナと補完委員会の最初の切り離しが出来た事を、喜ぶべきだと考えていた。

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 マンション

 引越しの最終日を明後日に控えて、ミーナ、ミーシャ、レイの三人は部屋の片付けを行っていた。

 もっとも全部を片付ける訳にはいかない。まだ二泊もするのに全部梱包しては、生活に困ってしまう。

 だが、使用頻度の低い物はダンボールに次々と詰め込まれていった。


「ふう。あたしの方は何とか目処がついたわね。後は最終日に少し整理すれば大丈夫だわ。

 ミーシャ! レイ! 二人ともどう? 目処がついたなら、お茶にしましょう」

「はーーい。今行くわ」

「あたしも大丈夫よ。今、行くわ」


 三人は台所に集まって、ミーナの淹れた紅茶を飲みだした。三人ともシンジから新しい住居の事は聞いている。

 ミーナとミーシャは新しい住居の事を考えて、嬉しげな表情だが、一人レイだけが、沈んだ顔をしていた。

 気になったミーナはレイに声をかけた。


「レイ、どうしたの? 少し暗いわよ」

「う、うん。皆との思い出がある部屋ともお別れかと思うと、何か哀しくて……」

「レイの言いたい事も分かるけどね。でも思い出は、これからも作れるのよ。今までは、ここがあたし達の家だったわ。

 そして引越した後は、その家があたし達の家になるのよ。そこで思い出はいくらでも作れるわ。元気を出しなさい」

「姉さんが、大人びた事を言ってる……」

「ミーシャ!! それより、二人とも引越し準備は大丈夫よね」

「うん、あたしの方は大丈夫」

「あたしも大丈夫だけど、シン様の部屋は良いのかしら?」

「シンは元々荷物は少ないしね。最終日に整理すれば、大丈夫でしょう」


 シンジの私物はかなり少なかった。衣料品関係が少しあるだけで、貴重品関係はあまり部屋には置いていない。

 もっともシンジの場合、大切な物は自分の部屋では無く、バルト海の海底基地の部屋に置いてある。

 ミーシャは当然知っていたが、同世代と比べると生活習慣でも差が浮き彫りになる。

 そしてシンジの体格は年齢平均を上回る。まったく自分と同じ年齢とは思えないシンジに、ミーシャは溜息をついた。


「はあ、シン様って本当にあたしと同じ十四歳なのかしら?

 精神の方は違いの理由も分かるけど、身体の方もしっかりしてるし、年上って言われた方が納得がいくわ」


 そう言って、ミーシャはシンジに抱きしめられた時の事を思い出して、頬を微かに染めていた。

 逞しいシンジの身体に感じた安心感は、今でも忘れる事は出来ない。


「あら、言って無かったかしら。シンの肉体年齢は十六歳よ」

「えっ! それってどういう事?」 「あたしも知りたい。お姉ちゃん教えて!」

「別にあたし達の間じゃ隠す事じゃ無いけど、他の人には他言無用よ。良いわね」

「「はい!」」

「天武が亜空間制御機能を持っているのは、二人も知ってるわよね。二年ちょっと前か。

 ミーシャと出会う前だけど、中東で天武の亜空間機能試験を行ってる時に、天武がシンを乗せたまま暴走したのよ。

 もっとも、直ぐに天武は帰ってきたけど、中にいたシンには二年の月日が流れていたのよ。

 帰ってきたシンを見てびっくりしたわよ。いきなり二年分成長したんだものね。しかもボロイ服を着ていたしね。

 それに、二年間何をしたのかは、未だに教えてくれないわね」

「えっ、姉さんにも教えてくれないの?」

「あたしが聞いてみようかしら」

「レイ、止めときなさい。あたしが聞こうとした時、シンは辛そうな顔をしていたわ。誰にも聞かれたく無い事はあるのよ。

 良い女なら、そういう事を察してあげないとね」

「はーーい」


(そっか。お兄ちゃんは年上だったのね。二歳ぐらいの差なら世間では普通だと聞いているし、責任を取って貰うには十分ね。

 お兄ちゃんに責任を取って貰うか………………ポッ)


(まさかシン様が年上だったなんて! でも、言われてみれば納得するわね。でも、こうなるともっと甘えた方が効果的かしら。

 シン様の攻略を考え直さないと……でもシン様の周りって、スタイルが良い人が多いのよね。姉さんはどう考えているのかしら?)


