因果応報、その果てには

第三十七話

presented by えっくん様


 ゲンドウと冬月はヘリで移動していた。眼下には芦ノ湖が見えた。


「昨日、キール議長から計画遅延の文句が来たぞ。俺のところに直接。相当苛ついてたな。最後にはお前の解任も仄めかしていたぞ」

「アダムの問題は何とかする。ダミープラグの開発は順調だ。それで不満か?」

「人類補完計画が遅れている」

「全ての計画はリンクしている。問題は無い」

「初号機の覚醒の問題があるだろう。まあ良い。ところであの男はどうする?」

「好きにさせておくさ。マルドゥック機関と同じだ」

「もうしばらくは役に立って貰うか」

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 京都

「十六年前、ここで何が始まったんだ」


 セカンドインパクトの影響などまったく無かったかのような静かな佇まいを色濃く残す街、京都。

 固定電話の線も抜かれ、十年以上誰も使っていなさそうな倉庫に加持は居た。

 蝉の声が良く聞こえ、長閑な雰囲気だったが、ふとドアノブを回す音に気が付いて、加持は内ポケットの拳銃に手をかけた。

 古びたドアが音を立てながら開いていく。加持はドアからの侵入者の後ろが取れる位置に移動した。すると声が掛かった。


「あたしだ」


 聞き慣れた声で、加持はドアから声を掛けてきた連絡員(外見は近所のオバサン)をドアの隙間から見つめた。

 連絡員のオバサンは犬に餌をやっている。確かに遠目で見ても、連絡員とは思えないだろう。


「あんたか」

「シャノン・バイオ。外資系のケミカル会社。十年前からここにあるが、十年前からこの姿のままだ。

 マルドゥック機関に繋がる百八の企業の内、百六がダミーだった」

「ここが百七個目という訳か」

「この会社の登記簿だ」


 連絡員のオバサンは、雑誌に挟んだコピー用紙を加持に見せた。


「取締役の欄を見ろってか」

「知っていたか」


 コピー用紙の取締役の欄には、六分儀ゲンドウ、冬月コウゾウ、キール・ローレンツの名前が書かれていた。


「知ってる名前ばかりだしな。マルドゥック機関。エヴァンゲリオン操縦者選出の為に設けられた人類補完委員会直属の諮問機関。

 組織の実態は未だ不透明」

「貴様の仕事はネルフの内偵だ。マルドゥックに顔を出すのはまずいぞ」

「まっ、何事も自分の目で確かめないと気が済まない性質なんでね」


 そう言うと加持はその場から離れていった。

 そして掛けられた暗示の為に、シンジにマルドゥック機関の調査内容を連絡するのだった。

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 加持からマルドゥック機関の調査報告を受けたシンジは執務室で考えていた。


(マルドゥック機関。EVAのパイロット選出の為の補完委員会直属の諮問機関か。

 まあ、虚構だろうとは思っていたけど、百八もあるなんて。

 仏教の煩悩の数である百八と合わせるなんて、西洋人のくせに仏教を信じているのか? ……嘘だな。適当につけただけだろう。

 それを隠れ蓑にして、調査依頼費を自分の懐に入れるか。込み入った手を使うね。

 予算は分離したから、ネルフの予算を幾ら注ぎ込もうと知った事じゃ無いしな。それより問題はここに来て侵入者が大幅に増えた事だ)


 最近は樹海や湖から【HC】基地への不法侵入をしようとする人間の数が増えていた。

 原因はネルフの暴露戦術によってシンジの正体が『魔術師』である事が知れ渡った事である。(パイロットである事は未公開)

 2009年の北欧連合侵攻時の報復で家族を失った人間は、各国に多数存在する。

 それらの人間で怨みを忘れられない人間は武器を取って【HC】を目指したのだ。目的は粒子砲の開発者であるシンジの抹殺。

 勿論、不法侵入を試みても基地内には潜入出来ずに、事前に樹海や湖で補足され殲滅されている。

 だが侵入者の殲滅ポイントをチェックしていくと、様々な潜入ルートを試行錯誤している事が伺えた。

 つまり侵入者本人の思惑とは別に、【HC】の防衛体制を確認していると思われる節が感じられるのだ。

 樹海の一番入りやすいエリアには、ライアーンが選抜した特殊性癖部隊がいる。(別名:ホ○部隊)

 その周囲にはユグドラシルUに管理された昆虫型ロボットが配置され第一次警戒網を形成している。

 湖には、同じくユグドラシルUに管理された魚型ロボットが配置されている。

 二次警戒網はユグドラシルUが直接管理する自動火器が待ち構えている。その次は基地の陸戦隊の出番という順番になる。


 一次警戒網をまだ突破された事は無いが、これからも大丈夫だと保証出来る訳では無い。

 このまま放置すると、突破されるのは時間の問題だろう。シンジは本格的な対策を立てようと不知火の執務室に向かった。

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 ユインとウルの会話

 基地に隣接している樹海の中に、見事な毛並みをした鷹と灰色の猫科と思われる動物が静かに佇んでいた。

 【ウル】とユインである。最近はシンジ達の外出が減ったので、護衛の仕事はほとんど無かった。

 従って、暇を持て余した二人(二匹?)は不法侵入者の殲滅をメインに行っていた。


<護衛の仕事はほとんど無いが、侵入者の殲滅も中々面白いものだな>

<最近は出番がめっきり減ったからね。でも、全滅は駄目だからね。一人ぐらいは残さないと情報収集も出来ないからさ>

<うむ。それは分かっている。しかし、武装が貧弱な者が多いな。あれでは我のシールドは破れぬ>

<あまりシールドを過信しない方が良いよ。万が一でもシールドを破られて重傷を負ったら、その身体を破棄しなくちゃならないからね>

<……そうだな。気をつけよう。それはそうと、何故あのセンターエリアに入った侵入者に手を出してはいけないのだ?>

<あの人達は生け贄だからね。ライアーン副司令が特殊趣味の人間を集めた部隊の餌だからね。餌が少ないと暴れるから要注意だってさ>

<……人間の趣味というのはどうも理解出来ぬな。侵入者の服を剥ぎ取り、二人で重なって何が楽しいのか?>

<……まあ、そこら辺はあまり追及しない方が良いと思うよ>

<ところで、侵入者を殲滅している時に見られているような気配を感じぬか?>

<やっぱり君もそうだったんだ。ボクも感じたけど、何処にいるのか分からない。少なくとも周囲三キロに居ないのははっきりしている>

<主に連絡した方が良いのだろうか?>

<もうしてあるよ。次の侵入者の時にマスターに連絡して、マスターが確認するって言っていたよ>

<そうか、分かった>

<今までの侵入者は容易く殲滅出来たけど、これからもそれが続くと考えない方が良い。敵は今は様子を伺っているだけかも知れない>

<そうだな。では我らも爪を磨く事にするか>

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 薄暗いコンピュータに埋め尽くされたある部屋で二人の男が会話をしていた。


