因果応報、その果てには

第三十四話

presented by えっくん様


 今後の使徒の迎撃態勢に関して確認しようと、ミサトとアスカ、トウジの三人がリツコの部屋を訪れていた。


「ズバリ聞くけど、ネルフで対空戦闘能力を持てないの。

 今のままで、この前のような使徒が次に現われたら、敵が地上に降りてくるまで何も出来ないのよ」

「今はパレットライフルぐらいしか無いわ。ポジトロンライフルは開発中で、そろそろ完成するけど射程と出力が問題ね。

 この前のような使徒には通用しないわ」

「北欧連合の【ウルドの弓】みたいな物は用意出来ないの? あれで使徒を倒したんでしょ」

「無茶言わないで! この前の使徒は日本の消費電力の半分以上を集めた粒子砲の砲撃にも耐えたのよ。

 そんな大出力の光学兵器を内蔵した攻撃衛星を造ったら、動力源の重量が何百トンになると思っているの!?

 そんな重量の打ち上げ能力を持ったロケットなんて、アメリカやロシアにも無いわよ!」

「あいつ等は【ウルドの弓】を打ち上げたんでしょ。出来ない事は無いんじゃない」

「それはそうよ。出来るか、出来ないかで言えば、出来るわよ。でも実験を繰り返し、多額の予算が必要になるわ。

 今のネルフに時間的にも予算的にも、そんな余裕は無いわよ。それに北欧連合に黙って衛星を打ち上げても、直ぐに撃ち落とされるわ」


 リツコとしても何とか対空装備が出来ないかを考えたが、結局は断念していた。

 初号機の覚醒を促す為に、必要以上の装備を開発してこなかったという理由もあった。今更焦っても仕方無いと考えている。

 ゲンドウと冬月の三人で話した事はあるが、結論としては対空装備は用意しないという事になっている。

 だが、目の前の三人は納得しないだろう。どう説得すれば現状を理解してくれるか、リツコは頭を抱えていた。


「じゃあ、どないすればいいねん」

「そうよ。地上でじっと待っているだけなの!?」

「……ポジトロンライフルの威力を極力上げるぐらいかしらね。

 この前の【HC】の基地から粒子砲の砲撃は、恐らく一億キロワット以上の出力があったけど、それでも使徒を倒せなかったのよ。

 日本の消費電力の半分以上を集めたのによ。今のネルフにそこまでの準備は出来ないわ。ある物を使って何とかしないとね。

 あまり予算をそっちに掛けて、EVAの修理が遅れたりしたら、本末転倒でしょ」

「「…………」」

「北欧連合の【ウルドの弓】を徴発は出来ないの?」

「出来る訳無いでしょう! ネルフは北欧連合と中東連合に一切の干渉が出来ないのよ!

 もし、徴発しようものなら北欧連合と常任理事国六ヶ国との戦争になるのよ。アスカ、そんなに軽々しく言わないで!」

「せ、戦争!? 何で?」 「ほんまに?」

「アスカとトウジ君は知らなかったわね。そういう決め事が以前にあったのよ。だから、その二ヶ国に関しては一切干渉出来ないの。

 【HC】も同じ。最悪はネルフ自体が潰される可能性もあるのよ」


 アスカは屈辱を感じて顔を歪めていた。使徒はEVAがあれば倒せると信じていたが、この前の様な空中に居る使徒には対応出来ない。

 かと言って【HC】との共闘なんてしたく無い。そんなジレンマを感じていた。

 トウジはEVAを信じきっている訳では無いが、シンジへの反発があって【HC】と共同作戦をするのは抵抗があった。

 このまま出来る事をするしか手が無いのか。そんな無力感に囚われそうになった二人だったが、リツコの話しで気を取り戻した。


「使徒は同じようなタイプは出てこないわ。近距離、中距離、遠距離、海、分裂、マグマ、溶解液、宇宙。

 今までの使徒の性質を分析すると、宇宙からの攻撃なんて、早々無いと思って良いわ」

「本当!? じゃあ、次の使徒はEVAで倒せるの!?」

「それは分からないけど、空中からの攻撃が出来る使徒の可能性は極めて低いわ」

「……それなら態々費用と時間をかけて、対空攻撃が出来る兵器を開発する必要は無いって事か」

「ミサトの言う通りよ。どうしても必要な時は【HC】に頼めば良いしね」

「あいつ等に頼むんでっか!?」 「嫌よ!」

「どうしても必要な場合だけよ。ネルフが対応出来ない場合は仕方無いわ」

「……そういえば、マスコミとネットの騒ぎは収まらないわね。あの騒ぎで【HC】が動けない事もあるのかしら?」

「マスコミとネットで【HC】が動けない? そんな事は無いでしょう。あそこはある意味、うちより強烈よ。

 緊急時に邪魔だと分かれば、【HC】はネルフより容赦無く邪魔者を潰す事は間違い無いわ」

「そうなの?」 「ほんまでっか?」

「ええ。次の使徒が来るまで中佐が動かない事は有り得ないわ。記者会見の予定まで後八日。

 事前に動くか、記者会見の時に爆弾を爆発させるか知らないけど、必ず動くわ」

「「「…………」」」


 三人にはマスコミの取材攻撃で【HC】の行動に支障が出るような事があれば、ネルフの活躍の機会が増えるかもという期待があった。

 だが、リツコの言葉はその期待を否定するものだ。マスコミやネットの騒ぎがどうなるか、まだ誰も予測が出来なかった。

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「フフフ。うまくいったわ。後は胡椒で味を整えれば出来上がりだわ」


 台所でレイが料理をしていた。普段の料理はミーナが作っているが、レイは一念発起して料理を勉強し始めたのだ。

 目的は自分の手料理をシンジに食べさせる事。

 自分の料理をシンジが食べている光景を思い浮かべると、料理中であってもレイは頻繁に妄想状態に突入していた。

 その為、何度料理が黒炭に変わった事か。ミーナから雷を落とされ、ミーシャから悪戯っぽい視線を浴びたが、

 終にレイは料理を完成させたのだ。褒められるべき根性か、いや、執念と言っても良いかもしれない。

 出来上がったのはオムライスである。それを皿に盛って、テーブルで待っているシンジの前に持って行った。


「美味しそうだ。レイは随分料理が上達したよね」

「ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ、食べてみて。はい、あーんして」

「ちょっ、ちょっとレイ。自分で食べられるから」

「駄目! これは前回の出撃の報酬なの。お兄ちゃんに拒否権は無いのよ」


 レイは自分が作ったオムライスをスプーンで取って、シンジの口の前に持ってきた。シンジは慌てたが、レイが妥協する事は無かった。

 観念したシンジは恥ずかしさを堪えながら、レイの手料理を食べ始めた。

 結構な美味で、時間は掛かったが全て平らげて、二皿目も食べた程である。

 そんなシンジとレイの、見ている方が痒くなるような光景を見つめている四つの目があった。


(へえ。レイも料理が上達したわね。これからは偶にはレイに料理をして貰おうかしら。あたしの負担も軽くなるしね。

 レイは料理を覚えたがってたから、教え甲斐があるわね。それにしてもシンは顔を真っ赤にしちゃって。

 あたしがやっても、同じようになるかしら。……エプロン姿でやってみようかしら。シンの反応が楽しみだわ)


(うっ。レイがあそこまで料理が上手くなるなんて、思ってもみなかったわ。それにシン様とあんなに羨ましい事をしてるし。

 レイに先を越されちゃった。あたしも料理を勉強してシン様と……きゃっ、恥ずかしい! でも、レイに負けないように頑張らないと)


 レイを料理に誘ったのは、あのセレナが料理(カレー)を披露した為である。(結構、味は好評だった)