「良い女って話しに戻るけど、姉さんの目から見て、セレナさんと葛城准尉はどう見えるの?」

「セレナか……同じ女としても、あの美貌とスタイルは反則レベルだと思うわよ。でも、変なところがお嬢様だからね。

 まあ、あたしの敵じゃ無いわ。それにあたしはシン以外の男には興味が無いから、セレナが何人他の男を落とそうが構わないしね。

 葛城准尉か……あたしも詳しく知っている訳じゃ無いけど、今までの発言内容を聞いていると、あれは身体だけ大人になった

 我侭な子供よね。大人の身体と知識を持っているかも知れないけど、自我は子供のまま。自分の都合を他人に押し付けている。

 何か特別な事情があるらしいとシンから聞いているけど、だからと言って彼女の事情を優先させる事は出来ないわ。

 二人とも良く覚えておきなさい。大人は自分の発言に責任を持たなくちゃならないの。

 自分の出来ない事を無責任に責任を持つなんて言っちゃ駄目よ。それが、大人になると言う事よ」


「自分の行動に責任か。分かったわ、お姉ちゃん」

「そうか、シン様をその気(Hな気持ち)にさせたら、あたしがその責任を取らないと駄目なのね。

 分かったわ。その時はあたしが責任をとって、シン様を満足させて見せるわ」

「ミーシャ!! それはあなたの願望でしょ。あと二年は待ちなさい!」


 ミーナの拳がミーシャの頭に落ちて、ミーシャは頭を抱えて蹲ってしまった。

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 ゼーレの会合

 12個のモノリスは、第二特務機関【HC】の設立発表を受けて議論していた。


『まさか奴らの基地が、あの発電施設内とはな。してやられたな』

『八年前の外国人技師による技術漏洩事件の二の舞を避ける為に、あそこは北欧連合の治外法権下にある。

 確かに奴らとしては、格好の場所だろうな』

『だが、あの発電施設は二年前に建設が開始されたのだぞ。奴らが二年前から準備していたと言うのか?』

『衛星写真は無いが、航空写真であの地上施設の概略は判明している。

 諜報部からの報告では、元々過剰な程の防衛戦力を配備しているとある。基地航空隊まで準備しているとの事だ。

 だが、気になる報告もある。

 EVA二機が収納出来るような大型の建物の建設が始まったのは、最初の使徒戦から一週間後ぐらいからだと言う。

 その時期からして、北欧連合がEVAの存在を知ってから準備していた可能性もある』

『ほう。奴らは最初に初号機と零号機の所有権を持っていったな。あの時から用意していたと言うのか?』

『可能性だがな』

『魔眼使いが調整官としてあの基地に赴任するのだ。その護衛に調査させれば良い』

『……その魔眼使いの件だが……補完委員会の下位部会のメンバーに折衝を任せたのだが、基地に常駐するのは

 魔眼使い一人だけと言ったらしい。

 奴らは準備で忙しく、いまさら護衛の分の住居は用意出来ないと言ってきた。精々が侍女一人ぐらいが妥協点だとな』

『ならば、侍女の代わりに護衛を一人つけてやれば良かろう』

『魔眼使いの生活が出来なくなる。それにこれは決定事項だと補完委員会に連絡があった。

 嫌なら、弐号機パイロットへATフィールドの張り方を教える件は無しだとな』

『くっ。下位部会のメンバーに折衝を任せたのが失敗の原因か』

『仕方あるまい。まだ補完委員会は奴らの前に姿を現す訳にはいかぬ』

『ならば、魔眼使いにあの基地の情報入手を命じよう』

『護衛と離れては経過観察が出来ぬし、暗示の効果が薄まらぬか』

『それは仕方なかろう。定期的に外部に呼び出して確認すれば良い』


 セレナは結構使い勝手の良い駒として、ゼーレに認識されていた。

