因果応報、その果てには

第三十三話

presented by えっくん様


 西暦2015年 南極地域

 かつては雪と氷に覆われ、その地下に豊富な資源を有していた南極大陸は今は存在しない。

 セカンドインパクトの中心地であった為に、大陸ごと消滅してしまったのだ。

 現在の海の色は赤。そして塩の柱がところどころにある不気味な海域としか言いようが無かった。

 その海域を一隻の空母とそれを護衛する巡洋艦、駆逐艦数隻が航行していた。

 その空母の最上部エリアにゲンドウと冬月はいた。冬月は周囲を見渡して、その光景に溜息をついた。


「如何なる生命の存在も許さない死の世界、南極か……地獄と呼ぶのに相応しい世界だ」

「それでも我々人類は、ここに立っている。生物として生きたままな」


 使徒によって起こされた悲劇、セカンドインパクト。その悲劇のトリガーは人類の手によって引かれた。

 人類の手によって変わってしまった南極。それを見た冬月とゲンドウの意見は異なった。


「科学の力で、守られているからな」

「科学は人の力だよ」

「その傲慢さこそが、十五年前の悲劇を生み出したという事を忘れたのか? その結果がこれだ。

 与えられた罰にしては、あまりにも大き過ぎるとは思わんのか?」

「だが、ここは浄化された世界だ」

「……俺は罪に塗れても、人間が生きている世界を望むよ。ところでどうするつもりだ?」


 哲学調の厳かな雰囲気だったが、突如冬月は口調を改めてゲンドウを問い質した。

 視線は空母の甲板に向けられていた。本来なら、この甲板にはある物が載せてある予定だったのだ。

 数日をかけて予定の海域をくまなく探したが、ついに目的の物を見つける事は出来なかった。

 これでは折角国連軍の艦隊を用意して南極まで来たのが、まるっきりの無駄になってしまう。


「セカンドインパクト後のアダムの回収の時には確認してある。その時はその大きさ故に回収は出来なかったからな。

 その後で、あれほどの物が移動するはずが無い」

「ある意思が込められていると聞いているが、己の判断で移動した可能性は?」

「…………」

「委員会へはどう報告する」

「後二日間は捜索を行う。それで見つからなければ、事実を報告するまでだ」

「……分かった。それと日本の事だが、大騒ぎになっている。ネットで入ってくる情報を見ても、彼の事ばかりだ。

 日本だけで無く、全世界規模で話題になっているぞ」

「ふん。今は前準備に過ぎん」

「あまり干渉し過ぎて、彼を怒らせたらどうなるか知らぬ訳でもあるまい。俺は寝室に蠍を入れられるなんて、二度と御免だ。

 お前は確か蛇だったな」


 冬月の言葉を聞いて、ゲンドウの頬がピクピクと動いた。以前、寝室に蛇を放たれた事は過ぎ去った事として記憶を封印していた。

 ゲンドウもあれを二度やられる事は断固として拒否したかった。


「マスコミを前面に出す。大丈夫だ」

「なら良いがな」


 二人の緊張感が少し薄れた時、ブリッジから緊急連絡が入ってきた。


『北欧連合政府より入電。インド洋上空の衛星軌道上に使徒を発見』

「北欧連合政府? ネルフからの入電では無いのか?」

「冬月。衛星軌道上の観測網は全て北欧連合の手にある」

「……そうだったな。今回はどうなるか、弐号機と参号機だけでは無理だろう」

「今度こそ初号機が覚醒するはずだ」


 今回の使徒の事は概略ではあるが、解読された資料から少しは分かっていた。だからこそ、このタイミングで南極に来ていたのである。

 ネルフ管轄の弐号機と参号機では歯が立たない。初号機と零号機とプラスしてもどうかというレベルだ。

 だからこそ、その危機に初号機が覚醒するかもしれないとゲンドウは考えていた。

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 ネルフ:発令所

 大型スクリーンに監視衛星から撮影された映像が映っていた。オレンジ色で、形状は横長。大きな目が特徴だ。

 アメーバというのが一番近いイメージかもしれない。


「まさか宇宙空間に出現とはね。攻撃はしていないの?」

「北欧連合に依頼しましたが、拒否されました」

「何で北欧連合に依頼するの? 国連軍にでも頼めば良いじゃない」

「……ミサト。宇宙空間は北欧連合の独壇場なの。各国の人工衛星は打ち上げたそばから、北欧連合の軍事衛星に撃ち落とされているわ。

 つまり、衛星軌道上で監視機能を持っているのはあそこだけなの」

「どこも文句は言わなかったの?」

「言ったわよ。でもあそこの攻撃だって証拠が無いの。勝手に衛星を打ち上げても、あっと言う間に撃ち落とされて終わり。

 失敗したんだろうって回答にどの国も反論出来なかったわ。あそこが撃ち落とした証拠なんて、どの国も用意出来なかったしね。

 セカンドインパクト以前に打ち上げられた衛星の寿命が尽きて落下して、アメリカやドイツに被害が出た事があったでしょう。

 それ以後は北欧連合が責任を持って、寿命が尽きた衛星を宇宙空間で処分しているの。

 そうなったら、どの国も文句を言わなくなったわ。気象情報やGPS情報は全て、平等に提供してくれるしね。

 今回の使徒の映像も北欧連合の軍事衛星からの撮影映像なのよ」

「ダミーの映像って事は無いの?」

「無いわ。各地の天文台の観測データにも、あの位置に使徒らしきものがいるのは確認出来ているわ。

 もっとも、この映像ほど鮮明では無いけどね」

「間違い無いって事ね」


 ミサトがリツコと話している間に、使徒に動きが生じていた。自分の身体の一部を切り離したのだ。

 使徒から切り離された一部は、大気圏突入の断熱圧縮による熱にさらされながらも燃え尽きる事無く、太平洋に落下した。

 付近に島も無く、被害は無かった。

 何をするつもりか疑問に思ったリツコとミサトだったが、使徒の行動を観察していくうちに表情を引き締めた。


「大気圏投入でも燃え尽きる事は無いか。切り離した身体の一部をATフィールドでコーティングしているわね。

 ATフィールドで断熱圧縮の熱から守り、落下速度をつけた状態で地表を攻撃。まさに質量爆弾ね」

「使徒の照準も、誤差を段々と修正しています。次の目標はこの第三新東京です」


 マヤが操作をして、使徒の破片が落下したポイントを次々と示していった。

 そのポイントを繋いだ先は日本列島、いや第三新東京市になっていた。残された時間はあまり無かった。


「使徒の本体がここを直撃したら、第三芦ノ湖の誕生かしら?」

「富士五湖が一つになって、太平洋と繋がるわね。本部ごとね」


