因果応報、その果てには

第三十話

presented by えっくん様


 シンジ達のマンション

 ミーナは鼻歌を歌いながら、楽しそうに朝食を準備していた。その上機嫌のミーナを、ミーシャとレイはジト目で見つめていた。

 肌が艶々で、腰周りも充実。上機嫌なミーナを見れば、昨夜に何があったかはミーシャには分かりきっていた。

 レイもミーシャの教育で、シンジとミーナの間に何があったかは理解していた。

 温泉に行った時に二人掛りでシンジを挑発したのに、結局は希望の事は出来なかった。

 ミーシャとレイはその事が不満であり、つい口から漏れてしまった。文句を言おうにも、シンジは朝早くから仕事で出かけていた。


「姉さんだけ。不公平よね」

「お姉ちゃん、ずるい」

「あら。何か言った?」


 ミーシャとレイの愚痴が聞こえたミーナは、笑みを浮かべて大人の余裕を漂わせていた。


「あなた達は温泉に行って、楽しんできたんでしょう。あたしは仕事だったのよ。それにシンと何も無かった事は無いんでしょう?」


 ボッ

 温泉であった事を思い出したミーシャとレイは、一瞬で顔を真っ赤にした。


「な、なんでそれを……シン様が言ったの?」

「お姉ちゃん……何で分かるの?」

「シンは何も言わないけど、あなた達の態度を見れば分かるわよ。でも、あなた達はまだ成長期なんだからね。まだ少し早いと思うわ。

 後二年ぐらいは待った方が良いんじゃないの?」

「あたしの体はもう十分大人よ!」  「あたしもそうよ!」

「外見はね。でも自分から言うようじゃ、まだまだよ。焦る気持ちも分からなくも無いけど、後々の成長に支障が出る場合があるのよ。

 まあ、セレナみたく結婚するまで待ちなさいと言うつもりは無いけど、少しは落ち着きなさい」


 ミーナはテーブルに座っているセレナを見てから、視線をミーシャとレイに戻した。

 言い忘れたが、現在はテーブルにはミーシャとレイ、そしてセレナとナターシャが座っていた。

 セレナは料理が出来ない為に食事はナターシャが用意しているのだが、料理のレパートリィの限度があった。

 そこでお隣で買い物も一緒に行っているミーナに相談したところ、セレナとナターシャをたまには呼んで、一緒に食事をしようと

 いう事になっていた。その時はセレナとナターシャが交代で食事を準備する約束になっている。

 因みに、食事の用意をしないセレナは、ミーシャとレイの冷たい視線(その年で料理が出来ないの?)を意識し、密かに料理の

 練習中である。まだまだ公開出来るレベルでは無いが…………


 ミーナの視線を感じたセレナは、顔を真っ赤に染めて猛然と反論した。


「まったく日本は乱れ過ぎよ。もうちょっと自分を大切にしなさいよ!? 後で泣くのは自分なのよ!」

「その考えも理解出来るけど、あまり大切にし過ぎて蜘蛛の巣が張らないようにね。

 最近は構ってくれる人が少なくなったから、不満なのかしら? ストレスを溜め過ぎるとお肌に悪いわよ」

「大きなお世話よ!!」


 普通に基地内を歩くと、一般職員(男)からの視線は今までと同じである。つまり注目度はネルフに居た時と変わっていない。

 だが、セレナはシンジの態度が大幅に変わった事を肌で感じていた。

 不知火の副官兼秘書という仕事をしている関係で、シンジの執務室に行く事は多い。

 だが、そこでのシンジの対応がやたらと淡白になっているとセレナは感じていた。

(胸やお尻への視線は感じるけど、対応がやたらとあっさりになってきたわ。何か理由があるはずよね。これは確かめないと)


 自分の容姿に絶対的な自信を持っているセレナにしてみれば、今のシンジの対応は納得出来るものでは無かった。

 ミーナが用意したスープを飲みながら、シンジの真意を確かめようとセレナは決意していた。

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 某所(ゼーレの会合)

 薄暗い部屋で十二個のモノリスが向かい合って、浅間山の使徒戦に対しての議論を行っていた。


『補完委員会から直接【HC】に連絡したのは、まずかったのではないか?

