因果応報、その果てには

第二十七話

presented by えっくん様


 特務機関【HC】の基地は、富士核融合炉発電所の敷地内に置かれていた。

 施設の概略を紹介しよう。

 まず対外的な公称施設としては、1500万キロワットクラスの核融合炉を五基設置していた。

 そして発電施設の制御システムを管理した建物には、生体コンピューターであるユグドラシルUが置かれている。

 ユグドラシルUは核融合炉の出力調整は元より、自動迎撃システムや侵入者監視システム等の基地内の全ての制御を行っている。

 発電施設とユグドラシルUのメンテナンススタッフは、全員がロックフォード財団の技術部からの派遣である。

 そして防衛部隊として基地保安部隊があった。

 戦車こそ無いが機動歩兵と装甲歩兵を基本とした地上部隊と、ワルキューレとヘリ部隊の航空部隊で構成されている。

 治外法権エリアとあって、基地保安部隊は北欧連合の兵士のみである。

 又、物資輸送用及び基地航空隊用の四千メートル級の滑走路を備えている。

 ここまでが発電関連施設の概略だ。


 そして発電関連施設面積の約二倍のエリアに、特務機関【HC】の施設が置かれていた。

(本来の発電関連施設の二倍の面積を余剰スペースと言えるのかというツッコミは、事情を知る人間からは無かった)

 まず目を引くのは、敷地のほぼ中央にある直径五十メートル程度のドーム三基だ。

 このドームの中には超大型の粒子砲がそれぞれ一基づつ収納されている。高出力を誇り、衛星軌道上の標的も狙撃可能だ。

 次に目立つのが五千メートル級の滑走路だろう。EVAのキャリアさえも離発着可能なサイズと強度を持っている。

 そして滑走路の両脇には、基地航空隊の機体を収納するハンガーが所狭しと並んでいた。

 滑走路の端にはEVA二機を楽々収納出来ると思われる大型の建物がある。(ダミーです)


 そしてこれらの基地機能を一括して管理しているのが、管制ビルと呼ばれている建物だ。地下五階、地上十階建てである。

 不思議なのは管制ビルの近くにあるプール二つだ。

 他の娯楽施設とは離れており、簡単な脱衣所とシャワールームがあるだけだ。他の施設とのバランスが崩れている。

 そして何故かそのプールから伸びている道路の使用目的が不明だ。

 直線で三千メートル以上あるが、樹海目掛けて伸びている。樹海の先に何かがある訳でも無く、意味不明な道路である。

 もっとも表面的なものであり、実際にはプールの地下に大型の格納庫と整備場がありEVA二機とJA一機が収納されている。


 そして特務機関【HC】専用の核融合炉二基。当初は総発電量の約半分を外部に供給する予定だったが、日本政府の要求もあって、

 総発電量のほとんどを外部供給する事となった。従って、電力の余力が無くなったので、急遽核融合炉二基を増設している。


 そして居住区。千人以上を収納出来るマンション群があり、小さなショッピングエリアや娯楽施設もある。

 規模こそ小さいが、生活都市に必要な機能はほとんど持っていると言える。


 それと公にはされていないが、地下施設はかなりの規模で存在しており、現在でも拡張工事は密かに継続されている。


 敷地の二面は樹海に接しており、侵入は容易では無い。残る一面も湖になっており、同じく侵入は困難だ。

 最後の一面が平地と接しており、通用口となっている。

 基地の周囲には小型の粒子砲が配置されている。通常は地下に収納され、使用時に迫出してくる仕組みになっている。

 大型レーダも装備。他のユグドラシルUともリンクして、世界ネットワークを形成している。

 監視衛星ともリンクし、索敵能力はネルフはもとより戦略自衛隊さえも上回る。


 発電施設専用の基地保安部隊とは別に、【HC】は陸戦部隊も保有している。

 主力は日本の国連軍から派遣されたメンバーで構成されている。

 使徒との戦いに有効とは言えないが、基地防衛の一翼を担っている。


 総人員規模は八百人程度。かなりの自動化が進み、同クラスの基地と比較しては人員規模は最小クラスである。

 これらを統括しているのが、特務機関【HC】の司令官に任じられた不知火マモル少将であった。

***********************************

 管制ビル:会議室

 第三新東京から【HC】の基地への引越しは無事に終了した。

 そして北欧連合からの追加増員も派遣されてきており、組織としての最低限の陣容は整った。

 ここに特務機関【HC】の主要メンバーを紹介しよう。

 司令官   : 不知火少将     : 国連軍からの出向。今までの戦績を評価され、昇進。

 副司令官  : ライアーン准将   : 北欧連合からの出向。不知火とのバランスを取る為、准将に昇進。

 戦闘補佐  : アスール中佐    : シンジの補佐役。あまり実績が無いとして、昇進は無し。

 航空隊指揮官: クリステル少佐   : 北欧連合からの出向。基地航空隊の指揮官。

 技術担当  : アーシュライト課長 : ロックフォード財団からの出向。シンジの部下。民間人

 保安担当  : シュナイダー中佐  : 北欧連合からの出向。発電施設の保安任務も兼任。

 陸戦指揮官 : 斉藤中佐      : 国連軍からの出向。

 財務担当  : オイゲン少佐    : 北欧連合からの出向。

 特別顧問  : シン・ロックフォード


 主要メンバーは、ほとんどが北欧連合の関係者で占められていた。

 メインスポンサーでもあるし、軍事機密を容易に公開する事も出来ない事が理由の一つになっている。

 これらのメンバーを一堂に集めての会議では、不知火が苦労する事は目に見えていた。

 従って、不知火としては全員の面通しは後にして、副司令官のライアーン准将とシンジの三人だけで会談を行う事にしていた。

 ライアーン准将が北欧連合メンバーの総括を行っている事は分かっており、シンジとライアーンの承諾が得られれば

 組織は動くと判断していた為でもある。

 不知火は司令官に任命されたが、手足は北欧連合に監視されている。何かと苦労の絶えない不知火だった。

***********************************

 不知火の執務室。即ち特務機関【HC】の司令官の執務室である。管制ビルの最上階に位置し、内装もそれなりに揃えてある。

 もっとも豪華というより質実剛健という言葉が合う部屋だと言えた。

 執務室には応接セットが備えられており、不知火とライアーンがシンジを待っていた。


 コンコン


「入りたまえ」

「失礼します。遅くなって申し訳ありません」

「気にするな。ネルフで最後の後始末を行っていたのだろう。ご苦労だった」

「ロックフォード中佐、久しぶりだな。四年ぶりと言ったところか」

「お久しぶりです、ライアーン中佐、いえ失礼しました。ライアーン准将でしたね。ところで中佐とはどういう事ですか?