 あの美貌と魔眼の能力を使えば、交渉のカードとしては最高の切り札になる。

 監視役の護衛と切り離されたが、セレナにかけた束縛は簡単に解けるものでは無いという自信もあった。


『参号機の状況はどうか?』

『今は最終調整段階だ。一週間以内にはネルフ本部へ運び込めよう』

『戦力として望まれるフォースか。精々、我等の役に立って貰おうか』


 本来なら弐号機が参戦してから仕切り直しする予定だったが、この前の使徒で弐号機の戦闘能力に疑問符がついていた。

 だが、弐号機がATフィールドを使えるようになり参号機が揃えば、今度こそ仕切り直しだとゼーレのメンバーは考えていた。

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 引越し最終日の前日のミーティング


「弐号機と初号機の模擬戦闘で、ATフィールドの張り方を教えるですって!?」


 会議室にリツコの大声が響いていた。

 既に北欧連合と国連軍の引越しは最終段階になっていた。

 もっとも、万が一を考慮して、今まで使っていたエリアと設備は何時でも使えるようにして封印してある。(ネルフも同意)

 持ち出す物は少なかった事もあって、引越し作業は順調だった。

 残っている課題としては、シンジがアスカにATフィールドの張り方を教える事ぐらいだ。

 そして関係者を集めて、どうやってATフィールドの張り方を教えるかをシンジが説明しているところだった。

 ちなみに出席者は、ネルフ側は冬月、リツコ、日向、青葉、マヤ、アスカの六人だけだ。

 最初はミサトはいたのだが、シンジが説明を始める前に早く教えろと迫った為、会議室から追い出されていた。


「初号機にラングレー准尉を乗せると、ボクの開発したシンクロ機構の性能上、ボクと准尉の精神がリンクします。

 嫌いな相手の心の中はお互い見たくは無いでしょうし、准尉が発狂する可能性もあるから止めた方が良いでしょうね。

 弐号機にボクが乗った場合は、ボクが弐号機の中枢と繋がりますから、邪魔なものがあれば排除します。

 下手をすると、弐号機が准尉とシンクロ出来なくなる可能性がありますから、こちらも止めた方が良いでしょうね。

 残るは実戦訓練ですよ。准尉はEVAのエースパイロットだと自慢していましたから、すぐに覚えますよ。

 ああ、大丈夫です、手加減はします。弐号機をスクラップにする事はしませんから」

「そ、そうは言っても、危険だわ。あたしは反対よ」

「リツコは黙って! あたしもその方が良いわ。そもそも、エントリープラグにこいつと一緒にいたら、何をされるか

 分からないしね。あたしの貞操の危機だわ。それに比べれば、模擬戦闘の方がよっぽど安全よ。

 試作機の初号機と違う、制式機である弐号機の戦闘能力を見せてあげるわ」


 アスカが模擬戦闘に同意したのは予測した通りだが、アスカのセリフに少しカチンときたシンジは反撃に出た。


「貞操の危機とは言ってくれる。そんな貧……い、いや何でも無い。

(やばい。同じ程度のスタイルのミーシャかレイの耳に入ったら泣かれるもんな。そうだ、あっちのネタがあったな)

 君は葛城准尉と懇意なんだろ。ボクがそんな趣味の子に、手を出す訳が無いだろう」

「ミサトと懇意?」

「何の事よ!?」

「以前に男なんかに興味は無いって言って、葛城准尉と同居しているんだろう。二人ともそっちの趣味って聞いてるけど?」

「何ですって!?」

「誤解よ! あたしはノーマルよ!」


 実際にはネルフ職員の間では、かなり広まっている噂である。何しろ女子職員が集まれば、しきりにその噂話をしているという。

 知らぬは本人と上級職員のみだ。中級・下級職員の間では面白いゴシップ話とされていた。(本当に信じる人はほとんどいないが)


