因果応報、その果てには

第三十五話

presented by えっくん様


 突如、非常警報が鳴り響いた。実験に集中していたリツコは苛立ちを抑えながら、原因を確認しようと振り返った。


「どうしたの!?」

『シグマユニットに汚染警報発令』

「第87タンパク壁が劣化。発熱しています。第六パイプにも異常発生」

「タンパク壁の侵食部が増殖しています。爆発的なスピードです」


 スピーカから流れてくる異常報告と一緒に、マヤの報告も重なった。モニタにはそれを裏付ける情報が表示されている。

 こうなったら実験どころでは無いと、リツコは即断した。


「実験中止! 第六パイプを緊急閉鎖!」

「はい」


 リツコの指示により第六パイプは緊急閉鎖されたが、異常事態はそれでは収まらなかった。


「駄目です! 侵食は壁伝いに進行しています!」

「ポリソームを用意!」


 マヤとは対照的に、リツコは冷静さを保っていた。そしてリツコの指示によりポリソーム三台が動き始めた。


「レーザー出力最大。侵入と同時に発射」

「侵食部、六の五十八に到達。来ます!」


 マヤの報告で全員の視線がモニタに注がれたが、その時いきなりスピーカから悲鳴があがった。


『きゃぁぁぁっ!』

「アスカ!?」


 突然のアスカの悲鳴に、全員の視線がモニタから模擬体に移った。

 模擬体の腕が動き始め、その身体には問題のシミが取り付き、徐々に広がりつつあった。


「アスカの模擬体が動いています」

「まさか!?」

「侵食部は更に拡大! 模擬体の下垂システムを侵食しています!」


 模擬体が暴走を始めるとリツコは直ぐにパネルを叩き割り、そこに納められている緊急レバーを引いた。

 小さな爆発音と共に模擬体の腕は千切れて、沈んでいった。


「アスカは?」

「無事です」

「全プラグ緊急射出!」


 アスカとトウジの乗ったエントリープラグは緊急射出された。リツコは険しい表情を崩す事無く、次の指示を出した。


「レーザー、急いで!」


 三台のポリソームから撃ちだされたレーザーが、侵食部を焼き始めた。

 だが、突如としてレーザーが反射された。そこには小さいが六角形のフィールドが多数映っていた。


「ATフィールド!?」

「まさか!?」


 瞬く間に侵食が拡大していった。あまりの出来事にミサトは呆然と呟いた。


「何よ、これ」

「パターンブルー。間違いなく使徒よ」


 リツコはモニタに表示されたデータを見て、強張った表情で使徒に侵入された事を告げた。

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 ネルフ:発令所

 警報が鳴り響く中、冬月はミサトの報告を受けていた。


「使徒! 使徒の侵入を許したのか!?」

『申し訳ありません』

「言い訳はいい!」


 作戦課長であるミサトには責任がある。理不尽かと思える事でも、結果次第では責任を取らなくてはならない。

 それが組織というものだ。

 ミサトの上司である冬月にも管理責任は当然ある。そして冬月は即断して、汚染エリアの緊急隔離を命令した。


「セントラルドグマを物理閉鎖! シグマユニットと隔離しろ!」

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「ボックスを破棄します! 総員退避!」


 冬月に報告を済ませたミサトは、総員退避を命令した。

 それを聞いた職員は、慌てて走って退避していった。ミサトは考え込んでいるリツコを強引に連れて、走り出した。

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「……分かっている。宜しく頼む」


 発令所の最上部に来ていたゲンドウは何処かに電話を掛けていたが、それが終わると青葉に命令を出した。


「警報を止めろ! 誤報だ。探知機のミスだ。日本政府と委員会には、そう伝えろ」

「は、はい」


 ネルフ本部が使徒の侵入を許した事が公になると、ネルフの立場は悪くなる。

 その為、ゲンドウは態と誤報という事で押し通す事にした。この場合、実利より体面を優先させたのだ。


 使徒の侵食は止まる事を知らないかのごとく、猛烈な勢いで侵食エリアを拡大させていった。


「汚染区域は更に下降。プリブノーBOXからシグマユニット全域に広がっています」

「場所が拙いぞ」

「ああ。アダムに近過ぎる」


 何としても使徒とアダムの接触は避けなければならない。その為の犠牲は仕方の無い事だと考えた。

 冬月の警告にゲンドウは次の処理を決めた。


「汚染はシグマユニットまでで抑えろ! ジオフロントは犠牲にしても構わん。EVAは?」

「格納庫にて待機中。パイロットを回収次第、発進出来ます」

「パイロットを待つ必要は無い。直ぐに地上へ射出しろ。弐号機を優先だ。最悪は参号機を犠牲にしても良い!」

「しかし、EVA無しでは、物理的に使徒を殲滅出来ません」

「その前にEVAが汚染されたら全て終わりだ。急げ!」

「は、はい」


 確かにEVAが汚染されたら、使徒を倒す手段が失われる。

 弐号機が優先されるのは、トウジよりアスカの方が戦闘能力が上だという事で理解出来た。

 ゲンドウの言葉を納得した日向と青葉は、直ぐに無人のEVA二機を地上へ射出した。

 それを確認した冬月は一先ずは安堵して、ゲンドウに今後の予定を尋ねた。


「さて、EVA無しで、使徒をどうやって攻める?」


 ゲンドウはまだ考え中で、冬月の質問に答える事は無かった。

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 【HC】戦闘指揮所

 ネルフから使徒の警報が発せられた事で、不知火はライアーンとシンジの召集をかけていた。

 戦闘指揮所のモニタには、第三新東京の周辺の映像が映し出されていた。


「ネルフから使徒発見の警報が出されたが、その後で探知機の異常の為の誤報だと連絡があった。日本政府からの連絡だがな。

 衛星軌道からの映像を見ても、使徒らしき物は発見出来ていない。だが、弐号機と参号機が地上に射出されている。どう思う?」

「第三新東京周辺に異常が見られない事から、確かに誤報の可能性はあります。でも、弐号機と参号機が地上に居るのは不自然ですね」

「中佐もそう思うか。今まで使徒発見の誤報など無かった。どうにも臭いな」

「だが、使徒は見当たらない。どうしますか?」


 今までの使徒は全て巨大な身体である。必ず第三新東京に接近する時には、事前に発見出来る。そういう思い込みが三人にはあった。

 以前と同じような大きさの使徒であれば【HC】の観測網で確認出来るが、今回の使徒のサイズとエネルギー値は驚異的に小さかった。

 故に【HC】では使徒の確認は出来ていない。だが、ネルフの誤報と、弐号機と参号機が地上に居るのは気になる事である。

 表面上は何も起こっていないが、シンジが仕掛けた情報網にはネルフ内部で何らかの緊急事態が発生している事は分かっている。

 だが、シンジにも使徒が直接ネルフ本部に侵入したとは考えていなかった。何らかの大きなトラブルが起きているだろうと考えていた。


「ボクの単独行動の許可を貰えますか?」

「何をする気だ?」

「ネルフに潜入して確認してきます。ボク一人なら、何とでもなりますから」

「一人で行く気か!? 危険だ。認められん」

「ボクには奥の手があります。確かに前々回のように事前準備は出来ていませんが、潜入ルートは準備してあります」


 不知火とライアーンはシンジの奥の手の事は知っている。ここでシンジを失えば【HC】は瓦解する。

 そのリスクはあるが、シンジによる単独潜入が可能ならば、やらせてみる価値はあると考えた。


「分かった。使徒が確認出来ない以上、うちとしては動けない。今回に関しては、中佐に全てを任せる。但し、結果報告はしてくれ」

「了解しました」

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 使徒の増殖は際限無く続くと思われたが、ある境界から増殖していない事に気がついた。