 ボクは技術少佐です。中佐への昇進は聞いていませんが?」

「国王陛下から君の中佐への昇進の辞令を預かっている。君が度々昇進の話しを断っているのは聞いているが、

 今回は国王陛下の直接命令だ。拒否は許されない。黙って受けるんだな」

「はあ。少佐でさえ過ぎた階級だと思っていたのに中佐ですか。

 国王陛下にはこれ以上の昇進は無しにして欲しいと御願いしていたのですけどね」

「君の実績を検証すれば、中佐への昇進は遅すぎるくらいだ。君が正規軍所属ならとっくの昔に昇進している。

 だが君は正式には近衛軍所属だからな。その為に国王陛下への直訴が効いたのだろうが、さすがに国王陛下も

 周囲の意見(信賞必罰)を無視出来なくなっていると言う事だ。覚悟を決めるんだな」

「……辞令はありがたく受け取ります。それと不知火少将、ライアーン准将も昇進おめでとうございます」

「私の場合は司令官職に対する箔付けだ。まあ拒否するのも何だし、受け取ったがな」

「私もですよ。これからの苦労に対する前払いと言ったところですね」

「それはそうと、二人は知り合いだったのか?」


 シンジとライアーンの会話を聞いていると、親しい関係だと推察出来た。これからの事もある。二人の関係を把握したかった。


「ええ。中東連合に行く前に軍事研修を受けましたが、その時の教官がライアーン准将でした」

「教官か……格闘訓練で十歳の君に叩きのめされたのは私なんだがな。どっちが教官か教えて欲しいもんだな」

「ですが、諜報活動を教えて下さったのはライアーン准将ですよ」

「まあ、そうなんだがな」

「二人とも旧交を温めるのは後にしてくれ。これからの【HC】の基本方針を話したいのだが、良いかね?」

「「はい」」


 ライアーンとシンジは顔を引き締めて不知火と向き合った。

 この会談で【HC】の運営方針が左右される事になる。自然と真剣な顔つきになっていた。


「私は特務機関【HC】の司令官に任命された訳だが、首根っこは北欧連合に抑えられている。

 軍事機密は私の命令でも開示出来ないのは理解しているが、どこまで君達の協力が得られるのか確認したい」

「確かに我が国が一番懸念しているのは、技術情報の流出です。生体コンピュータ:ユグドラシルU、核融合炉、粒子砲等の

 技術情報は流出しないように我々が監視します。ですが使用権限については不知火司令官に一任します。予算もです。

 後で基地の武装、能力、予算等の細かい説明をさせて頂きますが、それらの最終権限は司令官が持っていると思って下さい。

 私とロックフォード中佐が通常の管理と運営を行いますが、最終使用権限は司令に持って頂きます。

 保安部隊と航空部隊に関しては私が総括しますが、司令官自らご命令下さっても構いません」

「ふむ。技術情報を守る以外は、基本的には私の命令を聞くと言うのだな」

「勿論です。そうでなければあなたに司令官職を御願いしたりはしません」

「分かった。後で各担当責任者と個別に面談する。その時はライアーン副司令も同席して欲しい」

「了解しました。私からも各担当者には通達を徹底させます」


 今までの使徒戦の実績もあり、不知火は北欧連合では高く評価されていた。

 日本の国連軍へのサポートを依頼する上でも貴重な人材だ。だが、北欧連合の機密情報を流出させる訳にはいかない。

 情報流出を抑える為に要所では北欧連合からの出向者が管理するが、使用権限は不知火に開放する。

 それが北欧連合の最高会議で決定された内容だった。不知火もその辺の事情は理解していた。

 だが、どこまで自分の権限が及ぶのか明確にされていなくては、司令官職は務まらない。

 ある程度職務権限が制限されているとはいえ、サードインパクトを防ぐという目的は同じだ。

 なんとかやっていけるかと不知火が表情を緩めたのを見て、ライアーンが話し出した。


「それはそうと、本国の軍研究所からの使徒の研究レポートに興味深い内容がありましたから報告します」

「何かね?」

「今年になって現れた使徒は五体です。それらの情報共有に関係する内容でした。

 使徒が敗れた場合、次の使徒はその情報を生かして能力変化をしているのでは無いかという疑問です。

 最初の使徒は近距離戦闘に特化。次の使徒は中距離。そして遠距離。海。分裂。

 まったく関連性が無い様に見えますが、失敗を糧にして少しずつ進化しているとは見えませんか?

