因果応報、その果てには

第三十二話

presented by えっくん様


 西暦2000年 南極大陸

 青く美しく見える地球。太陽の光が当たっている箇所は、輝かしい色を放っていた。まさに宇宙の宝石とも言える存在だろう。

 だが突然、地球の南極大陸がある場所から閃光が放たれた。


 南極に設置された施設は衝撃で倒壊して、暴風が吹き荒れていた。

 そんな中、一人のぼろぼろになった男が血塗れの少女を脱出カプセルに乗せた。

 脱出カプセルの中の少女は目を覚まして、自分を見下ろしている男に視線を向けた。


「…………お父さん」


 声を掛けられた男は答える事無く、脱出カプセルのハッチを閉めた。そして力尽き、脱出カプセルに倒れこんだ。

 その直後、凄まじい衝撃が脱出カプセルのある施設を襲った。


 南極大陸は次々と吹き飛ばされ、氷河とそこに生存していた生物は根こそぎ消滅していった。

 その衝撃は地球の地軸さえも狂わし、南極上空のオゾン層を消し飛ばした。

 南極圏を中心に巨大な暴風圏が拡大していく。そして、その中心から巨大な四枚の光の翼が伸びていき、宇宙空間にまで到達した。

 その光景を海上で脱出カプセルの中から、少女が虚ろな表情のまま見上げていた。

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 ミサトの部屋

 セカンドインパクトの時の事を思い出して、ミサトは浮かない顔をしていた。

 今までほとんど思い出した事は無かったのだが、何故か思い出すと脳裏に鮮明な映像が浮かんでくる。


 鏡に映った自分の身体を見た。モデルクラスの見事なプロポーションだ。そして形の良い胸。

 かつてミーナから垂れ乳を疑われた事があったが、そんな事は絶対無い。その自慢の胸から脇腹にかけて、深い傷痕が残っている。

 セカンドインパクトで受けた傷痕だ。もっとも、ミサトには傷を受けた時の記憶は無かった。

 一時期は失語症になり、あの当時の事はほとんど記憶が無い。唯一、鮮明な記憶はセカンドインパクトの時の巨大な光の翼である。

 当時十四歳だった自分は何の為に南極にいたのか? 父は何をしていたのか? あそこで何が起きたのか?

 使徒があの悲劇を起こした事は分かったが、それ以外の疑問は未だ納得出来る回答を得てはいない。


 それと最近は使徒に関係すると精神が荒れるというか、冷静な判断が出来なくなっていると感じていた。

 その為に【HC】とのトラブルをかなり引き起こしている。自分が悪いという自覚はあった。

 後であれば冷静な判断も下せたが、現場で使徒に絡むとどうも自分の感情を制御する事は出来なかった。

 その不条理さをミサトは感じていた。だが、ここで考えても結論が出る訳では無い。ミサトは着替えを済まそうと、動き出した。

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 シンジの自室

 前回、MAGIの機密情報を全て得られるチャンスがあったのだが、使徒来襲の為に断念したのはシンジにとって痛恨事であった。

 だが、僅かな時間で一つだけはMAGIの機密情報をダウンロード出来ていた。それは『ロンギヌスの槍』に関するデータだった。

 聖者であるキリストを貫いた槍。聖杯と並び、キリスト教徒なら誰でも知っているメジャーな名前である。

 そのメジャーな固有名詞がMAGI奥底の機密情報のリストにあったので、目に入ったシンジの興味を引いていた。

 他にも、『裏死海文書』だとか『人類補完計画』だとか『セカンドインパクト』とかの名前はあった。

 だが、どうにもメジャー過ぎる名前を見た時、たった一つの情報しかダウンロードしている余裕が無いと判断したシンジは、

 興味を引かれた『ロンギヌスの槍』に関するデータを選んでいた。

 情報とは無闇に公開して良いものでは無い。まずはこの情報を良く吟味し、大丈夫だと判断してからでないと、不知火にも話せない。

 そう思ったシンジは、気合をいれてデータの内容を分析していった。


(南極の使徒と一緒にあった槍。アンチATフィールドを展開出来て、槍自体に何らかの意思が宿っている可能性があるか。

 セカンドインパクトで使用され、現在はかつて南極大陸のあったところにあるはず…………か。

 そしてサードインパクトに使われる予定という訳か。誰が創ったのかまったく不明。その存在を認めるしかない。

 キリスト教の伝える内容とは、まったく別物か。情報が歪曲して伝わって、あんな形になったのかも知れない。

 さて、MAGIからダウンロード出来た唯一の情報だ。

 今まではネルフの先手を受けるしか無かったけど、これで初めて使徒に関してネルフの先手が取れる。動くか)


 この件に関して、北欧連合にもロックフォード財団にも、まだ知られたく無い。ロンギヌスの槍を入手し、解析した後なら

 まだ良いだろうが、この時点で知らせると所有権とかで問題が複雑になる可能性は十分にあった。

 シンジは誰にも知られていない戦力を動かそうと、バルト海の海底にあるマスター・ユグドラシルに接続を開始した。

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 【HC】の近くの樹海

 加持は【HC】の秘密を探る為に、たった一人で樹海を進んでいた。

 富士核融合炉発電所いや、【HC】の基地は二面は樹海に面し、一面は湖に面している。

 残る一面に通用ゲートはあるが警戒は厳しく、そこからの潜入を加持は断念した。(どうしてもIDカードが入手出来なかった)