 非難の視線(料理が出来ないの)をセレナに向けた事もあり、このまま過ごせば何時までたっても料理は出来ないとレイは悟った。

 料理が出来ない大人になりたくないとの思いから、レイは料理を勉強し始めたのである。

 読んでいる恋愛小説の一部に、手料理を食べさせるシーンがあった事も微妙に影響しているが。


 レイは既に普通の少女と大差無い常識を備えている。そしてシンジが認めた程、零号機の操縦も上手になっている。

 零号機の訓練と格闘訓練は定期的に行われているが、それでも自由時間はかなりあった。

 その自由時間を使って、最近は料理とコンピュータ関係の勉強をしている。

 元々素質があったのだろう、コンピュータ関係においても、シンジが目を瞠る程の才能を見せていた。

 北欧連合にいるクリス(三賢者の魔女)の通信教育を受けており、魔女の二代目になる日が来るかもしれない。


 ミーシャはシンジの秘書役を務めている。と言っても、外部交渉など滅多にしないシンジに日程調整などは必要は無かった。

 主に重要な資料の判断を行い、シンジが決済する負荷を減らすような仕事がメインである。(勤務時間も半日程度である)

 コーヒーブレイク中、シンジの隣に座ってムードを作っているのは、ミーシャは役得と考えていた。

 空き時間はレイと一緒に過ごす事が多いが、それでも一人の時間は結構ある。その為、空き時間に護身術を習い始めた。

 偶にシンジと組み手を行って寝技に持ち込もうとしたが、まだ成功した事は一度も無い。

 今のミーシャの目標は、一度で良いからシンジを畳に押し倒す事である。それが出来たなら次は……その時に考えようと思っている。


 ミーナに関してはあまり変化は無かった。朝起きて全員の朝食を作ってから、オペレータとして出勤する毎日である。

 出勤途中や勤務中に胸やお尻に視線を感じる事は日常茶飯事であるので、ミーナは気にしていない。

 男はそういう生き物だと理解している。オペレータとしては平均クラスの才能の為、上司である不知火も無理を言う事は無い。

 勤務時間は日勤の定時時間のみだ。オペレータは緊急事態に備えて三交代勤務だが、ミーナの場合はシンジの夜のサポートがあるので

 夜間勤務をする事は無かった。(シンジの体調とストレス管理は最重要項目である)

 帰り際に夕食の材料を買って、帰宅後に料理を作る。食後は片付け(最近はミーシャとレイもするようになった)の後は、TVを

 見たり、ミーシャとレイのお喋りで過ごすパターンだ。夜は……まあ、それなりである。一人で寝る時もあれば、二人の時もある。


 シンジはかなり多忙な日々を過ごしていた。朝は普通に起きてから自分の執務室に出勤する。

 各部署からの報告書(ミーシャが選別して重要と判断された書類のみ)に目を通し、問題がある時は現場に出向いて確認を行う。

 身体を動かさないと鈍るので、EVAの訓練や格闘訓練も定期的に行っている。

 そして密かに開発している物件の実験とか、裏プロジェクトの進捗管理など、仕事は多岐に渡っていた。

 偶には徹夜とかもあるが、何も無ければ夜にはマンンションに帰ってくる。

 温め直したミーナの手料理を食べて、食欲が満たされたシンジは別の欲………まあ、夜もそれなりという事にしておこう。


 シンジを含めた四人は、このような生活環境にあった。忙しくも充実感に満ちた生活であった。

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 宇宙から落下してきた使徒を【HC】は北欧連合と戦自との共同作戦によって殲滅した。

 その時の使徒の残骸は零号機と初号機によって【HC】の基地内に運び込まれ、現在はシンジが分析に入っていた。

 共同作戦に参加してくれたお礼として、北欧連合と戦自には使徒のサンプルを渡してある。

(北欧連合には元々渡していた。戦自に渡すのはこれが二回目である)


 補完委員会から使徒のサンプル要求があったが、当初は不知火はこれを拒否。

 だが、シンジから要求された内容を補完委員会が承諾すれば、使徒のサンプルを渡すと回答していた。

 補完委員会はシンジからの要求を確認して、これを承諾した。

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 シンジの執務室

 以前に補完委員会からセレナに送られてきた立体映像投影装置をシンジは執務室に運び込んだ。

 伝えられた定刻になると、キール・ローレンツとゲンドウの立体映像が浮かび上がった。

 今回の使徒のサンプルを餌にシンジが補完委員会に要求した内容とは、この三者会談を行うという事だった。

 時間が勿体無いと挨拶抜きで本題に入った。


「今回の会談の目的は、そこのネルフ司令が南極に行っている時に、ネルフ報道官が発表したあの馬鹿らしい発言に関してです」

『……それは二人の間の個人的な内容だ。そのような下らぬ事で呼び出したと言うのか?』

「ボクも下らないと思ってますよ。でも、本人が発表するならともかくネルフ報道官が発表したのなら、個人間の問題に止まりません。

 ネルフ組織の職員がマスコミを集めて発表したのであれば、それはネルフという組織の意図と見なします。

 上位組織たる補完委員会の責任でもあります。それが嫌なら、この男をとっとと罷免して下さい。

 そうすれば、こちらで保護して、たっぷりと親睦を深めておきますから。

 それとも補完委員会は何かの弱みをネルフに握られていて、罷免は出来ませんか」


 キールが三者会談に応じたのは、使徒のサンプルの件もあるが、シンジともう一度話してみてゼーレの障害に為り得るか見極める為だ。

 シンジには話していないが、この三者会談の様子はゼーレの他のメンバーにも同時中継してある。

 だが、シンジの言葉に内心では落胆した。そして高が親子ゲンカ(キール視点)に付き合うほどキールは暇では無かった。

 特にシンジの最後の言葉を聞いて、シンジを過大評価し過ぎたかと考えた。

 以前に『ネルフは補完委員会の弱みを握って操っていると勘違いしている』との報告がセレナの護衛からあった。

 未だにそんな事を言っているようでは、ゼーレの障害にはなりえないだろう。キールは軽い侮蔑を込めた視線をシンジに向けた。


『下らん。暇ではないからこれで「南極の件の打ち合わせでもしてるんですか?」……何故、お前がそれを知っている!?