 その可能性の指摘がレポートの内容です」

「ふむ。言われてみれば頷ける指摘でもある。だが、断定は出来ないだろうな」

「そういう見方もありますね。恥ずかしながらボクは気がつきませんでした」

「実戦で戦っていた中佐と、後方で情報を整理しながら見ていた我々とは立場が違う。中佐が恥じる事は無い」

「だがそれが事実だとすれば、圧倒的な力で使徒を殲滅すると言うのは自分の首を絞める事に繋がるか」

「そうですね。最初の使徒は戦闘中に機能が追加されました。進化の能力を持っている事を考えると、あまり強力過ぎる攻撃は

 次の使徒の能力強化に繋がる可能性もあります。検討すべき課題ですね」

「可能性の指摘があっただけで、断言出来る訳ではありませんがね。今後の使徒の状況を見極める事が必要でしょう」


 不知火とシンジが予想以上に深刻に考える態度を取った為、ライアーンは少し慌てていた。

 軍研究所のレポートは興味深いものがあったが、ライアーンとしてはあまり信じていなかった。

 話しのネタにと思って提供した話題である。ここまで深刻に受け止めるとは思っていなかった。

 ライアーンは最初の使徒こそ記録映像で見ていたが、その他の使徒の情報は報告レポートのみだった。

 実際に使徒と戦ってきた不知火とシンジとでは認識が少し異なるのは、止むを得ない事だろう。

 この件に関しては、もう少し使徒の情報を集めないと結論は出せないと不知火は考えて、別の話題に変えた。


「ところで少佐、いや中佐が顧問とはどういう意味なのだ。まあパイロットは当然やって貰うが、顧問の意味が分からんのだが」

「ロックフォード中佐はEVAと天武のパイロットなのは当然ですが、技術部門の総括もやって貰う予定です。

 それと戦闘部門や保安部門にも関わって貰う為の職階です。まあ、適当に名前を決めた事は否定はしません。

 年齢を考えれば、副司令にする訳にはいかないでしょう」

「まあ階級に見合った仕事量になりますか。学校に行く訳でも無し、ボクは構いません」

「技術部門とかは替わって貰う事も出来るだろうが、パイロット業務は中佐にしか出来ない。

 そこのところを良く理解して欲しい。あまりストレスや疲労を溜め込むのは良くないぞ。程々にな」

「ありがとうございます」


 不知火の話す内容はライアーンも理解した。今までの資料から、シンジが使徒殲滅のキーパーソンである事は承知している。

 だが、小言を言うのも務めのうちかと考え、本国での状況を伝える事にした。


「ときに中佐。本国の若手将校の一部から、君の行動に対する懸念の声が上がっている。行動に注意したまえ」

「中佐に対する懸念だと? どういう事かな?」

「軍事衛星【ウルドの弓】の中佐の個人使用頻度が高いので、それを懸念する声が高まっているのですよ。

 【ウルドの弓】は全基ともロックフォード財団の所有物で、我が軍はその使用権を借りている身に過ぎないのですが、

 中佐の個人使用頻度が高いと政治的な問題にも繋がる。自重した方が身の為だ」

「その事は承知しています。今まで使った内容に関しては、使徒戦に絡むか自己防衛の為ですけどね。

 確かに本国の事情を良く知らない人達から見れば、ボクの暴走を懸念する気持ちは分かりますからね」

「まったく、不思議と上層部は君を庇う発言ばかりだ。上層部は君に甘すぎるとの批判も出ている。

 北欧の三賢者の一人である事は承知しているが、若手の不満は溜まる一方なのだ」

「北欧連合も一枚岩では無いと言う事か。中佐。ライアーン准将に、あの件は教えていないのか?」

「あれは基本的には将官クラス以上の人が対象ですからね。ライアーン准将は資格を得ました。

 少し長くなりますけど、時間は宜しいですかね」

「資格だと? 何の事だ」


 以前に不知火に説明したゼーレやサードインパクトに関する事を、シンジはライアーンに説明を始めた。

 ライアーンが納得したのは、日付が変わった午前三時の事だった。

**********************************************************************

 リツコの部屋

 リツコは司令室から戻ってきてから、溜息ばかりついて仕事をしていた。


(北欧連合と国連軍が抜けた穴は、ようやく埋められそうだけど、参号機の受入れはこれからが正念場ね。

 弐号機の訓練はミサトに任せてあるから良いわね。少し心配だけど……まあアスカを壊すような事は無いでしょう。

 それにしても、この忙しい時期に弐号機のダミープラグの材料が来たからって、テストしろって何を考えているのよ!

 しかもレイの素体を一体準備しろですって! あたしに過労死しろと言っているのかしら)


 弐号機のダミープラグの材料はマヤに管理を依頼してあり、マヤの方で準備を進めていた。

 リツコはこれから医療カプセルを一台準備してセントラルドグマに降りる予定だ。


(そういえばレイの素体のメンテナンスもしばらくしていないわね。管理システムは一年間は無人稼動が可能なはずだけど

 念の為にチェックしておきましょうか。それにしても、あの素体をまた見る事になるとはね)


 リツコはゲンドウが執着するレイが嫌いだった。あの水槽の事を考えれば、レイなど忌避すべき存在だと思っている。

 そしてシンジから手厚い庇護を受けている。レイの事でリツコは何度シンジから嫌な目に遭わされた事か。

 だが、ゲンドウの命令には逆らえない。

 リツコは医療カプセルを押しながら、セントラルドグマへ一人で降りて行った。


 リツコはエレベータから降りると、水槽のある部屋に向かって行った。

(相変わらず何も無いところね。さっさと用事を済ませて熱いコーヒーを飲みたいわね)

 リツコは水槽のある部屋のドアに手をかけた。

 次の瞬間、リツコは身体全体に衝撃と高熱を感じ、そして意識を失った。

***********************************

 リツコが意識を取り戻した時、最初に目に入ってきたのは見慣れぬ天井の蛍光灯だった。


「知らない天井だわ。ここはどこかしら? うっ」


 ベッドに横になり、毛布を掛けられている。顔に包帯を巻かれているのも分かった。

 毛布を退かそうとしたリツコだったが、痛みが身体のあちこちから感じられた。

 しかも麻酔を掛けられているらしく、身体が鈍く感じられた。そして左手と両足の感覚が無かった。


(身体がボロボロね。麻酔もかかっているか。あたしはどうしたのかしら? あたしは………)

 リツコは意識を失うまでの行動を思い出した。そして顔が真っ青になった。

(ま、まさかセントラルドグマのあの部屋に、何かが起きたと言うの? そうだわ、ナースコールがあるわね)


 リツコが押したナースコールを聞き付け、病室に駆け込んできたのは泣きそうな顔をしたマヤだった。


「先輩、大丈夫ですか?」

「マヤ、落ち着いて。あたしに何が起きたのか、セントラルドグマはどうなったのか、教えてくれるかしら。

 あたしは麻酔がかかっているみたいだから、今の自分の身体の事も分からないの」

「は、はい。セントラルドグマで大規模な爆発があったそうです。現在は諜報部が封鎖していますから、詳細は不明です。

 先輩はセントラルドグマの爆発に巻き込まれました。

 先輩を運び込んだ諜報部の人は、あの爆発の中で命があるのは奇跡だって言ってたそうです」

「マヤ。何故俯いているの? あたしの目を見て。そしてあたしの身体がどうなったか教えてくれる」


 マヤは俯いて必死に何かを我慢している様子だった。怪訝に思ったリツコはマヤに催促した。


「……先輩は爆発の余波を受けて負傷しました。左手は全治二ヶ月の重傷です。そして、両足は……」

「両足? あたしの両足はどうなったの?」

「……ありません。先輩の太腿の部分はかなり焼き焦げていたそうですから、下の部分は焼失したと思われます」

「……分かったわ、マヤ。暫らく一人にしてくれるかしら」

「は、はい。分かりました」


 マヤは手を口にあてて、泣かないように我慢して部屋を出て行った。


 リツコは不思議と落ち着いていた。左手は骨折で済んだが、両足は切断どころでは無く焼失したと言う。

 これからの事を考えると、リツコに女としての将来は無いだろう。

 科学者としてはやっていけるだろうが、リツコの女としての未来は幕を閉じたのだ。それを自覚した。


 ネルフに配属されてから、MAGIのセットアップを行い、そしてEVAに関わった。

 ゲンドウにレイプされ、言われるがままにレイのダミープラグの開発を進めてきた。

 今まで行ってきた非合法活動の事が、何故か脳裏に浮かんでは消えていった。


(無様ね。これもやってはいけない事をした報いなのかしらね。因果応報か。司令…………)

