第三十八話
presented by えっくん様
シンジはマンションの自室で国際電話をしていた。相手は中東連合の政府の閣僚であった。
「……では、あれから状況は大分改善されたんですね」
『ああ。砂漠の緑地化は計画通りに進んでいる。これも核融合炉に支えられた豊富な電力で動く淡水化プラントのおかげだ。
食糧増産も順調で食料自給率もだいぶ改善出来る。君が提供してくれた熱帯地方向けの改良品種のおかげだよ』
「一年でだいぶ変わりましたね。やはり年四回の収穫が出来る品種は効果が早く出ますか」
『まったくだ。あの品種が無かったら、まだ食料不足で治安が安定していなかったろうからな。海上プラントは来年には稼動を開始する。
そうなれば食料を輸出する事だって出来るかも知れない』
「人口増加がどこまで絡むかですね。数年単位では良いかも知れませんが、十年単位で考えると人口増加は無視出来ませんよ」
『まあな。テロも少なくなって治安が回復すれば、人口も増えるか。当然だな。砂漠の緑地化のペースを早めるようにしておくよ。
それと海上プラントの増設だな。費用は掛かるが回収も大きい。先行投資としての価値は十分にある。
君がいなくなっても、君が残してくれた手法は有効だからな。後は我々の努力次第だと思っている。君への感謝は忘れた事は無いさ』
「ありがとうございます」
シンジは日本に来る前は中東連合で軍務経験を積んで、インフラ整備を行っていた。
日本に来てからは色々と忙しかったが、ここに来て時間が取れるようになったので、自分が離れた後の状況の確認をしていた。
『それはこちらのセリフだ。話は変わるが、君が『魔術師』である事がばれた件だが、我が国でも結構報道されている。
君への影響はどうなんだ? 何か問題があれば直ぐに連絡してくれ。我々が出来る範囲の支援はさせて貰う』
「日本での報道は禁止されましたから、落ち着いていますよ。でも世界レベルで見ると、まだまだ報道されているんですね」
『まあな。我々のような政府関係者は君の事は知っていたが、民間レベルでは知らなかったからな。
他の国はともかく、我が国としては繁栄の基礎をもたらしてくれた君への報道は好意的だぞ。写真が公開されないのは残念だが』
「ボクの顔を見た人の話しを聞いて、似顔絵を描いた人が居るんですよ。その似顔絵がネットで出回っていますからね。
その内に写真も出回るかもしれないと考えています。このご時勢で完全に情報を遮断する事は無理ですからね」
『ほう、ネットで似顔絵が出回っているのか。後で確認させて貰おう。我が国でも出回れば、若い女の子が騒ぐかもな』
「勘弁して下さい。自分じゃあ美形とは思っていませんから。色々と苦労をしてきた所為で、顔付きが怖いと思われる事が多いんですよ」
『それは男の勲章というものだ。恥じるものじゃ無く、誇るべきものだ。もっと堂々としたまえ』
「そういうものですかね。そうそう、一つ御願いがあります」
『何かね?』
「知り合いの女の子がアラブ料理を覚えたいと言ってましたから、良いレシピがあればメールで送って貰えませんか」
『嬉しい事を言ってくれるな。分かった。後で送るから期待してくれ』
「ありがとうございます。では」
『ああ、またな』
後日、送られてきた料理のレシピはミーナとレイのメールに転送され、アラブ料理に挑戦する事になる。
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グレバート元帥から内密の話しがあるとの連絡を受けて、フランツは自分の執務室にグレバートを招いていた。
「内密の話しとは、どういうものだね?」
「はい。シン・ロックフォード中佐の事です。最近は軍の若手に彼に対する不満が蓄積しているようなのです。
先日、彼に対する贔屓を考え直して欲しいと部下から言われました。このまま放置すると些かまずい事に為りかねません」
「贔屓? どういう事だ? 私としては特に贔屓しているつもりは無いが?」
「それは我々が彼の重要度と貢献度を知っているからです。若手のメンバーは彼の功績を全て知っている訳ではありません。
普通に考えれば、十四歳の少年に中佐の階級は与えられません。公表された功績だけでは、地位が高過ぎます。
それと、自分の子供と同じくらいの年齢の上司というのは、やり辛いのは間違い無いでしょう」
「……そういう事か。かと言って、ゼーレに関する機密を公表する訳にもいかんしな。難しい問題だが、放置する訳にはいかないな」
「はい。軍から離れて貰う事も検討しましたが、そうなると日本での戦闘に支障が出かねないかと」
「……困ったな。彼のフォローは絶対に必要だが、さりとて国内の不満を放置するのもまずい。
最近は彼への記者会見を要求する声が日増しに強まっている。難題続きだな」
グレバートの相談内容を理解したフランツは溜息をついて、椅子に深く座り込んだ。
サードインパクトを防ぐ事が最大の目標である事は間違い無い。その為に【HC】を設立して、北欧連合は様々な支援を行っている。
特にシンジに関してはその中心人物という事もあり、支援を強化しているが、それが若手のメンバーには贔屓と見られたのだろう。
これに関しては一度はシンジと打ち合わせをする必要があるとフランツは考えていた。
それ以外にも、首相であるフランツには様々な問題点が持ち込まれる。シンジへの記者会見要求もその一つだった。
「例のネルフの暴露戦術の影響ですね」
「そうだ。魔術師が若干十四歳の少年だと分かって、マスコミの報道も過熱気味だからな。本人の記者会見をしたいという声が多い。
政府としても何時までも無視する訳にもいかない。国王陛下からも善処するように頼まれている」
「魔術師である事は知られていますが、パイロットである事はまだ発表されていないのですよね。些か不公平だと思いますが」
「そこら辺はネルフの都合だろう。自分勝手な連中だ」