 まさかお前の仕業か!?』

『シンジ。お前なのか!?』


 ゲンドウと冬月が南極に艦隊を率いて『ロンギヌスの槍』を回収しに行ったは良いが、槍は見つからなかった。

 センカンドインパクトの後、南極にあるアダムを回収したのはゼーレだった。槍はその大きさ故に、放置されていた。

 槍が見つからない事から当時の処置が問題視され、補完計画の鍵となる物でもある事から、大きな問題となっていた。


「仕業? 何の事ですか? ネルフ司令が副司令と一緒に、国連の空母艦隊を率いて南極に行ったのは監視衛星で分かってます。

 大方、使徒の来襲が分かっていて、その危険回避の為だと思ってますが、その件の打ち合わせじゃ無いんですか?」

『お前は知らぬと言うのだな』

「具体的名称を言って頂かないと、何も答えられませんよ。それで何について訊かれているんですか?」

『…………』

『…………』

「名前も言えないほど、大切な物みたいですね。態々、空母を含めた艦隊まで出したから、そうだろうと予測はしていましたが。

 ……では『槍』を返す条件の一つに、あの馬鹿げた発言の撤回と事態の完全収拾を入れたとしたらどうします?」

『なんだと!?』

『お前が回収していたのか!?』


 キールとゲンドウの様子を見て、シンジは込み上げてくる笑いを必死に抑えていた。

 散々苦労した結果だが、槍はシンジと繋がっている。シンジが呼べば、槍は応えてくれる関係になっている。

 槍の価値を知らない振りをして、しっかりとした見返りを貰ってから槍を返す。必要な時になれば、呼べば良いだけである。

 ゼーレとネルフからしてみれば詐欺同然の行為だろうが、シンジは敵対組織を騙す事に戸惑いは無い。これは駆け引きだと思ってる。


「今回の騒ぎを引き起こした本人が何処にいるのか調べたら、国連軍の艦隊に乗って南極に向かっているのが分かりましたからね。

 何かあるのかもと思って、先回りして調べましたよ。そしたら面白いものを見つけましてね。

 意趣返しに使えそうだと思って回収しました。それで、どうしますか?」

『……六分儀が発言を撤回し、事態を完全に収拾したら槍を返すと言うのか?』

『議長!?』

「どうやら、よっぽど大切な物なんですね。ええ、槍を返す条件の一つにさっきの条件を設定します」

『一つだと。まだ何かあるのか?』

「ボクにはどこまで価値があるか分かりませんけど、そちらにとっては大切なものなんでしょう。

 それなら、他の付加価値をつけた条件を提示して貰わないと、割が合いません。

 それにあの問題発言で迷惑を被ってますからね。迷惑料として別の何かを貰わないと気が済みませんから」

『あれは元から我々の物だ』

「それなら所有権を持っているという証明書を出して下さい。

 証明書があれば、拾得物として『槍』の一割を貰って、残りの九割を返しますよ。穂先辺りを貰おうかな」


 『ロンギヌスの槍』は古代からある物で、所有権を証明するものなどあるはずも無い。

 仮に証明書があったとしても、『槍』の一割を持っていかれて機能不全になったりしたら大問題になる。

 条件さえ折り合えば、シンジは槍を返すと言っている。あの槍の価値を知っていれば、返すなどという言葉が出てくるはずも無い。

 ゲンドウへの意趣返しで槍が奪われるとはとんだ想定外の出来事だが、まだ挽回出来る。

 何としてもシンジが槍の価値に気づく前に、シンジから完全な状態の槍を取り戻さないと補完計画に支障が出てくる事は間違い無い。

 そこまで考えたキールは表情を引き締めて、シンジとの交渉を始めた。


『……要望は?』

「ネルフの機密情報全部」

『却下だ』

「じゃあ、ネルフ司令の身柄。副司令でも可」

『却下だ』

「EVA弐号機。パイロットは要りません」

『却下だ』

「じゃあ、補完委員会のメンバー全員の個人データ。ああ、スリーサイズなんかは要りませんから」

『却下だ』

「別に生活に困っている訳じゃありませんから、金品とかは不要です。困りましたね。では槍の取引は中止ですか」

『待て。最初の条件さえも実行出来なくなるが良いのか?』

「仕方ありませんね。マスコミを抑えるのが一苦労ですけど、日本を潰すとか脅せば何とかなるでしょう。

 そちらから魅力的な提案が無ければ、この交渉は決裂という事になります」

『条件を詰める。一週間は待て』

「駄目です。七日後にボクは記者会見する予定になっています。

 それまで事態を収拾してくれなければ、さっきの条件も意味がありませんから」

『分かった。交換条件の前払いとして、六分儀の発言の撤回と事態の収拾を行う事とする。他の条件については一週間は待て』

『しかし議長!?』

『六分儀、命令だ!』

「そうそう。今後は一切ボクの事がニュースに流れないようにして下さいね。勿論、ネットも含めてです。保証出来ますか?」

『やるからには当然だ』

「では、七日後の記者会見は行いません。七日間以内に事態を収拾させて下さい。こちらから日本政府に話しを通しておきます。

 騒ぐマスコミとネットを抑えるのにどんな手段を使っても、今回は何も言いませんから。特務権限でも何でも好きなだけ使って下さい。

 一週間後に追加の交換条件を提示して貰いますが、その時にメディアにボクの名前が一つでも出ていれば交渉決裂で良いですね」

『良いだろう』

『分かった』


 キールとゲンドウの立体映像は消えた。交渉がうまくいって、シンジは安堵の溜息をついた。

 補完委員会の議長とネルフの司令が請合ったのであれば、対応は問題無いだろう。

 ネルフがマスコミとネットをどう抑えるか、それを考えたシンジは笑みを浮かべていた。

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 ゼーレの会合

 『ロンギヌスの槍』の行方が分かった事を受けて、ゼーレは緊急会合を開いていた。

 キールとゲンドウ、シンジの会談はゼーレの他のメンバーにも同時中継されており、他の出席者への状況説明の必要は無かった。


『槍が魔術師に回収されていたと言うのか!? アダム回収の時に、同時に回収しておけば良かったのだ!』

『今更それを言っても仕方無かろう。当時の南極の状況を考えると、艦隊の派遣は無理だった』

『魔術師はどうやって槍を回収したのだ。あの大きさを収容出来る艦船をあの短時間で準備出来たと言うのか?』

『さてな。だが魔術師は知る由も無い槍の事を知っていた。槍を回収した事は間違い無いだろう』

『六分儀への意趣返しに回収したと言っていたな。まだ槍の価値を知らぬとみえる。取り戻すなら今しか無い』

『だが、代価をどうする。機密情報は出せん』

『六分儀の身柄を引き渡す訳にはいかぬ。死体なら構わんがな。当然だが弐号機も出せん』

『金品は要らぬと言ってたな。利権とかでは釣れぬか』

『女はどうだ?』

『魔眼使いにも落せなかったのだ。無理だ』


 金品や女では駄目だと言われたが、機密情報は当然出せない。ゲンドウと冬月の身柄も同じ理由から駄目。

 補完委員会の個人データも同じく出せない。

 シンジが要求したものは全て機密に関わってくるから要求は呑めない。かと言って、『槍』は必ず取り戻さねばならない。

 袋小路に入り掛けた会議だが、No9のモノリスがある事を思いついた。


『EVA肆号機をパイロットを付けて出すか?』

『そこまでするのか? まだパイロットも……そうか最後の者をつけるのか』

『最後の者が初号機と零号機を始末すれば、邪魔者は消える。一石二鳥だ』

『賛成だ』

『それで良かろう。それと魔術師が最初に言い出した要請内容についてはどうなっている。それが出来なければ、取引は出来ぬ』

『既にネルフが動いている。情報操作は六分儀の得意な分野だ。配下の者達にも抑えるよう通達は出す』

『なら問題あるまい』

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 ネルフ:司令室

 ゲンドウは何時ものポーズをとって、一人で考え込んでいた。

 前回の使徒はかなり強力の為、初号機が全力を出さなければ倒せないと予想しており、上手くいけば初号機が覚醒すると考えていた。

 ところが、初号機は使徒の残骸の回収に使われただけで、粒子砲の砲撃戦で使徒を倒してしまった。

 この調子で行くと、初号機の覚醒が覚束無くなる。それはゲンドウにとって容認出来ない事だった。


 シンジは北欧連合と【HC】の厚い壁に守られており、物理的な干渉は不可能だとゲンドウは諦めていた。

 だからこそ、直接干渉せずにマスコミに情報を流して、間接的に干渉しようと考えたのだ。

 マスコミやネットでシンジの周囲を騒がしくする事で、何とか隙を誘い出そうとした策は確かに上手くいった。

 シンジをロックフォード財団から引き離す事が出来るなど考えてはいないが、建前上はゲンドウはシンジの親として振舞う事が出来る。

 こちらの有利になるような情報をマスコミに少しでもリークすれば、後は勝手にマスコミが飛び付いて騒ぎを大きくしてくれる。

 そしてロックフォード財団を揺さぶり、不知火財閥を揺さぶれば、何処かでシンジの隙が見つかるだろうと考えていた。

 実際、不知火財閥に関しては日本重工業の経営権取得の時のインサイダー取引の容疑が掛かっている。