 リツコの頬を一滴の涙が流れていった。

**********************************************************************

 ネルフ:司令室

 ゲンドウは何時と同じ態度だが、冬月は憔悴した表情で話しをしていた。


「セントラルドグマの約三割のエリアが焼失した。レイのクローンがあった部屋も含まれている。

 水槽のあった部屋は焼失では無く、爆発で跡形すら無い状態だ。良く赤木君が生きていたと思うくらいだ」

「諜報部に捜査をさせている」

「まさか、あの水槽の事がばれているとはな。犯人はシンジ君か? それともゼーレか?」

「シンジならネルフの事を告発していたはずだ」

「ならば、ゼーレか。レイのダミープラグに関係する物は処分しろと言われていたしな。警告か?」

「可能性はある」

「これでレイに関する繋がりはまったく無くなったな。レイは【HC】の基地内部にいる訳だから、姿を見る事すら容易では無い。

 レイをどうこうする事は不可能に近いぞ。どうするつもりだ?」

「まだ我々にはアダムがある」

「……まだ望みはあると言う事か」

「そうだ」

「では計画は修正して進めると言う事だな。分かった。まずは目先の事から片付けていくしかないな。

 現時点の問題は赤木君は全治二ヶ月の重傷だと言う事だ。それに治ったとしても両足は無いのだぞ。

 伊吹君では赤木君の代理は務まらないだろう。まったく参号機の受入をどうするか、頭が痛いところだ」

「今の我々に赤木博士が全治するまで待てる余裕は無い。片手が使えれば十分だ。車椅子でも仕事はさせる」

「……医局からの報告では、衝撃でかなり身体の障害もあるとの報告だ。車椅子で復帰させるとしても一週間の入院は必要だ」

「入院は三日間だけだ。その間の業務は伊吹三尉にやらせる。参号機の受入を遅らせる訳にはいかん」

「……分かった。彼女には私から話しておこう」

「頼む」


 リツコが両足を失って全治二ヶ月の重傷を負ったと報告を受けた時、ゲンドウは眉一つ動かさなかった。

 心の中にあるのは、計画の進捗に対する遅れの懸念のみだった。

 第二特務機関【HC】は立ち上がった。ネルフは対抗措置として、一刻も早くEVA二機体制を整えなくてはならなかったのだ。


「【HC】の基地に関しては、何か分かったのか?」

「まだ報告書は上がってきていない」

「【HC】の基地になる前から核融合炉の技術情報が得られればと諜報員を派遣していたが、全員が戻ってこなかったな。

 かなりの防諜体制を布いているとみえる。だが、情報の入手は必要だ」

「諜報部には命令済みだ」

「我々と同じ特務権限を持つ組織か。やり辛くなったのは事実だな」

「分かりきっていた事だ」

「参号機の受入も重要だが、パイロットの選定はどうなっている」

「まだだ」

「分かった。赤木君もしばらくは動けまい。この件に関しては私が動こう。戦力として求められるフォースか。

 本音を言えばシンジ君の開発したシンクロシステムを使って、正規の軍人を選びたかったが仕方あるまい」

「任せる」


 冬月は溜息をつきながら、以前に話した事のある中学生二人の事を思い出していた。戦力として考えるなら、女より男の方が良い。

 どの道、誰を選んでも普通の中学生が素人なのは分かりきっており、立ち上げに時間がかかる事も理解していた。

 幸いにも二人のうちの一人は、ある女子中学生を通じてセカンドと縁がある。

 フォースは決定だなと冬月は心の中で考えていた。

**********************************************************************

 【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 富士核融合炉発電施設内には、千人を超える人間を収容出来る複数の大型マンションが用意されていた。