「パイロットである事を公表してしまいますか。彼の立場の強化が出来ます」
「彼の負担が増えないか? 補完委員会からは使徒やEVAに関する事は公表しないように要請があるが、これは無視出来る」
「魔術師である事がばれているんですよ。パイロットである事がばれても大差無いと思いますが」
「……この件に関しては、一度彼と直接話したい。今なら日本は朝か。連絡をとってみるか。元帥も同席してくれ」
こうして、フランツとグレバートは秘密回線を使って、シンジとのTV会談を行った。
会談時間は約二時間。そして一週間後に首相官邸でシンジの記者会見が行う事が決定された。
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北欧連合政府の報道官は定例の記者会見で、シン・ロックフォードが一週間後にこの場所で記者会見を行うと発表した。
取材を希望する場合は、北欧連合政府の内務省の許可を取る事が条件つけられた。
国内向けの会見だが、不審人物の取材許可を出す訳にはいかない為であった。
各国から取材の申し込みが殺到したが、内務省は全て拒否した。
他国の取材陣を受け入れては混乱するのは分かりきっている。妥協案として記者会見の映像を各国に中継する事を認めたぐらいである。
日本国内のマスコミ各社は困っていた。シンジを直接取材したいのだが、北欧連合の許可は出なかった。
北欧連合で行われる記者会見を見たいと言う要望はあるが、ネルフの特別宣言【A−19】でそれも出来ない。
日本のマスコミ各社は日本政府とネルフと交渉して、その記者会見の中継だけは特例として報道を認めさせたのである。
こうして、日本のTVにシンジが初めて出る事になっていた。
北欧連合政府は日本の報道が過激だった事は承知しており、この辺りで国内世論を日本に伝えた方が良いとして中継を許可していた。
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北欧連合:首相官邸:記者会見場
報道官や首相の記者会見は通常は屋内で行われる。だが、今回の記者会見はある理由があって、屋外で行われる事となっていた。
かなり広い庭の片隅にテーブルと椅子が置かれただけの、簡素な作りである。TVカメラも二台のみだ。
北欧連合の国内だけの記者会見であり、数十名ほどの報道関係者が待っている中、フランツ首相とグレバート元帥が出てきた。
会見する本人が見当たらない事に報道陣はざわめいた。その様子を笑いを堪えたフランツが話し始めた。
「これからシン・ロックフォード博士の記者会見を始めるが、準備は大丈夫かな?」
「……博士はどこに居るんですか?」
「これから来る」
急に記者会見場に差し込んでいる太陽の光が遮られて影に入った。
今日は晴天で雲など無かったはずだと上を見上げた記者は、自分の目を疑って上を指差した。
「な、何だ、あれは!?」
「ロボットだと!?」
「ロボットが空を飛んでいるのか!? しかも音が全然無いぞ!」
急遽、二台のTVカメラが上空のロボットに向けられた。飛んでいるロボットは背中の羽を広げて、ゆっくりと飛んでいる。
そしてTVカメラに映ったまま、空を飛んでいたロボット、まあ天武だが静かに庭に降り立った。
胸のハッチが開いてパイロットスーツのシンジが庭に下りると、どよめきが報道陣に広がった。
東洋人の顔付き、黒髪、黒目、いや左目は紫色だ。年齢も十代半ばぐらいだろう。
シンジの似顔絵はネットとかには出回っている。確かに事前に得ていた情報通りだった。
シンジは移動してフランツとグレバートの間の椅子に座り、話し始めた。
「初めまして。シン・ロックフォードです。少々芝居掛かった演出をして皆さんを驚かせてしまいました。申し訳ありません」
「き、君が、いや、あなたがシン・ロックフォード博士なのですね」
「そうだ。首相である私とグレバート元帥が保証する。確かに若いが、彼の功績は大なるものがある。
我が国の発展の礎を築いてくれたと言っても良い。記者諸君を驚かせたのは私からも謝罪させて貰う。許して欲しい」
「い、いえ。確かに驚きましたが、大丈夫です。ひょっとしてあのロボットも博士が開発したのですか?」
「そうです。名を『天武』と言います。まだこの世に一機しかありませんが、新型動力炉と粒子砲を装備。飛行能力も持っています。
癖があってボク以外は操縦出来ませんけどね」
「博士は【HC】に参加していて重要な職を務めていると聞いています。あの『天武』で戦っているのですか?」
「そうです。ロックフォード財団で開発された秘密兵器です。まあ、戦っているのは『天武』だけじゃ無いですけどね」
「他にも? 差し支えなければ、教えて頂きたいのですが」
「ちょっと待ってくれ。その件は機密に関わる内容でな。この場では話せない。まあ『天武』を公開した事で我慢して欲しい。
ロックフォード財団の所有だが、本邦初公開だ。開発者兼パイロットが、このシン・ロックフォード君だ」
「じゃあ『天武』の性能を聞くのは駄目ですか?」
「そうですね。遠慮して下さい」
「機密では仕方ありませんね。でも、この映像だけでもインパクトはあります。このサイズで飛行能力があるなんて素晴らしい」
天武による演出に驚いた取材陣だったが、落ち着きを取り戻してきた。シンジや天武を写真に撮っているカメラマンもいる。
今までシンジは一度も公式の場に出た事は無かったが、北欧連合の国民は『魔術師』が行ってきた事は知っている。
国民の関心も高く、取材陣は国民の要望に答えようと会見前に考えていた事を次々と聞いてきた。
「博士が開発した核融合炉の恩恵を受けて、今の北欧連合があります。ですが博士は今は日本に居ます。
このまま日本に居続ける可能性はどうなんですか? その件に関しての国民の関心は高いです」