 ロックフォード財団に関しては、日本と直接取引している物は無く影響は少ないだろうが、それでも全世界規模で考えれば、

 足を引っ張る事は出来るはずだ。

 当然、シンジの反撃もあるだろう。それはゲンドウに跳ね返ってくる『諸刃の刃』だ。

 だが、この程度のリスクを甘受しなければシンジを追い詰める事など出来はしないと考えていた。だが……


 『槍』を交換条件に出されては、シンジの提示した条件を呑むしか無い。自分で蒔いた種を、自分で刈らなくてはならないのだ。

 自分が言い出した事を撤回し、それによって広がった騒ぎを収拾する事を考えると、空しさを覚えた。

 『策士、策に溺れる』という諺を思い出し、僅かな後悔の念を感じるもゲンドウはそれを封印した。今は行動すべき時である。

 今回は力業を使う必要がある。それに日本政府の同意も必要になる。ゲンドウは日本政府と連絡を取ろうと、電話機に手を掛けた。

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 マスコミの報道

『碇シンジ君が核融合炉を開発したというのは本当なのだろうか? 普通に考えると若干六歳児にそんな事が可能とは到底思えない。

 有名になる為にロックフォード財団の別の誰かの研究成果を、奪って発表した可能性があるのでは無いか。

 三賢者の『騎士』と『魔女』に関してはまだ本人の実績と思えるが、『魔術師』に関してはその功績を疑わざるを得ない』


『魔術師は核融合炉に加え、粒子砲を開発したと言われている。あの2009年の北欧連合の攻撃を行った粒子砲の開発者である。

 彼には大量虐殺兵器を造った責任がある。彼はその技術成果と資産を世界に還元する必要があるのでは無いだろうか』


『彼が核融合炉を開発しなければ、2008年の中国の大事故は発生しなかった。彼は開発者としての責任がある。

 かの被災地は未だに復旧が進んでいない。北欧連合と魔術師は全力をもって被災地の復興に協力すべきだろう』


『碇シンジは第三新東京の中学に行っていた時、ネルフに圧力をかけて善良な生徒とその家族を、資産を没収した上で第三新東京から

 追放したという情報がある。これが本当なら権力の乱用では無いだろうか。本人の自省を強く要求する』


『ここまで世間を騒がせていながら、本人は多忙を理由に記者会見を開いていない。

 予定では六日後に記者会見を行う予定だが、彼には世間を納得させる義務がある。

 記者会見において、彼からきちんとした説明がされる事を要求する』


『【HC】の特別宣言により、日本の広範囲が停電に陥った。企業の生産ラインは停止して、大きな損害を受けている。

 電力会社には火力発電所の緊急稼動費用を支払うそうだが、被害を受けた企業にも損害補償をすべきでは無いのか。

 我々は損害を受けた企業に協力して、損害賠償請求を【HC】に行う予定である』


『碇シンジの開発したと思われる核融合炉で中国北東部と朝鮮半島は大きな被害を受けた。未だに被災地の復興は進んでいない。

 我々は碇シンジに対して、謝罪と賠償を要求する。碇シンジた直ちに全財産を朝鮮半島に寄付するべきである』


『北欧連合はその経済規模に比較して、世界経済への貢献度は極めて低い。北欧連合はその経済規模に見合った国連への拠出金を

 増額すべきではないだろうか。特定国だけに支援が偏り過ぎているのでは無いだろうか』


『碇シンジが魔術師であるという事は事実だろうが、本当に彼が開発したのかどうかは信憑性が低いと考えられる。

 その理由の一つに、彼が【HC】が擁する決戦兵器のパイロットだという噂がある。

 優れた科学者であり、同時に決戦兵器のパイロットだとは、妄想が過ぎると言わざるを得ない。

 小説やアニメと違い、現実では『天は二物を与えず』との言葉通りに一人の人物が多方面に才能を発揮するなどまず有り得ない。

 彼が記者会見を開けば少しは事実が明らかになるだろうが、現時点では彼の実績を信用する事は出来ないだろう』


『富士核融合炉発電所は北欧連合の強い要望により治外法権エリアになっている。

 だが、この時代に治外法権エリアというのは不平等契約では無いだろうか。

 【HC】は取材記者を拘束しており、長期期間にわたり釈放していない。富士核融合炉発電所の治外法権を取り消すべきだと思われる』


『不知火財閥が日本重工業の経営権を取得した時に、インサイダー取引が行われたという疑惑がある。

 富士核融合炉発電所の建設を行った不知火財閥だが、入札経緯が公表されておらず、何らかの贈収賄行為があったと噂されている。

 警察当局や国税当局による捜査の進展を期待する』

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 ネットの某掲示板

『碇シンジ、十四歳か。本当にそこまで偉いのかね。どうも眉唾ものだな』

『同感。でっち上げじゃないのか』

『記者会見は六日後だよな。何て言うか見物だな』

『そうだよ。あいつにはちゃんと説明する義務がある。対応が遅過ぎる!』

『2008年の中国の大事故の責任はあいつにあるんだろう。責任を取らせろよ』

『あん時は、放射能被害の為で避難騒ぎになったよな。賠償請求を出すべきだな』

『第三新東京の通っていた中学じゃあ、横暴な態度だったらしいぜ。暴力を奮ってさ』

『餓鬼じゃねえか。さっさと引きずり出して、晒し者にしてやりゃ良いんだよ』

『そうだよ。そんな奴はさっさと日本から追い出せ!』

『自分が偉いと思ってるのかね。最低だ。底辺に落ちろ! 痰壷がお似合いだ!』

『決戦兵器のパイロットだなんて、誰が言い出したんだ? ひょっとして、あいつが自分から噂をばら撒いたのか?』

『ありえるな。どうせ格好つけたいだけだろう』

『そういう奴に限って、雲隠れが得意なんだよな』

『そうだよな。安全な場所に隠れて好き勝手言って、非難されたら逃げるだけか』

『無責任だ』

『洗脳されてるって記事があったな。本当かも』

『どうせ不細工なんだろ。さっさと国へ帰れば良いのに』

『そうだよ。日本の空気を汚す前にさっさと出ていけ』

『個人的にかなりの資産持ちって噂があるけど、どれくらい持ってるんだ?』

『げっ。十四歳で金持ちなのか。将来、ろくな大人になんないぞ』

『俺に金をくれ』

『今は【HC】の基地の中にいるのか。くそっ。無料公開しろよ』

『二人の美少女を侍らせているらしい。しかもメイド服を無理やり着せているらしい。メイドスキーだって噂がある』

『何だと。そいつは男の敵だ』

『そいつは絶対にスケベだぞ。世の中の女性はあいつに近づかない方が絶対に良い!』

『やっぱり殲滅するしかないな』

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 シンジのマンション

 TVでシンジ関連の報道を見て、そしてパソコンを繋いで掲示板に書かれている事を見たミーシャとレイはかなり憤慨していた。


「まったく何も知らないのに、好き勝手に言ってるわね。まったく頭にくるわ」

「お兄ちゃん、大丈夫? あんな報道を気にしないで」

「気持ちの良いもんじゃ無いけどさ。マスコミの騒ぎもあと六日以内には収まるよ。ネルフと日本政府に期待するさ。

 でも、ネットの騒ぎは強権を発動しても止められるかな。駄目だった時は槍の取引は中止だけどさ」

「TVのニュースキャスターや評論家は、何も知らないはずなのに何であそこまで言えるの!?

 シン様が他人の功績を横取りする訳無いじゃない! 中国の事故だって、勝手に技術を盗んで勝手に事故を起こしたんでしょう。

 シン様の責任は無いのに、財産を寄越せだとか復興に協力すべきとか、良く言えるもんだわ」

「お兄ちゃんの事を上から目線で批判しまくりよね。あの人達はそんなに偉いの?」

「TV局の場合は、上からの指示という事もあると思うけどさ。視聴率稼ぎの為にボクを叩いた方が良いと思っているのかもね。

 報道の権利とか、知る権利とか良く言うけど、視聴率を稼いでスポンサーからの収入を増やしたいと思っているのかもよ」


「TVの報道も頭にくるけど、ネットの掲示板はもっと頭にくるわね。何も知らないのに、あそこまで良く言えるもんだわ」

「匿名だから責任が無いのさ。だから何を言っても、責任とか取らずに済むからね。気楽なもんだよ。

 匿名は駄目で、本人証明が無いと書き込み出来ないようにしたら、掲示板も大人しくなるんじゃない」

「批判ばっかりで建設的な事は何も言ってないじゃない。しかも敬称もつけずに、あいつ呼ばわりよ。マナー違反よ。

 間違った事を言っても、謝らないで逃げるだけじゃないの!」

「自由な発言を認めているのが民主主義だからね。当然、権利だから誰も制限は出来ないさ。

 でも、自由というのは権利と同時に義務も発生する。自分の発言に責任を持たなくちゃね。さてネルフがどう抑えるか、見物だよ」


 ここまで辛辣な報道をされて、不愉快な気分になったのは事実だが、ここで怒っても始まらない。

 憲法に保障された言論の自由の権利をネルフがどう抑えるか、その方法を考えたシンジに暗い笑みが浮かんでいた。

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『本日午後二時に、特務機関ネルフにおいて六分儀司令官による特別宣言【A−19】が発令されました。