 ある程度の組織別でマンションの棟は分かれていた。

 そのうちの一つ、国連軍からの出向組が入居しているマンションの談話室で、恒例と化した宴会が行われていた。

 ちなみに、出席者は非番の独り身の男女のみだった。


「こっちへ来てからも宴会が出来るとは思って無かったよ」

「へへっ。ただ酒は同じだな。相変わらず気前が良いこった」

「人数も増えたしな。新しいメンバーもこれからは誘おうか」

「皇宮警察のメンバーは戻ったから、少し寂しいがな」

「あら、何人かは皇宮警察を辞めて、このマンションで同棲している子もいるのよ。知らなかった?」

「げっ。同棲してんの? 手が早いな」

「まあ、独身同士で暇は結構あったしね。やる事はやってるんじゃないの」

「羨ましい」

「努力が足らなかったのよ」

「基地航空隊のパイロットを見たかよ。三個中隊のうちの一つは、全員が若い女性パイロットだけで構成されてるんだぜ。

 全員が金髪碧眼のスタイルが良い美人とくれば、口説きたくなるわな」

「ああ、見たぞ。あれは迫力があったよな。次は宴会に誘ってみるか」

「そうだな。親睦を深める必要もあるし。斉藤中佐に相談してみるか」


 現在の基地内は国際色が豊かになっていた。歩いて見渡すと、黒髪、茶髪、金髪と色彩が豊かな状態である。

 日本人は元から多かったが、北欧連合からの出向者の数も多い。その中には中東から移民した人間も多く含まれていた。

 老人は極一部であり、指揮系統では三十代〜五十代、実務部隊では二十代から三十代で占められていた。


「この大型マンションもそうだけど、ショッピング街や娯楽施設まであるのよ。何時から準備していたのかしら」

「さあ、詳しい事は上に聞かなきゃ分かんないからな。でも、この基地に居れば不自由しないな」

「でも娯楽施設って言っても小さいわよ。遊園地が無いじゃない」

「さすがに軍事基地に遊園地は無理だろう。そこまで本格的に遊ぶなら、外に出ないとな」

「プールが二つあったろう。あれは自由に使って良いって聞いてるぜ。次の非番の時に行ってみないか」

「プールか。水着を買わなくちゃな」

「ショッピング街に行けば、買えるわよ。結構品揃えはあったわ」

「そうね。今度行ってみようか」


 ショッピング街はさほどは大きくは無いが、千人程度の人口を賄える程度の規模はあった。

 頼めば通販の取り寄せも可能だ。生活物資で入手出来ないものは、趣味に関する物などとかなり限定されていた。


「そう言えばネルフのローレンツ監察官も、この基地へ来てたのは知っていた?」

「ああ、知ってる。でも監察官じゃなくて、調整官って言われてたぜ」

「噂じゃ、ロックフォード少佐、いや中佐か。追っかけてきたって聞いてるぜ」

「個人的な追っかけで、この基地に入れる訳が無いだろう。ネルフの上位組織の意向って聞いてるけど」

「そうなのか。でも、彼女がプールで水着姿になっているのを見れたら良いな」

「そうだよな。ミーナさんの水着姿も見たいし、今度ロックフォード中佐に頼んでみるか」


 後日談になるが、セレナの発案で水泳大会が催される事となった。当然、男子職員の注目を集めた。

 その様子は後で詳細に報告させて頂こう。

**********************************************************************

 ユインとウルの会話。

 基地に隣接している樹海の中に、見事な毛並みをした鷹と灰色の猫科と思われる動物が静かに佇んでいた。

 【ウル】とユインである。

 特に用事が無い場合、二人はこうして顔を見ながら念話で話す間柄になっていた。


<君の身体も安定してきたかな。調子はどう?>

<うむ。自由に動き回れるというのが、これほど気持ちの良いものとは思わなかった。満足している>

<ボクは少し浮く程度の事は出来るけど、空を自由には飛べない。自由に飛べるって気持ちが良いんだ?>

<風を感じ、自分の好きなところに行ける。この身体をくれた主には感謝だな>

<ふっ。マスターは身内には優しいからね>

<契約の報酬の前倒しだからな。本来なら戦いが終わるまでは、報酬は無かったはずだ>

<マスターにしてみれば、その程度の事は気にしていないよ>

<だが、我の気がすまぬ。我も使い魔の身なのだから、お主と同じような事をしなければな>


 シンジは【ウル】に対し、行動の制限をかけていなかった。どこへ行くのも【ウル】の自由だった。

 だた、シンジが呼んだ時は初号機に戻って一緒に戦う事。これだけが制限だった。

 だが目的も無く動き回るというのは最初の頃は良いが、毎日だと厭きてくる。

 ならばユインと同じようにある目的に従って行動するのも良いかもと考えるようになった。

 新しい身体の能力を試してみたい気持ちもある。

 ユインが護衛や偵察の仕事をやっていると聞き、自分もやってみたいと考える【ウル】だった。


<君が手伝ってくれれば助かるけど、無理はしなくて良いよ>

<無理では無い。我はこの身体の能力を試したいと思っている>

<じゃあ、用事がある時は手伝って貰うよ。マスターにはボクから伝えておくから>

<済まぬ>


<よくある用事だけど、まずは護衛任務が多いよ。ミーナさん、ミーシャさん、レイさんの外出時に一緒に同行して

 護衛をする事が多かったよ。まあ、ここには敵の手は伸びていないから大丈夫だけど、外への外出の時は必要だね>

<護衛か。我に相応しい仕事だな>


 ユインと違って鳥の形態をとっている【ウル】だ。ユインと同じ方式は取れないが、まあ任務遂行は可能だろう。


<次は偵察任務が多い。敵地に忍び込んでの情報収集とかだね。でも君の身体は目立つからね。情報収集は無理がある。

 やるなら強行偵察とかかな>

<うむ。強行偵察か。それも我に相応しいな。力を使う事が楽しみだ>


 【ウル】はユインと同じくシールドは張れる。狙撃に対する備えも大丈夫だ。

 大型ミサイルの直撃を食らわない限り、身体が危険になる事は無かった。

 【ウル】の能天気な回答に内心で溜息をついたユインは、茶目っ気を出して次の任務の事を口にした。


<次に多いのは添え寝かな>

<添え寝だと?>

<そう。ミーナさんは最近は無いけど、ミーシャさんやレイさんと一緒に寝るんだ。最近はレイさんが一番多いよ。

 たまには一緒に風呂に入る事もあるさ>

<そ、それは我では無理だな>

<そうだね。でも彼女達の胸に抱かれて寝るのは気持ちが良いんだよ。残念だったね>

<女性の胸に抱かれて寝るのは、そんなに気持ちが良いのか?>

<ミーナさんの胸は大き過ぎて潰されそうになった事もあるけど、ミーシャさんやレイさんの胸のサイズはボクには合ってる。

 弾力があって、良い寝心地だよ>

<だが、主はミーナ殿としか一緒に寝ないと聞いておるが?>

<それはマスターの趣味でしょう。それにミーシャさんもレイさんも何時かは同じ立場になると思うよ>

<人間関係は良く分からぬな>

<まあ、これも慣れかな>


 使い魔の仕事も色々と種類があって簡単にはいかないと、【ウル】は内心で溜息をついた。

**********************************************************************

 二年A組:教室


 静かな雰囲気の中で授業が行われていた。聞こえてくるのは、説明をしている教師の声だけだった。

 もっとも、教師の授業などは聞かずに、席に座ってウトウトしている一部の生徒もいたが。