 湖からの潜入も考えたが、逃走ルートの確保が難しい。樹海の方がまだマシと判断したのだ。

 【HC】の上空は、所属の航空機以外の飛行は認められていない。

 治外法権エリアとあって、警告無く撃ち落とされても文句は言えない。遠くの山からの望遠写真が唯一の撮影映像だ。

 多人数での潜入は警戒網に掛かり易い。自分の諜報員としての能力に自信を持っている加持は、一人での潜入を試みようとしていた。


 月の光の下で加持はゆっくりと樹海を進んだ。

 赤外線ゴーグルを装備し、危険な動物がいないか、監視装置が無いかをゆっくり確認しながらだ。

 装備は比較的軽装であるが、樹海での野営も出来る準備はしてある。加持の予定では二日をかけて樹海を突破して、【HC】の基地の

 周囲を観察、基地周囲の警戒網の穴を見つけようと考えていた。いきなり初回から基地への潜入は行わないつもりである。

 まだ時間は早く、【HC】の基地は遠い。

 後二時間ほど進んでから、テントを張って休もうかと考えた加持だったが、突然首に鈍い痛みを感じた。

 同時に強烈な睡魔が加持を襲った。


(やばい、麻酔弾か。敵が居るのも分からなかったなんて、俺もヤキが回ったかな)


 後悔の念が加持に吹き荒れた。だが、どうする事も出来はしない。

 こんなことなら、少数でも同行者を連れてくるべきだったか考えながら、加持は意識を手放した。

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 加持は鈍い痛みを堪えながら、目を覚ました。そして自分の状態を確認した。

 ……素っ裸で石の台の上にロープで縛られて寝かされていた。口は猿轡で塞がれ、下着さえ無い状態だ。

 側には人間が余裕で入れそうな大きな釜があり、薪が勢い良く燃えて、釜の中の湯はぐつぐつと煮えたぎっていた。

 その釜の隣の台には、山のように積まれた野菜があった。

 身体に何処かの土人のようなペイントを施した数人の男が、山のような野菜を細かく刻んで大釜に入れていた。

 同じような格好の別の男は、加持が目を覚ましたのを知ると、ニヤニヤしながら見ている。

 そんな状況を確認した加持は、特大の脂汗をダラダラと流し始めた。


(ま、まさかこの連中は俺を食うつもり……ま、まさかな。でも何で樹海の中に、こんな土人みたいな連中が居るんだよ!?)


 大きな斧を持った男が自分に近づいて来たのを見て、加持は身体を捩って抵抗したが、あっさりと押さえつけられた。

 あの斧でばっさり切られ、大釜に食材として入れられるのが分かっているなら抵抗しない人間はいないだろう。

 だが、ロープで縛られてろくに動けない加持は何も出来ない。口は猿轡で塞がれているので、声もあげられない。

 加持が必死の形相で抵抗しているのを見た男達は、全員がニカッと笑って加持をうつ伏せにした。

 数人の手が加持の下半身にのび、そして感触を確かめるように弄った。

 加持は必死になって抵抗したが、数人掛かりで押さえつけられては何も出来ない。


(やめろ!! 俺はするのは大好きだけど、されるのは大嫌いだ!! うわっ、やめてくれ!!)


 さっきは食料にされるという意味で生命喪失の危険を感じたが、今は男としての尊厳喪失の危険を感じていた。

 だが、いくら抵抗しても何も出来ない。加持は下半身を襲う激痛に悲鳴をあげた。

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 ばっ

 加持は大量の脂汗をかいた状態で、毛布を跳ね除けながら目を覚ました。慌てて周囲を見渡したが、加持以外には誰もいない。

 聞こえてくるのは風と虫の音だけだ。加持は明日から樹海に潜入する為、この山小屋で寝ていた事を思い出した。


(な、何だったんだ、あれは夢か!? でも、やたらとリアルな夢だったな………まずい! これは俺の勘がまずいと言っている!)


 このまま予定通りに樹海に入ると、さっきの夢が現実になりそうな予感をひしひしと加持は感じていた。

 任務は重要だが、自分の貞操を犠牲にするつもりはまったく無かった。

 今からでも別ルートを考え直そうと加持は思い、資料を引っ張り出した。


 そんな加持を冷ややかな目で見つめている存在があった。


(暗示に掛かっているから自分では分からないだろうけど、これから潜入するって連絡が入った時は脱力したよな。

 予定通りに潜入すれば、あのグループの餌食になる事は間違い無い。あれにかかれば、大の男も価値観が一変してしまうからな。

 この前潜入して捕まったMI○のバンコランという少佐が、美少年好きから受け好みに変わったと聞いて吐き気がしたくらいだからね。

 あの連中は遠慮が無いというか、手加減を知らないからな。ライアーン副司令も悪趣味だよな。

 まだまだネルフとゼーレの情報源として働いてくれないと、こっちが困る。今回助けたのは特別さ)