 そこから他の委員会メンバーや我々まで、奴等の目が向けられたらどうするつもりだ?』

『あの時、悠長に北欧連合と交渉していたら、弐号機と参号機が失われていた可能性は高い。

 そうなったら補完計画が成立しなくなる。直接【HC】と交渉したのは、止むを得なかったと思うが』

『だが、議長の素性がばれてしまった。そこから他の委員会メンバーに対し、詮索の手が伸びるのはまずい。

 何らかの手を打つ必要がある』

『あの時【HC】に直接連絡を取ったのは、緊急処置として問題無かろう。だが、議長の係累たる魔眼使いを奴等に渡したのは、

 問題では無いか? 実際、監視役からの連絡で、魔眼使いと連絡が取れぬという報告が上がってきている』

『魔眼使いの洗脳を解除した可能性もあるな』

『当初の予定では、魔眼使いの洗脳を維持したまま、【HC】の基地情報の入手を予定していたのだがな』

『魔眼使いには計画は一切知らせていない。魔眼使いの洗脳が解かれ、身柄を【HC】に持っていかれたのは痛いが、

 補完計画に関しての情報洩れは発生しない。魔眼に関して使用出来なくなるだけだ。間もなく、あの部隊が投入出来る。

 それよりドイツの関連組織の活動を一時的に停止させ、防諜機能を強化する。これで奴らの探索の手を遮る。

 間に合わない場合は、強硬手段も辞さぬ。さすがに我々の組織を知られる訳にはいかない』


 01の番号がついたモノリスが重々しく告げた。このメンバーは何より情報秘匿を重視していた。

 ドイツに北欧連合の探索の手が伸びるかも知れないが、ゼーレのホームグラウンドである。物量、質共に揃っている。

 北欧連合の探索の手を潰す事に問題は無いと考えていた。


『情報秘匿が可能なら問題あるまい。それより、魔術師と交渉したが感触はどうだ? 我らの障害になり得るのか?』

『……若いが、思慮深さはある。直接話し合った身として言えば、侮れぬと言ったところか』

『……侮れぬか、厄介だな。あの若さで、そこまでの傑物か』

『初号機が空を飛んだのは覚醒した為なのか、それとも魔術師の才能なのか。どうなのだ?』

『分からぬ。今は配下の者に解析を命じているところだ』

『零号機は空を飛べぬ。であれば、あれは初号機のみの事情という事か?』


『まあ良い。魔術師に関しては特にこちらから介入しなければ、問題にはなるまい。弐号機さえ確保出来ていれば良い。

 魔術師に対する干渉も可能となった今、ネルフを前面に立てれば良いだろう。

 それより補完計画が遅れている。その遅れを取り戻す事が優先される』

『それも重要だが、予算をどうする? 今回の使徒戦の被害はそれなりに大きい。特に弐号機は左足切断の為、それなりの費用が必要だ』

『罰を与えたが、次回から改まるとも思えぬな』

『だが、現状では六分儀の解任は出来ぬ。やはり、ネルフへの監視を強化する必要がある。それと警告だ』

『そろそろ鈴が動く。六分儀への警告となろう』

『うむ』

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 北欧連合:フランツ首相の執務室

 首相の仕事は量が多く、判断に悩む内容も多い。ストレスが溜まり、執務時間も多く、年齢以上の体力が要求される職務である。

 当然、休憩も必要である。

 今のフランツは激務の間の僅かな休憩時間を、秘書が準備した紅茶を飲みながら会話を楽しんでいた。


「今回の件で外務省から補完委員会にクレームを出したのか?」

「はい。深夜に宿直の担当者に電話をして、責任者を出してくれなど非常識な事をしてくれましたからね。

 補完委員会と他の常任理事国各国にクレームを入れたそうですね」

「補完委員会がネルフの不始末を尻拭いするのは当然だが、我が国を巻き込んでもらっては困るな」

「それはそうですが、補完委員会も従来はメールでしか連絡が取れませんでしたが、今回で電話窓口も公開されました。

 これからは少しはやり易くなるのでは?」

「あの補完委員会がか?」

「少しはですよ。まあ、あまり変わらないのかも知れませんが。

 ところで、補完委員会からネルフ支持国に対し、緊急の拠出金要請がありました。各国は慌しい動きを見せています」

「金額が金額なだけにな。すんなりと出す国など無いだろうにな。揉めるだろうな」

「でも、【HC】を支持した我が国と同盟国には関係の無い事ですね」


 【HC】を成立させた時、それまでのネルフの予算を8:2に分割し、2割が【HC】の取り分となっていた。(ネルフは8割)

 そして、それ以降のネルフが要求した追加予算はネルフを支持した国(国連の約9割)が負担し、【HC】が要求する追加予算は

 【HC】を支持した国(北欧連合、中東連合を含む。国連の約1割)が負担する決まりになっていた。

 今回、弐号機と参号機の修理に関して、ネルフから緊急の追加予算要求があった為、補完委員会から各国に対して追加の

 拠出金要請が出されていた。その要請された国に、北欧連合と中東連合を含む【HC】を支持した国は含まれていなかった。


「そういう事だ。【HC】を成立させた成果というやつだな。

 今回だけなら揉めても何とかなるだろうが、こういう追加の拠出金要請が続くと、各国がどう動くか高みの見物とさせて貰おうか」


 ネルフは予めかなりの予算を確保してあるが、予想外の出費ではこういう追加予算要求を出すようにしていた。

 今回は【HC】が成立した後の追加予算要求としては、初回になる。まあ、今回はさほど揉めずに通るだろう。

 だが、これが二度三度と続くと、どうなるだろうか? 金額も半端な額では無い。

 しかも、【HC】を支持した国の負担は無いのだ。ネルフを支持した国から見れば、不公平に思えるだろう。

 これからどうなるか? フランツはこれからの事を考えながら、心の中でニヤリと笑っていた。

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 シンジの執務室

 バタン

 ドスドス

 シンジの執務室のドアを開け、【HC】の制服を着込んだセレナが入ってきた。(ドアの鍵は通常はかけていない)

 セレナは少し怒ったような表情でシンジの執務机の前まで進み、少し前屈みになりながら椅子に座っているシンジを睨みつけた。


「そんな怒った顔をして、どうかしたんですか? 美人が怒っても美人なのは変わりませんが、笑った方が良いですよ」

「そういう能天気な事を言うの? まったく、貴方達は少しおかしいんじゃないの!?」

「貴方達? 家で何かあったんですか?」

「まったく、朝からピンク色した空気なんて、あたしには耐えられないわ。

 まあ、ナターシャの料理以外を食べられるのは良いんだけど、朝からあれじゃ困るのよ。気が抜けてしまうわ」


 シンジは昨日の夜の事を思い出し、ある意味納得した。まあ、ミーナの様子が簡単に想像出来た為である。

 視線を前に戻すと、前屈みになったセレナの顔が正面にあった。胸元が開いていないので、少々残念と思った事は内緒である。


「ボクに言われても困りますね。ミーナに直接言って下さい。用件はそれだけですか?

 それなら仕事も詰まっていますから、これで終わりで良いですか?」

「……まだ聞きたい事はあるわよ。シンのその態度の理由が知りたいのよ!」

「ボクの態度?」

「そうよ。一時期は熱い視線であたしを見ていた事もあったでしょ。それにあたし達はキスまでしたのよ。(あたしが酔ってだけど)

 今もあたしの胸を見たでしょう。なのに、あたしに不知火司令の秘書になれだとか、最近のシンの態度は冷たいんじゃないの!?」


 シンジ以外の男の態度は今まで通りであった。だが、シンジの態度が冷淡になったとセレナは感じていた。

 そのくせ、さっきのようにシンジの視線を感じる事はあるのだ。それがセレナのイライラの元になっている。

 シンジはセレナが怒っている理由をやっと納得した。だが、セレナの都合というか感情をそのまま受け入れるつもりは無い。


「態度が冷淡って言われても、ミーナと別れるつもりはありませんからね。当然、貴女には手は出しません。

 だから、不知火司令の副官兼秘書を御願いしましたし、なるべく近寄らないようにしているだけですよ。

 まあ、貴女ほどの美女ですから、視線がいくのは仕方ありません。男の性(さが)と思って諦めて下さい」

「何でよ? 以前はあたしの事は興味津々だったんじゃ無いの!? それでいて、急に近寄らないようにするってどういう事よ!?」

「貴女が乙女と分かったからですよ。以前は洗脳されててボクを誘惑したんでしょう。それで、応えたまでです。

 洗脳の解けた今、ボクを誘惑する事は無くなりましたよね。ならば、ボクも貴女に失礼な事は出来ませんから。

 ただ、あまり近くに寄られると、ボクの理性が持たなくなる可能性もあります。だから、近寄らないようにしたんですよ」

「誘惑に応えたって……あたしに興味が無くなった訳じゃ無いのね。でも不知火司令は良いの?」

「不知火司令は独り身でしょう。夜遊びをするかもしれませんが、それは本人の自由です。誰と付き合っても何処からも文句は出ない。

 でもボクは彼女持ちですからね。ミーナに不満は無い(と思いたい)し、本気にならなければ駄目な相手は遠慮させていただきます」

「言い方を変えれば、シンはあたしを遊び相手としか考えていなかったって事? 本気にはなれないって事? それって侮辱だわ!」

「侮辱って……先に誘惑してきたのは、そちらでしょ。それで応えないからと言って、侮辱呼ばわりは度が過ぎませんか?

 貴女が並外れた容姿の持ち主である事は誰もが認めるでしょうが、だからと言って、貴女の要求全てに応える義務はありませんよ」

「なっ!?」

「世の中、貴女みたいな美女だけじゃありません。

 逆に聞きますが、普通の容姿とか顔に傷を持った女性とかは価値が無いと思ってます?」

「そ、そんな事は無いわよ!」

「世の中、貴女みたいなスタイルに優れている女性ばかりじゃありません。中には洗濯板の女性もいるでしょう。

 彼女達は自己主張してはいけないと思いますか?」

「そ、そんなつもりは無いわよ。で、でもシンの周囲の女の子は全員可愛くて、スタイルも良いじゃないの!?」

「偶然です。ボクとしては”性格ありき”だと思ってます。偶々、性格が良い(?)子が集まっただけです」


 本当である。シンジとしては、どんなに容姿に優れていても、性格が悪い女性に近寄るつもりは無かった。

 まあ、姉(クリス)とか、彼女?(ミーナ)とかに苛められる事はあるが、悪意では無い(と思いたい)。

 (思い出すと、目から汗が出そうになる事があるが)