 だが、その静寂を破って全校一斉放送が行われた。


『二年A組の鈴原トウジ君。鈴原トウジ君。至急、校長室まで来るように。二年A組の…………』


 トウジは教師の説明など聞いておらず、居眠りをしていた。だが、自分の名前を放送で呼ばれた事で目が覚めていた。

 クラス中の視線がトウジに集中していた。


「鈴原君、君は何かやったのかね?」

「い、いえ、そないな事は…………」

「……まあ良い。早く校長室に行きなさい」

「は、はい」


 悪い事をした記憶は無いが、全校一斉放送で呼び出されたのだ。何かがあったのだろうと思って、トウジは教室を出て行った。

 ケンスケは訝しげな視線を、ヒカリは心配そうな視線をトウジに向けていた。


 コンコン


「鈴原です」

「入りなさい」

「失礼します。あっ!!」


 校長室に入ったトウジの目に入ったのは、冬月だった。ソファに座ってトウジを待っていた。


「やあ、久しぶりだね。今日は君に御願いがあって、ここに来たのだ」


 冬月が校長に目配せすると、校長は部屋を出て行った。残されたのは冬月とトウジの二人だ。

 トウジは以前のシェルターの被害の事を覚えていた。ケンスケと二人でシェルターを無断で抜け出し、その時にドアを

 開けっ放しにしていた為に、シェルター内部に被害が出た。それを庇ってくれたのが冬月だった。

 シンジに事実を公表されたが、実際に賠償問題が発生した訳では無い。トウジは冬月に恩義を感じていた。


「冬月はんがワシに御願いでっか?」

「ああ。君はEVA参号機のパイロットに選ばれた。君のパイロットへの就任を御願いしたい」

「EVAのパイロット!? 碇や惣流と同じEVAのパイロット?」

「そうだ。それと君の知っている範囲で言えば、綾波レイ君もパイロットだ」

「あ、綾波も!?」

「そうだ。だが、彼女と彼は【HC】に行ってしまった。現在のネルフの戦力は弐号機一機のみだ。

 パイロットはセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーだ。君のクラスメートだろう。

 そして君には参号機パイロット、フォースチルドレンに就いて貰いたい」


 トウジは迷った。

 それはそうだろう。いきなりEVAのパイロットになってくれと言われて即答するなど、普通の中学生には出来ない。


「お、親父に相談してからで良いでっか?」

「君の父親は私が説得する。今のネルフの立場は苦しいのだ。早急に参号機のパイロットを決めて、稼動させなければならないんだ。

 この前のシェルター事件の事もある。君の協力を要請する」


 シェルター事件を揉み消してくれた冬月への恩義もある。恩人の頼みを断るのは漢らしく無いという考えもあった。

 そしてシンジに対抗心を抱いているトウジとしては、EVAのパイロットになればシンジと同じ土俵に乗れると考えていた。

 確かに迷う内容だが、魅力もあった。父親も冬月が説得してくれると言うのだ。


「……分かりました。受けさせて貰います」


 トウジの身体能力は中学生平均では少し上ぐらいだ。シンジやアスカの足元にも及ばない。

 だが、それなりの訓練を行えば使い物になると冬月は考えていた。この辺りはシンジから見れば甘いと言われるだろうが、

 EVAの戦闘力を過信している冬月にしてみれば、EVAを稼動させれば何とかなると思っていた。

 トウジの父親は冬月の部下だ。以前のシェルター抜け出し事件の時の賠償金の事を持ち出せば、拒否する事は無いだろう。

 これでネルフのEVAの二機体制が出来ると、冬月は内心で笑みを浮かべていた。

**********************************************************************

 リツコの病室


「やっほう。リツコ、元気?」

「こんな状態で元気があると思う? それにドアぐらいノックしなさいって、何時も言ってるでしょ!」

「ゴ、ゴメン」


 リツコの病室に見舞いにきたミサトだったが、初っ端からリツコの小言攻撃を食らう羽目になった。

 ちょっと考えれば当然だろう。リツコは両足が無い状態で、左手は全治二ヶ月の重傷だ。石膏で固められて動かせない。

 かつてのレイを上回る包帯を身体中に巻かれており、一瞥しただけではリツコと分からないかもしれない。

 辛うじて動かせるのは首と右手のみだ。恥ずかしながら、排泄関係は全て看護婦に頼っている。

 リツコとしては、恥辱の極みもいいところだ。プラグスーツを着る事より恥ずかしいと思っている。

 こんな状態で元気などあろうはずも無い。

 強いて言えば、リツコが考案した車椅子の原案をマヤが図面化して、製作に取り掛かっている事が良い事の部類に入るくらいか。

 リツコ考案の車椅子が完成すれば、排泄関係は自分だけで行う事が出来る。そうなれば、リツコは無理やり退院するつもりだ。

 マヤが参号機の受入に忙しいのは分かっているが、車椅子の催促を忘れないリツコだった。


「具合はどうなの?」

「義足をつける予定だけど、時間がかかるわ。当面は車椅子生活ね。左手は全治二ヶ月よ」

「マヤちゃんから聞いたけど、命があっただけでも良かったと思える状況だったんでしょう。今はゆっくり休みなさいよ」

「……今のネルフにそんな余裕があると思う? マヤに参号機の受入れを頼んでいるけど、マヤはパンク寸前なのよ。

 特注の車椅子も出来るから、明後日には退院するわよ」

「明後日!? 身体は大丈夫なの!?」

「大丈夫な訳無いでしょう。副司令の命令なのよっ! 無理でもやらなくちゃならないの!!」

(それにトイレぐらいは自分で行きたいわよ!!)


「そ、そうなの? ああ、副司令と言えば、フォースが見つかったって言ってたけど、リツコは知ってた?」

「フォース? 見つかったの?」

「以前にシェルターを抜け出した中学生三人を覚えてる? そのうちの一人、鈴原トウジって子よ。

 冬月副司令が交渉して、本人も承諾したって。まったく近場でパイロットが見つかって良かったわ。

 これであたしの指揮するEVAが二機になるんだからね。ネルフに来たら、あたしが上司だって教えこまなくちゃ」

「それはシンクロ試験が終わってからにしなさい。何があるか分からないでしょ」

「そ、そうね」


(フォースが鈴原トウジに決定か。以前に副司令が布石を打ってたし、妥当な人選ね。

 もっとも使えるようになるまで、どれくらいの期間が必要かは分からないけど。まあ、その辺はミサトに任せましょう。

 こうなったら、参号機の受入れを遅らせる事は出来ないわね)

 ミサトと話していると、リツコの身体に痛みが走った。顔には出さないが、まだ休養が必要なのだ。


「ミサト。見舞いに来てくれて悪いけど、あたしはまだ安静が必要な状態なのよ。少し寝させてもらうわ」

「そ、そうね。騒いで悪かったわね。お大事に」


 ミサトが出て行ったのを見届けると、リツコは側にあった鎮痛剤と催眠導入剤の入った錠剤を飲んだ。

 効き目が出てくるまでは数分だ。これからの事を考えていると、睡魔がリツコを襲い、眠りに落ちていった。

**********************************************************************

 身体は完治していなかったが、リツコは車椅子が出来るのを待って即座に退院した。(製作日数は二日。驚異的な納期である)

 簡単な居住エリアをネルフ本部内部に設けて、そこで生活している。(車で自宅に帰る事が出来ない為)