「どういう事なの?」

「無菌状態維持の為に、オゾンを噴出している部分は汚染されていません」

「つまり酸素に弱いって事?」

「らしいわね」

「オゾンを投入してみます」


 マヤは操作を行って実験場のオゾン濃度を上げると、瞬く間に侵食部分が減少していった。

 それを見ていたスタッフに微かな希望が湧いてきた。


「効いてるぞ」

「オゾンを更に増やせ!」


 オゾンの効果に気を良くした冬月の指示に従って、オゾン濃度を更に上げていった。

 その結果、侵食部分はさらに減少していった。だが、ある一定以上まで減少したところで、減少が止んだ。


「変ね?」

「おい、増えてるぞ」

「変です。発熱が高まってます」


 次の瞬間、状況は一変した。今までオゾンによって侵食が防がれていたエリアが、一斉に侵食されたのだ。


「侵食再開します。今度はオゾンを取り込み始めました」

「オゾンを止めて!」


 オゾンという使徒に有効な手段が見つかったと喜んだのは束の間だった。

 使徒の外観が次々に変化していく様子が画面に映っていた。


「凄い」

「進化しているのよ」


 約46億年前に地球が誕生。

 約40億年前に原始生命が誕生。当時の大気は大部分が二酸化酸素であり、誕生したばかりの原始生命にとって、酸素は猛毒だった。

 約32億年前に光合成を行う生物(バクテリア)が誕生する。以後は十億年以上をかけて大気中の酸素濃度は徐々に上昇。

 約20億年前には、酸素濃度はかなり上昇し、酸素を猛毒とする初期生物は絶滅し、酸素を利用した生物が進化していく。


 目の前の使徒は地球の生命が二十億年かけて進化してきた事を、あっと言う間に済ませたのかとリツコは悪寒を覚えていた。

 オゾンは効かずに、逆に使徒を活性化させると分かった。次の手はどうするかを全員が考えている中、突如警報が鳴り響いた。


「どうしたの?」

「サブコンピュータがハッキングを受けています」

「侵入者不明」

「ちくしょう! こんな時にかよ!」


 使徒の増殖を止められない状況で、ハッキングなんてする奴は誰だと心の中で罵りつつ日向と青葉はハッキングに対応しようと

 動き出した。だが、ハッキングする方は日向と青葉の対応を遥かに上回っていた。


「擬似エントリー、展開します」

「擬似エントリー、回避されました」

「逆探まで十八秒」

「防壁を展開します」

「防壁を突破されました」

「これは人間業じゃ無いぞ!」


 日向と青葉の必死の防戦など気にもかけないほど、あっさりと侵入者はハッキングを進めていった。

 日向と青葉にもオペレータとしての能力の自負はあった。実際、二人のコンピュータ操作の能力は平均を遥かに上回る。

 その二人の抵抗など歯牙にもかけない侵入者は、まさに人間業とは思えなかった。


「擬似エントリー、さらに展開します」

「逆探に成功。この施設内です。……プリブノーBOXです!!」

「何ですって!?」

「模擬体の光学模様が変化しています」


 画面には赤く光っていた小さな粒が面になり、そしてパターン化していく様子が映し出されていた。

 それは電子制御用のプリント基板のようなパターンを形成していたのである。


「光っている部分は電子回路じゃないか。これはコンピュータそのものだ」


 使徒がどうやってサブコンピュータをハッキングしているか、ミサトにはその動作原理は分かっていなかったが、押されているのは

 理解出来た。使徒戦ともなれば作戦部の出番である。ミサトは日向と青葉に発破をかけた。


「擬似エントリーを展開して!」

「失敗。妨害されました」


「メインケーブルを切断!」

「駄目です。受け付けません」


「レーザーを撃ち込んで!」

「ATフィールド発生! 効果ありません」


 ミサトの指示した内容は何も効果は出せないまま、使徒のハッキングは止まる事無く続いていた。

 ミサトの顔色はどんどん悪くなっていく。


「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを走査中」

「十二桁……十六桁……パスワードクリア」

「保安部のメインバンクに侵入されました」

「メインバンクを読んでいます。解除出来ません」

「メインバスを探っています。このコードは……やばい! MAGIに侵入するつもりです!!」


 ハッキングのルートを見て、青葉は使徒の目標がMAGIだと判断した。

