因果応報、その果てには

第二十九話

presented by えっくん様


 第二特務機関である【HC】を認可する時、ゼーレは様々な制約を人類補完委員会経由で【HC】に掛けていた。

 ネルフを有利にする為、【HC】が勝手に使徒を倒さないようにする為、様々な理由からである。

 結局、明確な自己防衛以外は、ネルフからの指揮権移譲が無い限り【HC】は特務権限を使用出来ないという

 シンプルな制約で落ち着いた。そして違反罰則も同時に協議された。

 もし、【HC】がネルフからの指揮権移譲を待たずに特務権限を使用、又は使徒を倒した時は協定違反と見なされ、

 全世界の軍(国連軍も当然含まれる)からの殲滅対象になる。

 もっとも、攻撃は協定違反が発覚してから十二時間後に行われる。その十二時間以内に【HC】の上位組織である北欧連合が

 人類補完委員会に釈明を行って、委員会の同意が得られれば殲滅対象から外されるという過酷なものだ。

 協議の時には結構揉めたが、結局は北欧連合はこの条件を了承した。【HC】の設立を優先させたのだ。

 だが、ただ了承した訳では無い。

 同じような制約をネルフにも掛けていた。ネルフと同じ特務権限を持つ【HC】である。

 ネルフは【HC】に一切の命令が出来ないという協定内容を追加で盛り込んでいた。もちろん罰則規定も同じようなものがある。

 ネルフが協定違反をした場合は、ネルフでは無く補完委員会が北欧連合に釈明を行うという事で落ち着いた。

 弐号機がATフィールドを張れるようになれば使徒は倒せると信じているゼーレにとって、使われるはずの無い罰則規定だった。

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『ネルフは国連常任理事国会議、並びに人類補完委員会と【HC】との間で結ばれた協定に違反したと判断する。

 協定違反時の罰則規定に基づき、以後はネルフからの通信は一切受け付けない。

 人類補完委員会から直接釈明があるまで、我々【HC】はネルフを敵対組織として認識する事を通達する。

 又、十二時間以内に人類補完委員会からの釈明が無い場合、我々はネルフに全面攻撃を実施する事を宣言する!』



 シンジからの通信はネルフの公用周波数帯域で行われていた。

 つまり、この通信を傍受出来る全ての組織に対する通達であり、正式な発効権限を持つものとなる。

 シンジの通信を聞いたリツコの顔は真っ青になり、ミサトの顔は真っ赤になった。


「ちょっと、待って!!」

「何を言ってるのよ! ふざけんじゃ無いわよ!」

『ふざけているのはネルフでしょう。尉官のあなたに責任が取れるのか、しっかりと見させて貰いますよ』


 シンジはそう言って通信を切った。呆然としていたリツコだったが、我に帰ると猛然とミサトを責め始めた。


「ミサト! あなたは自分が何をしたかを分かっているの!? ネルフが【HC】に一切の命令が出来ないのは知ってるでしょう!

 委員会が北欧連合に釈明をして、北欧連合が納得するまでは【HC】は一切動かないわよ! 弐号機と参号機をどうするのよ!

 あなたが弐号機と参号機を見殺しにするのよ! あなたのちっぽけなプライドの為にね! どう責任を取るつもりなの?」

「そ、そうは言っても……協力しない【HC】が悪いんじゃない! 弐号機と参号機を見捨てる訳にはいかないわ!」

「素直に指揮権を移譲すれば良かったのよ! まだ使徒は来るのよ。今回は諦めても、次に雪辱戦をすれば良いのよ!!

 それをあなたときたら、小さなプライドに拘って弐号機と参号機を見捨てたのよ!!」

「ちょっと、リツコ。言い過ぎよ!」

「甘えないで!! 今のあなたは准尉とはいえ、この作戦の責任者なのよ! 結果に対して責任を持ちなさい!!」


 リツコとミサトが言い争っている間にも、弐号機と参号機への使徒の攻撃は続いていた。

 使徒の火山弾は若干のATフィールドが含まれているらしく、時たま弐号機のATフィールドを突破して来た。

 弐号機は左足を切り離したので動けない。その弐号機に対しての火山弾攻撃は、参号機が盾になって防いでいた。

 参号機の損傷は、時間の経過と共に増すばかりだ。弐号機と参号機の敗北は、時間の問題だった。


「ロックフォード中佐と戦自の通信を傍受しました。スピーカに流します」


 マヤの報告が入って、リツコとミサトは言い争いを止めて耳を傾けた。

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『こちらは【HC】所属のシン・ロックフォード技術中佐です。浅間山上空の戦自爆撃機の指揮官は、応答願います』

『……私は戦略自衛隊、厚木基地所属の佐野三佐です。何用でしょうか?』

『こちらとネルフの交信は、聞いていましたか?』

『はい』

『なら、話しは早いですね。聞いての通り、ネルフが指揮権を移譲しない限り、我々は使徒を攻撃する事が出来ません。

 これは分かって頂けますね』

『はい』

『使徒はネルフのEVAを攻撃していますが、ネルフのEVAが敗れた場合、又は使徒が攻撃を止めて第三新東京に向かった場合は

 日本の国土に多大の被害が出る事が予想されます。これも分かって頂けますね』

『はい』

『使徒がここを離れて日本の施設に攻撃を行うようであれば、当然国軍たる戦略自衛隊は使徒を攻撃すると思いますが、

 我々はあなた方を手助けする事は出来ません』

『そ、それは……困ります』

『我々が使徒戦に介入出来る条件は、我々が危機に陥った場合の自己防衛の時だけなのです。

 いくら日本の施設が被害を受けようとも、ネルフが指揮権を移譲しない限りは我々は使徒戦に介入出来ないのです』

『【HC】は日本を見捨てると言うのですか!?』

『落ち着いて下さい。抜け道はありますから。でも、その場合はあなた方の力が必要になります』

『我々の力がですか?』

『そうです。あなた方の爆撃機はN2爆弾を何基搭載していますか?』

『全部で十二基搭載しています』

『そのN2爆弾で浅間山に展開しているネルフのEVAと臨時司令部を全て処分すれば、ネルフは使徒を迎撃する手段を完全に

 失ったと判断出来ます。ネルフは使徒迎撃の手段を全て失い、使徒が健在であるならサードインパクトが発生する可能性がある。

 サードインパクトの発生。即ち我々【HC】の危機という事になり、その場合は【HC】の特務権限の行使が可能になります。

 前回の使徒でネルフのEVAが使徒に敗れても、時間を稼いでから再戦するつもりだと、我々に指揮権を移譲しない事がありました。

 完全にネルフの戦力を殲滅しない事には、そういう判断は下せないのです』


『我々にネルフをN2爆弾で攻撃しろと言うのですか!?』

『今の我々は特務権限は使えませんから、あなた方に命令は出来ません。あなた方がさっき言った行動を取れば、

 我々が特務権限を使って使徒との戦いが出来ると言っただけです。判断は戦略自衛隊にお任せします』

『し、しかし……』

『あなた方は何の為に、N2爆弾を搭載した爆撃機を浅間山上空で待機させているのですか?

 ネルフが使徒に敗れた時の保険では無いのですか? 日本を守る為では無いのですか?』

『…………』

『N2爆弾の使用には、司令部の許可が必要でしょう。司令部に使用許可を申請しておいた方が良いのでは無いですか?』

『……分かりました』


 戦略自衛隊の上層部には、ゼーレの影響が強く残っている。

 ネルフのEVAをN2爆弾で攻撃するという申請をしても、絶対に却下される事はシンジは見通していた。

 だが、戦自がネルフのEVAをN2爆弾で攻撃する事を考えさせるように仕向けた。何故か?