 左手が使えるようになれば、着替えや入浴などは何とか一人で出来るだろう。だが、リツコの左手は全治二ヶ月だ。

 従って、期間限定でヘルパーの人に世話を御願いしていた。


 そして車椅子に乗ったままで、マヤや他の技術メンバーの指揮をして、やっと参号機の稼動が出来るように持ち込んだ。

 リツコとマヤの顔には疲労の色が濃く見えるが、まだ二人の緊張は解けていない。

 シンクロ試験が終わるまでは気を抜けないのだ。


 トウジはパイロットの就任を承諾して、今までは軽いレクチャー(パイロットの業務内容等やネルフの規則)を受けていた。

 そして参号機のシンクロ試験を行うと言われ、格納庫に来ていた。今は黒いプラグスーツを着て、黒色の参号機を見上げていた。

 トウジの隣には車椅子に乗ったリツコと、車椅子を押しているマヤが居た。


「こ、これがEVA参号機?。何か悪役っぽいわな」

「これからシンクロ試験を行うわ。無事にシンクロすれば、参号機のパイロットに正式に任命されるわ。頑張ってね」

「は、はあ。でもこのプラグスーツですか、これを着ないとあかんのですか。恥ずかしゅうて………」

「……我慢しなさい。アスカも同じようなプラグスーツを着ているのよ。それにそのスーツはシンクロのサポートをしてくれるの。

 今のあなたには必要なものと割り切りなさい」


 リツコは自分がプラグスーツを着る事を嫌がった事など素振りも見せずに、トウジを窘めた。


「一回は全身消毒を受けて貰ったけど、搭乗前にもう一度軽い消毒をして貰うわ。マヤ御願いね」

「はい、先輩。さ、トウジ君はこっちよ」


 マヤはエントリープラグのところにトウジを連れて行った。

 リツコはそれを見届けると、技術スタッフの一人に頼んで車椅子を押して貰って、管制室に向かった。

 管制室には結構な人数が集まっていた。

 参号機のシンクロ試験の結果がこれからのネルフの体制に大きく関わってくるのだ。当然の事だろう。

 ゲンドウ、冬月、リツコ、ミサト、アスカ、日向、青葉、その他の技術スタッフが集まっていた。


 余談になるが、トウジをフォースチルドレンとしてアスカに紹介した時、アスカは激怒した。

 アスカは十年に渡ってEVAの訓練を行ってきた。レイも同じだと聞いている。

 シンジのEVAの訓練期間は短かったが、以前に中東で軍事訓練を受けていると聞いている。

 何より自分より実力が上だとはっきり分かった為に、シンジには文句の言い様が無かった。だがトウジは違う。

 まるっきりのただの中学生だと知っている。学力においても運動能力においてもだ。特筆すべき物は何も無い。

 シンジや自分と比較すら出来るものでは無かった。

 そんな人間がEVAのパイロットに選ばれた事に、紹介したミサトに盛大な文句を言っていた。


 トウジにしてみれば自ら望んだ訳では無く、冬月の要請でパイロットになったのだ。

 別に特別待遇を期待していた訳では無いが、いきなり文句を言われたのでは立つ瀬が無い。

 アスカとトウジは喧嘩寸前の状況になった。(喧嘩をしたら、トウジが負けるだろうが)

 それをミサトが仲裁した。

 ミサトにしてみれば、アスカもトウジも自分の部下なのである。仲違いしていては共同作戦など出来るはずも無い。

 だが、順序は明確にすべきだろう。後日、アスカとトウジの格闘訓練を行う事を約束して、その場を収めた。

 そんな経緯もあったが、管制室の中ではミサトが一番熱心にシンクロ試験の成功を願っていた。


 トウジをエントリープラグにセットしたマヤが管制室に戻ってきた。これでシンクロ試験の準備は整った。

 ゲンドウの命令のもと、参号機のシンクロ試験が開始された。


「エントリープラグ挿入」

「プラグ固定終了」

「第一次接触開始」

「LCL注入」


 トウジの足元から赤い水が上がってきた。マヤの説明で、LCLを吸い込んで肺に入れれば呼吸が出来ると言われていた。

 確かに言われたが、人間は液体の中で呼吸するようには出来ていない。溺死をしないように、本能が拒否する。

 もっとも席に固定されているので、逃げようとしても逃げられないが。

 アスカも同じ事をしているのよと、マヤから説明を受けていた。

 女のアスカに出来て、男の自分に出来ない訳は無い。そう考えてトウジは必死に我慢していた。

 もっとも、管制室のモニタには震えながらも必死の形相で我慢しようとしているトウジが映し出されている。

 トウジの胸のうちなど、モニタを見ている人間には分かりきっていた。


 LCLの水位は上がり、トウジの口のラインを超えた。だが、口は開けずに必死に我慢している。

 だが、息苦しいのを我慢出来なくなり、とうとう口を開けた。


『血の味や。気持ち悪う』


 顔を顰めながら、トウジは呟いた。


「男の子でしょ! 我慢しなさい! これから本番よ。シャキッとしなさい。シャキッと!!」


 ミサトの叱責が響いた。以前にLCLを吸い込んだ時に愚痴を言った事は、ミサトにとって既に忘却の彼方にあった。

 周囲の人間は覚えていたが、賢明にも口にする事は無かった。(アスカは知らない事だが)

 その時の事を蒸し返して、不幸になる人間は居るが、幸福になれる人間は誰もいない。

 真実は大事な事だろうが、誰も幸せになる事が無く、不幸せしか生まない真実など、誰も望むはずも無かった。

 そんな事情から、参号機のシンクロ試験は次の段階に移った。


「主電源接続開始」

「全回路動力伝達」

「第2次コンタクト開始」

「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス!」

「A10神経接続、異常無し!」

「初期コンタクト全て異常なし」

「双方向回線開きます」

「パイロット接合に入ります」

「システムフェイズ2、スタート」

「絶対境界線まで、あと0.9……0.8……0.7……0.6……」

「……0.2……0.1……シンクロ率は28.3%です。参号機は起動しました」


 管制室に歓声があがった。多分大丈夫だろうと言う思いはあったが、実際に成功したとなると喜びが湧いてくる。

 参号機の周囲に居る整備部員も管制室からの放送を聞いて、素直に喜んでいた。

 ネルフの誰もが待ち望んだ瞬間だった。(使徒への勝利はさらに望まれているが)


「28.3%か、まずまずの数値ね。初めてのシンクロ試験でこれだけ出せれば、上等だわ」

「でも初号機は最初の「ミサト、黙りなさい! 今はフォースの事を考えなさい!!」 そ、そうね。ゴメン」

『マヤはん、参号機は動いたんでっか?』

「ええ。無事シンクロしたわよ。おめでとう」

『これで碇の奴と同じパイロットなんやな。やったで。ワシが嘘つき碇なんて大した奴じゃ無いって証明してみせてやるわ!』


 管制室を静寂が支配した。

 聞き取り調査で、トウジがシンジに対抗心を持っている事は管制室に居るメンバー全員が知っていた。

 知ってはいたが、実際に当人の口から聞くと何か脱力感に近い感情が、各人の胸に湧いてきた。(ゲンドウとミサトは除く)


(ふっ。フォースはシンジを敵視しているか。実力は及ばないとはいえ、使えるかも知れんな)

(シンジ君に対抗意識を持っているのは分かるが……分かるが……自分の実力が分かっていないのか。

 参号機がまともに使えるのは何時になる事やら。先が思いやられるな)


(ふっ。少佐を大した奴じゃ無いか。ここまで言い切れる人間がミサト以外に居たとはね。ひょっとして大物なのかしら)

(そうよ。シンジ君なんて大した事無いって証明して見せなさい! あたしの指揮で使徒を倒せば良いのよ!!)