 これにより、今後はシン・ロックフォード氏、並びに碇シンジ氏に関する一切の報道とコメントは禁止されます。

 インターネット上も同じ扱いになります。六分儀司令は十二時間以内に碇シンジ氏に関するデータを、全て消去する事を求めています。

 尚、違反者はネルフ、又は警察により拘束されます。この特別宣言【A−19】には日本政府も同意しています。

 速やかな対応を御願いします』

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 通常、法治国家は法律に基づいて活動や規制が行われる。そして法律の上位に位置するのが憲法になる。

 憲法には言論の自由など様々な権利が謳われており、それらが法治国家の根本を形成している。

(人治国家という国家もある。表面上は法治国家の形式を取ってはいるが、実際の運営は法律より人間の判断が優先される。

 社会主義や共産主義国家に多く見られる。某半島の国家や、中国大陸の国家が当てはまる)


 だが、特務機関の特別宣言は該当国の法律や憲法より優先して適応される。非常事態である為の臨時処理である。

 かつてネルフは国の主権侵害の権限、人材の強制徴集権限、子供に対する徴兵権限、他の組織に対する徴発権限を持っていた。

 これらは国家が保障する人権、財産権を犯すものだが、非常事態に対応する為に制定されていた。


 今回、シンジに関する報道が使徒戦に悪影響を及ぼす(実際は『槍』の返却条件)として、ネルフは特別宣言【A−19】を発令した。

 本来なら【HC】を支持した日本政府がネルフの言論統制を認めるはずは無かったが、大和会が日本政府に根回しを行い、

 両者の合意が成立した。そしてネルフの特別宣言【A−19】は、日本中に言論統制の嵐を巻き起こす事となった。

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 ゼーレの影響下のマスコミの場合

 上からの命令もあり、あっさりと報道データを全て消去した。そして、これ以降はシンジに関する報道を行う事は無かった。

 もっとも新聞や雑誌等の配布済みの媒体に関しては、手が付けられなかったが。

 これに関してはシンジも配布済みの媒体を全部回収しろなどと言うつもりは無かった。

 一部には骨のある造反者もいたが、左遷、もしくは懲戒免職処分等で、反論を全て封じ込んだ。

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 近隣諸国からの資金援助を受けているマスコミの場合

 表面上は日本の企業だが、日本の自虐的な報道が目立って特定国を贔屓にする事が多かった。

 日本政府の勧告を聞かず、しつこく北欧連合とシンジに謝罪と賠償を求める報道を繰り返した結果、警察による強制捜索が入った。

 憲法で保障された言論の自由を訴えたが、ネルフの特別宣言【A−19】の前では通用しなかった。

 日本政府も今回のネルフの特別宣言を認めているので、擁護する国内政府組織は存在しなかった。

 その結果、記者(アナウンサー)や編集部(報道局)の現場の人間のみでは無く、経営層の人間までも逮捕される事になった。

 そして徹底的に余罪を追及されて、大多数の人間が国外追放か刑務所入りとなった。

 民間の放送局は放送免許を取り上げられ、あっさりと廃業。新聞社等も強力な締め付けがあって、同じく廃業が相次いだ。

 簡単には潰せないTV局に関しても手が入り、偏向報道に関わった全員が逮捕か懲戒免職処分になっていた。

 スポンサー企業や広告代理店も目をつけられ、廃業や業績低迷に苦しむ事になっていた。


 本来ならシンジに関する報道さえ止められれば良かったのだが、今までの報道内容で疎まれていた事もあり、

 これを機会として大和会の意向を汲んだ警察当局によって完全に潰されてしまったのである。

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 独自資本のマスコミ(大部分が中小)

 ほとんどの企業が勧告を受けて、報道データを全て消去した。ゼーレの影響下にあるマスコミとほとんど同じである。

 一部に反発する動きがあったが、大和会が影で動いた事により事態は沈静化した。

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 主だったマスコミ関係は何とか落ち着いたが、TV局でシンジの批判を繰り返していたフリーのニュースキャスターや評論家は、

 一斉に契約を切られて路頭に迷う事になった。再就職しようにも、シンジを批判してきた事は知れ渡っているので、ネルフの手が

 回ってくるのを恐れて、雇用に踏み切る企業は存在していなかった。その結果、収入を絶たれて生活する事になった。

 彼らはネルフとシンジの事を悪し様に詰ったが、それを聞く人間は周囲だけに限定されてしまったのである。

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 ネットへの対応

 企業であるTV局や新聞社、各報道機関への停止勧告や強権発動は、対象が明確な為に効果は直ぐに出た。

 だが、不特定多数が参加しているインターネットに関しては、対象数が多過ぎた。

 そこでネルフは問題となる記事が掲載されているサイトを片っ端からハッキングして、記事を無条件に削除した。


 この行為に対してネルフを批判する声が多数上がったが、ネルフが強権を使用するのがシンジ関係のみという事もあり、

 又、熱しやすく冷め易い国民性も加わって騒ぎは段々と収束に向かっていった。

 だが、勧告に従う人間がいる一方で、いくら勧告しても無視する人間もいた。

 ここでネルフは強行手段に出た。


 特務権限を行使して、携帯電話会社とインターネットのプロバイダから強制的に加入者の個人情報を提出させたのだ。

 個人情報を提出する事を渋る企業には、強権を発動をして対応。ネット上の掲載情報と発信者情報の確認を行った。

 これにより一般サイトは元より、匿名サイトでも違反を繰り返す人間を特定。

 携帯電話からの投稿者には携帯電話契約の強制解約で対応。パソコンからの投稿者には、インターネットの強制解約を徹底させた。


 社会人の場合は雇用している会社に圧力を掛けて、懲戒免職処分などを強制した。(学生の場合は学校に違反者である事を通知)

 これらの対応は全てMAGIによって行われた。

 因みに、MAGIがこんな事に使われるのを見て、リツコの愚痴は止まらなかったという。


 違反者の根性もある意味凄かった。

 特別宣言を発動したネルフを批判したが、あっという間に削除され、国内のネット接続環境から締め出されたかに見えたが、

 インターネットカフェ等の接続サービスを提供するところから、海外サイトにアクセスして活動を続けたのだ。

 もっとも、そんな事をして当事者のメリットは何も無い。続けた理由は当人しか理解出来ない事だろう。


 結局、国内サイトでは隠語を用い、海外サイトでは堂々という形で収まった。

 もっとも、海外サイトまで手を広げた違反者もMAGIが海外ルートから発信者の情報を割り出して、燻り出しを行うにつれ

 違反者の数も少しづつ減少していった。

 井戸端会議などでは頻繁に話題にはあがったが、時間が経つにつれ徐々に消えていった。


 因みに、シンジの顔写真(クラス全体を写した時の写真から拡大処理した映像)をネットにアップしようとしたケンスケは、

 ネルフから停止勧告メールを何通も受け取っていて、MAGIのウィルスに感染した事でパソコンの全てのデータが初期化された。

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 第二東京:核融合開発機構(NFDO):理事長室

 冬宮はシンジからの要請を受けて、日本政府の関連各機関にネルフと共同してマスコミを抑えるように手配を行っていた。

 そして効果が現われ、状況が安定した事で冬宮は安堵の溜息をついていた。


(マスコミの報道がここまで減るとは、最初は思っても見なかったな。だが、これを契機にマスコミの大掃除が出来た。

 まだ政界や教育界の問題は残っているが、これで日本も少しは落ち着く。ネルフに感謝状を出したいくらいだ。

 ネットの騒ぎはまだ残っているが、ターゲットが彼からネルフに変わっている。まさに毒をもって毒を制すか。

 悪辣と言うか、さすがに三賢者の魔術師だ。敵に回すと恐ろしいが、味方だと頼もしい限りだ)

 そんな事を考えていると、シンジから電話が入ってきた。


「御存知だと思いますが、ネルフの特別宣言の後の処理でマスコミ報道は全て途絶えています。

 ネット上ではまだ少し残っていますが、これでほぼ対処が終わったかと思います」

『ありがとうございました。これで少しは静かになります。落ち着いて仕事が出来ますよ』

「いえ。日本のマスコミも大掃除が出来たので、大分落ち着きました。ところで、どうやってネルフに特別宣言を出させたんですか?」


 どうしてシンジと敵対しているネルフが、本来は存在しない特別宣言をでっち上げてまで報道規制を行ったのか。

 でっち上げの特別宣言も日本政府が認めれば、ちゃんと機能はする。その段取りを冬宮は行ったのだ。

 だが、ネルフがそれを実行する動機がどうしても理解出来なかった。


『ネルフが大切な物を先に見つけたんですよ。それが欲しければ……という脅しをかけただけです』

「……流石と言うか、悪辣と言うか、言葉に困りますね」

『迷惑を受けたのはボクですからね。言い出しっぺのネルフが後始末するのは、当然でしょう?