 ネルフに対する強烈な嫌がらせである。


 通信は戦自の公用周波数帯域を使って行った。

 浅間山のネルフの臨時司令部も、第三新東京のネルフ本部も、今の通信を傍受している事は分かっていた。

 だから第三者(戦自)を使った強烈な脅しを、シンジはネルフに対して行ったのだ。

 自分達がN2で焼かれるかも知れないという恐怖を、ミサト達に叩き込む為にだ。

 もっとも、ミサトの言い様にうんざりしていたシンジは、ネルフの臨時司令部だけでもN2爆弾を落してくれないかなと

 本気で考えていた。

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 戦闘指揮車両に居る全員が、シンジと戦自の通信を聞いて顔を青くしていた。

 まさかシンジが、戦自のN2爆弾を使って弐号機と参号機、そして自分達まで処分する事を仄めかすとは思ってもいなかった。

 確かに【HC】が特務権限を行使出来る状態にはなるだろう。

 だが、会話もした事のある人間を、平然として処分する事を言い出すなどマヤには理解できなかった。

 戦自の爆撃機が積んでいるN2爆弾は、アスカとトウジへの脅しだと聞いていたマヤは、青くなった顔をリツコに向けた。


「せ、先輩。あたし達は戦自のN2で、死んじゃうんですか?」

「マヤ、落ち着きなさい。まだ戦自がN2爆弾を使用すると決まった訳じゃ無いわ」

「でも、【HC】を能動介入させる理由としては、十分な可能性がありますよ」

「マヤちゃん、落ち着いて! 葛城さん、何か打てる手は無いんですか? 弐号機と参号機の支援はどうするんですか?」

「ひ、日向君、弐号機と参号機の支援と言われても……」


 早くて確実なのは【HC】に頼む事だが、それはミサトが自ら扉を閉じてしまっていた。

 戦自の爆撃機に使徒を攻撃させようにも、相手は空を飛んでいる。投下型の爆弾など何も効きはしない。

 今から航空兵力を出すように戦自に依頼しても、時間が掛かり過ぎる。それに通常兵器では使徒に効かない事は分かっている。

 つまりは、打つ手は無かった。


「ミサト。結局あなたには打つ手は無いのね。それで良くもロックフォード中佐に、あんな態度が取れたわね。

 あなたが責任者なんでしょ。何とかしなさいよ!」

「……リツコ、何か良いアイデアは無い?」

「ふざけないで!! 甘えるのも好い加減にして頂戴!! あなたの行動がこの状況を招いたのよ。

 あなたが責任を取るのが筋でしょう。弐号機と参号機はもう限界に近いのよ。どうするつもりなの!?」

「そ、そんな事言われても……」


 一刻も早く弐号機と参号機を支援しなくてはと考えて、咄嗟にシンジに命令してしまったミサトだった。

 アスカとトウジはシンジのかつてのクラスメートだ。シンジが弐号機と参号機を見捨てる事は無いだろうと思っていた。

 あわよくば、零号機と初号機が自分の指揮下に入って、自分の指揮で使徒が倒せると考えなかったと言えば嘘になるだろう。

 だが、そんなミサトの個人的な事情など、シンジが考慮する必要性はまったく無かった。

 これは【HC】とネルフ、組織対組織の交渉なのだ。そこに個人的な事情、つまり私怨を持ち込むと交渉が決裂するという事例だろう。

 又、緊迫した状況にミサトが冷静さを失った事も影響していた。

 シンジと戦自の通信を聞いて、自分達がN2の劫火に焼き尽くされる可能性もあると認識した時、ミサトの目から暗い光は消えていた。

 冷静さを取り戻したミサトだが、現状を打開する具体策など出てくるはずも無かった。

 リツコの厳しい追及にミサトは何も答えられなかった。通信機からアスカの怒声だけが聞こえていた。

 その時、状況に変化が生じた。


「補完委員会から、初号機に直接通信が入ってます。スピーカに繋ぎます」


 日向の報告は、戦闘指揮車両に居る全員に微かな希望を抱かせた。

 今まで補完委員会が、このような表舞台に出てきた事は無かった。

 もしかしたらという気持ちが湧いてくるのを、誰も抑えられなかった。

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 ゲンドウと冬月は、司令室で浅間山からの連絡を静かに待っていた。

 執務机の上のインターフォンが鳴った。連絡をしてきたのは、本発令所に居る青葉だった。


「司令室だ。浅間山の方はうまくいったのかね?」

『一度は弐号機で使徒を捕獲したのですが、移送中に使徒は活動を開始しました。

 現在、弐号機と参号機が使徒と交戦中です。弐号機は左足を失っており、参号機の被害も増えつつあります。かなりの劣勢です』

「何だと!?」

『それだけではありません。ネルフの公用周波数帯域で、葛城准尉がロックフォード中佐に命令してしまいました。

 以前、副司令に聞いていた協定違反時の罰則規定の発動をロックフォード中佐は宣言しました。

 現在、【HC】とは連絡がつきません。こちらからの通信は全て遮断されています』

「何故だ!? 浅間山の戦闘指揮車両には近距離通信機能しか無かったはずだ!

 浅間山から【HC】の基地には通信が出来ないはずだ。何故、葛城君がロックフォード君に命令が出来るんだ!?」

『ロックフォード中佐は零号機と初号機を率いて、こちらからの連絡前に浅間山に向かいました。

 おそらく、我々が失敗した時の保険のつもりだったのでは無いでしょうか?