 ライアーン副司令の発案で、各国の特殊部隊の特殊性癖のある人間を集め、樹海の一部の監視を担当させていたのである。

 獲物(侵入者)がかかれば、どう料理しようが自由である。もっとも、潜入した人間の所属と名前ぐらいの報告の義務はあった。

 メンバー人数は十六名。趣味と実益が伴う仕事だと、メンバーの士気は非常に高い。

 今まで餌食になった諜報員は五十人は下らない。犠牲者の冥福を祈るだけだ。もっとも、最近は潜入する諜報員の数が減ってきている。

 獲物が少なくて文句があがってきているが、ライアーンはうまく扱っている。

 こういうのも適所適材っていうのかなと、シンジは溜息をつきながら考えていた。

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 ネルフ:司令室

 前回の使徒を倒したのはネルフと戦自の共同作戦の結果というのが補完委員会の正式通知だったが、ゲンドウはこれを拡大解釈。

 ネルフが戦果をあげたとして、様々な手配を行っていた。


「おい、葛城君の二階級特進は本当にやるつもりか」

「次の使徒の時、准尉のままでは流石にまずい。それに特進では無い。時間差をつける」

「時間差か。どこかの提督の二番煎じのような気がするが……まあ、仕方無いか」

「使徒を倒したのだ。反論は認めん」

「……艦隊の準備は?」

「既に南極に向かっている。我々は途中で合流だ」

「我々が不在の時の指揮を執ってもらわねばならないからな。では作戦課長に戻すのか?」

「当然だ」

「分かった。手配しておく」


 ゲンドウと冬月は次の使徒の為の布石を、次々と打っていった。ミサトの昇進と作戦課長への復帰もその一環である。

 名目上は戦自との共同作戦の成果だが、それでも成果は成果である。昇進の口実には十分だと考えていた。

 そしてゲンドウが仕掛けたシンジへの策の発動も迫っていた。

 今回の使徒は初号機でも対応は難しいだろうと予測している。初号機の覚醒がありえるかもしれない。

 そんな期待をゲンドウと冬月は胸に抱いていた。

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 二−A:教室

 放課後、誰もいない教室でケンスケはトウジに熱心に頼み事をしていた。


「なあ、頼むよ。誰でも良いからさ、ネルフの幹部を紹介してくれよ」

「あほう。そんな事出来るか!」

「トウジはEVAのパイロットなんだろう。それくらい軽いもんだろ」

「無理なもんは無理や。ケンスケはネルフ本部に入れんやろ。紹介なんか出来る訳ないやろ」

「じゃあ、ネルフの外でも良いからさ」

「まあ、機会があったらやな」

「それで良いさ。ところでこの前の大停電の時に凄い爆発があったろう。あれは敵をやっつけたんじゃ無いのか?

 トウジがやったのか? それとも惣流か?」

「そんな事言えんわい!」


 ケンスケの村八分状態は続いていた。クラスの女子からは冷たい目で見られ、男子もトウジを除いて話しかけてくる者はいなかった。

 ケンスケと話すのはトウジだけだ。トウジはEVAのパイロットになったと公表された事もあり、別の意味でクラスから浮いていた。

 トウジが何時も話すのは、アスカ、ヒカリ、ケンスケぐらいである。

 ケンスケが村八分になっていても、義理堅いトウジはケンスケとの友人関係を壊すつもりは無かった。


 ケンスケがこの前の使徒戦の事を聞いてきた時、内心ではトウジはどきっとした。

 あの時、単独出撃で使徒を殲滅したと聞かされ、有頂天になったトウジだが、戦闘訓練でアスカの八つ当たりとも言えるシゴキに

 トウジは失神までさせられた。あの時のアスカを思い出すと、トウジも寒いものを感じてしまった。

 絶対にアスカの前で使徒を倒した事を嬉しそうに言わないようにとミサトから釘を刺された事もあり、トウジの内心は複雑だった。

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 ネルフ:実験場

 アスカとトウジはシンクロテストを行っていた。

 前回の使徒は中途半端な結果であり、今度こそはネルフだけで白星を飾りたい。