 それにこの機会にと、偏向報道をしているマスコミを潰したのはどこの組織ですか?

 マスコミ関係以外もすっきりしたのは良い事なんでしょう』


 好きなドラマを放送していたTV局が潰れた事で、一部の人間からクレームが上がっていたが、大きな動きには繋がらず黙殺された。

 その他にも一部の団体が日本の国旗を燃やしたり、自分の指を切ったりの抗議を行ったが、これらに関してもネルフの特別宣言の元で

 警察が動き、参加者を拘束して事態の強制終息を図っていた。


「まあ、それは色々と。今やマスコミとネットの非難先はネルフになっていますよ」

『自業自得という物ですよ。先にネルフがあんな発表をしなければこんな問題にはなりませんでした』

「まあ、そう言われればそうなんですけどね。そうだ、記者会見は中止になったのですよね」

『勿論です。こんな状態で記者会見なんか出来ないでしょう』

「それもそうですね。……ちょっと訊きたかったんですが、あなたが記者会見した時は何を言うつもりだったんですか?

 あの時のマスコミの過熱報道を考えると、生半可な事では抑えられないと思いますが?」

『記者会見をした場合ですか。……まずは日本の全部の核融合炉を一ヵ月後に全面停止。それと日本からの全面撤退。

 当然、食料と原材料の輸出は停止します。ああ、我が国の友好国全てに適応されます』

「えっ!?」

『次に中東連合に連絡して、日本への原油の輸出価格を十倍に変更』

「ほ、本気だったんですか? そんな事を本当にされては日本は壊滅してしまいます!」


 冬宮の知っている範囲でも、シンジが言った事が実現可能である事が分かった。

 不利益を受けながらも、北欧連合とシンジが日本を継続して支援するなど甘い予想は立てられない。

 シンジが記者会見の時に、さっきの発言をした場合の騒ぎは容易に想像出来た。そんな事態にならなかった事に冬宮は安堵した。


『勿論です。そこまで言わなければ騒ぎは治まらないでしょう。今回はネルフが泥を被ってくれるから悪役にならずに済みますよ』

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 シンジの執務室

 キールとゲンドウと会談を行ってから一週間が経過した。マスコミの報道からはシンジの名前は一切消えていた。

 ネットで検索をかけても、シンジの名前が出てくる事は無い。(海外サイトは除く)

 日本国内においては、ネルフはシンジが要求した事を完全に実行したと言える状況にあった。

 その替わりにネルフは言論統制を行ったという悪評が、世間一般に広まった。ゲンドウは全然気にしていないが。

 そこで再びキールとゲンドウとの三者会談が行われる事となった。


「日本におけるボクの報道が無くなった事は認めます。流石と言っておきます」

『当然だ。以前の話しにあった追加の交換条件だが、EVA肆号機をパイロット付きで譲渡する』

「EVA肆号機ですか……パイロットは男ですか?」

『そうだ』

「なら、要りません」

『なんだと!?』

「知らない男なんかにうろつかれたら風紀が乱れますから。そういう理由からEVA肆号機は不要です」

(パイロット付きのEVAを基地内に入れて暴れられたら、どんな被害が出るか。工作員を引き入れるつもりは無いさ)


 パイロット付きでEVA肆号機を譲渡する条件を拒否された事で、キールは少し焦りを感じていた。

 まさか断られるとは思っていなかった事もあり、次の条件を準備していなかったのだ。今更、女性パイロットを準備出来るはずも無い。

 だが、『槍』は何としても取り戻さなくてはならない。キールは他のメンバーの承諾無しに提示出来る条件を咄嗟に考えた。


『二十億ユーロでどうだ?』

「却下です」

『別荘付きの小島を追加で用意する』

「却下です」

『さらに美女十人のメイドを追加だ』

「…却下です」

『なら男が良いのか? 稚児十人か』

「勝手に人の趣味を決め付けないで下さい。彼女持ちに女を用意するなんて、何を考えてるんですか!

 夜の生活に不満は感じていません(と思いたい)」

『むう……』

「他の条件は無いんですね。……そうですね、ネルフが報道規制をこのまま継続する事と、定期的にこの三者会談を行うという約束を

 してくれれば、それで良いですよ。そうそう、ボクに対して干渉はしない事は元に戻して下さい。

 そうしてくれれば『槍』の場所は教えますよ」

『……それで良いのか?』


 キールは少し拍子抜けしていた。EVA肆号機の譲渡が拒否されて、それに替わる対価など直ぐには思いつかなかったのだが、

 そんな程度でシンジが『槍』を返すと言い出すとは思ってもいなかった。

 ネルフの負担が増えて、定期的にキールがシンジとの会談を行わなくてはならないが、対価としては安いものだと考えていた。

 シンジの相手はゲンドウにやらせるべきとも考えたが、今回の件でやはり警戒すべき相手であるという認識になっていた為、

 シンジの動向を確認する為にも定期的に会談出来るのは都合が良いとも考えていた。


「ええ。あまり高望みしても仕方ありませんしね。今回の件でネルフの働きに楽しませて貰いましたから。

 他にも色々とメリットがありましたし、元々意趣返しのつもりでやった事ですから、これで十分ですよ」

『ではこれで交換条件は整ったという事で良いな。では『槍』は何処にある?』

「南極にありますよ」

『何だと!?』


 ゲンドウが声を荒げた。海底まで探したのに見つからなかったのだ。あの苦労は何だったのだと叫びたいのを何とか堪えた。

 シンジが既に回収していたと思っていたゲンドウにとって、槍がまだ南極にあるなど考えもしなかった。

 驚いたのはキールも同じである。シンジに険しい視線を向けた。


「海底にカモフラージュして隠してあります。あんな大きな物だとは想像もしてなかったので、持って帰れませんでしたからね。

 ボタン一つで浮いてきますよ。今からでも浮上させましょうか?」(本当は持ち帰ってあるけど、直ぐに戻せるからね)

『待て。回収する艦隊を差し向ける。浮上はその後だ』

「分かりました。艦隊が現地に到着したら連絡を下さい。その時は責任を持って『槍』を返しますよ」


 『槍』を持って帰っていないという事は、シンジは解析を行っていない事になる。それはキールにとって朗報だった。

 今後の会談の方法など細かい話しを詰めて、会談は終了した。

 そしてネルフは報道規制を継続する事になった。そしてそれはMAGIにそれなりの負担がかかるという事だった。

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 北欧連合:某所

 会議室らしき場所に北欧連合の若手士官十二名が集まって、真剣な表情で討論を行っていた。


「シン・ロックフォードの好き勝手にさせておけば、何れは大きな問題になる。今のうちに手を打つべきだ」

「若干十四歳で中佐か。あのロックフォード財団の養子で、三賢者の魔術師。核融合炉と粒子砲の開発者。

 近衛軍所属で国王陛下の信任も厚いか。確かに上層部は奴に甘いというか、贔屓が過ぎるというものだ」

「今回の件でも【ウルドの弓】を好き勝手に使っている。戦略兵器なのに簡単に潰してしまった」

「だが、今回の件はライアーン准将の申請を政府が許可したのだ。彼を責めるのは筋違いだろう。

 それに【ウルドの弓】の弁償金は免除だとロックフォード財団から連絡があったと聞いている」

「我が宇宙管理局は【ウルドの弓】にあんな使い方が出来るなんて、知らされていなかったんだぞ!