 そして葛城准尉が、ロックフォード中佐に直ぐに弐号機と参号機を助けるように命令してしまいました』

「何たる事だ!」


 ミサトは使徒戦に絡むと視野狭窄に陥って、暴走する事は冬月も分かっていた。二度に渡る洗脳が強烈に作用している為である。

 だからこそ、戦闘指揮車両の通信機能を近距離だけに限定させていたのだ。

 最悪の時は【HC】に指揮権を移譲するにしても、冬月が指示するつもりだった。

 だが、シンジがEVAを率いて浅間山に向かう事は、冬月も想定していなかった。

 今更後悔しても始まらない。

 まずは弐号機と参号機の支援が最優先だ。ぐずぐずしては、貴重なEVA二機をむざむざ失う事になる。

 弐号機を失えば、ゼーレの補完計画が破綻する。そんな事になれば、ゲンドウも冬月も生きてはいられない。


「【HC】と連絡はつかないのか?」

『はい。こちらからの呼びかけには、一切応じません』

「分かった。日本政府と戦自に連絡を取って、【HC】に連絡を取るように依頼してくれ」

『それは既に試しましたが、駄目でした。

 ロックフォード中佐が罰則規定の発動を宣言した事で、【HC】は完全にネルフとの交渉を拒否しています』

「くっ」


 その時、いきなり青葉との通話が切られて、室内の照明が落ちた。補完委員会からの緊急コールだ。

 本来は五人のメンバーの立体映像が出るはずだったが、そこに現れたのは議長であるキール・ローレンツ一人だけだった。

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 シンジは補完委員会からの連絡を待っていた。

 協定違反時の罰則規定の発動の宣言。そして戦自にN2爆弾の使用を嗾けた事で、必ずゼーレに連絡が行くだろう。

 そしてゼーレの表の顔である人類補完委員会から、何らかのアクションが【HC】にあると予想していた。

 何せ、北欧連合は今は早朝で、普通は寝ている時間帯だ。誰とも連絡はつかないはずだ。

 本来の補完委員会の交渉窓口は本国だが、本国の窓口と連絡が取れるのを待っていては、弐号機と参号機は失われるだろう。

 セレナを経由してか、それとも不知火に直接連絡が入るか、そのどちらかだと思っていた。

 連絡が入りさえすれば、ネルフへの制裁内容の論議は後回しにして、補完委員会の承認の元で指揮権の移譲は行われるだろう。

 そうなれば、今のシンジの率いる戦力で使徒への攻撃が可能になる。

 まあ、使徒が弐号機と参号機に止めを刺す前には、使徒への牽制を行おうとは考えていたが。

 使徒が弐号機と参号機を攻撃しているのを観察して、使徒攻略の糸口を見つけているシンジだった。


 初号機の通信機が鳴った。EVA専用周波数帯域での呼び出しだ。

 不知火なら別の秘密回線を使うはずだと思いながらも、通信回線を開いた。

 モニタには見た事も無い、バイザーをかけた老人が映っていた。老人はシンジをゆっくり見ながら話し始めた。


『君が北欧の三賢者の魔術師、シン・ロックフォード技術中佐か。私は人類補完委員会の議長を務めているキール・ローレンツだ。

 早速だが、補完委員会の議長である私の権限で、ネルフの指揮権を【HC】に移譲する。使徒の殲滅を君に依頼する』

「……いきなりですね。この通信アドレスをどうやって知ったかは聞きませんが、あなたが補完委員会の議長であると

 証明するものはありますか?」

『私の証明だと?』

「当然でしょう。いきなり知らない人が通信に出てきて身分を名乗っても、普通は信じませんよ。

 ましてや補完委員会の議長なら、常任理事国の元首の保証ぐらいはつけて貰わないとね。出直して下さい」

『ま、待て!』

「まだ何か言いたい事があるんですか? 今は忙しいから後にしてくれませんか?」


 シンジは画面の老人を見た事は無かったが、補完委員会のメンバーである事は間違い無いと思っていた。

 セレナの護衛から名前を聞き出していた事もあるが、声に含まれる威厳、そして雰囲気が違った。

 確かにネルフの司令レベルとは格が違う事は、一目で分かった。

 だが、そんな事で及び腰になる程、柔な神経をシンジは持っていない。

 シンジとしては、やっと引きずり出した補完委員会の見極めを出来るだけしたかった。

 弐号機と参号機はまだ耐えられると判断している。それらの理由から、故意に話しの方向を変えていた。


『私の身分証明は、ネルフの司令か副司令が行う。このままネルフと通信回線を開きたまえ』

「ネルフのあの二人ですか? あの二人は嘘吐きの常習犯ですからね。余計に信じられませんよ。

 あの二人の保証が信用出来ると思っているなら、あなたは人を見る目が無いみたいですね」

『……ならば、【HC】にいる調整官に聞きたまえ』

「ミス・ローレンツですか……良いでしょう、待って下さい」


 そう言って【HC】の戦闘指揮所に通信回線を繋いだ。

 キールからの通信を【HC】でも見れるようにして、シンジはセレナと話し始めた。


「ミス・ローレンツ。この老人は補完委員会の議長と名乗っていますが、あなたは知っていますか?」

『はい。私の大祖父です』

「大祖父? 全然似ていませんね。この人が補完委員会の議長だと、誰から聞きましたか?」

『大祖父様の部下の人から聞きましたが』

「なら、第三者の保証にはなりませんね。組織ぐるみで嘘を言った可能性もあります」

『そ、そんな!?』 『私を愚弄するか!?』

「今まで隠れて表に出てこないから、こういう危急の時に誰も保証出来ないんですよ。まあ、良いでしょう。

 ミス・ローレンツを信用しますよ。では、正式にネルフの指揮権を我々に移譲する事で宜しいですね?」


 シンジは会話中でも、弐号機と参号機の様子は観察していた。

 本音では、もう少しキール・ローレンツの見極めをしたかったが、そろそろ二機の限界が見えてきた。

 二人を見殺しにする気は無いが、二機を無傷で帰す気は無かった。二人は生きていて、二機のEVAが大破の状態が理想である。

 そうなれば、ネルフに多大な金銭的な負担が掛かるだろう。その負担はゼーレ支配下のネルフ支持国が負担する。

 この方法ならゼーレを確実に弱体化出来るし、表立っての非難も来ない。パイロットが無事なら、繰り返し使える手だった。

 そして、その理想の状態になりつつある。そろそろ頃合かと思って、結論を急ぎだした。


『そうだ』

「不知火司令。了承を頂けますか」

『分かった。了承する』

「ネルフへの処置は後で打ち合わせをしましょうか。今回はあなたに一つ貸しておきますよ。それと、最後に一つ」

『何かね』

「我々北欧連合にとって、補完委員会は制裁すべき対象です。2009年の侵攻を誰が命令したかは、忘れていません。

 我々に対してネルフと同じ態度を取ろうものなら、こちらにも考えはあります。覚えておいて下さい」


 シンジの眼光に何かを感じたのだろう。キール・ローレンツは口元をやや引き締めて頷いた。


『……分かった。覚えておこう』


 そう言ってキールからの通信は切られた。補完委員会の議長を表に引っ張り出したのだ。結果としては上々だろう。

 後は使徒を殲滅するだけだ。


「レイは弐号機と参号機のガードに入って。良いかな?」

『任せて!』


 零号機はキャリアから分離して、高度一万からの降下を開始した。

 レイはATフィールドを自在に操作して、重力干渉制御が出来るレベルに到達していた。

 今の零号機なら使徒本体の殲滅はともかく、火山弾程度の防御は問題無い。弐号機と参号機のガードは大丈夫だろう。


 降下していく零号機を確認すると、シンジは残った編隊に命令を下した。


「ワルキューレは各小隊毎に使徒の四方に散開。命令があり次第、粒子砲の攻撃を仕掛けるように!

 天武のキャリアはこの位置で待機。レールガンの発射準備を。初撃はこの初号機が行う。作戦開始!!」


 ワルキューレUの各機は小隊毎に散開して、初号機はキャリアから切り離されて降下を開始した。

 初号機は右手には棍。左手には液体窒素を充填した爆弾を持っていた。

 使徒は弐号機と参号機を飽きる事無く、攻撃している。

 使徒の意識が弐号機と参号機に向けられている今が、使徒の隙をつけるチャンスだ。それを見逃すシンジでは無かった。

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 弐号機と参号機は、使徒の火山弾に黙って耐えるだけだった。

 弐号機の左足は切り離され、まともに歩く事は出来ない。これでは逃げようが無い。

 しかも武装はプログナイフだけだ。空中を飛び回る使徒に対しての攻撃手段は無かった。

 弐号機はATフィールドを張って使徒の火山弾を防いでいたが、ATフィールドを突き破ってくる火山弾もあった。

 ATフィールドを突破した火山弾は、参号機が仁王立ちになり、弐号機に当たらないようにその身をもって防いでいた。


「ジャージはまだ大丈夫?」

『ワシか、まだ大丈夫や!』


 弐号機がATフィールドを張り、そして参号機が弐号機の盾になった。どれくらいの時間、この体勢で耐えてきただろうか?

 アスカは左足を失ったフィードバックの痛みに耐え、そして長時間に渡るATフィールドの展開で身も心もボロボロだった。


 トウジはまだATフィールドを張れなかった。だが、弐号機を身をもって守る事は出来る。

 既に数十発の火山弾は参号機を直撃しており、装甲板や素体にかなりの被害が出ていた。

 当然、フィードバックの痛みは容赦無くトウジに襲い掛かった。今までのトウジなら倒れていたかも知れない。

 だが、参号機の背後には動けない弐号機がいる。自分が倒れれば、火山弾は傷ついた弐号機を直撃するだろう。

 【漢】は女を守る義務がある。【漢】である自分(参号機)が傷ついた女(弐号機)を見捨てて逃げる訳にはいかない。

 その思いがトウジを支えていた。だが、どんなものにも限界はある。そしてアスカとトウジは、その限界に達しようとしていた。


(くっ。ジャージのおかげで弐号機に火山弾の直撃は無いけど、何時までATフィールドを張れるかしら。

 左足の痛みは消えないし、長時間ATフィールドを張ってるから酷い頭痛だわ。

 ミサトは当てには出来ないし、こうなったらジャージだけでも……)


(くっ。この火の玉を殴り飛ばせればいいんやが、速過ぎるわ。今のワシでは身体を使って惣流を守る事しか出来ん。

 そやけど負けてたまるか! ワシは【漢】や。女を守るのは【漢】の義務や。死んでも守ってみせるわい!)


 期せずして、アスカは守られる美少女、トウジは傷ついた美少女を守る騎士の構図になっていた。

 弐号機のATフィールドが徐々に弱まってきた。ATフィールドを突き抜けて参号機を直撃する火山弾も数を増してきた。


「ジャージ、もう十分よ! あたしの事は良いから、あんただけでも逃げなさい!」


 今までのアスカなら、絶対に口にしなかっただろう言葉だ。

 だが、動けない弐号機を傷つきながらも身をもって守るトウジに、アスカは何かを感じていた。だからこそ出た言葉だった。

 弐号機の事は自分が一番良く知っている。そう、弐号機の限界を悟っていたのだ。

 このままでは弐号機と参号機は共倒れになる。弐号機は左足が無いので動けないが、参号機はまだ十分に動けるはずだ。

 だが、アスカの言う事に素直に従うトウジでは無かった。


『傷ついた女を見捨てて、逃げられるか! 鈴原トウジ、【漢】の意地を見せてやるわ!!』

「馬鹿っ! 何を気取ってんのよ! 弐号機はもう限界なのよ! 早く逃げなさい!!」


 使徒の火山弾攻撃は熾烈さを増していた。弐号機のATフィールドに掛かる負荷も増大していた。

 そして、終に限界が来てしまった。

 失った左足のフィードバックの痛みに耐え、長時間に渡るATフィールドの展開はアスカに尋常では無い負荷を強いていた。

 そして、その負荷に耐え切れなくなったアスカは、とうとう意識を失ってしまった。そして弐号機のATフィールドが消えてしまった。

 弐号機のATフィールドに防がれていた火山弾だったが、今では遮るものは無かった。

 無数と思われる火山弾が参号機に襲い掛かろうとしていた。

 トウジは冷や汗を流しながらも踏み止まった。両手で頭部をガードし、あくまで弐号機を守ろうと立ち塞がっていた。

 今まで耐えてきた火山弾の数十倍の数はあるだろう。とても今のトウジに耐えられるとは思えなかった。

 だが【漢】の意地もある。痩せ我慢と思われようが、トウジに引く気は無かった。


 (死ぬかも知れんな。クソッ。最後の意地を見せてやるわ!)