 ミサトの戯けた口調のセリフに、リツコも軽い口調で答えた。その内容を聞いたオペレータ達は真剣な表情になった。


「六分儀司令は?」

「使徒の放つ強力なジャミングの為、連絡不能です」

「MAGIの判断は?」

「全会一致で撤退を推奨しています!」

「どうするの? 今はあなたが責任者よ」


 使徒が自らを攻撃手段とし、本部に突っ込んでくる。しかも宇宙空間からの自然落下の加速度がついた状態である。

 宇宙空間での迎撃手段はネルフには、いや国連軍にさえ無い。

 北欧連合の【ウルドの弓】の攻撃もATフィールドに阻まれて終わりだろう。

 かつて、【ウルドの弓】で使徒に損害を与えた事はあるが、あの時は使徒の攻撃中だった。

 その攻撃の隙をついたからこそ、攻撃がヒットしたのだ。

 今回はそれは望めないだろう事は判断出来た。ならば、この第三新東京で迎え撃つしか無かった。

 使徒の攻撃をむざむざ受けるつもりは無い。目に暗い光を湛えたミサトの決断は下った。


「日本政府の各関連省庁に通達。ネルフ権限における特別宣言【D−17】を発令。

 半径五十キロ以内の全市民を避難させて。松代にはMAGIのバックアップを依頼して!」

「ここを放棄するんですか?」

「いいえ。ただ皆で危ない橋を渡る事は無いわ。それと【HC】にネルフ司令官代理の名前で協力を依頼して」

「……【HC】に協力を依頼ですか?」

「そうよ。これは現存するEVA四機全部の力が必要になるわ。時間が無いわ。直ぐに連絡を取って!」


 ミサトの目には暗い光と、強い意志が込められていた。

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 使徒来襲の初期において、ネルフの権限は大幅に制限されていた。各国の主権侵害の権限の剥奪。人材の強制徴集権限も剥奪。

 子供に対する徴兵権限の剥奪。他の組織に対する徴発権限の剥奪等があった。

 だが、避難宣言は緊急時の権限という事で残されていたのである。

 従って、日本政府はネルフの正当な権限である【D−17】を受け、第三新東京を中心にした大掛かりな避難行動を開始した。

 道路は車で大渋滞、そしてヘリや航空機を利用した避難活動を戦自と国連軍が協力して行っていた。

 そして、第三新東京からは人影が消え去った。ネルフ本部も必要最小限のメンバー以外は松代に避難している。

 地上のビルも、地下に収容済みだ。避難が済んだ第三新東京は、まるでゴーストタウンのようである。蝉の声が空しく響いていた。

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 【HC】情報分析室

 ネルフのスクリーンと同じ映像が、分析室のスクリーンに映し出されていた。

 不知火はライアーンとシンジを召集して、使徒迎撃の立案をしているところだった。


「ネルフは避難宣言を出したか。まあ当然だな。しかし今度の使徒は質量兵器か。やっかいだな」

「巨大隕石みたいなものですかね。直撃したらここも危ない」

「使徒の試し撃ちは終わった。衛星からの情報で使徒の動きが分かるのは助かるが、そろそろ動かねばな」

「司令はどういう考えですか?」

「む。……中佐の考えは?」

「……まずは司令からどうぞ」

「……ネルフからはEVA四機で使徒を受け止めるという作戦の協力要請があったが、現実的にはあの大質量を手で受け止める事は

 まず不可能だろう。初号機が空を飛べる事を利用して、空中で迎撃した方がまだましだと思う。

 もっとも、使徒の落下速度に初号機が対応出来ればの話しだ。初号機の飛行速度と使徒の落下速度は差があり過ぎる。

 補助手段として、N2爆弾を使徒の真下で爆発させ、使徒の落下速度を落とすぐらいか」

「空中で迎撃ですか……中佐の案はどうだ?」

「副司令の意見はどうですか?」

「駄目だ。あの質量にどう対応するか私には思いつかない」

「では申し上げます。司令の空中で迎撃する案ですが、これを採用して良いと思います」

「あの使徒の落下速度に追従出来るのか? 隕石の落下と同じだ。落下速度が速過ぎて、初号機では掴まえられないだろう」

「はい。ですから司令の案は最後の手段という事にしたいのです」

「最後の手段? 他に対応策はあるのか?」

「最初、この基地の機能を説明した事をお忘れですか? それと……」


 シンジは不知火とライアーンに、三段構えの迎撃作戦を説明し始めた。

 …………

 …………

 シンジの説明が終わり、内容を理解すると不知火とライアーンは大きく頷いた。顔から悩みが消えて、さっぱりとした顔つきだ。


「私がここで指揮を執り、中佐はEVAで出撃か」

「私は本国政府に連絡を取り、さっき中佐の言った要請内容を伝えます。大丈夫、本国政府は要請を受け入れてくれるでしょう」

「ボクはEVAの準備をしておきます。レイも一緒に出撃しますから」

「分かった。では日本政府には私から要請をかけておく。この前の件もある。要請を受け入れてくれるだろう」


 作戦は決まった。三人にはそれぞれの役割分担がある。それを実行しようと、三人は直ぐに行動を開始した。

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 ネルフ:女子トイレ

 人影がまったく無くなったネルフ本部であるが、その中の女子トイレで言い争う二人が居た。


「やるの。本気で?」

「ええ。そうよ」

「あなたの勝手な判断でEVA全機を捨てるつもり? 勝算は0.00001%。万に一つも無いのよ」

「ゼロでは無いわ。EVAに賭けるだけよ」

「葛城二尉!」

「今の責任者は私です」


 リツコの言葉にミサトが翻意する事は無かった。頑なにリツコの言う事を拒んだ。

 ミサトにも意地がある。使徒を目の前に逃げるつもりは無かった。目に暗い光を湛えているミサトの意思は固かった。

 もっとも、こんな状況で実を取るか、意地を取るかは各人様々だろうが。


「やれる事はやっときたいの。使徒殲滅はあたしの仕事だもの」

「仕事? 笑わせるわね。あなたの使徒への復讐は自分の為でしょう。あなたのエゴに過ぎないわ」


 リツコはミサトが使徒に異常とも言える感情を持っている事を知っている。二度に渡る精神誘導の為である。

 リツコの言葉はミサトの本心をついていたが、ミサトは耳を貸す気配は無かった。そのまま黙ってトイレを出て行った。

 残されたリツコは溜息をついて呟いた。


「あの【HC】があなたの頼みをすんなり聞いてくれると思ってるの?

