因果応報、その果てには

第三十九話

presented by えっくん様


 突如、第三新東京の上空に、黒と白の混じった球体状の物は出現した。

 それを探知したネルフ本部に緊急警報が響き渡った。


『地区の住民の避難は後五分掛かります』

『目標は微速進行中。毎時2.5キロ』


 発令所は慌しい雰囲気に包まれており、そこにミサトが遅れて入ってきた。


「遅いわよ!」

「ごめん!」


 リツコに責められた事を誤魔化すかのように、ミサトが声を張り上げた。


「どうなってんの!? 富士の電波観測所は!?」

「探知していません。直上にいきなり現れました」

「パターンオレンジ。ATフィールド反応無し!」

「どういう事!?」

「新種の使徒?」

「MAGIは判断を保留しています」


 画面にはゆっくりと進む黒と白の混じった球体が映し出されていた。攻撃も無く、これではどんな性質の使徒かも分からない。


「はあ。こんな時に六分儀司令はいないのよね」


 ゲンドウと冬月から早くネルフのEVAで戦果を出すようにと言われている事もあり、ミサトは早速弐号機と参号機を出撃させた。

 もっとも、使徒がどんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。EVA二機への注意は怠らない。

 ミサトの目には暗い光が湛えられているが、最初の頃と比較すると大分落ち着いてきていた。

 自分が指揮を執っている為なのか、精神誘導の効果が薄れてきているのか、理由は不明だ。

 だが、リツコから見ても最近のミサトは使徒を見ても、以前のように暴走しないなと感じられていた。


「二人とも聞こえる? 目標のデータは送った通りよ。今はそれだけしか分からないわ。

 慎重に接近して反応を伺い、可能であれば市街地の上空外に誘導後、先行する弐号機を参号機が援護。よろし?」

「OKよ」

「うす」

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 【HC】戦闘指揮所

 第三新東京にいきなり出現した黒と白の球体状の不明物体は【HC】でも補足されていた。

 その連絡を受けた不知火はライアーンとシンジを召集。中央モニタに映っている第三新東京の現在の状態を説明していた。


「モニタの映像にあるように第三新東京の中心部に、あの黒と白の球体状の不明物体がある。使徒反応はまだ検出されていないがな」

「使徒反応が無くても、あんな不気味なものは使徒以外には無いでしょう」

「どうします? ボクもあれが使徒だと思いますが、どんな性質を持っているかはまったく分かりません。ネルフの出方を待ちますか?」


 あの球体がどんな能力を持っているかは現時点ではまったく不明だ。

 その使徒の能力が分かってから出撃しても良いとシンジは考えていた。だが、不知火の意見は異なった。


「いや、今から出撃しても第三新東京に達するまでには時間が掛かる。

 その間にネルフからの攻撃もあるだろうから、それで使徒の性質は分かるだろう。

 何よりあの使徒は第三新東京の中心部に居る。放置は出来ない。直ぐに出撃する」

「……分かりました。零号機と初号機で出撃します。ワルキューレの第三中隊の出撃の許可を頂けますか」

「分かった。頼む」


 シンジとしては、使徒と思われる物の性質を見極めてから出撃したかった。もし性質が見極められれば、その準備が出来る為である。

 だが、不知火としては第三新東京市民の被害を出来るだけ少なくしようと考えていた。

 【HC】のトップは不知火である。組織に所属する以上は、組織のトップの指示には従わなくてはならない。

 シンジはレイと一緒に出撃準備に入った。

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 ES部隊

 【HC】基地に面している湖の対岸の道路から数キロ離れたところに、大型トレーラ三台が駐車していた。

 そのうちの一台にはコンピュータや様々な通信機器が設置され、空いたスペースに十二名のメンバーが集まっていた。


「攻撃命令が出ている。ちょうど樹海の警戒網の確認が終わったところだ。サンプルの準備は大丈夫か?」

「ああ。樹海の端の場所に置いてきた。リモコンのSWを押せば、サンプルは放たれる。

 出来る限り敵の目を引き付けて、可能なら基地へ侵入して破壊工作を行えと命令してある。あれは俺達でも仕留めるは難しいかもな」

「構わん。どうせ人間では無いし、捨て駒だ。陽動が可能ならそれで良い」

「ちょっと待て! 今、情報が入ったが第三新東京に使徒らしきものが出現したそうだ」

「何だと!? ……よし、攻撃は【HC】からEVAが出撃するタイミングで行う。対空ミサイルの標的はEVAを搭載したキャリアだ。

 それが一番被害を与えられるだろう。その他の対地ミサイルの照準は核融合炉にしておけ」

「成る程。それが一番効果的か」

「ミサイルを発射後、全員が退避する。これから先も長いからな。ここで被害を出す訳にはいかない。全員の生還を目標とする」


 こうして荷台に多数のミサイルを積んでいる大型トレーラー三台は、【HC】基地の湖の対岸に移動を開始した。

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 【HC】戦闘指揮所

 大型モニタには零号機と初号機がキャリアに搭載されて、これから離陸する映像が映っていた。

 不知火は黙ったままそれを見ていたが、いきなり緊急警報が戦闘指揮所に鳴り響いた。


「何事だ!?」

「ユグドラシルUより緊急警報が出ました。侵入者により樹海の第一警戒網が突破され、現在は第二警戒網で迎撃中」

「第一警戒網が突破されたのか!? 映像は出せるか!?」

「はい。モニタに出します」


 大型モニタには、移動速度が速いので鮮明では無いが、二メートルもの金色の大きな狼らしい映像が映っていた。

 そしてその大きな狼は、いとも簡単にユグドラシルUの管理する自動火器(実弾兵器)の攻撃をかわして進んで行く。

 日本では野生の狼は既に絶滅している。画面の狼は何なのだろうか? 普通の狼では無い事は容易に想像出来た。

 これを見た不知火は即断した。


「陸戦隊を迎撃位置に付かせろ! 地上の勤務要員は直ちに地下へ退避だ。急げ!」

「はっ、はい!」


 不知火の命令を直ぐに実行するオペレータ達であったが、その中の一人であるミーナは自分が見た映像に強い衝撃を受けていた。


(あ、あの狼は……ま、まさか…………なのかしら)

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 初号機に乗っているシンジにも、基地の第一警戒網が突破された事は連絡されていた。

 そして侵入したのが金色の大きな狼である事を知ると、シンジは僅かに動揺していた。


(金色の大きな狼か。まさかな。でも第一警戒網を突破され、第二警戒網が突破され掛かっている。普通の狼じゃ無い。

 もし想像通りだったら……陸戦隊にも被害は出るな。嫌な予感が消えない。これは早めに対応した方が良いな)


<ユインは今は何処にいる?>

<基地内に居ます>

<樹海から金色の大きな狼が基地に接近している。ボクは初号機に乗っているから動けない。ユインに始末を頼みたい>

<分かりました>

<待って! あの狼は殺さないで! 一度会って話したいの!>

<ミーナ!? やっぱりあれはそうなのか?>

<分からない。だけど、あたしの勘が何かを感じているの>

<……分かった。ユインは封印を解除。多少の怪我は構わないけど、生きたまま捕獲して欲しい。身体は地下のエリアに搬入する事。

 ユグドラシルUの撮影カメラは切っておくから>

<了解しました。マスター>

<シン、ありがとう>

<ミーナの頼みじゃ仕方無い、何っ!!>


 零号機と初号機を搭載したキャリア二機は離陸して、湖の上を上昇していくところだったが、そこにいきなり対空ミサイルが着弾した。

 樹海の侵入者に気を取られていた事と湖の対岸という短距離から撃ち込まれた事が重なって、迎撃態勢を取る事が出来なかった。

 もっとも、EVAの装甲板は普通のミサイル程度では損傷すら無い。だが、キャリアは違う。装甲などはキャリアには無い。

 対空ミサイルを受けて、あっと言う間に零号機と初号機を搭載したキャリア二機は火を噴いて墜落していった。

 先行して離陸していたワルキューレ第三中隊にも被害は発生していた。

 あまりにも近距離からの攻撃の為に迎撃が出来ずに、ワルキューレ全機がキャリアと同じく墜落していった。

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「何だと!?」


 湖の対岸から撃ちだされた対空ミサイルがEVAを搭載したキャリア二機を撃ち落としたのを見て、不知火は怒りの声をあげた。

 EVAそのものは被害は無いだろうが、移動手段が失われたのだ。

 同じ人間が足を引っ張るのかと思った時、湖の対岸から基地目掛けてミサイルが飛んでくるのが目に入った。

 だが、これは即座に基地に配置されている対空粒子砲で迎撃された。そもそもキャリアも基地上空で攻撃を受けていたなら、

 対空粒子砲でミサイルを迎撃出来たのだが、たまたま湖の上は対空粒子砲の自動迎撃エリア外だったのだ。


 ここまで攻撃を受けて、ただで済ませられる訳が無い。不知火は基地保安部隊にも出動を命令した。


「陸戦隊は樹海からの侵入者に備えろ! 基地保安部隊の機動歩兵とヘリ部隊は湖の対岸を中心とした半径5キロの周囲を完全封鎖だ!