 バシバシバシ


 トウジが死を意識した次の瞬間、参号機の前方にATフィールドが形成され、火山弾を弾き飛ばした。


「何っ!?」


 参号機でATフィールドの展開が出来た瞬間だった。そしてATフィールドを張ったトウジを、不思議な感覚が包み込んだ。

(これがATフィールドか。こんな感覚初めてや)


 使徒の火山弾を最初は弾き飛ばした参号機だったが、如何せんシンクロ率は弐号機より低かった。

 当然、ATフィールドの出力も弐号機には及ばない。

 今までのフィードバックによる疲労に加えて、初めてATフィールドを張った負荷は、容赦無くトウジを襲った。

 あまりのストレスに、トウジは気を失いそうになっていた。そして参号機のATフィールドが消えてしまった。

 トウジは気絶はしなかったが、ATフィールドを張り続ける事が出来なかった。

 そして使徒の火山弾は、参号機を直撃しようとした。

 その時、青色の機体が参号機の正面に降り立った。


 バシバシバシ


 参号機を直撃すると思われた火山弾は、新たに張られたATフィールドで全弾が防がれた。

 火山弾から弐号機と参号機を守ったのは、日の光を反射して青く輝く零号機だった。


「零号機!? 何でここに?」


 直接見た事は無かったが、研修の時に零号機と初号機の戦闘記録のビデオを見ていた。

 パイロットと共に【HC】に移籍したと聞いている。トウジの知っている範囲では、零号機がここに現れる事は無かったはずだ。

 トウジが唖然とする中、参号機のモニタにかつてのクラスメートだったレイの顔が映し出された。


「綾波!?」

『懐かしい名前ね。今の私は碇レイよ。それにしても、鈴原君は随分と頑張ったわね。

 【HC】に指揮権が移譲されたから、今からはあたし達が戦うわ。弐号機と参号機は安心して良いわよ』

「何やと!」


 助かったかと思ったら、膝が崩れそうになった。だが、女の前で無様な姿は見せられないと、トウジは何とか踏ん張った。


『使徒はお兄ちゃんが相手をするわ。後学の為に、良く見ておくのね』

「初号機!? 碇が戦うっちゅうのか!?」


 トウジは視線を使徒に向けた。その視界に初号機も入ってきた。


「何や、あれは!? 初号機はあんな事も出来んのか!?」

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 ネルフ:戦闘指揮車両

「リツコ! 初号機にあんな機能があったの!?」

「そんな馬鹿な!? マヤ、解析は?」

「駄目です。高精度な観測機器は火口付近に置いてありましたが全滅です。残っているのは、この車両にあるセンサ類だけです。

 精度が悪くて満足な解析は出来ません」

「後でMAGIで解析するから、記録は録っておいて!」

「はい」


 弐号機と参号機に使徒の火山弾が降り注ぐと思われた瞬間、使徒の火山弾は零号機のATフィールドで防がれた。

 弐号機と参号機が助かったと安堵の溜息を全員がついたが、モニタに映った初号機の姿に戦闘指揮車両に居る全員が目を剥いていた。

 モニタには、使徒に向かって空中を移動している初号機の姿が映っていた。

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 初号機の全力を知られない為に、S2機関を全開にした戦闘訓練は亜空間で行われていた。

 (S2機関は無いが、零号機の全力訓練も亜空間で行われている)

 S2機関を全開にすると、初号機に光り輝く羽が現れて、空を自由に飛べる事は分かっていた。

 まだこの状態の初号機の姿を、ゼーレやネルフに知られたくは無かった。手札は出来るだけ温存しておきたいのだ。

 だが、空を飛べるというのは機動性の面から見ても、捨てがたい事だった。

 試行錯誤の結果、S2機関の出力を抑えた不可視レベルの光りの羽なら、飛ぶとは言えないまでも空を移動出来る事が分かった。

 そして今、初号機は不可視レベルの光りの羽を展開して、使徒に接近していたのである。


 使徒の身体の表面温度は約600度。体内温度は推定約1000度。

 初号機が素手で使徒に触ろうものなら、大火傷になるのは間違い無かった。

 これらを踏まえて、シンジは弐号機と参号機に注意を向けている使徒の背面に、気配を消しながらゆっくりと近づいていった。


 使徒の後ろにつくと、シンジは使徒の後方部に棍による一撃を加えた。

 次に振り向いた使徒の口の中に、液体窒素の詰まった容器を投げ入れた。

 そして口が開かないように、棍で使徒の顎の部分を強打した。


「ギャアアアアアア!!」


 使徒の体内で容器が破裂して、マイナス196度の液体窒素が使徒の身体の中を蹂躙した。

 何せ推定温度が1000度もある体内に、マイナス196度の液体窒素が大量にばら撒かれたのだ。

 激しい温度差が生じて、体組織に大ダメージを与えたはずだ。現に使徒は悲鳴をあげて、空中をのた打ち回っている。

 使徒の身体の表面には微かな亀裂が生じており、今は防御用のATフィールドさえ張っていない状態だ。

 初号機は使徒への初撃が成功した事を確認すると、使徒の反撃を警戒して直ぐに使徒との距離を置いた。

 不可視レベルの光りの羽を展開している状態では、初号機の能力はかなり制限されていた。

 この状態の初号機では大ダメージを与える攻撃は、まず無理だ。そして控えている第二中隊に、シンジは攻撃を命令した。


「ワルキューレは冷凍弾ミサイルを全弾発射。着弾確認後、全機は粒子砲を一斉砲撃!!」

『『『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』』』


 液体窒素の詰まったミサイル八基が使徒に着弾して、使徒の身体に液体窒素が降り注いだ。

 使徒の体表面の亀裂はさらに増大し、その使徒にワルキューレ十二機の粒子砲が四方から襲い掛かった。


「ギャアアアアアア!!」


 ワルキューレ十二機の粒子砲は、使徒のATフィールドに遮られる事無く着弾して爆発した。

 ATフィールドの効果が無い事を知ったワルキューレ各機は、使徒の周囲を飛び回って連続した粒子砲の攻撃を行っている。

 使徒にそれなりの被害を与えていたが、まだ致命傷には至らない。使徒は悲鳴をあげ、のた打ち回っているが、まだ健在だ。

 ワルキューレの粒子砲では致命傷は与えられないとシンジは判断した。


「これで最後だ! キャリアはレールガン最大出力で使徒を砲撃! 全砲弾を打ち尽くせ! 使徒に休む間を与えるな!!」


 上空に待機していた天武のキャリアから、電磁加速された砲弾がソニックブームと共に唸りをあげて使徒に襲い掛かった。

***********************************

 戦闘指揮車両に居る四人の八個の目が、モニタに映っている使徒と初号機、そして周囲に展開されている航空機を注視していた。

 最初、絶対に空を飛べるはずの無いEVAが空中を飛んでいるのを見たとき、四人全員が自分の目を疑った。

 だが、直ぐに落ち着いた。空を飛んでいるのは初号機だ。あのシンジが乗っているのだ。

 シンジが自分達の想像の上を行くのは、今に始まった事では無い。そう思って、開き直って初号機の戦闘を見ていた。

 だが、使徒との戦闘はミサト達が予想したものとは違っていたものになっていた。


(何よ。初号機は最初の攻撃だけで、後はワルキューレに攻撃させるつもりなの!? 何の為のEVAよ。

 使徒が弱っている今こそ、EVAで止めをさせば良いでしょうに! あたしが初号機を指揮出来れば……)


(初撃を初号機で行って、使徒を弱めてからはワルキューレで遠距離攻撃をしているのか。

 使徒の反撃のリスクを回避しつつも、バランスの取れた攻撃だわ。

 最初に初号機が使徒の口に入れたのは、普通の爆弾じゃ無いわね。……そうか、冷却剤か!