 迎撃に動くのは間違い無いだろうけど、あなたの指揮下に入る事は絶対に無いわよ」


 司令官代理の名で【HC】への協力要請は既に出しており、回答待ちの状態であった。

 リツコは【HC】が素直に協力するはずが無いと主張したが、ミサトは他の手段は無く【HC】は協力するはずだの一点張りである。

 あの使徒をどう迎撃すれば良いのか、リツコにも判断はつかない。

 つかないが【HC】が素直にミサトの作戦に従うとはどうしても思えないリツコであった。

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 アスカとトウジを呼び出して、第三新東京の映像データを見せながらミサトは二人に今回の作戦内容を説明した。


「えっ!? 手で受け止める!?」

「そうよ。使徒の落下推定ポイントは広範囲に及ぶわ。従って、EVA四機を各ポイントに配置。

 使徒が接近してきたら、落下ポイントが絞り込めるから、そのポイントに向かって各EVAは最大速度で移動。

 ATフィールドを最大にして、使徒を直接手で受け止めるのよ」

「使徒がコースを大きく外れたら?」

「その時はアウト」

「機体が衝撃に耐えられなかったら?」

「その時もアウトね」

「勝算は?」

「神のみぞ知るってところかしら」


 あまりの状況にアスカは内心で溜息をついた。作戦と呼べるレベルでは無い事は分かった。

 だが、これしか無いのも事実なのだろう。自然と愚痴が零れてしまった。


「これで上手くいったら、まさに奇跡ね」

「奇跡と言うのは、起こしてこそ初めて価値が出るものなのよ」

「つまり、何とかしてみせろって事?」

「他に方法が無いの。この作戦は」

「作戦って言えるの?」

「……嫌なら辞退出来るわ」

「……EVA四機って、あいつらにも頼むの?」

「そうよ。今回はこの作戦しか無いわ。【HC】も協力するしか無いわ。……それとも、初号機と零号機に全部を任せる?」

「嫌よ! やってやるわよ!」

「おし。やったるわい。碇なんかに負けてたまるか」


 最初、ミサトの説明を聞いて怖気づき気味だった二人だが、シンジとレイが作戦に参加すると聞いて目の色を変えた。

 前回は辛うじて戦自との共同作戦で参号機が使徒を倒した。(名目上の事である)

 ましてや弐号機は、まだ戦果をあげていない。ここで引く訳にはいかなかった。


「一応、規則だと遺書を書く事になっているけど、どうする?」

「別にいらないわ。死ぬつもりは無いもの」

「ワシもいらんです」

「成功したら、好きなだけステーキを奢るわよ」

「えっ、本当?」

「約束するわ」

「ほんまでんな」

「期待しててね」


 ミサトは二人のパイロットがやる気を出した事で、安心した顔で部屋を出て行った。

 残された二人はお互い視線を交わした。


「ご馳走と言えば、ステーキで決まりか」

「当然やん。よし、腹いっぱいステーキを食ったる」

「えっ!?」


 セカンドインパクト直後と違い、今は物資は豊富でご馳走といっても様々な種類の料理がある。

 だが、セカンドインパクト直後は、食料等の物資が欠乏して肉など極端に入手出来ない状況だった。

 故に、セカンドインパクト世代でご馳走と言えば、ステーキが定番になっていた。貧乏臭い世代と陰口を言われる所以である。

 まあ、今の子供達には分からない感覚である……はずだったのだが。


(そういえば、トウジは大食らいだったわね。まったく欠食児童じゃあるまいし、ステーキぐらいで騒がないで欲しいわね。

 まったく、こっちが恥ずかしくなるわよ。まあ、本人のやる気が出たんなら良いか)

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 ネルフ:発令所

 ミサトは苛々しながら【HC】からの連絡を待っていた。残された時間は少ない。

 早く初号機と零号機を所定の位置に配置しなければ、ミサトの作戦は実行出来ないのだ。


「【HC】からの返事は?」

「催促していますが、まだ回答はありません」

「もう、何してるのよ。早くEVA四機を位置につかせないと作戦が実行出来ないじゃ無いの!!」

「諜報部から連絡が入りました。【HC】の基地からキャリア二機が発進しました。初号機と零号機を搭載しています」

「諜報部から? 【HC】からの連絡は無いの?」

「はい」

「でも、初号機と零号機を出したって事は、こっちに向かってるんでしょう?」

「ちょっと待って下さい。……違います! 【HC】のキャリア二機はこちらへの飛行ルートを取っていません。

 現在のキャリアの高度は一万二千メートル。どんどん高度を上げています」

「まさか!?」

「リツコ、まさかって何よ。あいつらは何をしようとしているのよ」

「EVA二機を高高度に持っていくっていう事は、【HC】は上空で使徒を迎撃するつもりかもしれないわ」

「高高度って……EVAで使徒に張り付いて、使徒を倒すつもりって事? そんな事が出来るの?」

「初号機は空を飛んだけどね。でも絶対に無理よ。ミサトはグライダーを操縦して、ジェット戦闘機に取り付く事が出来る?」

「そんなの無理よ! 速度が違い過ぎるわよ!」

「この前の初号機の飛行速度と今回の使徒の落下速度は、さっき言った以上に速度差があるのよ。いくら初号機でも無理だわ!」


 リツコは頭の中で計算した数値を再確認したが、やはり間違いは無い。いくら初号機でも無理だと思っていた。

 だが、そんな事はシンジも最初から分かってるはずだという思いもある。無駄な事を態々シンジがするとは思えない。

 その時【HC】の不知火からネルフに通信が入ってきた。


『ネルフの司令官代理を騙る人間からの協力要請だが、正式に断る。現在、こちらは独自の作戦を遂行中だ。

 ネルフの協力要請は受け入れられない。以上だ』

「ちょっと待ちなさい! あたしは間違いなく司令不在時の指揮官を命じられたのよ。そのあたしの要請を断るって言うの?」

『司令官代理を任命しておくなどと言う連絡は受けていない。まったく特務機関の司令と副司令が同時に不在など、普通はありえん。

 これは後で国連に問題事項として報告させてもらう。それにこちらに協力要請をするなら、少なくとも本人がするんだな。

 下っ端の准尉、ああ今は三尉か、そんな通信要請であっさりとネルフに協力する訳が無かろう。一般常識を勉強したまえ。以上だ』

「待って下さい。初号機は落下する使徒に取り付くつもりなんですか? 絶対に無理です!」

「そ、そうよ。そっちは何をするつもりなの!?」

『それを教える義務は無い』


 通信は【HC】側から強制カットされた。発令所のメンバーは呆然としていた。

 その中でリツコだけは手落ちがあった事を認めて、気を取り直した。

 確かにミサトをゲンドウと冬月不在時の責任者に任命したが、対外的に公布した訳では無い。あくまでネルフ内部のみの通達だった。

 そもそも特務機関の司令と副司令が同時に不在になるなど、公言出来るはずも無い。責任感云々を問い詰められて終わりだ。

 だが、それをここで言い出しても始まらない。


「弐号機と参号機はどうしますか? このまま指定ポイントで待機ですか?」


 日向の問いにミサトは一瞬考え込んだ。【HC】は独自の作戦を実行するつもりだろうが、何をするかはまだ分からない。

 自分が立案した四機で使徒を受け止める作戦は、【HC】が拒否した事で実行は出来ない。だが、ネルフが何もしない訳にもいかない。


「弐号機と参号機は予定地点に配置。出来る範囲で【HC】の情報を収集して!」


 ミサトの顔に焦りの色が浮かんでいた。

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 【HC】戦闘指揮所

 不知火、ライアーン、シンジの三人の協議の結果、作戦は決定して関係各機関への協力要請は済ませており、承諾の回答を得ていた。

 使徒の落下コースも全て判明しており、迎撃位置の計算も済んでいる状態だ。


 シンジとレイは既にEVAに搭乗して、キャリアで限界高度に向けて移動中である。


 使徒が迎撃予定地点に近づくと不知火は席から立ち上がり、重々しく作戦の発動を命令した。


オペレーション【閃光】を開始。EVA二機を載せたキャリアは最大高度で待機。【HC】特別宣言【F−05】を発令する!