 緊急展開だ。同じく装甲歩兵はミサイル発射ポイントに急行しろ。EVAはどうなっている!?」

「EVAに被害は出ていません。通信が入っています。モニタに出します」

『司令。零号機と初号機でミサイル攻撃してきた敵を殲滅します。基地保安部隊は念の為に展開させておいて下さい』

「EVAで攻撃すると言うのか!? 第三新東京には行けないのか?」

『初号機で空を飛べると言っても、速度は遅くて時間も限られています。一度は仕切り直しが必要です』

「……分かった。そうとなれば、敵を絶対に逃がすな!」

『了解!』


 初号機の全力を出せば、今まで公開していた速度を遥かに上回る速度で飛行は出来る。

 だが、まだ初号機の全力の状態を見せるつもりは無かった。それにここまで用意周到に準備していた敵を見過ごす事は出来なかった。

 第三新東京の使徒は取りあえずはネルフに任せて、まずは目の前の敵の処理に全力を尽くそうとシンジは考えていた。

 シンジはレイと念話で話しをして、ミサイル攻撃をしてきた敵を包囲しようと、行動を開始した。

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 市街に浮かんでいる球体は何をするでも無く、ただ浮かんでゆっくりと進んでいる。

 弐号機と参号機で使徒を挟む位置につけたアスカは、ニヤリと笑った。


『トウジ。良く見ておきなさいよ!』


 そう言ってアスカはハンドガンを球体に向けて三連射した。

 だが、発射された弾は球体に当たると思われたが、いきなり球体が消えてしまった。


「消えた!?」


 その直後、使徒反応が検出された。


「何!?」

「パターン青! 使徒発見! 弐号機の直下です!」


 弐号機の足元から黒い影のようなものが広がり始めた。


「何っ!」


 弐号機と一緒に周囲のビル群が黒い影に沈み込んでいった。


「影が……何でよっ!?」


 アスカはハンドガンを影に向けて撃ち込むが、何も反応は無かった。


「何よこれはっ!? おかしいわよ!?」


 弐号機の上空に黒と白の球体が現われた。この時既に弐号機は腹部までが影に沈みこんでいる。

 今までの使徒とは何かが違うとミサトは感じた。


「アスカ、逃げて!!」


 トウジは弐号機の救援に向かった。だが、弐号機の沈下は止まらない。


「何よ、これはっ!? この! この! この!」


 アスカは弐号機を必死になって動かそうとしたが、既に足場は無く空中に浮いている感覚になっていた。

 腕を伸ばして近くのビルを掴むが、力を入れるとビルがすっと沈んでいく。

 参号機が助けようと接近したが、間に合わずに弐号機は影に全てが沈みこんだ。


「何や、これ。アスカはどうなったんや?」


 参号機は黒と白の球体にハンドガンを撃ち込んだ。だが、直ぐに球体は消えてしまった。次の瞬間、参号機の直下に影が発生した。

 沈み込む参号機。トウジは咄嗟に近くのビルを掴んで、影から離れた。だが、影は大きさを増してビル群を次々に呑み込んでいった。

 参号機はそれを避ける為に、ただ逃げるだけだった。どうしようかと思案に悩むトウジにミサトから通信が入った。


『トウジ君、後退して!』

「で、でもアスカが」

『命令よ。下がりなさい。今は何も出来ないわ』


 トウジに後退を命令したミサトの声は、感情を押し殺したような暗い声だった。

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 シンジから封印を解除されたユインは、樹海の第二警戒網を突破した金色の狼の正面に居た。

 一方は二メートルぐらいの巨体であり、一方は人間の頭に余裕で乗る程度の大きさである。大人と子供以上の体格の差であった。

 普通に考えれば、勝負の勝敗は明らかだろう。だが、侵入者である狼はユインの前で油断無く身構えていた。

 シンジからの指示でユグドラシルUの監視カメラは切られている。第三者に見られる心配は不要だ。

 そう考えたユインは侵入者である金色の狼と正面から向き合った。


 僅かな時間だが、二匹の狼は動かずに睨んだままだった。

 金色の狼は耐え切れなくなったかのように、突然ユインに飛び掛った。直撃をすればユインであっても、ただでは済まない。

 だが、ユインの反応速度は金色の狼を遥かに上回っていた。金色の狼の攻撃を難無くかわして爪で反撃した。


 二匹の狼の闘いが始まって五分が経過したが、金色の狼の攻撃は一度もユインに当たらずに、逆に一方的に反撃を受けていた。

 だが金色の狼の耐久力は並外れており、身体がユインの爪による攻撃で血塗れになっても動きが鈍る気配はまだ無かった。


 闘いながらもユインは金色の狼を観察しており、身体の一部に不審な物を発見した。


(体内に爆発物がある。自爆装置か? これは一気に勝負を決めないと、爆発に巻き込まれる。仕方無い、あれを使うか)


 爪での攻撃はヒットしているが、全然致命傷にはなっていない。

 このままずるずると攻撃しても時間が長引くだけど判断したユインは奥の手を使う事にした。


 ユインは金色の狼の背後に回り、首に噛み付いた。そして牙から高圧電流を一気に流し込んだ。

 身体の裂傷は耐えられても、直接高圧電流を流し込まれては神経中枢がやられてしまう。金色の狼はその場に倒れこんだ。


 金色の狼が動かない事を確認したユインは、ユグドラシルUに連絡をとった。

 そうすると、近くの地下への出入り口が開き作業ロボット二体が出てきた。

 二体の作業ロボットは金色の狼を地下の秘密エリアへと運んで行った。

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 不意打ちを受けてキャリアが破壊された事で、今後の活動が制限される事もあり、シンジはかなり怒っていた。

 その為に攻撃を仕掛けてきた相手を逃がすつもりは無かった。

 衛星軌道からの監視と魔術の両方を使い、敵の総数が十二名であり、3グループに分かれて逃走中である事は分かっていた。


<レイは西方面に逃げているトレーラーを捕まえて! 逃がしちゃ駄目だよ>

<分かったわ、お兄ちゃん。任せて!>


 零号機は重力制御は出来るが飛行は出来ないので、地上の道路を走って目標を追い詰めようとしていた。

 初号機は空を飛んで最も遠方の敵を追い詰めようと考え、残る一つの敵は基地保安隊に任せようとシンジは指示を出した。

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 逃走中のトラックに乗っているES部隊のメンバーは焦っていた。

 EVAのキャリアこそ攻撃は成功したが、基地への直接攻撃は全て迎撃され、予想していた以上の早さで追跡されているのだ。

 捕まる訳にはいかない理由もあった。


「追跡はどうだ?」

「Cグループは零号機が追い掛けている。Bグループには【HC】基地から出撃したヘリ部隊が向かっている。

 俺達には初号機が向かっている」

「くそっ! こんなに早く迎撃されるなんて想定外も良いところだ! まさかEVAが直接こっちを攻撃するつもりなんて!」

「もう少しで脱出ポイントだが、このままでは直ぐに捕まる。くそっ、キャリアとワルキューレへの攻撃は成功したのに!」

「だからだ! その為にEVA二機が行動の自由を得たんだ。ネルフのEVAなら湖に落ちてそのままだったがな」

「駄目だ! Cグループは零号機に追いつかれた。Bグループにもヘリ部隊からの攻撃は始まっている。今は反撃中だ」

「くそっ。捕まる訳にはいかない。俺達も迎撃する!」

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 レイの零号機は地響きを立てながら走り続け、やっと一台の大型トレーラーに追い付いていた。