「今は【HC】に居ますから日本に住んでいますが、事が終われば戻って来ますよ。ここがボクの祖国です」
「それを聞いて安心しました。博士が日本に戻られたら問題になるでしょうから」
「ボクは三歳の時に、実の父親から暴行を受けて左目を失明しました。この左目は義眼です。それに三歳からこの国で生活しています。
生活拠点はここにあるし、知り合いも日本にはほとんど居ませんから、日本に住み着く理由はありません」
シンジはそう言って、自分の左目を指差した。取材陣の視線がシンジの左目に集まり、右目と違って紫色である事を確認した。
三歳児が暴行を受けて失明するなど普通はありえない。取材陣の何人かは溜息をつき、何人かは怒りで顔を赤くしていた。
「ではネルフの六分儀司令の発表は出鱈目だと言う事ですね」
「そうです。三歳のボクに暴行を加えて捨てた癖に、今のボクを取り込みたくなったんでしょう。まったく底が浅い嘘をついてくれます。
その嘘に乗せられて、日本のマスコミやネットが大騒ぎしてくれましたからね。本当に迷惑ですよ」
「日本での報道は我が国でも関心が高く、色々と注目されていました。どうお考えですか?」
「ボクが他人の功績を奪って発表したとか、謝罪や賠償を要求されましたからね。終いには賠償の義務があるとかを強要してくる。
確たる証拠や根拠も無いのに、あそこまで良く言えるもんだと思っています。日本人全員がそうでは無く、良くしてくれた人も居ます。
ですが、責め立てて来る方が圧倒的に多いから、うんざりしてます。そういう意味からも日本に永住する気はありません」
「2008年の中国の大惨事は、日本に以前に設置した核融合炉の技術情報が盗まれて、それを元に中国政府が造った核融合炉が事故を
起こした事は我が国では広く知られています。ロックフォード財団や博士が造った核融合炉が一度も事故を起こしていない事もです。
あの時は我が国の中国大使館が暴徒に襲われて、大使館員の全員が亡くなりました。それから国交断絶ですからね。
風評被害を受けて、我が国も一時期はかなり状態が悪くなりましたが、その時日本政府は知らぬ振りで何も行動していません。
それらの経緯を日本政府や日本のマスコミはまったく報道していません。
その為に我が国の日本に対する国民感情は極めて悪いのが実情です。今回の日本に対する支援に賛成する意見は少数です」
核融合炉とは太陽が燃えるのと同じ現象を地上で起こしているものだ。
核分裂反応とは違い、連鎖反応が発生しないので原理的には大事故などは起き得ない。ある意味では火力発電所と同じである。
水素爆弾は原子爆弾を使用してわざと大規模な核融合反応を起こす核爆弾だが、発電所では本来ならこういう事は発生しない。
だが、2008年の中国では大事故が発生した。
盗難した技術をどう理解して造ったのかは、設計者もろとも消滅しているので確認しようが無い。
この時の世界の批判は事故を起こした中国政府には向けられずに、北欧連合に非難の矛先が向いてしまった。
守秘義務を怠った日本政府は何のフォローもしていない。
一時期は北欧連合は世界市場から締め出され、危機的な状況に陥ったのだ。
その後、経済ブロックを敷く事により持ち直したが、その当時の日本政府への対応に北欧連合国民の批判の声は強かった。
国民の声を聞くと、半数以上が日本への支援に反対しているのだ。
「まず言いたいのは、政府から日本に対する支援は人員支援がほとんどです。資金援助はあまり多くはありません。
ほとんどがロックフォード財団の支援です。そこを間違えないで下さい」
「えっ、それはどういう事ですか?」
「富士核融合炉発電所の土地代や建設費は、日本の核融合炉開発機構とロックフォード財団の共同出資で賄われています。
その一部に政府からの補助金が充てられていますが、コンピュータ機材や核融合炉資材は全て我が財団からの貸与になっています。
しかも発電した電力の売電価格は従来の日本の電力価格の三割に抑えています。施設の維持費はその収入を充てています。
差額は日本政府の収入になっています」
「ちょっと待って下さい! ロックフォード財団はほとんど見返りが無いのに、日本にそこまでの支援をしていたと言うのですか?」
「採算が取れるかと聞かれれば、赤字と言うしかないですね。ですが、ある目的があって日本に支援をしたのです。
当初は【HC】の設立など思ってもいませんでしたが、その支援が今になって有効に活きています」
「先を見越した先行投資という訳ですか。ですが、一民間企業である財団がそこまでする必要があったのですか?」
「あると判断したから行ったのです。もっとも日本政府や一般市民に期待はしていません。直ぐに裏切られますからね。
此処まで支援している我が国より、反日政策を取っている隣国を大切にするお国柄ですからね。プライドも大局観も見当たらない。
ですが、冬宮理事長を始めとする一部の人達は信頼するに値します。【HC】に居るメンバーもそうです。
ですから直接日本政府と契約を結ばすに、日本の核融合炉開発機構と契約を結んで、今に至っています。
治外法権エリアにしたのもその為です。そうでもしないと査察や監査とかで絶対に立ち入ってくるでしょう」
シンジは日本政府やマスコミ、一般市民を非難したが、日本全体を非難した訳では無い。
冬宮を始めとする大和会や【HC】の参加メンバーは大事な仲間と考えている。だが、非難されっ放しは我慢出来ない。
この場を借りて、自分を非難した相手への意趣返しをしようと考えていた。
「やはり日本政府や一般市民の多くは信用出来ませんか?」
「2007年に国王陛下の御命令で日本に核融合炉を設置しましたが、あっさりと守秘義務を破っても何ら公式の謝罪は無し。
その後の中国での大事故で、こちらが風評被害を受けても謝罪も何も無し。
支援をした我が国より技術盗難した近隣諸国を重視する国を、どうやったら信用出来るんですか?