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 【HC】は特務機関であり、ネルフと同レベルの特務機関権限を有している。

 そしてネルフには無い【HC】のみの特務権限が存在した。

 特別宣言【F−05】

 それは富士核融合炉の外部への電源供給を完全に停止し、その電力を【HC】が一定期間専有するという非常事態宣言であった。

 だが、それまで電源供給していた地域をいきなり停電させる訳にもいかない。

 そこで特別宣言【F−05】により、各地の停止していた火力発電所が一斉に稼動を再開した。

(契約により、電力会社は停止している火力発電所のメンテナンスを定期的に行い、何時でも再開可能な体制をとっている)

 これにより、富士核融合炉発電所からの電源供給がカットされても、日本中枢部の大停電の事態は避けられる。

 燃料等の火力発電所の再開に伴う経費は、全て【HC】が負担する契約になっている。


 今まで外部に供給されていた1500万キロワットクラスの核融合炉五基の出力と、【HC】専用の核融合炉二基から供給される

 総計一億キロワットの電力がある場所に集中して注ぎ込まれていった。


「バッテリィシステムへのエネルギー注入は順調。メガ粒子砲三基のドームオープン。発射モードを通常モードから集束モードに変更。

 後五分でバッテリィシステムのエネルギー充填率は百%になります。最大出力で連続百八十秒の砲撃が可能」


「落下使徒の位置を補足。使徒の座標データはユグドラシルネットワークにリンク。

 自動追尾システム正常稼動。メガ粒子砲の自動照準はユグドラシルUへの移管終了。

 大気の濃度分布の解析終了。粒子砲の誤差修正データは現在計算中。二分以内に終了します」


 オペレータの操作で【HC】基地の中心部にある直径五十メートルはあるドーム三基の上部が静かに開いていった。

 姿を現したのは超大型の粒子砲の発射装置である。基地内ではメガ粒子砲と呼ばれており、実戦はこれが初めてであった。

 だが、試射においては寿命がつきた低軌道衛星の破壊に何度も成功している。最大出力時の威力はシンジの折り紙付きである。

 それを今回は貫通力を増す為に、通常モードから集束モードに切り替えて使用する予定である。

 総計一億キロワットのエネルギーがバッテリィシステムを通ってメガ粒子砲三基に供給されていった。


 ミーナの報告を聞きながらも、不知火は画面に映っている使徒が大気圏突入の断熱圧縮の熱で真っ赤になっているのを、見入っていた。

 迎撃予定地点まではまだ少し時間がかかる。他の迎撃態勢の準備も順調だ。

 まずは第一波。その予想される結果がどうなるか、不知火は不敵な笑みを浮かべていた。


 そして使徒が迎撃予定地点に到達した。その報告を受けた不知火は席を立ち上がり、命令を発した。


目標落下使徒。メガ粒子砲全基発射!!

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 ネルフ:発令所

 不知火がミサトの協力要請を断った後、発令所のオペレータは【HC】の動きを確認する事に専念していた。

 まずは【HC】が何をしようとしているのかを知らないと何も出来はしない。


「【HC】が特別宣言【F−05】を発令したとの連絡が入りました」

「何それ? リツコは知ってる?」

「……確か、富士核融合炉の出力を全て供給停止する特務権限だったわね。他に何か動きはある?」

「はい。富士核融合炉発電施設からの電源供給は既に全面停止になっています。各地で停止中だった火力発電所の稼働が確認されましたが

 主要工場等の大規模電力使用施設に関しては、政府から停電対応要請が出ています。そして余剰電力が筑波方面に集約されています」

「筑波方面に余剰電力を集約しているの?」

「何の為に?」


 【HC】の動きを探ろうとしていたスタッフだったが、大型スクリーンの映像に変化が生じた。

 使徒は周囲をATフィールドで保護しており、そのATフィールドの外側は断熱圧縮の高熱で真っ赤になっている。

 その使徒のATフィールドに真下の方向から青白い光が直撃した。フィールドを貫けてはいないが、干渉して眩い光を放っている。


「なっ! あれは何なの!?」

「確認出来ました。あの光の発射地点は富士核融合炉発電所、【HC】の基地からの攻撃です。望遠映像を画面に出します」


 【HC】の基地を直接撮影出来る位置のカメラは無い。画面に出てきたのは【HC】の基地方面の上空の映像だ。

 画面には【HC】の基地がある方向から、青白い三つの光が上空に向かって伸びている映像が映し出されていた。

 三つの光は螺旋を描きながら途中で合流し、一本の力強い光となっていた。

 その青白い光は、今まで見てきた粒子砲の光とはどこか違って感じられた。


「……桁違いの威力だわ。そうか、特別宣言【F-05】はこの為だったのね」

「どういう事なの?」

「今まであの基地から粒子砲が発射された事は何回かあったけど、あそこまでの威力は無かったわ。

 本来、外部に向けて供給する電力を粒子砲に回して威力を高めているのよ。……マヤ、使徒の落下速度は?」

「は、はい。あの粒子砲は使徒のATフィールドを突き破る事は出来ませんが、確実に使徒に圧力を加えています。

 使徒の落下速度が徐々に落ちています」

「やっぱり。それが狙いなのね」

「リツコ?」

「あれは恐らく初号機が対応する為の準備攻撃よ。使徒の落下速度が落ちれば、初号機が使徒に取り付き易くなるわ」

「あっ、そういう事なの」

「……多分ね」


 ようやく【HC】の作戦が分かったと思い、ミサトは視線を大型モニターに映っている使徒に戻した。

 あの青白い光は使徒のATフィールドに当たって光を放ってはいるが、それだけだ。使徒を倒す事は出来ていない。

 やはりあの粒子砲では駄目かとミサトが考えた時、別の青白い光が使徒のATフィールドを直撃した。

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 北欧連合:北極海艦隊:旗艦アコンカグヤ

 北欧連合は【ウルドの弓】を所有する事により、世界各地への対空、対地攻撃能力を持つ事になった。(海中は除く)