 世間には、美女は嘘をつかないだとか、美女の言う事が正義だとか、平然と発言している人がいるが、それは当人の自由である。

 だが、シンジ自身の考えは違った。美女であっても、性格が悪ければ話す価値さえ無いと思っている。

 それなら、容姿が多少は見劣りしても性格の良い子と話す方が、よっぽど有意義だと考えていた。

 そもそも、整形手術とかで顔を変える女性もいるのだ。性格が悪くて整形手術で顔を変えた女性など、どんな評価になるのだろう。

 TVなどの誘導もあるだろうが、外見だけで判断すると痛い目を見る事はあるだろう。だが、それは当人の責任だ。

 セレナに関してある程度の性格は分かってきたが、それでも親密といえる程の時間は過ごしていない。

 よって、友人未満、軽い知り合い程度が、現状での付き合い方かなと考えていた。

 もっとも、昨晩ミーナと一緒に過ごさなければ、溜まっていたものが爆発して、セレナを前に自制出来たか、

 自分自身を疑うシンジであったが。


 シンジに戒められたセレナは反省した。確かに、自分の美貌に自惚れて増長してかもしれない。

 数多くの男から腐るほどのプレゼントを貰い、褒め言葉しか聞かなかったので、勘違いしていたのだろう。

 自分に擦寄ってくる男に対してはある程度の我侭は言えるだろうが、シンジのように自分と一線を置く対応をしてくる男に対して、

 我侭を言える資格は無いのだと理解した。

 だが、言われっぱなしは性に合わない。セレナはシンジの隙だろうと考えたポイントを攻める事にした。


「本当かしら? でも、最初はあたしの事は遊び相手として考えていたのよね。これってミーナに対しての裏切りじゃないの?」

「最初に誘惑してきた女性の言うセリフじゃ無いと思いますけど。まあ、最初は遊び相手じゃなくて、女スパイがハニートラップを

 仕掛けてきたと思ってましたからね。ドイツからだから、マタハリの先例に倣ったのかと思ってましたよ」

「あ、あたしは女スパイじゃ無いわよ!」

「だから、最初はそう思ったと言っているんですよ。まあハニートラップなら、逆襲しようと思ってましたけど」

「逆襲!? ……そんなに自信あるの?」


 映像とか後に残る証拠さえ無ければ、シンジはどうにでも出来ると考えていた。

 シンジはそう経験豊富という訳でも無いが、年齢平均を遥かに超える場数を踏んでいる。

 まあ、プロにかかればあっと言う間かも知れないが、劣勢になった場合の切り札は複数用意してある。左目もその一つだ。

 正直にセレナに伝えるつもりは無い内容ではあるが。


 シンジの少し笑った顔を見て、少し引いたセレナは話題を変える事にした。

 シンジの答えを納得した訳では無いが、これ以上この事に関して問いただしても、意味が無いと判断していた。


「……それはそうと、不知火司令の副官兼秘書って何をやれば良いのよ?」

「副官は……軍属じゃ無いと分かりづらいですよね。民間ベースで言えば、普通の秘書役で大丈夫ですよ。

 書類の整理、司令のスケジュール整理。偶には、お茶入れぐらいかな。夜の生活まで面倒見るかは、貴女の自由です」

「不知火司令の夜の生活なんて、面倒見る訳無いでしょう!! まあ、書類とスケジュール管理ぐらいなら良いか。

 補完委員会との折衝は良いの?」

「貴女の立場は公式には、こちら側ですからね。補完委員会との折衝は、司令か副司令かボクがやりますよ。

 それに、この前の呼び出しに行かなかったから、貴女の洗脳が解けているのは分かっているでしょう。

 貴女が外に出ると面倒になりますからね。しばらくは外出も控えて下さい」

「仕方無いわね。分かったわ。最後になるけど、ネルフの干渉をシンだけは除外するって決めたけど、本当に大丈夫なの?

 あたしが言うのも何だけど、あのネルフじゃない。少し心配になるわよ」


 自分に求められている責務をセレナは理解した。まあ、普通の秘書ぐらいの仕事だったら余裕でこなせる自信はあった。

 夜の生活の面倒は冗談だろうが、シンジには言って欲しくなかったと思っているセレナだった。


「ボクは基本的にこの基地に居ます。そのボクに干渉だなんて、今のネルフには無理でしょう。

 物理的干渉なら、余裕で排除出来る自信はありますから。何せ、こちらのホームグランドですよ。

 まあ赤木博士あたりが裏で何かするかも知れませんが、その時は逆に叩き潰してあげますよ」

「……何か、シンの対応を見ていると、赤木博士に厳しいわね。嫌いなの?」

「赤木博士ですか、十分嫌いですよ」

「えっ、何故?」

「科学者には厳正な倫理観が求められますが、赤木博士にはそれがありません。司令の命令でパイロットを洗脳するくらいですしね。

 例えば、生物学者が細菌を研究していて、人類を全滅させるような細菌を開発したとしたらどうします?

 管理ミスをして外部に漏洩したら? たった一人の為に人類全体が危機に陥る危険性があるんです。クローン関係もそうです。

 人間のクローンを造るなど、やってはいけない事なんです。でも倫理観に欠ける科学者は手を出そうとする。

 科学の進歩の為なら、何をやっても許されると勘違いしている。そういう理由から、ボクは倫理観に欠けた科学者は大嫌いです。

 大概、そういう倫理観に欠ける科学者は自尊心が高く、他者を低く見る傾向もあります。赤木博士が良い例です。

 最初、ボクが正体を明かさずに会った時、モルモットを見るかのような目で見られました。

 そういう輩は早めに潰しておく方が良いと思ってます。赤木博士の能力は認めていますが、性格と考え方は認められません」

「か、過激ね。でも彼女は女性よ。もうちょっと穏便に出来ないの」

「性別は関係ありません。社会に有害か否かです。美人である事は認めますが、彼女の存在は人類社会に対して、恩恵では無く、

 害を齎すと考えてます。もっとも、ボク個人の考えですから、強制はしません」


 リツコはシンジが自主的に定めていた倫理基準を著しく逸脱していた。セレナには言わなかったが、リツコはクローンにも

 手を染め、ゲンドウから言われるまま、ダミープラグに代表される非人道的実験に手を染めていた。

 リツコの立場からしてみれば他に手段が無かったかもしれないが、シンジの立場ではそこまで考慮する必要は無かった。

 シンジがセントラルドグマに仕掛けた罠に、リツコが掛かって両足を失った事も知っていた。

 その事を知った時もシンジは当然の報いだと考えて、少しも顔色を変えなかった。寧ろ、手緩る過ぎたかと後悔したくらいである。


「引き抜きは考えなかったの? 人の上に立つ立場であれば、そういう人を導いて、役立てるのも責務じゃないの」

「考えた事はありましたけど、赤木博士を説得する自信がありませんし、こちらのメリットもありません。

 それにボクは人の上に立つような役は遠慮します。指導者には向いていませんからね」

「どうして? 結構立派にやってると思うけど?」

「一般論ですが、理系の人間は白黒はっきりさせないと駄目と考える人が多いんです。それと全てを細かく考える性格の人が多い。

 全員とは言いませんが、その傾向が強いんです。そういう人は指導者には向きません。精々、小規模組織の指導者が関の山です。

 組織を率いる人、つまり管理職は自分で動いては駄目で、人を動かさないと駄目なんです。

 かつて、女中の給料にまで口を出した大統領がいました。細かいところにまで気を使い過ぎて、本来やるべき大きな目標が疎かに

 なったのでは本末転倒です。ボクにもその傾向はありますから、人の上に立つ気はありません。影で動くのが性に合ってます」

「勿体無いと思うけど……」


 セレナはシンジの説明を聞いて、脱力していた。思いがけずにシンジの本音(と思われる)を聞けたが、直ぐには全部を理解出来ない。

 ちょっと一人で考えようと思い、シンジの執務室を後にした。

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 リツコの部屋

 リツコとマヤは弐号機と参号機の修理の目処がついたので、コーヒーを飲んで寛いでいた。


「このモカは最高級品よ。しかもセカンドインパクト前の在庫じゃ無くて、一年前に生産された物よ。

 値段は高いけど、こんな美味しい最高級品が味わえるのは嬉しいわ。癒されるわね」

「やっぱり何時ものコーヒーとは香りが違いますね。何処からの輸入品ですか?」

「……北欧連合よ」


 リツコのテンションがいきなり下がった。マヤは顔を少し青ざめた。リツコの逆鱗に触れたかと思ったのだ。

 当然、最高級品である豆の生産地をリツコは承知していたが、態と思い出さないようにしていたのである。

(コーヒー豆に罪は無いから。まあ、当然の事である)