一般市民やマスコミはボクの事を犯罪者だとか、他人の成果を奪ったとか言って、賠償や謝罪を要求してくる。
あの以前の酷い政権を選んだ国民性なんでしょうかね。今回の騒動でも実感しました。
確かに優れた文化があり、国民の性質として忍耐強くて美徳が多いのは認めます。
ですが、集団で一人を集中攻撃すると容赦は無くなりますね。騙され易く、扇動され易いと言い換えても良いでしょう。
こんな仕打ちを受けて、信用なんか出来ないでしょう」
「博士の考えが我が国の一般世論と同じである事が分かり、安心しました。では財団は何時まで日本への支援を行うのですか?」
「詳細は言えませんが、今の日本で大きな事件が起きています。それが終わるまでです。それが終われば【HC】は解散するでしょう。
それまでの期間です。それ以後の事はその時に考えます」
「日本との関係ですが、博士は我が国の企業が日本に進出する事をどう考えていますか?」
「それはその企業が判断すべき内容です。日本に内政干渉は出来ませんから、日本のやり方がその企業に合うか、合わないかです。
日本のやり方が合わないと判断したら、日本への進出は止めるべきでしょう」
「なるほど。博士の日本への気持ちはわかりました」
報道陣のシンジへの取材は止む気配は全然感じられなかった。
政治的な件から技術的な話しまで広がり、さらには付き合っている人はいるのか等の個人的な内容にまで拡大した。
このままでは収拾がつかなくなると感じたフランツは、最初から予定していた発表を行う事にした。
「博士への質問はちょっと中断してくれ。グレバート元帥から軍を代表した発表がある」
「軍? 博士と軍が何か関係しているのですか?」
「それをこれから発表する」
フランツはグレバートに目配せした。グレバートは立ち上がり、シンジの事に関する軍部の決定を発表した。
「シン・ロックフォード博士は、我が国の近衛軍に所属している。ある特殊な事情があり、中東連合での功績も多く、今は中佐の階級だ。
近衛軍所属なので本来は国王陛下の直轄なのだが、今回に限っては私が国王陛下の許可を頂いて決定した事である。
今回、シン・ロックフォード中佐は軍を退役する事になった事をここに発表する。予備役には編入しない。完全な退役だ」
「……ちょっと待って下さい。博士が軍にいて中佐だったのは驚きですが、軍を退役するとは何の理由があるのですか?」
「ボクが軍に居ると問題が発生しますから、軍を退役する事にしました。トラブル回避の為です。
別に軍籍が無くても【HC】の常駐戦力を指揮する事には問題はありません。
それに、北欧連合軍への正式な依頼はライアーン副司令を経由すれば済む事ですから。そう言った理由からです」
「博士が軍に所属していると発生する問題とは何でしょうか?」
「それは言えません。納得して下さい」
「……中々複雑そうな話しですね。分かりました」
「さて、もう時間ですから記者会見を終了しますが、宜しいですか? これから急いで日本に戻らないといけないですから」
「……今気がついたんですが、博士はあの『天武』に乗って、日本から帰ってきたのですか?」
「そうですよ」
「何時間掛かるんですか? 過去に日本との定期便では十時間以上は掛かりましたよ。
あの『天武』はどれくらいの速度で飛行出来るんですか?」
「『天武』自体の飛行速度はそんなに速くは飛べませんよ。あるオプションパーツを使用します。これからお見せしますよ。初公開です」
シンジはそう言って、フランツとグレバートに挨拶を済ませると天武に乗り込んだ。
天武は背中の羽を広げて立ったままゆっくりと浮いていき、高度が五十メートル程になってから横向きとなった。
そこに何処から来たのか、下から見ると巨大な三角形をした飛行機のような物が天武の真上に移動してきた。
その飛行体の下の大きな扉が開き、天武はそこに収納された。
天武を収納したその飛行体は、轟音を轟かせながら、あっと言う間に見えなくなってしまった。
天武専用の高速移動機:エアーコマンダーである。慣性中和装置を装備し、地球重力圏の離脱も可能な高性能機である。
勿論、大気圏突入の機能も持っている。
天武と従来のキャリアの移動速度が遅い事や、宇宙からの使徒の襲来があった為にシンジが急遽造り上げた機体だった。
その天武とのドッキングシーンもTVカメラでばっちり撮られ、全世界に放映された。
このシンジの記者会見は、北欧連合は元より希望した各国にも中継された。その映像は見た人に様々な影響を与えていた。
その影響が最も大きかったのは日本だった。
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シンジが北欧連合で記者会見を行うという事は事前に発表されていた。
ゲンドウは諜報部に命じて空港などを見張らせたが、シンジの行動を補足する事は無かった。
そのまま予定の時刻となり、ゲンドウと冬月、リツコの三人は司令室でシンジの記者会見の中継を見ていた。
「あの高速飛行体に天武を積んで行っていたのか。空港で捕まらない訳だな」
「行った時は全然分かりませんでしたが、これから日本に来るのであれば、索敵網に掛かるかも知れません。指示を出しておきます」
「ああ。見た目からして速度が出そうな機体だ。スペックを調べる必要がある。しかし、これで世界の目は天武に向けられたな」
「使徒とEVAの件は公表しないように補完委員会から要請を掛けていますが、天武に関しては一切言えませんから」
「シンジが軍を退役した事を調査しろ」
「そうだな。何か理由があるはずだ。そこが隙になるかも知れない。諜報部に指示しておく。それにしてもな」
「何かありましたか?」
冬月は深い溜息をついた。
ゲンドウからの話しで、ユイが初号機の中でシンジに封印され、シンジはユイを初号機から出せるかも知れないとの話しがあった。
俄かには信じられないが、あのシンジなら出来るかも知れないと三人は考えていた。
もしそうなれば、初号機の覚醒を促す事より、シンジをその気にさせる事が重要になってくる。
リツコとしては嫌な事だが、ゲンドウと冬月は真剣にシンジのその気にさせる方法を模索している。
冬月の溜息は、何か懸念すべき内容があったのかとリツコは思ったのだが、冬月の回答はリツコの想像を上回っていた。
「ああ。天武とあのオプションパーツと言ったか、あの飛行体とのドッキングだ。
空中での合体だが、もうちょっと格好をつけて貰いたかったな。おそらくは機動兵器では人類初の出来事だぞ。記念すべき事なのだが」
「……冬月」 「……副司令」
「ああ、いや、ちょっと趣味に走ったが、見るべきところは見ているぞ。あの合体の時に攻撃を受けると…………」
それから冬月の合体ものの講義が始まったが、ゲンドウとリツコはまったく聞いておらず、今後の事を考えていた。
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ゼーレの会合
槍の件もあってシンジを要注意人物に認定した事もあり、シンジの公式記者会見の様子はゼーレもリアルタイムで見ていた。
『要請通りに使徒とEVAの件は伏せられたが、天武を前面に出してくるとはな。これで各国の目が天武に向けられてしまう』
『今までに天武で二体の使徒が倒されている。EVA不要論に繋がる可能性もある』
『かと言って、今は手が出せぬ。それより魔術師が軍を退役するとはな。軍の若手メンバーを煽ったが、これで無駄になってしまうか?』
『いや、まだ分からぬ。継続して行動は行わせる』