 あのミサイルが着弾した時、爆発せずに水蒸気をあげていたのは、かなり強烈な冷却剤を準備していたのね。

 マグマの中に居た使徒だから、冷却攻撃が効くと判断して準備した訳ね。さすがだわ。

 それにしても、初号機はどうやって空を飛んでいるのかしら……ATフィールドしか考えられないか)


 ふと、リツコは違和感を感じた。ワルキューレ十二機は使徒の四方に散開して、使徒を水平方向から攻撃していた。

 だが、遥か上空に待機している機体が三機あった。

 二機はEVAの専用キャリアだと分かっている。残りの一機に見覚えがあった。

(あれは……確か天武のキャリアだわ。初号機で戦っているのに、何故天武のキャリアを持ってきたのかしら?)


 その時、リツコは自分が乗っている戦闘指揮車両と使徒。そして天武のキャリアが一直線上の位置にある事に気が付いた。

 そして、天武のキャリアにレールガンらしき砲塔があった事も思い出した。(二話を参照)

 リツコは嫌な予感を覚えて、冷や汗を流し始めた。

(ま、まさか……あたし達も狙っていると言うの!?)


「使徒上空の機体に高エネルギー反応! 天武のキャリアから発生しています」


 マヤの報告にリツコの背筋に戦慄が走った。間違い無い! シンジは使徒だけで無く、自分達も狙っているのだ!


「急いで近くの物にしがみ付きなさい!」


 両足が無いのにも関わらず、リツコは躊躇わずに車椅子から降りて床に這い蹲り、近くのパイプにしがみ付いた。

 リツコの警告を理解した職員は居なかった。マヤでさえ、唖然としていた。

 リツコのいきなりの行動に怪訝な目を向けたミサト以下の三人は、いきなり車両を襲った衝撃に投げ出されて、悲鳴をあげた。

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「ギャアアアアアアアアアアア!!」


 レールガンは砲弾を電磁の力で加速して打ち出すものだ。

 通常の火薬を使用した砲弾とは違って砲塔を冷却する頻度は低く、電力と砲弾が続く限りの連続発射が可能である。

 そして何より砲弾の速度の為に、群を抜いた威力を誇る。

 レールガンから発射された砲弾は使徒を貫いて、地表に地響きを立ててネルフの戦闘指揮車両の近くに着弾した。

 そして砲弾とセットとなるソニックブームは、使徒の身体を細切れに分解しようと作用した。

 天武のキャリアが搭載しているレールガンの砲弾を打ち尽くした時、空中の使徒は原型を留めていなかった。

 身体全体が断片に切り刻まれていた。

 最初の冷凍攻撃の時にS2機関に影響を与えていたのだろうか?

 使徒は爆発する事無くコアを打ち砕かれて、残った断片は浅間山の火口の中に落ちていった。

***********************************

「「「きゃあああああ!!」」」  「うわああああああ!!」


 ミサト達の乗っている戦闘指揮車両の近くに、使徒を貫通したレールガンの砲弾が着弾した。

 使徒を貫通した事により速度を落としている砲弾だが、それでもかなりの速度を維持している。

 その砲弾が着弾したのだ。かなりの衝撃が戦闘指揮車両を襲い、吹き飛ばされて横転していた。


 天武のキャリアがレールガンで砲弾を射出した位置は、偶然では無い。綿密な計算の結果、シンジが指示したものだった。

 補完委員会の権限で、指揮権がネルフから【HC】に移譲された。

 この状況になれば、戦自がN2爆弾を使ってネルフを攻撃する事は無い。弐号機と参号機は、零号機が守っている。

 ミサト達が安堵の溜息をついているだろう事は、容易に想像出来た。だが、シンジの気はすまなかった。

 そもそも、ミサトが素直に指揮権を移譲していれば、問題無かったのだ。

 問題をここまで拗らせた原因を作ったミサトが何もしないまま、安心しているなど許せる事では無かった。

 そもそも生死を争う戦場で、全体の利益を考えずに自分の感情を優先させるなどシンジには許せなかった。

 その為に警告を与えようと、わざと天武のワルキューレの発射位置を指示したのだ。

 だが、ネルフの戦闘指揮車両を直撃する位置はわざと外させた。

 ネルフからの武力行使が為されていれば直撃させたが、今回は口だけの問題だ。

 ミサトの言い様に不愉快さは感じているが、それだけで抹殺するのはやり過ぎだろうと言う思いもあった。

 その為に、あくまで着弾の余波が戦闘指揮車両に届くような位置を指示していたのだ。


 リツコは咄嗟に床に伏せて、パイプにしがみ付いたので、打ち身が数十箇所程度で済んでいた。

 だが、ミサト、日向、マヤはまともに車両が吹き飛ばされて、横転した事による被害を蒙っていた。

 日向とマヤは肩と腕の骨折。ミサトに至っては、肩と腕、それに足も骨折していた。

 レールガンの流れ弾が車両を直撃していれば、四人の命など無かっただろう。全員がミンチになっていた。

 それを考えれば、命があるだけマシだろう。


 リツコは衝撃が止んだのを感じると、通信機まで這って行き、ネルフ本部へ応援を要請した。

 浅間山への派遣スタッフは全滅に近かった。車内に居るミサト、日向、マヤは骨折をしたので呻き声をあげている。

 今の三人に指示をしても動く事は出来ないだろう。本部からの応援が来るのを待つしか無かった。


(何故、レールガンの砲弾は直撃しなかったのかしら。あのロックフォード中佐が間違えるとも思えないわ。

 ……警告か。それにしても辛辣ね。使徒を攻撃した流れ弾じゃあ、抗議も出来ないわね)

 ネルフ本部からの応援が来るまでは、待つしか無い。リツコは現在のネルフの状況を思い、痛みに耐えながらも溜息をついていた。

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 トウジは初号機と使徒との戦いを観察していた。

 最初は初号機が攻撃を行い、使徒にダメージを与えたのだろう。使徒が空中でのた打ち回っていた。

 そしてワルキューレの冷凍ミサイル弾攻撃と粒子砲による攻撃。止めはレールガンによる集中砲火。

 使徒は原型を留めないまで破壊されて、その残骸は浅間山の火口に落ちていった。

 僅かな逡巡も無く、流れるような【HC】の攻撃を見て、トウジは呟いていた。


「……まるで詰め将棋やないか」


 将棋は祖父の趣味だ。トウジ自身は将棋は好きでは無かったが、祖父が雑誌を片手に詰め将棋をやっているのを側で

 見ていた事が度々ある。計算されつくした手順で、相手を追い込んで勝利を掴む。

 トウジが見ていた使徒との戦いは、詰め将棋に通じるものがあるかのように感じられた。


『詰め将棋か、良い事言うな』

「碇!」


 参号機のモニタに、シンジの顔が映し出された。


『敵を分析して弱点を突く。又は敵の力が発揮出来ないように追い込んでいけば、被害は少なくて目的が達成出来る。

 確かに詰め将棋と似ているかも知れないな。これでも二の手、三の手は用意してあったさ。今回のは偶々上手く行っただけだ。

 それにしても鈴原は頑張ったな。弐号機を身を盾にして守るとは、ボクも予想していなかったよ。成長したんだな』

「なっ! お前は見とったんか!?」

『ああ。ネルフから指揮権が移譲されて無かったからね』

「ワシが死ぬ思いをしたっちゅうのに、お前は何もせんと見てただけやと!?」

『それが組織の行動論理さ。ネルフが指揮権をさっさと移譲すれば、何も問題無かったんだけどね。文句は葛城准尉に言うんだね』

「ミサトはんに文句やて!?」

『そう言う事さ。それに良い訓練になったろう』

「く、訓練やと!? ワシが死ぬかも知れんと頑張ったのが訓練やと!?」

『使徒が弐号機と参号機に止めを刺す前には、介入して牽制を行うつもりだったけどね。ラングレー准尉も鈴原も死力を尽くして

 頑張ったんだろう。RPG風に言えば、ラングレー准尉はMPが増えて鈴原はHP、いや耐久力が増えたってところか』

「お前はそれでも【漢】か!? 弱いもんや困っているもんを助けるんが【漢】やないか! それを黙って見ていたやと!」

『鈴原が【漢】の定義を持つのは自由だけど、それを押し付け無いで欲しいね。

 それに見方を変えれば、死ぬ事の無い全力訓練の機会を与えて貰ったとは思えないかな?