「?? ノーマルだけど男に興味が無い? 矛盾して無いか。それに、ネルフの女子職員が集まれば、噂話をしているって

 聞いてるけどね。そこの伊吹三尉も話してたって聞いたけど?」

「マヤ、本当なの!?」

「い、いえ、ちょっと友人と噂話しをしただけで、熱心に話していた訳じゃあ……」

「いい加減にしたまえ! この場はラングレー准尉にATフィールドをどう教えるかを決める席だ。

 そんなゴシップ話は後にしたまえ。ロックフォード少佐、君も少し控えて貰おうか」


 冬月は顔に青筋を浮かべていた。

 本来はシリアスな話しの場が、こんなゴシップ系の話しで埋め尽くされるなど、冬月には耐え難い事だった。

 だが冬月の怒鳴り声など気にもせずに、シンジは飄々とした雰囲気だった。


「彼女が貞操の危機だなんて言わなければ、こんなに脱線しませんよ。程度の軽い仕返しとでも思って下さい」

「仕返しですって!?」

「ラングレー准尉は黙りたまえ! 話しを戻すが、模擬戦闘でATフィールドの張り方を教えてくれると言うのだね」

「初号機に乗った時のリスクと弐号機に乗った時のリスクは、理解して貰えましたよね。残るは手段は模擬戦闘だけですよ」

「分かった。それで御願いする」

「では、お互いが合意したって事で良いですね。さて、明日の午前10時にジオフロントの訓練場で良いかな」

「あたしはOKよ!」


 シンジに格闘術で対抗出来るとは、アスカは思っていなかった。だが、EVAに乗れば話しは別だ。

 ドイツでは最初の制式機たる弐号機の戦闘能力は、実験機や試作機を遥かに上回ると教え込まれていた。

 今度こそ、弐号機の実力を見せる時だと、アスカは考えていた。

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 翌日:ジオフロントの訓練場

 弐号機はソニック・グレイブを、初号機は棍を構えて向き合っていた。その二機にリツコから通信が入ってきた。


「これから弐号機と初号機の模擬戦闘を開始します。目的は弐号機にATフィールドの張り方を教える事です。

 二機とも相手への過度の攻撃は控えるように。弐号機がATフィールドを張れるようになった時点で、模擬戦闘は終了とします。

 二人とも準備は良いかしら」


 この模擬戦闘に立ち会っているのは、ネルフ側は本発令所勤務の全員だが、第二特務機関側は誰もいなかった。

 皆が引越しで忙しい為である。不知火は既に後を任せて、新基地で仕事を開始していた。

 第二特務機関側の素っ気無い対応に反して、ネルフ側のメンバーの目には熱い期待が篭って弐号機に注がれていた。

 それはそうだろう。ATフィールドを弐号機が張れるようになれば、十分に使徒に対抗出来ると考えられている。

 そして、過度の期待を持った某作戦立案主任は、最初はこの模擬戦闘自体を仕切ろうとしていたが、暴走を危惧した

 冬月の命令で自分の執務室に軟禁されていた。(映像は執務室で見れるように手配はしてある)

 そして、弐号機と初号機の模擬戦闘が始まろうとしていた。


『あたしは何時でも良いわよ』

『こっちも準備はOKです。まずは弐号機の実力を見たいから、弐号機から攻撃をどうぞ』


 シンジの返事を聞いて、アスカの顔が赤く染まった。羞恥の為では無い。怒りの為だった。

(何よ、偉そうにしちゃって。初号機を叩きのめしてあげるわよ)


『先手必勝よ! どりゃああああああ!!』


 弐号機はあっと言う間に初号機との距離を詰めて、ソニック・グレイブを上段から振り下ろした。


 ガン!!


 だが、弐号機のソニック・グレイブは初号機が構えた棍で受け止められた。

 そして弐号機は連続攻撃に移った。

 ソニック・グレイブを縦横無尽に振り回し、そして足技も加えた連続攻撃を初号機に叩き込んだ。

 位置も固定しないように注意して、初号機の側面や後方からの攻撃をしようと試みていた。


 だが、弐号機の攻撃の全てが、初号機の持つ棍で阻まれていた。


 弐号機が必死になって初号機を攻撃する様子を、本発令所から冬月とリツコは冷静な目で見つめていた。


(まったく弐号機が初号機を上回るなどと、誰が言い出したのだ。今の模擬戦闘を見ては、弐号機が初号機を上回るなど

 誰も言えんだろうな。ここまで戦闘能力の差があったとは……それともパイロットの能力の差なのか?