 平凡なコーヒー豆を使うか、原産地を覚悟して最高級品の豆を使うか? どちらを選ぶか、最初は迷った。

 そしてリツコが選択したのは、原産地がどこかなどと考えず、コーヒーの味を追求したのだった。

 激務の後の安らぎの時間。

 最高級品のコーヒーの香りを楽しんでいたリツコは、マヤの一言で故意に忘れた事を思い出して、機嫌が悪くなっていた。


 ゲンドウから指示されたマグマの中を潜れる観測機を急遽製作した為、スケジュールにかなりの遅れが発生していた。

 その中には、リツコの義足が出来ていないのも含まれた。つまり、まだリツコは車椅子を使用していた。

 個人都合なので少しの遅れは仕方無いが、EVA関係のスケジュールの遅れは許されない。

 浅間山の観測機をリツコ主導で製作していた時、弐号機と参号機の修理は、技術部の他のスタッフが行っていた。

 だが、リツコとマヤが入っていないので効率が落ちる為に、弐号機と参号機の修理は予定より遅れていた。

 観測機の製造が終わった後、リツコとマヤは弐号機と参号機の修理に掛かりっきりになっていたのだ。

 やっと修理の目処が立ち、後は必要な部品の納入待ちというところまで漕ぎ着けたとという状況だった。


「……先輩、済みません」

「良いのよ、マヤ。原産地を承知で買ったのはあたしなんだから。まあ、無理矢理忘れてたけど」

「……あ、後は先輩の義足を作らなくちゃいけませんね。あたし、頑張りますから!」

「頼むわよ、マヤ。あたしの足の事だから、最終調整は当然あたしがやるけど、その前の製作は御願いするわ。

 あたしは他の仕事もあるし、弐号機の最終調整もあたしがやるから」

「はい、分かりました。それと、最後のあの申請書類は何だったんですか? 洗濯機とか乾燥機とか書かれてましたけど?」

「ああ、見たの。ネルフ本部に寝泊りしている職員は多いのは知ってるわよね。今はあたしもそうだけど。

 洗濯設備が無いから、全員が外部のコインランドリーを使ってるじゃない。

 この際だから、技術部用だけでもと思って、洗濯機と乾燥機を導入して貰う為の申請書よ。あれば楽になるでしょう?」

「そうですよね。態々、外にクリーニングに行くのも面倒だと思ってたんです。洗濯設備が入れば、また少しは楽になりますよね」

「そうよ。世話して貰っているヘルパーさんからも、散々言われたのよ。それにあたし個人の話しだけど、義足が付いたからって、

 今までみたいに気軽に出歩く事は出来ないから。少しでも近場で処理出来る事は増やしたいわね」


 ネルフ本部に洗濯設備が皆無という訳では無いが、人員に比較すると極端に少ない。

 病院エリア等には備え付けられているが、その他のエリアではほとんど見かけなかった。

(現在封印してある、以前に国連軍と北欧連合が使用していたエリアには、ある程度の数が設置されている)

 職員の作業着等の洗濯が必要な場合は、外部のコインランドリーを使用するのが普通だ。

 今までは面倒でも仕方が無いという考えであったが、これから先の事を考えるとリツコの行動も以前と同じようにはいかない。

 この際、技術部の共用資産として洗濯設備を導入すれば、技術部員もリツコも楽になると考えた結果の行動だ。


「……この際だから、弐号機の修理が終わったら、手空きの技術部員で自動の洗濯と乾燥ラインを造ろうかしら?」

「良いですね。MAGIに直結して、自動制御にしますか。随分楽になりますよ」

「どうせなら、搬送ロボットも準備して、回収と配送までやってみる?」

「凄いです。さすがは科学の街! まさに科学万能の時代ですね!!