 だが、海賊退治に態々【ウルドの弓】を使う訳にもいかず、威圧行動、及び巡回業務ともなると衛星軌道からだけでは無理があった。

 このような理由から北欧連合は5つの機動艦隊を、自国の周辺海域と同盟国の中東連合に配備していた。

 一機動艦隊はワルキューレが30機搭載出来る小型空母一隻。それと巡洋艦一隻、駆逐艦五隻、補給艦一隻から構成され、

 国連軍の機動艦隊とは比較の対象にさえならないぐらいの小規模レベルである。

 これも費用削減の為であった。凄まじい勢いで勢力を伸ばしている北欧連合だが、やはり軍事費は出来るだけ抑える事が望ましい。

 そのような理由から、北欧連合の配備する機動艦隊はこのような小規模構成になっていた。人員節約の意味もある。

 だが、規模は小さいがその機動艦隊の制空権、制海権の確保維持能力は他に類を見なかった。

 海中においては80ノットを誇るマーメイド十二機が周囲を制圧する。これに対抗する手段を他の各国は有していない。

 ワルキューレは粒子砲装備の戦闘機とあって、対地攻撃能力は見劣りするが、対空戦闘能力を比較しうる戦闘機は存在しない。

 艦隊の防空能力にしても、対空砲として粒子砲を装備しているので、対艦ミサイル等の迎撃能力も群を抜いていた。

 全艦が動力に核融合炉を装備し、艦隊の平均移動速度は30ノット以上を誇り、航続距離はほぼ無限である。

 機動艦隊が制海権、制空権を確保出来れば、対地攻撃は【ウルドの弓】が行うという図式になる。威圧という意味では十分である。

 これにより、北欧連合は少ない経費で自国周辺、同盟国に対し、防衛ラインを構築していた。


 話は長くなったが、対空装備として巡洋艦と駆逐艦には粒子砲が装備されている。駆逐艦は近距離用の小型粒子砲を多数装備。

 巡洋艦も対空用の小型粒子砲を当然装備しているが、一門だけは衛星軌道上まで狙撃可能なレベルの大型粒子砲を装備していた。


 北極海艦隊は日本で使徒戦が行われている関係でベーリング海まで進出していた。万が一の場合のサポートの為である。

 そして今回、北極海艦隊は北欧連合総司令部から、ある命令を受けていた。

 北極海艦隊が命令で指定された海域に達すると、艦隊司令は直ちに命令を出した。


「機関停止。周囲の艦は索敵を怠るな。ワルキューレは対空戦闘位置を維持。マーメイドは海中の索敵を怠るな」

「対宙戦闘配置。本艦はこれより宇宙から落下してくる使徒の迎撃を行う。全艦隊戦闘準備」

「ユグドラシルネットワークのリンク正常。使徒座標データ確認。自動追尾システム稼働」

「核融合炉の出力最大。管制機能を除く全ての機能をカット。残りを全て主砲動力に接続」


 艦隊司令の命令で、北極艦隊は戦闘態勢に入った。それらを見ながら艦隊司令は今までの経緯を思い出した。


(ライアーンからの要請で動かなくてはならないというのは癪に障るが、北欧連合が直接使徒迎撃を行うというのは悪くないな。

 しかし【HC】からの協力要請か。まあうちがメインスポンサーだからな。これくらいは当然だろう。

 もっとも、対宇宙戦力の一部を一時的にでも【HC】に移管しなくてはならなくなったがな。

 しかし、アラビア海艦隊は残念だったな。あそこからは射角の関係で使徒の迎撃は出来ない。

 もしうちの艦隊の攻撃で使徒が倒せれば勲章物かもしれんぞ)


 オペレータから攻撃準備完了の報告が入った。


「主砲発射準備終了」

「よし、主砲発射!!」


 旗艦アコンカグヤの主砲から、青白い光が天空に向けて登っていった。

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 ネルフ:発令所

 【HC】基地のメガ粒子砲の攻撃は、使徒のATフィールドに当たっているが貫けない状態だった。

 そこに、二本目の青白い光が追加された。もっとも、一本目の光よりはかなり弱々しい光だったが。


「何、あの二本目の光は何なの!?」

「ちょっと待って下さい。……二本目の粒子砲の攻撃は、ベーリング海の海上から行われています。

 現地の映像はありませんが、海上からの砲撃に間違いありません」

「北欧連合の機動艦隊からの攻撃ね」

「もしかして、北極海艦隊の事?」

「多分ね。でも二本目の光のエネルギーは、【HC】基地の粒子砲のエネルギーと比較するとかなり少ないわね。

 まあ、国家レベルの電力と一艦隊レベルの電力では桁が三つぐらいは違うから、当然よね。

 二本目の攻撃は無いよりマシというレベルかしら」

「つまり、あの二本目の攻撃はあまり意味が無いって事?」

「そうよ。落下する人工衛星は破壊出来ても、使徒には通用しない。でも使徒の落下速度は確実に落ちているわ。

 このままいけば、キャリアの限界高度の時には、初号機が使徒を補足出来るかも知れないわ」

「…………」

「【HC】の支援攻撃もこれくらいかしら。後は初号機に賭けるしか…えっ!?」


 リツコが冷静に【HC】の戦術を論評している時、画面の使徒のATフィールドに三本目の光が直撃した。

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 戦略自衛隊:筑波技術研究所

 【HC】の協力要請を受けた日本政府は、直ちに戦略自衛隊に支援行動を命令した。

 現在、筑波にある技術研究所は慌しい雰囲気に包まれており、見慣れぬ巨大ロボットが忙しそうに動いていた。


「次はあの電源ケーブルを運んでくれ」

「分かりました。JA。次はあの電源ケーブルを運ぶんだ」

「私はJAの完成披露式典に行ったのだが、あの時と比べると見違えるほど完成度が上がっているな」

「ありがとうございます」

「自立制御装置が付いて、音声入力機能もあるのか。動きも鋭さが増している。時田君、今からでも遅くは無い。戦自に来ないか?」

「嬉しい申し出ですが、今のJAにはロックフォード財団の技術が使われています。私も勉強中ですので」

「そうか。おっと済まない。作業の邪魔をしてしまったな。この作戦が終わったら帰る前に一度寄ってくれ。話したい事がある」

「分かりました。では」


 不知火はJAと時田を戦自の筑波技術研究所に派遣していた。

 JAにより作業の効率は改善されて、何とか準備を制限時間内に終了する目処がついていた。


「そうだ。電源ラインを出来る範囲で良い。強化しろ!」

「日本中の余剰電力を全部引っ張ってくるんだ。失敗は許されないぞ!」

「そうだ。JAで陽子砲を固定する。正確な使徒の座標データは【HC】から転送されてくる。時間が無いぞ。急げ!」

「JAが来なければ、この作戦は実行出来なかったな。さすがは時田博士だ」

「これが成功すれば、今回もうちの戦果になる。気合を入れろ!」

「そうだ。成功すれば予算増額だぞ」

「そこ、無駄口をたたく暇があったら、さっさと働け!」

「は、はい」


 【HC】が日本政府に要請したのは、戦自の試作品である陽電子砲による使徒への攻撃依頼だった。

 既に日本政府の関連各省は各地の大口需要家(契約電力が500KW以上)に対し、緊急停電対応を要請しており、

 それにより浮いた余剰電力が全てここ筑波に集まってくる事になっていた。(病院、交通機関等の公共性が高い施設は除く)