(これで彼は参号機のパイロットか。葛城さんの部下になる訳だな。ちゃんとフォローしておかないとな)

(……彼はまだ中学生だ。一応はフォローはしておこう)

(これで先輩の負担も少しは軽くなったかしら。まだまだやるべき事は多いけど、先輩の為に頑張るわ!)


(あいつが大した奴じゃ無いか。知らないって、幸せなのかしら。豚も煽てりゃ木に登るって言うしね。

 まあ良いわ。後の格闘訓練であたしの方が上だって、身体に覚え込ませてやるわ!)


 この瞬間はトウジは幸せだった。

 何せ、最初の難関をクリアして参号機にシンクロ出来たのだ。これで正式にEVAのパイロットなのだ。

 この後の格闘訓練でアスカに触れる事も出来ずに叩きのめされ、男のプライドをズタズタに引き裂かれた。

 そして休む暇も無い訓練がトウジを待ち構えている。


 そんな事などまったく思い及ばずに、トウジは今の喜びを噛締めていた。

**********************************************************************

 特務機関【HC】:ユグドラシルU制御室


 シンジは一人でユグドラシルUの内部に入って、メイン制御室の椅子に座って思考制御装置を起動していた。

 ちなみに、メンテナンスや修理でミハイル、クリス、シンジ以外の財団の技術者がこの部屋に入る事は可能だ。

 だが、思考制御装置はミハイル、クリス、シンジの三人しか使えないようにロックされている。

 そして世界中に散らばっているユグドラシルUの全システムが同様の構造になっている。

 つまり、ミハイル、クリス、シンジの三人は世界中のどこに居てもユグドラシルUがあれば、思考制御装置を付けて

 ユグドラシルシリーズのネットワークに入れると言う事だ。(小型タイプのユグドラシルJrもネットワークに含まれる)

 もっとも、バルト海の海底にあるマスター・ユグドラシルだけは、シンジしかアクセス出来ないようになっている。


 そしてシンジはネットワークに入り、世界各地の情報の確認や、進行中のプロジェクトの状況確認を行っていた。


(本国の経済は順調に伸びているな。やっぱり賠償金の効果が効いているのかな。同盟国の中東連合も同じく順調。

 友好国は減ったけど、残った国は上昇カーブだし問題は無いな。対して、旧常任理事国六カ国の経済は下降気味か。

 もっとも総合経済格差は四倍以上はあるから、まだまだだな。追いつくまでに、後どれくらいかかる事やら。

 まあ、別に世界を支配するつもりは無いから、追いつかなくては為らないという事は無いから目安に過ぎないけどね。

 ブロック経済体制だから、あちらが経済恐慌になっても影響が及ばなくなっただけで十分だろう。

 それにしてもセントラルドグマの罠の犠牲者は赤木博士か。倫理観無き科学者の末路としては当然の事だな。

 これでネルフの動きは少しは鈍くなるかな。まあ、切り離したから後はネルフが干渉してこない限りは無視を決め込んでも良い。

 ネルフに構うよりは、対ゼーレの最終計画の準備を進める方が優先だ。

 ミハイル兄さんの進めているワルキューレVも正式に量産ラインに乗ったか。一ヶ月もすれば正規軍に配属出来るな。

 クリス姉さんの方もユグドラシルVの開発も順調か。まずまずだね。海中の切り札の準備も着々と進んでいる。

 そしてボクの進めている極秘の『箱舟プロジェクト』も現在の進捗率は約85%だ。

 これがうまくいけば、仮にサードインパクトが起きても人類絶滅だけは回避出来る。あともう少しで実行に移せるな)


 サードインパクトが回避出来れば、何も問題は無い。その為に十年の年月をかけて準備をして、現在も苦労を背負い込んでいる。

 だが、敵である使徒の詳細情報が分からない事もあり、完全にサードインパクトを防げるという自信は無かった。

 士気に関わるので公言した事は無いが、サードインパクトが発生するかもしれないとシンジは考えていた。

 最終目的は人類絶滅を防ぐ事である。

 よってリスク管理の面から、サードインパクトが発生しても人類が絶滅しないように手段を講じる事にしていた。

 もちろん極秘プロジェクトであり、ナルセス、ハンス、ミハイル、クリスの四人にしか伝えていない。

 現在のところプロジェクトの進捗は順調だが、発表するタイミングを考える必要がある。

 不用意に発表しては、世界中が混乱するのは目に見えているのだ。

 このプロジェクトの事を世界に公開した時の衝撃を考え、シンジは微かな笑みを浮かべていた。






To be continued...
(2009.12.19 初版))
(2011.11.20 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)


(あとがき)

 疲れました。第二特務機関設立の話しはこれでやっと終わりになります。

 やたらと説明が多い文章になってしまいましたが、状況説明という事で了承して下さい。


 参号機のパイロットは決定しました。原作のように足を失う事はありませんが、彼には多難が待ち受けています。

 自分は関東圏に住んでいます。正直言って、関西弁に自信はありません。思いつきで書いている事もありますので、

 ”こんなの関西弁じゃ無い!!”と思われる事は多々あるでしょうが、ご勘弁願います。(気がついたところは後で直します)


 最後にプロジェクト”箱舟”の事に言及しましたが、計画が動き出すのは物語の後半です。

 しばらくは話題にも出てこない予定です。

(ネーミングセンスが無い事は、思い知りました。突っ込みは無しで御願いします)


 次回は原作の十話:マグマダイバーになります。(やっと原作の1/3です。先は長いですね)



作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、感想掲示板 まで