「ちょっとマヤ、大げさよ。科学者たるもの、この程度は嗜み程度と考えなくちゃね」


 激務の後の寛ぎの時間だったが、ちょっと外れた話しでリツコとマヤは盛り上がった。

 まあ、二人の気分転換は十分出来たのだから、”結果良し”なのだろう。

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 シンジの執務室

 シンジと冬宮(核融合開発機構の理事長。大和会の会長も兼任)は、ソファに向き合って座っていた。

 冬宮のいつも使用している車椅子は、ソファの脇であった。ドアの鍵は何時もと異なり、ロックされていた。


「偶には歩かないと、足が使えなくなるのではと思いますよ。

 公式には両足麻痺という事で、人前では歩く訳にはいきませんが、歩きたくなる気持ちはありますよ」

「一民間人になって貰う為に、車椅子生活をさせてしまって不便をかけます。申し訳ありません」

「いえいえ、自分から言い出した事ですしね。こうでもしなければ、私は核融合開発機構に入れませんでした。

 両足麻痺という事で表舞台から引き、こうして裏で動ける訳です。それに、こうする期間も長くは無いでしょう」

「そうですね。細かい期間までは分かりませんが、結末まで長くても数年というところでしょう」

「それくらいなら、どうと言う事はありません。では、さっそく報告といきますか」

「御願いします」


 冬宮は核融合開発機構の理事長として日本政府と北欧連合との調整を行い、大和会の会長として影からシンジのフォローを行っていた。

 シンジとしても後援組織が健全で、問題無く機能してくれた方が望ましいのは言うまでも無い。

 冬宮は定期的にシンジとの打ち合わせを行い、時にはシンジから、時には冬宮が手を回し、お互いのフォローを行ってきていた。

 今回、【HC】が設立してから初めての打ち合わせであったが、特に冬宮の方にシンジに助力を要請する内容は無かった。

 まあ、ネルフとゼーレの諜報の手が大和会の末端に伸びている事は分かっていたが、これは組織内で処理する内容と割り切っていた。


「……まあ、大和会関係の報告はこんなところですね。今のところは国内情勢も落ち着いてきてます。

 後は、今回のネルフの追加予算要求に対して、”日本は予算を用意しないのか”という嫌味を受けている外務省の報告ぐらいですね」

「分かりました。それなら現状維持で問題無いですね」

「そうです。戦自の情報ですが、浅間山の使徒戦の時、現地部隊からN2爆弾の使用許可申請があった時に、

 一部の高官に不審な動きがあったそうです」

「補完委員会からボクに直接連絡が入りましたからね。その戦自の高官の連絡が元で、補完委員会が動いたんでしょう」

「その高官には、大和会のメンバーが探りを入れています。情報が入り次第、連絡します」

「御願いします」

「それと、不知火司令と面会させて貰えますか?」

「不知火司令と?」

「ええ。戦自関係で話しを通しておきたい件がありますから」


 冬宮の依頼をシンジが断る理由も無かった。シンジは冬宮が乗った車椅子を押しながら、不知火の執務室へ向かって行った。

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 不知火の執務室

 不知火はかつての上司、今は戦自の高官二名と向き合ってソファに座っていた。


「何故、我々を魔術師と会わせる事が出来ないんだ! 昔、目を掛けてやったのを忘れたのか!?」

「それでは、公私混同じゃないですか。【HC】の司令として、その依頼は聞けません」

「まあまあ。榎本君、落ち着きたまえ。君が以前に不知火君の上司だっかもしれないが、それをこの席で言い出すのはルール違反だろう」

「しかしですね、我々が態々ここまで来たのに、技術協力が出来ないでは済まされないでしょう」

「司令職と言っても、技術公開出来る権限は無いんです。技術協力要請なら、北欧連合の大使館に行って下さい」

「もう既に行っている。断られたからな。だから我々がここに来たのだ」

「だから……ちょっと失礼」


 内線電話が鳴ったので、不知火はそちらを対応した。

 かつての上司との会話にうんざりしていた不知火は、不毛な会話を打ち切れるかもと思ったのだ。


「私だ。……い、いや今は来客中でな。……ああ、そうだ。戦自の……ちょっ、ちょっと待て! 今来られたら……切られたか」

「どうしたのかね? 誰かが来るような事を言っていたが?」

「我々が話し中だと言うのに、誰かが来ると言うのか。失礼では無いかね!」


 不知火はどう答えようかと悩んだが、答えを出す前にドアから車椅子に乗った冬宮とシンジが部屋に入ってきた。

 戦自の高官二名は冬宮の顔を見て驚いた。まさか冬宮が【HC】の基地内に居るとは想像もしなかった為である。


「冬宮殿下!? 何故、ここに!?」 「冬宮殿下!」

「おや。戦自の客とは多父神中将と榎本准将の事でしたか。スーツ姿とは珍しいですね。失礼しますよ。

 今日は不知火司令と話しがしたかったので、お邪魔しました。それと私は民間人です。殿下呼ばわりは止めて下さい」

「分かりました」 「失礼しました」

「不知火司令、本日は話しがあって伺わせていただきました。多父神中将と榎本准将もちょうど良いから聞いて下さい」

「聞かせていただきます」


 冬宮と不知火は初対面であった。簡単な挨拶の後、冬宮はこの前の使徒戦の時の事を話し出した。

 ちなみに、戦自の高官二人はシンジがEVAと天武のパイロットである事は、流出したビデオを見ていたので知っている。

 だが、そこまでである。シンジが北欧の三賢者の一人である事は知らなかった。

 冬宮の車椅子を押していた事もあり、戦自の高官二人はただのパイロットであるシンジと話すまでも無いと考えていた。

(多父神と榎本に関しては、戦自の民族派のメンバーでゼーレとは関係無い事は知っていた)


 冬宮の話しが戦自の某高官が補完委員会に連絡をしたらしいとの件になった時、眉を顰めた榎本がシンジを怒鳴りつけた。


「おい、そこの君は席を外したまえ! ただのパイロットが聞いて良い話しじゃ無い。直ぐに部屋を出て行きなさい!」

「お、おい、榎本君。ここは戦自の基地じゃ無いんだぞ。少しは控えたまえ!」

「しかしですね、戦自の機密とも言える話しをこんな若い、ただのパイロットに聞かせるというのは……」

「彼には既に話してありますよ」

「何ですって! あ、いえ、失礼しました」


 一瞬、戦自の機密とも言える内容を十代半ばの少年に話してあると聞いて榎本は大声を上げたが、冬宮の前だと思い出して、

 態度を改めた。その様子をシンジは面白そうに見つめていた。


「それで、その某高官をどうしようと言うのですか、冬宮理事長?」

「ええ、戦自の中にも私に協力してくれるメンバーはいます。彼らにその高官を探って貰おうかと考えています。

 多父神中将と榎本准将にも協力していただきたいのですが?」

「分かりました」 「協力します。しかし………」

「しかし、何ですか?」

「このような機密を、彼のような子供に聞かせるのはどうかと思いますが?

 彼がこちらの組織のパイロットである事は知っていますが、今回の件とは関係無いでしょう。戦自を軽んじられては困ります」

「では、戦自はボクの協力は一切いらない。という事で良いんですか?」


 今まで黙っていたシンジが口を開いた。

 不知火の疲れた様子を見ているので、この戦自の高官との話しが望ましいものでは無かったと思っている。

 ならば、さっさと話しを切り上げて、自室に戻ろうと考えていた。

 冬宮の話しが終わった今、部外者である戦自の二人と話す必要は無い。

 シンジの思惑とは別に、シンジの話し方に機嫌を悪くした榎本が再び怒鳴りつけた。


「若輩者が口を挟むな!! 誰がお前の協力を要請した!? 自惚れるのもいい加減にしろ!! とっとと出て行け!!」

「おいおい、榎本君、落ち着きたまえ。口が過ぎるぞ。ここは【HC】の基地内だ。戦自のルールは通用しない」

「いえ、たかがパイロットが将官同士の会話に割り込むなど、許される事ではありません。ここはビシッといかないと!」

「失礼しました。確かに佐官に過ぎないボクが口を挟んで、申し訳ありませんでした。さっそく退席しますから」

「佐官?」


 多父神はシンジに視線を向けた。十代半ばぐらいの少年だ。ネルフからの流出ビデオで見た顔である。

 だが、決戦兵器のパイロットとはいえ、十代半ばで佐官とは? 精々が尉官クラスじゃ無いのか?

 多父神は不審が篭った視線を不知火に向けた。榎本も同様である。

 不知火は忍び笑いを堪えるのに必死だった。まあ、入って来る前の会話を知らないシンジに悪意は無かったろうが、

 事実が分かった後の榎本の反応を想像すると、口元が緩んでくるのをどうしても抑え切れなかった。

 シンジの事は、ネルフを始め日本政府の一部の上層部には知られている。戦自の上層部にはまだ知られていないが、時間の問題だろう。

 ある程度の責任ある立場で、守秘義務が守れる人間なら話しても構わないとシンジから言われている。

 そろそろ頃合かと考えて、不知火はシンジを紹介した。


「EVA初号機と天武のパイロット、そして【HC】の特別顧問で、ここのNo.3。技術部門と設備部門をメインに管理しています。

 北欧連合から派遣されているシン・ロックフォード技術中佐です」

「初めまして。シン・ロックフォードです。スーツ姿なので司令の個人的なお客様だと思い、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」


 シンジを紹介された多父神と榎本とは硬直した。そして、榎本は次の瞬間、顔を青ざめた。

 まさか、十代半ばのこの少年が魔術師だとは思わなかった。それに、自分達は軍服では無く私服姿であり、戦自の将官という

 立場では無く、不知火の個人の客という扱いで【HC】に来ている。(公式訪問なら、ある程度の役職者には連絡がある)

 先程、シンジを怒鳴りつけた事を思い出し、榎本は真っ青になっていた。

 魔術師に会って技術供与要請を行うつもりだったが、その要請する本人とは知らずに怒鳴りつけたのだ。

 この先の展開を考えると、頭が痛くなってきた。だが、紹介を受け、黙っている訳にもいかない。


「私は戦略自衛隊の幕僚本部に勤務している多父神です。まさか、北欧の三賢者の魔術師が君のような少年だとは思わなかった。

 今後とも宜しくして欲しい」

「私も戦略自衛隊の幕僚本部に勤務している榎本です。先程は失礼しました。何分、知らなかったので……」

「ボクが若輩者である事は間違いありません。では失礼します」

「待て、いや、待って下さい!」


 榎本はシンジを慌てて呼び止めた。さっき怒鳴った事で言い出しにくいが、会いたかった本人を前に黙っている訳にもいかない。


「我々は北欧連合に技術供与を要請する為に来たのだ。北欧連合の政府との窓口は無く、不知火君なら間を取ってくれると思ってな。

 日本政府は【HC】を支持した。その日本政府の組織である我が戦略自衛隊も、君達【HC】に協力する用意がある。

 北欧連合の優れた技術を供与してくれれば我々の戦力も強化され、君達【HC】の力になれると思うのだが」

「その通りだ。私からの頼む」

「困りますね。北欧連合との交渉窓口は私が行う事で、日本政府も合意しています。戦自は政府の意向を無視するんですか?