 大型トレーラーからはミサイルや銃弾が飛んできたが、そんな物はEVAの前では水鉄砲と同じレベルだ。

 レイは大型トレーラーを破壊するつもりは無く、ATフィールドで大型トレーラーを包み込んだ。

 同時に、攻撃は全てATフィールドの内側で爆発した。そのまま基地に持ち込もうとしたが、突然大型トレーラーは爆発した。

 捕まって機密情報が洩れるくらいならと自爆を選択した結果だった。

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 基地保安部隊の機動歩兵とヘリ部隊は逃走中の大型トレーラーに迫っていた。

 大型トレーラーからミサイルと機銃による攻撃が行われ、攻撃ヘリ一機と機動歩兵三名の被害が出たが、大型トレーラーのタイヤを

 破壊して大型トレーラーを止める事には成功した。

 一人乗りの機動ヘリから降りた機動歩兵は、装甲歩兵の到着を待ってから大型トレーラーに乗り込もうと考えたが、いきなり爆発した。

 零号機の時と同じく、捕まって機密情報が洩れるくらいならと自爆を選択した結果だった。

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 シンジの乗る初号機は一番遠かった大型トレーラーを追っていた。

 追いつく前に、零号機と基地保安部隊の補足した敵が自爆した事を知って対応を考えた。

 このまま普通に捕まえれば自爆するだけだろう。

 そう考えたシンジはトレーラーの中にいる敵に精神攻撃を仕掛けて気絶させ、その状態で基地内の秘密エリアに亜空間転送を行った。

 そして表面上は他のトレーラーと同じく自爆したかのように装った。

 これによりゼーレ側はES部隊が全員自爆と判断したが、シンジはゼーレに知られる事無く四人のメンバーを拘束したのだった。

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 弐号機が黒い影に呑み込まれた後、黒い影は少しずつ広がり、第三新東京の中央区は黒い影で全体が覆われていた。

 影の中に弐号機が消えた事は重大な問題だが、その影から直接攻撃がある訳でも無く、奇妙な小康状態になっていた。

 弐号機の電源ケーブルは途中で切れており、今の弐号機がどうなっているかはまったく不明だ。

 ただ言えるのは、弐号機の内蔵バッテリィが切れた時がアスカの命が尽きる時という事だ。

 アスカの技量もあり、アスカが通常モードから生命維持モードに切り替えているだろう事は容易に想像出来る。だが無限では無い。

 限られた時間内にアスカを救出しなくてはならないのだ。こうしてネルフでは緊急会議が行われていた。


 今までの解析結果から得られたデータをリツコは出席者全員に説明していた。


「じゃあ、あの影の部分が使徒の本体の訳なの?」

「そう。直径680メートル。厚さ約3ナノメートル。その極薄の空間を内向きのATフィールドで支えていると考えられます。

 その内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間、多分別の宇宙に繋がっているんじゃ無いかしら」

「あの球体は?」

「上空の物体こそ影に過ぎないわ」

「弐号機を取り込んだ黒い影が目標か」

「そんなのどないせっちゅうんや」


 そんな訳の分からないもの相手の対応策はミサトには考えつかなかった。トウジも同じであった。

 リツコとしても、今回の使徒には作戦部の力が役に立つとは考えていない。リツコは自分だけで対応策を考え出した。


「EVAの強制サルベージ!?」

「今すぐ手配出来る国内にあるN2爆弾三十個を全てディラックの海に叩き込んで、三機のEVAのATフィールドで千分の一秒ほど

 干渉してディラックの海を破壊するの」

「でも、アスカは? そんな事をすればアスカは助からないわ! そんなの認められないわよ!」

「だったら作戦部から作戦案を出して!」

「…………」

「代案が無い以上は、この作戦で進めるわ。上手く行けばパイロットごと弐号機の救出が可能かもしれない。

 それに期待するしか無いわね」

「期待出来るの!?」

「宇宙から落下してくる使徒を受け止める作戦の成功確率よりは上のつもりよ」

「…………」

「この作戦の指揮は私が執ります」

「【HC】にも依頼するの?」

「ええ。私から正式に依頼するわ」


 この時、リツコの元には【HC】のキャリア二機がミサイルで撃墜されたとの報告が入っていた。

 勿論、犯人はネルフでは無い。無いが【HC】に対して攻撃を仕掛けるのは、ネルフサイドの組織しか有り得ないという事もある。

 恐らくゼーレの手配の部隊が【HC】に攻撃を仕掛けたのだろうとリツコは推測した。

 だが、その攻撃ももう少しタイミングを考えてくれればという思いがあった。

 よりにもよって、こちらからEVA二機を出動させる依頼を出す前に、【HC】のキャリア二機を破壊してしまうとは!

 零号機と初号機の出動要請を承諾させるには、それなりの譲歩が必要だとリツコは感じていた。


 弐号機とアスカは補完計画の要である。補完委員会としても弐号機の救出作戦を承認するしか無いだろう。

 補完委員会を経由して【HC】に作戦協力を依頼しようと、早速手配に動くリツコであった。

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 事後処理を済ませたシンジは戦闘指揮所に戻り、不知火、ライアーンと打ち合わせをしていた。


「済まなかった、中佐。私が焦ってEVAを出撃させた為に、キャリア二機を失う事になってしまった」

「いえ。あの敵は待ち構えていたみたいですからね。湖の上空を自動迎撃エリアに設定していなかったボクにも責任はあります」

「負傷者は出ているが、死者が出ていないのが救いだな。しかし奴らが自爆したのは痛かったな。

 捕虜がいれば何処からの命令かを尋問出来たんだがな」


 捕虜四人はシンジが確保しているが、その事は言わなかった。

 どうやって爆発したトレーラーから捕虜を確保したかを説明出来ない事もあるし、一目でサイボーグだと分かった事もある。

 物騒な自爆装置は無効化して、今は強制睡眠状態にしてある。時間が取れ次第、調査するつもりだ。

 それに捕獲した金色の狼の事もある。どちらも不知火とライアーンには話せないとシンジは思っていた。

 まずは第三新東京に現われた使徒と思われるものに対応する事が優先だと思って、状況を尋ねた。


「第三新東京の状況はどうなっていますか?」

「そうか、中佐はまだ見ていなかったな。弐号機が消えた時の映像を出してくれ」


 大型モニターに弐号機が黒い影に呑み込まれていくシーンが映し出された。シンジは一言も話す事は無く、黙って見ていた。

 見終わると、一人静かに考え込んだ。


(あの影は別の空間に繋がっているのか。さて、どうする? 天武の亜空間制御能力で何とかなるか?