 MAGIが使徒に落される事は、イコール、ネルフが使徒に敗北する事である。ゲンドウは素早く判断した。


「I/Oシステムをダウンしろ!」


 ゲンドウの指示で日向と青葉がI/Oシステムをダウンさせようと試みたが、失敗した。


「駄目です! 電源が切れません!」

「使徒、さらに侵入! メルキオールに接触しました!」


 MAGI三基の状態を示すパネルがある。

 通常そこは青で表示されているのだが、メルキオールの部分の青が徐々に赤に変わっていった。

 日向と青葉の必死の防戦も効かずに、とうとうメルキオールの表示部分が全て赤に変わってしまった。


「使徒に乗っ取られます!」

「メルキオールが使徒にリプログラムされました!」


 次の瞬間、メルキオールは誰もが予想しなかった事を行った。


『メルキオールから自律自爆が提訴されました』

『賛成』

『否決』

『否決』

『1対2……否決』

「今度はメルキオールがバルタザールをハッキングしています!」

「くそっ、速い!」

「何て計算速度だ!」


 メルキオールからバルタザールにハッキングが開始され、バルタザールの正常を示す青のエリアが次々と赤に書き換えられていった。

 打つ手が見当たらなく、発令所の全員の顔色が悪くなっていたが、ある事を思い出したリツコは指示を出した。


「ロジックモードを変更! シンクロコードを十五秒単位にして!」

「「了解!」」


 シンクロコードを十五秒単位に変更すると、バルタザールの侵食速度は一気に低下した。

 まだ使徒を倒す算段がついた訳では無いが、一息つけられると発令所の全員が安堵の溜息をついた。

 冬月は気を取り直し、今後の見込みを訊ねた。


「どれくらい持ちそうだ?」

「今までのスピードから見て、二時間ぐらいは」

「……MAGIが敵に回るとはな」


 ゲンドウの呟きは、発令所全員に共通した思いだった。

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 通常、PCとかに使用されるMPU、CPUとか呼ばれるプロセッサには最大周波数と最低周波数が定められている。

 最低周波数を下回る遅いクロックを入力した場合、プロセッサの動作は保証されなくなる。

 MAGIの場合、最低周波数が十五秒という事だが、最大周波数と比較してそこまでの範囲を最低周波数に対応出来るという事は、

 極めて冗長性が高いシステムだと言える。

 通常使用されるプロセッサには、HOLD端子やWAIT端子がある。これらをONにしておくと、プロセッサは動作しない。

 対応クロックの幅が大きいのは優れた性能の賜物だろうが、これらの動作停止信号制御がMAGIに入っていないのは残念な事である。

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 シンクロコードを遅くした事で使徒の侵攻に対して時間を稼ぐ事が出来たが、殲滅した訳では無い。

 時間が惜しいと現状の使徒に関しての情報を、テーブルに埋め込まれたモニタに出して、リツコが発令所のメンバーに説明を始めた。


「今回の使徒はマイクロマシン。細菌サイズの使徒と考えられます。

 その個体が集まって群れを作り、この短時間で知能回路の形成に至るまで、爆発的な進化を遂げています」

「進化か」

「はい。使徒は常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処するシステムを模索しています」

「まさに生物の生きる為のシステム、そのものだな」


 リツコと冬月の会話を聞いていたミサトは、二人の哲学的な話しを聞く気は無かった。

 手っ取り早く使徒を倒す方法を取るべきと考えて提案した。


「自己の弱点を克服。進化を続ける目標に対して有効な手段は、死なば諸共。MAGIと心中して貰うしか無いわ。

 MAGIシステムの物理的消去を提案します!」

「無理よ! MAGIを切り捨てる事は本部の破棄と同義なのよ!」


 ある意味ではミサトの判断は正しい。どこまでも進化を続ける相手に、時間を与えては手がつけられなくなる可能性が高い。

 ならば進化の初期の段階で、対応出来ないような攻撃(本部ごと自爆)を加えれば使徒は殲滅出来る。

 だが、都合良くMAGIのみを消去して、本部に影響が出ないようにするなど物理的に不可能である。

 (そもそも使徒の本体はプリブノーBOXに居る。MAGIを物理的消去しても使徒が消える訳では無い)