 シビリアンコントロールを無視するつもりですか? そうなら、私としても考えがありますが」


 榎本と多父神の依頼にシンジが答える前に、冬宮が二人の独断専行を非難した。

 北欧連合政府には日本への不信感が根強く残っている。

 七年前に試験的に日本に設置した核融合炉の情報漏洩と、その後に発生した中国での核融合炉施設での大事故。

 それに伴う混乱時に、日本政府はするべき事をしなかった。(外伝:2013年の布石)

 中国政府に遠慮して非の無い北欧連合を切り捨てた事を、北欧連合上層部の人間が忘れていないという事を冬宮は良く理解していた。

 今回、北欧連合が大々的に日本を援助したのは、第三新東京で行われている使徒戦の為である。

 だからこそ、北欧連合の日本対応窓口がシンジに任されているのである。

 政府上層部が日本を重視しているなら、窓口はシンジでは無く、大使館と外務省が行うだろう。

 つまり、北欧連合政府は不要になれば、日本を何時でも切り捨てられる状況にしているのだ。

 それに冬宮は不満は無い。北欧連合が日本を信用出来ないのは事実だろうし、実際シンジのおかげで大規模な核融合炉発電施設が

 建設され、日本はかなりのメリットを受けている。まだ多くは無いが、食料や原材料とかも北欧連合から輸入されるようになっている。

 そんな状況で、日本の各省庁が個別にシンジと交渉し出したら、バランスが崩れてまとまらない。

 何より本業である使徒戦にも影響が出てくる。戦自の二人の言い出した事は、冬宮から見て黙っていられない事だった。


「い、いえ、冬宮理事長や政府の意向を無視するつもりはありません」 「そ、その通りです」

「ですが、貴方達の言い出した事は、政府の決め事を無視する事です。二度とそんな事の無いようにして下さい」

「わ、分かりました。では、冬宮理事長から彼に御願いして頂けますか?」

「駄目です。この前もイージス艦の技術漏洩が発覚されたばかりじゃ無いですか! それに戦自が開発を依頼している民間企業も

 ネットで侵入され、かなりの技術情報が漏れたと聞いています。こんな状況で、技術供与なんて言い出せますか!?

 機密情報がまた漏れたら、どう責任を取るんですか? あなた方二人のクビ程度では収まりませんよ」

「「………」」

「冬宮理事長、ありがとうございます。納得して頂いたという事で宜しいですね。ではボクは失礼「待って下さい」……まだ何か?

 使徒のサンプルを以前にそちらに提供した事もあります。

 ボクとしては戦自を軽く見ているつもりは無いのですが、あまり無理を言われても困ります」

「いや、技術供与の件じゃ無い。ネルフに関しての情報が入ったので、お知らせしたいのだが」

「ネルフの情報? では聞かせていただきます」


 榎本が話し出したのは、内調が近々ネルフに対して何らかの破壊工作と極秘潜入調査を行う予定だという事だった。

 日時とか破壊工作規模とかの詳細はまだ不明。現在は調査中である事。

 戦自としてもその隙をついて、ネルフの調査を進められればと考えている事だった。

 戦自と内調は日本政府の下部組織同士ではあるが、縄張り意識もあってあまり関係は良く無かった。

 だが、偶にはこういう情報が流れてくる事もある。

 潜入ルートに関しては、ネルフ本部に居た事もある不知火の情報も得られればと思っていたようだ。

 確かに、シンジの暗示に掛かった加持からは、近々ネルフに対して工作を行うという情報が届いていた。

 もっとも、工作内容と規模はまだ未定という事もあり、シンジはさほど重要視していなかった。

 だが、内調が極秘潜入調査を行うという事は、かなりの大規模工作が行われるであろうという事だ。

 ネルフに工作をする良い機会かも知れない。

 最近、シンジが開発を進めてきた亜空間制御を利用した盗聴システムが完成したばかりだ。

 これをネルフの重要機密エリアに仕掛ければ、かなりのメリットに繋がる。

 そこからネルフ、ゼーレが隠している機密情報が入手出来るかも知れない。それに状況次第だが、MAGIを落とせるかもしれない。

 今まではMAGIを落としても、その痕跡が容易に見つかるだろうという懸念があった為に、MAGIに手を出せなかったのだ。

 だが、MAGIの管理者たるリツコやマヤを一時的にでも無効化出来れば、MAGIを落とし、その痕跡さえも完璧に除去出来る。


 内調や戦自の潜入者がネルフの目を引いてくれれば、こちらの工作も可能になる。シンジは瞬時にそう判断した。

 もっとも、目の前の戦自の二人に【HC】がネルフに表面だって工作をするなど言える訳が無い。

 【HC】はネルフに対して興味が無い事を伝えて、戦自の工作の手助けする程度が妥当だろう。これも駆け引きであった。


「ボク達はネルフ本部に居た事はありますが、ネルフも施設全部の情報を教えてくれた訳ではありません。当然、重要施設は知りません。

 ですが、複数の潜入ルートぐらいは提示出来ます。何だったら、そちらから内調に情報をリークして貰っても構いません」

「本当か!? それなら大分助かる。これでネルフの化けの皮を剥すことが出来る。

 特務権限に胡坐をかき、無能のくせにデカイ態度をとっていた奴らを一泡吹かせてくれる!!」

「……ちょっと質問して良いですか? 戦自はネルフを無能者の集まりだと本気で思っているのですか?」

「そうだ! 最初の使徒戦のビデオの内容、そして今までの使徒戦の結果を詳細に分析した結論だ。

 今までの使徒は全て【HC】の手によって倒されている。まあ、君の事だな。ネルフは何の成果も上げて無いではないか!」

「それは少し短絡的過ぎる結論だと思いますけど」

「何故だ?」

「ネルフのスタッフの能力は、かなりの物だと判断しています。あの巨大な組織を僅か十年であそこまで立ち上げたんですからね。

 それに不完全とはいえ、EVAをあそこまで立ち上げたんですよ。並みの能力しか無い組織なら不可能でしょう。

 確かに特務権限を使いまくっていますが、能力を軽視するのは危険だと思います」

「意外だな。中佐がネルフの事を散々悪く言っていた記憶はあるが?」

「ネルフの譲歩を引きずり出す為には当然でしょう。彼らの能力を認めて褒めていたら、ネルフが譲歩する訳無いじゃないですか。

 こちらがネルフの上をいっている事は事実ですが、慢心してネルフを軽視するのは危険だと思います」

「ふーむ。そんな見方もあるか」 「そんな事はありえない!」

「ネルフを無能者の集まりと断定するのは戦自の自由ですが、それで手痛い目に遭うのはあなた方ですよ。

 価値観、倫理観が一般とは違っているとは思いますが、能力としては平均以上のスタッフを揃えています。

 全員が適所適材という訳ではありませんが、それなりにうまく運用しています。攻め手の立場に立てば侮れません。

 もっとも、強引な手法をとっている事もあって、隙はかなりあります。受け手に回れば弱い立場になるでしょうね」

「成る程な。参考になったよ。それにしても、君は良くネルフを観察しているな。

 最後に聞かせて欲しいのだが、君はネルフのどこら辺が価値観、倫理観が違うと思ったのかね?」


 家族一人と赤の他人一人。どちらか一人しか助けられない場合、ほぼ全員が一人の家族を助けるだろう。

 だが、家族一人と赤の他人十人の場合、赤の他人が一万人、百万人と増えた場合はどうだろう?