 別空間とかは初号機でも対応出来るかは分からないからな。まずは威力偵察をどうするかだな)


「実はネルフと補完委員会から正式に零号機と初号機の出動依頼が来ている。キャリアもネルフ所有のものをこちらに派遣するそうだ。

 まだ回答はしていないがな。中佐の意見を聞きたい」

「……ネルフからの出動依頼ですか。成る程、ネルフも相当切羽詰っているみたいですね」

「N2爆弾攻撃と同時に、EVA三機によるATフィールドの中和を行いたいとの事だ。

 何でも弐号機の生命維持装置の電源が切れる前までという時間制限付きだ。あんな訳の分からないものでも何とかなるのか?」

「あの使徒の観測データを見ない事には何とも言えませんね。ですが、あの影の中は別空間に繋がっている可能性があります。

 そんなものを何とかなるとか、現時点では何も言えませんよ」

「まあ、そうだな。では零号機と初号機の出動はどうする? キャリアを攻撃したのがネルフの手の者という可能性もある。

 その場合、零号機と初号機を呼ぶ事自体が怪しいという考えもある」

「……放置は出来ないでしょう。出動しますよ。但し、指揮権をこちらが持つ事が前提です。

 N2爆弾の投入タイミングはボクが指示し、参号機の指揮権をボクが持つ事が条件です。それをネルフが承諾すれば、出撃します」

「分かった。私から交渉する」


 こうして、ネルフから差し向けられたキャリアに乗って、零号機と初号機は第三新東京に向かう事になった。

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 弐号機:エントリープラグ

 アスカは夢を見ていた。


 電車の中にもう一人の自分がいて、禅問答のような会話がなされていた。


 幼い頃に母親が弐号機の搭乗試験に失敗して、ベットに寝ている。その母親が人形を自分だと勘違いして、泣き叫ぶ自分がいた。

 その後、弐号機の正式パイロットに選ばれてからの厳しい訓練。

 厳しくはあったが、自分の能力が次々と開花していくのを実感出来たのはのは嬉しい事だった。

 友人は居なくて、訓練が終わって自室に戻るとひたすら勉強をした。その為に、十四歳でありながら大学を卒業した。

 寂しい青春なのか? 訓練と勉強に明け暮れた日々を思い出し、アスカは自問自答した。

 でも自分が頑張れば、喜んでくれる人々がいる。自分が頑張れば世界の為になる。それはアスカの原動力とも言えるものである。

 誰もが自分を見て、誰もが自分を褒め称える。そうなれば寂しい事なんて無い。

 だけど、それは本当の自分なのだろうか?

 弐号機の専属パイロットとしては見てくれるが、誰も『惣流・アスカ・ラングレー』という個人は見ていないのでは無いか?

 遊園地で宮原コウジとデートをした。

 最初は自分の外見しか見ていないと思ったが、自分の内面も見てくれるのではないかという思いもある。

 自分を個人として見てくれるというのは嬉しい。次のデートを密かに待っている自分がいる。それは悪い事なのだろうか?

 そんな事は無い。自分は十四歳の女の子だ。人並みの幸せを求める権利はあるはずだ。そう、誰にもその権利はあるはずだ。

 そう、誰にもある。例え憎いと思っている相手にもある。それを非難する事は良い事なのだろうか?


 アスカは目を覚ました。

 周囲を見渡すとエントリープラグに居る自分がいた。バッテリィの残りは少なく、辛うじて生命維持装置だけが動いている。

 このままバッテリィが切れれば自分は死ぬしか無い。それを自覚したアスカは大声で怒鳴り散らした。


「もう、嫌!! 出してよ! ここから出してよ!! 一人は嫌よ!! 誰か来て!!」


 癇癪を起こしたかのように、アスカは喚き暴れだした。

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 零号機と初号機は第三新東京に来ていた。最初にシンジが要求した、全ての指揮権をシンジが持つ事をリツコは認めた。

 ミサトは反対したが、零号機と初号機が不在の作戦では、そもそも作戦自体が実行出来ない。

 その事を指摘されたミサトは渋々だが、指揮権をシンジが持つ事を認めた。

 だが、お互いの不信感が消えた訳では無い。その為、シンジの指揮の状況は、ネルフ、【HC】、戦自全てに中継されていた。


 戦自保有のN2爆弾三十個の手配が行われた。今はN2爆弾を搭載した爆撃機の到着を待っているところだ。

 そして計算上では弐号機の生命維持装置の電源が切れるまでの時間は約二時間。

 初号機と零号機は影の近距離に配置。参号機はATフィールドの出力が低い事から、邪魔にならないよう初号機の背後に配置された。

 参号機を作戦に参加させないのかとミサトは抗議したが、指揮権を持つシンジは参号機は不要と割り切った。

 トウジが自分に素直に従わない事は分かっている。邪魔をしなければそれで良いと思っていた。

 参号機の指揮権を要求したのも、命令で余計な事をさせない為である。

 N2爆弾を搭載した爆撃機の到着までは、約二十分。シンジは軽い溜息をついた。


「はあ」

『お兄ちゃん、どうしたの?』

「いや、ディラックの海なんて理論上のものだけで、誰もまだ実物を確認した訳じゃ無い。

 そんなものがATフィールドで支えられるって、ATフィールドって何かなと考えただけさ」

『……分からないわ。この作戦は上手くいくの?』

「さあ。作戦を考えたのはネルフだからね。ボクは実行するだけ。何とも言えないな」(失敗した時、責任を追及されても困るからね)

『碇でも無理なんか? お前なら何とか出来るんと違うか?』(お前は男やろ。いつも偉そうにしてるんなら何とかせいや!)

「勝手に決め付けないで欲しいね。相手の正体を見極められないのに、何とかなるとか言える訳無いだろ」

『お前はアスカを見捨てるっちゅうのか!?』

「見捨てる? ボクとレイには弐号機の救出の義務は無い。勘違いするな。ネルフから頼まれた作戦を実行するだけだ」

『何やと!?』

「使徒を倒す事が最大の目的だ。その為にはある程度の犠牲は仕方の無い事だ。今回は偶々弐号機だったと言う事だ。

 確かに被害を受けずに使徒を倒せれば理想だが、何時もそんなに上手く事が進む事は無い。

 ネルフが使徒の殲滅で無く、弐号機の救出だけを依頼してきたなら依頼は断ったさ。優先順位を間違えるな!」

『お前は零号機がこうなったとしても見捨てるっちゅうのか!?』

「レイが影に呑み込まれたら? その時は真っ先に助けに行くよ」

『お兄ちゃん、嬉しい!』

『お前はそれでも【漢】かっ!?』

「黙れ!! 参号機は現在はボクの指揮下にある。勝手な言動は止めろ。これは命令だ!!」


 シンジとしては出来るなら弐号機は助けても良いが、救出を強制される謂れは無いと考えている。

 第一、家族であるレイと、敵視してくるアスカを同じ扱いにする理由は無い。トウジとは立場が異なるのだ。

 レイとトウジとの話の最中でも、シンジの目は影に注がれていた。だから頭に血の上ったトウジの動きに気がつくのが遅れてしまった。


『お前は【漢】やろ! アスカを助けてこいや!!』


 レイとアスカの扱いの差(レイは助けて、アスカは平然と見捨てる)を聞いて、トウジは怒った。

 トウジからして見れば、アスカは口は悪いが戦友である。当然、見捨てるつもりなどは無い。

 だが、シンジの言葉で切れたトウジは、参号機を操作して初号機を影の方に突き飛ばした。

 自分の指揮下にある参号機を警戒していなかったシンジは、思わぬ方向からの衝撃を受けて影の方に倒れこんだ。


「何っ!?」

『お兄ちゃん!?』


 零号機は初号機を助けようとしたが間に合わず、初号機は黒い影に呑み込まれていった。

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 ネルフ:発令所

 指揮権がシンジにある為に、ネルフのメンバーはシンジ達の会話も黙って聞いているだけだった。

 シンジがアスカの犠牲を仕方の無い事のように言い出すのを聞いて、ミサトは抗議しようとしたがリツコに止められていた。

 作戦は間違い無く行われるだろう。シンジの性格はともかく、能力に関してはリツコはシンジを信用している。

 だが、参号機が初号機を影に突き飛ばして、それに怒った零号機が参号機を攻撃するのを見ては黙っている訳にはいかなかった。


「ちょっと、レイ。待ちなさい!」

「か、葛城さん、どうしますか!?」

「このまま参号機までやられる訳にはいかないわ。武装ビルで零号機を牽制して!」

「は、はい」

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 参号機は初号機を突き飛ばした後、零号機のパレットライフルの直撃を受けて吹き飛ばされていた。

 頭を振って立ち上がろうとしたが、零号機の蹴りが参号機に続けて入った。かなり力が篭った本気の攻撃であった。


「ちょっ、ちょっと止め! 待たんかい!」

『五月蝿いわよ! お兄ちゃんを良くも突き飛ばしたわね! 死んで詫びなさい!!』


 武装ビルの援護射撃が零号機に直撃して、その隙に参号機は零号機と距離を取った。

 だが、零号機は攻撃を仕掛けてくる武装ビルを次々と破壊していった。瞬く間に市街の被害は拡大していった。

 参号機は零号機を押さえようと背後に回ろうとした時、黒い影の上にある黒と白の球体から出てきた光で吹き飛ばされた。

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 参号機に突き飛ばされて虚数空間に落されたシンジだったが、それなりに冷静であった。

 S2機関を動かせば、稼動時間の制限は無くなる。攻撃を受ければ別だが、対応を検討する時間はたっぷりある。

 周囲を確認したが、何も無い……事は無かった。初号機の近くに弐号機がいるのが分かった。偶然だろうか?