 ああでもしないと、鈴原のレベルは何時までたっても上がらないよ。

 ATフィールドを張れるようになったのは、さっきの訓練のおかげだろう』

「お前はそれでも人間か! 血も涙も無いんとちゃうか!?」

『そうは言うけどね、ありきたりの訓練では中々上達しないだろう。それにまだまだ鈴原のレベルでは不足している。

 このままで戦場に立てば、死ぬだけだぞ』

「くっ!!」


 トウジは自分の力不足は自覚していた。格闘訓練では未だにアスカに敵わない。やっとATフィールドが張れるようになったが、

 弐号機から比べれば出力不足は明らかだ。零号機、初号機には到底及ばない。

 だが、人の気持ちを考えもせずに、ただ杓子定規で物を言うシンジにトウジは納得がいかなかった。

 まあ、死ぬ気で頑張ったのが全力訓練の機会だった、感謝しろなどと言われれば、トウジが怒るのも当然だろう。


 シンジの立場で見ればどうだろう。未知の敵である使徒との戦い。負ければ死が待っているのだ。

 本来なら、普通の中学生ごときが参加して良いものでは無い。だが、トウジは参号機のパイロットになってしまった。

 まあ、冬月の策略の結果だが、シンジはそこまで気を回すつもりは無かった。

 参号機のパイロットになった以上、トウジに逃げる事は許されない。何よりネルフが逃がさない。

 戦場で死ぬか、訓練で死ぬか、それとも実力をつけて生き延びるか。それはトウジが選ぶ事だった。


 トウジが黙り込んだのを見て、初号機は零号機を抱きあげてキャリア目指して飛びあがった。

 キャリアにドッキングした後は、弐号機と参号機を気にかける事無く、【HC】基地への帰還の途についていった。

 残されたトウジは気力が尽き果て、その場に崩れ落ちた。

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 アスカは見知らぬベットで目を覚ました。


「ここは何処? あたしはいったい……そうだわ。浅間山の使徒はどうなったのよ!?」


 ガチャ

 アスカが目を覚ました時、タイミング良くトウジが病室に入ってきた。

 決して、寝ているアスカに不埒な行為をしようと入って来た訳では無い。あくまで偶然の出来事だ。


「惣流、具合はどうや?」

「ジャージか。起きたばっかりだから、頭が少し痛いわね。それはそうと、浅間山の使徒はどうなったのよ?」

「使徒か……初号機が、いや、初号機と【HC】の戦闘機が使徒を倒したわ」

「初号機が!? 何で初号機が出てくるのよ。あいつ等は【HC】の基地にいたはずでしょう。

 あれから出動しても間に合うはずが無いわ!」

「後から聞いたんやが、あいつ等はかなり前に基地を出たらしいんや」

「何ですって!?」

「それで惣流とワシが戦ってたのを、黙って見ていたらしいんや。

 格好つけて、ギリギリまでワシらの戦いをせせら笑って見ていたんや」


 トウジの顔が悔しさで歪んだ。あの命懸けの戦いを訓練だと言われた時の怒りは、今でも忘れてはいない。

 そして、シンジが力不足だと指摘して、何も反論出来なかった自分を情けなく思っていた。

 アスカはトウジの話しを聞いて、俯いて唇を噛み締めた。

 マグマの中にまで潜って使徒を捕獲しようとしたが失敗して、戦果は初号機に横取りされた。

 何の為に、あのマグマの中に潜ったのか。何の為に、あの灼熱地獄に耐えたのか。

 あんなに頑張ったのに何も成果は残せず、自分はベットに寝ていて、弐号機は左足を失う大破の状態だ。

 トンビに油揚げを攫われるとは、このような事だろう。アスカにとって認められる事では無かった。

 だが、傷ついた弐号機を身を挺して守る参号機の事は、アスカの脳裏にしっかりと残っていた。

 次がある。そう思ったアスカは、トウジに顔を向けた。


「ジャージ、いえ、これからはトウジと呼んであげるわ。あんたもあたしの事はアスカって呼びなさい。

 あたしが退院したら、さっそく訓練よ。この次こそ勝つのよ。良いわね!!」

「お、おう。任しとけ!」


 アスカがいきなり自分の名前を呼んだ事にトウジは少し慌てたが、すぐに顔を引き締めた。

 そうだ。シンジに一泡吹かせてやらない事には、気が済まなかった。

 アスカとの訓練はかなり過酷な内容だが、やらねばシンジに手は届かない。二人の顔には決意らしきものが漂っていた。

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 シンジの執務室

 シンジとセレナは応接セットのソファに座って、誰も居ない壁の方向を見ていた。

 二人の視線の先には、あるユニットが床に置いてあった。

 黒い猫を背負った飛脚の絵が書かれた宅急便で、セレナ宛に届けられたものだ。

 資材部の厳重なチェックを済ませて危険が無いと判断されたそれは、セレナの手によってシンジの執務室に運び込まれていた。


 シンジは時間になった事を確認すると、部屋の照明を切った。

 そして薄暗くなった部屋に、キール・ローレンツの立体映像が浮かんできた。

 シンジは挨拶などせずに、さっそく本題に入った。


「本来なら補完委員会の対応は本国政府が行いますが、今回の件は全てこちらに任せると連絡を受けています。

 ミス・ローレンツからは三人で話したいと聞きましたが、顧問のボクが司令と副司令を差し置いて話しを決める訳にはいきません。

 今回の件の交渉窓口にはなりますが、決定権は不知火司令にあります」

『……良かろう。それと私の身分保証の証は届いたかね』

「ええ。常任理事国六カ国元首の保証通達が、本国のフランツ首相に届いています。あなたが補完委員会の議長であると認めます」

『良かろう。では話しを進めさせて貰うぞ』


 本来、人類補完委員会の交渉窓口は北欧連合政府である。だが、今回に限っては緊急事態の為に北欧連合に連絡が行くまでに、

 補完委員会からの調停が入っていた。補完委員会からの要望もあり、今回に限っては交渉窓口を【HC】にする事になった。

 そして補完委員会は交渉窓口にシンジを指名してきた。シンジは【HC】のNo.3であるが、司令と副司令を差し置いて、

 勝手に契約を決める訳にはいかない。シンジの執務室の状況は、不知火の執務室に中継されていた。

 交渉中に問題があれば、不知火かライアーンがシンジに連絡を入れる段取りになっていた。


『まずはネルフが協定を破り、【HC】に命令を下そうとした事は正式に謝罪する』

「謝罪は当然の事でしょうね。受け入れます」

『次に提案だが、ネルフと【HC】との間の協定の罰則規定を全て廃止したい。もちろん【HC】への罰則規定も含まれる』

「罰則規定の廃止ですか? 元々、罰則規定はそちらが言い出した事でしょう。こちらとしては廃止するメリットは無いですね」

『お互いが使徒を倒すという目的を持っている。確かに罰則規定を言い出したのはこちらだが、状況に応じての修正をしたい』


 ネルフが北欧連合に干渉しない協定。そして今回はネルフが【HC】に命令を出来ないという協定。

 どちらにも厳しい罰則規定があり、各々一度づつ発動してしまった。

 そして状況から再検討すると、罰則規定が再発動される可能性が高いと判断された。

 そうなれば、協定の罰則規定を廃止する方向で進みたいと考えるのは普通だろう。

 補完委員会とネルフの立場からすれば、当然の判断だ。だが、北欧連合と【HC】の立場では、廃止のメリットは何も無かった。


「要求ばかりですね。見返りは何を考えています?」

『アフリカとアジアの利権の一部を北欧連合に譲渡する』

「それでは話しが大きくなり過ぎです。そういう内容は本国政府と交渉して下さい。【HC】としては、その条件は呑めません」

『……なら、君としての要求はあるかね?』

「【HC】に即メリットが出る要求としては、使徒の情報が欲しいですね。

 ネルフが使徒の来襲スケジュールを知っていると、我々は判断しています。その資料が頂きたいですね」

『……それは最高機密に指定されている』


 キールは微かに眉を顰めた。アフリカとアジアの利権の譲渡は、北欧連合にとってかなりのメリットがある。

 断られるとは思っていなかった。政治的な話しを特務機関たる【HC】に決められないというのも確かに分かる。

 だが、使徒の情報はさすがに出せない。あの資料を渡せば、その裏の情報まで勘ぐられる可能性もあった。