『それと日本への支援はロックフォード財団がメインで行っていたとはな。やはり何らかの情報が洩れていた可能性はあるか?』
『今までの報告では魔術師が六分儀へ対抗する為に色々と準備してきたとあったが、その為だけにあの規模の支援を行う理由には為らぬ。
計画自体が洩れたとは考えにくいが、何らかの情報が洩れたと考えるべきだろう』
『今はあの四人組がネルフの支援と【HC】の牽制に動いている。早々、何らかの成果があがるだろう』
『うむ。今はその結果を待つべきだろう』
ゼーレにしてみれば使徒戦後の事に関する興味は無かった。あくまで使徒戦の最終段階で実施される補完計画の実行が最終目標である。
従って北欧連合と日本との関係云々に介入するつもりは無い。最終段階で日本政府がネルフに牙を向くような段取りは済ませてある。
後は【HC】を牽制、又は戦力縮小するような形に持っていく事が好ましい。そしてその作戦は発動されようとしていた。
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シンジの記者会見の様子は不知火とライアーンの二人で見ていた。まあ予想出来る内容だったが、不知火には気に掛かった事があった。
「中佐は、ああ、もう中佐とは言えないな。彼は日本を見捨てるつもりなのか? 北欧連合の日本に対する感情はそこまで悪いのか?」
「我が国の国民の日本への印象が悪いのは確かですね。後は博士が戻ってから直接聞いた方が良いでしょう」
「確かに国の政治家やマスコミが行ってきた事は褒められる事では無い。だが、一般国民が見捨てられるのは納得がいかない」
「その政治家を選んだのは日本の国民では無いですか? 日本の国民が政治にあまり関心が無い事は知っていますが選んだのは事実です。
マスコミに関しても、言われるままになっている。偏向報道を是正が出来たのにしなかった。これは日本の国民の選んだ事です」
「……それは認める。だが、多数の国民はそこまで考えてはいなかったはずだ。悪意が無い国民を見捨てると言うのか?」
「日本の国民が寛容な性格であり、公平さを重んじる事は知っています。その隙に付け込まれた事も分かっています。
ですが、そんな隙を見せた責任は日本の国民には無いと言いますか?」
「そこまでは言っていない!」
「では変わるべきでは無いですか。変わりもしないのでは何も言えないと思いますが」
「そうだな。いや、失礼。ちょっと熱くなってしまった。軍人らしからぬ発言だったな」
「そうですね。一瞬、政治家かと思いましたよ」
「済まない」
不知火は日本人であり、ライアーンは北欧連合の人間である。当然立場は違った。
【HC】は使徒戦が終われば、確かに解散されるだろう。その後の日本への態度は当然違ってくる。
不知火の立場では日本が苦境に陥る事は避けたいという気持ちがある。出来る限りは日本の為に尽くしたいと考えている。
シンジが帰ってきたら、二人でじっくりと話し合う必要があると不知火は考えていた。
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ミーナとミーシャ、レイの三人は居間のTVでシンジの記者会見の様子を見ていた。
「お姉ちゃん、【HC】が解散したら北欧連合に引っ越すの?」
「その予定よ。シンを含めて四人でね。でもシンが話していたけど、ロックフォードの家は出るらしいわ」
「えっ!? シン様はロックフォードを出るんですか?」
「ええ。使徒戦が終わったら、少しのんびり生活したいと言っていたわ。ロックフォードの家に居ると、何時までも北欧の三賢者の名前が
付き纏うでしょう。だから家を出るって。どこに住むかはまだ決めていないわ」
「そうなの」
「あら、ミーシャはロックフォード家に未練があるの?」
「特には無いわ。シン様と一緒なら何処だって良いもの」
「あたしもお兄ちゃんと一緒なら何処でも良いわ」
「はいはい、分かったわよ。さてシンが戻ってきたら食事はするでしょう。これから作るから手伝いなさい」
こうして三人はシンジを含めた四人分の食事を作る事となる。
因みに料理はメールで送られてきたレシピを元にしたアラブ料理だった。
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ミサトとアスカもシンジの公開記者会見の様子とTVで見ていた。
「ふん。あんな芝居掛かった演出をしちゃって、わざとらしいわよ」
「六分儀司令からも弐号機で戦果を出せって言われているのよ。次は期待しているわよ、アスカ」
「当然よ。はあ、でもEVAでもあんな風に空を飛べたらな。ねえ、リツコに相談してみない?」
「浅間山の時に相談しているわよ。ATフィールドの応用で出来るらしいけど、今それが出来るのは初号機だけ。
リツコもどうやれば出来るかは分からないって」
「はあ、駄目なのか。……あいつは使徒戦が終わったら北欧連合に帰っちゃうのか。
あたしは……ミサトは使徒戦が終わったら、どうするの?」
「どうするって言われても……まだ、分かんないわよ。その時に考えるわ」
「ミサトはいい歳した大人でしょ。そんな事を言って良いの?」
「今は使徒戦に専念するわ。その他の事なんか考えられないわ」
実際問題、ミサトの頭の大半を占めているのが使徒に関する事だった。強化された洗脳も関係して、使徒が絡むと感情が高ぶる。
今のミサトに使徒との戦いが終わった後の事は考えられなかった。
それにこの前加持と一緒にちょっとだけ見たターミナルドグマの使徒の事は忘れられない。
ネルフが使徒を捕獲していた事も大きな驚きだった。それが自分の父親の仇である第一使徒アダムなら尚更である。
実際にミサトと加持がチラ見したのは第二使徒リリスだが、それは二人は知る由は無い。その件はミサトに微妙な影響を与えていた。
「そんな事を言ってるけど、この前はかなり遅くに帰ってきたんでしょ。玄関がお酒臭かったわよ」
「ま、まあ、それはね。大人には偶には飲みたい時があるのよ」
「最近のミサトを見ていると、何か元気に見えるのよね。ひょっとして加持さんと何かあったの!?」
「な、何も無いわよ!」
「…………」
「ア、アスカだって、この前の遊園地に行った時にデートしたんでしょ。知ってるわよ」
「げっ!?」
「ネルフを甘く見ない事ね。アスカは重要人物で隠れて護衛がついているのよ」
「それはプライバシーの侵害よ!」
「そんな事よりアスカの身体を守る方が重要なの。分かって!」
「…………」
「それで次のデートは何時なの?」
「そ、そんなの分かんないわよ! そ、それより御祓いの件はどうなったのよ!? 強力な御祓いが出来るところを探しているんでしょ」
「あ、あれね。今は加持に頼んで探して貰っているところよ」
「えっ、加持さんが?」
「アスカの為って言ったら、早めに探すって言ってたわよ」
加持が自分の為に強力な御祓いが出来るところを探してくれていると聞き、アスカの顔が綻んだ。
最近は全然加持と会っていない。寂しい気持ちはあるが、心の何処かでコウジからのデートの誘いを待っている自分が居る。
最近のアスカは悩む事が多くなった。弐号機で戦果を出していない事もあるし、加持が最近全然会ってくれない事への不満もある。
コウジの事もそうだし、レイの言葉も気になっていた。
『EVAは心を開かなければ動かないわ』と言ったレイの言葉がずっと心に残っていた。
十年に渡って乗り続け、愛着がある機体だが所詮はロボットという気持ちもある。
そのロボットに心を開けとは、日本人特有のロボットへの愛着心が言わせたものなのだろうか?