 家族一人を助ける為に一億の人間を見殺しに出来るのだろうか? 聞かれた誰もが自信を持って答える事など出来ないだろう。

 その場の感情によっても左右され、その時々の状況によっても異なるだろう。そもそも回答を求める類の内容では無い。

 各人が持つ哲学の分類に属するものだ。だが、ネルフをそれを明確に求めてくる。自分達の正義を振り翳す為に。

 シンジにも自分が正義と思っている事がある。だが、それは他人に強要出来る事では無いと思っていた。

 でもネルフは自己の正義を他の組織にも強要してくる。そこが価値観が自分達と異なる事だと思っていた。


 シンジの話しを聞いた多父神と榎本は、複雑な顔をして帰っていった。

 まだ少年とも言えるシンジから、ここまで重い話しが出るとは思わなかった事もあるが、考えさせられたのも事実だ。


 非常事態時に要求されるのは、それを解決出来る能力と指導力である。非常事態に全体の合意など取ってる余裕は無い。

 小田原評定が良い例だ。そして当然結果も求められる。結果が出せなければ、お払い箱になる運命が待っている。

 権限を持つ者は、成果を出す義務も同時に持っている。

 さて、この非常事態にネルフと【HC】どちらがお払い箱になるのだろうか? それは誰にも分からない事だった。

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 二−A:教室

 トウジは机の上に置かれた1枚の紙を見て悩んでいた。


「しょぼい顔してどうしたの、トウジ。今日は午後からネルフに行くのよ。しっかりしなさい!」

「何や、アスカか。いや、進路相談をどうしたもんか悩んどんねん」

「ふーーん、進路相談ねえ。あたしは関係無いから良いか。精々悩んだら。もっとも、パイロットだから進路も限られてくるけどね」

「……そうやな。親父に相談してみるか」


 浅間山の戦闘の後、アスカとトウジはファーストネームを呼び合う関係になっていた。

 アスカから見れば、トウジは最後まで諦めずに弐号機を守りきり、信頼に値する男に見えていた。

 もっとも、格闘訓練ではアスカに簡単に叩きのめされる。戦闘能力に関してでは無く、性格に対する信頼である。

 トウジから見れば、戦闘能力を比較すれば自分より遥かに上位にいるアスカではあるが、浅間山の時は気絶するまでATフィールドを

 張り続け、参号機を援護してくれたのである。口は悪いが、行動は信頼に値すると考えていた。

 ファーストネームを呼び合う二人を、他のクラスメートは奇異な目で眺めていた。だが、それも直ぐに落ち着いた。

 何と言っても、二人ともネルフのパイロットなのだ。一般人である自分達では知らない事があったのだろうと勝手に想像していた。

 もっとも、某委員長は複雑な目で二人の関係を追っていた。

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 ネルフ本部

「おーーい。ちょっと待ってくれ!!」


 エレベータに乗り込んだミサトは、聞き慣れた声を聞いて一瞬動きを止めた。

 一応確認したが、間違い無い。加持と二人きりでエレバータに乗りたく無いミサトは、無表情のまま”閉”のSWを押していた。

 エレベータの扉が閉まりかかるが、咄嗟に差し込まれた手によって、強引に扉が開けられた。


「ちっ!」


 ミサトは不機嫌な表情のままだが、加持は気にしないまま涼しげな顔でミサトに話しかけた。


「しかしまた、ご機嫌斜めだね」

「来た早々、あんたの顔を見たからよ!」


 しかめっ面で話すミサトだが、加持は気にしない。これから加持の行った工作によりネルフで大停電が発生する。

 犯人だと疑われやすい立場の加持は、ちゃんとしたアリバイをつくる必要がある。

 ミサトなら嫌がりながらもアリバイの証明をしてくれるだろう。その点、加持はミサトを信用していた。

 復旧するまで二人きりで過ごせる貴重な時間だ。加持はこの機会にミサトの機嫌を取り、以前のような関係に戻ろうと考えていた。


 加持はエレベータに乗り込むと、ドアが閉まって動き出した。だが、エレベータが動き出して、直ぐに停止した。


「あら?」

「停電か?」

「まっさか! あり得ないわ!」


 ミサトは直ぐにエレベータが動き出すと思っていたが、予想外の事態が発生した。

 エレベータ内の照明が切れて非常灯に切り替わったのだ。普通ではありえない事だった。


「変ね。事故かしら?」

「赤木が実験でもミスったのかな?」


 リツコの生態を知るミサトはありえるかもと思っていた。これも日頃の行いというものだろう。

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 実験管制室

 マヤはオペレート席に座って、車椅子のリツコの指示を受けながら実験の指揮をとっていた。


「マヤ、始めて」

「はい」


 実験の開始直後、パネルの表示が次々と消えていき、照明が非常灯に切り替わってしまった。

 まったく絶妙のタイミングだった。そう、この停電の原因はマヤが実験の開始SWを押した為だと、思わざるえないタイミングだ。


「主電源ストップ」

「電圧ゼロです」


 実験の指揮をとったリツコの責任か、それとも最終確認をせずに開始SWを押したマヤの責任なのか?