 シンジとしては、補完委員会が罰則規定の廃止を言い出したのは意外だったが、ある意味では妥当な内容だと判断した。

 【HC】に発動される事は無いだろうが、殲滅対象に為り得るというのは気分が良いものでは無い。

 ネルフからの干渉を排除出来れば、お互いの罰則規定の廃止は問題無いだろう。

 それに、今回は補完委員会の議長を引っ張りだしたのだ。十分な成果と言って良いだろう。

 あまり欲張り過ぎるとしっぺ返しが来る可能性もある。シンジとしては、過分な要求をするつもりは無かったが、

 補完委員会の出方を見る為に、断られるのが分かっていて使徒の情報を要求したのだ。


「【HC】にメリットが出る条件としては、使徒の情報が一番良かったんですけどね。

 それ以外の事としては……ミス・ローレンツを頂きましょうか」

「あ、あたしを!?」

『どういう意味だ?』

「今回のネルフの不始末を見逃す代わりに、ミス・ローレンツの身柄を【HC】に預ける事。その条件はどうですか?」

「ちょっ、ちょっと、あたしに人身御供になれと言うの!?」

『公私混同では無いのか。もっとも、本人が承諾すれば構わんが』

「大祖父様!?」

「ミス・ローレンツの嫌がる事は強制はしませんよ。そちらとの連絡役は従来通りですが、不知火司令の副官兼秘書役を

 やって頂きましょうか。こちらとしても補完委員会議長の係累の身柄を確保する事は、今後の交渉でメリットが見込めます」

「ちょっと、勝手に話しを進めないで! あたしは納得していないわよ!?」

「調整官って普段はやる事は無いんですよね。いつも暇だと言ってたじゃ無いですか。

 だったら、忙しい不知火司令の副官をして欲しいですね」

「確かに暇とは言ったけど、何で不知火司令の副官なのよ。あなたの副官じゃ無いの?」

「ミーシャがボクの秘書役ですからね。ボクは十分ですよ」


 シンジはセレナの方を向いて、キールに見られないようにウィンクをした。

 セレナはシンジの意図に気がついた。そう、洗脳と監視を遠ざける為に、態々自分の身柄を要求したのだと分かったのだ。

 そういう意図であれば、断る訳にはいかない。セレナは渋々だが、シンジの提案を了承した。


『では、調整官も合意したので、先程の提案を了承する。それと追加の提案がある』

「何でしょう?」

『ネルフが北欧連合と中東連合に干渉出来ない協定を過去に結んだが、君だけは対象外に変更したい。

 これから君は【HC】でパイロットとして戦うのだ。ネルフとの接点もかなりある。些細な事で干渉と騒がれたく無い』

「……そうですね。ボクとしては了承しました。後で、そちらから本国政府に正式に申し入れて下さい。フォローはしておきます」

『それとネルフからの指揮権移譲が無くても、【HC】が自らの判断で特務権限を行使出来るように変更したい』

「つまり、こちらの自主判断で特務権限が行使出来ると?」

『そういう事だ。君達にもメリットはあるだろう』

「確かに。では、少し待って下さい」


 不知火とライアーンは別室で今の会話を全部聞いていた。

 セレナが自分の副官にというのはシンジに文句を言ったが、結局は全て了承した。


「不知火司令の許可は頂きました。先程の内容は、正式に補完委員会からネルフを含めた関係各国に連絡して下さい」

『分かった』

「それと浅間山の地震研究所の件で、確認したい事があります」


 地震研究所の件を言い出したシンジの顔には、悪戯を企んでいるような笑みが浮かんでいた。

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 ネルフ:司令室


『……という事でネルフと【HC】との協定を一部改正する。だが、【HC】への過度の干渉は控えるようにな』


 ゲンドウの正面に五人の立体映像が映っていた。補完委員会のメンバーである。

 キールからゲンドウと他の委員会メンバーに、ネルフと【HC】との協定変更の内容を通達していたところだ。

 今回、キールが動かなければ、弐号機と参号機が【HC】に見殺しにされていた可能性があった。

 キールの言った内容に反対する人間はいなかった。ゲンドウも無言で承認した。


『それと六分儀。何故、マグマの中の使徒の捕獲などと無謀な事を言い出した。弐号機が失われていた可能性があったのだぞ』

『まったくだ。偉そうに言いながら、結局は失敗続きではないか』

『今回も使徒を倒した戦果は【HC】に持っていかれた。

 ネルフが最初から捕獲を諦めて使徒の殲滅に専念していれば、弐号機で使徒を倒せていたろうに』

『弐号機と参号機の修復費。どれだけ費用が掛かるか、分かっているのかね。追加の拠出金を渋る各国を説得するのは一苦労なのだぞ』

『確かに使徒を捕獲出来ていれば、別の成果は出せたろう。だが、結局は失敗した。この責任をどう取るつもりかね』

「使徒の捕獲は失敗しました。それは認めます。ですが捕獲に成功していれば、得るものは大きかったのです。

 今回は使徒の羽化が予想以上に早かった為に起きた失敗です。やむを得なかったかと」

『弐号機が失われるかも知れないリスクを犯してまで、捕獲作戦を実行する価値があったのかと聞いているのだ』

『そうだな。弐号機が失われれば、補完計画は大幅な修正を迫られる事になる。それを理解しているのかね』

『六分儀。マグマの中を千メートル以上潜る事が、どういう事か分かっているのか?』

「…………」

『ネルフが壊した観測機の代替機を、一ヶ月以内に準備せよ。有人機仕様にしてな。

 六分儀と葛城准尉は、それに試乗して観測機の耐圧性能の確認をしたまえ』

「なっ!!」

『【HC】からの正式な要求でな。葛城准尉が弁償すると言った観測機を、何故ネルフは用意しないのかと責められた。

 お前はマグマの中に潜れという命令を出したが、それがどんなものかは分かっておるまい。弐号機と同じ体験をしてみるが良い。

 お前が簡単に命令した事が、どういう事か身をもって知るがいい』


 観測機の弁償はシンジが要求したものだった。

 指揮権が【HC】に移譲されて、別働部隊が浅間山の地震研究所の職員から事情聴取をしているうちに判明したものだ。

 ネルフには徴収権限は既に無い。弁償すると言ったミサトの言葉は守られねばならない。

 そう言われては、キールは頷くしかなかった。

 そしてシンジはキールを誘導した。弐号機がマグマの中で無ければ、使徒を倒せていたかも知れない。

 たとえ、マグマの中でも捕獲作戦では無く、殲滅作戦を行っていれば弐号機で使徒を倒せていたろうと諭したのだ。

 つまり、マグマの中の使徒の捕獲など無茶な事を言い出さなければ、弐号機は使徒殲滅の戦果をあげていたであろうと言う事だ。

 キールはシンジが誘導している事は、分かっていた。だが、シンジの言う事も納得出来た。

 何より、ゲンドウの無茶な指示の為に、弐号機が失われる危険性が高かったのだ。今後の事もある。

 弐号機を危険に晒すなとは言えない。だが、ゲンドウが無茶な事を言い出して、不要な危機に弐号機を晒させたくは無かった。

 ゲンドウに灸をすえる為に、キールはわざとシンジの誘導に乗り、ゲンドウとミサトに観測機の試乗をするように命令した。


『観測機の試運転時には、【HC】のスタッフが立ち会う。良いな、必ず一ヶ月以内に観測機の試運転を済ませるようにな』


 キールの命令を理解したゲンドウの顔は、酷く歪んでいた。

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「ふう。極楽、極楽」


 シンジはミーシャとレイを連れて、北海道の温泉に来ていた。ミーナはオペレータ業務があるから、渋々だが温泉は諦めた。

 今回の温泉旅行はレイの希望によるものだ。冬宮に頼んで、ある高級ホテルのVIPルームを借り切った。

 VIPルームは、普通の宿泊客とは客室も温泉も明確に分離されている。

 レイの髪の色はかなり目立つが、他の宿泊客と会う事も無いので、羽根が伸ばせる。

 シンジは一人でVIP用の男湯に浸かっていた。他の宿泊客は絶対に入ってこないので、思う存分温泉を楽しんでいた。


(はあ、やっぱり温泉は良いね。こうして考えると、ボクも日本人だな。本国じゃあ、温泉に浸かるという考え方が無いからな。

 基地に温泉でも造ろうかな。富士火山帯だから少し掘れば温泉が出てくるはずだ。慰安施設の充実という口実があるしね)