それに浅間山のマグマに潜って使徒にやられると思った時、心に聞こえてきた言葉がある。あれは何だったんだろうか?
幻聴とも思えないし、誰かが言っても聞こえるはずも無い。アスカの悩みは尽きる事が無かった。
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シンジの記者会見の様子がTVで中継された直後から、冬宮の直通電話を知る人間からの問い合わせが引っ切り無しに掛かってきた。
内容は富士核融合炉発電施設の出費費用の内訳の確認と、使徒戦が終わった後に北欧連合が日本から引き上げる可能性の確認だった。
発電施設の出費費用の内訳はシンジが言った通りなので、回答は問題無かった。(一部は不知火財閥から出ているが、言わなかった)
だが、使徒戦が終わった後の北欧連合の対応など冬宮に回答出来るはずも無い。
冬宮にしても、シンジがここまで言うとは思ってもいなかった。情けない政治家や悪辣な批判を繰り返してきたマスコミやネットへの
反撃だろうと予測はついていたが、シンジの本心も入っているだろう。
使徒戦の最中は問題無い。【HC】がある限りは北欧連合が日本から手を引く事は無いだろう。
だが、使徒戦が終わって【HC】が解散されれば、その後はどうなるか予測はつかない。
最悪の場合は、以前にシンジが言ったように日本の核融合炉施設が全て稼動停止し、北欧連合からの食料や原材料の輸出が停止。
さらには中東連合から輸入している原油価格が跳ね上げられれば、日本経済がどんな被害を受けるか容易に想像は出来る。
そうならないようにする為には何をすれば良いのか。冬宮は腹心を呼び出して相談するのだった。
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中東連合:閣僚会議
定例の閣僚会議が終わった後、出席者はお茶を飲みながら歓談していた。その話の話題にシンジの事が出ていた。
「そういえば、シン・ロックフォード博士が軍から退役する事になったそうだな」
「はい。北欧連合の軍の中に、博士への贔屓が過ぎるという事でクレームを上げたそうです。それで不満解消の為に退役するとか」
「アズライト准将が呟いていました。北欧連合の軍を退役になったのなら、我が軍に迎えたいと」
「はっはっはっ。彼は日本で重要な任務に就いているからな。それは無理だ。……待てよ」
「どうされました?」
「二重軍籍というのはまずいが、北欧連合の軍を退役したのなら、我が軍の名誉職でも与えてみればどうかと思う。
感謝の気持ちもあるが、今まで軍の階級持ちだったのがいきなり退役したのだ、少し寂しかろうと思ってな。名誉中佐でどうだ?」
「良い案かも知れませんね。北欧連合の扱いが予備役なら出来ませんでしたが、完全な退役なら問題は起こりません」
「よし。北欧連合政府に一応は確認しておけ。同意が得られれば、直ぐにでも発表する」
こうして北欧連合の軍から退役したシンジは、中東連合から『名誉中佐』の階級を贈られる事になった。
実際に軍務に就く訳では無く、名誉職のようなものである。中東連合からシンジに対し、箔をつける贈り物のようなものだ。
同時に中東連合から、シンジの滞在期間中の成果(インフラ整備や軍の勤務状態や戦闘内容)が正式に発表された。
これにより、シンジの呼び名は中佐で継続される事となった。
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マスコミの報道
シンジに関する報道は北欧連合でのTV中継だけは例外として認められたが、それ以外の報道はネルフの特別宣言【A−19】の
監視範囲に入っている。従って、シンジの固有名詞を出した報道は一切出来ない。
シンジのTV中継を見たマスコミには激震が走っていた。北欧連合が日本から撤退する可能性が示された為である。
2008年の中国の大惨事の時の報道に加え、今回の報道でも北欧連合とシンジを叩いていた。(特に酷かったところは潰れている)
今更昔の事を持ち出さないでくれと思ったが、当時は反論もしなかったので、そんな事は言えはしない。自業自得である。
態度を180度変えてシンジを持ち上げようにも、実名報道が出来ないので、行動に移せない。
何とかして北欧連合とシンジの日本への印象を良くする方法が無いかと考えたが、良い案は出てこない。
残された方法は別の生け贄を用意する事である。
こうして自分達の行いは一切反省せず、マスコミの矛先は2008年当時の政権を担当した政党に向けられた。
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ネットの某掲示板 (特定の固有名詞があった場合、MAGIにより強制消去される為に名前は一切出てこない)
『おい。これはまずく無いか?』
『ああ。北欧連合が日本から撤退したらどうなるか、分かりきっているよな。毎日が計画停電になるのか』
『計画停電ぐらいで済めば良いけどな』
『まさか赤字覚悟で財団が日本を支援してたなんてな。俺達は全然知らなかったな』
『2008年の中国の大事故の真相を報道をしなかった政府やマスコミが悪いんだ!』
『そうだ。今回の報道だってマスコミが率先して彼を責めたんじゃ無いか』
『それに追従して、確認もせずに責め立てた俺達は悪く無いのか?』