 中を探るとアスカが喚き散らしているのが分かった。

 まだ弐号機のバッテリィは余裕があるらしい。これなら急ぐ事も無かったかと考えたが、脱出は早い方が良い。

 もっとも準備は何も無く、使徒の情報を探っている余裕は無い。あまり好きでは無いが、力ずくで使徒を倒すしか無いと判断した。

 シンジは弐号機の足を掴み、感知した使徒の本体らしきものを攻撃しようと、S2機関を全開にした。

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 アスカはエントリープラグの中で暴れていたが、疲れてくると考え込んだ。


(はあ。こんな事になるなんて、やっぱり厄がついているのかしら。こんな事ならさっさと厄払いに行っとけば良かったわ。

 加持さんとのデートは最近はして無いけど、コウジとのデートは来週の予定だったのに。

 ペンペンと一緒にお風呂に入るのは楽しかったわ。あたしって清い身体のまま死んじゃうのかな。

 ああ、もう、あのマグマの時みたいに、格好良く誰か助けに来てよ!)


 疲れ果て、纏まった考えも出来ないアスカだったが、何か聞き覚えのある言葉がいきなり聞こえてきた。


<世話の焼ける奴だな。助けてあげるよ>


「えっ!? マグマの中の時と同じ声じゃ無い! 何で!?」


 既にバッテリィはほとんど無く、生命維持システムが辛うじて動いているだけであった。外部カメラは動作しない。

 何が起きているかは分からなかったが、足を掴まれて引っ張られる感覚にアスカは悲鳴をあげた。

 その後、弐号機を凄まじい衝撃が襲い、何が起こっているかが分からないままアスカは意識を失った。

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<S2機関出力最大! ATフィールド全力全開!! 【ウル】、初号機の全力で行くぞ!!>

<応!! 全力は久しぶりだ。行くぞ!! 我の力を見せてやる!!>


 グオォォォォォォォォ


 初号機は巨大な咆哮をあげた。

 こんな不確かな空間で出し惜しみしている余裕は無かった。シンジは初号機を全力で稼動させた。可視レベルの光の羽も出現した。

 本当なら最後まで隠していたかったが、この場に及んではそんな事も言っていられない。

 その状態で使徒の本体らしきものへ、最大速度で突っ込んで行った。

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 初号機が参号機に突き飛ばされて影の中に消えて行った事で、レイの怒りは瞬時にピークに達していた。

 大好きな兄であり、大事な家族。自分を救ってくれた最愛の人。シンジの事だから多分帰ってきてくれると信じているが、

 それでも自分勝手な理屈で初号機を突き飛ばした参号機を許す訳にはいかない。

 レイは本気で参号機に攻撃を加えていた。武装ビルの邪魔が入ったが、邪魔な物は全て排除しようと周囲の武装ビルを全て破壊。

 これから参号機を叩き潰そうと考えたレイだったが、黒と白の球体から出てきた光に参号機が吹き飛ばされた事に目を瞠った。


「お兄ちゃん!?」


 こんな事が出来るのは初号機ぐらいしか無いとレイは瞬時に判断した。

 影の部分にも広範囲で亀裂が発生してきている。

 シンジが脱出するらしいと察知したレイは、ここに居るのは危険だと感じて、すぐさま距離を取った。

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 黒と白の球体から出てきた光に参号機が吹き飛ばされた事に、発令所の全員が目を瞠った。

 続いて球体のあちこちから光が噴出し、内部で何かが動いているように、球体表面がボコボコと動いた。


「何っ!?」

「何が始まったの!? まさか初号機が!?」


 次の瞬間、発令所の全員が目を剥いた。球体上部から光の柱が遥か上空にまで立ち上り、その光の柱は少しずつ拡大していったのだ。

 光の柱は黒い影を呑み込み、周囲のビルを呑み込み、そして参号機をも呑み込んだ。


「あれは何っ!?」

「分かりません!」

「全てのメーターは振り切られています。今まで計測した事の無い高出力のATフィルードを確認!」


 最終的には直径1キロまで拡大した光の柱はいきなり消え去った。

 残されたのは輝く光の羽を纏って空中にいる初号機と、右手で足を掴まれて逆さ吊りになっている弐号機だけだった。

 地表にあったビルは根こそぎ吹き飛ばされ、地面には光の柱に呑み込まれてボロボロになっている参号機が横たわっていた。


「あ、あの光の羽は!?」

「な、何てものを……私達は何てものをコピーしてしまったの!?」


 ミサトは初号機の光の羽が、セカンドインパクトの時に見た使徒の羽と同じである事に驚愕していた。

 リツコは虚数空間を力ずくで脱出してきた初号機の力に脅威を感じていた。

 あんなものを人類の力で制御が出来るものなのか。暴走したら手が付けられなくなるのではないかという恐怖が芽生えていた。

 ゲンドウと冬月は複雑な気持ちで初号機を見ていた。

 初号機の力があれほどであったとは思ってもいなかったが、あれでは暴走していたとは言い難い。

 シンジが完全に制御していた可能性が高い。その場合は初号機は『覚醒』したとは言えない。

 現われた初号機はネルフのスタッフ全員に強い恐怖を与えていた。

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 病室のベットでアスカは目を覚ました。

 何時もの病室であり、内装も変わっていない。自分はあの訳の分からないところから帰ってきたんだと実感した。


(あの空間は何だったのかしら? あの時電車に乗っていたもう一人の自分は何だったの? あれも夢だったの?

 でも最後に聞こえてきた声は、浅間山で聞いた声と同じだった。やっぱりあれは幻聴じゃ無いわ。調べないといけないわね)


 その後、虚数空間から自分を救出したのは初号機だとアスカは知る事になる。

 その時の映像を見せられ、逆さ吊りの弐号機の姿を見て怒りだすのはまた別の話しであった。

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 ネルフ:司令室

 ゲンドウは何時もの表情で、冬月は苦渋の表情で話し合っていた。


「今回の被害は使徒によるものより、零号機の攻撃と初号機の脱出した時の光の柱による被害が大部分だ。中央区の武装ビルは全滅だ。

 参号機もあの光の柱にやられて、中破の判定が出ている。装甲板を全て交換だ。損害額が半端な額じゃないぞ」

「修理費は補完委員会に請求する」

「まったく、【HC】に損害請求したいくらいだ」

「……却下だ」

「出来ないのは分かっている。それにしても、弐号機が戻って来たのは助かったが、初号機の本気があそこまでのものだとはな。

 あれを見て身体が震えたぞ。今まではうまく隠していた訳か」

「あれはシンジが制御している。ユイはまだ目覚めていない」

「むう。やはり彼が封印しているというのは本当なのか?」

「…………」

「それとフォースの件はどうする? 彼は初号機の指揮下にありながら、上官であったシンジ君をあの使徒に突き飛ばしたのだ。

 【HC】からは引渡し要求が来ている。今後の事もある。無視は出来ん」

「謝罪させる」

「そんな事で済むと思っているのか!? 確かに子供の正義感からやった事だが、客観的に見れば上官の命令無視、殺人未遂の罪になる。

 謝罪程度で収まる訳が無い。【HC】からの抗議を受けたのは私だぞ」

「監督責任のある葛城二尉も同行させる。それで済まないなら賠償金を支払う」

「……そんなところか。だが、賠償金も半端な額では済ませられないぞ」

「分かっている」

「ならば、その方向で手配させる。謝罪には私も行く事にしよう」


 参号機が初号機を影に突き飛ばした事は大問題になっていた。指揮下にあるはずの参号機の命令無視と上官への反抗。

 仮に初号機が影から出てこれなかったら、トウジは殺人の罪を犯した事になったところだ。

 もっともその場合は、トウジの罪が裁かれる前にサードインパクトが起きていたかもしれないが。

 幸いにも初号機は影から出てこれたが、これは結果論で済ませられる問題では無くなっている。

 中学生同士の悪ふざけなら許容出来るだろうが、戦場では許される事では無い。

 【HC】からはトウジの行った事に対する国連を通した厳重抗議と、トウジの身柄引き渡し、パイロットの育成責任追及が

 出されていた。ネルフとしては【HC】の要求を呑むなど出来ない。そのような経緯から【HC】への謝罪を行う事が決められた。

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 冬月とミサトとトウジの三人は、【HC】の応接室のソファに座っていた。