 管制室の職員の目は、リツコとマヤに向かった。リツコとマヤは職員の疑うような視線を感じて狼狽していた。


「あ、あたしじゃありません」 「あ、あたしじゃ無いわよ」


 マヤとリツコの反論はあったが、その言葉を信じる職員は誰もいるはずも無かった。因果応報というものだろう。

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 ネルフ:発令所

 発令所には冬月が、そしてメインオペレータとして青葉が勤務していた。もっとも、冬月は偶々である。

 参号機の修理は完了し、弐号機の修理も目処がついたところで、ある程度の気の緩みはあっただろう。日常業務を淡々と処理していた。

 その時、発令所の電源が一斉に落ちてしまった。


「駄目です。予備回線つながりません」

「馬鹿な! 生き残っている回線は?」


 オペレータからの報告が入ったが、その内容は冬月を愕然とさせるに十分な内容だった。

 3系統の電源回線を持ち、異常があれば自動的に切り替わるはずの電源が何時までたっても復旧しない。

 想定外の出来事だったが、このまま座視する訳にもいかない。何としても原因を突き止め復旧しなくてはならないのだ。


「全部で1.2%。2567番からの旧回線だけです!!」

「生き残っている電源は、全てMAGIとセントラル……いやMAGIだけで良い。MAGIの維持に回せっ!」

「全館の生命維持に支障が生じますが?」

「構わん! 最優先だっ!!」


 MAGIは生体コンピュータであり、常時電源を入れて活性化させておく必要があった。

 電源を長期間切られると、機能障害が発生する。その為に電源をMAGI優先にさせていた。

 だが、何時までもこの状態で持つ訳が無い。冬月は早急に原因を突き止め、電源を復旧させようと指示を出し始めた。

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 ネルフ内:通路

「おかしいわね。実験による停電なら、こんな長時間になる訳が無いわ。これは他の原因で停電になったと判断するべきね」

「そうですよね。あたし達が原因じゃありませんよね!」


 実験管制室の職員の冷たい視線を受けていたリツコとマヤであったが、停電がこんなにも長時間続くのは異常だと判断した。

 実験が原因の停電なら落ちるブレーカは限定される。それなら異常に気がついた職員によって速やかに復旧されるはずだ。

 以前に行った異常事態訓練には停電時の訓練も含まれており、その時は復旧までにかかった時間は数分程度だった。


 電源が切られて開かない自動ドアを、工具を使って無理やりこじ開けながら発令所に向かう途中、リツコは眩暈を感じた。


「先輩。どうしたんですか、調子が悪そうですけど?」

「……大丈夫よ。ちょっと眩暈がしただけよ」

「ここのところ働きずくめでしたからね。疲労が溜まって当然です。あそこの休憩室で休みますか」

「そんな暇は無いわ。一刻も早く発令所に行かないと、うっ」


 かなりの頭痛がリツコを襲い、リツコは呻き声をあげていた。

 セントラルドグマの爆発事故でリツコは両足を失い、療養生活を余儀なくされていた。体力は落ちているが、仕事は途絶える事は無い。

 そのツケが今出ていたのだ、

 リツコの容態を心配したマヤは、急いで休憩室に運んでソファに横たえた。


「先輩、ここで少し休んで下さい」

「分かったわ、マヤ。今のあたしじゃ足手まといにしかならないわ。マヤと他の職員は発令所に行って」

「そんな! 先輩を一人残しては行けません!」

「何を言ってるの!? 今は非常事態なのよ、一刻も早く復旧しなくちゃならないの。あたしは大丈夫だから、早く行きなさい!」

「わ、分かりました。電源が復旧したら、直ぐに戻ってきますから」


 こうして、マヤと他の技術部のメンバーは休憩室にリツコを残して、発令所に向かって行った。

 残されたリツコは溜息をつき、これからの事を考え出した。


(これは何らかの破壊工作が行われたと考えるべきね。

 どの程度の範囲が影響を受けたかは分からないけど、電源が100%使えない事は無いでしょう。数%程度は生き残るはず。

 でも空調や自動ドアまで動かない事を考えると、相当な範囲が被害を受けていると考えた方がいいかしら。

 そうなると長期戦になるわね。それにしてもどこの組織が動いたのかしら? 【HC】? リスクを考えれば、それは無いか。

 それに彼らならもっとスマートに行うわね。そう考えると、内調か戦自あたりが動いたと考えるのが筋か。

 意表をついてゼーレもありえるかしら。それなら破壊工作に手加減は望めないわね。後はマヤの働きに期待しましょう)


 リツコは両足を失った後、性格が少しだが変わっていた。以前は不可能な事は無いかのように、アグレッシブに動いていた。

 だが、両足を失った後は出来る事と出来ない事を明確に分離し、出来ない事は他に任せるようになっていた。

 今回、MAGIに関してマヤに任せたのも、その為であった。管理者としての立場から見ると、良い傾向だろう。

 リツコは破壊工作でネルフ本部が被害を受けたと考えていた。

 だが、破壊工作はネルフ本部に止まらず、第三新東京全体に影響を与えていた。

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 ネルフのゲート入口

 ネルフに向かう途中、進路相談の件で父親と話していたトウジだったが、会話中に突然電話が切れてしまった。

 周囲を見渡すと信号も消えていた。街全体の電気が消えている事に気づいたアスカとトウジは、走ってネルフに辿り着いた。

 ネルフ本部なら大丈夫と思ったが、IDカードを何度通してもゲートは開いてくれない。トウジの焦りは怒りに変わりつつあった。


「何で動かんのや?」

「何やってんのよ。あたしに替わりなさいよ!」


 トウジを押し退けてアスカは自分のカードを通すが、結果は同じだ。違うゲートでも試してみるが、全て結果は変わらない。

 はっと気がついたアスカは緊急時の非常マニュアルを取り出し、ページをめくった。

 しかし、本部と一切の連絡がつかない場合の対処など、どこにも記載されていない。

 自力で本部へ向かおうと判断したアスカは、トウジと一緒に本部へのルートを探し始めた。

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 【HC】不知火の執務室

 第三新東京全体が停電になったとの報告が調査部からあった直後、不知火はライアーン副司令とシンジを執務室に呼び出した。

 執務室の壁の大型スクリーンには、衛星軌道上から映された第三新東京の映像があった。

 信号機が止まり、大通りには渋滞している車の列。途中で停止した列車。

 本来は日中でも動いているはずの電子広告看板が何も映していない様子。それらが執務室の壁のスクリーンに映し出されていた。


「第三新東京全体が停電か。日本政府の内調も手加減無いな。ここまで騒ぎを大きくするとは思わなかったぞ」

「それには同感だな。で、中佐から申請のあった工作の件だが、本当にやるのか?」

「はい。これはチャンスだと判断します。MAGIを落とすのは無理でも、要所要所に工作を仕掛けられます」

「こちらの工作と気づかれる訳にはいかない。大丈夫か?」

「戦自は分かりませんが、内調の工作員が潜入していますので、何かあってもそちらにネルフは気を取られるでしょう。

 ボクに気がつく可能性はかなり少なくなっていると思います」

「分かった。連絡が取れるようにする事と、万が一を考えてEVAの出撃も出来るように準備したまえ」

「了解です。レイはミーシャと一緒にボクの執務室で待機しているように伝えます」


 シンジは停電で自由に動けないネルフ内部の重要機密エリアに、亜空間制御システムを使用した盗聴システムを設置しようと

 考えていた。司令室、副司令室、発令所、リツコの部屋、地下のターミナルドグマ。設置したい場所は山ほどある。

 MAGIが落とせれば最高なのだが、リツコがMAGIの状態を監視出来る状態にあれば、手は出せない。

 MAGIを落とすかはリツコ次第、駄目でも重要機密エリアに盗聴システムを設置出来れば、今後の展開はかなり変わるだろう。

 シンジは執務室を出て、亜空間転送でネルフ本部に移動しようと行動を開始した。






To be continued...
(2011.11.20 初版)
(2012.06.30 改訂一版)


(あとがき)

 前の投稿からかなり期間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。(この小説を待っている人って何人ぐらいいるんだろう?)

 震災当日は怪我は無かったのですが、その後に色々と身体の不調とかがありまして。(今は治っています)

 5月までは復興支援関係で忙しく、6月は電力15%規制の準備。7月から9月は電力規制の監視と目白押しでした。

 まあ、電力規制が22日から9日に前倒し終了になったので、助かりましたが。

 これを書いているのは10月上旬です。やっと時間の余裕が取れるようになりました。

 まあ、プライベートもそこそこ忙しいので、以前のように定期的に投稿という訳にはいきませんが、出来るだけ時間の

 余裕が出来たら取り組んでいきたいと思ってます。


 今回は派手なシーンはありません。これからの展開を考えての解説を多くしてみました。

 次回は(多分)想定外になるだろうと思われる結末です。



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