 そんな思いがテストに立ち会っている職員にはあった。もちろん、パイロット二名も同じだ。


 テストの結果、トウジの数値が目覚しいほど上がっているのが確認された。

 アスカにはまだ及ばないが、EVAに乗り出して間もない事を考えれば破格の数値だった。


「トウジ君は十分才能がありますね。この短期間でこれだけの結果が出せるんだから大したもんです」

「そうね。EVAに乗る為に生まれてきた、とまでは言わないけど、適正があるのは確かね」

「でも、まだまだアスカのレベルまでは時間がかかるわね」

「それは仕方無いわよ。うっ」

「先輩どうしました? 顔色が悪いですけど」

「最近、ちょっと眩暈がする事が多いのよ。もう大丈夫よ」


 リツコの義足は完成したが、普通に歩けるだけで走る事は出来ない。年齢も三十路に突入した事もあって二十代の頃の元気は無い。

 そこに運動不足からくる体力の低下があって、リツコは以前ほど無茶な仕事は出来なくなっていた。

 当然その負担は他者に回ってくる。そのほとんどの場合、マヤに仕事が回ってきたのだ。

 最近は寝不足気味であり、お肌の荒れ模様を気にし始めたマヤだった。

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 【HC】建設現場

 基地内の主要施設は既に稼動をしているが、後回しにされて未だに建設中の施設もあった。

 今建設中の施設は予備倉庫になる予定で、重要度も低くて完成はそれほど急がれてはいない。

 その工事現場で、かつて華々しいデビューを飾った『JA』が黙々と働いていた。


「それが終わったら、次は搬入口にあるH鋼材を現場まで運んでくれ」

「分かりました。今の搬送作業が終わったら、次は搬入口に移動しろ。H鋼材の搬送だ」


 工事責任者からの指示を受けた時田は、左腕の手首についた通信機でJAに指示を出した。

 今の時田は、日本重工業からロックフォード財団に研修で出された状態になっており、その財団の指示でJAの

 選任管理者という形で【HC】の基地内で勤務していた。


 JAは日本重工業で開発されたが、結局は兵器としては使用出来ないと判断されていた。

 株価が暴落したが、シンジから密かな依頼を受けた不知火財閥の総帥によって経営権は不知火財閥に渡っていた。

 現在の日本重工業はJAの開発を諦めて、ミサイルや弾薬、無人戦闘機などの量産を行うようになり収益はかなりあがっている。

 当然、社員の給与や福利厚生も改善され、オーナーが代わった事に文句を言う人間はほとんどいなかった。

 だが、JAの開発に携わった時田は、JAの開発を継続する事に拘っていた。

 JAの開発費が負担になっていた経営陣が時田を放置するはずも無い。オーナー(不知火財閥)の意向もあり、時田とJAは

 ロックフォード財団に研修という形で出されて、今はアーシュライト課長が時田の上司になっていた。


 現在のJAは小型核融合炉を搭載し、コンピュータシステムも改造。駆動関係の大幅な改造が施されていた。

 その結果、出力を向上させ、移動速度も向上。音声認識が可能なようにまで改善されている。

 もっとも、第三者が時田の腕時計タイプの通信機を奪っても、JAの制御が盗まれないように、シンジ、アーシュライト、

 時田の三人の音声パターンがJAに登録されている。けっして○作少年のマネでは無い。


(オーナーが替わったから、JAの開発が日重として中止になったのは仕方が無い。だが、私は諦め切れなかった。

 その結果、流れてここまで来た訳だ。だが、JAに核融合炉が搭載されて安全性も増した。出力も向上して、駆動系の改造に

 よって飛び跳ねる事まで出来るようになった。極めつけはコンピュータ搭載による自立制御システムが確立した事だ。

 まさかこんな腕時計タイプの通信機でJAが動かせるようになるとは、あの時は想像さえしていなかったからな。

 JAは生まれ変わった。私の分身だ。開発当時とは比較にならないほど機能は向上している。

 ……しているのだが、JAを重機代わりに使われるとは! EVAや天武と比べると、戦闘能力が皆無なのは理解出来るが、

 やはり夢は捨てられない。何時かはJAで華々しい姿を飾ってみせる!!)