 いくら開発者とはいえ、我が軍を蔑ろにし過ぎているのではないか!?」

「ああ、過負荷にして衛星を破壊覚悟で使用して威力を増すという件か。

 だが、知らされていても、我が軍がその使い方をするとは限らないだろう。威力としては通常の破壊力があれば十分だ」

「そんな事を言っているのでは無い! 前回は緊急事態だからと言って、いきなり【ウルドの弓】の使用権を奪っていったんだぞ。

 このまま放置しては軍の威信は保てない! それに万が一でも反乱など起こされたら、【ウルドの弓】の制御が奪われてしまう!

 【ウルドの弓】のハード情報も、さらには打ち上げ方法さえ秘密だと言う。こんなんでやってられるか!」


 北欧連合内部において、政府関連で言えば全閣僚、軍で言えば准将以上にシンジ関連の情報が知らされており、情報隠匿も行っていた。

 だが、軍の佐官、尉官クラスにおいては、その辺りの情報は一切知らされていない。

 あまりに広範囲に情報を広めると情報漏洩の危険性が高まる為、それを回避する為に情報の周知範囲を抑えているのだが、

 今回の場合は情報を知らされていない人間の不満がかなり溜まった結果だった。

 それでも全員がシンジに不満を持っているという訳では無い。冷静な判断も下せる人間も多数に上った。


「ちょっと待て。上層部がロックフォード財団と【ウルドの弓】の扱いを決めた時、緊急時には財団が一時的に使用する権利を持つと

 いう内容で契約したと聞いている。そういう意味では、彼は契約を破っていない」

「では、このまま見過ごせと言うのか!? あんな子供の好き勝手にさせて良いと言うのか!?」

「お前は彼を排除したいのか? 核融合炉と粒子砲の開発者を国外に追放しろと言っているのか? それは利敵行為だ」

「そこまでは言っていない! 軍から外して一民間人として処遇すれば十分だろうと言っているのだ!」

「日本で使徒戦を行っている状態で、彼を軍から外せないだろう。支援活動の指揮権も一時的に与える権限を持っている」

「では、貴様は十四歳の子供の命令に従えると言うのか!?」

「それが正当な権限なら仕方無かろう。自分のプライドに拘って戦闘に負けては、本末転倒というものだ」

「…………」

「今回のネルフの暴露戦術で彼の事が一般市民にも知れ渡った。軍人である事は伏せられたままだがな。

 核融合炉の恩恵を受けているから、国内世論の風潮は彼には好意的だ。その面からも彼を軍から外す事は好ましくない」

「では、このまま耐えろと言うのか?」

「彼に対して上層部の贔屓が過ぎると感じている事も事実だ。後でこっそりと元帥に上申してみる。今は抑えろ」


 十四歳の中佐で上官というのは、下の人間にとってやり辛く、プライドが刺激されるのは間違い無いだろう。

 シンジの功績を否定するものでは無いが、かと言って自分の精神安定上に悪い事を素直に認める気は無いと言うところだろうか。

 この後、十二人の若手士官は溜まったものを発散させようと、夜の歓楽街に繰り出していった。

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 ミサトはアスカを車に乗せて、第三新東京からちょっと離れた場所にある大きな神社に来ていた。

 境内には人影は見えず、閑散としていた。神社の受付の人が欠伸をしているのが二人に見えたほどだ。


「こんなところに連れてきて、何をしようって言うのよ!?」

「アスカは不運続きよね。だからここで厄払いをするのよ」

「厄払い?」

「そっ。日本の風習だけどね。厄がついていると不運な事が重なるのよ。太平洋艦隊の時もそうだったけど、今回もそうじゃない」

「……本当に効くの?」

「ここは江戸時代から続く由緒ある神社だから、効き目は抜群よ!」


 そう言ってミサトはアスカと一緒に、神社の受付で一番安いコースの厄払いを申し込んだ。

 アスカは半信半疑だったが、最近は不運続きである事は自覚していた。駄目で元々という気持ちからミサトと一緒に神前に進んだ。


 ミサトとアスカが正座をして待っていると、厳格そうな顔付きの宮司が二人の前に現われた。

 二人に楽にするように伝えると、宮司は厄払いを始めた。その様子をミサトとアスカは興味深そうに見つめている。


(はあ。これで運が戻ってくれば良いんだけどね。気休めかもしれないけど、やらないよりマシよね)

(へーえ。これが日本の風習なのね。効果があれば良いんだけど。次は何としても弐号機で使徒を倒してみせるわ)


 独特の低い声で唱えている宮司だったが、突如持っている玉串に火が点いて勢い良く燃え出した。


「うわああああ」

「ど、どうしたの!?」

「早く消さないと!」


 幸い持っている玉串の火は直ぐに消されたが、宮司の表情は真っ青になっていた。

 通常、厄祓いの最中に玉串が燃える事などありえない。

 だが、その異常事態に思い当たる節があった宮司はミサトとアスカに頭を下げた。


「申し訳ありません。私の力では貴方達に掛かっている厄は祓えません。お金はお返しします。本日はお帰り下さい」

「ちょ、ちょっと待ってよ。あたし達に厄が掛かってるって本当なの!?」

「えっ。そうなの!?」

「はい。私の持っていた玉串が燃え出したのが証拠です。私の力が及ばなかった為で、申し訳ありません」

「そ、そんなの困るわよ! 何とかして!」


 ミサトは宮司の言葉を聞いて、かなり焦っていた。火の気も無く、宮司が演技している風にも見えない。

 厄払いなど気休めに過ぎないと思っていたが、宮司の持っている玉串に火が点いたのを見ると本当に厄が憑いていると

 信じない訳にもいかない。

 ここのところの不運続きは厄の所為だったのかと内心では納得したが、このまま放置する訳にはいかない。

 何しろこれを放置すれば、災厄続きになり使徒戦がどうなるか、まったく分からなくなる。

 そう考えたミサトは宮司に詰め寄り、もっと強力な御祓いが出来るところを紹介して貰う事となる。

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 MAGIの設置されたフロアは、何時もとは違って慌しい雰囲気に包まれていた。

 各々のオペレータがMAGIに取り付いて、色々な確認作業などを真剣な表情で行っている。

 周囲にはファイルやメモが散乱して、ケーブル類も含めると乱雑なイメージしか見えて来ない。

 進行状況アナウンスがスピーカから絶え間なく鳴り響き、何時もとは違う雰囲気を作り出していた。

 そんな中、マヤが軽快にキーボードを操作しているのがリツコの目に留まった。


「流石はマヤ。速いわね」

「それはもう先輩の直伝ですから」

 リツコに褒められた事でマヤは嬉しがったが、手が止まる事無く作業を続けた。

「待ってそこ。A−8の方が早いわ。ちょっと貸して」

 リツコが自分の前にあるキーボードを操作すると、マヤのモニタに表示されるデータの表示速度が格段に上がった。

「さっすが先輩」


 そこに居るスタッフ全員が休む事無く作業をしている中、ミサトが部屋に入ってきた。

 周囲を見渡しながら、リツコに近づいてきた。


「どう? MAGIの診断は終わったの?」

「大体ね。約束通りに今日のテストには間に合わせたわよ」

「さっすがリツコ。同じ物が三つもあって大変なのにね」


 リツコはミサトから声を掛けられたが、振り向く事無く作業を続けていた。

 そんなリツコを見て面白く無いミサトは、近くにあったコーヒーカップに断りも入れないで手を伸ばした。

 リツコは横目で見ていたが、ミサトがカップを口にしたタイミングで忠告した。


「冷めてるわよ、それ」

「うぇ……」


 冷たく不味いコーヒーをミサトは顔を顰めながら飲み込んだ。勝手に飲んだ手前、抗議など出来るはずも無い。

 そんなミサトを横目で確認しつつも、リツコの手が止まる事は無かった。やがてモニターの表示が一斉に変わり、電子音が鳴り出した。


「MAGIシステム、三基とも自己診断モードに入りました」

「第127次の定期健診は異常無し」

「了解。お疲れ様。皆はテスト開始までは休んでちょうだい」


 MAGIの定期健診が問題無く終了した事が分かり、スタッフ全員は揃って身体の力を抜いて安堵していた。

 次のテスト開始までは時間があるので、疲れを取ろうと何人かは休憩所やトイレに向かい出した。

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 リツコはトイレの鏡に映った自分の顔を見て、少々鬱気味になっていた。