『風評を鵜呑みにした為か。どうすれば良い?』
『北欧連合なんて不要だ! 日本には中国と南北朝鮮がある。四ヶ国で大アジア経済圏を創れば良い!』
『そうだ。この程度の事に目くじらを立てて逃げ出すようなら、中国や朝鮮と付き合った方が良い!』
『馬鹿か。中国なんて北欧連合にビクビクしているんだぞ。朝鮮なんかセカンドインパクト以降から大不況の真っ最中じゃないか』
『まったくだ。日本だけの方が遥かにマシだ。潰れなければな』
『釣りだよ、釣り。取り合うなって』
『日本があんなに嫌われているとは思わなかったよ』
『日本は世界の好感が持てる国のランキングは上位なんだがな。別名は八方美人』
『悪いのは前政権とマスコミだ。奴らに謝罪させれば良い』
『一般市民の事も言ってたよな。直ぐに裏切られるってさ。直ぐに態度を変えるのもどうかと思うが』
『北欧連合より中国や朝鮮を重視した結果か。ったく、誰がこんな国にしたんだ!?』
『今更そんな事を言っても仕方無いだろう。問題はこれからどうするかだ。政府やマスコミだけじゃ無い。俺達もだ』
『はあ。自由な発言が出来ないってやだよな。憲法には発言の自由は保障されてるんだろう。民主主義を侵害しているぞ』
『自由の権利と責任はセットだ。発言したからには責任を取れ!』
『やだよ。責任なんか取りたく無い。好き勝手に話せれば良い!』
『そういう事だから見放されるんだぞ』
『聞いた話しだけど、北欧連合が撤退する時、中東連合から輸入する原油の価格が十倍になるらしいぞ』
『げっ、マジ?』
『そういや、中東と北欧は同盟国か。有り得る。やばいじゃん!』
『今から買占めした方が良いか?』
『貯めておくところが無いよな』
『はあ、あいつがパイロットって本当だったんだ。十四歳でパイロットか。しかも中佐だと。くそっ、何でだよ!?』
『中東で十歳の頃からインフラ整備や戦闘をやってたのか。しかもあの天武ってロボットも開発したって。信じられないな』
『あの空中でのドッキングは良かったな。アニメみたいだ』
『誰だ、不細工だとか女を侍らしているスケベだとか言った奴は?』
『無駄無駄。言いっ放しがネットのルールだ。こんな事になっても以前に言った奴は知らん振りさ』
『この掲示板もネルフが監視してるんだよな』
『そうみたいだ。でも固有名詞を出さなきゃ消されない』
『気を使うってやだな』
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日本政府:閣僚会議
シンジのTV中継の反響は大きかった。事態の打開策を求める声が高まり、首相は大臣を招集して緊急閣僚会議を開いていた。
だが、即効薬などあるはずも無く、出席した全員の顔色は悪かった。
「では、核融合開発機構と北欧連合が契約した内容は、TV中継通りだと言う事か。何でこちらに契約内容の連絡が無かったんだ!?」
「冬宮理事長にその件に関する全権を委任したんだ。仕方無かろう。あの時はあちらから冬宮理事長としか話さないと連絡があったんだ。
結果的には冬宮理事長は北欧連合の支援を引き出して、核融合発電施設を立ち上げたんだ。政府からの依頼内容は全て満足している。
文句を言うのは間違いだろうし、言ったところで政府は信用出来なかったと回答されるだろうな」
「売電価格が以前の三割で、差額が政府収入になるという内容に目が眩んだ所為もある。あの利権は誰の管轄だ?」
「一時期はあそこの治外法権を見直そうかという意見もあったが、ここに至っては議論さえ出来ないな」
「当然だ。公然とその議論をしようものなら北欧連合は直ぐにでも掌を返すぞ」
「2008年の件は前政権の担当だ。当時の首相や閣僚を呼び出して謝罪させるか?」
「当時は野党だった我が党が何をしていたか、問い詰められないとでも思っているのか!? それに単なる謝罪で済むレベルじゃ無い!」
「……これは北欧連合による言論統制だ。内政干渉に近いものがある! 抗議すべきだ!」
「抗議なんかしてみろ、それこそ即座に日本から手を引くぞ。何を考えている」
「あそこは日本を嫌って、事が済めば撤退する事を仄めかしているんだ。近隣諸国を重視し、あそこを軽視した報いか」
会議の出席者は事態が深刻である事を認めて、真剣な表情で会議に臨んでいた。
確かに今日明日の問題では無いが、放置した時の結果を考えると身体が震えてくる。
事なかれ主義が蔓延した結果だろうか。事前に対応をしていれば発生していなかった問題でもある。
放置したツケが今になって出ていたのだ。
確かに日本の経済規模は大きく、大国と言って差し支えないレベルだった。だが、鉱物資源やエネルギー資源に乏しく、それらの輸入が
途絶えれば、日本の経済が衰弱死する事も間違い無かった。それらのエネルギー資源の大半が北欧連合に握られている状態なのだ。
「冬宮理事長の話しだが、北欧連合が撤退する時は国内全ての核融合炉を停止させるつもりらしいとの事だ。
それと原材料と食料の輸入が全て途絶える。止めは中東連合の原油価格を十倍にする事もありえると言っていた」
「そんな事をされたら日本は破滅だぞ! どうすれば良いんだ!?」
「日本にはそこまで協力してくれる同盟国は無いな。全方位外交の結果がこれか」
「どこが全方位外交だ! 特定国に偏った外交じゃ無いか。前政権と言っていたが、我が党でも特定国寄りの政策を出す奴らはいる!