 JAと一緒に【HC】に勤務している時田だったが、夢を捨てた訳では無かった。

 ロックフォード財団技術部の支援を受けてJAは生まれ変わり、今も時田は空き時間を使ってJAの改造を継続していた。

 これに関しては、時田の熱意に打たれた上司のシンジとアーシュライトは黙認している。

(シンジが上司と分かった時、時田とシンジの間に一悶着あったが、それは余談である)


 現在は【HC】基地建設の重機代わりに使用されているJAだが、時田の熱意は実り、後日、JAは華々しい姿を公開する事になる。

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 ネルフ:休憩所

 珍しく、パイロット二名とオペレータ三名が休憩所に集まって、自販機の飲料を飲んで寛いでいた。

 このメンバーが休憩所に揃う確率は、一等の宝くじが当たる確率とどちらが高いだろうか。まあ、そのくらい珍しい事だった。


「そう言えば、今回の昇進は一律で全員が一階級昇進かと思ってたけど、葛城さんは二階級昇進みたいだよ」

「えっ、二階級特進? 普通、生者に二階級特進は無いんじゃないの?」

「午前中に一回上がって、午後にまた上がったんだってさ」

「葛城さんは准尉から二尉なのね。何かずるいわよ」

「昇進というより前に戻ったって事だよね」

「上の決めた事だしね。でも、久々の明るい話題じゃないか」

「まあ、ネルフの初白星だからね」

「どうだい。関係者を集めてパーティでもやらないか?」

「パーティ? 何の為に?」

「だから皆の昇進祝いだよ。ここで一発パーティをやって気分転換するのも良いんじゃないか」

「そうね。何処でやる?」

「ネルフの中じゃあ、他の職員が呼べとか煩そうだしな。外でやるか? 居酒屋でも予約してさ」

「ワシは未成年やけど?」

「大丈夫、普通の飲み物だってあるさ。美味い食事を頼んどくよ」


 こんな経緯から発令所関係のメンバーが集まって、昇進祝い(?)パーティを行う事となった。

 場所は適当な居酒屋を予約すれば良いだけだ。準備も特に必要は無いのだ。

 後は誰を呼ぶかだ。誰を追加で呼べば良いのか、五人の脳裏には色々な人が浮かんでは消えていった。

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 居酒屋

 日向はミサトに声をかけた。酒と賑やかな事が好きなミサトは一発でOKした。

 青葉は勤務のローテーションの為に欠席である。

 マヤはリツコに声をかけた。だが、義足の為に不自由だという理由から、リツコは出席を断った。

 アスカはヒカリに声をかけた。ネルフとは関係無い部外者という事で断ろうとしたが、アスカに強引に連れてこられた。

 トウジが出席すると聞いて、急に気が変わったというのは二人だけの秘密である。

 トウジは……ケンスケに以前言われた事を思い出し、他の出席者にケンスケが出る事のお伺いを立てたが、アスカに即答で却下された。

 そしてどこから聞きつけたか知らないが、加持から出席したいとの連絡が日向に入っていた。

 断る理由も無く、日向はOKを出した。もっとも、少し遅れるそうだが。


「「「「「「乾杯!」」」」」」


 ミサト、日向、マヤ、アスカ、ヒカリ、トウジの六人がグラスを合わせて乾杯した。

 未成年であるアスカ、ヒカリ、トウジの三人はジュースで乾杯だ。ちなみにアスカはペンペンを抱えている。

 店のTVはちょうど歌謡番組を流していて、陽気な曲が聞こえてくる。宴会の雰囲気を自然と盛り上げていた。


「ぷはーー。この一杯が美味しいのよね。これぞ人生の楽しみだわ。ねえ、そうは思わない?」

「はは。明日は休みとはいえ、ほどほどにして下さいよ」

「こんなの飲んだうちに入らないわよ。それに給与も元に戻ったのよ。少しはぱっと遊ばなきゃ!」

「ヒカリ、これは何の料理なの?」

「ああ、それは……」

「先輩が来ないのは残念だわ。あたしもたまには飲もうかしら」

「そうだよ、マヤちゃん。飲み過ぎは良く無いけど、少しぐらいなら大丈夫さ」

「この唐揚げは絶妙やな。お姉はん、追加を二人前や!」

「鈴原。肉だけじゃ無くて、サラダも食べなきゃ駄目よ」

「ん。次の唐揚げが食い終わってからや」

「もう、食い意地が張ってるんだから」

「ヒカリったら世話女房みたいね」

「ア、アスカったら何を言ってるのよ」


 大人達はアルコールが入って、何時もより口が回った。アスカ達も何時もと違う雰囲気で、テンションが上がっている。

 そうなると食も進み、酔いも回ってきた。最初は無難な食事関係の話題だったが、酔いが回ると愚痴が少しずつ出てきてしまった。


「今回はうちのポイントになって良かったわよね」

「ふん。いつも【HC】にやられっ放しって訳にはいかないわ。次こそはアスカに期待してるわよ!」

「ふん。当然でしょ。弐号機さえ動けば、次こそはあたしが倒してみせるわよ!」

「アスカ……大丈夫なの?」

「ヒカリは心配しなくて良いわよ。あたしは強いんだからね」


 全部がネルフの戦果という訳では無いが、それでも戦果は戦果である。初勝利を祝う気持ちは当然あった。

 今までの事、これからの事。色々と話しは弾んでいた。ふと気づくとTVの歌謡番組は終わり、ニュース番組に変わっていた。

 居酒屋にニュース番組は合わないだろうとチャンネルを変えようとした時、画面のニュースキャスターから驚愕の内容が語られ始めた。


『ニュースをお伝えします。特務機関【HC】に所属している『北欧の三賢者の魔術師』が、日本人の少年である事が判明しました』


「「「「「「えっ!!」」」」」」

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『国連の特務機関ネルフの報道官は、本日午後六時に記者会見を行い、北欧の三賢者の魔術師が日本人の少年であると発表しました。