 ミサトは実行手段に思いが及ばずにMAGIの消去を提案したが、リツコの立場では実行手段まで考えて発言しなくてはならない。

 リツコ個人の思いがあったのは事実だろうが、現状ではMAGIを消去=本部の破棄=自爆という方程式になる。

 今から退去を始めても、間に合うとは思えないし、そこまでミサトに説明して納得させる気も時間も無い。

 そもそも使徒の殲滅に拘るミサトの言葉を鵜呑みにする気は、リツコには無かった。


「では作戦部から正式に要請するわ」

「拒否します。技術部が解決すべき問題です」

「何、意地を張ってるのよ」

「あなたがそれを言う?」

「えっ!?」


 この前の使徒の時はミサトはリツコの提言に耳を傾けずに、EVA四機で使徒を受け止める作戦に拘った。

 ミサトが使徒に拘るように強い暗示が掛けられている事は知っている。そんなミサトに意地を張っているなど言われたくは無い。

 リツコはミサトとの会話を打ち切って、ゲンドウに対応策を説明し始めた。


「使徒が進化し続けるなら、勝算はあります」

「……進化の促進か」

「はい」

「進化の終着地点は自滅。『死』そのものだ」

「ならば進化をこちらで促進させてやれば良い訳だな」

「使徒が死の効率的な回避を考えれば、MAGIとの共生を選択するかも知れません」

「でも、どうやって?」

「目標がコンピュータそのものなら、カスパーを使徒に直結。逆ハッキングを仕掛けて、自滅促進プログラムを送り込む事が出来ます。

 ですが、同時に使徒に対して防壁を開放する事になります」

「カスパーが速いか、使徒が速いかの勝負だな」

「はい」

「そのプログラムは間に合うんでしょうね。カスパーまで侵されたら終わりなのよ!?」


 自分の提案が却下された為かは不明だが、不機嫌そうな声でミサトはリツコを問い質した。

 ゲンドウと冬月が承認した上は、リツコの両肩に使徒殲滅が掛かる事になる。

 上司の命令とはいえ、自分が使徒殲滅に関われない事はミサトとって承服し難い事だった。


「約束は守るわよ」


 出来る限りの事はしようと考えていたリツコだったが、この時のリツコに勝算は無かった。

 許可が下りるなら、魔女の二つ名を持つクリスに支援を要請したかった。

 だが、ネルフ本部に使徒が侵入された事は公表出来ない。ゲンドウに許可を求めても、却下されるだけだろうと考えた。

 ならばマヤの手を借りて、自分の意地を見せる時だろうとリツコは決意していた。

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 ネルフ:ユグドラシルU内部

 シンジはネルフ内部のユグドラシルUの制御ルームに一人で居た。

 発令所の様子は見ていたので、マイクロサイズの使徒がMAGIをハッキングしているのは知っていた。

 そしてリツコが自滅促進プログラムを作成する事を決めたのを知ると、接続を切って静かに考え込んだ。


(猶予時間は約二時間か。この状態でどんな手が打てるかな。地底湖に居る二人に暗示を掛けるか? あんまり意味が無いな。

 ネルフを正面から助ける訳にもいかない。だけどあんな考えで使徒を倒せるのかな。

 確かに進化の終着点は『死』という考えはあるけど、まだ誰もそれを見て確認したものは無い。理論だけだろう。

 そもそも、コンピュータソフトの与える刺激というか進化促進なんて、高が知れてるだろう。

 熱とか衝撃とかの物理的刺激が完璧に抜けているじゃないか。

 確かに、進化し続けるコンピュータならソフトだけでも進化を促せるだろうけど、コンピュータ以上の存在に進化したら、

 自滅促進プログラムなんて、意味を成さない。逆に手がつけられない存在を生み出すだけだろうに。

 どうも思考パターンがコンピュータ寄りだよな。あれ以上は進化しない前提なら、上手くいく可能性はあるけど。

 まあ良いか。ネルフには自滅促進プログラムを頑張って作って貰おう。こっちは別の方向からアプローチしてみようか)


 シンジはユグドラシルネットワークに接続すると、一時間以内に入手出来て、使徒に効果がありそうな物をリストアップした。


(使徒は進化を遂げて今は生体コンピュータと化している。MAGIにハッキングを仕掛けているけど、使徒の本体はあの模擬体か。

 使徒はこちらの想定を軽く上回ってくれるけど、物理法則には縛られている。

 絶対零度では動けなくなるし、一定以上の衝撃を与えれば破壊は出来る。

 今回に関しては、あの体積の使徒を一瞬で倒さないと駄目か。下手な攻撃をすれば、進化を促進させるだけだからな。

 肉体を捨てて精神体にでもなられた日には、ボクにだって手は出せない……事は無いか。奥の手を使えば精神体でも何とかなるか。

 あの使徒のサンプルは何としても欲しいし、ネルフには渡したくは無い。

 万が一でもMAGIと共生したら、MAGIが数段の能力UPするだろうしな。

 絶対にあの使徒のサンプルをネルフに渡さずに倒す方法か。……あれしか無いな)


 シンジはある物を手配しようと操作を始めたが、ふとある事に気がついた。


(MAGIにハッキングされたメルキオールを落せれば、前々回に手に入らなかったMAGIの機密情報が手に入るかも知れない。

 さすがにこの状態でバルタザールかカスパーを攻めるのは利敵行為だろうし。

 ……姉さんは時差の関係で駄目だな。熟睡中に叩き起こしたら、後で何をされるか分かったもんじゃ無いし。

 ボクはそんな時間の余裕は無いからな。駄目元でレイに頼んでみるか。上手くいけば儲けものってやつだな)


 そう考えたシンジは念話でレイを呼び出した。


<レイ、聞こえる? 今は何処に居る?>

<お兄ちゃん? 今は部屋で勉強中よ。何かあったの?>

<部屋か。実は御願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?>

<お兄ちゃんの御願い? 何かしら?>

<実はね…………>


 シンジはレイに現状を説明して、【HC】の基地にあるユグドラシルUを使って、使徒にリプログラムされたメルキオールを

 落して欲しいと頼み込んだ。もちろん、絶対に落してとは言わない。牽制の意味でも十分だと考えている。

 レイはコンピュータ関係を勉強中であり、実力の片鱗は覗かせているが、まだ完成途上であった。

 自分の実力を試す良い機会だろうと、レイはシンジの頼みを快諾した。失敗しても機密情報が手に入らないだけである。


 こうしてレイは使徒にリプログラムされたメルキオールを落す事を目標に、シンジは使徒の本体を殲滅する事を目標に、動き始めた。

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 リツコはカスパーの本体が置かれたフロアに移動した。

 そして床にあるSWを操作すると、カスパー本体が収納されている筐体が上がってきた。

 側面のドアを開けると、人一人が這って進めるぐらいの狭い通路が目に入った。

 その狭い通路には、所狭しとメモがベタベタと貼られていた。リツコとマヤは狭い通路に入っていった。


「何ですか、これ?」

「開発者の悪戯書きだわ」


 そのメモを見て内容を理解したマヤは、歓喜の表情を浮かべた。


「凄い……裏コードだ。MAGIの裏コードですよ、これは!」

「さながらMAGIの裏技大特集って訳ね」

「うわぁ。こんなの見ちゃって良いのかしら? これなんてintのCよ! これなら意外と早くプログラムが出来ますね。先輩!」


 自滅促進プログラムを素早く作成する必要がある。そしてそのメモを使えば、プログラムが効率良く作成出来る。

 さっきまではプログラムがタイムリミットまで間に合うか不安だったが、裏技を使えば可能かもしれない。マヤにも光明が見えてきた。

 リツコは悪戯書きの一つを見つめた。そこには見覚えのある字体で『碇のバカヤロー』と書かれている。


「ありがとう、母さん。これで確実に間に合うわ」


 このメモ書きを見るまでは、本当に間に合うか不安だったのだ。微笑みを浮かべたリツコは、亡き母に感謝していた。

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 カスパーからコードを引き出して自分の端末に接続したマヤは、一心不乱に入力作業を続けていた。

 ミサトはカスパーの中の狭い通路に陣取って、リツコの言うままに道具や部品を渡していた。

 作戦課長が使徒の監視を放り出して、リツコのサポートをしているのである。ある意味、責任放棄では無いだろうか?