「オーベルとセシルはネルフの支援で、俺達は【HC】の対策か。何か貧乏籤を引いたみたいだな」

「そうでも無いぞ。ネルフに直接支援をすると人間関係で揉めるから、こっそりと支援するしか無いって言ってたからな。

 結構気を使うってぼやいていたぞ。【HC】対策の方が派手に動けるから俺の不満は無いぞ」

「ギルはそう言うがな。今は世界中から魔術師に怨みを持った人間を集めて捨て駒にして、【HC】基地の警戒網の確認を

 するぐらいだろう。今のところは全滅だぞ。基地の搬入業者も結構固められている。中々隙が見当たらないな」

「そうでも無いさ。ES部隊から腕利き十二名を日本に派遣して、警戒網の隙を確認させている。色々と判った事がある」

「何だ?」

「樹海の正面エリアに常駐している部隊は多くても二十名ぐらいだ。特殊部隊レベルだが、逆を言えば物量で突破は可能だ。

 その周囲は動物による警戒網が敷かれているらしい。これらは薬物や事前準備さえ整えておけば、大した抵抗も無いだろう。

 俺としては例の捕獲部隊から潜入メンバーを出して見たいと考えている。戦闘能力の確認の意味を含めてだ」

「捕獲部隊か……まあサンプルとしては研究し尽くしたしな。洗脳が済んだサンプルを一体ぐらい投入してみるか。

 隠密行動には長けているし、普通の人間じゃあ対抗すら出来ないだろしな。仮に奴らに捕まっても体内の自爆装置を使えば良いか」

「そういう事さ」

「ある意味、欧羅巴の片隅に生息していた奴らが日本で暴れるのは、何か皮肉めいたものを感じるが」

「ただの感傷だ。奴らなら最初の警戒網は難無く突破出来るだろう。うまくいけば基地への強行突入が出来るかもしれん。

 陽動には十分だろう。その隙をES部隊につかせる。最低でも【HC】の基地施設に損害を与えたい」

「サンプルの帰還は望めんな。まあサンプルと引き換えに基地施設の破壊が出来れば、お釣りが来るな。ES部隊の戦果に期待だな」

「ああ。警戒網を突破出来れば、ES部隊の活躍には十分期待が出来る。ちょっと荒っぽい手段だが、【HC】の牽制にはなるだろう」

「どれだけ訓練を積もうとも、白兵戦で一般人がES部隊には太刀打ち出来ないだろうな。

 ようやく試験運用が終わって本格稼動になるな。これで実績が上がれば、次は北欧連合に直接投入してやる」

「ああ。その時が楽しみだよ」

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 二−A:教室

 放課後の掃除の時間だったが、アスカは携帯電話で加持に電話を掛けていた。


『はい、加持です。ただ今外出しております。御用の方は……』

「ちぇっ! 加持さんは留守か?」

「どうしたの、アスカ?」

「あっ、ヒカリか。明日の日曜日に加持さんに何処かに連れて行って貰おうかと考えたんだけど、連絡がつかないのよ。

 ここんとこ何時かけても留守なの」

「じゃあ、アスカは明日は暇なのね!?」

「……残念ながら、そういう事」

「じゃあさ、ちょっと頼みがあるんだけど」


 そう言ってヒカリは姉のコダマから頼まれたデートのお誘いをアスカに説明し始めた。

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 台所でエプロン姿のレイが食器を黙々と洗っている。しかし、その顔には微かな笑みが浮かんでいた。

 明日はシンジとデートである。(この前、MAGIの機密情報を引き出したご褒美。データは女子職員の身体測定データだったが)

 部屋には明日行く遊園地のパンフレットがある。乗りたいと思うものは既にピックアップしてある。

 シンジと二人でそれに乗る事を思い浮かべたレイの心は既に明日に飛んでいた。

 明日のデートを決めた時、ミーシャはハンカチを噛み締め薄っすらと涙を浮かべた程である。

(後でミーシャもシンジとデートをする事になるが)

 ミーナに仕込まれたレイは食器洗いも上手になっている。丁寧に皿の裏も磨き、慣れた手付きで洗い終わった食器を綺麗に並べている。

 そのレイの様子をシンジは新聞を読みながら黙って見ていた。


「レイの食器洗いは凄く丁寧だよね」

「えっ!? お兄ちゃん、見てたの!?」

「ああ。気がつかなかった?」

「うん」

「レイが食器を洗っているのを見ていると、ドラマを連想したよ」

「ドラマ?」

「うん。主婦が食器を洗っている姿を連想したよ。レイって主婦が似合うかも知れないね」


 シンジの言葉を聞いたレイの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。

(主婦。結婚した人。奥さん。これはお兄ちゃんのプロポーズ!? で、でもまだ早いわよね。まずは順番を追って……

 明日はデートだわ。夜には求められるのかしら。今日のお風呂は念入りに。それと香水をお姉ちゃんに借りて、それから……)

 レイの脳裏に様々なシチュエーションが浮かんだが、混乱していたレイが言えたのはたった一言だった。


「何を言うのよ」


 それだけを言ったレイは顔を真っ赤に染めたまま、食器洗いを続けるのだった。この後、レイが割った皿は二枚であった。

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 アスカとトウジはエントリープラグに乗って、何時ものシンクロテストを行っていた。