 そして時間的な余裕が無く実行が危ぶまれたこの作戦は、JAのお陰で遂行する事が可能になった。

 時田はJA内部に設けられた制御ルームに一人で居た。既にJAは陽電子砲を上に向けて構えているが、【HC】のユグドラシルUから

 送られてくる使徒の座標データに照準を合わせなければならない。この場でそれが可能なのは時田のみだ。

 時田は真剣な表情で操作を行っていた。そしてこの状況は戦自にも中継されていた。


『時田君。陽電子砲の制御は全て君に任せる。日本人の底力を見せてくれ!!』

「はい。お任せ下さい!」


 時田はユグドラシルUから送られてきている使徒の座標データを、JAに内蔵されているユグドラシルJrに入力した。

 そして陽電子砲の照準を使徒に合わせた。


「陽電子砲、安全装置解除」


 画面の表示ステータスが緑から赤に一斉に変わった。


ターゲットスコープ オープン。電影クロスゲージ明度二十


 時田の言葉に反応して、ターゲットスコープが上がってきた。

 照準操作レバーを握る手に汗をかいているのを自覚したが、時田は強い意志でそれを抑えた。

(照準はJA内蔵のユグドラシルJrによる自動照準である。発射SWは有効だが、照準合わせは意味が無い。時田の趣味である)


対ショック、対閃光防御


 時田は用意していたサングラスをかけた。戦自の管制室で見ているメンバーも同じ行動を取った。

 決して示し合わせた訳では無い。だが、戦自の管制室に居る全員が、何故か笑みを浮かべていた。


陽電子砲エネルギー注入百二十%。目標落下使徒。陽電子砲、発射!


 陽電子砲にチャージされたエネルギー値は、最大値では無い。だが、それでも時田はそれが儀式でもあるかのように百二十%と叫んだ。

 戦自の管制室に居た全員が、時田の叫びを聞いて歓声をあげた。この時、時田と管制室に居る全員の心は一つとなった。


 そしてJAが構えている陽電子砲から、日本のオタクの心を込めた光が、落下している使徒目掛けて伸びていった。

 この光景は写真に撮られ、後日、戦自の至る所に飾られる事になる。それは時田の夢がかなった瞬間だった。

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 【HC】戦闘指揮所

 スクリーンには落下している使徒のATフィールドに、三つの光が直撃している映像が映し出されていた。


「やはり第一波だけでは無理だったか」

「中佐の意見は、この基地のメガ粒子砲で使徒のATフィールドを貫通出来れば儲けものでしたかね。まあ、使徒のATフィールドの

 強度を計算出来なかったから仕方ありません。でも、第二と第三の攻撃を合わせて、使徒の落下速度は確実に落ちています」

「そういう事だな。それでATフィールドの強度は計算出来たのか?」

「はい。計算は終了しています。あのATフィールドを破るには、現在の粒子砲の二倍以上の出力が必要です。

 地上からの攻撃では大気の減衰分が相当ありますので、これ以上の対応は不可能です」

「確かに地上からは無理だな。では、第二波に期待するか」

「そうですね。仮に第二波が失敗しても、使徒の落下速度が落ちれば、第三波で仕留められます」


 【HC】、北極海艦隊、戦略自衛隊。この三勢力からの攻撃に使徒は十分耐えていた。

 だが、戦闘指揮所のメンバーに焦りの色は見られなかった。

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 ネルフ:発令所

 大型モニターには三つの光が落下している使徒のATフィールドに当たって、眩い光を放っている映像が映し出されていた。


「三つ目はどこの攻撃なの?」

「……筑波です。筑波にある戦自の技術研究所から発射されています!」

「筑波……あの試作品の陽電子砲なの!?」

「陽電子砲って、以前に徴収しようとしたやつ?」

「そうね。日本であれだけのビーム兵器はあそこにしか無いわ。でも、使徒のATフィールドは破れないわね」

「やっぱりEVAじゃなきゃ駄目って事か」

「三つのビーム兵器の圧力で使徒の落下速度はかなり落ちているわ。これなら初号機で確実に捕まえられるわ」

「やってくれるわね」

「まったくだわ。ネルフに対空、いえ、対宙攻撃能力が無かったから、こんな事が出来るなんて思いつかなかったわ。

 でも最後はEVAで……えっ!?」


 画面を見ていたリツコは唖然とした。使徒の中央部分が側面からきた太い青白い光に呑み込まれ、一瞬にして消え去ったのだ。

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 地球の北半球のはるか上空、静止衛星軌道より遠い位置にその物体があった。