 リツコのサポートは誰かにやらせれば良い。作戦課長には責務があり、失敗した場合の為の退避指揮とかすべきでは無いだろうか?

 ゲンドウと冬月の決定でリツコが使徒の矢面に立つ事になったが、それを見たいという思いからミサトはここに居た。

 リツコは黙々と作業を続け、ミサトは言われた事をこなすだけ。その雰囲気に耐えられなくなったミサトはリツコに声を掛けた。


「レンチを取って」

「大学の頃を思い出すわね」

「25番のボード」


 ミサトの言葉など聞こえていないように、リツコは作業の手伝いを要求した。

 ミサトは言われた通りの物を渡したが、とうとうこの雰囲気に我慢出来なくなった。


「少しは教えてよ。MAGIの事」


 リツコは一瞬考え込んだ。この非常時、しかもリツコは一刻も早く自滅促進プログラムを完成させなければならないのだ。

 その自分に対して、ミサトは自分の好奇心を満足させようとMAGIの事を聞いてきた。

 ミサトの不用意な発言でリツコの作業が遅れて、使徒がカスパーを落したら本部の自爆が確定するのだ。

 その場合、ミサトは責任を取れるだろうかと考えたリツコだったが、釘を刺す事だけに留めておいた。


「教えても良いけどね。MAGIの話しをして、自滅促進プログラムが間に合わなかったら、どうするつもりなの?」

「いっ!? それは……」

「だったら黙って!! ベラベラと話す事が必ずしも最善じゃ無いのよ! 状況を弁えなさい!!」

「……ごめん」


 ミサトを怒鳴りつけた事で、リツコの緊張は少し解れた。そして若干だが、リツコの作業の効率が上がったのだった。

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 シンジからの依頼を受けたレイは、張り切って(成功した時のご褒美を期待)基地内にあるユグドラシルUへのアクセスを開始した。

 開発者権限は無いが、その下の管理者権限をレイは持っていた。

 クリスから宿題として以前に作成したプログラムを使って、まずは世界各地のコンピュータをハッキングした。(主に欧米)

 ハッキングしたコンピュータには同じくクリスからの宿題で作ったハッキングプログラムを送りつけ、目標をメルキオールに固定。

 バックグラウンドで動くように設定を行った。

 そして落したコンピュータの台数が四桁になった時、一斉に特定プログラムを起動させた。

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 リツコとマヤが懸命に自滅促進プログラムを作っている最中でも、当然使徒のハッキングは続いていた。

 シンクロコードを落した事で最初の時ほどの速度は無いが、それでも確実にバルタザールを落していっている。

 そして終にバルタザールの状況を示す表示が、全て青から赤に染まってしまった。


「来た! バルタザールが乗っ取られました!」


 日向の叫びと同時に、再度の警報が出される。


『人工知能により自律自爆が決議されました』


 バルタザールが落された事により、先に落されていたメルキオールと合わせて二台のMAGIが使徒の制御下に入った。

 対するカスパーは一台。二対一で自律自爆が決議されたが、実行には三台の意見が一致しなくてはならない。

 メルキオールとバルタザールからの攻撃を受けたカスパーは、見る見るうちに赤の領域を増やしていった。

 リツコのプログラムが間に合うのかと発令所の全員が危ぶんだ時、メルキオールに異常が発生した。

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 メルキオールは使徒の制御下に置かれ、状態を示す色は全て赤になっていた。

 その赤が僅かずつだが、紫に変わっていったのだ。


「何だ!? 何が起きている!?」

「こ、これは!? 世界各地のコンピュータからメルキオールにハッキングが行われています!