 その様子を見ていたミサトは仕事とは関係の無い事をリツコに話し掛けた。


「リツコは明日の結婚式には何を着ていくの?」

「明日の結婚式? ああ、あたしは出ないわよ。言わなかったかしら」

「えっ、何で? 明日は何か急な用事があったっけ?」

「……新郎が政府関係者でね、あたしがレイを洗脳した事を知ってたの。最近はネルフの評判も悪いしね。

 だから出席しないでくれって連絡が入ったのよ」

「何ですって!?」

「ミサトには何も連絡は行ってないの?」

「無いわよ。でもリツコに出席しないでくれなんて、どういうつもりよ!?」

「あの子じゃ無くて、新郎の方から直接電話があったのよ。親戚関係もあって、出席は遠慮して欲しいって。

 申し訳なさそうに言われたら、何も言い返せないわ。あたしも義足で出席するのもどうかと思ったし。

 忘れてたけど、ミサトが出席するならご祝儀を持って行ってくれるかしら」

「……分かったわよ」


 明日の結婚式にはミサトは出るつもりで予定を組んでいた。

 加持と二人きりになるのは少々問題かも知れないが、今更欠席するのも悪いという気持ちがある。

 ミサトはリツコのご祝儀を持って行く事は了承した。だが、何か気分が優れない。

 お気に入りのオレンジのスーツはサイズが合わなくなって着れなくなっている。この先、何着のスーツを用意すれば良いのだろう?


「出費が嵩むわ」

「こう立て続けだと、ご祝儀も馬鹿にならないわね」

「けっ! 三十路前だからって、どいつもこいつも焦りやがって!」

「……お互い、最後の一人にはなりたく無いわね」


 リツコの脳裏に自分がウェディングドレスを着ている光景が浮かんだ。

 その日は来るのだろうか? その場合は隣に立っているのは誰なのだろうか? その資格が自分にあるのだろうか?

 そんな悩みがリツコの脳裏を駆け巡ったが、答えが出る事は無かった。

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 トウジはケンスケと二人で繁華街に遊びに来ていた。ゲームセンターで遊んだ後は、フラフラと適当に歩いていた。


「しかしトウジも雰囲気が大分変わったよな。風格みたいなものがあるよ」

「ほんまか? そないな気はせんがな」

「やっぱパイロットになったのが大きいのかな。なんか落ち着いたように感じるんだよ。もう戦闘はしたんだろう。少しは教えてくれよ」

「駄目や。そっち関係は絶対に話しちゃいかんと言われとる。話したら罰金が待ってるんや」

「罰金かあ、それじゃあ仕方無いか。トウジはネルフ本部内に寝泊りしているんだろう。部屋の様子とかも駄目なのかい?」

「ま、まあ、部屋の様子ぐらいなら、大丈夫やな」

「じゃあ、間取りとか部屋の内装とかを教えてくれよ。一人暮らしって興味があるんだよ」

「……部屋は八畳ぐらいの広さでベッドとシャワー、トイレ、TVとパソコンが置いてあるくらいや。

 普通のワンルームと変わらんてネルフの総務部の人が言ってたわ」

「へえ。そんな良い部屋じゃ無いんだ。パイロットだから、もっと豪勢な部屋かと思ったけど」

「そんな事は絶対無いわ。そやけど枕が変わると寝れへんというのはホンマやな」

「えっ、トウジはそうなのか?」

「ああ。朝起きた時は何か頭が痛くなってな。ベットは結構フカフカなんやけどな」

「慣れの問題じゃあ無いのか」

「むう。そうかも知れんな」

「ところでトウジは碇の事で何か情報は入って無いか?

 今はネルフの特別宣言で碇関係の報道は無くなったろ。以前のあの報道熱が嘘みたいだよ」


 ケンスケは以前の盗撮騒ぎとシェルター抜け出し事件により、ほぼ中学全員から白眼視されていた。

 ある意味ではイジメに近いものがある。事実、下校途中に襲われて長期入院(犯人は不明)した事もある。

 それでも転校しなかったのは、大した根性だと称賛出来るかも知れない。

(ケンスケを庇おうと冬月から学校に圧力が掛けられた事により、ケンスケへの迫害行為が軽減された事もある)

 学校でまともに話すのはトウジのみ。こうして休日に出かけるのもトウジぐらいだ。

 トウジにしてもパイロットである事がばれて、ある意味クラスから浮いていた。

 今まで普通に話していた他の友人も遠慮がちになっている。似通った境遇の二人が、一緒の行動をするのは不自然では無い。

 シンジが『魔術師』である事はネルフによって世間に知られていたが、EVAのパイロットである事はまだ知られていない。

 その事を何とか利用して、自分の有利なように持っていけないものかとケンスケは考えていた。


「ふん。あないな奴の事なんか知らんわ。女といちゃついているんと違うか」

「はあ。美少女二人がべったりだったからな。有り得るよな。畜生、俺だって何時かは女を作ってやるぞ!」

「まあ、頑張れや」

「トウジは良いよな。委員長がいるしな」

「委員長? 何で委員長が出てくるんや?」

「……昼のお弁当を作って持って来てくれてるだろう。トウジも美味しそうに食べてたじゃないか」

「あれは残り物やと言ってたが」

「それを信じるのはトウジだけだよ。顔を赤くしてトウジに弁当を渡す姿を見れば、一目でわかるよ」

「…………」

「偶には委員長と一緒に出かけてみたらどうだい。お弁当のお礼とか言ってさ」

「女子と一緒に何処に行くんや?」

「映画とかが良いんじゃないか」

「委員長は任侠映画とか見るんかな?」

「…………」


 この後、ケンスケの勧めでトウジはヒカリと映画を見る事になる。内容はカップルのアクションものだった。

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 ヒカリの姉に頼まれて来た遊園地で、アスカは待ち合わせの相手と会った。

 相手の高校生はマナーを弁えて清潔感もあり、俗に言う美形タイプだった。

 加持には及ばないと思ったが、見た目ではアスカは合格点をつけていた。

 少しの間は一緒に乗り物に乗ったが、相手が自分の表面しか見ていないようにアスカには感じられた。

 その途端に遊園地で遊ぶ事が虚しくなった。こんな事なら家に帰ってペンペンと遊んでいた方がよっぽど楽しいだろう。


 そう考えたアスカは途中から抜け出し、遊園地を出ようと出口に向かっていたが、ふと目に入った若いカップルを見て目を瞠った。

 女の方は黒の長髪でサングラスをしているが、見覚えがある顔だ。(レイの変装)

 男の方は……偶に夢にまで出てくるシンジであった。何度、叩きのめされた夢を見た事か。見間違う事は無かった。


(サードとファーストじゃ無いの。何で二人がこんなところに……ってデートしか無いか。腕を組んじゃって幸せそうな顔しちゃって!