 全長三百メートルはあるだろう、細長い筒のような形状をしていた。

 そしてその筒の先頭部分が光りだした。光は次第に強くなり、そして光の奔流が吐き出された。

 その光の奔流は地球を直撃する事無く、地球の衛星軌道上のある物体を直撃、消滅させた。

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 ネルフ:発令所

 落下中の使徒が真横からの光であっさりと消滅した事で、ネルフのスタッフは騒然となっていた。


「何よ、あれは!? 使徒は初号機で倒すんじゃ無かったの!?」

「そ、そんな!? 【ウルドの弓】にあんな破壊力は無かったわ。マヤ、何か情報は?」

「使徒を消滅させた攻撃は一瞬でしたから、攻撃ポイントを特定出来ません。ですが、あの攻撃のライン上に爆発反応が観測されました。

 宇宙空間ですので詳細なデータは取れませんでしたが、何らかの構造物が爆発したと思われます」

「爆発? まさか【ウルドの弓】に過負荷で攻撃させたのかしら。

 いえ、それでも使徒を一瞬で消滅させる事が出来るなんて、信じられないわ」

「ATフィールドを真下だけに展開していた可能性はありませんか?」

「……確かにその可能性はあるわね。でも、この映像だけじゃあエネルギー数値まで計算出来ないわ」

「ちょっと待って下さい。使徒の中央部は消滅しましたが、両端部分が自由落下を始めました。コースは……ここ第三新東京です!?」

「まあ、ここに向かって落ちて来たから、残骸もここに落ちてくるのは当然ね」

「ですが、使徒の残骸と言っても、かなりの質量があります。断熱圧縮の熱で燃え尽きずにここを直撃します。危険です!」

「落ち着きなさい、マヤ。その為に初号機と零号機が高高度で待機してたのよ。画面を見なさい」

「えっ」


 画面にはキャリアから分離し、使徒の残骸に向かっていく初号機と零号機の姿があった。


「完璧にやられたわ。地上からの粒子砲と陽電子砲で使徒を砲撃して、その落下速度を落とすと共に、使徒の注意を引き付ける。

 使徒の注意を真下に集中させ、その隙を狙って第二波が側面から攻撃。第二波が失敗したら初号機が使徒を殲滅したんでしょうね。

 三段構えの迎撃作戦だわ。あんな短時間でこれだけの作戦の準備をして成功させるとは……」


 ネルフは使徒が地上に落下するのを待って、そこで迎撃する作戦をとった。

 EVAに飛行能力が無い事もあり、他の選択手段が無かった事もあるが瀬戸際戦術である事は確かだ。

 【HC】は空中、いや宇宙で迎撃する作戦を取った。対空、対宙攻撃能力を持っているから、ある意味当然の選択なのだろう。

 実に危なげ無く使徒を迎撃したのだ。彼らに任せておけば、避難宣言も出す事は無くて済んだろう。

 ネルフと【HC】の彼我の力量の差を、まざまざと見せ付けられた。それがリツコの本音だった。


 ミサトは手持ちの戦力を検討してEVAを地上に配置して迎撃する作戦を選択した。これしか方法が無いと思ったのは確かだ。

 だが【HC】はミサトの想像を遥かに超える作戦を立案し、実行した。持ち札が全然違うとはいえ、ミサトにとって屈辱だった。

 最初は【HC】の作戦の意図さえ分からなかったのだ。

 悔しい。何とかしなければ使徒は倒せない。何としてもネルフにも【HC】と同レベルの戦力を準備しなければ駄目だ。

 その為には手段を選んでいる余裕は無い。これがミサトの本音だった。


 使徒を倒した戦果は【HC】に持っていかれたが、使徒は殲滅された。

 残念な気持ちはあるが、全滅さえもありえると思っていただけに安堵の雰囲気が発令所に漂っていた。

 そこに通信が入ってきた。

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 弐号機

 アスカはモニターに映る使徒の情報(映像では無い。位置情報のみ)を見ながら、苛々としながら作戦開始の連絡を待っていた。

 EVA四機で迎撃する予定だったが、【HC】は参加しないと急遽連絡が入った。弐号機と参号機はそのまま待機だという。

 どういう事か発令所に問い合わせても、どうも要領をえない回答だけだ。

 とにかく使徒が第三新東京に落ちてこないと何も始まらない。だがモニターに映る使徒の位置情報が突然消えてしまった。

 また何か想定外の事でも起きたのか? アスカは苛立ちを隠す事無く、大声で状況を教えろと迫っていた。


「いきなり使徒の位置情報が消えたわよ。どういう事なの!?」

『……使徒は【HC】が殲滅したわ。第三新東京の遥か上空でね』

『何やて。初号機が、碇がやったんか?』

『EVAじゃ無くて、粒子砲の砲撃戦で倒したのよ。戻ってらっしゃい。最初からの映像を見せてあげるわ』


 またしても【HC】にやられたと言うのか。だがEVAでは無く、粒子砲の砲撃戦とはどういう事か?

 使徒はEVAで無いと倒せないのでは無かったか。疑問は尽きる事は無かったが、ここに居ても始まらない。

 怒りを抑え、弐号機と参号機は撤収作業に入った。

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 零号機

 レイは幸福感を感じていた。シンジに抱かれているという感覚があり、とても気持ちが良いのだ。

 現在の高度は三万五千メートル。右手に使徒の残骸を持っている。

 そして背後から初号機が零号機の腰に手を回し、抱きかかえられている状態である。

 零号機とシンクロしているレイにとって、背後からシンジに抱かれているという感覚になる。

 お姫様抱っこはかなりやって貰っているが、背後から抱かれた事が無いレイにとって、この感覚は初めてのものであった。

 少々恥ずかしいものはあるが、幸せな気持ちである事に間違いは無い。


(背中にお兄ちゃんを感じるの。でもお尻にまで密着されると何か恥ずかしいわ。……帰ったら、リクエストしてみようかしら)


 前回の使徒戦の報酬でシンジとの旅行とデートを要求したレイである。今回の出撃の報酬はこれにしようかとレイは密かに考えていた。

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 初号機

 現在の初号機は、左手に使徒の残骸を持ち、右手で零号機を抱きかかえている状態である。

 零号機は重力制御が出来るレベルには達しているが、空を飛べる訳ではない。よって初号機が零号機を抱きかかえて飛行している。

 前回の使徒は爆発してサンプルが回収出来なかったが、今回の使徒はサンプルが回収出来た。

 重要部分は消滅してしまったが、構成物質とかは使徒ごとに異なるので良い研究材料になるのだ。

 【HC】の基地へ向けて、飛行中である。飛行速度はゆっくりなので、まだ時間は十分にあった。

 これで使徒の残骸を持ち帰れば、作戦は終了する。内心で安堵の溜息をついたシンジはこの作戦について考え始めた。


(作戦が成功して良かった。第二波の攻撃は【ウルドの弓】を壊す覚悟で過負荷状態で発射したように擬装工作したのもうまくいったし。

 でも、使徒のATフィールド強度を計算してやっと破れるレベルの出力に調整したのに、あんなあっさりと消滅するなんて、

 下だけにATフィールドを張って横には張らなかったのか。最大出力にはまだ余裕があったのは、オーバーテクノロジーの賜物だな。

 これで【ウルドの弓】一基は壊れた事にして、ボクの専用にするか。一々使用にお伺いをたてるのも面倒だし。

 今回の件は【HC】、北欧連合、戦自の共同作戦の成果という形になる。本国の面目を立てたから、少しはやり易くなるかな)


 今のシンジは単純に使徒を殲滅、サードインパクトを防ぐだけに専念する立場に無い。政治的な考慮もせざるを得ない立場であった。

 何かと面倒だなとシンジは心の中で呟いていた。

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 【HC】戦闘指揮所

 第二波攻撃で使徒を殲滅したのを見て、不知火とライアーンは安堵の溜息をついていた。


 第一波:地上からの粒子砲、陽電子砲の砲撃で使徒の落下速度を下げると同時に、ATフィールド強度を測定する。

     初撃となるメガ粒子砲で使徒を殲滅出来れば儲け物。もし使徒の残骸があったら、零号機と初号機で回収する。

 第二波:【ウルドの弓】四基を準備し、使徒のATフィールドを突破する為に、破壊覚悟で最初から過負荷状態で攻撃する。

     ATフィールドの強度次第では、【ウルドの弓】の使用する基数を変更する。これが本命と考える攻撃である。

    (不知火、ライアーンを納得させる為のダミー案である。実際はオーバーテクノロジーを使用した砲撃で使徒を殲滅)