 碇シンジ君、十四歳だそうです。碇シンジ君はロックフォード財団の養子に入っていますが、実の父親はネルフ司令である

 六分儀ゲンドウ氏であるとの発表です。六分儀氏は碇シンジ君の養子縁組を認めておらず、公式に養子縁組解消の為に国際裁判所に

 提訴する考えだと表明しています。ロックフォード財団に、幼児誘拐の容疑があるかも知れないという見解を発表しています。

 碇シンジ君は2001年6月に日本の京都で生まれ、2004年に行方不明となりました。今年に入り、やっと消息が判明したとして

 父親である六分儀ゲンドウ氏は碇シンジ君との面会を希望していますが、北欧連合と【HC】はこれを拒否。

 六分儀ゲンドウ氏は父親として、息子を取り戻す為に徹底的に戦う事を表明しています。

 尚、北欧連合の大使館はネルフの発表をでっち上げだと批判。

 【HC】に問い合わせたところ、碇シンジ君が三賢者の魔術師である事は認めましたが、ネルフの主張は嘘だとの見解です。

 現在、父親である六分儀ゲンドウ氏、それと碇シンジ君とは連絡がついていません。新しい情報が入り次第、お伝えします』

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「何よ、これ……」

「あちゃあ、ばらしちゃったのか? 荒れるぞ、こりゃあ」

「あ、あたしはどうなっても知らないわ!」

「……さて、どうなるのかしらね」

「碇君、大丈夫かな」

「ふん!」


 今のニュースを聞いて、陽気に騒いでいた六人の雰囲気が一瞬にして変わった。

 まさかシンジの事をこんな堂々とTV放送するなんて、想像さえしていなかった。

 しかも発表元はネルフである。当然、ネルフに火の粉が降り掛かってくる事もあるかもしれない。

 周囲の客席も今のニュースを聞いてざわめき出した。六人にこれ以上飲む気は無かった。

 慌てて会計を済まして、居酒屋を出て行った。

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 北欧連合の在日大使館

 ネルフの報道官がシンジの事を発表した直後から、マスコミからの問い合わせの電話が大使館に殺到していた。

 内容はネルフ報道官の発表した事の真偽の確認。それとシンジとの会見希望の電話がほとんどであった。

 そのマスコミからの問い合わせに加え、TVのニュースで放送してからは一般からの問い合わせも増えて、

 既に電話回線がパンク状態になっている。そもそも今まではろくに電話も来ない状態だったので、回線数も増やしてはいない。


 電話オペレータの疲れた様子を見て、今月は特別手当がいるなとロムウェルは心の中で呟いていた。

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 ナルセスの書斎

 ナルセスは副総帥のハンス、それとミハイルとクリスを呼んで状況を聞き始めた。


「今はどうなっている?」

「本社の広報部への問い合わせ電話は落ち着きつつあります。ですが、あとしばらくは忙しい状態が続くと予想しています」

「まったく、うちがシンを誘拐しただと。嘘を言うにも程がある。シンが記者会見すれば、一発でばれるだろうに」

「それもうちが洗脳したとか言い出すんじゃないの。あまり軽く見るのはどうかと思うけど」

「まったく、ネルフがシンに干渉する事を解禁しなけりゃ良かったな。シンの判断とはいえ、甘かったのは確かだ」

「でも、あそこまで暴露するなんて、普通は思わないでしょう」

「相手が普通じゃ無かったという事だな。シンとの連絡はついたのか?」

「はい。少し状況を見極めてから動くと言ってます。取り合えずは、日本のマスコミに圧力をかけると言ってました」

「うちへの影響はあるのか?」

「日本のマスコミが発表した事を受けて、国内のマスコミでも放送されていますが、論調はうち寄りですね。

 国内のマスコミとしても、今更シンを日本に奪われるなんて、看過出来る事じゃあ無いですからね。国内世論は大丈夫です」

「そうなると問題は日本の対応か」

「日本のマスコミとネルフがどう出るかだな」


 取り合えずは北欧連合とロックフォード財団にはあまり影響が出ないだろうという事は分かった。

 だが、舞台である日本での大混乱が予想された。どう支援すれば良いのか、四人は静かに考え込んでいった。

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 ネルフ:発令所

 ゲンドウと冬月は南極に向かっており、不在であった。

 その不在の間は、何も無ければリツコが、そして使徒が来た場合はミサトが指揮を取る事がゲンドウによって公布されていた。


「広報部の誰があんな事を発表したのよ? あたしは何も聞いて無かったわよ」

「あんな事って、司令の命令に決まってるでしょう。司令の命令無しに、あんな事は発表出来ないわよ」

「でも司令は南極に行ってるんでしょう」

「だからよ。わざと自分が不在の時を狙って発表させたんでしょう」

「不在の時を狙ってか………広報部はどうなってるの?」

「一時期は電話回線がパンク寸前までいったらしいわね。今は少しは落ち着いたそうよ」

「落ち着いたか。TVで『子供を取り戻す為に戦う』って言ってたけど、あの司令がねえ。本気だと思う?」

「…………」

「答えられないか、まあ良いわ。【HC】は何か言ってるの、というか本人はどうしてるのよ?」

「【HC】はネルフの報道官発表を完全に否定した後は沈黙を守っているわね。中佐本人はまだ動いていないわ」

「ふーーん」


 司令と副司令が不在である現在、なるべくトラブルの類は起こしたくは無いと考えるのが普通である。

 だが、ゲンドウが指示した暴露戦術でネルフもかなりの影響を受けていた。

 当然、本業の方に支障が無いようにはするが、対マスコミを考えると無視も出来ない。ある程度は無難な対応が求められていた。

 それは広報部の責任範疇かと考え、この件に関してはミサトはこれ以上関与する気は無くなっていた。

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 不知火の執務室

 不知火は状況を整理する為、ライアーンとシンジを部屋に呼んだ。

 三人はセレナが入れたコーヒーを飲み、一先ず落ち着いてから協議を始めた。


「状況を整理しよう。ネルフはあれからどうなっている?」

「ネルフの報道官が一度発表してからは、一度も会見を開いていません。

 マスコミからの問い合わせも司令が不在を理由に、後日に回答としか返事をしていないそうです」

「うちへの影響はどうだ?」

「電話が引っ切り無しに掛かってきました。内容はネルフ発表に対するうちの見解に関してと、中佐への記者会見の要求がメインです。

 中佐の多忙を理由に断っていますが、いつまでも断る事は無理でしょう。正面ゲートにはマスコミ各社が多数詰め掛けています。

 全てブロックしていますが、業務に支障が出かねないレベルになっています」

「ネルフの、いやネルフ司令の本意は何だと思う? 今更、本当に中佐を取り込むつもりだとは思えない。まあ、中佐も断るだろうしな」

「まったくですね。本気でボクを取り込む事は考えていないでしょう。

 ですが、公的にボクの実の父親として様々な干渉や行動が大っぴらに出来ますね。

 それとロックフォード財団に関して拉致疑惑を言い出しましたから、そちらに対する行動も考えている可能性は十分あります」

「でも、中佐が記者会見で否定すれば、一発で終わりになるんじゃない」

「ミス・ローレンツ。それは甘い考えです。ボクが幼少の頃にあの男から暴力を受けた事、育児放棄があった事など公表しても、

 それさえもロックフォード財団の洗脳の結果だと言い出しかねません。まあ、証拠は確かにありませんから。

 まったく、こんな干渉をしてくるなんて想像していませんでしたよ。物理的干渉やMAGIを使った干渉なら、

 いくらでも対応出来る自信はあったんですけどね。まったく、陰謀家としての才能は確かにあります」

「ふっ。こんな事でネルフ司令を見直すとはな。自分が不在の時を態々狙うのが憎らしいな」

「まったくです」 (もっとも南極に行ったのが無駄足になる訳だ。一矢報いた事になるのかな)