 けっ! こっちは頼まれたデートが面白くなくて帰るところだって言うのに、何であいつ等は幸せそうな顔をしてるのよ!?)


 二人に気がついたアスカは物陰に隠れて二人を観察し始めた。どうやら二人は来たばっかりらしい。

 腕を組んだまま、二人はゆっくりとメリーゴーランドの入口に消えて行った。

 どうしようか一瞬迷ったアスカだが、今日の予定は特には無い。加持とは連絡がつかないし、帰ってもペンペンと遊ぶぐらいだ。

 だったら二人の観察をするのも悪くは無いだろうと思い、アスカは二人の後を追い始めた。

 …………

 …………

 次々に乗り物に乗ったシンジとレイだったが、ジェットコースターに乗った後の二人は人気の無い場所へ移動して行った。


(この先は確か営業中の乗り物は無かったわね。人気の無いところに行って何をしようと……まさか!? 昼間からするつもりなの!?)


 アスカは年頃の少女である。そっち方面の経験は無いが、興味は当然持っていた。

 この時は二人に対する対抗心を一時的に忘れて、ただその現場を見たいと思って二人の後を付いて行った。

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「そろそろ出てきたら? ラングレー三尉」

「げっ!?」


 シンジは振り向いて、物陰に隠れているアスカに声を掛けた。格闘技術はそれなりのアスカだが、尾行術を身につけているはずも無い。

 最初の頃からアスカの尾行には気づいていたが、レイとのデートを優先して乗り物を楽しんでいた。

 遊園地は空いており、早めにレイが希望した乗り物に乗り終わったので、アスカを誘い出そうと人気の無い場所に移動したのだ。

 因みにアスカにはネルフ保安部の護衛が隠れてついている。シンジとレイも同じく【HC】保安部が護衛に入っている。

 アスカの尾行に気づいたシンジは保安部に連絡して、早々にネルフの護衛は排除していた。

 近くに他の人間が居ない事を確認したシンジは、不機嫌そうな表情でアスカに話し掛けた。

 レイもデートの邪魔をされたと思ってシンジと同じく機嫌は悪い。


「あんな下手な尾行じゃ、気づかれて当然だよ。さて、何の用かな。ネルフの弐号機パイロット、ラングレー三尉」

「……ふん! あんた達が何をしているか探る為よ! 別に用なんか無いわよ!」

「遊園地は遊ぶところだよ。そんなに肩を張って怒鳴り散らすところじゃ無い。ところで君は遊園地に一人で来たのか?」

「そんな事はあんたに関係無いでしょ!?」


 アスカの脳裏に今日の相手の高校生の顔が一瞬浮かんだ。目の前のシンジより、美形タイプだろう。

 少なくともこの場所にあの高校生がいれば、こんな屈辱感を感じる事は無かったろうと考えた。

 本来はカップルか知人や家族とかで遊ぶ遊園地にたった一人でいる自分。アスカは急に寂しさを感じていた。


「確かに君が一人だろうと誰と来ようと、ボクには関係無い。あまりボク達の邪魔をしないように注意しただけだよ」

「くっ! 何をしにここに来たのよ!?」

「レイとデートだよ。見ていたんだろう?」

「見てたわよ! パイロットが遊んで良いと思ってんの!?」

「君だって、ここに居るのにそういう事言う訳? じゃあ君は遊びをしないと言うのかい?」

「うるさいわね!! この前の落下使徒の時はあんた達に良い様にやられたけど、次こそはあたしの実力を見せてやるわ!!」

「まだそういうレベルの事を言ってるの?」

「そんなに目立ちたいなら芸能界にでもデビューしたら?」

「レイも良い事言うね。君の場合、ネルフを止めて鞭でも持ってその筋の店にでも就職したら。何なら探してあげようか?」

「あんたにあたしの何が分かるって言うのよ! 何も知らないで勝手な事を言わないで!」

「君の事? 君の性格とか内面とか知る訳も無いし、知る気も無いさ。ただ、君の発言内容や態度を見て言っているだけさ。

 まあ、そんな性格じゃあEVAの本質に気づく事も無いだろうけど」

「EVAの本質!? 何なのよ、教えなさい!!」

「断る! 今までの非礼も謝罪せず、教えを請う訳でも無く教えろと命令する。そんな君に教える義務も無いし、メリットも無い!」

「キーキー五月蝿いわよ。一人寂しくてヒステリーを起こしているの?」

「何ですって!?」


 三人が言い争いをしていると、それに気がついた少年が駆け寄って来た。本日のアスカのお相手である高校生の少年であった。

 彼はアスカの姿が見当たらないのに気がつき、今までアスカを探していた。

 微かなアスカの声が聞こえたので、この人気の無い場所まで来たのである。まあ、怒鳴り声もたまには良い事があると言う事だろう。


「はあはあ、探したよ。ところでどうしたのかな。揉めているようだけど?」

「そ、それは……」

「へえ。ちゃんとお相手が居たのか? いや失礼。彼女に絡まれて困っていたんですよ。後は宜しく御願いします」

「何ですって!」

「まあまあ、ここはケンカするところじゃ無いよ。ところで君は………碇シンジ君!?」


 シンジの事はちょっと前までTVや週刊誌で取り上げられ、ネットでも散々話題に上がっていたが顔写真は一枚も流出していない。

 一般人がシンジの顔の事を知るはずが無かった。だが、目の前の高校生はシンジの顔を一瞥しただけで名前を言った。

 見た目は普通の高校生だが、アスカとデートしていた事もあり、何かあるとシンジは考えた。


「……ボクの顔を見ただけで名前が出てくるとは。ネルフ関係の人ですか?」

「いや、ボクの父親は政府関係の仕事をしていてね。その関係で最初の使徒って言ったっけ、あの怪物が攻めてきた時の流出ビデオを

 コピーして家に持ち帰ったんだ。ボクはそれを何回も見ているんだ。だから君が碇シンジ君だって直ぐに分かったよ。

 しかし以前の報道は大変だったね。君が『魔術師』だったなんて、想像さえしていなかったよ」