 対面にはライアーンとシンジが座っている。用件を済まそうと冬月が話し始めた。


「今回の件は、誠に申し訳無い。この通り、本人も十分に反省している。これが彼の書いた反省文だ。

 それと謝罪費はこの通りだ。受け取って頂きたい」


 そう言って冬月はトウジが書いた自筆の反省文と、謝罪費としての小切手をシンジに差し出した。

 シンジはトウジの目を見た。トウジの目には不満の色が滲み出ている。シンジはそれを確認すると、軽く鼻を鳴らした。


「その目を見れば反省していない事は分かりますよ。それに反省文のこの汚い字は人に読ませるものじゃ無いですよ。

 査閲欄も承認欄も未記入じゃ無いですか。責任をパイロットに押し付けて、上司は知らん振りですか。

 ネルフは本気で謝罪するつもりは無いみたいですね。これらは持って帰って下さい。こちらも暇じゃ無いんでね」

「ま、待ってくれ! 本人には必ず反省させる。だから許して欲しい!」

「そ、そうよ。必ず反省させるわ!」

「……済まん」


 冬月とミサトはシンジに頭を下げた。トウジは不貞腐れた顔で渋々だが謝罪をした。

 シンジは大きな溜息をついて、軽い侮蔑が篭った視線をトウジに向けた。


「学生生活と戦闘を完全にごちゃ混ぜにしているな。鈴原がやった事は中学校なら許されても、戦闘では許されない事だ。

 まかり間違えば、ボクは死んでいた。その自覚はあるのか?」

「…………」

「あの時はボクが上官だった。その上官の命令を無視。挙句の果てには殺人未遂か。普通の軍隊なら射殺ものだよ。

 中学生とはいえ、許される事じゃあ無い。そもそもこちらはネルフの出動要請があったから行ったのに、この対応とはな。

 どうだ、鈴原の青い臭い正義感とやらでやった事が、どんな影響を出すか身に染みてわかったかい」

「…………」

「協定ではネルフはボクとレイには干渉出来ないようになっている。本来なら鈴原がボクを突き飛ばした時点で協定違反と判断出来た。

 今回はネルフからの出動要請を承諾した事もあるから、鈴原にはこれ以上は言わないが、十分に反省するんだな。

 まかり間違えば、お前のやった事で全面戦争になった可能性だってあるんだ。そんな事になって、お前は責任を取れるのか!?

 お前の薄っぺらい正義感が何の役に立つのか、良く考えろ! 戦場に出る以上、中学生だからという言い分けは通用しない!」


 シンジがこれ以上トウジを責めないと分かったので、冬月とミサトは安堵の溜息をついた。

 これで一件落着かと思った三人にシンジは追加攻撃をかけた。


「さて、パイロットの方はこれぐらいで良いでしょうが、監督責任は見逃せませんね」

「何だって!?」  「何でよ!?」  「…………」

「中学生のパイロットが未熟であるのは当然です。だから鈴原にはこれくらいで済ませましたが、監督責任はどうするんです?

 未熟である事は分かっているパイロットを戦場に出しているんです。ネルフは鈴原を教育する義務がある。

 戦闘能力の向上だけじゃ無く、精神面での教育を含めてね。

 同じような事を起こさないように、教育プログラムを纏めた報告書を持ってくるべきじゃ無いですか?」

「し、しかし!」

「ある企業が不良製品を出してしまった場合、申し訳無いって反省報告書だけで済ますと思いますか?

 問題の原因を追究し、その対応策と水平展開の対応、そしてスケジュールまで出して、始めて報告書が承認されるんです。

 このままなら、ネルフは本気で改善策を取る気は無いと判断しますよ。小切手と一緒に反省文は持って帰って下さい」

「……分かった。次はきちんとした報告書を提出する事を約束する」

「ではお帰り下さ「待って!!」……」


 シンジは用件は終わったと席を立とうとしたが、ミサトが呼び止めた。

 ミサトはどうしてもシンジに聞きたい事があったのだ。直接話せる機会はほとんど無い。このチャンスを見逃す事は出来なかった。


「あの時の初号機の光の羽は何なの!? あの光の羽は以前に南極で見たものと同じだわ。初号機って何なの!?」

「それは隣の冬月一佐にでも訊いて下さい。所有権はこちらにありますが、造ったのはネルフです。経緯はそちらの方が詳しいでしょう」

「教えてくれても良いじゃ無い!」

「止めたまえ、葛城二尉!」

「……分かりました。次は「勘違いしていませんか!?」……何を!?」

「ネルフが使徒関係の情報を公開しないから、こちらから積極的に協力する事はありません。今回、協力したのは偶々です。

 そういう理由から素直にネルフの質問に答えるつもりはありません。気軽に質問などされては困りますね。

 その癖、干渉が絶対に禁じられているレイに攻撃しましたね。どう考えてます? ネルフの都合だけで世の中は動きませんよ」

「あ、あれは参号機が危険だと思ったからよ!」

「それはネルフ側の都合であって、違反した事には変わりは無い。補完委員会には報告しておきますよ。

 世間話をするほど親しい間柄でも無いし、帰って下さい。一週間以内に報告書を纏めて下さい。それ以上の遅延は認めません」


 こうして会談は終了した。冬月はトウジの教育プログラムまで含めた報告書を後日シンジに送ったが、それに記載されている教育が

 トウジに行われる事は無かった。ネルフはトウジを一人前のパイロットにするつもりは無かった。

 あくまで参号機パイロットとして、使徒戦が行われればそれで十分だという考えであった。精神面での充実は望んでいない。

 また、今回のネルフの失態に関して、補完委員会から賠償金百億円がシンジとレイに個人的に支払われる事となった。

 シンジとしてはネルフの怠慢に対してさらなる懲罰を考えたが、他にもやるべき事は多過ぎるほどあるので、あまり時間は割けない。

 結局、ネルフからは三千億の謝罪費を受け取る事で済ませるのだった。

 後日、自分の行った事でネルフが三千億もの謝罪費を【HC】に支払った事を知ったトウジは、顔を青褪めさせる事になった。

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 夕食後、マンションの居間でお茶を飲みながらシンジとミーシャ、レイの三人は寛いでいた。因みにミーナは不在である。