 シンジが温泉に浸かりながら考え事をしていると、隣の女湯が騒がしくなっていた。隣の女湯もVIP用だ。

 今はミーシャとレイしか入れないはずだ。耳を澄ましていると、二人の声が聞こえてきた。


「へーー。これが日本の温泉か。これが濁り湯ってやつね。レイは今まで温泉に入った事あるの?」

「ううん、無いわ」

「あたしもよ。中東じゃ温泉は出ないし、元々暑いから水浴びしかしなかったしね」

「ミーシャ達と会うまでは、あたしはシャワーだけだったもの。お湯に入る習慣が無かったわ」

「部屋にあったパンフレットじゃ、お肌に良いらしいわね。

 でも、レイの肌は元々スベスベだから、温泉に入らなくても変わらないわね」

「きゃっ。もう、胸を触らないで」

「良いでしょ。女同士なんだし、減るもんじゃ無いわよ」

「駄目。あたしの胸はお兄ちゃんしか触っちゃ駄目なの。お返しよ」

「きゃっ。もう、それを言うならあたしも同じよ。あたしの身体はシン様のものよ」

「ミーシャの胸は、あたしより弾力があって良いな」

「レイの胸だって同じよ。あたしより肌がきめ細かいから、手触りが良いのよね。羨ましいわ」


 ミーシャとレイはシンジが聞き耳を立てているのも知らずに、平気でじゃれあっていた。

 女同士だとこうなのだろうか? 普段は聞く事の無いミーシャとレイの本音に、シンジはつい聞き入ってしまった。

 そして、こうなると今更男湯に入っているとも言い辛い。女同士の会話を盗み聞きしたと、責められるのがオチだ。

 使徒戦の後始末で、しばらくミーナの寝室に行ってなかったシンジは、不覚にも二人の会話に身体の一部が反応してしまった。

 他に客が入ってくるはずも無く、誰にも見られないのだが、何となく恥ずかしさを感じているシンジだった。


 ホテルは二泊三日で予約してある。チェックアウトは明後日の予定だ。

 それまで、この調子のミーシャとレイに、自分は我慢出来るだろうか? いや、耐えねばならないのだ。

 帰ったら、さっそくミーナのところに行こうと考えているシンジだった。

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【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。

 最近は北欧連合からの出向組の宴会への参加が、少しずつ増えてきている。

 おかげで、以前の出席者は全員が黒髪だったが、今では茶髪や金髪がちらほら見受けられた。


「【HC】になってからの初めての使徒戦だったけど、後始末とか無くて楽だったな」

「俺を含めて三人で浅間山の地震観測所に行ってきたぞ」

「あれか。確かマグマの中に潜行出来る観測機の試験運転の動作確認だろう。どうだったんだ?」

「それがさ。あの観測機は有人仕様で、人が乗ってマグマの中を潜っていくんだ」

「げっ。マグマの中に人が潜るのか。危険じゃ無いのか?」

「ネルフが以前にあった観測機を壊したらしいんだ。その弁償ってやつさ。驚いたのは、その試運転にネルフの司令が乗り込んだのさ」

「あの髭面のサングラスの親父がか?」

「ああ。何でも上からの命令らしいんだけどさ。戻ってきたら、顔がげっそりしてやんの。笑いを堪えるのに苦労したぜ」

「次の日は、あの葛城准尉だったんだろう」

「お前は何で知ってるの? 行ってないはずだろうに」

「ライアーン副司令が話しをしているのを聞いてさ。それはそうと、お前らは泊りがけで行って、温泉に宿を取ったんだろう。

 仕事で行って温泉に入るなんてずるいぞ!」

「そ、そうは言っても、浅間山の付近の宿は、ほとんどが温泉だぞ。仕方無いだろう」

「うーー。俺も温泉に入りたい」

「温泉と言えば、ロックフォード中佐が司令に温泉を造る上申書を出してたぜ」

「本当か?」

「ああ。基地の慰安施設として、ボーリングをして温泉を掘り当てるつもりらしい。まあ、この辺一帯は火山帯だからな。

 そこそこ掘れば、温泉が湧き出てくるだろってさ」

「やりぃ! じゃあ上申書が通ったら中佐に御願いしないとな」

「何を頼むんだ?」

「もちろん、家族風呂も用意して貰うのさ」


 シンジが出した温泉風呂を造るという上申書を、不知火は承認した。かかる経費が意外と少なかった為もある。

 それに娯楽施設の充実は、職員の士気を保つ上でも必要な物だと、不知火も承知している。

 何より不知火も温泉が好きなのだ。承認した上申書を手渡す時に、シンジに岩風呂は必ずなと念を押した程だった。

 基地の地下は今でも作業ロボットによる拡張工事は継続されていた。

 シンジは予定を少し修正して、地下に巨大な温泉施設を造るように指示を出した。

 地下温泉の完成までは時間がある程度は必要になる。完成した時は、その詳細を報告させて頂こう。

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 ネルフ:司令室

 浅間山の観測機の試運転の翌日、司令室に入った冬月はゲンドウを見て目を瞠っていた。


「六分儀、大丈夫か? 少し休んだ方が良いぞ」

「問題無い。大丈夫だ」


 ゲンドウの頬は窪み、身体全体がげっそりとやつれていた。冬月から見て、今のゲンドウは即入院が必要なのではと思えたのだ。


 補完委員会から命令があった日の夜、ゲンドウは車椅子のリツコを自室に呼び出した。

 翌日の朝、何故か肌の艶が増して上機嫌なリツコがゲンドウの私室から出てきた。何があったかは、二人だけが知っている。

 それからリツコとマヤは、マグマの中に潜れる観測機の製造に専念した。

 本来なら弐号機と参号機の修理を優先すべきだが、補完委員会から一ヶ月以内と時間を区切られた事もある。

 ましてやゲンドウとミサトが乗るのだ。万が一の事があってはならない。

 弐号機と参号機の修理は他の技術課のメンバーに任せ、リツコとマヤは観測機の製造に掛かりっきりになっていた。

 そして観測機は期日内に完成した。ネルフ内部で耐圧耐熱試験を済ませてあり、リツコとマヤの自信作だ。

 試験当日、【HC】の派遣スタッフの立会いの中、ゲンドウは観測機に乗り込んだ。

 目標とされる潜行深度もクリアしたが、何故か途中で冷却機能が故障してゲンドウは脱水症状を起こして病院に運び込まれる事に

 なってしまった。リツコとマヤの自信作が何故故障を起こしたのか? まあ、原因は推測して頂こう。

 徹底的な再確認の後、ミサトも観測機に乗り込んだ。まあ、結果はゲンドウと同じである。こちらも故障原因は推測して頂こう。

 ゲンドウとミサトの二人の昨日の夢は、マグマに呑み込まれるというものだった。

 まあ、あれだけの経験をしたのだから、しばらくは同じ夢にうなされるのだろうか? しばらくは二人に安眠は訪れそうも無い。


 ゲンドウの態度にある意味安心した冬月は、矛先を変えて話し出した。


「しかし委員会も余計な命令をしてくれる。観測機の製造を急いだ為に、弐号機の左足の修復作業が遅れている。

 参号機は順調だがな。赤木君も義足の製作にまだ取り掛かっていないだろう」

「委員会の命令だ。仕方あるまい」

「弐号機と参号機の修理費用でいくらかかるか知らん訳ではあるまい。

 今回は何とか追加拠出してくれたが、同じような事を何度も認める訳が無い。こんな状況で無駄金を使う余裕など無いはずだ」

「問題無い。それより【HC】との協定改正の方が重要だ。これで堂々とシンジに干渉出来る」

「シンジ君は【HC】の基地内に居る。干渉出来るとは思えんが?」

「手はある」


 ゲンドウはやつれた顔に壮絶とも言える笑みを浮かべた。

 委員会から協定改正内容の連絡があってから、ずっとシンジに干渉する手立てを考えていた。それがようやくまとまった。

 確かにシンジは【HC】の基地の奥に居て、通常であれば話す事すら出来ない。

 だが、この手段を取ればシンジを引きずり出す事が可能だ。

 準備に時間がかかり、自分にも跳ね返ってくる手段だが、諦める訳にはいかない。何より初号機を覚醒させなければ、事は進まない。

 ゲンドウの目には、強い意志が篭った光りがあった。






To be continued...
(2010.02.20 初版))
(2011.11.20 改訂一版)
(2012.06.30 改訂二版)


(あとがき)

 8割方はすんなりと書けましたが、細かいところでかなりの時間がかかってしまいました。

 見直して、何故使徒の攻撃が弐号機と参号機に集中するのか、何故火山弾攻撃のみなのか、不自然な事だと自分でも思いますが、

 話しの流れという事で、深く追及しないで頂けると助かります。

 それとレールガンですね。本来ならキャリア程度の機体に搭載出来る物では無いのですが、オーバーテクノロジーを使用している

 という理由で納得して下さい。(これからの出番はどうでしょう? 考えてみます)



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