「あの流出ビデオを家庭に持ち帰った!? 確かにあれを見ればボクだって分かるか。納得」

「流出ビデオって何の事よ!?」

「最初の使徒が攻めてきた時、ネルフの醜態が記録されたビデオの事だよ。

 ボクを強制徴集しようとした事から、赤木博士がレイを洗脳をしていた事を自白する事まで色々と映ってるよ。見てなかったのか?」

「リツコが洗脳をしたですって!? リツコに見せて貰ったのは『天武』と使徒の戦っているシーンだけよ」

「じゃあ、その前のやり取りは知らないんだね」

「ちょっと、待ってくれ。惣流さんは『天武』を知ってるの? もしかしてネルフ関係者なのかい?」

「…………」


 アスカの背中に冷や汗が流れた。中学ではアスカがパイロットである事は知れ渡っていたが、無闇に言いふらすつもりは無かった。

 どう誤魔化そうかと思案していると、シンジがストレートにアスカの正体を暴露した。決して悪意からでは無い。


「ここまで言ったら隠しても無駄だろう。彼女もボクと同じパイロットですよ」

「惣流さんがパイロット!?」

「ちょっと、勝手にばらさないでよ!」

「『天武』を知ってると言った時点で駄目だろう。そうそう、流出ビデオが見たいなら、彼氏に頼んだら」

「まだ彼氏じゃ無いけどね。分かった。後で惣流さんに流出ビデオは渡すから、連絡先を教えてくれるかな」

「う、うん」

「その流出ビデオは処分しておいて下さい。ネルフに知られたら逮捕されますよ」

「……確かに。ネルフの言論統制は厳しいという話しは聞いている。分かった、後で処分するよ」

「ではお願いしますね。そう言えば名前をまだ聞いていませんでしたね」

「これは失礼。ボクの名前は宮原コウジだ」

「宮原コウジさんですね。分かりました。ではこれで失礼します」


 シンジはレイと一緒に立ち去ろうとしたが、ふとレイは思いついて足を止めてアスカを見つめた。


「弐号機パイロット。一つ教えてあげるわ」

「何よ?」

「EVAは心を開かなければ動かないわ。それを覚えておいた方が良いわ」

「何を言ってんのよ。EVAは兵器よ! それに対して心を開くなんて、何を言ってんのよ!?」

「君がそういう考えなら良いさ。もう時間だから失礼する」


 そう言ってシンジとレイはその場を立ち去って行った。残された二人はこれからどうするか、一瞬迷った。

 だが、コウジのデートの続きをしないかとの誘いに、アスカは少し悩んだが同意する事になった。

 アスカがマンションに帰ってきたのは夕方になっていた。

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 広い平地に無数の墓標が立ち並んでいる。セカンドインパクトの時の死者の数は多く、それ以降の混乱時に亡くなった人も多い。

 その中の一つの墓標、『IKARI YUI 1977−2004』と書かれた墓標の前にゲンドウは一人で立っていた。


 ゲンドウは花束を墓標に供え、周囲に誰もいない風の音だけが聞こえてくる静かな環境の中、一人で考え出した。


(シンジ……今はシン・ロックフォード。北欧の三賢者の一人の魔術師であり、ロックフォード財団の養子か。

 ユイの子供であり、私の子供でもある。何故、こんな事になったのだ?

 あの時、シンジは知人に預ける予定だったのに、何故か怒りが込み上げてシンジに暴力をふるってしまった。

 あれが原因だと言うのか? あれが無ければシンジはロックフォードに引き取られはしなかった。あれが始まりなのか?

 シンジが三歳の頃から知能が発達していたと知っていたら、他の選択肢もあったかも知れない。

 人は思い出を忘れる事で生きていける。だが、決して忘れてはいけない事もある。ユイはそのかけがえの無い物を教えてくれた。

 だが、今更昔には戻れない。シンジは今やゼーレとも対等に近い立場で交渉出来る立場だが、断じて認める事など出来ない。

 シンジを駒として使おうとも、絶対にユイ、お前を取り戻してみせる!)


 ゲンドウがユイの墓標を前にして考えに耽っていると、足音が聞こえてきた。

 思考を現実に戻し、足音がした方を振り向いて、立っている人間を見ると目を顰めた。


「お前が何故、ここに居る?」

「何故と聞かれてもね。一応、ボクを産んでくれた人の命日に墓参りして、何かおかしい?

 遺体も無く、何も埋葬されていない形だけの墓標だけどさ。世間体を考えなくちゃならないのは大変だね」

「……調べたのか?」

「当然。初号機に身体も心も全て取り込まれた事もね。初号機の中枢と直接繋がるには邪魔になるから、今は封印しているけどね」

(嘘です。魂玉として既に初号機から出してあります)


 シンジがここに来たのは、ゲンドウがユイをどのように思っているかを確認する為であった。(レイとのデートの後、急いで来た)

 ユイの魂玉から記憶を取り出そうとする試みは上手く行っていない。ユイをゲンドウとの交渉の条件に使えるかの確認の意味が強い。

 今までゲンドウとまともに会話をした事が無かったから、ゲンドウのユイに対する感情など考えもしなかったが、墓参りするくらいなら

 ある程度は気にしているのかと思っていた。シンジからしてみれば重要度は低い、ある意味の布石と言える行為だった。


「封印だと!? ユイを封印していると言うのか!? お前はそんな事が出来るのか!?」

「出来るよ。そうで無くては最初からシンクロ率が理論限界値になるはずも無い。初号機の中枢と繋がるには邪魔だったからね。

 今は情報を取り出そうとしているけど、中々上手くいかなくてね」

「お前は母親であるユイの記憶を引き出そうとしているのか!? お前はユイに愛情を感じていないと言うのか?」

「愛情? 日本には『産みの親より、育ての親』って諺があるよね。育てられた記憶がほとんど無い人に愛情を感じる訳が無い。

 そもそも記憶も定かでなくて写真さえ持って無いから、顔も思い出せない人にどんな感情を持てって?