 これでは弐号機がATフィールドを張れるようになっても、不安は消えんだろうな)


(弐号機が両手で持っているソニック・グレイブの攻撃を、初号機は片手で持っている棍だけで捌くのね。

 初号機は最初の位置からほとんど動いていない。そして弐号機は初号機を中心とした円運動をしている。

 いえ、させられているのね。この前に武術の専門家に聞いたけど、熟練者はほとんど動かずに相手に円運動をさせるか……

 どちらの消耗が激しいかは、一目瞭然ね。十四歳でありながら、武術の達人レベルか……どんな秘密を持っているのやら)


 模擬戦闘は三十分以上は掛からないだろうと言う理由で、アンビリカルケーブルを繋いでいない初号機に対し、

 弐号機は当然の事ながらアンビリカルケーブルを繋いでいた。

 初号機を中心にした円運動という事は、いつかは弐号機のアンビリカルケーブルと初号機の位置が重なるという事である。

 そして、初号機の付近に弐号機のアンビリカルケーブルが近づくと、初号機は弐号機のアンビリカルケーブルを踏みつけた。


『きゃああああ』


 初号機を上から攻撃しようとジャンプした弐号機だったが、ケーブルを初号機に踏まれた為にバランスを崩して倒れてしまった。


 ドッスーーーン


 弐号機の攻撃は全て体捌きか棍で阻まれて、初号機に届く事は無かった。

 散々動き回ったアスカの疲労はかなり蓄積していた。

 そして、さっきのアンビリカルケーブルを踏まれて倒れてしまった時の衝撃はアスカにかなりのダメージを与えていた。

 だが、気丈にもアスカは再び立ち上がって、ソニック・グレイブを初号機に向けて構えた。


 初号機のエントリープラグでタイマが鳴った。模擬戦闘の開始時にセットし、十分経過したら鳴るようにしておいたのだ。

 タイマのアラーム音を聞いて、シンジは攻撃宣言を行った。


『十分経過か。弐号機の限界は大体は分かったかな。これからは、こちらから攻撃させて貰うぞ』

『くっ。何よ、偉そうにしちゃって!! やって見なさいよ!!』

「少佐、くれぐれも弐号機を壊さないように!」

『手加減はすると言いましたよ。まあ、見ていて下さい』


 そう言って、シンジは初号機の棍を構え直した。弐号機は初号機の迫力が増した事を感じて、少し後ずさった。


(な、何よ。さっきと雰囲気が違うじゃ無い。やっと本気になったと言うのね)


 初号機は静かに弐号機に近づいて行った。弐号機はソニック・グレイブを構えている。

 初号機が弐号機の間合いに入った瞬間、弐号機はソニック・グレイブを突き出した。

 それを予期していた初号機は、棍による突きを行った。但し、目標は弐号機では無く、ソニック・グレイブだった。


 ガッキーーーーンッ


 弐号機のソニック・グレイブと、初号機の棍が正面から激突した。

 そして砕け散ったのは……弐号機のソニック・グレイブだった。刃先が粉々になり、残っているのは柄の部分だけだ。

 アスカは唖然としてしまった。まさかソニック・グレイブの刃先が砕かれるなど、思ってもいなかった。

 その弐号機に初号機は追加攻撃をかけた。

 弐号機の頭部(頬の部分)に左右からの棍の連撃を加えたのだ。(往復ビンタと思って下さい)


 バシバシバシバシバシバシバシバシバシ


 手加減しての攻撃とはいえ、連続した往復ビンタ攻撃はかなり効いた。ましてやフィードバック機構を完備した弐号機だ。

 アスカは往復ビンタを初体験する事となった。頬も少し腫れていた。


『いやああああああああ』


 弐号機は初号機の往復ビンタ攻撃に耐え切れずに、膝をついた。(軽いパンチドランカー状態)


『はあ、はあ、はあ』

『どうした、弐号機はこの程度なのかい? 始まる前の威勢はどこへいったのかな?』

『くっ、まだよ。まだ弐号機が負けた訳じゃ無いわ』

『へえ、まだ元気があるんだね。結構な事だ。じゃあ、少し初号機の力を上げてみようか。50%の力で相手をしてあげるよ』

『50%ですって!?』


 シンジが50%と言った直後、初号機から感じられる圧迫感がいきなり倍増したようにアスカには感じられた。

(う、嘘。まだ余力を残していると言うの。さっきのが全力じゃ無かったと言うの!?)