 台数は不明ですが千台を下回る事はありません。使徒にリプログラムされた防壁を次々に突破していきます!」

「何だと!?」


 メルキオールがハッキングされた事を受けて、カスパーに掛かる圧力はかなり軽減されていた。

 事実、カスパーの赤に染まっていく速度は、見た目で分かる程低下している。

 メルキオールの紫色の部分が半分以上を占めた時、青葉がある事に気がついた。


「大変です! メルキオールのデータの一部が外部に読み出されています!」

「何だと!?」


 ゲンドウと冬月は、MAGIのデータが外部に流出していると聞き、顔色を変えていた。

 機密情報が外部に洩れたら大問題になるのは間違い無い。最悪の場合は補完委員会やネルフは潰される可能性がある。


「何としてもデータの流出を止めろ!」

「駄目です! メルキオールは使徒の制御下ですので、こちらからは対応出来ません!」

「くっ!」


 機密情報のデータ流出は止められないと知ったゲンドウの脳裏には、シンジの姿が浮かんでいた。

 このタイミングで使徒に支配されたメルキオールにハッキングなど、他の誰にも出来はしないと考えたのだ。

 シンジがネルフの機密情報を欲しがっているのは十分理解している。

 そしてネルフの機密情報を知ったシンジの行動もある程度は推測出来た。

 補完計画を知ったシンジが黙っている訳が無い。恐らく、ネルフに対して全面攻撃に出るだろう事は容易に想像出来た。

 補完委員会、いやゼーレの事も知られれば、待っているのは破滅だけだ。

 ゲンドウと冬月は待ち構えている運命を考えると、悪寒が止まる事は無かった。

 リツコが自滅促進プログラムを作って使徒を殲滅出来ても、データ流出が続けばネルフの運命はそこで終わる。

 何とか打開策をと考えていると、また新たな警報が鳴り出した。


「今度は何だ!?」

「使徒に汚染されたエリアを中心に、強烈な放射能が測定されています!」

「放射能だと!?」


 発令所の大型モニタには使徒が映っていたが、赤く光っていたところが徐々にどす黒く変色していった。

 それに同期したかのように、メルキオールからのデータ流出は停止し、バルタザールからカスパーへのハッキングも停止していた。

 事態を理解出来ていない冬月は、独り言を呟いた。


「何だ、何が起きている!?」

「……推測ですが、あれは使徒の癌細胞ではないでしょうか?」

「癌細胞だと!?」

「進化という事は自らのDNAを書き換えるという事です。あの使徒は凄まじい速度で自分のDNAの書き換えを行ったのでしょう。

 そのDNAの書き換えトラブルが起きれば、癌細胞が発生する可能性はあるかも知れません。それで放射能も発生したのでは?」


 冬月と青葉が話している最中にも、使徒の光は次々に消えていき、どす黒く変色していった。

 それに伴い、放射能の数値も指数曲線的に増えていった。

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「使徒が自滅ですって!?」

「は、はい。進化のし過ぎかは分かりませんが、使徒に癌細胞が発生して、あっという間に消滅してしまったとの事です。

 その代わり、強烈な放射能が測定されています。全員に一時避難命令が出ています。直ぐに避難しないと」

「えっ!? それじゃあ、カスパーは大丈夫なの!?」

「はい。既にバルタザールからカスパーへのハッキングは停止しています」

「……何て事なの」


 今までの苦労は何だったのか? 母の遺産、いや母そのものであるMAGIを守らねばと必死になって、使徒の自滅促進プログラムを

 作っていたのに、使徒が進化のし過ぎで癌細胞が発生して自滅したとは。

 結果的にMAGIは守られたが、自分の努力が無駄になったと知り、リツコはがっくりと肩を落した。


 ミサトにしても、自分は何も出来ずに使徒が自滅するなど、何とも複雑な気持ちだった。

 とは言っても、放射能に汚染されたくは無い。ミサトは呆然としているリツコとマヤに声をかけ、避難しようと走り出した。

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 シンジが使徒を殲滅する手段として考えた方法は二つあった。

 一つは温度を下げて使徒の行動を停止させ、殲滅する事である。いかに使徒であっても絶対零度では動けなくなる。

 温度を下げて固まった状態で、亜空間転送により使徒を別空間に移動してから処分する。

 ネルフの監視下の使徒を亜空間転送するのはリスクが大きいし、転送が洩れたりして使徒が残ったら問題だと判断した結果、

 もう一つの方法を選択した。


 もう一つの方法は、今までの使徒のサンプルを研究して創ったアンチ使徒ウィルスだった。

 人間には効かずに使徒にのみ効くウィルスだ。通常は液体窒素(マイナス196度)に漬けられており、活動を停止している。

 そのウィルスはある刺激を受けた後は、使徒細胞を捕食しながら増殖して、使徒細胞を食い尽くすまで行動を止める事は無い。

 そして食料としての使徒細胞が無くなったら一定時間後に死滅する。

 レイやセレナがアンチ使徒ウィルスに接触されたら、一瞬で死に至る。そんな危険性があるので、開発はしたが厳重に封印していた。

 副産物として強烈な放射能を出す事もあり、屋外での使用は出来ないと思っていたが、今回はネルフ本部内の使用であり、

 ネルフに使徒のサンプルを渡せない事等の理由から使用を決定したのだった。


 因みに、アンチ使徒ウィルスに侵される前の使徒のサンプルは回収していない。

 万が一でも僅かな数の細胞が残れば、そこから使徒が増殖する可能性があった。

 進化を短時間で遂げる使徒のサンプルは十分な研究価値があったが、そんなリスクを冒す事は出来無いとシンジはサンプルを諦めた。

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 使徒の残骸が強い放射能を放っている事もあって、ゲンドウは使徒のサンプルは諦める事にした。

 だが、その撤去にはEVAの修理費並みの莫大な費用が必要になる。

 作業員用の大量の放射能防御服を手配し、廃棄用の車両も特別に鉛を仕込んだ密閉車両を用意しなくてはならない。

 しかも廃棄先の選定も苦労した。どこの自治体も強い放射能を放っている残骸など、受け入れない。

 結局、ジオフロントの一角に、鉛で密閉した巨大な倉庫群を用意し、そこに放射能を出している使徒の残骸を収納する事になった。

 その付近は立ち入り禁止エリアに指定され、厳重に封印される事になっていた。

 その処理費用は莫大な額になったが、日本政府と補完委員会に使徒発見は誤報と連絡している為に、何処にも追加費用を請求出来ない。

 従ってネルフの予備費全額を切り崩して、その処理に充てたのだった。

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 ゲンドウは使徒の残骸の処理を決めると、後の処理は冬月任せにして、流出したMAGIの機密情報の確認を行った。

 メルキオールからのデータ流出時間は短い。もしかすると機密情報が無事だった可能性も十分ある。

 だが、執務室でリツコから報告を受けたゲンドウは、一瞬絶句してしまった。


「それは本当か!?」

「はい。メルキオールから流出したのは、ネルフの全女子職員の身体測定データです。

 画像データ込みでデータ流出が確認されました。本部だけでは無く、世界各地の支部の女子職員の情報も入っています」

「……シンジでは無いというのか?」

「はい。さすがに女子職員の身体測定データを盗む為に、あの中佐がMAGIにハッキングを仕掛ける事は無いと思いますが」

「隠れ蓑にして、他の機密情報が洩れた可能性は?」

「それはありません」


 カスパーが使徒にハッキングされている時に、世界各地の千台以上のコンピュータからメルキオールがハッキングされた。

 千台以上のコンピュータを使った事から考えると、個人の仕業とは思えない。どこかの組織の可能性が高い。

 組織ぐるみの行動で盗まれたデータが女子職員の身体測定データというのは、どうにも納得がいかなかった。

 この事はゲンドウを長期間悩ませる事となった。

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 シンジはレイから見せられたデータを見て、固まっていた。