 確かに遺伝子は受け継いでいるけど、育児放棄した人間に愛情を持てと強要されるのは不愉快だね。この左目を潰したのは誰だっけ?」

「くっ!」

「子供に愛情を持っていないくせに、子供は親に愛情を持てって!? あんまり自分勝手な事を言わない方が良いよ。

 こっちの我慢にも限度はある。この前のマスコミ騒ぎでかなり迷惑を被った。その時の恨みは消えた訳じゃ無い」

「…………」

「今日は命日だし、墓標の前であんたをどうこうする気は無い。ここに来たのは、一応確認したかった事があったからさ」

「何だ?」

「今は余裕が無いから出来ないけど、その内に時間を見つけて初号機の中から身体ごと出すよ。初号機とのシンクロの邪魔だからね。

 記憶を吸い出したら、その後はどうしようかと思ってね。引き取る気は無いけど、かと言ってそのまま放り出すほど薄情でも無い。

 あんたが引き受け手になるかを確認したかったんだ。一応、夫婦だったんだろう」(さて、どう反応する? 取引材料に使えるかな?)

「無駄だ。サルベージは何度か行ったが駄目だった」

「ああ、知っている。身体の構成情報が一部欠けてたからね。でも霊体の方の取り出し方法なんて、ネルフは知らないだろう。

 ネルフがサルベージしても失敗するのは当然さ」

「何だと!? お前はそれが出来ると言うのか!?」

「その様子だと引き受け手になる気はあるみたいだね。じゃあ、失礼する」(成る程。結構乗って来たな。これは使えるかも)

「ま、待て! ぐっ!」


 ユイが戻ってくるかも知れないと聞き、ゲンドウはシンジを問い詰めようと肩に手を掛けた瞬間、吹き飛ばされた。


「気安く身体に触らないで欲しいね。こっちはあんたの都合で動く気は無い。その事を忘れないで欲しいね」


 そう言うとシンジはその場を立ち去った。残されたゲンドウは地面に座ったまま考え込んだ。

 シンジの話を信用すれば、ユイは帰ってくる。だが、その話を信用して良いのだろうか? シンジには散々翻弄されているのだ。

 話を信用すれば、初号機の覚醒の必要は無く、ただ時を待てば良いのだ。

 ユイの持つ情報をシンジに知られては確かにまずい事になるが、ユイが戻ってくればネルフに未練は無い。

 だが、ゲンドウにとってシンジの行動をただ待つというのは我慢出来なかった。

 早くユイを初号機から出すように仕向けるには何が効果的だろうか? シンジの誘導には何が使えるだろうか?

 ゲンドウは思案に耽り、VTOLの護衛が心配して迎えに来るまで動く事は無かった。

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 結婚式場:受付

「えっ!?」

「ですから名簿に名前が無いんです。お間違えじゃありませんか?」

「ちょっと待って! ほら、招待状もちゃんと来ているわよ。ちゃんと返事も出したのよ!」

「あら、本当。どうしたのかしら?」


 ミサトは招待されていた結婚式場の受付に来ていたが、受付の人に名簿に名前が無いと言われ慌てていた。

 案内状をバックから出して見せたが、確かに間違いは無い。返事はちゃんと返信用の葉書で出席しますと出してある。

 どういう事かと首を捻るミサトと受付だったが、その時に後ろから声が掛かった。


「ミサトじゃない。久しぶりね」

「サエコ! 久しぶり! 今日は随分気合が入っているわね。見違えるわよ」

「ありがとう。ところで何を揉めてるの?」

「今日の出席者名簿にあたしの名前が載って無いって言われたのよ」

「……ああ、あれか。ちょっと、こっちに来て」

「何よ?」


 ミサトはかつての同級生のサエコに引っ張られ、人気の無いところに連れてこられた。

 周囲に人が居ない事を確認したサエコは小声でミサトに話し掛けた。


「ミサトは確か、今はネルフに居るのよね?」

「そうだけど、それが何?」

「新婦のタエコの父親がTV局に勤務していてね、そのTV局が最近潰れたのは知ってる?」

「えっ、そうなの!?」

「まあ、タエコの父親の勤務先なんて知らないわよね。あたしも後で聞いたけど。それで、潰れた理由はネルフの言論統制なの」

「えっ!?」

「これもタエコから聞いたけど、父親は今は失業中でネルフを毛嫌いしているのよ。だから、今回ミサトとリツコが出るのは

 まずいって事で、出席しないようにお詫びの封書を送ったって聞いているけど、届いて無かったの?」

「…………」


 新聞など取っていないし、連絡は電話かメールがメインである。

 マンションの郵便受けなど一度も見ていないミサトは何も言い返せなかった。

 電話をくれればとも思ったが、古風な女であるタエコは良く手書きの手紙を書いていた事をミサトは思い出した。

 サエコの話しを聞いて、新婦のタエコに非は無く、自分の名前が名簿に記載されていない事も理解した。

 だが、自分がネルフに所属しているだけで、こんな仕打ちを受けるのは理不尽だと感じたが、目の前のサエコやタエコに文句を

 言っても始まらない。肩を落としたミサトは、自分の分とリツコから頼まれたご祝儀をサエコに渡すと結婚式場から出て行った。

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 まだ日は高く、普通に考えれば飲酒には適さない時間帯だったが、ミサトはどうしても飲みたい気分だった。