党内の売国奴政策を推す輩を排除する必要がある! 即刻、党内の調査をするべきだ!」
「それを言ったら官僚もだな。骨抜きされて我が国の国益を考えずに、相手国の立場で物を言う大使もいる。
国益を無視して輸入や輸出政策を提案してくる官僚も多い。そういった売国官僚も追放しなくてはな」
「それだけ特定国の勢力が浸透しているという事か。マスコミ関係の影響力は排除したが、政界では掃除はまだだからな」
「今なら特別宣言【A−19】の名の下に強引な取締りが可能だ。この機会を逃すと国内の浄化は出来ない。早速、動くべきだろう」
「そうだな。平等主義を全面に押し立てて権利を主張してくる反日勢力を潰せる絶好の機会だ」
「国内の浄化が進めば、北欧連合も考えを変える可能性が出てくるだろう。時間が無いから、早速動くべきだ!」
「損得勘定で考えても、半島と大陸の国家と北欧連合のどちらを取るかは分かりきっているしな」
「北欧連合にある日本大使館は何と言っている?」
「今までも軽く扱われていましたから、あまり状況に変化はありません。あちらの政府要人に面会を申し込んでも断れるだけですから」
「くっ。日本の北欧連合大使館に連絡はしたのか!?」
「はい。ですが重要内容は本国に聞いてくれとの回答だけです。進展はありません」
「ではシン・ロックフォード博士は?」
「多忙を理由に面会はおろか、電話にも出ません」
北欧連合との満足な交渉先すら確保出来ない政府は冬宮に助けを求めた。冬宮としても日本の危機を放置するつもりも無い。
こうして密かに政府と冬宮によってあるプロジェクトが進められたのだった。
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シンジに不満を抱いていた北欧連合の軍の士官の数はかなり多い。
その中心グループの若手士官十二名は、暗い顔をして会談していた。
「これでお前のお望みが叶ったな。彼は軍から完全退役だ。予備役ですら無い」
「俺は……俺は知らなかったんだ。俺の所為じゃ無い!」
「黙れ!! 確かに彼の功績全てを知らなかったのは我々も同じだ。だが、彼を軍から追放しろと迫ったのはお前だ!」
「俺が元帥に上申した結果だろうな。責任は感じている」
「あそこまでの戦績があったとはな。普通じゃ考えられない。あの戦績なら中佐でも文句を言えない」
「中東連合での戦績がメインだからな。上は知っていたが、我々には言えなかったらしい」
「我が軍を退役して、直ぐに中東連合の名誉中佐か。我が軍との接点が完全に切れたな」
「……一ヵ月後だが【ウルドの弓】の使用契約期間が切れる。上層部は契約更新しない考えのようだ。ついさっき連絡があったばかりだ」
「ちょっと待て! 【ウルドの弓】が使えなくなると言うのか!? 私の宇宙管理局はどうなる!?」
「宇宙管理局は解散だそうだ。ご大層な名前の部署だが、借り物の軍事衛星を使うだけの部署だろう。
今後の管理はロックフォード財団の第三技術部、シン・ロックフォード博士の直轄部署だが、そこが管理するそうだ」
「おい、あの【ウルドの弓】を民間企業が管理すると言うのか?」
「そうだ。上層部もそれを認めた。もっとも監視衛星は従来通りに軍が管理するが、管轄部署は廃止になる宇宙管理局から
参謀本部直轄になるとの事だ。どうしても【ウルドの弓】を使用する場合は、グレバート元帥からの要請で使えるようになる」
【ウルドの弓】は世界の全エリアが射程に入っている。態々軍を派遣しなくても、瞬時に目標に攻撃な可能な戦略兵器である。
その威力により北欧連合の威信が保たれていると言っても良い。
その管理が軍を離れて、開発元とは言っても民間企業が管理するなど普通では考えられなかった事だ。
もっとも、その内容は軍内部だけの通達であり、一般発表はされない事は決定していた。
「……これは報復かな?」
「多分な。彼と上層部がどんな繋がりがあるかは知らないが、かなり強固らしい。
普通じゃ軍事衛星の管理を民間企業に任せるなんてありえないからな。それほど信用しているって事だろう。
今回の発表された事以外で、上層部だけが知っている事もあるだろうな」
「報復と言っても【ウルドの弓】だけだ。降格とかは無い。まあ仕方無いと諦めるしか無いだろう。あちらは軍を退役した。痛み分けだ」
「そうだな。まだ穏便な処置かも知れん。どの道、彼には手の出しようが無いからな」
「日本における使徒戦のキーパーソン。本当に十四歳なのか。一度は彼と話したいものだな」
「そうだ。【HC】にワルキューレの三個中隊が派遣されていたな。そっち関係で知り合いがいないか聞いてみよう」
この後は何時もと同じように、十二人は溜め込んだストレスを発散しようと、夜の歓楽街に繰り出していった。
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シンジのTV中継は世界各国でも報道されていた。
今までは名前だけであったが今回は映像である。しかも本人と空を飛ぶロボット(天武)も同時報道された事で注目が集まっていた。
その結果、情報収集の為に一部の報道機関や諜報機関の人間の日本への入国が増える事になった。
その中にはかなり趣味に走る人間も含まれていた。
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ネルフ:実験場
アスカとトウジは、通常のシンクロテストを行っていた。
「トウジ君は凄いですね。シンクロ率が順調に上がっていますよ。このまま行けば二人が肩を並べる事になりますよ」
「言い換えれば、アスカの伸びは低いって事?」
「そうよ。弐号機のシンクロ率は高いけど伸びは無いわね。逆に参号機の方は最初が低かった分、伸びはあるわ。
この先にある壁を突破すれば、マヤの言った通りに二人が肩を並べる事もありえるわね」
「アスカの伸びは期待出来ないの?」
「分からないわ。下がっても無いけど、上がってもいないからね」
三人の会話はアスカとトウジにも聞こえていた。
(ワシは期待されとるんか。こりゃ、頑張らなきゃあかんわな。成績が良ければミサトはんからご褒美でも……。
いやいや、ワシは男や。男を見せなきゃあかん。碇を見返すんや。それまでは『忍』の一文字で我慢や)
(フン! トウジが幾らシンクロ率が上がったって、あたしがトップよ。格闘戦がヘタレのトウジに負ける訳無いじゃない!
次の格闘訓練の時は手加減無しでやってあげるわ。上下関係をもう一度叩き込まないと駄目ね。
このシンクロ試験もやるだけ無駄だと思えてきたわ。これなら実戦訓練の方がよっぽどましよ。
零号機と初号機相手のシミュレーションでも作らないかなあ。あいつ等相手の方がよっぽど気合が入るわ。
そう言えば、心を開かないとEVAは動かないって言われたけど、ちゃんと動いているじゃ無い。ファーストも適当な事を言ったのね。
まったくあいつ等はこれだから信用出来ないわね。それはそうと、一週間後の厄払いは上手くいくかしら?)
この後の格闘訓練でトウジはアスカの八つ当たりの対象とされ、畳に叩き付けられて失神する事となる。
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太陽の容赦無い日差しが降り注ぎ、蝉の鳴き声が良く聞こえてくる。
普段と変わらない第三新東京市であったが、不気味な影が近寄っていた。
To be continued...
(2012.02.11 初版)
(2012.06.30 改訂一版)
(あとがき)
随分と本筋から離れた話しにしてしまいました。まあ伏線をかなり入れた事もありますけど。
次は使徒レリエルの来襲です。
作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、まで