 初号機は軽く棍を突き出した。弐号機は避けようとして尻餅をついてしまった。その状態のアスカにシンジは話し掛けた。


『君は拳法とか発勁とか、聞いた事はあるかい?』

『ドイツの訓練の時に教わったわよ。でも、それがどうしたのよ。今は関係無いでしょう!?』

『ボクが初号機で発勁を使えるって言っても、関係無いと思う?』

『ま、まさか、EVAで発勁が使えるって言うの!?』


 ドイツで格闘術の訓練を受ける傍ら、他の格闘術の講習も受けていた。

 アスカは発勁は使えないが、どういうものかは理解している。(厳密には理解したつもりになっている)

 密着した状態で敵を吹き飛ばしたり、通常の打撃を遥かに上回る破壊力を発揮出来る。その程度の理解だったが。


「ボクの気の力は、この前思い知っただろう。ボクは発勁ぐらいは使える。そしてEVAは操縦者の力を反映させる。

 EVAで発勁が使えないなんて、誰も否定は出来ないはずだろう」

(【ウル】もちゃんとした生命体だしね。気を使えるのは当然。そしてボクの知っている技をEVAで使えば色々な事が出来る。

 もっとも強力な技は間合いが短いから、使徒相手には危険で使えない。使えるのは捨て身の攻撃の時ぐらいか。

 でも手の内が分かっている弐号機なら、十分過ぎるほど使える)


「そして発勁は面白い使い方がある。表面は傷つけずに身体の内部だけを破壊する事も可能だ。

 これをEVAに応用すればどうなると思う? 弐号機で試してみようか。弐号機を傷つけずに、君にだけダメージを与えられるよ」


 初号機はゆっくりと弐号機に近づいていった。尻餅をついている弐号機は、その体勢で後ずさり始めた。


『い、嫌! 近寄らないで!』

『少佐! これ以上弐号機を攻撃する事は認められません!! 模擬戦闘を中止して下さい!!』


 シンジの本気を感じて弐号機の危機と判断したリツコは、シンジを制止した。

 もっともシンジはリツコの言葉など無視して、アスカに静かに語りかけた。


「弐号機は初号機より強いんだろ? 君はEVAのエースパイロットなんだろ? 早く君の実力を見せて欲しいな。

 早く本気にならないと……死ぬよ


『ひ、ひいいっ!』


 アスカは生まれて初めて、死の恐怖を切実に感じた。このままでは、初号機に殺されるとはっきり感じた。

 思わず弐号機の両手を初号機に向けて突き出した。反撃する為では無い。恐怖心の為である。

 死の恐怖(初号機)から、逃げたい。離れたい。拒絶したい。今のアスカは、そんな気持ちで埋め尽くされていた。

 その時、状況に変化が生じた。


「弐号機の前面にATフィールドを確認!! 弐号機によるATフィールドです!!」

「やったか」

「やれやれだな」

「ふう。これで模擬戦闘は終了ね」


 ゲンドウ、冬月、リツコは溜息をつき、緊張の糸を解いた。

 マヤの報告を聞くまでは、本当に初号機が弐号機を攻撃するのかと思って、手に汗を握って見守っていたのだ。


(これで弐号機がまともに戦える。シナリオの修正はまだまだ可能だ)

(やっと弐号機でATフィールドが張れたか。参号機の時は大丈夫なのか? 老体にこんな心臓に悪い事は勘弁して欲しいのだが)

(そうか。ATフィールドは人と他者を区別するフィールド。拒絶心や恐怖心で張る事が出来るのね。

 ロックフォード少佐が弐号機を追い詰めたのも、アスカの恐怖心を煽る為だったのね。してやられたわ)


 弐号機のエントリープラグ内では、アスカが不思議な感覚に驚いていた。

 自分と他者を遮る境界ATフィールド。その感覚をじっくりと味わっている。


「こ、これがATフィールドなの? 拒絶の壁? いえ、認識の壁と言えば良いのかしら? これがATフィールドなのね。

 弐号機がATフィールドを張る事が出来たのね!!」

(やったわ。弐号機でATフィールドが張れたわ。これで初号機とも対等に戦える。やっと弐号機で勝利が掴めるのね)