 リツコは仕事だから呼び出すのは無理だ。かと言って加持と二人で飲む気は無かった。

 まだ日中だが、結婚式が行われているホテルのラウンジで一人で飲み出した。


 ミサトが美女である事には間違い無い。日中に美女が一人で酒を飲んでいるのは結構目立つ。

 何人かの男達がミサトの隣に座って声を掛けてきたが、ミサトはその全ての男を睨み付けて追い払っていた。


 何人の男を追い払ったか、ミサトは数えて居なかった。そしてまた、隣に誰かが座った。

 またかと思い、睨めつけようと横を向いたとたん、隣に座っている男が声を掛けてきた。


「よっ。俺も出席者名簿に名前が無くてな。ご祝儀を置いてきただけさ。自棄酒に付き合ってはくれないか?」

「……ふん! 好きにしなさいよっ!」


 こうしてミサトと加持は二人で飲み始めた。ミサトの愚痴は尽きる事無く、次々とグラスが重ねられていった。

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 夜も更けて、酔い潰れたミサトを加持はおぶってゆっくりと歩いていた。

 夜風にあたってミサトは目が覚めて、自分が加持におんぶされているのに気がついた。


「加持、もう良いわ。自分で歩くから」

「分かった」


 ミサトはまだ酔いが残っており、少しはふらついたが靴を履かずにそのまま歩き出した。そして加持に本音を吐き出した。


「加持ってさ、お父さんに似ているの」

「親父さんにか?」

「そう。自分の仕事に夢中で、あたしや母さんを放り出した人よ。嫌いだったけど…最後はあたしを助けてくれたわ」


 南極で起きたセカンドインパクトでミサトが生き延びられたのは、父親が脱出カプセルに入れてくれた為だ。

 あの時、自分を脱出カプセルに入れてくれた時の顔は一生忘れる事は出来ないだろうと思う。

 その父親は自分を助けてセカンドインパクトで死んだ。遺体さえ回収出来てはいない。全て吹き飛んだと聞いている。


「嫌いなのか、好きだったのか、分かんなくなって。それでもあの時のお父さんの顔は忘れられなくて……

 結局、使徒に復讐するしか無くて、自分の感情を抑えられないの!

 【HC】とだって上手くやろうと思っても、どうしても自分を抑えきれないの! その為にネルフにも散々迷惑を掛けてしまったわ」

「そんな事は無いさ。生き残る為に使える物は何でも使うのは間違いじゃない」


 加持はミサトを正面から見つめた。ミサトの目に涙が浮かんでいる事に加持は気がついた。


「自分が男に……父親の姿を求めていた。それに気がついたとき……恐かった。

 加持君と一緒にいることも、自分が女だということも、全てが恐かった。父を憎んでいたあたしが、父と良く似た人を好きになる。

 全てを吹っ切るつもりでネルフを選んだけど、それも父のいた組織なの。

 結局、何も変わっていない。怖くなって逃げて……その先にも父の影があって逃げられない」

「もう良いさ」

「加持君の気持ちを知って逃げ出した臆病者で、また縋ろうとする……ずるい女」

「もうやめろ!」

「自分に絶望するわよ!」

「やめろ!」


 加持に唇を塞がれてミサトは目を瞠った。加持を押し退けようとした手は……力を失って持っていた靴を放してしまった。

 その二人をシンジの使い魔であるユインが見ていた。

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 暗示に掛かっている加持からシンジへの連絡は、メールで行われる。従って現在起こっている状態はリアルタイムでは連絡されない。

 前もって加持から結婚式にミサトが出席すると連絡を受けていたシンジは、ユインを加持に張り付かせていた。

 最近はミサトとの接点が減って静かな生活を送れているが、以前はミサトの暴走で散々迷惑を被った記憶があった。

 そのミサトのプライベートはどんなものかを偶には見てみようという軽い考えだった。(ある意味、覗きである)

 日中はレイとのデートと墓参りを行ったシンジは、少し疲れていた。

 部屋に戻ったシンジは興味半分でユインの見聞きした情報を確認していたところだった。


(今日は出番が多過ぎだよな。少し疲れた。でも最後は興味深い事が分かったな。使徒への復讐心で凝り固まった葛城二尉か。

 暴走の原因はこれか。しかし暴走の程度が酷すぎる。これは暗示か何かが掛けられているか、それとも本人の性格かのどっちかだな。

 何れにせよ、彼女がこっちに絡んで来ない限りボクは動くつもりは無い。正義の味方じゃ無いし、無理してまで助ける義務は無いし。

 まあ誘導が出来るネタが手に入った事を今日の成果としようか。

 しかし、二人が恋人同士だったとはね。まあ、他人の恋路の邪魔をするつもりは無いけどさ。

 裏切りが多い加持二尉とくっついて良い事があるとは思えないけど、こればかりは本人の自由だからね。

 でも葛城二尉は素顔と公的立場のギャップの差が凄いな。近所のお姉さんという立場ならお節介で良い人で済むんだろうけど、

 ネルフの作戦部の責任者という立場では復讐心に凝り固まった彼女による被害が増大する可能性が極めて高い。

 ネルフやゼーレの負担を増やしてくれるだろうから、こっちとしては都合は良い。彼女に関してはこのままで良いか。

 後は明日のターミナルドグマの潜入の件をどうするかだよな。ボクは好きな時に出入り出来るけど、何か細工をした方が良いかな?)


 明日、加持がターミナルドグマに侵入する事は、加持からの連絡で知っていた。

 加持を積極的に動かすには、何をすれば効果的かをシンジは考え出した。

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 アスカはペンペンと一緒にお風呂に入っていた。ペンペンはご機嫌な様子だが、アスカは湯船に浸かったまま考え事をしていた。


(今日は色々とあったわね。遊園地であいつと遇うとは思わなかったわ。やっぱり厄が憑いているのかしら?