 夕食はレイとミーシャが共同して作っていた。最近は料理の腕もあがって、ミーナの合格点がそろそろ出そうかもというレベルである。


「シン様。姉さんは地下の研究室から戻ってこないの?」

「ああ。様子が見たいと言って、付きっ切りだ。まだ傷の回復までには時間が掛かる。意識が戻るのは後二〜三日掛かるかな」

「お姉ちゃんはあの人が気になるのね。でも、そうなるとお兄ちゃんはどうなるの?」

「……ボクの気持ちは伝えてあるけど、こればっかりはミーナの判断になるよ。ミーナが選択する事さ。今はそれぐらいしか言えないよ」

「……そう」


 【HC】の地下エリアの工事は作業ロボットが行っている。格納庫や倉庫等の他の人達が使うエリアは当然あるが、それ以上に

 シンジしか知らないエリアはかなりの規模で存在している。その中の一つにシンジ専用の地下研究室があった。

 そこには【HC】基地を攻撃した四人のサイボーグ兵士と、樹海から潜入してユインに倒された金色の狼が運びこまれていた。

 四人のサイボーグ兵士は今は自動解析機に掛かっており、体内構造の解析中で二〜三日中には解析が全て終わる予定だ。

 記憶の吸出しは明日にでもシンジが行う予定である。これによりゼーレの機密が少しでも分かればとシンジは内心で期待していた。

 一方、金色の狼はかなり重傷であった。まずは体内にあった自爆装置をすぐさま撤去。

 そして頭部に埋め込まれていた小型の機器を取り出した。頭部の機器は解析が終わり、洗脳に類する機能を持つ事が分かっていた。

 現在は傷を治す為に治療カプセルに入っているが、その状況を見たいとミーナが側に付いていた。


「はあ。姉さんの判断待ちか。仕方無いか」

「まあ意識を取り戻した彼から聞きたい事はかなりある。同族が他にも居るかとか、拠点の場所とかね。

 他にも囚われた仲間が居れば救出も考えないとね。後は四人のサイボーグ兵士の記憶から、何か分かるかも知れない」

「取り敢えずは明日ね」

「ああ」

「そうそう、ちょっと聞きたかったんですけど、シン様は何であの弐号機パイロットを助けたんですか?

 あっちはシン様にかなり挑発的な態度を取ってましたよね。助ける必要なんてあったんですか?」

「……あの娘が依り代だという可能性が極めて高いからさ。依り代である彼女が死んだら、別の人間が選ばれる可能性がある。

 あの娘が依り代なら、何とか手を打てるかなと思ってさ。今更計画変更はしたく無いと考えたんだ」

「じゃあ、本人の為に助けたって事じゃ無いんですね?」

「まあ、そこら辺は曖昧かな。ボクだって冷血漢じゃ無い。無理してまで助ける気は無いけど、簡単にだったら…という事さ」

「じゃあ、レイの場合は?」

「ミーシャと同じく家族でしょ。真っ先に助けるよ」

「お兄ちゃん! 大好き!!」

「あっ。レイ、抜け駆けしないで!」


 レイはシンジに飛びつき、シンジの腕を掴んでシンジの頬に擦寄った。ミーシャも負けじとレイと同じ行動を取った。

 二人の美少女に囲まれたシンジは二人の誘惑を振り切るのに、相当な努力を強いられる事になった。

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 休憩室でミサトとアスカ、トウジが話していた。


「しっかし、碇にはむかつくわな。何様のつもりじゃ!」

「まったくよ。弐号機を助けて使徒を倒したからってデカイ顔しちゃって!

 次こそはネルフだけで使徒を倒さなくちゃならないけど、無茶は駄目よ。今回みたいな事があるからね」

「おう。なんやアスカ、元気が無いな。まだ駄目なんか? やっぱり初号機に逆さ吊りにされた事が効いてるんか」

「そんなんじゃ無いけどさ。……ビデオで見たけど、あの初号機の強さって何なのかって思ってね」

「ふん! 絶対にあいつはズルしてるはずや! そうじゃ無ければ、あんな事出来んわ」

「その秘密が分かればね」


 アスカはディラックの海に居た時に見聞きした事は報告していなかった。

 寝ていたか、喚いてたかのどちらかであり、報告する内容は無いと判断したのだ。(ボイスレコーダーは稼動していた)

 夢の中の事まで報告する事は不要というか、馬鹿らしいとしか思っていなかった事もある。

 そして浅間山のマグマの時と同じ声が聞こえた事も言っていなかった。


(あの時聞こえた声はマグマの中の時と同じ声。今回、初号機に助けられたって事だけど、浅間山の時もあいつに助けられたと言うの?

 どうやって!? 浅間山の時は通信ケーブルが切れて声なんか聞こえる状態じゃ無かったし、第一直接脳裏に響くような感じだったわ。

 そもそもマグマの中に居たのに、どうやってあいつが助ける事が出来るのよ。

 今回、弐号機を逆さ吊りにしたのは、助けてくれたからチャラにしてあげるけど、これは確かめないとね。

 コウジとのデートは来週で、その時に流出ビデオをくれるって言ってたわ。まずはその流出ビデオを見ないとね。

 それと厄払いにも早く行かないとまずいわ。まったく、この不幸続きの原因が厄がついているからなんて、最悪だわ!)


 アスカは最近は考え込む事が増えていた。トウジはその事を心配し、ミサトはアスカが情緒不安定かなと思っていた。

 アスカからは早く厄払い出来るところを探してくれと、せっつかれている。加持に良い所を探せと急かそうとミサトは考えていた。

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 自分の部屋で、リツコはマヤと一緒にコーヒーを堪能していた。

 武装ビルの管轄は作戦部なので、建て直しは日向が指揮を執っている。これにはリツコとマヤは関わってはいない。

 弐号機の損傷はほとんど無かったので手は掛からないが、参号機は装甲板を全て交換する事になっており、現在はその作業中であった。


「先輩、初号機のことなんですけど……」

「マヤの言いたいのは光の羽の事?」

「は、はい。あれはもしかして、以前に聞いていたS2機関を搭載しているんじゃ無いかと……」

「バッテリィであれだけの出力は出せないわ。可能性としては第四使徒の機関を移植したか、そこら辺は分からないけど、

 搭載しているのは間違い無いわ。でも、S2機関があると、あそこまで差が出てくるものなのね」

「ひょっとして初号機が空を飛べるのも……」

「多分、そうでしょう。まったく最強のEVAね。あれじゃあ弐号機がどうやっても初号機に対抗する事など出来ないわ。

 まったく、何て物を造ってしまったのかしら。今の初号機を押さえられるものなんて、世の中には存在しないわ」

「…………」

「今のところは、うちではS2機関を今直ぐ搭載なんか出来ないわ。補完委員会も認めないしね。

 それより今はダミープラグの完成を急がないと。進捗はどうなっているの?」

「は、はい。進捗率は現在89%です。ですけど完成しても、EVAを暴走させる事が出来るだけで、細かい制御は出来ません」

「今はね。でもパイロット無しでEVAを動かせたら、次は制御する事を目指せば良いでしょう。技術は一日では成らないわ。

 一気に完成形には持っては行けないわよ」

「そうですよね。……でも、ダミープラグの材料を見ると……」

「レイの時と同じよ。今回はアスカなの。割り切りなさい。感情移入するのもほどほどにね。入れ込むと後が辛いわよ」

「……そうですね」


 初号機がディラックの海から弐号機を連れて脱出した時の映像は、補完委員会に提出されていた。

 委員会も初号機がS2機関を搭載してある事を直ぐに気がつくだろう。

 それを知ったゼーレがどう出てくるか、今のリツコに予測する事は出来なかった。

 それよりダミープラグの完成が予定より遅れている。アスカが日本に居る以上、微調整は日本でしなくてはならないのだ。

 次の使徒までには完成させなくてはならない。どうすれば早く完成させられるか、リツコはマヤと討議を始めた。

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 初号機がディラックの海を脱出した時の映像を見た事により、ゼーレの緊急会合が行われていた。