(異常無しか。母さんは今日も元気なのに、あたしはただ年をとるだけなのかしら)


 鏡に映る顔には小皺が少し目立ち始めていた。まだ十分に美人の範疇に入るだろうが、それでも気になる。

 年齢も三十代に突入して、嘗ての二十代の頃の体力は無い。特に義足になってからの体力低下は著しいものがあった。

 それに加えて、肌の衰えを感じている。夜でも、確かめるように触ってくるゲンドウの手が気になるようになっていた。

 だが、シンジの言うように自らをおばさんなどとは絶対に認められない。

 少し落ち着いたら、肌の若返り方法でも研究してみようかと密かに考えているリツコだった。

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「えーーー! また脱ぐの!?」

『ここから先は超クリーンルームなのよ。シャワーを浴びて下着を替えるだけでは済まないわ』


 アスカの嫌そうな叫びに、リツコが冷静な声で答えた。もっとも、そんな事でアスカの顔に浮かんだ不満の色は消せなかったが。


「何でオートパイロットの実験で、こんな事をしなくちゃならないのよっ!?」

『時間はただ流れているだけじゃ無いわ。EVAのテクノロジーも進歩しているの。新しいデータは常に必要なの』


 この時、シンジが開発したというEVAの中枢へダイレクトに繋げられる神経接続システムの事がリツコの脳裏に浮かんだが、

 口に出す事は無かった。システムの詳細は分かっていないが、オートパイロット機能を備えているのだろうか?

 そんな事を考えたが、目の前の実験に専念しようとリツコは頭を振って、モニターを見つめ直した。


「ほら、お望みの姿になったわよ。十七回も垢を落とされてね」


 そこには素っ裸のアスカとトウジが居た。勿論、お互いの姿が見えないように遮蔽はされている。

 だが、隣に裸のアスカが居るかと思うと、トウジの頬が微かに緩んできた。この辺は立派な【男】なのだろう。


『では、二人ともこの部屋を抜けて、その姿のままでエントリープラグに入ってちょうだい』

「ええーーー!」 「ほんまに?」

『大丈夫。映像モニターは切ってあるわ。プライバシーは保護しているから』

「そう言う問題じゃ無いでしょ! 気持ちの問題よ!」


 年頃の少女が裸でいる事さえ普通では無いのに、すぐ隣に同世代の男の子が同じく裸で居るのだ。

 顔を赤く染めてアスカは抗議したが、管制室に居るミサトとリツコにはアスカの羞恥心より、この実験で得られるデータの

 方が重要だった。


『このテストはプラグスーツの補助無しに、直接身体からハーモニクスを行うのが趣旨なのよ』

『アスカ、命令よ』


 アスカは兵士としての訓練を受けてきている。当然、命令には従わざるを得ない事は理解していた。

 だが、隣のトウジの事も気になって仕方が無い。そのジレンマを吹き飛ばそうと大声をあげた。


「もー、絶対に見ないでよ!!」

『分かってるわよ』

「トウジ、先に行きなさい!」

「へ?」

「あんた、あたしを先に行かせて、後ろからあたしの裸を見る気なの!?」

「い、いや、そないな事は……「だったら、とっとと先に行きなさい!!」は、はいっ!」


 アスカの裸を見ようものなら格闘訓練で何をされるか、容易に想像出来た。(機嫌が悪い時は、何度も気絶させられた事がある)

 トウジはアスカの剣幕にびびりながら慌てて駆け出した。その姿を見たアスカは後から駆け出してエントリープラグに入った。


『各パイロットはエントリー準備完了しました』

『テストスタート』

『テストスタートします。オートパイロット記憶開始』

『モニタ異常無し』

『シミュレーションプラグを挿入』

『システムを模擬体と接続します』

「シミュレーションプラグはMAGIの制御下に入りました」


 ミサトは実験がスムーズに実行されていくのを見て感嘆の声をあげた。


「おおー。速い、速い。MAGI様様だわ。初実験の時に一週間もかかったのが嘘のようね」

「テストは約三時間で終わる予定です」


 リツコはミサトの軽口に答える事無く、実験に集中していた。

 ここまでは順調に進んだ。これからが実験の開始になる。リツコは二人に感覚を尋ねた。


『気分はどう?』

「何かおかしいとちゃうんか」

「感覚がおかしいのよ。右腕だけはっきりして、後はぼやけた感じよ」

『アスカ。右手を動かすイメージをしてみて』

「ええ」


 模擬体の右手が少し動いた。今のところは問題は出ていない。


「データ収集は順調です」

「問題は無いみたいね。MAGIを通常に戻して」


 こうしてオートパイロット試験はリツコ主導で続けられた。

 様々なデータが取られて、そのデータをMAGI三基が協議しながら処理していく。その様子を見たミサトは呟いた。


「ジレンマか」

「造った人間の性格が伺えるわね」

「何を言ってんの。造ったのはあんたでしょ」

「あなた、何も知らないのね」

「リツコがあたしみたく自分の事をべらべらと話さないからでしょ」

「そうね。……あたしはシステムアップしただけ。基礎理論と本体を造ったのは…母さんよ」


 ミサトの軽口に答えたリツコの胸中は、複雑な思いで満ちていた。母と言った時のリツコは、どこか寂しそうな表情だった。

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 ネルフ:発令所

「確認しているんだな」

「ええ。一応。三日前に搬入されたパーツです」


 冬月の問い掛けに青葉が答えた。キーボードを操作して、問題になっている第87タンパク壁の映像を出した。

 確かに映像には変色している箇所があった。


「ここですね、変質しているのは」

「第87タンパク壁か」

「拡大すると染みのような物があります。なんでしょうね」

「侵食だろう。温度と伝導率が若干変化しています。無菌室の劣化は良くあるんです」

「工期が六十日近く圧縮されていますから、気泡が混ざっていたんでしょう。あの工事は杜撰ですよ」

「そこは使徒が現れてからの工事だからな」

「無理無いっすよ。みんな疲れていますからね」

「明日までに処理しておけ。六分儀が煩いからな」

「了解」


 冬月、日向、青葉の三人は特に騒ぎだてる必要は無しと判断した。そして関係各部署に連絡を入れ始めた。

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「また水漏れなの?」

「いえ、侵食だそうです。この上のタンパク壁です」

「参ったわね……」


 ゲンドウからは早く実験の結果を出せと連絡が来ていた。リツコは溜息をついて、細かい状況を確認した。


「テストに支障は?」

「今のところは何も」

「では続けて! このテストは簡単には中止出来ないのよ。六分儀司令は煩いし」

「了解」


 マヤの回答にリツコは実験継続を決断した。リツコの指示に従って、オペレータは再度動き始めた。


「シンクロ位置正常」

「プラグ深度変化無し」

「シミュレーションプラグを模擬体経由でEVA本体と接続します」

「EVA弐号機。コンタクト確認」

「ATフィールド、発生します」


 弐号機は指示に従って、ATフィールドを発生させた。

 そのATフィールドに反応して、第87タンパク壁のシミの部分が赤く光り始めた。






To be continued...
(2011.12.10 初版)
(2012.06.30 改訂一版)


(あとがき)

 槍を取引材料に使ってみました。書いてて自分でも悪辣と思います。

 言論統制に関して、通常はありえないでしょうが、やる場合はどんな事が効率的かを考えて書きました。

 まあ、フィクションですので、そんなに深刻には考えないで下さい。これが後で、少しずつ影響が出てきます。



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