 確かにレイにはMAGIの機密情報を出来れば入手して欲しいと頼んだ。出来れば儲けものという軽い気持ちだった。

 レイから機密情報を入手出来たと聞いた時は、内心で小躍りしたほどだ。嬉しそうに微笑むレイから見せられたMAGIの機密情報は

 女子職員の身体測定データだった。興味が無いとは言わないが、これが機密情報とは。

 確かにレイに『人類補完計画』とか『死海文書』等の具体的な名前を言わずに、ただMAGIの機密情報と言った記憶がある。

 女の子にとっては身体測定データは機密情報に入るのかも知れないが、さすがにこれは無いだろうとシンジは内心で溜息をついた。


 だが、シンジに頼まれた事を無事に成し遂げ、褒められると期待しているレイに対して、シンジが出来た事は、

 強張った顔を無理やり笑顔にしてレイの頭を撫でる事だけだった。

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 シンジは不知火への報告をどうするか、少しの間悩む事になった。


 結局、ネルフに超小型の使徒が侵入し、コンピュータに進化した使徒が進化し過ぎて自滅したとだけ伝えた。

 今回使ったアンチ使徒ウィルスは禁じ手として、シンジは二度と使う気は無かったし、レイに関しても報告はしていない。

 MAGIから女子職員の身体測定データをハッキングしたなど報告しても白眼視されるだけである。


 ネルフの誤報の件をどうするかで三人の協議は揉めたが、結局は証拠が無い為に【HC】としては不問にする事にした。

 この後、不知火とライアーンは小型使徒の場合に、どう対応するかを悩む事になる。

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 ジオフロントの地底湖に浮かんでいるエントリープラグは二つあり、その中には素っ裸のアスカとトウジが居た。

 裸なので助けを求めに外に出る訳にはいかない。散々怒鳴り散らしたアスカは疲れ果てて眠ってしまった。

 トウジは空きっ腹を我慢して、何とか体力を温存しようと眠っていた。

 二人が救助されたのは、地底湖に放り出されてから二十時間後だった。(放射能処理の目処がたつまでは忘れ去られていた為)


 疲れて寝ていたアスカだったが、エントリープラグのハッチが開く音で目が覚めた。

 気がつくと、放射能防御服を身につけた男がエントリープラグの中を覗き込んでいる。

 自分が何も着ていない事に気づいたアスカは、周囲に響き渡るような大きな悲鳴をあげた。


 後日、自分に厄がついていると強く確信したアスカは、強力な御祓いが出来るところを熱心に探す事になった。

 因みにトウジは寝ている状態で、毛布を掛けられて運び出されていた。

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 放射能除去で慌しい雰囲気が漂っている中、ミサトは自分の中にある疑問の答えを得ようとリツコの部屋を訪れていた。


「ねえ、今回の使徒って、本当に自滅したと思う? 本当に自滅したなら間抜けな使徒だけど、他に原因があるとは思わない?」

「普通に考えれば、使徒が自滅だなんて考えられないわね。でも……DNA配列が狂って癌細胞が発生する原因なんて考えられないわ。

 放射能が高過ぎて、残ったサンプルもかなり劣化して変質しているのよ。あれじゃあ研究も出来ないし。

 データが無い以上は、確かな事は言えないわ」

「その放射能がおかしいとは思わない?」

「放射能が?」

「そう。都合良く使徒を滅ぼして放射能を撒き散らすなんて、人間の癌細胞を考えたら出来る訳無いでしょう。

 だから、仕組まれたとか考えられない?」

「……そういう事。ミサトは使徒を食い尽くす細菌兵器が使われたんじゃ無いかって疑っているの?

 それも態と放射能を出すような悪辣な仕様の細菌兵器が使われたと?」

「可能性はあるんじゃ無いの?」

「ゼロでは無いわね。でも、そう考えると犯人と言うか、細菌兵器を創ったのは誰か、と言うのは断定出来るわね」

「そっ、シンジ君よ!」

「…………」


 使徒が絡むと視野狭窄を起こす傾向があるミサトだったが、同時に勘も鋭くなる。ミサトは今回の使徒の自滅に不自然さを感じていた。

 使徒を食い尽くすような細菌兵器を開発出来るサンプルと技術を持つ人間は限られてくる。シンジだけだ。

 ミサトは殆ど直感のようなもので閃いたが、リツコは論理的思考を重視した。

 そのリツコの目から見ても、ミサトの言い出した事は可能性が高いかも知れないと考えた。

 でも証拠が無い。シンジを、いや【HC】を問い詰める事さえ出来ない。ネルフと【HC】を隔てる壁は際限無く高いのだ。

 だが、シンジが使徒を食い尽くした細菌兵器を開発して使用したという事は、シンジがあの時にネルフ本部内に居た事に繋がる。

 かつて不知火やシンジ達が使用していたエリアは封鎖して出入りが出来ないようにしてあるはずだが、何処からか侵入して来た可能性も

 捨て切れない。ネルフに対して破壊工作をされる危険も十分にある。そこをミサトは気にしていた。


「そうだとするとシンジ君はあたし達を監視していて、使徒を横から倒したのよ。許せないわ!」

「今回の件は国連や日本政府には誤報で連絡してあるから、戦果としては認められないわよ」

「そんな事は関係無いわ! 使徒を倒すのはネルフじゃなきゃ駄目なのよ!」

「……まあ戦果の事は良いわ。使徒が細菌兵器で倒されたかもしれない件は司令には報告しておくわ。

 それと諜報部には不審者の警戒体制を強化するように通達しておくわね」

「あいつらが使っていたエリアは封印されているけど、入って調査はしないの?」

「駄目よ! あのエリアに立ち入った事がばれたら、それこそ【HC】とネルフは完全な敵対関係になるわ。

 それ以前に北欧連合が黙っていないわ。あそこのユグドラシルUを調べた事が分かろうものなら、最初にあった戦争騒ぎになるわよ。

 それでもあの封印エリアに入ってみる? 賭けても良いけど、絶対に監視装置とトラップが用意されているわよ」

「…………」

「中佐がネルフ本部へ侵入している可能性も考慮した体制にするわ。だから今は引きなさい」

「分かったわよ」


 ミサトは渋々だがリツコの言った事を理解した。確かに可能性だけで証拠は何も無いのだ。

 それで封印エリアを勝手に捜索して、戦争騒ぎにしたくは無い。リツコにシンジの事を警戒するよう仕向けられた事で我慢しよう。

 そう考えたミサトはリツコの部屋を後にした。


 リツコはミサトが帰った後で、一人で考え込んでいた。


(ミサトの言った事は証拠はまったく無いけど、有り得る事かも知れない。確かに使徒が自滅するなんて普通じゃ考えられないわ。

 しかも使徒を滅ぼすついでに、高い放射能を撒き散らすような中佐から見れば都合が良い事なんて、自然に起こる訳が無いか。

 まったく、あの放射能除去でネルフの予算がまた圧迫されるわね。はあ、研究費が真っ先に削られそうだわ)