『初号機はS2機関を搭載しているな』

『間違い無い。第四使徒のサンプルから移植でもしたのか。あれはコアのみが破壊された理想的なサンプルだ』

『ありえるな。しかし、これはまずい事になった。あの初号機相手では、量産機でも歯が立たないかもしれん』

『可能性はある。使徒の撃退という面からすれば猟犬代わりに使えるが、補完計画の障害に十分為り得る』

『……あの四人組はどうしている?』

『二人はネルフの支援で、二人が【HC】の牽制に動いている。【HC】のキャリア二機を処理しただけだがな』

『タイミングが悪い! あのタイミングでキャリア二機を落しても意味が無い。逆に支援を頼む時の障害になったくらいだ』

『それは仕方あるまい。ただ【HC】の基地の直接防御能力の一部が判明したという成果はある』

『ES部隊十二名を処分されてもか? 奴らに掛けた費用が如何ほどか知っているだろう』

『…………』

『ES部隊が全員自爆して機密が【HC】、いや魔術師に渡らなかった事を良しとしなくてはならないとはな』

『サイボーグだけなら費用を掛ければ何とかなるが、使徒細胞を摂取させた特殊能力者を失ったのは痛い』

『まあ良い。補充は可能だし、他のメンバーもまだ居る。引き続き【HC】の牽制を行わせよう』

『そうだな。約束の時までに初号機を無効化しないと、計画遂行が危ぶまれる』

『話しを戻すが、初号機の件はどうする? 【HC】に鈴は掛けられないが、確認する事は必要だ』

『次の定例面談で問い質す』

『ああ、例の三者面談か。魔術師本人から訊き出せるかも知れぬな』

『確約は出来ぬ』


『それはそうと、ネルフから提出された弐号機のレコーダーに不明な言葉がある』

『使徒が人間の精神に興味を持った事が考えられる』

『その件は後日、セカンドを問い質さねばならぬ。それとは別に、セカンドが口走った言葉がある。

 あのマグマの中と同じ声だと言っていたな。あの意味は何だ?』

『弐号機の中のセカンドに、呼び掛けがあったと言うのか?』

『分からぬ。調べて見るとマグマの中の弐号機に救いの手が差し伸べられた可能性がある。それと今回の弐号機を助けたのは初号機だ。

 それから考えると、マグマの中を助けたのも初号機、いや魔術師という事になる』

『待て! あの時弐号機はマグマの水深千メートルより下に居たのだ。そこに魔術師が何かをしたと言うのか!?』

『可能性はあるだろう』

『……確かにな。直接、魔術師の周囲を探る訳にはいかないが、それが可能かどうかを検討させよう』

***********************************

 暗い部屋で白衣を着た三人の男と一人の女性が、暗い表情で話しこんでいた。


「今回の【HC】の襲撃は失敗だったな。ES部隊十二名を失い、EVAのキャリア二機を落した事が逆に不利益になってしまった」

「EVAが出てこなければ、ES部隊十二名が失われる事は無かった。予測が甘かった事は認める」

「今まで撃墜された事が無かったワルキューレを落せた事は良かったがな。これでワルキューレの無敗神話は崩れた」

「サイボーグ技術と特殊能力者の存在がばれなかった事は幸いね。全員が自爆しているわ。そこからの情報漏洩は無いしね」

「まだES部隊の本隊は健在だ。補充も時間と金は掛かるが、何とかなる。致命傷を受けた訳では無い」

「さすがのES部隊でもEVAには対抗出来ないだろう。今回の被害は止むを得なかった事と割り切ろう」

「上からは引き続き【HC】の牽制を行えとの命令だ。時間は掛かるが、配下の者を基地内に潜り込ませるように手配する」

「そうね。強襲はやはり無理だったから、内部からが一番効果的ね」

「ネルフの方はどうなっている?」

「あまり進展は無いわね。本当ならダミープラグの支援を行いたかったんだけど、流石にネルフに出向く訳にはいかないからね。

 S2機関もアメリカ支部で最後の調整段階に入ったわ。あたしが動けるのはこんなところよ。【HC】に直接牽制する方が気が楽だわ」

「S2機関か。初号機に搭載されていると思われるしな。何とか資料が手に入らないものか」

「潜入に成功すれば、その情報をまずは集めさせる」

「それはそうと、上からマグマの水深千メートルに干渉する手段があるか調べろと言ってきたな」

「ああ。浅間山のマグマの中に弐号機が潜った時の事か。魔術師の干渉が疑われるか」

「それ、あたしがやるわ。詳細な戦闘データを取り寄せてからだけどね。興味が湧いてきたわ」

「ほう。珍しいな。分かった。この件はお前に任せるとしよう」


 こうして【HC】への牽制行動が本格化していく事になり、シンジに対する調査が本格化していく事になった。

***********************************

 財団の総帥であるナルセスは、副総帥のハンスと、養子であるミハイルとクリスの四人で先の使徒との戦闘のビデオを見ていた。

 ビデオが見終わると四人全員が深い溜息をついた。


「あの影が別の宇宙に繋がっていると言うのか? 滅茶苦茶だな。使徒とはそんな途方も無い存在なのか?」

「観測データを貰っていないから、何とも言えません。ですが、使徒というものの存在が我々の常識で計れないのははっきりしました」

「でもシンの乗った初号機の力は凄まじいな。あの使徒を光の柱で滅ぼしたのだろう?」

「はい。シンからの連絡では光の柱で焼き尽くしたので、今回の使徒のサンプルは全然入手出来なかったとあります」

「味方だから良いが、これが敵に回ったと思うと空恐ろしいものがあるな」

「これで初号機の真の実力がばれてしまいました。悪い影響が無いと良いのですが」

「……政府と軍の反応はどうだ?」

「上層部に関しては一切問題はありません。寧ろ、サードインパクトを防ぐ為の最強兵器があるという信頼に繋がっています。

 ですが、若手士官の間では、シンに戦力を集中し過ぎという意見も出ているそうです。

 やはり【ウルドの弓】の管理をシンに戻したのが効いています」

「ふう。元々がシンのものだったのだ。その持ち主に返しただけなのだがな。やはり人間は一度力を持つと、放せないものなのか」

「そうかも知れません。軍の上層部は若手を押さえ込むのに苦労しているみたいです」

「何かしらの対策を取る必要があるな」


 強大な力を持った初号機の力が、一部とはいえ明らかにされた事で微妙な不協和音が生じていた。

 それに対応しようと、四人は協議を始めた。

**********************************************************************

 【HC】居住エリア内のマンションの談話室(宴会)

 国連軍から出向で来ているメンバーの居住しているマンションの談話室で、恒例と化している宴会が行われていた。


「今回の使徒戦は随分派手だったみたいだな」

「ああ。俺も聞いただけだが、初号機が全力全開で戦ったみたいだぞ」

「全力全開って、どこかで聞いた事があるセリフだな。まあ良い、どんな感じだったんだ?」

「何でも直径一キロもある光の柱で敵を焼き尽くしたらしいんだ」

「何だそれ、直径一キロの光の柱を初号機が出したってのか?」

「ああ。そうらしい」

「写真とかは無いのか? どこかに回覧出来る場所は?」

「無い。今回は上も情報封鎖をするらしい。写真とかは一切無しだ」

「情報封鎖か。キャリア二機とワルキューレ第三中隊の全機が落されたんだよな。死人が出なかったのは幸いだが、被害が大きいな」

「キャリアに関しては、新規発注したらしい。時間は掛かるとか言ってたな。ワルキューレは補充機が来週には来るそうだ」

「じゃあ、パイロット達は入院しているのか? それなら見舞いに行かなくちゃな。北欧美女にお近づきになれるチャンスだ!」

「緊急脱出装置で射出されて、全員に怪我は無いよ。残念だったな」

「そういや、攻撃してきた奴等の事は何か分かったのか?」

「いや、残念ながら自爆して証拠の類は一切無かったらしい。徹底してるな」

「そうか。でもネルフ絡みしか考えられないな」

「ああ。一応、攻撃された事は国連に報告して、マスコミにも発表するそうだ」

「またマスコミで五月蝿くなるのか? あの時の騒ぎは御免だぞ」

「まあ、そこら辺は上が考えるだろう。それはそうと、最近はオペレータのミーナさんを見てないな。知ってるか?」

「えっ、あの金髪の爆乳美女がいないのか!?」

「何でも長期の休暇申請が出ているらしいぞ」

「中佐は? 一緒に何処かに行っているのか?」

「いや、中佐は見掛けている。彼女一人だけが休んでいるんだ。こりゃ、何かあるかもな」






To be continued...
(2012.02.11 初版)
(2012.06.30 改訂一版)


(あとがき)

 読み返してみると、我ながら細かく書き過ぎのような気がしてきます。こうだから、書くのが遅いんですよね。

 でもスタイルは変えません。ペースが遅いのは御了承下さい。

 あまり好きでは無いんですが、今回は力ずくで倒してしまいました。他の有効な手段が考え付きませんでしたので。

 次話は少し荒れる予定です。



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