 あれからまたコウジとデートする羽目になったのよね。加持さんには及ばないけど、まあコウジも良い男かな。

 流出ビデオは次に会う時に貰える事になったのよね。次のデートの時か、これは連絡待ちだからね。

 そうよ、あいつなんかよりコウジの方がよっぽど良い男よ。でも加持さんも捨て難いしなあ。

 加持はミサトと一緒に結婚式に出ているのよね。留守番電話にミサトから帰りが遅くなるって伝言があったけど、大丈夫よね。

 まさか泊まりなんて事にはならないわよね。信じているわよ、加持さん)


 今日のデートの感触から、宮原コウジは最初に思ったほど悪くは無いかもとアスカは考えていた。

 最初は自分の外見しか見ていないと感じたが、自分を気遣う様子を見せてくれる。

 次に会った時には何をしようかとベットで考え込んでいたら、そのまま寝てしまった。

 深夜に加持がミサトをおぶってマンションに来た事をアスカが気がつく事は無かった。

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 リツコは今日の仕事は早めにあがって、マヤを誘って雰囲気が良いバーに飲みに来ていた。

 今日は友人の結婚式でリツコは出席しなかったが、それでも感じるものはあった。リツコは気分転換したかった事もある。


「何時も今日ぐらいの時間で帰れると良いですね」

「そうね。気分が乗らない時は気分転換も必要よ。リフレッシュすれば仕事の効率も上がるわ」

「うっ。先輩、ここで仕事の話しはしないで下さいよ」

「ごめん。そう言えばマヤは付き合っている人は居るのかしら?」

「えっ!? ……居ませんけど」

「青葉君なんかどうかしら? 結構マヤにお似合いだと思うけど」

「急に言われても困ります。同僚としてしか意識していませんでしたからね。でも先輩。急にそんな事を言うなんてどうしたんですか?」


 マヤに突っ込まれたリツコはグラスに残ったカクテルを飲み干した。どうにも飲みたい気持ちだった。

 このまま仕事だけの生活が続いて、老いてオバサンになっていく未来が待っているようで怖かった。それを認めたくは無かった。


「ごめんね、マヤ。今日は大学時代の友人の結婚式だったのよ。出席はしなかったけどね」

「そうだったんですか。……こればっかりは縁ですからね。でも、この忙しさじゃあ出会いも無いですよ」

「そうよね。まずは出会いからか。マヤは若いから、これから幾らでも出会いはあるわよね」

「……最近は不規則な生活が続いているんで、お肌の荒れが気になり出したんです」

「それはいけないわね。お肌に良く効く化粧品はね…………」


 普通のバーでは誰が聞き耳を立てているかは分からないから、リツコとマヤは仕事に関係する話しは出さなかった。

 その為、化粧品や男との出会いとか普通の女性が好む話題で二人の会話は盛り上がっていた。

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 セントラルドグマのさらに二千メートル下の施設であるターミナルドグマの最深部の扉の前に加持は立っていた。

 色々苦労してやっと手に入れたパスワードを入力し、IDカードをリーダーに通そうとしたところで加持の動きが止まった。


「やあ。二日酔いの調子はどうだい?」

「おかげさまで、目が覚めたわ」

「それは良かった」


 加持の後ろからミサトが銃を突きつけていた。ミサトの表情は険しかった。加持は抵抗をしないで両手をあげた。


「特務機関ネルフ特殊監察部所属、加持リョウジ。同時に日本政府内務省調査部所属、加持リョウジでもあるわけね」

「知っていたのか」


 自分が内調の所属でもある事はゲンドウ、冬月、リツコは分かっていると加持は知っていた。

 だが、ミサトにまで知られるとは思っていなかった。自分が考えていたよりミサトは優秀なのかもと加持は考えた。


「ネルフを甘く見ないで!」

「六分儀司令の命令か?」

「あたしの独断よ。これ以上バイトを続けると……死ぬわよ」


 少し感情が篭った声だった。事実、昨日の事もあったがミサトは加持を死なせたく無いと思っていた。

 だが、このまま加持が活動を続ければ、何れは死に至る。そうミサトは確信していた。


「六分儀司令はもう少し俺を利用するつもりだ。まだいけるさ。ただ、葛城に隠し事をしていた事は謝る」

「昨日のお礼にちゃらにしてあげるわ」

「だがな。六分儀司令もりっちゃんも葛城に隠し事をしている」

「…………」

「これは、その一部だ」


 加持は右手に持っていたIDカードをリーダーに通した。加持が動いたが、ミサトは銃を撃つ事は無かった。

 低い音が鳴り響き、巨大な扉が少しずつ開いていった。

 部屋の奥に下半身の無い白い巨人が十字架に磔にされているのが、扉の開いた隙間からミサトの目に入ってきた。

 扉が完全に開いてから部屋に入ろうと加持とミサトは考えていたが、予想外の事が発生した。

 ゆっくりと開いていた扉が、逆に閉まりだしたのだ。呆気にとられた二人だが、二人が動き出す前に扉は閉まってしまった。

 慌てた加持はIDカードをリーダーに何度も通したが、ドアが再び動く事は無かった。


「ちょっと、加持。これはどういう事なの!?」

「い、いや、これはちょっと俺にも分からん。扉が途中まで開いて、閉まるなんて本来は起きないはずなんだ!」

「あの部屋の奥の白い巨人は何だったの!? あれは使徒なの!?」

「ああ。あれは南極でセカンドインパクトを起こした使徒。アダムだ」

「何ですって、あれがアダムなの!?」

「そうだ」

「あれがお父さんの仇なの!? 加持、この扉を開けて!!」

「い、いや、開けようとしているんだが、駄目なんだ。もしかすると、俺がIDカードを持ち出した事がばれたのかも知れん。

 まずい!! 葛城、ここから直ぐに逃げるぞ!」

「何で逃げるのよっ! 早くこの扉を開けなさい!!」

「待てっ! 今、俺達がここに居る事が司令にばれたらまずい事になる。ここは一先ず逃げるんだ!」


 扉の向こうにいる使徒をもう一度確認しようと渋るミサトを無理やり納得させた加持は、慌てて二人で逃げ出した。

 遠目で、しかも僅かな時間しか見れなかったが、あれは使徒に間違い無いだろうとミサトは感じていた。

 使徒をネルフ本部の最深部に隠してあるとは、確かにネルフは甘くは無いとミサトは思った。

 加持も次はこんな事が無いように、もっと慎重に行動しようと心に誓った。


 ネルフ本部の最深部に隠された使徒をチラ見した事は、加持とミサトの二人に少なくない影響を与える事になった。






To be continued...
(2012.01.01 初版)
(2012.06.30 改訂一版)


(あとがき)

 今回は戦闘とかの派手なシーンはありませんが、今後の展開を示すポイントを複数書いてあります。

 これからは、以前から書いていた設定の回収が増えてきます。抜けが無いように気をつけます。



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