 こんな事ならネルフからの干渉を認めるなどと言い出さなければ良かったとシンジは後悔したが、今更時は戻らない。

 まあ、一矢を報いた事で気持ちを取り直し、話題をマスコミの対応へと変えた。


「取り合えずはどう対応する? マスコミの手前、中佐が何時までも記者会見しない訳にもいくまい」

「マスコミの論調を抑えるように、大和会に依頼しています。ボクが記者会見するのはその効果が出てからですね。

 申し訳ありませんが、マスコミにはボクが二週間以内に会見すると伝えて下さい」

「二週間以内で良いのか?」

「それ以上は伸ばすとまずいでしょう。二週間あればある程度はこちらの準備も出来ますから」

「しかし、中佐の経歴を『魔術師』の件だけ公表して、パイロットの件を公表しなかったのは、やはり使徒関連は隠しておきたい為か?」

「……そうだろうな。とすると今までの使徒戦のデータを全て公表すると補完委員会を脅せるわけだ。

 今までは【HC】の設立時に、使徒関連情報を全て公表しないように言われていたが、こうなるとそれも守っていられないな」

「補完委員会に文句を言っても、個人間の争いには介入しないとか言われそうですね。脅すならネルフを直接脅した方が効果はあります」

「そうだな。まだ使うか分からないが、今までの使徒戦の発表資料を用意しておくか」


 【HC】本来の業務に若干の支障が出るが、止むを得ない事である。

 まったく余計な事をしてくれたと全員が内心で溜息をつき、今後の対応の件で協議を再開した。

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 第二東京:核融合開発機構(NFDO):理事長室

 冬宮は大和会の幹部を呼んで、今後の対応に関して協議を行っていた。

 ここで対応を間違えると、日本の興亡にも影響するという認識があった。集まったメンバーは真剣な顔つきで協議に臨んだ。


「ネルフの発表を防げなかったのは仕方が無い。だが、マスコミを抑えないと【HC】の行動に支障が出る。

 さらにロックフォード博士にこれ以上の迷惑が出ないようにする必要がある。何とかマスコミの論調を誘導して欲しい」

「今のマスコミの論調は、魔術師が若干十四歳の少年である事。そして日本人である事。父親が特務機関ネルフの司令である事。

 何故、ロックフォード財団の養子に入ったのか? そこら辺を重点的に流しています。【HC】へは彼がいる事もあって取材の

 標的になっていますが、実害は無いと考えています。ただ、どうしても博士への集中的な特集は避けられそうにはありません」

「無理か?」

「無理ですね。年齢、生い立ち、実績。全てが驚愕に値します。マスコミに取っては、格好のネタです。ここのところ、大きなネタが

 無かった事もあり、各社は血眼になって博士の過去を追っています。まあ、表面上の事しか分からないでしょうが」

「博士からは二週間以内に記者会見を行うとの連絡が入っている。その時までに例のものを全て準備して欲しい」

「……あれを全て二週間以内にですか?」

「そうだ。マスコミが公平な視点から報道するなら構わない。特に言論統制などする気は無い。

 だが、マスコミ各社に様々な資本がついて、そのスポンサーの意向が反映される事が最近はかなり多い。

 今回は核融合炉の件も絡む。日本だけで無く、各国の利権も絡んでくる。

 特にゼーレ配下のマスコミが、自分達に有利なように世論を誘導する可能性は十分にある。その時の為の準備だ」

「理事長は日本のマスコミを敵に回すつもりですか? いや、あれが準備出来れば、潰す事も可能か」

「ゼーレ配下のマスコミは当然潰さなければならないだろうが、それ以外のマスコミも注意する必要がある。

 最近のマスコミは偏向報道がかなり多いからな。

 今回の場合、マスコミによって偏向報道が行われて北欧連合を不用意に刺激されると、彼らが日本から撤退する可能性さえある」

「……分かりました。何とか準備します。ですが、ネット上の騒ぎには介入出来ません。2008年の事故の時を上回る勢いです」

「あの時も、罪は無いのに博士は散々叩かれてたな。あれ以上の騒ぎになるか」


 2008年に中国で核融合炉の大事故が発生した。日本には直接的な被害は出なかったが、ネット上では大騒ぎになった事は

 記憶に新しい。北欧連合や開発したシン・ロックフォードに対する罵詈雑言で埋め尽くされたサイトも多数あった。

 今回はあの時以上の騒ぎになると言う。シンジに直接被害が出れば、日本はどうなるか。冬宮は頭痛がしてきた頭に手を添えた。


「はい。マスコミならまだ何とかなるかも知れませんが、不特定多数が参加しているネットは手が付けられないでしょう。

 下手に介入すると、権利を侵されたと逆撃を受ける事になります」

「それが日本の首を絞める行為に繋がるとは、彼らは分からないだろうな」

「民主主義は発言の自由が認められていますからね。その不始末が自分達に跳ね返ってくるなんて、想像もしてないでしょう」

「……分かった。ネットに関する事は後で考えよう。まずはマスコミ対策だ。

 その件に関しては、北欧の三賢者の魔女の助力が得られるようになった」

「三賢者の魔女の助力ですか!? ネットワークに関しての世界的権威じゃ無いですか」

「今回の事は北欧連合からの助力は期待出来ないが、ロックフォード財団からは密かに支援すると連絡が入っている」

「了解です。助かりました。それとマスコミの論調に関してですが、傘下の放送局と新聞社には指示を出しておきます。

 もっとも規模が小さいので、他のマスコミの論調を誘導するまではいきませんが」

「取り合えずはそれで十分だ」


 使徒戦が日本で行われているからこそ、北欧連合が日本に協力してくれているという認識がある。

 そして現在は順調に使徒戦をこなしている。

 今、北欧連合が全面的に撤退する事は無いだろうが、協力の度合いが下がるのは望ましい事では無い。

 だが、マスコミ各社はそんな事まで考慮はしないだろう。だからこその準備であった。

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 A社のTV報道

『北欧の三賢者の魔術師である碇シンジ君の件ですが、ネルフは一度の会見の後は、一切会見をする気配さえ見せていません。

 【HC】の報道官発表によりますと、碇シンジ君は現在はかなり多忙であり、二週間以内に記者会見を行うと発表があっただけで、

 その後は一切の発表を行っていません。富士核融合炉発電所の入口ゲートには各社の取材陣が詰めていますが、【HC】は治外法権を

 理由に取材陣の入場を拒否しています。発電所内に取材に入った記者数名は【HC】に拘束され、未だ開放されていません。

 富士核融合炉発電所のエリアに治外法権を付与した事に対し、日本政府への批判の声があがっています』


 B社のTV報道

『北欧の三賢者の魔術師である碇シンジ氏は北欧連合では、シン・ロックフォードと名乗っています。父親は特務機関ネルフの司令で

 ある六分儀ゲンドウ氏です。母親は十年ほど前に死亡しています。母親の死亡後、碇シンジ氏は日本で行方不明になりました。

 当時の状況を警察に問い合わせしましたが、捜索依頼が出されていませんでした。現在は富士核融合炉発電所内部に住んでいます。

 今のところ、碇シンジ本人からは二週間以内に記者会見を行う事以外は、何の声明も出されてはいません』


 C社のTV報道

『魔術師の称号を持つシン・ロックフォード博士の件ですが、何故幼い頃から養子に迎えたのか、疑問が抱かれています。

 日本から誘拐・拉致を行い、幼い頃から洗脳を行って養子に組み入れたのでは無いかという意見も一部にはあります。

 ロックフォード財団の広報部は、ネルフ報道官の発表は全てが事実無根であると反論しています。

 ですが、何故幼い子供を態々養子に迎えたかに関しては、一切の回答はありませんでした。

 現在の北欧連合は日本からの入国を禁止しており、電話取材で判明した内容です。以上をお伝えしました』


 D社の新聞社説

『北欧の三賢者の魔術師である碇シンジは、生粋の日本人である。だが、何故日本では無く北欧連合に所属しているのだろうか?