 ネルフスタッフの喜びに沸く様子を、シンジは冷静に見つめていた。


『弐号機がATフィールドを張れた事だし、模擬戦闘は終了で良いですね。初号機を戻しますよ』

「ええ。お疲れ様でした。弐号機も戻ってらっしゃい」


『……嫌よ!』

「えっ!?」

『やっとATフィールドが張れたのよ。これで初号機と同じ土俵に乗れたわ。これから弐号機の真価を見せてあげるわ!!』

「何を言ってるの!? やっとATフィールドが張れたばかりの弐号機が初号機に敵う訳が無いでしょう!」

『やってみなければ分からないでしょ! 外野は黙ってて!!』

『へえ? 模擬戦闘が終わったのに戦いを挑んでくるとは正気かい? ボクが手加減するのは終わったんだよ。

 さっきは手も足も出なかったのに、ATフィールドを張れたぐらいで対等に戦えると本気で考えているのか?』

『今度こそ弐号機の真の実力を見せてあげるわ!!』


 アスカはATフィールドが張れた事で有頂天になっていた。

 これで使徒や初号機と対等に戦える。もうこれで弐号機に足りない物は無い。

 そしてエースパイロットとして期待された自分の実力を発揮するのはこれからだ。

 興奮が冷静な判断力を奪う事は良くある事だ。直前までの無様な弐号機の事を忘れて、アスカは初号機を敵として認識していた。


「止めなさい。止めないと弐号機の電源をカットするわよ!」

「構わん、弐号機の好きにさせろ!」

「司令!? 本気ですか?」

『ありがとうございます、司令! さあ、許可が出たからには覚悟しなさい!!』


 アスカがゲンドウに礼を言って、プログナイフを取り出して初号機と向き合った。

 アスカはやる気満々である。だが、本発令所には白けた空気が漂っていた。

 そもそも弐号機がATフィールドを張る前に初号機に圧倒されていたが、初号機はATフィールドを張っていた訳では無い。

 二機ともATフィールドを張らない状態で戦い、弐号機は手も足も出せなかった訳だ。

 いくら弐号機がATフィールドを張れるようになったところで、初号機に対抗出来るとは思えなかった。

 ゲンドウも同じ事を考えていた。ただ、初号機の力量の見極めをしようと弐号機を嗾けたのだ。


『残り時間は後八分か。相手をしてあげるよ』

『ふん。そんな偉そうな事を言えないようにしてあげるわよ。この弐号機でね。そんな上から目線もこれまでよっ!!』


 アスカはATフィールドを張る感覚を理解し、力の増減するコツも何となく理解していた。

 そして弐号機のATフィールドを全開にして、初号機に突っ込んで行った。

 だが………


『きゃあああああああ』


 何が起きたかも分からないうちに弐号機は吹き飛ばされて、その衝撃でアスカは気を失った。


「計測値では初号機のATフィールドの強度は弐号機の約二十五倍です。弐号機のATフィールドは瞬時に中和され、

 初号機のATフィールドで吹き飛ばされてしまいました。パイロットは気絶していますが、弐号機に損傷はありません」

「やはりこうなったか」

「はい。やる前から分かりきっていた事でしたが」


 マヤの報告を聞いて、冬月とリツコは溜息をついた。現在の弐号機と初号機が正面から戦えば、こうなる事は分かっていた。

 アスカの無謀さに呆れはしたが、これから訓練すれば弐号機のATフィールド出力を上げれる可能性もある。

 まあ、弐号機の損傷も無いし、アスカには良い薬になったかもと考える冬月とリツコであった。

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 セントラルドグマ

 弐号機との模擬戦闘を終えたシンジは、レイと一緒にセントラルドグマに居た。

(エレベータを使用した訳では無い。亜空間転送で二人はセントラルドグマに移動した)


 かつて水槽のあった部屋には、今は何も無い。その部屋にシンジとレイは静かに立っていた。


「第五使徒の戦いの後に言ったけど、ここに有った水槽と管理システムはボクの管理している場所に移動させてある。

 もう誰もあの水槽を見る事は無い。でも、何時までも放置じゃあ、彼女達も可哀想だろう。そろそろレイの結論は出たかな?」

「……うん。でもその前に聞かせて。あの子達が消滅したら、どうなるの?」

「レイの魂とあの子達の魂は細い糸で繋がっている。あの子達が消えたら、自然に魂はレイの元に還ってくるよ」

「……お兄ちゃん……あたしとしては、あの子達が消えた方が良いと思ってるわ。でも、それをあたしが決めて良いの?