 技術部の予算が削られる可能性を考えたリツコは溜息をつき、ゲンドウに連絡しようと電話機に手を伸ばした。

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 総帥であるナルセスは、息子である副総帥のハンスと、養子であるミハイルとクリスの四人で話し込んでいた。


「先のネルフの暴露戦術の状況はどうなっている?」

「日本ではネルフが特別宣言を出して、強引に取り締まった為に事態は沈静化していますが、それ以外の国では

 逆にヒートアップしています。我が国においてもかなり熱心な特集がありますが、好意的な報道です」

「ですが他の欧米諸国の報道を見ていると、かなり悪い報道が目立ちます。日本での報道が抑えられても、影響は避けられません」

「ふむ。我が財団への影響はどうだ?」

「シンが日本に居ると分かっているので、電話取材はかなり少なくなっています。

 ですが、興味本位の問い合わせは無くなる事はありません。まあ、財団だけを考えれば、無視出来るレベルですね」

「では、シンの素性を知った人間が日本に入国して、何かトラブルを起こす危険性はどうだ?」

「……それはゼロとは言えませんね。ですが、【HC】の基地内にいますから、物理的にどうこうは出来ないと思います」

「確かにな。それでは多少の風評被害に耐えれば、我々としては問題無いと言う事か」

「はい。売り上げにはあまり影響は出ないかと。経常利益は過去最高を更新し続けています」


 通常、製品を造る場合、材料や補助材料等を購入し、作業ラインを作業者が動かして生産し、検査を行ってから出荷する。

 当然、材料等の購入費が掛かり、作業ラインの減価償却費、作業者の給料、電気代、税金等の諸々の諸経費が発生する。

 通常の生産企業なら売り上げに対する経常利益は数%程度に止まるが、ロックフォード財団の場合は数十%になっている。

 販売している製品の全てでは無いが、高度技術が使用されている製品の大部分が海底地下工場で生産されている。

 海底地下工場はエネルギーから材料調達まで、外部から持ち込む必要は無い。つまり費用がかからずに製品が手に入る。

 これにより、高度技術が使用されている製品の多くが材料費等の経費が発生しないのに、売り上げになっている。

 この為に他の企業と比べて利益率が抜群に高い。(ある意味、ズルしているとも言う)

 この利益を自国や友好国への投資を次々に行い、ロックフォード財団は年々規模を拡大している。


「そう言えば、うちの通常製品を買いたいとの問い合わせが最近多いと聞きますが、どうなっています?」

「ああ、それか。我が国が友好国以外からの輸入を殆ど行っていないのに、うちの製品を買いたいというのは奇妙だろう。

 調べてみたら、ある程度の量を買った後に態とクレームをつけて訴訟を行い、賠償金を取るつもりだったらしい。

 酷いところは、プログラムのソースコードを公開すれば販売を認めるなどと言ってきた国がある。もちろん、断ったがな」

「製品のプログラムのソースコード公開を要求するなんて、丸ごとコピーしようとしているのね」

「そういう事だ。我が国は友好国だけの交易でやっていける。無理してまで輸出を伸ばす必要は無いと考えている。

 確かに以前は輸出を増やして経済力を強化しようと考えたが、ゼーレ相手では分が悪い。

 下手に貿易国を増やすと、あっという間にゼーレの配下の企業に占領されてしまうからな。今の経済ブロックの方が都合が良い」

「そうですね。下手に交流を広げると、文化侵略もありえるかもしれませんしね」

「我が国の国民はそれほど愚かでは無いと思いたいが」

「我々がルール通りにやっていても、ルールを守らない闖入者がいた場合は、勢力を拡大される可能性があります」

「確かにな。強引な人間は何処にでも居る。だが、いつも強引な人間が勝つとは限らない」

「そうですね。強引な人間はある程度は成功するでしょうが、先が続かない。自滅というか自爆する傾向が高いですからね」

「そういう事だ。あえて何処かとは言わないがな」

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 【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。


「ここしばらくは平穏だな」

「ああ。緊急出撃も無く、定期訓練だけだからな。偶には緊迫感を味わいたいぜ」

「ほう、緊迫感をね。だったら18時以降に訓練場に行ってみな。すげえ緊迫感が味わえるぞ」

「えっ!? どういう事?」

「最近、中佐が荒れ気味なんだよ。ほれ、この前樹海に入って、大暴れしたろう。

 それで環境部から自然環境を破壊するなって怒られたみたいでさ。それで憂さ晴らし相手に、俺達保安部が選ばれたって訳さ」

「と、ところで中佐は強いのか? まだ十四歳だろう」

「あの速さにはついていけない。まったく加速装置でも仕込んであるみたいだぜ」

「加速装置ねえ。マンガの見過ぎじゃねえの」

「後はあの気迫だな。中佐のマジ顔を見ると、どうにも腰がひけてしまう」

「本当かよ。たった十四歳だろう」

「じゃあ、お前。明日の組み手を決定な。しっかり中佐の怖さを味わっておけよ」

「げっ。マジ?」

「大マジ! 何なら上司命令を出してやろうか」

「勘弁してくれ」

「大丈夫だよ。手加減されてるから、怪我はしないさ。失神するぐらいで済むよ」






To be continued...
(2011.12.24 初版)
(2012.06.30 改訂一版)


(あとがき)

 やっと前半部分が終わりました。まだまだ先は長いですね。

 投稿小説を書いたのは初めての癖に、長編に挑戦してしまいました。出来る限り頑張るつもりですけど。

 このペースで行くと…………最終話の事を考えるのは、止めておきます。まずは目先の事から処理していきます。



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