 彼の優れた才能は北欧連合では無く、生まれ母国である日本の為に使われるべきではないだろうか。何故、彼がロックフォード財団の

 養子になった経緯はまだ明らかにされていない。そこに不正があるならこれを正し、彼の所属を日本に変えるべきではないだろうか。

 それが彼の為でもあり、日本の為でもあるだろう』


 E社の新聞社説

『シン・ロックフォード氏の最大の成果は核融合炉の実用化であろう。今から十年以上も前に核融合炉を実用化し、北欧連合の経済発展に

 貢献している。若干四歳時に開発したと聞くと真偽を疑わざるを得ないが、成果は成果である。現在は北欧連合、中東連合に続いて、

 日本で設置・稼動が行われており、日本経済への貢献は多大なものと評価するべきだろう。だが、この核融合炉の成果をたった三国で

 独占して良いのだろうか? セカンドインパクト以降は、どの国もエネルギー不足が慢性化している。こんな状況下では、核融合炉の

 世界展開が求められている。北欧連合は核融合炉の技術を一般公開し、世界のエネルギー不足を解消させるべきでは無いだろうか』


 F社の報道(ネット)

『北欧の三賢者の魔術師である碇シンジ氏は、京都にある旧碇財閥の跡取りとして誕生しました。残念な事に碇財閥は十年以上前に

 解散・消滅していますが、西日本方面に根拠地をおく不知火財閥と縁戚関係である事が判明しました。

 不知火財閥は富士核融合炉の建設に携わった事が知られていますが、今回は日本重工業の経営権の取得に関してのインサイダー取引の

 容疑があがっています。数ヶ月前、JAという日本重工業のロボットの完成披露会において、事故が発生しました。

 その完成披露会に碇シンジ氏は出席しており、ロボットの事故発生前に、不知火財閥は日本重工業の株を大量に空売りしています。

 事故の発覚後、日本重工業の株が暴落した後に不知火財閥は底値になった日本重工業の株を大量に購入。現在は筆頭株主として、

 日本重工業の経営権を持っています。この件に関して、国税当局が既に捜査に着手したとの情報が入っています』


 G社の報道(ネット)

『現在、北欧の三賢者の魔術師であるシン・ロックフォード氏(日本名:碇シンジ)の事が取り沙汰されていますが、ネルフ報道官の

 発表だけであり、本人コメントはまだありません。二週間以内に記者会見を行うと発表があっただけです。

 情報が錯綜していますが、本人発表を待たずにあれこれ論評するのは避けるべきでは無いでしょうか? 北欧連合からは核融合炉を

 始め、食料や資源の輸入等の恩恵を日本は受けており、両国の関係悪化に繋がるような事態は断固として避けるべきでしょう』

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 二−A:教室

 昨日から続くシンジに関するニュースの事で、クラスのあちこちで話しが盛り上がっていた。


「さすがに北欧の三賢者の魔術師の名前は凄えよなあ。あそこまでニュースで取り上げるなんて、思って無かったよ」

「でも、ニュースじゃ北欧連合に拉致されて洗脳されたかもって言ってたぜ。あの碇は洗脳されてたのか?」

「まだ分かんないだろ。でもネルフ司令が父親だってのには驚いたな」

「ああ。ネルフと【HC】はライバルだもんな。親子でライバル関係の特務機関にいるなんて、普通じゃありえんわな」

「ネルフ司令が『子供を取り戻す為に戦う』って言ったんだって。何か、格好良いよな」


「ねえねえ、学校の前にTV局の人がいて、インタビューしてたけど何か聞かれた?」

「聞かれたわよ。もちろん内容は碇君の事だったわよ」

「やっぱりね。何て聞かれたの?」

「碇君が学校でどんな事してたのかとか、誰かと付き合ったりしていなかったとかよ」

「えっ。じゃあ、スラードさんと綾波さんの事は話したの?」

「うん。聞かれたから答えたわ」

「ええーー。後で騒がれるんじゃないの」

「マスコミだって、少しは事前調査をしてから来るわよ。この前の体育館爆破事件の事も聞かれたわ」

「えっ。あの件も話したの? 碇君から内緒にしてくれって言われたでしょうに」

「頼まれたけど、了承した訳じゃあ無いもん。あたしの自由でしょ」

「後で恨まれるんじゃないの」

「先にマスコミが知ってから聞かれたのよ。マスコミが知る前に言ったら問題だろうけど、後なら大丈夫よ」


 まだホームルームの時間帯である。自由な時間という事で話しは途切れる事なく続いていた。

 だが、その会話の輪に入らずに考え込む者もいた。


(あーあ。あいつもだいぶ有名になったわね。こりゃ当分は騒がしいままか。あんたはマスコミを相手に頑張れば良いわ。

 次の使徒は必ず弐号機で仕留めてみせるわ)

(碇君はこんなに騒がれて大丈夫かな。碇君は嘘つきだって鈴原は怒ってるけど、ケンカしないで欲しいわ)

(ふん。あいつがいくら騒がれようと、ワシの知った事じゃないわ。ワシの己の信じた道をいくだけじゃ)

(TVもネットも碇の特集一色だな。でも写真は出ていないよな。真正面から撮った写真は無いけど、横顔はあったかもしれないな。

 TV局に持ち込めば、高く売れるかも)


 そんなに親しい関係では無かったが、それでもかつてのクラスメートである。先生が入ってくるまで雑談が止む事は無かった。

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 【HC】ユグドラシルU制御室

 【HC】としてのマスコミ対応はライアーンに一任したシンジだが、今回の騒動に関して【HC】以外にも影響は出ている。

 まったくシンジとしては頭が痛くなる事ばかりだ。今回ばかりはネルフが自分に干渉する事を許可した事を後悔していた。

 ネルフを甘く見ていた事、ネルフぐらいの対処は問題無いと自惚れていた事は確かだろうと反省していた。

 だが、落ち込んでばかりはいられない。従来の仕事に加えて、今回の件でも対処する内容は山積みになっている。

 誰の邪魔も入らないユグドラシルUの制御室でシンジは各プランの進捗確認を行い、必要であれば指示を出した。

 そして端末情報に表示される様々な情報を確認していた。

 そこに急遽、衛星軌道上にある【ウルドの弓】から緊急情報が入ってきた。使徒来襲の報であった。






To be continued...
(2011.11.20 初版)
(2012.06.30 改訂一版)


(あとがき)

 前回の使徒戦での不満を解消しようと、今回の使徒戦はそれなりに力を入れているつもりです。

 まあ、前半はこんなもんです。もっとも次の次への布石が混じっていますけど。

 次話を御期待下さい。



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