 第三波:第二波が失敗した場合に発動。第一波で使徒の落下速度が抑えられるので、初号機が使徒に取り付いて殲滅する。


 これがシンジから提案があった作戦だった。シンジからの連絡で、【ウルドの弓】の損害は一基のみとの連絡が来ていた。

 今回の使徒戦における唯一の損害だ。


「中佐の作戦は見事だったな。少し自信を失うよ」

「今回の作戦に使用したのは、ほとんどが中佐が設計した粒子砲関連施設です。司令がそこまで気が回らなかったのは仕方ありません。

 特に【ウルドの弓】を破壊前提で使用するなど、司令の立場で提案は出来ないでしょう」

「まあな」

「私も本国の承認を取るのに、少しは苦労しましたよ。まあ、使徒殲滅の戦果という餌があったから、本国も許可したんです。

 それが無ければ、貴重な衛星を破壊覚悟で使用は出来ません。それにその費用はロックフォード財団に弁償しなくてはなりませんから」

「弁償? あれは北欧連合の所有物じゃ無いのか?」

「所有権はロックフォード財団にあります。北欧連合はその使用権を持っているだけです。もっともあれだけの戦略兵器を功績がある

 とはいえ民間企業に好き勝手に使わせない為でもあります。そこら辺は政府上層部が財団と掛け合って決めたそうですが」

「ああ。以前に聞いたな。確かにあれだけの戦略兵器を開発したとはいえ、民間企業に任せる訳にもいかんか。しかし今回は助かったよ。

 あれが無ければ、初号機と零号機で使徒に取り付いて殲滅するしか無かったろうな」

「背水の陣が必要な時は必ず来るでしょうが、好き好んで危険な策をあえて選ぶ必要は無いかと」

「確かにな。さて、初号機と零号機の受入準備を始めてくれ。

 それと北欧連合と戦自には、使徒殲滅完了と共同作戦への参加の感謝の通信を入れておいてくれ。私の名前でな」

「了解です」

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 北極海艦隊

 【HC】から使徒殲滅の連絡を受けた北欧連合政府は、総司令部経由で北極海艦隊に連絡していた。

 連絡を受けた艦隊は喜びで沸き立った。


「やった。これでうちも使徒殲滅に一役かったんだな」

「ああ。今日は酒保を全面開放だってさ。飲みまくるぞ」

「これで予算が増額だ。来期が楽しみだな」

「その前にボーナスだ。期待出来るぞっ」

「帰ったら、女房と子供に自慢してやるぞ」


 喜び様は人様々である。艦隊内の騒動を見ていた艦隊司令は、どこかずれて喜んでいる兵士達を見て、溜息をついた。

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 戦略自衛隊:筑波技術研究所本部

 同じく【HC】の連絡を受けた技術研究所の現場の職員も、大喜びの状態だった。


「陽電子砲がこれで使い物になると確信出来た。来期の予算は心配ないな」(よし。これで女房と子供に自慢出来るぞ)

「ああ。電力事情を改善しないとな」(俺も設計をやったんだ。女の子の俺を見る目が変わるかも。女の子をゲットするぞ)

「大丈夫さ。来期の予算でそこら辺は準備出来るだろう。上も絶対に動くさ」(よし、次の合コンで嫁を見つけるぞ)

「次はうちだけで倒したいもんだな」(これでボーナス増額だ。ローンが返せる)


 煩い上司が目を光らせている状態では、本音を言う事は出来なかった。内心を隠しつつ、上司受けする言葉を選んだ職員だった。

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 使徒が殲滅され陽電子砲へのエネルギー供給がカットされても、JAは陽電子砲を上空に向けた状態で固まっていた。

 オペレータである時田が恍惚状態になっており、全然動作命令を出さなかったのだ。

 時田は感激していた。やっとJAで事を成し遂げた。

 しかも日本中から余剰電力を集め、戦自の秘密兵器である陽電子砲を撃つという晴れ舞台だ。

 陽電子砲で使徒を仕留めた訳では無いが、そんな事は時田は気にしなかった。成し遂げた事に意味があると考えていた。


 そして戦自の管制室にいるスタッフも同じような状況だった。

 煩い上司がいなかった事もあり、皆で歓声をあげて、涙を流して喜んでいた。

 その喜んだ理由が使徒の殲滅に協力した事による喜びなのか、いつかは見てみたいと思っていた光景に立ち会えた事による喜びなのか、

 それは当人だけが知っていた。

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 【HC】飲食店街

 基地に戻ってきたシンジとレイは、使徒の残骸の保存処理を行うと、ミーシャと一緒に飲食店街に向かった。

 さすがに今日はこれ以上の仕事をする気はシンジには無かった。ミーナはオペレータの仕事があるので、帰りは遅れる予定だ。

 三人でたまには外食しようかとシンジが誘ったのだ。

 シンジの右側にはミーシャが、左側にはレイがいて、二人ともシンジの腕を自分の胸に抱きかかえながら三人で歩いている。

 シンジにしてみれば嬉しい事は確かだが、非常に歩きづらい。

(腕を組まれた態勢もそうだが、腕にあたっている二人の身体の感触で身体の一部の反応を抑えるのにも苦労していた)


 どこの店に入ろうかとシンジが二人に聞いたが、ミーシャとレイは迷うことなく、ある屋台のラーメン屋に直行した。


「えっ。ここで良いの?」

「はい。ここのラーメンの味は絶品です。姉さんも言ってましたし、あたしも何度か来た事があります。シン様は初めてですよね?」

「ああ、そうだけど。レイも良いの?」

「うん。ここのラーメンを食べると元気が出るの。お兄ちゃんも疲れたでしょ。お勧めがあるの」

「お勧め?」

「ニンニクラーメン」

「ニンニクラーメンって、まあ良いか」

「今夜の為にニンニクを摂って、夜に備えないとまずいでしょう」

「そっちかい! まあ、たまにはラーメンも良いか。屋台の風情があるしね」


 最初はコース料理と考えていたシンジだったが、たまにはラーメンも良いかと思い、屋台のテーブルに座った。

 夜はミーシャとレイの誘惑を振り切ってミーナのベットに潜り込んだが、ニンニク臭いという事で追い出された。

 シンジが一人寂しく自分のベットで熟睡した事は報告させていただこう。

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 【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。


「今回の使徒は、相当な大騒ぎになったな」

「ああ。うち専用の特別宣言を出して、メガ粒子砲の全力全開の砲撃なんて、二度と見れるか分からないぜ」

「まったくだ。記念の写真を撮っておいて良かったぜ。後で部屋に飾っておこう」

「おい、俺にも写真のデータをくれよ」

「俺にもな。北欧連合と戦自にも協力を頼んだんだろう。

 特別宣言の費用と合わせて、結構な金額になるって経理の奴がぼやいていたぞ」

「まあ、上が判断した事だからな。そう言えばJAが大活躍したって聞いたか?」

「あのJAがか?」

「ああ。戦自の技術研究所で大活躍したらしい。戦自のあちこちに写真が貼ってあるって話しだ」

「へえ。後で時田博士に聞いてみよう」

「時田博士は今は休暇中だ。何でも念願が叶ったんで、次の目標を見つける為の旅に出るとか」

「…………」

「そういやロックフォード博士の様子がおかしいのを知ってるか?」

「ああ。使徒が来たんでドタバタしたが、その前にマスコミの騒ぎの対応の件だろう。かなり怒ってたからな」

「俺が見た時は不気味に笑ってたぞ」

「……こりゃ、また荒れるかな」






To be continued...
(2011.11.20 初版)
(2012.06.30 改訂一版)


(あとがき)

 使徒迎撃シーンは以前に思いついて、そこの部分は出来ていました。実際の停電で苦労したので、そこの部分を追加修正しました。

 迎撃シーンは力を入れて書いたつもりです。

 JAに関しては一旦書き上げてからの追加です。少々、表現が甘かったかなと反省しています。

 読み返すと、どうもレイを大事にし過ぎてぱっとしません。ボケたのも可愛いとは思いますが、やっぱり試練を与えないと。

 弐号機パイロットは不幸続きですが、まあ理由があります。後でその事も書きたいと思ってます。

 次話はゲンドウの陰謀の後始末を予定しています。(そこの部分は出来ています。自分で考えても辛辣かなと思いますが)


 話しは変わりますが、ひょっとしたら海外にしばらく行く事になるかも知れません。

 まだ確定はしていないのですが、某所の洪水の復旧関係です。

 仮に行かなくても、その関係でかなり忙しくなりますので、次の投稿は時間がかかると思います。御理解下さい。



作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、感想掲示板 まで