 あの子達にも生きる権利はあるんじゃないの? 生き物は全て生き抜く権利があるんじゃ無いの?」

「あの水槽の中の子達が意識を持って一人で生きていけるなら、ボクの責任において生きられる環境を用意したよ。

 でも、彼女達はかろうじて身体を維持するだけの魂しか持っていない。一人じゃ生活も出来ないんだ。

 それに寿命も短い。このままではあと数年ももたないだろう。何より彼女達は無か、レイに還る事を望んでいる。

 レイが決められないなら、ボクが決めるけど良いかな?」

「……ううん。あたしから御願いするわ。あの子達を還してあげて」

「分かった」


 シンジしか知らない場所にある巨大水槽。その中で佇んでいた蒼い髪の少女達は、誰にも見取られぬまま姿を消していった。

 彼女達は幸せだったのだろうか? それは誰にも分からない事だろう。本人達のみが知っている事だ。

 望まぬ生を受け、微かな自我しか無い身体。僅かな人間にしか知られる事は無く、そして誰にも知られぬまま消えていった。

 ただ、彼女達が消え去る前、彼女達の表情が微かに微笑んだと見える事が、唯一の救いだろうか。


 そしてレイは自分に還ってくる魂を感じていた。目に見えた訳では無い。外から次々と自分に戻ってくる魂を感じたのだ。


「お兄ちゃん。あの子達があたしに還ってきたわ。分かるの。はっきり感じるの!」

「ボクにも見えたよ。あの子達は無事にレイに還ってきたんだ。供養という言い方はおかしいかもしれないけど、彼女達の分まで

 レイが幸せにならなくちゃいけないんだよ」

「お兄ちゃん、ありがとう」


 レイは涙を流しながらシンジに抱きついた。そんなレイをシンジは優しく抱きしめた。

 そして表情を少し改めると、レイに話し出した。


「さて、彼女達の事はこれで決着がついたね。後は創造主を気取る連中に制裁を加えないとね」

「制裁?」

「ああ。生き物をあんな風に扱うなんて、本来は誰もしてはいけない事なんだ。

 だけどネルフやゼーレは使徒という普通は関与しえない事柄を使う機会を得ただけで、創造主気取りになっている。

 自分達がしたと同じ事をされ得るという事を理解していない。

 今まではこの部屋に近づくと、自然と水槽の事を忘れて戻るように結界を張ってあった。たった今、その結界を解除した。

 今までの記録ではネルフの司令、副司令、赤木博士の三人がこの部屋に来ている。

 次に三人の誰かがこの部屋のドアに手をかけた時点で、この部屋にしかけた特殊爆弾が爆発する。

 この部屋と周囲一帯を吹き飛ばす威力がある。だけど、部屋のドアに手をかけた人間は死なない。

 膝ぐらいから下だけが焼失するように細工がしてある。さあ、もうこの部屋に来る事は無いだろう。帰るよ、レイ」

「うん」


 シンジは亜空間転移装置を起動して、レイと一緒に消えて行った。

 残されたのは、何も無いただの広いだけの部屋だった。

 そして、次に誰かが部屋に入ろうとした時、トラップは発動するようになっている。

 誰が犠牲者になるだろうか? それは神のみぞ知る事だった。






To be continued...
(2009.11.28 初版))
(2011.11.20 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)


(あとがき)

 本当は24話で第二機関設立終了までを書くつもりでしたが、書いているうちに膨らんでしまいました。

 今のところでは、27話までが第二特務機関設立の話しになります。

 他の作者様達がコンパクトにまとめているのを見習いたいのですが、中々真似が出来ません。


 特務機関の名前は悩みました。略称ですが、何の略称かは読者の方の判断にお任せします。


 一部の方には聞き覚えのある名前が出てきましたが、あくまで名前だけです。

 クロスオーバーは書くつもりがありませんので、胸からマシンガンを発射する事はありません。(先は分かりませんが)

 それとシンジの肉体年齢に関する設定を公開しましたが、本編ではあまり関係ありません。(今のところ)

 本編が無事書き終わったら次に繋げる伏線と思って下さい。


 次話は参号機のパイロットが決まって、セントラルドグマで犠牲者が出ます。



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